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神聖かまってちゃんいつも褒められない君へ

 

ベースに目がいってしまう理由


神聖かまってちゃんといつも褒められないきみへ

―――ベースに目がいってしまうのはリアルよりリアリティ

 

 

 

 バンプオブチキンを聴くと、まわりにほめられるけど、神聖かまってちゃんを聴いてもあまりほめられない。

 「そんなの狭い世界だぜ?」と鼻で笑えるなら、これから書くことはきみにはまったく分からないことだろう。わたしは小さき者のためにこれを書いている。

 

 われわれは狭い世界に生きている。無限の可能性があると言われればそれまでだが、たとえそうであっても動ける範囲が自分の机とトイレを往復するくらいのわれわれにとっては、暗黒にいるのと同じだ。

 その世界から救ってくれるのはわたしたちにとって唯一、「表現」だ。

 だから、クソみたいな周りの人間がやらないような映画を観て、本を読み、音楽を聴く。たとえば、大槻ケンヂはエッセイで、「自殺するなら本を一〇〇冊読んでからにしろ」と書いている。それをやると自分がすごい人間のように思えて、いくらか他人を見下せるようになり、自尊心が保たれて、自殺する気がすこしは解消される可能性があるのだという。

 よし!本を読もう。こんな雑誌を読むなんて、死ねずにいる死にたがりに決まっているからだ。ロックミュージシャンの大槻ケンヂがいうのだから信用できる。

 

 ところで、「小説」というと、はるか昔からあったと思っている人が多いが、書かれるようになったのは十八世紀あたりだ。意外に最近である。十八世紀までは小説なんてなかったのだ。

 もう少し小説について記述したい。

 それまで詩や劇はあった。二千年や三千年も昔からあった。しかし、それは神話や伝説や昔話など、まちがっても一般庶民の身の回りに起こらないようなスケールのばかでかいものだった。

 一八世紀になって、はじめて、隣のおじさんや、近所のお姉さん、都会の少年が活躍する物語が生まれた。

 たとえば、デフォーの『ロビンソン・クルーソー』(一七一九年)が有名だ。ロビンソンがどういう理由で船乗りになり、船が難破して無人島にたどり着く、そこで生活していくうちにいろいろなことに遭遇し、いろんなことを考える、という話が描かれている。神話や昔話とはちがう。リアルが描かれているのだ。『ロビンソン・クルーソー』より前に、そんな作品がなかったのか、というと、なかった。「おとぎ話」みたいなものばっかりだったのだ。

 つまり、小説というのは、すべてをリアルに描こうというのが大きな約束なのだ。たとえば、まわりの風景、部屋のなか、相手の顔、姿、登場人物の気持ちなんかをきちんと書き込んでいく。さらに、時間もきちんと描く。

 

 

わたしも『ロビンソン・クルーソー』を読んでみたが、やけに細かい。船が難破したのが一六五九年で、二五年目にフライデーを助けて、一六八六年にイギリスに戻っている。うーむ、細かい。それ以前の「おとぎ話」ならば数百年や数千年のスケールの物語である。もしくは、年号を抽出することはしないだろう。たとえば、神々の戦争 (神界戦争) を描くのにちょこざい年数なんていちいち刻んでいるとうっとおしい。それよりも大地が震え、山が動き、海が割かれることのほうが重要だ。

まとめると、小説の合言葉は「リアル」ということである。これが、それまでの神話や伝説や昔話や「お話」とちがうところだ。

いろんなものを書き込む必要が出て着るため、それでどうしても小説は長くなってしまう。

イギリスではさらに、『ジェイン・エア』『嵐が丘』『二都物語』『チャタレー夫人の恋人』といったいろんな小説が描かれていく。アメリカだと『ハックルベリー・フィンの冒険』『老人と海』『キャッチャー・イン・ザ・ライ』だろう。

この辺り読んでおけば、教養のある親ならば褒めてくれるだろう。ロック史でいうなら、エルビス・プレスリーやチャックベリー、ビートルズやローリングストーンズやビーチボーイズを聴いてれば、それらロックの文脈を知っている音楽好きの大人から褒められるようなものだ。

 

 とはいえ、わたしたちはそういう教科書的なものにどうしてもいやな気持ちがしてしまう。押し付けられている気がするからだ。それらを掘って聴いているのはロックエリート、いわいる「いい子」である。

 偏見の塊でいきているわたしはそういうエリートの押しつけはノーサンキューだ。

 褒められない小説の話をする。たとえば、『ねずみくんのチョッキ』を読むと、先生に褒められるけど、『ドラキュラ』や『フランケンシュタイン』を読んでも褒められない。

 フランケンはあの頭にネジがくっついた大男というイメージをもつが、じっさいはフランケンを作った博士の名前である。この物語の熱いこところは命のなくなった捨てられる存在である人間の身体の部位を集めてツギハギしてそれに命が宿るというところだ。

 フランケン博士はこそこそ夜中に盗みに入っていたことが想像できる。人前に出ることができないさまが浮かぶ。もし博士に人望があり権威がありコネがあれば、必ず協力者がいたはずである。博士にはそれがない。つまり、孤独だったのだ。

 これはわれわれに当てはまる。そう考えると熱い。

 太陽に照らされたものたちが捨てたカスみたいなものを拾い集めてそれをアイデアと絶望で化学変化させていく。会心の一撃をくらわそうとしている。ボンクラの下克上だ。

 

神聖かまってちゃんはフランケンシュタインである。

先日、ライブでの子(ボーカル)とmono(キーボード)が殴り合いを始めて退場してしまった。そのときに、ライブで一切自我を消しているちばぎんが「こんなバンド早くやめてえ!!」と叫んだ。これは熱い。(このライブで一番熱かった)

 

 

ライブで自我を消しているということはバンドが転がるように徹しているということだ。これは前者のみんなで一台のバンで走っているイメージ。

神聖かまってちゃんはそれぞれのメンバーの自我がかならずにじみ出ている。どう抑えててもだ。の子は自身のバイオリズムが変わればライブのテンションにもドスンと影響する。monoMCをしても滑舌の悪さを隠せない。みさこ(ドラム)は喋れば喋るほどフロンロマン的素質を出してしまう。

 

 

そんななか、ちばぎんはときに偏るバランスを整えるよう行動し、MCをしていた。

それが「こんなバンドやめてえ!」発言で一気に自我を出した。

自身のネット配信では当然自我を出しているがそこで視聴者からどんなコメントがきてもひょうひょうとしている。そんなちばぎんがバンドで調整としての役割を放棄したのだ。その瞬間のカタルシスは最高だった。

そもそもロックンロールに心奪われる人間は、自分の心を出したいのに出せない人間である。だからこそ表現に惹かれるのだ。

 

 

 

学校のそうじの時間、班のみんながサボってどこかへ行くなか、黙々とそうじすることがある。それを傍からみたら、「まじめだね」「偉いね」「そうじ好きなんだね」「いやならサボればいいのに」という思いを持つだろう。

わたしだってほんとうはサボりたい。そうじが好きなわけない。真面目のわけがない。でも、自分がいなくなったら全てが崩れてしまう。それが分かるからサボることができない。

崩れかけが崩れてしまわないよう保っている最終防衛ラインは自分である。そういう役割だから自分の心を出すことができない。ほんとうだったらモップを投げ捨てて出ていきたい。それが出来ないのだ。

神聖かまってちゃんを趣向する者はそういう人間だろう。彼らバンドはそういった者たちを代弁する存在だ。

 

しかし、よく考えるとそのような者たちの気持ちを代弁するように出てきた神聖かまってちゃんも人間が4人集まっているわけだから、それぞれが本当にバラバラに動くと崩れてしまうのだ。

 調整役が出てくる。それがちばぎんだった。自我を出したらいろんなものが崩れきってしまうという景色が彼には見えているのだろう。バランスをとる役目を自らおっていたのだ。

 この前のライブ、中盤なぜかの子とmonoがケンカを始めてしまい、ライブは中断。こいうことは前にもあった。会場がもうざわざわしてるなか、いつものように調整の役割をやらなければいけなかったちばぎん。

 そんななかで「こんなバンド早くやめてえー!」と始めて叫んだ。自我を出したのだ。

 勝手にわーわーやって、そうじ場所からいなくなってしまったクラスメイトたちの分までいつものように負担して床をはかなければいけない少年が、モップを放り投げて飛び出したのだ。

 だからこそちばぎんの発言はわれわれからすると最高のカタルシスだった。

 

 音楽よりも、その場でバンドの関係性と存在こそがロックンロールになってしまうそんな瞬間を与えてくれるロックバンドは少ない。われわれのようなボンクラからするとこんなすごいリアルをみせてくれるバンドはいない。最高の小説、一本の映画を観ているようだ。

 

そんな瞬間があるから神聖かまってちゃんファンはやめられない。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うおお


奥付


神聖かまってちゃん


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