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圧倒的なエンターテイメントを現実世界にぶつけることが、今の時代に戦いを挑む一番の戦闘方法な気がする。

 

例えば、二〇一四年に活動を再開した銀杏ボーイズの峯田も最近のインタビューでそのようなことを語っている。

「エンターテイメントがドキュメントを食い潰すところを見せてやりたいと思った」「そのカタルシスをもう1回作り出したいんだ」「今はみんな裏側を見ようとするけど、そこに真実なんてない。真実は作品の奥にあるんだよ」といっていた。

 

“神聖かまってちゃん”は自身の姿を↓


“神聖かまってちゃん”は自身の姿をさらす、ネット配信を行うバンドだ。

ファンタジーとは真逆である。ネットにアップされ続けるその映像はドキュメンタリーといえる。

 

 

 

の子はときには爆笑したり、ときには号泣したり、ときにはメンバーと殴り合いのケンカを↓


の子はときには爆笑したり、ときには号泣したり、ときにはメンバーと殴り合いのケンカをノーカットでリスナーに届けるからだ。

“神聖かまってちゃん”の裏側は、バンドの裏側であり、人間の裏側でもある。そのドキュメンタリー性が彼らを物語として構築していく。

 

 

 

ドキュメンタリーは所詮ドキュメンタリーの粋を出ないと思われる。峯田のいうように、真正面からぶつかれば、エンターテイメントに負けてしまう。

 しかし、“神聖かまってちゃん”を追っていくと、彼らの姿に心を打たれる。

 奇跡が約束されないのがドキュメンタリーだが、彼らのそれはエンターテイメントに満ちていた。

 

 

千葉県のかつてひきこもりだった少年が


ドキュメンタリーは所詮ドキュメンタリーの粋を出ないと思われる。しかし、彼らのそれはエンターテイメントに満ちていた。

千葉県のかつてひきこもりだった少年がバンドを組み、ネット投票のサマソニ新人枠に実力派バンドを出し抜いて見事出場決定、NHK音楽番組になぜか出演、フェスで坂本龍一と肩を組む、アニサマに出演、ライブ中に殴り合い、『劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ』という入江監督の映画に出演、いまではきゃりーぱにゅぱにゅと焼肉へ行く仲に。

人生はこんなにもダイナミックで面白いものなのかとリスナーは感じたはずだ。

 

 

エンターテイメントはドキュメントを↓


人生はこんなにもダイナミックで面白いものなのかとリスナーは感じたはずだ。

 

エンターテイメントはドキュメントを食いつぶす力があるから価値がある。

しかし“神聖かまってちゃん”は、ドキュメンタリーはエンターテイメントであることを教えてくれた。くだらない現実を自分から変えていこうとすれば、エンターテイメントになるということだ。

 

 

 

 “SEKAI NO OWARI”が↓



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