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第1章

ぼくは、まとまった文章を一気に書き上げる能力もないし、忍耐力もないので、少しづつ、断片的に思い出したことを、書いていきたいと思います。

 

その前に、ぼくはこのホームページでいったい何がしたいんだろう?

別に、ダンテス・ダイジを紹介したいわけではないし、だれかの興味を満たすためでもない。

彼に変る人物を探しているのだろうか?

そして、それは、なんのためだろう。

まあ、いいや。続けよう。

 

ぼくは、中学生くらいから精神的に不安定になってきて、高校2年からは、完全に外の世界に現実感を感じなくなってしまった。

ぼくは、自分のこの心身の状態を解決するために、あちこちの病院や心霊治療等を探しまわった。

まだ「Sの会」と言っていたころのOの合宿に参加したこともある。

そして、その合宿の帰りに、池袋の西武の中にある本屋さんで、ダイジの書いた「ニルヴァーナのプロセスとテクニック」を見つけた。

その頃ぼくは、中沢新一の本を読んでいたり、ドラッグなどによる変性意識状態にも興味を持っていたが、実際問題、悟りとか解脱とかいうのはどういう事なのかは、わかっていなかった。

(それはまあ、今だって同じだが、、)

悟りというのは、ある意識の状態なのかと思っていた。

ただ、人によっていろんな体験があるので、一体全体どういうことなんだ、という知識上のモヤモヤを解決してくれたのが「ニルプロ」だった。

そして、この著者の少年時代、青年時代の悩み苦しみを読んで、この人だったら僕を救ってくれるかもしれない、と思った。

本の最後の方に著者の住所と電話番号が書いてあった。

ダンテス・ダイジ(A先生)はF市に住んでいた。

ぼくの家から電車で30分くらいのところだった。

「この人に会いにいくかもしれない」

Oの合宿に一緒に参加した新潟の男性に、ぼくはそう言った。

 

続きを書く前に、、

このページをいくら見にきても、ものすごい宗教的な体験や、某事件の真相等、特別なことは一切出てきません。(知りません)

これは単に、一青年の見た、人間ダンテス・ダイジの回想に過ぎません。

そして、これからますます断片的になっていくと思います。

 

ぼくは、どうしてもダンテス・ダイジに会いたくなった。

連絡先は書いてあるけど、はたして道場とかを開いているのだろうか。

いきなり電話をするのも気がひけるので、手紙を書いてみた。

返事はこなかった。

でも、その頃のぼくは全くの暗闇の中にいたので、可能性があるのなら、どんなものにでも、すがりつきたかった。

そして、思いきって電話をしてみた。

電話に出たのはダイジではなかった。

「A先生、いらっしゃいますか?」と聞くと

「今、出かけております」と言われた。(これは居留守だった)

そのあと、電話の向こうのほうで野太い声が聞こえた。

「名前と用件!」と叫んでいた。

ぼくは、本を読んだことを説明し、道場のことを聞いてみた。

するとその人は、

「道場も開いていないし、弟子もとっていません」と言った。

ぼくは、そのまま素直に引き下がって、電話を切った。

それから、何か月後だろう?

I氏という、見覚えのない人から手紙(封筒)が届いた。

封筒を開けると、コピーされた手紙が入っていた。

(この手紙は捨ててしまった)

内容は、ダンテス・ダイジが小さいながらも道場を開くので、興味のあるかたは、連絡してください、というものだった。

I氏の名前は、「世話人」として書かれていた。

ぼくは、嬉しくて小躍りした。

夜の9時頃だったが、さっそくダイジの家に電話した。

今度は最初から本人が出た。

前に手紙を出して、今日、受け取ったことを告げた。

ダイジの話では、道場と言っても、単に小さなアパートを、借りただけということだった。

ぼくが、そのときの自分の状態を説明すると、「君のような人達から、いっぱい電話がかかってくる。

そのままエネルギーを上げて解脱するか、あきらめて、エネルギーを降ろすかどちらかしかない。

ただ、一生かけて修行しても解脱できるかどうかは、わからない。

そして、その間、普通の生活を送ることはできないから、サポートしてくれる人が必要だ。その覚悟がないなら、あきらめなさい。それでも、解決策はある。とりあえず、丹田呼吸を身につけなさい。丹田ができれば、エネルギーは降りるから。」

そして、丹田呼吸法を指導してくれる場所の連絡先を教えてくれた。

ダイジが、エネルギーを上げることに否定的だったせいもあって、ぼくの喜びは一気に冷めてしまった。

お礼を言って電話を切った。

その夜、ぼくはモヤモヤしていた。

本当かどうかはわからないけど、解脱したという人が、すぐそこにいる。

このまま、通りすぎていくだけで、いいのだろうか。

弟子になんかなれなくていい。

とにかく、一目でも会いたい。

覚者というものを、この目で見てみたい。

そして、次の日の昼間、ぼくはまたダイジに電話をかけた。

 

また、本人が出た。

「昨日電話したものなんですが、あのー、一度会うだけ、会っていただきたいんですが、、、」と言うと、

あっさり、「いいよ。会うだけなら。」と言った。

そして、「君はどこに住んでるんだ?」と聞かれた。

「H市です。電車で30分くらいのところです。」

「じゃあ、F駅に着いたらもう一度電話をくれるか。」

「えっ、今からですか?」

「おお、駄目か?」

「いえ。行きます。1時間後には確実に着きます。」

今まで霊能力者や治療家に会うときも、大抵は一週間後に、予約を入れたり、ひどいときは数ヶ月先まで予約がいっぱいということがあったので、電話したそのときに「来い」と言われたことに驚いてしまった。

ぼくは必死に自転車をこいで地元の駅まで急いだ。

電車に乗り、一度乗り換えて、F駅で降りた。

駅前から電話をした。

「駅から真直ぐの大きい通りがあるだろう。そこを真直ぐ来ると、○○○っていうキャバレーがある。

そこを右に曲がって3軒目のアパートの2階だ。俺も今から行って開けとくから。」

(10年以上前のことなので、詳細は適当です。)

ぼくは教えられた道を歩いていった。

でも、ダイジの言った○○○というキャバレーはなかった。

×××というキャバレーの看板はあったが、その辺りは飲み屋街で、そんな店はいくらでもあった。

ぼくはしばらくウロウロしながら探し回った。

でも、肝心の○○○がみつからない。

一度駅前まで戻って、また通りを上がっていくけど、やっぱりない。

もう一度電話をしようかと思ったときに、

「こっちだ、こっちだ。」と言いながら、うちわを持った手で、ぼくを手招きする男が現われた。

(この人だ、、、)

と僕は思った。

 

ダイジは背が高かった。180以上あると思う。

身体は細身でひきしまっていた。

頭は丸坊主。下唇の下と、あごにヒゲをはやしていた。

その時は夏だったのだろう。

ダイジはランニング・シャツに短パン、足にはサンダルを履いていた。

ぼくはダイジに近づいていった。

第一印象では、なんか変なオジサンという感じもする。

電話のイメージでは、とても怖い印象があったのだが、実際に会うと子供のようなひょうきんな感じもした。

にこにこ笑いながら、

「ほら、ここが×××だろ。ここを曲がるんだ。」

と言った。

ダイジは電話では○○○と言っていたが間違えていた。

このときを最初にして、ダイジは時々、とても簡単な、間違いや勘違いをした。

一度、昼の2時頃に「飲みに連れていってやる」と言って、外に出て、どこも店が開いていないで(その付近の店は夜にならないと開かないような店ばかりだった)、「なんだ、まだ昼間か」と気付いたこともある。

ちなみに、このとき、

「金無いんですけど」と言うぼくに、

「俺が出してやるよ」と言っていた。

ぼくは、ダイジに何回会ったんだろう。

もう、はっきりとは覚えていないけど、4~5回ぐらいだと思う。

そして、お金など1円も払わずに、相談に乗ってもらったり、指導を受けたりした。

これは、今から考えるとスゴイことだと思う。

ただ、弟子達は「お布施」という形で、いくらかのお金は、渡していたようだ。当然だと思う。

一度、夫婦で指導を受けている人達に会ったことがあるが、その人達がお布施を渡したときに、ダイジがぼくのほうを、チラッと見たことがある。

まさか、ぼくにもお布施を要求していたとは思えなかったから、お金を受けとったところをみられて恥ずかしかったのか。

ダイジのこういう面は、このとき一度しか見たことがない。

×××を曲がって数軒目に古いアパートがあった。

左脇にある階段を上がって、一番手前の部屋だった。

四畳半が二間と狭いキッチンとトイレがあった。

手前の部屋は相談など応接間として使い、奥の部屋を、行法の指導などに使っていた。

部屋の中には、ほとんど何も置いていなかった。

応接間には小さなテーブルがあって、そこに、「アメジスト~」の原稿がおいてあるのを見たことがある。

また、小さな押入れには、相談者が持ってきては置いていったという、様々な精神世界系の本が積み重なっていた。

 

昨日自分が書いた文章で気になるところがあった。

ダイジのヒゲは鼻の下と唇の下だったかもしれない。

アゴはどうだったっけ。

まあ、これはどっちでもいいか。

昨日の書き方だと、自分はお金を払わなくても当然で、弟子は払うのが当然のように読み取れるような気がした。

僕は最初にダイジに会うときに、封筒に一万円を入れて用意していった。

もう、この手のことにはお金がかかるとわかっていたので。

ダイジに聞くことを聞いて、そろそろお金でも払おうかと思ったら、

「じゃあ、俺は一度戻るけど、あとからもう一人来るから、(鍵は)開けっぱなしでいいいから」

と言い残して、さっさと帰ってしまった。

これに甘えて、その後も僕は一切お金を払わずに済ませてしまったが、ちょっと後悔している。

やはり、感謝の気持ちぐらいは表す必要があったと思う。

ただダイジとしても、当時学生だったぼくに「お布施」を要求はできなかったのだろう。

だから、余計申し訳なく思っている。

あるいは、最初に会ったとき僕は封筒を出したのかもしれない。

でも、ダイジが

「道楽でやってるんだから、いい」と言ったんだっけ。

とにかく、「こんなことは道楽でやってる」とは言っていた。

「やるかやらないか迷ったら、やってみること。たった一度の人生でしょ?」

この人に「たった一度の人生」と言われると、そこからまた、いろいろ考えてしまう。一度の人生なのか?次は無いのか?

和尚(ラジニーシ)は解脱している。

でも、無師独悟だから、とても苦しんだ。

クリシュナムルティーも解脱している。

でも、あの人は禅でいう「身心脱落」と一緒と言っていたっけ?

某教祖も指導を受けた、インドのパイロット・ババという行者も、解脱している。

某教祖はババに「お金だけ取られて何も教えてもらえなかった」というようなことを書いていた記憶があるが、ババは非常に、のんびりとした性格だから、そんなにさっさと指導を始めたりは、しないそうだ。功をあせったのが良くなかったのだろう。

「君なら3年で解脱できる」と言われたが、ぼくは就職した。

「解脱したら、もう生まれてこないんですよね」と聞いた。

「いや。何回も生まれてくる人もいるし、別のところに肉体だけ、置いておく人もいる」

別のところ?肉体だけ置いておく?仙道で言われているようなことか?

こういう話をしたあとには必ず、

「でも、今のきみには他の世界のことはわからないでしょ? だから、もっとこの世界の仕組みとか、この世界の現実を、知らなければいけない。この世界で、もっといろんな経験をしなければいけない」と言った。

エネルギーの降ろし方ばかり聞くぼくに、

「俺は医者じゃない」と冷たく言った。

ぼくは、ちょっとムッとした。

なにが「無限の愛」だ、と思った。

ほんとにおかしくなってしまった人達のための、国の精神病院があるらしい。ほんとの基地外を収容するような施設。そこを見てきたらしい。何をしようと思っていたんだろう。なにかの可能性のある人を探していたのだろうか。

「突然『なんで在るんだ』という問いが湧き上ってきたので、

それから存在論の本とかも読んでみたんですが・・・。」

「でも、存在論には解答はないでしょ?救いはないでしょ?」

「猫にも霊体ってあるんですか?」

「猫も君と同じ生命体だ。そんなことを聞く君のほうがおかしい」

覚者に会って、いったい何聞いてるんだろ。笑っちゃう。

両腕に大きなやけどがあった。

昔、国立だか国分寺だかで本格的な道場を開いていたとき、ガス爆発を防ごうとして間に合わずに大火傷したらしい。ガスの通っている太い管を素手でひん曲げたらしい。

「そば屋のおやじをやってたこともあるよ」

「もう、金を稼ぐことなんか、全く興味がない」

「怖いっていうのが、どんな気持ちだか忘れてしまった。

ウソだと思ったら、そこ(台所)に包丁があるから、俺の心臓に突き立ててみろ」

「本気で大きな声を出したら、この街中にひびく」

ダイジのお腹は丹田呼吸のせいで、ぷっくりと膨れていた。

肥田春充の写真を見たことがある人ならわかると思う。

身体は細いけど、お腹は充実していた。

細いと言っても痩せているわけではなく、標準か。

新聞の勧誘員が来たら、自分の頭を指さして、

「ここから、(情報が)入ってくるから大丈夫だ」

と言った。

勧誘員は「そうですか」と言ってあきれて帰っていった。

ハガキ2に書いた寺のことは、最初は直接会ったときに聞いた。

「電話番号を教えてください」と言うと、

「ちょっと待て」と言って、少し上のほうを見上げ、

少しづつ途切れながら、

「03-○○○ー××××」と言った。

これは、知っている電話番号を思い出したのではなくて、なにもないところから、透視能力?のようなもので、読み取ったような感じだった。

ぼくが家に帰って電話をしてみると、寺とは全く関係のない、個人の家だった。透視は失敗だったらしい。

 

ぼくは、こういうことを書くことで、ダイジが偽物だと、言いたいのでは決してない。

解脱と超能力とは直接は関係ないと思うし、覚者を超人とか、スーパーマンだとも思っていないので。

ダイジを美化もせず、否定もせず、見たことをありのままに書きたい。

「超能力は必要なときに自然に湧いてくる」

「解脱と人格の完成は全く関係がない。

道元は悟りが深まれば深まるほど、きつい性格になっていった。」

「ラジニーシは3つのグナを順番に使っていきましたが、先生は?」

「俺は3つのグナを全て均等に使っている」

断片が、どんどん湧いてくる。

書き留めないと、このまま消えてしまいそうで、あせっている。

 


第2章

ぼくがダイジに教わったのは、エネルギーを降ろすための、丹田呼吸を応用した体操のようなものだった。

まず、ぼくがどのくらい動けるかどうかを見せてくれと言われた。

昔、空手をかじったことがあると言ったら、中段突きと前蹴りを、やらせられた。

それを見て、「それだけ動ければ大丈夫だ。とにかく身体は動かせ。」

と言った。

 

そして、まず教えてくれたのは、5つの簡単な体操に丹田呼吸を、合わせたものだった。

 

1、スクワット

2、腕立てふせ

3、変形腕立てふせ

4、腹筋

5、横臥しての丹田呼吸

 

1~4を行うときも、動作に合わせて丹田呼吸を行う。

ポイントは、1,4,5のときは頭の後ろで手を組んで離してはいけない。

2と3のときは両足をぴったりつけて離してはいけない。

これは、単なる正しい姿勢とかいう問題ではなく、

大脳生理学?とか神経生理学?に基づいたことらしい。

ヨーガと禅では、足を組むときに、どちらの足が上になるかという、決まりが違うが、それも単なる伝統ではなく、上記のような根拠が、あるらしい。

 

部屋の隅に線香と線香立てが置いてあった。

その当時、宗教の伝統的なことや、形式的なことに反発を感じていたぼくが、

「あれ(線香)は、どういう意味があるんですか?」と聞くと、

「禅を組む時間を計るものだ。あと、座る人は一日中でも座っているから、

オナラをしたりゲップをしたりするから、匂いを消すためでもある。」と言われて、納得した。

 

ラジニーシの弟子の中でも数人解脱した人がいるが、大抵は解脱のときに肉体的には死んでいる。(最終解脱の場合)これは、ラジニーシが「通路」を作る指導をしていないので、肉体への帰還ができないためらしい。

「通路を作る」というのはスシュムナー管を浄化するということ、なのだろうか?

 

ダイジはよく、在留米軍の基地内にあるディスコへ踊りにいき、酒を飲んでは米兵とケンカをしていたらしい。

 

「眠っているときに身体中にエネルギーが満ちて、そのせいで突然、目が覚めてしまうときがあるんですが、公案禅での見性というのは、それを強烈にしたようなものなんですか?」

「違う。そのくらいのエネルギーは、ちょっとひと踊りすれば湧いてくる。」

 

「オレは相手によって、波動を変える。禅の人なんかは、たのもー、とか言って、最初から勝負しにきているから、こっちも気を張っている。君らみたいにヨーガの人達に会うときは、柔らかく受け止めている。」

 

ダイジがきちんとヨーガを指導している弟子は世界中に数人いて、外国で一人と、北海道にいる女性が最終解脱したと言っていた。

「来週、その人に会いに(北海道に)行く。」と言っていた。

「外国の弟子にはテレパシーで指導している。」

と言っていたが、本当だろうか。

テレパシーなどと言う言葉を使うと、なにか急に陳腐に聞こえる。

これは、ぼくにも責任があります。文章力がないので。

 

ヨーガの指導を受けている、35才くらいの男性に会ったこともある。

この人は某教祖にシャクティーパットを受けてからクンダリニーが、上昇してしまい、結局ダイジのところに来たと言っていた。

毎日、心身ともに辛く、電車でここまでくるだけでも大変だと、言っていた。仕事は辞めて、胃に負担がかかるので、

毎日、植物の種のようなものばかり食べていると言っていた???

 

修行中は、グルと弟子とは、とても親密にならなければいけないので、奥さんとの仲がうまくいかなくなってきている、とも言っていた。ダイジが、この男性の家に行くこともあるらしい。

 

自宅の住所は本に載っていたが、探してもみつからなかった。

「簡単には、わからないようにしてあるんだ。」

と言っていた。

 

一度ダイジに、「先生は、本当に解脱したんですか? 自分でそう思い込んでるだけじゃないんですか?」と、聞いたことがある。

ダイジの答えは、「誰がどう思おうとかまわない。キチガイだと思うんなら、それでもいい。」

 

「解脱っていうのは、この世界からの逃避なんじゃないんですか?」と聞くと、

「オレが現実から逃げてるって言うのか? 解脱というのは、今ここにいることだ。」と言った。

このときは、さすがに機嫌を損ねたような気がする。

でも、表面上はいつもと変わらなかった。

 

今から思うとけっこう大胆なことを聞いてるよな。

まあ、答えもそんなに納得できるものではないけれど。

 

ダイジのふくらんだお腹を見て、「その中は、どうなってるんですか?肉体的には。」と聞くと、「プラナがつまってる。」と答えた。知りたかったのは、身体のことだったんだけど。

 

「君は視覚固定に入っているな。物と物の境界線がハッキリしているだろう。」

「はい。色とかも、ものすごく鮮やかに見えます。」

視覚固定の正確な意味はわからなかったが、自分の感覚で、「このことかな?」と思いあたることはあった。

 

ぼくが、みぞおち付近にできている(良性の)腫瘍のようなものを、見せると、指先を軽くあててみた後で、「ブロックだ。」と言った。

「それが、君の問題点だ。」と。

精神的な問題点が肉体に具現しているということなのか?

 

「ぼくはヨーガの修行なんてしたことないのに、何で、クンダリニーが上がってしまったんですか?」

「ヨーガをやらなくたって、クンダリニーは上がる。」

「ぼくに起きていることが、クンダリニーの上昇だって何で、わかるんですか?ぼくが自分の状態を説明したから、

そう判断しただけなんじゃないですか?」

「いや、違う。きみに最初に会ったとき、きみのことを見つけて、手招きしただろ。あれは、きみが回りの人とは違う波動を、発していたからだ。だから、きみだってすぐにわかった。きみが何にも言わなくたって、オレが見ればわかる。」

 

「でも、結局ぼくは病気ですよね。離人症じゃないんですか?」

「今の医学では、病気というのが何か、ということすらよくわかっていないんだ。」

今から思うと、ダイジはぼくを元気づけてくれていたのかもしれない。

 

「きみが孤独を感じたら、いつでもここに来ていいからね。」

 

一銭のお金も要求せず、何の見返りも求めずに、こんなことを言える人が他にいるだろうか。赤の他人のぼくに。

解脱というものが本当にあるのかもわからないし、彼が本当に覚者だったのかもわからないけど、とにかくスゴイ人だと思う。今になって、ほんとにそう思う。

 

書けば書くほど、ほんとのダイジからは遠ざかっていくような気がする。

書けば書くほど、どんどん記憶が蘇ってくる。

ダイジへの愛憎はどこにたどりつくんだろうか。

 

ダイジに教わった丹田呼吸のもうひとつは、気功のスワイショー?というんだっけ、立って両腕を前後に振る功法をしながら、吐く息を強くするというもの。普通のやり方よりも、とても強く腕を振り、息も強く吐く。

 

ダイジはチベット?でポアも修めていたので、頭頂には穴が開いていた。

と言っても、開きっぱなしになっているわけではないので、触らないとわからない。頭を触らせてもらった。

 

ダイジは肥田春充のことは、「肥田春充先生」と呼んでいた。これは、珍しいことだと思う。大抵の人のことは「何言ってるかわけがわからん」とか言ってたのに。でも、肥田春充は解脱しているわけではないらしい。

丹田の持つ可能性を最大限に引き出した人らしい。肥田春充の筋肉は、緩めると赤ん坊のように柔らかく、力を入れると鉄のようになったそうだが、ダイジは、「俺の筋肉もそうだ。」と言って、触らせてくれた。

力を入れたり抜いたりしてくれたが、これは普通の人の筋肉と、大して変らないなと思った。

 

ぼくが、「たいしたことじゃないんですけど・・・」と話しはじめると、「君の話す、どんな小さなことでも世間話でも、俺にとっては全て、重要な意味を持っている」と言った。

 

しばらくダイジのところへ行っていなかったが、就職活動でたまたま、F市の会社へ行った。その帰りに、いるかな?と思ってふらりと、寄ってみた。

アパートの入り口が開いていたので、「A先生いらっしゃいますかー」と呼ぶと、奥の部屋から、「おー!」という叫びが聞こえた。

 

部屋に入っていくと、前にも書いた夫婦がダイジと話しをしていた。

ダイジは「きみか。」と穏やかな声で迎えてくれた。

夫婦のうち、奥さんのほうはヨーガをやっていて、だんなさんのほうは禅を習っているらしかった。

だんなさんは漫画を書いて生計を立てている、と言っていた。

 

ぼくが、「近くに面接に来たんです。」と言うと、ダイジは「これから夕飯にするから食っていけ。」と言った。

 

さっきの夫婦は泊り込みで座っているらしく、電子ジャーとかを、持ち込んでいた。奥さんのほうが、ご飯を炊く準備をしていた。その間、ダイジとだんなさんが話しているのを聞いていた。

ご飯が炊けて、質素なおかずで夕飯を食べた。ダイジはビールを飲んでいたかも。

夕飯を食べ終わって、ぼくは帰った。このときがダイジに直接会った、最後のときかもしれない。

 

ダイジが死んだ後、一度だけ夢の中に出てきたことがあった。

ダイジはぼくのこめかみを押さえ、

「おそろしく、気持ちが澄み渡っているだろう。」と言った。

夢の中で、ぼくの頭の中は完全に真っ白になっていた。

(これは、実際に目が覚めたあとにも、しばらく継続した。)

そして、「夜を徹して座れ。」と言って、消えていった。

 

※漫画家のご夫婦は、中野東禅監修の、《禅問答の知恵》という作品 講談社を発表しておられます。

 

前回書いたポアの件で問い合わせがあったので、もう少し、詳しく書こうと思います。でも、たいしたことはないです。

念のため、宗教に詳しくない方のために書きますが、ポアと言っても、オウム事件でよく使われていた意味とは違います。

ポアは元々、チベットで人が死んだときに僧侶が行うもので、頭頂の孔から死者の意識を抜き取って、輪廻から解脱させるための、技術です・・・・・は、他のホームページからの無断引用です。私は専門家ではないので、興味のある方はホームページや書籍などで、研究なさってください。

私が初めてポアのことを知ったのは、中沢新一の「虹の階梯」とかいう本を読んだ時でした。

もう、うろ覚えですが、そこに書いてあったのは僧侶が行う儀式のことではなく、そのときに(つまり死んだときに)、うまく頭頂から意識を抜き取ってもらうために、生きてるうちに行う修行のことでした。

 

正確な内容については、その本を参照していただきたいのですが、簡単に言うと、適当な座法で座って、「ヘック!ヘック!」という大きな掛け声と共に、意識(そして声)を頭頂へ向けて放ち、これを何日も続けていくと、やがて、頭頂からジクジクと膿が出てきて、そのうち、本当に穴があいてしまうそうです。

チベットでは老年になると、この修行を行う人が多く、頭頂に空いた穴には、実際に植物の茎などを差し込むことができる、と書いてありました。

 

ダイジと話しているときにポアの話になり、

「オレもポアをやった。」

と言って、その場で実際に掛け声をやってみせてくれました。

そのあと、

「そのときは穴が空いていたけど、今はもうふさがっている。でも、触ればわかるよ。触ってみるか。」

と言って、頭を触らせてもらいました。

確かに、そう言われてみれば、少しへこんでいるような気もしたのですが、よくはわからなかった、というのが本当のところです。

 

また、解脱した人はサハスラーラが盛り上がって(霊的に)頭頂から、はみ出しているが、その影響は肉体にも現われて、頭頂が盛り上がる、と言っていた。

ダイジは坊主頭なので頭の形がよくわかったが、はたしてそれが、平均的な盛り上がりなのか、解脱者の盛り上がりなのかは、判断できなかった。

 

だんだん枝葉末節になっていきます。単に自分のためのメモのようなものなので、結論のない話が増えます。

 

「先生はぼくを殺せますか?解脱もできない。完全に健康体にも、戻れないんだったら、生きていても辛いだけです。直接肉体を破壊するのではなくて、もっと霊的な方法で、ぼくを殺すということはできるんでしょうか?」

「できる。でも、頼まれても実際にはやらないだろうね。」

 

「ちょっと出てくるから、ここで待ってろ。ハンカフザと法界定印で、座ってろ。わかるな?」

と言って、どこかに行ってしまったことがある。

ぼくは適当に足を組んで座っていた。

少し経って、身体が勝手に動きだした。そしてブルブルと震えてきて、止まらなくなった。

30分くらいしてダイジが戻ってきたとき、「なにかしたんですか?」と聞くと、「なにも。」と答えた。

「先生が出ていってから身体が震えてきたんですけど。」

「普段はそういうことは起きないのか?」

「はい。」

ぼくが、自分の心身の状態を書き綴ったノートを見せると、

「俺は、これを君に読んでほしい。」

と言った。

 

弟子Aがぼくに聞いた。

「なんで、この人(ダイジ)のところに来たんですか?」

「本の前書きに、『福生の飲み屋街にて』って書いてあったからです。」

「普通、そんなこと書いてあったら逆に来ないんじゃないですか?」

「いや。聖人君子のような人は、もう信用しないから。」

弟子Bは、ぼくがクンダリニーが上がっていることが、わかると言った。

 

「さっき、わかるって言ったけど、なんでわかったんですか?

なんか、そういう感じとる力があるんですか?」

「いや。顔を見ればわかりますよ。そういう人をいっぱい見てるから。」

また、この人は、

「公案禅もやらないほうが、いいですよ。おかしくなるから。」

とも、言っていた。

 

「先生に教えてもらった丹田呼吸をやっていると、元気にはなるんですが、どんどん我が強くなるような気がするんですけど。」

「そういうものだ。丹田を作るということは、この世界で生きていくための強さを作るということだから。解脱とは反対だ。」

「あと、続けていると、逆に疲れて呼吸が弱くなってしまうんですが。」

「徹してないからだ。」

 

ダンテス・ダイジの存在は、伝統的な禅宗の組織の中では、「問題児」として、議論の対象となっていたそうだ。

ダイジの師でもある、ある老師のもとを訪れたときも、

「来るのは構わないから、変なもの(ヨーガ)をぶらさげてくるな。」

と言われたらしい。そして、その老師自身も、「何故、あんなもの(ダイジ)の見性を認めたのか。」と責められていたそうだ。

ただ、老師のもとを訪れるときも、上下共に皮の服で、ブーツを履いて、十字架のネックレスを下げていったというから、さすがは(?)ダイジだ。

 

昔、うちの近くのラーメン屋に黒塗の車がやってきて、横に小さく、「××会」と書いてあった。

そこから降りてきたホンモノの暴力団員のひとりが、背が高くて、頭は丸坊主だったが、ダイジも見ようによっては、そういうやばい人に見えなくもない。そんな風貌もどこかにあった。

 

「最近は、相談者ばかり多くて、腹出し体操もできない。」と言って、軽く丹田呼吸をしていた。

 

丹田呼吸で大事なことは、下腹をふくらますことよりも、みぞおちを落とすことらしい。

落とすというのは、みぞおち部分を柔らかくするということ。

みぞおちには力を入れず、入息時もみぞおちはふくらませない。

みぞおちを落とさずに、腹ばかり大きくすると、感受性のにぶい、中小企業の経営者や相撲取りのようになってしまうらしい。(このたとえは、ダイジの言ったまま)

 

横臥して丹田呼吸を行うと、入息はしやすいが出息はしにくい。

座って丹田呼吸を行うと、出息はしやすいが入息はしにくい。

丹田禅をするときは、必ず両手を触れ合わせておかなければいけない。

別に、印を組む必要はないから、軽く組むだけでもよい。

 

「弟子になりたい、という奴らが多いから、○○寺へ行って見性を許されたら弟子にしてやる、と言ったら、7人ぐらいいっぺんに見性してしまった。」

 

弟子Aに向かって、

「おまえも、どかんと、でかいのがこないよな。腹がちょっとふくれたぐらいか。」

 

「只管打座をやってるという奴が来たから、ちょっと座ってみろ、と言ったら、こーんな背中を丸めて座ってた。あれじゃー、駄目だ。」

 

ダイジと話をしているとき、ダイジはほとんどハンカフザで、足を組んで座っていた。

背中は自然に伸びていた。決して軍隊的なキオツケの姿勢ではなく、リラックスして軽やかな感じがした。

 

ダイジの目は切れ長で涼しい目をしていた。威圧するわけでもないし、目を伏せたり、そらしたりすることもなく、自然に相手を見ていた。

 

口癖は、「天と地の差がある。」

これは、弟子Bが、よくまねをして使っていた。

 

今日は、わりとほめたかな。

 

ダンテス・ダイジは著作の中で、死後のことについて、いくつか書いている。

「ニルヴァーナ~」では、「君は、君の心身の死後、私とは一切の創造主兼それ自身であり、すべてのすべての戯れであることがわかるかい?」と書き、「アメジスト~」では、「私が、どのような生き様をしようと、私という何者かは、一回限りの生を生きている。転生というものは、あるにはあるが、それは、心霊学的なものではない。いずれにせよ、一度しかない人生なのだ。」

と書いている。

 

普通、死後の世界と言われて思い浮かべるのは、その辺の霊能者が言ってるようなことだけれど、ダイジの話を聞いていると、どうもよくわからなくなってくる。

 

ぼくはダイジに、

「いろんな霊能者がいろんなことを言ってますけど、ほんとは死んだらどうなるんですか?」

と聞いた。ダイジは、

「それは、死んでみないとわからない。」

とだけ答えた。

大抵の場合、この手の話は、

「君には見えない世界のことをここで話してもわからないでしょ?」

ということで終わってしまう。

 

ダイジが強調していたのは、「ヨーガは健康法じゃない。」ということだった。

 

世間のヨーガ教室では、健康や精神の安定を売り物にしているが、普通のハタ・ヨーガでも本格的に取り組んだら、

そのうち頭寒足熱とは逆の状態になって、心身はかき乱される、ということだった。

 

「魂の化学」とかいう分厚い本を書いた、インドのヨガ行者も解脱していない。単に、微細な身体を全て透視できるようになっただけ。特に、その行者の禁欲的なところがダイジは好かないようだった。

「クンダリニー」という本を書いたグルも解脱していない。単に、「狂気」のレベルが終わって、少し落ち着いただけ。

「七次元からの使者」?とかいう本を書いた人のことは、「なんだかよくわからんね。」と言った。

「その人は、悟りとは全ての事・法・理を知ること、と言っていますが?」と聞くと、

「それは、この宇宙のことでしょ? 解脱は、この宇宙の話しじゃないから。」

 

また雑誌ムーかなにかに、人間が霊的進化の階段を昇っていくと、霊界や神霊界を超えて、最後は宇宙(存在)の外に出ると書いてあったが、そのことを聞いたときも、

「違う。それはこの宇宙の話しでしょ?」と言われた。

これは、聞き方も悪かったのかもしれない。

「宇宙」という言葉を使ってしまったので、物質宇宙だと思ったのか。

 

弟子Bがダイジに、

「高校のとき生徒会長をやってたんですよね? それって、瞑想とは正反対のことのように思えるんですけど?」

と聞くと、

「そう。ただし、政治や経済の中に瞑想は含まれないけど、瞑想の中に政治や経済は含まれている。」

と答えた。この手のやりとりは、ぼくにはピンとこなかった。

 

でも、ほんとにダイジは生徒会長をやっていたのだろうか?

学校嫌いで、中退したはずなのに。

どこまで間に受けていいのかが、よくわからない。

時々、やっぱりこの人は狂人なのかな、あるいは、ニセモノなのかな、と思う一瞬もあった。

それになにより、高校生のダンテス・ダイジというのが、うまく想像できなかった。

 

「今、ぼくが丹田禅と公案禅をやったら、見性しますか?」

「うーん。きみの場合、禅をやってもエネルギーが上がっちゃうだろうな。」

「風邪薬を飲んだら、エネルギーが上がっちゃったんですが・・・。」

「今の君にとって、風邪薬は毒みたいなもんだ。」

毒と表現したかどうか、正確には覚えていない。

とにかく良くないものだと言っていた。

 

ぼくが車の免許を取ったのが、クンダリニー現象が起きたあとだ、ということを知って、

「よく免許なんか取れたね、、、」

 

弟子Bの話しでは、クンダリニーをやっている人は状態がひどくなると、人が近づくだけでも怖がったり、完全に病的になってしまうらしい。

「俺だって、ヨーガをやってるときはゲッソリしてたよ。肋骨だって見えてたし。」

 

気功の話しをしていて、

「その辺に転がってる鉄パイプでもなんでも持ってこい。全部ひん曲げてやるから。」

 

もし、本当に持っていったら曲げてくれたのだろうか?

こういう話しがホントなのかハッタリなのかは、わからない。

 

丹田呼吸の指導を受けたあと、横になって休んでいた。

ぼくはお腹のあたりに手をおいて、

「(いろんなことが、)わからない、わからない。」

と、つぶやいていたら、

「その手をどかせ。余計なこと考えるな。」

と言った。

 

手をお腹に置かないということには意味がありそうだったけど、「余計なこと考えるな」というのは普通のアドバイスのような気がした。

 

「きみは、いつでもそんなに厚い靴下をはいてるのか?」と聞かれた。

特に厚いわけではなかったけれど、夏だったから聞いたのか?

それが、いいとか、悪いとか、そういうことではなかったようだ。

ちなみに、そのときダイジは裸足だった。

 

そのうち、もう少し山の中に道場を持ちたいという話しをしていた。

「やっぱり、街中より自然の中のほうがいいんですか?」

と聞くと、

「そりゃそうだ。バイブレーションが違うから。」と言った。


第3章

ダイジや弟子達と話しているときOの話しになった。

その教団の教祖の出した本の見出しに「ガンもエイズも恐くない」と書いてあったのだが、弟子のひとりが、「ヨガでガンとかエイズが治りますか?」と聞くと、

「ガンは治るかもしれないけれど、エイズは治らない。」と答えた。

ダイジは、他の弟子達と一緒のときは、Oの合宿へ行ったぼくのことを、馬鹿にするようなことをよく言った。

「あいつのとこで、一晩中眠らない修行とかをやってきたんだろ?」

「えっ、そんなことしてません。それって、どういう効果があるんですか?」

ダイジが何と答えたかは忘れてしまった。

特に深い意味はなく、ぼくのことをからかっただけのようだった。

 

ダイジのところへ相談の電話をしてくるような人達は、自己流の修行のせいで精神に変調をきたして神経・精神科へ通っているような人が多かったらしい。

ぼく自身も、分裂病の人に処方される、クロルプロマジンという薬を飲んでいたが、その薬を一度に10錠も飲んでいるような人から電話がかかってきた、と言っていた。

ちなみに、強い薬を飲み続けていると、だんだん身体が慣れてしまって、薬の量ばかり増えてきて、やめたくてもやめられないという状況になってしまいますが、実際には効果など表われていなくて薬をやめたい人は漢方薬に切り替えるといいと思います。ぼくは漢方薬に切り替えることで新薬は飲まなくなり、今は漢方薬も飲んでいません。

昔、神田に「心の病気を漢方で治す」という高名な先生がいたのですが、その先生自身が心臓と腎臓を悪くして入院してしまったので、「結局、自分の病気は漢方では治せないのか・・・。」と思ったものでした。これは余談でした。

 

「ぼくが弟子にしてほしいと言ったら、最初に何をしますか?」

「まずは、薬を抜くね。きみの細胞の隅々まで、この薬が染み込んでるんだろ?まずはそれを抜かないと修行には入れない。」

 

某教祖が、雑誌トワイライトゾーンに「Aさん(ダイジ)」との電話でのやりとりを載せたことがある。

「あれは、向こうが勝手に書いたんだ。電話で話したのは本当だけど、別に言ってることに同意したおぼえはない。」

雑誌に載っていたのは某教祖の予言のことで、199X年に経済危機が訪れ、199X年に核戦争の危機がある・・・とか、その手の話しだったが、「そんなのは予言でもなんでもなくて、普通の人間が頭で考えたって、わかるようなことだ。」と言っていた。

ダイジによれば某教祖は、「エネルギーが曲がっている」そうで、クンダリニー・ヨーガのプロセスとしては、まだ狂気のレベルにいる、ということだった。

またダイジのところへ何度も電話をかけてきて、「変な念波を送らないでくれ、、」と言っていたらしい。

ぼくはダイジに、「先生が何かしたんですか?」と聞くと、

「いや、何も。向こうが勝手に言ってるだけだ。」と笑っていた。

 

「ニルヴァーナのプロセスとテクニック」の内容をビデオ化すると言う話しもあったらしい。(結局、実現はしなかったようだ。)最終解脱時に、チャクラからエネルギー・コードが、はずれていく様子などをCGで再現する、などと話していた。

 

ぼくは、Oの合宿に行ったときに某教祖にシャクティーパットを受けて、その後面接もしたが、某教祖によれば、

「きみは、クンダリニーが上がってから、胸の後ろの辺りまで降りてきている。」と言っていた。

「降りてきている」というのは、仙道の小周天?のように、エネルギーを回すという考え方なのだろうか?

また、「アナハタ・チャクラが完全に開ききっている。」とも言われた。

そのことをダイジに話すと、

「あいつはそう見立てたんだな。アナハタが完全に開いていたらキリストだ。きみはキリストか?愛の人か?」

と言って大笑いしていた。

 

「解脱というのは、肉体を持っていないとできないんですか?」

「いや、他の次元でも修行はできるよ。一辺に解脱しなくても、段階的に少しづつ上がっていく人もいるし。」

 

「先生の本の中で、ある人の死をきっかけに絶望した、と書いてありましたが、それは誰だったんですか?」

「ん?もう忘れたな。きみは、生まれる前のことをおぼえてるか? おれにとっては、解脱する前のことは、もう遠い昔の出来事だから、あまりおぼえていない。おれは、もう終わっちゃった人間だからね。」

この答えは、ホントではないと思う。

(2行削除)

そのことを言いたくなかったのだろう。

また、僕もまだ学生だったので、あまり気を使わずにそんなことが聞けたのだろう。

 

「先生は、物心ついたときから禅を組んでいた、と書いていますが、最初は誰に教わったんですか?」

この答えは忘れてしまったが、テキトーに書くと、「前世でも修行していて、身心脱落しているから。」

「そして、前世の記憶を持っていた。」

この辺りは(ぼくを)信用しないでください。

 

「身心脱落しても、また生まれてくるんですか?」

「そう。最終解脱しないと、また生まれ変わる。」

 

「先生はクリシュナムルティーのことを『現代の最高最大の救世主』と書いていますが、そんなにすごい人なんですか?」

「そう。あの人の文章は、『空』を知った人が書いたらこういう文章しかなりえないだろう、という文章だ。だから、読むだけでも瞑想になる。」

ぼくは最近、クリシュナムルティーの本を買ったが、3ページくらいで挫折した。

ある人は、日本語訳されているクリシュナムルティーの本で、ほんとにクリシュナムルティーの雰囲気を伝えているものはない、と断言していた。やっぱり、直接話しを聞くのとは違うということか?

 

なんの話しだったんだろう。

最終解脱したあとに行く世界?のことなんだろうか。

ダイジは、「(その世界の)あの懐かしさときたら・・・。」と言って、目を細めて絶句していた。

 

ぼくはダイジの弟子とは、道場(アパート)で会う以外の接触は無かったけれど、よく考えてみると、もっと太いパイプが、残っていることに最近、気付いた。

それは、道場開設の手紙をくれた、世話人のIさんのことだ。Iさんはダイジの弟子ということではなくて、禅をやっていて、ダイジと知り合いになった友人のような人らしい。ダイジが「ニルヴァーナ~」等の本を出したのもIさんが勧めたらしいし、道場を持つように説得したのもIさんらしかった。

Iさんは、ダイジからヨーガの恐さを聞かされていたので、ヨーガには手を出さず、禅一本で修業しているということだった。

ぼくは、相談したいことがあって、一度Iさんに手紙を出したことがある。

と言ってもIさんの住所は知らなかったので、ダイジのところへ送って、転送してもらおうと思ったら、ダイジは転送はせずに、電話でその手紙を読み上げて伝えたらしい。返事は手紙で来た。その後は、年賀状を一回やりとりした。

 

たぶん、Iさんと連絡をとれば、少なくともダイジの最期は、どんなふうだったのか、ということはわかるかもしれない。

自分の意思で肉体を捨てたのか、病死か、事故死か・・・。(最期に電話をしたとき、肉体を捨てるかもしれないと言っていた。)ただ、Iさんとは一面識もなくて、十年以上なんの連絡も、とっていないので、いきなり手紙を出して、「ダイジの最期を教えてくれ」などと聞くのは失礼だと思って、今はなにも行動には移せないでいる。また、なにか機会があったら、Iさんと連絡をとってみたいと思う。

 

とりあえず、去年の12月に突然湧き出てきた思いは、ほとんど書き尽くしました。

こんな走り書きのような文章につきあってくださった方達に感謝します。

ありがとうございました。

(1998.2.11)

 

断片の追加です。

ダイジがよく使った言葉に「オープン・ハート」がある。

意味はそのまんまで、心を開くということ。

「きみはオープン・ハートできる相手はいないのか?」

という感じで使っていた。

もし、ダイジの弟子になるとしても、それとは別に、

オープン・ハートできる相手が必要らしい。

(絶対というわけではないだろうが。)

 


この本の内容は以上です。


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