| 作者 | こがみ | 状態 | 完成 | ||
|---|---|---|---|---|---|
| カテゴリー | 小説・ノンフィクション (ボーイズラブ) | 価格 | 無料 | ページ数 | 2ページ |
| タグ |
BL男娼 |
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遺書
いらっしゃい、よく来たねなんて明るく迎えられ、絹人は面食らった。これではまるで、親戚のおじさんと甥っ子である。あまつさえ、彼は絹人に席を勧めお茶を出してくれた。 物の少ない整然とした室内はどこか冷めた雰囲気がある。
しかしこれから売春行為が行われるにしては、やけに和やかな空気だった。刈谷と名乗った温和な男からはまるで欲望じみた視線を感じないのだ。三十代半ばかそこいらの彼は人のよさそうな目元をすうっと細め、悟りきった顔できっぱり言い放った。
「僕はね、君に抱かれたら死ぬんだ」
取り乱さない刈谷のせいか、その文章の意味をしばらく絹人は理解ができなかった。言葉とは裏腹の、穏やかな笑みである。絹人がどんな反応をするか楽しむかのような眼差しは子どもに向けるそれに似て温かく、どこまでも奥行きがあった。
死ぬ。目の前の客が、自分との情事のあとに、死ぬ。刈谷の瞳にまっすぐに見つめられながら、絹人はゆっくりと彼の発言をほぐした。恐怖や驚きはなかった。馬鹿げた手練手管があるものだ。そんな、呆れだった。
「刈谷さん、悪いけど俺そういう口説き文句? みたいの通用しないよ」
「違うよ、本当だ。決めたんだよ。本気だ」
刈谷はただ感情のない、笑みのようなものを浮かべて絹人を見据えてくる。目も口もゆるみかけた頬も、なに一つとして本当に笑ってはいなかった。しかし、どうしてだかひどく優しく微笑んでいるように見える。ぞっとした。おどけた様子はかけらもない。家具もろくにない部屋である。椅子の上でにわかに身じろいだが、絹人は立ち上がるどころか椅子の脚すら動かせなかった。
「死ぬんだよ」
怖い、と思った。執着の伝わってこない、静まり返った空間に二人きりだった。おそらく、刈谷のあの面貌は一切の未練を捨て去った人の顔である。死ぬのだ。彼は、きっと死ぬのだ。
「だから少し、身の上話を聞いてくれないかな。……えっと」
「……けんと、です。絹の人」
名前を告げると刈谷はいい名前だね、と代わり映えのないことを言った。頬杖をついて、彼はなんでもないことのように淡々とした態度を崩さない。気圧されていた。ますます、自害するらしいというのが真実味を帯びていく気がした。
「ありがとうございます。……その、話、聞きます」
彼の持つ静謐さに引きずられ、絹人も自然と敬語で話してしまう。落ち着き払った――というより、肝の据わった刈谷にじっと見つめられているうち、絹人にも奇妙な連帯感が芽生えてきた。
この男がこの世で最後に会う人間になるのだ。
あきらかな確信をし、絹人は刈谷に挑んでいた。根拠はなかったが、彼と相対していればそれはじゅうぶんすぎるほどにわかってしまう。こういった戯れじみた言葉は、互いに了解の上で転がさなければならない。しかし刈谷のそれは気軽に手のひらの上でもてあそぶ類のものでは、あきらかになかった。
「こちらこそありがとう。長い話だけど、よろしく頼むよ。料金は跳ね上がってもいいからさ」
肩をすくめ、刈谷は指を金貨の形にさせた。表情らしい表情というものを初めて見たかもしれない。それほど彼には表面に現れる人間らしさがなかった。
「あ、することはきちんとするからね。じゃないと君みたいな子呼んだ意味がないし」
「わかってます」
「そう」
絹人はまだ、正直彼が怖かった。逃げ出したいというほどではないこそすれ、ほぼ死人のような存在を前にしているのだ。言葉数も少なくなっていく。雲行きによっては仕事をまっとうするのすら危うくなっていきそうだった。
絹人はタチネコ両方の仕事を請けており、刈谷にはタチのほうで呼ばれている。使いものにならなければ、本当にそれまでなのだ。向こうが納得してくれるのなら、立場を変えて奉仕すればいいのだが。
「僕には弟がいるんだ。異父弟ってやつかな」
絹人の心配をよそに、刈谷がぽつぽつと話しはじめた。その語り口はどこまでもやわらかく、まるで説法かなにかのようである。
背もたれに寄りかかっていた身体を刈谷は起こし、前のめりに手を組んだ。どこから説明しようか考えあぐねているのか、視線はテーブルの上をゆるやかにさまよっている。
「弟は僕が六つのときにできたんだ。もちろん、母親に外に男がいてさ。で、母は、弟ができたとわかって家を出て行った」
少しずつ、少しずつ声に力がこもっていく。感情がわだかまっていく。刈谷の内面で湖のごとく平定されていた人間らしさが徐々に顔を出すのを、絹人は黙って聞いていた。相槌を打つことすら、ためらわれる雰囲気を刈谷はまとっていた。
「僕にはその相手の男のせいではなく、弟が、弟のせいで母が出て行ったんだと思った。弟が憎かったよ。恨めしかった……こういうことを言うのは幼いかもしれないけど、成人のお祝いも来なかったよ。見限られたと、思ったよ。父ともどもね。まあ、もとから愛人がいるくらいだから僕たちは見限られてたのかもしれないけどさ」
刈谷がこちらを見て、ふっと薄い嘲笑を浮かべた。それがぐさりと絹人の胸に突き刺さる。表情を見ていられないというよりは、見ていたくなかった。なにかが、波及してくる。よくないもの。共感のようなもの。白い手のようなものが、すうっと伸びてくる。
完全な影響を受けてしまうのを、絹人は感覚的に恐れた。深く知ってはいけないのだと、本能が警鐘を鳴らしている。
それでも、一度了承したからにはもう引けない。
「大きくなって……高校生くらいかな。母と弟には会うようになったけど、母は僕をかわいがろうとはしなかった。僕が弟と仲良くなるくらいしか会う収穫はないんだ。それも、僕は本当は弟のことが好きじゃないから……恨んでるから。楽しい時間じゃなかったな。弟はびっくりするくらい素直で、気立てがいいって性格の見本みたいな子だよ。あんなにいい子なのに、僕なんかに妬まれて――かわいそうにね」
机上に投げ出していた絹人の手を、刈谷が軽く握ってきた。手の甲を四本の指先全体で撫でられる。少しくすぐったかったが、彼のさせたいようにさせておいた。かわいそうにね、と言った瞬間刈谷の力がわずかに強まった。
絹人はただ、刈谷の男っぽいがっしりした手が奏でる優しい仕草をうつろに見つめるしかできない。
「それで、何年か経って弟は結婚した。これも、いい奥さんでね。ほとんど彼女には関係ないような僕にも気遣って、いい人間には同じような人間が吸い寄せられるのかなって感心したものだよ。次の年には子どもも生まれて、その子、今年で三歳になった。かわいくてね、おじちゃん、おじちゃんって。すごく、いい空気だよ。僕は、じゅうぶん頑張ってると、思うんだ。勝手な言い分かもしれないけど……僕は弟を許すことができないから」
「刈谷さんは……」
ようやく口を開くと、絹人の声はからからに乾いていた。おぼつかない手つきで渋めのお茶を啜り、喉を潤す。しかしうまく喋れたかといえば、そうでもなかった。
「刈谷さんは、独身、ですよね」
「そうだよ。わかると思うけど、どうも女性には興味が持てなくてね。だから僕はもう二度と母を振り向かせられない。母がとっくに子どもじゃなくなった僕を気遣ってくれる機会なんて孫ができることくらいしか、ないだろうし。僕にはとうてい無理だよ。僕は、勝てない。弟にこんなことでも勝てないんだ。……僕は一人なのに、一人じゃないふりをしてて、なんだか……やりきれないよねえ」
刈谷の手を包むようにして、絹人は自分の手を重ねていた。どうにも、やりきれないのはこちらである。自分の前にいる人が大人の男、それも自分よりも一まわりほど年上だとは到底思えなくなってきていた。まるで、子ども。母親の庇護を欲している、子ども。
そんなふうに、絹人の瞳には映っていた。彼との距離を阻むテーブルが憎らしくてたまらなくなった。
「それでも、大人、だからかなあ。僕はずっと仮面を繕って何年もあの一家と付き合ってきた。唯一母の健在を知る方法だったしね。それで……それで、三日前、かな。そう。三日前の夕方だ。弟が事故にあった。交通事故だ。玉突きで……今、重体で入院してる。意識がなくて、いつ……なのかわからないらしい」
はっと、絹人は顔を上げた。無表情に刈谷はどこか宙を眺めている。包んだ手からは力が抜け、指が丸まっている。脱力したその指に、絹人は自分のそれを絡ませた。情事のあとと言わず、彼が今すぐにでもいなくなってしまいそうな錯覚が駆け抜けていった。
「最後のチャンスだ、と僕は唐突に思った。や、ひらめいた、かもしれない」
刈谷の指が、きゅうっと締まる。閉じ込められる感じがなにかを連想させ、絹人は思わず身震いした。おかしい、と小さく首を振る。おかしい。おかしい、おかしいのだ。
こんな話を聞きながら、官能が指先から宿るなどと。
神経を研ぎ澄ませるようにして息を吐いた。身体から熾火が消えていく感覚がした。
「僕が死んだら、弟が元気になるはずだって、ひらめいたんだ。妄信じゃない。確信だったんだ。絶対にそうなるんだって……どうしてだか思った。だから僕は、死のうと決めたんだ」
「迷わなかったんですか……その、怖いとか」
とんでもないといったふうに、刈谷がかぶりを振った。今度は、彼から目が離せなくなる。
「なかった。全然。だって……そうしたら、母は、きっとこっちを振り返ってくれるんじゃないかと思うんだ。それこそ、なん十年かぶりにさ。でも、見向きもされなかったからこそ、僕は役に立つ気がする。このときのために僕は生き続けてたんじゃないかってくらい明確に、だ。君には、僕が馬鹿に見えるだろう。酔狂とか、それこそ狂人だと思うんだろう。でも、僕はそれでもいい。これは復讐だし、見返してやるっていうのもあるから……いいんだ」
一種、異様な気迫が刈谷には満ちあふれていた。それこそ生きている証のようなものが、身体じゅうから噴きだしている。絹人はなんと応えるべきかも、そもそも口を挟んでいいのかすらわからなかった。
呆然とする。刈谷の決心を曲げさせることは不可能だと、改めて実感させられてしまったと言っても間違いではない状況だった。
酔狂。本当に、酔狂だ。そんな重たい話を初めて会った売り専の男に明かすことから、なにもかも。
倫理というものがさらに混濁し、理解できなくなっていく。理性なんてものが備わっているからいけないのかもしれないとすら思った。
「……絹人くん」
「え、ああ、……はい?」
くっ、と刈谷が挟み込んだままの絹人の手を引いた。首を傾ぐと、彼は目を細めた。その奥に、恍惚めいたものを見た気がした。
「やっぱり僕が上になってもいいかな。気が変わった」
無言で、絹人は首肯した。
内臓をすべて引きずりだされるような、激しい律動である。
体内をかき乱すかのごとく揺さぶられ、絹人は内部からの厳しい圧迫に喘がされた。シーツと肌がこすれ合うたび、衣擦れの音が耳に響いた。しかしそれよりもさらに強烈に肉と肉のぶつかる破裂音がこだまする。
うつろな目をした刈谷はひたすらに腰を突き上げながら、絹人の頬に首筋、鎖骨や肩を撫でまわした。はじめは這うように、次は骨っぽい指でかすめるように、最後には手を押しつけるようにして、刈谷はじっとりした愛撫を加えてくる。
どうしてだか唇ではどこにも触れてこない。そうするなと頼んだ覚えはなかった。彼なりの誠意なのか、信念か。
刈谷の圧倒的な熱っぽさに溺れていくなか、絹人はうっすら目を開け、のしかかっている男を見上げた。眉をきゅっと寄せ、だらしのなくなった口元からは荒い息が洩れ、顔が上気している。それでも、瞳は、瞳だけはどうしようもなく空洞だった。ただの硝子球が、どこか遠くを見ている。絹人の剥きだしになった身体を通し、なにか深淵めいたものに吸い寄せられている。
刈谷がいくのは、天国だろうか、地獄だろうか。
ふと、彼はどこにもいかれないような気がして、絹人は彼の首にぎゅっとしがみついた。どこにもいかれないのなら、留まっていればいい。それはとうてい、彼には聞きいれられない話かもしれないが。
「は、……はるとっ……」
喉の奥で呻くと、刈谷は絹人の内部で達した。飛沫の感触。はると。おそらく、弟の名前なのだろう。彼は、弟を嫌いではないのかもしれない。憎んではいないのかもしれない。だからどうにもできないのかもしれない。だから、死のうとまで考えられるのかもしれない。
無性に泣きたくなって、絹人はしたたかに瞼を閉じた。素直になれず、報われないということがこんなに傍にあるなどとは思ってもみなかった。
「明日にでも弟の様子、見てきてくれるかな」
のんびりと服を着ながら、刈谷はほとんど強制する口調で申し出てきた。もとより僕の変わりに、と釘を刺されて逆らえるほど絹人は非情ではない。自分も身支度をしつつ絹人はわかったとだけ返した。刈谷は病院の住所を書いたメモと、紙幣を何枚か絹人の胸に押しつけてくる。 ため息。疲れていた。それは行為にだけでなく、刈谷の発する感情の塊みたいなものにあてられたからにほかならない。
彼の茫洋とした瞳はがらんどうでありながら、さまざまなものをたたえていた。嫉妬、劣情、焦燥、決意、うしろめたさ。負の心が薄い皮膜を張って彼を不透明にしているらしかった。
「もう、帰っていいよ」
ベッドに座っていた刈谷はのっそり立ち上がると、すっかり来たときの姿に戻った絹人の背中を押した。何枚かの布越しにうっすら感じる手のひらの温度がなぜだかひどく尊いものに思え、絹人は唇を噛んだ。死ぬな、とこの人に言う権利は自分にはない。彼がほしいのは自分ではない人間なのだ。部外者が口を出しても、刈谷の清算にも賭けにもならない。
ぽんと、今度は玄関口で軽く背を叩かれる。
「じゃあね、絹人くん」
「あ……っ」
ドアを開けた刈谷は、きわめて明るく見送ってくれた。その瞬間なにかに駆り立てられて絹人は玄関から外に出るのを留まった。刈谷の腕を掴み、そこを支柱にして背伸びをする。首をわずかに傾いで、絹人はやわらかに刈谷にキスをした。
「……絹人くん?」
そっと離れ、刈谷を見つめる。なにかうまい言葉をかけようと考えていた。しかし、絹人は彼にかけるべき言葉を見つけられなかった。きゅうっと、胸が痛む。なにを言えばいい。なにを伝えておけばいい。今、キスした理由だろうか。それとも出て行かなかったことの侘びだろうか。なにか、なにか。
たまらなくなって目を伏せた。すると刈谷がふっと顔を覗き込んでくる。反射的に目を合わせると、彼は理解に苦しむほど穏やかに微笑んでいた。
「ありがとう。君は……君は、僕の遺書みたいな人だね」
それだけ言うと、刈谷は絹人を部屋から押し出し、ドアを閉めてしまった。足がふるえている。いや、足どころか手も、まともに握れないほどである。
遺されたほうはとんでもないだろう。弟は瀬戸際にあるなか、兄が死ぬなどとは考えもしないだろう。
刈谷の母親はきっと、彼に関心がなくなったわけではない。絹人には妙な確信があった。申し訳なくて、だから完全無視をしたのだろう。顔向けできなくて、そうしたんだろう。
それでも彼はそんなことを言っても是とはしなかったはずだ。彼の真実はの場所はそちらではなく、べつのところにあるのだ。
ふるえが治まり、少し歩くと臀部に液体の伝う感じがした。ぶるりと背筋がざわめいた。
これは彼の最後の種である。自分は、子どもが生めない身体であること。それを、こんなにも罪深いと感じる日が来るなどとは、思いもよらなかった。
急激に湧き上がってきた衝動に任せ、絹人は預かったあのメモを引きちぎって細切れにし、コンクリにばら撒いた。彼の弟が元気になった姿。床に臥せっている姿。そのどちらも、見たくはなかった。
怨嗟
いきなり現れて家族を奪った他人に優しくしながらも、彼はふいに痛ましい面差しになるのだ。だから自分からも兄に和やかに接した。無理をしている兄よりも、あざとく同情している自分のほうが偽善者だとは知っていた。
けれども、ほかにどうしたらよかったのだろう。兄を拒絶するのは聞き分けのない子どものすることだ。かといってのっぺりした笑顔を浮かべてつき合っていくのは、ずるい大人、である。
兄は、まさか弟がこんな人間だとは考えもしなかっただろう。こちらがそう、させなかったのだから。
兄が自分に反感めいた、コンプレックスを澱ませていくのをじっと見ていた。そんなに苦しまなくてもいいのにと肩を抱く資格はない。兄は、弟という存在が疎ましいのだ。憎まれている。おかしいかもしれないが少し誇らしかった。無関心でないこと。苦悶しながらも、「家族」としようとしてくれたのだ。
屈折しているという点で、彼とはとてもよく似ていた。もしかしたら誰よりも愛しかったのかもしれないし、殺したいほど否定していたのかもしれない。父親が違うとはいえ、彼とは兄弟なのだ。そんな性根が似ているのも当然、だったのだろう。
何度か直接、兄の気持ちを訊こうとしたことがある。しかしこの口は、兄さん、と呼びかけると決まってそこで固まってしまうのだ。例の笑みで振り返った兄を、そのたびにとても忍びなく感じる。せいいっぱいの虚勢。兄は、生きづらそうな人だ。
兄さん、兄さんは、俺のことをどう思ってるの。結局、兄にはそう訊けずじまいだった。
自殺をして、一人部屋に無残に転げていたのだという。彼のもとへは、行かれなかった。自分が死の淵にいたのだ。意識を取り戻したのはちょうど兄が亡くなった時間と、近かった。
誰にも言ってはいないが、自分では、兄はこの命を守るために逝ったのだと確信している。だから恨みがましい。最後に兄の隣にいたか、もしくは会っていたであろう誰か。
情交の痕があったと、人づてに聞いた。怒りだった。その相手――男を、きっと一生許さない。あの寂しげな兄は、自分のものだったのだ。感情を押し殺して「素晴らしい兄」になろうとしていたあの人は自分の性癖すらひた隠して俯き、生きて、死んでいった。
兄を抱き、慰め、そばにいるのは、この先一生自分だと、固く決めていた。それにもかかわらず、その誰かは兄を引き止めなかった。怨嗟、というのだろうか。兄のいない日々を送ることを、その相手は唯一の弟である自分に間接的に課したのだ。
許さない。しかし、会ってはみたかった。なにをしてしまうかは、わからないけれども。




