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てきすとぽい杯について
てきすとぽい杯について
各夜のお題
第17回 募集要項
第17回 審査結果
入賞作品紹介
《大賞》
『百鬼夜行の客商売』 みお
《入賞》 ※得票順/シリーズ作品は並べて掲載
『ヘッセ』 犬子蓮木
『高速道路』 粟田柚香
『集合住宅』 粟田柚香
『シーサイド・ヒル』 大沢愛
『ルーインズ』 大沢愛
『スタティック』 大沢愛
『クリスタル・ムーン』 大沢愛
〈候補作品〉 ※得票順/シリーズ作品は並べて掲載
『The Friendly Ghost』 碧
『The Not-Friendly City』 碧
『創造主の箱庭』 kenrow
『生々しさ』 フィンディル
『幽霊アカウント』 muomuo
『男死病』 muomuo
『名無しの少年』 muomuo
『絆』 muomuo
『そうやって大人になっていく―丁稚安吉の場合』 志菜
『せやせや』 せせせ
『曲り角奇譚』 茶屋
『幽霊屋敷に住むものは』 永坂暖日
『便利な家』 ◆BNSK.80yf2
『助手席の彼女』 永坂暖日
『できごころ』 しゃん@にゃん革
『幽霊屋敷の浴室』 山田佳江
『桜屋敷』 茶屋
『幽霊の生業』 豆ヒヨコ
『幽霊船』 小伏史央
『幽霊屋敷の記憶』 三和すい
『記憶喪失になった俺が大学受験に挑むのだ』 ひこ・ひこたろう
『館長さん』 晴海まどか
『怪談は幽霊屋敷で』 松浦徹郎
『幽霊空き家』 永坂暖日
『九朗右衛門事件帳』 茶屋
『幽霊屋敷の一件』 碓氷穣
『歌声』 茶屋
『ぼくがいまよみたいしょうせつてきすとぽいばーじょん』 ひやとい
『歴史の勉強』 しゃん@にゃん革
『新幹線の中で』 ひこ・ひこたろう
『ぼくとお屋敷』 犬子蓮木
『紅白歌合戦の舞台に俺は立ったのだが』 ひこ・ひこたろう
『幽霊屋敷から出て来たのは古切手』 ひこ・ひこたろう
『大学祭』 ひやとい
『薔薇の香り』 げん@姐さん
『Haunted Horizon』 木野目理兵衛
〈集計外作品〉 ※投稿順
『柿のお供え』 高田@小説垢
『僕がオトコノコを止めた理由』 文才無い魔女
『変な旅』 鳥居三三
〈関連作品〉
関連作品のご紹介
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『記憶喪失になった俺が大学受験に挑むのだ』 ひこ・ひこたろう

第二夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.04 23:40
総文字数 : 2436字

獲得☆3.500
 気がついた時、ハクいスケが俺の顔を覗き込んでいた。「ハクい」とは「可愛い」、「スケ」は「女子」とでも置き換えてくれればいいだろう。遠い昔、親父が子供の頃に読んでいた漫画で使われていた表現だ。俺はその漫画を一度しか読んだことがないのだが、主人公の女子大生たちが学園祭で模擬店「セーラー服喫茶『幽霊屋敷』」を運営し、思いがけない売れ行きで大金をつかむ、という内容だった。主人公の山崎あかねは弁護士を目指す法学部の一年生、その仲間である……。おっと、いけない。話が脱線したようだ。「ハクいスケ」の話に戻さなくっちゃ。
「よかった、気づいたのね。お兄ちゃん」とスケが言う。
「お兄ちゃん? 何を言っているんだ、スケさん」
「お兄ちゃん、私がわからないの? まあ、しょうがないか。おっかさん、じゃなくて、お母さん呼んでくるね」とスケは俺に言い、「スケさんなんて呼ぶから、調子狂っちゃう」などとつぶやきながら、部屋を出て行った。
 あの口調、確かに俺の妹である由樹美に似てなくもないが、そもそもあんな顔だったっけ? それにどう見たって、高校生。俺より年上じゃないか。いや、そもそも俺はなんでこんな病院みたいな部屋で横になっているのだろう?
「よかった、真一。ようやく意識が回復したのね」と部屋に入るや否や、母が泣きながら俺に駆け寄ってくる。真一は俺の名前だし、目の前にいるのは間違いなく俺の母親だ。俺は何だか安心した。
「意識が回復って、俺、寝てたの? どれくらい?」
「交通事故にあって三日間、意識が戻らなかったのよ。お医者さんは『必ず回復する』って約束してくれたんだけど、お母さんは心配で、心配で……」
「たった三日?」
 俺にはもっと時間が経っているような気がするのだが、気のせいだろうか。ふと、部屋の中を見回しカレンダを探してみる。カレンダは窓側にある棚の上、テレビの横にあり、そこには「2014年」と書かれてある。
「母さん」と俺は言った「3年経ってないか?」
「えっ?」
「俺、確か高校受験で必死に勉強していて……。あっ、その制服!」
 俺は妹によく似たスケさんの着ていた制服を指差した。
「俺が行きたかった本町高校の制服じゃないか」
「お兄ちゃん……」さっきまで冷静だったスケさんが、今では母親以上に取り乱している。
 ここで俺は自分の頭を整理してみた。どうやら俺は事故に遭い、三日間意識を失っていた。しかし、俺自身には3年間経過したとしか思えない。もし、スケさんが妹の由樹美だとすれば、二つ違いで中一だった彼女は、現在高一になっているはずだ。
「なあ、由樹美。俺って本町高校の三年生か?」
「何言ってるの、当たり前じゃない!」
「大学とか、目指してる?」
「うん」
「志望校ってわかる?」
「阪大医学部」
「嘘だ!」
「嘘じゃないよ。あんなに必死に勉強してたじゃない」
 信じられない。本町高校に入学するのに必死だった俺が、今では阪大の、しかも医学部を目指しているだなんて……。
 いや、しかし。
 その時、俺の頭の中には電車が耳元で走るかのような轟音が鳴り響き、これまで勉強してきた内容が怒涛のようにイメージとして繰り出されてきたのであった。中学レベルではない、微分積分やアルカリ土類金属、コンデンサの並列式などの内容が、くっきりと脳のあちこちに刻み込まれるかのように。
 今まで一度しか目にしたことがない漫画の内容までもが、鮮明に思い出される。とにかく、書籍状のもの、文字や数式で書かれた記憶のすべてが、きっちり脳に収まっている感じなのである。
「怪我の功名」とは、まさにこのことだ。俺はこの言葉を、小学館の学習雑誌の付録「なぜなに慣用句」で読んで覚えたのだ。そう、そこまで容易に思い出されるのであった。
 自分がどんな高校生活を送っていたのかも、どんな事故に遭ったのかも思い出せない。この三年間に考えたこと、感じたことの一切が自分の記憶の中にはない。しかし、自分が読んだ本、勉強した中身だけは確実に思い出すことが可能だった。
 これならいける! 阪大医学部なら、余裕で突破できるはずだ。
 退院した俺はろくに学校にも行かず、自宅で勉強を続けた。学んだ内容は面白いように頭の中に入っていく。試しに新聞や電話帳を覚えようとしても、これまたするすると記憶できるのだ。
 そんなある日、家にお見舞いの同級生が訪れた。聞けば俺の彼女らしく、同じ学校とあって学年の違う妹ともよく遊んでいたとのこと。
「元気な顔を見れてよかった」と彼女は言う。
 こちらとしては、それがどうした、って感じなのだが。
「受験、頑張ってね。きっと合格するよ」
 当たり前じゃないか。
「合格したら、またUSJに遊びに行こうね!」
 知るか、そんなもん。
 彼女が帰った後も、俺はひたすら勉強を続けた。
 そして、受験の日が訪れた。共通テストの自己採点もばっちりで、もう合格は十中八九手にしてようなものである、何しろ、俺は大学で使われる数学の教科書もマスターしていたし、英単語だって電子辞書並みに覚えている。
 二日目、最後の試験は英語だった。
 俺は問題にざっと目を通し、勝利を確信した。こんなのは楽勝だ。しかし、どうしたことだろう。この期に及んで俺は解答用紙に書くべき自分の名前を忘れてしまったのだ。受験票には「真一」とあるが、はたしてこれは自分の名前なのだろうか。
 焦りながらも俺は問題だけは解いていった。取り立てて難しいとも思えない。これまで模試や問題集でやってきたのと同じレベルの内容だ。大丈夫、俺は絶対合格できる。だけど、俺の名前は何だ? 真一でいいのか。答案用紙の名前欄に、真一とさえ書けば、俺は合格できるのか。
 その時、ふと俺は誰かの声を聞いたような気がした。
「真一」とその声は俺の名を呼ぶ。そんなお前は誰なのだ? 「真一」と、同じ声が、今度ははしゃいだような口調で言う。「真一、合格したら……」。そうだ、この声はあの子の声だ!
 俺は名前の欄に「真一」と書き込んだ。もう二度と戻らない、楽しかった高校での日々を思い出しながら。

『館長さん』 晴海まどか

第二夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.04 23:17
総文字数 : 1794字

獲得☆3.455
 小さな町の片隅にある、そんなに小さくない古いお屋敷。幽霊屋敷だなんて噂が絶えないそのお屋敷を改造して、僕はおばけ屋敷を営業している。
 小さな町だし、当然住民も多くない。どれくらいお客さんが来るのか、さっぱりわからない状態で営業を始めたんだけど。本物の廃墟を改造したかいもあって、ものすごく怖いって評判が遠い町まで広まった。僕の顔も青白くて生きてる人間に見えない、少ない髪の毛が不気味、なんていうのも、おばけ屋敷の営業っていう面から見たらよかったらしい。おかげで、夏には連日行列ができるほどの大繁盛。みんな悲鳴を上げて、最後はにこにこしながら、あー怖かった、って言いながら帰っていく。ありがたいかぎり。
 大人も子どもも、楽しく怖がってくれたら本当に嬉しい。暇つぶしくらいのつもりでおばけ屋敷を始めた僕だったけど、それがこんなにも嬉しいだなんて思ってもみなくて。僕は今、本当に幸せだと思う。

 おばけ屋敷の経営も軌道に乗ってきた、そんなある日のことだった。
 おばけ屋敷に入るのを楽しみに並んでいる行列に、二人の男が割り込んできた。
 彼らは、自らを『トレジャーハンター』と名乗った。
 この屋敷には、大金が眠っているから探させろと言う。
 こんな奴らを屋敷の中に入れるなんて、考えただけで呪い殺してやりたい気分になった。男たちのせいで、並んでいた子どもたちのわくわくした顔が曇ってしまったのを僕は知っていたからだ。
 けど、屋敷の中に入りたいという人を断る理由はない。ちゃんと列に並んで、入館料を払うことを条件に僕は男たちの入館を許可した。

 日が沈んで入館待ちの列もなくなって、あとは閉館して掃除をするだけ、という段になって。男たちが出てきていないことに気がついた。
 まだ屋敷の中を探索してるのかと思ったらうんざりした。そんな大金なんてありはしないのに。
 このまま放っておくわけにもいかないし。僕は渋々、屋敷の中を探すことにした。
 暗い館の中に、お客さーん……、なんて自分の弱々しい声が響いた。僕の声は、顔に劣らず生気が足りないといつも言われる。ドラキュラみたいだとか。確かに、僕はお日さまの光は苦手だけど。にんにくはどうなんだろう。食べたことがないからよくわからない。
 屋敷は二階建てで長方形の形をしている。部屋がたくさん並んでいて、お客さんにはそこを自由に探索してもらう形を取っている。
 一階と二階が吹き抜けになっている階段ホール。ここには、この館の主の肖像画が飾られている。暗い中で見ると、この画は本当に怖い、らしい。ここはこの屋敷一番の悲鳴スポットになったのは予想外だった。
 赤いカーペットの敷かれたそこを覗いた。あ、と思わず声を上げてしまう。
 トレジャーハンターのお二人が、苦悶の表情を浮かべて倒れていた。

 二人の男たちは心臓発作で死んでいた。
 休日には子どもを連れてよくおばけ屋敷に来てくれる、町のお巡りさんに少し事情を訊かれたりもしたけど、男たちの死に不自然なところはなかったし、病死ということで事件は片づいた。おばけ屋敷がよっぽど怖かったのかもしれませんねぇ、なんて不謹慎だけど僕とお巡りさんは少し笑ったりしてしまった。ごめんなさい、ご冥福をお祈りします。
 こんな事件があったんじゃ、お客さんも減ってしまうかな、と僕は不安に思ったのだけれども。実際は逆で、本当に人が死んだらしい、なんて噂が広まっておばけ屋敷はますます繁盛した。迷惑でしかなかったあの男たちも、こんな形でおばけ屋敷に貢献するだなんて思ってもみなかっただろうな。邪見に思って悪かったよ。
 おばけ屋敷は怖い。でもみんな、怖いから楽しい。みんなが楽しんでくれるのが嬉しくて、僕はますます怖がってもらえるように、屋敷の飾りつけを工夫する。演出をがんばる。
 そういう楽しいがわからない奴は、ほんと、死ねばいいと思う。

 怖さが半減しないように注意しながら、閉館後のおばけ屋敷を、僕は今日もせっせと掃除する。
 階段ホールにさしかかり、ほうきを動かす手を止めた。かざりのように蜘蛛の巣がかかった肖像画を見上げ、僕はさみしくなった自分の髪を指に絡めた。
 一五〇年前は、僕ももう少しハンサムだった。でも、あの頃は人間なんて大嫌いで、そんな僕をみんなは嫌っていた。
 この肖像画を見ても、みんな、これが僕だって気づかない。生きていた頃の画の方が怖がられてるなんて、人生、ほんと分からないもんだ。

『怪談は幽霊屋敷で』 松浦徹郎

第一夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.03 23:29
最終更新 : 2014.05.03 23:30
総文字数 : 722字

獲得☆3.417
俺、こういう場所に来るの結構楽しみなんだ。
夕陽が気持ち悪いくらいにぎらぎらしていて、そのくせまったく人の気配がなくて。
誰のものでもないアパートなんてあり得ないから、きっと所有者はいるんだろうけどさ。でも、入居者はひとりもいない。板張りの廊下とか、あちこちすり切れている畳とかが、昭和って感じだろ?
今日は、二階の部屋も探検してみようかな。聞いた話だと、部屋の真ん中にぽつんと黒電話がおいてあるとか。しかも、午前零時で鳴り出すっていうんだ。時代錯誤な怪談だけど、ここにいるとあながち嘘って笑い飛ばすのもどうかなって気分になる。
そう、ここは異空間って感じがする場所だから。

黒電話!
私、そういうの大好きなの。昭和レトロ? うん、そんな感じかな。
是非、私のコレクションに加えたい。聞いた話だと、このうち捨てられたボロアパートの二階にあるとか……。ちょっと怖い感じのするところだけど、今はまだ明るいし、それに幽霊なんて所詮嘘だし。いくしかないでしょ? 電話を取りに行くなら今でしょ?
この階段、抜け落ちたりしないよね? 大丈夫だよね??

二階は三部屋か……。
っと、電話があるっていうのは、確か真ん中の部屋だったな。
202号室だ。
ん? 人影??
まさか、な。

あったー!
これよ、これ。黒電話。プッシュじゃなくて、ダイアル式なの!!
あれ? 今、廊下に誰かいたような……。

先客なのか?
開けるべきなのか?
ひょっとして……。いや、まさかな。
どこぞの物好きに決まっている。なら驚かせてやるか。
それっ!

廊下、絶対誰かいるよね??
確かめなきゃ。幽霊って思うから、そう見えちゃうんだよ。
本当に確かめれば、嘘だってわかるはず。
それっ!



……。
なんだ、無人か。

……。
ほら、やっぱり気のせいじゃない。

『幽霊空き家』 永坂暖日

第一夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.03 23:30
総文字数 : 905字

獲得☆3.417
 その家を取り囲む生け垣はすっかり枯れて、水気のない枝になっていた。生け垣よりも背の低かった時分はまだ青々としていて、その向こうの様子を覗き見ることはかなわなかったけれど、今は生け垣より背が高くなったのと枯れてしまったのもあって、かつて見えなかったものが見えるようになっていた。
 そこにあるのは、なんの変哲もない普通の家だった。ただ、人が住んでいる気配はない。外界との接触を拒むように雨戸はすべて閉ざされて、さして広くない庭は、枯れた生け垣とは対照的に雑草が生い茂り、猫が気持ちよさそうにひなたぼっこしているときもあった。
 買い手のつかない空き家なのだろう。家は長いことその状態で、猫たちのかっこうの昼寝場所となっていた。だけど枯れた生け垣はやんちゃな子供たちの侵入を許さなかったようで、荒れた庭は猫たちの場所でありつづけた。
 そんな空き家が「幽霊屋敷」と呼ばれるようになったのはいつからだろう。近所の人たちはまことしやかに、あそこは幽霊屋敷だから近づかない方がよい、と口にするようになった。
 屋敷と呼ぶほどの大きさではない、というのが初めて噂を耳にしたときに抱いた感想だったものの、「幽霊空き家」というのはいかにも間の抜けた印象なので、やはり「幽霊屋敷」と呼ぶのがふさわしいのだろう。
 ただ、「幽霊屋敷」で起こったとされる怪異は、空き家にふさわしい他愛もないものだった。
 すべて閉ざされているはずの雨戸が、一カ所だけ開いている。
 それだけである。
 開いているのは、二階の北側の窓のこともあれば、一階の西側のこともある。しかし開いているのは必ず一カ所だけで、開くところ閉まるところを見た人はおろか、そのときたつであろう物音を聞いた人もいなかった。
 誰かが住み着いているのではないか、という憶測が当然ながらされたものの確かめようと乗り込む物好きはなく、荒れた庭は変わらず猫たちの場所でありつづけた。
 今日は、一階の南側の雨戸が開いていた。昼間だというのに、開いた窓の向こう側は真っ暗である。昨日は、二階の東側が開いていた。
 明日はどこの雨戸が開くのだろう。
 庭に忍び込むのを諦めた子供たちは、今はその予想をするという遊びをしているらしい。

『九朗右衛門事件帳』 茶屋

第二夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.04 23:32
最終更新 : 2014.05.04 23:33
総文字数 : 1449字

獲得☆3.400
「幽霊屋敷?ああ、あの襤褸屋敷のことか」
 大金九朗右衛門が頬張った飯を飛ばしながら喋るものだから、吉五郎は顔をしかめずにはおれない。
「そうです。元はどこかのご武家様のお屋敷だったらしいんですがね。使われなくなってからだいぶ立つ。で、近頃幽霊が出るって噂が流れてるんですよ」
「どうな幽霊が出るってんだ」
「なんとも聞く人聞く人によって話が違うんでございますが、首から血を流した女が出るだとか、一つ目の化けもんが出るだとか、あと人魂ってのありますな」
「そいつぁ面白そうだな!どうだ。今夜にでも言ってみるか」
「いや、あっしは」
「何だ怖いのか」
 そう言って九朗右衛門は飯を飛ばしながら笑う。
 吉五郎は棒手振、九朗右衛門は町方同心の倅。身分は違うが、どこか九朗右衛門は吉五郎を朋輩のように思っている。九朗右衛門は町方同心の倅と言っても五男坊、どこか自分はあてもない浪人になるのだろうというような諦めのようなものがある。そして、暇なのである。
「あっしは九朗右衛門様と違って朝から働いておりますからな、夜遅くというのはどうも」
「だが、暗くならねば肝試しというのは面白くなかろう」
「面白い面白くないというものではございませんでね」
「休め休め。明日は休みじゃ」
 こうなるともう九朗右衛門は強引である。夜になれば吉五郎に押しかけてくることだろう。
 吉五郎は諦めのため息をひとつついて黙って頷いた。

「ここかい幽霊屋敷ってのは」
 提灯の光に照らしだされた門は朽ち果て、今にも崩れ落ちそうといった趣だ。手入れは全くされていないものだから草も生え放題である。
「しかしいいんですか。いくら誰も住んじゃいないとはいえ、御武家様のお屋敷で御座いましょ」
「いいんだよ。これからその屋敷の主とやらに挨拶に行くんだからよ」
「主って?」
 吉五郎が呆けた顔をしたので九朗右衛門が笑う。
「うらめしやのことよ」
 うらめしやとは無論幽霊のことであるが、九朗右衛門は幽霊など信じていなかった。
 はじめ吉五郎から話を聞いた時、思い至ったのは盗賊のたぐいである。
 人魂というのは盗賊が灯した明かりが漏れたものであろうし、人影が血を流した女にも化け物にも見えたのだろう。
 襤褸屋敷が近頃市中を騒がせている鬼鳶一家の根城にでもなったのではあるまいか、と思ったのだ。
 父に言われて盗賊のことを調べあげていたのは最近のことだ。
 最近鬼鳶一家が江戸に入り、幾人かの潜伏先も突き止めた。
 だが、これだけ噂になればもはや盗賊はおるまい。
 何か、証拠の品でも見つかればいい。そうすれば、一家全員を召し上げるのにもう一歩近づく。さすれば九朗右衛門の道も開けれかもしれない。
 なら昼間でもいいのではあるまいかと思うのだが、どこか幽霊に怖がっているふしのある吉五郎をからかうのも面白いのだ。
 気楽な調子で屋敷に入り込もうとしたのだが、ふと背筋に薄ら寒いものを感じた。思わず刀の柄に手をやる。
「吉五郎、持ってろ」
 火を消した提灯を吉五郎に渡し、いつでも刀を抜けるように両手を開ける。
 何やら殺気のようなものを感じるのだが、どうにも読めない。目の前の屋敷にはまるで気配がないのだ。
 ふと、背中になにかぶつかって、力が抜けた。
 膝をついて後ろを振り返ると吉五郎が血に濡れた長ドスを持って立っていた。
 いつもの吉五郎とは違う、冷淡な目をしている。
 こいつは、してやられた。
 九朗右衛門は笑おうとしたが、何かで喉が詰まっているようで思うように笑えなかった。
 吉五郎も盗賊の一味で、おびき出されたってわけだ。
 ざまあねえ。
 無念だ。
 うらめしや。


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