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内容をざっと紹介しておこう。「堀越二郎」は、少年の頃から飛行機に憧れていた航空機の設計技術者となる。しかし初めて設計主務として携わった飛行機が試験中に墜落。あるとき、軽井沢で「里見菜穂子」と出会う。二人は恋仲になるが、菜穂子の病気が進行していた。大正から昭和にかけて、激動の時代のなか、航空機設計に情熱を燃やす次郎の姿を描いた作品である。

 

 

 

 この映画で印象的だったのは二郎の↓


この映画で印象的だったのは二郎の美しさを求める姿だった。彼は魚の骨の曲線や女性の姿に「美しい」と言って感動する。二郎にとって魚の骨も女性も航空機も美しいとみなせば、それはどんなものよりも優先されることを表している。

ちがう角度から考えると、恐ろしい。↓


ちがう角度から考えると、恐ろしい。なぜならば、極端なことをいうと、一〇〇万円の札束よりも魚の骨の曲線美に価値をおくからだ。二郎は社会的価値観からズレているのだ。↓


劇中、カプローニが二郎に向かって「創造的人生の持ち時間は一〇年だ」という。これから分かるように、この映画は、クリエーターにとっての映画なのだ。社会的価値観からズレている主人公の感性は表現者のそれである。二郎が魚の骨の曲線美を美しいといったことが納得できる。

 二郎にとって自分が思う美しさが全てという考え方は、声の感情の無さからも読みとれる。誰と何を話していても心ここにあらずな声は非常に不気味だ。視聴者は二郎の行動と表情のみで彼の心を読みとるしかない。とはいえ、表情は常に凛としているため感情が読みづらく、彼の真意を知るには細かな行動を見逃さずみるほかない。

 人をそんな気持ちにさせるのはどういう人間だろうかと考えると、コミュニケーションが上手くない人だ。言葉では真意が読み取れないから、周りの人間はその者の行動や動作からその心を読もうとする。二郎は口ベタな表現者なのだ。↓

 

 

 


世の中美しいものは様々ある。けれど、ふつうなら捨ててしまう魚の骨を見て、その曲線を航空機に重ね合わせてしまうところが、彼の航空機にたいする情熱の深さを物語っている。情熱といえば聞こえはいいが、単にそれに「興味」があるだけだ。

彼は航空機が好きということはもちろんだが、きっと航空機以外のものに興味がないだけだと思う。

 

 

 彼は航空機が世界でもっとも美しいと感じている。



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