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 彼らはしばしばファンタジーと評される。それはライブ演出はもちろん、曲や歌詞のなかでもみてとることができる。

なぜ彼らはバンドの命題であるロマンではなく、ファンタジーを歌うのか。

 

ロマンを歌うバンドは多い。↓


 

ロマンを歌うバンドは多い。というか、それがほとんどだろう。なぜなら、バンドは現実を想起させようというテロ集団だからだ。アイドルは非現実的なものとして存在しており、ファンタジーを市民に提供する。

「そんなもんじゃねえだろ?」と現実と突きつけるのがバンドだ。

例えば、“ミスターチルドレン”は《知らぬ間に築いてた自分らしさの檻の中でもがいてる/こんな不調和な生活の中でたまに情緒不安定になるだろう》と歌う。

UNISON SQUARE GARDEN”は《何度よろけて/倒れたとしても/さっき立ってたんだし/立てないわけがないよ/光る聲は輕くなって》と歌う。

『バンプオブチキン』は《錆び付いた車輪 悲鳴を上げ/後ろから楽しそうな声 町はとても静か過ぎて》と歌う。

どのバンドも“SEKAI NO OWARI”と同じくトイズファクトリーである。

 

現実を想起させてロマンを歌うのがバンドだ。しかし↓


現実を想起させてロマンを歌うのがバンドだ。

しかし、彼ら“SEKAI NO OWARI”のようにファンタジーを歌い、体現するバンドは少ない。ファンタジーが腐った世の中でそれでもファンタジーを歌うことを選択した彼らは評価されるべきだろう。

 

 彼らはそれを忍ばせるわけでもライブのMCで言うでもなく、徹底的にビジュアルとライブの演出で分かりやすくリスナーに提示していく。


彼らはそれを忍ばせるわけでもライブのMCで言うでもなく、徹底的にビジュアルとライブの演出で分かりやすくリスナーに提示していく。

 二〇一三年に行われた野外ライブ『炎と森のカーニバル』で、マスメディアも大きく取り上げるほどのファンタジーをブチ上げた。↓

 

 

 


野外ライブ『炎と森のカーニバル』。空き地に三〇メートルの巨大な木のセットが建てられていて、その下にステージが組まれているのだ。さらに、それを森のように覆う木がある。とにかくでかい。

その巨大な木には電飾が組み込まれ、ウォータースクリーンというものの仕込まれているらしい。下からは炎が吹き上がり、何十ものレーザーが飛ぶ。なんだか無茶苦茶だ。

日本のロックフェスだってこんなにやらないのに。いや、日本のロックフェスだからやらないのだ。そして、“SEKAI NO OWARI”だからこれが出来るのだ。さらにいうと“SEKAI NO OWARI”しかこれは出来ないのだ。

 

 

 

かつて、“LUNA SEA”は一九九九年に


かつて、“LUNA SEA”は一九九九年に野外で一〇周年ライブ「LUNA SEA 10TH ANNIVERSERY GIG  [NEVER SOLD OUT]  CAPACITY∞」を行った。イベントタイトルのとおりチケット枚数に上限を設けなかった。その結果、総勢一〇万人を動員した日本初の超大型動員のワンマンライブだ。

 

このライブ、開催直前に台風が直撃した。

ステージセットが崩壊し、そのままセットを廃墟に見立ててライブが行われた今も語り継がれる伝説である。

ステージセットが崩壊しても“LUNA  SEA”がライブを行えたのは彼らがロックバンドだったからだろう。

 これが“SEKAI NO OWARI”だったらと考えると彼らはきっとライブを行わない。


これが“SEKAI NO OWARI”だったらと考えると彼らはきっとライブを行わない。こんなエピソードがある。

大みそかに放送された『第64NHK紅白歌合戦』の出場者でSEKAI NO OWARIの名前が上がっていたそうだ。

内定情報まで報じられたにも関わらず出場に至らなかった背景には、紅白でも大掛かりなセットを組もうとして、NHKサイドと話がまとまらなかったという。サイゾーの記事なので真偽は分からないが。しかし、彼らのことを知っている者なら、そうなんだろうなあと想像出来る。

自分たちの演出がとれないのなら紅白歌合戦の出場すらも断りそうなのが彼らだ。↓