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登場人物紹介

 

・岳戸由宇(がくとゆう)……(自称)美人霊能師。元グラビアアイドル。

 

・加納夏美(かのうなつみ)……岳戸のマネージャー。元お笑い芸人。

 

○株式会社アートリング……ほぼオカルト専門の映像制作会社。

 

・等々力力(とどろきちから)……社長。オカルト大好き。髭もじゃの堅太り。

 

・茂田充(しげたみつる)……カメラマン。会社の立ち上げメンバー。カメラを覗くと怖い物知らず。

 

・高谷翔(たかやしょう)……チーフAD。27歳。

 

・柳井泰介(やないたいすけ)……カメラ助手。自分の仕事だけは真面目。24歳。

 

・柄田昌樹(つかだまさき)……1年目の下っ端。エロガキ。20歳。

 

・万條絵里子(まんじょうえりこ)……一流企業から転職してきた28歳。社長と同類の好き者。

 

 

 

・三津木俊作(みつぎしゅんさく)……東亜テレビ「本当にあった恐怖心霊事件ファイル」チーフディレクター。等々力の悪友。

 

・紅倉美姫(べにくらみき)……美人霊能力者。


1、取材班

 木立の向こうに赤いスレート屋根の頭が見えてきた。

「おっ、あれ、あの屋根だろう?」

「え…、違いますよ。肝心の電話がないじゃないですか」

 釣られて右にハンドルを切りかけて、ドライバーの高谷翔(たかやしょう)は砂利の敷かれた駐車場を横目に車線を元に戻した。幸い右へ緩いカーブになっている。

「ありゃ、ほんとだ。わはははは」

「頼みますよ、この間も同じ所で間違ったでしょうが。もうちょい先ですよ」

 高谷の運転しているのは大型のスポーツタイプワゴン、愛称「リング2号」=株式会社「アートリング」の所有する3.5台の車の中で一番の高級車だ。中古ではあるが、現行の新型だ。

 

 株式会社アートリング。

 

 映像コンテンツの制作を請け負う主にテレビ局の下請け会社で、社員7人、内、社長と副社長が夫婦で、人手がいるときは高校生の娘さんをアルバイトに雇う、極めて家内制手工業的会社だ。所有する車の「.5」は奥さん私用のオモチャみたいな軽だ。

 主にオカルト番組の制作を行っている。

 ドラマのVTRも生中継のロケも、オカルト、お化け物ならなんでもござれだ。

 社長が根っからの好き者なのだ。

 等々力力(とどろきちから)という、こわい髭モジャの熊みたいなおっさんだ。この場合の「こわい」は「硬い」と書き、顔自体は太い眉が丸く下がって、マンガみたいな、いつも笑ってるような愉快な顔つきをしている。

 ……今、高谷のとなりの助手席に座っている。

 あーあ、こんなむさ苦しいおっさんじゃなくかわいい女の子だったらなあと思う。

 ……女なら乗っている、後ろの広い座席を占領して。かわいくはないが。

 

 岳戸由宇(がくとゆう)。

 

 そこそこ有名な「美人」霊能師だ。

 この場合の「美人」は主に本人の強い意向によって冠されている。

 美人……ではあるのだが、

 世間一般にあまりそうした人気はない。一部に熱狂的なファンはいるようだが。

 

 岳戸由宇は……

 

 ドカッと後ろから背もたれが蹴られた。

「まだあ? いつまでこんな狭い車に乗ってなきゃならないのよお?」

 社長が厚苦しい愛想笑いの顔を後ろに向けてなだめる。

「すいませんね、先生。もうしばらくです。もうじき着きますんで」

 岳戸はフンと腕を組んでそっぽを向いた。

 岳戸由宇は、性格が悪いのだ。

 東京から高速に乗り、途中で下りて海沿いの国道を走り、午後2時過ぎに出発してちょうど2時間ほど。3日前、土曜の午後に来たときには渋滞に捕まって4時間もかかったのだから「いつまで」と背中を蹴られるのは心外だ。どうせ自分だって大した「広い」車には乗っていないくせに。

 

 東海地方の某県

 

 としておこう。具体的な地名を記すのはいろいろと差し障りがある。そもそもこの急ぎのV作りは1週間後に放送を控えた「本当にあった恐怖心霊事件ファイル」で流す予定だったとある心霊ドキュメントが、依頼者の親戚の「とんでもない!」という烈火のごとき猛抗議で放送を見合わせざるを得なくなり、こうして急ぎ代わりを準備する羽目になってしまったのだ。

 ここ数年来テレビ局はこうした「個人情報」に関するクレームに非常に神経質になっている。

 左手に海を望み、右手に樹木茂る丘の連続を眺めながら走る。

 シーズン前でウインドサーフィンの帆が2、3見えるくらいの砂浜を過ぎ、

 じきに、

 今度こそ目当ての物が見えてきた。

 先ほどと同じように樹木の上に、黒い、やはりスレート葺きの高い屋根が見えてきた。

 緩いカーブを曲がり、枝道へ右折して入る。少し入って左へ寄せて車を止める。

 2台後続が入ってきて、後ろについて止まった。黒い年代物のスポーツワゴン「リング1号」とこれまたずいぶん側面が傷んだ年代物の黒いミニバン「ブラックベース」だ。ちなみにこうした特撮系の愛称を付けるのは社長の趣味だ。

 2台から続々スタッフが下りてきた。

「着いた着いた。よし、今日は時間があるな。柳井、歩くぞ」

 と言ったのはカメラマンの茂田充(しげたみつる)。社長といっしょにアートリングを立ち上げたお友だちだ。もっともこの人はただのカメラ好きで、カメラを覗いていなければただの恐がりのおじさんのようだ。頬がこけて、自分の方こそ死神博士っぽい。

 茂田カメラマンに呼ばれて「はい」と重いボックスケースとリュックとがっちりした三脚を担いだのはカメラ助手の柳井泰介(やないたいすけ)。なかなかスタッフが定着しない中、3年目の24歳だ。茂田カメラマンには素直なのだが。

「社長。車、どうしましょう?」

 とリング2号の運転席から顔を出しているのが入社1年目の柄田昌樹(つかだまさき)。映像系の専門学校を出ているから使えるかと思ったら、実はアートリングのもう一つの仕事、(まだ)売れてないアイドルをリポーターにした旅行ビデオ「美女と秘湯」シリーズ目当てのただのエロガキというのが判明して以来ビシビシ鍛えてやっている。でもまあ根を上げずいつかアイドルと秘湯で混浴するのを楽しみに頑張っているのだから根性は立派なものだ。

「あん? レストランの駐車場があるだろう? そうだよ、翔ちゃん、なんでここに止めちゃったんだよ?」

「いや社長」

 翔ちゃんというのは女の子みたいで止めてほしいのだが。

「レストランは駄目ですよ、こないだ喧嘩になっちゃったでしょう?」

「喧嘩なんて大げさなものじゃないだろう?」

 等々力は呆れたように言った。

 高谷はふっと白々したため息をついた。人の感情に無頓着な人だから相手も自分と同じだと思っている、と思っている。

 高谷は道路を横断していった茂田と柳井の師弟コンビを目で追った。茂田が構える中型の肩載せカメラが狙う物を見る。

 

 1台の電話ボックスが立っている。

 

 銀色のフレームの、中の電話は黄緑色の、古いタイプの電話ボックスだ。

 ここに幽霊が出るというので取材に来たのだ。

 ネットでは目撃報告が多く載っているが、すぐ近くのレストランの年配の主人は、そんな物は出ないと言った。

 ご自分で見たことがなくてもお客さんなんかからそうした話を聞いたことはありませんか?と食い下がったところ、つまらん噂話を立てないでくれ!、と、すっかり怒らせてしまったのだ。

 

 ……怒っていたよなあ……、と、高谷は思う。

 

 ま、怒ってしまったのは土曜の夜だというのにお客が1人もいなかったせいかもしれないが。

 あんまり流行っていないのかもしれない。

 ここは海沿いにずうっと国道が走り、国道は海から2メートルから3、4メートルほど切り立った崖の上を通っている。

 車道の陸側をブロックに囲まれた灌木(かんぼく)の植え込みで分離されてサイクリング道路と歩道がずうっと平行して走っている。

 サイクリング道路の陸側は道路を切り取った跡の壁が所々ある丘がずうっと続いている。6月現在木々が青々と葉を茂らせてこんもりしている。

 海側に目を向ければ、崖が続いているが、所々下に砂浜が広がり、夏になれば海水浴場としてにぎわうことだろう。砂浜の周囲は土地が開けて店やホテルが建っている。

 サイクリング道路を車道から守る植え込みは元々の地形に合わせてか所々広がって、脇道に入る三角州は見晴らしを確保するために裸の土になっている。

 そうした広い三角州の一つであるここに、その電話ボックスは立っている、というわけだ。

 脇道を入り、ずっと上っていくと丘を越えて住宅地と、市街地に通じているはずだ。今回はとにかく急ぎなので実際目で確かめている余裕はない。

 坂道の途中、丘の上に階段を上がってそこそこの大きさのレストランが建っている。場所柄シーフードを売りにした洋食店で、店名を「船上のまな板」と言い、主人の心意気は大いに感じるが、お客がいないのは第一にこの店名によるのではないかと、是非改名することをお勧めしたい。

 レストランの下に車6台分の駐車場がある。ここにこうして路上駐車を続けるわけにもいかず、あそこに止めさせてもらえればたいへんありがたくはある。駐車場は空で、今日も「船上のまな板」はきっとガラガラだ。

「ねえっ」

 岳戸が不機嫌な声を上げた。

「あたしの出番は夜なんでしょ? それまでどうしてろって言うのよ? 加納っ!」

 岳戸はマネージャーを呼びつけた。大きなカバンを抱えた女性が慌てて寄ってきた。細かなソバージュのロングヘアーにおしゃれっぽい大きなメガネをかけているが今一決まっていない。岳戸の所属する芸能事務所の社員である加納夏美、25歳。彼女も以前はお笑い芸人をしていたが、芽が出ず、裏方に転向し、今や気の毒に岳戸由宇の一番直接的な被害者だ。

「髪が傷んじゃうわ。ショール出して」

 岳戸は加納が慌てて出した薄紫色のショールを頭からかぶった。彼女は紫色が大好きで、今日も全身を黒の濃い紫でコーディネートしている。紫は霊的に最上級の高貴な色なのだそうだ。偉い坊さんの袈裟といっしょだ。そういえばこれでも彼女は数年間きちんと寺で仏道の修行を積んでいるのだとか。それにしてはずいぶんな破戒僧ぶりだが。

「どうすんのよ? まさか夜まで車で待機なんて言わないでしょうね?」

 いかにも不機嫌を露骨に表していた岳戸が、ふっと、猫なで顔になって言った。

「せっかく海に来てるんだから、海岸を歩いてあげましょうか? 欲しいでしょ、そういう画?」

 社長がいかにも嬉しそうな笑顔を作って言う。

「歩いてくれますか? いやあ、欲しいなあー! しかし、まだ寒いですよ? お願いできますか?」

 いかにも申し訳なさそうに言う社長に

「そりゃあ、是非と頼まれれば断れないわ」

 岳戸は演歌の大御所のような寛容さを見せた。

「先生っ、是非っ、お願いします!」

 狐と狸の化かし合いだ。アホらし。

 岳戸は、まっ、いいわよ、と快く応じ、社長は高谷に言った。

「海の画を撮ったら先生にはレストランでお休みいただくから、おまえエリちゃんと交渉してこいよ」

「はい。了解しました」

 高谷はチーフADで、技術チーフの茂田カメラマンは別として高谷の好きな「スタートレック」風に言えばクルーの「ナンバー1」だ。だが……

「じゃ、エリさん、行きましょう」

「はいはーーい」

 軽いノリ返事をしたのがエリちゃん……ADの万條絵里子(まんじょうえりこ)。背が低く、そばかすだらけの丸顔で、子供のように好奇心にキラキラしたまん丸い目をしているが、28歳、高谷より1つ上だ。せっかく一流企業の正社員だったのに、「情熱が抑えられず」退社して去年アートリングに転職してきた変わり者で、その正体は社長と同類のオカルト大好きっ子だ。高谷はその手の知識に関しては完全に彼女に負ける。

 高谷自身はといえば、元々テレビの仕事がしたくて、大学在学中にテレビ局のアルバイトをして、その時知り合った社長にここに引っ張り込まれて……オカルトには特に興味はないが、テレビはテレビなのでこの仕事は面白くて好きだ。

 というわけで苦手な交渉ごとも仕事の内で、女の子の万條を連れてレストランへの階段を上がった。

 岳戸の方は社長が茂田カメラマンを呼んで「ささ、海に明るさの残っている内に」と海岸へ下りていった。

 高谷はレストランの茶色いガラス戸を押した。チャリーンと鈴が鳴って、「いらっしゃいませ」と主人が出迎えた。


2、目撃例

 レストラン「船上のまな板」オーナーシェフ、

 堂之丘 圭輔(どうのおか けいすけ)氏

 62歳

 

 は、一昨年長年勤めた商社を定年退職後、一念発起し、ここに空きレストランを買い、趣味の釣りから極めた魚料理を自ら振る舞う海鮮洋食レストランを1年前に開店させたのだ。

 しかし、心配していた通り6つのテーブルに客の姿は1人もなく、本日も開店休業状態が続いているようだ。

「あっ、なんだ、またあんたたちか」

 堂之丘氏は露骨にがっかりした顔をした。土曜日にはいたパートらしき女給さんも今日はいないようだ。

 高谷は気の毒になって言った。

「一応僕らお客になりに来たんですが」

 土曜日は到着が遅くなって、撮影準備に忙しく、「お化けの噂」を訊ねられた主人もすっかりへそを曲げてしまって、食事は出来なかった。

「へえ、そうなの。そういうことなら、いらっしゃい」

 堂之丘氏は多少気まずそうにしながらも嬉しさを隠しきれない顔で言った。

「味には自信があるんだよ。どうも場所が悪いみたいでなかなかお客さんが来てくれないんだけれどねえ」

 とさっそく席に案内してくれようとするのを止めて高谷は言った。

「いえ、僕らはもう少し後で、交代でおじゃまします。先に、しばらくしたら女性をお連れしますので。舌の肥えた方ですから、よろしくお願いします」

 よろしく、に力を込めた。堂之丘氏は

「任せたまえ」

 と気を引き締めて胸を張った。テレビの取材だから、……オカルトではあるけれど、芸能人のお客はよい宣伝になるだろう、……と、可哀想に期待させてしまった。岳戸由宇が自分で自慢するほどグルメであるかは高谷は知らない。

「あと、スタッフの分も、僕らも入れて7人分、ご主人のお薦めをお願いします」

「合わせて8名様ね。承りました」

 堂之丘氏は、久しぶりのお客なのだろう、嬉しくて堪らないようだ。是非番組のブログで宣伝してあげたいところではあるのだが……

 予約も入れたことだし、堂之丘氏の上機嫌を頼んで話を振った。

「あの、それでですね、海沿いの道の電話ボックスなんですが……」

 堂之丘氏はたちまち嫌な顔をしたが、こちらはお客なので今回は一方的にはねつけるようなことはしない。

「だからね、そんな話、知らないよ。ただの噂話か、別の場所の話なんじゃない?」

「でもでも」

 オカルト大好きっ子の万條が目を輝かせて言った。

「◯◯市の××海水浴場から国道を1キロほど行ったレストランの麓の電話ボックス、って、あそこのことですよね?」

 万條は楽しくて仕方ないように展望ガラスの向こうに見えているはずの電話ボックスを指さして言い、堂之丘氏も忌々しそうにチラッと見て、

「1キロも離れてないがねえ……」

 とぼそっと言った。残念ながら夏の浜のにぎわいも、ここまでは恩恵に預かれそうにない。

「それじゃあ」

 高谷は考えて言った。

「ご主人がここに店を開く前の話でしょうか? こちら開店してからまだ1年ほどですよね?」

「うん、そうかもね」

 堂之丘氏は渋々認めながら、でも言った。

「しかしわたしは見たことも聞いたこともないよ。それが本当なら……」

 苦り切って恨みがましく言った。

「不動産屋め、ろくでもない物件を押し付けやがって」

 おやおや、と高谷は思った。おそらく、こんな店名を付けるくらいだから、堂之丘氏は海を眼下に眺めるこの場所を気に入って開店しただろうに、どうやらお客が来ないことに相当まいっているようだ。

 不動産屋にしても、わざわざ近所に出没する迷惑な幽霊のことを教えてやらなければならない義務はないし、この建物自体におかしなことが起きるわけでもない……んだよな?

「この店の前もここはレストランだったんですよね?」

「ああ。そうだよ」

「いつ、なんで閉めたんでしょう?」

「3年前に、主人の家族が病気になって、看病しなくちゃならないということで閉めたそうだ」

「前のお店は、流行っていたんでしょうか?」

 堂之丘氏はとても嫌な顔をした。

「ああ。なかなか評判だったと言ってたよ。閉めるときは常連客が惜しがって、だからここで店をやればすぐにお客が付くだろうということだったんだがねえ……」

「その常連客たちはこの店になってから来ましたか?」

「来た……みたいだったなあ……」

 ああ、やっぱり料理が駄目なんだ、と高谷は思った。

「おっかしいよなー、なんでお客が来ないんだろう?」

 と、堂之丘氏はあくまで店が流行らない理由を他に求める姿勢を変えなかった。……まあ、認めてしまったら店を畳むしかないだろうが。

 高谷は思う、店の、前に、幽霊が出るからといって、お客が寄りつかないだろうか? むしろ若者なんかが面白がってわざわざやってきそうに思うが。

「まあ、今日は霊能師の先生がいらっしゃってますから、いずれにしろはっきりするでしょう」

「霊能師の先生ってもしかして、」

 堂之丘氏は期待に目を輝かせて言った。お気の毒様。

「紅倉美姫さん?」

「いえ。岳戸由宇先生です」

「岳戸……。ふうん、そう……」

 高谷は時計を見てそろそろかなと思った。

「それじゃあ、そろそろ来ると思いますので準備をお願いできますか?」

「もちろん。腕によりをかけて料理するよ!」

 堂之丘氏は嫌な話から解放されて張り切った。

「僕も楽しみにしてます」

 高谷は万條といっしょに挨拶して表に出た。

 5時を回って多少空が暗くなってきた。

 レストランの窓には温かそうなオレンジ色の明かりが灯った。

 

 階段を下りながら万條に訊いた。

「幽霊の噂ってのはいつ頃からあるんです?」

「チーフ、いつまでもそんな改まった言い方しないでいいですよー」

「ああ、うん、そうだな」

「業界慣れしてませんねー、まじめなんだからあー」

 万條に笑われて高谷は苦笑した。たしかにこの業界特有の変に馴れ馴れしいところは嫌いだ。そのくせ腹の中ではろくでもないことを考えているのだから。

 オカルト大好きの万條は、今はきらびやかなテレビの仕事をしているというのが楽しくて仕方ない状態のようだ。

 このアートリング=等々力組は、いい職場だなあ、と思う。お給料はもうちょっと頑張ってほしいが。

「それで、いつ頃から?」

「6年前の書き込みが見つけた最初です。そこで『噂で』と書いてありましたから、それ以前からあったんですねえ」

 万條が頭の中の心霊データバンクから情報を引き出して言う。

 通常番組に宛てられた視聴者からの情報を元にこうしたVは作られるのだが、今回はとにかく急ぎで、はっきり言ってしまえば穴埋めだから、パソコンの情報リストから手っ取り早く取材できるものを選んだのだ。

「『噂』ばかりじゃなく、実際の目撃例もあるんだよね?」

「はい。8件ありました。いずれも白いワンピースを着てずぶ濡れで電話ボックスの中に立っている若い女の幽霊です」

「白いワンピースのずぶ濡れの女、ねえ……」

 実際の目撃例として8件は多い方だが、白いワンピースでずぶ濡れの女、とは、いかにもクラシカルで典型的な幽霊だ。

 これだけ典型的だと8件の目撃例というのも信じてよいのかどうか怪しいところだ。

 駐車場を抜け、低木の生える軽い丘の脇の歩道を歩き、電話ボックスの所まで来た。

「ずぶ濡れの女……」

 高谷はボックスの中を見た。昨夜は東亜テレビ近郊の「いつもの所」で局の三津木ディレクターが俳優を使って再現ビデオを撮影したはずだ。こちらが提供した海岸道路を走る「リング1号」のVとつないで、もう編集も済んでいるだろう。

 電話ボックスを見る。

「で、どんな風にしているんだっけ?」

 今一度確認すると万條は待ってましたと喜々としてしゃべった。

「まずですね、

 目撃者は自動車でこうやってきます」

 手で国道をぶうーーんと、自動車が走ってくるのを表現する。

「するとですね、暗い中を……ああ、目撃されたのはみんな深夜2時前後のことなんです」

 これまた典型的だ。

「暗い中を明かりが灯っているんで自然と目が行くわけですね。するとですね、」

 万條はいかにも楽しそうに笑い、

「白いワンピースを着たずぶ濡れの若い女が、受話器を耳に当ててじいっと恨めしそうに通り過ぎる車を睨んでいるんです」

 イヒヒと笑った。

「しかし、それじゃあ幽霊とは分からないじゃないか? 本当に女の人がずぶ濡れでタクシーでも呼んでいたのかもしれないだろ?」

「そうですよねー?」

 万條はあくまで嬉しそうに言う。本当に女等々力だ。

「別のパターンもあるんですよ。別のパターンでは物凄い顔で何かわめきながらガラスをバンバン叩いているんです!」

 高谷はボックスを見ながらその画を想像した。

「夜中の2時ですよ~? 普通じゃないですよね~? 怖いですよ、ねえ~~?」

 たしかにそれはかなりギョッとして、怖いだろう。しかし、

「それも、例えば誰か悪い奴に追われていて、見つけた電話ボックスに避難して、通りがかった車に必死で助けを求めていたのかもしれない」

「そうですよね? それで車を止めて確認に向かった勇気ある人がいたんです。きっと助手席の彼女にいいところを見せようとしたんですね? うふふ。

 ところが、どうしました?、と声を掛けながら電話ボックスに近づくと、女の人はふっとわめくのをやめて、じいっと近づいてきた人を見るんだそうです。すると電話ボックスの天井の電灯が消えて、真っ暗になったと思ったら、またついて、でも女の人はもう中にいないんだそうです」

「出ていったんだろう?」

「そうですよね~? そう思いながら車に戻って、発進して、ふとバックミラーを覗くと、また電話ボックスの中で女が道路に向かって何かわめきながらバンバンガラスを叩いているんですって。ね? これはもう完全におかしいですよね? その人もこれはもう絶対ふつうの人間じゃないと青くなって走り去ったそうです。ね?」

 万條はこれで満足ですか?と高谷の顔を覗き込んだ。

 たしかに話としては合格だ。三津木班のビデオの仕上がり具合が楽しみだ。

「それぞれのパターンの目撃数は?」

「電話を掛けているのが4件、わめいているのが2件、あと2件は不明です」

 ふむと高谷は頷いた。取材の裏付けとしても一応合格と見ていいか。

 話が本当かどうかなんて分かりようがないから、ま、どうでもいいのだが。

 これは視聴者に叱られた(「くだらない番組をやってるんじゃない!」)場合の、いわば制作者側のアリバイ証明だ。

 高谷は道路の向こうに広がる海を眺めた。

 ざああ……ざああ……、と、穏やかな波の音が繰り返されている。しかし遠くの海はそろそろ黒くなってきた。

 

 待っているとリング2号とブラックベースが走ってきた。

「よお、翔ちゃん、どうだった?」

 リング2号の運転席から社長が顔を覗かせて言った。後ろには左=海側に岳戸が乗り、右にカメラを持った茂田カメラマンが乗っている。車中でも岳戸の横顔を撮ってきたのだろう。

「オーケーですよ。予約取っておきましたんで岳戸先生を食事にお連れしてください」

「オッケー。ほらな、別に怒ってなかっただろう? 翔ちゃんは神経質なんだよ。こっちはやっぱり海をバックに歩く岳戸先生を撮りたくて、けっきょく砂浜の方まで行って来たよ」

 幽霊の現場がここなのにわざわざ霊能師のイメージショットを撮ってどうすんだと思うが。

 まあこれで岳戸先生が快く「霊能師」の仕事をしてくれるならそれもよいが。

「おまえらもいっしょに来て食べちゃえよ。カメラ班はもうちょっと粘るってよ」

 とのことで、茂田カメラマンを下ろしたリング2号はレストランの駐車場に入り、ブラックベースも駐車すると夕食お預けのAD2名は道具を担いでカメラマンの下へ急いだ。リング1号も高谷が駐車場に入れた。

 

 

「本日のお薦め、炙りサーモンのサラダ、5種類の魚のお造りに、ワカメたっぷり魚貝出汁の豆乳スープ、メインディッシュはスズキと蛤のワイン蒸しでございます」

 テーブルには主人が腕によりをかけて作った盛りだくさんの料理がずらりと並べられた。

 岳戸は1つのテーブルを独占し、1杯だけの約束でロゼのグラスワインを付けられている。等々力と高谷、加納と万條の組み合わせで2つのテーブルに着いた。

「どうぞお召し上がりください」

 ニコニコ笑顔の主人に促され、社長の

「いっただっきまあーす!」

 の言葉で皆ナイフとフォークを動かし出した。

「・・・・・・・・・・・」

 空腹は最高の調味料と言う。高谷たちは黙々と手と口を動かした。主人はその様子をニコニコ見ている。

 ロゼワインを優雅に口に含み、さて、料理を一口食べて岳戸由宇は言った。

 

「まずい」

 

 取材班が駐車場を追い出され、流浪の民となったのは言うまでもない。


3、会議

 前文訂正。

 取材班は駐車場を「出て行けー!」と追い出されたわけではない。いたたまれず自主的に退出したのだ。

 3台の車は今海水浴場の市営駐車場に止められ、メンバーは外灯の下集まって会議をしていた。岳戸はリング2号の中で柄田がコンビニから買ってきた弁当を食べている。レストランで食いっぱぐれたカメラ班の三人もおにぎりを食べている。

 一同集まっての議題は。

 

「そんなに不味かったんすか?」

 牛カルビという贅沢な具のおにぎりを頬張りながら柄田が訊いた。

「いや、俺はまあ、それなりに食えたけど、なあ?」

 社長に振られて高谷は

「はあ、乙な味でしたね」

 と答えた。レストランでも社長に「なあ?」と振られて同じ答えをした。

「いやあ、あれは駄目です。社長は悪食(あくじき)、チーフは事なかれ主義です。あんなのお金を出して食べるものじゃありません。きっとあの人商社時代は偉い重役で、部下や接待の人に自慢の手料理を食べさせて、いやあ専務、美味いですねえ、一流レストランに負けない味ですよお!、なーんて胡麻をすられてすっかりその気になっちゃったんです。絶対そうです。ねえ、そうですよねえー?」

 と辛辣に評して加納夏美に意見を求めたのは万條。岳戸のマネージャーの加納は車の外に立たされて、「そうですね」と曖昧な笑みで曖昧に答えた。

 岳戸の

「まずい」

 の一言の後、堂之丘氏は一瞬にして強張った顔をひくつかせ、慌てて料理をかっこんだ社長は

「いやいやこれはなかなかユニークで刺激的な味で、なかなか美味いですよ。なあ?」

 と高谷に振り、高谷は、

「はあ、乙な味ですね」

 と前述のセリフを言ったのだった。

「うん、美味いですよ」

 と料理を口に押し込み懸命にフォローする社長に対し、岳戸はワインを飲むばかりで料理にはまったく手をつけようとせず、岳戸の不機嫌を敏感に(でもないか)察知した加納が恐る恐る食べていると、岳戸はジロリと横目に睨み、

「あんた食べるの? これを?」

 と言った。加納はナイフとフォークを置き、申し訳なさそうに小さな声で

「ごちそうさまでした」

 と言った。万條も一応味見だけはして

「わたしもごちそうさま」

 と早々にナイフとフォークを置き、

「うまいうまい」

 と、社長は……この人の場合は案外本当に……美味そうに料理を食べ、「いらないの? 本当?」と女性陣の食べ残しまで手を出して食べ続け、高谷はただ黙々と自分に課せられたノルマを消化していった。

 そんな二人の頑張りもむなしく、

「もう、いいです……」

 と堂之丘氏はうなだれて奥に引っ込んでしまい、グラスワインを飲みあげた岳戸はさっさと席を立ち、加納も後を追い、堂之丘氏が奥へ行ったのを確認した万條は「もういいでしょう?」とゲジゲジでも見るような目で男二人を見て、高谷も一応食べ終わったので、「社長、行きますよ」と食事会を終わらせた。

「お勘定、ここに置いておきますね」

 と、だいたいこんなものだろうという金額をカウンターに置き、領収書が欲しいんだがなあ……と思いながらあきらめて外へ出た。

 幽霊から隠れて待機するには丁度いい場所なのだが、止めておくわけにいかず、カメラ組を拾い上げて駐車場を移動してきたのだった。

 

「それだけ不味いっつうとかえって食ってみたくなりますけどねえ?」

 面白がって言う柄田に高谷は、おまえのカルビおにぎりよこしやがれ、と思った。

 こいつも贅沢に天むすなんて食べてやがる柳井まで、

「そうだ、俺の地元に『日本一不味い!騙されたと思って是非一度!』って宣伝している中華料理屋があってさ、ここは美味いんだ、すごく。機会があったら案内しますよ」

 なんて言った。堂之丘氏が聞いたらどれだけ嫌味に思うだろう。

「気の毒になあ、その人」

 と、カメラを覗いていなければ至って常識人の茂田カメラマンがため息混じりに言った。この人は梅干しおにぎりを食べている。せめて紀州梅だろうなとADの常識をわきまえない後輩二人を高谷は心眼で睨んだ。

 高谷もしょげ返った堂之丘氏の背中を思い出して言った。

「そうですね。ここはどうしても幽霊を撮ってやらなくちゃ」

 は?なんで?、と不思議そうにする鈍感な連中を見回して高谷は言った。

「幽霊がいて、その幽霊のせいでお客が来ないんだとなれば、同じ店を畳むんでも心の傷が浅くて済むでしょう?」

 経験者の胸中で「船上のまな板」の閉店は遠くない将来の既成事実にほぼ固まっている。

 なるほどな、と頷いた一同は、

「よっしゃ、頑張りましょう!」

 と柄田が米粒を飛ばし、

「幽霊さん、いらっしゃーい!」

 と万條が喜び、

「撮りたいですね、ずぶ濡れの若い美人の幽霊」

 と柳井がグラビアアイドルと勘違いしたことを言い、

「・・・・・・・」

 茂田カメラマンは黙って不敵な笑みを浮かべ、

「よーし! 撮るぞ、幽霊! えいえい、」

 と社長の音頭で、

「おーーーーっ!」

 と撮影隊は大いに盛り上がった。

 ……とてもおどろどろしい幽霊が出てきそうな雰囲気ではない。

 

「しかしですねえ」

 と冷静さを取り戻して高谷は言った。

「撮れてませんでしたからねえ、幽霊」

 そうなのだ。

 3日前に深夜2時を中心に、午後9時から朝6時まで、3カ所から3台のカメラを設置して電話ボックスを狙い、ブラックベースのモニターで観察していたが、結局朝まで何事も起こらず、帰りの車で、

「事故起こすんじゃねえぞ?」

 と、まるで事故を起こすことを期待しているかに社長に言われたが、おあいにく様、運転者はブラックペッパーガムで寝不足の頭をしゃっきりさせて無事東京のアートリング社屋にたどり着き、怪しい物に取り憑かれている兆候はきれいさっぱりなかった。そもそも中古ながら新型車のリング2号は事故車を格安で買ったもので、「何か起きないかなあ~」なんて言う大罰当たり者なのだ、社長は。その後ビデオを長々とチェックしたが、やはり何も期待の物は写っていなかった。

 まあ1日やそこら撮影したってそうそう幽霊なんて代物は撮せるものじゃない。

 しかしテレビにはスケジュールというものがあるのだ、ここは是非とも幽霊さんにおどろおどろしい信念を曲げてでもご登場願わねばならない。

「僕らが頑張ってもかえって逆効果な気がするんですがねえ?」

「だーいじょおーぶ!」

 社長が指を立てて自信満々に言った。

「俺たちには岳戸由宇先生が付いている!」

 

 おお! 奇跡の人、岳戸由宇!

 

 ◯◯行くところ事件あり、と謳われた名探偵がいたが、我らが岳戸先生も負けてはいない。

 

 岳戸行くところ怪奇現象あり、

 

 だ。

 三津木ディレクターがこの急ぎの取材に岳戸由宇を頼んだ狙いは5年間ご一緒している高谷も承知している。

 岳戸由宇に期待しているのは、霊能師として霊の存在を霊視することよりも、何か、そうした事を、引き起こしてくれることなのだ。

 岳戸行くところ怪奇現象あり。

 岳戸由宇自身が心霊現象のような人なのだ。

 岳戸由宇は、

 

 元芸能人で、高校生時代にグラビアアイドルとしてデビューし、その後テレビのリポーターとして多くの心霊スポットを訪れている内に霊感に目覚め、仏門に入って修行し、ついに霊能者として覚醒し、職業霊能師として帰俗、再びテレビ出演するようになった、

 

 と、高谷は知識で知っている。三津木ディレクターや等々力社長、茂田カメラマンはリポーター時代からのつき合いらしい。

 その頃のことは、三人ともあまり話してくれない。

 岳戸由宇がいかにもベテランみたいな昔話を嫌うからだ、と言うが、本当のところは分からない。

 ともかく、

 次々やたらと派手な「心霊現象」を引き起こす岳戸由宇を「やらせじゃないか?」と世間では見る向きがあるが、現場に同行して間近で見ているスタッフは知っている、

 心霊現象自体は、

 まぎれもない本物である、

 と。

 

 岳戸由宇は、

 

 本物、

 

 なのである。


4、霊視

 午後9時。

 問題の電話ボックスにて岳戸由宇は霊視を行った。

 まずカーブになった歩道をゆっくり歩き、少し離れた所から視る。

 国道は車のライトがビュンビュン行き交っている。タイヤとエンジンの音が外の波の音をすっかりかき消すほどだ。

 車のライトは黄色く岳戸を照らしていく。

 その画が欲しくて茂田カメラマンは車道を渡ったガードレールの外から、足下に黒い海を見下ろす位置で、カメラを構えている。

 カメラマンが戻ってきて、岳戸は電話ボックスに近づいて、手のひらを向け、目を閉じた。斜め下を向いて神経を集中させている顔をカメラは撮す。

 手のひらで霊波を探っていた岳戸が目を開き、こちら、カメラの後ろを見て、言った。カメラにはバストアップの岳戸ととなりの電話ボックスがきれいに収まっている。

「確かに霊波を感じるわ。でもこれは過去のもので、その本体、霊魂は、今はここにはいないわ」

 カメラの後ろから等々力が深刻な声で問う。

「霊は電話ボックスに取り憑いているのではなく、この辺りをさまよっている、ということですか?」

「そうよ」

 岳戸は厳かに頷いて言う。

「微弱ではあるけれど、彼女の強い思いが感じられるわ。

 何かを訴えてくる、

 人に何かを知ってほしいと願う強い思いが感じられるわね。

 彼女は、わたしに、その何かを訴えてきているわ」

 岳戸は幽霊を自分の方へ引っぱる。

「その女性の霊は先生の存在を察知しているということですか?」

「ええ、そうね。わたしの強い霊力を、向こうも感じ取ったのね。でも、この微弱な霊波を、わたしだから、捉えることが出来たのよ。向こうもわたしの存在を感じながら、わたしがどこにいるか、まだ分かってはいないようね。でもここは彼女のテリトリーだから、いずれはここにやってきて、わたしを見つけるわ」

「彼女は、今夜、ここに現れるでしょうか?」

「ええ。必ず、現れる」

「そうですか。それでは心して待つことにします。

 ところで先生、

 その女性はどういう人か、今の段階で何か分かりますか?」

「そうね、ちょっと待って」

 岳戸はカメラの方を向いたまま目を閉じ、顎を反らせて上向き、唇を軽く開け、何か小さくつぶやいた。

 目を開くと、顔を元に戻した。

「水……。

 全身、頭から足まで、びっしょり濡れているわ。

 20代の若い女性の波動を感じるわ。

 ひどくヒステリックで、相当強い恨みを持っているようね。放っておけば悪霊になるのは時間の問題ね」

「そうですか。それは恐ろしいですね。我々も十分気を付けることにします。では先生、ひとまずありがとうございました。女性の霊が近づいてくる気配がしましたら、お教えください」

「ええ。分かったわ」

 

 

「はい、じゃあいったんカット。岳戸先生、ありがとうございました。後ほどまたお願いします」

 社長がオーケーを出して岳戸は頷くと

「加納!」

 とマネージャーを呼びつけた。加納は急いで岳戸の肩にボア付きジャンパーを羽織らせた。夜になって寒くなってきた。止せばいいのに岳戸は半袖から腕を露出させて、代わりに肘上までの紫色の手袋をはめている。カメラに向かってのしゃべり方もそうだが、岳戸は世間に向けて自分を若くてセクシーに見せるよう腐心している。

 岳戸は加納を従えて、レストラン駐車場に上っていった。レストランは灯りが消え、戻ってきた車3台は、こっそり駐車場に止めさせてもらった。岳戸はリング2号に向かった。

「じゃ後は2時ってことになりますかねえ?」

 高谷が訊くと社長は

「先生次第だな。俺たちは前回同様ブラックベースにこもって定点観察だ」

 と言った。さすがプロで、いったん撮影が始まると先ほどまでのお茶らけた雰囲気は消えて、何事も見逃さぬよう真剣な目を常に周囲に配っている。

「了解」

 高谷も自分の仕事にかかった。柳井は茂田カメラマンの助手に付いているので柄田と万條と連携して今一度3台の定点カメラの映像と音声のチェックをした。

 3台のカメラは、1台は歩道を海水浴場へ100メートルほど下った所から歩道と樹木の隙間から覗き見える電話ボックスを撮し、1台は国道を斜めに渡ったガードレールの外から電話ボックスを撮し、1台は枝道を渡った斜めの位置から電話ボックスを撮している。

 枝道の1台は有線で、100メートル離れた国道の1台は無線で、ブラックベースの後部収納庫に設置してあるモニターで生でチェックしている。国道を渡った1台は今はチェックできず、撮影したビデオを後で見直すしかない。

 茂田カメラマンも駐車場で待機で、柳井といっしょにこれまで撮影したビデオのチェックをしている。

 時間が過ぎていく。

 モニターは2人ずつ組で常に目を離さずに見続け、1時間ずつで次の組と交代する。何も変化のないモニターに集中し続けるのはかなり精神力を消耗する。この仕事は待つことが4分の3を占める。

 モニターに映る国道の様子は、10時を過ぎ、11時に近くなるとめっきり交通量が減り、時折大型トラックが2台3台続けて走っていき、乗用車はぽつぽつまばらに走っていくだけになった。

 モニターは夜間撮影用の白黒画面だ。歩道のモニターは東京方面へ向かう対向車が走ってくるとライトで半分以上真っ白になってしまう。枝道を行き来する車は滅多にない。

 0時を過ぎた。

 国道の交通は更に減り、車中もかなり冷えてきた。

 雰囲気は十分だ。

 さあ、

 いつでも現れろ、

 と、モニターを見つめる高谷は気合いを入れて集中力を高めた。

 1台のセダンが国道から枝道に入った。枝道のカメラを過ぎ、この駐車場の前を通り過ぎっていくはずだったが…………

 モニターに、ぬっと覗き込む男の顔が現れた。

 社長がチッと舌打ちし、

「俺、行って来ますよ」

 と高谷はモニターを任せて外へ出た。

 

 道へ出ると、シルバーっぽいセダンが止まり、男が2人、三脚のカメラを見て立っている。

「すみませーん」

 高谷は声を掛けて走った。

 

「すみません、これ、テレビの取材中なんですよ。すみませんが、そっとしておいてくれませんか?」

 変な連中に捕まってしまうとやっかいなのだが、

「あん? テレビ? そうなんだ? いや俺たち警察の取り締まりかと思ってさ。それにしちゃお巡りがいないからなんだろうと思ってさ」

 坊主頭で愛嬌のあるあんちゃんがもう一人の角刈りと顔を見合わせて笑った。チープで派手な服装からしてナンパの帰りで、どうやら今夜は空振りだったらしい。

「すみませんね、お願いしますよ」

 見た目に依らず良識的な相手らしく、高谷はほっとしながら頭を下げた。

 しかし相手は「テレビ」に興味を示した。

「何撮ってんの? あっちのもそうでしょ? 狸かなんか?」

 次回のナンパのネタにでもしようというのだろう、悪気はないが速やかに立ち去ってくれる様子でもない。

「いや実は、幽霊が出るっていうんでね、張ってるんですよ」

 高谷はいっそ訊いてみた。

「電話ボックスに出るずぶ濡れの女の幽霊なんだけど、知りませんか?」

「おお、知ってる知ってる!」

 男たちは喜んで手を打って盛り上がった。

「あっ、いや、でも、あれってさ」

 なあ?と二人顔を見合わせ、高谷は嫌あ~な予感がした。

 坊主頭が言った。

「あの話ってここじゃないよ」

「えっ、」

 と一応驚きながら高谷は訊いた。

「ここじゃないんですか? どこなんです?」

「どこって言うかさ、」

 角刈りが言った。

「もうねえよ。あっち行くとさ、もう1軒レストランがあったんだよ。そこにやっぱり公衆電話があったんだけど、レストランが潰れて、電話も撤去しちゃったぜ? もう、2年も経つぜ? なあ?」

「うん。そうだよ」

 高谷は思った、

 あっちの潰れたもう1軒のレストラン。

 来るときに間違って入りそうになった所だ。

 

 なるほどね、そういうオチか。

 

「あっ、レストランといやあさ、ここ、食べた? すんげえ!、不味いんだよね?」

 坊主頭は余計なことを言って角刈りとぎゃはははと笑った。

 知ってるよ、と高谷は心の中で毒づいた。



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