目次
はじめに
はじめに
宗教的表現について
研究者の方々へ - 検証中の仮説
外部リンクの表記、Android対応、訂正箇所のご指摘のお願い
概略
現在の症状
息子の誕生
さらに遠い通院へ
知らされなかった検査結果
アミノ酸分画検査結果
タンデムマス検査結果
合っているかもしれない仮説
閑話休題:創作話 トリケラお母さんの悲劇(# ゚Д゚)
DNA検査の実体験と仕組み
ミトコンドリアDNAの検査
ヒットカウント分析および共起性分析
23andMeのDNAアレイによる検査 - 販売停止命令に至る経緯
遺伝病とコモンディジーズの違い - 優性遺伝と劣性遺伝
ヒトはヒトであるが故にヒトの病を患う
コモンディジーズの検査方式 - アバウトなGWAS
23andMeの深刻な検査結果 - 統計の改善による影響
23andMeのその他の結果
エクソームシーケンシング
コモンとレアの重症度分布 - アレル頻度とエフェクトサイズ
個人向け遺伝子検査の選び方 - 罹患人口カバー率指標
閑話休題:製作物 DNAツリー
希少疾患と難病の制度および数値
希少疾患と難病の違いと制度的起源 - 日米欧比較
赤信号みんなで渡れば - 真面目な日本人の最悪の集団行動
もっとも希少な希少疾患 - 70億人にたった一人
もっとも正確な希少疾患の数 - 毎日約1つ希少疾患が増える?
希少疾患全体の罹患率 - 全部合わせると10~14人に一人
診断に至るまでの年数、または遅延 - 28年?!
GINA(ジーナ) - DNA検査時代の国民、患者を守る法制度
国民皆保険の功罪 - 患者をチェリーピッキングする医師達
節としてまとまらなかった事柄
希少疾患と感染症
感染症と希少疾患の関係 - 未診断の希少疾患という重症化因子
予防接種の健康被害としての未診断の希少疾患
希少疾患としての感染症 - 米国のAIDSの歴史
見えないところに死体の山
医師に頼らない因果関係の追求 - 脳症の本当の原因
更に複雑な感染症の話
医療訴訟が生み出す二次被害 - 無過失賠償制度の必要性
辛い記憶
両親を批判することについて
両親への間違った説明
辛かった学校生活
体育の次の時間に倒れてしまう
電車とバス
繰り返し運動による寝られぬほどの筋肉痛
食事の前後の発作
進化と感染症の間の遺伝性疾患
進化と感染症の間の遺伝性疾患
仮説の更なる展開 - 発見され増加を続ける希少疾患
卵子と精子の間の変異の導入の違い
感染症と遺伝性疾患で重度となる役割 - 男性淘汰進化説
絶滅のシナリオ - 感染症と遺伝性疾患の袋小路
進化のスピード調節 - もっとも強く訴えたいこと
進化と遺伝性疾患の「必然性の枠内の偶然性」
ダーウィンのUNdiagnosed
そして各論へ
遺伝学用語の混乱
遺伝学用語の混乱:genetic、遺伝か起源か
de novo変異 - 両親から受け継がれない優性遺伝の変異
個人向け遺伝子検査のガイドラインの乖離
みんなが保因者の劣性遺伝病? - 平均約10個の遺伝的荷重
劣性病的変異の健常者への影響 - 遺伝子プールの浄化説
あとがき
あとがき
これ以降分冊予定
▲▼そして各論へ
検証実験の山 - バッチ型検証実験の提案
希少疾患の中の更なる希少な患者群についての予測
環境因子か遺伝因子か
代謝異常についての進捗
遺伝子検査の2つの嘘
生まれの平等性または不平等性
▲▼生まれの平等性または不平等性
新型出生前診断と着床前診断 - 技術的に◯、倫理的に☓
生まれる前のDNA検査 - 科学的因果関係の追求ライン
技術としてのNIPT - 生まれのDNA検査の技術予測
我が子に故意に良くない遺伝因子を許容する親の罪
ディストピアな未来像 - 生まれの平等性が崩れた世界
不妊という社会問題 - 男性不妊と父性年齢効果
中絶による母体へのダメージ - 次の妊娠がうまくいく確率
着床前診断の問題点 - NIPTとの倫理的違和感
不妊治療としてのPGD - 不妊としての遺伝性疾患
生殖医療のリアルの写真
男女産み分けの国際比較 - 海外での生殖補助医療のリアル
着床前診断の潜在的なリスク - 子と女性へのリスク
フィルターされた人々による生まれの平等性、不平等性の支配
遺伝学用語の混乱:variation、多様性か変化性か
人権に基づく多様性、人権に基づく変化性
男性不妊と劣性遺伝病の完全予防 - 22世紀の精子起源工学
その他 - うまく分類できずとも価値のあるトピック
DNA検査の結果の公開 - シーケンシング機会の平等性
進化における神の概念
mtDNAとY染色体の永代性 - 未来の血縁者の不利益
奥付
奥付

閉じる


<<最初から読む

3 / 89ページ

研究者の方々へ - 検証中の仮説

本著では、仮説の検証の部分が、闘病記的な部分の間に埋まっているため、仮説だけを取り上げてどの節で述べているかリストアップする。

 

・単一遺伝子疾患が約23000個の遺伝子にばらけて希少疾患となる。希少疾患の発見は年々進み、20年後には、OMIMの単純化した基準で数えて10000疾患を超えるはずである。

[合っているかもしれない仮説][仮説の更なる展 - 発見され増加を続ける希少疾患][変異のスピード調節 - もっとも強く訴えたいこと]

 

・男性の最大の存在意義は、全てではないが、あらゆる遺伝型に対して女性よりも表現型として少しだけ大きく表れることである。その結果、男性は、主に感染症と遺伝性疾患で、生殖年齢に達するまでに女性より少しだけ高頻度に天に召され、子を産む個体をなるべく温存しながら淘汰が促進される。新しく発生した形質が、感染症により天に召される頻度を上げるか、下げるか検証するために、過酷なことに、男性ホルモンにより免疫抑制された感染症に敏感な状況を作り出し、その形質の生存率への影響力を引き上げることによって検証が行われる。遺伝性疾患についても、同様である。(男性淘汰進化説)

[感染症と遺伝性疾患で重度となる役割 - 男性淘汰進化説]

 

・男女の性差は、他種から見分けられるほど生存ひいては進化に不利である。しかし生殖のために自種からは見分けられる必要があり、進化的に男性の方が高頻度に天に召されなければならないため、それらの間のバランスで、現在の地球上で大繁殖に成功した動物ほど性差はほどほどに抑えられている。特に女性だけが患う致死的な感染症が起こると男性の価値がなくなってしまうため、感染症のウイルスや細菌から見ても区別できない程度の性差に抑えられている。実際、ヒト、マウスの仲間、ゴキブリの地球の制覇者3者では性差はほどほどに抑制され、逆にオスらしさの代表としてヒトの興味を引いたライオンといった種の方が、皮肉なことに乱獲により、絶滅しかかっている。これはヒトでなくて他の捕食者がいた場合も同様のはずである。

[絶滅のシナリオ - 感染症と遺伝性疾患の袋小路]

 

・日本で予防接種の健康被害が問題になるのは、欧米と違って希少疾患が5000疾患もあることを認識せず、希少疾患の診断率が低いまま予防接種を受けさせているからである。

[見えないところに死体の山]

 

・日本で予防接種が普及しないことにより、免疫が強くて100歳まで生き残ったセンテナリアンにとってのみ、自然環境で定期的に弱感染を受けるのと同じ状況をもたらし、結果的に小児が死亡してセンテナリアンが増えるという非常に特殊な状況を生み出している。全体的に先進国の医療の中に、予防接種のみ途上国以下の医療が生じた結果である。しかし、予防接種医療が後退してセンテナリアンが増えるという皮肉な結果により、自国の医療に問題があると国民の多くがまだ気がついていない。

[更に複雑な感染症の話]

 

・みんなが劣性病的変異の保因者であるという説明は科学的に事実ではない。保有している劣性病的変異の数は家系や個人で大きくばらつき、平均10個と考えると約20000人に一人はたった一つの劣性病的変異さえ保有していない。

[みんなが保因者の劣性遺伝病 - 平均約10個の遺伝的荷重]

 

・劣性遺伝病の患児が天に召されることで、遺伝子プールは浄化作用を受け、我々は健康を保っている。

[劣性病的変異の健常者への影響 - 遺伝子プールの浄化説]

 

 

動機として、実に多くの診断されない希少疾患が存在することを証明するのを目指し、その証明に説得力を持たせたいということもあって、漠然と開始した仮説と検証のシリーズだが、結局これだけの範囲が広がってしまった。もしできることなら研究者の方々からご意見をいただきたいと考えています。


外部リンクの表記、Android対応、訂正箇所のご指摘のお願い

 本著では根拠を固めるために外部リンクを多用している。特に重要な箇所については、文章の中の該当部分をアンカーテキストとする形で、外部リンクを張っている。それほど重要でないと思われる箇所については、脚注記号のようにしてアスタリスク「*」を文末などに挿入し、それをアンカーとしてリンクを張っている。アスタリスクを脚注記号として用いるのは、紙書籍ではごく普通の用法*であるが、その流儀に似せて電子書籍内のアンカーとして転用している。

 

 しかし、これでは、Androidタブレットで読む場合に不都合を生じる。PCのブラウザで読む場合には、例えば、Windows版のChromeだと、マウスオーバーさせると、画面左下にリンク先のURLが表示されるため、そのリンクが重いPDFか、普通のウェブページか検討がつく。しかし、Androidタブレットでは、PCに比較すると非力な機種であることが多いため、PDFを開こうとすると待たされる場合が多かったり、ダウンロードしたPDFを定期的に削除しないと容量が一杯になってしまったりする。特にスペックの高いAndroidタブレットでない限り、PDFを開くのはPC上だけで行った方が効率がいいと思われるが、現在のところ、Androidには長いURLを最後の拡張子まで含んで表示できるブラウザがGoogle Playのアプリの中から見つけることができない。かろうじてChromeブラウザでアンカーテキストを長押ししたときに短いURLだと最後まで表示されるが、長いURLは途中までしか表示されない。具体的には、このような118文字のURLの場合である。探した限り、118文字のURLの全長を表示できるブラウザは見つけられていない。

 

 もう一つの問題として、**というように2つの外部リンクが並んでいた場合に、タッチ操作では2つのリンクを区別してタップすることができない。ポインタによる操作が必要になるが、私が知るAndroidのバージョン4に関する限り、マウスなしのタッチ操作だけではポインタ操作用のUI*が利用できず、どちらのURLが表示されているのか、分からなくなってしまう。そこで、いかにポインタ操作可能なAndroid用ブラウザを比較しておく。201412月時点である。

 

Habit Browser - ウェブブラウザ

レビュー 4.3 合計 5,772

アップデート 20141216

URL表示 "/"記号で不必要に折り返しながらも、比較的長く表示される。

ポインタ操作有り

備考 Google Playでの説明にはマウスカーソルの説明はないが、(縦3点のメニューアイコン[すべてのメニュー][マウスカーソル]から使える。

 

Angel Browser

レビュー 3.9 合計 7,586

アップデート 2014125

URL表示表示できず。もしかするとやり方が悪いのかもしれない。

ポインタ操作有り

備考 カスタムメニューにカーソル表示を登録できる。ある5インチスマホで問題なく使用できたが、ある10インチタブレットでインストールできず。

 

Habit Browser classic

レビュー 4.4 合計 1,245

アップデート 2014815

URL表示  "/"記号で不必要に折り返しながらも、比較的長く表示される。

ポインタ操作有り

備考 Habit Browserに開発を移行したのとのこと。

 

Chromeブラウザ-Google

レビュー 4.2 合計 2,417,974

アップデート 2014124

URL表示  "/"記号で不必要に折り返しながらも、比較的長く表示される。

ポインタ操作無し

備考ベータテストのための拡張版であるChrome Betaは調べていない。

 

 アスタリスク「*」により日本語ウェブページへの外部リンクを示し、節記号§」により日本語PDFへの外部リンクを示す。また、ダガー」により英語ウェブページの外部リンクを示し、ダブルダガー「」により英語PDFへの外部リンクを示す。本来は2番目の脚注を1番目から区別するためにダブルダガーが用いられるのだが、本著では英語ウェブページと英語PDFを区別するために用いる。アンカーテキストとして外部リンクを張るのは、日本語のウェブページのみである。例外として、引用文献を示す際にタイトルをアンカーテキストとする場合のみ、日本語ウェブページだけでなく、Google Scholarのほぼ英語のウェブページへもリンクさせている。それ以外は、英語やPDFはアンカーテキストからのリンク先として採用せず、編集記号からの外部リンクとする。

 

言語\形式

ウェブページ

PDF

日本語

*(アスタリスク)

§(節記号、セクション)

英語

(ダガー)

(ダブルダガー)

 

 当初、アスタリスク一つ「*」の日本語ウェブページに対して、アスタリスク二つのダブルアステ「」により日本語PDFへとリンクしようとしたが、この編集記号がユニコードとShiftJISの非互換性にまつわりAndroidでは表示できない機種が多いことを知ったので、「§」へと置き換えることとした。上下に二文字が配置される共通性から、ダブルダガーと対照させて記憶に残りやすいことを期待してこの編集記号を選んだ。なお、本著ではPDF版の1ページと区別して、ウェブ版での1ページを「節」を呼んでいるため紛らわしいかもしれないが、現在では「§」が節の意味で使われるのは欧米の法律分野に限られ、それ以外で脚注の意味で使われることの方が多い

 

 なお、iPadはほとんど使った経験がないため、よく分からないが、同じような状況なのではないかと推測する。

 

訂正箇所をご指摘いただくための方法として、ブログとメールアドレスを示す。

 

http://sumikak.blogspot.jp/

kusatosu-m@yahoo.co.jp

 

 

本著は当初パブーで記したものを、Amazonに出品できるようWordを通して編集しなおしたものであり、2015年現在パブーで無料掲載しているものにいくらかの加筆修正を加えたものである。Amazonに出品することが目的なので、価格を抑えてなるべく試し読みの範囲を広くとってあります。現在も原因は不明であるものの、パブーからKindleで読むことができなかったため、Wordを介して再編集する必要があり、その分内容に多少の差異があります。今後内容を訂正更新していくのはAmazon版になり、パブー版は大きな訂正しか反映させることができません。ご理解のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。


現在の症状

現在の症状

 私の症状は一見、大したことがないように見えると思う。現在の主な問題はスタミナの短さにある。私は現在40歳代だが、まるで倍近く歳をとった80歳代の老人ぐらいのスタミナしかない。少し動いては休み、少し動いては休みしている。25歳から32歳まで職員として働いていた頃には、筋肉痛の方が大きな問題だった。いずれにしても、あくまで年齢を重ねた程度の一般的な症状しか示さない。このことが医師や周囲の人間の前で、逆に私を苦しめて来たのだ。

 

 特に夏場の暑さよりも冬場の寒さに弱く、毎年少しずつ症状が進行するので、最も冷えた今年の2月には気温15よりも下がるとゼィ、ゼィと息をしていた。それでも、立って歩けないということでは決して無くて、百メートルといった短い距離なら時々大きく息をしながらでも十分歩けるのだ。

 

 

 こうした易疲労性と言える症状は、覚えている限り子供の時から続いていて、そういった易疲労性について初めて医師に相談に行ったのは23歳の時だったと思う。その頃には「神経内科」の方が内科よりも診療科として適しているということさえ知らなかった。だから、転機となったのは、神経内科の門を叩いた時だったと思う。それは今から12年前の2002年の春だった。


息子の誕生

その前の年の2001年に、私と妻に息子が生まれた。私自身は易疲労性を認識し、内科へ通院したり、漢方薬を試したりしていたので、症状が遺伝するのではないかと心配だった。生まれた時に健康体だったのは幸いだった。しかし、半年ぐらい経った頃、妻が息子の定期健診で首の座りが非常に遅く、筋が弛緩したままなので赤十字病院の小児科に行くよう言われたとのこと。

 その瞬間、

「しまった、遺伝した!」

と思った。しかしそれでも、悩む妻の前で、それは私の病気が遺伝したのではないか、という一言が喉から出てこなかった。赤十字病院へ通院しても、息子の弛緩気味の様子はよくなりそうになく、妻との距離が開いていくのを感じつつも、結局のところ私は卑怯にも一人、神経内科の門を叩いた。それは、自宅から30キロメートルほど先にある筋疾患をみることができそうなHセンターの神経内科だった。

 神経内科はひたすら混んでいた。時間の感覚がよく分からなくなるぐらいの、数時間の待ち時間。結局のところ、この田舎では、総合的に診断を行えそうな神経内科は、そこしかなかったのだ。それでも通院を続けるうちに、K医師が検査入院をさせてくれるというので、入院して筋疾患の検査を行った。しかし、特に異常値は何も出なかったとのこと。落胆のうちに、次は筋生検まで行ってみるかと希望を尋ねられた。上腕二頭筋から筋肉の一部を採取して、顕微鏡で見るのだと言う。ここで愚かにも私は判断を誤った。

「メスを入れることで、腕の易疲労性が万が一、これ以上大きくなったら仕事に差し支えるかもしれない・・・」

 実際に採取するのはベテランの医師が執刀すればほんの僅かなのだが、そんな余計な心配をして、筋生検を受けないことに決めたのだった。

 

 その代わりに、頼ることにしたのは、体が痛くても働けるようにするための抗うつ剤だった。

 

 心療内科に通院を始めてから、妻との距離感がますます開くうちに、別居をするようになり、抗うつ剤の量は増えて行き、それでも筋肉痛と疲労感を抑えるために、飲酒の量も増えていった。

 最終的に一人、アパートで昏睡しているのを発見され、救急搬送となった。そのときの診断名は飲酒した状態で抗うつ剤の量を誤った悪性症候群だと言われたが、もしかすると、妻に筋疾患の検査を受けていたことを詳しく話していれば筋疾患の疑いを含んで別の診断名になっていたかもしれない。

 

 私が覚えているのは、とにかく筋肉痛を抑えなかればと躍起になっていたことで、寒さの中、一人、意識が遠くなっていくのは自覚していても、既に思うように体が動かなった。電話で助けを求めるため体を動かそうとする意欲もなくしていた。それが2005年の2月のことだった。

 今になって考えてみれば、加齢と共に筋肉痛と易疲労感が増していく中で、ただひたすらに焦っていたのだろうと思う。そのときにはすでに職場での仕事もうまくいかなくなった後だった。

 

 退院後には技官のような職位で勤務していたS研究所を退職することにした。当時、職場の方々に大変な迷惑をかけることになってしまったことをもう一度ここで謝罪しておきたい。

 

 昏睡していた間に、左腕を体幹の下側に敷く形になっていたため、神経が圧迫されて左上肢のリハビリに半年以上を費やすこととなった。3級の身体障害者手帳が交付されたが、結局は健常者と見た目分からないぐらいまで改善したため、数年で返却することにした。

 

 遅れながら、という形になってしまったが、退職後にK医師の元で筋生検を行う運びになった。この時に左腕が一見改善していたことと、Hセンターではなく別の病院に救急搬送されていたため、認識に手違いがあり、不自由であった左腕から筋生検の検体を採取するという運びになった。私の方も

「ベテランのK医師が左腕で大丈夫と言うのだから・・・」

という曖昧な認識でいた。この手違いによって後に思いもよらぬ結果に困惑することなった。K医師によるとミオフィブリルラーミオパチーという、極めてめずらしい種類の筋疾患なので、確定診断のために、もう一度筋生検をするのだと言う。これも同じく左腕から採取した結果、何か最初の筋生検と二回目の筋生検の間で矛盾点があるのだという。この時に、素人の私の目にも、左腕の神経を傷つけた影響が出たのだろうと検討がついた。しかし、そのことを追求しようにも、K医師は、

「もしかすると・・・あの(麻痺の)影響が出たのかもしれないねぇ・・・」

と、言葉を濁すばかり。さすがに2回の筋生検をしてしまってからでは、他の医師に紹介することもためらう様子だった。

 

自動車の運転はなんとかできると油断していたため、Hセンターへの通院からの帰宅中に前の車に当てるという事故を起こしてしまった。当時、車で1時間、電車とバスで2時間という距離であったため、易疲労性を考慮しても車の方がよいと総合的に判断したつもりだった。結果的にそれは間違いだった。

 雨で水たまりができていたのか、私の足がバカになっていたのか、それとも両方なのか。とにかくブレーキを踏んでも効かず、いけないと思って反射的に力を増し入れしてもやはり効かず、前の車と衝突してしまったのだ。幸い、前の車には運転者一人だけが乗っており、その運転者に怪我はなかった。その事故以来、20143月の今日まで自動車の運転は一度もしていない。

 

 HセンターでK医師の無意味な言葉を聞くために通院して、自動車事故で他人や自分を傷つけかけるということにひどく失望した。ここに来て、いったん、検査を諦めて、念の為にカルテの開示請求をしてから、Hセンターへの通院をあきらめることにした。しかし、後に開示請求しておいたカルテが思わぬ役に立つことになった。

 

 だんだんと距離が離れていくことに矛盾を感じつつも、自分の判断でHセンターより向こう、およそ100キロメートルの距離にあるK大学病院へと通院先を変えることになった。Hセンターでの検査の間に、筋ジストロフィーの疑いがあるとも言われていたため、遺伝子検査を受けるためにK大学病院の小児科に先に通院し、その後で同大学病院の神経内科にも通院することになった。

 このときに、小児科と神経内科の対応に違いがあるのに気がついた。小児科のM教授は、私の診察の際にぐるりと周りを若い医師の方々に囲まれながら言われた。

Hセンターからの説明にある・・・散見されるって・・・遺伝子の違うものが混じってる?」

「え、そんなこと一人の人間の中であるんですか?」

驚いて、思わず私が答えたのに応じて先生は続けられた。

「いや、あるんだよ。ものすごく稀だけどね」

それっきり黙ってしまわれて一切何も言わずに診察が終わった形になってしまった。

 

 それに対して神経内科のK特任教授の口調は滑らかだった。

「僕も世界中の全部の病気を知ってるわけじゃないけどねー、これだけ検査して何も出ないんじゃ、病気じゃないってことじゃないかな」

 

 さすがにこれだけ遠い病院まで来て、教授クラスの医師にそう言われると、何か納得いかないものを感じながらも、意気消沈して帰途につくしかなかった。ただ、先に小児科の方の診察を受けていたために、対応の違いには気づいていた。おそらく、小児科の場合には、最終的に確定診断できなくて小児が死亡してしまう症例がありうると思っているのだと感じた。それに対して、神経内科の方は長く生きてきた成人を見ているために、そこまで確定診断がシビアだとは考えていないのではないか。それが私の印象であった。

 


さらに遠い通院へ

 その頃には、ある病気の症状が私の症状に近いのではないかと思い当たるものがあった。周期性四肢麻痺とか先天性パラミオトニーと呼ばれる病気である。この時の私の心境としては、すでに2つの病院の神経内科で診断してもらえないという状態に陥っていたため「(わら)をもすがる」に近いものがあった。

 調べるうちに、K大学病院からさらに30キロメートルほど電車を乗り継いたO大学病院に、米国から同疾患を専門として研究して帰国したT助教がおられることが分かり、遠い遠い通院の日々が始まった。具体的には、針筋電図という検査で先天性パラミオトニーを検査して、CMAPという特殊な筋電図検査で周期性四肢麻痺を検査するのだという。特にCMAPという検査は設備はあっても練度の問題などで日本で施行できる病院が少ないのだという。

 

「ともかく一度検査してみましょう」

 T助教の言葉に勇気づけられて、CMAP検査を受けたのだが、結果は陰性。針筋電図の方も、Hセンター、K大学病院でもそうだったように陰性であった。ガクリと肩を落としていたところに、海外から思わぬ検査結果が帰ってきた。ドイツからの航空便の消印が入った、その検査結果の封書を開いた時、次の1行に目を疑った。

 

Potential diagnosis: Paramyotonia Congenita (Eulenburg)

考えられる診断名:先天性パラミオトニー(オイレンブルク病)

 

 実は、CMAP検査を受けられる病院を調べている過程で、PPAという米国の周期性四肢麻痺の患者会のホームページで、ドイツのL教授へとDNA検査を依頼できることを知り、何とかドイツへと血液検体を届けていたものだ。その検査結果が返って来たのだった。実際には、血液検体を海外へ送るために、EDTAという薬品が入った透明の容器に注射器で私の血液を抜いて渡してくれる病院を探すのに何件もの神経内科、内科の医師を探し歩いていた。さらに海外に血液検体を送るための手順はかなり複雑で輸送費も嵩んだ。その結果がようやく報われたのだ。ドイツからのDNA検査の結果を読んだ時に、当時はDNA検査の知識がなかった私は、本当にそう信じ込んだものだった。

 そのことをT助教に伝えると、本当に驚いた様子だった。ドイツのL教授というのは、その道では誰もが疑わぬ第一人者であったからだ。そしてさらに腕を氷に晒したり運動させたりして、条件を変えて筋電図を測定し直すことになった。そしてそのどれもがことごとく陰性となった。

 当時、ドイツのDNA検査の結果と日本の検査の結果の違いに、頭の中が混乱してうまく説明できなかったが、今にして思えば次のことが起こったのだと思う。

 ドイツへの問診票には、筋電図検査を受けたかどうかを記入する欄があったが、筋電図検査の結果を書き込む欄はなかった。さらに、近親者に症状があるかどうかを記入する欄があったが、息子の具体的な症状については書き込む欄はなかった。あるいは、私の英語力が不足していて何らかの勘違いが生じてしまった。その結果、せっかく遠い日本からはるばる送ってきた血液検体なのだからと、L教授は手順を一部緩和して検査結果を書き込んでしまった。それに対して、T助教の方はより厳密な方法を求めたのだと思う。

 私の未熟な英語に混乱しながらも、何とかT助教とL教授の間で電子メールのやりとりが成立したらすぐに、L教授は検査結果が厳密なものでなかったことを、あっさり認めてしまった。

 言わば、全てが糠喜びだったのである。

 

 その頃には、より厳密な検査結果を追求するには、DNA検査の結果に基づいて、細胞培養による検証実験を行わなくてはならないことに、ようやく私も気づいていたところだった。この実験は、T助教によれば7年前に初診を受けた患者に対して行っているところで、筋電図検査の結果が陰性の私には、到底割り当てる余裕はないのだという。更に悪いことに、L教授の方もDNA検査の結果を見直して、私のDNA検査の結果見つかった変異が症状を引き起こしている可能性は"very very low"と言い始めてしまった。L教授の元では日本のように7年待つという状況ではないと思っていただけに、私には大きなショックであった。

 しかし、その頃には、私の息子の筋弛緩様の症状は成長とともに消えていった。そして、私の息子を診察およびDNA検査したT助教からL教授に、彼の息子は彼と同じ変異を持っているが健康であるという報告がなされてしまったため、私はとてもバツが悪かった。私は健康体である息子を自分の診断結果を得るために利用しているかのような自己嫌悪に襲われた。ほんの一瞬でも、息子が自分と同じ病気でいてくれたらと、罰当たりな想像をふくらませなかったと果たして言い切れるだろうか? 健康そのものの息子を130キロメートル離れた病院に連れて行く間に、その力強い一歩一歩が妬ましいと思わなかったと、果たして言い切れるだろうか? 当時、もしも診察を受けさせてもらえなくなると困るのでT助教には伝えていなかったが、電車の中で他の乗客の上にフラフラともたれかかってしまったり、駅のエスカレータから転び落ちたりといったことが稀に起こっていた。

 

 こうして、SCN4Aという遺伝子にあるc.5468C>G、別名P1823Rという私と私の息子の変異は、病因性の可能性は低いが、それでもゼロではないため、別の誰かに検証実験を行ってもらわなければ完全に病因性がないとは言い切れない状態となってしまった。分野が違うとは言え技官をしていた私の経験からすると、これはHEK細胞を使ったパッチクランプ実験のルーチンの完成しているラボではそれほど難しい実験ではないが、1年に1件だけを検査するといった遅いペースで回すのはとても苦しい実験だと思える。もしももっと研究性の高い研究室で行う体制があったなら私も検査してくれたのかもしれないが、そこまで苦しい検証実験を臨床寄りの研究室で行ってくれというのは困難な状況であった。



読者登録

草戸 棲家さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について