目次
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てきすとぽい杯について
てきすとぽい杯について
各夜のお題
第17回 募集要項
第17回 審査結果
入賞作品紹介
《大賞》
『百鬼夜行の客商売』 みお
《入賞》 ※得票順/シリーズ作品は並べて掲載
『ヘッセ』 犬子蓮木
『高速道路』 粟田柚香
『集合住宅』 粟田柚香
『シーサイド・ヒル』 大沢愛
『ルーインズ』 大沢愛
『スタティック』 大沢愛
『クリスタル・ムーン』 大沢愛
〈候補作品〉 ※得票順/シリーズ作品は並べて掲載
『The Friendly Ghost』 碧
『The Not-Friendly City』 碧
『創造主の箱庭』 kenrow
『生々しさ』 フィンディル
『幽霊アカウント』 muomuo
『男死病』 muomuo
『名無しの少年』 muomuo
『絆』 muomuo
『そうやって大人になっていく―丁稚安吉の場合』 志菜
『せやせや』 せせせ
『曲り角奇譚』 茶屋
『幽霊屋敷に住むものは』 永坂暖日
『便利な家』 ◆BNSK.80yf2
『助手席の彼女』 永坂暖日
『できごころ』 しゃん@にゃん革
『幽霊屋敷の浴室』 山田佳江
『桜屋敷』 茶屋
『幽霊の生業』 豆ヒヨコ
『幽霊船』 小伏史央
『幽霊屋敷の記憶』 三和すい
『記憶喪失になった俺が大学受験に挑むのだ』 ひこ・ひこたろう
『館長さん』 晴海まどか
『怪談は幽霊屋敷で』 松浦徹郎
『幽霊空き家』 永坂暖日
『九朗右衛門事件帳』 茶屋
『幽霊屋敷の一件』 碓氷穣
『歌声』 茶屋
『ぼくがいまよみたいしょうせつてきすとぽいばーじょん』 ひやとい
『歴史の勉強』 しゃん@にゃん革
『新幹線の中で』 ひこ・ひこたろう
『ぼくとお屋敷』 犬子蓮木
『紅白歌合戦の舞台に俺は立ったのだが』 ひこ・ひこたろう
『幽霊屋敷から出て来たのは古切手』 ひこ・ひこたろう
『大学祭』 ひやとい
『薔薇の香り』 げん@姐さん
『Haunted Horizon』 木野目理兵衛
〈集計外作品〉 ※投稿順
『柿のお供え』 高田@小説垢
『僕がオトコノコを止めた理由』 文才無い魔女
『変な旅』 鳥居三三
〈関連作品〉
関連作品のご紹介
終わりに
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〈候補作品〉 ※得票順/シリーズ作品は並べて掲載

『The Friendly Ghost』 碧

連作/第三夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.05 23:42
最終更新 : 2014.05.05 23:44
総文字数 : 2016字

獲得☆3.700
 タケルの一家が、この辺じゃ「お化け屋敷」なんて呼ばれたりもしてた、ずっと空き家だった古い洋館に引っ越してきたときのことをよく覚えている。アメリカ帰りなんだって大人たちが噂してそわそわしてたから。今思うと、興味半分、羨望半分って感じのテンションだったんだと思う。私は最初アメリカがどんな場所か知らなかったんだけど、タケルが全然流行の歌とかアニメのことを知らなかったから、どうもずいぶんと遠いところから来たらしいってことだけはわかった。
 タケルは日本のアニメは知らなかったけど、アメリカから持ち帰ったものを少し持ってた。日本ではまだ手に入りにくいディズニーのグッズとか、ローラースケートとか、アメリカで放送されてるアニメのビデオとかだ。タケルは小学校3年の4月の、丁度クラス替えのタイミングで転校してきたんだけど、どうもその海外帰りだっていう立場の微妙さがあったのか、友達作りの波に出遅れて、いつも独りぼっちだった。だから、私は気を使って毎日遊んであげてた。
 今思うとその子供向け映画は別に彼のお気に入りでもなかったのかもしれないけど、一度興味本位で「見せて」と言って見せてもらってから、私はすっかり好きになってしまったのだった。
 筋書きはこうだ。
 幽霊屋敷と呼ばれているある空き家がある。そこに、大金が眠っているという噂を聞きつけてやってきた強欲な男女と、幽霊研究家の親子がやってくる。屋敷にはいたずらっ子の幽霊が3人と、心優しい幽霊が1人いて、いたずらっ子3人はその招かれざる客を4人とも追い出そうとするのだけれども、心優しい幽霊は研究家の娘が好きになってしまって、色々とトラブルはあるけれど、最終的にオトモダチになる。ラストのシーンで、一時的に心優しい幽霊が人間の姿を借りて、ホームパーティーで女の子と一緒に踊るのだ。そのシーンが、ロマンティックで大好きだったのだ。
 アメリカのビデオだから字幕がついていなくて、大まかなストーリーはタケルに解説してもらって理解した。
「ねえねえ、あの映画みたい、つけてよ」
 高校から帰ってきたばかりのタケルにそう言うと、あからさまにうんざりとした顔をされた。
「またかよ、お前ほんと飽きないな」
「だってあれ好きなんだもん。最近はやってるちゃらい日本のドラマより面白いもん」
「どうだか」
 そう言いながらビデオだけ再生してくれたけど、タケルは私と一緒に見てはくれなかった。イヤホンをして別の音楽を聴きながら、宿題をしている。帰ってきてすぐ宿題なんて、なんて優等生!
 邪魔をしないように静かに映画を見た。
 幽霊研究家の娘は、幽霊屋敷に引っ越してきたから転校生だ。友達がなかなかできなくて、ホームパーティーでも独りぼっち。そこに、颯爽と人間になった幽霊くんが現れて、会場の視線をかっさらう。幽霊くんは後姿しか映らないのだけど、周りの反応から、彼が恐らくハンサムでびっくりされているのだというのがわかるのだ。
「ねえ、このシーン、いいよね、私、大好き。どうしてタケルはこの映画そんなに好きじゃないの」
 宿題と明日の予習が一段落ついたらしいタケルに、私は聞いた。タケルはヘッドフォンを外してこちらに向き直ると、何も言わずにじっと見つめてくる。むくんだにきび面に、眉間に皺、垢抜けない感じの制服の着こなし。友達が相変わらずいないのは知ってる。彼女なんて夢のまた夢だろう。映画の女の子を演じてた子役の娘は可愛かったけど、それ以外の点で、タケルと彼女の立場はよく似ている。
「見てて嫌にならない?」
 真面目な顔で、タケルは聞いてきた。意味がわからなくて、私は首を傾げる。タケルは少し考えるそぶりを見せた後、言った。
「キャットはいつか大きくなって大人になるけど、キャスパーはずっと子供の幽霊のままなんだよ」
「それが?」
「俺たちみたいじゃん」
 私は黙って、しばらくタケルが言った言葉の意味を考えてみた。
「タケルがキャットで、私がキャスパーなの?」
 タケルが頷いた。
「でも私、仮に人間の姿になる力を手に入れても、合コンでぼっちになってるタケルを助けにはいかないよ?」
「それは別に良いんだけど……」
 タケルは、小さくため息をついた。
「いつか別れなきゃいけないと思ったら、一緒にいるのが辛くならないか?」
 私は困った顔で首を振った。この土地に住んでどれだけの時間が経ったのだろう。幾千の出会いと別れがあったし、それは私の宿命なので、特に悲しいとか辛いとか思ったことはなかった。タケルの気持ちがよくわからなかった。でも、私と一緒にいるのは気分がよくないことなのだろうか。
「ごめん、なんかよくわかんないけど、私、タケルの目の前にもう現れないほうがいいのかな?」
「それは――……」
 哀しげに目を伏せたタケルを見て、そうか、そうなのかって思った。
「ごめんね、私、人間の気持ち、わかんないからさ。もう、タケルの前には姿見せないね」
 それだけ言うと、私はふっとその場を後にした。


第四夜エントリー 『The Not-Friendly City』 に続く

『The Not-Friendly City』 碧

連作/第四夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.06 23:22
最終更新 : 2014.05.06 23:43
総文字数 : 2102字

獲得☆4.000


《碧一色賞》
第三夜エントリー 『The Friendly Ghost』 続編
The Not-Friendly City



 御堂筋線とかいう地下鉄に乗りたかったのだが、御堂筋と書いてある看板に従って高架下を歩いていたら何故かJRの切符売り場にたどり着いた。JR大阪駅の御堂筋口というところだった。まったくもって梅田駅という場所は恐ろしい。やはり僕は都会というのには向いていないのだ。
 身近にあるのはいつだって辛気臭い田舎の光景だった。垢抜けない町並み、噂好きの近所のおばさんたち、圧倒的物資とイベントの不足。アメリカに住んでたときだって、郊外に住んでいて流行のおもちゃが手に入らなくて不満ばかりだったけど、8歳で日本に帰国した後も、首都圏から遠くはなれた場所に住んでいたから、セーラームーンの放送は2クール遅れだったし、仮面ライダーにいたってはTVで見ることが不可能だった。僕は田舎が嫌いだ。両親がそうではないものだから余計に不満だった。赤毛のアンの実写映画とか、あんなのの何に情緒を感じればいいというのだ。ただ田舎で田舎っぽい娘がはしゃいでるだけの映画だ。両親はあの手合いの、田舎が舞台の辛気臭いビデオを小さい頃からよく僕に買い与えた。その中に、キャスパーという子供向けの映画も含まれていた。
 道に迷いながらもう2時間はあてもなく歩いている。こういう時ってなんて言うんだっけ、足が……スティックみたいになる……、ええと、ああ、そうだ、足が棒だ。帰国してから10年も経つというのに、未だに僕は時々日本語の単語がするっと出てこなくて英単語を口にしてしまうことがある。そういうのが昔から同級生に嫌がられている自覚はあったのだが、どうしようもなかった。別に英語ができることを鼻にかけてるわけではなかったのに、どうして悪意を持って解釈されてしまうのだろう。笑い飛ばしてくれたのは、あの子だけだった。
 見える、のは、小さい頃からの悩みだった。害を加えるやつばかりではないけど、誰にでも見えるものじゃないのが見えるのは、やっぱり薄気味悪かったから。そんな僕のコンプレックスを払拭してくれたのもあの子だった。8歳の、帰国したばかりの頃、出会った、あの子。学校で友達ができず、めそめそしてた僕を、気遣ってくれた。毎日僕の部屋に来て、遊んでくれた。そんなあの子は、僕がアメリカから持ってきたものに色々興味を示していたけど、中でもキャスパーの映画が何故かずっとお気に入りだった。
 見たことのない読者諸氏のために簡単にあらすじを説明しよう。幽霊屋敷と呼ばれているある空き家がある。そこに、大金が眠っているという噂を聞きつけてやってきた強欲な男女と、幽霊研究家の親子がやってくる。屋敷にはいたずらっ子の幽霊が3人と、心優しい幽霊・キャスパーが憑いていて、いたずらっ子3人はその招かれざる客を4人とも追い出そうとするのだけれども、キャスパーはキャットという名前の研究科の娘が好きになってしまって、色々とトラブルはあるけれど、最終的にオトモダチになる。娘は学校に友達がいなくて、ホームパーティーでぼっちになるのだが、そこへ、一時的に人間の姿になれたキャスパーがエスコートしに登場するのだ。
 三浦、と名乗った子猫の幽霊は、この映画が何故か大好きで、何度も何度も僕にこのビデオを再生しろ、と要求した。高校生の頃、僕は思わず言ってしまった。「確かに映画の中では二人は仲良くなってハッピーエンドだけどさ。幽霊は死なないし歳を取らないけど、人間はいつか大人になるし家を出て行くし死んじゃうから、別れなきゃいけないんだぜ。哀しいだろ。俺とお前の関係だってそうだ――」って。それは確かに本音だったのだけど、別に、三浦を傷つけるつもりじゃなかった。
 三浦は困ったような顔をして、言った。「私が一緒にいたら、タケルは哀しいの? 私は、タケルと一緒にいないほうがいい?」
 御堂筋線を探すより、誰かと触れ合うことの方がずっと難しくて苦しい。高校生の時の自分は、どうしてもっと、自分の気持ちをちゃんと伝えられなかったんだろう。
 三浦がいてくれたから、学校で一人でも寂しくなかった。自分は決して孤独じゃないんだって思えてた。でもそれじゃあ、ダメなんだっていう風にも、思っていた。三浦だけじゃなくて、ちゃんとした現実の人間の友達も作らなきゃ、これから先、僕は生きてはいけないんじゃないかって、ちょっと焦ってただけだったんだ。もしかしたら、そんな弱音を口にしていたら、三浦はまた、僕に勇気をくれて、背中を押してくれたかもしれない。でも、現実はそうはならなかった。僕の言葉足らずのせいで、三浦は、僕の前から姿を消してしまった。あれから2年、ずっと三浦の姿を見ていない。
 御堂筋線だって、これから泊まりたいホテルの場所だって、明日下見に行きたい大学の場所だって、多分、勇気を出してその辺を歩いているヒトに聞けば、きっと親切に場所を教えてくれる。でも、一度傷つけて自分の前から姿を消してしまった子猫の幽霊とのよりの戻し方なんて、誰に聞いたって教えてはくれないだろう。僕は取り返しのつかないことをしてしまったのだ。
 未練がましく未来を見られない未熟な男のため息が人ごみの中に吐き出され都会の空気と混じり消えていった。

『創造主の箱庭』 kenrow

第二夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.04 23:31
総文字数 : 1710字

獲得☆3.889


《私たちにも出撃チャンスを賞》
創造主の箱庭
kenrow


 現世で「お題」が発表されたことを知って、『嘆きの城のハンナ(仮題)』の主人公エミリアは狂喜の声をあげた。
「ついにわたしたちの出番が来たのね!」
 ぎょろりとした目で満月を見上げたかと思うと、彼女は朽ち果てた屋敷を飛び出した。森を一直線に抜けて、今にも崩れ落ちそうなレンガ造りの古城へとたどり着く。
「ハンナ! ねえ起きて、ハンナ!」
「何よ、うるさいわねぇ……」と、寝ぼけ眼の城の主ハンナがてっぺんの窓から顔を出す。
「まだ夜の10時じゃない……もう少し寝かせて。あとハンナじゃなくて王女と呼びなさいと何度言えば」
「この森はいつだって10時じゃない! それともあなた、一生寝ているつもりなの?」
「そのつもりだけど何か?」開き直ったようにハンナが胸を反らせた。
「いいじゃない。どうせわたしの人生は永久に行き止まりなんだから」
「それがね、風向きが変わったみたいなの」
 エミリアは幽霊の特権で宙をふわふわと浮かび、ハンナの部屋の窓へとたどり着く。ハンナの部屋はいつ見てもきらびやかだなと、エミリアは羨ましがっていた。当初のプロットでは物語の序盤でハンナが壮絶な死を遂げて、この部屋も血に染まる予定だった。しかし物語が序盤にも達せず頓挫したおかげで、ハンナは生身の女王として生き続ける羽目になってしまったのだ。
 ハンナ所有の最新型PCで、ツイッターのタイムラインをチェックする。あるアカウントがつぶやいた〈今回のお題:「幽霊屋敷」〉という文字列を目にして、ハンナは人間の身体のままで、エミリアに負けないくらい高く跳びあがった。
「夢みたい! やっとわたしたちの物語がはじまるのね!」
「そうよ! 3年前にどこかの誰かさんがプロットだけ組み立てて放り出した私たちの物語。それがようやく動きはじめるのよ!」
 エミリアはハンナの背後へと回りこみ、そっと肩を抱き寄せた。
「ハンナ、あなたにもきっと素敵なパートナーが現れるに違いないわ」
「うれしい! エミリア、わたしずっとあなたのことが――」
 ガシャァァン!!
 目の前を浮遊する少女にハンナが駆け寄ろうとした瞬間、窓を割って人影が飛び込んできた。
「ちょっと待ったァ!!」
「え、なに、誰なのあなた……?」
 二人の視線の先で、ボクサーパンツ一丁の男が仁王立ちしていた。
「俺は『ネイキッド・ベースボール(仮題)』の主人公、名称未定だ! 今回のお題、この俺がもらったァ!」
「どういうことよ! あなた幽霊でも何でもないじゃない。引っこんでなさい!」
「俺はお前らよりも長い5年もの時を耐え抜いてきた。物語を語らないキャラクターなど死んでいるも同然。つまりなァ、俺だって幽霊同然ってことだよ!」
「『屋敷』要素はどこにあるのよ……」
「学園が舞台だからなァ! いわば学園が屋敷だ!!」
「無茶苦茶なこと言わないで! それと服を着なさいこの変態!」
 エミリアがそう叫んだ瞬間、「「「ちょっと待った!」」」と、さらに別の声が3つ聞こえてきた。
 二人と乱入者一人が割れた窓の外を見ると、城の前に3つの人影が立っていた。
「僕は『水中庭園(仮題)』の主人公、ウラシマ(仮)だ。名称未定くんの言うとおり、僕たちは幽霊みたいなものだ。お題は満たしていると確信する」
「わわ、わたしは『タイトル未定(学園ミステリ)』の主人公、名称未定子(中二♀)ですっ! わたしもその、幽霊って設定で、もう4年半も放置されているんですっ。だから、その」
「フフフ、そして拙者は――」
「あーっ、もうっ! わかった! わかったから!」
 エミリアがたまらず声をあげる。
「あなたたちの言い分はわかったわ。こうなったら最終手段。公平な手段で決めましょう」
 ハンナの部屋に全員を集め、エミリアは幽霊にでも話しかけるかのように、虚空を睨みつけながら言った。
「さあ、どれでもいいから今日こそはじめてちょうだい。わたしたちの物語は、あなたにしか創れないのだから」

 幽霊が詰まったフォルダから目を背け、再びツイッターのタイムラインをチェックする。
「追加お題は『大金』かぁ、残念。今日こそは書けそうだと思ったのに」
 私はフォルダをそっと閉じて、艦隊の育成へと戻ることにした。
 彼女たちの物語が、いつか日の目を見ることを夢見て――。

『生々しさ』 フィンディル

第四夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.06 23:42
総文字数 : 2034字

獲得☆3.875
 二人に一人は「は?」と聞き返す。私の勤め先は幽霊屋敷である。
 しかし詳しく説明すればすぐに納得される。何のことはない、テーマパークのお化け屋敷のお化け役である。接客業と言えるのかどうか分からないが、実際の業務内容は地味である。開園から閉園までの間、来る人来る人を驚かして怖がらせる。ただそれだけ。数日もやってみると他の仕事と大して変わらないことに気付く。このお化けの仕事を続けていて大金持ちになることはまぁないだろうが、私は何だかんだでこのお化けライフを楽しんでいる。
 最近悩みがある。先日、お化け仲間にこう言われた。「貴女のパフォーマンスには生々しさが足りない」と。ばぁー! と驚かすだけの行為を「パフォーマンス」と名付けるお化け仲間のプロ意識も印象深かったが、私は迷った。生々しさだと? 言わんとすることは分かる。わざとらしいホラー映画はあまり面白くない。逆にリアリティのあるホラー映画はしばらくトイレに行けなくなる。お化けの仕事をしていて恥ずかしいことではあるが。悩んでいるのは、どうすればこの生々しさが出せるのか、ということである。お化け屋敷でお化けが出来ることなんて高が知れている。暗闇で姿をきちんと見せられない上に、私の姿を見た人はすぐに走って逃げてしまうのである。そんな制限の中でいかにして「生々しさ」を表現すれば良いのだろうか。表情なのか? いやでも暗闇だ、大して見えやしない。手の動きか? 生々しい手の動きって何だ。格好か? いやこのお化けの衣装は支給されている。カツラではなくて地毛を伸ばせば良いのか? 邪魔になるから嫌だ。私は迷った。
 だが駄目出しをされたにも関わらず何も研鑽しないというわけにはいかないのだ。私も私の仕事にそれなりに誇りを持っている。お化けとして生きていくことを親に誓ったあの日。親にはすごく微妙な顔をされた。微妙過ぎて反対もされなかった。
 そのようなことを考えつつ私は家路につく。夕暮れ、辺りは薄暗い。細い路地を歩き、見上げる。私の家はボロアパートだ。お化け役で大金持ちにはなれないのである。このアパートは幽霊屋敷とは言えないが、幽霊屋敷に近い。と言うのも、「出る」という噂があるのだ。どうやら昔男の子が誤って二階から落下して死んだとかどうとかで。しかし私は今まで見たことがない。恐らくただの噂だろう。そう思ってアパートの外階段を上がり、通路を歩き、自分の部屋のドアを開け、
 居た。部屋の奥のカーテン、そこが少し膨らんでいる。私は全身の血管が凍って沸騰するのを感じた。窓を開けていないのにカーテンが揺らめく。全身から汗が噴き出る。カーテンの下の隙間から青白い足が少しだけ見える。震えが止まらない。背丈は子供の身長程。間違いない、件の男の子だ。私の脳はその答えを弾き出すのを最後にシャットダウンする。どうしようという問いにも答えない。逃げないと、という要望を脚に届けない。異常な量の腋汗が胴を伝って下へと落ちていく。カーテンの膨らみは動かない。絶対に動かないで。でもこのままは地獄。
 と、瞳が水を求めて瞬きをせがむ。もう一分は目を開けたままなのではなかろうか。でも瞬きをした後に男の子が目の前まで迫ってきたらと考えると怖過ぎて出来ない。カーテンの膨らみはそのままだ。下から覗く青白い足も動かない。ああ瞬きしたい。瞳が駄々をこねる。もう少し我慢して! あの男の子が居なくなって! ああ瞬きしたい! 駄目駄目瞬きしちゃいます絶対に動かないでねボクー!
 瞬きをした私の先、カーテンの膨らみは消えていた。足もない。ああ、私の願いを聞き入れて消えてくれたのかありがとうとまで思った私ははたと気付く。このパターンってもしかして、私の真後ろに立っているのではないか。私は叫ぶ用意をしてゆっくりと振り向く。しかしそこにも、居なかった。そのままの勢いで私は天井、床、部屋の隅々まで確かめるがあの男の子はどこかへと消え去っていた。その場に崩れ落ちる。渇きの限界で私の頬を流れる大粒の涙、弁が決壊したのかべちゃべちゃの腋。吐き出した溜息が臭かった。
 こういう時に転がり込めるアテのない私は、その日一睡もすることが出来なかった。出てきてくれたら大声で叫んで逃げ出すことも出来る。しかし、あれから男の子は現れない。現れないせいで、部屋を飛び出すに飛び出せない。恐怖と緊張に心臓を締めつけられたまま朝を迎える。間違いなく人生で一番の恐怖体験だ。そして朝日の差し込む中、私は知る。これが「生々しさ」なのだと。
 お化け役の私はお化けに遭遇し、一日休暇を取った。そして出勤日。私は自信に満ち溢れていた。当然だろう、私は本物のお化けに「生々しさ」をレクチャーしてもらったのだ。これ以上のパフォーマンスはない。恐怖に苛まれたあの日は私を成長させてくれた。本当の「生々しさ」とは何なのか、見せ付けてやろうではないか。そうして私は衣装に身を包んだ。
 一週間後、私はクビになった。その理由は「職務怠慢」だった。

『幽霊アカウント』 muomuo

連作/第一夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.03 23:43
総文字数 : 1415字

獲得☆3.667
「では、こちらのアカウントを抹消いたします。よろしいですね?」
「ああ、いいから早くやってくれ」
「では……」
 生来、お役所仕事ってやつは俺の肌には全く合わねぇんだが、これで最後だと思えば気も楽だった。
 世界的な人口爆発とともに、すべての市民に固有のアカウントが割り当てられるようになって二十数年。非合法に位置情報を収集されたり、買い物の履歴を盗み見られたりといったプライバシー侵害型の犯罪に巻き込まれたときや、逆によからぬ輩が悪事を企んだりするときに注目されるようになったのが、アカウントの抹消による一時的な市民権の放棄だった。
 アカウントを抹消されると法律上は死人と同じ扱いになり、法的な義務だけでなく保護も失われるため、すべてを自分で解決していかなければならなくなる。犯罪の温床として警戒もされるから、表だって手を差し伸べてくれるようなやつはいない。アカウントを削除した時点で、犯罪者になったように白い目が迎えられるだけなのだ。
 そういう、生きながら死者のようになったアウトローな人間たちは、だいたいが追跡困難になり、アングラに潜って生活することになる。一生、もしくは何らかの方法で新しいアカウントが得られるまでの間、通称「幽霊屋敷」と呼ばれるアカウント抹消者たちの巣窟に集うこととなるのが関の山ってわけだ。
「ご愁傷様です。よい来世を」
 感情のない声だ。こいつらは俺たちが別のアカウントを手に入れるまで人間として扱う義務がないもんだから、それこそ幽霊のように精気も真心もない態度で送り出す。――来世? 俺たちが再び人間扱いされる日なんて、あるかどうかも分からない「来世」と同じってことだろう。

 俺は、いくつか当たりをつけていた「幽霊屋敷」への仲介者に早速連絡をとった。市民を勤め上げた年数に応じて“退職金”が出るもんだから、それに群がりビジネスに勤しむ市民様も多いのだ。
「……おう、さっき死んできたからよ。例の件、頼むぜ。ああ、じゃ……」
 プチッ……と切った携帯電話も、やっこさんから前もって渡されていたものだ。自分名義のものは、もうこの世には何ひとつない。俺は、束の間の開放感をとっくに忘れ去り、これから去来する未知の生活への茫漠たる不安と必死に戦い始めていた。
 そもそも俺は、これから向かう「幽霊屋敷」ってやつの正体も知らされちゃいない。一説によるとただのマグロ漁船じゃないかって噂まであるくらいだが、この、情報がすべてを支配するご時世に正体が知れないってのが只事じゃないもんだから、実際に厄介になるまでは触れないでおこうと普通の人間なら敬遠するのが当然だったんだ。……だが、ついに逃げられない状況になっちまった。やはり地下施設かどこかに、文字通り潜ることになるのだと思う。俺は正に、この世を名残惜しむ死出への旅人のような心持ちで、役所の外を見渡した。
 ス……とその時、見慣れた前籠をつけた自転車が通り過ぎて行った。子どもを乗せているようにも見えたのは錯覚に違いない。反射的に顔を逸らしてしまっていたから、本当のところは分からないが……。
「麗華……」
 俺は、おそらくこれが今生の別れになるであろう女の名前を呟いた。……やはり、隣町程度ではダメだった。この手続きを決行するのなら見知らぬ土地のほうがもっと思い切りよく旅立てた。仲介人の言っていたとおりということか。
「お待たせしました」
 振り向くと、今度は過剰なまでの笑顔が俺を待ち構えていた。


第二夜エントリー 『男死病』 に続く

『男死病』 muomuo

連作/第二夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.04 23:43
総文字数 : 1672字

獲得☆3.500


第一夜エントリー 『幽霊アカウント』 続編
男死病
muomuo


 むかしむかしある惑星に、とても科学技術の進歩した文明がありました。
 ある朝、一人の貧しい漁師が出航中に水葬となり、生きて帰らないと分かったことを知った村長の息子が、村一番の美人と名高いその妻のもとを訪れて、恵まれた日々の暮らしを保証するだけの大金と引き換えに再婚を迫りました。目の見えない一人娘を抱えて途方に暮れていた妻でしたが、それでも夫の帰りを待とうと申し出を断り続けるのでした。
 しかし、やがてその惑星全体を覆い尽くすほどの勢いで、恐ろしい奇病が流行ります。それは、脇腹が割けて少し出血したかと思うと、なぜか息苦しくなって口をパクパクさせているうちに死に至るという、男ばかりが死んでいく謎の病でした。感染率と致死率が高すぎて、世の男たちが次々に死んでいくものですから、バイオテロだの戦争布告だのといった疑心暗鬼に囚われる暇もなく、むしろ世界は一つにまとまって危機に立ち向かうことになる……はずでした。ところが、ひょんなことから事態は急転します。この病に罹ったと知ったある青年が、絶望のあまり橋の上から川に身を投げたところ、水の中では苦しくならずに生き続けられることに気づいたのです。そう、実はそれは、呼吸器官が変成し、エラ呼吸に代わってしまうという奇妙な症状の病気だったのでした。
 このことが分かってからというものの、男女は陸と水中とに分かれて暮らすようになります。まるで王子に恋い焦がれる人魚姫のように、世の男たちは無残にも家族や恋人と引き裂かれていきました。どうしても陸に上がりたい。また人間として生きていきたい。……その願いを叶えたのはしかし魔女ではなく、世界中の女性科学者たちが苦労して見出した研究の成果でした。とても高価ではありましたが、呼吸や血液の循環を補って陸上生活ができるようにしてくれる器具が発明されたのです。ですから結果としては、男と女というよりも、お金持ちと貧乏人とが分かれて暮らす世の中になっていったのでした。金持ちの男だけは、歴史上類を見ないほど大規模な陸のハーレムのなかで人生を謳歌する一方、貧乏な男たちは水中からただただ妬み嫉みを募らせて眺めているばかりです。やがて当然のように治安の悪いところがそこここに生まれ、池や川に住み着いた不逞の輩に女性が襲われる事件が多くなっていきました。
 そんなある時のこと、一人の少女が川に近づいて恐々と海辺の方を眺めておりました。あの妻の一人娘です。決して海に近づいてはいけないと言われていたにもかかわらず、潮の臭いや遠くの潮騒が懐かしくてどうしても気になっているうちに、ふらふらと近寄っていってしまったのです。それというのも、痺れを切らした村長の息子が母親に再婚を強く迫る場面にいたたまれなくなったからでした。
「我慢できるのはせいぜいあとひと月だ。それまでにあの子が僕に懐かないようなら施設に預けてでもいい、僕と結婚してもらうよ。借金を肩代わりするにも限度というものがあるからね」
 ……声が違うもん。匂いが違うもん。少女は何度もつぶやき、想い返します。
「あの人はお父さんじゃない。ねえ、お父さんはどこにいったの?」
 母親は優しく答えました。
「遠いところに行ったのよ」
 ……もう、お母さんはいつもそればっかり!
 少女が何度目かに強くそう思ったときでした。ザバッ……と音がしたかと思うと、恐ろしい形相の男が瞬く間に少女を抱きかかえ、声も上げずに海に引きずり込んでいく、……寸前のことでした。海中から現れたかと思うと、屈強な体と鮮やかな格闘術で、彼女が襲われそうになったところを助けた人がありました。陸上では声も出せないその人は、名前も名乗らず帰っていきました。

            ◆

「はい、おしまい」
 選ぶ童話を間違えたことを、どうせ意味は分からないだろうと高を括ったことを後悔しながら、坂上麗華は絵本を本棚に戻した。案の定、一人娘は問いかける。
「ねえ、パパはどこにいったの?」
「遠いところよ」
 残された夫の書置きをまたポケットから取り出して、それだけ言うのだった。

 ~ 幽霊屋敷に行ってくる。大丈夫だ。探すな ~


第三夜エントリー 『名無しの少年』 に続く

『名無しの少年』 muomuo

連作/第三夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.05 23:44
総文字数 : 2050字

獲得☆3.833


第一、二夜エントリー 『幽霊アカウント』 『男死病』 続編
名無しの少年
muomuo


 タクシーに見えなくもない車に一人乗るよう仲介人に促されて向かったのは、とある街の旅館だった。現金なら偽名臭くても問題なく泊まれるからという事情らしいが、それは俺たち「幽霊」のためというより、仲介人たちの保身にとって都合がいいということだろう。宿台帳に記入して通された部屋にしばらく待機してから、俺はあらかじめ教えられていた部屋に向かった。
「やあ、お疲れさまでした」
 あいかわらず癪に障る口調で出迎えたので、俺は一瞥くれてやってから一応の礼を言うことにした。
「……いろいろ世話になるな。だが、別々に入る必要があったのか?」
「何事も慎重に行動しませんとね」
「しかし少なくとも、もう俺を追ってこられる者はいないだろ?」
 ぷっ……と、仲介人の男は少し大げさに吹き出して嗤う。
「もしそうなのでしたら、こんなところに寄り道はしていません。すぐに例の場所、“幽霊屋敷”にお連れしますよ」
「どういうことだ?」
 少しあからさまに警戒の色を見せて威嚇する。罠だったということか……?
「はは、そうピリピリなさらないで。ちゃんとご説明いたしますとも。まずは……お座りください」
 そう言って座布団を差し出した物腰を見るに、少なくとも今ここで襲ったりする気もないようだ。どっかと腰をおろすと、俺は手荷物を脇に固めて置いた。
「……昔流行ったオレオレ詐欺ですが」
「あ?」
「被害額も大きく、裏社会では大金が乱れ飛びましたよね? ……振り込め詐欺とも言ったかな?」
「ああ……それが?」
「あの手の犯罪は、出し子と呼ばれる下っ端をいくら捕まえても根本的な解決にならなかった。……しかし一言『今どこにいるの?』と、位置情報の提供そして照合を臭わせる……それだけのことが定着するなかで、瞬く間に衰退していったわけですよね?」
「……らしな」
 奴の言うとおり、市民総アカウント制度にも一面のメリットがあったことは確かだ。こんな身の上になってなけりゃ、もう少し手離しで認めてやっただろうよ。
「そうだとするならば!」
 男は、やおら芝居がかった調子で立ち上がり、こちらを値踏みするような眼差しで舐め回してから、続けた。
「そんなに便利なツールを手に入れたお役人さんが、わざわざ自分たちの武器を投げ捨てるような真似をすると、本当にお思いですか? ……アカウントを抹消することで位置情報がつかめなくなるのは、色々と不都合が大きいんですよ?」
 ……ちっ、やはり俺とお役人とじゃあ気質がまるで違うようだな。
「実は……抹消されていない?」
「その通り!」
 場の雰囲気には全くそぐわぬ感情を隠しもせず、男は嬉々として言った。やはりいけすかない野郎だ。
「ネットワークから一時的に退避させられるだけです。いわば休眠状態ですね。世間的には伏せられていますが、実際はダミーのアカウントと紐つけられて、追跡され続けているんですよ。ひとたび捜査機関が出張ってくれば、そのダミーが誰なのかという情報はすぐに取り出されてしまいます」
 男はそう言いながら、座椅子に隠れて見えなかった小物入れのような袋の綴じ紐の部分に指を引っかけると、俺の目の前に掲げてみせた。
「ですから……彼なんです」
「彼……?」
「いまトイレに行っているところですがね、……大丈夫。決して目立つようなことはできない子ですから」
 ……束の間の静寂。意味が分からず口も挟めないでいると、ス……と音もなく襖が開くなり、小さな男の子が部屋に入ってきた。愛想も何もない。小学生くらいにありがちなキャラクターもので着飾り、服装や身なりで判断するからには普通だが、一目でどこかが異様な少年と分かる。和室ということもあり、座敷童と紹介されても不思議でない。この俺が不覚にも気圧されかけたほど、何か悲壮な佇まいを帯びている。
「そう、この子ですよ」
 少年は奴には目もくれず、ただじっ……と俺を見つめて立っている。
「この世には、もともと<名無し>の子どもがたくさんいるんです。彼らの<名無しのアカウント>は特別で、<ダミーのアカウント>と同じ階層で管理されているんです。ですから……」
 先ほどの小物入れを開いて小さな器具を取り出したかと思うと、
「二つのアカウントは交換できる。……この子と、アカウントの交換を行っていただきます」
「……何だと?」

 男の説明は不快だった。そんな立場の子どもたちが現実に……それも、どれだけいるというのだろうか。俺は今この時からあの子として生きていく。“幽霊屋敷”に向かう。そしてあの子は、代わりにこの俺として、どこか別の場所に連れられていく……らしい。
 アカウントの交換とやらが終わったらしく、少年が挨拶もせずに外に出る。どこか我が子の後ろ姿にも重なる気がする想いを必死に押し殺しながら、敢えて自分のこれからの生活に対する不安のほうを大きくしてやろうと言い聞かせながら、俺は黙って少年の背を見送った。
「あの子は、やっと幸せの国で暮らせます。きっとあなたに感謝して、笑顔で眠れるようにもなれますよ」
 男が一言、そう付け加えるのを聞きながら。


第四夜エントリー 『絆』 に続く

『絆』 muomuo

連作/第四夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.06 23:44
総文字数 : 2459字

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第一、二、三夜エントリー 『幽霊アカウント』 『男死病』 『名無しの少年』 続編
muomuo


 muted boy. 無理やり物言わぬ存在に変えられた、この社会にいないはずの少年とのアカウント交換。いわばセキュリティ・ホールを衝いたやり口で、俺はついにこの社会から自分の存在を消した。寂れた旅館を後にして向かうのが、いよいよ“幽霊屋敷”というわけだ。思えばここまでは、短いようで長い道のりだった。頼み込まれて連帯保証人になっていた実の父親に裏切られ、自分がすべての債務を被せられていると知ったのは僅か三週間ほど前のこと。法律のことなんて何も分からない、学のない小市民として普通の抵抗を繰り返しているうちに、あっという間に窮地に立たされたのだ。
 早死にしたお袋は一財産を遺してくれたはずだが、親父自身が多くの知人の連帯保証人になったため消え失せていた。どうにもならなくて俺を出汁にしたらしいが、おかげで俺は妻との離婚を余儀なくされ、娘とも引き離されることになった。……今どこにいるのか知らないが、どうせ消えるなら、俺を巻き込む前に消えてくれてもよかった……考えまいとしても、その思いは何度も浮かんできた。

 今度は同じ車に乗り込むと、アカウント交換も済んで警戒を解いたのか、道すがら仲介人の男が色々と内幕を明かしを始めた。
「さっきの少年ですがね、実は彼、“幽霊屋敷”から来たとも言えるんですよ」
 “座敷牢の私生児”……それが、さっき男から聞かされた少年の正体だった。人口爆発の時代となって、無計画な出産や育児放棄などがどんどん重罪になっていくなか、始末に困った子どもが人知れず匿われて一生を終えることになっているというのだ。時代を遡ったかのような眩暈を覚えるが、どうやらそれが現実のようだ。しかし、ごく普通の家庭にそんな真似はできるはずもない。大金に物を言わせて無茶するのは、成金セレブと揶揄される類の金持ちと昔から相場が決まっている。それで、話はつながった。
「つまり“幽霊屋敷”ってのは、セレブ成金が作り上げた秘密の別荘か何かってことか」
「まあ、そんなところですかねぇ。私は……要塞と表現しておりますが」
 ……要塞か。あながち的外れでもないのだろう。今の世の中でこれだけ内情の分からない、鉄壁の情報統制が可能な場所だ。私生児にせよアカウント抹消者にせよ、何人も囲い込んで十分な生活をさせるだけでも相当な金がかかるってのに……。
「大抵は彼ら自身の子どもだけでなく、他人から預かった私生児も暮らしていますけどね。彼らが外に出られるチャンスは、あなたのような人とトレードされることだけなんですよ」
 吐き気がした。家族も人生もあったものじゃない。少年たちとその親は、アカウントだけでつながっているにすぎないということか。
「……その先の話も、知りたいんだが」
 虫唾の走る種明かしはもうたくさんだ。俺は話を先に進めるよう促した。
「いま俺が<名無しのアカウント>を持っていて、成金野郎の子どもという扱いになったのは分かった。だが、そこから先は? 俺はどうやったら新しいアカウントを手に入れられるんだ?」
 すると男は、なぜか声を落としてこう続けた。
「……それは知らないほうがいいかもしれませんね」
「何だと!? 何故だ、どういう意味だ?」
「……いつになるか分からないからですよ。十年、二十年……いや、もっとかな」
「なっ……!」
 景色が暗転する。なんとか、何か喋らなければ、闇に呑み込まれていきそうだ。
 おいおい、聞いてないぞ……今さら聞かされて納得できる話でもないだろう。多少は覚悟してたとはいえ、そんなに時間がかかるものなのか……?

 しかしその恐怖は、ある悲劇によって唐突に終わりを告げることになる。
「……はい、私です」
 しばらく続いた重い静寂を、男の携帯電話が破ったあとのことだった。
「な、なんですって!? 本当ですか……?」
 男が車を止めさせる。細々と指示を出した後でようやく呟いたのは、思いもかけない言葉だった。
「極めて例外的なことですが……あなた、帰れますよ。たった今、あなたは新たなアカウントを手に入れました」

 …………。
 それは、つい数時間前に別れたはずの、あの少年の死を告げる電話だった。原因は交通事故だという。記録上、死んだのは俺ということになるはずだが、死体さえ始末してしまえばそれはもう調べようがない。俺が予め受けていた検査の際にでも、細工の準備は進められていたのだろう。そして逆に見るなら、私生児本人が死亡してしまい、一番の証拠が抹消されてしまうことで、セレブたちとの関係を示すのは<名無しのアカウント>ただ一つという状況になった。あとは、正規のアカウントに戻すべく、裏口から働きかけるだけということらしいのだ。……つまり、俺がアカウントを得るまでの時間と、少年の余生とがリンクしていたということである。
「てめぇ、最初からあの子を犠牲にするつもりだったのか!?」
 問い詰める俺に、男は珍しく言い淀み、苦しそうに小さく呟いた。
「……違う」

「では、こちらのアカウントを登録いたします。よろしいですね?」
「ああ、いいから早くやってくれ」
「では……」
 あの役人は、俺の顔も名前も憶えてないのか、何ら疑う様子もなく手続きを進めている。
「覚えていたとしても証拠がないですし、問題にできないんですよ」
 仲介人の男が言ったとおり、他人の空似か、整形のせいだとでも思って処理したのかもしれない。今さらどうでもいいことだったが。

 そして俺は、家族のもとに向かった。
 アカウントが違う。名前が違う。それが何ほどのことだろう。俺はいま、あの子のおかげで、あの子が手に入れられなかった家族の温もりを取り戻そうとしているのだ。問題がすべて解決したわけではないが、それは問題じゃないんだ。一番大きな問題はそんなことじゃないんだと改めて分かったことが、俺にとって一番大きな、これからの財産になる。そして、見慣れた玄関のドアを開け……、
「ただいま、有紀」
 娘が声を確認する。匂いを確認する。
「パパ……?」
 ……ああ。ありがたい。やはり俺たち家族の絆は、アカウントでつながってたわけじゃない。

<了>   

『そうやって大人になっていく―丁稚安吉の場合』 志菜

連載/第一、二、三、四夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.03 23:38
最終更新 : 2014.05.06 23:58
総文字数 : 8288字

獲得☆3.800
  *1*

「ほんまやて、南御堂の裏手に朽ちたような屋敷があるやろ? 塀は崩れて庭は草むして。あの屋敷に幽霊が出るんやて、隣の辰兄が言うとった」
 彦太の言葉に、安吉とおみよは顔を見合わせた。
「……幽霊て、どんなやねん」
 疑わしげな顔の安吉に彦太は少し言いよどむように口を何度か開き、しかし、ぐいと顎を突き出して抗うように言った。
「詳しいはしらんけど、血ぃ流したお侍の幽霊が逆さまになってるんやて」
「お侍? いかに戦うかよりいかに刀を抜かないようにというご時世に、なんでそんなもんがこの辺におるねん。だいたい、辰兄て飲んだくれの地回りやろ? 話半分に聞いとかなあかんことくらい、ええかげん覚えろよ」
 この春から奉公の決まった安吉は、弟分の彦太の言葉をせせら笑うように言った。しかし安吉の隣で、おみよが小さく首を傾げる。
「でもな、うち聞いたことあるわ。お江戸とちごて、大坂や京は戦場になったって。太閤はんのお城が落ちた戦いの時でも、ごっつう人が死んだで聞いたことあるで。大坂の町城は残らず焼けたて。せやからお侍の幽霊がおってもおかしないんとちゃう?」
 黒目がちの目を見開いて話すおみよの顔を見ていた安吉は、慌てて頷いた。
「そ、そやな。おかしないかも知れん。ほんなら、いっぺん行ってみるか?」
 話の風向きが変わったことを感じたのか、彦太は嬉しそうに安吉を見上げる。
「うん、行こう。今夜の木戸番は半三爺やから、閉められても簡単に入れてもらえるで」
「せやな。……おみよも来るやろ?」
 伺うように言った安吉に、おみよはあっさりと肩をすくめた。
「うち、あかんねん。最近、お母ちゃんの具合が悪くて、弟らの面倒見なあかんねん。もうそろそろ行くわ。ほなね」
 言うなり、くるりと下駄を返して走り去っていく。華奢な足首をすがるように見送る安吉の様子に気づかず、彦太はにこにこと言った。
「ほなら、何時にする?」
 そんな彦太の顔を忌々しそうに見下ろしながら、安吉は大げさにため息をついた。
「お前だけやったら、行ってもつまらんねんけど……しゃあない、つきおうたるわ」
 再び口調が変わった安吉の顔を怪訝そうに見ながらも、彦太はこくりと頷いた。

 夕刻、彦太と安吉は南御堂の裏手の通りにいた。
 人通りの多い北御堂と南御堂の筋であるが、二本ばかり裏手に入ると人通りはめっきりと少なくなる。
 幽霊が出るという古びた屋敷の陰で、彦太と安吉は中の様子を窺っていた。
 穴だらけの縁側の奥の雨戸は所々外れているが、建物の中は暗くて見えない。
「ここからやと分からんな。中へ入るぞ」
 崩れ落ちた土壁の隙間から庭へ入った瞬間、彦太と安吉は誰かに口を押さえられた。後ろを振り向こうにも、ものすごい力で体を押さえつけられて、身動きが取れない。
 くぐもったような声が、安吉の耳元で聞こえる。
「男の餓鬼が二人だけか。禿にお誂えという別品な女の子はおらんのやったらしょうがないな」
「こんな餓鬼だけやと、なんぼにもならんぞ」
 少し離れた場所からも声が聞こえる。男たちが数名いるようだ。
「もっとええ理由考えんかい。侍の幽霊なんぞ、女の子が興を示すわけないやろ」
 うっすらと見当がついてきた。この男たちは人さらいだ。おみよが目当てで、誘いだしたに違いない。
 ここは幽霊屋敷ではなく、鬼畜屋敷であったのだ。
 安吉は勢いよく男の足を踏んづけた。その勢いで彦太を押さえている男に体当りする。
「彦太、逃げるぞ。ついてこい」
 大人の男たちから逃げられるかわからないが、今はがむしゃらに暴れるだけだ。
 おみよが来なくてよかったと思いつつ、めちゃめちゃに手足を振り回しながら安吉は逃げ道を探していた。


 
  *2*

「新しい顔やな。しっかりきばりや」
 近所の経師屋の番頭が、お仕着せの糊もまだ固い安吉に目を留めて言った。桶を手に水をまいていた安吉は慌てて頭を下げる。
「へぇ、どうぞよろしゅう」
 満足そうに頷き歩み去っていく番頭を見送り、安吉は小さく息をついた。途端に店先から声が飛ぶ。
「安松、終わったんやったら早う中入っといで。旦さんがお呼びや」
 声に急かされるように桶に残った水を素早く流し、安吉は土間へと入った。奥から主人の幸兵衛が書状を持って出てくる。
「急かして悪いんやけどな、これを鰻谷の角屋のご隠居に届けてくれへんか。場所はいっぺん行ったから覚えてるやろ?」
 安吉は汚れた手を前掛けで拭って、主人から書状を受け取る。
「へぇ、返事はもろてきますんやろか?」
「せや。返事を書いてもらう間、軒先で待たせてもろてたらええ」
「ほな行って参ります」
「早うお帰り」
 書状を懐に入れた安吉は、急ぎ足で人々の間を抜けて角屋へ向かった。
 角屋の隠居は安吉の主の囲碁仲間である。頼まれた書状の内容も、その誘いであろう。
 鰻谷へ向かう途中、安吉は行き交う人の中に見覚えのある少女を見つけ、はっと息を呑んで足を止めた。うつむきがちに歩く、華奢な体つきは幼なじみのおみよである。が、顔を上げた途端、全くの別人であることに気付く。気落ちすると同時に後ろを歩いていた棒手振りの男が安吉を怒鳴りつける。
「突然立ち止まったら危ないやないかっ」
 飛び上がるようにして道を譲り、慌てて頭を下げる。
「す、すんまへん」
 舌打ちをしながら棒手振りは歩き去る。次に顔を上げた時には先程の少女の姿は見えなくなっていた。
 軽くため息をつきながら安吉は再び歩き出す。少し前に、弟分の彦太に誘われ、南御堂の裏手にある幽霊屋敷に、肝試しに行った。しかしそこにいたのは幽霊ではなく、人さらいの男たちであった。
 彦太と二人、なんとか逃げ出したものの、男たちの話ではどうもおみよが目当てであったように思われる。
 おみよの傍を離れたくはなかったが、奉公がすでに決まっている身ではどうすることも出来ない。
 心を残したまま安吉は彦太におみよを頼み、生まれ育った長屋を離れたのであった。
 人さらいの男たちがおみよだけを付け狙っているとも思えないが、幽霊屋敷の話を彦太に吹き込んだのが、隣店に住む辰兄という無頼漢であったというのも気になっている。
 逃げることに必死で確かめることも出来なかったが、あのとき幽霊屋敷にいた男たちの中に辰兄もいたのではないかと思えて仕方がなかった。
 気が付くと、角屋の隠居のすむ仕舞た屋の前にいた。考え事をしながらも足は仕事を忘れずにいたとみえる。安吉はわずかに襟を正して、訪いを告げた。
 中から下女が出てきたので書状を手渡すと、しばらく待つように言われる。ややあって、四半刻ほど待ってほしい、その間、隣の茶店で団子でも食べておきなさいと、下女に告げられた。片目をつぶって微笑みながら、手に小遣いも握らせてくれる。身を小さくしながら礼を言い、言われた通り安吉は往来の並びにある茶店の床几におずおずと腰を下ろした。注文を取りに来た老女に茶と団子を頼むと、少し大人になった気分がした。
 おみよへの心配も残るが、今は奉公に身を尽くすしかない。いつか取り立てられたら、おみよを迎えに行けたら――。
 一人で茶店で休憩するということに誇らしさと嬉しさを感じながら往来を見ていた安吉の肩を、誰かが
軽く叩いた。
 振り返って安吉は息を止めた。
 そこに立っていたのは、同じ長屋に住んでいた辰兄であったからだ。
 驚いて言葉も出ない安吉ににやりと笑いかけながら、辰兄は親しげな様子で隣に腰を下ろす。くっつかんばかりの距離に座った辰兄からは、酒の匂いがした。
「久しぶりやな、安吉。今は安松とでも呼ばれてるんか? 河内木綿のお仕着せがよう似合とるやないか」
 だらしなく着付けた着流しの裾から、組んだ脛が見える。ちょうど団子が運ばれてきて、辰兄は老女にこっちにも一つ頼む、と団子を頼んだ。
 その隙に安吉は落ち着きを取り戻していた。
 辰兄が何のために自分に声を掛けたのかは分からないが、この間のことを確かめるいい機会だと思ったのだ。
「辰兄こそ、元気そうでなによりや。ええ匂いさせてるけど、なんかええことあったんか?」
 辰兄は横目で安吉を見た。
「奉公に出たら、いうこともいっちょ前になるやないか。おお、そうよ。ええことがあったんや」
 嬉しいのか、歯を剥きだして笑いをこらえている。じっと次の言葉を待っている安吉にぐっと身を乗り出して、辰兄は声をひそめた。
「安吉、おまえ、口は堅いか?」
 辰兄の血走った目を見返しながら、安吉は力強く頷いてみせる。
「口が堅いんだけが、わての取り柄だす」
 にやにや笑いながら、辰兄は安吉に肩をぶつけながらささやいた。
「近々、大金が入る当てができたんや。うまく手に入ったら、お前にもなんかご馳走したるさかいな。こんな茶店の団子なんか、比べ物にならんようなうまいもんをな」
 黙って聞きながら、安吉は薄く目を細めた。
 大金が入る当てとは何であろう。先日の幽霊屋敷に関することであろうか。
 両手を強く握りしめながら、安吉はじっと考え込んでいた。


 
  *3*

 晩御飯の後、夜間の寺子屋へ向かおうと用意をしていた安吉に丁稚仲間が声を掛けた。
「安松、お前、呼ばれてるで」
 顔を上げると、階段口から先輩分である手代の顔がひょいと覗いた。
「安松、お前に客人や。すぐ降りてこい」
 こんな自分に誰だろうといぶかりつつも、「へぇ」と返事を返して急いで狭い階段を駆け下りる。
 土間にいたのは、同じ長屋に住んでいた彦太の父親であった。彦太とはいつも遊ぶ中であったが、朝は早く帰りはいつも遅い左官職人である彦太の父親とはほとんど話したことがなく、安吉は戸惑いながらも頭を下げた。
 彦太の父親と話していた番頭が振り返る。四角いその顔に、気遣うような色が浮かんでいることに安吉は気付いた。
「来たか、安松。ええか、気を落ち着けて聞くんやで。お前のお袋さんが怪我をしたらしい。材木問屋の前を通っとる時に、木材が倒れてきてその下敷きになったんやて。近くにおった人らが戸板に乗せて運んでくれはったらしいねんけど、どうもあんまりええことないらしい。このお人は同じ長屋のお方やろ? わざわざ知らせに来てくれはったんや」
 安吉はすっと血が引くのを感じた。息を詰めながら、沈鬱な表情の彦太の父親の顔を見上げる。彦太の父親は小さく顎を引いて頷いた。
 安吉の肩に手をおきながら、番頭は言った。
「旦さんは寄合で出てはるけど、わてからちゃんと言うといたるから今夜は家に帰ったらええ」
 声も出ぬままに、安吉は番頭に向かって深々と頭を下げた。

 提灯の灯りに照らされながら、安吉と彦太の父親は夜道を急いだ。長屋に辿り着いた時には四ツ時を少し回っていたが、安吉の家には数人がいるようであった。
「千五郎はん、安坊が帰ってきたで」
 近所の女房の声に出迎えられて、安吉は押し出されるようにして家の中に入った。奥の板間に母親は寝かされており、その傍に父親の千五郎と医師らしき男が腰を下ろしていた。
 母親は薄い布団に寝かされて、目を閉じている。
「お、お父ちゃん、お母ちゃんは……」
 震える声で言った安吉に、父親の代わりに医師が答えた。
「心配ない。ちょっと胸を強う打っただけや。二、三日横になってたら大丈夫やろ」
 唖然としながら父親の顔を見ると、困ったように微笑みながら父親も頷く。
「……ちょっと、うろたえてもうたわ。悪いな、お前まで帰ってきてもろて。芳次郎はんも、わざわざ呼びに行ってもろてすんまへんでした」
 安吉の後ろに立っていた彦太の父親を振り返ると、小さく微笑みながら頷き、手を上げて出て行った。
「す、すんまへんでした。ありがとうさんどした」
 安吉も彦太の父親の背中に頭を下げた。と、戸口から彦太がひょいと顔を覗かせる。
「おかえり、安ちゃん。おばちゃん、たいしたことあらへんかって、良かったな」
 ようやく安吉はほっとして、彦太に笑いかける。心配して集まってきていた長屋の連中たちも、皆、笑みを浮かべて自分の店に戻っていった。
 外に出た安吉は、それらの人々に頭を下げて見送った。
 安堵した途端に、安吉は先日からの懸念を思い出した。例の幽霊屋敷での一件である。
「お父ちゃん、ちょっと外に出てるわ。お母ちゃんが起きたら呼んでもろてええかな」
 頷くのを見届けて、彦太の肩を抱いて歩き出す。どぶ板の上を通って奥の井戸へと向かう。
「彦太、ちょっとええか。聞きたいことあるんやけど、最近、辰兄の様子、どないや?」
 真っ先におみよの様子を聞きたいところであるが、彦太相手に気恥ずかしい感じがして、安吉はあえて辰兄のことを尋ねた。彦太は首を傾げる。
「なんや最近は忙しいみたいで、ここにもあんまり戻ってへんみたいやな。うちのお母ちゃんが賭場にでも入り浸ってんちゃうかて言うてたけど」
「賭場……」
 暗がりの中で、安吉は彦太の顔を見つめる。安吉より二つ年下だけで、そろそろ奉公話が持ち上がる頃であろうが、彦太はその辺りの七歳より幼く感じられる。安吉は辛坊強く尋ねた。
「わては、ここを出て行く時に言うたな? 辰兄に気をつけろて。おみよを頼むて。幽霊屋敷での事件を忘れたわけやないやろ?」
 叱られたと思ったのか、彦太の声に拗ねるような響きが混じった。
「そやかて、わいもいろいろ忙しいし。そや、おみよ言うたら、この間、辰兄と話しとったで。何や、辰兄が熱心に色々言うとったみたいやった」
「あほか、お前は、わてはそれを言うとんじゃ。何を話しとってん」
 むっとしたように黙り込んだ彦太に、安吉は声を潜めて言葉を続ける。
「あんな、ついこの前、偶然辰兄に会うたんじゃ。そのとき辰兄は近々、大金が手に入る当てが出来たと言うてた。幽霊屋敷での人さらいの中に辰兄がおったんやないかとわては思てる。お前、どう思う?」
「そんなん分かれへん、言うてるやろ。あん時かて逃げることに必死で後ろを振り返ることなんかできんかったし。……でも、辰兄がおったとは思えんのや。たまに顔合わせることあるけど、そんな風な感じないし。ふらふらしてるけど、前と変わらん感じで話し掛けてくれてる」
「お前なんかあしらうのわけないさかいな」
「安ちゃんは、分かるんか? 辰兄が何考えとるんか。ちょっと奉公出たから言うて偉そうに言うのやめてんか」
 とうとう彦太は本気で怒ったらしい。両手をぴんと伸ばして突っかかるように安吉に言った。
「辰兄をそんなに疑うんやったら、会うたときに聞いたらよかったやろ。自分ができへんこと、人に言わんといてんか」
 吐き出すように言うと、彦太は安吉を押し退けるようにして走り去った。 
 安吉は呆然と、その小さな背中を見送ることしか出来なかった。


 
  *4*

 四半刻前、安吉は井戸で顔を洗っていた。そのときに、声を掛けられたのである。
「おはよう」
 慌てて振り返った安吉は、小さく息を呑んだ。そこに立っていたのはおみよであった。
 しばらく見ないうちに、おみよはすっかり大人びていた。すっきりと結い上げられた髪は黒々と光り、肌の白さを際立てていた。黒目がちの瞳は憂いを帯び、小さな唇はわずかに微笑んでいる。
 手ぬぐいで顔を拭った安吉は、眩しげに目を細めた。
「お、おはよう」
「夕べはおばさん大変だったね。今朝はどう?」
 おみよの問いに、安吉は小さく頷きながら礼を言った。
「ず、ずいぶん良くなったみたいだ。おれが戻るまで、お袋の面倒を見てくれていたんだってな。ありがとう」
 おみよはふわりと微笑んだ。
「たいしたことあらへん。最後まで見てあげられへんで気になっててんけど、良くなったんならよかった」
「おみよのおばさんこそ、まだ調子悪いんか?」
 おみよの笑みに苦味が加わった。
「寝たり起きたりやね、無理するとあかんみたい」
「そうか……大変やな」
 安吉の言葉におみよは曖昧な笑みを浮かべていたが、
「それじゃ、うち、行くところあるから」
と、懐に抱えた風呂敷包みを持ち直して、木戸へと向かった。
「あ、ああ、気をつけてな」
 つられるように言葉をかけた安吉であったが、おみよの姿が木戸の向こうに消えた途端に聞くべき言葉を思い出した。
 辰兄のことである。最近不審なことはないか聞こうと思っていたのに、久しぶりにおみよの姿を見た途端に、すっかり抜け落ちてしまったようである。
 急いで後を追った安吉は、橋の袂にいるおみよを見つけた。声をかけようとして、息を呑む。
 隣に立っていたのは、辰兄であった。
 辰兄が何かを話しかけるとおみよは小さくうなずき、一緒に歩き出す。安吉は混乱した。二人は連れ立ってどこへ行くのだろう。
 動揺が収まらないままに、安吉は二人の後を追っていたのであった。
 大坂の朝は早い。明六つの町には、空のたらいを肩に担いで小走りに行く棒手振りに、駕籠かき、同行二人と書かれた笠を持つ巡礼者たちなど、様々な者が往来を行き交っていた。
 その中を、いかにも破落戸といった風の辰兄と、風呂敷包みを胸に抱えたおみよが歩いて行く。辰兄は時折、背の高い体を折り曲げるようにしておみよに話しかけているが、おみよは小さく頷いているだけのようであった。
 どこまで行くのかと不安を押し殺しながら、安吉は二人に見つからぬように後を追っていく。
 御堂筋を越えて二人の向かう先が例の幽霊屋敷であることに気づき、安吉は足を止めた。こんな所に何の用があるのであろう。
 辰兄とおみよは朽ちかけた幽霊屋敷の門をくぐり、中へ入った。慌てて安吉も後に続く。
 荒れた庭へ入り、草木に体を隠しながら奥へと進んだ安吉は目を見開いた。
 辰兄とおみよの前に、数人の男たちがいた。どれも人相の悪い顔つきをしている。正面の懐手をした男が、にやにやとおみよを見つめながら何かを言っている。安吉は声が届く位置まで、体を隠しながら近寄った。
「言うた通りのなかなかの別品や。これやったら文句はないわ。お母ちゃんのために、親孝行するとはえらい子や」
 懐手をした男に辰兄は尋ねる。
「他の娘はどこにおりますのんや?」
「河岸の小屋や。今回は他に二人集まった」
 辰兄を見ながら下卑た笑いを浮かべる男たちに、安吉はすべてを悟った。人さらいの一味と思っていた辰兄は、女衒に成り果てているのだ。
 かっと頭に血の昇った安吉は茂みから飛び出した。
「おまえら、おみよをどこへ連れて行く気や」
 そう言っておみよの手を取ろうと腕を伸ばした。
「おみよ、こんな奴らについて行ったらあかん。どこに売り飛ばされるか分からんぞ」
 凍りついたように立ちすくむおみよの腕を取る前に、安吉は傍にいた男に勢いよく頬を張り飛ばされた。
「何じゃこの餓鬼。どっから来たんじゃ」
 懐手をした男が、表情を変えずに言った。
「顔を見られたからには帰すわけにはいかんやろ。始末せえ」
 安吉の頬を張り飛ばした男は頷き、安吉の襟を掴んで立ち上がらせる。懐に入れた男の手に匕首が握られていることを知った安吉は、恐怖に息を止めた。と、そのとき
「待ってくれはりまっか。この子はおれの知り合いや。やめたってくれ」
と、辰兄が安吉を庇うように間に入った。
「辰政、なにさらす。そいつをよこせ」
 辰兄は振り返らぬまま安吉を後ろへ突き飛ばした。
「早う、この場を離れろ」
「辰政、おまえ、わしらに逆らうつもりか」
 辰兄の前に立つ男が匕首を振り上げたとき、何者かが男に横から飛びかかった。組み敷くように地面を転がり、手から匕首を取り上げる。そのとき、呼子笛の音が辺りに響き渡った。
「大坂町奉行である。神妙にいたせ」
 塀を乗り越え、捕物姿をした同心たちがばらばらと集まってきた。なすすべもなく立ちすくむ、女衒の一味はたちまち取り押さえられた。
 安吉は意味がわからず、呆然とその様子を見守るだけであった。
 そんな安吉に、辰兄が手を差し伸べる。
「大丈夫か、安吉」
「……辰兄」
 わけがわからぬまま、安吉はその手を掴んだ。辰兄の手は温かく、力強かった。
「辰兄……女衒の一味やなかったんか?」
 安吉の問いに辰兄は吹き出した。
「おみよ、聞いたか? おれもえらい信用ないもんやな」
 青ざめてはいたが、おみよの顔に笑みが浮かんでいた。
「辰兄は、下っ引きに取り立てられたんよ。賭場に入り浸って、情報を集めとったんや。女衒の一派を捉えるために、うちは囮役になったんよ」
 安吉は、言葉もないままに辰兄の顔を見上げた。
「せかやて、大金が手に入るって言うとったやろ」
「ああ、それか」
 辰兄はきまり悪げに髷を掻いた。
「大金……というか、この仕事がうまいこと言ったら褒美ははずむと言われたからな。ちょっと、格好つけて言うただけや。紛らわしいこと言うて、悪かったな」
 微笑む辰兄を見て、安吉は安心した。安心した途端、涙が溢れ出してきた。
 涙は後から後から溢れだし、安吉は声を上げて泣きじゃくった。安堵の涙であった。


〔関連作品〕
第二夜エントリー 『不安な予感』
第三夜エントリー 『不信感』
全四話が、最終日に一連のエントリーとしてまとめられました。

『せやせや』 せせせ

第四夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.06 23:44
総文字数 : 1927字

獲得☆3.778
 せやな、というのは便利な言葉だ。反応に困った時、図星を突かれた時、猫が可愛い時、この言葉を使えば簡単に場を切り抜けることが可能だからだ。
 そう思わない?

「せやな」

 またせやなで返された。こいつはせやな、しか言えないのか。せやな、というのは卑怯な言葉だ。反応に困らせても、図星を突いても、猫が可愛くても、この言葉を使われたら相手に簡単に場を切り抜けられてしまうからだ。

「さっきまでせやな褒めてたのに何で唐突にせやなディスってるの」

 せっ、せやな。
 でもお兄さん仕方ないと思う。だってせやなって便利すぎるんだもん。便利だよね、せやな。反応に困る時、以下略。

「俺にとってはまさに今が反応に困る時だけどな」

 いかにも困った表情で言うな。

「何で幽霊屋敷で幽霊とせやな談義してるんだ」

 ……せ、せやな。
 ご存知の通りここは幽霊屋敷だ。そして僕もまた幽霊である。その事実は認めよう。でも、でもさ、幽霊だってたまにはせやな談義したくなるもんじゃん?

「せやろか……」

 せやで。幽霊だってせやな談義したくなるんやで! この地下室で死んで幾千年、千年も生きてないけど、ずっと暇だったんだよ? 暇で暇で死にそうになってたんだよ? かっこ古典的表現。幾年の時を一人○×ゲームで潰しただろうか。でも、ついに! ついに話し相手が現れてくれた! これで思う存分せやな談義が出来る!

「せやな談義しかすることないの……」

 …………せやな。お兄さんせやな談義しかすること無い。だってそれ以外に話題無いし……。最近の流行とか、ずっと地下に篭ってたから何も分からないし……。

「せやか……」

 せやで……。……あっ、そうだ、せっかく僕に会いに来てくれたんだから芸でも見せてあげるよ。嬉しいだろ? 嬉しいって言え。呪い殺すぞ。

「せやな」

 一番! 僕! 幽体離脱します!

「あ、予想ついたからやらなくていいです」

 えーなんで。予想つけるなボケ。祝い殺すぞ?

「そんなに古くもないけど、でも確実に古いからちょっと反応に困りますね」

 すぐ反応に困るなこいつ。まあいいや、でもお兄さん急に君が来たからびっくりしちゃった。せっかく幽霊になったんだし、どうせならあたまはみぎ、からだはひだり、次は本庄早稲田、お前の母ちゃんカームフレックス! とかやって驚かせたかったのに。

「意味が分からない」

 それで、どうして君はここに来たの? ちょっとここは関係者以外立ち入り禁止なんだけど。出待ちとかされたら困るんだけど。あっいっけね、幽霊だからすぐに考えてることが飛んでいってしまう。幽霊だけに! 上手いこと言ってしまった。僕を讃え敬え!

「せ、せやな。いや、だって、先輩が、ここの地下室に大金が眠ってるらしいって」

 あー。そういう噂あるよね。僕の子供の頃もあったよ。あの頃は若かった。今では私はお兄さん。あげられるものは無いから呪うね。まあでも僕が死んだのも君と同い年ぐらいの時だったんだけどね。

「えっ」

 懐かしいなぁ、そういや僕もそんなこと言われてこの幽霊屋敷に忍び込んだんだっけなぁ。確かある日突然、大宇宙幹総統からの電波が僕に、近所の幽霊屋敷の地下室に忍び込んで来いって指示を出してきたんだっけなぁ……。懐かしい。

「え、だい、いやそんなことはどうでもいい、まさか」

 でもあったのは何の変哲も無い木箱の山だけ。ただの倉庫だったんだよね。でも、扉が外からしか開けられなあッ

「……あ、え、え、ちょ、俺」

 …………。飴ちゃん食べる?

「……」

 ……! 死んでる……。

「死んでねぇよ! え、マジかよ、クソ、は? え? 閉じ込められてんの俺? おい、は、クソッ、おい、開けよ!」

 おお、男の子がドアをガンガン蹴る殴るしている。でも多分それ意味無いと思うなぁ、だってそのドア、アコスタークロスウォールで出来てるもん。何だよアコスタークロスウォールって。防音材だよ。映画館かよ。
 僕も同じことを何度もやったよ。でも、ついには出られなかったんだ。その結果が海の藻屑です。海じゃないね。藻屑でもないね。言わば土の木屑ですよ……。

「っ、そうだ、携帯…………嘘だろ……。じゃあ、俺、一生、このまま、?」

 そうだよー。一生というか、なんというか、まあ、……短い一生だったね。後先少ない人生だけど、老後の楽しみでも見つけなよ。閉じ込められ後の楽しみか。例えばせやな談義とか。せやか談義でも可。

「…………はは……」

 鈍い笑みを漏らしたってどうやったって無理なものは無理ですよ。笑うだけで救いが来るんなら大笑いしとるわ。でも地下室で高笑いとか怖いじゃん?
 うん。
 まあ、ご愁傷様、というか……。まだ死んでないけど。

「……」

 でも安心しなよ。
 僕の時はずっと一人っきりだったけど、今度は二人だから多分暇しないよ。

「…………せやな」

 ……。
 せやで。

『曲り角奇譚』 茶屋

第四夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.06 23:39
総文字数 : 2384字

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第一、二、三夜エントリー 『桜屋敷』 『九朗右衛門事件帳』 『歌声』 関連作品
曲り角奇譚
茶屋


 直前の話である。
 女子高生は走っていて、曲がり角に差し掛かっていた。当然、パンを咥えている。
 さらに直前の話である。
 女子高生は慌てて家を出ている。当然、パンを咥えていたのでいってきますのあいさつはかなり不明瞭に聞こえる。
 そのまた直前の話では、パジャマから制服に慌てて着替えており、またまたその直前は夢の中である。
 それ以上さかのぼると夢の話しかしようがない。
 これ以上さかのぼる気はないし、一気に最初の地点まで戻って今度は話を時系列順に進めようと思うが、興味のある方は夢の内容を本人に聞いてみればよい。
 さて、直後の話である。
 女子高生は衝撃を受けて吹っ飛んで、それ以上の飛距離を食パンが吹っ飛んだ。
 彼女がぶつかったのはおっさんである。
 屈強な、中年の男(*イケメンではない)である。
「大丈夫か」
 と言った男(*イケメンではない)のことを彼女は汚いものでも見るような眼で見る。
 明らかに侮蔑の含まれる視線である。
 男の差し出す手を無視して立ち上がった女子高生は男(*イケメンではない)から視線をそらすと、学校のほうへと歩き出す。
「いやちょっと待てって」
 振り返った彼女の目には今度は敵意が宿っている。
「丁度良かった預言の巫女、つまり君を探していたんだ」
 それを聞いた彼女の顔はみるみるうちに青ざめていき、男(*イケメンではない)のことを警戒しつつも後ずさる。
「待て待て、俺は怪しいものじゃない。俺は君を救うために来」
 少女の鞄が男(*イケメンではない)の顔面にヒットした。
 少女は必死に逃げる。先ほど以上の猛スピードだ。もはやパンという彼女の呼吸を妨げるものはないから本来の力を発揮できるのだ。
 
 直前の話である。
 女子高生は走っていて、曲がり角に差し掛かっていた。残念ながら、パンを咥えていないが怪しげな中年の男(*イケメンではない)から逃げている。
 そしてその直後、少女は何かとぶつかる。
 今度は彼女のほうは転びもせず、ぶつかったほうが転がっている。
 そこには涙目になった男の子(*将来はきっとイケメンだ)がいた。
 痛そうに擦りむいた膝小僧に息を吹きかけている。
「大丈夫?」
 彼女が声をかけると、男の子(*間違いない)はきっと彼女のことを睨み付ける。
「くそ。せんてをとられた」
 彼女は手を差し伸べるが、男の子(*というかこのままでもいい)はそれを払いのける。
 だが、それら一連の行動は彼女にとってとても「来る」ものがあったらしく、彼女は思わず男のことを抱きしめてしまう。
「持ち帰ってもいいですか?誘拐してもいいですか?」
「くそ!はなせ!はなせ!」
 男の子(*女子高生の好みである)は必死にもがくが、抜け出せないでいる。
「やっと、追いついた……って貴様!いつの間に」
 男(*イケメンではない)がだらだら汗を流し息をきらせながら追いつくと驚愕したように男の子のことを指さす。
「きさまはひかりのかけらをつぎしもの!」
 女子高生はしばらく少年の感触を堪能していたが、やがて五月蠅そうに振り向いて殺意を込めた目で中年の男(*イケメンではない)を見る。
「離れなさい!そいつは危険だ!」
 すると彼女はごめんねと少年に一声かけると、立ち上がり男(*イケメンではない)のほうへ近づいていく。
 ― 回し蹴り一閃。
「もう大丈夫だよ!怖い変態は片づけたからね!」
 少年を振り返って抱きつこうとするものの、背後でまた気配があった。
「なんで……俺は君を助けようと」
 男はまた立ち上がって来たのだ。彼女は面倒くさそうに、しぶといな……と呟く。
「よくわからんがてこじゅっているようだな」
 少年のほうからも何やら一陣の風が巻き起こる。
 何だか偉そうで小難しい言葉づかいながらところどころ舌足らずなのも女子高生にとっても胸キュンポイントだ。
 少年の背後が急に暗がりが広がりそこに三つの扉が現れる。
「それが貴様の能力、幽霊屋敷(Ghost house)というわけか……」
「そうだこれがわがのうりょく!いでよ」
 ぎぃっと不気味な音が立ち、三人の人間の姿が現れる。
「さくらやしきのあるじ!おおがねくろうえもん!こわれうたのしょうねん!」
 桜屋敷の主、大金九朗右衛門、壊歌の少年、であっているのだろうかと女子高生は思う。
 よくわからないが、姿を現した三人は一斉にイケメンではなく汗臭くてうざい中年の男に襲い掛かっている。
 一人は桜吹雪を操っており、桜の花びら一枚一枚が刃物のような役割を果たしているらしく男のイケメンでもない顔や肌を切り裂いている。刀をもった侍風の男は素早い身のこなしで男に切りかかり、口を開けて歌っている少年は衝撃はのようなものを男にぶつけている。
 男は苦戦しているようだ。
 いいぞもっとやれ。
 だが、その時、男の全身が光に包まれた。
「鎧纏!」
 叫び声とともに光は男のシルエットを作り出し、男は鎧に覆われた。
 鎧の男は三人の攻撃をものともせず高速で風を切る。唸りを上げる拳や蹴りで次々と敵を痛めつけ、それらを地面に伏していく。
「まだ、能力を使いこなせていないようだ少年」
 男の子は悔しそうに鎧の男を睨み付ける。
「今回は見逃してやる。首領に伝えるがいい。お前らの野望はこの俺が絶対に阻止してみ」
 鎧の首がまがった。首を曲げたのは女子高生の飛び膝蹴りである。
「怖かったね。もう大丈夫だよ。私が守ってあげるから」
 女子高生の背後で鎧の男が膝から崩れ落ちた。
 差し出された手を少年は握る。
 ただし、少年の顔は恐怖に歪んでいる。

「これは始まりの物語で、出会いの物語だよ」
「始まり?」
「そう。ここから始まったんだ。世界を総べた覇王・預言の巫女と幽霊屋敷の能力を持った少年の覇道の物語はね」
「ふーん。光の欠片を継し者はどうなったの?」
「ああ、彼はね、ここから精神を蝕みはじめて、そのあと色々あって魔王になってしまったんだよ」
「可愛そうに」
「本当に。イケメンだったらこうはなっていなかったかもしれないねぇ」

『幽霊屋敷に住むものは』 永坂暖日

第二夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.04 23:44
総文字数 : 898字

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 坂の上には、とっくの昔に住む人のなくなったちょっと大きな家がある。管理する人もいない家はあっという間に荒れ果てて、幽霊屋敷と評判だ――という。
 ちゃんと住人がいるのに、失敬な。
 我が家を指さして幽霊屋敷だと言う人々とは、生物としてのありようが違うだけだ。
 わたしの目には度胸試しだといって学校帰りに忍び込んでくる子供たちの姿は見えるし、彼らに触れることもできる。わたしの声も、彼らの耳には届いている。現に、

「そろそろ塾に行く時間じゃないかい?」

 強がって先頭を歩く男の子の肩を叩き耳元でそう言ってあげると、ひゃあと叫び声を上げて、みんなで転げるように逃げていくのだ。
 そんなことを繰り返していたら、何やらものものしい機材を抱えたおとなたちがやって来た。
 なんだろうと二階の窓から眺めているうち、どうやら彼らは我が家を取材しに来たテレビ関係者だと分かった。幽霊屋敷という噂を聞き付けたのだろう。都会から遠い、こんな片田舎にご苦労なことである。
 わたしが、家に土足で上がり込む主に子供たちにしょっちゅう声をかけたりしているから、幽霊がいる、という証言はたくさんあるだろう。
 でも、度胸試しで乗り込んできた子供と、重たそうなテレビカメラやマイクを持ったおとなたちは違う。わたしは黙って、おとなたちがどうするのか観察した。
 彼らは数日粘っていたが、わたしがじっと黙っているので、当然ながら彼らの期待するようなことは何も起きない。そのうち、いちばん偉いと思われる男が「大金をかけて来たのにどうしてくれる」と怒り始めた。そうは言っても、こればかりは部下たちにもどうしようもないので困惑するしかないようだ。
 それでもかれらは更に数日粘り、とうとう諦めて引き上げていった。
 たいそうなお金をかけたであろうに残念だったね、と思いながら、わたしは彼らの観察記録の仕上げに取りかかる。今夜中に、上司に報告できそうだ。
 一息つこうと、わたしは荒れた庭に出て空を仰いだ。まばらに輝く星の一つ、よく目をこらさなければ見えないその一つが、わたしの故郷。
 地球人の生態を観察するため、わたしはこの地域に派遣された、彼らから見ればいわゆる『宇宙人』なのだ。

『便利な家』 ◆BNSK.80yf2

第一夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.03 23:28
総文字数 : 599字

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 おいらの家はハイテクさ。
 見た目はちょいと古いがね、中身はどこより進んでる。
 まずは玄関、自動で開くし、人が入れば勝手に閉まる、鍵までかかるすぐれもの。
 電燈切れても心配無用、消えないろうそく、枯れない油、常にゆらゆら灯が揺れる。
 エアコン? そんなの必要ないよ、一晩過ごせば分かるはず。
 真夏だろうと背筋はぞくぞく、真冬だろうと冷や汗たらり。
 BGMの種類もたっぷり。カラスの鳴き声、狼の遠吠え、柱時計の軋む音。
 お次は二階だ、足元に気を付け、おいらの後ろをついてきな。
 あっちが書斎で、こっちが客間、おっとそっちは寝室だ。気軽に覗いてもらっちゃ困る。
 飯が食いたきゃベルを鳴らしな。大食堂にごちそうが並ぶ。
 花を愛でたきゃ庭に出な。菊に百合に黒い薔薇。
 窓には寄るなよ、危ないぜ、割れたガラスが撒いてある。なぁに、ただの泥棒よけさ。
 朝が早い? それなら任せろ、完備してるぜ、モーニングコール。
 寝ているあんたの胸の上、おもりを乗せて起こしてくれる。
 ペットが欲しい? コウモリがいるぜ。
 テレビはどこだ? 鏡を見ろよ。
 こんな良い家、他にはあるまい。あんたも分かってくれるだろう?
 でも現実は残酷さ、幽霊屋敷とあだ名され、買い手が一向につきゃしねぇ。
 幽霊? そんなの馬鹿げた話だ。ただの噂に決まっているさ。

 でもな、おいらは気付いちまった。
 そうさ、我が家は幽霊屋敷。残念だけど真実だ。
 証拠にこいつを見てくれよ。
……おいらに足が無いだろう?

『助手席の彼女』 永坂暖日

第四夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.06 23:28
総文字数 : 3701字

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 何度目になるだろうか、これで。カーブににさしかかる直前、左足でクラッチを踏み込んでギアを四速から三速に落とし、カーブを抜ける直前に、またクラッチを踏み込んで三速から四速に戻す。
 つづら折りのようにカーブが続いているからギアチェンジが頻繁で、左足はずっとクラッチペダルに置いたままだ。ずっと上り坂でカーブもなかなかきつく、スピードも出せない。対向車がないからずっとヘッドライトはずっとハイビームで、右を照らせば剥き出しの山肌、左を照らせばすぐそこに白いがガードレール、その向こうはうっそうとした森だ。
 繁華街から車を走らせてほんの三十分。街中はずいぶんと都会めいてきたようにも見えるが、山地は住宅地のすぐそこに迫っていて、少し足を踏み入れたらあっという間に人里から隔離された風景になる。
「ずいぶん辺鄙なところに住んでるんだね」
 左にハンドルを切るついでに、助手席に座る女をちらりと見た。彼女はまっすぐに前を見つめている。
「ええ。おかげで、街に出るのはいつも苦労するの」
「いつもは、どうやって街まで?」
 彼が女と知り合ったのはつい数時間前、大型ショッピングモールの駐車場でのことだ。買い物を済ませた彼は、広い駐車場を歩いている途中、ぼんやりと歩いている彼女を見つけた。
 バッグも何も持たず、車や連れを探している様子もなく、黄昏の中で見たその横顔が男の好みとこれ以上にないほど合っていたので、声をかけた。
 家に帰りたいけれど財布も何も忘れてきたので困っている、と言う割には困った顔はしておらず、また奇妙なことを言うなと思ったものの、真正面から見るとますます男の好みの顔をしていると分かったので、なら夕食に付き合ったら家まで送ると約束をして、今に至っている。
 携帯も忘れたという彼女は、電話番号もど忘れしてしまったという。さすがにそれはありえなくないかと思ったが、せっかく出会った好みの女である。家まで送れば携帯もあるから、そこで番号を交換すればいい。
「いつもは、通りかかった人に乗せてもらって街に下りるわ。でも、その人が帰りも乗せてくれるとは限らないから」
「送ってくれそうな人を探してた訳か。車は、持ってないの」
 こんな辺鄙なところに住んでいたら、必需品ではないだろうか。そうでなくとも、街中はにぎわっているとはいえ、大都市のように交通網は発達していないから、車を持っている人は多い。
「免許がないし、お金もなくて」
 しばらく話をしていて気が付いたが、彼女は表情に乏しい。しかし今の声だけは、少しはにかんでいたように聞こえた。
「俺も、金がないから今はこんな中古車だよ」
 欲しい国産車はあるが、どこかから大金が転がり込んでこないかぎり、高嶺の花だ。
 助手席の女も、世間的には高嶺の花である。しかし、ダメ元で声をかけて家に送るところまでこぎ着けたから、案外手に入る花なのかもしれないと密かに期待していた。
 対向車もなく、民家もほとんど見かけず、車はどんどん山の奥へと入っていく。さすがに遠すぎやしないかと男が怪訝に思い始めた頃、右に曲がる細い道が見えて、そこを曲がってくれと女が言った。
 ウインカーを出して、ギアを二速に落としてハンドルを右へ。アスファルトはすぐに舗装されていない砂利道に変わり、左右からは背の高い竹林が迫っていた。
 本当にこんなところに民家があるのかと思っていたら、存外すぐに家が見えてきた。
「……でかいね」
「土地だけはあるからね」
 日本風の、大きな家である。山奥に、それはぽっかりと現れたように建っていた。その一角だけが開かれていて、竹垣に囲まれている。見たところ正面には駐車場はないが、転回するのに十分な広さはあったからそこで車を止めた。
「送ってくれて、ありがとう」
 そう言ってドアを開けようとする彼女の右腕を、とっさに掴んだ。そのまま家に上がったら、もう戻ってこなさそうだと思ったのだ。
「ここまで送ってきたんだ、電話番号くらい教えてくれよ」
「……じゃあ、携帯を取ってくるから、ここで待ってて」
 返事をするまでに少々間はあったものの、彼女は言った。家に上げてくれと言うのはさすがに図々しいし、本当に戻ってくるんだろうなと疑うのも感じが悪いので、男は分かったといってすぐに手を離した。
 ライトを消しているから当然のごとく真っ暗で、エンジンを止めているから不気味なほど静かだ。スマホをいじりながら女が戻ってくるのを待っていたが、一向に姿を見せない。女が家に入ってどれくらい経ったのかと時計を見て、既に二十分経過していると知った。
 やはり高嶺の花は高嶺の花のままだったのか。しかし、こんな山奥まで送ったのだから、番号を教えるくらいしてもいいだろう。
 そんな不満を抱えたまま何気なく家を見て、どこの窓にも明かりがないことに、男は気が付いた。
 まさか、寝たのか。
 人を待たせておいて――待たせる理由を作ったのは男自身ではあるが――先に寝るとはいくら何でも非常識だろう。
 諦めて帰ろう。とんだ骨折り損だ。
 ギアがニュートラルになっているのを確認して、クラッチとブレーキを同時に踏み込み、エンジンキーを回す。ライトはハイビームになっているが、戻すのが面倒だったのでそのままにして方向転換しようとハンドルを右に回す。エンジン音に、タイヤが砂利を踏みつぶす音が重なる。当たりが静かだから家の中まで聞こえているかもしれない。電話番号さえ忘れるような彼女だ。男のこともうっかり忘れていたと、慌てて飛び出してくるようなことはないだろうか、という儚い希望が胸をよぎる。
 しかし、一瞬ライトに照らされた家から誰かが飛び出してくる気配は微塵もなく――ハンドルを切る男の手が止まる。
「……え?」
 ヘッドライトに煌々と照らされていたのは、一軒の古い家屋だった。さっき見た時と違って、誰かが住んでいる様子などまるでなさそうな、荒れ果てた家だった。瓦は所々落ちていて、雨戸もない窓もあり、障子に貼られた和紙はすべて破れている。さっき女が入っていくところを見ていた時はちゃんとしていたはずの門は、片方の扉がなく、もう片方もちょうつがいが外れかかっている。
 背筋がぞっとした。
 男は大慌て手ハンドルを切って方向転換すると、アクセルを踏み込んだ。しかし、慌てすぎたせいでクラッチから足を離すタイミングが合わずにエンストする。気ばかり急いてエンジンをかけ直すのにも手間取ったが、なんとか車が動き出すと、カーステレオのボリュームを耳が痛くなるくらいに大きくした。
 バックミラーもサイドミラーも、恐ろしくてのぞく気になれなかった。


 後日、こんな話を聞いた。
 山の奥、国道から分かれた舗装もされていない道路の突き当たりに、今はもう誰も住まなくなった廃屋がある。山奥にもかかわらずその廃屋は大きくて、しかし山に飲み込まれつつあるから迫力は満点。幽霊屋敷として評判で、肝試しに行く若者が少なくない。
 人魂のようなものを見たとか、白い人影みたいなものを見たとか、帰る時にバックミラーを見たら知らぬ人が映っていたとか――その幽霊屋敷にまつわる怪異の類いは枚挙に暇がない。しかし、そこが幽霊屋敷と呼ばれるようになった理由は、別にあった。
 家に送って欲しいと言う若い女を車に乗せ、彼女の案内に従って走らせると山奥の大きな家にたどり着く。女を送り届けた直後は、大きいけれど何の変哲もない家なのに、いざ帰ろうとする時にふと見ると、荒れ果てた廃屋になっているのだという。彼女を送った者(たいていは男だ)はそれで慌てて車を走らせ逃げていく。慌てすぎて、途中のカーブで曲がりきれずに事故を起こした者もいるらしい。
 幸い、男は事故を起こすことなく家に帰り着いた。だけど、確かに人の住んでいる様子のあった家が、我が目を疑いたくなるほど荒れた姿に変わっていたのを見た時の不気味さは、まだ忘れられない。妙な下心は当分持たぬようにしよう、と珍しく反省もした。
 女は――好みの顔をしていると思ったあの女は、男なのだという。
 女装の趣味があった少年で、しかしそれを両親に理解されることのないまま死んだらしい。少年の秘められた趣味が両親に発覚して以来、坂道を転がり落ちるように家庭内の雰囲気は悪くなり、まるでそれに合わせるかのように父親のやっている事業もうまくいかなくなった。
 とうとう一家心中するしかなくなって、最期だからと皆きちんとした格好になったのだが、少年はその時女装をした。自分でいちばん綺麗だと思ったのが、その格好だった。しかし、少年の趣味を理解していない両親はこの期に及んでと激怒し、少年を無理矢理着替えさせよとして取っ組み合いをしているうち、少年は死んでしまった。息子を殺してしまった両親は結局死にきれずに出頭して、家は人手に渡った。しかし、殺人現場となった家で場所も辺鄙ということで買い手が付かず、次第に荒れ果てていったのだという。
 もう二度と両親が帰ってこなくても、あそこが少年の家。だから、街へ下りては誰かを捕まえて送ってもらうのだ。街へ行く時も、同じように誰かを捕まえるのだそうだ。
 彼は今日も、車に乗せてくれる人を探しているのだろう。

『できごころ』 しゃん@にゃん革

第四夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.06 23:36
総文字数 : 780字

獲得☆3.625


《愛のいじり小説ただいま開催中賞》
できごころ
しゃん@にゃん革


 進撃の巨人は、森の中を逃げ回っていた。
 さらなる巨人が現れ、捕食されていたのだ。
「しかし、あれは巨人なのだろうか」
 偵察隊のアジノ・ソトは、その異様な姿に言葉を失った。
 アジノ・ソトの目に映ったのは、こんな姿の巨人だったのだ。

   ( ゚.゚) .。o
    川    
    川    
    川    
    川    
    川    
    川    
    川    
    川    
    川    
    川    
木 木 川 木 木

 裕福な家に生まれたアジノ・ソトは、少年の頃から大金を持ち歩き、さまざまな土地を旅していた。
 星の数ほどの珍しいものを目にし、自然が創り出した奇怪な景観にしばしば息を呑み込んだ。
 確かに、人智を超えた存在がこの世にはあるのだと思う。
 が、新たに現れた巨人は、あまりにも想像を超えていた。
 あれでは、まるでくらげ。
 今まで自分たちを捕食してきた巨人をたいらげながら、しょうせつかけえええ、がいしゅつはゆるさああああん、と不可解な雄叫びをあげている。
 人類の天敵たちを触手でからめとり、とぼけた顔で貪り食う様は怒れる神にも見えたが、一方では無邪気な悪魔のようでもある。
「なあ、あいつ一体どこから来たんだ?」
 背後から聞こえた声に、首を振る。しかし、どこか懐かしい想いが湧いてくるのは何故だろう。
 あれは西を旅した時だったか、とアジノ・ソトは少年時代の記憶を振り返った。
 巨人たちに蹂躙され、幽霊屋敷と化した豪族の家を気まぐれで探検したことがある。
 かつてテキスポと呼ばれたその街は文教都市と知られ、数多の文学を生み出してきたという。
 当時のことを完全に思い出し、アジノ・ソトは戦慄した。
 幽霊屋敷の地下室の壁に描かれた、土着神の姿。
 その威厳とはほど遠いフォルムを見て、幼かったアジノ・ソトはつい悪戯書きをしてしまったのだ。
「ま、まさか、俺を追いかけてきて? やばい逃げないといけないのは、こっちのほうだ」
 悲鳴を上げて背を向けたアジノ・ソトに、五本の触手が迫っていた。
 その先端には、稚拙な絵や意味のない記号が無数に描かれている。

『幽霊屋敷の浴室』 山田佳江

第四夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.06 23:44
総文字数 : 1068字

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 幽霊屋敷というとだれもが頭に思い描くような、そういったいわゆる古い洋館で、僕とおばあちゃんは向い合って夕食をとっていた。
 ここはずいぶんと昔に栄えた港町で、古い建物がいくつも残されている。おばあちゃんの住む家も、そのうちの一つだ。
「日記は書けたの?」
「5月4日と、5月5日の分は書けたよ。今日の分はまだ」
 ポテトサラダを小皿に取り分けながら、おばあちゃんは静かな声で僕に尋ねる。
 連休中に小学校から出されたのは『ゴールデンウィークのできごとを日記に書く』という宿題だった。

 5月4日(くもり)
 おとうさんとおかあさんは仕事を休めないので、おばあちゃんのうちに泊まりにきました。
 5月5日(雨)
 おばあちゃんが、がめの葉もちを作ってくれました。かしわの葉でつつむのがかしわもちだけど、この地方では、がめの葉でつつむのだとおばあちゃんが教えてくれました。

 そんな感じで、僕の日記はたいしたイベントも無く連休を終えようとしている。
 僕はこの家のことが嫌いではなかった。くすんだ壁紙の模様も、分厚く重いカーテンも、ひんやりと湿っぽい匂いも、好ましく思う。気に入らないのは簡易水洗のトイレが流れにくいことくらいだ。
「今日の日記に書くことが無いのね」
「ポテトサラダのことを書くよ。おばあちゃんの作るポテトサラダにはみかんの缶詰が入っています。って」
 僕は箸でみかんを皿の端に寄せて、ポテトサラダを食べる。そんな僕を見て、おばあちゃんは上品に微笑む。
「浴室のタイルを見てみなさい」
「タイル?」

 静かな昼食を終えて、僕は浴室を覗いてみる。バスタブの水は抜かれ、綺麗に掃除されていた。古い浴室のタイルは一枚一枚が教科書くらいの大きなもので、いくつかひび割れているものもある。修理しようにも、これほど大きなタイルはあまり手に入らないのだと、おばあちゃんは言っていた。
「これ、なんだろう……」
 茶色いマーブル模様のタイルに、昨日は気づかなかった印がつけられている。右上の隅に、数字の『2』を横にしたような文字。
 僕は浴室の中を見渡す。よく見ると、隅に数字の書かれたタイルがいくつもある。その数字は縦になったりよこになったりしているけれど。
 シャンプーや石鹸の置かれている棚を移動させる。『9』と記されたタイルがそこにある。マーブル模様の中央に、大金でも入っていそうな布袋のイラストが描かれている。

「おばあちゃん、カメラある!?」
 リビングに駆け込む僕に、おばあちゃんはポラロイドカメラを差し出す。最初から用意されていたみたいだった。
 僕は大急ぎで写真を撮る。もうすぐ父と母が迎えに来るのだ。

『桜屋敷』 茶屋

第一夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.03 23:18
総文字数 : 1634字

獲得☆3.615
 きっと少女がいた。
 ずっと昔、
 もしくは、
 遠い未来。
 少女はどこかの時間に属し、確かに存在していた。

「そこで何をしてるの?」
 少女はそうあなたに問いかけてくる。
「外を、見ていたんだ」
 あなたはそう答え、窓の外に視線を移す。そこには川が流れ、それにそって桜並木がある。
「散ってしまったから」
 あなたの声は少し淋しげだ。
「あんなに満開だったのにね」
「散ってしまうと、何だかとても」
「来年も咲くよ」
「……」
「来年もまた見れるよ」
 来年というその言葉。その概念。
 今のあなたとは大きく隔たった何か。
 来年も桜を見ることができるのだろうかと、あなたは思うのだった。

 葉が散っていく。
 桜はますます貧相で寂しげだ。花を散らせた時とは大違いで、華やかさは全くない。
 一年のうちの一時の美しさのためだけにあちこちに植えられる桜。
 ひとときの幻の木。僅かな夢の亡骸。
「どうしたの?ため息なんかついて」
「もうすぐ、冬だなと思ってさ」
 そう言ってあなたはまたため息をつくと、少女はおかしそうに笑った。
「そんなに冬が嫌い?」
「勿論。寒いからね」
「ふーん。あなたがそんなこと気にするとは思わなかった」
 少女は不思議そうに首を傾げる。
 そう。あなたは寒いのが苦手だ。今も、昔も、これからも。

 少女はいない。
 少なくとも、今、目の前には。
 桜も咲いていない。

 青い葉からは強い生命力を感じる。
 植えたばかりの頃はいかにも元気のなさそうに葉がへたっていたので、萎れてしまうのではないとあなたは心配していた。
 けれどもそんな心配を他所に、桜はしっかりと根を張り始め天に向かう決意をしたようだ。
 少女は今日も桜に水を与えている。
 彼女はとても楽しそうに笑っている。
 多分彼女は未来を見ているのだろう。未来の桜を。未来に花咲く桜を。
 少女はあなたに言う。
 いつか桜が咲いたら一緒に見ましょう、と。
 そう、いつか。
 いつか桜が咲くのだろうが。
 ただ、それがいつなのか。来年なのか、明日なのか、それとも昨日なのか、あなたには検討もつかない。

 あなたは家鳴りで目を覚ます。
 大きな音だった。今にもこの屋敷が崩れてしまうのではないのかと思うほどに。
 夢の中で少女は廊下をわたってあなたに会いに来ようとしていた。
 夢とわかっていても、あなたは廊下を確認せずにはおれなかった。
 勿論そこには闇と静寂しかなかった。
 そして、窓の外に目をやってもまだ桜は咲いていない。

 あなたは川沿いを見る。
 とても殺風景だ。
「いかがしました?」
「何もないんだね」
 少女は問いかけ、あなたは答える。
「そうですね。なんとも殺風景ですね」
「桜でも植えればいいんじゃないかな」
「桜ですか?」
「そう、桜。あそこにはとても似合うような気がする」
 少女は俯いている。
 泣いているかもしれない、とあなたは思う。
「僕は見れなくともいいんだ。誰かが、それを見て楽しめれば。あまりにもこの風景は殺風景すぎるよ」
 もう、春だ。
 春には桜がいい。
 そう思いながら、あなたは水を口に含み眠る。

 少女はあなたを見て悲鳴をあげる。
 そして、あなたに背を向ける。
 あなたは追いかけようとするが、やめた。
 窓の外に目をやる。
 悲鳴を聞いた外の子らも逃げていく様子だった。
 屋敷はもう古い。
 訪れるものがここを幽霊屋敷と呼んでいることをあなたは悲しく思っている。

 夏。屋敷はまだ新しい。
 花火が見え、聞こえる。光の後に、音がやってくる。
 あなたは窓からそれを眺めている。
「ほら、花火だよ」
 少女はあなたに答えるかのようにかすかに微笑んだ。
「花火……」
 あなたは何故だかとても悲しい。
 光が明滅するたびに、少女の顔が照らしだされる。もう彼女は目をつむり、寝ている。
 あなたは静かに泣く。
 来年の桜は見れそうもない。

 屋敷はとてもとても長い時代を生きてきた。
 屋敷はとてもとても長い時間桜を見守ってきた。
 そして屋敷には、少女がいた。
 きっと少女がいた。
 ずっと昔、
 もしくは、
 遠い未来。
 少女はどこかの時間に属し、確かに存在していた。
 だが、今、この時は少女はいない。
 あなたもいない。
 ただ、桜だけが咲いている。

『幽霊の生業』 豆ヒヨコ

第一夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.03 23:28
最終更新 : 2014.05.03 23:44
総文字数 : 2143字

獲得☆3.545
斉藤くんがわたしたちの家をノックしたのは、真夏の暑い昼下がり、午後三時ごろだった。
のり子さんは、と言ったきり口をつぐんだ。当惑したわたしの表情を見て、すぐに姉の留守を悟ったらしかった。「グァムへ旅行中ですけれど」と答えると、ああー…と息を吐いて大きく目線を落とした。それから勇気を振り絞るように訴えた。
「ビール瓶を持ってきてくれたらなあ、と言われたんです。昨日。『缶じゃなくて瓶、一ケースね』って。うちで冷やして、楽しく飲んじゃいましょうよって。出かけるなんて、ぜんぜん聞いてなかったんですけど」
その声にはすがるような悲しみがあった。でもわたしは同情できなくて、ハアとだけ答えた。
あかるい黄色のケースは昼下がりの日光をマットに照り返していて、つめ込まれた茶色の瓶たちはいよいよ温もりを持ち始めていて、お酒を飲めないわたしは「持って帰ってください」と冷酷に言った。ふっと目を上げた彼の表情は、かっこいいとまでは言わずとも真摯な懇願に満ちていて、ちょっといいなとも思ったが、やはりわたしは「持って帰ってください」と再び言った。そして付け加えた。
「姉は受け取らないと思います。言われたことを鵜呑みにしない、気位の高い天邪鬼ばかり愛してますもの」

斉藤くんは電車で来たという。ケースを担がせた帰路はさすがに気の毒で、わたしは車を出してあげることにする。
カーポートに停めておいた深緑色のミラジーノを指さす。わたしの車だ。縁石に平行に、まったくズレずに駐車されたミラの横には、ごく類似した色合いのBMW・MINIクーパーが双子のように停止している。これは姉の車だ。仕様も利便性も、その価値も大きくかけ離れた、でもどこか似た美しさを持つ二台。きれいずきなわたしたち姉妹は、所有する車を各々でぴかぴかに磨き上げている。まるで競うように汚れを除き、まんべんなくワックスをかける。
「助かります」
ごく短く礼を言い、斉藤くんは助手席に乗り込んでシートベルトを締めた。
エンジンが小さく高まったところで、わたしはアクセルを踏み頃合いよくハンドルを切った。ぐるりと最小限の円を描くよう、緑の軽自動車を走らせた。難なく公道へ出る。茶色の瓶同士がぶつかる響きを背後に聞きながら、わたしは何の気なしに言った。
「わたしと姉さん、すっぴんの顔はほぼ同じなの」
斉藤くんはああ…と無意味に、しかしまんざら無関心でもない様子で相槌をうった。わたしは続けた。
「不思議なんだけれど、同じ顔で性質もどこか似ているのに、おつきあいする男性はぜんぜん違うのよ。ほら、ふたりで一軒家をシェアしている状態だから、ときどき彼女が男を連れ込むところに出会うわけね。いつも、いつもいつもいっつもサラリーマンなの。スーツなんて着てなくてもわかる。神経質そうなポロシャツの着方とか、磨きたてられた黒縁メガネとか、妙に清潔な髪型なんかでピンとくるわ。……だから、あなたが訪ねてきた時はすこし驚いたかな」
「どうしてですか」
「えーと、……とっても若々しいから」
正直に言えば、彼は若々しいというより『とっつぁん坊や』だった。
白くぽちゃぽちゃとした頬に刈り込んだ髪、筋肉のない腕にはアウトドアを嫌うもやしっ子精神が感じられた。襟ぐりの伸びたTシャツが、ぴりっとしない印象を確固たるものにしていた。姉は本当に節操がない。絶対好きなはずはないのに、どうして思わせぶりな言葉を吐くのだろう。その労力が意味不明だ、引っ掛ける際も引き剥がす際も。
「俺、サラリーマンですよ」
斉藤くんがぽつりとつぶやいた。
ちらりと見やると、彼はフロントガラスを見つめたまま、割に繊細そうな指でボディバッグの金具をいじりまわしていた。
「サラリーマンに、なったんです。のり子さんに出会って」
ハハハそうなんですか、と笑ってみる。笑う以外にどうしようがある。
「好きなんです、好きなんです。どうしようもなく好きなんです。でも何をしてあげられるかわからなくて、僕は救われるばかりで。そしたらビール瓶がほしいって言うから張り切っちゃったんです」
「なるほど、一ダースも」
茶化すつもりで合いの手を入れたが、返事はなかった。
泣かれたらどうしよう、などとわたしは思う。姉を慕う男たちはピュアな輩ばかりで、それを慰めてばかりいるうちに、わたしは恋愛を通り越してふんだんな母性を抱えてしまう。いったい何人の未熟な、考えなしな、素朴な男たちの母親代わりを務めてきたことだろう。すこし力を込めて、わたしは言う。
「姉は帰ってこないわ。彼女に似た、わたしという幽霊がいるだけ。ただの幽霊屋敷よ」
斉藤くんはまたあの目をして、今度はフフフと笑う。
「幽霊だってほしい時がありますよ、一番知ってるでしょう?」
心のどこかが押しつぶされ、わたしはスイッチを押して窓を開ける。
恐ろしいほどの熱気と、耳をつんざくセミの声が届く。彼らとわたしは、きっと似ているのだ。姉にはなれない、本当の愛を得られない。信号機は黄色に瞬いた刹那、赤いつぶつぶを載せた円へと変わる。ふつふつと額に浮かぶ汗を拭ううち、アクセルを踏み込んで世界を壊してしまいたくなる。
彼と添い遂げたところで後悔しない気がしたし、斉藤くんもそれでいい、と思ってくれそうな気がしてしまうのだ。

『幽霊船』 小伏史央

連載/第一、三、四夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.03 23:30
最終更新 : 2014.05.06 23:41
総文字数 : 2570字

獲得☆3.500


《君こそ真のSF作家賞》
幽霊船
小伏史央


   (1)

 R-667Dはクオリアを有するアンドロイドである。彼は宇宙船を独りで操縦していた。
 すると、彼は寂れた宇宙船の死骸を見つけた。その船はまるで幽霊屋敷のように、宇宙塵にまぎれて存在感をなくしている。彼がこの船を発見したのも、偶然によるものだった。
 彼はめぼしいものがあれば回収、または通達することを主人に言い渡されている。見た目は不気味で、寂れているが、大きさはなかなかのものだった。なにか掘り出し物があるかもしれない。

 迷ってしまった。船のなかは妨害電波が駆け巡っており、彼は自身のクオリアだけをもとにして船内を進むより仕方なかったのだ。
 兄弟たちに救援信号を送ってみるも、彼らにちゃんと届くかはわからなかった。

 どれくらい歩いただろう。出口はもちろん、金になるものもひとつ見つからない。
 しかし幽霊は見つかった。男の子の幽霊だ。
 幽霊とは、人間の恐怖や不安などのクオリアが大脳皮質と結合してもたらされる現象のことだ。幽霊はときに人間のクオリアに干渉することで対象を傷付けることができる。ここはおとなしくしていたほうがいいだろう。彼は幽霊を視界から外すよう努力して歩いた。

 そしてなにごともなく素通りする。さらに出口がみつかった。
 なんだやはりは単なる幽霊屋敷か。収穫はなかったが、主人や兄弟たちへの土産話にはなるだろう。
 彼は出口に停まらせていた、自分が乗ってきた船にのりこむ。
 船は寂れて、稼働しなかった。


 
   (2)

 R-667CとR-667Bはクオリアを有するアンドロイドである。彼らは宇宙船を二人で操縦していた。うり二つの顔をした双子の彼らは、二人でいたほうがよく働くということで、主人から二人で動くよう言いつけられていたのだ。
 すると、彼らは寂れた宇宙船を見つけた。その船はまるで幽霊屋敷のように、宇宙塵にまぎれて存在感を失くしている。しかしそれはたぐい稀な巨大さを誇っていた。
 こんなに大きいのだ。きっと金目になるものが見つかるだろう。都合のいいことにこれは幽霊船だ。中身を拾って勝手に持っていっても、誰も文句は言うまい。彼らは自身らが大金に囲まれている想像をした。
「どうだ。素晴らしいな」CはBに、自分の想像したイメージを送信して言った。
「ふむ。確かに素晴らしい。しかし考えてみろ。金に囲まれるのはおれたちではないだろう」
「そうだ。主人だ」
 Cが送ったイメージに描かれている大金が、札束ではなく金貨であったのならば、Bもまた無意味に気分を良くし、こんな現実的なことは言わなかったことだろう。同一のイメージをもとにしているのに演算結果には差異が出る。それは両者ともに別々のクオリアを有しているからだった。
「ともかく入ってみようじゃないか」
「そうだな。それがいい」
 入口を見つけ、船を停める。

 迷ってしまった。Bは壁を伝って、おぼろな足取りで出口を探す。Cともはぐれてしまった。Bは歩く。船のなかにめぼしいものなどひとつも転がってはいなかった。誰か先に来た人がすべて持っていったのかもしれない。まったくなんということだ。
 廊下の向こうに、人影を見つけた。おお、Cか。声をかけるも、反応が返ってこない。Bは不思議に思いながらもそこへ歩いて行った。
 その人は幽霊だった。男の子の幽霊だ。幽霊とはクオリアと大脳皮質が結合して現れる現象のことだ。アンドロイドに大脳皮質はないが、それに準ずるCPUが勝手に干渉されているのだろう。こういう場合はスルーするのが鉄則だが、Cは男の子に攻撃することを選択した。クオリアを有するアンドロイドは、このようにしてマニュアルから外れた行動をおこすことができる。ちなみに幽霊は人間ではないので、傷つけたところでロボット三原則の第一条に反することはない。
 Cは幽霊を内蔵レーザーで焼き切った。幽霊に穴が開いた。
 幽霊が倒れる間際にレーザーを跳ね返してきた。レーザーはCの体を直撃し、貫いた。
 Cは倒れた。
 倒れた幽霊が、実はBであることにも、つまりその男の子の姿というのがCとうり二つのBの姿であることにも気づかずに。
 彼らは機能停止した。


 
   (3)

 コンビニ。そうだあれはコンビニだ。R-667Aは蹲りながら自分が記録している場景を思い浮かべた。地球を発つ前日、主人は彼をコンビニに連れて行ってくれた。宇宙開発機構のコンビニには、いろいろと珍しいものが売られており、主人は強力な妨害電波を発する機器を彼に買ってくれた。これで弟たちによ、イタズラしてやれよ。主人はこどもっぽく笑っていた。
 そうだ。これはただのイタズラだったのだ。Aは深い悔恨を感じながらふたつの壊れた機械人形を見つめる。二人の弟は見るも無残な姿で、暗闇と鉄錆に混ざっていた。
 クオリアというが、それは単に演算処理中に複数の重ね合わせ状態を作り出し、認識パターン、行動パターンを確率化させているにすぎない。妨害電波を送ることでアンドロイドの見る世界は、簡単にゆがめることができた。兄弟の姿をまったく知らない顔の幽霊に錯覚させることも、小さな自分の船を巨大な幽霊船に見せることも造作のないことだった。
 もうこんなことがあってはならない。彼はふと、まだR-667Dが来ていないことに気が付き、立ち上がった。妨害電波を早く止めて、せめて一番下の弟だけでも守ってやらねばならない。
 しかしあの機器はどこにあるのだろう。
 彼もまた、クオリアの持ち主だった。
 明るいはずの船内は、暗い。
 向こうから歩いてくる人影があった。弟のDだろう。しかし幽霊にしか見えない。もし双子たちのように攻撃してきたら、どうすることもできない。
 賢明なDは、素通りすることを決めたようだ。彼は弟に話しかけようとしたが、そうしたら攻撃されるだろうと思いとどまり、立ちすくむ。
 向こうから驚嘆の声が聞こえた。自分の船がこの短時間で寂れてしまったと錯覚している。
 そのうちクオリアが大脳皮質だけでなく宇宙空間に充満している暗黒エネルギーと結合して、この宇宙船は本当に幽霊船になるだろう。
 そして我々はそのころには主観と客観の区別も付けることなく、アンドロイドのくせに人間の幽霊のように、来訪者を待ち続けることになるのだろう。
 そのとき我々は何者になるのだろう。彼にはわからなかった。そしていつまでもわかる日は訪れない。
 誰かの船がやってきた。

(プロローグ・了)   

『幽霊屋敷の記憶』 三和すい

第一、二、三、四夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.03 23:43
最終更新 : 2014.05.06 23:39
総文字数 : 3176字

獲得☆3.500
 ミートボールを食べながら、僕は大きな館を見上げた。
「これが、その幽霊屋敷?」
 電車に乗ること二時間。駅から車で一時間。ようやく着いた山の麓で車を降りて歩くことさらに三十分。こんなところに人が住んでいるのかと思うような山の中に、その屋敷はあった。
 かなり古そうだけど、荒れた感じはしない。今も誰かが住んでいそうな雰囲気だ。けど、実際には長いこと誰も住んでいないらしい。
「立派な屋敷だね」
「そうだろう。なかなかの掘り出し物だったよ」
 依頼人である不動産屋さんは、僕の隣でお茶を飲みながら自慢げに言った。
 学校の遠足よりも長い距離を移動し、僕も不動産屋さんもお腹がペコペコだった。僕の母さんが作ってくれたお弁当を二人で食べながら、不動産屋さんから詳しい話を聞く。
 不動産屋さんがこの屋敷を見つけたのは三ヶ月前。この辺の土地を持っていた地主さんが亡くなり、売りに出されたいくつかの山を見回っている時だった。近くの村で聞いてもそんな屋敷があったのかと首を傾げられ、役所とかで調べてみても持ち主どころか屋敷の存在さえ記載されていなかった。
 造りから少なくとも二百年以上前に建てられた屋敷は、壊してしまうには惜しいほど状態が良く、改装して売り出すつもりだと不動産屋さんは言っていた。
 こんな山の中にある屋敷を買う人がいるのかなと不思議に思って聞いてみると、この一帯の道路や鉄道を整備してリゾート地にする計画があって、この屋敷は別荘や小さな旅館にするにはちょうどいいらしい。僕には忍者屋敷とかに改造した方がお客さんがいっぱい来ると思うけど。
 問題が見つかったのは、改装を始めてすぐのことだった。
 屋敷の中に幽霊が出るというのだ。
 言い出したのは、改装業者のほぼ全員。
 最初は、何かを見たわけではなかった。作業中に楽しそうな話し声や笑い声が聞こえてきたり、パタパタと子供たちが走り回るような足音が聞こえてきたり、朝と夕方に厨房から料理のおいしそうな匂いが漂ってきたりと、誰かがいる気配がするだけ。
 恐くはないが気味が悪い。
 そう言って手を引いた職人さんたちが何人かいたけれど、残った人たちで作業は進められた。
 そのうち、いるはずのない人の姿を見る職人さんが出てきた。
 足音が聞こえたと思ってふり返ると、着物姿の子供が廊下の角を曲がっていく後ろ姿を見たり、和室の前の横を通り過ぎた時、視界の隅に布団で寝ている老人の姿が見えたので驚いて覗き込んだら誰もいなかったり、忘れ物をしたので夕方屋敷に戻ってみたら、大広間で婚礼が行われていたのを見たり。
 そして、さらに不思議な現象が起きるようになった。
 改装したはずの場所が、次の日になると元の状態に戻ってしまうのだ。
 恐いのを我慢して作業していた職人さんたちも、これにはさすがにお手上げ。みんな作業をやめて帰ってしまった。
 屋敷の改装が進まないどころか最初の状態に戻ってしまい、幽霊が出ると噂も出始め、不動産屋さんは慌てて僕の家に「幽霊を祓ってほしい」と依頼してきた。
 あいにくと両親だけでなく兄さんも姉さんも他の仕事を抱えていて、手が空いているのは僕しかいなかった。不動産屋さんは小学生の僕を見て不満そうにしていたけど、祓うだけなら僕一人で十分だというのが父さんの判断だった。
「ところで、その幽霊は何か悪いことをしたの? 例えば誰かケガをしたとか病気になったとか」
 僕の質問に、不動産屋さんは「いや」と首を横に振った。
「そういう話は聞いていないな」
「じゃあ、このままでもいいんじゃない? 幽霊屋敷って、おもしろいと思うけど」
「大金を出してこの辺一帯を買い占めたんだぞ! 変な噂が広がって万が一リゾート計画がなくなったらどうしてくれるんだ!」
 不動産屋さんは顔を真っ赤にして怒鳴った。
 仕方なく、僕はお弁当箱を片付けると除霊の準備を始めた。
 リュックにいっぱいに詰めてきたペンギンの小さな置物を、屋敷を取り囲むように置いていく。
「それは、幽霊を祓う道具なのか?」
 不動産屋さんが聞いてきたので僕はうなずいた。
「お祖母ちゃんからもらった道具なんだ。ほら、かわいいでしょう?」
 手のひらサイズのペンギンは、僕のお気に入りの道具だ。全部手作りで、ちょっとずつポーズが違っている。首を少しかたむけたり、つぶらな目で見上げたり、小さな翼を広げたりする姿はどれもかわいくて、僕は見ているだけで幸せな気分になってくる。
 だけど、ペンギンの置物を差し出すと、不動産屋さんは顔をしかめて後ずさった。
「そうか? 私には何だか不気味に感じるが……」
 その答えに、僕はやっぱりと思うと同時に、少しだけ感心した。
 長い間ずっと大切に使われ続けた道具には魂が宿ると言われている。
 このペンギンの置物たちは、僕のお祖母ちゃんがずっと除霊に使っていた道具だ。百年にはまだまだ届かないけれど、しまったはずの場所から時々いなくなるペンギンもいる。そのうち歩く僕の後をヨチヨチとついてきてくれないかなぁと期待している。
 魂が宿るにはまだまだ時間はかかりそうだけど、何かを宿し始めている置物は、そこそこ霊感がある人には不気味に感じるらしい。
 ――多くの人はね、自分と違う存在を恐れ、排除しようとするものなのよ。
 前にお祖母ちゃんがさびしそうに言ったことがある。
 この不動産屋さんもそうなのかもしれない。
 自分とは違う存在だから、何も悪いことをしていない幽霊を消し去りたいのかもしれない。
 僕は屋敷の周りにペンギンの置物を並べ終えると、不動産屋さんに聞いてみた。
「本当にここにいる霊を祓ってもいいの?」
「ああ。もちろんだ」
「でも、何も悪いことはしていないんでしょう?」
「していなくても、死んだ人間の魂が屋敷の中をさまよっているだけで気味が悪い」
 存在していることが悪いという言葉にちょっぴり悲しくなる。そして同時に、不動産屋さんがいろいろ勘違いしていることに僕は気づいた。
「幽霊は、死んだ人の魂じゃないよ」
 これは僕の家族みんなが感じていることだ。たまに本物の魂がさまよっていることもあるけれど、ほとんどは違う。
「幽霊はね、残された強い想いなんだよ」
「想い、だと?」
 うん、と僕はうなずく。
「死ぬ時にすごい恐いと思ったり、こうしたかったとか大きな未練があったりすると、その想いがその場に焼き付いてしまうんだって。あと、生きている人の想いが幽霊みたいになることもあるんだよ」
「生き霊というやつか。ん? つまり、この屋敷に出る幽霊は生き霊で、ライバル会社の奴が私に嫌がらせをしたいと思っているのか?」
「違うよ。ここに残っているのは死んだモノの想いだよ」
 そう。『彼』の魂は、もうこの世に存在していない。僕にはそう感じられる。
「たぶん、恐かったんだろうね」
「死ぬことがか?」
「死んで、覚えているモノが誰もいなくなることが」
 この場所は、あたたかい気配に包み込まれている。
 きっとこの屋敷に住んでいた人たちは代々幸せだったのだろう。楽しかった、うれしかった、そんな想いがこの場所に染み込んでいる。
「過去が忘れ去られてしまうのが恐かった。だから、幸せだった頃の想いが、記憶が、ここには残っていた……」
 僕は不動産屋さんの顔を見た。
「あなたは、それを消してしまうの?」
「当然だ」
 不動産屋さんはきっぱりと言った。
「ここはもうすぐリゾート地として生まれ変わるんだ。過去など関係ない! さあ、さっさと除霊してくれ!」
 依頼人である不動産屋さんがそう言うのなら仕方がない。僕は渋々は呪文を唱え始めた。
「ユタオカ ウイト シ レキコラインノモ ヤコジ シキ……」
 僕の言葉に、ペンギンの置物たちがいっせいに淡く輝き始めた。

 そして一時間後。
 目の前に現れた空き地に、不動産屋さんは茫然と立ちつくしていた。
「や、屋敷はどこにいったんだ?」
「祓ったよ」
「は?」
「だから、僕は依頼どおり祓ったよ。幽霊の『屋敷』をね」

『記憶喪失になった俺が大学受験に挑むのだ』 ひこ・ひこたろう

第二夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.04 23:40
総文字数 : 2436字

獲得☆3.500
 気がついた時、ハクいスケが俺の顔を覗き込んでいた。「ハクい」とは「可愛い」、「スケ」は「女子」とでも置き換えてくれればいいだろう。遠い昔、親父が子供の頃に読んでいた漫画で使われていた表現だ。俺はその漫画を一度しか読んだことがないのだが、主人公の女子大生たちが学園祭で模擬店「セーラー服喫茶『幽霊屋敷』」を運営し、思いがけない売れ行きで大金をつかむ、という内容だった。主人公の山崎あかねは弁護士を目指す法学部の一年生、その仲間である……。おっと、いけない。話が脱線したようだ。「ハクいスケ」の話に戻さなくっちゃ。
「よかった、気づいたのね。お兄ちゃん」とスケが言う。
「お兄ちゃん? 何を言っているんだ、スケさん」
「お兄ちゃん、私がわからないの? まあ、しょうがないか。おっかさん、じゃなくて、お母さん呼んでくるね」とスケは俺に言い、「スケさんなんて呼ぶから、調子狂っちゃう」などとつぶやきながら、部屋を出て行った。
 あの口調、確かに俺の妹である由樹美に似てなくもないが、そもそもあんな顔だったっけ? それにどう見たって、高校生。俺より年上じゃないか。いや、そもそも俺はなんでこんな病院みたいな部屋で横になっているのだろう?
「よかった、真一。ようやく意識が回復したのね」と部屋に入るや否や、母が泣きながら俺に駆け寄ってくる。真一は俺の名前だし、目の前にいるのは間違いなく俺の母親だ。俺は何だか安心した。
「意識が回復って、俺、寝てたの? どれくらい?」
「交通事故にあって三日間、意識が戻らなかったのよ。お医者さんは『必ず回復する』って約束してくれたんだけど、お母さんは心配で、心配で……」
「たった三日?」
 俺にはもっと時間が経っているような気がするのだが、気のせいだろうか。ふと、部屋の中を見回しカレンダを探してみる。カレンダは窓側にある棚の上、テレビの横にあり、そこには「2014年」と書かれてある。
「母さん」と俺は言った「3年経ってないか?」
「えっ?」
「俺、確か高校受験で必死に勉強していて……。あっ、その制服!」
 俺は妹によく似たスケさんの着ていた制服を指差した。
「俺が行きたかった本町高校の制服じゃないか」
「お兄ちゃん……」さっきまで冷静だったスケさんが、今では母親以上に取り乱している。
 ここで俺は自分の頭を整理してみた。どうやら俺は事故に遭い、三日間意識を失っていた。しかし、俺自身には3年間経過したとしか思えない。もし、スケさんが妹の由樹美だとすれば、二つ違いで中一だった彼女は、現在高一になっているはずだ。
「なあ、由樹美。俺って本町高校の三年生か?」
「何言ってるの、当たり前じゃない!」
「大学とか、目指してる?」
「うん」
「志望校ってわかる?」
「阪大医学部」
「嘘だ!」
「嘘じゃないよ。あんなに必死に勉強してたじゃない」
 信じられない。本町高校に入学するのに必死だった俺が、今では阪大の、しかも医学部を目指しているだなんて……。
 いや、しかし。
 その時、俺の頭の中には電車が耳元で走るかのような轟音が鳴り響き、これまで勉強してきた内容が怒涛のようにイメージとして繰り出されてきたのであった。中学レベルではない、微分積分やアルカリ土類金属、コンデンサの並列式などの内容が、くっきりと脳のあちこちに刻み込まれるかのように。
 今まで一度しか目にしたことがない漫画の内容までもが、鮮明に思い出される。とにかく、書籍状のもの、文字や数式で書かれた記憶のすべてが、きっちり脳に収まっている感じなのである。
「怪我の功名」とは、まさにこのことだ。俺はこの言葉を、小学館の学習雑誌の付録「なぜなに慣用句」で読んで覚えたのだ。そう、そこまで容易に思い出されるのであった。
 自分がどんな高校生活を送っていたのかも、どんな事故に遭ったのかも思い出せない。この三年間に考えたこと、感じたことの一切が自分の記憶の中にはない。しかし、自分が読んだ本、勉強した中身だけは確実に思い出すことが可能だった。
 これならいける! 阪大医学部なら、余裕で突破できるはずだ。
 退院した俺はろくに学校にも行かず、自宅で勉強を続けた。学んだ内容は面白いように頭の中に入っていく。試しに新聞や電話帳を覚えようとしても、これまたするすると記憶できるのだ。
 そんなある日、家にお見舞いの同級生が訪れた。聞けば俺の彼女らしく、同じ学校とあって学年の違う妹ともよく遊んでいたとのこと。
「元気な顔を見れてよかった」と彼女は言う。
 こちらとしては、それがどうした、って感じなのだが。
「受験、頑張ってね。きっと合格するよ」
 当たり前じゃないか。
「合格したら、またUSJに遊びに行こうね!」
 知るか、そんなもん。
 彼女が帰った後も、俺はひたすら勉強を続けた。
 そして、受験の日が訪れた。共通テストの自己採点もばっちりで、もう合格は十中八九手にしてようなものである、何しろ、俺は大学で使われる数学の教科書もマスターしていたし、英単語だって電子辞書並みに覚えている。
 二日目、最後の試験は英語だった。
 俺は問題にざっと目を通し、勝利を確信した。こんなのは楽勝だ。しかし、どうしたことだろう。この期に及んで俺は解答用紙に書くべき自分の名前を忘れてしまったのだ。受験票には「真一」とあるが、はたしてこれは自分の名前なのだろうか。
 焦りながらも俺は問題だけは解いていった。取り立てて難しいとも思えない。これまで模試や問題集でやってきたのと同じレベルの内容だ。大丈夫、俺は絶対合格できる。だけど、俺の名前は何だ? 真一でいいのか。答案用紙の名前欄に、真一とさえ書けば、俺は合格できるのか。
 その時、ふと俺は誰かの声を聞いたような気がした。
「真一」とその声は俺の名を呼ぶ。そんなお前は誰なのだ? 「真一」と、同じ声が、今度ははしゃいだような口調で言う。「真一、合格したら……」。そうだ、この声はあの子の声だ!
 俺は名前の欄に「真一」と書き込んだ。もう二度と戻らない、楽しかった高校での日々を思い出しながら。

『館長さん』 晴海まどか

第二夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.04 23:17
総文字数 : 1794字

獲得☆3.455
 小さな町の片隅にある、そんなに小さくない古いお屋敷。幽霊屋敷だなんて噂が絶えないそのお屋敷を改造して、僕はおばけ屋敷を営業している。
 小さな町だし、当然住民も多くない。どれくらいお客さんが来るのか、さっぱりわからない状態で営業を始めたんだけど。本物の廃墟を改造したかいもあって、ものすごく怖いって評判が遠い町まで広まった。僕の顔も青白くて生きてる人間に見えない、少ない髪の毛が不気味、なんていうのも、おばけ屋敷の営業っていう面から見たらよかったらしい。おかげで、夏には連日行列ができるほどの大繁盛。みんな悲鳴を上げて、最後はにこにこしながら、あー怖かった、って言いながら帰っていく。ありがたいかぎり。
 大人も子どもも、楽しく怖がってくれたら本当に嬉しい。暇つぶしくらいのつもりでおばけ屋敷を始めた僕だったけど、それがこんなにも嬉しいだなんて思ってもみなくて。僕は今、本当に幸せだと思う。

 おばけ屋敷の経営も軌道に乗ってきた、そんなある日のことだった。
 おばけ屋敷に入るのを楽しみに並んでいる行列に、二人の男が割り込んできた。
 彼らは、自らを『トレジャーハンター』と名乗った。
 この屋敷には、大金が眠っているから探させろと言う。
 こんな奴らを屋敷の中に入れるなんて、考えただけで呪い殺してやりたい気分になった。男たちのせいで、並んでいた子どもたちのわくわくした顔が曇ってしまったのを僕は知っていたからだ。
 けど、屋敷の中に入りたいという人を断る理由はない。ちゃんと列に並んで、入館料を払うことを条件に僕は男たちの入館を許可した。

 日が沈んで入館待ちの列もなくなって、あとは閉館して掃除をするだけ、という段になって。男たちが出てきていないことに気がついた。
 まだ屋敷の中を探索してるのかと思ったらうんざりした。そんな大金なんてありはしないのに。
 このまま放っておくわけにもいかないし。僕は渋々、屋敷の中を探すことにした。
 暗い館の中に、お客さーん……、なんて自分の弱々しい声が響いた。僕の声は、顔に劣らず生気が足りないといつも言われる。ドラキュラみたいだとか。確かに、僕はお日さまの光は苦手だけど。にんにくはどうなんだろう。食べたことがないからよくわからない。
 屋敷は二階建てで長方形の形をしている。部屋がたくさん並んでいて、お客さんにはそこを自由に探索してもらう形を取っている。
 一階と二階が吹き抜けになっている階段ホール。ここには、この館の主の肖像画が飾られている。暗い中で見ると、この画は本当に怖い、らしい。ここはこの屋敷一番の悲鳴スポットになったのは予想外だった。
 赤いカーペットの敷かれたそこを覗いた。あ、と思わず声を上げてしまう。
 トレジャーハンターのお二人が、苦悶の表情を浮かべて倒れていた。

 二人の男たちは心臓発作で死んでいた。
 休日には子どもを連れてよくおばけ屋敷に来てくれる、町のお巡りさんに少し事情を訊かれたりもしたけど、男たちの死に不自然なところはなかったし、病死ということで事件は片づいた。おばけ屋敷がよっぽど怖かったのかもしれませんねぇ、なんて不謹慎だけど僕とお巡りさんは少し笑ったりしてしまった。ごめんなさい、ご冥福をお祈りします。
 こんな事件があったんじゃ、お客さんも減ってしまうかな、と僕は不安に思ったのだけれども。実際は逆で、本当に人が死んだらしい、なんて噂が広まっておばけ屋敷はますます繁盛した。迷惑でしかなかったあの男たちも、こんな形でおばけ屋敷に貢献するだなんて思ってもみなかっただろうな。邪見に思って悪かったよ。
 おばけ屋敷は怖い。でもみんな、怖いから楽しい。みんなが楽しんでくれるのが嬉しくて、僕はますます怖がってもらえるように、屋敷の飾りつけを工夫する。演出をがんばる。
 そういう楽しいがわからない奴は、ほんと、死ねばいいと思う。

 怖さが半減しないように注意しながら、閉館後のおばけ屋敷を、僕は今日もせっせと掃除する。
 階段ホールにさしかかり、ほうきを動かす手を止めた。かざりのように蜘蛛の巣がかかった肖像画を見上げ、僕はさみしくなった自分の髪を指に絡めた。
 一五〇年前は、僕ももう少しハンサムだった。でも、あの頃は人間なんて大嫌いで、そんな僕をみんなは嫌っていた。
 この肖像画を見ても、みんな、これが僕だって気づかない。生きていた頃の画の方が怖がられてるなんて、人生、ほんと分からないもんだ。

『怪談は幽霊屋敷で』 松浦徹郎

第一夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.03 23:29
最終更新 : 2014.05.03 23:30
総文字数 : 722字

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俺、こういう場所に来るの結構楽しみなんだ。
夕陽が気持ち悪いくらいにぎらぎらしていて、そのくせまったく人の気配がなくて。
誰のものでもないアパートなんてあり得ないから、きっと所有者はいるんだろうけどさ。でも、入居者はひとりもいない。板張りの廊下とか、あちこちすり切れている畳とかが、昭和って感じだろ?
今日は、二階の部屋も探検してみようかな。聞いた話だと、部屋の真ん中にぽつんと黒電話がおいてあるとか。しかも、午前零時で鳴り出すっていうんだ。時代錯誤な怪談だけど、ここにいるとあながち嘘って笑い飛ばすのもどうかなって気分になる。
そう、ここは異空間って感じがする場所だから。

黒電話!
私、そういうの大好きなの。昭和レトロ? うん、そんな感じかな。
是非、私のコレクションに加えたい。聞いた話だと、このうち捨てられたボロアパートの二階にあるとか……。ちょっと怖い感じのするところだけど、今はまだ明るいし、それに幽霊なんて所詮嘘だし。いくしかないでしょ? 電話を取りに行くなら今でしょ?
この階段、抜け落ちたりしないよね? 大丈夫だよね??

二階は三部屋か……。
っと、電話があるっていうのは、確か真ん中の部屋だったな。
202号室だ。
ん? 人影??
まさか、な。

あったー!
これよ、これ。黒電話。プッシュじゃなくて、ダイアル式なの!!
あれ? 今、廊下に誰かいたような……。

先客なのか?
開けるべきなのか?
ひょっとして……。いや、まさかな。
どこぞの物好きに決まっている。なら驚かせてやるか。
それっ!

廊下、絶対誰かいるよね??
確かめなきゃ。幽霊って思うから、そう見えちゃうんだよ。
本当に確かめれば、嘘だってわかるはず。
それっ!



……。
なんだ、無人か。

……。
ほら、やっぱり気のせいじゃない。

『幽霊空き家』 永坂暖日

第一夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.03 23:30
総文字数 : 905字

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 その家を取り囲む生け垣はすっかり枯れて、水気のない枝になっていた。生け垣よりも背の低かった時分はまだ青々としていて、その向こうの様子を覗き見ることはかなわなかったけれど、今は生け垣より背が高くなったのと枯れてしまったのもあって、かつて見えなかったものが見えるようになっていた。
 そこにあるのは、なんの変哲もない普通の家だった。ただ、人が住んでいる気配はない。外界との接触を拒むように雨戸はすべて閉ざされて、さして広くない庭は、枯れた生け垣とは対照的に雑草が生い茂り、猫が気持ちよさそうにひなたぼっこしているときもあった。
 買い手のつかない空き家なのだろう。家は長いことその状態で、猫たちのかっこうの昼寝場所となっていた。だけど枯れた生け垣はやんちゃな子供たちの侵入を許さなかったようで、荒れた庭は猫たちの場所でありつづけた。
 そんな空き家が「幽霊屋敷」と呼ばれるようになったのはいつからだろう。近所の人たちはまことしやかに、あそこは幽霊屋敷だから近づかない方がよい、と口にするようになった。
 屋敷と呼ぶほどの大きさではない、というのが初めて噂を耳にしたときに抱いた感想だったものの、「幽霊空き家」というのはいかにも間の抜けた印象なので、やはり「幽霊屋敷」と呼ぶのがふさわしいのだろう。
 ただ、「幽霊屋敷」で起こったとされる怪異は、空き家にふさわしい他愛もないものだった。
 すべて閉ざされているはずの雨戸が、一カ所だけ開いている。
 それだけである。
 開いているのは、二階の北側の窓のこともあれば、一階の西側のこともある。しかし開いているのは必ず一カ所だけで、開くところ閉まるところを見た人はおろか、そのときたつであろう物音を聞いた人もいなかった。
 誰かが住み着いているのではないか、という憶測が当然ながらされたものの確かめようと乗り込む物好きはなく、荒れた庭は変わらず猫たちの場所でありつづけた。
 今日は、一階の南側の雨戸が開いていた。昼間だというのに、開いた窓の向こう側は真っ暗である。昨日は、二階の東側が開いていた。
 明日はどこの雨戸が開くのだろう。
 庭に忍び込むのを諦めた子供たちは、今はその予想をするという遊びをしているらしい。

『九朗右衛門事件帳』 茶屋

第二夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.04 23:32
最終更新 : 2014.05.04 23:33
総文字数 : 1449字

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「幽霊屋敷?ああ、あの襤褸屋敷のことか」
 大金九朗右衛門が頬張った飯を飛ばしながら喋るものだから、吉五郎は顔をしかめずにはおれない。
「そうです。元はどこかのご武家様のお屋敷だったらしいんですがね。使われなくなってからだいぶ立つ。で、近頃幽霊が出るって噂が流れてるんですよ」
「どうな幽霊が出るってんだ」
「なんとも聞く人聞く人によって話が違うんでございますが、首から血を流した女が出るだとか、一つ目の化けもんが出るだとか、あと人魂ってのありますな」
「そいつぁ面白そうだな!どうだ。今夜にでも言ってみるか」
「いや、あっしは」
「何だ怖いのか」
 そう言って九朗右衛門は飯を飛ばしながら笑う。
 吉五郎は棒手振、九朗右衛門は町方同心の倅。身分は違うが、どこか九朗右衛門は吉五郎を朋輩のように思っている。九朗右衛門は町方同心の倅と言っても五男坊、どこか自分はあてもない浪人になるのだろうというような諦めのようなものがある。そして、暇なのである。
「あっしは九朗右衛門様と違って朝から働いておりますからな、夜遅くというのはどうも」
「だが、暗くならねば肝試しというのは面白くなかろう」
「面白い面白くないというものではございませんでね」
「休め休め。明日は休みじゃ」
 こうなるともう九朗右衛門は強引である。夜になれば吉五郎に押しかけてくることだろう。
 吉五郎は諦めのため息をひとつついて黙って頷いた。

「ここかい幽霊屋敷ってのは」
 提灯の光に照らしだされた門は朽ち果て、今にも崩れ落ちそうといった趣だ。手入れは全くされていないものだから草も生え放題である。
「しかしいいんですか。いくら誰も住んじゃいないとはいえ、御武家様のお屋敷で御座いましょ」
「いいんだよ。これからその屋敷の主とやらに挨拶に行くんだからよ」
「主って?」
 吉五郎が呆けた顔をしたので九朗右衛門が笑う。
「うらめしやのことよ」
 うらめしやとは無論幽霊のことであるが、九朗右衛門は幽霊など信じていなかった。
 はじめ吉五郎から話を聞いた時、思い至ったのは盗賊のたぐいである。
 人魂というのは盗賊が灯した明かりが漏れたものであろうし、人影が血を流した女にも化け物にも見えたのだろう。
 襤褸屋敷が近頃市中を騒がせている鬼鳶一家の根城にでもなったのではあるまいか、と思ったのだ。
 父に言われて盗賊のことを調べあげていたのは最近のことだ。
 最近鬼鳶一家が江戸に入り、幾人かの潜伏先も突き止めた。
 だが、これだけ噂になればもはや盗賊はおるまい。
 何か、証拠の品でも見つかればいい。そうすれば、一家全員を召し上げるのにもう一歩近づく。さすれば九朗右衛門の道も開けれかもしれない。
 なら昼間でもいいのではあるまいかと思うのだが、どこか幽霊に怖がっているふしのある吉五郎をからかうのも面白いのだ。
 気楽な調子で屋敷に入り込もうとしたのだが、ふと背筋に薄ら寒いものを感じた。思わず刀の柄に手をやる。
「吉五郎、持ってろ」
 火を消した提灯を吉五郎に渡し、いつでも刀を抜けるように両手を開ける。
 何やら殺気のようなものを感じるのだが、どうにも読めない。目の前の屋敷にはまるで気配がないのだ。
 ふと、背中になにかぶつかって、力が抜けた。
 膝をついて後ろを振り返ると吉五郎が血に濡れた長ドスを持って立っていた。
 いつもの吉五郎とは違う、冷淡な目をしている。
 こいつは、してやられた。
 九朗右衛門は笑おうとしたが、何かで喉が詰まっているようで思うように笑えなかった。
 吉五郎も盗賊の一味で、おびき出されたってわけだ。
 ざまあねえ。
 無念だ。
 うらめしや。

『幽霊屋敷の一件』 碓氷穣

連載/第二、三、四夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.04 23:47
最終更新 : 2014.05.06 23:43
総文字数 : 6812字

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「きゃああ」
 夜の館で女性の悲鳴が響いた。それから雷鳴が轟き、雨が降り始めた。真っ暗な空から土砂降りの雨が降り始め、時折、天に雷光が走った。
 数人の男女がその館の玄関から走り出てきた。
「おい、雨降ってんじゃねーか」
「そんなこと気にするな。それより、早く逃げるぞ」
「でも、一人置いてきて・・・」
「いいから。はやく」
 そんなやり取りがなされ、その若い男女はワンボックスカーに乗り込んだ。ワンボックスカーはライトを点灯させ、タイヤをスリップさせながら方向転換し、急いで走り去って行った。

###

「また、何をやっていたんですか?」
 先ほどの若い男女は交番にいた。びしょ濡れになった服を着たまま警察官の前にいる。警察官はというと、少しあきれた表情をしながら事情を聴取していた。
「ちょっと、肝試しを。大金が隠されているっていう噂で」
 一人の男がそう言った。主に話をしているのはその男で、その男女の中には両肩を抱えたまま震えている女性もいる。
「あー。確かにあそこは心霊スポットって言われているからね。ここいらでも幽霊屋敷と言われて誰も近づかないよ。でも大金ねぇ。で、それで?」
 警察官に促され、また男がしゃべり始めた。
「見ちゃったんですよ、幽霊を」
 その一言を聞いて警察官は笑ってしまった。
「いやでもね。君。何か見間違えたんじゃないの?」
「いやでも見たんですよ。てゆーか、早く館に向かって下さいよ。実は一人置いてきちゃって」
 警察官はその一言を聞いて顔色を変えた。
「それは聞き捨てならないね。てことはまだあの館に一人いるってこと?」
「そう。そうなんだよ。だから早く」
 男がそこまで行ったところで警察官は男の話を遮った。それから電話の受話器を持ち、どこかへ電話し始めた。
「○○署です。ちょっと、事件めいたことがありまして。はい。夜の山荘に若い男女が侵入。それから、一人がけがをして館から動けない模様。はい。はい。至急応援を。はい」
 そんな言葉が聞こえてきた。
「いま応援を頼んだからね。ちょっとその館へ向かわせてもらうよ」
 警官はそう言って交番の奥へと入って行き、出てきたときにはレインコートを手に持っていた。
「悪いけど、君たちにもついてきてもらわなきゃいけないね。はいこれ。君たちの分」
 そう言って警官は、そこにいた数人の男女にレインコートを手渡した。
「君、運転は大丈夫?」
「はい。何とか」
 それからお互いは車の運転席に乗り込み、ワンボックスカーに続いてパトカーが走り出した。

###

「早いね」
 館につくと、既にパトカーが何台か館の前に止まっていた。先ほど交番にいた警察官は
別の警察官と話し込んでいた。
「飛ばしてきたもんですから」
 そう言う警官の後ろでは何人かの警官が現場鑑定やら何やらの準備をせこせこと進めていた。
「あ、こちら刑事さん」
 警官が指示した方にはビニール傘をさして、コートを着た初老の男性がいた。
「君たちも後で話を聞いてもらうからね」
 警官はそう言った。若い男女は肩身を狭そうに、不安げな表情で立っていた。
「でも君、これは事故かもしれないんだろう?」
「それでも、仕事ですよ」
 警官にそう言われると、刑事はとぼとぼと館の方へと歩いて行った。
「あ、僕は君たちの事見張ってなきゃいけないから」
 警官はそう言うと、レインコートの裾を直す仕草をした。そして懐中電灯で周囲を注意し始めたが、特に何もない様子であった。

###

「見つかりました。血を流した女性が倒れています」
「息はあるか?」
「脈を確認していますが、脈拍確認できません」
「人口呼吸は?」
「やってみます」
 館の中は騒がしい様子であった。発せられる声は怒鳴り声に近いものがあった。灯光器が設置され、屋敷の中は明るく照らされているが、照らしきれない箇所があった。
「だめです。息ありません」
 人工呼吸をしている救急隊員の声がして、現場には重苦しい空気が流れた。
「駄目だったか」
 刑事はそう言って煙草に火をつけようとしたが、現場内が禁煙であることを思い出し、すぐに煙草をしまった。
 死体の体温はまだ温かく、死後間もないようであった。倒れている女性の後頭部からは血が流れており、後頭部を強打したことが死因であることが伺われる。
 遺体は階段の傍に倒れていた。刑事が懐中電灯でそちらを照らすと、階段が一段踏み抜かれている跡があった。
 さらに周囲を探索すると、一枚の板が転がっているのが見つかった。
「これは、結構な・・・」
 板は激しく腐食しており、人力でも板の表面を剥くことができるようなものであった。
「折れ跡は、一致するか?」
 刑事はその場で、階段を踏み抜いた場所に板を当ててみた。大体一致するようであったが、正確に知るは鑑識に頼まなければいけないだろう。
「おーい。ここ頼む」
 刑事がそう言うと、鑑識がやってきて、その場の写真を撮り始めた。
「どうやら、事故の可能性が高い、か」
 そう言って刑事は死亡現場から離れて行った。その場に居合わせたであろう男女に話を聞くためだ。

###

 屋敷の外はまだ雨が降っていた。刑事は玄関の脇に立てかけておいた傘を指し、ワンボックスの中で待っている男女の方へと歩き始めた。車の傍には、連絡をくれた警官が立っていた。
「ちょっと話を聞いてもいいかね?」
 刑事がそう聞くと、警官はコクリと頷いた。そして車のウィンドウをノックした。
 後部座席横のスライドドアが開かれ、中には男女の姿が見えた。
「なんすか?刑事さん」
「いや、どうやら階段を踏み外した衝撃で死んでいるようなんだがね、その時の事何か見てない?」
「死んでる・・・」
 メンバーの間に戦慄が走り、第一声を発した男も下を向いてしまった。
「まぁ、つらいのは分かるんだがね。当時の状況を知りたいんだ」
 刑事がそう言ってから、しばらくすると、また若い男が話し始めた。このメンバーのリーダー格なのだろうか。
「いや、俺たち二階に上がって行ったんだよ。結構ひどい有様だったね。荒れ果てて。最初は大金はどこだーって感じだったんだけど、なんか奥に行くにつれてどんどんやばい雰囲気がしてさ、それで、ちらっと懐中電灯を向けた先に、いたわけよ」
「いた?」
「いや、幽霊だよ」
 刑事はその言葉を聞いて顎をさすった。
「君たち薬はやっていないよな?」
「当たり前だぜ」
 男がそう言うと、周囲のメンバーも頷いた。
「どんな姿の幽霊だった?」
「えっと、髪の長い、女だったかな。やべぇ。思い出すだけでも」
 そう言って男はぶるっと武者震いをした。
「それからみんな必死で走り出してよ、無我夢中で、真っ暗ん中」
「それで、最後にあの階段を踏みしめたあの子が命を落としたわけか」
 刑事はそう言った。
「君たち全員幽霊を見たの?」
 そう聞くと、全員がうなずいた。
「そんなにはっきり?」
 また全員がうなずいた。

###

 刑事は再び館の方へと歩き始めた。あと何回この往復をするだろうか。実況見分の状況を聞かなければ。刑事は館の方へと歩みを速めた。
 幽霊の謎は、おそらくのところ、死体の傷跡と、館の中をくまなく探し回れば解けるのではないだろうか。
 とりあえず、事故か他殺なのかを、もっと詳しく調べねば。
「しかし、どうしたものかな」
 簡単にばれそうな嘘をつくものだろうか。いや、分からない。確かにここは薄気味悪くて誰も近づかないような場所だ。
 だが幽霊など。
 刑事はその眼光を光らせた。

###

 刑事は屋敷へと戻り、今度は二階へと昇って行った。若者たちの証言から得られた「幽霊」の正体を調べに行こうと思ったのだ。
 刑事は手摺につかまりながら、階段を上って行った。階段はぎしぎし音を立てていて、この館が古いことを伺わせる。
 階段の一部が腐っていたのだろうか。そうだとすればあの女の子は運がなかったことになる。他の助かった少年たちの事も考えると刑事は何とも言えない気持ちになった。
 二階には部屋が三つあった。そのうち二つは寝室のようだった。そして、もう一つの部屋は箪笥や本棚が置かれていたが、ベッドは置かれてはいなかった。家具はどれも埃をかぶっていて、何年もそのままにされている様子であった。
「しかし、家主は一体何をやっているんだ」
 刑事はそんな愚痴をつぶやきながら部屋の捜索を始めた。そして、部屋の中に一枚の肖像画が掛けられているのを発見した。
「これは・・・」
 刑事は暗闇でその絵画を見て驚いてしまった。
「また、こんなものを部屋の中に」
 その絵画には一人の少年の姿が描かれていた。髪はよく櫛が通っていて、白いシャツにベストを着ている少年だった。
 刑事はその絵画を見て、この屋敷に人が寄り付かなくなった噂を思い出した。確かにこの家には裕福な家族が暮らしていたのだが、ある日、事故で息子が死んでしまった。それからというもの、家族全員が気を病んでしまい、主人が営んでいた事業も倒産してしまい、いつの間にか一家離散してしまったというものだ。
 その後、この建物は不動産競売に掛けられたが買い手が見つからず、そのまま荒れ放題になってしまったそうだ。
 その話に尾ひれがついたものが、この屋敷が幽霊屋敷と呼ばれるようになった所以なのであるのだが。
 と、その時であった。刑事の視界の隅で光の筋が走った。

###

 刑事が驚いてそちらを見ると、一人の若い警官が部屋のドアのところに立っていた。
「驚かせないでくれよ」
 刑事がぶっきらぼうにそう言うと、
「失礼しました。なかなか帰って来ないものですから、探しに行けと指示がありまして」
「その指示をしたのは誰だ?」
「○○さんですが・・・」
 ふん、アイツか、と思い刑事は鼻を鳴らした。刑事は部屋の別の方向へ懐中電灯を向けた。懐中電灯をあちらこちらに向けていると、警官から質問があった。
「ところで、この絵は何なんです?」
 警官はやはり壁に掛けられた絵を見て驚いているようであった。
「お前、この家の噂は知っているか?」
「えぇ、少しですが」
「ならあの事故のこともか?」
「えぇ、はい。・・・あっ、まさか」
 そう言うと、警官は何かに気付いたようであった。
「そうすると、この子は・・・」
 警官は絵画を眺めながらそんなことをつぶやいた。
 ここで刑事には疑問が浮かんだ。先ほどの若者たちは女性の幽霊を見たといった。だがもしこの絵画を見て、幽霊と勘違いしたならば、女性の幽霊を見たと証言するだろうか。しかもあの男は髪の長いとも言っていた。そうすると、いろいろと食い違いが生じてくる。
 刑事は隣で絵を見ていた警官に話しかけた。
「おい、これが女に見えるか?」
 警官は一瞬何のことか分からないようであったが、次のように答えた。
「さすがにそれは無理じゃないかと」
「そうか」
 その答えを聞くと刑事は再び一階へと戻って行った。一階へと降りた時に刑事は鑑識に呼び止められた。

###

「すみません。問題があるのですが」
 刑事にそう話しかけたのは先ほど階段の調査を頼むと依頼した鑑識官だった。
「なんだ」
「先ほどから階段の周囲を調べていたのですが、ちょっと気になることがありまして」
「だからなんだ?」
「いえ、階段に頭をぶつけた形跡が見つからないんです。全ての段を調べましたが、どこにも」
「血液反応は?」
「それも出ませんでした」
「傷口の所見は?」
「私は検視官ではないので、何とも言えませんが、なんというか、階段の角、というよりはもっと丸いもの、ハンマーとかですかね。そう言ったものによる傷口である可能性が高いかと」
「それで、凶器は見つかったのか?」
「それはまだです」
 刑事はその鑑識結果を聞いて何も言えなかった。
「これは、詳しく話を聞く必要がありそうだな」
 刑事はそう言って、ワンボックスカーの方へと歩き始めた。一度目と同じ光景だった。

###

 結局、幽霊騒動は解決しそうになかった。何しろ幽霊を見たかどうかを判断せずに他殺かどうかを判断することができたのだから。
 そうなると、断然死亡現場にいたあの人物の中に犯人がいることになるだろう。
 刑事はそんな気持ちで走り去るワンボックスカーを見送っていた。
「ぼくはかんけいないからね」
 突然、刑事の背後から男の子の声が聞こえたような気がして、刑事は背筋がゾクリとした。驚いて振り返ってみたが、そこには誰もいなかった。
 鑑識官は皆館の中に入ってしまいそこには誰もいなかった。投光器の明かりがあるのが唯一の救いだった。
 その明かりも、館の陰影を際立たせていたが・・・

###

「碓氷刑事じゃないですか」
 碓氷が振り向いたそのまた後ろから声がしたので、碓氷はとても驚いてしまい、びくりと身を翻した。
「何やっているんですか・・」
 そこには長身で痩身の男が立っていた。この男も本署の刑事だ。
「驚かさないでくれ」
「え、驚かしてなんかいませんよ?」
 その刑事は何か状況が理解できていないような様子で、きょとんとした表情をしていた。
「ここで何やっていたんですか?」
「いや、参考人を見送っていただけだ」
「あ、じゃあさっきすれ違った車が」
「そういうこと」
「てことは実況見分はもうほとんど終わっちゃったってことですか?」
「まぁそうなる」
「あちゃー」
 その若い刑事はそう言って頭を抱えた。碓氷も交番から通報を受けてこの現場に来たのだが、その時ちょうどこの刑事は休憩中だったのだ。
「ですがもう一度状況を整理しときません?」
「まぁそうだな」
 そう言って碓氷刑事と長身で痩身の若い刑事は館の方へと歩き始めた。

###

 相変わらず館の中は投光器で照らされている。館に入ってすぐのところに二階へと続く階段があり、そこにはまだ被害者の死体が置かれている。
 投光器の電源であるガソリンモーターが玄関の庇の下に置かれているが、先ほどから降り続く雨でショートしないか不安でしょうがなかったが、そんな碓氷の不安をよそに、大きなエンジン音が館の中まで響いてきている。
「ありゃ」
 若い刑事は死体の前に行き両手を合わせた。
「死因は頭部を強打したことによる脳挫傷、ですか?」
「まぁ、検死結果が出るまでは何ともだが、ここで見る限りそうだろうな」
「この様子だと、階段から転げ落ちたんですかね。あそこ割れてますし」
 この若い刑事も真っ先にそこに注目が行ったようだった。確かに階段の一団は踏み抜かれていて、それはここからでも見える。
「だが踏み段からは血液反応は出ていないそうだ」
「えっ、そうなんですか?」
「あぁ」
 若刑事は少し驚いたような反応をした。
「普通、階段を踏み外したら後ろの方に体が倒れますもんね」
「あぁ、確かに被害者も後頭部を強打しているのだが、この様子だと、凶器が他にあるのかもしれないな」
「じゃあ、あの若者たちをすぐにでも取り調べないと」
「まぁ待て」
 そう言って碓氷は若刑事を二階へと連れて行った。
「わっ、何ですかこれは」
 やはり暗闇で見ると結構な迫力があるようだ。
「この屋敷の噂の原因でもある」
「あ、あの水死したっていう・・・」
「そうだ」
 碓氷と若刑事はまじまじとその絵画を見つめた。1メータ四方ほどの大きさの絵画であったが。
「まぁ、この絵がこんなところに飾られているせいで、この屋敷で肝試しをする輩が後を絶たないんだがな。まぁ家主が行方不明なので撤去するわけにもいかないが」
「・・・それって結構怖い話ですよね。リアルで」
「あ、まぁ問題なのはこの絵が幽霊に見えるかってところなんだが、お前見えるか?」
「あまりそうは見えないかと。まぁ急いでみればそう勘違いすることもあると思いますが、一般論として」
「女性に見えることは?」
「それはなさそうですね。あ、でもおかっぱの女性ならあり得るかもしれませんが」
「やはりそうだろうな」
 碓氷にはそれ以上何かを導き出すことはできなさそうだった。

###

「出ました。血痕です」
 鑑識官は嬉しそうにそう伝えてきた。床から丸型の血痕が見つかったのだ。おそらく被害者を殴った凶器から滴ったものだろう。
「よくやった」
「他にも床から血液反応が」
 碓氷は鑑識を労った。これで取り調べに向かうことができる。
「碓氷さんはそれを待っていたんですか?」
「あぁ、そうだが?」
「てっきり、やることが無いのかと」
 そう言われて碓氷は多少不服に思ったが、なるべく表には出さないように努力した。
「まぁ、取り調べをするにしても、裏付けが必要になってくるからな」
「ところで幽霊問題はどうなったんですか?」
「あぁ」
 碓氷は答えにくそうにしていた。
「まぁ、今回の件に関しては犯人の嘘だろう。本来のこの館の噂とも離れているし」
「そうですか。でもまぁ、今は人がいるからいいですけど、出そうな雰囲気してますよね。ここ」
「まぁそうだな」
「でも、なかなか幽霊なんてみませんよね」
「そんなのが見えたらテレビに出れてしまうよ」
「そうですね~」
 そう喋る二人の後ろで、小奇麗な姿をした少年が手を振っているのに二人は気づいたのだろうか。いや気づかないだろう。
 帰りの車の中で再び少年の声が聞こえたような気がして碓氷と若刑事はビビりまくることになる。

『歌声』 茶屋

第三夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.05 23:30
総文字数 : 1833字

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 <<幽霊屋敷>>。
 <海>の中にはそう呼ばれている領域が幾つか(*整数でカウントができない)存在し、今も融合や分裂、消失を繰り返されている。
 それはかつて<海>がまだ<現実>と乖離していた時代(*時系列という概念を参照)に形成されたネットワーク構造体の一部だといわれている。<現実>と乖離していた領域だが、それは変容以前の<現実>とトポロジーが酷似しており変容以前の世界を類推することが可能である(*類推に類推を重ねて情報量に耐えきれず崩壊を起こしたものも多数いるが)。
 <<彼ら>>が訪れた<<幽霊屋敷>>は比較的初期に<海>から乖離したものらしかった。原初的な運動を持ったネットワークで単純なコピー分裂による増殖とエラー増大による<死>を繰り返している。<<彼ら>>はまだ<少年たち>の段階にあったためあくまで好奇心からこの<<幽霊屋敷>>に接触を試みた。接合し、一部を摂取。断片的にその「感」触を確かめ、「見」つめ、<光>にすかしてみる。そのたびに有害な<幽霊>に接触し「呪」われた<少年>を切り離すという単純な手法で防衛を行う(*残念ながらこれは<<彼ら>>の「実験」の<物語>であり<少年>の物語ではない。そのため<呪われた少年>がその後どうなったか、「語」る術をもたぬ)。
 ふと<<彼ら>>は「思」った。<少年>は「呪」われるたびにパージしているが、逆にこちらから<<幽霊屋敷>>に<少年>を打ち込んだ(*打ち込むための手段は様々あるが情報は断片化され「再構築」できない。おそらくDDFによるものと「考」えられる)らどうなるのだろうか。「思」ったら確かめる。それが<<彼ら>>-<少年たち>の行動様式である。そうして1人(*整数ではない)の<<幽霊屋敷>>の中へと打ち込んだ。

 そこは幽霊屋敷と呼ばれていた。
 今では誰も寄り付かないから。
 今では誰も住んでいないから。
 だが、幽霊はそこに存在し続ける。
 幽霊は自動的に稼働し続けるように義務付けられている。
 だから幽霊は歌い続ける。
 誰かに聞かれることもなく、誰かに喜ばれることもなく。
 かつて大金をはたいて個人用に構築された幽霊は男の子の姿をしていた。
 壊れたオーディオのように繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し、リピートする。
 幽霊はそれでも悲しくない。幽霊はもはや感情のもたぬ自動人形だから。
 悲しくなんてないはずだった。
 
 打ち込まれた<少年>は少年になる情報量がコンパクト化されたがその過程でいくつ(*整数でカウントができる)もの<服>や<玩具>を失った。おそらく<少年たち>との再結合は望めない。<本>として「食」べられればまだいいほうで、おそらく「呪」われたままパージされてしまう可能性が高い。
 最初に接触した<<幽霊屋敷>の構造体は単純なパターンを繰り返し再生する機能を中心としたものだろうか。
 あまり好奇心を刺激するようなものではない。「呪」い殺される前に次の領域に移らなければならない。
 だが、ふとそのパターンがどうにも気になって仕方がなくなった。
 「足」が勝手にパターンのほうへ引き寄せられていく。
 屋敷のほうへ。人気のない幽霊屋敷のほうへ。
 「歌」が聞こえる。
 とても美しく綺麗な声だ。
 単純なパターンのはずなのに、とてもよく馴染んでくる。
 <少年は歌に引き寄せられるように、進んでいった。

 打ち込んだ<少年>は意図もたやすく「飲」み込まれてしまった。これは<<彼ら>>とって予想外の出来事だった。しばし、これは面白い<出来事>なのか「考」える。すると好奇心よりも<恐怖>のほうが大きくなってきた(*これも<少年たち>特有のパターンだ)。そうなればあとはすぐさま退散である。いくつかの辺縁にいた<少年>をばら撒きながら高速で<<幽霊屋敷>>から遠ざかる。

 歌を歌う男の子の動画プログラム。
 商用に作られたものではなかった。
 プロトタイプはNPO法人が制作したものだが、精神疾患患者の音楽療法を意図したものだった。
 歌自体に治療の効果は得られなかったが、ある種の催眠効果があることがわかった。
 そのプログラムの作り出すある種のパターンが原因であるらしかったが、結局のところはわからない。
 ある宗教団体がそれを悪用したからだ。
 その宗教団体が摘発されると同時に、そのプログラムに関する領域はネットワークから遮断された。
 歌う男の子はゴーストハウスに幽閉された。
 長い、長い時間。
 誰も訪れることなく。
 
 だがそこへ一人の<少年がやってくる。
 彼の歌を聞くために……。

『ぼくがいまよみたいしょうせつてきすとぽいばーじょん』 ひやとい

第三夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.05 23:00
総文字数 : 1960字

獲得☆3.300
 あさめがさめるとぼくはおふとんからでた。
「あさごはんたべなさい。」
 おかあさんによばれたのでいった。
 てーぶるにはごはんとおみそしる。
 あとはさらだのついたはむえっぐがあった。
 おいしそうだったのでぼくはさっそくたべた。
 むしゃむしゃむしゃ。
「もっとゆっくりかんでたべなさい!」
 はやくたべてたらおこられた。
 だっておいしいんだもん。
 おいしいものははやくたべたい。
 でもおかあさんはだめだっていう。
 いやだなあ。
 はやくたべてもおこられないくに。
 そんなくにがあったらいいなあとおもった。
 ごはんをたべおわるとはをみがいた。
 はみがきこがあまくておいしかった。
 おいしくてついかおをあらうのをわすれそうになった。
「かおもあらいなさい!」
 ぼくはまたおこられたのでかおをあらった。
「ほらはやくきがえてがっこうにいってきなさい。」
 ぼくはめんどうだったけどぎがえた。
 そしてらんどせるをしょった。
「もうはちじですよ。ちこくするからはやくいきなさい」
 ぼくはおかあさんにせかされていえをでた。
 おそらをみあげたらはれだった。
 はれたひはがっこうをやすみたいなあ。
 ぼくはそうおもった。
 でもいかないとおかあさんにおこられる。
 ぼくはしかたなくあるいた。
 とことことこ。
 とことことこ。
 ああやすみたいのに。
 いやだなあ。
 でもおかあさんにはさからえない。
 ぼくのおかあさんはこわい。
 こないだもおとうさんをなげとばしていた。
 そのくせいけめんのひとにはよわそうにみせる。
 おとなってずるいなあとおもった。
 でもさからえない。
 さからったらぼくもなげとばされるかもしれない。
 どうしよう。
 かんがえていたらおしっこがもれそうになった。
 もらすとはずかしい。
 ぼくはかべにおしっこをした。
 ああすっきりした。
 うんよくだれもいなかった。
 ぼくはまたあるきだした。
 するとまたおかあさんのことをおもいだした。
 こわいおかあさん。
 ずるいおかあさん。
 そういえばこんなこともあった。
 おかあさんといっしょにかいものにいったとき。
 れじでおつりがちがうといって。
 おかあさんはおみせじゅうにきこえるこえでどなっていた。
 そんな大金でもないのに。
 こえもきんきんしてこわかった。
 そらはあいかわらずはれてて。
 たまにおいしそうなくもがながれてく。
 こわいおかあさんからにげだしたいなあ。
 でもおいしいごはんがたべられなくなっちゃう。
 がっこうもわけのわからないことばかりだ。
 じゅぎょうのおはなしもわからなかった。
 せんせいはこわくないけど。
 いつもにやにやしててきもちわるい。
 みんなともなかよくできない。
 なにかはなしかけてくるんだけど。
 ぼくはごほんがよみたいんだ。
 じゃましないでほしい。
 むつかしいごほんじゃないよ。
 あんぱんまんとかそういうごほん。
 そういうのをずっとよみたいんだ。
 みんなはまんがとかげーむとかしてるけど。
 ぼくはそういうのにがて。
 でもごほんはむつかしくないし。
 めろんぱんなちゃんだってかわいいし。
 そんなことをかんがえたら。
 がっこうってなんでいってるんだろう。
 なんでかなあ?
 でもこわいのでぼくはがっこうにいった。
 そうしたらせんせいがぼくにおこった。
「こんなじかんにくるこはあなたくらいですよ!」
 いろんなことをかんがえてたら。
 とけいみたらもうおひるすぎだった。
 せんせいにきゅうしょくはまだたべられるかきいた。
「あなたみたいなこにたべさせるきゅうしょくはないですよ!」
 きゅうしょくがたべられないなんて。
 かなしかった。
 そのときぴんとおもった。
 そうか。
 ぼくはがっこうへきゅうしょくをたべにきてる。
 そのかわりつらくてつまんないことにたえてる。
 だからがっこうにいくのか。
 まあがっこうなんてきゅうしょくがなかったら幽霊屋敷といっしょだし。
 がっこうにいくりゆうがわかってうれしかった。
 でもおかあさんがおひるもつくってくれたら.
 がっこういかなくてすむのになあ。
 そうか。
 おとなはずるいから。
 おかあさんはくうたらしたいから。
 わざとぼくをせかしてはやくがっこうにいかせて。
 そのあいだぐうたらしてるんだ。
 ますますおとなってずるいなあとおもった。
 でもきょうはきゅうしょくがない。
 じゃあもうつらいことにたえなくていいんだ。
 ぼくはいろいろとわかったのでがっこうからでた。
 そしていえにかえった。
 するとおかあさんはいなかった。
 ぼくはきがらくになった。
 このままばんごはんまで。
 おかあさんかえってこなければいいなあ。
 きがらくになるとおなかがすいた。
 そうだしょくぱんがある。
 ぼくはとだなからしょくぱんをとってたべた。
 むしゃむしゃむしゃ。
 おいしいなあ。
 れいぞうこにこーらもあったのでのんだ。
 ごくごくごく。
 おいしいなあ。
 ああきもちいい。
 すっかりいいきぶんになったぼくはごほんをひらいた。
 あははあはは。
 かいけつぞろりっておもしろいなあ。
 わらったらなんだかつかれた。
 つかれたのでそのままねた。

『歴史の勉強』 しゃん@にゃん革

第三夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.05 23:43
総文字数 : 1300字

獲得☆3.250
 雨が一日中降り続いたその日、北川正義は一歩も外へは出なかった。
 冷蔵庫もなく、食べ物を買い置きするほどの金もなく、けれども途轍もない空腹に襲われていたが、壁の向こうでは天気が荒れ狂っていた。
 傘はないし、水道も使えない。正義がいたのは、静かな住宅街の一角にある廃屋だ。屋根のある場所を見つけただけでもありがたいと思う。五月だというのに、気温は十五度を下回っていた。旅行カバンに入れたシャツを重ね着しても、うっすらと肌寒い。
 派遣社員として働いていた家電量販店が半年前に閉店し、代わりの仕事も見つからないまま過ごすうちに、ついに家賃も払えず部屋を出た。
 実家とは折り合いが悪く、帰ることはおろか、金を借りるのも容易ではない。もしかしたら、だれのものとも知れぬこの家が死に場所になるかもしれないと思う。まだ二十六だけども、どうせ死ぬのならはやいほうがいい。蜘蛛の巣が張られた壁に囲まれながら、正義はそんな気持ちに支配されていた。
 そうしてペットボトルに溜めた雨水で空腹をしのぎ、やがて日没を迎えると、暗くなった部屋の真ん中にほのかな明かりが現れた。
「お、お? なんだ、これは。人魂か?」
 壁際まで後ずさりすると、嫌な予感が頭をよぎった。
 この家は、どうして廃屋なのか。考えてみれば、五日前から正義が寝床にしているのに、近隣の住人は見て見ぬふりをしているようだった。
「あ、突然ごめんね。人魂じゃないから、大丈夫。歴史の勉強なんだよね」
 明かりの中から姿を見せたのは、いささか風変わりな服を着た一人の少年だった。
「お、お? お前、誰だ? この家に住んでいた坊主の霊魂か?」
 声を震わせながら尋ねる。少年は澄ました顔で微笑んでいた。
「だから歴史の勉強だよ。近頃、お金っていうシステムを人間が使っていたって習ったから。大金なんて言葉があった時代を調べようと思ったんだけどさ。よく分からないのは、お金を持っていない人なんだよね。教科書には、所有しているお金の額が生死に影響するってあったんだけど。どうやら、嘘だったみたいね。ちゃんと生きてるじゃん。住んでいる家は、ちょっとみすぼらしそうだけど」
 まったく大袈裟な表記だな、と言うと少年は大人びた仕草で肩をすくめた。そりゃそうだよね、お金の額で生死が決まるなんて野蛮だし。独り言なのか話しかけているのか、男の子らしい無邪気さに、むしろ背筋が寒くなる。
「ちょ、ちょっと待て。お前、いつの時代から訪れた? 俺も連れていってくれ。教科書に書かれていることは嘘じゃないんだよ」
 正義の訴えが耳に入らなかったのか、少年の姿はすでに消えていた。
 耳に残ったのは野蛮という言葉。絶望が正義の全身に満ちていく。人間は所詮、原人の頃と進化していないのだろうか。そう考えると、世の中のあらゆる欺瞞を許してもいいような気持ちが湧いてきた。
 金がない自分を追い出した大家も、我が強いだけの両親も、根本的には何百万年も前の野蛮な祖先と変わりない。
 少年が立っていた畳の上をなぞり、正義は静かに瞼を伏せた。
 なるほど、これが人間というものだったのか。
 雨が上がっていた。正義は幽霊屋敷を後にすると、数少ない友人が住む町へと歩き出した。

『新幹線の中で』 ひこ・ひこたろう

第四夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.06 23:19
総文字数 : 1295字

獲得☆3.143
 広島に向かう新幹線の中で、
「あっ、切符がない!」とパパがうろたえ始めた。
「どうしたの、さっきまであったでしょう」とママが不機嫌そうにつぶやく。
「自動改札はバラバラに通過して、それからパパに預けたのは覚えている。それが私が切符を見た最後」こんな時にも姉ちゃんは冷静だ。
「パパのポケットに穴が開いていて、そこから落ちたんじゃない?」僕も何か言おうとして、そう口走ったが、
「そんなわけないでしょ!」と一斉に突っ込まれる。
 通路でこんな会話を交わしてもらちは明かない。早く自分たちの指定席に座らなければ……。しかし、切符を無くしてしまった以上、どこの席かはわからない。たぶん16号車、というのは合っていると思うのだ。だって、駅に着いた時から、「16号車だからホームの端まで歩くわよ」とママに言われたから。何の証拠にもなりはしないが、あらかじめ切符を見たママの頭の片隅には「16」という文字が刻まれていたに違いないのだ。
 四人分だけ並びで空いた席も見当たらず、所在無く立ち尽くしていると新神戸から修学旅行とおぼしき女子高生軍団が乗ってきた。
「先生、指定席がふさがってます」
「ああ、予約ミスだろう。修学旅行のデータをオンライン予約のデータベースに載せる時、夜間バッチの処理で人為的なミスが起こったんだろうな」
「ねえ、先生。座りたいんですけど」
「こういう場合、岡山で臨時便に乗って、そこから広島だ。旅行会社の人に交渉してもらおう」
「いいなあ」そのやり取りを聞いていた僕は思わず呟いた。「まるで大金持ち」
「えっ、何でなん?」と一人の女子高生が僕に尋ねる。
 実はかくかくしかじかと、僕は事情を説明する。
「幽霊屋敷」「きりん」「はい、しりとり終わり!」
 向こうの方では立ったままゲームに興じる元気な女子高生がいる。
「ねえ、座りたい?」と訊かれ、僕は素直に頷く。
「じゃあ、岡山の新幹線に一緒に乗ろうな」
「えっ?」
「修学旅行の余興で服とか化粧とか用意してあるから、家族みんなで女子高生にしてあげるわ」
 そんなわけで僕たち一家は女子高生に変装し、岡山からの臨時便に乗り移ることができた。しかし、問題は広島駅の改札を抜けることである。
 みんなで考え込んでいると、添乗員がやって来て、「私にまかせろ!」と言う。
「よろしくお願いします」とパパとママが頭を下げると、添乗員は携帯で電話をかけ、
「広島駅の改札から駅員を排除しろ、さもなくば……」と言い始めた。
 何じゃ、そりゃ? そんなことをしたら添乗員さんは捕まってしまうだろうに。
「何か、国土交通省から業務停止させられそうなんだよね」と添乗員がふてくされて言う。この人、今話題のJTBの人か?
「だったら、その前に人助けのひとつでもしたいでしょ」
「ようわからんけど、拍手な」と扇動され、僕も女子高生たちと一緒に拍手した。
 広島駅に着くと、僕たちはホームに溢れた出迎えの人たちに大歓迎された。もちろん、改札も余裕で通り抜けることができた。しかし、添乗員さんは手錠をはめられ、パトカーに乗せられ連れて行かれた。
 あれから二十年の歳月が過ぎた。添乗員が何を電話で言ったのか、今でも僕には想像がつかない。

『ぼくとお屋敷』 犬子蓮木

第三夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.05 23:39
総文字数 : 3027字

獲得☆3.125
 ぼくはこのお屋敷に住んでいる。大きなお屋敷でいつもキラキラしていて、住んでいる人も働いている人も大勢が動いているこのお屋敷で、誰にも認識されずに住んでいる。
 つまりは幽霊ってことなんだろう。
 このお屋敷は元はぼくのお父さんが持っていたもので、ぼくも今、住んでいる人たちみたいに、豪勢な暮らしをしていた。毎晩、おいしいごはんを食べて、笑って、お手伝いさんをからかって遊んだりしていた記憶がある。
 だけど、そんなぼくの一生はとても短かった。
 名前もよくわからない病気になって、ベッドから出ることもできず、そして死んでしまった。死んだ後と言えば、ぼくはすぐ今みたいな幽霊になっていたのだけど、お父さんもお母さんも執事もメイドもぼくには気付いてくれないし、それから数年して、お父さん達はどこかに引っ越してしまった。
 ぼくをおいて。
 そうしてこのお屋敷に新しい家族が入って、出て、入ってを繰り返し、いまの家族が暮らしているというわけだった。お父さんとお母さんとお嬢様とその弟、それから執事とメイドとコックさんやたくさんの人たち。
 もう、認識してもらえない悲しさも忘れて、なんでものぞき見できる楽しさにも飽きたというぼくにとって、この幽霊という状態がなんのためにあるのかはまったくわからなくなっていた。
 死んでしまいたい。
 もう死んでいるけど。
 成仏とかいうんだろうか。
 意識がなくなるか、せめて話ができるような相手のいるところに行きたいなと思う。天国とか、なんかもう地獄でもいいやって。
 屋敷の一室で、椅子に座っていた執事のおじいさんが涙を流していた。メイドさんやお嬢さんが泣いていることはよくあるけど、このベテランの執事さん泣くなんて今まで見たことがなかったので、ぼくは驚きながらおじいさんを見ていた。
「どうすればいい……」執事が呟いた。
 おじいさんは何かになやんでいるようだった。手に持っていた紙になにか書いてあるようなので、ぼくはそれをどうにかして読んでいった。
 誘拐。孫。お嬢様。命。警察。
 執事のおじいさんは頭を抱え込んでいる。全部を読めたわけではないけれど、おじいさんはどうやら孫を誘拐されたらしい。そして、その孫を無事返す代わりに、このお屋敷のお嬢様を誘拐することを手伝えと脅されているようだった。そうして、犯人は、お嬢様に対する身代金として、大金を要求するのだろう。
 ぼくはそのお嬢様のことをどちらかと言えば嫌いだった。かわいいらしいところがなにかイヤで。
 でも、どうにかしてあげたい気持ちもある。誘拐は悪いことだ。だから、たとえばぼくが幽霊としての力を駆使して、犯人を脅かすとかなんかして事件を解決したりすればいいお話になるだろう。
 だけど、それはできない。
 ぼくは現実にはなにも干渉できないんだ。
 なにか物を動かすことも、声を出して驚かすこともできない。ぼくにできるのはただ知ること、考えること、そして祈ること。それだけなのだ。
 執事のおじいさんは、何かを心に決めてしまったらしい。部屋をでて、別の部屋に向かう。行き先は電話のある部屋でもないし、主人のいる部屋でもないようで、お嬢様の部屋に向かっている。
 警察に連絡するのでもなく、主人に話すのでもなく、つまりはそういうことなのだろう。
「お嬢様、失礼致します」
 ドアの外でノック。さっきまでの泣いていた様子はどこにも見あたらない。これも今までの経験からできることなんだろうか。ドアが開き、中からでてきた子に笑いかけたその顔が、ぼくにはとても恐ろしく冷たく感じられた。しょうがない。だけど、なんで、苦悶が見ることができないのだろうと。
 執事のおじいさんは嘘をついて、駐車場へと連れて行く。執事の前を進む、ピンク色のスカートがかわいかった。ぼくの嫌いなスカートだけど、いまそんな気持ちよりも悲しさが強い。車に乗せて、どこかへ行くつもりだろうか。
 にげて、と思った。
 声には出さない。もう何年も声なんて出していない。ぼくの声は誰にも聞こえなくて、ぼくの耳にしか入らないのならば声を出す必要がない。さけぶような思いも、そんな習慣のせいで、ただ思うだけになってしまう。
 駐車場。執事のおじいさんはいつも通りのやさしい動きで、車のドアをあけた。スカートが一瞬ふわっとなって、それから後部座席で落ち着いた。
 ぼくはまずい、と思った。
 ここで生まれてここで死んだぼくは、この屋敷からでることのできない幽霊なのだ。もちろん、ついて行ったってなにもできない。ぼくがここにいたって、誰も気付かないし、ここが幽霊屋敷だなんて思うことすらしない。ぼくはただのやじうまだとわかっている。知りたいという欲求だけで、うわさ話が好きなメイドさんたちとかわらない。
 車が動き出す。大きな庭をゆっくりと走り、門の方へ。ぼくはまだ車の中にいられる。だけど、もうすぐ置いていかれる。お父さんとお母さんの乗った車が、ぼくを残してこの屋敷から出て行ったときのように。
 行かないで、と思った。
 そのとき、声が聞こえた。
「ぼくをどこに連れて行くつもり?」無邪気な笑い声。
 お嬢様? 違う。執事もそれに気付いたらしい。車が止まった。
「お姉ちゃんだと思った? 違うよ、僕だよ」
 俯いていた少年がなんにも知らずにほほえんだ。車に乗っていたのは、お嬢様の弟でこのお屋敷の跡継ぎの少年だった。
 執事のおじいさんは運転席で震えていた。その普段とは違う様子に少年もなにかに気付いたらしい。
「ごめんなさい。お姉ちゃんと服を交換して遊んでたの。怒らないで……」
 執事は涙をこぼしていた。それを少年に見えないようにぬぐって、ふりかえって微笑んだ。
「怒りませんよ。お屋敷に戻りましょう。こちらこそ申し訳ございません。お嬢様をお連れするお約束自体が私の勘違いでございました」
 車が庭の噴水をまわって駐車場へと引き返していった。
 その後、執事のおじいさんは主人に事情を話し、お屋敷は大騒ぎとなった。それでもやってきたおまわりさん達がちゃんと働いてくれて、執事のお孫さんも無事、救出されたようだった。
 結局、ぼくはなにもできなくて、ただ事件がはじまって終わるのを眺めていることしかできなかった。事件のあと、ふらふらとお屋敷で遊んでいたぼくは、あの執事とお嬢様が話しているところを目撃した。
「どうして正直に話すことにしたのですか? 戻ってきて、わたしを連れて行ってもよかったでしょう」
「……そうですね。ただ、私はじぶんに幻滅したのです。いくら服装が変わっていたとはいえ、仕えるべきお嬢様とご子息を間違えるなどという大きな失態をおかした自分自身に」
「そう」お嬢様は微笑んだ。「よくわかりません」
 やっぱりこのお嬢様はバカで、あまり好きになれない。ちょっとだけ誘拐されちゃえばよかったのにとか思った。いや、それは嘘。そうしておこう。
 そんな嫌いなお嬢様でも、ぼくが気になっていたことを聞いてくれたのでよしとしよう、と思う。
 この執事のおじいさんが、どうして思いとどまったのか。それはずっと気になっていたんだ。はたから見れば冷静ですごい怖かったけど、中身はやっぱり動揺してたんだなってぼくは安心した。
 こんなことがあるから幽霊ってのいいかなと思う。
 それにさ、やっぱり男と女を間違えるなんて失礼だよね。ぼくも生きていたときはよく間違えられたんだ。いくらスカートをはくのがイヤだったからって、男の子と間違えるなんて失礼しちゃうよね。
 いまでもスカートなんてはかないけどさ。

<了>   

『紅白歌合戦の舞台に俺は立ったのだが』 ひこ・ひこたろう

第一夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.03 23:23
総文字数 : 1379字

獲得☆3.083
 芥川賞を受賞したので、もっと引っ張りだこになるかと思いきや、ブログやツイッターで馬鹿なことばかり書いていることがバレてしまい、桜を見る会や園遊会には呼ばれずじまいだった。それでも、アイドル好きを隠さなかったことが功を奏したのか、年末の紅白には特別審査員として招かれることとなった。「森保まどかがHKTを卒業するまで、ボクも恋愛禁止です!」などとGoogle+に書いたりしたのだが、求愛とは受け止められず、単なる冗談だと理解されたようなのである。俺みたいな危険人物を森保まどかの半径100m以内に接近遭遇させるとは、NHKもいい度胸だ。そんなことを思いながら、審査員席の片隅に陣取る。右には女優の北川景子が、そして左には横綱・鶴竜がいる。美人とデブに挟まれたチビの太ったおっさんである俺は、幽霊屋敷から直行したかのような魔女のコスプレで登場し、かなり目立っている。
「高山さん、その格好は?」と紅組キャプテンの指原莉乃が訊くので、俺は機嫌よく
「プチMなので、マゾ(魔女)の格好で来ました」とボケてみた。

 おや? 何だ、この会場の雰囲気は……。

 指原莉乃は俺の返事もろくに聞かず、あらぬ方向を向いている。完全なシカトだ。困ったもんだ。こんなことになるくらいなら、紅組キャプテンなんて、綾瀬はるかに続投させればよかったのだ。
 しかし、俺がすべっただけにしては、様子がおかしい。スタッフも駆け回っている。ただならぬ気配を察した俺が、
「あのう……」と口を開きかけた時、
「どなたかお客様の中に、東李苑の代役としてEscapeのキーボードを演奏できる方はいらっしゃいませんか?」と指原が切羽詰った表情で会場に問いかけた。
 三秒ほど待ったが、会場はざわめくばかりで手を挙げる者がいない。仕方なく、俺が手を挙げた。しかし、審査員である以上、SKE48としてステージに立つわけにはいくまい。どうせ、却下されるだろう。
 ところが、である。
「じゃあ、お願いします」とスタッフに促され、俺はステージに向かった。
「あのう、審査は?」
「そんなの、どうでもいいです」
 どうでもいいのか? まあ、そうだろうけど。

 俺は中途半端なのは嫌いなので、コスプレにも気合が入っている。スカートを穿いたのは当然のこと、股の間には空飛ぶ箒がしっかり挟んである。といっても、この箒の柄には小さな穴が開いており、その小さな穴には俺の小さなナニが突っ込まれているのだ。そう、俺は加齢のせいもあって小便が近く、紅白の長丁場には耐えられない。そこで工夫を凝らし、こうして特殊なおまるを製作して持参したというわけだ。
 股の間の箒をぶらぶらさせながら、階段を上り、キーボードの前に立つ。そして、俺の指が奏でるヴィヴァーチェを合図に、SKE48の「Escape」は始まった。激しく踊るSKE48の後ろで、股間の箒を揺らしながら乗りに乗ってキーボードを演奏する俺。俺はセックスと掃除は苦手だが、言い訳と楽器の演奏だけはプロ級なのだ。
 そして、演奏は終わった。観客の悲鳴にも似た叫びに俺たちは包まれる。感動的な一瞬だ。汗はびっしょりだが、この達成感が心地いい。みんなに手を振って、おじぎをする俺。
 だが、おじぎをした俺が見たのは、自分の足元に落ちた箒だった。これでスカートがずれ落ちたりでもしていたら洒落にならん、と思いつつ、俺は自分の腰に手をやった。

『幽霊屋敷から出て来たのは古切手』 ひこ・ひこたろう

第三夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.05 23:25
総文字数 : 1187字

獲得☆3.000
「おじさんの家には大金があるはずなんだ」と同級生の中村くんが言った。
「あんな幽霊屋敷に?」僕は半信半疑で聞き返す。
 そのおじさんとやらは、浮気がバレて女の人と一緒にどこかに逃げたらしい。残された奥さんは預貯金を処分し、実家に帰ってしまった。残ったのは廃墟と化した洋風な館だけだった。
「もし宝物を見つけたら、半分あげるから、一緒に探してよ」
「宝物って何だよ?」
「わかんないけど、あるんだよ。宝物が」
 しかし、こんな田舎にも手癖の悪い連中はいるらしく、テレビや冷蔵庫、布団に衣類、はてはトイレの電球までもがすでに盗まれており、家の中は荒れ放題だった。この上、何の宝物があるというのであろう。
 昼間だというのに、薄暗い部屋の中をあちこち歩き回る。何となく怖い気持ちが先立ってはいたものの、何十年も前の古いガラクタを目にすると、昔の世界にやってきたようで、ちょっとだけ楽しい。
「はあ、やっぱり宝物なんてなさそうだね」
 中村くんだって、まさかここまで散らかっているとは思わなかったのか、完全に諦めモードだった。僕はそんな中村くんの落胆振りが見ていられなくて、口から出まかせを言った。
「ほら、ごらん、あの壺。あれなんか、鑑定団に出したら、高い鑑定結果が出そうだよ」
「はぁ……」中村くんは溜息をついた。「あれはお父さんが骨董屋で一番安かったのを選んで買って、おじさんにプレゼントしたもんさ。高いわけないよ」
「何だ、そうなのか」残念に思いつつも壺に近づいた僕は、ついその中を覗き込んだ。
 おや、何かある。
 中村くんを呼んで壺をひっくり返してみると、中には切手の束があった。額面は10円とか5円とかで、消印はないけれど単色の雑な印刷だ。こんなもんだって金券ショップに持っていけば、アイスクリーム代ぐらいにはなるかもしれない。
 そう思って、僕たちは金券ショップに切手を持って行った。しかし、店のおじさんは、「子供は無理だよ。お父さんか、お母さんを連れて来なさい」と取り合ってくれない。
 仕方がないので、切手は約束通り山分けし、僕はそれを大切に保存しておいた。
 それから二十年が経った。東京オリンピックが決まった時、僕はその時の切手のことを思い出した。なぜなら、その切手は東京オリンピックの記念切手だったからである。本当に単色刷りの貧相な切手なのであるが……。
 ネットで検索し、その値段を調べてみると、森永のアイスじゃなくて、ハーゲンダッツのアイスが買える程度の値段にはなっていた。おい、日本政府、もっと品薄にするとか考えなかったのかよ! 希少価値なんて全然ないじゃないか。まったくもう……。
 しかし、東京オリンピックって1964年じゃなかったっけ? 切手には1940年とか書いてあるものも混在しているんだが。まあ、印刷ミスなら印刷ミスでマニアもいるらしいので、今度切手屋さんに持っていって鑑定してもらう価値はありそうだ。

『大学祭』 ひやとい

第一夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.03 23:04
最終更新 : 2014.05.03 23:16
総文字数 : 919字

獲得☆2.923
 小学校高学年の時、家からは遠かったが、後に学校から出入り禁止通達が出るほどの人気駄菓子店だった近くに短期大学があった。まるで今で言う専門学校のような狭い土地にあった学校であったが、小さい頃から美少年の誉れが高かく、もちろん当たり前のようにその駄菓子屋に友達と主に通っていたから、駄菓子屋通いのついでに気安く短大をふらつき、そしてカワユスな(古い)女子短大生と仲良くなるのは、もう必然に近いものだった。
 なので大学祭シーズンになるとレッセフェールが如く(意味がわからない)出入ってみたわけだったが、当時そんなことをする小学生はあまりいなかった上に美少年の誉れが高かったので非常に可愛がられ、あんなことやこんなことを……まあ今回の趣旨とは離れるのでこのくらいにしておく。
 で、大学祭といっても大したことはできないので、喫茶店とか美術部の展示とかそういうものが主だったが(スーパーフリーなどという発想のないおおらかな時代だった)、そこには当然幽霊屋敷めいた催し物もあるわけだ。
 大げさなものではない。その当時よくあったように、任意の教室を暗くして脅かすだけのものだ。
 当時小学生だったので、入るなり、いきなりへいへいピッチャービビってるー(早坂あきよと香坂みゆきのBIBIではないので為念)的なことになり、しかも怖がりなので、つい脅かしてきた男子短大生(当時は短大に男子がいるのは当たり前のことだった)に力の限りパンチを食らわし、「いってぇー」という叫び声を背中で感じながら脱兎のごとく逃げ出したものだった。悪いことをしたなあと今だから思うのだが、ドジでマヌケでアホな勉強の出来ない小学生にしかるべき常識的な判断は望むべくもなかったのである。その時の人殴っちゃってごめんなさいね。
 で、結局その大学祭を期に、ビビりでヘタレな小学生はそれきり大学に行くことはなかったのだが、そこでたまたま買ったど根性ガエル第12巻へのへの箱の巻を学校に持っていった際、クラスメイトにチクられて先生に没収されたことは、30数年経ってもちょっとだけ腹立たしい思い出として残っているのである。
 もし会うことがあったらネチネチとネタにして話そうかと思っているのは密かな楽しみである。

『薔薇の香り』 げん@姐さん

第一夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.03 23:24
総文字数 : 987字

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町の外れの竹やぶの先
そこに、その屋敷はあるという。
とても大きな、赤い煉瓦の素敵な屋敷。
庭師が手塩にかけて育てた薔薇が其処此処に咲き誇り、
中に入れば毛足の長い深紅の絨毯にシャンデリアの煌めきが落ちる。

そこに、あなたがいる。

ある時は本の香りに圧倒される書斎のソファで、オットーを語り合い

ある時は白い東屋で朝露の光る薔薇を見ながら庭師の話を聞いて、紅茶を愉しみ

ある時は大きな暖炉の前でマントルピースの上の写真を見ながら家族の話を聞き

ある時は広くて持て余しているという食堂で、ばあやが腕によりをかけたフルコースに舌鼓を打ち

ある時はあなたのくれたドレスを着てボールルームで二人きりのダンスパーティーをしてみたり

ある時はメイドとともにあなたが好きだというお菓子を焼いてみたり

ある時はあなたに寄り添って空の星の物語を聞いて夜を過ごした

そのどれもが、すてきな時間で、私はほんとうに幸せで仕方ない。
いつ、どうして、私が竹やぶの先のお屋敷を見つけたのかは覚えていない。
確かなのは、はじめて会ったその日からあなたは優しくて、 それは今も変わらないということだけ。


けれど、私がそう言うと、皆が奇妙な顔をする。
頭がいかれているんじゃないかなどと、暴言を吐き捨てる人までいる。

あそこは幽霊屋敷だという。
元は地主の住む大屋敷だったが、没落して街を捨てたのだと。

屋敷内の数々の調度品を狙い、不届者が何人も侵入しようと試みた。

だが手入れする者を失った竹やぶは、来るものを拒むようにその幹を太く伸ばし続け、
辛うじてその竹やぶを抜けた者も、同じように主を失った薔薇の蔦が縦横無尽に絡みつく錆びた門扉にその足を阻まれる。
その先の煉瓦の屋敷は窓ガラスやステンドグラスが割れて見る影も無い。


次第に屋敷の、割れた窓ガラスの先に、人影を見たと噂する者があらわれた。

そうやって人影を見た者は、街に戻ってすぐは何ともないのだが、徐々に精神に異常を来たして自ら命を絶ってしまう。
今となってはあの屋敷に近づこうとする命知らずは一人も居なかった。

この街では、屋敷は呪われた幽霊屋敷と呼ばれる
以前の栄華は見る影も無い荒れ果てた屋敷だという。
目を覚ましてくれと、さめざめと泣く母を振り切り、今日も私はそこへ行く。

幽霊屋敷…?
どんなところだって構わない。
竹やぶのその先、ほら、薔薇の香りがするでしょう?

私にとって、そこはあなたに会える場所。

『Haunted Horizon』 木野目理兵衛

第一夜エントリー
投稿時刻 : 2014.05.03 23:43
総文字数 : 1195字

獲得☆2.700
 その現象が何時頃から始まったのか、はっきり知る者は居なかった――より正確に言えば、そもそも“者”自体が殆ど残っていない訳だから、当然と言えば当然だが。
 逆に言えば、だからこそ始まった現象と言えなくも無い――意地汚く残骸を晒す構造物が時折ひょっこり顔を出している以外は、塵芥と金屑に覆われた荒野が何処までも広がる荒野に復興の兆し等有りはせず、生き残った人々の誰もが熟練の探索者として日々の糧を探し、廻り、掘り起こす――それが、そんなものが日常面をして蔓延していれば、何も知らぬまま眠りに付いた者達をむざむざ起こす気になんてなる筈が無く――いいや、いやいや、人目なんぞ絶えて久しいのだから、もっと素直に腹を割ってしまえ。そんな生活で巡り会いたいのは、お目に掛かりたいのは、疲弊した御頭にも理解出来る揺るぎ無い価値であり、長く退屈な労働に見合うだけの正当な報酬であり――衣食住。並びの程は如何様に、だけれど、まぁつまりは、そういう事だ。“物”と変えても良いかもしれないが。
 そう、だからこそ、だ。
 幽霊屋敷――いいや、いやいや、幽霊が居る屋敷の事では無い、等というのは言うまでも無かろうが念には念を、幽霊なる屋敷、或いは、屋敷なる幽霊――より正確に言えば、屋敷に限らない構造物が、有り得る筈も無い損害具合、即ち、何一つ傷付いていない具合と、時折を頭から外した形でひょっこり顔を出し始めたのは、まぁだからこそに違いない。
 時節としても丁度良い頃合いだろう――災厄の日、火と変えても良い未曾有の大異変が起きて、多分恐らく十数年余り。過去が熟し、都合良く実り出したとて、何が悪かろう。
それがもし仮に違ったとしても悪かったとしても――実物はとうの昔に灰になっているであろう安葉巻の紫煙が、毒の香りも香ばしく、ゆらりと立ち昇る――生き残った人々のその多く、その一人であるウィリアム・キャニングにとっては、何の問題も無かった。
 よしんば、最初の疑問すら、だ――何処までも広がる荒野を当て所無く歩き、歩き、彷徨い歩いた末に目の前に聳え建っていた高層集合住宅。その壁面の頼もしげに黒い色艶が、一歩また一歩と両脚へと応える廊下の、階段の堅牢さが、誰彼がしっかりと暮らしている風なのに、誰一人として暮らしていない部屋部家が、今、この瞬間、確かに有ると感じられるならば、何時の、そして何処の、更には何故かの解答等必要無い。
 幽き葉巻――仮定としての――を幽き煙に、幽き灰に――いいや、いやいや、もう呼ぶまい――変えながら、ウィルはそう朧気に思案する――恨みがましい視線が、傍らに横たわり、もう二度と起きる事の無い、と半ば証明されている競争者の死体から向けられるのを華麗に無視しつつ、流れる様に向かうのは、安らぐ程に大きい冷蔵庫のその中身、そこから想定出来る今日の晩飯の題目であり――喉元を伝う肉汁に、彼はごくりと生唾を飲み干した。