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さきほどの、『炎と森のカーニバル』に話を戻す。キーボードのSaoriはブログで、このイベントの総制作費は五億円と書いている。完全に赤字らしい。

かつて、浜崎あゆみは『fairyland』の数分間のPVで二億四千万円をかけて話題になったことがある。

音楽と直接関係ないものにそれだけのお金をかける意味があるのか疑問だったが、彼らSEKAI NO OWARIのイベントをみると演出にお金をかける意義が分かる気がする。これは彼らの覚悟なのだ。

 

赤字であるとかいう以前に、いま日本でバンドが五億円使って大赤字を抱えてでも↓


赤字であるとかいう以前に、いま日本でバンドが五億円使って大赤字を抱えてでもやりたいことをやるという、そういう無茶をだれがやろうというのか。

曲を作るときトラブルがあって苦悩があってという話はたくさんみるが、一五メートルの木に満足できなくて三〇メートルに作り直して、ウォータースクリーンと炎とレーザー使って5億円かけてしまったなんていう話は知らない。

 

 

 現に、会場ではカメラや写メで会場やステージが↓


 リスナーのことを考えているのは彼らのほうではないか。

 現に、会場ではカメラや写メで会場やステージが取り放題という。

ライブが始まってメンバーが出てきも自由にステージの写真を撮っていい。これも最近ほとんど聞いたことがない。海外では公然と行われているらしい。

 マナーとか、ネタばれとか、肖像権とか、いろんな制約やルールがあって、会場内ましてやステージやメンバーの写真を撮るなんてもってのほかというのが当たり前のルールの日本。

 彼らのライブは自由なのである。記念写真にして友達に送ったり、ラインやツイッターやブログにアップしたりしていいのだ。

 


 ロックバンドは「みんな、自由にしててくれ」と掲げつつカメラがあることを許さない。

 それを考えると、カメラを許していた“SEKAI NO OWARI”の方がずいぶん自由である。

 現実とロマンを語ることによってリスナーの心を解放していこうとするロックバンドよりも、ファンタジー(幻想)を緻密に演出してその瞬間だけでも一二〇パーセント心を解放させる“SEKAI NO OWARI”の方にロマンがないだろうか。

 

 

圧倒的なエンターテイメントを現実世界にぶつけることが、↓


圧倒的なエンターテイメントを現実世界にぶつけることが、今の時代に戦いを挑む一番の戦闘方法な気がする。

 

例えば、二〇一四年に活動を再開した銀杏ボーイズの峯田も最近のインタビューでそのようなことを語っている。

「エンターテイメントがドキュメントを食い潰すところを見せてやりたいと思った」「そのカタルシスをもう1回作り出したいんだ」「今はみんな裏側を見ようとするけど、そこに真実なんてない。真実は作品の奥にあるんだよ」といっていた。

 

“神聖かまってちゃん”は自身の姿を↓