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打ち切りを経験して

打ち切りを経験して……

Q:打ち切りを経験して。

 

【ヒカル】

これは聞いていいのか、分からないのですが……聞いちゃいます!

先生は自身の漫画が打ち切られると分かったときはどのような心境でしたか?

 

【樹崎】

うーん。僕は担当さんが「打ち切りだなぁ」って諦めモードに入ってるのに、ムカついてしまいましたね(笑)

作品が終わることは決まったけど僕は諦める気がなくて、最終回まで逆転があるだろと思っていたんです。簡単に諦めんなよ!……とは思っていたんです。

 

【ヒカル】

樹崎先生の著書『10年メシ』の中で読んだのですが、全11話の中で7話目ぐらいに打ち切りが決まったんですよね。そこから、さらに気合出して漫画を描いたら人気が上がっていったんですよね?

 

【樹崎】

はい、人気は上がりましたし僕も諦める気がなくて……11回の11回目(最終回)を描いてたら、担当さんが締切を1日早くしてきてね。その理由が自分の休暇のために締切を早めたってことが後々、明らかになってね(笑)

それ知ったときは僕は凄く怒ってね(笑)最終回のために凄く頑張ってたので余計に。なので『ハードラック』の最終回付近はかなり描き込んでいます。まぁその他の部分で、その担当さんは凄く頑張ってくれたので特に遺恨はないですが(笑)。

編集さんと漫画家では頑張るベクトルもフィールドも違うんですよね。でも当時はそう思えなくてね(笑)

 

【ヒカル】

先生的には「あぁ、駄目か」と落ち込むのではなく、そこから自分を追い込んで作品を描いていったんですね。

 

【樹崎】

人より多少ハートが強いからか、逆境に強いタイプなのか(笑)そういう状況に燃えるんで。むしろ僕は人気があると分かってるたら、「今度は違う事やってみよう」とか、ろくなことを考えないんで(笑)

 

【ヒカル】

連載が長くなる(上手くいく)と、気持ちが逸れたりもしますか?

 

【樹崎】

上手くいくと、気持ちが逸れることもあるかもですね。まぁ人によると思う。僕はそういうところが駄目な人間なので(笑)

マガジンで連載ネームしてるとき、僕が担当さんに言われたことで「樹崎くんは攻めのシーンは上手いけど、守りのシーンは凄い苦手だよね」ってのがあるんです(笑)

自分でもそのとおりだと思いました。攻めのシーン、主人公が怒りに燃えたり、アクションしたり、感情が爆発する格好良いシーンは確かに自分でも気合が入って上手く描けてると思うんです。そうじゃない逆のシーン、主人公がウジウジしたり、鬱々している守りのシーンは結構おざなりに描いていたんです。

 

【ヒカル】

言われて、改めて問題に直面したわけですね。

 

【樹崎】

それは言われるまで気がつかなくて、「だって守りのシーンはそういうもんじゃないの?」とか思っていたんです。でも作家として、技術としてそれでは駄目だなと思い、それをそのままでというわけにはいかないんで考えて……それ以後は、そういうシーンも攻めにいくことにしたんです。

担当さんから「そういうキャラがウジウジしている場面ですら、読者にそういうシーンをもっと読みたいと思わせることができるはずだ」って言われてね。それに納得して、今ではどんなシーンを描く際にもそれを描くのに最大限の必要な情報を盛り込むことを自分のテーマにしていますね。前向きでないシーンすら前向きに描くという……。

 

【ヒカル】

先生も段階を踏んで、編集さんからの助言も得て、成長していったのですね……

 

【樹崎】

こういうことを若い頃から理解できていたら苦労はないんだけどねぇ(笑)

 

【ヒカル】

でも若いときは若いときで、自分の力を過信しすぎてしまうこともありますし難しいですよね。

 

【樹崎】

昔は技術はなかったけど、今は技術があるから若い子に教えるの楽しいんで。個人的には教えるのに向いてる性格だなぁとは思います。講師するのも楽しいので。

 

【ヒカル】

けれど、90年代に連載を持った作家さんで打ち切りを経験した多くの方は、もうどこで何をしてるか分からない人も多いですよね。個人的にもうあの人の作品は読めないのかと思うと、淋しいです。

 

【樹崎】

悲惨なことになっている人も多いとも聞くけどね。当時は横の繋がりがなかった時代だから、行方をくらますとその後、どうなっているかなんて分からないんだよね。ジャンプの人は沢山生き残ってると思うんですけど。

 

【ヒカル】

読者からすると、たまに生存報告と言いますか。漫画の道を止めても、軽い絵だけでも見せてくれると嬉しいんです……

 

【樹崎】

どうなってるか分からないですよね。

 

【ヒカル】

『奇面組』の新沢先生も長い間、姿が見えなかったんですが、Jコミで作品が公開されているのを見ると、「あぁどこかでお元気なんだな」って安心しました(笑)

 

【樹崎】

新沢先生は腰、ヘルニアかな、何かをやっちゃって、漫画が描けなくなったらしいので……

佐藤正先生(代表作:『燃える!お兄さん』も全然聞かないですね。

 

【ヒカル】

Jコミで一応、作品公開はされていましたけど……ジャンプからいなくなった後は作家活動聞かないですね。Jコミで作品を公開しているということは、赤松先生と何らかの形で連絡取っているのかなぁとは思うんですけど。そこは僕には分からないところなので。

今でこそ、ジャンプ作家さんが他誌で連載を持つことも増えましたけど、90年代はそういうのは少なかったですよね。ジャンプでヒット作を出しても、他所で連載持つ人は昔は少なかったといいますか。

 

【樹崎】

佐藤先生が描かなくなった時代だと、横の繋がりもなかったし……当時の人からしたらジャンプで描いていた人が他所で描くのは落ちぶれ感(?)に近いものを感じていたのかもしれませんね。勿論、今はそんなことはないですよ。

モチベーションの問題でジャンプで描いていた人が、他所で漫画を描くというのはやはり難しいとは思うんですよね。僕もジャンプでもう一度描きたいと思ったのは、ジャンプで描くことほどに他誌の連載は燃え上がらないんです。けれど、後にアフターヌーンで連載を持てたのは素直に嬉しかった。アフターヌーンはジャンプとは対極にある漫画雑誌なのである意味頂点だったし……アフターヌーンと両方に連載したジャンプ作家は、僕と星野之宣先生ぐらいだけだ(他にもいたかもしれないですが)……っていう喜びがね。

 

【ヒカル】

ジャンプとはまるで毛色が違う雑誌ですよね。

 

【樹崎】

ジャンプが売れる面白い漫画だとすれば、アフターヌーンは売れるとか関係なく面白い漫画を載せていた。今は路線変更があってどうかは分からないですけどね。

僕が載ったときは、そういう雑誌だったので、そんなとこで描かせてもらえると分かったときは凄く嬉しかったですね。燃えて描いていました。

 

【ヒカル】

そういったとこで描けるのは作家として成長というか、実力が認められたみたいな評価の表れでもありますよね。

 

【樹崎】

そうですね。でも『ゾンビメン』が人気あったとも聞いていたけど、まぁ色々あって……なかなかうまくはいかないもんです。

 

必ずまた続き描きますけどね。