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目次

 

あなたのお話、何でも聞きます。

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もくじ
第1話 何も話さなくていいです
第2話 コレクトコールをお願いします
第3話 もしもし、ひろきです
第4話 結婚しようって伝えてください
第5話 家が取り壊されるかもしれないんです
第6話 なんだかホッとします


著者 : たなかひまわり
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/tanahima2327/profile

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第1話 何も話さなくていいです

 私の仕事は傾聴サービス。いわゆる『愚痴聞き屋』だ。

 

 もっとも愚痴だけに限定しているわけではない。

 電話を掛けてきた相手の、「誰にも言えない」話を聞く。

 

 仕事の話や学校の話、自慢話や道ならぬ恋の話。

 

 否定せず、余計な口を挟まず、相手に同調することが基本。

 ついアドバイスしたくなる癖を直すのに一苦労だった。

 

 

 先日のことだ。

 

 待機時間終了三十分前に、電話が掛かってきた。

 

「お電話ありがとうございます。おはなし倶楽部でございます」

 私が応答すると、電話の主は微かに聞き取れるほどの声で言った。

 

「なんでも……いいんですか……」

 声のトーンから初老の男性と思われる。

 

「はい、何でもお話してくださいね」

 私はテンションとスピードに気を付けながら話を促す。

 

「あの……」

 男性は何かを躊躇っている。

 

 私は、次の言葉が出てくるのを黙って待った。

 

「二十分、電話を切らないでいてほしい。何も話さなくていいから」

 私は、相槌をしないで話を聞けと言われているのかと思った。

 

「わかりました。いいですよ」

 相手には見えない笑みを浮かべながら、私は男性の言葉を待った。

 

 ところが、男性はそれきり何も声を発しなかった。

 

 五分、十分と沈黙が続く。

 時折、電話の向こうから陶器なのか金属なのか、物質同士のぶつかる音がする。

 

 何をしているんだろう……。

 私は少し、不気味に思った。

 

 二十分後。

 

「ありがとう。切ります」

 それだけを告げ、男性は電話を切った。

 

 

 次の日。

 同じ時間に再び男性から電話が掛かってきた。

 

「昨日と……同じようにお願いします」

 沈黙と金属音が二十分間続く。

 

 次の日も、そのまた次の日も同じことが繰り返された。

 

 私は不思議に思いながらも男性の相手を続けた。

 休日も設けていたのだが、男性の掛けてくる時間には必ず待機するようにした。

 

 なぜか気になって仕方がなかった。

 放っておけない何かを感じていた。

 

 

 こうして一年が過ぎた。

 

 いつもの時刻に電話を受ける。

 何も語ることのなかった男性が最初の日のように「あの……」と呟いた。

 

「はい。いかがなさいましたか?」

 私は失礼のないように問う。

 

 男性は何かを躊躇った後、静かに語り始めた。

 

「実は一年前に妻を亡くして……食事する間だけ誰かにいて欲しかったんだ。今日が一周忌でね。あなたのおかげで寂しくならずに済んだよ。本当にありがとう」

 

 

 

 第一話 完


第2話 コレクトコールをお願いします

傾聴サービスは、スカイプでも受け付けている。

 

スカイプなら通話料が掛からず、顔を見ながら話すこともできる。

とは言っても、『誰にも言えないことを話したい場』という性質上、音声のみの通話がほとんどだ。

 

 

パソコンで別の作業をしながら待機していると、画面に着信の通知が表示された。

珍しく、ビデオ通話を希望している。

 

私は『ビデオ通話』をクリック。

四十代くらいの女性だった。

 

 お互いに挨拶を交わす。

 

「もう少し、カメラに顔を近づけて、話してもらえますか?」

 女性は、言葉を区切りながらゆっくりと丁寧に言った。

 

「このくらいで、大丈夫ですか?」

 私はパソコンに内蔵されたカメラに顔を寄せ、口元を強調する。

 出来るだけ発音を明瞭にするようにも心掛けた。

 

 補聴器を付けた女性は、「大丈夫です」と言い、はにかむように笑った。

 

「お願いがあります……」

 女性が話を始めた。

 

「コレクトコールで、母に電話を掛けてもらいたいのですが」

 

「コレクトコール、ですか?」

 初めてのケースに私は戸惑った。

 

「私の通訳を、お願いしたいのです」

電話料金は女性が払っているので、母親に負担を掛けることはないらしい。

 

「おはなし倶楽部の料金は、二人分払いますので……」

 

 何か事情がありそうだ。

 

「一人分で構いませんよ。わかりました。お母様の連絡先を教えていただけますか?」

 

「ありがとうございます。助かります」

 

 私は自宅の電話で106をプッシュ。

 オペレーター経由のコレクトコールに電話を掛けた。

 

 自分の名前と相手先の電話番号を伝える。

 

 母親がコレクトコールの意味を理解しているか不安になりながら応答を待った。

 

「もしもし、どちらさんですか?」

 母親が電話に出た。少し怪訝そうな声をしている。

 

「亜希子様に電話を掛けるように頼まれた白石と申します」

 

「は? ごめんなさい、耳が遠くて……」

 

「あきこさんに、でんわをかけるようにたのまれた、しらいしといいます」

 乱暴にならないよう、声に張りを持たせる。

 

私は電話を掛けた経緯を母親に説明した。

 

「亜希子に? そうでしたか。私はメールもファックスも苦手で……ご面倒をお掛けします。近くに住んでいた頃はお互いに行き来してたんですが、亜希子の夫が転勤しましてね。なかなか会えんようになりました。亜希子は元気にしとりますか」

 

 耳が不自由でも身内の声は電話で聞き取れる場合があるようだが、母親も耳が遠いとなると会話は困難を極めるだろう。

 ようやく状況を把握した私は、スカイプの画面に視線を移した。

 

「亜希子さん、お母様が元気なのか尋ねておられます」

 亜希子さんは心底安心したような表情を浮かべた。

 

 

 それから週に一回のペースで亜希子さんからの依頼を受けるようになった。

 

 テレビ電話があれば手話を使い、他人を介さずに会話が出来るのではと思ったが、亜希子さんは母親に声を出す機会を持ってほしいと願っていた。

 

 元々話好きだったのに、耳が遠くなったことで出不精になった母親をおもんばかってのことだった。

 

「お母さん、ごはん食べてる? 面倒だからってお茶漬けで済ませちゃだめだよ、とおっしゃってます」

 私が亜希子さんの言葉を伝える。

 

 母親は亜希子さんへの返答を、私との会話にからめて話した。

 

「あら、いやだわぁ、恥ずかしい。一人だとついね、作るのがめんどくさくて。固いものが食べられないから、お茶漬けが手っ取りばやいのよ。でも、亜希子にはちゃんと作ってるって言ってくださいね。また怒られちゃうから」

 

 

 第2話 完


第3話 もしもし、ひろきです

「もしもし、ひろきです。もしもし」

 

 小さな男の子の声が電話の向こうから聞こえてきた。

 間違い電話か。

 

「もしもし、ひろきくん? えっと……誰に掛けたのかな?」

 

「もしもし、ひろきです。あのね、おかあさんがこのでんわばんごうにかけなさいっていったの」

 

 母親に電話しようと思ったのか。

 

「ひろきくん? 間違えてるかもしれないからもう一度掛け直してみてくれますか?」

 

「わかった!」

 男の子は元気よく返事をしてから電話を切った。

 

 

数分も経たないうちに電話が鳴る。

 

「もしもし、ひろきです。もしもし」

 

「え……もしもし、ひろきくん? ああ……また、間違えちゃったかもしれないね。何番に掛けたんだろう。番号言える?」

 男の子は傾聴サービスの番号を答えた。

 

「あってるね……」

 母親がメモに間違えて番号を書いたのだろうか。

 これでは何度掛けても母親には繋がらない。

 

「ひろきくん、今一人なの?」

 

「うん、おかあさん、おしごといってるの」

 

 私は時計を見た。二十二時を過ぎたところだ。

 

「他におうちの人はいないのかな?」

 

「うん、ぼくひとりだよ。にちようびだけ、おかあさんといっしょにねれるんだ」

 

「日曜日だけって、毎日一人で夜寝てるの?」

 

「そうだよ。ぼくがねてるとおかあさんかえってくるんだ。あさ、おはようっていってくれるよ」

 

「ひろきくん、何歳?」

 

「5さい」

 

「そう……」

私は男の子の置かれた状況に少し胸が痛んだ。

 

 

「あのね、きょうね、ほいくえんでかおりちゃんが、おりがみおってくれたんだ。ひこうきのおりがみ。かっこいいんだよ」

 

「ひこうき? そう、よかったね。嬉しかった?」

 

「うん! うれしかった。それでね、ぼくも けん おってあげたんだ」

 

「けん?」

 

「たたかいのときにつかう けん」

 

「そう! すごいね。かおりちゃんも喜んだでしょう」

 

「ううん、よろこばなかった」

 

「ええー、そうなの? どうしてだろう」

 

「わたし、たたかいなんてしないもんっていってた」

 

「そっかぁ、残念」

 

「ぼく、なきそうになっちゃったよ。いっしょうけんめいおったのに」

 

「そうだよね、悲しくなっちゃうよね」

 微笑ましいエピソードなのに、男の子の心情を想った途端、涙腺が緩みかける。

 

 

 私は泣きそうになる一歩手前で、もしかしたらとパソコンを開いた。

 傾聴サービスを利用するには事前の登録が必要だ。

 

 送信元の電話番号を顧客リストと照合する。

 あった……。

 女性の名前で登録されている番号と一致した。

 

「ひろきくんのお母さんって、よしみさんっていうお名前?」

 

「そうだよ! なんでしってるのー?」

 男の子は嬉しそうな声を上げた。

 

「あのね、おかあさんが、さみしくなったらここにかけなさいって。おかあさんはでんわにでれないけど、おねえさんがひろきのおはなし、きいてくれるからって」

 

 

 第3話 完


第4話 結婚しようって伝えてください

「あのう……」

 鈴木と名乗る若い男性から電話が掛かって来た。

 

「どうなさいました?」

 

「彼女にあげたいものがあるんですけど……」

 

「あげたいもの、ですか」

 

「はい、それをどうやって買ったらいいかわからなくて」

 

「どんなものでしょう?」

 

「えっと、いやぁ……それはちょっと……」

 鈴木さんは明言を避けた。

 

「うーん……彼女さんにあげたいもので、買うものですよね。どうやって買うか、ですか……」

 私もどう返答したらいいかわからない。

 

「ごめんなさい! また電話します」

鈴木さんは慌てたように電話を切った。

 

 

数分後。

 

「もしもし、彼にここに電話しろって言われた者なんですけど」

 

「彼氏さまのお名前は?」

 

「鈴木です」

 

「あ、鈴木さまですね。お言付けはないようでしたが……」

 

「は? まただ……あいつ、すぐに人を頼るんですよね。何か言ってませんでしたか?」

 

 いくら彼女とはいえ、伝えてほしいと言われた訳ではないものを話すわけにはいかない。

 

「特に何もおっしゃらずにお切りになりましたが」

 

「そうですか……。なんで電話しろって言ったんだろ。すみません、はっきりしない男で」

 

「いえ、そんな……」

 

 女性は「ホントにすみません」と言って電話を切った。

 

 

 翌日。

 

「あのう……」

 鈴木さんから再び電話が掛かって来た。

 

「昨日、彼女から電話掛かってきましたか?」

 

「ええ、掛かってきました。ごめんなさい、何とお伝えしたらいいかわからなかったので、何も言わなかったのですが……」

 

「いいえ、こちらこそはっきりしなくてすみません……」

 鈴木さんは口ごもりながら謝った。

 

「今日はどうなさいましたか?」

 

「あの……彼女にあげたいものを昼間、買ってきたんです」

 

「あ、買えたんですね! 良かった」

 

「それをどうやって渡したらいいかと思って……」

 

「サプライズをなさるとか?」

 

「いや、サプライズって程のことでもないっていうか……」

 

「うーん……シンプルに『あげようと思って買ってきたよ』って渡しても喜ばれると思いますが……」

 

「実は……指輪を買ったんです」

 アクセサリーか何かかとは思っていたが、指輪とは予想外だった。

 

「あら、素敵」

 

「彼女と付き合って三年経つので、プロポーズしようと思って」

 更に上をいく言葉が飛び出す。

 

「そうだったんですね。うまくいくといいですね」

 

「そこでお願いなんですけど……」

 

 昨日からのやり取りで次の展開が思い浮ぶ。

それを裏切って欲しいと心の中で願った。

 

 だが、鈴木さんは裏切らなかった。

 

「僕が結婚しようって言ってたと伝えてください!」

 鈴木さんはそう言うが早いが、電話を切った。

 

 

「もしもし、鈴木がまたここに掛けろって言うんです。今度は伝えてもらうこと、ちゃんと言ったからって」

 

 今日はタイムラグが一時間あった。

 鈴木さんもさすがに彼女に連絡するのを躊躇ったとみえる。

 

 私は「いえ、今回も何も承ってないんです」と答えた。

 お客様からの依頼に初めて背いた。

 

「ホントですか? 何なんだ、あいつは……」

 彼女は独り言のように吐き捨て、電話を切った。

 

 それ以来、鈴木さんから電話が掛かってくることはなかった。

 

 

 一カ月後。

 

「もしもし、あの……今日はお礼が言いたくてお電話しました」

 鈴木さんの彼女からだった。

 

「あの日、何も聞いてないって言われたよって彼に言ったら、彼が『そんなわけない』って珍しく怒ったんです。でも、私も何だか頭に来ちゃって、言いたいことがあるんなら自分で言ってよって喧嘩になって……。なんだか彼のことが情けなくなっちゃって、口利くのも嫌になって。もう別れてもいいやって思ってたら、昨日、彼がうちに来て指輪をくれたんです。プロポーズなんか絶対にしてくれないだろうなって思ってたけど、彼も怒ったことで勢いをつけられたみたいなんです。だから……彼の伝言、言わないでくれて本当にありがとうございました」

 

 

 第4話 完



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