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第一章

『ピーカン』 

 

野空 藍

 

 

 

その手紙に目を通したときから、必ず見舞いに行くと思い固めていた。仕事にも取り紛れ、いつにしよう、返信をどうしよう、迷いためらううちに十日近く経っていた。

電子メールでくれたら返事だってすぐ返せたのに。裕子の胸のうちに一刹那浮かんだ不満だった。

 

旧知の先崎誠から数年ぶりの音信となる封書が届いたのは十日ほど前である。また封書だ、と裕子は思った。誠らしい遠慮深さの透けて見える文面はわずか数行、近い内に自宅まで来てもらえないだろうか、渡したいものがある、体調がすぐれず外出を控えている、多忙な裕子を呼びつけることになり心苦しく思っている、そんな内容が縦書き用便箋一枚にボールペンで認められており、文面末尾に記された日付は消印の日付と同じだった。届いたのはその翌日だった。

 

遡ること数年、ほどなく新たな世紀を迎えようとする九十年代半ばにも誠から封書が届いた。しばらくぶりの音信であったが素っ気ないものだった。中には四つ折りのA4プリント用紙が一枚、その中央に電子メールアドレスなるその頃はいまだどこか暗号めいて見えたアルファベットと数字の列が印字されており、その下には手書きで「宜しく」とだけあった。日を置かず最新パソコンを購入した裕子は、夫の助けも借り、一ヶ月を費やして電子メールを返した。「こちらこそよろしく」としか言葉を添えられなかった。その日のうちに誠から届いたメールには「裕子さんには驚いた」とだけあった。

 

それから幾年かして、今度は裕子から携帯用メールアドレスを知らせるメールを送った。誠からは、携帯用メールアドレスは使っていない、というメールが裕子のパソコンに届いた。殺到する屑メールのため旧アドレスは使い物にならなくなりかけているからと、別のメールアドレスが記されていた。誠から二通目の電子メールだった。

 

二人の間でメールアドレスが交換されてすでに久しかったが、この簡便な通信手段は活用されていなかった。

 

(一)

 


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第二章

 

 

 三週間ぶりにめぐってきた休日の朝、裕子は疲れているはずの自分を気遣わしげに鏡の中で検分した。床を出るとそのまま浴室に向かい、心ゆくまで半身浴にひたったあとだった。

 

鏡の中の表情は特段生彩を欠いてはいない、と裕子の目には見えた。杏仁形の目とその眦の長い切れ込みはこの日の朝も鮮やかに涼しげであり、天性きめ細かな白い肌に顕な疲れは滲んでいない。その素肌には目を凝らせば年齢のもたらすかげりを見て取れたが、薄化粧でもすれば容易く気取られることはないほどで、弛みない節制の賜物であった。ただ、素肌の状態も化粧の出来映えも冷徹に検分するには眼鏡が欠かせなくなっていた。いつのことであったか、初めて眼鏡をかけて鏡に向かった裕子は息をのんだ。目や口元の周囲の微細な有り様までが怖いほど鮮明に目に飛び込んできた。裕子はその怖さに慣れることのできないまま、冷徹な検分を怠ることはなかった。

 

行くなら今日しかない。裕子は自分に言い聞かせた。自由になる時間にようやく恵まれたこの日、肌の状態にも体調にも外出をためらわせるほどの変調は生じていなかったし、人の視線を浴びるよりは引きこもっていたいという気分を誘いかねない稀に襲われもする気鬱を抱えているわけでもなかった。外出の支度をしながら、誠との行き来がすっかり間遠になってしまったことを思った。わたしが誠さんへの連絡を控えてきたのと同じ理由で、誠さんもわたしへの連絡を控えていたのだとしたら、どんなに嬉しくてやはり悲しいことだろう。

 

肌を整えたあと、桜色の口紅を引いただけで、裕子はほとんど素顔で誠に会おうとして臆してはいない自分を改めて意識した。それは心の片隅に秘めたものであったが誇らしさの意識でもあった。均整のとれたやや細身の体形は若い頃のまま贅肉を寄せつけておらず、長く伸ばした黒髪は豊かさと艶やかさを保っていた。強固な意志にも支えられて自律的歳月を過ごしてきたことの証しであり、褒賞でもあった。それでも容赦ない時の移ろいのもたらす容色の衰えを、俳優である田沢裕子は、時を重ね修練を積んで身に備えたゆるぎない演技力でいまだ補って余りあると信じた。

 

長い髪は引っ詰めに、亜麻色のチノパンに萌黄のセーターであっさり装い、生成りのスプリングコートを羽織った。

 

家を出る間際、裕子は念のため電話を入れた。正午にはまだ間のある時刻だった。誠はすっかり元気になっているかもしれない、と思った。

 

「これからお邪魔してよろしいでしょうか」

「あぁ、裕子さんかぃね。どうぞ来とくんなぃ。鍵は開けとくかんねぇ。勝手に入(へぇ)ってくんなぃ。待ってらぃねぇ」

 

懐かしい誠の老母の声と口調に裕子は意想外な穏やかさを感じた。「一時過ぎになると思います」と言い添えて電話を切った。そのあと夫の忠のケータイに電話をしたがつながらなかった。《先崎誠さんのお見舞いに行きます。夕方には戻ります》と伝言を残した。

 

結婚して十数年、子供はいなかった。仕事優先の生活を続けてきた。外国車の営業マンから今は横浜にある外国自動車会社直営販売店の店長を務める夫は、仕事を続けたいという裕子の意思を最大限尊重した。

 

薄く色のついた小ぶりの縁なし眼鏡をかけ、足元には芥子色のウォーキングシューズを選び、横浜山手町の自宅を出た。身体は軽かった。呼んでおいたタクシーが待っていた。石川町駅からの普段は利用することの滅多にない電車がなぜか知らず楽しみだった。

 

常より遅い春一番の吹いた翌日、青い空の下、一転して風は冷ややかだった。

 

 

 (二)


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第三章

 

 

先崎誠の住まいは新宿区若葉の狭隘な道路の錯綜する住宅街のとある急坂を下ろうという辺りにある。JR四ツ谷駅からも地下鉄四谷三丁目駅からも大人の足で十分もあれば行き着いた。誠自らの設計になる純和風の木造平屋で、裕子は新築間もない頃招かれた折に一度だけ訪れていた。結婚して日も浅い裕子をその夫共々招いた誠の胸中は量りがたかったものの、裕子は喜んで招きに応じた。誠が自身のために設計した家を見られることが素直に楽しみだった。

 

その日招かれていたのは裕子と夫の忠の二人だった。忠はかつて誠と同じ建築設計事務所で共に建築士として働いていた。同僚であった二人が顔を合わせるのは久しぶりのはずだった。玄関で二人を出迎えた誠に夫を委ね、裕子は台所へと殆ど直行した。裕子の結婚式に招かれながら、当日は仕事の都合で日本を留守にするという理由で欠席した誠を、できるだけ長い間夫と二人きりにしておきたかった。帰途、二人でどんなことを話したのか、夫に尋ねてみた。《あいつの仕事のことさ。ぼくの仕事にあいつは関心ないだろうから。あいつの仕事にぼくはまだ関心あるしね》。おおよそ裕子が予想した通りだった。わたしのこと、何か話した、とは尋ねられなかった。

 

裕子は台所で誠の老母を手伝いながら、独り身を続ける誠の女性関係にそれとなく話を振った。

「前んとこでも裕子さん以外にゃ女の人をひとりっきり連れてきたこたぁなかったぃのぅ。こっちだって、いつだって何人かいっしょだぃ」

 

居間で裕子と誠が二人きりになる瞬間があった。裕子は、広い家に老母と二人暮しでは手が足りないのではないか、と水を向けてみた。せめて家政婦を雇ってみたらと仄めかしたつもりであった。誠は、他人を家に入れるのは気が進まない、家事は老母と二人で手が足りているし、家屋と庭の手入れは自身がする、と応じた。裕子が、せめて家政婦を、という気持ちになったのは、誠は当分結婚しないのでは、と案じながらもさりとて、老母のためにもそろそろ結婚を、と誠に促すことも裕子にはできなかったからである。人手が要るという理由で誠が結婚するはずもないくらいのこと、裕子にはよく分かっていた。

 

その日を境に裕子と誠の行き来はさらに間遠になったが、裕子の結婚生活は時に多少の波風に揺すぶられながらも保たれ、老母との静穏な二人暮らしという形で誠の独身生活は続いた。

 

 

十数年前、夫の運転する車で一度行き来しただけの道筋を、その日の裕子は四ツ谷駅から徒歩で迷うことなく辿り返した。急坂の上に建つ誠の住まいを前に、裕子はしばし佇んだ。時の流れに洗われたその木造平屋からは、裕子が初めて目にした当時は際立っていた真新しさという角が削ぎ取られ、屋根瓦の深い鈍色も木肌や土壁の明るい色調もほどよい柔らかさを滲ませていた。それでもその佇まいはこの日も裕子に無邪気なほど無防備という印象を与えた。周囲の住宅は行人に敷地内を覗かせまいと、断固とした高さの石塀を築いているというのに、敷地百坪ほどもある誠の住居を囲う竹垣も門扉も大人の胸元ほどの高さしかない。竹垣越しには庭の植え込みと玄関、そして庭の中ほどにある池が半分ほど覗ける。池の縁(ふち)に植わった数本のまだ若い桜木は、葉が繁れば、幾分かは人目を遮る役割を果たしそうであった。井桁格子の竹垣に続いて木製両開き門扉とやはり木製の四枚折戸門扉が並び、その奥にある別棟の木造車庫も木製四枚折戸門扉で閉じられている。

 

塀を兼ねた四枚折戸門扉から車庫に続く地面にはコンクリートブロックが二筋敷き詰められていたが、雑多な草に覆われかけていた。敷地には土の面が十二分に残されていた。裕子はそこに見紛うべくもない誠の意思を、敷地内に草木を受け入れる余地が少なからずありながら、余すところなくコンクリートやアスファルトで埋め塞がれているのを目にすると、それだけで息苦しさを覚える、と裕子に洩らすこともあった誠の意思を改めて感じ取れた。裕子を相手に誠が一度だけ吐露した熱い心の丈が、今も裕子の耳底には残っている。《彼らはぬかるみへの度を越えた恐れと嫌悪にとどまらず、草木をも恐れ嫌うという虚弱で貧相な感性に操られている。大地は呼吸し、生きている。地中の生き物の呼吸を、大地の呼吸を妨げては、大地を窒息させては、大地の渇きに心の耳を傾けなくてはいけない》――誠のうちで数十年の時をかけて形成された境地であり信念だった。動物虐待には鋭敏に反応し、一部でもてはやされもする工場での植物生産には植物虐待の気配を察知し問題提起することもあれば、過激な菜食主義者風の見解を披瀝しもする誠は、必要とあらば、嘘も方便、と身を翻すこともできなくはなかったから、社会通念や一般的道徳と真正面からぶつかり合うことは少なかった。

 

あの深緑の、誠さんの言うブリティッシュ・レーシング・グリーンの117クーペはもうあるはずもない。今、車庫にはどんな車が……。裕子の思いは過去と現在を行き来した。

 

横格子の両開き門扉の前に立った裕子はインターホンには目もやらず扉を押し開けた。鉄平石(てっぺいせき)の切石を敷きつめた延段(のべだん)が真っ直ぐ玄関前の三和土の外部土間へと続く。そのとき何か渋紙(しぶがみ)色の動くものが姿を現した。四肢を一歩一歩踏み締め、うなだれたまま裕子に近づき、その足元のにおいを嗅ぐと、上目遣いに裕子を見た。一瞬間、裕子はその目と目を見交わした。言葉にならない言葉を交わした気がした。しゃがみこみ、ほぼ真向かいからその目を見つめた。ただ、その両の目はどこに焦点が合っているでもなく、宙空にただよう何か定かには見えぬものを追いかけさ迷っているかのようだった。わずかに獣の匂いがした。いやな匂いではなかった。幼いころ飼っていた犬の匂いだった。その頭から背にかけて、手を柔らかに滑らせた。強(こわ)い毛だった。毛並みは悪くはなかったが豊かではなかった。気温の低い日は寒いかもしれない。裕子は老犬の体を案じた。肉の厚みもなく、腰もか細かった。心なしか背中が丸かった。中型の赤犬は鼻面も毛色に近い梅染(うめぞめ)色で、どんな犬種とも言い当て難い外見をしていた。狐の顔を全体に太めにした狐顔というか犬顔で、昔から日本のどこでも見られた雑種だった。

 

「年をとったねぇ、お互い。誠さんも、わたしも、お前も」

 

すでに繋いでおくにも及ばないのである。この家の敷地の外に出るのは易かろうが、もはや日々周辺をめぐり歩き、あの角この角で片脚を高く高くあげて己が証しを残し続けねばといういつかは解き放たれるはずの衝動から、ようやく解き放たれたようだった。

 

名前を呼んでみた。

 

「チビ」

 

そうだっ、もう一匹いた。たしかデカなんて変な名前の。そんなに大きくなかったけど。誠はこの家が建つのと同時に、動物愛護センターで殺処分される寸前の犬猫の中からほとんど無作為に、子猫と成猫と子犬と成犬をそれぞれ一匹ずつ引き取った。たまたますべてオスだった。どうしてもっと慎重に選ばなかったのかという裕子の問いに、「選べるものか」と誠は応じた。強い口調だった。成犬は疾うに亡くなり、今、裕子に近づいてきたのは、出迎えであったのかもしれないが、かつての子犬であった。あの子猫はどうしたろう

 

裕子は玄関の格子戸に向かって明瞭な声音で

 

「ごめんください。裕子です。失礼します」と来訪を知らせ、殆ど間をおかずに格子戸を横に滑らせた。

老母が出迎えた。玄関の石敷き土間とわずかな段差しかない上がり框に正座したその姿は、久しく目にすることのなかった裕子には、なんて小さい、と映った。がっしり、と言っていいくらい逞しく感じたし、小柄だけれど大きくも見えてたのに……。なでつけられた灰色の髪はそっくり頭蓋の形を窺わせるほどその嵩は乏しかった。

 

「あぁ、裕子さん。待ってたぃね。裕子さんがその内やってくるっつってたかんねぇ、誠が」

 

 老母の肉声に接するのも久々であった裕子は、すでについ今し方電話口でそれとなく感じていたことが受話器を介していたからの印象ではないと教えられた。現実だった。往時にはその声にも口調にも感じ取れた気圧されるほどの威勢のよさは力ない穏やかさに変じており、その浅黒い肌に刻まれた皺はいよいよくっきりと深くなっていた。かつては少し怖かった老母が今の裕子には少しも怖いとは感じられなかった。今のお母さまに叱られても同情を誘う懇願にしか聞こえないかもしれない。なんとない淋しさが裕子の心を吹き抜けた。

 

「ご無沙汰しています。誠さん、体調がすぐれないとのことですが、お加減はいかがですか」

「心配(しんぺぇ)かけちまって申し訳ねぇねぇ。一週間前(めぇ)に亡くなりましてのぅ。まあ、上がってくんなぃ」老母は穏やかに語った。

 

裕子は立ちすくんだ。

 

「線香あげてやってくんねぇかぃのぅ。あの子も喜ぶんべ」老いて縮んだ体躯をなおかがめ、スリッパを揃えながら老母は続けた。

 

裕子はなおしばし身じろぎできず、片言を発したのもようやくのことであった。

 

「お母さま、何と……」

「線香あげてやってくんねぇかぃのぅ」

「いえ、誠さんのこと……」

「亡くなったぃのぅ。今日が初七日(しょなのか)だぃのぅ。まだ五十五だっつうんに……」語り口は変わらず穏やかだった。

「お母さま」

 

裕子の半ば叫び声だった。裕子はこのときようやく老母の黒の装いに目をとめ、それが黒無地染め抜き五つ紋付の正喪服であることを見て取った。

 

誠は著名と言える建築家であったのになぜ……という裕子の尻切れの言葉の意を汲んだ老母は続けた。

 

「葬儀は不要、死んだことも公表しねぇでくれ、そんなふうに言われたもんでのぅ」

 

  

(三)


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第四章

 

 

 独り立ちし、建築設計事務所を構えてからの先崎誠は、大小を問わず好んで個人住宅設計した。建築家としての名声国内で高まったのは、誠が欧米著名人の邸宅を次々と設計し、その高い声価国内にまで聞こえて以降のことである。時を経、誠の設計した家に暮らす夫婦は離別することが異数なほど稀であるという事実も相俟って、建築家先崎誠の声価は独特な高みへと押し上げられていた。

 

 

裕子は鉤型の母屋の最も奥まった位置にある仏間に通された。老母一人となった家は静まりかえっていた。

 

仏間には老母の身の丈ほどの高さの仏壇が半間仏間に収まっていた。欅材の仏壇の中央、一段高い位置には像高三寸ほどの木彫阿弥陀如来立像が、その下の段には黒漆塗りの板位牌三基と真新しい白木位牌一基が祀られていた。白磁の仏飯器には白米が、これも白磁の猪口には納豆が盛られ、寄木の高杯上の赤のマルボロ一箱と共に供えられていた。誠の遺影は見当たらなかった。

 

口紅を拭い落とした裕子は仏壇の前に正座し、線香と醤油の香混じりの納豆の匂いに包まれながら、《先崎誠之霊位》とだけ手書きされた白木位牌を見つめた。誠の無二の好物が納豆であったことを裕子は思い起こした。そして想い描きたくないと思いながらも、覚えず、ある光景を想い描いていた。一人で我が子の最後を看取り、一人で野辺送りをする老母、さらには毎朝一人、位牌に供えるだけの納豆をかき混ぜる老母……。自ら胸に描いたそんな光景を、掻き消せるものなら掻き消したいと裕子は思った。誰かが、せめて野辺送りくらいは事務所の人たちが付き添ってくれたはずだと想おうとした。

 

裕子の左後方に正座していた老母が口を開いた。

 

「二ヶ月くれぇ風邪が治んねぇつってたんだけんど、そのうちたまに寝込んぢまうようになってのぅ。やだっつぅんをどうにかこうにか医者ん坊に見したぃのぅ。昔っから医者が嫌(きれ)ぇで。診てもらったら肺に癌がめっかってよぅ。医者ん坊は手遅れの癌だっつぅんだ。手術(しじつ)は難しんだと。四ヶ月くれぇ前(めぇ)だぃのぅ。医者ん坊の言(ゆ)うにゃあ、かなり前(めぇ)から自覚症状があったはずなんだと」

 

 仏壇の方を見やりながらの老母の呟きに近い語りだった。老母の声を背に受けながら裕子は白木位牌を見つめ続けた。

 

「医者ん坊からぁすぐ入院しろっつわれたんによぅ、今年の一月くれぇまではそんでも事務所ぉ行って仕事してたぃのぅ。先月くれぇから家(うち)で寝込むことが多くなってのぅ。そんでも入院はしねぇって、とうとう入院しなかったぃのぅ。まじいっつぃながら煙草もやめねぇでよぅ。『あぁ、痛みが退いてぐよ。おふくろ』が最後の言葉でのぅ。そんときまで『痛(いて)ぇ』とか口にしたこともなかったんによぅ。裕子さんも知ってるんべぇが、泣き言言わねぇ子だったかんのぅ。まだ若(わけ)ぇし元気だったしのぅ。あっちゅう間だったぃ」

 

死に至るまでの誠の数ヶ月間を老母は澱みなく語り、その澱みない語り口は、誠の最後を看取って此の方の老母がその数ヶ月の時の流れを反芻していたことを問わず語りに語っていた。

 

「はい」

 

裕子にはそう応じるのが精一杯だった。

 

「痛かったんだんべぇなぁ」

 

柔らかな口調で語る老母の皺に埋もれた目はわずかに潤み充血していた。

 

「誠さんはご自身の病状をご存知だったんですよね」

 

誠なら気休めを言われるより事実を知りたがったはずだと想いながら裕子は尋ねた。

 

「医者ん坊に無理矢理言わしたぃのぅ。そんな子だぃのぅ」

 

誠の死に至るまでの経緯とその臨終の様子を語り聞かされながら、応えるべき言葉をどうかして探りあてようとして、その手探りは空をつかむばかりだった。応えるべき言葉を片言も見出せないことが裕子にはもどかしく、もどかしさは苛立ちに、苛立ちは茫とした憤りへと変わりかけていた。どうしてもっと早く自分に知らせてくれなかったのか――裕子はすんでのところで老母を詰(なじ)りそうになった。もとより自分はそんなことのできる立場にいるわけもないのだと自らを叱りながらも、しかし、できることなら誠には質したいと思った――そんなに具合が悪いならどうしてそうと知らせてくれなかったの

 

裕子に老母は詰れなかった。ましてや誠に問い質したいとは叶うはずもない想いだった。裕子は誠の白木位牌を見据え、胸のうちで誰にともなく疑念と憤懣をぶつけていた。両の手はチノパンの生地をきつく握りしめていた。

 

……あの手紙、ご高齢のお母さまがわざわざ外出なさり投函なさったに違いないあの手紙にはすべてが語られてたというの。《体調がすぐれず外出を控えている》はこのことを告げてたの。そんな遠まわしな言い方をされても分からない。《渡したいものがある》はもしかして早手回しの形見分けのことだったの。もうすぐ逝ってしまうのだったらはっきりそうと言ってくれなくては分からない。近い内に来てくれないかという文面だったからこうして近い内に来たのにぜんぜん間に合わなかった。亡くなるわずか二三日前に格別深刻な様子をうかがわせるでもない手紙をもらっても……。身体の丈夫な誠さんが体調を崩してることは気に掛かりはしたけれども、長の年月働き詰めだったのだろうし、まだ若いと言える年齢のことも考え合わせたら、きっと疲れがたまってたんだとばかり想ってた。今日明日の命というほど事態が切迫してるなんて想いもしなかった。違う。わたしが鈍感なわけじゃない。でも、ちょっとそこまで買い物に出るときのような身支度で初七日のお線香をあげに来てしまった……。

 

見舞いの品を何も持参しなかった裕子だが、誠が何か食べたいと言い、それが自分にも作れるものなら手ずから作りもしよう、誠に何か欲しいものがあれば買いにも出よう、そんな心積りをして出向いていた。ただ、何も知らされぬまま訪れたのだから喪服姿でないことはともかく、誠の霊前で初めて手を合わせるにはおよそ相応しくない身なりで訪れてしまったという巡り合わせがこの時の裕子には厭わしくてならなかった。たまさかに、でもよかったからもう少し改まった身支度をして老母に見えたかったと臍を噛み、入念な化粧に時を費やさなかったという半ば偶然の仕儀にせめてもの慰めを見出した。悲しみと腹立たしさがないまぜられてこみ上げる感情には裕子をあやしい苛立ちへと誘いかねない力が潜んでいたが、その苛立ちはいまだ向かうべき方向も対象も見いだせてはいなかった。あくまでも平静に裕子の相手を務めようと老母が押し鎮めているはずの悲しみを想えば、泪など流せない、と懸命に泪をこらえた。裕子には泪を流すよりとどめる方が遥かに難しかった。

 

「茶ぁでも入れんべ」

裕子の背後で老母はおもむろに立ち上がった。

 

「わたしがやります。お母さま」

老母の言葉に裕子は思わず振り向いて反応していた。

 

「大事(でぇじ)なお客さんにそんなことさせらんねぇよ。裕子さんはあっちで座ってておくんなぃ」

 

   

(四)


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第五章

 

 

仏間の隣室で、裕子は座卓を挟んで老母と向き合った。お母さまはやはり本当にお小さい。木目鮮やかな欅一枚板の坐卓には週刊誌大の黒布貼り平箱と長さ五六十センチ、直径七八センチほどの黒い丸筒が並べられ、洗朱塗(あらいしゅぬり)の小鉢には大根の麹漬が盛られていた。

 

老母は箱の蓋を開け、和綴じの冊子を手に取った。白い和紙の表紙には金泥の活字体で『ジョゼフ・ジューベール断章集』という外題が縦に印字されていた。

 

「裕子さんにってのぅ」と老母はその冊子を裕子の方に押しやった。

 

「一部だけ製本頼んだっつってたぃのぅ。この半年くれぇ、分厚い横文字の本を二冊いつも抱えててのぅ。翻訳だっつってたぃ」

「半年も前から……」と裕子は呟いた。そのどこかくぐもった響きの呟きは思わず漏れ出た独り言とも老母への問いかけともつかなかった。

 

「そんなとこだぃのぅ」

「わたしがいただいてよろしんですか。お母さまのお手元に残しておかなくて」

「オラァもう長かぁねぇかんなぁ。目も悪(わり)ぃし、字ぃ読むんは億劫だぃ。もらってやっとくんなぃ。あの子も裕子さんに読んでもらいてぇから翻訳したんだんべぇかんなぁ。……それとこれ」と老母は封筒から一枚のプラスチックカードを取り出した。和綴じの冊子とともに箱に収められていた封筒である。

 

「暗証番号は裕子さんの誕生日だっつってたぃのぅ」

「……」

「銀行カードだ。あの子の言葉をそのまんま伝えるがのぅ。『失礼だとは思うけれど必要なときに使って欲しい。いつまでも美しく幸せな裕子さんでありますように。あなたの大ファンより』」

 老母は誠からの《言伝て》を滑らかに暗唱した。

 

「あの子は愚にも付かねえ寝言もよく言ったけんど、あぃでいっちょう前(めぇ)にしっかりもんだったんだ」

「いただけません。お母さまもご入り用でしょうし」

即座に裕子は受け取ることを拒んだ。

 

「オレにゃあ十分すぎるもんをあの子は残してくれたかんのぅ。事務所のことからオレのことまで、後のこたぁ準備万端、手抜かりのねぇ子だぃなぁ。施設にずっといらぃるよう、何(なん)も彼もやってくれててのぅ。もう間に合ってらいのぅ」

「でもいただけません」

 誠の用意周到は、裕子のことに限れば、気の遣いすぎとしか裕子には思えなかった。

 

「あの子の今わの際の願いだかんのぅ。必要なとき使ってやっとくんなぃ。いらなきゃ放(ほ)っといてくんりゃ。あの子の遺言だかんのぅ。聞き遂げてやっとくんなぃ。カネに苦労すっとそれが人相にも出っちまう。ベッピンのままじゃいらんねぇ。裕子さんみてぇとびっきりのベッピンさんは、カネに苦労すっようなことがあっちゃいけねんだ。カネの苦労が顔に出ちまったら、せっかくのベッピンさんも台無しだぃ。そんなふうなこと、言ってたぃのぅ。裕子さんが今みてぇにとびっきりのベッピンさんで幸せでいてくんりゃそんだけで、裕子さんのお役に立てりゃあの子は嬉しぃんだんべぇかんなぁ」

 

「無駄遣いしてしまうかもしれません」

 

「どうにでもしとくんなぃ。オレにゃあ用のねぇもんだかんのぅ」

 

裕子は厚意を受ける受けないで老母と押し問答しようという気にはなれなかった。カードは預かろうと思った。でもカードが手もとにあったらわたしは、裕子は自問した、残高を確認したりするのだろうか。到底許されない好奇心に思えた。そして、自分が今幸せであるのかはともかく、自分はもう若かったあの頃のようにきれいではないと一瞬のことだが老母に抗弁しようとした自分に気づき、次の瞬間には、それが徒な企てであることにも思いが及んだ。あの頃から二十数年も経っているのだから……と理を説いて弁ずるまでのことではなかった。二十数年が大人の女にもたらすものを同じ女である老母が体験していないはずもなかった。八十路を超えた老母の目に裕子がいまだ若く美しいと見えるのも事実であろうし、容色の衰えは日に日に自分にも偽り難くなっているという現実を、噛みしめねばその効能を十分に発揮しないが口に含むことさえ不快な薬草を噛みしめるように、裕子が日々密かに噛みしめていることも、二人共々、刻々物理的に増大するかに感じられもする時の移ろいの重さを背負っていることも事実であった。

 

黒い紙筒にはA2サイズの図面が複数枚収められていた。誠が裕子のために仕上げた住宅設計図面であった。

 

「力作だっつって自慢気だったぃ。裕子さん夫婦んために家(うち)ぃ作ってやりてぇってのぅ」

 

 それならどうして……、と裕子は声を荒らげようとして、呑み込むしかなかった。半年も前から企図されていた『ジョゼフ・ジューベール断章集』に、現金を引き出せるキャッシュカードに、さらには死を間近にしていた誠の多大の労力が込められているはずの住宅設計図面に……。裕子には答えの出しようのない疑問を残して誠は姿を消してしまった。置き去りにされた、と裕子は感じ、誠に問い質さなくては決して答えの出ない疑問の数々に絡め捕られていた。

 

裕子は茶を一口すすった。

 

「冷めてんべ」と老母が腰をわずかにあげ、

「入れなおすんべ」

 

 裕子は冷めた茶をさらに一口飲むことで結果的に老母の動きを制し、

「いただきます」と塗箸でつまんだ大根の麹漬の厚い一切れを一口かじり、

「おいしい」と呟いた。

 

口にするのは久しぶりであったが、噛み切る際の程よい歯ざわりに噛み音、また類するものとて容易には思い浮かばないその不思議な甘さも裕子がかつて体験したそのままであった。

 

ずっと以前のこと、老母手作りの大根の麹漬を初めて口にして、裕子はその感想を大袈裟なほどの声と表情と身振りで表現した。「おいしい」という裕子の大声は老母と誠を驚かせ笑みを誘った。作り方を教えて欲しいと裕子はその場で老母に請い、後日、手順をいちいち書き留めながら作り方を習った。裕子はその後(のち)もこの麹漬を振舞われるたびに舌鼓を打ち、いつか自分でも作ろうと思いつつとうとう作らずじまいで今日に至っている。今の裕子にはもはやその覚え(書き)の所在も定かではない。

 

これからは自分で作らなくては。どんな風に切り出して再度教えを請えばいいものか裕子は思い惑った。老母の糠漬も裕子の口に合いはしたものの、糠床は譲られても腐らせてしまいそうだった。老母の麹漬を受け継ぐことなら自分にもできそうな気がした。

 

「施設にはいつ頃お移りですか」

 

裕子は老母の終の棲家になるはずの施設のことに触れた。触れたくないと思いながらも、辞去する前にどうしても確かめておかねばならないことなのだと自分に言い聞かせて持ち出した話題であった。

 

「大事(でぇじ)な用が片付いたかんのぅ。いつでも引っ越せらぃ。そいでもせめて四十九日(くんち)までは、とのぅ……」

 

 不意に、裕子の掌に刺々しい疑念が出現した。ひょっとしてお母さまは、わたしがすぐにでもやってくるかもしれないと、先ほど玄関の板の間で正座をして待っていてくださったように、毎日わたしの訪れを待っていてくださったのでは……。

 

「お母さまはわたしが伺うのを待っていてくださったのですか」裕子は確かめずにはいられなかった。

「近々(きんきん)やって来るっつぅことだったかんのぅ。待つっつぅほどは待ってねぇやぃのぅ」

 

老母の直截な答えは裕子の掌に出現した疑念に中身と重さを与え、刺々しさは紛れもない現実となった。近い内に裕子がやってくると誠から聞かされていた老母は、《準備万端》整えて十日近く裕子を待ち続けていた。玄関での《裕子を待っていた》という老母の言葉は、《これからお邪魔します》という裕子の電話を受けての《待っていた》ではなかった。裕子は掌の痛みを微塵も面に表すことなく自分自身に宣告していた。あなたは犯すつもりのない罪を犯してしまった。詰られるべきはあなたの方、どうしてもっと早く来てくれなかったのかと詰られるべきは。裕子は覚えのないまま犯していた罪の責めを、何も知らせてよこさなかった誠に負わせたい気持ちになっていた。

 

「お母さま」と口にし、更に言葉を継ぐため、裕子はあり丈の勇気を奮い起こさねばならなかった。

 

「せめて、どうして、誠さんが亡くなったときに知らせていただけなかったのですか」

 

「裕子さんは必ず来っからせっついてくれんなって言われてたもんでのぅ。誠がそう言ったもんでのぅ」

 

老母の即答だった。

  

 

(五)


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販売価格220円(税込)

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