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チョコレートドーナッツ

チョコレートドーナッツ

2014年5月29日鑑賞

解き放て、命の美しさを

 

この作品は2014年、最も美しい人間達のドラマだ。

その美しさは「アナと雪の女王」よりも輝いている、とさえ僕は思う。

何が美しいのか?

人間の心である。

作品の精神である。

この作品を形作る全ての要素が美しいのだ。

これは、ある男性二人が、ダウン症の少年をひきとり、育てる話だ。

ただ、この男性二人は世間の偏見にさらされている。

二人はホモ・セクシュアリティーなのである。

時代は1979年、今よりも、よほど同性愛について偏見のきつい時代の話だ。

二人の元に身を寄せる少年マルコ。

彼の父親について、この映画ではよく語られていない。また、その必要も無いだろう。マルコの育ってきた環境は、一見するだけで劣悪極まりない場所だと分かる。母親は麻薬中毒、いわゆるジャンキーである。薬を射ち、ラリって男を連れ込んでいる。その間、マルコに居場所は無い。部屋の外で事が済むまで待つしか無いのだ。母親は恐ろしい音量でガンガン、ロックを掛けまくる。騒音、爆音の洪水の中で彼女はSEXに溺れる。

隣の部屋に住むのが、ゲイバーでダンサーをやっているルディ。「仕事中」はセクシーな衣装で女装し、派手な化粧もしている。

ステージに立つ彼は、店にやってきたある男性に一目惚れする。男性はお固い法律事務所に勤める、エリート社員ポールである。二人はやがて「男と男」の恋愛関係に陥る。

さて、ルディは隣の部屋からの騒音に堪えかね、怒鳴り込む。その顔は、化粧を落とし、無精髭が見える。どこからみたって、むさ苦しいおっさんである。爆音が鳴り響く部屋で彼が見たのは、耳を抑えておびえたように部屋の片隅ですくんでいる小太りの少年、マルコだった。

その後母親は、麻薬所持で逮捕。ある日、ルディは夜の街を彷徨っているマルコを見つける。

「この子をほうっておけない」

ルディとポールは二人で、ダウン症の少年、マルコを育てようとする。

マルコが二人の部屋に保護された時のシーン。

「ここ、ぼくのおうち?」

「そうだよ。これから僕たちは家族だよ」

体をふるわせて、喜びの涙を流すマルコ。

このシーン、マルコとルディの背中ごしのショットである。

正面からマルコの喜びや悲しみや安堵の表情は撮らない。

あくまで、マルコの震える背中、それだけで、彼の育ってきた環境、苦しみ、悲しみ、救い、喜び、全てを表現しきっている。

この監督の手腕の素晴らしさ、表現の的確さに、僕は賞賛の拍手を惜しまない。

他にも「このシーンはそろそろカットをかけてもいいな」と僕が思った瞬間、次のカットに移っている。通常、自己主張の強い監督であるならば、観客の意向など無視して、自分の趣味のカットや、意味のない「長回し」などをしてしまう。本作ではそれが一切無い。しかも編集が見事だ。シーンとシーンの長さ、つなぎに全く違和感がない。ただ、ひとつ僕が注文を付けるとすれば、本作がほぼ全編、手持ちカメラで撮影されている事だけだ。ただ、作品があまりにも魅力的であるだけに、手持ちカメラ特有の、ぶれる画面もさほど気にはならない。

さらには、音楽の使い方、そのセンスの良さには驚くばかりだ。

ルディの歌声にも是非注目してほしい。

さて、障害を持つ子供と、ホモ・セクシュアリティーの男性二人は、ひとつの家族として認められるのか?

映画の後半、アメリカ映画お得意の法廷場面となる。

僕はこの作品を見ながら、チャップリンの「キッド」を思い出していた。貧しい浮浪者の元で暮らす児童は「適切な処置」が必要。そこでお役人は、チャーリーから子供を取り上げ、孤児院に送ろうとする。それを必死で取り戻すチャーリー。

チャップリンの「キッド」はハッピーエンドで締めくくられるお話である。

本作のマルコもハッピーエンドのお話が大好きだ。マルコが夜、寝付くとき、ルディにおとぎ話をせがむ。そしてルディは「ハッピーエンド」のお話を語って聴かせる。そこには子供を思いやる、保護者としての美しさと崇高さがある。

しかし、世間や、一般常識や、法廷と言う場所は「美しさ」や「思いやり」などの人間性を評価する場ではなく「異端者達」を排除する場所であった。

ルディとポールが見守る夕餉の食卓。大好きなチョコレートドーナッツを一口、頬張るマルコ。マルコはにっこり微笑む。

「ありがとう」

ダウン症という障害を持つマルコの微笑み。そのあまりの清らかさ、たとえ障害をもった命であっても、その命に宿された崇高な美しさは、やはりスクリーンで体験すべきだろう。

 

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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)

物語 ☆☆☆☆☆

配役 ☆☆☆☆

演出 ☆☆☆☆☆

美術 ☆☆☆☆

音楽 ☆☆☆☆☆

総合評価 ☆☆☆☆

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作品データ

監督   トラヴィス・ファイン

主演   アラン・カミング、ギャレット・ディラハント

製作   2012年 アメリカ

上映時間 97分

予告編映像はこちら

 

https://www.youtube.com/watch?v=uAeb4Ze3fKk

 


WOOD JOB!(ウッジョブ)〜神去なあなあ日常〜

WOOD JOB!(ウッジョブ)~神去なあなあ日常~

2014年5月10日鑑賞

負の遺産を抱えた僕たちが思う事

 

矢口監督作品を観ると、いつも「ああ、そういう手があったか!!」と驚かされる。そして映画の可能性なんて、まだまだあるんだよ、と教えてくれるような気がする。

今回、矢口監督が眼を付けたのはなんと「林業」

はっきりいって「そんなもん、映画になるんかいな?」と誰もが思う。半信半疑で公開初日、劇場で鑑賞した。

結果。

文句なし! おもしろい!! ちゃんと、映画になってる! 

だけではない。お恥ずかしながら、最後は感動のあまり、涙腺がユルユルになり涙が流れた。

最初は林業など、全く本気で取り組むつもりなどなかった主人公、勇気(染谷将太)だが、林業研修を進めるうち、少しずつではあるが、「木と向き合う事」になじんでゆく。

矢口監督作品を追っかけている人は本作を観てすぐ察するだろう。「ウォーターボーイズ」や「スウィングガールズ」のあのパターン。

はじめは全くやる気がない主人公。だけど、あるひとつの物事に出会い、「しかたなく」「巻き込まれ」最後には「自ら進んで」それをやり遂げる。人間として成長し、人生のステップをひとつ上がる。

矢口監督作品は皆、鑑賞した後、とてもすっきりと後味が良い。

僕は、この映画の主人公と全く同じような体験を、現在進行形で継続中だ。友人が、この映画に出て来るような過疎の山村で、「小さな家」を手作りしているのである。僕も”しょうがなく、巻き込まれて、いやいやながら”作業を手伝うハメになった。まるでこれは矢口映画のパターンそのものである。

彼の車に乗って高速道をすっ飛ばし、やがて険しい山間部に入る。道路は木々が覆い被さり、昼なお暗い。たどり着いた先はもう、本作の舞台と同じ、”ど田舎”としか言いようが無かった。電車はおろか、バスも走ってない。コンビニはふた山超したところにしかない。携帯はかろうじて繋がった。しかし、WiFiの電波は届かない。僕のケータイではネットにつなげられなかった。

車から降りた僕は、里山と里山が重なり合う、その風景に圧倒された。なにより目の前に広がるのは「直線」が一切存在しない世界なのだ。僕の身体に染み付いた遠近法はまやかしだった。僕の感覚はクラクラし始めた。

都会暮らしは、全て人工的な直線で囲まれた世界だ。中毒のように使っているパソコンも人工的な平面である。この集落で暮らす事は、里山の複雑な曲線が創る、多様な造形のハーモニーの元で暮らす事なのだ。

友人がつぶやく

「ここ、鹿がよう出るんや」

友人が作っている家の、となりのおばちゃんの話では

「山には猿も出るし、熊も出るんやでぇ」という。

 

更には、この映画にもあるが、僕の友人は作業中、マムシにかまれ、一週間入院した。実際に里山に暮らす事は、都会人が思うほど生易しくはない。決して、生半可な気持ちで出来ない。当然向き不向きはあると思う。しかし、僕はこの過疎の山村に何度か通ううち、いろんな発見をした。

作業中、寝泊まりさせてもらう、隣の古民家。そこに薪ストーブがある。

試しに僕は火をつけさせてもらった。都会人の僕は薪に火をつける事が出来なかった。

愕然とした。しかし、大きな発見があった。

木と言うのは貴重な財産だ。燃やせばエネルギーになる。お湯を沸かし、料理をし、部屋を暖めることができる。もちろん、建築の材料となり、食器になり、家具となる。その大切な木が、この集落の山間部では間伐されておらず、倒木が至る所にほったらかしにされているのだ。いわば、エネルギー、財産のカタマリが、そこら中に手つかずのままゴロゴロころがっているのである。そして僕らは海の向こうから、高いお金を払って油を買い求め、それで電気を作り、ケータイやパソコンを使う。僕たちはそれを当たり前だと思って利用している。

ちょっと立ち止まって考えれば、こんなおかしな事は無いのだ。

僕は「この集落をなんとかできないか」とまで考えるようになった。

僕たち都会人は、今再び、里山での暮らし方を再発見しようとしている。

ただ、矢口監督は「この映画で林業の啓蒙をやりたかった訳ではない」と述べている。今回、矢口監督は「林業」という題材、その「リアルな姿」に純粋な興味を持ち、映画の素材として使いたかったのだろう。林業という「テーマ」は矢口監督の腕にかかれば、エンターテイメント映画として成立する事を証明したのだ。

自分の二世代前、おじいちゃん達が育てた木を、平成の現代に”恵み”として有り難くいただくこと。主人公の勇気は気づいたのだ。林業は木を切り倒す事だけではない。木を植え、育て、そして次の世代ではなく、もっと先の世代にバトンタッチをする事なのだと。

何万年後まで保存しなければならない「負の遺産」をかかえてしまった21世紀、ニッポンの僕たちは、22世紀、いや、もっと先に何を受け渡すことができるのだろう。それを今考えてみてもいいのではないだろうか?

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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)

物語 ☆☆☆☆

配役 ☆☆☆☆☆

演出 ☆☆☆☆☆

美術 ☆☆☆☆

音楽 ☆☆☆☆

総合評価 ☆☆☆☆

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作品データ

監督   矢口史靖

主演   染谷将太、長澤まさみ、伊藤英明

製作   2014年 

上映時間 116分

予告編映像はこちら

 

https://www.youtube.com/watch?v=czlmoufvB8U

 


奥付



映画に宛てたラブレター2014・6月号


http://p.booklog.jp/book/85620


著者 : 天見谷行人
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/mussesow/profile


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