目次
はじめに
はじめに
宗教的表現について
研究者の方々へ - 検証中の仮説
外部リンクの表記、Android対応、訂正箇所のご指摘のお願い
概略
現在の症状
息子の誕生
さらに遠い通院へ
知らされなかった検査結果
アミノ酸分画検査結果
タンデムマス検査結果
合っているかもしれない仮説
閑話休題:創作話 トリケラお母さんの悲劇(# ゚Д゚)
DNA検査の実体験と仕組み
ミトコンドリアDNAの検査
ヒットカウント分析および共起性分析
23andMeのDNAアレイによる検査 - 販売停止命令に至る経緯
遺伝病とコモンディジーズの違い - 優性遺伝と劣性遺伝
ヒトはヒトであるが故にヒトの病を患う
コモンディジーズの検査方式 - アバウトなGWAS
23andMeの深刻な検査結果 - 統計の改善による影響
23andMeのその他の結果
エクソームシーケンシング
コモンとレアの重症度分布 - アレル頻度とエフェクトサイズ
個人向け遺伝子検査の選び方 - 罹患人口カバー率指標
閑話休題:製作物 DNAツリー
希少疾患と難病の制度および数値
希少疾患と難病の違いと制度的起源 - 日米欧比較
赤信号みんなで渡れば - 真面目な日本人の最悪の集団行動
もっとも希少な希少疾患 - 70億人にたった一人
もっとも正確な希少疾患の数 - 毎日約1つ希少疾患が増える?
希少疾患全体の罹患率 - 全部合わせると10~14人に一人
診断に至るまでの年数、または遅延 - 28年?!
GINA(ジーナ) - DNA検査時代の国民、患者を守る法制度
国民皆保険の功罪 - 患者をチェリーピッキングする医師達
節としてまとまらなかった事柄
希少疾患と感染症
感染症と希少疾患の関係 - 未診断の希少疾患という重症化因子
予防接種の健康被害としての未診断の希少疾患
希少疾患としての感染症 - 米国のAIDSの歴史
見えないところに死体の山
医師に頼らない因果関係の追求 - 脳症の本当の原因
更に複雑な感染症の話
医療訴訟が生み出す二次被害 - 無過失賠償制度の必要性
辛い記憶
両親を批判することについて
両親への間違った説明
辛かった学校生活
体育の次の時間に倒れてしまう
電車とバス
繰り返し運動による寝られぬほどの筋肉痛
食事の前後の発作
進化と感染症の間の遺伝性疾患
進化と感染症の間の遺伝性疾患
仮説の更なる展開 - 発見され増加を続ける希少疾患
卵子と精子の間の変異の導入の違い
感染症と遺伝性疾患で重度となる役割 - 男性淘汰進化説
絶滅のシナリオ - 感染症と遺伝性疾患の袋小路
進化のスピード調節 - もっとも強く訴えたいこと
進化と遺伝性疾患の「必然性の枠内の偶然性」
ダーウィンのUNdiagnosed
そして各論へ
遺伝学用語の混乱
遺伝学用語の混乱:genetic、遺伝か起源か
de novo変異 - 両親から受け継がれない優性遺伝の変異
個人向け遺伝子検査のガイドラインの乖離
みんなが保因者の劣性遺伝病? - 平均約10個の遺伝的荷重
劣性病的変異の健常者への影響 - 遺伝子プールの浄化説
あとがき
あとがき
これ以降分冊予定
▲▼そして各論へ
検証実験の山 - バッチ型検証実験の提案
希少疾患の中の更なる希少な患者群についての予測
環境因子か遺伝因子か
代謝異常についての進捗
遺伝子検査の2つの嘘
生まれの平等性または不平等性
▲▼生まれの平等性または不平等性
新型出生前診断と着床前診断 - 技術的に◯、倫理的に☓
生まれる前のDNA検査 - 科学的因果関係の追求ライン
技術としてのNIPT - 生まれのDNA検査の技術予測
我が子に故意に良くない遺伝因子を許容する親の罪
ディストピアな未来像 - 生まれの平等性が崩れた世界
不妊という社会問題 - 男性不妊と父性年齢効果
中絶による母体へのダメージ - 次の妊娠がうまくいく確率
着床前診断の問題点 - NIPTとの倫理的違和感
不妊治療としてのPGD - 不妊としての遺伝性疾患
生殖医療のリアルの写真
男女産み分けの国際比較 - 海外での生殖補助医療のリアル
着床前診断の潜在的なリスク - 子と女性へのリスク
フィルターされた人々による生まれの平等性、不平等性の支配
遺伝学用語の混乱:variation、多様性か変化性か
人権に基づく多様性、人権に基づく変化性
男性不妊と劣性遺伝病の完全予防 - 22世紀の精子起源工学
その他 - うまく分類できずとも価値のあるトピック
DNA検査の結果の公開 - シーケンシング機会の平等性
進化における神の概念
mtDNAとY染色体の永代性 - 未来の血縁者の不利益
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繰り返し運動による寝られぬほどの筋肉痛

 鉄棒や、電車とバスに限らず、手足の繰り返し運動を行うと次第に力が入らなくなってくる。そこで、力の足りなくなる分を繰り返し運動の程度から予測して、意識的に力加減を増し入れして補正する。しかし、それが長時間に及ぶと、長引く筋肉痛に悩まされ、夜中に寝付けなくなるというしっぺ返しを浴びるのだった。

 

 以下は、ドイツのL教授に、私の未熟な英語をカバーするために送信したイラストの一つである。筋肉痛の程度を示すために、自己申告によるVisual Analog Scaleの数値をVASとして付記した。


 空腹時に腕や足がこわばった感じがするが、その状態で繰り返し運動を行うと筋肉痛が始まる。足よりも腕の繰り返し運動の場合に筋肉痛は大きかった。休憩がとれると筋肉痛は次第に緩和される。しかし、繰り返し運動を長時間続けなければならないと、繰り返し運動を止めても筋肉痛はあまり緩和されない。眠りにつくまで筋肉痛が続くのだが、この状態になると、腕に力を入れると更に強く痛むため、腕を思うように使えず不自由だった。

 

 

 なぜか、短時間でも眠りに入ることができると、筋肉痛は大幅に軽減されていた。そこで寝入るためにアルコールに頼ることが多くなった。アモバンといった眠剤に頼った時期もあったが、すぐに耐性ができて効き目が悪くなった。アルコールの場合も次第に耐性ができて飲酒量が多くないと寝入ることができなくなった。なお悪いことに、少量のアルコールを飲んだ後に寝入るのに失敗すると、アルコールが醒めるにつれてより強い筋肉痛に襲われた。こうなると、より多くのアルコールを必要としたので、アルコールに頼って筋肉痛をごまかすのは一か八かの賭けに近く、焦燥を感じた。


食事の前後の発作

 午前中に体を動かした昼食前に、特に腕がこわばっている感じがして苦しい。心臓がドキドキして、息が上がる。何となく、体の中央に向かって引きつけられている気がする。この症状を、L教授に説明するためにイラストにしたのが次の図である。

 

 昼食を食べると一気に弛緩した感じがする。こわばった感じの方が弛緩よりも苦しい上に、昼食にありつくまで少しずつ苦しくなり続けるので、とにかく何かを食べなければと焦って汗だくになりながら食べる。食べている間は顔の筋肉をよく使うせいか、次の図のように顔の筋肉がこわばっているような違和感を覚えるが、昼食後、515分ぐらいで違和感は消える。
 昼食のメニューには味よりも食べやすいもの、箸よりも握りやすいスプーンで食べられるものを選ぶ傾向がある。食べたいと思っているし、実際にかなり早いペースで平らげるのだが、これは、正常な食欲によるものではない。味付けやメニューに対してどうしても鈍感になるし、食後に弛緩した時には嘔吐感はしないので実際に嘔吐したことはないのだが、実は、食前のこわばりの時に漠然と気持ちが悪くて、もしも何か胃に入っていたなら嘔吐してしまいそうだと思うことがあった。以下はこの症状を描いた図である。

 今後、食前のこわばりと食後の弛緩を「発作」と呼びたいと思う。これは英語論文に登場する"attack"に対応する用語として使うだけで、決して心臓発作というような大袈裟なものではない。小さなものを含めて、特定のタイミングで病的な状態に陥ること、私の場合は手足がこわばる、弛緩するのをこのように呼ぶことにしようと思う。

 

  食事の前後の発作、および、空腹時のこわばりの間の繰り返し運動で筋肉痛を生じやすい状態は、成人した頃に意識し始めて少しづつ大きくなり、32歳であった2005年に救急搬送されて退職するまで続いた。それ以降はこまめに休憩がとれるせいと思うが、以前ほど悩まされることはなくなった。それでも、日によってきつい日と、それほどでもない日があって、あまりコントロールできない。気温の高い場所で過ごすと、発作は起こりにくかったり、起こっても小さかったりする。

 

 私の嘔吐感というのは漠然としていて、老化すると食欲がなくなったという状態と区別がつけにくい。脂肪性のもので嘔吐をしたと柳澤桂子氏が書かれているが、私の場合も明確に何を食べた後に、気持ちが悪くなるか分かっていれば、それが病因を特定する大きなヒントになるはずだが、私の場合は漠然としていて結局未だによく分からずにいる。少なくとも、典型的な脂肪酸代謝異常症の患者で脂肪性のものを食べて食事の直後に悪化するというのとは異なっている。脂肪性のものを食べて油臭いと思いはするものの、食後の症状が悪化したことは特にない。

 

 実は、お好み焼きという、ローカルな食品を大量に食べた後で大きな弛緩を感じる。しかし、結局それが、お好み焼きの中に弛緩の原因があるのか、何らかのアレルギーによるものか、また、弛緩の症状がアレルギーによって拡大されたように感じるだけなのか、よく分からないままである。スイカ、メロン、茄子、キウイを食すると喉の奥が痒くなるという食物アレルギーを持っているが、お好み焼きでは痒くはならない。春と秋のシーズンには喘息のような症状を含めて比較的重度と思う花粉症も患っているので、敏感な体質ではあると思う。一応、O大学病院のT助教にも、お好み焼きの症状について食物アレルギーではないかと相談したのだが、きょとんとした顔をされた。時間を食いながら、先天性パラミオトニーの軽度のタイプを疑って筋電図を条件を変えて測っているのに、いきなり食物アレルギーと言われたので不本意だったのだろう。プリックテストを受けられるように皮膚科に紹介しましょうとは言われなかった。

 

 

 現場的、家族的な話をすると、食事の前後で発作が起こる状況では、実は元気を付けるために家族が手をかえ品をかえして作ってくれる珍しい食材の食事というのが、時に無駄になる。健康な人の感覚だと、精力をつければ良くなるはずだから、うなぎの蒲焼きでも、山芋のとろろ和えでも作ってやろうと思うのが家族の努めだと考えるのだろうが、実は一定のカロリーの一定の栄養素の食事を、7時半、10時、12時、15時、17時半、20時と頻回に分けてとるのが、発作を小さく抑えながら活動時間を長くするポイントなのである。おそらく、老人が一度にたくさん食べられないという感覚と同じだと思う。


進化と感染症の間の遺伝性疾患

 【辛い記憶】の章は、闘病記的な部分であるが、エクソームシーケンシングのデータや、mtDNAのシーケンシング結果、23andMeの検査結果といった形で公開している遺伝型に対して、表現型を与えることを意図している。ここで遺伝型とは、DNAの配列のことで、過去には遺伝子型と呼ばれていたが、本著では遺伝型で統一している。こういった遺伝学用語の話題を含めながら、次の章では、[合っているかもしれない仮説]の節で述べた遺伝病が約23000個の遺伝子にばらけて希少疾患となる説を、もう一度、進化と遺伝性疾患の関係から見直す。結果的に、感染症と遺伝性疾患の関係についても、考察を進めることになった。

 

 

 結果的にではあるが、進化と遺伝性疾患との関係を突き詰めた結果、男女の性差についても、一応の説明ができるようになった。これも仮説の部分があって、関連している論文を探している。ゴキブリとマウスの仲間とヒトを比較した部分も、身近な動物の進化についての見方として、興味深いであろうと思われる。これも先に誰かが同じことを述べているはずだと考えて、201411月現在、まだ関連している論文を探しているところである。


仮説の更なる展開 - 発見され増加を続ける希少疾患

 放射線学を学んだ者として考えた仮説、「遺伝病が約23000個の遺伝子にばらけて患者数の極端に少ない希少疾患になる」説について、もう一度図とワトソンの言葉を示した上で、裏付けとして、一番納得のいった学術論文を示したい。

 

 分子生物学の教科書を読んでみると次の言葉を見つけた。

 

ワトソン遺伝子の分子生物学. 東京電機大学出版局, 2010. 257 p.

 

一方、もし遺伝物質がまったく変わらずに引き継がれるとすると、進化を促すのに必要な遺伝的変動がなくなり、ヒトも含めて新しい生物種は生じないことになる。つまり、生命と生物の多様性とは、変異と修復との微妙なバランスの上に成り立っているのである。

 

遺伝物質が、RNAのままよりも、DNAを遺伝物質として採用し変異をある程度修復できて、遺伝病の個体数が少ない種の方が生き残った。ワトソンの言う「バランス」の両端のうち、変異を抑制する方向の一端は、このように説明できる。

 

 調べれば調べるほど、この仮説が、本当に学術的に証明しなければならないものなのか、だんだんと分からなくなった。日本では他の先進国と違って希少疾患の数が一度も包括的に述べられておらず、しかも、私自身が病的変異と疑わしきものを持ちながら診断できたとしても1疾患当たりでは軽度と予測されるため診断されないという特殊事情によるため、おそらく、この誰でも思いつくような仮説を真剣に証明しなければならないと思っているのは、世界中で数えても私を含めてそれほど多くはないはずである。おそらくヒトにおける図を描いたのは、私が初めてだと思うが、分子生物学を応用している研究者のほとんどが、進化と変異の関係を当然のものとして扱っており、したがって遺伝病が約23000個の遺伝子にばらけて希少疾患となる説を受け入れるはずである。

 

 では、なぜ、いままでこの仮説がたいして議論も証明もされずに放置されているかというと、医師や研究者が、患者や患者団体に遺伝病ひいては希少疾患の科学的因果関係について考えさせるような、ややこしい部分を避けてきたという、社会的事情が主であろうと推測する。この主張は、進化の恩恵を最大限に受けているヒトの健常者によって、希少疾患の患者が進化の犠牲者として取り扱われ、社会的により助成されるための理論的基礎を与えると同時に、希少疾患の家系を淘汰されるべきもの、子を残すということが社会的に推奨されないものという古い優生学的な基礎も与えてしまう。実際に、ドーキンスは、進化医学に関係したテーマの著書を記してベストセラーを生み出しながら、ヒトの遺伝病の患者が淘汰されるという表現を避けている。おそらく研究者がうかつなことを言うと、自分達が患ってないのをいいことに何を勝手なことを抜かしているだと、患者団体が非難の声を挙げる類の説なのである。しかし、私自身が自分で遺伝病ひいては希少疾患を患っているのだと主張しているので、私に関してはそれほど悪く受け取られることはないはずで、希少疾患を社会的に助成すべき理論的基礎を与えると、患者団体からも受け入れていただけると信じている。

 

 それに加えて、遺伝性疾患の患者が子を残すことが社会的に推奨されないという古い優生学的な考えを、本著では後々の節で詳述するように着床前診断、新型出生前診断によって否定している。次世代に継承されぬように病的変異や染色体異常を取り除くことにより、遺伝性疾患の家系でも健常な子を残すことができるため、倫理的な課題さえクリアすれば、技術的には着床前診断、新型出生前診断はより推奨されるべきものと考えている。倫理的な課題をクリアするというのは、理想的には着床前診断、新型出生前診断の対象疾患を国民投票により認めることである。影響をうける人口が大きくしかも複雑な話なので、後々に何節ももうけて調べる。

 

 ともかく、遺伝病が約23000個の遺伝子にばらけて希少疾患になる仮説というのは、社会的対処が面倒で、しかも、ヒトの胚で実験というのは絶対にしてはならず、かと言って、遺伝的にもっとも近い動物としてチンパンジーで約22000個の遺伝子の希少疾患について調べるのも、ヒトでさえ希少疾患が全ては診断できない現状と矛盾する。マウスの希少疾患について調べればいいのかもしれないが、生存期間が最大2年半と短か過ぎるので、ヒトでさえ典型的な症例の診断に28年かかる希少疾患があるのに、マウスでは多くが診断している間に亡くなる個体が出て再現性が面倒であろう。結局、実験的にはどうやっても証明できない種類の説である。

 

 

 おそらく、仮説の取り方を変えた方が有効である。すでに、OMIMの表現型の登録が毎日約1個増えているという、非常に興味深い結果を示した。そして表現型の登録の多くが希少疾患である。私は、OMIMの表現型の登録は、約23000個遺伝子があることから、非常に大雑把に言って、23000個の約半数である、10000疾患を超えると見込む。それにかかる期間は非常に大雑把に言って20年である。そして最終的には、何十年後、何百年後になるかは全く分からないが、一つの疾患の中に複数の遺伝子による患者がいるというのが別の病型として整理されたなら、表現型の数は23000個を超えるはずである。1つの遺伝子の変異の種類により複数の疾患をもたらしている場合があるからである。そこまで遠い未来の話はともかくとして、希少疾患の数がいずれ10000疾患を超えるということと、さらに詳しくはそれにかかる期間を、証明すべき対象とみなしたい。本節では、OMIMで分子生物学的基盤が証明された表現型の数という基準で考えると、10000個を超えるのは20年後ぐらいだろうとだけ述べておく。


卵子と精子の間の変異の導入の違い

 仮説について説明するために描いた図についても、複数の点から更に検討が必要なことに気がついた。図では、卵子と精子が区別せずに扱われすぎている。現時点までの結論として、ヒトという特に長寿の種においては、変異の導入の頻度は、卵子と精子で差が大きくないはずだが、導入される変異の種類は少しだけ異なっている可能性が高い。de novo変異という卵子や精子の段階で生じる変異について別の節をもうけているが、つまり、母親由来のde novo変異と、父親由来のde novo変異は、頻度としては似たようなものでも、結果として発症する希少疾患の種類として見た時に、傾向が違うのではないか、という考え方である。

 

 当初私は、出身が放射線学に近かったので、女性の卵子のほうが子に変異をもたらしやすいと思い込んでいた。放射線学では、ダブルヒットという概念が重要である。物質が放射線によるヒットを受けても、一度だけのシングルヒットではアニーリングと呼ばれる熱を基盤とした現象により、多くの損傷が修復される。熱をかけて分子を揺らすと、放射線でちぎれた分子のちぎれた部分の両端が、偶発的に近づく機会が生じて、修復されるというようなイメージを抱いている。しかし、ちぎれた分子の近傍でさらにもう一度放射線によるヒットを受けていると、ちぎれた分子がもともとちぎれた部分同士で近づかずに、別の分子の切れた端と結合して安定化したり、離れすぎて結合しなかったりする。これがシングルヒットが可逆的であるのに対し、ダブルヒットが不可逆的であるので、単位時間当たりの放射線量が多いほど修復できなくなるという現象である。

 

 生体内のDNAの場合には更にDNA修復の機構が存在するため、放射線損傷からの修復はもっと積極的に進むはずで、卵子や精子が高頻度で体細胞分裂するすればするほど、その際にシングルヒットによる損傷が修復され、逆に卵子や精子が体細胞分裂を受けずに長く細胞周期をとるほど、その細胞周期の放射線に対して感受性の高いタイムスパンもまた長くなり、そこで修復不可能なダブルヒットを受ける確率が上昇するはずである。だから、卵子と精子について同年令の典型的な男女で平均をとったならば、高頻度に細胞分裂する必要がある、圧倒的に数の多い精子の方が、高頻度に修復を受け、数が少ない卵子の方が修復を受ける機会が少ないであろうと考えた。2つの独立なイベントがある細胞周期で同時に起こるために修復しにくくなるというダブルヒットの考え方は、今後重要になってくると思われる。しかし、そもそもここでヒットと述べたり、図中で「刺激」と記したものが、放射線の直接的な影響ではない。現在では、DNAに損傷をもたらす原因として3つの成分があると考えられており、頻度が高い順番としては、DNA複製の際の活性酸素を主な原因とする複製エラー、トランスポゾン、放射線損傷の順であろうと思われる。

 

 ここで、図中では放射線を前提としていたためエネルギーの高いフリーラジカルと記したのに対して、今後は、おそらく複製エラーの方が主であろうということでエネルギーの低いものまで含めた活性酸素*について述べる。用語が混乱し始めているので、グーグルを用いた共起性分析を行っておく。20141126日の結果である。

 

"活性酸素" "変異 110,000

"酸化ストレス" "変異 59,600

"フリーラジカル" "変異 34,500

 

変異との共起性は活性酸素が高いと思われるため、今後は活性酸素で用語を統一する。

 

 複製エラーの中にトランスポゾンや放射線損傷の影響も関与してくると思われるため、そういった成分が含まれて、複製エラーの存在を際立たせているとも考えられる。トランスポゾンについては詳細は分からないが、放射線損傷はほとんどの場合、DNA近傍のごく小さな体積に導入されるエネルギーとして大きすぎて、染色体がちぎれて染色体異常症の原因になることは多いが、DNA上に1つだけSNPを作るということは直接は起こらず、活性酸素に寄与して複製エラーを介して間接的にSNPを作っている場合の方がはるかに多いようである。よほどエネルギーが低い、紫外線までも放射線損傷の範囲に含めれば、1つだけSNPを作るということが起こっていないとは言えないが、そもそも紫外線は皮膚のDNAを損傷して皮膚がんになるように、生殖細胞という体の奥の細胞には関係がない。

  

 
複製によって変異が修復されるのではなく、複製によってエラーが導入されるという、より適切な理解で描いたのが次の図である。女のあかちゃんの胚が、成人の女性となった際、一次卵母細胞ができる際に体細胞分裂は起こらないが*、男のあかちゃんの胚が、成人の男性となった際、精原細胞のストックから一次精母細胞が作られる際に*、体細胞分裂により膨大な複製が行われ、最終的に精子の数としては、1日に5000万~1億程作られる*。体細胞分裂で複製される際に複製エラーが起こり、後述するようにヒト以外の動物では複製エラーが変異の源泉だと分かっているので、本来ならばヒトでも動物と同じように精子から導入される変異の方が多いはずである。

 

 複製エラーという呼称を今後頻繁に用いるため、グーグルを用いた共起性分析を行う。20141125日の結果である。

 

"DNA" "replication errors"  79,100

"DNA" "copy errors"  28,100

"DNA" "copy error"  18,100

"DNA" "コピーミス 6,250

"DNA" "duplication errors"  5,910

"DNA" "duplication error"  3,900

"DNA" "複製エラー 2,470

"DNA" "ミスコピー 2,250

"DNA" "複製ミス 2,210

"DNA" "コピーエラー 1,410

(参考) "DNA" "duplication miss" 9

 

"複製エラー"という表現は、英語では圧倒的多数を占める"replication errors"との整合性の点から、"コピーミス"よりも科学的であると思われ、以降ではこの表現を用いる。

 

 複製エラーからの変異の導入について、精子の方が卵子よりも変異を導入しやすいということを、非常に丁寧に説明されているウェブページがある。

 

(【オスは進化の牽引役:Male-Driven Evolution Theory (オス駆動進化説)宮田 隆, 200561より)

 

配偶子の生産様式も雌雄間でだいぶ違っている。ヒトの場合、発生の比較的早い時期に600万個ほどの卵が一斉に作られる。その後は卵の生産はなく、生殖年齢に達すると1つずつ排卵する。一方、精子は生殖年齢に達した時点で作り始められ、その後連続的に作られる。一回の射精で億の単位の精子が放出される。

 なぜ配偶子間でサイズも数もこれほどまで違うのであろうか。これには現在もっともらしい説明がある。どの生物も配偶子が極端に違っているわけではない。カビの仲間では同形配偶(isogamy)といって、有性生殖は見られるものの、配偶子の雌雄差は見られないものがある。おそらく配偶子の原始的形態はこんなものであったと想像される。

 雌雄の区別のない同形の配偶子の一つに突然変異が起き、平均よりわずかに大きな配偶子が現れたとしよう。この変異は平均的なサイズの配偶子に比べて子孫を残す上で有利に働いたと思われる。なぜなら大型配偶子に由来する胚は平均よりも十分な食物の供給が得られるからである。こうして大型の配偶子が広まり、より大型の配偶子へと進化していったと考えられる。こうした大型の独立栄養的配偶子が進化していく状況下で、平均よりわずかにサイズが小さい配偶子が現れる。サイズを節約した分、数を増やすことが可能になる。この配偶子が取った戦略は大型の配偶子とうまく合体して食物供給の豊富な胚へと分化することで、自身のDNAを首尾よく残していこうという、いわばたかり的戦略である。その結果、無駄を省いてより小型になり、配偶子の数もますます増加していったであろう。精子の数が増えると精子間競争が激化し、速やかに卵と合体するために運動性を高める方向へと進化していったと考えられる。こうして精子は従属栄養的配偶子への進化の道を突き進んだのだ。

 将来の胚が正常に発育するための十分な栄養を貯めこんだ大型で独立栄養的な配偶子への進化という卵の戦略と、卵との合体を高める方向への従属栄養的な配偶子への進化という精子の戦略とが、配偶子の形態と生産様式に著しい雌雄差をもたらしたのである。

()

突然変異の要因がDNAの複製エラーだとすると、大変重要なことに気づく。上で述べてきたように、生殖細胞の分裂数には性差がある。個体の一生の間に、精子の分裂数は卵の分裂数に比べてずっと多い。細胞の分裂のたびにDNAの上に一定の頻度でエラーが生じるから、精子の突然変異率は卵の突然変異率に比べて圧倒的に高いことになる。そうなると突然変異の大部分は精子で作られるということになる。分子進化の中立説に従うと、突然変異率は直接、分子の進化速度に反映するので、進化はオスが支配するという考えが生まれる。

()

1987年に理論が発表されて以来、オス駆動進化説と上で述べた制約説との間で論争が続いたが、哺乳類のXX/XYシステムの解析に基づいた議論であったため、なかなか最終結論を得るまでに至らなかった。2つの説で正反対の結果が予想されるトリのZW/ZZシステムの解析が待たれた。理論の発表以来ちょうど10年経った1997年、スウェーデンのグループがクロノヘリケースDNA結合タンパク質をコードしている遺伝子をスズメ目に属する5種のスズメから単離し、種間で配列比較を行った。その結果はオス駆動進化説が予言したとおり、哺乳類とは逆に、Z染色体(X染色体に対応)はW染色体(Y染色体に対応)に比べ、高い同義置換速度を示した。こうしてオス駆動進化説の信憑性がいっきに高まった。

 

私が知らなかっただけなのかもしれないが、これだけ簡潔に精子と卵子の形態の違いの進化的意味を説明されたので、非常に感動した。この説の根本部分とみられる式や数値については、引用から省かせていただいているが、同ウェブページで分かりやすく述べられている。ただし、出てくる動物は、検証の中核部分はスズメが中心であり、多少ヒトと霊長類で比較は行われているものの、現代のように長寿が実現された後のヒトに限った話ではないようである。推測調になるのは、元の論文がオープンアクセスになっていなかったことにより、読んでいないからである。

 

Miyata, T., et al. "Male-driven molecular evolution: a model and nucleotide sequence analysis." Cold Spring Harbor symposia on quantitative biology. Vol. 52. Cold Spring Harbor Laboratory Press, 1987.

 

代わりに、引用元などから辿ってこの文献の内容を推測できるものを探すと、近年で最も有名なものは、アカゲザルについての以下の研究のようである。

 

Gibbs, Richard A., et al. "Evolutionary and biomedical insights from the rhesus macaque genome." science 316.5822 (2007): 222-234.

 

Male mutation bias. A comparison of human-rhesus substitution rates (calculated at interspersed repetitive elements) between the X chromosome and the autosomes yielded an estimate of the male-to-female mutation rate ratio (α) of 2.87 (95% CI = 2.37 to 3.81; table S7.2). This value is lower than α = 6 estimated for the human and chimpanzee (58) but higher than α = 2 estimated for the mouse and rat (3, 59). Thus, this argues against a uniform magnitude of male mutation bias in mammals (5) and supports a correlation between male mutation bias and generation time (60, 61).

 

平たく言うと、卵子よりも精子の方で変異を起こした頻度がαで、ヒトとチンパンジーで6倍、ヒトとアカゲザルで2.87倍、マウスとラットで2倍を超えるとなっている。この変異の頻度は、精子の方が卵子よりも頻繁に分裂することから主として複製エラーによるものと考えられる。

 

 これに対して、次世代シーケンシングにより両親と子を全ゲノムシーケンシングして比較すると、父系と母系の両方から似たような桁数の変異が子に発生しているとの報告が2011年になされている。日本語の短い記事を引用するが、そこに至るまでにウェルカム・トラスト・サンガー・インスティテュートという研究所のウェブページと学術論文のどちらかを経ていると思われるため、3つともURLを示す。

 

("We are all mutants  First direct whole-genome measure of human mutation predicts 60 new mutations in each of us" Wellcome Trust Sanger Institute, 12 June 2011 より)

 

Conrad, Donald F., et al. "Variation in genome-wide mutation rates within and between human families." Nature 201.1 (2011).

 

(人間は60の「遺伝子エラー」をもって生まれてくるストーリー by hylom 20110621 1837

問題は数ではない気もする部門より)

 

親から子へと遺伝子が受け継がれていくとき、遺伝子にはおよそ60の「エラー」が発生するそうだ(LiveScience、本家/.)。

 

遺伝子に刻まれたこの「エラー」により、例えば両親と比較して異なる容姿となったり、その他の変化が生まれ、種を進化させていくという。研究者らは始め発生するエラー数が100にも200にも上ると予想していたそうだが、実際にはそれより少ない変異しか発生しないことが明らかになった。これは進化のスピードがより遅いということを意味しているとのこと。

 

また、精子を作るのにゲノムが複製される回数は卵子よりもずっと多いため、今までは突然変異はほとんど父親側で起きると考えられていたが、今回の研究ではほとんどの突然変異が父親側からくることもあれば、母親側の遺伝子にてより多くの突然変異が発生する場合もあることが明らかになったという。

 

まだ検体数がどうも2組しか実施されていないので、統計としてはあまりよくないのだが、長寿となった現在のヒトでは、動物とヒトの比較からの類推で考えていたよりも精子と卵子で導入される変異の数に違いがなかったということになる。

 

 ダブルヒットの考え方を用いた仮説としては、ヒトは特に長寿となったことで卵子の細胞周期のどこかが遅くなり、その間に感受性が高くなって、活性酸素による刺激のダブルヒットを起こして複製の際にDNA修復ができない状態になっているという考え方ができる。つまり、精子の方は、他の動物よりも長寿になって複製の頻度が大きいだけで大きな違いがないが、卵子の複製の方は大きいために何かと制限が多くて、長寿にあまり対応していないのではないだろうか。まだちゃんとポアソン過程に当てはめて計算したわけではないので、強くは主張できない。ともかく、まずはこういった考え方もありうることを述べたので、それに基づいて図についての注意点を補足しておく。

 

 女性側の原因で子への遺伝性疾患や不妊がもたらされやすいという古くからある偏見に近いため、極めて慎重にならざるをえないのだが、高齢でない限りは男性不妊も女性不妊と同程度の割合を占めている。高齢の場合の不妊の話は込み入っている。同節で述べるように、精子からの疾患の導入があるだろうと皆が思って父性年齢効果というテーマで研究が進んでも、男性不妊や古くから父親の高齢により起こると知られていた軟骨形成不全症の他には、2014年に至るまでに自閉症と統合失調症のリスクしか出て来なかった。しかし、高齢妊娠の方でも同じ統計的な調査方法で染色体異常症以外に何かが出たわけではないため、結果として希少疾患の患者を調べて特定の希少疾患の統計が形成されることはあっても、稀すぎて100万~1000万人規模といった相当大型のコホート研究*でない限りは有効でない可能性が高いと思われる。

 

 

 図の説明に戻ると、図中で卵子と精子を変異の導入について対等のものとして描いているのは、やはり単純化しすぎで、精子の方は複製エラー、卵子の方はダブルヒットというように、過程も頻度も異なっている可能性が高い。そうすると、あくまで推測だが、卵子の方が精子よりも欠失や複数塩基置換の頻度が少しだけ高い可能性がある。また、ウェルカム・トラスト・サンガー・インスティテュートによる報告を読む限りは、自らは健常者でも、高頻度に子で変異を起こすという体質や疾患があるであろうことも推測できる。一応、誤解なきよう、述べておかなくてはならない注意点である。ただ、結果的に卵子と精子が似たようなオーダーで変異を起こしているという同研究所の報告は、男女の平等性の観点から、社会的に大きな安心材料であるため、再度強調しておきたい。本節で後述するように、希少疾患の患者として見た場合にも、生物学的には男女は平等でない要素が多すぎるのである。正確には、平等でない程度はそれほど大きくないことが多いが、平等でない形質や疾患の数は系統的な理由から非常に多い。



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