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漫画元気発動計画や漫画賞について

漫画元気発動計画やフォルテシモについて

Q:漫画元気発動計画の起こりについて――

 

【ヒカル】

先生は今、漫画元気活動計画やDomix、姉っくすなどネットや映像方面での活動が非常に多くなりましたが、このような企画はいつごろから始まったんでしょうか?漫画家さんやアシスタントさんはどちらかと言えば、メディアへの露出を嫌がる方も多いとは思うので。先生みたいにメディアに進んで出て行く方は多くはないとは思うのですが……

 

【樹崎】

元々はmixiSNS)からですね。そこで漫画家の友人が出来ていくのが楽しかったんです。根はオタクですから好きな漫画家と話せるのは楽しくて・・・

 

【ヒカル】

なるほど、始めはSNSからスタートだったんですね。

最初は割と軽いノリで始めたんでしょうか?

 

【樹崎】

順を追って話しますと……、SNSを始めたときは僕は専門学校の講師をしていたんです。SNSでは漫画家さんの知り合いが多かったんですが、講師としての体験記みたいなものをSNSの日記に書いたら凄くウケてたんですね。そうして、友達もドンドン増えていったんです。

僕はそこまで一般に知名度のない漫画家だと思うんですけど、僕はデビュー当時は『ff』という作品でジャンプの賞を全項目満点で受賞したので、ある一定の年代の作家からしたら一時期の僕はベンチマーク的なポジションでもあって、一瞬だけ憧れの的であったようなんです。

それもあって漫画家さんの間ではそれなりに知名度があるようなんです。一般には知られてないのに(笑)けど、そういうことがあって漫画家さんの知り合いが増えて行ったんですね。

 

【ヒカル】

SNS上で徐々に横の繋がりが拡散していったのですね。

 

【樹崎】

中には「実際、会ってみよう」とまで言ってくれる人も多かったんです。でも、当時の僕はそこまで行くとメンドくさいとも感じたし、コミュ障だし人と喋るの苦手だし(笑)

 

【ヒカル】

いやいや、先生はとても社交的ですよ。

 

【樹崎】

今は随分、慣れてきたんです。講師時代に色んな人と話して、人前で喋るのも慣れてきたんです。でも、未だに頭の中が真っ白にもなりますし、どもりますから……(笑)

関西出身なので、関西弁ならまだマシなんですけどね(笑)

 

【ヒカル】

僕も関西人なので分かります(笑)

今日、東京に着いたら当たり前ですけど標準語の人ばかりで「うわぁアウェーな環境や」って思いましたもん。

 

【樹崎】

で、そういう人たちとでも一度に会ってしまえば楽だなぁと思って、規模は30人くらいのオフ会を開いたんです。

そしたら、結構評判が良くて・・・。「またオフ会してくれ」という声も多かったんです。でも毎回、幹事はしんどいので人がやってくれるならという感じで、発起人という役職をもらって(笑)

 

【ヒカル】

そして、さらに回数も規模も増えて行ったんですね。

 

【樹崎】

それが年に12回ぐらいはオフ会を行うようになりました。

人数もあっという間に100人超えました。そこで人の繋がりが広がったんです。それ以前に漫画業界の友達が多いというわけではありませんでした。

 

【ヒカル】

それ以前は漫画家さん同士の横のつながりはなかったのでしょうか?

 

【樹崎】

ネットもないし、出版社が漫画家さん同志のつながりを良く思ってなかったので……。漫画家の横の繋がりはなかったです。今はそんなことないですけどね。会う機会がほとんど無かったんで。

 

【ヒカル】

昔は本当に仲が良い漫画家さんとたまに会うか、新年会やパーティで他の作家さんと会う程度だったんでしょうか?

 

【樹崎】

そうですね。僕はジャンプ系列の人しか面識なかったですね。他の出版社は完全に別世界ですね。関わりがほぼなかったです。

 

【ヒカル】

90年代では作家さんが他誌で連載するってのも、あんまりなかったですか?

今じゃ作家さんの移動もよく見かけますけども。

 

【樹崎】

そうですね。ネットとか出てきてから、情報が広がりましたから。

けれど今でも人気作家さんが他誌で連載持つのは難しいですよ。

例えば、とある出版社Aの作家さんが他誌Bのマンガ賞を取ったときなんて、授賞式ではしっかりガードされてますからね。

 

【ヒカル】

引き抜かれないように……ですね。

 

【樹崎】

まぁでも裏から他誌のマンガ賞をもらえるということは、「次はうちの雑誌で連載してね」っていう出版社からのアプローチがこっそりあったりするらしいです(笑)

そのあたりは編集者の噂話を真に受けた憶測なので真相は分からないですけど(笑)

マンガ賞はほとんど自社に所属する漫画家さんにしか与えることはないので……けれど、個人的にそれは間違ったシステムだと思いますので……、そこは批判しておきたいことですね。

 

【ヒカル】

なるほど、例えばなんですが……とある少年誌(A)の連載作品が他誌(B)のマンガ賞を取るのはそんな難しいことなんですか?

 

【樹崎】

滅多にないことですよ。

大抵は自分の雑誌で連載している作家さんだけです。

とある雑誌で連載していた漫画家やぶのてんや先生が他誌のマンガ賞を受賞したんですね。やぶの先生は編集には、「受賞の候補になってるらしいけど。かませ犬になるかもしないし、断っとく?」と言われたらしいんですけど。

やぶの先生は「いや、かませ犬でもいいんで受賞候補に残しといてください!」って言ったら、結果として受賞に繋がったらしいんです。だから、それぐらい業界の多くの人間は「他誌でのマンガ賞受賞なんて無理だ」と思っているんです。

 

【ヒカル】

現状では全ての出版社の作品から受賞作を決めるマンガ賞は多分ないですよね。

「このマンガが凄い!」っていうアンケート本(?)のようなものはありますが……今のお話を聞いた限りではそういう類のマンガ賞はなさそうです。

 

【樹崎】

書店が決める賞とか、公平に扱おうという本はいろいろありますね。

 

【ヒカル】

そこで全ての出版社、雑誌が共同出資して一大マンガ賞を作ると楽しそうですよね!

そこで1位だとか2位の漫画は当然、注目されますし。

 

【樹崎】

これだけ出版不況なんだし皆で手を組んでもいいはずなんだけどね。

 

【ヒカル】

先生がおっしゃっていたのをお聞きしたのですが、やはり日本の少子化だとかで漫画なども売れなくなってきてますもんね。

そういうどうしようもない流れ(少子化)があるなら、新しい取り組みが必要かもしれませんね

 

【樹崎】

そういうマンガ賞で日本を代表する漫画を決めて、世界に売り出せばいいとは思うんですけどね。

 

【ヒカル】

実際面では難しそうですか?出版社が手を組むのは。

ニュースで一部の出版社のプロダクションが合併したとかは稀に聞くんですけど、多くの会社はまだまだ独立して出版している形ですし。

 

【樹崎】

昔よりかは出版社同士で手を組んでますよ。単行本のフェアを2社で行ったりもしてますから。

まぁ……でもやっぱり、そういうことは難しいでしょうね。

 

【ヒカル】

単行本の話になりましたが、先生の短編集『ff』は長い期間ジャンプコミックスのカバーなどのコミックス情報欄に掲載されていましたのを覚えています。『ff』は短編集としてかなり売れたり、話題になったりしたのでしょうか?

なかなか短編集の話や売り上げについて聞くことがないので。特に今は少年誌から短編集はあんまり出ない印象ですし。売上とかが良かったんでしょうか?

 

【樹崎】

いや、そんな売上だとかが良かったとは聞かないけど。

ジャンプのマンガ賞で全項目満点で入選は多分『ff』だけなので。いきなりの本誌デビューでしたし……受賞時も誌面では異例の見開きでの受賞発表されて、破格の扱いではありましたね。それもあって色んな人の印象には残った作品にはなったと思います。

当時としては色んな意味で新しい漫画だったので……新人で見開きページを使うのがほとんど許されない時代でしたので。

 

【ヒカル】

そうなんですか?

見開きを使うことが制限されたりしていたのでしょうか?

 

【樹崎】

編集さんからは、「ページが短いのに、ページ数を食う見開きを使うな」的な指摘はありましたね。

僕も当時は「見開きはいらないだろ」と言われたんですけど。僕は「いや、絶対に見開きが表現として必要だ」って自分の意見を押し通しました。見開きは削らないでそこを引き立てるように他を直したら何も言われませんでした。

 

【ヒカル】

新人の見開き使用についても今と昔では違うんですね。

 

【樹崎】

何せ新人の投稿作だったから、見開きよりも内容を詰めることを求められてたんですね。さらに言うと僕は『ff』に色んな試みを盛り込んでて、青年漫画では江川達也先生がやっていたみたいにフリーハンドでの効果線をさらにグチャグチャに入れてみたり……、そもそも漫画の題材自体もクラシックピアノだったんです。

音楽を扱うこと自体が間違っていると言われた時代です。クラシックピアノを少年誌でやるのは相当常識はずれなことではありました。

 

【ヒカル】

90年代ごろはバトル漫画でトーナメントが流行ったり、超能力バトルがメインでしたもんね。

 

【樹崎】

うん。だからこそ、クラシックピアノという題材で作品を描いたことは、漫画志望者の人たちの心に刺さったと思うんです。

 

【ヒカル】

先生は最初から、普通の投稿作品とは違う方向性で作品を描こうと決めていたんですか?

 

【樹崎】

勿論、普通にやっては駄目だと思っていました。

ナカタニD.や克・亜樹さんを見ていたので、僕も工夫しました。ナカタニの描く線の凄さや克さんの描く物量に対抗するために、自分にできることを探したんです。他の人でしてない、できていない部分をやらなくちゃいけないんで。

普通の作品を描いても駄目、迫力のある線で勝負してもナカタニの線には勝てない。僕にとってのベンチマークはナカタニだったんです。あいつを超えるにはどうしてやろうといつも考えてたんです。

 

【ヒカル】

その試行錯誤の末にクラシックピアノを題材に、見開きを使うなどの創意工夫が生まれたのですね。今でこそ、青年誌では『ピアノの森』みたいにピアノを題材にした漫画も増えましたけど、当時は他にそういう漫画はなかったんですか?

 

【樹崎】

青年誌でも、そういう漫画はなかったと思います。

「漫画で音楽を表現をするって、どうなの?」みたいな時代だったので「音のでない漫画で、音を表現するのは変じゃないか?」と考えられていましたから。今となっては、そこが漫画の表現の面白みだと分かってるんだけどね(笑)

 

【ヒカル】

そこは先生がデビューした80年後半~90年前半ごろでは漫画界でも「こういうことを描いた方が良い」っていう流れがあったんでしょうか?

一般にも知られている話だと、『北斗の拳』が流行った後には劇画の作品が増えたとか聞きます。もしくは編集さんから絵柄などで指示を受けたことはありますか?「美少女を出せ!」だとか……

 

【樹崎】

いや、僕は『ff』を描いていた頃に編集さんから「君は男を描く漫画家だから、女性キャラを出さなくてもよい」って言われてましたよ。

内面の描写まで含めての話になりますが、そもそも今みたいにカッコイイ男性と可愛い女性のイラストを両方ちゃんと描ける作家さんが圧倒的に少なかった時代なんです。

現代では男性キャラも女性キャラも描ける作家さんは普通なんですが、昔はそれができる作家さんが少なかったんです。

 

【ヒカル】

そうなんですか!それは初めて聞きました。

 

【樹崎】

でも僕は可愛い子を描けないことが悔しくて、意地になって凄く練習したんですよ。

それで初連載の頃には、当時のジャンプでは可愛い女の子を描く作家の第一人者だった金井たつおさんっていう可愛い女の子を描ける作家さんが、僕の描く女の子を可愛いと言ってくれるまでのレベルに達しました。そしたら担当さんも「女の子もバンバン描いていいよ」と言ってくれるようになりましたね(笑)

連載では女性キャラを描くようになりましたよ。その時代ごとに色々な風潮はありますからね。

 

【ヒカル】

今はそういう風潮はないですよね?たぶん。

 

【樹崎】

うん。まぁ担当さんによっては色々あるでしょうけど。

結局のところ人次第だから。僕の担当さんがそうであっただけかもしれないし……。そもそも担当さんに言われたからと言って、100%直す必要はないんですよね。

指摘されたら、どっかしらは悪い部分があるので直すべきなんだけど……自分がやりたいことに関しては決して曲げる必要はないんです。このことについてはトキワ荘プロジェクトさんが出した『マンガで食えない人の壁』って本でも言及しています。

狙ってそういう構成にしたはずはないのに多くの作家が経験談として違うエピソードで同じ話をしています。

 

【ヒカル】

担当さんの意見も上手に取り入れて、自分の持ち味を活かすということですね。

 

【樹崎】

先日、新條まゆ先生とネット上の番組で対談したんですけどね、新條先生もやっぱり同じようなこと言うんです。売れてる漫画家さん、いや生き残ってる作家が皆同じことに行き着くのかな……

「自分のやりたいことは決して崩さない。でも言われたまんまで置いといても良いわけはない」

 

【ヒカル】

中には迷走しちゃってる人もいますもんね……。読み切り作品見るたびに方向性が違う方に伸びている人だとか。

 

【樹崎】

自分の描きたいことを見失ったら、モチベーションや情熱も消えて失せてしまうじゃないですか。それこそ何のために漫画家になった理由が分からないってもんです。

それで1流になれるわけもない。何かを言われたら、「自分の伝えたいことが伝わってないんだ」と反省して、どうしたら伝わるのかを考えなくちゃいけないんです。

 

【ヒカル】

担当さんから意見をもらい、でも自分の中で芯となる描きたいこと。それを自分の中で上手く調理して作品を完成させる。これが漫画家として成功する秘訣なのですね。通過点とも言えるかも。

 

【樹崎】

これはそれほどにどの作家さんも言うことなんので、一番大事と言ってもいいことなんじゃないかと思うんです。まぁ担当さんがついてからの話にはなるんですけども。

 

【ヒカル】

担当さんとうまくやっていくコツとかありますか?

時代によっても変わるとは思うんですけど。

 

【樹崎】

んー、まぁ良い編集と悪い編集どちらに出会うかは分かりません。漫画をずっと見てきた点に関しては多くの編集よりも漫画家の方が上だと僕は思うんです。

だから間にうけすぎない。でも他人・第3者の目は必要です。大抵の出版社の人間は勉強ができて常識がある人だから、そういう目線は入りますよね。でも頼りになる部分とそうでない部分がある。100%信用しろとは言いません。でも仲良くするにはとにかくコミュニケーションはちゃんと取りましょう(笑)

「こいつと仕事していこう」と思ってもらわないと、そもそも使ってもらえないですから。

 

【ヒカル】

どんな仕事でもコミュニケーションは大事ですよね。

 

【樹崎】

「コミュニケーションが凄く大事」っていう作家さんは多いですよ。僕はそこまでコミュニケーションを意識してないですけど、全然喋れないのは良くないと思います。

中にはそういったとこを凌駕する人もいますが、それはごくわずかの選ばれた天才ですからね(笑)

 

【ヒカル】

それは生まれついて、凄くスペックが高かったり……個性がとんでもなく強烈な人ですよね。

 

【樹崎】

「最初から人の言うことは聞かない」っていう人ではなくて。「人の言うことを聞けない部分」を持っている人が天才だと思います。

天才といえば、今や『ジョジョの奇妙な冒険』で有名な荒木先生はデビュー作『魔少年ビーティー(以下、ビーティー)』は正直かなり下手なんですけど、当時の漫画家志望者の中では「これは凄いな、新しい」という評価を得たんです。

 

【ヒカル】

 

……と言いますと?