目次
はじめに
はじめに
宗教的表現について
研究者の方々へ - 検証中の仮説
外部リンクの表記、Android対応、訂正箇所のご指摘のお願い
概略
現在の症状
息子の誕生
さらに遠い通院へ
知らされなかった検査結果
アミノ酸分画検査結果
タンデムマス検査結果
合っているかもしれない仮説
閑話休題:創作話 トリケラお母さんの悲劇(# ゚Д゚)
DNA検査の実体験と仕組み
ミトコンドリアDNAの検査
ヒットカウント分析および共起性分析
23andMeのDNAアレイによる検査 - 販売停止命令に至る経緯
遺伝病とコモンディジーズの違い - 優性遺伝と劣性遺伝
ヒトはヒトであるが故にヒトの病を患う
コモンディジーズの検査方式 - アバウトなGWAS
23andMeの深刻な検査結果 - 統計の改善による影響
23andMeのその他の結果
エクソームシーケンシング
コモンとレアの重症度分布 - アレル頻度とエフェクトサイズ
個人向け遺伝子検査の選び方 - 罹患人口カバー率指標
閑話休題:製作物 DNAツリー
希少疾患と難病の制度および数値
希少疾患と難病の違いと制度的起源 - 日米欧比較
赤信号みんなで渡れば - 真面目な日本人の最悪の集団行動
もっとも希少な希少疾患 - 70億人にたった一人
もっとも正確な希少疾患の数 - 毎日約1つ希少疾患が増える?
希少疾患全体の罹患率 - 全部合わせると10~14人に一人
診断に至るまでの年数、または遅延 - 28年?!
GINA(ジーナ) - DNA検査時代の国民、患者を守る法制度
国民皆保険の功罪 - 患者をチェリーピッキングする医師達
節としてまとまらなかった事柄
希少疾患と感染症
感染症と希少疾患の関係 - 未診断の希少疾患という重症化因子
予防接種の健康被害としての未診断の希少疾患
希少疾患としての感染症 - 米国のAIDSの歴史
見えないところに死体の山
医師に頼らない因果関係の追求 - 脳症の本当の原因
更に複雑な感染症の話
医療訴訟が生み出す二次被害 - 無過失賠償制度の必要性
辛い記憶
両親を批判することについて
両親への間違った説明
辛かった学校生活
体育の次の時間に倒れてしまう
電車とバス
繰り返し運動による寝られぬほどの筋肉痛
食事の前後の発作
進化と感染症の間の遺伝性疾患
進化と感染症の間の遺伝性疾患
仮説の更なる展開 - 発見され増加を続ける希少疾患
卵子と精子の間の変異の導入の違い
感染症と遺伝性疾患で重度となる役割 - 男性淘汰進化説
絶滅のシナリオ - 感染症と遺伝性疾患の袋小路
進化のスピード調節 - もっとも強く訴えたいこと
進化と遺伝性疾患の「必然性の枠内の偶然性」
ダーウィンのUNdiagnosed
そして各論へ
遺伝学用語の混乱
遺伝学用語の混乱:genetic、遺伝か起源か
de novo変異 - 両親から受け継がれない優性遺伝の変異
個人向け遺伝子検査のガイドラインの乖離
みんなが保因者の劣性遺伝病? - 平均約10個の遺伝的荷重
劣性病的変異の健常者への影響 - 遺伝子プールの浄化説
あとがき
あとがき
これ以降分冊予定
▲▼そして各論へ
検証実験の山 - バッチ型検証実験の提案
希少疾患の中の更なる希少な患者群についての予測
環境因子か遺伝因子か
代謝異常についての進捗
遺伝子検査の2つの嘘
生まれの平等性または不平等性
▲▼生まれの平等性または不平等性
新型出生前診断と着床前診断 - 技術的に◯、倫理的に☓
生まれる前のDNA検査 - 科学的因果関係の追求ライン
技術としてのNIPT - 生まれのDNA検査の技術予測
我が子に故意に良くない遺伝因子を許容する親の罪
ディストピアな未来像 - 生まれの平等性が崩れた世界
不妊という社会問題 - 男性不妊と父性年齢効果
中絶による母体へのダメージ - 次の妊娠がうまくいく確率
着床前診断の問題点 - NIPTとの倫理的違和感
不妊治療としてのPGD - 不妊としての遺伝性疾患
生殖医療のリアルの写真
男女産み分けの国際比較 - 海外での生殖補助医療のリアル
着床前診断の潜在的なリスク - 子と女性へのリスク
フィルターされた人々による生まれの平等性、不平等性の支配
遺伝学用語の混乱:variation、多様性か変化性か
人権に基づく多様性、人権に基づく変化性
男性不妊と劣性遺伝病の完全予防 - 22世紀の精子起源工学
その他 - うまく分類できずとも価値のあるトピック
DNA検査の結果の公開 - シーケンシング機会の平等性
進化における神の概念
mtDNAとY染色体の永代性 - 未来の血縁者の不利益
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検証実験の山 - バッチ型検証実験の提案

 dbSNPは、一見何の変哲もない米国政府が管理している生物学情報のデータベースだが、希少疾患の患者が診断される際に、命運を分けるのはこの部分である。

 

 [ミトコンドリアDNAの検査]の節で示した、次の図を思い出していただきたい。変異を発見した時点では病因性不明なので、検証実験を行う必要がある。

 

 先ほどの図で、変異を発見してからそのまま検証実験へとつながっているが、実際のところは、変異を発見したらdbSNPにその変異が登録されていないかデータベースを検索し、登録されていなかった場合のみ検証実験が必要という流れになる。[ミトコンドリアDNAの検査]の節ではMITOMAPというmtDNAの変異データベースを検索したと述べたが、極めて短いmtDNAの変異だけでなく、膨大な量の核DNAの変異を収録している既成標準のデータベースがdbSNPである。

 

 地球上のどこかで、他の医師や研究者が、別の患者からDNA検査で同じ変異を発見していれば、彼らが検証実験を既に行ってdbSNPに登録した可能性がある。また、逆に病的変異ではなく、良性の多型としてどの民族の何パーセントの人口が保有しているとして登録されている場合の方が多く、そういう登録があれば、先ほどの図で右下の良性の多型の方に向かい、一応、その変異は病的変異の探索対象から外すことになる。「地球上のどこか」という表現で示唆したいのは、実は当然ながらどの民族でどんな良性の多型が存在するかというのは、先進諸国が集中しているヨーロッパ人でしか十分な情報が蓄積されておらず、アジア人がそれを後追いしている。その最先鋒がもちろん我らが日本**・・・と言いたいところだが、もしかすると数値を検討すると中国からdbSNPへの登録の方が多いかもしれない。

 

 いずれにしても、dbSNPに登録することで、世界中のあらゆる患者で発見された変異が、人種や民族を超えて病的変異かどうか判定できるようになるので、dbSNPに変異を登録するというのは、特別な意味がある。研究者にとっては誇りとすべき研究成果の発表ということになるのだろうが、患者にとっても、その同じ病的変異を持っている地球上のどこかの患者は、その病的変異のせいで自分と同じように苦しみ、もしもその病気で既に亡くなったとすれば自分も似た様子で死ぬであろうことが想像できる。やろうと思えば、登録を行った研究者によっては、その病的変異の患者や遺族と連絡をとってくれるかもしれない。これは、考え方によっては、ある意味、人種や民族を超えて、自分の兄弟姉妹というか分身を探していると言っても過言ではないかもしれない。

 

 我々は兄弟姉妹が自分と似ているのは、DNAの四分の一を共有しているからだと知っているし、その事実によって実際に体質が似ているため親しみを覚えるのだが、たった一つの変異であっても、その影響力が病的変異と言えるほど大きければ、科学的に言うとエフェクトサイズの大きな変異であれば、同じ変異の患者と表現型、つまり症状だけでなく人生や生き方を共有していると考えられる。DNA上の共通性により自分にとって特別な存在だと認識するのは、兄弟姉妹といった肉親と、同じ変異を有する患者同士の間で実は同じことなのである。ある意味、これが患者会という特別な組織を支えている支柱部分であろうと思われる。DNA検査の時代に突入して、患者会は自分と同じ病的変異や症状を持つ患者を探して、一番の関心事としてはどんな薬が効いたかとか、そういう情報を交換するという、より重要な意味を持つようになったのではないだろうか。それを地球規模でやれるのがdbSNPであるという考え方もできる。・・・英語の壁さえなければだが。

 

 当然ながら、全て英語で説明されているために、日本人で患者がdbSNPを検索しているという例はほとんどないはずだが、英語圏では少しずつ普通のことになりつつある。なにしろNIHパブリックアクセス義務化を行い、患者が読めるよう英語の学術論文を無料にしてくれる米国政府が、その学術論文に出ている変異について、データベースを無料で提供しているのだから、試しにどんなものか使ってみないわけがない。小中高の理科の先生をやっていた患者とかに多いパターンなのではないだろうか。主に自分の祖先を調べている健常者を対象にしているが、言わばdbSNPのお手軽なバージョンとして、SNPediaというdbSNPから一部分だけ抜き出したようなデータベースがある。また、シーケンシング結果からdbSNPを参照するためのサービスであるドイツのGene-Talkでは、あなたのエクソームシーケンシングの結果を良性の多型を収集するために我々に提供してくれませんか、と尋ねられる。これも目的が良性の多型を収集して病的変異の候補から排除するためなので、健常者が対象なのだが。これらがそれなりに賑わっているということは患者でdbSNPを検索してみようとする人口も存在すると思われる。

 

 ただ、少し凝ったことをやろうとするとGene-Talkでは定形なことしかできなかったり、Gene-Talkで自分が操作した結果をどのぐらい信頼していいのか分からなくなったりするため、dbSNPそのものの中身を直接確認したいと思う場合も多いのだが、dbSNPを直接検索するのは覚えることが多くて面倒である。試しにちょっとだけ使ってみることはできても、十分に使いこなしているのは今のところ英語圏でも研究者に限られるはずだ。日本の研究者の中でもdbSNPを使いこなせているのは一部のはずだ。日本が米英よりも少し遅れる形でゲノム支援という超大型予算を国家プロジェクトとして組んでいるのは、おそらくそういう事情である。英語の壁に悩まされて、なかなか末端までDNA情報を使いこなせる研究者が育っていない。しかし、日本語の情報が増えれば、自然と問題が緩和されるであろうと期待できる。

 

 研究者が日本人の良性の多型をたくさんdbSNPに登録してくれればくれるほど、私がエクソームシーケンシングで得た疑わしい変異の大半を、良性の多型と判定して検証実験の検討対象から外すことができる。もちろん、早くに検証実験を行うのに越したことはないのだが、正直なところ、私自身も、SCN4Aという病因性不明の変異がある私の遺伝子について検証実験を行ったところで、健常者と患者の中間の数値となって結局やはりそれ単体としては疾患とは診断できないのではないかと考えている。本当のところは、他のもう一つの疾患である先天性代謝異常症についてタンデムマス検査が陽性となっている結果と合わせると、それなりの合併症を起こしそうだという、あくまで推測に基づく結論の方が、望めるのではないかと思う。そういった面倒な割に中間的な結果となりうる検証実験が次々に必要となってしまう状況から、この節のタイトルにある、バッチ型検証実験の提案へ結び付けたい。

 

 疑わしい変異を持っている患者が出る度に、一回々々検証実験を検討していたら、いつまで経っても完了しない検証実験の山が残ったままである。患者としてはそれなりの重症度があっても、複数の希少疾患を同時に患っている可能性が考えられ、1つの希少疾患だけで見ると軽度と考えられる患者ほどますます取り残されているという現実を、私自身が今、現実に味わっている。だったら、もっとバッチ方式で効率よく検証実験を行い、早くに学術発表できる合意づくりをすべきなのではないか、それを世界に率先して日本でやれるのではないか、そういうことが手先は器用だが英語苦手国家の我々がdbSNPに貢献する道なのではないか、そういう提案である。しかし、この場合は、軽度の症例が自然と多くなるので、患者の方にもそれなりの心づもりが必要である。検証実験の結果として陽性とならなくとも、数値として健常者の間では高めか低めかという検査結果だけを得ることで、患者の方も納得をして別の疑わしい変異の方を検討するという、合意づくりが必要なはずである。

 

 今後ますます、順調に高速化しつつあるシーケンサーの性能よりも、検証実験の効率が患者の診断を律速すると思われる。患者からDNA検査で疑わしい変異が見つかる度に検証実験が検討されてきた方法だと、異なった検証実験の需要が間欠的に発生してきた。これだと、学生という人員が次々に入れ替わる大学の研究室では計画が立てにくく、できることならば専門のラボで定期的にまとめて行えるようにすると能率が改善されるように思う。シーケンサーの開発では後塵を拝している日本でも、検証実験をうまく行うことができれば国際的にdbSNPへと寄与できるのではないだろうか。ただ、そうは言っても、新しいラボを作るのはとてもお金も時間がかかるため当面不可能ということも分かっているので、既存のラボと産婦人科医、小児科医を情報的に仲立ちするだけで解決しようとするレジストリのようなものをフローチャートとして描いた。

 

 最初に新生児、乳児、小児期の原因不明の重症化イベントを記録しておく。これはSIDSが徐々に先天性代謝異常症が原因となる症例があると分かってきている§ように、当初やはり原因不明のまま山を乗り切ったと思っても、予後としては診断できた方がいいからである。特に潜在的なミトコンドリア病患者の場合は[ミトコンドリアDNAの検査]の節、[感染症と希少疾患の関係]の節で触れているように、筋弛緩剤や予防接種で重症化イベントを起こしているようだ。それに、やはり日本で大型のDNA検査を実施してそのデータを匿名化公開するには、以前にそれなりの重症度のイベントが存在し、検査値として記録されたという点に説得力をもたせる必要がある。また、私みたいな成人の患者が横紋筋融解症を起こしたことがある場合もぜひ含めて欲しいが、それは少数派なので描いていない。

 

 あとはほぼ、見ての通りでご理解いただけると思うが、結局、これは難病向けオーファンドラッグ開発促進用の患者レジストリと実質同じものなのではないか、単にシーケンシング結果が関連付けられているだけで、と思えてきた*。患者層として診断された患者ではなく、診断されていないが疑わしい変異がある患者という違いが主ではないだろうか。

 

 ここまで考えたところで、オーファンドラッグ開発促進用の患者レジストリの様子を調べてから考えた方がよさそうなので、一旦話を区切って米国の類似のレジストリの例を紹介する。

 

 診断されていない患者レジストリについては、米国でも2013年から議論が本格化しているもので、まだ実施前の段階である。こちらも患児が中心になりそうだが、一応成人も対象としているようにも読める。シーケンシング結果や検証実験と関係づけるとは現在のところ述べられておらず、詳細は分からないものの、以下のようにかなり本格的に動き出してはいる。

 

("Undiagnosed Disease Registry necessary to save lives, Rep. Carter Raises Awareness for Undiagnosed Diseases with CAL Network Act" Rep. John Carterの事務所, February 28, 2014 より)

 

“Too many men, women and children are dying, never knowing why.

「あまりにも多くの男性、女性、小児が死に続けている。決して理由を知らぬままに。

For their sake, we cannot afford to sit idly by.

彼らのために、我々は立ち上がらねばならない。

That’s why I am working to create a registry to help document and hopefully identify undiagnosed diseases.”

それが私が、診断未確定の病について、患者の登録を行って、望むべくは疾患として同定することを支援するための、レジストリを作る理由なのだ」(訳注:helpを原形不定詞をとる使役動詞*とみなしました)

(略)

Currently, there is no universal network for physicians handling undiagnosed disease.

現在、医師が診断未確定の病を扱うためのユニバーサルなネットワークは存在しない。

The CAL Network Act Congressman Carter sponsored would provide a registry for primary care physicians to collaborate and find answers for the many men, women, children, and military Service Members and Veterans who have unexplained symptoms and medical problems.

カーター議員が後援するCALネットワーク法は、説明不可能な症状や医療的問題を有する多くの男性、女性、小児、および軍のサービスメンバーおよび傷痍軍人のために、プライマリ・ケアの医師が協力して答えを見つけ出すためのレジストリを提供しようとするものである。

It would help physicians and researchers better outline demographic factors, and essentially provide physicians who are handling undiagnosed cases to search for similar cases and to network with other physicians handling similar cases in order to find a diagnosis.

それは、医師や研究者たちが、人口統計的ファクターの概要を把握するのを援助し、必然的に、診断を見つけるために、同様の症例を検索し、同様の症例を扱う他の医師とネットワークでつながって、診断できない症例を扱おうとする医師を供給するものである。(訳注:physiciansをprovideするに違和感はありますが、SVOOの最後のOが分からずこのようにしか訳せませんでした)

(略)

The bill has been co-sponsored by other members of the House of Representatives; Charles Rangel (D-NY13), Peter King (R-NY2), Michael Burgess (R-TX26), Michael McCaul (R-TX10),  Jackie Speier (D-CA14), Gus Bilirakis (R-FL12), Phil Gingrey (R-GA11), Peter Welch (D-VT), Pete Gallego (D-TX23), and Jim Gerlach (R-VA6).

この法案は次の下院議員達によっても後援を受けています。Charles Rangel (D-NY13), Peter King (R-NY2), Michael Burgess (R-TX26), Michael McCaul (R-TX10),  Jackie Speier (D-CA14), Gus Bilirakis (R-FL12), Phil Gingrey (R-GA11), Peter Welch (D-VT), Pete Gallego (D-TX23), および Jim Gerlach (R-VA6)。

It is endorsed by the American Veterans (AMVETS), VetsFirst, the Military Officer Association of America (MOAA), In Need of a Diagnosis (INOD), Syndromes Without A Name (SWAN), and the United Mitochondrial Disease Foundation (UMDF).

また、米国傷痍軍人会(AMVETS)、VetsFirst、米国士官協会(MOAA)、非営利法人In Need of a Diagnosis (INOD)、名前のない症候群(Syndromes Without A Name:SWAN)、米国ミトコンドリア患者会(UMDF)の推薦を受けています。

 

本格的に下院議員が動き出しているようだ。軍人会を巻き込んでいるのは、票をとりまとめるためであろうか。5歳で天に召されたCAL君の話は、診断されない患児のための患者会であるSWANのサイトの方に掲載されている

 


希少疾患の中の更なる希少な患者群についての予測

 UNdiagnosedの患児や患者は診断を得るのがゴールではない。特に患児の段階でそれなりの重症度で発症しているということは、ゴールした後も延々と希少疾患との闘いは続いていく。非診断性との闘いのあとは、薬がない、行政の補助がない、最終的に健康保険がカバーしておらず全部自腹でお金がない、といった希少性との闘いになるのである。我々は、希少疾患について考える際に、なぜここまで稀な疾患が存在しなければならないのか、常に疑問を抱く。70億人にたった一人の希少疾患など、神の見えざる手は、何という酷いことをするのだという、ある意味進化の必然性に対する怒りのようなものである。もちろん、現代社会ではそこまでして進化しなければならない理由は全くないのだ。工業文明としての発展を、年々高度化していく道具を創り出して改良することで獲得してしまったのだから。頭脳としての処理能力さえ、我々はコンピューターによって外部的、いずれは内部的に補うであろうと思われる。だから、自然環境ではDNAが変化することによる多様性が役に立ったのは事実だが、現在に至っては、遺伝病の素にしかならない進化など全く必要ないはずなのである。希少疾患の患者に必要なのは、平等性であり、人権なのである。それでもほぼ毎日1つ新しい表現型が発見され、遺伝病のデータベースであるOMIMに登録され続けている。

 

 ここまで過酷な状況に置かれると、どうしても私は疑念を振り払えない。もしかすると現在までに発見されているそれぞれの希少疾患の中にも、DNA検査で陽性とならない、さらに希少な一連の患者が存在するのではないか、という、更なる診断不可能な奈落の存在である。

 

 [dbSNPの正確性]でdbSNPの登録の不正確さについて述べた。健常者をシーケンシングした結果、dbSNPには病的変異として登録されているのに、その疾患の浸透率は十分に高いので優性遺伝か劣性遺伝で発症するはずが、全く健常者のままだと言った例である。そういったdbSNPの不正確さと呼んでいるものは、本当に不正確なものだけなのだろうか。もしかして希少疾患の中には抑制因子などを含んで、更に希少な患者のグループが存在するのではないだろうか? dbSNPに登録されている病的変異の他に、良性の多型を同じ遺伝子に持っていれば、良性の多型が抑制因子として働いて、疾患として発症する閾値未満に病的変異の影響を抑える場合が存在するのではないだろうか? 病的変異と良性の多型の座位が近い場合にはもちろんそのことに注意を払うだろうが、座位が遠くてもタンパク質の立体配置上で近い場合には、すぐに気づくことはできないのではないだろうか?

 

 また、SNPであっても座位が極端に近いものが複数あれば、稀に閾値を超えてしまう場合が存在するのではないだろうか? どこまで座位が近いとSNPとみなさず、複数塩基置換とみなすのだろうか? 更には座位が遠くても立体配置上で近いとか、結合する別のタンパク上にあるとかで、変異が見つけられないまま発症する患者も、希少の上に希少ではあるが存在するのではないだろうか?

 

 その存在を思いつくだけで、証明することなどできないのだが、そういうことが起こりやすそうな遺伝子がどれか推測する方法があれば、その遺伝子の疾患の患者についてだけ、軽度の症例まで徹底的に調べれば、何か分かるのかもしれない。

 


環境因子か遺伝因子か

 小中学校で日本人が叩き込まれる考え方の中に、環境因子説が挙げられる。つまり、人は生まれながらにして持つ才能よりも、努力によって獲得する能力の方が重要なので、生まれに関わらずよく学べという考え方である。二宮金次郎の像、トーマス・エジソンの伝記漫画、努力の天才、などなど、日本人が小中学校の年齢で接する考え方には、何よりも努力ということが散りばめられている。

 

 これは小中学校以降の年齢についてはほぼ事実である。しかし、幼くなればなるほど、遺伝病をかいくぐらなければ努力も何もない。生後に近いほど、遺伝病で命を落とす乳児は一般人が考える以上に多いと思う。極端な例として無脳症の場合には、人権があるとみなされず、生後死亡例としてカウントされない場合もあるそうだ。その場合統計としてどこにも含まれないだろう。全体像を知るのは、産科と小児科の医師や看護師達のみということだと思うが、おそらく一般人が想像する以上に酷い。漠然とその酷さ、世間の冷たさ、無関心さを親になる世代が自ら認識していることが、日本の少子化の一因になっていると思う。参考文献として漫画を挙げるのが適切かどうか分からないが佐藤秀峰さんによる漫画作品『ブラックジャックによろしく』べピーER編を挙げておく。2014年9月現在無料で公開されている。

 

 遺伝病は希少疾患という欧米での通称の通り、一つの疾患当たりの患者数が少ないことを最大の特徴とする。これはフリーラジカルや放射線によってDNAの全体に渡ってかなりランダムに変異が発生することによる。修復と自死により残る変異は限られるが、基本的にはどんな稀な変異でも起こりうるのだ。だから、我々は人類全体に渡る変異のデータベースであるdbSNPを更新して、稀な疾患の変異を将来に渡り集め続けなければならない。新しい変異を伴う患者はヨハネによる福音書の言葉を借りれば「一粒の麦」であり、その変異が病因性であることが証明されdbSNPに登録されれば、将来に同じ変異を伴って同じ病気を患う患者が診断の段階で救われるのだ。大げさなことを言えば、患者が生命を張ってdbSNPに残した記録は、患者が亡くなってからも存続し、人類の文明が存在する限り未来の患者を救う糧となる。

 

 その一方で、コモンディジーズの多くは、環境因子のウェイトが大きい。極端な話、博多っ子として、その地方特産の明太子を食べ続け、若くして胃癌を発症した場合、それは果たして環境因子なのだろうか? それとも、博多っ子という遺伝因子なのだろうか? はたまた、米国に生まれたヨーロッパ人とのハーフでも博多で育てば博多っ子に含まれるのだろうか? その場合、何歳から博多で暮らせば博多っ子とみなすのだろうか? コモンディジーズにおいては、環境因子と遺伝因子が互いに影響しあって、分離することはできない。

 

 ジレンマなのは、小中学校の段階で努力をしないと成人してからでは芽吹かない才能がある一方で、遺伝病のリスクが成人に向けて低くなりつつはあるが、小中学校の年齢ではまだ十分に高いことである。十分両親からの遺伝で疾患を発症するのがありうる年齢なのに、何かにつけ学業成績や試合結果でランキングされる現実の前に、親としては子のよい面だけを遺伝因子、悪い面だけを環境因子と考えがちである。そして、小中学校の教師たちも、私の知る限り遺伝病に対して鈍感である。考えてみれば、成人して教師になっているというのは、遺伝病などの影響をすり抜けた成功者達であるわけで、あまり積極的に面白く無い話を学ぼうとはしない。それに、体力のある熱血型の教師の方が小中学校では好まれる。

 

 小中学校の段階で努力をしないと成人してからでは芽吹かない才能というのは、誰もが悩んでいると思うが、最大のものは英語力である。米国に生まれた日系人の多くが英語しか話せず日本語を話せないように、言語は巨大な環境因子である。遺伝的かつ潜在的に聞こえが悪いと日本語は支障なくとも英語力が伸びにくいという例外はあるが、例えそうでも努力をしなければ英語力は低いままである。英語力が低いというのは、発音の限定された日本語という言語を第一言語として両親から吸収する、いわば日本人としての宿命である。

 

 弱気なようだが正直なところ、日本人は遺伝因子よりも環境因子の方が重要と考えてきたからこそ、ワーカホリックを大量に生み出しつつも、戦後の日本の高度成長がありえたのかも知れない。もしも遺伝因子の方が支配的であると考えたなら、現在の栄養豊富な食生活と平等な医療を保障された世界一長寿の日本人というのは存在しなかったかもしれないのだ。日本人が長寿なのはサーチュインの長寿多型を保有する人口が、他民族よりほんの少し多いという遺伝因子説よりも、食生活と医療という環境因子によると考えた方が説得力がある。

 

 基本的には日本の勤労文化は世界に誇るべきなのだが、ただ1点留意してほしいのは、高度成長を支えた勤労文化の裏で過労死が問題になったことだ。診断が出ないまま潜在的にスタミナ障害を有する者にとっては、日本社会全体で常に勤労を要求されるという状況は、どこにも逃げ場がない生き地獄と言ってもいい。

 

 ヒトはヒトであるが故にヒトの病気を患うと述べたように、ヒトが他の動物ではなくヒトであることを決定付けるのは、ゲノム配列という遺伝因子である。それでもヒトであるが故に学習することができるわけで、遺伝因子を基盤にしているおかげで、努力という環境因子が価値を増すと言えるだろう。遺伝因子と環境因子は対立する概念というよりも、相補的な関係にあるのではないだろうか?

 

 遺伝因子と環境因子の間で迷った時には、半々の割合で作用すると仮定することにしている。実際には、ある年齢を基準にして、年齢が上がるほど環境因子を増し、年齢が下がるほど遺伝因子を増した方が実情に近づくと思うが、仮定として複雑すぎるので取り扱いが難しい。

 

 だから、もっとも単純な仮定のもとでは、子供のよい面も悪い面も、半分づつ遺伝と環境によるものなので、環境による影響が全てだと思ってしごく必要もなければ、遺伝による影響が全てだと思って諦める必要もない。その中間で極端な方向に走らないようにバランスをとるのが、遺伝医療時代のフェアな子育てと言っていいと思う。

 


代謝異常についての進捗

 S大学小児科に行っていただいたインビトロプローブアッセイで、タンデムマス陽性の結果にも関わらず、脂肪酸代謝異常症が否定され、結果シート以上の内容は通院しても説明していただけないと告げられたと述べた。それが、2014年5月になって、通院して話を聞くことができたので、その経緯を記述する。

  

 

 結果シートは全部で3段階に分かれている。1インビトロプローブアッセイの結果は、先天性代謝異常症を否定していない。先天性代謝異常症の可能性は一応認めて次の段階の検査に進んだということだと思う。2Immunoblottingの結果も、ETFDH欠損症が否定できないとある。

 

 

 

 

 

 検査から2年の間を空けて、通院することになったきっかけは、2014年3月にETFDH遺伝子に選択的スプライシングによる2つのアイソフォームが存在することが、NCBIに登録されたことだった。つまり、ETFDH遺伝子を検査するのに、エクソンの部分だけ検査するのでは不十分なことが明らかになったのだが、もしかして結果シートの3の遺伝子検査というのは、本当にイントロンを含む遺伝子の全長を検査したのだろうかという疑問が浮かんだのである。

 

 ETFDHの遺伝子検査と称されている結果が、ETFDHの全長、つまりイントロンを含むものかどうかは、問い合わせると、エクソンと境界領域しか検査していないと回答をいただいた。以前に、通院してきても説明しないと一度言われているため、念を押して、遺伝子検査についてイントロン側をどこまで検査したか説明していただかないと最悪の場合、訴えることもありえますよ、DNA検査の結果シートにはACMGのようにしっかりした書式が決められている時代ですからね、と申し添えた。実際、23andMeは顧客から集団訴訟を起こされているし、DNA検査の結果は、本来は、一生涯不変のはずなので、何年も後にDNA検査の結果が間違っていると分かって訴える例は今後日本で増えると思う。

 

 無事、S大学小児科Y教授とお話する機会を得られたが、上記の念押しについては正直やり過ぎたと思った。なぜなら診察時間の途中でY教授が

「あんたが訴えるなら俺はこっちが行った検査の代金をお前に請求するぞ!」

と怒りだしてしまったからである。こちらも、知らぬ土地で転倒から身を守るためにココセコムを用意してまで行っている片道200キロの通院なので、そのぐらいでびっくりするわけにはいかなかった。

 

 Y教授は、Immunoblottingについて、薄いので欠損症が否定できないと思ったものは、再検査を行ったところ問題なく否定できるとおっしゃられた。これによってETFDH遺伝子検査の方は、議論に上らなくなった。代わりに、Y教授の部下の方からRT-PCRによってもETFDH欠損症が否定されたとも教えていただいた。

 

 いくつか率直に言っていただいたことがある。意外だったのは大学を出ているあんたのような患者は脂肪酸代謝異常症にはいないと言われたことだった。しかし、[辛かった学校生活]で前述したように、運動していると頭が朦朧として考えられなくなることはしょっちゅうなのだ。また、2002年にHセンターへ筋疾患疑いで入院検査した際に、「両側前頭葉を中心にatrophy(+)」と指摘されている。この部分を図に示す。診察の際には時間の関係で受け流したが、自分が知能として欠陥があるかもしれないという認識は、後々毒が回っていくように私を苦しめた。

 

 もう一つ重く受け止めなくてはならかったのは、成人の軽度の症例に関わっている時間があったら、命短い小児を診るという本務の方に振り向けるべきだとおっしゃったことだ。いや、具体的な表現は意図して避けられたようだったが、私にはそう受け止められた。返された結果シートに対する説明を求めるのは患者としての権利だと信じたので、2年後に通院することになったのだが、重症の小児がどんな様子で死んでいくかというのはエクソームシーケンシングの結果を様々な疾患の症例と比較する際に調べていたので、私は罪悪感に苛まれた。

 

 タンデムマス検査で陽性と出ても、確定診断できない症例は常に存在するのだとも言われた。そういった症例はイントロンの影響なのかもしれず、将来はいつか診断できる日が来るかもしれないが、それは今ではないとのこと。遺伝子検査でエクソンイントロン境界領域のどの辺りまで検査したのか言及せずに、ここでイントロンという言葉を使われたので、多少違和感を覚えたものの、全ゲノムシーケンシングを行うべきだという時代の流れには乗っている。おそらく、タンデムマス検査が整備されて以降、成人になってから脂肪酸代謝異常症と診断される症例が増えたような例を言っているのだろうと理解した。

 

 また、2つの軽度の希少疾患に同時に罹患して確定診断できないという症例もありうるとのことであった。

 

 後に自分で考えられるだけ考えてみても、ISSと呼ばれるスプライシングを制御する部分に結合する未知のタンパクの量がインビボの場合とImmunoblottingやRT-PCRで大きく異なっているというような稀な現象を仮定しないと、タンデムマス検査と、ImmunoblottingとRT-PCRの結果の矛盾を説明できそうにないようだ。そこまでいくと、未知のタンパクを誰かが見つけてくれるまでお手上げなのかもしれない。

 

 本著を公開してからしばらく様子をみて、全ゲノムシーケンシングの機会を探すのかもしれないが、果たしてそこまでやる意味が現在の段階であるかどうか、正直なところ分からない。


遺伝子検査の2つの嘘

 遺伝子検査の一つ目の嘘は、[23andMeの深刻な検査結果...]の節で示したように、GWASによる予測をまるで確定的な検査結果かのように表示し、将来その結果が変わりうることを示していない、それを「遺伝子検査」という名称でタンパク質の機能まで辿ったかのような名称で販売している、という件である。遺伝子検査のもう一つの嘘は、DTC遺伝学的検査ではなく、大学病院で多く行なわれている遺伝子検査についてである。

 

 遺伝子の科学的定義には、タンパク質へと翻訳されるエクソン領域だけでなく、選択的スプライシングといった補助的な役割を担っているイントロン領域を含み、その二つを合わせたのが狭義の遺伝子なのだ。そのため、私がS大学小児科の結果シートで違和感を感じた、ETFDHの遺伝子検査を行った、という表現では、イントロンまで検査したのかどうか、曖昧なのである。更に言うと、全てのエクソンを検査したのかどうかさえ明文化されていない。問い合わせてみると、イントロンのうち、境界領域という限られた範囲については調べていたが、選択的スプライシングに潜在的な影響を与えるようなイントロン領域は全く調べていなかった。

 

 ACMG(米国臨床遺伝学会)のガイドラインは、私の知る限り理想の結果シートのあり方を示している*。具体的にはAPPENDIXの"SAMPLE 1: Complete Gene Sequencing with Negative Results and Heterozygous Positions: Test: Sequence analysis of the XXX gene"は、遺伝子の全長を検査しているだけでなく、病因性の不明な変異についても、被験者に報告をしている。随所で参考文献も示している。2014年現在になってイントロンを含めて検査すべきかどうかが議論になっているが、2005年の時点でここまで詳細に取り決められていたのである。残念なことに、米国から日本まで遺伝子検査はそれなりに普及したが、このガイドラインはあまり普及しなかった。現場的にばらばらの基準で結果シートを記述しているのが、日本の現状である*

 

 現時点で、大学病院等で遺伝子検査を受けた患者が尋ねた方がいいのは、次の2点である。一つは、遺伝子検査の範囲はエクソンだけなのかイントロンも含むのかである。この点を尋ねれば、何番といった特定のエクソンだけに限る場合にも、その旨説明してもらえると思う。もう一つは、病因性不明の変異についても、報告してもらえるのかどうかである。dbSNPという人類規模の変異のデータベースに登録があれば、多くの場合、即座に病因性かどうか判定できるが、残念ながら現時点では日本人でゲノム規模の変異データベースの構築は開始されたばかりで、dbSNPに登録されておらず病因性が不明の変異が多いようだ。これは将来劇的に状況は好転すると思われ、例えば10年待てば大幅に良性の多型を除外して、病因性を疑うべき変異の数を数分の1まで絞り込めるはずである。しかし、絞り込めたところで、時間と手間のかかる検証実験を行ってもらえるかどうかは別の話なので、私自身も検証実験を行なってもらえる研究者を探す意図を含めてVCFファイルなどを公表して、本著を記している。

 



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