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カクテル

Hot battered Rum

 

 

 

 

 

 

 

重い樫の木の扉を開けた。

凍てつく夜だった。

おもむろにカウンターへ向かい、

「Hot battered Rum」

を頼んだ。

 

白いバーコートに蝶ネクタイをした初老のバーテンダーは、

「お寒いですね。」

と一言いい、

グラスにダークラムをそそいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

gimlet

 

 

一杯目は、

「gimlet」

と決めている。

レイモンド・チャンドラーの「長いお別れ」で、

「"I suppose it's a bit too early for a gimlet," he said.」

と私立探偵フィリップ・マーロウが言った台詞だと大概の人は誤解している。

 

 

「本当のギムレットはジンとローズ(社製)のライム・ジュースを半分ずつ、他には何も入れない」という記述もある(ここで言われるローズ社のライム・ジュースはコーディアルライムの事である)。

 

 

 

 

 

 

 

 

dìsəpíɚ(失踪)

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんたがいけないのよ」

そう、直子は俺に詰めよった。

 

Bar「浪漫倶楽部」のマスターが失踪したのだ。

借金がかさんだとか、愛人と逃避行したわけではない。

 

エリさんは、マスターの代わりにシェイカーを振っている。

今日の俺の一杯目だった。

 

まだ陽が落ちる、午後4時半。

まだ、Bar「浪漫倶楽部」が開店する時間まで30分早かった。

 

俺は地域情報誌で編集・ライターをしている。

発行部数も伸び悩み、おかげで広告収入も目途が立たず、

発行停止寸前の情報誌をなんとかしようと目論んでいた。

 

そして、今まで紹介してこなかったBar「浪漫倶楽部」を弊誌で紹介したのだった。

地元は元より、遠方からも噂を聞きつけた俄か酒飲み達が数多く訪れるようになった。

店は依然にも増して繁盛したが、大事な何かを失った。

 

それは、俺自身の心とマスターの魂だった。

 

いつも、Bill Evans が架かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

Polka Dots And Moonbeams

http://www.youtube.com/watch?v=4NTxWQfMSsA

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

C'est la vie!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

疲れた夜。

マスターはいつもこのカクテルを作ってくれた。

しかし、

レシピは教えてくれないままだった。

俺は、

その「生命の歓喜」と名のカクテルを飲みたくて、

失踪したマスターを探す旅に出ることを決めた。

 

 

そして、

その雑誌社を辞め、

フリーランスのライターとして、

捜索&全国のBARを取材する。

 

BAR「浪漫倶楽部」のマスターは、

雪国にいるという情報が入り、

そこで、

憂いた酒飲み達に

「生命の歓喜」

のカクテルを作っているという。

 

 

 

エリさんは、

三杯目のカクテルは何にすると聞いてきた。

思わず、

C'est la vie!」
と言って、

店を出た。

 

 

 

 

雪国

 

雪国での捜索は難航した。

確かに「浪漫倶楽部」のマスターはここの土地に足を踏み入れたようだった。

小さな町だったが、意外と飲み屋は多い。

 

新しいアウトドアメーカーのスノーブーツを買って行ったが、

不慣れな雪国では、ただのよそ者だ。

身動きが思ったように取れない。

 

夜の街を俳諧しているうちに、一件の居酒屋で情報を聴きつけた。

 

どうやら、マスターはこの町に一件ある、ジャズ・ピアニストが経営するバーに現れたという。

俺は、情報をとりに何軒も梯子したので、ここの土地の有名な日本酒で酩酊しかけていた。

確か「〆張鶴」という酒だったか・・・

 

近くのビルの二階にあるということを聴いて、行って見る事にした。

 

ふと、車中で読んだ、宮本輝の作品の文中に

「現代人には二つのタイプがある。見えるものしか見ないタイプと、見えないものを見ようと努力するタイプだ。
現場から発しているかすかな情報から見えない全体を読み取りなさい。」
(宮本輝著 「三十光年の星たち」文中より)

という文章が思い浮かんだ。

 

 

 

 

雪国Ⅱ

 

 

 

大方の予想どうり、「浪漫倶楽部」のマスターはここの土地に舞い降り、

そして、ピアニストがやっているバーでシェイカーを振ったようだ。

 

「Bar Midnight」はこの町に唯一あるJAZZバーで、

マスターはオスカー・ピータソン並みに弾くピアニストらしかったが、

腕の怪我でNYから、この小さな町に戻りバーを開いたのだった。

饗に乗ればお客のリクエストに答えてピアノを弾いてくれるそうだが、

なにせ一人でこの店を切り盛りし、バテンダーも兼ねてるので、

ほんのたまに暇な時間にしか弾かないと言う。

 

マスターはチョビ髭をたくわえており、トニー谷を思わせるが、本人はビル・エヴァンスのつもりらしかった。

 

俺は、マスターにギムレットをオーダーし、「浪漫倶楽部」のマスターが訪ねて来たか聞いてみた。

やはり、ここに突然来て、「シェイカー振らせてくれないか?」と訪ねて来たらしい。

店の客も驚いたが、突然やって来た白髪の老人にシェイカーを振らせる分けにもいかなかったが、

丁度、店のマスターもピアノが弾きたくて指が蠢いていたので、

「浪漫倶楽部」のマスターにカウンターに入ってもらったと言う。

 

そして、俺は何を作ったか聞いたが、ピアノを弾いていたので分からないと言い、

「弾いたピアノの曲なら憶えているがね。」

と答えて、オーダーしたギムレットをカクテルグラスに注いでくれた。

俺は三口でそれを飲み干し、ここの自慢のカクテルをオーダーした。

他に「浪漫倶楽部」のマスターの情報を聞き出したかったからだ。

 

「Bar Midnight」のマスターは、

「ここは、雪国だから”雪国”というカクテルはどうかね?」と尋ねた。

俺はそれでいいとあまり考え深くもなく答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

※「雪国」レシピ

 

 

サントリーカクテルコンクールで優勝した作品。作者は山形の井上 計一氏。

    真っ白い雪を思わせる、グラスの縁の砂糖と、その中に沈んだ緑のチェリーが
    飲む人をあたかも絵画の世界に誘ってくれるような、美しいカクテルです。
    まさに雪の中の常緑樹の緑、「雪国」のイメージそのもの。

 

piano

 

 

 

店の広さには似合わないグランドピアノが置いてあった。

客も俺一人になり、「浪漫倶楽部」のマスターの事を聞きかけた時、

この店「Bar Midnight」のマスターはおもむろにピアノの前に行き、

「枯葉」と「酒とバラの日々」を弾いた。

確かにオスカー・ピーターソン並にミスタッチのない演奏だった。

俺は拍手の変わりに、

マスターに一杯勧めた。

断るかと思ったが、シングル・モルトを棚からおろし、ストレートグラスでぐいっとやった。

「ところで・・・」

と言いかけた時、マスターはまたピアノに向かいやがった。

今度も聞き出せなく、「身も心も」を弾き出しやがった。

 

 

 

 


マティーニ

女は泥酔していた。

 

オーダーしてあったマティーニを口にせず、生ぬるくなっていた。

 

俺はそれを下げるように、バーテンダーにいった。

 

しかし、思い直し、それをロックでくれと言った。

 

そんなのはどうでもよかった。

 

俺はただ酔っていた。

 

あのマスターを捜索する意欲さえも失っていた。

 

 


この本の内容は以上です。


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