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てきすとぽい杯について
てきすとぽい杯について
各夜のお題
第17回 募集要項
第17回 審査結果
入賞作品紹介
《大賞》
『百鬼夜行の客商売』 みお
《入賞》 ※得票順/シリーズ作品は並べて掲載
『ヘッセ』 犬子蓮木
『高速道路』 粟田柚香
『集合住宅』 粟田柚香
『シーサイド・ヒル』 大沢愛
『ルーインズ』 大沢愛
『スタティック』 大沢愛
『クリスタル・ムーン』 大沢愛
〈候補作品〉 ※得票順/シリーズ作品は並べて掲載
『The Friendly Ghost』 碧
『The Not-Friendly City』 碧
『創造主の箱庭』 kenrow
『生々しさ』 フィンディル
『幽霊アカウント』 muomuo
『男死病』 muomuo
『名無しの少年』 muomuo
『絆』 muomuo
『そうやって大人になっていく―丁稚安吉の場合』 志菜
『せやせや』 せせせ
『曲り角奇譚』 茶屋
『幽霊屋敷に住むものは』 永坂暖日
『便利な家』 ◆BNSK.80yf2
『助手席の彼女』 永坂暖日
『できごころ』 しゃん@にゃん革
『幽霊屋敷の浴室』 山田佳江
『桜屋敷』 茶屋
『幽霊の生業』 豆ヒヨコ
『幽霊船』 小伏史央
『幽霊屋敷の記憶』 三和すい
『記憶喪失になった俺が大学受験に挑むのだ』 ひこ・ひこたろう
『館長さん』 晴海まどか
『怪談は幽霊屋敷で』 松浦徹郎
『幽霊空き家』 永坂暖日
『九朗右衛門事件帳』 茶屋
『幽霊屋敷の一件』 碓氷穣
『歌声』 茶屋
『ぼくがいまよみたいしょうせつてきすとぽいばーじょん』 ひやとい
『歴史の勉強』 しゃん@にゃん革
『新幹線の中で』 ひこ・ひこたろう
『ぼくとお屋敷』 犬子蓮木
『紅白歌合戦の舞台に俺は立ったのだが』 ひこ・ひこたろう
『幽霊屋敷から出て来たのは古切手』 ひこ・ひこたろう
『大学祭』 ひやとい
『薔薇の香り』 げん@姐さん
『Haunted Horizon』 木野目理兵衛
〈集計外作品〉 ※投稿順
『柿のお供え』 高田@小説垢
『僕がオトコノコを止めた理由』 文才無い魔女
『変な旅』 鳥居三三
〈関連作品〉
関連作品のご紹介
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『助手席の彼女』 永坂暖日

第四夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.06 23:28
総文字数 : 3701字

獲得☆3.625
 何度目になるだろうか、これで。カーブににさしかかる直前、左足でクラッチを踏み込んでギアを四速から三速に落とし、カーブを抜ける直前に、またクラッチを踏み込んで三速から四速に戻す。
 つづら折りのようにカーブが続いているからギアチェンジが頻繁で、左足はずっとクラッチペダルに置いたままだ。ずっと上り坂でカーブもなかなかきつく、スピードも出せない。対向車がないからずっとヘッドライトはずっとハイビームで、右を照らせば剥き出しの山肌、左を照らせばすぐそこに白いがガードレール、その向こうはうっそうとした森だ。
 繁華街から車を走らせてほんの三十分。街中はずいぶんと都会めいてきたようにも見えるが、山地は住宅地のすぐそこに迫っていて、少し足を踏み入れたらあっという間に人里から隔離された風景になる。
「ずいぶん辺鄙なところに住んでるんだね」
 左にハンドルを切るついでに、助手席に座る女をちらりと見た。彼女はまっすぐに前を見つめている。
「ええ。おかげで、街に出るのはいつも苦労するの」
「いつもは、どうやって街まで?」
 彼が女と知り合ったのはつい数時間前、大型ショッピングモールの駐車場でのことだ。買い物を済ませた彼は、広い駐車場を歩いている途中、ぼんやりと歩いている彼女を見つけた。
 バッグも何も持たず、車や連れを探している様子もなく、黄昏の中で見たその横顔が男の好みとこれ以上にないほど合っていたので、声をかけた。
 家に帰りたいけれど財布も何も忘れてきたので困っている、と言う割には困った顔はしておらず、また奇妙なことを言うなと思ったものの、真正面から見るとますます男の好みの顔をしていると分かったので、なら夕食に付き合ったら家まで送ると約束をして、今に至っている。
 携帯も忘れたという彼女は、電話番号もど忘れしてしまったという。さすがにそれはありえなくないかと思ったが、せっかく出会った好みの女である。家まで送れば携帯もあるから、そこで番号を交換すればいい。
「いつもは、通りかかった人に乗せてもらって街に下りるわ。でも、その人が帰りも乗せてくれるとは限らないから」
「送ってくれそうな人を探してた訳か。車は、持ってないの」
 こんな辺鄙なところに住んでいたら、必需品ではないだろうか。そうでなくとも、街中はにぎわっているとはいえ、大都市のように交通網は発達していないから、車を持っている人は多い。
「免許がないし、お金もなくて」
 しばらく話をしていて気が付いたが、彼女は表情に乏しい。しかし今の声だけは、少しはにかんでいたように聞こえた。
「俺も、金がないから今はこんな中古車だよ」
 欲しい国産車はあるが、どこかから大金が転がり込んでこないかぎり、高嶺の花だ。
 助手席の女も、世間的には高嶺の花である。しかし、ダメ元で声をかけて家に送るところまでこぎ着けたから、案外手に入る花なのかもしれないと密かに期待していた。
 対向車もなく、民家もほとんど見かけず、車はどんどん山の奥へと入っていく。さすがに遠すぎやしないかと男が怪訝に思い始めた頃、右に曲がる細い道が見えて、そこを曲がってくれと女が言った。
 ウインカーを出して、ギアを二速に落としてハンドルを右へ。アスファルトはすぐに舗装されていない砂利道に変わり、左右からは背の高い竹林が迫っていた。
 本当にこんなところに民家があるのかと思っていたら、存外すぐに家が見えてきた。
「……でかいね」
「土地だけはあるからね」
 日本風の、大きな家である。山奥に、それはぽっかりと現れたように建っていた。その一角だけが開かれていて、竹垣に囲まれている。見たところ正面には駐車場はないが、転回するのに十分な広さはあったからそこで車を止めた。
「送ってくれて、ありがとう」
 そう言ってドアを開けようとする彼女の右腕を、とっさに掴んだ。そのまま家に上がったら、もう戻ってこなさそうだと思ったのだ。
「ここまで送ってきたんだ、電話番号くらい教えてくれよ」
「……じゃあ、携帯を取ってくるから、ここで待ってて」
 返事をするまでに少々間はあったものの、彼女は言った。家に上げてくれと言うのはさすがに図々しいし、本当に戻ってくるんだろうなと疑うのも感じが悪いので、男は分かったといってすぐに手を離した。
 ライトを消しているから当然のごとく真っ暗で、エンジンを止めているから不気味なほど静かだ。スマホをいじりながら女が戻ってくるのを待っていたが、一向に姿を見せない。女が家に入ってどれくらい経ったのかと時計を見て、既に二十分経過していると知った。
 やはり高嶺の花は高嶺の花のままだったのか。しかし、こんな山奥まで送ったのだから、番号を教えるくらいしてもいいだろう。
 そんな不満を抱えたまま何気なく家を見て、どこの窓にも明かりがないことに、男は気が付いた。
 まさか、寝たのか。
 人を待たせておいて――待たせる理由を作ったのは男自身ではあるが――先に寝るとはいくら何でも非常識だろう。
 諦めて帰ろう。とんだ骨折り損だ。
 ギアがニュートラルになっているのを確認して、クラッチとブレーキを同時に踏み込み、エンジンキーを回す。ライトはハイビームになっているが、戻すのが面倒だったのでそのままにして方向転換しようとハンドルを右に回す。エンジン音に、タイヤが砂利を踏みつぶす音が重なる。当たりが静かだから家の中まで聞こえているかもしれない。電話番号さえ忘れるような彼女だ。男のこともうっかり忘れていたと、慌てて飛び出してくるようなことはないだろうか、という儚い希望が胸をよぎる。
 しかし、一瞬ライトに照らされた家から誰かが飛び出してくる気配は微塵もなく――ハンドルを切る男の手が止まる。
「……え?」
 ヘッドライトに煌々と照らされていたのは、一軒の古い家屋だった。さっき見た時と違って、誰かが住んでいる様子などまるでなさそうな、荒れ果てた家だった。瓦は所々落ちていて、雨戸もない窓もあり、障子に貼られた和紙はすべて破れている。さっき女が入っていくところを見ていた時はちゃんとしていたはずの門は、片方の扉がなく、もう片方もちょうつがいが外れかかっている。
 背筋がぞっとした。
 男は大慌て手ハンドルを切って方向転換すると、アクセルを踏み込んだ。しかし、慌てすぎたせいでクラッチから足を離すタイミングが合わずにエンストする。気ばかり急いてエンジンをかけ直すのにも手間取ったが、なんとか車が動き出すと、カーステレオのボリュームを耳が痛くなるくらいに大きくした。
 バックミラーもサイドミラーも、恐ろしくてのぞく気になれなかった。


 後日、こんな話を聞いた。
 山の奥、国道から分かれた舗装もされていない道路の突き当たりに、今はもう誰も住まなくなった廃屋がある。山奥にもかかわらずその廃屋は大きくて、しかし山に飲み込まれつつあるから迫力は満点。幽霊屋敷として評判で、肝試しに行く若者が少なくない。
 人魂のようなものを見たとか、白い人影みたいなものを見たとか、帰る時にバックミラーを見たら知らぬ人が映っていたとか――その幽霊屋敷にまつわる怪異の類いは枚挙に暇がない。しかし、そこが幽霊屋敷と呼ばれるようになった理由は、別にあった。
 家に送って欲しいと言う若い女を車に乗せ、彼女の案内に従って走らせると山奥の大きな家にたどり着く。女を送り届けた直後は、大きいけれど何の変哲もない家なのに、いざ帰ろうとする時にふと見ると、荒れ果てた廃屋になっているのだという。彼女を送った者(たいていは男だ)はそれで慌てて車を走らせ逃げていく。慌てすぎて、途中のカーブで曲がりきれずに事故を起こした者もいるらしい。
 幸い、男は事故を起こすことなく家に帰り着いた。だけど、確かに人の住んでいる様子のあった家が、我が目を疑いたくなるほど荒れた姿に変わっていたのを見た時の不気味さは、まだ忘れられない。妙な下心は当分持たぬようにしよう、と珍しく反省もした。
 女は――好みの顔をしていると思ったあの女は、男なのだという。
 女装の趣味があった少年で、しかしそれを両親に理解されることのないまま死んだらしい。少年の秘められた趣味が両親に発覚して以来、坂道を転がり落ちるように家庭内の雰囲気は悪くなり、まるでそれに合わせるかのように父親のやっている事業もうまくいかなくなった。
 とうとう一家心中するしかなくなって、最期だからと皆きちんとした格好になったのだが、少年はその時女装をした。自分でいちばん綺麗だと思ったのが、その格好だった。しかし、少年の趣味を理解していない両親はこの期に及んでと激怒し、少年を無理矢理着替えさせよとして取っ組み合いをしているうち、少年は死んでしまった。息子を殺してしまった両親は結局死にきれずに出頭して、家は人手に渡った。しかし、殺人現場となった家で場所も辺鄙ということで買い手が付かず、次第に荒れ果てていったのだという。
 もう二度と両親が帰ってこなくても、あそこが少年の家。だから、街へ下りては誰かを捕まえて送ってもらうのだ。街へ行く時も、同じように誰かを捕まえるのだそうだ。
 彼は今日も、車に乗せてくれる人を探しているのだろう。

『できごころ』 しゃん@にゃん革

第四夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.06 23:36
総文字数 : 780字

獲得☆3.625


《愛のいじり小説ただいま開催中賞》
できごころ
しゃん@にゃん革


 進撃の巨人は、森の中を逃げ回っていた。
 さらなる巨人が現れ、捕食されていたのだ。
「しかし、あれは巨人なのだろうか」
 偵察隊のアジノ・ソトは、その異様な姿に言葉を失った。
 アジノ・ソトの目に映ったのは、こんな姿の巨人だったのだ。

   ( ゚.゚) .。o
    川    
    川    
    川    
    川    
    川    
    川    
    川    
    川    
    川    
    川    
木 木 川 木 木

 裕福な家に生まれたアジノ・ソトは、少年の頃から大金を持ち歩き、さまざまな土地を旅していた。
 星の数ほどの珍しいものを目にし、自然が創り出した奇怪な景観にしばしば息を呑み込んだ。
 確かに、人智を超えた存在がこの世にはあるのだと思う。
 が、新たに現れた巨人は、あまりにも想像を超えていた。
 あれでは、まるでくらげ。
 今まで自分たちを捕食してきた巨人をたいらげながら、しょうせつかけえええ、がいしゅつはゆるさああああん、と不可解な雄叫びをあげている。
 人類の天敵たちを触手でからめとり、とぼけた顔で貪り食う様は怒れる神にも見えたが、一方では無邪気な悪魔のようでもある。
「なあ、あいつ一体どこから来たんだ?」
 背後から聞こえた声に、首を振る。しかし、どこか懐かしい想いが湧いてくるのは何故だろう。
 あれは西を旅した時だったか、とアジノ・ソトは少年時代の記憶を振り返った。
 巨人たちに蹂躙され、幽霊屋敷と化した豪族の家を気まぐれで探検したことがある。
 かつてテキスポと呼ばれたその街は文教都市と知られ、数多の文学を生み出してきたという。
 当時のことを完全に思い出し、アジノ・ソトは戦慄した。
 幽霊屋敷の地下室の壁に描かれた、土着神の姿。
 その威厳とはほど遠いフォルムを見て、幼かったアジノ・ソトはつい悪戯書きをしてしまったのだ。
「ま、まさか、俺を追いかけてきて? やばい逃げないといけないのは、こっちのほうだ」
 悲鳴を上げて背を向けたアジノ・ソトに、五本の触手が迫っていた。
 その先端には、稚拙な絵や意味のない記号が無数に描かれている。

『幽霊屋敷の浴室』 山田佳江

第四夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.06 23:44
総文字数 : 1068字

獲得☆3.625
 幽霊屋敷というとだれもが頭に思い描くような、そういったいわゆる古い洋館で、僕とおばあちゃんは向い合って夕食をとっていた。
 ここはずいぶんと昔に栄えた港町で、古い建物がいくつも残されている。おばあちゃんの住む家も、そのうちの一つだ。
「日記は書けたの?」
「5月4日と、5月5日の分は書けたよ。今日の分はまだ」
 ポテトサラダを小皿に取り分けながら、おばあちゃんは静かな声で僕に尋ねる。
 連休中に小学校から出されたのは『ゴールデンウィークのできごとを日記に書く』という宿題だった。

 5月4日(くもり)
 おとうさんとおかあさんは仕事を休めないので、おばあちゃんのうちに泊まりにきました。
 5月5日(雨)
 おばあちゃんが、がめの葉もちを作ってくれました。かしわの葉でつつむのがかしわもちだけど、この地方では、がめの葉でつつむのだとおばあちゃんが教えてくれました。

 そんな感じで、僕の日記はたいしたイベントも無く連休を終えようとしている。
 僕はこの家のことが嫌いではなかった。くすんだ壁紙の模様も、分厚く重いカーテンも、ひんやりと湿っぽい匂いも、好ましく思う。気に入らないのは簡易水洗のトイレが流れにくいことくらいだ。
「今日の日記に書くことが無いのね」
「ポテトサラダのことを書くよ。おばあちゃんの作るポテトサラダにはみかんの缶詰が入っています。って」
 僕は箸でみかんを皿の端に寄せて、ポテトサラダを食べる。そんな僕を見て、おばあちゃんは上品に微笑む。
「浴室のタイルを見てみなさい」
「タイル?」

 静かな昼食を終えて、僕は浴室を覗いてみる。バスタブの水は抜かれ、綺麗に掃除されていた。古い浴室のタイルは一枚一枚が教科書くらいの大きなもので、いくつかひび割れているものもある。修理しようにも、これほど大きなタイルはあまり手に入らないのだと、おばあちゃんは言っていた。
「これ、なんだろう……」
 茶色いマーブル模様のタイルに、昨日は気づかなかった印がつけられている。右上の隅に、数字の『2』を横にしたような文字。
 僕は浴室の中を見渡す。よく見ると、隅に数字の書かれたタイルがいくつもある。その数字は縦になったりよこになったりしているけれど。
 シャンプーや石鹸の置かれている棚を移動させる。『9』と記されたタイルがそこにある。マーブル模様の中央に、大金でも入っていそうな布袋のイラストが描かれている。

「おばあちゃん、カメラある!?」
 リビングに駆け込む僕に、おばあちゃんはポラロイドカメラを差し出す。最初から用意されていたみたいだった。
 僕は大急ぎで写真を撮る。もうすぐ父と母が迎えに来るのだ。

『桜屋敷』 茶屋

第一夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.03 23:18
総文字数 : 1634字

獲得☆3.615
 きっと少女がいた。
 ずっと昔、
 もしくは、
 遠い未来。
 少女はどこかの時間に属し、確かに存在していた。

「そこで何をしてるの?」
 少女はそうあなたに問いかけてくる。
「外を、見ていたんだ」
 あなたはそう答え、窓の外に視線を移す。そこには川が流れ、それにそって桜並木がある。
「散ってしまったから」
 あなたの声は少し淋しげだ。
「あんなに満開だったのにね」
「散ってしまうと、何だかとても」
「来年も咲くよ」
「……」
「来年もまた見れるよ」
 来年というその言葉。その概念。
 今のあなたとは大きく隔たった何か。
 来年も桜を見ることができるのだろうかと、あなたは思うのだった。

 葉が散っていく。
 桜はますます貧相で寂しげだ。花を散らせた時とは大違いで、華やかさは全くない。
 一年のうちの一時の美しさのためだけにあちこちに植えられる桜。
 ひとときの幻の木。僅かな夢の亡骸。
「どうしたの?ため息なんかついて」
「もうすぐ、冬だなと思ってさ」
 そう言ってあなたはまたため息をつくと、少女はおかしそうに笑った。
「そんなに冬が嫌い?」
「勿論。寒いからね」
「ふーん。あなたがそんなこと気にするとは思わなかった」
 少女は不思議そうに首を傾げる。
 そう。あなたは寒いのが苦手だ。今も、昔も、これからも。

 少女はいない。
 少なくとも、今、目の前には。
 桜も咲いていない。

 青い葉からは強い生命力を感じる。
 植えたばかりの頃はいかにも元気のなさそうに葉がへたっていたので、萎れてしまうのではないとあなたは心配していた。
 けれどもそんな心配を他所に、桜はしっかりと根を張り始め天に向かう決意をしたようだ。
 少女は今日も桜に水を与えている。
 彼女はとても楽しそうに笑っている。
 多分彼女は未来を見ているのだろう。未来の桜を。未来に花咲く桜を。
 少女はあなたに言う。
 いつか桜が咲いたら一緒に見ましょう、と。
 そう、いつか。
 いつか桜が咲くのだろうが。
 ただ、それがいつなのか。来年なのか、明日なのか、それとも昨日なのか、あなたには検討もつかない。

 あなたは家鳴りで目を覚ます。
 大きな音だった。今にもこの屋敷が崩れてしまうのではないのかと思うほどに。
 夢の中で少女は廊下をわたってあなたに会いに来ようとしていた。
 夢とわかっていても、あなたは廊下を確認せずにはおれなかった。
 勿論そこには闇と静寂しかなかった。
 そして、窓の外に目をやってもまだ桜は咲いていない。

 あなたは川沿いを見る。
 とても殺風景だ。
「いかがしました?」
「何もないんだね」
 少女は問いかけ、あなたは答える。
「そうですね。なんとも殺風景ですね」
「桜でも植えればいいんじゃないかな」
「桜ですか?」
「そう、桜。あそこにはとても似合うような気がする」
 少女は俯いている。
 泣いているかもしれない、とあなたは思う。
「僕は見れなくともいいんだ。誰かが、それを見て楽しめれば。あまりにもこの風景は殺風景すぎるよ」
 もう、春だ。
 春には桜がいい。
 そう思いながら、あなたは水を口に含み眠る。

 少女はあなたを見て悲鳴をあげる。
 そして、あなたに背を向ける。
 あなたは追いかけようとするが、やめた。
 窓の外に目をやる。
 悲鳴を聞いた外の子らも逃げていく様子だった。
 屋敷はもう古い。
 訪れるものがここを幽霊屋敷と呼んでいることをあなたは悲しく思っている。

 夏。屋敷はまだ新しい。
 花火が見え、聞こえる。光の後に、音がやってくる。
 あなたは窓からそれを眺めている。
「ほら、花火だよ」
 少女はあなたに答えるかのようにかすかに微笑んだ。
「花火……」
 あなたは何故だかとても悲しい。
 光が明滅するたびに、少女の顔が照らしだされる。もう彼女は目をつむり、寝ている。
 あなたは静かに泣く。
 来年の桜は見れそうもない。

 屋敷はとてもとても長い時代を生きてきた。
 屋敷はとてもとても長い時間桜を見守ってきた。
 そして屋敷には、少女がいた。
 きっと少女がいた。
 ずっと昔、
 もしくは、
 遠い未来。
 少女はどこかの時間に属し、確かに存在していた。
 だが、今、この時は少女はいない。
 あなたもいない。
 ただ、桜だけが咲いている。

『幽霊の生業』 豆ヒヨコ

第一夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.03 23:28
最終更新 : 2014.05.03 23:44
総文字数 : 2143字

獲得☆3.545
斉藤くんがわたしたちの家をノックしたのは、真夏の暑い昼下がり、午後三時ごろだった。
のり子さんは、と言ったきり口をつぐんだ。当惑したわたしの表情を見て、すぐに姉の留守を悟ったらしかった。「グァムへ旅行中ですけれど」と答えると、ああー…と息を吐いて大きく目線を落とした。それから勇気を振り絞るように訴えた。
「ビール瓶を持ってきてくれたらなあ、と言われたんです。昨日。『缶じゃなくて瓶、一ケースね』って。うちで冷やして、楽しく飲んじゃいましょうよって。出かけるなんて、ぜんぜん聞いてなかったんですけど」
その声にはすがるような悲しみがあった。でもわたしは同情できなくて、ハアとだけ答えた。
あかるい黄色のケースは昼下がりの日光をマットに照り返していて、つめ込まれた茶色の瓶たちはいよいよ温もりを持ち始めていて、お酒を飲めないわたしは「持って帰ってください」と冷酷に言った。ふっと目を上げた彼の表情は、かっこいいとまでは言わずとも真摯な懇願に満ちていて、ちょっといいなとも思ったが、やはりわたしは「持って帰ってください」と再び言った。そして付け加えた。
「姉は受け取らないと思います。言われたことを鵜呑みにしない、気位の高い天邪鬼ばかり愛してますもの」

斉藤くんは電車で来たという。ケースを担がせた帰路はさすがに気の毒で、わたしは車を出してあげることにする。
カーポートに停めておいた深緑色のミラジーノを指さす。わたしの車だ。縁石に平行に、まったくズレずに駐車されたミラの横には、ごく類似した色合いのBMW・MINIクーパーが双子のように停止している。これは姉の車だ。仕様も利便性も、その価値も大きくかけ離れた、でもどこか似た美しさを持つ二台。きれいずきなわたしたち姉妹は、所有する車を各々でぴかぴかに磨き上げている。まるで競うように汚れを除き、まんべんなくワックスをかける。
「助かります」
ごく短く礼を言い、斉藤くんは助手席に乗り込んでシートベルトを締めた。
エンジンが小さく高まったところで、わたしはアクセルを踏み頃合いよくハンドルを切った。ぐるりと最小限の円を描くよう、緑の軽自動車を走らせた。難なく公道へ出る。茶色の瓶同士がぶつかる響きを背後に聞きながら、わたしは何の気なしに言った。
「わたしと姉さん、すっぴんの顔はほぼ同じなの」
斉藤くんはああ…と無意味に、しかしまんざら無関心でもない様子で相槌をうった。わたしは続けた。
「不思議なんだけれど、同じ顔で性質もどこか似ているのに、おつきあいする男性はぜんぜん違うのよ。ほら、ふたりで一軒家をシェアしている状態だから、ときどき彼女が男を連れ込むところに出会うわけね。いつも、いつもいつもいっつもサラリーマンなの。スーツなんて着てなくてもわかる。神経質そうなポロシャツの着方とか、磨きたてられた黒縁メガネとか、妙に清潔な髪型なんかでピンとくるわ。……だから、あなたが訪ねてきた時はすこし驚いたかな」
「どうしてですか」
「えーと、……とっても若々しいから」
正直に言えば、彼は若々しいというより『とっつぁん坊や』だった。
白くぽちゃぽちゃとした頬に刈り込んだ髪、筋肉のない腕にはアウトドアを嫌うもやしっ子精神が感じられた。襟ぐりの伸びたTシャツが、ぴりっとしない印象を確固たるものにしていた。姉は本当に節操がない。絶対好きなはずはないのに、どうして思わせぶりな言葉を吐くのだろう。その労力が意味不明だ、引っ掛ける際も引き剥がす際も。
「俺、サラリーマンですよ」
斉藤くんがぽつりとつぶやいた。
ちらりと見やると、彼はフロントガラスを見つめたまま、割に繊細そうな指でボディバッグの金具をいじりまわしていた。
「サラリーマンに、なったんです。のり子さんに出会って」
ハハハそうなんですか、と笑ってみる。笑う以外にどうしようがある。
「好きなんです、好きなんです。どうしようもなく好きなんです。でも何をしてあげられるかわからなくて、僕は救われるばかりで。そしたらビール瓶がほしいって言うから張り切っちゃったんです」
「なるほど、一ダースも」
茶化すつもりで合いの手を入れたが、返事はなかった。
泣かれたらどうしよう、などとわたしは思う。姉を慕う男たちはピュアな輩ばかりで、それを慰めてばかりいるうちに、わたしは恋愛を通り越してふんだんな母性を抱えてしまう。いったい何人の未熟な、考えなしな、素朴な男たちの母親代わりを務めてきたことだろう。すこし力を込めて、わたしは言う。
「姉は帰ってこないわ。彼女に似た、わたしという幽霊がいるだけ。ただの幽霊屋敷よ」
斉藤くんはまたあの目をして、今度はフフフと笑う。
「幽霊だってほしい時がありますよ、一番知ってるでしょう?」
心のどこかが押しつぶされ、わたしはスイッチを押して窓を開ける。
恐ろしいほどの熱気と、耳をつんざくセミの声が届く。彼らとわたしは、きっと似ているのだ。姉にはなれない、本当の愛を得られない。信号機は黄色に瞬いた刹那、赤いつぶつぶを載せた円へと変わる。ふつふつと額に浮かぶ汗を拭ううち、アクセルを踏み込んで世界を壊してしまいたくなる。
彼と添い遂げたところで後悔しない気がしたし、斉藤くんもそれでいい、と思ってくれそうな気がしてしまうのだ。


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