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目次

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おもな登場人物の紹介

スタートシグナル

一周目

二周目

三周目

四周目

五周目

ゴールライン

あとがきにかえて

絵師?のザレゴト

(巻末資料)ミニ四駆、実際の風景

 

著:悠川 白水

表紙・挿絵イラスト:がっかりうどんぬ


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おもな登場人物の紹介


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スタートシグナル

 しのぎを削る。鍔迫つばぜり合い。名勝負。
 ありふれたこの陳腐ちんぷな表現ほど、今この瞬間にふさわしいものはない。
「ファイナルラップに突入! 先頭は四……いや五コース、いや、また四コースが抜き返した!」
 真夏の暑さに負けず劣らず、熱気のこもった声を上げる司会者の声など、きっと耳には届いていないだろう。
 男女合わせて五人の少年少女は、その目の前に広げられた純白のコースレーンと、己のマシンを食い入るように見つめていた。
 スロープを上り、フェンスとローラーが擦れる音を立てながら、一八〇度のコーナーを二台のマシンがいち早く抜けていく。他の三台は何秒も引き離されていた。
 呆れるほど長い直線を、時に横一線に並び、時に僅かに前へ出て、そしてまた追い付きながら駆け抜ける。
 しかし、加速に乗ったマシンには酷とも言える……下りのスロープ。
 ガチン、と鳴り響いた硬い跳躍ちょうやく音が、二台のせめぎ合いに終止符が打たれた合図だった。
 ――負けた。
 少年はがっくりと肩を落とし、左隣の少女は満面の笑みでガッツポーズ。
 コースアウトした自分のマシンを係員から受け取ると、自然と目頭が熱くなってきた。そう思ったときには泣いていた。
「男子だったら泣かないのっ」
 後ろから威勢のいい声が聞こえて振り向くと、さっきまで対戦相手だった少女がいた。
「あなたのそのマシン、すごかったじゃない」
 少年と同じ年代であろうが、背はやや低い。首の後ろで、縛った髪の短い房がちょこん、と揺れている。服装をはじめ背格好は、よく学校のクラスにもいる女子と大差ないが、涙でくすんだ視界越しでも、顔立ちがとても可愛い子だなと少年は思った。
 しかし、何よりも悔しさが先に来る少年にとっては、そんな相手の容姿など気休めにもならない。むしろ余計に腹が立ってきた。
「うるさいな。次も頑張れよ」
 少年は怒気を含んだ声で言うと、そのまま立ち去ろうとする。
「待ちなさいよ」
 少女は小走りに少年へ歩み寄ると、その両肩を掴みながら正面へと回り込む。
「泣かないの」
 優しく言いながら、少女は少年の額に己の額を合わせる。
「なんとかなるから」
 言葉は、少女の額と両手のぬくもりと一緒に、体の中へと染み込むように少年へと入っていく。その言葉とぬくもりは、今まで体の中にあった何かとぐろを巻いたものを、砕くように、溶かすように体から奪っていく。未だ経験したことがない、とても不思議な感覚だった。
 一瞬の後、額と両肩からぬくもりが消えたのを感じ、両目を開ける。少女はスカートのポケットからハンカチを出して、少年に押しつけようとするところだった。
「また、いつか対戦しましょ」
 涙で視界がよく見えない中、その少女はそのまま後ろを向いて走っていった――


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最終更新日 : 2016-02-12 01:21:01

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ファイナルラップ! 1周目-1

「……んっ、ん」
 男は、間の抜けたようなうなり声を上げて目を覚ました。
 懐かしい夢を見た気がする。
 薄手の布団から出ないまま、男は懐かしく思う。子どもの頃に出たミニ四駆ジャパンカップ。自信満々で出場して予選敗退したのは今でも覚えている。しかも同学年らしき女子に負けたとあっては立つ瀬もない。
 あの子はどうしているだろう、と思ったのはほんの一瞬。そもそも会うことはないだろうし、仮に偶然出会っても、お互い既にいい歳の大人となっているから分かるまいが。
「……っと、今日は出かける日だったな」
 思い出したかのように呟くと、布団を跳ね飛ばすようにして起き上がる。何せ、またまた地方に単身赴任してきたばかり。その最初の休日はやることがあった。
 朝食作って歯磨きして顔洗って用足して。ようやく着替えに取りかかる。
 着替え終わると、机の上に鎮座していた工具箱を引っ掴む。
 夢の出来事が終わってから一度辞めた後、大人になってから再びミニ四駆を再開して約半年と少し。
 単身赴任してきてまずやりたいのは、近くにコースが置いてある模型店があるかどうかを探し、一度見に行くこと。
 ネットで探したところ、かろうじて一件はそれらしき店があるらしい。マシンは整備済み。走らせたいがまあ期待はしない。
 安っぽい賃貸住宅の扉を開けると、アブラゼミが慣らしてない旧型シャーシのような騒音を鳴らしていた。

 


 目的の模型店は、徒歩十分とネットの道程どうてい計算は表示してくれたが、気温三十度では効かないような外を十分も歩くのは、ある意味拷問ごうもんであろう。
 かといって車で行く程の距離とは言えず、そもそも車内はオーブントースター同然となっているのを想像すると、外を歩くよりもぞっとする。
 軽く汗をかきながら歩き、ようやくそれらしき店に辿り着いたのは、およそ十五分後ぐらいだった。道程計算の嘘つきめ、と男は内心毒づく。
 田舎道に面した模型店は、荒れたアスファルトの駐車場が六台分。一階は店舗で二階は住居らしき古風な作りは、いかにも昔からやってます、な雰囲気を釀し出していた。
 正面から見て左隅には古めかしいテントが張られ、ホームセンターで売ってそうな安い柵で囲われている。柵の中には、灰色の物体が地面に敷かれているのが見えた。ごく一般的にしてスタンダードな市販品コース、ジャパンカップ・ジュニアサーキット。
 そこまでは大して驚きも感慨もなかったが、そのさらに奥に視線をやると初めて少し驚く。
 コースの周りには、三人ぐらいの小学生らしき子どもがいるのだが、一人は子どもに囲まれ、一人はそれを見守るように奥の日陰でちょこんと座っているのは、似たような歳のごく若い……女性だった。
「これ、いきなり変な音がしはじめたぁ」
 子どものうち一人が、スイッチを入れたまま子どもの中心にいる女性に突き出す。
「ホントねぇ、でもさっきまでは普通だったのにねっ……瑠貴るき、どう思う?」
「貸してみて麻梨奈まりな
 麻梨奈まりなと呼ばれた女性は、瑠貴るきと呼ばれた座ったままの女性のところへ、子どものマシンを持って行く。スイッチが入ったままのマシンを耳元に当て、目を瞑って音を聞くことコンマ一秒。
「これはね」
 静かにそう言いながらスイッチを切ると、ボディキャッチを外してボディとともに膝上へと置き、電池も抜くとモーターカバーとギアカバーを手際よく取り、それも膝上へ。電池を底面部から外したあたり、ARシャーシだろう。
「モーターのここを見てごらん」
 子どもを呼び寄せた後、モーターを取り出して何か見せている。
「このモーターのピニオンギア、半分しか填ってないでしょう? これが走らせているうちに緩んでしまったから、いきなり噛み合わせが悪い音がするようになったの。だから」
 言葉を切ると、モーターを左手に持ち替えて、右手を横に伸ばしておもむろに小型ハンマーを取り出すと、軽くピニオンギアを叩くこと数回。
「これでいいと思うわ。でも、また緩むようならもう交換しないとだめだからね?」
 子どもを見て優しく言いながら、再び手際よく組み立てる。手元を大して見ないでも組み立てる様を見て少し感心する。よほど慣れてないとできない芸当だ。
「はい、どうぞ」
 ボディキャッチを填めて、子どもに渡す。子どもは喜んで再びコースへ。
「こらっ! 『瑠貴るきお姉さんありがとうございます』ってお礼言いなさいっ!」
「いいよ麻梨奈まりな、大したことじゃないから」
「でもさっ……?」
 麻梨奈まりなと呼ばれた女性の声が途切れる。気づくと、二人の女性の視線がこちらをしっかり捉えていた。
 一瞬、子どもの声とアブラゼミの声が、空間を支配する。
「お、そこの兄ちゃんもミニヨンやりにきたのかいっ?」
 麻梨奈まりなと呼ばれていた、二十歳代半ばとおぼしき女性が、この季節らしいような、威勢のいい声を上げる。
「ええ、まあ、そんなとこですが」
「うーん? でも見ない顔だよねぇ? また瑠貴るきを目当てにどっから遠征にでも来たクチかいっ?」
 すたすたと歩み寄ると、麻梨奈まりなは面白いものを覗き込むように顔を見る。笑顔ではあるが、その目は一瞬前と変わって、微妙に笑ってない。
 麻梨奈まりなの奥、座ったままの瑠貴るきに目をやると、被った白い帽子に手を当て、しかめるように深く被り直す。
「え? いや何だかよく分かりませんが。僕は、先日この辺に引っ越してきたもんで、家から最寄りの模型店なので来てみたんですが……」
 そう言うと、麻梨奈まりな瑠貴るきのいささか警戒した雰囲気が、風船が弾けるように消えてなくなった。
「何だい、じゃあ新しいお仲間さんだねっ。こんな暑いとこ突っ立ってないで、日陰に入りなよっ」
 麻梨奈まりなは、半ば強引に手を引いて、テントの中に招き入れた。

 


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最終更新日 : 2016-02-12 01:21:01

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ファイナルラップ! 1周目-2

 ぷしゅっ、とプルタップが開く音が鳴ると同時に、麻梨奈まりなは左手の冷えたノンカロリーコーラをぐいっとあおる。
「あー、うまっ……私は、新倉麻梨奈にいくらまりなっていうんだよ。で、こっちが」
笠宮瑠貴かさみやるきと申します。よろしくお願いしますね」
 軽く一礼すると、両手に持ったレモン味のサイダーをゆるりと傾けて、湯飲みでお茶でも飲むかのように、こくり、こくりと静かに喉を鳴らして上品に飲む。
「俺は木藤遙斗きとうはるとっていいます。数日前に引っ越してきました」
 名乗ってから、ペットボトル入りのジンジャーエールをぐいっ、とひと飲み。冷えた炭酸の刺激が心地いい。
「あー、暑っ……こんな暑いと、店開けててもお客さん来ないよね」
「店ということは、新倉さんは普段はサービス業で?」
 何気なく麻梨奈まりなに聞いてみた遙斗はるとに、一瞬キョトンとする麻梨奈まりな瑠貴るき
「おー、そういえば言ってなかったねっ」
 そう言うと、麻梨奈まりなは左手の親指を立て、模型店の方を指す。
「ここの店は、あたしと父の二人でやってるのさっ!
 店長は父だけど、まっ、二人しかいないしあたしは自動的に副店長だねっ!」
 心底面白そうに大笑いする麻梨奈まりなの指す指先の向こう、古風な模型店の看板にはデカデカと『新倉模型』と書かれていることに、遙斗はるとは初めて気づいたのだった。

 


 太陽が頂点に向かってまっしぐらな時分、外はますます暑い。
「ホント言うと、今日は月例レースの日なんだよっ」
 その太陽に何か感染うつされてるのか、麻梨奈まりなの声は時間が経っても元気である。
「でもまっ、このド田舎の小さい店だし、いつも来てくれるのは子ども達いっぱいと瑠貴るきぐらいだねっ!
あたしはそれで十分だけど、今日は久しぶりに瑠貴るきの本気が拝めるかなって、ちょっと期待してるよ遙斗はるとくんっ」
 ぽんっ、といきなり背中を叩かれる遙斗はると
 ――瑠貴るきの本気。
 すぐに遙斗はるとは合点がいった。先程聞いたところ、麻梨奈まりなは近県でもちょっとは名が知れたモデラーらしいが、レースはやらないらしい。
 つまるところ、この場にいる大人で瑠貴るきの相手ができるのは、見たところ似たような歳の遙斗はるとだけであり、いつもは本気でやらない、つまり子どもでは太刀打ちできないほど瑠貴るきは強いということでもあった。
 遙斗はるとは改めてコースを見る。
 ジャパンカップ・ジュニアサーキット、ざっと四組分といったところか。『ここからスタート☆』と、丸っこい字で適当にダンボール箱に書いてある場所から右は、カーブを多く使いうまいこと組んである。
 そして左側は、途中にコース色が緑色のパーツがあり、その緑色が灰色の九十度カーブと、ストレートパーツ四枚分を挟んでいる。高さ十一センチのアップダウンセクション、テーブルトップだ。
 テーブルトップ下りの着地点には、安っぽい人工芝が敷かれており、着地点の芝を抜けカーブひとつ曲がってスタート位置に戻る。地味だがそれなりの技術を要求される、テクニカル・コースである。

 

 

子どもたちの大会が始まる前にやりましょう」
 振り返ると、瑠貴るきがボディを開けて電池を入れるところだった。見たところ、ボディは白をベースに金色のエングレービングを施したイグレスか。白色のVSシャーシは、材質強化型シャーシである。
組み方は無駄がなくシンプル。フロントバンパー・リアステーともに既存のカーボンプレートで強化してあるが、さらにその上をフロントバンパーとリアステーの上部を覆うように、プレートやウェイトが覆っている。
 遙斗はるとも工具箱を開けて、マシンを取り出し早速電池を入れようとする。お互い、メーカーのアルカリ電池を用いるのは、選手権ではその電池しか使えなくなっているからである。
「おおっ、テラスコーチャーとはなかなか渋いねっ」
 感心したような声の麻梨奈まりなの視線の先には、濃紺をベースに銀や赤文字を散りばめたデザインのテラスコーチャー。カーボン混合材製のスーパー2シャーシをベースに、組み方に無駄はなく、見た目は割とシンプルである。
「では、早速始めましょう。よろしくお願いしますね」
 瑠貴るきはゆっくりと立ち上がり、コースの方へ歩いて行く。
 長く綺麗に切りそろえられた黒髪に、整った顔立ち。白磁色の華奢な身体を、白いワンピースと白い帽子で包み込んでいる姿は、どこかの深窓の令嬢といっても違和感がない。真夏の太陽の熱で、そのまま溶けてしまいそうな錯覚を覚えるほど、儚くも可憐な雰囲気があった。単刀直入に言えば、この場に似合わないほどの……美女である。
「あ、こちらこそ、よろしくどうぞ」
 見とれていたのも一瞬、遙斗はると瑠貴るきの声に応えると、スタート位置に向かう。
「三周勝負だからねっ」
 同じくスタート位置に来た麻梨奈まりなが、掌を見せるように真っ直ぐ左手を伸ばす。それを確認し、遙斗はると瑠貴るきはスイッチを入れ、遙斗はるとはインコース、瑠貴るきはアウトコースにマシンを構える。双方とも、駆動音からギアの噛み合う音はわずか、ほとんどモーター音しかしない。
「用意……スタートっ」
 麻梨奈まりなの声とともに、二台のマシンが同時にコースイン。横一線で前半のコーナーセクションへ入る。
「はええ!」
 周囲の子ども達の驚いた声。二台ともあっという間に後半のテクニカルセクションへ。ここまでは、瑠貴るきの方が僅かに速い。
 一般的には、遙斗はるとのスーパー2シャーシよりも、瑠貴るきのVSシャーシの方がやや小回りが効くのは確かである。しかしそれを差し引いても、瑠貴るきのマシンのコーナーワークは群を抜いていた。
 遙斗はるとのマシンも、空転時間が優に一分を超えるローラーを搭載するだけに、コーナーワークにはそれなりの自信がある。そのためコーナーの多い前半セクションで、多少なりとも差を付けるのが遙斗はるとの目論見だったが、まさか逆にリードされるのは計算外だった。瑠貴るきは想像以上に手強い。そのまま緑色のスロープに突入する二台。
「あら」
「なに」
 瑠貴るきの感嘆の声と、遙斗はるとの驚きの声が交錯する。
 スロープを上がり着地しようと落下軌道に入った瞬間、フロントバンパーとリアバンパーの上部にある、補強と思っていたウェイトとマルチプレートが、蝶番のように上へと開いた!
 着地すると同時に、その開いた箇所も再び元通り閉じ、着地の衝撃を吸収。瑠貴るきのマシンは何事もなかったかのような綺麗な着地を披露し、テーブルトップのストレートを駆けてゆく。
 さりげなくついてたウェイトや補強プレートがすべて、小型の衝撃吸収用カウンターウェイト、いわゆるマスダンパーだったことに遙斗はるとは驚く。前後を均等に衝撃吸収する上、上下左右のストロークが大きく安定している分、通常のマスダンパーに比べても効果が高いようだった。
 遙斗はるとのマシンは、低重心とブレーキ制御がメインのマシンである。必要最小限まで絞り込んだ装備による徹底した軽量化で、抜群の加速性能を武器に減速によるロスを補う。低重心化と確実に水平飛翔させる絶妙な車体バランスにより着地を安定させ、マスダンパーは後部に、こちらも均等可動タイプのスクエア型をひとつ装備するのみだ。
 瑠貴るきは、確実に減速する遙斗はるとのマシンから瞬時にコンセプトを察した。テーブルトップを攻略するには減速が一番確実な方法だが、ブレーキ減速によるロスは普通看過できるものではない。しかし車体重量と小径タイヤによる足回りの軽さのアドバンテージは、減速から回復して再加速するまでの時間、いわゆる立ち上がりを他のマシンより早くできる大きな利点がある。
 実際、減速の大きさの違いでリードを許した遙斗はるとのマシンは、素晴らしい加速で一気に瑠貴るきのマシンとの差を詰めにかかっていた。
「一周目は瑠貴るきが取ったねっ!」
 しかし、完全に差を詰めるには至らず、およそ車体一台分の差をつけて瑠貴るきのマシンがスタート位置を駆け抜ける。
 僅差の好勝負だったが、二周目も一周目と似たような展開。差が車体一台半に広がる。しかし、三周目は遙斗はるとの方がコースの短いイン側。まだ行方は分からなかった。
「追いつかれた」
 瑠貴るきの桜色の唇から、変わらぬ調子で言葉が漏れる。スタートしてすぐの位置にある立体レーンチェンジで、遙斗はるとのマシンがイン側、瑠貴るきのマシンがアウト側にレーンを変えると、距離の短い遙斗はるとのマシンが瑠貴るきのマシンの横に並んだ。
「よし」
 さらにインコースの利を生かし、遙斗はるとのマシンは車体半分程度のリードを奪い逆転、テーブルトップに侵入する。
 減速して侵入する遙斗はるとのマシン。
 一瞬遅れて侵入し、花びらを開くように華麗に舞う瑠貴るきのマシン。
 先に着地したのは……純白のマシンであった。
「空中で抜いたっ!?」
 麻梨奈まりなの少し興奮するような声。侵入速度が速い分、瑠貴るきのマシンの方が飛翔速度が速く、距離が長い。まさに空中で抜いたように周囲は見えただろう。
 そのまま僅かなリードを保ち、瑠貴るきのマシンは先にゴールを駆け抜けた。

 


 真夏の炎天下、外出は正午までか夕方からか、に限られる。
「気をつけて帰るんだよーっ」
 太陽が頂点からわずかに傾いた頃、子ども達は自転車に飛び乗り、あるいは歩いてそれぞれの帰路につく。帰ったらちょうど昼食の時分、といったところ。
「さてさて、何事もなく無事終了っと……瑠貴るき、それに遙斗はるとくんもお手伝いあんがとねっ」
 タオルで顔を拭きながら、麻梨奈まりなはそれぞれに笑顔を向けたが、そこで表情が突然張り付く。
「そういえばさ、来週は全日本選手権ジャパンカップだったねっ!」
 麻梨奈まりなは、思い出したかのように大きな声を上げると、瑠貴るきに向かって拝むように両手を合わせる。
「ゴメン瑠貴るきっ、来週の土曜は店は盆休みだけど、両親と先祖参りに行かないと……」
「……そうなんだ。でもお盆だし仕方ないね」
 申し訳なさそうに言う麻梨奈まりなに、残念そうに答える瑠貴るき。世間は来週からお盆休みに入る。気候としては、今が一番暑い。
「全日本選手権?」
 遙斗はるとはおうむ返しに聞き返す。
「そう、来週は夏の全国大会だよっ」
 春夏秋冬を通して行われているミニ四駆の公式大会のうち、夏に行われる全国大会がFDBサマースペシャル・タミヤミニ四駆全日本選手権ジャパンカップ。ようやく遙斗はるとはそのことを思い出した。
瑠貴るきは出場権を持ってるから、どうしても連れてってあげたいけど……」
 いささか元気なさげな麻梨奈まりなを見て、瑠貴るきは作ったように笑顔を向ける。
「そのことは仕方ないわ……それよりせっかくだし、麻梨奈まりな遙斗はるとさんも私の家に来てランチしません? 冷たいもの用意させますので」
「おっ、いいねっ。 じゃあ毎度だけどお邪魔しちゃおうかしらねっ」
 瑠貴るきの提案に即答する麻梨奈まりなだが、遙斗はるとは少し考える。いくら何でも、初対面でいきなり女性の自宅は、丁重にお断りしておくのがマナーな気もするのだが、そう考えているうちに、話はホームストレートを驀進するマシンのように加速中。
遙斗はるとさんは歩きっぽいけど、私いつものスクーターだし、どうしようか」
「大丈夫、遙斗はるとくんはウチの軽に乗せてくから」
「そう? なら先に行ってるよ」
「りょーかいっ」
 あっという間に会話を終えると、瑠貴るきは荷物を持ち、すたすたとあさっての方へ歩いて行く。
「って返事してないのに行くことになってるし」
 同じく、車のキーを取りに店の入り口へ向かおうとしていた麻梨奈まりなが、くるりと振り向く。
「私の助手席と瑠貴るきの家がそんなにイヤ?」
「いや別にそういうわけでは」
「なら決まりっ。遠慮することないって、行けば分かるからっ」
 自他共に認めるところだが、遙斗はるとはあまり口が達者ではない。この炎天下、遙斗はるとには言い返す気力も沸かなかった。



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