目次
登場人物
登場人物
【プロローグ】
プロローグ
【第一部 ナツミ】
【第一部 ナツミ】のあらすじ
第1章 郡上八幡
1 美人女将の観光案内
2 出会い
3 哀しい妄想
4 郡上おどりの夜
5 旅館の部屋で
6 告白
第2章 汐留と横浜
1 天使のカウンセリング
2 他人行儀
3 バケモノ退治
第3章 雄蛇ヶ池
1 テンシのいざない
2 別れ
3 愛にあふれる世界
【第二部 マヒル】
【第二部 マヒル】のあらすじ
第1章 麗宝学園
1 もうひとりの女(ひと)
2 あのときのように
3 下心
4 マンションの秘密
5 キス
6 恋人同士
第2章 心霊研究クラブ
1 女のまなざし
2 お姉ちゃん
3 開かずの間
第3章 幽霊マンション
1 会えてよかった
2 もうひとつの選択肢
【第三部 麗宝祭】
【第三部 麗宝祭】のあらすじ
第1章 殲滅
1 奇妙な使命感
2 胸騒ぎ
3 放課後のワナ
4 お見送り
第2章 餌食
1 さまよう少女の魂
2 アジトへ
3 決行前夜
第3章 降霊術
1 集ったものたち
2 叶えられた願い
3 魂の帰還
4 天使との再会
【エピローグ】
エピローグ
参考文献
参考文献
『天使の街〜ハルカ〜』のご案内
『天使の街〜ハルカ〜』のご案内
ひみつのキーワード
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奥付
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【プロローグ】

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プロローグ

 あの夏も、私は岐阜県・郡上八幡を訪れた。

 駅から15分くらい歩いただろうか。ふとチョロチョロと水の音がするのに気づいた。大通りから少しはずれると、車の喧騒から解放され、街の中を流れる小さい川の心地よい音が耳に入ってくる。

 郡上八幡が「水の街」と呼ばれていることは、旅行雑誌で読んだ。こんなふつうの住宅地でも、水の音が聞けるとは思っていなかった。

 水の流れる音がさらに大きくなった。目の前に堤防のようなものが見える。心なしか早足になった。

 堤防の階段をのぼると、目の前に大きな川が現れた。長良川の支流・吉田川にやってきたのだ。

 私が立っているところは、コンクリートで整地されている。しかし、むこう岸はほとんど自然のままの姿で、大小の岩が転がり、緑が生い茂っていた。遠くから子どもたちの嬌声が聞こえる。水遊びをしているらしい。川べりにはあざやかな色のテントも張られている。そのむこうにそびえる山の頂上には、お城が建っていた。

 ──へ〜。あれが郡上八幡城かあ。

 非日常的な空間の出現に、気分が盛りあがる。私は無意識のうちに足を踏み出し、川のほうへおりていった。

 近くで見る川は、またちがった味わいがあった。水は複雑にうねりながら流れていく。太陽の光が水面に乱反射して、美しい芸術作品のように見えた。

 ふと──。

 吉田川に沿うように人工の川がつくられているのに気づいた。といっても、川幅は1メートル、深さはたぶん50センチぐらい。川というより溝というべきかも。でも、きれいな水が勢いよく流れる立派な「川」だと、私は思う。

 上流へ目をやると、遠くのほうに女の子の姿があった。

 この小さい川のへりに腰かけて、両足を水に浸けている。そうやって涼をとりながら、本を読んでいるのだ。

 中学生か高校生かな? 髪は肩にかかるぐらい。服は白いワンピースのように見える。

 ──あら? 可愛い。

 そう思った。絵画のような光景だった。知らず知らずのうちに、〈カメラ〉を起動していた。この場面を画像に残しておきたい。一方で、あのコに悪いかも、という罪悪感もあった。これだけ離れていれば本人は気づくはずもないし、まして相手は本を読んでいる。

 ──どうしよう? 撮る?

 目の前に〈カメラ〉の画面があった。いつの間にか撮影する体勢になっていた。

〈カメラ〉をかまえているのはだれ? 私? 私だよね? 撮るのはいけない、あのコに失礼と思っているのに……。撮りたいのは私じゃない。いや、撮りたいのは私で、撮ろうとしているのは私じゃない。もう。なにがなんだかわからない……。

 ──あ、あれ?

 画面の異変に気づいた。

 あの少女のまわりにはだれもいなかったはず。

 でも、画面には少女のほかに、ふたつ人影が映っている。

〈カメラ〉をいったんおろす。

 やはり少女しかいない。

 もう一度かまえる。

 人影は女の子の頭の上にある。

 人影──というのがそもそもおかしい。そんな人間はいない。

〈カメラ〉をおろす。やはり少女以外になにも見えない。

 またかまえる。人影のようなものは消えている。

 見まちがい──と思うしかないよね、この場合。

 一方で、あの少女を撮影するのをためらっている自分がいた。

 撮ってはいけない。そんな気がする。

 なぜ?

 あのコに失礼──というのとは、ちがう。

 さっきはたしかにそう思ったけども、いまはそうじゃない。

 写真を撮れば、よくないことが起こるのではないか……。

 理由はわからない。

 ──ひょっとして、あの少女はこの世の者ではないのかも……。

 え? なんでそんなことを思う? いくらなんでも、あのコが幽霊だなんて……。

 ──たしかめれば?

 もうひとりの自分が言う。そうだよ、実際にそばまで行ってたしかめれば万事解決。

 ──ほんとうに幽霊だとしたら?

 いい想い出になるんじゃない? 友だちへの土産話にもなるし。

 ──幽霊かどうかたしかめるなんて口実で、ほんとはあのコの顔が見たいんでしょ?

 ちがう! ……幽霊かどうかたしかめるついでに、顔が見られるというか……。

 考えがまとまらないうちから、一歩を踏み出していた。もう歩きだしてしまったのだから、いまさらやめるわけにはいかない。そんなわけのわからない言い訳を自分にしていた。

 女の子は私が歩きはじめるタイミングを見計らったように本をとじた。ブックカバーの赤い色が目に飛びこむ。

 ──気づかれた!?

 だからといって、立ちどまるのはおかしい。それじゃ、なんかやましいことをしているみたいじゃない?

 女の子はそばに置いてあったトートバッグに本をしまった。代わりに手帳らしきものを取り出し、ページをめくっている。

 だれかが自分に近づいてくる──のが女の子にもわかる距離まで来ている。でも、少女は意に介さない。手帳を読んでいるから、私からは顔が見えない。

 ──ダメか……。

 なにがダメなの? もう幽霊じゃないことがわかったでしょ? それでいいじゃない。

 女の子が顔をあげた。

 目が合った。

 心の準備ができていなかったので、私はたぶん驚きの表情を浮かべていたと思う。

 女の子が微笑んだ。

 その瞬間、体のなかを風が吹きぬけたような感覚が襲った。

 ──なに? どうなったの?

 女の子はしばらく私の顔を眺めていた。

〈おねえさん、さっきからあたしのこと見てたでしょ〉

 心が見透かされてしまったようで不安になる。

 少女はなにも口にはせず、また自然に手帳へ目線をおとした。

 女の子のそばをとおりすぎる。歩調はゆるめられない。お腹になんともいえない不快感を覚えながら、ゆっくりと少女から離れた。

 激しい運動をしたわけでもないのに、心臓の鼓動が異様に速くなっていた。十分に距離をとったと思うところで、振りかえった。

 少女の姿は消えていた。