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クィーン・オブ・ベルサイユ 大富豪の華麗なる転落

クィーン・オブ・ベルサイユ 大富豪の華麗なる転落

2014年8月25日鑑賞

欲望は右肩上がりであり続けるのか?

 

以前、ロバート・キヨサキ氏の「金持ち父さん」シリーズを読んだ事がある。その中でこんな一節がある。

「本当の金持ちは資産を買う。貧乏人はゴミを買う」

キヨサキ氏の自説では、金持ちは将来、金を生み出すモノや、権利を買うが、貧乏人には、そういった判断が出来ず、最後にはゴミとして捨てられるものに金をつぎ込んでしまうと言う。私がいい例だった。貯金がたまったので、思い切って新車をキャッシュで買った。フル装備で三百万円したクルマだ。しかし、出費はそれだけではない。買ってからも車と言うヤツは維持費がかかる。ガソリン代、定期検査、駐車場代、各種税金、そして車検代。

そのクルマは結局10年乗った。その後、中古車販売業者を呼んで査定してもらった。

「申し訳ありません、査定額はゼロ円ですね。廃棄処分するなら、別途、数万円ほどお支払いが必要です」

まじか!!と思った。憧れだった、アルミホイールも、リアスポイラーも、六連装CDチェンジャーも、革巻きステアリングも、そして、メーカーオプションの天井スライドサンルーフなど、贅を尽くした(と自分では思っていた)愛車が、今となっては価値はゼロ!! ただのゴミだ、と言うのだ。しかも、その「ゴミ」を処分するにはさらに金がかかるのだ! そのときつくづく思った。

ロバート・キヨサキ氏の言う「貧乏人はゴミを買う」と言うのはこの事だったのだ、と。

本作で取り上げられている、大富豪デヴィッド・シーゲル氏は、リゾートマンション事業で大成功、一代で財を成した人物だ。あのブッシュ大統領を当選させた、陰の実力者だと自他ともに認めている。本作を観る限り、彼本人は、決してゴミを買うようなことはしていないようだ。ただ、彼の奥さんは、かなりの浪費家である。

専用のリムジンでショッピングモールに買い物に行けば、積み込みきれないほどの「ゴミ」を買いあさる。広大な自宅にもって帰っても、その荷物をどこに置くのか? うんざりするほど余計なものばかりあるのだ。子供は8人いるが、それにしても、20台以上の自転車が、倉庫に山のように積んであるのは、ちょっと異常な光景である。

そういう奥さんも、もともとは平凡な労働者階級の出身だ。一時間、数ドルのパート仕事をやっていた経験もある。彼女の幸運は美人コンテストでの優勝から始まった。やがて大富豪、シーゲル氏の眼に止まり、二人はパートナーとなった。

アメリカの「成金」とはどういう生活をしているのだろう? 

どういう精神で仕事と「金」に関わっているのだろう?

そういう興味本意で本作を鑑賞した訳だが、シーゲル氏のお金に関する考え方や、経営哲学に踏み込んだ内容が汲み取れなかったのは残念だ。

やはり彼も、お金と言う「幻想」のシャボン玉の表面に浮かぶ、塵芥(ちりあくた)のひとつなのだと、思ってしまう。

それを象徴するのが、リーマンショックである。ひとつの証券会社が債務不履行になっただけで、世界中を巻き込む惨劇になってしまったあの事件。

シーゲル氏もそれに巻き込まれる。

第三者の目で観察すれば、実におかしな事が行われていたのである。シーゲル氏の自己資本は10%未満だった。巨大なビルも、アメリカ最大の個人邸宅も、なんのことはない、その9割は借金をして金を廻していたのである。

銀行はシーゲル氏に「信用」があると判断。低利で金を貸した。シーゲル氏は借りた金で土地を買い、ビルを建て、新しい事業を興す。

ところが一転、リーマンショックが起こるや、銀行は手のひらを返すように資金を引き上げにかかった。シーゲル氏の手元に「現金」はない。銀行側は、金が無いなら、抵当に入っている土地もビルも、新築中の大邸宅も差し押さえる、という。

ひとつ歯車が狂えば、大富豪の優雅な生活は、こんなにも虚飾に満ちた、危うい、砂上の楼閣であったのだ。しかし、これらのケースは決して、特別な事ではない。無借金で経営している事業者は極めて少数派である。

当の銀行ですら、自己資本比率は8%程度であると言われる。他人のふんどしで相撲を取っているのが銀行なのだ。取り付け騒ぎが起これば、銀行はあっけなく潰れるはずである。ただ、そうなれば社会が混乱する危険があるので、政府が「銀行は潰さない」という方向で動いているだけの事である。体力のない銀行は大手銀行に飲み込まれて行く。

リーマンショック直後、シーゲル氏の会社にいた従業員、数千人があっさりクビとなった。

日本とアメリカでは、会社と言う組織の捉え方が違う。

アメリカでは、会社とは従業員に雇用の機会を与えるために作られているのではない。

「会社とは株主のものである」という単純明快な答えがある。

日本は会社組織を導入した明治の昔から、家族意識が強い組織を作ってきた。好景気、不況、時代の波の中で、困難を乗り越えて生き延びてきた日本の会社組織は、家族的なつながりを持つ組織であった。

マネーを増やす事だけを「目的」にしてしまった現代のマネー資本主義。そして会社組織。それは、人間を幸せにしないシステムであることをさらけ出したのが、あのリーマンショックなのだ。

世界的に次の社会システムを模索する動きが着実に広がりつつある。しかし、シーゲル氏はいう。

「欲のない人間は死んでいるのだ」

確かに欲望は人間の生きる糧のひとつである。

シーゲル氏の欲望は「成長は右肩上がりでなければならない」という固定観念に囚われているように見える。

あのチャップリンも

「生きる事は欲望なんだ」と名作「ライムライト」のなかで述べている。

しかし、その欲望は右肩上がりの成長という方向を目指している訳ではない。

チャップリンなどの芸術家は、自分の「表現したい」と言う欲望を実現しようとする。実業家も、つまるところ「自分の名前を残したい」「マネーで何かを表現したい」ということではなかろうか? 人間が「発明」した「マネー」という怪物は、時に極めて醜悪な表現を可能にする。本作のシーゲル氏の例は典型的な「いちサンプル」なのである。

 

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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)

物語 ☆☆☆

配役 ☆☆☆☆

演出 ☆☆☆

美術 ☆☆☆☆

音楽 ☆☆☆

総合評価 ☆☆☆

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作品データ

監督   ローレン・グリーンフィールド

主演   デヴィッド・シーゲル、ジャッキー・シーゲル

製作   2012年 アメリカ、オランダ、イギリス、デンマーク

上映時間 100分

予告編映像はこちら

https://www.youtube.com/watch?v=ASkys34J5cA

 

 


NO

NO

2014年9月1日鑑賞

 心地よいメッセージには要注意ですよ

 

チリ産のワインと聞くと、思わず手に取って眺めてしまう。あくまで僕の趣味なんだけど、安い割には「うまい」と思うのだ。ときどきスーパーの安売りで見つけては、買って帰る事が多い。僕にとっての身近なチリと言う国のイメージは、それだけでしかなかった。

ところが、そのチリがある時期、独裁政権によって国が支配されていたとは、恥ずかしながら知らなかった。

僕の飲んだチリ産、赤ワインには、弾圧によって虐げられた人々の血の色が投影されていたかもしれないのだ。

さて、本作はその独裁政権であるピノチェト大統領の再選を、阻止し、チリを自由の国ヘと導いた、広告宣伝マンたちの活躍を描くものである。

予告編を見る限りでは、結構期待出来そうだ、と映画館に足を運んだ。ただあくまで映画作品としてみた場合、本作は、どうにも凡庸な出来としか言いようがなかった。無駄なカットも多いし、ストーリーの流れや、盛り上がり方もいまいちパンチにかける。

なにより、独裁政権の元での、一般市民達の苦しく、閉塞感で一杯の日常が、全くと言っていいほど描かれていないのが残念だ。

ピノチェト政権下での弾圧によって、どれだけの血が流れたのかは、本作ではデータとして、語られるに留まっている。

主人公レネはテレビCM等を手がける敏腕広告マンである。

彼はその手腕を買われて、ピノチェト政権に「NO」を訴える選挙陣営の広告マンとなる。その陣営が今まで行ってきた宣伝手法は、いわゆる「ネガティブキャンペーン」である。

ピノチェト政権に対し、だれもが嫌悪感を描くようにと意図された映像が流される。その宣伝は、一度みたら、うんざりするほど退屈でつまらない、ヘイトスピーチの羅列ばかりだ。

レネはそこで「チリの明るい未来」を予感させる、宣伝広告を打つ事にしたのである。

ポップで明るい音楽、笑顔で踊るダンサーや市民達。

「NO」陣営に一票いれてくれれば、未来はこんなに明るい! 楽しい事がいっぱい!!

「これじゃまるで、コーラの宣伝じゃないかね……」と眉をしかめる頭の固い「おエラい」幹部達。

結果的に、この宣伝方法は成功する。選挙期間中は敵対する「YES」陣営が、この宣伝をコピーするほどだった。

「YES」陣営にとっても、脅威に感じたからこそ、「NO」陣営の宣伝を「コピー」までしたのである。もし、ピノチェト政権の宣伝担当者が最初から危機感を抱いていたら……。

もし、主人公レネを「YES」陣営が引き抜いていたら……。

想像するだけでも気が滅入る。

いつの時代でも、民衆は移り気なものである。有名なヒトラーとナチ政権がとった宣伝広告のセオリーは、いまでも広告のお手本とされている。

われわれが普通にコンビニやスーパーで買い求める商品。その宣伝広告にも、あのナチの手法や、演出が巧妙に使われている。もちろん、選挙にもである。

「われわれのメッセージは、民衆の中で、もっとも愚かな者に合わせなければならない」

これはヒトラーの言葉である。

いつの世も「歯切れよく」「気持ちよく」「耳障りのいい言葉」を発する人物には気をつけた方がよさそうである。

ただ、チリ産のワインは香りも、味も、舌触りもいい。その点、安心して楽しめそうである。

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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)

物語 ☆☆☆

配役 ☆☆☆

演出 ☆☆

美術 ☆☆☆

音楽 ☆☆

総合評価 ☆☆☆

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作品データ

監督   パブロ・ラライン

主演   ガエル・ガルシア・ベルナル、アルフレド・カストロ

製作   2012年 チリ、アメリカ、メキシコ

上映時間 108分

予告編映像はこちら

 

https://www.youtube.com/watch?v=np0RLIhbDPI

 


思い出のマーニー

思い出のマーニー

2014年8月12日鑑賞

私の中に在る少女、マーニー

 

ジブリ作品はどれも自然の描写が美しい。

まるで映画館で、森林浴のマイナスイオンを全身に浴びているような清々しさだ。

本作では、その自然描写に加え、古びた洋館など、舞台背景の描き方にも注目だ。特別に招いた美術監督、種田陽平氏が監修した、美術装置、建築物、その細部にまでこだわったオシャレなデザイン、雰囲気をスクリーンで心ゆくまで味わいたい。

主人公の少女、杏奈は、自分が養女である事に気づいた。その頃から心を閉ざすようになる。家族は彼女に優しい。だが、杏奈は家族にも笑顔ひとつ見せる事はない。

医者の勧めもあり、家族は杏奈を、田舎の親戚の家で療養させる事にした。都会暮らしから、一転、緑豊かな海辺の村で暮らす事になった杏奈。親戚のおじさんは木工をやっている。手作りで家具などを作っている。おばさんは庭の畑で、色鮮やかなトマトなどの野菜づくりに励んでいる。

ある日、杏奈は近くの湿原にひっそりと建つ、古い洋館をみつける。

そこに住んでいたのは金髪の美しい少女だった。

彼女の名前はマーニー。

誰にも心を開く事のなかった杏奈だが、やがてマーニーと会う事が楽しみになってくる。

古びた洋館に住む、ちょっと不思議な少女マーニーとは、一体何者なのか?

やがて杏奈は、マーニーと自分との、意外な関係を知る事になるのだった。

 

私事で恐縮だが、僕の友人が過疎の集落で小さな家を手作りしている。僕もお手伝いで、何回もその作業を手伝っている。そのためか、本作を観ている最中でも、親戚のおじさんの家、その鎧ばりの外壁や、部屋の中の木質感に、とても親しみを持ってしまった。

もちろん、マーニーが住む、大正から昭和初期を思わせるモダニズム建築の洋館。これは是非本当に、一度でいいから実物を観てみたい、とさえ思った。

本作「思い出のマーニー」は、おもに杏奈の微妙な心の揺れ動き、その心象風景を描こうと挑んだ作品である。

予想に反し、僕が意外に感じたのは

「絵に、ちゃんと動きがある」ということだった。

何を当たり前の事を、と思われるかもしれない。

人間の心理を描写する事は、どの作家も苦労する。

難しい事を難しく、複雑に表現する事は、実は作家が楽をしている事の証明である。

ムツカシイ心理描写を「こどもでもわかる」優しいアニメーションにするのは、実に「しんどいこと」なのである。

たとえば、夏目漱石の「坊ちゃん」

これはアクションシーンがかなりある。映画になりやすいだろう、と誰でも思う。

ところが同じ漱石でも「それから」と言う作品には、動きがまるでない。それを映画作品として昇華させたのは、森田芳光監督という際立った才能を持つ映画人であった。

森田監督は「それから」と言う作品の中にある、主人公「代助」の心象風景を、抽象的な表現や、前衛芸術を思わせる寓意を用いて表現した。そこにあえて分かりやすさを求めなかった。

本作「思い出のマーニー」での米林宏昌監督は、森田監督のようなアプローチを選んでいない。

米林監督の選んだ手法は、原作の中の「動き」のシーンを丁寧に拾いだし、観客に飽きさせない工夫をしたことである。

たとえばマーニーが住む洋館での、舞踏会のシーンの華やかさ。マーニーをしつける「婆や」のコミカルな動き。

夜の神秘的な湿原、そこ浮かぶ杏奈とマーニーを載せたボート。

どれもが「動いている」ことにこだわっている。

安易な表現主義、監督の自己満足はそこにはない。あくまでも観客を楽しませよう、そして、杏奈の心の風景のなかへ観客を連れてゆこう。

そんな作り手の思いが伝わってくる。それはこの作品が、単なる児童文学の映画化だけで満足していない事の証明なのだ。

その方向性を選んだ、そして作品として完成させた米林監督は、日本を代表する、アニメーション映画作家の仲間入りを果たしたのだ、と僕は思う。

 

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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)

物語 ☆☆☆

配役 ☆☆☆

演出 ☆☆☆☆

美術 ☆☆☆☆☆

音楽 ☆☆☆☆

総合評価 ☆☆☆☆

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作品データ

監督   米林宏昌

主演   高月彩良、有村架純、松嶋菜々子、寺島進

製作   2014年 

上映時間 103分

予告編映像はこちら

https://www.youtube.com/watch?v=lO79qkKDUNY

 

 


STAND BY ME ドラえもん

STAND BY ME ドラえもん

2014年8月18日鑑賞

まだまだ君が必要なんだよ、ドラえもん

 

子供の頃、僕は逆上がりができなかった。

子供の頃、僕は自転車に乗れなかった。

子供の頃、僕の家のトイレは水洗じゃなかった。

子供の頃、僕はいくじなしで、泣いてばかりいた。

ジャイアンのような「いじめっ子」にはいじめられなかったけど、のび太君の気持ちはよく分かった。

出来損ないの僕を助けてくれる、理想の相棒。

もし、そんな夢が叶えられるとしたら、きっとそれは

お腹の四次元ポケットから、何でも出してくれる、

未来から来たねこ型ロボット。

「ドラえもん」にちがいない。

本作は十分大人の鑑賞に堪えうる。

のみならず、子供だった頃の自分に、ドラえもんが「タイムマシン」をつかって時空を飛び越えてくれるみたいだ。

誰もが一度はあこがれた「タケコプター」

あれをつけて空を飛べたら、どんなに気持ちいいだろう!

その夢は2014年の夏、映画館で実現する。

本作は余分にお金を払ってでも3Dで鑑賞した方がいい。タケコプターで空を飛ぶスイスイ感は、実に気持ちいいものである。

他にも、おなじみの「どこでもドア」や「タイムマシン」「暗記パン」などが次々登場する。鑑賞した劇場の観客は大半が子供たち。みんな「ドラえもん」の時空間に引込まれてゆく様子が伝わってきた。

日本の「マンガ」キャラクターたちは、手塚治虫の「鉄腕アトム」を筆頭に、赤塚不二夫、藤子不二雄など半世紀ちかく経っても、まだ生命力を失っていない。特に子供たちだけでなく、大人にまで絶大な人気を誇るのが「ドラえもん」なのだ。藤子不二雄氏の造形は「オバケのQ太郎」をはじめとして実にシンプルである。これ以上削ぎ落とせない、ギリギリの単純な線描でキャラクターが成り立っている。

それが今回、3Dアニメーションという「飛び出す絵本」的な道具で映画化された。映画界にとっては3Dこそ、喉から手が出るほどほしかった「四次元ポケット」そのものなのだろう。21世紀の日本の子供たちは、この夏、劇場で三次元空間を自由に飛びまわる「ドラえもん」に出会えるのだ。

本作を作ったのは八木竜一、山崎貴という二人の監督である。

山崎貴監督は「永遠の0」を監督した。なぜこの人が、この内容の映画作品を、この時期に作らねばならなかったのか?

僕は首を傾げるばかりであった。山崎貴監督にしても「永遠の0」は自分の手がけた作品の中で、どのような位置づけになるのか? 迷いがあったのかもしれない。

「一歩間違えば、国策映画、プロパガンダ映画と誤解されるのではないか?」

それこそ、ヒトラーとナチのプロパガンダ映画を作った、女流監督レニ・リーフェンシュタールのような立場になりはしないか?

その山崎監督が、本作「ドラえもん」では、その鬱屈したドロドロ感を吹き飛ばすかのように、心地よい映画を作ってくれた。

短い上映時間の中で、ドラえもんとのび太君との出会い、別れ、そしてのび太少年の心の内面、葛藤、成長まで描いている。作品を観て、それをどのように感じるのかは、その人の人生経験によって大きく異なる。子供たちは、子供たちなりに、大人になった僕たちは、僕たちなりの「ドラえもん」の「イメージ」がある。

逆上がりが出来なかった、自転車が乗れなかった、少年だった頃の僕に、ドラえもんは「四次元ポケット」から何を出して、助けてくれるのだろう?

「ぼくがいなくなってもやっていける?」

それはのび太君への問いかけでもあり、迷走するニッポンや、僕たち大人への問いかけでもある。

でも、ドラえもん。

僕たちや、子供たちには、まだまだ君が必要なんだよ。だって、この世界には、幸せではない子供たちの方が、ずっと、ずぅ~っと、多いのだから。

 

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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)

物語 ☆☆☆☆

配役 ☆☆☆☆

演出 ☆☆☆☆☆

美術 ☆☆☆☆☆

音楽 ☆☆☆

総合評価 ☆☆☆☆

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作品データ

監督   八木竜一、山崎貴

声の出演 水田わさび、大原めぐみ、妻夫木聡

製作   2014年 

上映時間 95分

予告編映像はこちら

https://www.youtube.com/watch?v=RP-KqRkDWS0

 


奥付



映画に宛てたラブレター2014・9月号


http://p.booklog.jp/book/88820


著者 : 天見谷行人
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/mussesow/profile


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