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近畿地方
近畿地方の城
滋賀県:安土城
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滋賀県:彦根城
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滋賀県:水口城
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京都府:二条城
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大阪府:大坂城
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兵庫県:明石城
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兵庫県:篠山城
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兵庫県:竹田城
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兵庫県:龍野城
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兵庫県:姫路城
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奈良県:大和郡山城
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徳島県:徳島城
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長崎県:島原城
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大分県:臼杵城
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宮崎県:飫肥城
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沖縄県:今帰仁城
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 近畿地方

滋賀県  安土城 彦根城 水口城

 

京都府  二条城

 

大阪府  大坂城

 

兵庫県  明石城 赤穂城 篠山城 竹田城 龍野城 姫路城

 

奈良県  大和郡山

 

和歌山県 和歌山城

 中国地方

鳥取県  鳥取城 米子城

 

島根県  松江城

 

岡山県  岡山城 津山城 備中松山城

 

広島県  広島城 福山城 三原城

 

山口県  岩国城 萩城 山口城 


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 四国地方

徳島県  徳島城

 

香川県  讃岐高松城 丸亀城

 

愛媛県  伊予松山城 宇和島城 大洲城

 

高知県  高知城

 九州・沖縄地方

福岡県  久留米城 小倉城 福岡城

 

佐賀県  佐賀城 名護屋城

 

長崎県  島原城

 

熊本県  宇土城 熊本城 人吉城 八代城

 

大分県  臼杵城 大分城 岡城 暘谷城

 

宮崎県  飫肥城 延岡城

 

鹿児島県 鹿児島城 舞鶴城

 

沖縄県  首里城 中城城 今帰仁城


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滋賀県:安土城

別名 :
所在地:滋賀県近江八幡市安土町下豊浦
種類 :平山城
築城者:織田信長
築城年:1576年
遺構 :本丸、二の丸、石塁、天守台

 

 安土城は、織田信長が天下統一を更に進める為、琵琶湖に突き出た安土山に築いた(築城当時、安土山は三方が湖に囲まれていたが、現在は三方とも埋め立てられている)。宣教師がヨーロッパの城より立派だと感嘆した程豪華な城だった。が、完成から三年後、本能寺の変のゴタゴタで焼失してしまった。

 信長の祟りを恐れてか、徳川幕府さえ手を付けず、城跡は荒れるままになった。本格的な調査が始まるのは昭和に入ってからである。

 江戸城天守と、豊臣大坂城天守の姿は比較的正確に分かっているのに対し、安土城天守の姿は明らかでない。ローマ法皇に送られたとされる屏風絵が見付かれば明らかになるだろうと言われているが、その屏風が見付かる可能性は低い。

 そこで論争が起こった。幻の名城の天守とはどんな姿だったのか。

 1980年代に評判になったのが、内藤晶氏による不等辺八角形の天守台一杯に建てられた、吹き抜けのある天守である。自分もこれを最初に見た時、まさに新しもの好きの信長の城だと思ったものである(町内の資料館の模型もこれを基に作成されている)。

 最近は、この説を疑問視する学者も多い。吹き抜けにすると構造上の負担が大きくなり過ぎるし、天守台一杯に建てられていたというのは、当時の石垣の技術を考慮すると有り得ないと。

 他の大名は天守という建築物を真似たにも関わらず、吹き抜けという建築様式を真似たという話はあまり聞かないので、この説は説得力がある。

 不等辺八角形の天守台も、元は方形だったものを、後の時代に積み直す際、八角形にしてしまったという説もあるから、ますます内藤氏には不利だ。

 しかし、不等辺天守台に立つ岡山城天守は、安土天守を真似たという。内藤氏が間違っているとしたら、岡山城天守はなぜ安土城天守を真似たと言い伝えられるようになったのか。

 この点を見ても、どれが正しいと断言出来そうもない。幻の名城だから、分からなくてもいいのかも知れない。

 信長は、天下統一へ近付く度に城を代えた。清洲城、岐阜城、小牧山城など。安土城も『通過点』の一つで、中国地方の制圧後は現在の大阪辺りに城を築くつもりだったらしい。しかし、安土城は信長にとって『終点』になってしまった。天下統一の大事業は、他人の手に渡ってしまうのである。

 

 安土城があった時代は京の都より栄えたという町も、現在は田畑の多い田舎町に過ぎない。

 安土城は安土駅からかなり離れたところにあるが、駅前にはレンタサイクル店があるので、それを利用すればスイスイ行ける。

 城内は無料。

 安土山はそれ以前の山城と比較して低かったから「平山城」に分類されているが、後に築かれた平山城と比較すると山城に近い。

 安土町には、信長や安土城に関する資料館がいくつもある。

 安土山の側にある一段と高い山が観音寺山で、そこには観音寺城があった。


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滋賀県:安土城

  

天守台入り口。本丸内

 

  

城内の摠見寺(門、三重塔)


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滋賀県:彦根城

別名 :金亀城
所在地:滋賀県彦根市金亀町1-1
種類 :平山城
築城者:井伊直継・直孝
築城年:1603年
遺構 :本丸、二の丸、石塁、外堀、内堀、現存天守三層三階(国宝)、櫓多数、外観復元御殿(博物館)

 

 彦根城主は、築城された時から井伊氏だった。

 

 初代藩主となる井伊直政は、徳川四天王の一人だった事もあり、幕府から何卒優遇される。彦根城も、12大名による天下普請によって築かれた。

 

 彦根藩は、井伊氏入封当初は18万石だったが、加増を重ね、譜代大名の中では最高となる35万石にまで至る。

 

 桜田門の変で暗殺された井伊直弼も彦根城主だった。

 

 彦根城天守も、明治維新後、他の多くの城と同様に取り壊される予定だったが、明治天皇が丁度その時付近を通った。同行していた大隈重信は天皇に保存するよう頼んだ。天皇は同意し、彦根城は取り壊しを免れた。これは喜ばしい事だが、何故他の城もこの様にしなかったと責めたい。

 

 



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