目次
はじめに
はじめに
宗教的表現について
研究者の方々へ - 検証中の仮説
外部リンクの表記、Android対応、訂正箇所のご指摘のお願い
概略
現在の症状
息子の誕生
さらに遠い通院へ
知らされなかった検査結果
アミノ酸分画検査結果
タンデムマス検査結果
合っているかもしれない仮説
閑話休題:創作話 トリケラお母さんの悲劇(# ゚Д゚)
DNA検査の実体験と仕組み
ミトコンドリアDNAの検査
ヒットカウント分析および共起性分析
23andMeのDNAアレイによる検査 - 販売停止命令に至る経緯
遺伝病とコモンディジーズの違い - 優性遺伝と劣性遺伝
ヒトはヒトであるが故にヒトの病を患う
コモンディジーズの検査方式 - アバウトなGWAS
23andMeの深刻な検査結果 - 統計の改善による影響
23andMeのその他の結果
エクソームシーケンシング
コモンとレアの重症度分布 - アレル頻度とエフェクトサイズ
個人向け遺伝子検査の選び方 - 罹患人口カバー率指標
閑話休題:製作物 DNAツリー
希少疾患と難病の制度および数値
希少疾患と難病の違いと制度的起源 - 日米欧比較
赤信号みんなで渡れば - 真面目な日本人の最悪の集団行動
もっとも希少な希少疾患 - 70億人にたった一人
もっとも正確な希少疾患の数 - 毎日約1つ希少疾患が増える?
希少疾患全体の罹患率 - 全部合わせると10~14人に一人
診断に至るまでの年数、または遅延 - 28年?!
GINA(ジーナ) - DNA検査時代の国民、患者を守る法制度
国民皆保険の功罪 - 患者をチェリーピッキングする医師達
節としてまとまらなかった事柄
希少疾患と感染症
感染症と希少疾患の関係 - 未診断の希少疾患という重症化因子
予防接種の健康被害としての未診断の希少疾患
希少疾患としての感染症 - 米国のAIDSの歴史
見えないところに死体の山
医師に頼らない因果関係の追求 - 脳症の本当の原因
更に複雑な感染症の話
医療訴訟が生み出す二次被害 - 無過失賠償制度の必要性
辛い記憶
両親を批判することについて
両親への間違った説明
辛かった学校生活
体育の次の時間に倒れてしまう
電車とバス
繰り返し運動による寝られぬほどの筋肉痛
食事の前後の発作
進化と感染症の間の遺伝性疾患
進化と感染症の間の遺伝性疾患
仮説の更なる展開 - 発見され増加を続ける希少疾患
卵子と精子の間の変異の導入の違い
感染症と遺伝性疾患で重度となる役割 - 男性淘汰進化説
絶滅のシナリオ - 感染症と遺伝性疾患の袋小路
進化のスピード調節 - もっとも強く訴えたいこと
進化と遺伝性疾患の「必然性の枠内の偶然性」
ダーウィンのUNdiagnosed
そして各論へ
遺伝学用語の混乱
遺伝学用語の混乱:genetic、遺伝か起源か
de novo変異 - 両親から受け継がれない優性遺伝の変異
個人向け遺伝子検査のガイドラインの乖離
みんなが保因者の劣性遺伝病? - 平均約10個の遺伝的荷重
劣性病的変異の健常者への影響 - 遺伝子プールの浄化説
あとがき
あとがき
これ以降分冊予定
▲▼そして各論へ
検証実験の山 - バッチ型検証実験の提案
希少疾患の中の更なる希少な患者群についての予測
環境因子か遺伝因子か
代謝異常についての進捗
遺伝子検査の2つの嘘
生まれの平等性または不平等性
▲▼生まれの平等性または不平等性
新型出生前診断と着床前診断 - 技術的に◯、倫理的に☓
生まれる前のDNA検査 - 科学的因果関係の追求ライン
技術としてのNIPT - 生まれのDNA検査の技術予測
我が子に故意に良くない遺伝因子を許容する親の罪
ディストピアな未来像 - 生まれの平等性が崩れた世界
不妊という社会問題 - 男性不妊と父性年齢効果
中絶による母体へのダメージ - 次の妊娠がうまくいく確率
着床前診断の問題点 - NIPTとの倫理的違和感
不妊治療としてのPGD - 不妊としての遺伝性疾患
生殖医療のリアルの写真
男女産み分けの国際比較 - 海外での生殖補助医療のリアル
着床前診断の潜在的なリスク - 子と女性へのリスク
フィルターされた人々による生まれの平等性、不平等性の支配
遺伝学用語の混乱:variation、多様性か変化性か
人権に基づく多様性、人権に基づく変化性
男性不妊と劣性遺伝病の完全予防 - 22世紀の精子起源工学
その他 - うまく分類できずとも価値のあるトピック
DNA検査の結果の公開 - シーケンシング機会の平等性
進化における神の概念
mtDNAとY染色体の永代性 - 未来の血縁者の不利益
奥付
奥付

閉じる


<<最初から読む

61 / 89ページ

劣性病的変異の健常者への影響 - 遺伝子プールの浄化説

 集団遺伝学について調べるうちに、劣性病的変異がヘテロ接合、つまり父母由来の2つの染色体のうち、片方だけに変異がある状態であっても、ホモ接合、つまり両方に変異がある状態よりは軽いが、何パーセントか個体の健康に影響が及ぶという記述に出会った。すでに否定された考え方を歴史的に紹介しているだけなのかと思ったら、木村資生による1988年の著書『生物進化を考える』にも以下のようにまともな説として記されていた。

 

 ただし、ここで注意しておきたいのは、これらいわゆる劣性致死遺伝子が有害効果に関し完全には劣性でなく、ヘテロ接合でほんの少し、すなわち、二%ないし五%くらいハエの生存力を低下させるという事実である。これは最初、H・J・マラーやスターテバント(A. H. Sturtevant)によって可能性が指摘され、一時はドブジャンスキー一派の強力な反対を受けたが、のちのJ・F・クローや向井輝美教授らの大規模な研究によって、正しいことが確証されたものである。

176ページより)

 

 すでに述べたように「劣性」有害遺伝子は、ハエでは完全に劣性でなく、わずかながらヘテロ接合の状態で有害効果を表す。人間では確認はないが、同様の可能性があり、遺伝病とは言えないが、各人に特有な(親ゆずりの)健康障害のかなり重要な部分はこのようなヘテロ接合の結果である可能性がある。

180181ページより)

 

 木村資生と書いてしまったが、良性の多型やSNPといった、病的変異でない変異がほとんどであるという考え方の先駆けの方らしく、本来は先生と書くべきであろうが、先生というのは呼ぶ側の依頼心を強調するようで好きではないので、このまま通したいと思う。故人であられるので、この偉大な集団遺伝学の先駆者のご冥福をお祈りしたい。

 

 マラーによると、一人あたり35個の有害劣性変異を持っているとのことだが、前の節で用いた10個で考えてみた。具体的には、Google Spreadsheet上で、

 

B2=((10^A2)*exp(-10))/FACT(A2)

 


というポアソン分布の式を入力して計算すると、
B2の逆数、つまり何人当たりに一人という数値が10万に最も近いのは、有害劣性変異が26個の場合であった。グラフとして示しておく。

 

 

 このように、平均10個という一見それほど深刻とは思えない数値の裏で、10万人当たりに一人、26個もの有害劣性変異を持つ人口が紛れ込んでいることになる。10万人当たりに一人というのは、稀なようだけれども、健常者の中から希少疾患の患者を医学の歴史の中で見つけてきた頻度なので、うまく条件をつけることができれば希少疾患として認めることができる数だと思う。

 

 その条件として考えたのが、代謝経路、すなわちパスウェイ上に連続する劣性変異のヘテロ接合の累積的有害性という仮説である。次の図に示すように、例えば3個の劣性変異のヘテロ接合が、代謝経路上に並んでしまったとする。酵素124が変異した酵素で、酵素3は野生型の酵素である。酵素3を挟んだのは、間に正常なものが含まれても、変異したものが経路上に連続して存在しさえすれば、この条件が成り立つことを示したいからだ。

 

 各変異酵素が野生型酵素に対してどのぐらいのスループットを持つかについては、マラーらの言う35%の生存率の低下からの数値として、96%をとってしまうと、患う数ではなく死んでしまう数になっていると思うので、ざっくりと80%のスループットを持っていると仮定する。酵素の発現はフィードバック調節されているが、片側の染色体だけでは、完全には調節しきれず80%に落ち込むと考える。すると、変異1個あたりでは80%へと減じるだけだが、3個連続すると、およそ50%まで減少する。もしも60%に発症の閾値があったなら、この患者は確かに劣性変異のホモ接合も、複合ヘテロ接合も持っていないが、それでも発症していることになるのではないだろうか?

 

 もしかすると、[23andMeの深刻な結果...]で示したように、私の糖尿病と痛風の予測罹患確率が高いのと関係があるのかもしれない。糖尿病は特に原因遺伝子を特定できず「遺伝学者の悪夢」と呼ばれたが、GWASの登場でDNA検査で取り扱うことができるようになったコモンディジーズとして知られている。代謝異常に関係しそうな2つのコモンディジーズと、[タンデムマス検査結果]で示した現在も原因不明なままのアシルカルニチン分画の異常値は、うまくすれば、この累積的有害性から説明できるのかもしれない。・・・ほぼ確定診断不可能かもしれないが。もしかするとコモンディジーズで原因遺伝子が特定できず、GWASに頼っているのは、原因遺伝子が多数あるというよりもむしろ、決定的な原因遺伝子というものは存在せず、多数の劣性変異のヘテロ接合の累積的有害性によるものなのではないだろうか?つまり、発症に必要な劣性変異がこれと決まっているわけではなく、ある代謝経路上にあればどの酵素の劣性変異でも構わないというような形で、ある経路上のどれか1つ、2つ、また別の経路上のどれか1つ、2つ、そして合わせて3つというような形で遺伝因子を形成するならば、最終的に原因遺伝子が巨大な集合として存在しても、寄与がばらばらであることによって特定することに意味はないかもしれない。

 

 少しまとめたい。重度の病的変異を健常者が保有している数として平均10個を採用すると、ポアソン分布からおよそ10万人に一人26個もの変異を有する人口が存在する。これほど多くの変異を有すると、それらが代謝経路上の酵素として連続してしまう可能性が高くなり(まだ試算していないけれども)、結果的にどこかの代謝経路で代謝異常症を引き起こす閾値を越えてしまう現象が生じているのではないだろうか。

 

 これからは、劣性変異のヘテロ接合で、複合ヘテロ接合でなくても、同じ代謝経路上に変異がないか注意して見る必要があるかもしれない。非常に発見しにくいとは思うが。

 

 そして最終的には、劣性遺伝病の患児が天に召され続けることで、我々は今日も生きていけるのだという、仮説が成り立つ。図を描いた。

 

 前の節で述べた、劣性遺伝病で患児が亡くなるほど、その集団の遺伝的荷重が減るということ。そして、マラーらの言う遺伝的荷重は健常者の健康にも軽度に害をなしていること。この2つを繋ぎ合わせると、患児が亡くなることで遺伝子プールは、言ってみれば浄化されているのではないだろうか?我々が今日、遺伝的荷重に押しつぶされずに生きていられるのも、長い歴史の中で患児達が天に召されてきたからではないだろうか?

 

 更なる検証が必要だが、こう考えると、劣性遺伝病については、ただ単に進化の犠牲という、比較的遠い因果関係よりも、社会全体が健康に生きていくための直接的な犠牲である。

 

 

 そういう意味では、不幸にもロシアンルーレットにあたってしまった、劣性遺伝病の患児にたいして、社会全体として感謝すべきであり、患児への社会的、経済的サポートを、より充実すべきなのではないだろうか?


あとがき

最後までお読みいただきありがとうございました。本著の冒頭で申しましたように、本著にはパブー版Kindle版があり、Kindle版の方の訂正・更新を優先しておりますが、パブー版の後半には、まだまとめきれてはいないのですが、新型出生前診断、着床前診断、精子起源工学といったより生まれの不平等性をどのように根本的に解決するかという議論が含まれます。そちらもまたの機会に参照いただければ著者としてこれ以上の喜びはありません。

 

著者略歴は、本著そのものが経歴を示しているので、省かせていただきたい。

 

 本書では、特定の医師個人を批判しないよう、病院名、医師名を仮名として、極力配慮させていただいたつもりである。私自身も作家名を使っている。検査会社などの社名についても、当初仮名にした方がよいのではないかと迷ったが、最終的には、情報としての価値を損なわないよう、そのまま記すことにした。

 

 柳澤桂子さんによる『認められぬ病』という著書は、私の闘病を支え、私に本書を書くに至らせた作品であるが、同時に、私は、医療を批判し、医師を批判するだけでは、何も変わっていかないのではないかとも感じていた。今にして思えば、患者自身ができることをやり、医学英語を学び、オープンアクセスの医学論文を読まなければ、既にリソースの制限された中で、日本の医療はよくならないと漠然と感じていたのだと思う。かと言って、結局のところ私に、柳澤氏のようなみずみずしい文章が書けるわけでもなかったため、どうしても説明調の文章が多くなってしまった。『認められぬ病』がノンフィクション・ノベルとして著されたのに対して、本著はノベルというほどの文章ではないのだが、医師や家族らとの会話の一つ一つをボイスレコーダーでメモしていたわけでは決してない。そういう意味で、会話については、どうしても小説的な要素があると認めざるをえない。

 

 将来的に紙の書籍として出版することを目指しております。

 もしもご助力いただける出版社の方がおられれば、コメント欄やメッセージ、または、kusatosu-m@yahoo.co.jpまで、ご連絡いただけると幸いです。

 研究者の方からのご連絡もお待ち申しております。

 

 


▲▼そして各論へ

▲進化と感染症の間の遺伝性疾患

▼そして各論へ

 

 前の章「進化と感染症の間の遺伝性疾患」では、かなり複雑な内容を系統的に説明する必要があったため、節を順番に読まないと途端に分かりにくくなるという、緊張感に張り詰めた章となってしまった。この反省から、次の章「そして各論へ」では、あまり順番に読まなくても大丈夫と考えられる、どちらかというと、前の章からはじき出された節を収録することとした。言葉を変えれば、読まなくても本著の残りの部分にはあまり関係がない。

 

 その後の章の「生まれの平等性または不平等性」では、DNA検査の応用的な、そして、倫理的な、生まれを操作する技術について取り扱うため、再び緊張感を必要とする配置とした。

 


検証実験の山 - バッチ型検証実験の提案

 dbSNPは、一見何の変哲もない米国政府が管理している生物学情報のデータベースだが、希少疾患の患者が診断される際に、命運を分けるのはこの部分である。

 

 [ミトコンドリアDNAの検査]の節で示した、次の図を思い出していただきたい。変異を発見した時点では病因性不明なので、検証実験を行う必要がある。

 

 先ほどの図で、変異を発見してからそのまま検証実験へとつながっているが、実際のところは、変異を発見したらdbSNPにその変異が登録されていないかデータベースを検索し、登録されていなかった場合のみ検証実験が必要という流れになる。[ミトコンドリアDNAの検査]の節ではMITOMAPというmtDNAの変異データベースを検索したと述べたが、極めて短いmtDNAの変異だけでなく、膨大な量の核DNAの変異を収録している既成標準のデータベースがdbSNPである。

 

 地球上のどこかで、他の医師や研究者が、別の患者からDNA検査で同じ変異を発見していれば、彼らが検証実験を既に行ってdbSNPに登録した可能性がある。また、逆に病的変異ではなく、良性の多型としてどの民族の何パーセントの人口が保有しているとして登録されている場合の方が多く、そういう登録があれば、先ほどの図で右下の良性の多型の方に向かい、一応、その変異は病的変異の探索対象から外すことになる。「地球上のどこか」という表現で示唆したいのは、実は当然ながらどの民族でどんな良性の多型が存在するかというのは、先進諸国が集中しているヨーロッパ人でしか十分な情報が蓄積されておらず、アジア人がそれを後追いしている。その最先鋒がもちろん我らが日本**・・・と言いたいところだが、もしかすると数値を検討すると中国からdbSNPへの登録の方が多いかもしれない。

 

 いずれにしても、dbSNPに登録することで、世界中のあらゆる患者で発見された変異が、人種や民族を超えて病的変異かどうか判定できるようになるので、dbSNPに変異を登録するというのは、特別な意味がある。研究者にとっては誇りとすべき研究成果の発表ということになるのだろうが、患者にとっても、その同じ病的変異を持っている地球上のどこかの患者は、その病的変異のせいで自分と同じように苦しみ、もしもその病気で既に亡くなったとすれば自分も似た様子で死ぬであろうことが想像できる。やろうと思えば、登録を行った研究者によっては、その病的変異の患者や遺族と連絡をとってくれるかもしれない。これは、考え方によっては、ある意味、人種や民族を超えて、自分の兄弟姉妹というか分身を探していると言っても過言ではないかもしれない。

 

 我々は兄弟姉妹が自分と似ているのは、DNAの四分の一を共有しているからだと知っているし、その事実によって実際に体質が似ているため親しみを覚えるのだが、たった一つの変異であっても、その影響力が病的変異と言えるほど大きければ、科学的に言うとエフェクトサイズの大きな変異であれば、同じ変異の患者と表現型、つまり症状だけでなく人生や生き方を共有していると考えられる。DNA上の共通性により自分にとって特別な存在だと認識するのは、兄弟姉妹といった肉親と、同じ変異を有する患者同士の間で実は同じことなのである。ある意味、これが患者会という特別な組織を支えている支柱部分であろうと思われる。DNA検査の時代に突入して、患者会は自分と同じ病的変異や症状を持つ患者を探して、一番の関心事としてはどんな薬が効いたかとか、そういう情報を交換するという、より重要な意味を持つようになったのではないだろうか。それを地球規模でやれるのがdbSNPであるという考え方もできる。・・・英語の壁さえなければだが。

 

 当然ながら、全て英語で説明されているために、日本人で患者がdbSNPを検索しているという例はほとんどないはずだが、英語圏では少しずつ普通のことになりつつある。なにしろNIHパブリックアクセス義務化を行い、患者が読めるよう英語の学術論文を無料にしてくれる米国政府が、その学術論文に出ている変異について、データベースを無料で提供しているのだから、試しにどんなものか使ってみないわけがない。小中高の理科の先生をやっていた患者とかに多いパターンなのではないだろうか。主に自分の祖先を調べている健常者を対象にしているが、言わばdbSNPのお手軽なバージョンとして、SNPediaというdbSNPから一部分だけ抜き出したようなデータベースがある。また、シーケンシング結果からdbSNPを参照するためのサービスであるドイツのGene-Talkでは、あなたのエクソームシーケンシングの結果を良性の多型を収集するために我々に提供してくれませんか、と尋ねられる。これも目的が良性の多型を収集して病的変異の候補から排除するためなので、健常者が対象なのだが。これらがそれなりに賑わっているということは患者でdbSNPを検索してみようとする人口も存在すると思われる。

 

 ただ、少し凝ったことをやろうとするとGene-Talkでは定形なことしかできなかったり、Gene-Talkで自分が操作した結果をどのぐらい信頼していいのか分からなくなったりするため、dbSNPそのものの中身を直接確認したいと思う場合も多いのだが、dbSNPを直接検索するのは覚えることが多くて面倒である。試しにちょっとだけ使ってみることはできても、十分に使いこなしているのは今のところ英語圏でも研究者に限られるはずだ。日本の研究者の中でもdbSNPを使いこなせているのは一部のはずだ。日本が米英よりも少し遅れる形でゲノム支援という超大型予算を国家プロジェクトとして組んでいるのは、おそらくそういう事情である。英語の壁に悩まされて、なかなか末端までDNA情報を使いこなせる研究者が育っていない。しかし、日本語の情報が増えれば、自然と問題が緩和されるであろうと期待できる。

 

 研究者が日本人の良性の多型をたくさんdbSNPに登録してくれればくれるほど、私がエクソームシーケンシングで得た疑わしい変異の大半を、良性の多型と判定して検証実験の検討対象から外すことができる。もちろん、早くに検証実験を行うのに越したことはないのだが、正直なところ、私自身も、SCN4Aという病因性不明の変異がある私の遺伝子について検証実験を行ったところで、健常者と患者の中間の数値となって結局やはりそれ単体としては疾患とは診断できないのではないかと考えている。本当のところは、他のもう一つの疾患である先天性代謝異常症についてタンデムマス検査が陽性となっている結果と合わせると、それなりの合併症を起こしそうだという、あくまで推測に基づく結論の方が、望めるのではないかと思う。そういった面倒な割に中間的な結果となりうる検証実験が次々に必要となってしまう状況から、この節のタイトルにある、バッチ型検証実験の提案へ結び付けたい。

 

 疑わしい変異を持っている患者が出る度に、一回々々検証実験を検討していたら、いつまで経っても完了しない検証実験の山が残ったままである。患者としてはそれなりの重症度があっても、複数の希少疾患を同時に患っている可能性が考えられ、1つの希少疾患だけで見ると軽度と考えられる患者ほどますます取り残されているという現実を、私自身が今、現実に味わっている。だったら、もっとバッチ方式で効率よく検証実験を行い、早くに学術発表できる合意づくりをすべきなのではないか、それを世界に率先して日本でやれるのではないか、そういうことが手先は器用だが英語苦手国家の我々がdbSNPに貢献する道なのではないか、そういう提案である。しかし、この場合は、軽度の症例が自然と多くなるので、患者の方にもそれなりの心づもりが必要である。検証実験の結果として陽性とならなくとも、数値として健常者の間では高めか低めかという検査結果だけを得ることで、患者の方も納得をして別の疑わしい変異の方を検討するという、合意づくりが必要なはずである。

 

 今後ますます、順調に高速化しつつあるシーケンサーの性能よりも、検証実験の効率が患者の診断を律速すると思われる。患者からDNA検査で疑わしい変異が見つかる度に検証実験が検討されてきた方法だと、異なった検証実験の需要が間欠的に発生してきた。これだと、学生という人員が次々に入れ替わる大学の研究室では計画が立てにくく、できることならば専門のラボで定期的にまとめて行えるようにすると能率が改善されるように思う。シーケンサーの開発では後塵を拝している日本でも、検証実験をうまく行うことができれば国際的にdbSNPへと寄与できるのではないだろうか。ただ、そうは言っても、新しいラボを作るのはとてもお金も時間がかかるため当面不可能ということも分かっているので、既存のラボと産婦人科医、小児科医を情報的に仲立ちするだけで解決しようとするレジストリのようなものをフローチャートとして描いた。

 

 最初に新生児、乳児、小児期の原因不明の重症化イベントを記録しておく。これはSIDSが徐々に先天性代謝異常症が原因となる症例があると分かってきている§ように、当初やはり原因不明のまま山を乗り切ったと思っても、予後としては診断できた方がいいからである。特に潜在的なミトコンドリア病患者の場合は[ミトコンドリアDNAの検査]の節、[感染症と希少疾患の関係]の節で触れているように、筋弛緩剤や予防接種で重症化イベントを起こしているようだ。それに、やはり日本で大型のDNA検査を実施してそのデータを匿名化公開するには、以前にそれなりの重症度のイベントが存在し、検査値として記録されたという点に説得力をもたせる必要がある。また、私みたいな成人の患者が横紋筋融解症を起こしたことがある場合もぜひ含めて欲しいが、それは少数派なので描いていない。

 

 あとはほぼ、見ての通りでご理解いただけると思うが、結局、これは難病向けオーファンドラッグ開発促進用の患者レジストリと実質同じものなのではないか、単にシーケンシング結果が関連付けられているだけで、と思えてきた*。患者層として診断された患者ではなく、診断されていないが疑わしい変異がある患者という違いが主ではないだろうか。

 

 ここまで考えたところで、オーファンドラッグ開発促進用の患者レジストリの様子を調べてから考えた方がよさそうなので、一旦話を区切って米国の類似のレジストリの例を紹介する。

 

 診断されていない患者レジストリについては、米国でも2013年から議論が本格化しているもので、まだ実施前の段階である。こちらも患児が中心になりそうだが、一応成人も対象としているようにも読める。シーケンシング結果や検証実験と関係づけるとは現在のところ述べられておらず、詳細は分からないものの、以下のようにかなり本格的に動き出してはいる。

 

("Undiagnosed Disease Registry necessary to save lives, Rep. Carter Raises Awareness for Undiagnosed Diseases with CAL Network Act" Rep. John Carterの事務所, February 28, 2014 より)

 

“Too many men, women and children are dying, never knowing why.

「あまりにも多くの男性、女性、小児が死に続けている。決して理由を知らぬままに。

For their sake, we cannot afford to sit idly by.

彼らのために、我々は立ち上がらねばならない。

That’s why I am working to create a registry to help document and hopefully identify undiagnosed diseases.”

それが私が、診断未確定の病について、患者の登録を行って、望むべくは疾患として同定することを支援するための、レジストリを作る理由なのだ」(訳注:helpを原形不定詞をとる使役動詞*とみなしました)

(略)

Currently, there is no universal network for physicians handling undiagnosed disease.

現在、医師が診断未確定の病を扱うためのユニバーサルなネットワークは存在しない。

The CAL Network Act Congressman Carter sponsored would provide a registry for primary care physicians to collaborate and find answers for the many men, women, children, and military Service Members and Veterans who have unexplained symptoms and medical problems.

カーター議員が後援するCALネットワーク法は、説明不可能な症状や医療的問題を有する多くの男性、女性、小児、および軍のサービスメンバーおよび傷痍軍人のために、プライマリ・ケアの医師が協力して答えを見つけ出すためのレジストリを提供しようとするものである。

It would help physicians and researchers better outline demographic factors, and essentially provide physicians who are handling undiagnosed cases to search for similar cases and to network with other physicians handling similar cases in order to find a diagnosis.

それは、医師や研究者たちが、人口統計的ファクターの概要を把握するのを援助し、必然的に、診断を見つけるために、同様の症例を検索し、同様の症例を扱う他の医師とネットワークでつながって、診断できない症例を扱おうとする医師を供給するものである。(訳注:physiciansをprovideするに違和感はありますが、SVOOの最後のOが分からずこのようにしか訳せませんでした)

(略)

The bill has been co-sponsored by other members of the House of Representatives; Charles Rangel (D-NY13), Peter King (R-NY2), Michael Burgess (R-TX26), Michael McCaul (R-TX10),  Jackie Speier (D-CA14), Gus Bilirakis (R-FL12), Phil Gingrey (R-GA11), Peter Welch (D-VT), Pete Gallego (D-TX23), and Jim Gerlach (R-VA6).

この法案は次の下院議員達によっても後援を受けています。Charles Rangel (D-NY13), Peter King (R-NY2), Michael Burgess (R-TX26), Michael McCaul (R-TX10),  Jackie Speier (D-CA14), Gus Bilirakis (R-FL12), Phil Gingrey (R-GA11), Peter Welch (D-VT), Pete Gallego (D-TX23), および Jim Gerlach (R-VA6)。

It is endorsed by the American Veterans (AMVETS), VetsFirst, the Military Officer Association of America (MOAA), In Need of a Diagnosis (INOD), Syndromes Without A Name (SWAN), and the United Mitochondrial Disease Foundation (UMDF).

また、米国傷痍軍人会(AMVETS)、VetsFirst、米国士官協会(MOAA)、非営利法人In Need of a Diagnosis (INOD)、名前のない症候群(Syndromes Without A Name:SWAN)、米国ミトコンドリア患者会(UMDF)の推薦を受けています。

 

本格的に下院議員が動き出しているようだ。軍人会を巻き込んでいるのは、票をとりまとめるためであろうか。5歳で天に召されたCAL君の話は、診断されない患児のための患者会であるSWANのサイトの方に掲載されている

 


希少疾患の中の更なる希少な患者群についての予測

 UNdiagnosedの患児や患者は診断を得るのがゴールではない。特に患児の段階でそれなりの重症度で発症しているということは、ゴールした後も延々と希少疾患との闘いは続いていく。非診断性との闘いのあとは、薬がない、行政の補助がない、最終的に健康保険がカバーしておらず全部自腹でお金がない、といった希少性との闘いになるのである。我々は、希少疾患について考える際に、なぜここまで稀な疾患が存在しなければならないのか、常に疑問を抱く。70億人にたった一人の希少疾患など、神の見えざる手は、何という酷いことをするのだという、ある意味進化の必然性に対する怒りのようなものである。もちろん、現代社会ではそこまでして進化しなければならない理由は全くないのだ。工業文明としての発展を、年々高度化していく道具を創り出して改良することで獲得してしまったのだから。頭脳としての処理能力さえ、我々はコンピューターによって外部的、いずれは内部的に補うであろうと思われる。だから、自然環境ではDNAが変化することによる多様性が役に立ったのは事実だが、現在に至っては、遺伝病の素にしかならない進化など全く必要ないはずなのである。希少疾患の患者に必要なのは、平等性であり、人権なのである。それでもほぼ毎日1つ新しい表現型が発見され、遺伝病のデータベースであるOMIMに登録され続けている。

 

 ここまで過酷な状況に置かれると、どうしても私は疑念を振り払えない。もしかすると現在までに発見されているそれぞれの希少疾患の中にも、DNA検査で陽性とならない、さらに希少な一連の患者が存在するのではないか、という、更なる診断不可能な奈落の存在である。

 

 [dbSNPの正確性]でdbSNPの登録の不正確さについて述べた。健常者をシーケンシングした結果、dbSNPには病的変異として登録されているのに、その疾患の浸透率は十分に高いので優性遺伝か劣性遺伝で発症するはずが、全く健常者のままだと言った例である。そういったdbSNPの不正確さと呼んでいるものは、本当に不正確なものだけなのだろうか。もしかして希少疾患の中には抑制因子などを含んで、更に希少な患者のグループが存在するのではないだろうか? dbSNPに登録されている病的変異の他に、良性の多型を同じ遺伝子に持っていれば、良性の多型が抑制因子として働いて、疾患として発症する閾値未満に病的変異の影響を抑える場合が存在するのではないだろうか? 病的変異と良性の多型の座位が近い場合にはもちろんそのことに注意を払うだろうが、座位が遠くてもタンパク質の立体配置上で近い場合には、すぐに気づくことはできないのではないだろうか?

 

 また、SNPであっても座位が極端に近いものが複数あれば、稀に閾値を超えてしまう場合が存在するのではないだろうか? どこまで座位が近いとSNPとみなさず、複数塩基置換とみなすのだろうか? 更には座位が遠くても立体配置上で近いとか、結合する別のタンパク上にあるとかで、変異が見つけられないまま発症する患者も、希少の上に希少ではあるが存在するのではないだろうか?

 

 その存在を思いつくだけで、証明することなどできないのだが、そういうことが起こりやすそうな遺伝子がどれか推測する方法があれば、その遺伝子の疾患の患者についてだけ、軽度の症例まで徹底的に調べれば、何か分かるのかもしれない。

 



読者登録

草戸 棲家さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について