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屈辱の平和

屈辱の平和

単に戦争さえなければ、その状態を「平和」と言えるのか。現在我々は平和を楽しんでいると言っているが、早い話が、独立国でありながら、その主権の確立すら怪しいのではないか。基本的な領土(北方、竹島、尖閣諸島)を始め領空、領海いずれも頻繁に侵され、実行支配されているにもかかわらず、それに対する抗議は無視門前払いで、泣き寝入りの状態が続き、今まで何一つ解決の目途すらついていない。そればかりか、明らかな内政干渉(教科書検定問題、靖国神社参拝問題等々)更に邦人拉致等の人権問題でも執拗な脅しが続く。これらは民族としての誇りを著しく傷つけられ忍従と屈辱の連続ではないか。こんな状態でも戦争さえなければ平和だ平和だと喜んでいられるのか。

 

もう逃げるのは止めようよ

逃げれば逃げるほど、どこまでも面白がって追いかけて来る野良の習性。たかが一回の戦争に負けたからと言って、すっかり魂を抜かれ、民族としての誇りも自信をも失った我々日本人、相手から何か文句を言われる度に事なかれ主義(専守防衛)に徹し、逃げの一手で当座を糊塗。もう、ここらで、勇気百倍、褌を締め直し、グーッと踏み止まり、振り返り、相手に正対、大きく目玉を剥いて睨み返したらどうだ!

 

伏魔殿

田中外相が外務省を「伏魔殿」と呼んだが、久しぶりに懐かしい言葉を聞く。言い得て真に妙なり。たかが一室長が長期間に亘り、自分の愛人や競走馬やマンションをはじめ遊興費などに豪華な機密費横領事件、大使の公金横領事件の頬被り隠匿、誰に飲ますのか五千本にも及ぶ世界名ワインを買い溜め等、まだまだ何が飛び出すか分からない。しかし、こんなことは外務省だけの事だろうか? とても心配だ。

 

一罰百戒

「人間1人くらい殺しても死刑にはしない」..なんて一体全体、誰がいつ決めたのか。悪質凶悪殺人事件が急増連発し、社会の安寧を脅かし、これでは誰もが枕を高くして眠られない物騒な世の中になっては、もう「罪を憎んで人を憎まず..」なんて悠長な恰好のいい事ばかりを言っておる訳にはいかぬ。少なくとも、仮にも故なく人を殺したものは、ツベコベ言わず、言わせず、原則として、その結果責任を取って死んでもらう(死刑)とく一罰百戒の原則を明確に、目に見える形で確立する事が急務ではないか。今度の池田小学校事件でも天下の有識者と称する連中が相も変わらず、それ精神鑑定だとか、それ学校周辺の警戒を強化、巡回、防犯カメラや非常ベルの設置等とガヤガヤ、...見当違いの論議、情けない。

 

魂の構造改革を

靖国神社参拝は何とか果たしたが、国民に約束した終戦日(八月十五日)を避けた小泉首相が今度は「誰からも文句の出ない別の祭祀施設を創設したい..」と言う。これは希な事を承る。近代日本建設の礎となった殉国の英霊を祀った伝統的な靖国神社がありながら、中韓の脅しに怯えて別に逃げ道を造ろうという、何と卑屈な発想だろう。最近の情報によれば、北ビルマで、生き残った戦友が巨費を投じ、ビルマ軍民の協力を得て巨大な涅槃寝仏像を建設し、その開眼式もビルマ国軍の北方軍司令官列席の下に合同で盛大に行われた。遥かないこくの軍民ですら殉国の英霊には敬虔な慰霊の真心を捧げているのに、本国の日本ではいまだに、色々と屁理屈を並べたり、中韓等に脅かされている現状。恥ずかしいとは思わないのか。小泉内閣の目玉である経済の構造改革もさることながら、まず独立民族としての魂の構造改革こそ基本ではなかろうか。

 

「時効」は凶悪犯人に対する報奨制度か

殺人を含む凶悪犯人に対しての「時効」は長期間、厳しい追求をよく逃げ切ったものだとの敢闘、努力に対する褒賞のようなものではないか。一方、被害者やその遺族の悲しみと怒りは決して消えることはないのに加害者犯人は時効によって一切の刑事訴追から解放される。

 

「聖戦」とは

乗っ取った一般の旅客機をそのまま乗客もろとも爆弾として、ニューヨークのど真ん中に突入した「特攻隊」。その人間離れした精神構造の根源にあるイスラム原理主義の「聖戦」(ジハード)。それと同じく「聖戦」と称された大東亜戦争完遂に向かって、心から国のためと信じきって若い命を次々散らせていった日本の「特攻隊」。この両者のぱたーんが何と酷似していることか。日本の場合は結局惨敗で、数百万の人名損失と愛する国土は根こそぎ灰燼に帰し、人心の混迷と荒廃、「聖戦」は忽ち「侵略戦争」に反転す。戦後五十六年、独立国とは言いながら、「謝罪反省」の呪縛から離れ得ず低頭、いまだに国として自らの意思と手で、殉国の英霊を祭祀する事すら出来ない状況である。「果たして聖戦とは何であったのか?」..複雑奇妙にして苦々しい感慨に沈まざるを得ない。

 

正義と国益

馬鹿正直の我々日本人は「正義」と「国益」はいつも一致していると思い込んでいるのではなかろうか。「正義」なんて国の数ほどあるといわれ、時と場合によって大いに揺れ、掴みどころのない幻のようなもの。現実は、どうすれば自分の国のためになるかと言う観点(国益)から動いているだあけであり、それが他国から見ての「正義」とは関係ないものである。だから日本が正義の線に沿った主張や要求だと信じて頑張っても、相手の国益と合致せぬ限りは交渉は垨があかないのだ。その時々の国としての損得勘定が大切なのだ。

 

自衛隊なかりせば

最終的には国際ルールや国家間の約束がいかに無力であるか、また戦争にはスポーツとは異なり一切規則等はない事は歴史が示す歴然たる現実。単に経済力や口先だけでは国は守れない。結局は頼れるものは自分(自分の国)しかないと言う事を嫌と言うほど骨身にこたえて味わされたはずの日本なのに、なお自衛隊を拒否し続ける党派は一体全体どうして国を守るつもりなのか。また、もし自衛隊なかりせば、今まで自衛隊が曲がりなりにも果たしてきた異常災害事変への対処や、国際協力は誰がどうして果たすのか。自衛隊に代わる常備の訓練された武装無き集団を一般国民を動員組織するつもりなのか。おそらく今の護憲派が率先して身命を捧げて頑張ってくれるのであろう?(乞うご期待)

 

こんな裁判官に裁かれるのは嫌だ!

判事が度重なる「少女売春」で捕まった。これにはびっくり仰天。「別に驚く事はないよ、裁判官だって神様じゃない、同じ人間だもの」と言われれば、なるほどと思わぬでもないが、いやそれちょっと違うのじゃないか。裁判官と言えば、人間が人間を裁く特権を持ち、それ故に「身分保障」という憲法上の厚い壁に譲られた最も神様に近い偉ーい人間ではないか。それが、やるに事欠いて、街の不良チンピラ並に薄汚く悪質な破廉恥とは。そして、その処分たるや、わざわざ国会まで煩わし「弾劾裁判」や「分権裁判」とやら面倒な事だ。司法関係の難しい問題なら、いざ知らず、こんな単純明快な犯罪なんか一般社会では即刻「解雇」等で一件落着のはず。やはり裁判は「自己中心的」な聖域か。

 

 

 

 


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