怨嗟
怨嗟
義兄は、いつも事切れそうに笑う人だった。
いきなり現れて家族を奪った他人に優しくしながらも、彼はふいに痛ましい面差しになるのだ。だから自分からも兄に和やかに接した。無理をしている兄よりも、あざとく同情している自分のほうが偽善者だとは知っていた。
けれども、ほかにどうしたらよかったのだろう。兄を拒絶するのは聞き分けのない子どものすることだ。かといってのっぺりした笑顔を浮かべてつき合っていくのは、ずるい大人、である。
兄は、まさか弟がこんな人間だとは考えもしなかっただろう。こちらがそう、させなかったのだから。
兄が自分に反感めいた、コンプレックスを澱ませていくのをじっと見ていた。そんなに苦しまなくてもいいのにと肩を抱く資格はない。兄は、弟という存在が疎ましいのだ。憎まれている。おかしいかもしれないが少し誇らしかった。無関心でないこと。苦悶しながらも、「家族」としようとしてくれたのだ。
屈折しているという点で、彼とはとてもよく似ていた。もしかしたら誰よりも愛しかったのかもしれないし、殺したいほど否定していたのかもしれない。父親が違うとはいえ、彼とは兄弟なのだ。そんな性根が似ているのも当然、だったのだろう。
何度か直接、兄の気持ちを訊こうとしたことがある。しかしこの口は、兄さん、と呼びかけると決まってそこで固まってしまうのだ。例の笑みで振り返った兄を、そのたびにとても忍びなく感じる。せいいっぱいの虚勢。兄は、生きづらそうな人だ。
兄さん、兄さんは、俺のことをどう思ってるの。結局、兄にはそう訊けずじまいだった。
自殺をして、一人部屋に無残に転げていたのだという。彼のもとへは、行かれなかった。自分が死の淵にいたのだ。意識を取り戻したのはちょうど兄が亡くなった時間と、近かった。
誰にも言ってはいないが、自分では、兄はこの命を守るために逝ったのだと確信している。だから恨みがましい。最後に兄の隣にいたか、もしくは会っていたであろう誰か。
情交の痕があったと、人づてに聞いた。怒りだった。その相手――男を、きっと一生許さない。あの寂しげな兄は、自分のものだったのだ。感情を押し殺して「素晴らしい兄」になろうとしていたあの人は自分の性癖すらひた隠して俯き、生きて、死んでいった。
兄を抱き、慰め、そばにいるのは、この先一生自分だと、固く決めていた。それにもかかわらず、その誰かは兄を引き止めなかった。怨嗟、というのだろうか。兄のいない日々を送ることを、その相手は唯一の弟である自分に間接的に課したのだ。
許さない。しかし、会ってはみたかった。なにをしてしまうかは、わからないけれども。
いきなり現れて家族を奪った他人に優しくしながらも、彼はふいに痛ましい面差しになるのだ。だから自分からも兄に和やかに接した。無理をしている兄よりも、あざとく同情している自分のほうが偽善者だとは知っていた。
けれども、ほかにどうしたらよかったのだろう。兄を拒絶するのは聞き分けのない子どものすることだ。かといってのっぺりした笑顔を浮かべてつき合っていくのは、ずるい大人、である。
兄は、まさか弟がこんな人間だとは考えもしなかっただろう。こちらがそう、させなかったのだから。
兄が自分に反感めいた、コンプレックスを澱ませていくのをじっと見ていた。そんなに苦しまなくてもいいのにと肩を抱く資格はない。兄は、弟という存在が疎ましいのだ。憎まれている。おかしいかもしれないが少し誇らしかった。無関心でないこと。苦悶しながらも、「家族」としようとしてくれたのだ。
屈折しているという点で、彼とはとてもよく似ていた。もしかしたら誰よりも愛しかったのかもしれないし、殺したいほど否定していたのかもしれない。父親が違うとはいえ、彼とは兄弟なのだ。そんな性根が似ているのも当然、だったのだろう。
何度か直接、兄の気持ちを訊こうとしたことがある。しかしこの口は、兄さん、と呼びかけると決まってそこで固まってしまうのだ。例の笑みで振り返った兄を、そのたびにとても忍びなく感じる。せいいっぱいの虚勢。兄は、生きづらそうな人だ。
兄さん、兄さんは、俺のことをどう思ってるの。結局、兄にはそう訊けずじまいだった。
自殺をして、一人部屋に無残に転げていたのだという。彼のもとへは、行かれなかった。自分が死の淵にいたのだ。意識を取り戻したのはちょうど兄が亡くなった時間と、近かった。
誰にも言ってはいないが、自分では、兄はこの命を守るために逝ったのだと確信している。だから恨みがましい。最後に兄の隣にいたか、もしくは会っていたであろう誰か。
情交の痕があったと、人づてに聞いた。怒りだった。その相手――男を、きっと一生許さない。あの寂しげな兄は、自分のものだったのだ。感情を押し殺して「素晴らしい兄」になろうとしていたあの人は自分の性癖すらひた隠して俯き、生きて、死んでいった。
兄を抱き、慰め、そばにいるのは、この先一生自分だと、固く決めていた。それにもかかわらず、その誰かは兄を引き止めなかった。怨嗟、というのだろうか。兄のいない日々を送ることを、その相手は唯一の弟である自分に間接的に課したのだ。
許さない。しかし、会ってはみたかった。なにをしてしまうかは、わからないけれども。

こがみ