目次
はじめに
はじめに
宗教的表現について
研究者の方々へ - 検証中の仮説
外部リンクの表記、Android対応、訂正箇所のご指摘のお願い
概略
現在の症状
息子の誕生
さらに遠い通院へ
知らされなかった検査結果
アミノ酸分画検査結果
タンデムマス検査結果
合っているかもしれない仮説
閑話休題:創作話 トリケラお母さんの悲劇(# ゚Д゚)
DNA検査の実体験と仕組み
ミトコンドリアDNAの検査
ヒットカウント分析および共起性分析
23andMeのDNAアレイによる検査 - 販売停止命令に至る経緯
遺伝病とコモンディジーズの違い - 優性遺伝と劣性遺伝
ヒトはヒトであるが故にヒトの病を患う
コモンディジーズの検査方式 - アバウトなGWAS
23andMeの深刻な検査結果 - 統計の改善による影響
23andMeのその他の結果
エクソームシーケンシング
コモンとレアの重症度分布 - アレル頻度とエフェクトサイズ
個人向け遺伝子検査の選び方 - 罹患人口カバー率指標
閑話休題:製作物 DNAツリー
希少疾患と難病の制度および数値
希少疾患と難病の違いと制度的起源 - 日米欧比較
赤信号みんなで渡れば - 真面目な日本人の最悪の集団行動
もっとも希少な希少疾患 - 70億人にたった一人
もっとも正確な希少疾患の数 - 毎日約1つ希少疾患が増える?
希少疾患全体の罹患率 - 全部合わせると10~14人に一人
診断に至るまでの年数、または遅延 - 28年?!
GINA(ジーナ) - DNA検査時代の国民、患者を守る法制度
国民皆保険の功罪 - 患者をチェリーピッキングする医師達
節としてまとまらなかった事柄
希少疾患と感染症
感染症と希少疾患の関係 - 未診断の希少疾患という重症化因子
予防接種の健康被害としての未診断の希少疾患
希少疾患としての感染症 - 米国のAIDSの歴史
見えないところに死体の山
医師に頼らない因果関係の追求 - 脳症の本当の原因
更に複雑な感染症の話
医療訴訟が生み出す二次被害 - 無過失賠償制度の必要性
辛い記憶
両親を批判することについて
両親への間違った説明
辛かった学校生活
体育の次の時間に倒れてしまう
電車とバス
繰り返し運動による寝られぬほどの筋肉痛
食事の前後の発作
進化と感染症の間の遺伝性疾患
進化と感染症の間の遺伝性疾患
仮説の更なる展開 - 発見され増加を続ける希少疾患
卵子と精子の間の変異の導入の違い
感染症と遺伝性疾患で重度となる役割 - 男性淘汰進化説
絶滅のシナリオ - 感染症と遺伝性疾患の袋小路
進化のスピード調節 - もっとも強く訴えたいこと
進化と遺伝性疾患の「必然性の枠内の偶然性」
ダーウィンのUNdiagnosed
そして各論へ
遺伝学用語の混乱
遺伝学用語の混乱:genetic、遺伝か起源か
de novo変異 - 両親から受け継がれない優性遺伝の変異
個人向け遺伝子検査のガイドラインの乖離
みんなが保因者の劣性遺伝病? - 平均約10個の遺伝的荷重
劣性病的変異の健常者への影響 - 遺伝子プールの浄化説
あとがき
あとがき
これ以降分冊予定
▲▼そして各論へ
検証実験の山 - バッチ型検証実験の提案
希少疾患の中の更なる希少な患者群についての予測
環境因子か遺伝因子か
代謝異常についての進捗
遺伝子検査の2つの嘘
生まれの平等性または不平等性
▲▼生まれの平等性または不平等性
新型出生前診断と着床前診断 - 技術的に◯、倫理的に☓
生まれる前のDNA検査 - 科学的因果関係の追求ライン
技術としてのNIPT - 生まれのDNA検査の技術予測
我が子に故意に良くない遺伝因子を許容する親の罪
ディストピアな未来像 - 生まれの平等性が崩れた世界
不妊という社会問題 - 男性不妊と父性年齢効果
中絶による母体へのダメージ - 次の妊娠がうまくいく確率
着床前診断の問題点 - NIPTとの倫理的違和感
不妊治療としてのPGD - 不妊としての遺伝性疾患
生殖医療のリアルの写真
男女産み分けの国際比較 - 海外での生殖補助医療のリアル
着床前診断の潜在的なリスク - 子と女性へのリスク
フィルターされた人々による生まれの平等性、不平等性の支配
遺伝学用語の混乱:variation、多様性か変化性か
人権に基づく多様性、人権に基づく変化性
男性不妊と劣性遺伝病の完全予防 - 22世紀の精子起源工学
その他 - うまく分類できずとも価値のあるトピック
DNA検査の結果の公開 - シーケンシング機会の平等性
進化における神の概念
mtDNAとY染色体の永代性 - 未来の血縁者の不利益
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生まれる前のDNA検査 - 科学的因果関係の追求ライン

 [環境因子か遺伝因子か]の節で、迷った際には、その中間の半々という仮定を導入することで、極端な判断を避けるべきだと述べた。この仮定は、子にとって人生最初の、そして場合によっては最後の、遺伝学的意思決定である、出生前診断と中絶に対しても有効かもしれない。

 

 用語として、[遺伝学用語の混乱...]でまとめたように、遺伝病というとメンデルの法則で遺伝する単一遺伝子疾患を指し、遺伝性疾患というと遺伝病と染色体異常症を合わせて述べる。

 

 新型出生前診断の略称として、NIPTを用いる。新型出生前診断という名称は日本で名付けられたものであり、略称が存在しないため不便である。技術的な発祥の地である米国を始めとして世界中でNIPT(Non-Invasive Prenatal Testing)またはNIPD(同 Diagnosis)と呼ばれているため、ヒットカウントでは新型出生前診断の方が大きいものの、詳細な文献を探すことはできない。以下にグーグルを用いたヒットカウント分析の結果を示す。

 

"Non-Invasive Prenatal Testing" 約 65,200 件

"Non-Invasive Prenatal Diagnosis" 約 56,500 件

"Non-Invasive Prenatal" NIPT 約 23,900 件

"Non-Invasive Prenatal" NIPD 約 16,000 件

 

"新型出生前診断" 約 98,800 件

"新型出生前検査" 約 19,600 件

"無侵襲的出生前検査" 約 4,730 件

"非侵襲的出生前診断" 約 1,260 件

"非侵襲的出生前検査" 約 348 件

"無侵襲的出生前診断" 10 件

"非侵襲性出生前検査" 7 件

"無侵襲性出生前検査" 3 件

 

日本語と英語であまり対応しておらず混乱がみられる。診断と呼ぶか検査と呼ぶかは、微妙なニュアンスの違いで、一般的には診断の方が検査とカウンセリングの両方を含むことが多いのに対し、検査の方はカウンセリングを意識せず技術的意味で用いることが多い。本節ではその部分はあまり触れずに、短くて普及しているNIPTを用いたい。

  

 妊婦の血液採取だけで21トリソミー(ダウン症候群)、18トリソミー(エドワーズ症候群)、13トリソミーを検査できるNIPTが開始された。現状、都会の病院に何度も通院できて費用が支払える者に限るという条件がつくことは、後の節で、貧困層だけからトリソミーが生まれるという新しく導入される格差の課題として扱いたい。生命倫理の建前論から反対している知識人達も患児が生まれたら自分達が代わりに育てるとまで公言して反対している者は、知る限りいない。むしろ、生命倫理の観点から反対するのは全く逆ではないかという考えをまず最初に述べたい。

 

 「生まれたら」、と何気なく記してしまったが、常染色体トリソミーは生まれずに胎児までの段階で天に召される症例の方が多いのである。特に18トリソミーと13トリソミーはそうで、生まれても一歳の誕生日を迎えられる患児は僅かである。具体的には、18トリソミーで一歳の誕生日を迎えられるお子さんは10%と述べられている。13トリソミーについては20%と読める。21トリソミーでは88~96%と読める。トリソミーという疾患全体の基本的な特徴として、番号が若くなるほど重度である。つまり、重症度は21<18<13の順となっており、逆に患児の数は21>18>13となる。だから、13の方が18より1年生存率が高いというのは、おそらく、文献の記された国や年による影響であろう。近年になるほど日本の1年生存率はNICUの整備により伸びているはずである。Wikipediaでは情報が少ないので、18トリソミーの患児会と、13トリソミーの患児会へのリンクを示す。

 

 これ以外の常染色体トリソミーはなぜ存在しないのかという疑問が浮かぶが、重度すぎて出生まで至らず胎児の段階で天に召されること、つまり流産すると述べられている。トリソミーになっても症状が比較的軽度の遺伝子ばかりが載っている21、18、13だけが産まれることができた疾患として患児を数えられるという状況である。しかし、「比較的軽度」などと言うのは、とんでもない話で、様々な遺伝病と比較してもトリソミーの重症度は非常に重い方である。しかし、これらトリソミーが全て「症候群」と呼ばれている理由は、患児によって重症度に大きな幅があるためである。この理由は、推測だが、関与する遺伝子の数が染色体一本分ととても多いため、3本の染色体の上にのっている変異やSNPの相性によって、重症度に幅ができてしまうものと思われる。

 

 具体的にどのぐらい幅があるのかという画像検索の結果を示したいが、その前に、抗うつ剤を処方されている方々は、以下のリンクをクリックする前に、処方量を守って服用したことをご確認いただきたい。これからご両親になられる方々のうち、妊婦の方々は、画面から目をそむけた上で、先に男性の方に見るように促していただきたい。産婦人科医の方々は患者の心を守るという医師としての努めが半分、不妊治療を続けさせるという打算が半分でリアルを患者に伝えないが、私にはそういう義務はなく、その代わりにやはり科学的にどこまでがリアルなのかを追求した上で、後から過酷な科学的追求から心を救う方法を考えることにしている。私から見ると産婦人科医の方々は過保護すぎると思え、私も後から気付いたのだが、人の親になるにあたって、様々な病気と直面していかなくてはならないのである。どんな病気なのか、患児の姿をまず知らずに、文章による説明だけでNIPTを受けるかどうか考えるというのは無理がある。このような長い前置きを置くだけの理由があるとご理解いただいた方々だけ、クリックしていただきたい。

 

18トリソミーの患児達(閲覧注意)

 

13トリソミーの患児達(閲覧注意)

 

21トリソミーについては、詳しく別の節を設けるため、ここでは示さない。21トリソミーは全体的に比較的軽度なはずだが、心臓病といった画像では見えない部分の重症度が患児により幅がある。

 

 私は、様々な遺伝性疾患がヒトがここまで進化してきたことの代償を支払わされている、犠牲者であると主張している。おそらくこれはトリソミーといった染色体異常症にもあてはまるのではないかと思う。高齢になってから出産するとダウン症候群が増えるのは、男女が40歳近くにならないとめぐりあわないほど個体数が少なくなった状況であり、自然環境で考えると絶滅寸前である。環境に適応できずに絶滅を待っているこの状況では、種としての変化が求められるはずで、21、18、13トリソミーも他の遺伝性疾患と同様に進化の犠牲者であろうと思われる。つまり、進化的に都合がよいから染色体異常症という疾患が抑制されずに現在まで残ったのであろう。言わば、進化の代償として、我々には染色体異常症を引き起こす機構が内蔵され、多数が助かるためには、無作為に神の見えざる手により選ばれる少数が犠牲とならねばならないのであって、そういう意味で、社会は染色体異常症の患児に感謝して、支援の手を差し伸べていただいてもいいのではないだろうか。ただ、科学的因果関係として複雑なのは、ご両親の年齢に依存するという部分と、ご両親自身が何らかの染色体異常症を患っている可能性が存在する点である。これらは遺伝病も同じで、結局自身が検査を受けて、今後の妊娠がどうなるかを分かる範囲で調べ、それぞれのやり方で納得していくしかないであろうと思われる。[中絶による母体へのダメージ...]の中で、NIPTで陽性となった場合に次の妊娠が問題なく進む確率を検討する。

 

 ここまでで分かるように、実は、NIPTで21、18、13を分けて考えていないことで、混乱が生じている。確かに18と13は成人の患者が存在する21と比較すると人口として圧倒的に少数派なのだが、本著は希少疾患について調べている。もしかすると検査の申し込みの上では、21だけを受けないという選択肢が記されているのかもしれないが、検査費用としての21万円が安価になるわけではないため、選択肢が用意されていたとしても3つのトリソミーをまとめて受ける妊婦が多数であろうと思われる。18と13は、21と比較して非常に平均寿命が短く、奇形も多いため、21とはまた違った倫理的選択がありうるであろうと思われる。つまり、運がよく元気で、比較的長生きした患児のご両親のコメントだけが注目され、そもそも流産してしまってご両親とは呼ばれなくなった方々のコメントはほとんど注目されない。これは染色体異常症で際立ってはいるが、単一遺伝子疾患でも似た状況である。ダウン症候群全体の中の軽症例だけを我々は報道で知っているのであって、重症例ほど表に出ない。私は、本著の最初の方で約23000個の遺伝子に変異がばらけるから遺伝病は希少疾患となるのだと仮説を建てたが、おそらくトリソミーについても23対の染色体にほぼ同じだけ不分離による膨大な人数のトリソミーの患児が存在し、我々は出生した患児だけしか気にしていないということなのではないだろうか。生命の平等性に本当に着目し、胎児もりっぱな生命だから中絶はだめだと主張するならば、流産して生まれなかった胎児の数も統計から探し出してきて述べるべきなのである。そうしないのは、やはり、生命は卵子や精子に近いほど、手足を持つヒトの形をとっておらず、また中絶となった場合の痛みも感じにくいと考えられるからではないだろうか。

 

 したがって、18、13トリソミーについては、特に先述の画像検索の結果として示したような奇形が3D超音波で明らかに確認できた場合、ご両親が二度とあかちゃんを望まないほどショックを受けてしまう前に、また闘病に伴ってノイローゼを患う前に、なるべく早い段階で中絶をする方が適切とも考えられる。しかし、本著の冒頭で「科学はこころを救わない」と述べたように、ショックを受けたりノイローゼを患う場合というのは、科学的因果関係を追求する人たちだけの問題で、因果関係の追求を、次の妊娠の際にどういった問題が予想されるかだけに留めれば、乗り越えることが可能な問題でもある。具体的には、ご両親のDNA検査や染色体検査をして、産婦人科医が問題なしと言えば、それを信用して自分では必要以上に調べないことも、こころを守るための一つの選択と言える。しかし問題はもうひとつあって、母親、父親のうち、父親の方が理系の考え方をして因果関係と追求するために、母親の方が因果関係を追求したくないのに苦しむといった状況が、インターネットで疾患の情報を検索出来る時代になってから頻発していると思われ、また母親だけが因果関係の追求に拘る場合も、理系女子が増える時代なのだからありうると思われる。ご両親のうち因果関係の追求に拘らない方が、拘る方に、どこまで因果関係の追求を望むか、確認と念押しが必要であろうと思われる。

 

 もしも産婦人科医がよい人だったり、遺伝カウンセラーの方がいたりする場合には、どこまで拘るかという問題そのものにアドバイスを求めるのも一つの手である。どこまで拘るかを早めに合意しないことには、子の生まれに関することだけに、両親ともが包括的な知識がない中でむやみに真剣になり、最終的に離婚まで至った夫婦も多いはずである。[希少疾患全体の罹患率...]でも欧州の患者会による文書から別の遺伝性疾患の悲惨な例を示した。子が病んだままそんなことになった場合は悲惨だが、健常者の家庭でも稀に虐待といったことが起こっているこの社会ではそれが現実である。しかし、そんなことを調べても不愉快になるだけなので統計としては存在しないだろう。子の疾患の原因を自分ではなく夫や妻が原因と考えたり、逆に自分が原因と決めつけたりと、半分は科学的に真実なのでこれらは否定が難しく、「どこまで因果関係に拘るか」決めることが重要なのだと認識するまで時間がかかるのが普通である。私自身がそうであった。極端なことを言えば、最終的にどこまでもこだわれば心中という道しか残されなくなるため、早めに「このぐらいまでやって諦めよう」「あなたもこんなに調べたら気が済むでしょ」というラインを設けることが重要である。おそらく、これは中絶を選択した場合と選択しない場合の両方に当てはまる。

 

 NIPTに話を戻すと、将来の話だが、21トリソミーは患児数また成人した患者数が多くGWASやDNA検査に基づく比較が適用しやすいため、NIPTにより心臓病といったより細かい区分で重症度が判断できるようになる可能性がある。そういった場合に、やはり一つの基準として1年生きられる見込みが何割かという観点から、ご両親になるべく正確な予測確率をお伝えして、判断材料を提供すべきではないだろうか。21トリソミーはあまりにも長生きされている患児とそのご両親の声だけが前に出すぎている。4~12%の1歳を超えることなく天に召されたダウン症候群の患児の方が苦しく短い人生を歩んだはずなので、こういった予測が可能になるのであれば、これらは重症度としては18、13の方に近い症例ということになる。ダウン症候群を患っている方々の中には比較的軽度でも長く生きれば苦しいのだと考える方々もおられるかと思うが、自らが苦しいからこそ、なおさらそういった苦しみを新しい生命に味合わせるべきではないのではないだろうか。いずれにせよダウン症候群は、症候群であるので、重症度に大きなばらつきが大きいことを前提に、NIPTそのものも改善していくべきと考えられる。

 

 念のため、再度ご留意いただきたいのだが、私はNIPTに技術的には賛同するが、DNA検査としての技術面から調べれば調べるほど、NIPTが将来的に遺伝性疾患全体を対象とするであろうと技術予測ができるため、倫理的には、遺伝性疾患全体で一度は大反対をした方がいいと考える。詳しくは後々示したい。

 


技術としてのNIPT - 生まれのDNA検査の技術予測

 念を入れての繰り返しになるが、私はNIPTを技術的には支持・擁護するが、DNA検査としての技術面から調べれば調べるほど、NIPTが将来的に遺伝性疾患全体を対象とするであろうと技術予測ができるため、倫理的には、遺伝性疾患全体で一度は大反対をした方がいいと考える。本節は、特に技術面について述べるので、NIPTについて、特に賛同的な内容を含む。

 

 NIPTにはエクソームシーケンシングや全ゲノムシーケンシングと同様に、次世代シーケンシングの技術が応用されている。多少まんが的に図として示すように、母親の血液中に混じっている胎児のDNAを、次世代シーケンシングで染色体を区別して測定して、母親のDNAとの比率を求めて、胎児の特定の染色体の数を推定する。詳しく描いても理解不足がばれるだけなので、胎盤で血液が混じらずにDNAだけが混じる仕組みなどは描かずに、多少単純化したのはお目こぼし願いたい。2014年9月現在、日本で理由はよく分からないが1社独占の形で行なわれているが、世界的には、Sequenom社MaterniT21 PLUSの他に、Natera社Panorama、Ariosa社harmony、Illumina社(またはVerinata社)verifi、BGI Health社NIFTY、Berry Genomics社BambniTest、LifeCodexx社PrenaTestと、7社7製品ほどあるようだ。多くは略図として示した理解で合っていると思う。2012年の世界市場シェアはMaterniT21 PLUS、NIFTY、harmony、verify、BambniTestの順だったようだ。精度もずいぶんと違うが価格も3倍以上違うようで、最終的には妊婦か、将来的にはできれば保険組合が、支払うことになるので価格競争が望まれる。中でも、Natera社Panoramaは価格が日本で採用されたMaterniT21 PLUSの半分なのに、感度92-99%、Accuracy(特異度?)100%と上回っている。同社のウェブページに掲載されている他社との比較を見ると、どこまで鵜呑みにしていいのか分からないが、驚異的な特異度の高さである。この偽陽性率だけに着目した比較が、"Minimal False Negatives"として示されているが、やはりとても優れている。この理由は、私が描いたまんが的な図と方式が違って、妊婦向けの説明によると、妊婦の血漿から妊婦と胎児のSNPを、妊婦の白血球から妊婦のSNPを、それぞれ決定して比較するという方式によるようだ。"Published articles that relate to..."の2番目に示されている文献によると、このSNPの数は19,488個ということらしい。この方式は、NIPTを遺伝性疾患全体へと拡大するための実証例となると思われる。ではなぜ、この製品が日本で採用されなかったかというと、特許訴訟が問題ではないかと推測される。2013年8月の時点では、Natera社よりもSequenom社および大もとの発明者のデニス・ローに有利な判決が出ていたようだ。デニス・ローは香港で生まれ米国で学んだ研究者で、2014年9月現在は香港中文大学の教授をしている。1冊だけだが、日本語翻訳版としてPCR技術についての教科書*も出しているようだ。香港の人たちからWikipedia上で歓迎されているようで、日本での山中伸弥のような存在になりつつあるのかもしれない。

 

 私が、将来的にNIPTが遺伝性疾患全体へと対象疾患を技術的には拡大すると考えるのは、NIPTの原理を作り上げたデニス・ロー自身を含んで、対象疾患を拡大する方向で研究が進んでいるからである。

 

Lo, YM Dennis, et al. "Maternal plasma DNA sequencing reveals the genome-wide genetic and mutational profile of the fetus." Science Translational Medicine 2.61 (2010): 61ra91-61ra91.

 

父親からも採血を行い、母親のものと比較することで胎児の全ゲノムの塩基配列を決定する手法について、具体的に述べられていて、Fig.1に母系と父系の比較の手法がまとめてある。日本語で概要をまとめてくださっているウェブページもある*。Google Scholarによる引用元の数は2014年12月で258である。

 

 デニス・ローの研究グループ以外にも、複数の研究グループで研究が進んでいるが、この258というのは、どうやら飛び抜けた数値である。引用元の数の順に並べてみる。

 

Kitzman, Jacob O., et al. "Noninvasive whole-genome sequencing of a human fetus." Science translational medicine 4.137 (2012): 137ra76-137ra76.

引用元 151

 

Fan, H. Christina, et al. "Non-invasive prenatal measurement of the fetal genome." Nature (2012).

引用元 134

 

Bustamante‐Aragones, A., et al. "Prenatal diagnosis of Huntington disease in maternal plasma: direct and indirect study." European Journal of Neurology 15.12 (2008): 1338-1344.

引用元 38

 

Norbury, Gail, and Chris J. Norbury. "Non-invasive prenatal diagnosis of single gene disorders: how close are we?." Seminars in Fetal and Neonatal Medicine. Vol. 13. No. 2. WB Saunders, 2008.

引用元 38

 

Bustamante-Aragonés, Ana, et al. "Non-invasive prenatal diagnosis of single-gene disorders from maternal blood." Gene 504.1 (2012): 144-149.

引用元 14

 

Hill, Melissa, et al. "Views and preferences for the implementation of non‐invasive prenatal diagnosis for single gene disorders from health professionals in the united kingdom." American Journal of Medical Genetics Part A 161.7 (2013): 1612-1618.

引用元 11

 

今後も研究が進み、装置としてのシーケンサーの性能も今後もムーアの法則のごとく向上していくので、それに合わせてNIPTの精度は向上し対象疾患も拡大していくと予想される。技術的には。

 

 遺伝性疾患が追加されていく優先順位としては、GeneReviewsの出生前診断の節に基づく基準が知る限り最も詳細で適切と思われる。GeneReviewsには日本語版が存在するが、医療従事者でない者による利用のされ方に敏感なサイトのようなので、リンクを示して歓迎されるとは限らないので、ここでリンクを示すことはしない。検索すればすぐに見つけることができる。

 

 GeneReviewsで述べられている基準で、NIPTに真っ先に追加されると思われるのは、知能に影響を与える遺伝性疾患である。具体的には、逆の場合として「知能に影響を与えない」疾患については、「出生前診断は一般的でない」と述べられている。極端な場合として典型的な無脳症の場合には、ほとんど知能が存在しないので、生後死亡例としてカウントされないことさえあるそうだ。ダウン症候群がNIPTの対象疾患として含まれて実施されているのも、他の一部の疾患ほど深刻でないとは言っても、知能に影響を与えているためと思われる。これらは高学歴の医学部教授達が決めた、知能の高い自分たちの立場を社会的に高めるための主張だと批判することは現段階では可能である。平たく言ってしまうと事実上、ヒトの「間引き」を行うかなり重要な基準であるにも関わらず、投票によって市民権を得たことが一度もないからだ。

 

 

 2014年12月時点の補足として、もっとも高精度と思われるが日本でNIPTに採用されていないNatera社のDNA検査が、すでに日本で出生前DNA鑑定に利用可能であることが分かった*。おそらくPanoramaと同等の原理と思われる。DNA鑑定に実用的に使えると述べられている限りは、約20000個検査すると述べられているSNPsの多数が、精度よく読めているはずで、実質的に単一遺伝子疾患を検査可能な技術水準に達しつつあるようだ。法律事務所も斡旋しているので、法的にも合法なのを確認済みということになる。気になるのは、既に日本でNatera社の営業拠点のようなものがあるということで、ひょっとしてもう日本のNIPTにNatera社も追加されるのが確定しているのだろうか。

 


我が子に故意に良くない遺伝因子を許容する親の罪

 今はまだ多くの人には受け入れられないかもしれないが、極端な話、iPS細胞による人工子宮によって妊婦の肉体的なリスクや負担が軽減された場合には、おそらく、このように考えることができると思う。ヒトというのは、半分が遺伝因子で、半分が環境因子から構成されている。だから出生すればアキラと名付けられる胎児に遺伝性疾患が存在すると知らされて、そして産むという決定を下した場合には、アキラ君という人格に対して、不利な遺伝因子を与えていることになる。アキラ君はそう名付けられ、両親に愛され、地域社会の影響を受けて育つという環境因子による枠組みであり、その中で人格が育っていく。疾患をもった人が性善であると考えた方が居心地がいいが、実際は患者は善と悪の間で揺れ動いていく。不利な遺伝因子はやはり人格的にも不利な方向に働くことの方が多いのである。

 

 一度だけ中絶すれば、後は人工子宮により安全に生まれることができると仮定して、健康体に生まれることもできるアキラ君に、知能に影響を与えるほど重度でないとしても、肉体的に他の子より不利となる遺伝因子を与えるということに、両親の罪はないのだろうか?

 

 米国では疾患のある精子を販売したとして発症した子が精子バンクを訴える訴訟が起こり、どうやら勝訴している。法律用語に慣れてないので推測調になり申し訳ない。オープンアクセスでないのが残念だが、2009年に勝訴が伝えられたこの訴訟の場合は、学術論文として因果関係が証明されているようだ。精子にもPL法が適用されたとしている記事もあるが、詳細はよく分からない。いろいろと詳細が解説されているのは、ニューヨーク・タイムズのサイトに掲載されている2012年の記事で、精子ドナーによる遺伝病患児が報告された数百例にとどまらず数千例は存在するはずとして、対策の必要性が訴えられている。報告された数百例というのが、どのぐらいの重症度のものまで含むのかは、記事中では述べられておらず、リンクを辿る必要があるようだ。

 

 日本語の文献としては、粥川準二による「バイオ化する社会」の第一章で述べられている。

 

 自主的な対策として、レジストリと呼ばれる登録制により兄弟姉妹となるレシピエント同士で遺伝病の発症情報の共有を図るそうだ。また、ドナーの親族で遺伝病を発症した場合の報告義務、および、精子提供する前のDNA検査の範囲の拡大を、精子バンクと連邦政府に呼びかけるということのようだ。ネブライザーを付けた嚢胞性線維症の患児の写真が痛々しいが、この子の両親が精子バンクに対する訴訟を起こしたとのこと。20年より古くにRocky Mountain Cryobankが問題の精子を入手して、数年前閉鎖されたところを、その精子を嚢胞性線維症について検査済みと文書により保証された状態で、被告のNew England Cryogenic Centerが購入し、両親へと販売したという流れと説明されている。記事の真ん中ぐらいで記されている、カリフォルニア精子バンクの遺伝カウンセラーが神経線維腫症1型(NF1)の病的変異を精子バンクの中に発見したと学術報告したことと、写真の患児の訴訟の件は、読み取れた範囲では関係はしていないようだ。2013年に入ると、40人の患者が劣化した精子を提供したとして病院に対する集団訴訟が起こっている。年々コトが大きくなっているようだが、同ウェブページ中でPDFとしてダウンロードできる訴状を眺めても法律用語に阻まれてよく分からない。別の節で述べた医療訴訟の一般的な特徴のように、患者の重症度のみに比例して、陪審員にとって技術的な意味で理解が困難な、医療機関の過誤の程度を含んでいなさそうな雰囲気を漂わせている。こういった訴訟に刺激されて連邦政府が対策を打てばそれが一つの成果だと思うが、もしもそうならなければ患者にも病院にも不幸で、弁護士だけが儲かる仕組みが出来上がるのだろう。

 

 環境因子半分と遺伝因子半分の人格に、故意に良くない遺伝因子を許容する両親の罪へと話を戻したい。米国のように精子バンクを訴える社会にまだ日本はなっていないと思うし、なった方がいいとも思わないが、そこまでいかずとも両親のその時の気持ちやロマンによって、子という別個体の遺伝因子を意思決定するということに、後々何十年のうちに両親が罪の意識を感じることはないのだろうか? 両親が亡くなった後も子は生きていかねばならないのである。両親が生きている間だけ面倒をみることはできても、その後は? もしも自分達が交通事故で早くに死んでしまったら、誰がその子を助けてくれるのか? 難病法が施行されても予算が足りない足りないから助成の対象疾患をどこまで狭くしようか、なんて議論している日本社会なのに。もしも日本社会がその子の面倒を十分に見てくれるほど暖かければ、難病法なんて21世紀に至らないずっと昔に対象疾患を広げて施行されていたはずだ。これが物心ついてから四十年間、ずっと易疲労性と筋肉痛を感じてきた当事者、そして診断さえ受けられないため難病法の指定などされるはずもない当事者として、どうしても思ってしまうことなのである。

 

 日本のNIPTの導入の議論で白日の下に晒されたのは、まだ見ぬ我が子という別人格の遺伝因子を、危険に晒すか否か、両親がどちらにでも決定してもいいんだという、傲慢な考え方なのではないだろうか。我が子の健康を求めるのは、両親の権利だが、同時に義務でもあると思う。極端なことを言えば、NIPTが受けられる地域に住んでいて、検査費用の21万円が十分に支払えるのもかかわらず、NIPTを受けることをためらって、自分の子供が遺伝性疾患を患っても構わないと考える人間は、人の親になどなるべきではない。子を虐待して傷つけたり、そうでなくてもネグレクトする可能性が高いのは、そういった層だと思う。周囲や社会と闘ってでも子の病因性を排除しようとするのが、動物の親としての本能に基づく自然な行動だと、私は思う。

 

 さらに言うと、NIPTが受けられるにもかかわらず受けない方々の多くが、実は、医療目的でない男女産み分けなどというばかな親の都合で、あかちゃんの素である胚を海外に運んでまで着床前診断(PGD)を受けて潜在的なリスクを負わせる人たちと、同じ層なのではないかとさえ思える。[着床前診断の潜在的なリスク...]の節で詳しくふれるが、PGDとNIPTは目的は同じでも、健康なあかちゃんに対する侵襲が存在するのと全くないのとで対称的だ。「間引き」であるにもかかわらず、なし崩し的に国民の十分な議論なくNIPTが導入された点だけは批判すべきだが、健康なあかちゃんに侵襲がないこと自体は、非常によいことだ。

 

 PGDでは8分割ぐらいしかしていない胚から、8分の1を切除するので、言ってみれば、胚の大きさをヒトの体で考えたなら、手足をもぎ取られるぐらいの侵襲を受けることになる。この結果、他の7細胞に大きな傷を付けてしまうと、その胚はあっさり死んでしまう。だから傷がついた胚は排除されて患児として生まれないと言われているが、男性不妊や父性年齢効果で精子だった時の影響が自閉症や統合失調症まで及ぶことが統計として出てくると、やはり精子を含んで生じる胚にほんの僅かであれ傷がついたら、子が成人してからその後遺症に悩まされることは起こりうるのだ。親が遺伝性疾患を患っている場合には、PGDの潜在的なリスクよりも明らかな遺伝性疾患の方が重症だから海外ではPGDの対象となっている。既にマウスでPGDの動物実験を行ってアルツハイマー病の罹患率の上昇が指摘されているように、仮にヒトでもアルツハイマー病の罹患率を押し上げる形でリスクが表れるとしても、これはPGDで生まれてアルツハイマー病を発症する年齢まで生きた人口が生じるまであと半世紀ぐらいかかってしまう。もちろん、子がアルツハイマー病になるような年齢に至ると、両親は既に他界していることが多いだろうが、言ってみれば、ずっと先の子の健康など知ったことではない、女の子の方が育てやすいし一人産めば我々は祖父や祖母に「子供まだできないの?」と責められずに楽ができる、そういう発想で、男女産み分けだけのためのPGDは、海外で生殖補助医療を受けるための大金を積むことができる限られた富裕層の間で行われているのである。

 

 しかし、実際には、「医療目的でない男女産み分け」「男女産み分けだけのためのPGD」という、微妙に限定的な言葉を多用してしまうように、特に女性不妊、男性不妊の「治療」の一貫であると主張して、日本で不妊治療を行った記録があれば、完全に医療目的でないとは言い切れない場合の方が多いと思われる。後の節で述べるように、日本で不妊治療として体外受精の処置まで行っても原因が分からない不妊というのは、潜在的な遺伝性疾患の可能性があるはずである。そして遺伝性疾患というのは、例外を除いて、一つの疾患について、重症度の個人差を除くために、患者の間で統計をとったら、進化的に女子よりも男子が重症なのが当たり前である。つまり、日本で多くのご両親が望むといわれている、女子への産み分けを考えている場合は、医療目的であると主張しやすい。

 

 実際の他国のガイドラインにおいても、[男女産み分けの国際比較...]の節でヨーロッパでの男女産み分けの倫理基準が緩和されつつあることにふれるように、直系の親族に男性で重度となる遺伝性疾患を患った者がいて、PGDを受けようとしている対象の胚が二人目以降の子であれば、ヨーロッパの基準では今後多くが倫理的に認められていくはずである。

 

 詳しくは、[男女産み分けの国際比較...]の節で扱いたい。

 

 ただ、広く考えると、PGD、男女産み分けという特に能動的な行為を含まずとも、今日では高齢妊娠のリスクや父性年齢効果が具体的に知られるようになり、ある意味、高齢で子供を作るということ自体が、生物学的には、生まれてくる個人にとっては、ほぼ不利益だと分かっている。実際には高齢の父によるテロメア延長という例外*もあるので、あくまで「ほぼ不利益」としか記せないが。高齢によって増加すると思われる精子や卵子の変異は、非常に長い目で見れば種全体にとっては進化という利益になっても、ヒトの一生の時間スケールで見れば、言ってみれば淘汰という進化の苛酷さの渦中に我が子を投げ込んでいるような状態である。直感的にも科学的にも、高齢により子が遺伝性疾患を患うのに不思議はなく、それを知っていてなお、高齢妊娠、高齢男性授精を行わなくてはならないほど、社会が子を作ろうとしているご夫婦を、子の疾患といった困ったときに支えてくれるかどうか不安だということだと思われる。子の疾患で不安を感じて子を作るのが高齢となり、高齢妊娠・高齢男性授精により更に遺伝性疾患のリスクが増すというのは、悪循環であり、夫婦の事情としてあしらってしまうのではなく、社会保障の仕組みを分かりやすくして不安を取り除く必要があるのではないだろうか。

 

 私も子に自らの病気が子に遺伝してしまったかもと過去に絶望を感じた身である。タイトルを含め、この節が一部のご両親にとってきつい内容となってしまったことをお詫びしたい。ただ、自らが当事者であったが故に、どうしてもこの節を記さずにはいられなかったのである。

 


ディストピアな未来像 - 生まれの平等性が崩れた世界

 現状として、21万円を支払えず大きな病院へ何度も通院できないような地方の貧しい夫婦ほど新型出生前診断(NIPT)が受けられず染色体異常症を患う状態となってきている。これは今後技術が進んでNIPTが高度になるほど深刻な問題となる。生まれの平等性を貫こうとすれば、かなり早い段階から、どの疾患からどの疾患まで妊娠中絶といったことをしていいか、そういった生まれのDNA検査のために貧富の差を含んでしまっていいのか、そういう民意への問いかけが本来はNIPTの導入前に必要であった。

 

 地方でなく都市部でもありがちな例として、妊婦が、男性側に妻子ある不倫交際だったため、自分の子だとすぐには認めず、出産にあたってNIPT費用の21万円を支払えず、しかしそれでも中絶よりも産みたいと思ったとき、ほぼ当たり前になりつつある検査を受けられずにリスクを背負い、その結果患児が生まれれば負担が増えてますます貧乏になるのは、ディストピアへの入り口なのである。

 

 多少、荒い言葉を用いれば、日本で国民全員を健康保険に加入させ、自治体の病院に血の滲むような病院経営を要求して平等な医療を実現してきたものを、出生前診断というヒトとして認めるかどうかという根本の部分で資本主義的に格差をつけることで、破壊しようとしている。現在の状態が何十年も続き、トリソミーが高価なDNA検査を受けられない貧しい家系だけの疾患となってしまったとき、日本社会は富裕層と貧困層に二分割されているであろう。

 

 そうならないためには、「ヒトとして生まれを認めるかという基準は限りなく平等でなければならない」。

 

 裕福な者はより高度な生まれのDNA検査を受けて、より優れた子孫を残せるという社会になってしまうと、悪化したとは言っても他の一部の国々よりましな日本の経済的平等性が、根本の部分から破壊されてしまう。いろいろと齟齬を生みながらも下げたり上げたりして、何とか他の一部の国々よりましな状態に保ってきた実効税率の累進課税の議論は、いったい何の意味があったのだろうか? 生まれの部分で優劣の違いができようとしているのだから、仕事ぶりを客観的に評価すればするほど、富裕層の方が仕事ができるという事実を肯定せざるをえない。後はもう坂道を転がるように差別化が進み、世代を経るごとに富裕層は更に高度な生殖医療に大金を支払って、自分達は貧困層とは生まれが違う、貧困層の社会保障など税金として払っていられるかと考えるまでになってしまう。

 

 「生まれが違う」

 

 この表現は、DNA検査が普及する前の時代には現在まで比喩的に用いられて来たが、今後は生殖医療や生まれのDNA検査によって、生まれの違いが、科学的な事実となってしまう。最初に、現状ととして、NIPTで染色体異常症が都市部の富裕層、中流層から排除されつつある。次にNIPTの対象疾患に単一遺伝子疾患が追加されて同様に排除されるだろう。その次は、[みんなが保因者の劣性遺伝病...]で述べた平均約10個の劣性病的変異と、糖尿病やアルツハイマー病といったコモンディジーズが排除されるはずだが、そうなると、対象とする病的変異やSNPsの数が急に多くなり、SNPs周辺を長目に入れ替える必要があるため、違った手順になるだろう。NIPTでは不可能で、着床前診断(PGD)の手順となり、胚のDNAを基本として、問題のない塩基配列を残して問題のある塩基配列の部分を入れ替えることになるはずである。

 

 そういったヒトのDNA編集によるディストピアを描いたSF映画としてイーサン・ホーク主演による『ガタカ』が特に有名だが、これはあくまで米国映画である。現在もNIPT、PGD、その他の男女産み分けの生殖医療で、世界を圧倒的にリードし続けるこの国は、資本主義的にそういったDNA検査、DNA編集の技術が販売されるのが当然のことと考える傾向がある。こういった考え方は多民族国家である米国独自の考え方で、まずは資本主義があって、後から社会保障を考え、激しい社会運動により、遅まきでも社会保障がそれなりに機能してしまうという、非常に珍しい体質である。

 

 日本はそうではない。コモンディジーズしか診療報酬点数が決まっていないような歪な平等医療が当たり前のこの国では、NIPTが単一遺伝性疾患を対象に含もうとした時点で、希少疾患の多くが最初から存在しない方が医療のシステムとして都合がいいため、鋳型となる理想的なゲノムを元に、顔形といった限られた形質だけ胚のDNAから取り込んだ、基本がクローンのDNA編集の方が高齢化による医療費の抑制策として現実的と考えられるかもしれない。この極端な解決策が実行に移されれば、一気に医療費は抑制され、しかも平等な社会が出来上がるはずだが、そうなれば、日本人がアジア人とは少し違う人種になってしまう。逆に、反対運動によりそうはならない場合を考えてみても、やはり米国流の富裕層だけのDNA編集が、国内で一般的になるはずである。実際にNIPTがそうだったように。日本の国内が富裕層と貧困層の二つに割れるという経験したことのない状態に陥るだろう。そうなると貧困層をどうやって日本から追い出して、他の国の優秀な労働力をその代わりに日本に入れるかという議論になってしまうのかもしれない。

 

 もしも、基本クローンのDNA編集、米国流の個性を最大限残したDNA編集のどちらも採用せずに、NIPTを単一遺伝子疾患へと拡大するのさえも否定すれば、他の先進国で導入したのに日本だけが立ち遅れたとして批判を受けるだろう。患ってしまった子の両親はこう思うかもしれない。

「技術的には予防することができるはずの疾患なのに、政府やガイドラインを作る学会が予防のための意思決定をご都合主義的に怠った結果、我が子が患ってしまったのだ。彼らは自分たちの息子や娘が患うまで放置するつもりだろう。だから、我々への補償は訴訟を起こしてでも求めなくてはならない」

医療訴訟は患者の重症度で多くは勝ち負けが決まる。生まれた時からNICUで寝たきりで、1歳にならずに天に召されるような典型的な遺伝性疾患の場合は、もちろん、重症度としては最大限に高いのである。

 

 現在までの技術の進歩を見ると、NIPTが単一遺伝子疾患を対象とするところまでは、事態は必ず進行する。結局のところ欧米のすぐ後ろを(リスクを避けて)付かず(批判を避けて)離れずで後追いしながら、なるべく国内で実施される生まれのDNA検査だけでも、健康保険の対象とすることで平等な仕組みを作っていくしか、できることはないはずである。十年も経てば医療費の抑制策になるはずなのだから、長い目で見ればNIPTは健康保険で助成されてもいいはずである。健康保険の対象にさえなれば、それなりに平等性が保てる仕組みが既に日本でできているし、単一遺伝子疾患を重度の病的変異から優先して段階的に排除できるようになる。そうなれば、日本のコモンディジーズ中心の医療で5000種類もある希少疾患を900万人から1300万人も診断するという無理な負担も大幅に軽減される。

 

 しかし、現在すでにNIPTで、資本主義的な格差が導入されようとしている。

 

 ここまでが、日本国内の生まれの平等性を、NIPTに健康保険を適用することで確保すべきという下りだったが、遺伝性疾患が既知の病的変異に限ってNIPTにより抑制された場合、例えば、ざっくりと十年後、つまり10歳に至るまでの間に、一人あたり平均でどのぐらいの規模の医療費削減につながるか、というのが、今後の課題として残っている。この計算はおそらく非常に困難であるため、本節ではここまでとしたい。

 

 ここからは多少遠い未来の話であるため、現実味が薄れるが、先述の基本クローンのDNAを編集ということに関して、地球規模の影響を考えると、似て異なる集団を攻撃する本能が発達したヒトという種において、生まれの基準が異なる別の集団を内部に抱えることは社会的不安要因になりうる。

 

 身近なところで『機動戦士ガンダムSEED』というアニメ作品の中では、特定の集団が出生前にゲノム配列を操作した結果、野生型とは別の集団として発展し、互いに戦争をする未来が描かれている。

 

 ヒトは、似て異なる集団を攻撃するという本能がもっとも発達した動物である。土地、食物、水が足りなくなった厳しい状況では、それらを分け合っている別の集団を殲滅した方が、自分の集団が生き残る確率が向上する。だから別の食物を摂取する他の種よりも、同じ食物を摂取する類似種の集団の方が、殲滅すべき対象なのである。こうした事実を説明したところで不愉快な思いをするだけなので学者達はあまり説明したがらないが、ホモ・サピエンスはネアンデルタール人の集団を殲滅し、唯一の存在として生き残った。[23andMeのその他の結果]の節で私自身のネアンデルタール人のDNAの割合を紹介するように、我々は個体としては数パーセント程度ネアンデルタール人のDNAを引き継いではいるが、集団として見た場合にはやはり殲滅したと考える方が適切だろう。逆に我々がネアンデルタール人のDNAを引き継いでいることが、2つの集団が同じ地域に住んでいたことの証拠なので、いったん争いが起これば、おそらく言語能力に差があったろうから、現代のようになるべく話し合いの姿勢で臨んだとは思えない。話し合いの通じる現代でさえ、現在もまだ19万人の死者が出ている。

 

 もしもヒトで似て異なる集団を攻撃する本能が弱ければ、猿にもいろんな種があるように、ヒトにも言語能力の異なる様々な亜種が存在してもいいはずである。言語能力に関してアフリカ人でもアジア人でも不思議なくらい平等で、米英に生まれば誰でも流暢な英語を話し、日本に生まれば不思議なくらいみんな英語が苦手である。それでも辞書を引きながらそこそこの意思疎通は図れるのに、事実として2014年10月現在イラクでは戦火が拡大中である。やはり敵を個人ではなく集団として認識して攻撃する本能が、ホモ・サピエンスはとても発達していると言えるだろう。もちろんよい方向の発達ではない。

 

 希少疾患を放置して感染症などで偶発的に天に召されるに任せているのは、日本以上にアジア諸国でも言えるので、NIPTの拡大により希少疾患への対応の問題を一気に解決するにも、周辺国にも情報が行き渡り利益がある形でオープンに進めるべきと思われる。その方が、国によってDNAのグレードが違うなどという、不必要な齟齬を生まずに済むはずである。

 


不妊という社会問題 - 男性不妊と父性年齢効果

 夫婦とも年月が経て高齢となるにともない不妊率が上がる。数値で示すと、女性側の不妊率は、20-24歳が5%、25-29歳が9%、30-34歳が15%、35-39歳が30%、40-44歳で64%となっている

 

 女性の不妊率が、個人差はあるだろうが、平均的には40歳を境に50%を飛び越えて跳ね上がる原因として、40歳台に達してしまうと、胚移植後の妊娠率が急激に低下することが挙げられる。図3の「妊娠率/総ET」と示されているのが、体外授精で受精卵を作るのに成功した後、その受精卵を着床させて妊娠するのに成功する割合である。グラフの左と右の両側に目盛りがあるため迷うが、おそらく右側の目盛りはレジェンドの一番右の「流産率/総妊娠」だけのはずで、「妊娠率/総ET」については左側の目盛りと思う。年齢的な妊娠の限界を、生殖の技術は進歩しても、基本は江戸時代のままと表現した記事もある。言い得て妙である。確かに進歩したのは技術だけで、卵子や精子そのものが進歩したわけではない。40歳を超えても支払いさえできれば不妊治療は続けることができるが、費用対効果の点から、言わば40歳が損益分岐点であろうと思われる。35歳の壁」と表現している記事もある。繰り返しになるが、個人差は見積もっていない。

 

 男性不妊の年齢変化については、近年の日本で頻繁に紹介されている研究結果として、ヨーロッパで行われたある研究から、男性の方が5歳年上という形で結婚する場合、実質的には男性不妊率の方が女性不妊率よりも問題というものが挙げられる。元のDunsonらによる文献を読んでも確かにそうなっているし、782人の女性がミラノ、ヴェローナ、ルガーノ(スイス)、デュッセルドルフ、パリ、ロンドン、ブリュッセルから対象とされたとあるので、非常にお金がかかったちゃんとした研究である。しかし、男性不妊が5歳年上で問題になるという結果を見た時、違和感を感じた方は多いのではないだろうか。直感的には10歳年上ぐらいで女性不妊と吊り合うような気がした。その根拠は何かというと、男性が結構ご老体でも女性が若ければ出生しているご夫婦を身近に知っているからである。具体的にはWHOの少し古い統計を元にしたグラフだと、あくまで不妊率ではなく、出生率という形であるが、男性側のピークは50歳ぐらいのところにあるように見える。この食い違いを現在のところうまくは説明できないが、詳しく研究すればするほど、不妊全体の中で男性不妊の占めるウェイトが大きくなりつつあるのは間違いない。

 

 Wikipedia英語版には男性不妊のページとは別に"Paternal age effect"(父性年齢効果)というページが設けられている。父性年齢効果というのは私が作った訳なので、複数の学会で通用する別の訳があれば読み替えていただきたい。しかし、同様の母親の年齢の方は"Adcanced maternal age"とWikipedia上でも別の表現になっており、用語の混乱が始まる兆しがあるので、グーグルを用いたヒットカウント分析を行う。2014年12月6日の結果である。

 

"高齢出産" 約 4,860,000 件

"Advanced maternal age" 約 483,000 件

"高齢妊娠" 約 90,600 件

"Advanced paternal age" 約 28,700 件

"maternal age effect" 約 21,900 件

"Paternal age effect" 約 18,900 件

"母性高齢" 約 142 件

(参考) "高齢授精" 4 件(実質的にはヒットなし)

"父性年齢効果" 4 件(本著が含まれる)

"父性加齢効果" 2 件

"母性年齢効果" 一致はありません

"男性高齢授精" 一致はありません

"父性高齢授精" 一致はありません

"父性高齢効果" 一致はありません

 

一応、父親の年齢によって起こる現象の方は、父性年齢効果で統一し、その行為の方は男性高齢授精で統一したい。しかし、どの用語も一般的でないことに代わりはなく、すでに母親の用語の方でも英語との対応が付けられないため、やはり複数の学会の間で用語を統一していただいた方がいいと思われる。これらの用語を選択した理由は、すでに本著で記してしまっているからという後ろ向きな理由が主である。男性高齢授精は、受精だと精子を受ける女性側の行為になるので、男性側の行為なので授精とした。男性不妊がmale infertilityとされていることから考えると、fertilizeをそのまま男性の行為に当てはめても英語では不自然でないはずだが、日本語訳は「受精[受胎]させる」となっていて、使役表現になっているため、男性受精と言っても男性受胎と言っても使役のニュアンスが省かれてしまって違和感がある。仕方なく授精とした。なお、高齢妊娠と高齢出産は、本著ではなるべく区別している。遺伝性疾患の観点からは、妊娠することと、無事に出産することは異なっているからである。流産の多くが生まれることさえできないほど重度の遺伝性疾患によるはずである。

 

 Wikipedia英語版の父性年齢効果のページによると、精子からの遺伝性疾患の導入があるだろうと皆が思って研究が進んでも、男性不妊や古くから父親の高齢により起こると知られていた軟骨形成不全症の他には、2014年に至るまでに自閉症と統合失調症のリスクしか出て来なかった。しかし、高齢妊娠の方でも同じ統計的な調査方法で染色体異常症以外に何かが出たわけではないため、結果として希少疾患の患者を調べて特定の希少疾患の統計が形成されることはあっても、稀すぎて100万~1000万人規模といった相当大型のコホート研究*でない限りは有効でない可能性が高いと思われる。

 

 しかし、[仮説の更なる展開...]でサンガー・インスティチュートの親子ゲノム比較の研究が示したように、良性の多型か病的変異かはっきりしないものを合わせて、約60個に及ぶde novo変異が子に導入されているということなので、自閉症とde novo変異の関連性の強さを考慮すると、男性側の高齢によってde novo変異で起こると知られている遺伝性疾患全般で罹患率が上がるという推測が成り立つ。そういった疾患の中で本著で既出のものは、アンジェリーナ・ジョリーが予防的乳房切除術を受けたBRCA1による乳がんである。BRCA1によるがんは常染色体優性遺伝のパターンをとるため、母からだけでなく父からも同様に遺伝して、息子でも稀に起こり、娘の場合は高頻度で死亡原因になる。

 

 父性年齢効果についてまとめると、de novo変異が中心であるためにGWASがあまり有効でないため研究に時間がかかっているだけで、男性不妊と同様に、子の健康を第一に考える立場からは、母親だけでなく父親も若いほうがいい、という話に何十年か後にまとまるであろうと思われる。しかし世の中の流れはまるで逆で、子育て中に職を失うといった社会保障に対する不安から、父母共にますます高齢化しているのが日本の実情である。

 

 

 国際比較として、日本の不妊治療クリニックの多さが端的に日本社会の抱えている矛盾を表しており、あくまで典型的なパターンとしての類推にすぎないが、若くして産めば子の疾患も自らのリスクとしても最小化できるのに、経済的な社会的な不安から、若い頃には中絶を繰り返し、[中絶による母体へのダメージ...]で述べるアッシャーマン症候群のダメージを蓄積し、結局高齢で子を産もうと決めた時には妊娠できずに不妊治療に散財してしまうという、悪循環が成り立ってしまっているのではないだろうか。繰り返しになるが、これは行為としては女性、男性、両方にあてはまる問題である。しかし、リスクは女性の方が高齢出産や排卵誘発剤により遥かに多く背負っている。

 

 当初、このトピックで養子と婚外子が整理されておらず、私が間違った理解をしていたため、以下に詳しく書き改めることになった。

 

 米国では、まず里親となることを望み、やがて養子縁組*する例が多いそうである。これはおそらく不妊と大きく関係していて、とりあえず里親となっている間に、年齢が進んで不妊治療が効果がないことが確定的となり、そのタイミングで養子縁組をするパターンが多いのではないかと推測する。里親の段階では法的拘束力が緩いため、親子としての愛情関係を築けずとも、平たく言えばキャンセル可能なので、リスクを最小化できる。不妊治療により徹底的に実子を望む日本とは対称的である**§。しかし、米国の方式は、過度に資本主義的に商業化されているようにも見え、他国から養子を輸入するところまで行ってしまっている**。米国の方式が、日本にとって見習うべきかどうかは、正直なところ、現時点では分からない。里親制度と養子縁組の違いは、里親制度が法的に拘束力が緩いのに対して、養子縁組は正式の親子関係である。日本では特別養子縁組という制度になる。

 

 現状、特別養子縁組を望める乳幼児の実数が分かりにくくなっており、現在は親はいるが養育不可能になったため乳児院や児童養護施設に預けられている場合が多い*ものを特別養子縁組を望む乳幼児の中にどのぐらい含められるかで、実数が極端に違っている可能性がある。日本でも不妊治療から養子に切り替える夫婦が多くなっている*一方で、実親が養子縁組に同意していない乳幼児が多い*とされている。早ければ早いほど親子の愛情をはぐぐみやすいといった点から、乳児院を通さない愛知方式に利点があると言われている*。おそらく、不妊治療中に、とりあえず里親制度を体験して、その結果により不妊治療を諦める、いわば予行演習でリスクを見込むというやり方が、日本では精神論的に生半可として、児童相談所などにより強く拒絶されているのではないだろうか。里親に金銭が支払われる、金銭が支払われない里親制度の枠がないか少ない、都道府県により里親制度が異なるといった部分が、もう少し緩和されてもいいのではないだろうか。

 

 婚外子により不妊の問題が緩和されるとも言われており*、因果関係としては里親、特別養子縁組ほど積極的に緩和されるわけではないが、結果的には婚外子が多い社会は、不妊が少ない社会になるであろうと思われる。他の先進国並みに何割といった多数の婚外子が、同棲やシングルマザーという結婚前の段階で生まれても、社会保障や周囲の理解として大丈夫な社会であれば、高齢になってから一人目の子を望むという生物学的に無理な課題が緩和されるはずである。しかし、他の先進国でそうなっているもう一つの理由は、中絶はいけないと言われるキリスト教国であるために妊娠したら中絶よりも産む方向に周囲が理解を示しやすいことが挙げられるため、仏教、神道、または無宗教の日本では、周囲が理解を示しにくいという、日本独自の事情があると思われる。それでも、日本でも法整備が進み、2013年にようやく婚外子の相続格差が違憲となり法改正された。

 

 全体的に不妊は社会のあり方の問題と言える部分が多く、特に中絶を許容して、婚外子をあまり許容して来なかったという先進国の中では違った体質を持っている日本独自の問題が大きい。里親ひいては特別養子縁組についても、婚外子ほど酷くはないはずだが、ウェブページを探してもまとまった情報が少なくて、特別養子縁組可能な乳幼児の実数が分からず、日本独自の閉鎖性のようなものがあるのではないだろうか。単純に高齢の夫婦の問題にして済むという性格のものではなく、男性不妊、父性年齢効果の影響も示されてきていることだし、高齢妊娠で染色体異常症が増えるということも考慮すると、若くして産める環境づくりをしないと、悪循環が今後も続いていくと思われる。

 



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