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《 “神聖かまってちゃん”も“SEKAI NO OWARI”もお互いにいまやっている音楽性はちがうものの、出発点は同じ / 彼らはファンタジーに舵を切る/“SEKAI NO OWARI”はバンドなのにファンタジーを選択/“神聖かまってちゃん”はロマンを描き始めた/ボーカロイド望感が漂っている////ロックって何/ 》



神聖かまってちゃんとSEKAI NO OWARI

―――同じものを持って別の戦い方をするケモノ


語って欲しいバンドを語ってくれない音楽雑誌やライターに我々、は反旗をひるがえそう!
これは、神聖かまってちゃん評である。そ、ニートの。。。
音楽の文脈を知っている音楽ライターが書かないから、
20代のks底辺が違った角度から「神聖かまってちゃん」評を紹介します。
今回は、「SEKAINOOWARI」(セカイノオワリ)を軸に、神聖かまってちゃんについて語っていきます。


 

 

 

 

神聖かまってちゃんSEKAI NO OWARI

 

同じものを持って別の戦い方をするケモノ


 

 

 

 

 

「トイレにまで監視カメラが入ってる精神病棟にいた」


 とFukaseは過去のインタビューで語っていた。

 アルバム「EARTH」を発売した後だろうか。まだ“SEKAI NO OWARI”が《世界の終わり》で、Fukaseが深瀬慧という表記だった。

 

 彼らは、二〇〇七年にバンド結成。二〇一〇年二月にファーストシングル「幻の命」をタワーレコード限定でリリース。

 

 

 二〇一一年、トイズファクトリー〈ミスチルが代表格〉からメジャーデビューした。↓


彼らはしばしばファンタジーと評される。それはライブ演出はもちろん、曲や歌詞のなかでもみてとることができる。



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