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機密性2(関係者限り)

脳内定着型法悦誘発装置の安全性、規制検討に係る意見聴取会
議事録

アタラクシア:それでは先生方、お揃いになりましたので、ただ今から脳内定着型法悦誘発装置の安全性、規制検討に関する意見聴取会を開催させていただきます。
 まず、各先生方におかれましては、大変ご多忙の中、また、誠に急なお願いの中、本日の意見聴取会にご参加いただきまして、誠にありがとうございます。厚く御礼申し上げる次第でございます。
 私は本聴取会の司会を務めさせていただきます文化娯楽福祉省(MCRW)、規制検討課のアタラクシアでございます。よろしくお願い申し上げます。
 この意見聴取会におきましては幅広い専門家の方々にお集まりいただきまして技術的な観点から文化娯楽福祉省の審査、審議に当たって留意すべき点などに関して忌憚のないご意見、厳しい審議をいただきたいと思っている次第でございます。よろしくお願い申し上げます。
 本日の進め方でございますけれども、議事次第にもございますように、第一部にてまず私の方から、この脳内定着型法悦誘発装置「オルガスマトン」の概要、社会への波及的影響や論点の整理を提示いたします。続く第二部にてオルガスマトンと類似の脳内現象を引き起こす娯楽との比較、検討を行う予定になっております。具体的にはサイコアクティヴ物質のビッグスリーであるアルコール、タバコ、カフェイン、そしてリトルスリーであるマリファナ、コカ、阿片、それに加えて快感や興奮を誘起する娯楽であるマスターベーション、オルガスムス、音楽、甘味料、ゲーム、つまり脳内のドーパミン放出を伴う主要な気晴らしについて議論することを想定しております。そして最後となる第三部ではこれらを踏まえてオルガスマトンのメリット、デメリットについての討論を予定しております。
 では第一部を始める前に先生方の間での意見交換を考え、少し簡単な自己紹介といいますか、お互いの専門をお聞かせいただけるとありがたいと思います。では席順でグルジェフ先生から順でよろしゅうございますか。
グルジェフ:連邦麻薬取締局(DEA)のグルジェフでございます。ドラッグが人間社会や精神に与える影響を専門に研究してまいっております。よろしくお願いします。
エピクロス:コリン・エピクロスといいます。公衆衛生局にてタバコ、アルコール、甘味料などの規制に携わっております。よろしくお願いします。
ゼノン:ユヴァスキュラ工科大学のリック・ゼノンと申します。「オルガスマトン依存からの脱出」の著者ですのでご存じの方も多いと思います。本日はどうぞお手柔らかに。
ハルトマン:ミュンヘン文化大学のジェームズ・ハルトマンでございます。マスターベーションやオルガスムス、音楽を専門に研究をしております。グルジェフ氏とは昔からの級友であり、またご一緒に仕事ができることを嬉しく思っております。
アタラクシア:先生方、どうもありがとうございました。では最後に私から自己紹介を…文化娯楽福祉省のレナード・アタラクシア審議官です。本日の司会を務めさせていただきます。よろしくお願い致します。それでは議事を進めさせていただくことにしまして、先ほど申し上げましたように、まず私がバック・グラウンドということで今、皆さんの卓上モニタに示されている資料に沿って説明したいと思います。このオルガスマトンと呼ばれる非常に精緻な原子回路からなる極小機器(ナノ・ボット)は経口摂取されることで脳の報酬系、すなわち腹側被蓋野(VTA)に定着します。そして外部からの特殊なパターンのパルス波照射によってこの極小機器は腹側被蓋野のドーパミン・ニューロンを興奮させる軸索の集まりである内側前脳束を刺激し、オルガスムスに似た強烈な快感を生み出す仕組みになっています。つまりオルガスマトンはこの報酬系を部分的に、一時的に乗っ取るわけですね。
 前時代にもR.G.ヒース博士らが女性の性的不感症を改善する脊髄刺激装置を開発してはいましたが、こうした電極埋め込み法には炎症や免疫反応ですとか空間解像度の低さなどの技術的問題がありました。しかし、マルス社のラボに所属していた上席研究員であるT.プロメテウス氏が脳内定着型法悦誘発装置“オルガスマトン”を開発することにより、これらの技術的な問題は克服されたわけです。
 オルガスマトンは脳内のミクログリア細胞の免疫反応を克服しただけでなく、ドラッグにあるような長期増強のような耐性、退薬の際の禁断症状が生じないような巧妙な設計になっています。これらの技術に加え、極小機器が血管を通して脳関門を突破する技術は他のどの企業も実現できていません。それが独占禁止法に抵触するのではないかと危惧されたこともあります。そちらはゼノン先生のご専門だと認識しておりますけれども。
ゼノン:このような脳の多幸感の核を直接鼓舞するような装置に関しては、特定の企業に技術を封じ込め、官庁による公的管理を行うことが重要であるということが国際的なコンセンサスになっています。脳の報酬系を直接操る装置は大変な危険性を秘めており、核物質と同じレベルで厳重に技術管理がなされるべきだと思っている次第です。実際にマルス社のこの極小機器を分解しようとすると企業秘密保持の観点から自動的に自壊する仕様になっています。加えてこの技術をキラー・テクノロジーとして特許にも申請しないことで自社利益を確保しています。後発で開発されたナノ・ボット型オルガスマトンを開頭手術によって脳内に入れることも可能ですが、すでにA10神経に定着している先客と争うわけにはいきません。オルガスマトンの持つ潜在的な危険性、及び拡散にかんしては第三部にて私の方からまとめて紹介させていただきます。
アタラクシア:この装置が発売され、嗜好品として出回りはじめた頃には「究極のサイコアクティヴ物質、究極の人口甘味料、究極の音楽、究極のオナニー、究極の酒、究極のエネマグラ、娯楽の究極形」のように様々な呼ばれ方をして、否定的に捉えられましたが、今となっては嗜好品としてすっかり定着しています。そしてこの状態が幸福研究を促進させることに役立ったことはみなさんご存じの通りです。オルガスマトンはその人のドーパミンレベル、セロトニンレベルのような報酬系の活性化をモニタリングすることによって幸福度の測定を可能にしました。それ以前には幸福の客観的な測定が困難だったわけですが、オルガスマトンのモニタリング機能によってベンサムのいう「政府は政策を提案する際に、予想される快楽と苦悩を計算し、差し引きした純幸福が最大になるものを選び、国民の快楽を最大化し、苦悩を最小化することによって最大多数の最大幸福を保証するべきである」という功利主義に対してひとつの尺度を提供することができたわけです。ヒュームはスピノザと同じように、人間にとって快楽を与えるものを善、苦痛を与えるものを悪と定義したわけですが、この双方を客観的に把握し統計が取れるようになったということです。これによって善を快によって予感される合目的性でもって規定するという考え方ですね。
ゼノン:しかし、そのベンサムの議論には欠点があります。それには多数決型の民主主義に見られるように少数派の意見、不幸が蔑ろにされるという側面があると思います。さらにその議論は快楽の量のみに着目しているわけですが、実際に重要なのはミルのいうように快楽の質であると思うんですね。つまりその誘起するドーパミンの総量のみではなく、それが脳内の多様な部分と関連した、創造性を刺激するような快楽であるかが問題となってきます。高級な喜びや崇高な美徳はより深く、より持続的な喜びで脳内を満たすものであり、一級品というものは何度接しても飽きないどころか味わうたびに深みが見えてくるものです。ただ、このような高級な喜びには教育や知識、忍耐が不可欠であることはいうまでもありませんが、ともかくどの段階で、どれだけ深い幸福を期待するかによってその人の態度や生き方の多様性が生じるわけです。そして人は一度、高級なものと低級なものの違いがわかるようになると、低級なものを避けるようになるということです。
アタラクシア:ゼノン先生のご指摘はごもっともだと思います。ただ、質の話をはじめるとクオリアの話となり、これは今の数学では適切には評価できない領域になっています。ファジィ理論がこの難問に果敢にも挑戦しようとしていますが、まだ確立されていません。
 さらにいえば、ドーパミンレベルによる幸せの単純総和でも何が正しいかというのは決められない状態になっています。なぜならベンサムの功利主義は「何をするのが正しくて道徳的かということは行動の結果として生じる帰結で決まる」というものですが、この最終結果というもの自体が「最後の審判」までわからないわけですよね。結局、善悪の大域的判断は人間にはそもそも無理で神のみぞ知ることだということになる。つまり、道徳とは社会全体の功利の総和として立ち現れる神の意志であるといえる。そこで人間は「大多数から共感と同意の感情でもって迎えられる仮説群」を暫定的に正義だとか真実だとか呼んでいるわけです。
ゼノン:いやいや、それはおかしくて、正しいことというものは人とは関係なく、アプリオリに存在していると思います。利益でもってその真理性が担保されるとするならば価値観の数だけ真理が存在することになる。そのような多神教的なビジョンは人の幻想であってですね、真実はスピノザのいうように一意的に定められているということです。どんな知的生命体でも必ず、Maxwell方程式を近似的に真とみなすようになるはずです。そもそも利益でもってその真実性が証明されるとするならば博愛主義と商業主義は本質的には同じ穴の狢ということでしょうか。
アタラクシア:ちょっと今、科学的真実と社会的真実とが錯綜されて議論されていると思われるのですが、私がここで考えているのは社会的真実、正義の話です。この社会的正義に対してオルガスマトンがどのような影響を与えるのかを検討するのが本日の目的になっております。なぜなら快感は人の行動を導く羅針盤であり、脳内の報酬系は意思決定の核であるからです。自然は幸福感を起こさせる神経伝達物質を通常少しずつ、それも生存や生殖に繋がる行為にだけ与えるのですが、オルガスマトンは一時的にそうした「快楽を誘発する神経伝達物質」のレベルを上昇させ神経をだまし偽りの感覚を生み出します。しかしもともと快楽と苦痛の感覚はそれぞれ生物にとって有益もしくは有害なプロセスに伴う主観的感覚として進化したものであります。食べる、飲む、交尾するといった生命維持及び生殖に不可欠な行動を確実に行わせるため、自然はこうした行動に快楽というボーナスを与えたということです。自然はこのようにして我々を性的快楽という餌で「生殖義務」を果たさせてきたわけですが、それを人類がオルガスマトンによって自給自足できるようになってしまったということです。肉体的な快楽は不幸な結果に繋がる恐れがない限り、道徳の法則に反するものではないし、知性向上の余地をたっぷり残すほどの節度が保てるならば、その追求は生きる喜びの総和を増大させます。アリストテレスの記した「ニコマコス倫理学」にて不節制に属するのはもっぱら身体の快楽だけに限られ視覚、聴覚、嗅覚の快楽、つまり、演劇、音楽、花の香り、ファッション、デッサンを楽しむことは不節制にはあたらないとされたのはそのためです。アリストテレスの時代にはなかったオルガスマトンが発明されたことによりあらゆる身体の快感が依存症のリスクなしに味わえるようになりましたが、それでも私たちは節制を美徳と見なすべきでしょうか。快とは骨折りと犠牲によって得られるべきだと考えるでしょうか。快感がありふれたものになったら、あらゆる芸術は廃れてしまうのではないでしょうか。快感が自由に操作できるようになったとき私たちは何を欲し、何を目的として生きるのでしょうか。本聴取会では、これらの観点から議論を進めて行きたいと思います。ではこれにて第一部を終了し、ドラッグとオルガスマトンの比較検討に入りたいと思います。
 では、ドラッグを専門とされているグルジェフ先生よろしくお願いいたします。
グルジェフ:はい、お手元の卓上モニタのドラッグのところをタッチしていただけると資料が表示されます。…よろしいでしょうか。この資料にあるようにドラッグはその危険性に応じて分類がなされています。

Ⅰ項(危険性大、有用性なし):LSD、メスカリン、サイロシビン、カチノン、テトラヒドロカンナビノールなど22物質
Ⅱ項(危険性大、有用性あり):アンフェタミン類6種、フェンメトラジン、メチルフェニデート、PCP、メサカロン、セコバルビタールなど13物質
Ⅲ項(危険性中等度、有用性大):バルビツール酸類4種、グルテシミド、ペンタゾシンなど7種類
Ⅳ項(危険性あり、有用性大):バルビツール酸類8種、ベンゾジアゼピン類32種、その他の鎮静睡眠薬、食欲抑制薬など57物質

 また、ドラッグはその効用によって精神を覚醒させるアッパー系と鎮静させるダウナー系、そして幻覚をもたらすサイケデリック物質に分類がなされます。
 アッパー系にはコカイン、カフェイン、リタリン、覚醒剤があり、その作用の強度から覚醒剤がキング・オブ・アッパーと呼ばれています。これらは集中力や活力の増大をもたらし、疲労感、空腹感、恐怖心を軽減します。そのためコカインは頭痛や神経衰弱の治療薬という形で流通し広まっていった歴史があります。それによって一般人だけでなく、心理学者のフロイトや作家のスティーヴンソン、サガン、コナン・ドイルのような著名人にもコカインは愛好されていたわけですね。それ以外にも例えば覚醒剤は残業や憂鬱に有効であるということでサルトルのような著名な人物にも使用されていたことがあります。ただ、覚醒剤には当然危険性といいますか禁断症状があります。覚醒剤はその薬理作用から乱用者に自信過剰、攻撃性、注意力の欠如、苛立ちなどの徴候を引き起こすので犯罪や事故に結びつきやすい。乱用がさらに進むと妄想、幻覚、幻聴が生じることで異常行動を誘発し、かといって使用を中止すれば鬱状態が起こって自殺の危険性が生まれます。ただ、かつては医療の現場において限定的な使用が認められていたこともありました。米国では覚醒剤が病的肥満、ADHD、睡眠発作などの二次的治療薬として、経口薬のみ使用が許可されていたことがあります。それから発作的に眠り込んでしまうナルコレプシーの治療にも正当に応用されたことがありました。
 次のダウナー系には阿片、モルヒネ、ヘロイン、精神安定剤、睡眠薬、マリファナ、シンナー、アルコールがあります。そしてその作用の強度からヘロインがキング・オブ・ダウナーとして知られています。これらは不安や焦燥感を取り除き、気分の高揚感をもたらします。ちょうどオルガスムスや音楽と同方向の作用ですね。これらの薬理作用により人は生産的活動を放棄し、夢見心地の平和な世界を浮遊することになります。そしてダウナー系ドラッグ類の乱用もそれらの多くが医薬品として普及したことが大きかったと思われます。ヘロインは当初、咳止め薬として注目されましたし、モルヒネはかつて痛覚マスキングとして末期ガンの疼痛に対しては依存を恐れず、最少有効量投与することが指針になっていました。それからモルヒネは戦闘状態における傷の痛み、緊張感を緩和するとして軍事的な目的で使用されたことがあります。また、阿片戦争を思い出していただければわかるように、阿片は相手国の民衆を弱体化、無力化するのに有効です。マリファナは末期癌患者の食欲増進や痛み止めとして効果がありますが精神病の発病リスクを高めることがわかっており、現在では使用されていません。イスラエルで意識の変容を引き起こさないマリファナが開発され、医療目的で役立つのではないかと期待されていましたが開発段階の途中でオルガスマトンが開発されて予算が付かなくなったそうです。
 そもそもマリファナは医療よりも、むしろ芸術との関係が深いんですよね。マリファナは比較的禁断症状が軽い上に緊張感がとれ、無性に愉快になったり、視覚、聴覚を中心とした知覚が非日常的に変容したり、様々なイメージや観念が湧出しやすくなることからミュージシャンを中心に芸術に携わる人々の間で乱用されてきた経緯があります。そういえば現代音楽に「マリファナ 不真面目な変奏曲」という曲があったと記憶しています。
 ただ、ドラッグと芸術といえばむしろサイケデリック物質の方が関係性が強いと私は感じております。サイケデリック物質にはLSD、メスカリン マジック・マッシュルーム、DMTのようなものがありますが、これらは視覚、聴覚を変容させ音楽をより強烈に感じられるようにしたり、共感覚のない人にそれをもたらしたりというように意識を拡張するための手段として用いられることがあります。実はLSD、MDMA、マリファナといった娯楽性の高い薬物はヘロインやニコチンのような禁断症状がありません。それでも何度も試そうとする人がいるのは意識を変革したくなるためですとか、宗教的な行事の補助のため、自己探検のため、知覚体験や喜びを増大するため、芸術的想像力やパフォーマンスを刺激するため、快楽に浸りたい、新たな創造性や自己洞察を得たいからという動機があるからなんですね。LSDによるサイケデリック体験が「恍惚こそが芸術であり、目的である」という思想を生み出し、数々の幻想音楽、幻想映画を生み出したことは事実ですし、実際にLSDは音楽、アート、映画、ヒッピー、ニューエイジ、エコロジー運動の土台になってきた経緯があります。LSDなしに60年代のサイケデリック・ロックは誕生しなかったといっても過言ではありません。ビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンや、ローリング・ストーンズのブライアン・ジョーンズ、 フリートウッド・マックのピーター・グリーン、ピンク・フロイド、シド・バレットのような面々ですね。それだけでなくLSDは科学の分野に関しても影響を及ぼしています。LSDによって創造性が高まったと語る科学者やIT技術者が数多くいまして、例えば二重らせん構造を発見したF.クリック博士、物理学者のファインマン、特にアップルの創業者の一人、スティーヴ・ジョブズは自らのLSD体験を「人生における2,3の最も重要な出来事のひとつ」と語っていたくらいです。ただし、当然よろしくない使われ方をされることもありましてですね、かつて日本の新興宗教であるオウム真理教が教祖の超能力を信じさせるためにLSDなどの幻覚剤を使用したことがありました。オウム真理教に限らず、カルト教団では快楽体験と特定の言葉、写真、音楽を結びつけるように仕掛け、洗脳を行うことがよくあります。
 今までお話ししてきたようにドラッグはアッパー系、ダウナー系、サイケデリック物質の3つに分類され、医療、芸術分野と密接に係わっているわけですがもちろん弊害があり、現在でも多くの州、国家で規制対象となっています。規制の理由の一つとしてあるのはドラッグが犯罪と正の相関があるということで道徳の腐食剤とみなされているからです。実際に覚醒剤事犯者数と完全失業率の間には明らかな正の相関がありますし、薬物は依存者に使用習慣を確立させ薬物を購入するお金欲しさに犯罪に走らせたり、若い女性をたやすく売春婦にまで堕落させることがあります。確か公衆衛生局の統計調査によって「ドラッグ嗜好者は非暴力的な財産犯罪に関わる傾向を持つようになる」という結果が出ていたと記憶しております。実際に精神病者がマリファナを使用すると社会的抑制が弱まり攻撃性、性的傾向、反社会的傾向が出現し、犯罪任務のトリガーになることがわかっています。その周辺現象として米国の黒人ゲットーでは「ジャズマン」と呼ばれる社会類型に類別される人たちが居ましてですね。彼らは社会の一般的な価値観を拒否、侮辱する形態としてドラッグを嗜好し、そこで発達した下位文化(サブカル)がそのような社会類型の再生産を促しているわけなんですね。ズボンを下げるファッションやヒップホップがまさしくこれに当たります。
 ドラッグはまた、外交圧力の道具、領土分散の要因、中央権力の弱体化の原因となり、そしてついには戦争目的の一つとなったことがあります。例えば国内の薬物問題を外国勢力の仕業とするのが連邦麻薬取締局の常套手段でした。酒は下層階級のカトリック移民、阿片はシナ系労働者、ヘロインは大都市の非行少年、コカインは自制心のないアフリカ系移民を象徴するものであったようにドラッグはいつも特定の逸脱者、嫌われ者集団と結びつけられてきたわけですね。日本においてもGHQによるレッドパージ後に共産主義勢力を覚醒剤と結びつける記事が多く見受けられたことがあります。
 それと世界の主要な宗教との関係ですけれども、化学的陶酔は世界の主な宗教から不評を買っています。それは偽りの宗教であり、善男善女の心を乱して破滅へと誘う化合物の偶像であると考えられているためです。したがってカトリックの公教要理や仏教の戒律その他基本的道徳法典は明確にドラッグ乱用を非難しています。そもそも薬物による報酬系の強制的な刺激を繰り返すと「代償性感受性低下」によって報酬系の神経が鈍くなり、ドーパミンが自然に出にくくなることがわかっています。それにより普段の安らぎや癒やしが減っていき日常的な幸せという楽園を追われることになる「失楽園現象」が起こるわけですね。まあ、これはタバコにも言えることなのですが。
 それに加えてドラッグ、タバコは食物を生産できる土壌を消耗し、疲弊させ、間接的に社会の食料自給率、バイオマス発電を阻害している面もあります。
アタラクシア:グルジェフ先生、そろそろ今回のオルガスマトンとドラッグを比較した検討内容に関してご説明をお願いできますでしょうか。
グルジェフ:はい、オルガスマトンは強いて言うならば阿片、モルヒネ、ヘロインと同じダウナー系に最も近いと考えられます。実際、ヘロインの多幸感は性的オルガスムスに似た快感であり、腹部を中心とした滲み渡るような暖かさを伴う快感であるからです。ただ、ドラッグによる強制的なドーパミン分泌と性的快感による脳内麻薬による自然なドーパミン分泌の間には当然違いがあります。脳内麻薬であれば体内ですぐに分解されてしまうので問題ないのですが、ドラッグの場合は安定な化合物であるために長時間分解されず、過度の快楽が長時間続くことになります。そのため、モルヒネやヘロインなどのダウナー系ドラッグには退薬症状があり、身体的、精神的依存が形成されてしまうわけですが、オルガスマトンにはそのような禁断症状はありません。
 もう一つ、重要な相違点として使用に際しての費用があります。ご存じの通り、オルガスマトンは初期費用のみで繰り返しの使用ができ、ドラッグのようにお金欲しさのために犯罪に走ることはありません。ただ、オルガスマトンを長時間使用しているとドーパミン源となる物質が欠乏してくるのでそれは当然サプリメントなどで補いながら使用する必要がありますが。
 いずれにしましても、このオルガスマトンの登場によりドラッグに走る若者が減り、麻薬産業、地下経済が衰退して公衆衛生が改善すると期待した経済学者がいましたが、実際にはドラッグ産業が縮小することはありませんでした。皆さんがご存じのように性的な快楽を増強する目的でマリファナ、MDA、亜硝酸、コカイン、LSDなどとオルガスマトンを組み合わせて使う新興宗教がいくつか出現したからです。彼らが拠点を置いている地域がちょうど代表的な麻薬の3大ネットワークである、「タイ、ミャンマー、ラオス」「アフガニスタン、パキスタン、イラン、トルコ、コーカサス」「コロンビア、パナマ、ボリビア、ペルー」であるのはまあ、当然と言えば当然ですね。実際にオルガスマトンは現代においてドラッグと共に新左翼の受け皿となり、宗教、ニューエイジ、有機農業、武道、エコロジーなどと結びついてきました。
 それとダウナー系の依存者にはその怠惰さに代表されるような受動性や労働賞賛価値からの逸脱が認められ、特にその孤独を求める態度が問題とされます。これは当然オルガスマトンにも当てはまることです。オルガスマトンは日常生活に支障をきたす「時間を無駄にする悪習」と見なされていますし、実際に単なる気分転換としてではなく廃人のように使用し続けている人もいて問題になっています。私からの説明は以上となります。
アタラクシア:詳細なご説明をありがとうございました。では引き続き、より人口に膾炙したタバコ、カフェイン、アルコール、甘味料についての危険性やメリットのご紹介をエピクロス先生、お願いできますでしょうか。
エピクロス:ではまず、タバコについてお話ししたいと思います。一部の人はご存じかと思いますが、私は古風な人間でして資料は紙にて各自の机に配布しております。では資料2-1を参照いただけますでしょうか。
 タバコはブータンなどを除くほとんどの国で規制対象となっていない普及した合法ドラッグであります。タバコを吸えばリラックスでき、ストレスが解消され、ストレスを原因とする病気を避けることができますし、ニコチンは日常生活において緩急のリズムをつけたり、社交性を円滑にするなどの効果が認められています。また、ニコチンは脳活性物質と反応して脳を整理する働きがあることが最近の研究で明らかになっていまして、自殺者に喫煙者が極端に少ないことはこのことと関係しているのではないかと指摘されています。
 さらに、ニコチンは統合失調症の治療の際に処方される抗精神病薬の副作用を緩和する効果があることが指摘されています。加えてニコチンは胃の収縮力を減少させるため食欲低下を引き起こし、肥満解消に効果があります。
 しかし、タバコに含まれるニコチンにはご存じの通り依存性があり、それを治療するために開発された「報酬系を標的とするタバコ依存症の治療薬」は自殺リスクを高めることがわかっています。また、長期間の喫煙の影響は、記憶力低下、過去の経験を現在の行為と関連付ける能力の欠如、全体的な認知機能の低下という形で現れます。それと、タバコは口臭、加齢、味覚および嗅覚障害の原因になることがわかっていましてタバコをやめると食べ物の味や香りがしっかりわかるようになるのはこのためです。
 また、タバコはドラッグやアルコールとは異なり服用時に周囲の人に受動喫煙によって影響を及ぼします。受動喫煙によって流産、早産、乳幼児突然死症候群、新生児の将来の肥満、糖尿病などが誘発されることがわかっています。また、子供に対する受動喫煙は言語能力低下、落ち着きのなさ、身体発育の低下といった問題を引き起こすこともわかってきています。
 お次はカフェインの話をさせていただきます。資料2-2をご参照ください。カフェインは世界で最も普及しているサイコアクティヴ物質といっても過言ではありません。カフェインには中枢神経系の興奮、強心、利尿、脳血管収縮、心血管の拡張作用があり、そのためにこれを摂取すると眠気や疲労感が取れ思考力や集中力が高まります。それは大脳皮質を興奮させ眠気、疲労感にマスキングをかけることによって社交性、集中力、作業効率を上げる効果がありますが、カフェインにはドラッグやオルガスマトンのような快楽的な陶酔感はありません。また、カフェインは抗鬱の働きにより自殺を予防しますし、覚醒効果により夜間の交通事故を予防することから社会的に好ましい向精神剤として規制対象にはなっていません。それだからこそキリスト教系のモルモン教を例外として宗教界からもほとんど問題とされていないというわけなんですね。さらに最近になって、コーヒーにはいつくかの健康効果があることがわかってきました。カフェインには脂肪を燃焼させる効果があり、ダイエットに有効ですし、コーヒーに含まれるポリフェノールの抗酸化作用や抗炎症作用によって紫外線によるシミや皮膚ガン、前立腺ガン、糖尿病などの生活習慣病を予防できることがわかっています。また、国立がんセンター予防研究部により毎日コーヒーを飲んでいる人は飲んでいない人に比べて肝ガンや大腸ガン、肺ガンのリスクが抑えられるということが報告されています。
 それからカフェインの依存性に関してですが、カフェインは薬物と違って脳の側坐核を興奮させないために依存症は起こらないことがわかっています。そもそもカフェインは間接的にギャバ神経とA10神経系に働くので副作用は少なく、安心して慰楽が得られるようになっています。ただし、摂取量が増えると落ち着きがなくなり、不安やイライラといったカフェイン中毒が発生し神経過敏、パニック障害、睡眠障害、悪心、嘔吐などの胃腸症状、不整脈、感覚障害が起こります。それと頭痛や健忘のトリガーになることもあります。さらにカフェインは副腎を刺激してノルアドレナリンとアドレナリンを放出させ基礎代謝を高める作用もありますが、それにより胃酸の分泌を促し心拍数を高めるため胃と心臓に負担をかけることがわかっています。ただ、「毒は量によって決まる」というように過度に取らなければ問題はありません。
 その次はカフェインよりも少し問題の多いアルコールについて説明いたしましょう。資料2-3をご覧ください。
 現代薬理学ではアルコールは睡眠薬や全身麻酔薬と同じ部類に分類されていまして中枢神経を抑制することがその主作用であります。アルコールは理性や知性の中枢である大脳新皮質を抑制し、学習や記憶を阻害する作用があることがわかっています。ストレスを与えられた人がアルコールを好むようになるのはこの作用により嫌なことを忘れさせてくれるからということです。また過度のアルコール習慣は脳の老化を促進することや心・血管系障害、肝障害、食道ガン、乳ガン、大腸ガンを誘発することがわかっています。さらに妊娠中のアルコールは胎児に悪影響を及ぼし発育不全、精神遅滞のような胎児アルコール症候群の原因となることがわかっています。また、アルコールはドラッグに次ぐ依存形成の強い薬物であります。その離脱症状として睡眠障害、吐き気、下痢、情緒不安定などが観察されていまして、ひどくなるとアルコール幻覚症が出現します。さらにアルコール依存と薬物依存はサイコパスと有意に合併しやすいことがわかっています。これらの事柄に加えてアルコールは肝硬変、脳損傷、ガンの原因になるだけでなく、暴力や交通事故を誘発することからイスラム教、ヒンドゥー教では規制対象とされています。
 社会全体で見た場合にはタバコや酒類の専売が国家や自治体に多額の税収をもたらしてきたことも事実ですが、同時に病気や早死にによって間接的に社会の労働力、生産性、税金を減少させ、経費や医療費を増大させてきたことも確かです。米国ではアルコール依存症が家庭や社会秩序を壊すとして1920年に飲料用のアルコールの製造販売を禁止する合衆国憲法修正第18条が制定され、禁酒法が施行されたことがあります。しかしこれは密造酒の違法販売でマフィアを大儲けさせ、しかも禁じられた酒を飲むという楽しみを生み出し、以前よりも酒の人気を高めることにしかならず、1933年12月に廃止されました。これと同じようにオルガスマトンを規制すれば質の悪い脊髄刺激型オルガスマトンが違法に出回ることが予想されますが、それが脳や身体に及ぼす悪影響を考えるとやはり規制しないほうが賢明かと考えます。
 最後に言及しておくべきこととしてアルコールと他の嗜好品との関係があります。ニコチンとアルコールは互いに拮抗することがわかっておりアルコールを飲めばタバコが恋しくなり、タバコをふかせば酒が欲しくなるという悪循環が起こることがわかっています。さらに適度の飲酒は胃の粘膜を刺激し、胃液の分泌を高め食欲を増進し、糖分や塩分、カロリーの過剰摂取を招くことがわかっています。
 では今の話の延長として引き続き、甘味料を過剰摂取することの危険性について資料2-4にて説明いたします。過剰な糖分の摂取は高脂血症、脳卒中、肥満、糖尿病、インシュリンによる気怠さを引き起こすことがわかっていますが、特に問題なのは果糖(フルクトース)です。私たちが砂糖と呼んでいるものにはブドウ糖(グルコース)と果糖(フルクトース)がありますが、このうち果糖には依存性があり、ブドウ糖の10倍の速さで終末糖化産物(AGE)を作ることがわかっています。AGEは皮膚、目、骨などの老化を促進し動脈硬化やガン、アルツハイマー病、メタボの原因となる物質です。このように砂糖は人体に有害な側面を持つことから「消費の増加を抑制するために税制や流通規制の導入を検討するべきだ」という提言をカリフォルニア大学のR.H.ラスティグ教授らが発表したこともあります。彼らは「アルコールは砂糖から作られており、アルコールの過剰摂取で高血圧や脂肪肝のリスクが上昇するが、砂糖の過剰摂取においても同じ傾向がある」と述べています。この研究グループは税制の新設、児童の就学時間帯の甘味料を含む食品や飲料の販売規制、販売対象年齢の制限などの施策を政府が検討するべきだと主張しているわけですが、私自身は甘味料をできるだけ良質な糖や無害な人工甘味料に置き換えるべきだと考えています。実際に改良型トレハロースの開発が進んでおり、私個人としてはそれに期待しております。
アタラクシア:はい、エピクロス先生ありがとうございました。では続きましてゼノン先生から簡単にゲームの危険性やメリットのご紹介をお願いできますでしょうか。
ゼノン:はい、今回の意見聴取会になぜゲームがあるのか疑問に思う方もいらっしゃると思いますが、ギャンブルやゲームをしているときにも薬物やオーガズムと同じようにVTAの領域にドーパミンが放出されることがわかっています。しかし、ギャンブルやゲームは薬物に比べてはるかに依存症の危険性は低く禁断症状のようなものはありません。それどころか適度なゲームにはいくつかの良質な効果があることがわかっています。例えばゲームをプレイすることで視覚的、空間的能力が向上することがわかっています。この能力はスポーツや科学系、技術系の職業にまさしく必要とされているものです。そういえば先天性白内障を発症した成人の視力が、戦場で敵を撃つタイプのファースト・パーソン・シューティング(FPS)ゲームと呼ばれるジャンルのビデオゲームを遊ぶことで回復した事例も報告されています。さらにゲームは勉強にも役立つことがあります。歴史に関するゲームをプレイしていた人は歴史に関する試験の点数が平均に比べて有意に高いことがわかっています。適度にゲームで遊ぶことは反射神経や集中力、問題解決のスキル、ゲームクリアによる自信獲得効果、チームワークを高める効果があるので良いのですが、過度のゲームへの熱中は様々な問題を引き起こすことが知られています。時間のコントロールが困難であったり、ゲームの中断に強い抵抗を示したりですとか、生活・睡眠リズムの乱れ、学業や仕事、家庭、交友関係への支障、眼精疲労、運動不足による肥満などです。でもこれはインターネットやPC作業についても言えることなんですよね。そもそも映画、テレビ、漫画、ゲーム、ネットのような新しいメディアはこのようにいつも批判の的になり、保守的な人々からその危険性を洗われることになるということです。ともかく私自身の結論としては適度なゲームは無害であるということです。暴力的なゲームや卑猥な要素の入ったゲームの有害性に関してはまだ学会でも意見が分かれていて何とも言えない状況になっています。
アタラクシア:はい、大変興味深いお話をありがとうございました。では次にハルトマン先生から第二部の本題とも言えるマスターベーション、オルガスムスについての危険性やメリットの話をお願いできますでしょうか。
ハルトマン:はい、了解しました。マスターベーションは古代から様々な宗教によってバッシングを受けてきたことは皆さんご存じですね。例えば、古代シナでは「精液を浪費する男は病気になる」という道教の迷信が信じられていましたし、キリスト教原理主義者のティムとラヘイはその著作「結婚の行為」の中でヴァイブレーターは「人間には太刀打ちできないエロテックな感覚を生み出し」それに慣れた女性が「結婚の主要な動機を…破壊されてしまう」恐れがあると注意を呼びかけています。このようにキリスト教は何世紀にもわたって快楽のための性交は自然の法に反し、したがって罪深いものだと主張してきました。これによって17世紀のヨーロッパでは年頃の男女が結婚までの約10年以上のあいだ禁欲を強いられていたわけですね。当時は効果的な避妊法が存在しなかったので、禁欲主義がブレーキにならないと膨大な数の私生児が生まれることになるからです。1900年頃に梅毒が蔓延するとこれが罪悪感とセットになって肉体的快楽をさらに抑えつけることになりました。そして禁止によって性欲は罪と関連付けられ、ヨーロッパでは特にマゾ、サドなどの性的倒錯が花開いていったというわけです。
 ヨーロッパではキリスト教によってこのようにマスターベーションが自己冒涜の罪業とされただけでなく、カントによって「動物的で野蛮な行為」、ティソーによって「医学的な病」、フロイトによって「近親相姦願望の代償行為」として総叩きになっていました。つまり「自分だけの快楽を求めることは幼児の性行動によく見られる自己性愛的(オート・エロティッシュ)なものであり立派なことではない、本当の幸福は公開的で多数の人間と分かちあうものである。一人で楽しむ快楽は隠蔽的で暗く排他的なものであって持続性のある健全で建設的な幸福に比べると価値が低いものである。加えて自慰行為が自己目的化してしまうことは人口減少の観点から見ても問題である」と見なされていたわけです。
 しかし1948年に発表された性行動データの統計学的分析結果である「キンゼイ・レポート」が発表されることによって性革命が起こることになります。キンゼイは8千人のデータを集め、自慰が無害であること、さらに自慰を無理に抑圧することによってかえって多大な心的障害を蒙ることを挙げ、自慰の解放に強力な根拠を与えることになりました。マスターベーションによって一番年老いた精子をSEXでの射精の前に排出しておくことは本来受精にとっては良いことだということを明らかにしたわけです。SEXの前にマスターベーションをしておくことにより、卵管に向かうエッグゲッターが若くて、動きが活発なものになる。そもそもマスターベーションの目的は精子戦争で自分が相手より優位に立つことなので自分は影でマスターベーションをし、周りの男たちにはしないように禁止すれば非常に得をすることになります。世界中のどこでも男性は影でマスターベーションをしながら、道徳律や罪悪感により他の男たちのマスターベーションを批判し、時には苦しませる傾向があるのは精子戦争における戦略だということです。それとマスターベーションは頸管粘液の酸性度を高め、バクテリアや病原体の進入、増殖を防止する役割があります。そのせいかわかりませんが20代のときに週5回以上射精する人はしない人に比べて前立腺ガンになるリスクが三分の二になることがわかっています。さらにマスターベーションをする女性は生理痛が緩和することも知られています。それだけでなく頻繁にマスターベーションをする女性はしない女性よりもボディ・セルフイメージが高く、性的な不安に悩むことが少なく、抑鬱傾向も低いこともわかっています。特に結婚前にマスターベーションを行っていた女性はオルガスムスの質が良く夫婦関係が良好であり、結婚生活の満足度が高いこともわかっています。オルガスムスは両親の間の愛着を持続的なものにし、それによって子孫を育てる上で最良の条件を整えるということなんですね。人間の子供は自立するまでの長い年月の間、絶えず世話をしてもらう必要があります。そのため男女同時に快感を得る事が「家族を長期間にわたって結合させておき子孫の生き残りを確実なものにするために最も重要なメカニズム」であったというわけです。それだけでなくマスターベーションをすると女性の性器からは女性ホルモンであるエストロゲンが分泌されます。このエストロゲンはフリーラジカルスカベンジャーとして作用し活性酸素の害を防ぎガンを予防すること、さらに脳を修理する役割により老人ボケ、アルツハイマー病を防ぐこともわかっています。そういえばエストロゲンには女性に特有な45歳以上での統合失調症の発症を抑える効果もあったと記憶しております。そもそも女性は閉経後、卵巣からのエストロゲン分泌を失うことにより、手足の冷え、イライラ感、憂鬱、膣壁の萎縮、尿の失禁、皮膚の萎縮、骨祖しょう症、動脈硬化、脳卒中を引き起こします。エストロゲンが低下すると性欲も低下し、異性に対する関心の低下や羞恥心の欠如が起こります。いわゆるオバサン化ですね。特にこの女性ホルモンの低下は皮膚のコラーゲンや弾力繊維の減少につながり皮膚のしわ、たるみ、乾燥を進行させます。逆に恋をしているときに綺麗になるのはこの女性ホルモンが増えたことによる美容効果というわけです。マスターベーションやSEXあるいはオルガスマトンによりオルガスムスを得てエストロゲンを分泌させることによって閉経後も豊かな生活を維持できるので私はマスターベーションやオルガスマトンを規制することには抵抗があります。それ以外にもマスターベーションには望まない妊娠を避けたり、性感染症のリスクを回避できるメリットがありますが、なによりも禁欲生活は健康に悪いことがわかっています。性生活から距離を取って禁欲的な生活を送っている人はそうでないグループに比べて抑鬱や自殺願望を感じる割合が多いことが知られています。例えばカトリックの男性聖職者は禁欲生活によって無神論者たちよりも早く動脈硬化や肝硬変によって神に召されていましたし、中世ヨーロッパにて流行した神経症はマスターベーションを自制したところにその原因があるといわれています。また、週二回以上オルガスムスを経験する男性の余命は禁欲的な生活をしている男性と比較して明らかに長いことがわかっています。男性はSEXの頻度が高いほど寿命が長く、女性はSEXの快楽が強いほど長生きする傾向にあったという調査結果もあります。つまり男性は量が、女性は質が重要であるといえるということです。そしてSEXには若さを維持する効果や乳ガンを予防する作用があります。このようなことが明らかにされるのと並行して避妊技術の確立により「肉体の喜びの追求」と「子供が欲しいかどうか」という問題を切り離して考えられるようになりました。それに加えて教会という帝国が極めてあからさまに衰退し、人権と自由の問題を巡ってグローバルな役割が確認され、家父長制の支配の後に女性革命が起きたことなどによって性的抑圧は解放されていくことになります。私が性的な解放を特に久しく感じるものは日本の女性週刊誌に掲載された様々な特集です。「オルガスマトン みんなはどう使ってるの?」「音楽、お酒と組み合わてもっと気持ちよく!」「オルガスマトンと健康効果」「GABA、グルタミン酸、チロシンでもっとハイに!」。これらの記事にはキーワードとしてスローセックス、副交感神経、女性ホルモン、女磨きなどが並んでますけど、信憑性はまあ玉石混淆ですね。日本はG8の中でも特に寛容にオルガスマトンが浸透していった国です」
エピクロス:日本は若者を中心に恥の文化が薄れていっていたので、宗教的な理由からオルガスマトンに抵抗のあるキリスト教圏、イスラム教圏よりもオルガスマトンの浸透が早かったことは、まあ当然だと思います。ただ私としてはオルガスマトンは女性には心理的に抵抗があると考えていたんですよね。女性はこのような愛のない、無内容な快楽には抵抗があると思っていたんです。女性は安易な妊娠を避けるために単なる肉体関係、快楽にはそもそもあまり関心がなくて、それよりもロマンティックな雰囲気、優しさ、楽しさ、親密さに関心があると思っていましたのでオルガスマトンが発売されたとしても彼女らがそれに飛びつくとは思わなかった。女性にとってはもともとヴァイブレーターという古典的なオルガスマトンがあったわけで男性のようにオルガスマトンを使わないと継続的なサイン関数型の快感が得られないわけではなかった。
ハルトマン:女性の間にもオルガスマトンが広まったのは彼女らの多くがオルガスムス障害に悩んでいたからだと私は推測しています。INRA研究所のアンケートによればパートナーとのSEXでオルガスムスを得られる女性はわずか29%にすぎないということがわかっています。彼女たちの無オルガスムス症の治療としてオルガスマトンに需要があったのだと考えられます。特に日本には無オルガスムス症の女性やSEXレスの夫婦が多いですよね。それとぜひ言及しておきたい点として日本は世界の中で消費形態が最も進んだ状態にあったことも挙げられます。ジャック・アタリは資本主義の最高段階、商品秩序の完成態を「自慰型商品秩序」と名付けています。これが日本を先頭に世界資本主義を制しつつあるわけです。自慰を喚起し、そのイメージを提供する種々のSEX産業やその周辺のファッション、マッサージ、ヒーリングは今日の経済状況において無視し得ないほどの規模になっています。自慰を悪や恥と捉えるのではなく「自己自身とのコミュニケーション」であるという規定を受けることがこの「自慰型商品秩序」の論理的要請であるわけですが、これによって自慰はたやすく自己啓発、禅、自分探し、スピリチュアル、ニューエイジのような新左翼と結びつくことになります。
 ではここでマスターベーションに関する話は一段落として、次に恋愛とドラッグの関係について少し触れたいと思います。恋愛による快楽の際に表れる活性化のパターンはコカインやヘロインに対する反応に酷似していることがわかっています。人は恋をするとPEAという脳内物質が出ますが、これは覚醒剤のアンフェタミンと形が似ている脳内麻薬です。実はチョコレートには微量にこのPEAが含まれていましてバレンタインの際にチョコレートが使われるのは、まぁそういうことなわけですが。このPEAにより判断の中枢である前頭前皮質と社会的認知に関わる側頭極などの不活性化が起こり、一種の盲目状態に陥ることがわかっています。ただし、これによって依存症になることはありません。
 恋愛に続いて次にオルガスムスのメリットについていくつか話させていただきます。女性の場合にはオルガスムスの際にはオキシトシンが分泌されるのですが、これは分娩や母乳の分泌を促し自然な出産ができるようにする作用があります。さらに生理中に日常的にオルガスムスを得ている女性たちには子宮内膜症が目立って少なく、また生理周期が規則的だったことがわかっています。逆に女性はSEXをしないと膣口は狭くなり、性交疼痛症になる危険性があります。妊娠中のオルガスムスはSEXだろうがソロだろうが早産のリスクを抑えることや、オルガスムスの際に分泌される抗菌作用のある前立腺液が尿路を洗浄し感染症を予防することもわかっています。なぜなら前立腺液には他の体液に比べて亜鉛が高濃度で含まれており、この亜鉛の抗菌作用により尿道が抗菌され尿路感染症を予防するというわけです。そういえば心理学者カール.J.チャーネツキの調査によって週に1、2回SEXをする人の方が免疫グロブリンA(IgA)の値が高く、粘膜や気道の免疫力が高いことがわかっています。これは他者との接触が抗体の生産を高めるためであると考えられています。
 また、性交やオーラルセックスにより女性がパートナーの精液に慣れることで、妊娠した際のパートナーのタンパク質に対する拒絶反応を減らすことができるということもわかっています。妊娠中の障害の多くは胎児や胎盤を母胎の免疫システムが拒絶することによって起き、これが不妊症や流産、妊娠中毒症の原因となるのですが何回も同じパートナーの精液を受け入れて繰り返しTGFーβとそれらに守られた精子に接していると女性の体は慣れてこれらの障害や子癇前症と呼ばれる妊娠期の危険な高血圧症にかかるリスクが低くなることがわかっています。特にオーラルセックスをすると精液に対して耐性ができますが、この効用は精液を飲み込んだ場合に最大になります。それだけでなく男性による女性に対するオーラルセックスの際に陰唇の匂いを嗅ぐことによって男性は女性の健康状態、妊娠しやすい時期、他の雄との最近の性交履歴、性病感染を察することができます。したがってオーラルセックスは罪業などではなく生殖を促進する手段の一つとしてカトリック教会から了承されて然るべきものだと私は考えています。他にもオーラルセックスにはメリットがあり、精液にはテストステロン、エストロゲン、プロスタグランジン、プロラクチンのような抗鬱作用がある物質が含まれており、気分を明るくする作用があります。コンドームなしでSEXやオーラルセックスをした際にはこれがヴァギナや口から血中へ取り込まれ女性に抗鬱作用をもたらすことになります。
 そもそもこのような、かつて「禁断の行為」とされていたものは人間のみが行っているわけではなく自然界で当たり前のように行われていることだということが動物行動学の調査からわかってきています。カンガルー、鯨、麒麟、鳩、犬、猫、馬、猿、イルカ、山羊、象のマスターベーション、ハイエナ、ボノボのオーラルセックス、麒麟、羊、バイソンのアナルセックス、鹿と馬の異種間性交、マガモの屍姦などが有名ですが動物がこのような繁殖に繋がらない性行動を取るのは緊張を和らげ、協力関係を形成し、社会的絆を強めるためだとか求愛や交尾技術を学ぶためだといわれています。動物たちの性行動は進化論的な意味での「合目的な」生殖とは全く無関係であることがしばしばあり、戯れる喜びやはしゃぎたい気持ち、快楽目的から行われているものが多くとりわけ、ほ乳類に関しては妊娠を意識して行われる性交渉よりも快楽自体を目的とした性交渉の方が圧倒的に多い品種が珍しくないということがわかりました。特に興味深いのは猿の自慰です。チンパンジーやオランウータンの雌は植物の蔓や枝を噛んで柔らかくしてからヴァギナに差し込み攪拌することがあります。つまり、原始人類の文化的発達は「快楽器具」の製造から始まった可能性があるということです。
 そもそもSEXはスポーツの一種であり、それは血圧、心拍数を上昇させる有酸素運動の一種なわけです。その際に起こる筋肉の収縮によって骨盤、大腿部、臀部、腕、首、胸郭を鍛えることができます。定期的なSEXは女性のウエスト、ヒップラインの維持だけでなく、姿勢の改善にも役立つということです。また、オルガスムスによって苦痛の閾値が倍以上に広がることがわかっており、これによって偏頭痛が治ることが確認されています。それと、SEXでオルガスムスに達することができるかどうかは女性の幸福度を大きく左右します。女性の性中枢である腹内側核が満腹中枢でもあるためSEXで充分なオルガスムスが得られれば満腹感が得られます。それによって食欲が抑えられダイエットにもなるということです。逆に恋人がいなくてオルガスムスを味わうことのできない女性は食べることでその欲求不満を解消しようとします。悪循環ですよね。オルガスマトンはこのような悪循環を絶つだけではなくSEXレスの夫婦をも救済しました。倦怠への最高の処方箋であるこのオルガスマトンは慣れと惰性と無精のおかげですっかりマンネリ化したSEXを彩り夫婦の愛情を深める目的でも使用されてきました。オルガスマトンにより分泌されるオキシトシンはその人の社交性を高め、特に自閉症者に対して相手の感情を読み取る能力を向上させることがわかっています。オルガスマトンはオキシトシンのレベルを上げるエクスタシーやMDMAと同じようにその人の気分を明るくし社交性を高める効果があるということです。このようにマスターベーションやオルガスムスにはメリットは山のようにあるのですが、デメリットはあまりありません。ですので私の意見としてはオルガスマトンを規制せずにどんどん普及させて欲しいと思っております。
 そもそもオルガスマトンは音楽と同じくらい無害なものといっても過言ではありません。感動をもたらす音楽を聴くと食事や性行動、薬物使用の際に反応する報酬系が活性化します。オルガスムスの機構はピストン運動のような繰り返されるリズミカルな刺激によって活性化されるのですが、これは音楽に関与する興奮系、抑制系、大脳扁緑系の神経学的構造と密接に結びついています。音楽は性交渉と同様に情動に働きかけることによって人間関係を円滑にし社会の統合や維持を促進するということです。つまり、音楽にはボノボの性的コミュニケーションと同じような役割があるともいえます。音楽はテストステロンの調節機能を通じて攻撃性や愛情、SEXをコントロールすることによって集団生活の対立を避け、集団への帰属を促す働きがあります。歌と踊りによりリズムを生み出し、それを長時間持続させることは配偶者として好ましい特性すなわち、知性と創造力、スタミナ、運動制御をディスプレイするのに有効な手段でもあります。なぜなら女性ホルモンの一種であるエストロゲンは海馬CA1での長期増強を高め記憶、学習機能を促進するだけでなく脳の線状体に働いてスムーズな運動の遂行を助けることがわかっているからです。また、興味深いことに音楽と性感の関係としてアメリカの心理学者シーモア・フィッシャーは「オルガスムス能力の高い女性は生き生きとした表情豊かな声の持ち主が多い」ことを見いだしています。これは歌唱能力とオルガスムス能力に関係があることを示しているわけですが、今までの話で「なぜ男は魅力的な女性が歌い、踊っているのを見ると嬉しくなるのか?」という疑問に対する答えが見えてきたと思います。このような音楽とオルガスムスの関係性を目ざとく読み取ったのか音楽を悪しき娯楽、禁止されるべき一種のドラッグであると考えている宗派があります。イスラム教のタリバンやヨークシャーのピューリタンが代表的な例なのですが、そもそもクラリネットの音色がいやらしいとかトロンボーンの呻きが官能的であるというのは解釈に過ぎないので議論すること自体が困難かと思われます。私自身としては音楽は宗教よりも遙かに問題の少ないものだと思っています。音楽は数回の大暴動やアーティストによるファンへの性的な虐待のトリガーとなり、安定した家庭を捨てるように多くの人をそそのかしたことがありますが立場の違いから十字軍やジハード、皆殺しを誘発したことはないわけです。むしろ音楽はちょうど脳のマッサージのようなものであることがわかってきています。研究により音楽を聴くことによってストレスで増えたコルチゾルが低下し、短期的なストレスが軽減されることが確認されていまして、特に患者の好きな音楽が最も効果的であるということが確認されています。さらに音楽は痛みの緩和に効果があり歯科治療、末期ガン、慢性背痛、偏頭痛、高血圧、腫瘍性疾患、火傷だけでなく、てんかんなどの精神障害にも応用され効果を上げています。音楽はエンドルフィンを主体とした内因性モルヒネを分泌させることによりオピオイド受容体を活性化させ、鎮痛効果をもたらすようです。また、音楽はパーキンソン病や脳卒中の運動訓練や歩行訓練にも応用され効果を上げています。これは音楽によってドーパミンやノルアドレナリンを司る神経組織が再生、再構築されるためです。この効果により音楽が高齢者のステロイド・ホルモンに働きかけてアルツハイマー病の症状を改善したり予防したりすることもわかっています。うつ、不安、物忘れに対しての音楽以外の治療法としてはホルモン剤の服用による「ホルモン置換療法」が行われてきましたが、これには心疾患やガンの発症など、副作用の問題が常につきまとっていました。しかし音楽にはそのような副作用がありません。
ゼノン:音楽だけでなく芸術一般について言えることですが、すべての人間が無意識の世界では「快楽原則」に支配されている一方で日常生活では「現実原則」に拘束されています。そして空想の世界は心の中でただひとつ残された「快楽原則」が全面的に支配する世界です。芸術家の空想は、願望を挫く現実と願望を満たす想像世界との中間領域において一般社会では実現が困難な快楽や欲望に美しい花を咲かせることができます。芸術家がそれらを芸術作品の中に美しく結晶させれば、人々に賞賛され許されます。その理由は、もちろんすべての人が無意識のうちに「現実原則」の支配する社会を煩わしく思い、逆に「快楽原則」の自由な解放を願っているからです。先ほどの話との関連でいえばビデオゲームという自然とはまったくかけ離れていて本来、報酬など関係のない行動で報酬系が活性化することがあるということであり、人工甘味料が砂糖より甘く感じられるように、架空の出来事が現実の出来事以上に魂を揺さぶることもあるということです。報酬が多く与えられる記号を目にしただけで猿は喜びを感じます。その延長として有用性が一切ない抽象的な知識のための知識にすぎないものが快感を引き起こすことがあるということです。つまり報酬系は報酬をもらったときだけでなく「これから報酬がもらえるのではないかという期待」に対しても活動するということです。この自己報酬の一人歩きにより、観念が一人歩きをはじめ、その進歩史がフーコーの「言葉と物」にて活写されることになったわけですね。遺伝子が複製されるためには「自分の遺伝子を受け継いだ個体をたくさん確認する」という最終ゴールそのものに幸せを感じるよりは、それに結びつく個々の過程を多幸感によって促進した方が効果的だということです。人の営み、芸術、製作物はすべて脳の勘違いを利用した性的倒錯の産物だと捉えることができるかもしれません。芸術とは見破りにくくなった性欲とでもいいましょうか。芸術とはつまり自己保持欲求や子孫を多く残せる予感を組合せ、発酵させ、調理したものだといえます。これはクジャクなどの動物の求愛活動でも観察できます。動物の雌は雄の遺伝子の質を「適応度指標」で判断するので雄は性交渉に慎重な雌の気を引こうとして派手な特徴を誇示するようになりました。それによって「こんな不必要な贅沢品を身につけていられる雄は優れた精子提供者に違いない」と雌に思わせるためです。芸術家を見ても彼らの重要な芸術作品のほとんどは20歳から30歳、つまり男性の性欲が頂点に達する年代の男性によるものであります。人類は太古の昔から性的充足への渇望から常に知恵を絞り続け科学、芸術の最も重要な成果を生み出してきたといえます。「性的エネルギーを抽象化し多層化することで文化が生まれる」とフロイトが説いたことで有名ですし、進化生物学者J.F.ミラーも人間精神の優れた業績、つまり造形芸術から音楽、文学、科学、道徳に至るまですべては結局のところ女性を口説き落としたいという欲求に基づいていると主張しています。そしてSEXはあらゆる芸術的創造の主題になってきました。たしかスクリャービンという作曲家が「法悦の詩」というオルガスムスを直接題材にした交響曲を作曲していましたよね。結局、芸術、学問、宗教も求愛活動の副産物に過ぎず、その恋愛活動もただ性欲の詩的表現を受けたものに過ぎないわけです。ニーチェ、ショーペンハウアー、ブラームス、チャイコフスキーらが女性と上手く関係を築くことができずに悲愴や苦を主軸として自らの思想、作品を作り上げ、みな総じて音楽やニヒリズム、そして「この世の矛盾は解決しようがなく、宗教や芸術によってしか脱却できない」というペシミズムに傾倒していったのは偶然ではありません。これらは先ほどの音楽の話でも出ましたが、「音楽はSEXの代用になる」ということを暗示していると考えられます。
 そもそもすべての娯楽は抑圧されたものを解放するためにあると言えます。例えば、物語は苛立ちや疑問のようなアンチカタルシスをわざと作り出してその抑圧をクライマックスにて解消することで娯楽となります。そのカタルシスが上手く得られないような、着地に失敗した作品は駄作と呼ばれる。
 トマス・マートンの言うように私たちの商業主義の方針は人間のあらゆる神経を興奮させ、人工的に最高度の緊張に保って、あらゆる欲望を限界まで高め、できるだけ多くの新しい欲望や偽りの情熱を作り出して、工場や印刷所や映画撮影所やその他もろもろから出荷される製品を購入させることだということです。ドラッグはドーパミンにとって、ポルノはテストステロンにとって、食品加工業者は味蕾にとって、美容産業はセックスアピールにとってというわけですね。そしてどんな文化であれ、どんな時代であれ、人は報酬系を刺激する方法を見つけ出し一方、統治者や宗教制度はそうした方法を文化的な強制力でもって規制してきたということです。この地球上にある法律、宗教、教育制度はどれも快楽のコントロールに深く関わる形で構築、運営されています。人間の身体の中で社会が最も熱心に取り締まろうとしている部分は内側前脳快楽回路に他ならないというわけです。刑務所は特定の快楽を手っ取り早く手に入れようとしたものたちで溢れかえっており、刑務所運営の要諦とは受刑者の快楽を構造的に制限することにあります。共同体の有機的な維持のために文化は常に人の欲動を美徳、場の空気、世間体、常識、宗教、礼節などによって調節し操作する必要があるというわけなんですね。そして人は共同体において「聖なるもの」への畏怖を表す社会的身振りとしていくつかのタブーを設定したというわけです。
 また、統治者は快楽原則を満足する品々であるドラッグ、タバコ、アルコールに課税することにより近代国家の財政的基盤としてきました。実は娯楽に限らず、慈善活動や納税、投資、新しい知識を得るといった行動はみなオーガズムやヘロインと同じ報酬系を活性化することがわかっています。人間社会は快楽を伴う活動を規制し食事、SEX、薬物、ギャンブルにだらしなく耽溺することを悪徳としていますが、実は美徳とされているエクササイズ、瞑想、祈り、社会的評価の受理、慈善的寄付行為さえも報酬系を活性化するということです。つまり報酬系を刺激するものの中でも節度をもって行われる行動は美徳と呼ばれ、そうでないものは悪徳と呼ばれるということかと思われます。そもそも資本主義の市場法則や宗教、啓蒙哲学、医学の土台となったのは節制の理想だったわけであって節制によりリビドーの経済学ともいうべきものが発達し、欲動のエネルギーをどのように変容、倒置、配分、運用、関連付けを行うかに関する考察が進んだのではないかと私は捉えています。このような性欲動の昇華こそがルネサンス以来のヨーロッパ大陸の独自性の基盤となっているわけです。ピューリタンの理念は「男性の欲動を懸命に昇華し消費文化、余暇、スポーツの方へ逸らせること」にその基礎を置いています。他の動物と人間の大きな違いは、人間社会では生殖に結びつかない快楽としてのSEXが社会によって抑圧されるようになり、その結果として芸術や宗教が成立したという点です。つまり性的抑制こそが文明発達の源と言えます。実際にかつてのヨーロッパ全体のダイナミズムを見ると性的抑圧の強い時期と弱い時期とに対応して発達のスピードの緩急が観察できるわけです。欲求は進歩への推進力になり布教活動、戦争、植民地拡大、通商活動、芸術活動、知的探求といった分野を推進させることになります。ヨーロッパにおける性の規制は中世以降次第に厳しくなり、19世紀のヴィクトリア朝の文化において頂点に達しています。そしてまさしくこの時代の前後にクラシックの主要な作曲家が誕生しているという事実は偶然ではありません。すなわち性の規制が偉大な音楽を生むと言えるということです。
グルジェフ:昇華という概念は現実に即していないのではないでしょうか? 性道徳が厳しかったヴィクトリア朝時代のヨーロッパ大陸では数々の発見や創造的行為が花開いたことは確かですが、これと同じ事は放縦な風俗である啓蒙主義時代にも言えることですよね。それにアメリカの西部開拓時代はアメリカ史上最も禁欲的な時代だったわけですが、この時代が文化的業績で際立っているとはいえないわけです。そもそも快楽の抑制により文明が発達するならば、ドラッグやアルコールを嗜むことが抑制されているイスラム教圏にて経済、科学、芸術が目立って発達しなかったのはなぜなのですか?
ゼノン:イスラム教圏で科学、芸術が花咲かなかったのは彼らがアルコールやポルノ、娯楽を禁じられ、厳格な生活を強いられていたからだと思われます。ひどい我慢や過度の節約を強いられたり、禁欲的な生活ばかりしていると、決まり切ったルーティン的思考になって前頭葉が働かなくなり自由な発想が湧かなくなることがわかっています。そのため人を従順にして不満を出させないようにしたい場合には刑務所や軍隊のような厳格なスケジュールに従って行動させることが適しているというわけです。ムスリムが禁欲的で厳格な生活を送らざるおえないということによってイスラム圏からはなかなか独創的な成果物や大発見をするような学者が出ないのではないかと私は考えております。
 さて、よろしいでしょうか…。はい、以上で私からの話は終わりです。第三部の前に是非このことを話しておきたかったのは快楽が今までどのように社会全体のダイナミズムに影響を与えたのかについての知見を共有したかったからです。


第三部~

アタラクシア:ゼノン先生、ありがとうございました。では、議論の準備がこれで完了したということで、これから第三部、オルガスマトンを規制すべきか否かに関する議論に移りたいと思います。どなたか、御意見のある方はいらっしゃいますか?
ハ ルトマン:はい、オルガスマトンは快楽殺人の発生件数を減少させ、治安を改善させました。快楽殺人犯とは暴力行為そのものから来る血管の拡張や発汗、心臓 の脈動の高まりなどを性的な興奮と誤認し、「暴力行為には性的な要素がある」と論理をひっくり返すことによって、暴行したり傷つけたり殺したりすることで 性的充足を得る犯罪者のことです。人間は恐ろしい事態、危険な状況に直面すると心拍数や血流が増え、呼吸が深くなり「闘争・逃避反応」を担当している交感 神経系が働きますが、この交感神経は実はオルガスムスも担当していることがわかっています。人が罪や暴力に性的興奮を覚えるのはこの交感神経が原因になっ ているということなんですね。食人鬼フリッツ・ハールマンや放火魔ヨアヒム・クロル、吸血鬼ペーター・キュルステンのような快楽殺人犯は人を殺めた瞬間や 放火した際に射精が起きたと証言しています。そしてこのような秩序型の快楽殺人者は加虐的な情景を空想しながら自慰を行い、その空想を実現すべく犯行に及 び、犯行現場から「記念品」を持ち帰ることで空想を強化、反復することが知られています。ノーマルな人間がオルガスムスを得たいという思いに動かされて、 意中の人と結ばれるように知恵を絞るのと同じように、狡猾な連続殺人犯のオルガスムスを得たいという思いは凶悪犯罪を計画し実行する原動力となるというこ となんですね。オルガスマトンはこのような凶悪犯罪を誘発するようなオルガスムス障害を治療することで事件を未然に防ぐことができます。さらに、オルガス マトンは凶悪犯罪以外の犯罪行為の抑制装置にもなっています。刑務所では当然オルガスマトンが禁止されているため、一般市民はみな軽犯罪すらしたがらなく なり受刑者が激減しましたよね。これが社会の治安をどれだけ改善し、どれほどの税金の節約になったかを鑑みればオルガスマトンを規制しようとは思わないは ずです。
グルジェフ:私もハルトマン先生に賛成です。オルガスマトンはドラッグの代用となり、その乱用を抑止する効果があるからです。現在でも発 展途上国では幼い子供を阿片やマリファナ、もしくはアルコールでおとなしくさせておく習慣が残っているのですが、オルガスマトンと同等の効果を一時的にも たらす「ワルキューレ・アップル」を子供に経口摂取させることでこのような習慣を無くすことができるのではないかと私は考えております。他にもオルガスマ トンはオリンピックにおいて選手の極度の不安、緊張を和らげるためにベンゾジアゼピン系の抗不安薬の代わりに使われるようになりましたし、モルヒネの代わ りに末期ガン患者の苦しみを取り除くことにも、戦場で負傷した兵士の鎮痛剤としても使用されるようになっています。モルヒネが市場に出回るルートの一つと して、医療用とされたものの流出があったのですが、オルガスマトンが鎮痛剤の役割を担うことによってモルヒネが薬物として転用される心配が無くなりまし た。また、出産の時にオルガスマトンを使い陣痛を大幅に緩和することで女性が出産する際の心理的ハードルを低くしたことも考慮すべき点だと思います。
ゼノン:しかし陣痛を緩和することによって母子関係の親密さに影響が出るのではないでしょうか?
グルジェフ:マックス・プランク研究所のベッティーナ・ヴィーゼの長期調査によれば全身麻酔で出産した場合でも母子関係の親密さには何の違いもないことがわかっています。
 た だし、オルガスマトンには若干問題もありまして、オルガスマトンはその鎮痛作用からドラッグの代用になることもありますが「エントリー・ドラッグ」にもな り得るということです。そもそも青少年はいきなり薬物に手を出すのではなく最初にビールかワイン、ギャンブルに手を出し、タバコや蒸留酒の階梯を上がり、 違法性薬物に手を染めることがわかっています。その意味においてD.カンデルらはアルコールを「エントリー・ドラッグ」と称したのですが、オルガスマトン はまさしくこれになってしまっています。実際に代表的な麻薬の三大ネットワークではオルガスマトン使用者がその延長として薬物に手を出しています。なぜな らコカインや覚醒剤はオルガスムスを長引かせ、強化する働きがあるからです。ただ、私としては現在のような開かれた民主主義社会においてはオルガスマトン を駆逐することは不可能であると思っています。ですのでハード・ドラッグと市場を分離することによってより深刻な副作用を伴うドラッグとの併用、癒着を防 ぐという考え方が有効であると考えます。
ハルトマン:さらに付け加えるならオルガスマトンは様々な依存症を解決するのにも役立ってきました。例え ば過食症ですが、ある程度のストレスがほ乳類の食欲を増進させ、暴食を引き起こすことがわかっています。なぜなら快楽回路である脳のVTAは糖や脂肪、塩 の摂取でも活性化するからです。過食によって起こる肥満によって糖尿病、ガン、睡眠障害、心臓病、高血圧が引き起こされるため、その治療としてアンフェタ ミンやフェンフルラミン、リモナバンがやせ薬として過去に流通していたことがありますが、これには深刻な副作用がありました。しかし、オルガスマトンには このような副作用がなく、ごく自然にダイエットすることができます。なぜなら、特に女性の場合には満腹中枢と性欲中枢が近接しているため、性的快楽が満腹 感をもたらすということなんですね。肥満しやすい人はそうでない人に比べて食事による背側線条体の活性化が有意に小さいことがわかっています。つまり、太 りやすい人は快楽回路が鈍感だということですね。快楽回路を鈍感にするTaqIA A1対立遺伝子を持つ報酬不全症候群は肥満傾向があるだけでなくニコチン依存症、アルコール依存症、ギャンブル依存症、ADHD、チック、病的買い物、薬 物依存、暴食の傾向があることがわかっています。A10神経のような報酬系が不全であるために快を感じにくく衝動的、強迫的な行動特性を持ちやすくなると いうことです。しかしオルガスマトンは副作用を伴うことなく依存症患者やその予備軍を充足させることができる。
グルジェフ:オルガスマトンは抗鬱 剤としても使われていますよね。それ以前の抗鬱剤、例えば米国で「エクスタシー」と呼ばれているSSRIなどですが、これは正常な人も元気で明るく積極的 な性格にしてセールス、勉強、社交に役立つというメリットがあったのですが自殺リスクを高めることや他人への攻撃性を高めることがわかり問題となったこと がありますが、今日ではオルガスマトンが危険性のない抗鬱剤として、鬱症状を緩和させるだけでなく脳下垂体からオキシトシンを放出させ打ち解けた安心感を もたらしてくれます。さらにオルガスマトンは前頭葉でのドーパミン神経の活動を活発にさせることからADHDの治療にも応用されています。かつては ADHDの特効薬としてリタリンが使用されていたのですが、「これを飲むとダイエットや仕事が捗る」という理由から大人で日常的にリタリンを飲む「リタ ラー」と呼ばれる人々が現れ社会問題となっていました。これも今日ではオルガスマトンに置き換わっています。それとオルガスマトンは快楽中枢のある中隔核 を刺激し、てんかんやパーキンソン病をも治療することができます。
ハルトマン:オルガスマトンは究極の健康器具、医薬品と言っても過言ではありま せん。その刺激的な感覚への没入によるリラックス効果から退屈、挫折感、怒り、抑鬱、不安、絶望などのストレスへの対処としてヒーリングやセラピーにも活 用されています。具体的に言うとオルガスマトンは鎮痛、快楽作用を持った精神的ストレスの解消役であるベータ・エンドルフィンを誘起し、ストレスが原因で 起こる胃潰瘍、十二指腸潰瘍、胸腺やリンパ節の萎縮、副腎皮質の増大を予防するということです。オルガスマトンを使用した際には性交の場合と同様に唾液が 溢れますが唾液には過酸化水素を消したり、活性酸素を消す成分が含まれています。これによって免疫力が向上し、発ガン物質が抑えられます。そもそもオルガ スマトンは口腔の免疫力だけでなく脳内麻薬、エンケファリン、ベータ・エンドルフィンによって体全体の免疫力であるNK(ナチュラルキラー)細胞の活動を 高め、癌を抑制することがわかっています。このNK細胞は免疫の一次防衛網の役割をしている自然免疫力であってストレスにより低下し、コメディやカラオ ケ、旅行などで上昇することが知られています。つまり楽しいことをすると自然免疫力や活性酸素除去能が増加するということです。悩み事がないストレートな 性格の人は免疫力が高く、それが「バカは風邪を引かない」と言われる所以になっているというわけです。加えてオルガスマトンは鎮痛剤として頭痛や肩こりを 緩和することにも応用されています。つまり、オルガスマトンはストレスを軽減し、国民の健康を増進することで医療費を軽減させているわけです。その結果と して医者の数が少なくて済み、医者になる予定だった人が他の分野での知的労働力になるということです。
アタラクシア:就職活動の面接や保険会社の 登録において「オルガスマトンを入れているか否か」を尋ねる会社があって問題になったことがありましたね。セクハラだと。オルガスマトン使用者はストレス 管理が上手く、離職率が低いというデータと病気や鬱病発症率が低いというデータに基づいているので、ある程度は妥当かと思いますが、プライバシーの問題も ありますし。
ゼノン:オルガスマトンが登場してから人は以前よりもプライバシーに敏感になったと思います。ほとんどの成人がオルガスマトンを脳内 に定着させていて影ではみなエクスタシーに浸っているのですが、それをおおっぴらに公表するのにはやはり抵抗がある。オルガスマトンはつまり、オナニーの 延長であるという意識があるんでしょうね。実際に「夫がオルガスマトンで性処理してしまい私を相手にしてくれない」という相談をしてくるSEXレス夫婦も かなりいることですし。
ハルトマン:いえ、オルガスマトンには催淫効果がありますので、SEXレスの夫婦をSEXへ誘う効果があります。SEXレスの原因となる女性の不感症をオルガスマトンは治癒しますし、男女ですれ違う絶頂のタイミングを合わせることも可能です。
ゼ ノン:そもそも本来女性はオルガスムスに到達するか否かでもって顔や体全体がシンメトリックになっている男性、HLAの相性がいい男性、自分を気遣い理解 してくれる男性、自分の身体の感情の波を敏感に感じ取り同期をはかるのが上手い男性を捜し当てているわけです。そういう自然の摂理とは関係なくオルガスマ トンは強引にその人にオルガスムスをもたらすわけですが、もともとオルガスムスには生殖価があり、相性のいい遺伝子の相手ほどオルガスムスに達しやすく、 精子を奥に誘導することがわかっています。オルガスムスの際には子宮内圧力が減少し、ヴァギナとの間に圧力差が生じて、もしそこに精子があれば、この圧力 差によって精子は子宮内に吸い込まれます。その際にヴァギナの粘液の酸性度は弱まり、子宮頸部はリズミカルに痙攣しながら下方に曲がり、子宮前に放出され た精液を吸い込み、受胎を促すという仕組みになっています。それによって女性はオルガスムスを介して精子戦争の結果に積極的に影響を与えることができると いうわけです。でもオルガスマトンにはその価値がないですよね。
 大量のドーパミン放出という報酬に慣れてしまうと根気のいる努力をして長期的な 利益を図るよりも、短期的な快不快を優先するようになる。脳内麻薬により人は恋をし、音楽や絵画に陶酔し、創造的な仕事に満足感を得ながら快適に暮らすこ とを望んでいる。それをオルガスマトンは抑制してしまうのではないでしょうか。実際にオルガスマトンにより先進主要国では少子化が進み、消極的で働かない 人が増え、社会が徐々に貧しくなっていきましたよね。現代においては趣味と仕事がSEX以上の快楽を提供していて、それが結婚に踏み切れない理由になって います。特にオルガスマトンの与える強烈な快楽によって。
エピクロス:オルガスマトンにより人の行動指向性が変わり、人口が抑制されるという懸念 に関してですが、それは人口増加による二酸化炭素排出、食糧危機を解決する上では良いことなのではないかと思います。オルガスマトンがあれば大勢の人が物 欲から解放され、贅沢品の購入に血道を上げることがなくなり公害、環境汚染、限られた資源の搾取、劣悪な労働環境、食糧不足が根絶されていきます。さら に、スロットよりもオルガスマトンのトリガーを操作していた方がはるかに心地よいということからギャンブルやカジノ娯楽産業が衰退しましたよね。このよう なドラッグや売春、マフィアと資金的に連結した施設が衰退したことは社会衛生上好ましいことだったとは思いませんか。オルガスマトンは公害も出さないし、 犯罪にも結びつかない。
ゼノン:いや、でもね、オルガスマトンは他の娯楽とは比べものにならない危険性を持っているんですよ。人類が今まで発見し てきた娯楽はどれも「飽き」や耐性によって弱まるものでしたが、このオルガスマトンの発明により永続的で圧倒的な快楽に浸れるものが登場したわけです。こ れによって実際に仕事中にオルガスマトンのことが頭から離れなくなってしまう人が多く出てしまったことは事実であって一日中オルガスマトンに浸ることので きるニートへの嫉妬によって行方不明者が多数出て労働人口が減りましたよね。快楽レバーを押し続けるラットは空腹だろうが、発情期の雌が居ようが、自分の 赤ん坊が居ようが、電気ショックの危険をもろともせずに自己刺激を続けたそうです。そのラットにとってはレバーを押すことが世界のすべてになってしまった というわけですが、オルガスマトン・フリークはこのラットとどこが違うのでしょうか? 水も食べ物も繁殖も衛生状態も、自分の赤ん坊さえも気にかけずにオルガスマトンを駆動させ続ける彼らをどう思われるのですか?
ハルトマン:いい え、オルガスマトンの使用は堕落ではなく、「男女の交合をもって即身成仏の秘術とする」という教理を持つタントラ仏教の理想であると解釈することもできま す。このような「性交のエクスタシーを解脱の手段とする宗教」によって当時の性風俗が乱れ、性病が蔓延し廃れたため、後世ではチベットぐらいにしか残って いませんが、今日、多くの新興宗教においてオルガスマトンが儀式などの用途に使用されています。なぜならオルガスムスの瞬間にはθ波という脳波が出るので すが、このθ波は瞑想中の僧侶にも出る一種の無我の境地を示す脳波パターンだということがわかっています。オーガズムや瞑想はともに運動中枢を活性化し、 運動誤差状態を引き起こすことが知られており、オーガズム中や瞑想中の浮遊感覚、コントロール不能感はこのために起こることだと考えられています。修道会 の祈りの究極目的とされる神との完全な合一感「ウニオ・ミスティカ」を彫刻したベルニーニ作「聖女テレザの法悦」が性的な快楽に悶えているようにも見える のは不思議なことではありません。ともかく仏教においては苦渋に満ちた日常生活に惑わされず、世間の欲から解脱し、穏和な心を持ち続け、悟りの境地に至っ た人が理想の人物であり、また理想の人生でもあるとされています。オルガスマトンはこのような精神状態をもたらすことができます。
ゼノン:そのよ うなショーペンハウアー的な処世術ではストレスは軽減されるかもしれないが本当の幸せは得られない。何かに情熱を捧げなければ、人生は生きるに値しないと いうアリストテレス的な心構えでなければならないと思います。オルガスマトンは今後も「刹那的な快楽に浸りながら無為に日々を送るゾンビのような未来を奪 われた人々」を増やしていき、その結果生まれた退廃や無気力感によって社会は徐々に衰退していくでしょう。先ほども話をしたのですが「快楽原則」と「現実 原則」の二つの原則の止揚としてあらゆる労働、生産、創造が行われてきたわけですがオルガスマトンはそれらの息の根を止めます。学習や長期記憶に優れた動 物の持っている「スーパーパワー」を減退させることになる。神経科学者リード・モンタギューのいうように人は抽象的な心的観念のみでも快楽が引き出される ようになっています。それによって原始的なセックスや食べ物などの刺激によって引き起こされる生来の快感は、経験によってより複雑な現象へと変容さること ができる。この「スーパーパワー」こそが芸術の起源でもあるわけですが、この「スーパーパワー」のために即時の満足ではなく将来の満足を求める結果として 人は努力し、堪え忍ぶわけですね。喜びは理性によって控えめに追求したほうが長続きするし達成感もあるということを学習していくわけです。つまりフーコー が言うように「快楽のためには節制が必要」だということです。快というものは本来は節制の中で求めなければならない、快は努力して得られなければならな い、快は自然に得られるものでなくてはならない、快を遠ざけなければ精神の成長はないという古典的なスキームはどれもこの「スーパーパワー」を担保するた めの処方箋であったと解釈できます。だからこそ人は宗教的な理由に基づいて性的な活動を慎み、また政治的、スピリチュアルな理由によってハンガーストライ キや苦行を行うことにより報酬系を活性化させているわけです。人間のあらゆる行動や文化はこの現象に立脚しています。そして前時代のように貞節さが美徳と された社会では女性が最も重要な快楽を握っていて、それを手にするためには女性の同意、了承を得る必要があるという事実がヨーロッパの文化、学問を推進し てきました。さらに言えば、報酬系が単独で活動しても色合いも深みもない無乾燥な快感が生じるだけです。快楽が深みを持つためには記憶、連想、感情、社会 的意味、光景、音、匂いで飾り立てられる必要があり、それが生き甲斐、達成感として実感されるということです。しかしオルガスマトン使用者にはそういった リンクが存在しないですよね?
ハルトマン:オルガスマトンを上手くマネンジメントすれば社会的に好ましいものと快楽を関連づけることが理論上は可 能です。例えば子供に快感を褒美として与えるなどして勤勉な方向にモチベーションを向けることができるのではないでしょうか。自己報酬システムが脳の主た る動因源だとすれば、これをコントロールする外的技術を教育者が利用することで課題の遂行にあたってすべての知的リソース、情動的資源を制御することがで きるのではないでしょうか。
ゼノン:いやいや、そんなのはマインドコントロールに他ならないでしょう。なにを考えているんですか。
グル ジェフ:ただ、ただですよ。オルガスマトンは人間の創造性を向上させることができるかもしれないんですよ。ドーパミンは快感、陶酔感、やる気、自発性、攻 撃性、創造性、統合失調症に深く関与していることが知られています。ここで重要なのはドーパミンが新しい脳内ネットワークを作る鍵になっているということ です。ドーパミンには記憶の速やかな定着、情報処理の効率化、新しい発想の思いつきを強める働きがあります。好きなことには色々と頭が働くし、よく覚えら れるのはこのためです。気持ちよさ、楽しさは我々が自発的に物事を考え新たな工夫をしていく上で極めて重要であり「好きこそものの上手なれ」とはまさしく これを言い当てているわけです。そしてオルガスマトンでA10神経を過剰活動させれば創造性に繋がる過大妄想が生じることがわかっています。前頭葉にドー パミンが溢れると統合失調症の陽性状態に近くなり、普通無関係と思えるところに因果関係を見いだせてしまうのですが、このように脳内を飛び交う連想が自己 組織化によって新たな思考を生じたとき、その結果が創造であるといえます。「狂気と天才は紙一重」という言葉の背景にはこのドーパミンがあるわけです。統 合失調症気質の天才は数え切れないほどいます。ウィトゲンシュタイン、カフカ、マーラー、ウェーベルン、ニュートン、アインシュタイン、ナッシュ、ムン ク、ヘンダーリン、アルトー、ニーチェ、シベリウス、ショパン、スメタナ、ドビュッシー、ヴォルフらが伝記を見る限りその気がありましたね。そして統合失 調症患者の家系は従来の家系に比べて平均知能の高さ、宗教や芸術への関心、科学的創造性、サイコパスが凝縮した形で見られることがわかっています。
ゼ ノン:いえ、私はこの装置の使用により二十億総白痴化が起こることを危惧しています。男女が結合し至福の瞬間、つまりオルガスムスに達したときにはアル コールやドラッグと同様に意識や思考を司る大脳皮質を含む脳全体に大幅な機能低下が起こります。また、判断や社会的推論の中枢である左腹内側皮質などの活 動も低下することがわかっています。オルガスムスの際に論理的評価や推測が保留されるのはこのためです。ともかく、オルガスマトンは人の頭を真っ白にす る。このようなオルガスムスが永遠に続いたらすぐに肉食獣の餌食になるか、ライバルに殺されるか、あるいは体液不足で死ぬことになります。そのため、この ような快楽により生物が外界の要求に適応できなくなる前に感情の平滑化作用により、どんな快楽や幸せも減衰していくというわけです。しかし、オルガスマト ンはこの快楽を持続させるわけで、この長期的な快感によってシンナーより緩慢に大脳皮質が萎縮し、脳室が拡大する危険性があります。そして無気力、集中力 低下、判断力低下、無為などの無動機症候群や痴呆などの脳器質性障害が引き起こされると私は予想しています。まだ、長期的な影響のデータがないため、断定 はできませんが、オルガスマトンは使い方によっては阿片戦争のときの阿片のように敵国を骨抜きにすることもできる。オルガスマトンは人類の慢性自殺、成長 阻害装置、歴史のピリオド、究極の兵器であるともいえます。実際オルガスマトンは兵器にも転用することができ、本来は大変危険なものだということを再認識 しておく必要があります。今のところセキュリティの強健性からオルガスマトンが乗っ取られることは考えにくいのですが、この装置は快感の大きさによっては 唾液と汗による脱水症状、呼吸困難、心臓発作、血管に関わる疾患などによって人を虐殺することができます。さらに他人にそれが制御できてしまうようになっ た場合にはその人に自分の好みをも操られてしまう可能性があるということです。具体的に言うならば外部からわずかにドーパミンレベルを調節されることに よってその人の嗜好がドーパミンレベルが高まる現象の周辺にある言語的シンボルと文化的パターンに関連した形で形成される。昔の言葉で言うのならば「パブ ロフの犬効果」によってその人の味、音楽、におい、人の好き嫌いといった嗜好が決まるということです。そして人は感情の高鳴りと状況の整合するような理屈 を人為的に作り上げるという性質があります。だからこそ人は吊り橋を異性と渡るだけで恋に落ちる。
 人類ははじめて麻薬と出会ってから、あらゆる 手段を使ってよりたくさんのより強力なドラッグを手に入れようとしてきました。サイコアクティヴ物質の歴史は軍拡競争に似ているといえます。技術革新が絶 え間なく人類の堕落や破滅を推進してしまう。そしてその終着点としてこのオルガスマトンがあると私は考えています。
アタラクシア:本日は皆様、貴 重なご意見をありがとうございました。今回、既に先生から幾つかご意見をいただいておりますけれども、引き続き先生からのご意見は書面でも受け付けますの でもし、よろしければ、あらかじめメールなり、文化娯楽福祉省のクラウドなりで我々に頂ければ、次回の審議に付したいと考えておりますので、是非、よろし くお願い申し上げます。それでは、第一回の意見聴取会はこれで終了とさせていただきます。どうもありがとうございました。



 夥 しい数の色胞がへばりついた光球ドームの像が消え、一瞬の暗黒が訪れる。そこに、とある個体が体皮の色素胞のきめ細やかさに呼応した画素数で曙光をてらて らと目映かせはじめるのであった。その明光は暗黒のプラネタリウムを埋め尽くすコウイカ目の子孫たちの視細胞を通じてラング-スティル-エクリチュール連 結を形成させる。
「これが…復元された電子文書です。私はこれがホモ・サピエンス絶滅の原因解明のための第一階層文書(レイヤー・ワン・テクスト)であると捉えています」
 ドーム内にそそり立つサルスベリの亜種に、発光体は五頭身を中刷りにして体重を預けている。
「こ の文書が見つかる以前にはホモ・サピエンス絶滅の原因は人口増加とそれによる資源の争奪や隕石の衝突、地軸逆転のようなもの、あるいはそれらの重畳が考え られていました。私自身はこの文書が見つかる前までは「ホモ・サピエンスはその誕生から約500万年後に訪れた氷河期に差し掛かった際の資源争いで反物質 爆弾を用いたホッブス的闘争によって絶滅した」という仮説を検証していたところでした。この”第二パンゲア”の地表を穿つ無数のクレーターの跡は反物質爆 弾の炸裂した跡ではないかと」
 発光体は粘着質の異様に長い、いくつもの触腕を機敏に三脚状に束ねて地面へと体重をかけはじめた。吸盤を噤んでできた肉球がそれをしなやかに吸収してみせる。
「し かし、この文書を精読し、彼らが単なる環境変化よりも遙かに込み入った理由で絶滅したのではないかと考えるようになったのです。彼らのような脊椎動物は私 たちのような無脊椎動物とは違い、脳内麻薬によってその行動の方向性を定めていたのです。快楽原則は脊椎動物の行動に関する万物理論であったといえるかも しれません。自然淘汰によって報酬系は生殖活動のモチベーションを高める感情を優遇し、反対にそれを無関心にさせる方向に働く遺伝子をシステマティックに 排除するようになったのです。そして自身の健康状態、子孫存続能力を香水、ルージュ、ダンス、歌によって修飾、模写することによって異性を惹きつけてきた というわけです」
 腹膜の小さな気孔はぷかぷかと定期的に空気を排出してはいるが声を発するようにはできていない。
「脊椎動物のなかでも 子供を両性で育てる脊椎動物の雌はオーガズムを多く感じる傾向にあったようです。特にホモ・サピエンスの場合には子供が未熟であるネオテニーの期間が長 く、夫婦の絆を担保する観点から他のほ乳類に比べて強いオルガスムスを得るようになったようです。そしてホモ・サピエンスは、ほ乳類では珍しく直立歩行を するため、性交後に雌が横たわったままじっとしている方がフローバックが少なく、受胎する確率が高かったということも関係しているかもしれません。ともか く、ほ乳類の中でも最も高い知性と最も強いオルガスムスを手にしたホモ・サピエンスがオルガスムスを自由に再現できる禁断の果実にたどり着いてしまった。 その際にどのような議論がなされたのかを皆様に本日ご紹介させていただいたということです。脊椎動物の長がどのようにして快楽原則に支配され、自滅して いったのかを」
 発光体の燐光が止むと、ドームに感謝を意味する単色の潮が満ちたのであった。

 


この本の内容は以上です。


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