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序章 01

 毒物の歴史は古い。有史以前から、良くも悪くも人間と密接な関係にあった。毒物はやがて学問になった。これを毒物学、またはトキシコロジーという。

 

 毒物は昔から暗殺の手段としても活用されてきた。化学が発達していないころは、おもに個人に対する殺害の手段として毒が用いられてきたが、大量殺害のために初めて毒が用いられたのは第一次世界大戦のころであり、歴史は浅い。

 

 1915年、人類初の毒ガスがドイツ軍によって使われた。第一次世界大戦の西部戦線イーブルにおいて、ドイツ軍はフランス・カナダ連合軍に向けて、風上から塩素ガスを撒布した。塩素ガスは追い風に乗って連合軍の陣地を襲った。

 

 ガス中毒者15000人、死者5000人、捕虜5000人、捕獲砲60門、ドイツ軍の大勝利に終わった。これが毒ガス戦の始まりであった。

 

 

 

 大日本帝国においても毒物の研究が盛んになった。そして日本中の毒物学の権威を集め、毒物兵器開発のために『大日本毒物兵器研究所』が創設された。

 

 研究所は天然毒と人工毒とに分かれ、さらに毒ごとに細かく分けられ、研究が行われた。その中の一つに蛇毒研究所があった。

 

 1945年、日本は戦争に負けた。GHQは日本の弱体化に乗り出した。当然、大日本毒物兵器研究所もGHQの毒牙にかかった。しかし研究者たちの必死の抵抗と交渉によって、研究所は純粋にトキシコロジーを研究する学問のための施設として存続することを得た。

 

 交渉の条件として、研究所は細かく分化された。独立した研究所として存続するもの、大学と合併するものなど、さまざまであった。

 

 蛇毒研究所は民間の手に渡り、高校へと姿を変えた。GHQの鼻息をうかがった学長の弱腰外交の結果、蛇毒研究所は私立スネーク高校と名前を変えた。21世紀を迎えた今、スネーク高校が元の蛇毒研究所であることを知る者は少なくなった。

 

 いまや不良の巣窟となったスネーク高校からは、トキシコロジーとしての蛇毒を研究する気風はすっかり失われていた。

 

 

 

 人々はスネーク高校のことを『蛇高』と呼ぶようになった。

 

 


序章 02

一郎が夕食を終えてテレビをつけると、軽快な音楽が流れて番組が始まった。

 

「おい、理事長が出てるぞ」

 

 一郎にそう言われ、二郎もテレビをみた。優しそうな顔の男性がテレビに映っている。

 

「あ、ほんとだ」

 

〈どうも、司会の須佐野仁です。今夜の『世界あたりまえ発見』では、日本のソウルフードである納豆を、世界に発信していきます〉

 

 もう20年以上も続くこの番組は、日本の“あたりまえ”を世界に発信していくという人気番組だ。司会を務める須佐野仁は、私立スネーク高校の理事長も務めている人物だが、教育界に一石を投じる数々の斬新な学校改革によって世間の注目を集め、今や有名人である。教育者として働く傍ら数々のテレビ番組にも出演しており、須佐野さんといえば「世界あたりまえ発見の人」であることは小さな子供でも知っている。

 

 番組のロケはドイツであった。須佐野が納豆を片手にドイツの町を練り歩いている。

 

〈さて、私はいま、ドイツに来ています。ドイツはヨーロッパでも特に肥満人口の多い国であり、国家ぐるみで肥満対策を行っているほどなんです。今回はドイツの方々の食生活に一石を投じようと思います〉

 

 須佐野は町のとあるレストランに入った。レストランでは肥満のドイツ人男性が、たくさんのソーセージとジャガイモが盛られた皿を前に、ビールをグビグビと飲んでいる。カメラがその男性を捕える。須佐野はその男性に近づき、

 

〈ごらんください。ドイツ人男性が典型的ドイツ食を食べながらビールを飲んでますね。すいません、ちょっとお話をうかがってもいいですか〉

 

 須佐野が男性に声をかけると、ドイツ人男性は笑顔で、

 

〈ああ、いいとも。日本の番組かい?

 

〈そうです。日本の“あたりまえ”を世界に発信する番組でして・・・ところで、ソーセージとジャガイモ、そしてビール。いつもこんなものを召し上がっているのですか?〉

 

〈そうだよ。ずっとこれを続けてきたけど、俺は健康そのものさ〉

 

〈そうですか。野菜などは召し上がらないんですか?〉

 

〈ジャガイモがあるじゃないか〉

 

〈なるほど・・・〉

 

 須佐野はカメラをむき、にっこりとほほ笑み、

 

〈みなさん。ドイツではジャガイモが野菜だそうです。これでは肥満になってしまいますね。日本の健康食、納豆を紹介してみましょう〉

 

 そういって須佐野は納豆を差し出した。

 

〈これは日本の『納豆』という大豆を発酵させた食べ物です。すごく健康にいいものですから、どうぞ召し上がってください〉

 

 ドイツ人男性は納豆をかきまぜ、そのネバネバとした見た目と臭いをかぎ、

 

〈オエッ、なんだこいつは〉

 

 と顔をしかめている。

 

〈食べてみてください。日本のソウルフードです〉

 

 ドイツ人男性は一粒つまみあげ、箸をぐるぐると回して粘り気をきり、口に入れた。

 

〈オエーッ!なんだこの臭い食べ物は!〉

 

 そしてティッシュに吐き出した。すると須佐野の顔に青筋が走り、VTRが一旦停止。アナウンスが流れる。

 

〈さて、ここで問題です。日本のソウルフードである納豆を、ドイツ人男性は吐き出してしまいました。須佐野さんはこのあと、どのような行動をとったでしょうか?〉

 

 ここでVTR画面からスタジオに画面が切り替わる。3人の回答者は思い思いの答えを記入している。

 

〈それでは、全員の回答を見てみましょう。どうぞ〉

 

 回答が開示される。そして一人目の回答者にカメラが回る。

 

〈さて、ヴァンドゥーさんの答えは『須佐野さんが怒った』ですか。ははは・・・惜しいかもしれませんね〉

 

 一人目の回答者はVandooDatzZei(ヴァンドゥー・ダッツ・ゼイ)、ドイツ人タレントの回答者だ。

 

〈須佐野サンハネ、タブン怒ッタハズヤデ。食ベモノ粗末ニシタラアカン言ウテネ〉

 

〈なるほど。では、次、マコッティさんの答えを見てみましょう。『須佐野さんがドイツ人を殴った』ですか。なるほど〉

 

 二人目の回答者はアフリカの僻地にあるヌゥヌゥ村の村長だ。日本でタレント業をしており、その親しみやすいキャラクターから「ヌゥヌゥ村のマコッティ」として人気がある。

 

〈私モ、ヴァンドゥーサントホトンド同ジネ。須佐野サン、食ベ物粗末ニサレテ、怒ッタンジャナイカナ〉

 

〈これまた同じような意見、というわけですね。では三人目の回答を見てみましょう。三人目の白柳さんの答えは『締め上げた』ですか〉

 

〈うむ、須佐野さんはレスリングが達者じゃからのぅ、締め上げたんじゃないかのぉ。食べ物を粗末にしたらいかん!といって〉

 

 三人目の回答者は白柳鉄翁(しろやなぎ・てつおう)である。紋付き袴姿のこの老人は、お昼の番組『鉄翁の茶室』で多数の著名人と軽快なトークを繰り広げる日本のマルチタレントである。その渋いさまが「He is real Japanese!」と言われ、海外でも典型的な日本人といえば白柳、といって有名である。次回のオリンピックの開催地が東京に決まった時も、白柳のスピーチの決め台詞「オ・モ・テ・ナ・シ・ジャ」の一言が決定的になったと言われている。いまや日本芸能界の大御所とも言える人物である。

 

 須佐野はすべての回答を見終わると、

 

〈では、3人の回答が出そろいました。それでは正解VTRを見てみましょう。どうぞ〉

 

 といった。再びテレビ画面はVTRに切り替わり、ドイツ人男性が納豆を吐き出すところから始まった。須佐野の顔に青筋が走り、髪の毛が逆立ち、荒々しさが増してくる。

 

〈うぬ、日本のソウルフードをよくも侮辱したな。天に召されるがよい!〉

 

 そういうと須佐野は男性の手から箸を奪い取り、男性の目に箸を突き立てたのだった。ドイツ人男性はもんどり打って椅子ごと後方に倒れ、カメラからフレームアウトした。再びカメラを向いた須佐野の顔はいつものにこやかな顔にもどっており、おだやかな口調で語った。

 

〈今回は、かつての同盟国、ドイツに日本の“あたりまえ”である納豆を紹介しました。日本食の素晴らしさを彼も思い知ったようです。感動のあまり倒れてしまいましたね〉

 

 そういうとVTRは終わり、画面はスタジオにもどった。

 

〈回答は以上です。少しだけ腹が立ちましたので、ヴァンドゥーさんは正解。残りのお二人は不正解です。スーパーヒトシくんは没収となります。

 

 ということで、今回の優勝者は、1問中1問正解で見事パーフェクトのヴァンドゥーさんです!ヴァンドゥーさんには納豆一年分が贈られます!〉

 

 ヴァンドゥーは不服そうに

 

〈ユデタマゴ一年分ガヨカッタワァ〉

 

 と呟いている。

 

〈それではみなさん、また来週〉

 

 そういって須佐野、ヴァンドゥー、マコッティ、白柳が手を振る場面で番組は終わった。

 

 

 

「あー今日もおもしろかったな」

 

 自分たちの高校の理事長の活躍を見て、一郎と二郎は満足そうに背伸びをした。

 

 須佐野仁が理事長を務め、数々の斬新な教育改革を施した私立スネーク高校とは、一体どのような学校なのだろうか。


この本の内容は以上です。


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