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読者を「ギョッ」とさせろ!

読者の度肝を抜けっ!先生が語る「ギョッ」な体験

Q:キーワードは「ギョッ!」……読者の度肝を抜けっ!

 

【ヒカル】

荒木先生の連載デビュー作『ビーティー』はそれほどまでに画期的だったんですか?

 

【樹崎】

デビューしたての頃の荒木先生ですから

『ビーティー』はクールな作風ではあるんですけど内容が伴ってなかったりしてるんですよ。絵はまだまだ巧くないし、キャラは斜め立ちしてる。ただ、とにかく心に残ったんです。

「これは凄いな」……と。多くの漫画家志望者の家には『ビーティー』がありましたよ。そこから荒木先生がすごいのは、あの特徴的な斜め立ちを直さなかったんですよ。

 

【ヒカル】

斜め立ちは荒木先生固有の表現ですよね。

 

【樹崎】

担当さんなどに斜め立ち(人物が傾斜のない地面に対して、斜めに立っている)なんて、「なんでキャラが斜めに立ってるの?直したほうがいいんじゃない?」って絶対に注意されてると思うんです(笑)

でも明らかにおかしくても荒木先生は直してないんです。

 

【ヒカル】

でも先生は未だにキャラのポージングや立ち姿を斜めにしていますよね!

上手くいけば、そういう表現も持ち味(個性)になるということなんですね。一見、弱点に見えても貫き通して昇華していけば個性になってしまうわけですか……

 

【樹崎】

そういうことですよね。

悪いとこ全て直すということは個性が失われることでもありますので。

 

【ヒカル】

新人さんの読み切りでも絵は下手だったり濃いすぎても、その作品は印象に残ります。そこで絵も話も平凡だと僕ら一般読者からすれば、微妙な印象を持ちます。

 

【樹崎】

自分にとって何が武器なのかを理解できるいいんですけどね。『10年大盛りメシが食える漫画家入門』でも書いたんですけど、現代でモノが売れる要素って「ギョッ!」とすることが重要なんですね。

 

【ヒカル】

インパクトが重要なんですね。

 

【樹崎】

まさに荒木先生が出てきたとき、僕らは「ギョッ!」としたわけです。

元を辿るとジャンプという雑誌もそうだと思うんです。革命的なことや、新システムを打ち出す。良い意味でゲリラ的なことで、ジャンプはのし上がっていったはずなんです。

 

【ヒカル】

衝撃でいうと、車田正美先生の登場も漫画家志望者にとっては鮮烈だったのではないでしょうか?

 

【樹崎】

そうですね。

先生の代表作である『リングにかけろ』も初期は割と普通のボクシング漫画で、あんまり面白くないんですけど。これが必殺技:ギャラクティカマグナムとかが登場し、技名を叫んで殴ると相手が吹き飛んでしまうような表現が出た途端、作品は一気に人気爆発したわけです。

あれも、まさに「ギョッ!」とする話ですよね。ただのパンチで、人が死にかねないのは正に驚きの事態ですよね。やはり漫画には少なからずインパクトがいるのです。

どこに「ギョッ!」とする部分を盛り込むのかが重要ですよね。

気持ち悪かったり、馬鹿じゃないかと思われてちょうどいいんですよ。

では技巧は関係ないのかと言われるとそうじゃなくて、絵が尋常じゃない巧さを持っていたら、それだけで「ギョッ!」とするんでいいんですよ。大友克洋先生の『童夢』なんて、本当に驚きましたね(笑)

 

【ヒカル】

前回のインタビューをお受けしてくださった方もおっしゃっていたのですが……

やはり大友先生の絵は凄まじいわけですね。

 

【樹崎】

あの絵は凄いですよね。『童夢』を読んだときは、「うわっ、すっげぇ」って驚きました。

大学のときに電車の中で先生の新刊を読んだとき、電車を降りるよりも漫画に集中する方が重要になってしまって、そのまま終点まで行っちゃったんです(笑)

で、折り返して電車で戻ってきちゃいました(笑)

 

【ヒカル】

これは読むの止めたらアカンわ!……という状態ですね。

 

【樹崎】

そうそう(笑)「途中で降りられへんわ!」ってね。

それぐらいに衝撃的でした。

 

【ヒカル】

大友先生と言えば、いつも話に挙がるのは凄まじく緻密な背景ですよね。

アシスタントさんが過労死するレベルの背景ですよね。

 

【樹崎】

あそこまで書き込んだ背景はとてつもないですよね。大友先生の背景のおかげで漫画の可能性がグッと広がりましたよね。

普通、漫画といえばキャラがいて次に背景があるのが当たり前なんです。でも大友先生は漫画の中がまるで映画のワンシーン(映像の中)みたいなんです。『童夢』でキャラが空を飛ぶシーンなんて、背景が凄すぎてどっちが上か下か平衡感覚が分からないくらいの感覚になりました。

 

【ヒカル】

それでいて背景が崩れていないですもんね……。素人目に見ていても、現代のデジタルで描いたり、写真をコピーした背景よりも凄みがありますもん。圧倒されます。

 

【樹崎】

構造をしっかり理解しての作画だからですね。あれは本当に凄かったですねぇ……

 

【ヒカル】

そこにいくと、キャラの絵の話になりますと。人物を格好良くしたのは上條淳士先生でしょうか?個人的に僕が上條先生を好きなんです(笑)

 

【樹崎】

上條先生より元祖は江口寿史先生だと思うなぁ。

僕らの世代で一番センスの面で影響与えた作家さんだから。

 

【ヒカル】

江口寿史先生(代表作:『ストップ!! ひばりくん!』)の絵は可愛いですよね。たまらなく好きです。

 

【樹崎】

江口先生が頭角を表したのは、『ひばりくん』よりもその後の『ひのまる劇場』あたりと言った方がいいかもしれないなぁ。

絵が凄く、おしゃれで……どんどん進化していった。上條先生は江口さんから影響を受けた作家さんだから、江口先生のときほどの衝撃はなかったんだけどさらに突き進めたものでしたね。江口先生の絵は毎月、切り抜いて眺めたもんですよ(笑)

 

【ヒカル】

江口先生の絵は漫画というよりもポップアートに近いものがあるかもしれませんね。

 

【樹崎】

グラフィックデザインの影響をありますね。

色んなポップアートの痕跡が見える画風ですよね。先生はアートにもかなり通じてる作家さんなので、見てる側からしても「この絵はこういう技術は、こんなところから持ってきてるのか」とアレコレ感心しましたね。

 

【ヒカル】

それとなく漫画からアートへのオマージュを感じさせる点はまさに

「凄い」の一言ですよね。

 

【樹崎】

あの時代はポップアートが面白かった時代でしたしね。ヘタウマな画風が流行ったりも面白かった。

 

【ヒカル】

読み返すと、漫画雑誌にしても昔は表紙がもの凄いセンスのものがありましたよね。ガロだとか少年誌の表紙が目を引くものばかりです。少年誌とは思えない表紙も多かったり、今ではグラビアも多いですけど。

キャラの話になると、漫画として外せないのが「コマ割り」の話になりますが、樹崎先生からするとコマ割りのセンスが凄い漫画って何でしょうか?僕個人としては高橋陽一先生の『キャプテン翼』が今見ても、コマ割りがとんでもなくダイナミックに感じます。

 

【樹崎】

『キャプテン翼』の画面は凄かったですね。

僕自身も『キャプテン翼』からは大きな影響を受けましたよ。コマ割りも然ることなんですが、僕が『キャプテン翼』で凄いなと思ったのは効果音のデカさなんですよ。効果音が見開きで上下左右に突き抜けるんですよ。

 

【ヒカル】

効果音もコマ割りも見開きで色んなところに飛び散っているのに、視線がちゃんと次のコマへ移動してしまう流れが高橋先生の漫画にはありますよね。

 

【樹崎】

先生の作品は、キャラのセリフとか文字での説明が多いんですけど……パッとページをめくったときの迫力が随一ですよね。だから言って、当時のジャンプの中で絵柄が特別に迫力を持っているタイプではないんですよ。

『キャプテン翼』などの高橋作品の迫力の凄さはやっぱり書き文字ですよね。実際に生原稿に描くとき、あのレベルの書き文字の効果音って物凄く巨大なんですよ。印刷前だから、文字のサイズが凄まじくデカいんです。生原稿に向かうと書き文字の効果音がデカすぎてビビるから、多くの人はあんな表現はなかなかできないんですよ。

僕もナカタニも「そういうことをしなくちゃいけないな!」と話してたんです。色んな先生のレベルの高い表現をずっと探して、研究していましたね。その時その時代にヒットしてる作品から常にそうした影響を受けてきました。

 

【ヒカル】

様々な先生から技術を学ぶのも作家にとっては重要なのですね。

 

【樹崎】

ナカタニが高橋先生と確か、担当が一緒だったんじゃないかな。

だから、色々担当から聞かされた中で……表現として凄いと感じたのは……スポーツ系の作品で雨や雪を降らせることってです。単純な背景描写に見えて、実は奥が深いことなんです。

なぜなら、特殊なシチュエーションになることで弱い主人公が強い敵に勝てる状況が作り出せるわけなんですね。そういう仕組みを新人が作品に入れるのは凄いですよね。

 

【ヒカル】

そのようにして、先生たちが成長していったのですね。

 

【樹崎】

同じように、同期の新人の作品にも注目はしていましたね。

 

【ヒカル】

新人自体には競争意識のようなものは持っていましたか?

俗っぽく言うと「こいつは凄いな」とか「こいつには勝てる!」みたいな。

 

【樹崎】

そりゃもう、ぶっちゃけ当時は同世代の漫画家志望のほとんどには勝てるんじゃないかと思っていたんですけどね(笑)

色んな人から影響も受けたけど、身近な人間から特に影響を受けましたね。克・亜樹さんの『僕はこうしてキスをした!』っていう16ページぐらいの漫画が雑誌の増刊に載ったことがあるんです。それを見た瞬間、感動しましたよ。「うわぁ、やっぱり克さんは凄いなぁ」てね(笑)

その漫画の表紙に、先生が自分でつけたキスマークがあるんです(笑)自分の唇に墨をつけて原稿にブチュッとつけるんです(笑)

その作品は原稿にキスしたところが凄いわけではないんですけどね。

 

【ヒカル】

漫画原稿に自らキスですか!!?

 

【樹崎】

原稿にキスをしたのは別として、後の『ふたりエッチ』に通じるシチュエーションに関する考察が凄くてね。これはキスを題材にした漫画なんだけど。

「何%のカップルはこういう場所(映画館や体育館裏)でキスをする」みたいなデータが描かれているんだよ。そういうシミュレーション作品は面白いと感じましたね。

そしたら、ずっと後に発表した同じような『ふたりエッチ』が大ヒットしたわけです。あのとき『僕はこうしてキスをした!』に抱いた面白いって感想は間違ってなかったんだと思いましたね。

 

【ヒカル】

面白いものは時代を超えても読者の心を掴むんですねぇ。

 

【樹崎】

作家さんの多くは色んな能力が飛び抜けてるわけではないんで、特に現代の作家さんは1つの方向性に向かって能力を伸ばすべきだと思うんですよ。

手塚治虫先生や石ノ森章太郎先生の時代は、云わば「どこを踏んでも新雪な時代」だったんです。けれど今の踏み荒らされた時代は1つの分野に秀でていないと受け入れてもらえない。

 

【ヒカル】

単にそれは職業漫画を描くとか、スポーツ漫画で頂上を目指すわけではなく?

 

【樹崎】

そういう意味ではないですね。

自分の魂の方向性を打ち出して描くことが大事だと思うんですよ。感覚を研ぎ澄まして、作家性を研ぎ澄まして勝負しないといけないわけです。これは田中ユタカ先生が「作家は一生同じことをずっと描き続けるべきだ。そうでないと読者への裏切りになるから」とおっしゃっていたことから学んだんですが……今はそういう時代だと考えています。

 

【ヒカル】

大事なのは自分の個性をひたすらに持ち続け、曲げないことですね。

新人の方にもそういうことを要求したいですか?

 

【樹崎】

色んなことを書かなくていいんです。

小池一夫さんは新雪の時代の人だし、原作者さんだから「自分のことを描いたら駄目だ」だとか言うんですが……でも僕としては作家は自分のことを描かないと駄目だと思うんです。

多分、ここ数年で一番漫画家さんと会って対談してるのは僕だと思うんですが……そうして多くの現代の作家と話した上でハッキリ言い切りますが……作家さんは皆、自分のことを描いてるんです。

 

【ヒカル】

樹崎先生が著書の『10年メシ』でも書いた自分の好きなことを作品に出すことで、作品に説得力が生まれるということですね。

 

【樹崎】

昔の作品でも人気があるものは作者さんが自分のことを描いてるパターン多いですよね。藤子F不二雄先生の『ドラえもん』は藤子先生のいじめ体験から来ている漫画ですよね。

先生はいじめられっ子で、何をやっても駄目な子供だったらしくて。そのとき誰かに助けて欲しかった。それを描きたかったらしいんですね。後は誰が助けにくるのかを描くだけの問題で、誰が問題を解決してくれるのかが問題だった。それが猫型ロボットのドラえもんになったんですよね。正に魂の作品でだからこそ時を越えている。

 

【ヒカル】

今でこそ、『ドラえもん』は漫画の基本、古典とも言える教科書的な作品ですけど、設定としては斬新ですよね。ありそうでなかった。

 

【樹崎】

富野由悠季監督(代表作:『機動戦士ガンダム』など)もおっしゃってるんですけど。

「作家は子供の頃の自分を助けに行くんだ」と述べています。まさに藤子先生は子供の頃、自分(=のび太)を助けるべく、ドラえもんを作り出したわけですよね。富野作品も大体、描いていることは同じですよね。大体、父親と母親が酷い奴なんですよね(笑)

 

【ヒカル】

そこで葛藤する少年が描かれますもんね。

 

【樹崎】

出てくる奴ら、ろくでなしが多いですよね(笑)

 

【ヒカル】

昔の漫画作品って、父親や母親がとんでもない奴っていうパターンも多いですよね。

今ではそれが物語を作るときの定石になっているとは思うんですけど。

 

【樹崎】

勿論、全ての作家さんがそうだとは言いませんけど、今ほど昔は裕福だとか幸せな家庭は少なかったですからね。そういう時代を過ごしてきた作家さんは子供時代に感じた何かを描かずにはいられなかったんだろうね。僕もそうでしたからね。

 

【ヒカル】

最近は漫画家さんもメディアに出るようになって、待遇は良くなったとは思うんですが……昔はまだ絵を本職にするという考えがなかったせいか、扱いは良くはなかったですもんね。先生も親からは漫画家になることを反対されましたか?

 

【樹崎】

ずっ~と無言の嫌がらせはありましたよ(笑)

描く邪魔まではされなかったけどね。向こうもそのうち僕が漫画家を目指すの止めるだろうと考えてたんでしょうね(笑)

 

【ヒカル】

けれど、そこを乗り越えれば良い作品ができますもんね。話をまとめますと……樹崎先生としては新人さんにはもっと自分のことを描いて欲しいわけですね。

 

【樹崎】

現代は昔ほど貧窮もしてないだろうし、不幸な生い立ちの子は少ないとは思うんです。親も子供を大切にはしてるし、親がそうでなくても祖父母がカバーする時代にもなっているはずですから。

 

【ヒカル】

時代も変化してきて作家性の傾向も変わってきたんですね。

 

【樹崎】

でも、「俺は人とここが違うんだ」っていう変態性は秘めているはずなんです。そこで勝負しないと!

変態な部分=人と違う価値観、人と違う逃れられない思いみたいなもの。そこが作家性の美味しいところですよね。

 

【ヒカル】

ある種のコンプレックスや葛藤……とも言えるでしょうか?

 

【樹崎】

コンプレックスと向き合うのは、凄く心や精神を削る作業なので、大変なんですけど。でも、それが作家ですよね。

 

【ヒカル】

先生も連載中は魂削って作品を描いたと著書『10年メシ』の中で見たのですが、連載中は色んな苦労とかありましたか?

 

【樹崎】

萩原一至先生の『BASTARD!!-暗黒の破壊神-』の元でちょっとだけ1話目と途中何話か助っ人アシスタントしたんですけど……萩原先生の絵へのこだわりに圧倒されて(笑)

これは自分も負けてられないと思って次の連載は気合入れました。萩原先生の13時間しか寝ない人で、寝るときも寝すぎたらいけないからって机の下で寝てたんです。苦しくてすぐ起きられるからって。そしたら萩原先生は本当に3時間で起きてくるんです。

 

【ヒカル】

萩原先生は描き込み量がとんでもないですよね。

 

【樹崎】

凄いのは描き込みだけじゃないんですよ。

ボツになった絵もページ量も凄まじいんです。1話目から原稿が落としそうと担当に聞いたんで、僕はアシスタントに立候補したんです。「俺、手伝いに行きます」って。萩原先生と言えば、当時のジャンプでもトップクラスに絵がうまい新人でしたからね。

僕としては間近で、その実力の程を見たかったんです。僕はそのとき最初の連載が終わった直後で、すぐにアシスタントに行けって言われるような状態ではなかったけど自ら進んでアシスタントに立候補しましたよ。アシスタントしに行ったら、部屋中にボツになった小さなコマの絵などが切り貼りしてありました。

 

【ヒカル】

萩原先生の話になると、どうしても休載のお話しにもなってしまうんですが……萩原先生はその強い絵へのこだわりゆえ原稿を落としてしまうこともあるんでしょうか?

 

【樹崎】

こだわりも凄いんですけど、当時のジャンプは1話目はオールカラーなんですね。フルカラーではなく、2色カラーなんですけどね。萩原先生は表現のために、1コマ1コマごとの表現のために紙を変えて、それを原稿に切り貼りしていたんです。

そうしてできた完成原稿は長方形じゃなくて、ガタガタの形で印刷所に出すんです。端っこがガタガタでも印刷には出ないのでお構いなしでした。紙くらい切り揃えようよ!とは思いましたけどね(笑)でも、そんなところより原稿の絵の質にこだわったんでしょうね。コマ単位で切り貼りしますから、1枚の原稿用紙の中にも薄い部分や厚い部分が出てきたんです。そこまでこだわるのは萩原先生くらいだなと思いましたね。あらゆる表現を使っていましたね。

 

【ヒカル】

それでも、なかなか休載って許されないですよね。

 

【樹崎】

まぁ普通はないことだからね。萩原先生はまつもと泉先生の元でアシスタントしていたので、どれだけギリギリまで行けるかも計算のうちだったといいますか(笑)

先生の元へアシスタントしたとき「本当の締切が、いつなのか知ってますか?」と言われてね(笑)

「本当の締切まで粘ろう」……ということがあったんですよね。あと今では許されないんですけど、どのコマにもマニュアルみたいなものがあったんです。とんでもない大量の資料があって、このコマはこれを元に描いて、別のコマではこの資料を描こうという感じで。萩原先生の凄いところは情報整理なんです。

 

【ヒカル】

情報整理……と言いますと?

 

【樹崎】

萩原先生の師匠であるまつもと泉先生も、萩原先生の凄いところはその情報整理能力にあるとおっしゃっていましたね。

色んな資料が必要なときに出せるようにしてあるのはパソコンが家庭にない時代、地味だけど手間がかかる作業で、でも必要なことだったんです。萩原先生は本当にそういうあらゆる努力をしていたと思うんです。今だとどのコマにもマニュアルがあるなんて言うと、怒られますけどね(笑)

時代はそれを求めていたしそうして漫画の技術は急速に伸びたわけです。

僕も構図や話とかを他所の有名な作家さんにパクられたこともあるんですけど。それは前向きに・・・「俺も表現を有名な作家にパクられるようにまでなったか」みたいで嬉しく思ってました(笑)

 

【ヒカル】

昔は参考資料が少なかったですし、週刊連載でどうしても資料が必要な時なんかはAmazonで頼むこともできないですもんね。それは仕方ないですし。それはそれで良い文化かと思います。

 

【樹崎】

昔は規制とかが緩くて、互いにこっそり文化や表現を盗み合って成長も出来ていましたから。良い時代・文化ではありましたね。ただ、僕も当時パクって描いた表現については今は恥じてるんですよ。だから、昔の連載作品はあまり外に出したくなぁ……。『ハードラック』ぐらいならいいんだけど。ある作品は二度と表には出したくない(笑)やっぱ作家としてね……残念なんです。

気が向いたら、出すかもしれませんけど。

 

【ヒカル】

自分の作品というのはキャリアが上がるにつれて、後悔も出てくるのですね。

 

【樹崎】

自分の憧れの作家さんが開発した話の構図を安易に使っちゃったなぁ……っていう後悔はあります。もう、そういうことはしないに限りますね(笑)当時はありでしたけどね。自分の心根が貧しかったなと。

 

【ヒカル】

でも、そこにいくとアフターヌーンで不定期連載の『ZOMBIEMEN(以下、ゾンビメン)』は納得した出来になったとネット放送でお聞きしました・

 

【樹崎】

はい。あの時は誰の影響も受けない、良い環境がありました。原稿料も描く時間もページ数も貰っていましたから……人気もあったので、あれを一生できたらとは思うんですけど、そうは思ったとおりには行かないですね(笑)