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永遠の乗客(ユーモレスク)

 

 

 

 スノヴィエ駅のエントランスホールをうずめる群衆を必死に押し分けていたのは、旅行用スーツケースを持った小柄で神経質な灰色のインバネスの男であった。ひどく急いでいたに違いない。というのも、農夫の一団に激しく分け入り、潜水夫のように人体の渦に身を投じ、時折人々の頭の海の上に君臨する時計の文字盤へ心配そうな視線を向けていたからだ。もう午後四時十五分前だった。十分後にK行きの汽車が出る。切符を買い、座席を見つける潮時だ。

 ついに超人的な努力の末、アガピト・クルチカ氏は窓口付近にたどり着いた。ここで列の最後尾に並び、自分の番が来るまで辛抱強く待つのだ。だが、なかなか前に進まない、一歩進むのに一分掛かると知るやひどくいらいらしはじめた。というのも、そばにいる人たちがじきに気づいたのだが、この不運の仲間には明らかに巡礼を急がせる傾向があった。ついに、息を切らし、死霊のごとく赤くなり、顔に汗したアガピト氏は、待ち望んでいた窓口にたどり着いた。だが、いまや何か異常なことが起きていた。切符を求める代わりにクルチカ氏は札入れを開き、その中をしげしげのぞき込み、何か理解できないことを小声でつぶやきながら、もう片方の〈出口〉通路を通って窓口から離れた。

 アガピト氏が窓口まで放浪する間にかなり強く押された旅行者の一人は相当憤慨して、この謎めいた行動全体に目を留めるや、立ち去ろうとする彼を躊躇せずに怒鳴りつけた。

「あなた押したでしょう、狂ったように前に押しましたよね、あなたがどれだけ出発を急いでいるかだれも知らないなんて一体だれが思うでしょうね……なのに切符なしで窓口から離れるんですか。へっ! 頭おかしいですよ! ひょっとしてあなた、お金も持たずに出かけるんですか?」

 だがアガピト氏はもはや聞いていなかった。象徴的に切符を〈獲得する〉と、神経質な足取りで待合室を抜け、プラットフォームへと急いだ。ここではもう大勢の乗客が列車の到着を待っていた。クルチカ氏は不安げにプラットフォームを数回行ったり来たりし、開いた煙草入れを守衛に差し出して、こう尋ねた。

「汽車が遅れているんですか?」

「たった十五分ですよ」駅員は微笑んでケースから煙草を抜き出しながら説明した。「二分後には駅に到着します。お客さん、今日は気分を変えてコストシャニ行きで一巡りを始めるんですか?」ふざけてウインクしながら尋ねた。

 クルチカ氏はなぜか困惑し、赤くなってきびすを返すと、もう一本の線路の向こうへ速足で駆けていった。親切な顔見知りの守衛は客の背後でただ鷹揚にうなずき、手を振ると、待合室入口そばの定位置に戻り、煙草をうまそうに吸いはじめた。

 こうしたなか、汽車がやって来た。旅客の波は共通のリズムで揺れながら、車両の方へ動いていった。典型的な群衆事故が起きた。荷物の上での転倒、混雑、群衆、喧噪。

 アガピト氏は経験豊かなプレイヤーの荒々しいエネルギーで攻撃側の一列目に身を投じた。途中、二つの巨大な包みを持って車室へ向かっていたどこぞの老婆を打ち倒し、赤ん坊を抱いたどこぞの乳母を転ばせ、どこぞの優雅な紳士の目を殴りつけた。被害者から浴びせられる悪態と罵声の雨に反感を抱くこともなく、クルチカ氏は勝ち誇って二等車室に通じるステップに足を掛け、しなやかな一跳びで長く狭い廊下に乗り込んでいた。額の汗を拭い、勝利の微笑みを浮かべ、下で密集して渦巻く乗客たちを意地悪く見やった。だが、こうして〈占めた〉座席を満喫して五分後、発車の汽笛を耳にするや、彼の顔に突如変化が起きた。アガピト氏は不安になった。


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奥付


永遠の乗客(ユーモレスク)

短編集『動きの悪魔』より


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著者:ステファン・グラビンスキ
訳者・表紙写真&デザイン:芝田文乃
訳者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/ayanos-pl/profile


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販売価格100円(税込)
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