目次
はじめに
はじめに
宗教的表現について
研究者の方々へ - 検証中の仮説
外部リンクの表記、Android対応、訂正箇所のご指摘のお願い
概略
現在の症状
息子の誕生
さらに遠い通院へ
知らされなかった検査結果
アミノ酸分画検査結果
タンデムマス検査結果
合っているかもしれない仮説
閑話休題:創作話 トリケラお母さんの悲劇(# ゚Д゚)
DNA検査の実体験と仕組み
ミトコンドリアDNAの検査
ヒットカウント分析および共起性分析
23andMeのDNAアレイによる検査 - 販売停止命令に至る経緯
遺伝病とコモンディジーズの違い - 優性遺伝と劣性遺伝
ヒトはヒトであるが故にヒトの病を患う
コモンディジーズの検査方式 - アバウトなGWAS
23andMeの深刻な検査結果 - 統計の改善による影響
23andMeのその他の結果
エクソームシーケンシング
コモンとレアの重症度分布 - アレル頻度とエフェクトサイズ
個人向け遺伝子検査の選び方 - 罹患人口カバー率指標
閑話休題:製作物 DNAツリー
希少疾患と難病の制度および数値
希少疾患と難病の違いと制度的起源 - 日米欧比較
赤信号みんなで渡れば - 真面目な日本人の最悪の集団行動
もっとも希少な希少疾患 - 70億人にたった一人
もっとも正確な希少疾患の数 - 毎日約1つ希少疾患が増える?
希少疾患全体の罹患率 - 全部合わせると10~14人に一人
診断に至るまでの年数、または遅延 - 28年?!
GINA(ジーナ) - DNA検査時代の国民、患者を守る法制度
国民皆保険の功罪 - 患者をチェリーピッキングする医師達
節としてまとまらなかった事柄
希少疾患と感染症
感染症と希少疾患の関係 - 未診断の希少疾患という重症化因子
予防接種の健康被害としての未診断の希少疾患
希少疾患としての感染症 - 米国のAIDSの歴史
見えないところに死体の山
医師に頼らない因果関係の追求 - 脳症の本当の原因
更に複雑な感染症の話
医療訴訟が生み出す二次被害 - 無過失賠償制度の必要性
辛い記憶
両親を批判することについて
両親への間違った説明
辛かった学校生活
体育の次の時間に倒れてしまう
電車とバス
繰り返し運動による寝られぬほどの筋肉痛
食事の前後の発作
進化と感染症の間の遺伝性疾患
進化と感染症の間の遺伝性疾患
仮説の更なる展開 - 発見され増加を続ける希少疾患
卵子と精子の間の変異の導入の違い
感染症と遺伝性疾患で重度となる役割 - 男性淘汰進化説
絶滅のシナリオ - 感染症と遺伝性疾患の袋小路
進化のスピード調節 - もっとも強く訴えたいこと
進化と遺伝性疾患の「必然性の枠内の偶然性」
ダーウィンのUNdiagnosed
そして各論へ
遺伝学用語の混乱
遺伝学用語の混乱:genetic、遺伝か起源か
de novo変異 - 両親から受け継がれない優性遺伝の変異
個人向け遺伝子検査のガイドラインの乖離
みんなが保因者の劣性遺伝病? - 平均約10個の遺伝的荷重
劣性病的変異の健常者への影響 - 遺伝子プールの浄化説
あとがき
あとがき
これ以降分冊予定
▲▼そして各論へ
検証実験の山 - バッチ型検証実験の提案
希少疾患の中の更なる希少な患者群についての予測
環境因子か遺伝因子か
代謝異常についての進捗
遺伝子検査の2つの嘘
生まれの平等性または不平等性
▲▼生まれの平等性または不平等性
新型出生前診断と着床前診断 - 技術的に◯、倫理的に☓
生まれる前のDNA検査 - 科学的因果関係の追求ライン
技術としてのNIPT - 生まれのDNA検査の技術予測
我が子に故意に良くない遺伝因子を許容する親の罪
ディストピアな未来像 - 生まれの平等性が崩れた世界
不妊という社会問題 - 男性不妊と父性年齢効果
中絶による母体へのダメージ - 次の妊娠がうまくいく確率
着床前診断の問題点 - NIPTとの倫理的違和感
不妊治療としてのPGD - 不妊としての遺伝性疾患
生殖医療のリアルの写真
男女産み分けの国際比較 - 海外での生殖補助医療のリアル
着床前診断の潜在的なリスク - 子と女性へのリスク
フィルターされた人々による生まれの平等性、不平等性の支配
遺伝学用語の混乱:variation、多様性か変化性か
人権に基づく多様性、人権に基づく変化性
男性不妊と劣性遺伝病の完全予防 - 22世紀の精子起源工学
その他 - うまく分類できずとも価値のあるトピック
DNA検査の結果の公開 - シーケンシング機会の平等性
進化における神の概念
mtDNAとY染色体の永代性 - 未来の血縁者の不利益
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環境因子か遺伝因子か

 小中学校で日本人が叩き込まれる考え方の中に、環境因子説が挙げられる。つまり、人は生まれながらにして持つ才能よりも、努力によって獲得する能力の方が重要なので、生まれに関わらずよく学べという考え方である。二宮金次郎の像、トーマス・エジソンの伝記漫画、努力の天才、などなど、日本人が小中学校の年齢で接する考え方には、何よりも努力ということが散りばめられている。

 

 これは小中学校以降の年齢についてはほぼ事実である。しかし、幼くなればなるほど、遺伝病をかいくぐらなければ努力も何もない。生後に近いほど、遺伝病で命を落とす乳児は一般人が考える以上に多いと思う。極端な例として無脳症の場合には、人権があるとみなされず、生後死亡例としてカウントされない場合もあるそうだ。その場合統計としてどこにも含まれないだろう。全体像を知るのは、産科と小児科の医師や看護師達のみということだと思うが、おそらく一般人が想像する以上に酷い。漠然とその酷さ、世間の冷たさ、無関心さを親になる世代が自ら認識していることが、日本の少子化の一因になっていると思う。参考文献として漫画を挙げるのが適切かどうか分からないが佐藤秀峰さんによる漫画作品『ブラックジャックによろしく』べピーER編を挙げておく。2014年9月現在無料で公開されている。

 

 遺伝病は希少疾患という欧米での通称の通り、一つの疾患当たりの患者数が少ないことを最大の特徴とする。これはフリーラジカルや放射線によってDNAの全体に渡ってかなりランダムに変異が発生することによる。修復と自死により残る変異は限られるが、基本的にはどんな稀な変異でも起こりうるのだ。だから、我々は人類全体に渡る変異のデータベースであるdbSNPを更新して、稀な疾患の変異を将来に渡り集め続けなければならない。新しい変異を伴う患者はヨハネによる福音書の言葉を借りれば「一粒の麦」であり、その変異が病因性であることが証明されdbSNPに登録されれば、将来に同じ変異を伴って同じ病気を患う患者が診断の段階で救われるのだ。大げさなことを言えば、患者が生命を張ってdbSNPに残した記録は、患者が亡くなってからも存続し、人類の文明が存在する限り未来の患者を救う糧となる。

 

 その一方で、コモンディジーズの多くは、環境因子のウェイトが大きい。極端な話、博多っ子として、その地方特産の明太子を食べ続け、若くして胃癌を発症した場合、それは果たして環境因子なのだろうか? それとも、博多っ子という遺伝因子なのだろうか? はたまた、米国に生まれたヨーロッパ人とのハーフでも博多で育てば博多っ子に含まれるのだろうか? その場合、何歳から博多で暮らせば博多っ子とみなすのだろうか? コモンディジーズにおいては、環境因子と遺伝因子が互いに影響しあって、分離することはできない。

 

 ジレンマなのは、小中学校の段階で努力をしないと成人してからでは芽吹かない才能がある一方で、遺伝病のリスクが成人に向けて低くなりつつはあるが、小中学校の年齢ではまだ十分に高いことである。十分両親からの遺伝で疾患を発症するのがありうる年齢なのに、何かにつけ学業成績や試合結果でランキングされる現実の前に、親としては子のよい面だけを遺伝因子、悪い面だけを環境因子と考えがちである。そして、小中学校の教師たちも、私の知る限り遺伝病に対して鈍感である。考えてみれば、成人して教師になっているというのは、遺伝病などの影響をすり抜けた成功者達であるわけで、あまり積極的に面白く無い話を学ぼうとはしない。それに、体力のある熱血型の教師の方が小中学校では好まれる。

 

 小中学校の段階で努力をしないと成人してからでは芽吹かない才能というのは、誰もが悩んでいると思うが、最大のものは英語力である。米国に生まれた日系人の多くが英語しか話せず日本語を話せないように、言語は巨大な環境因子である。遺伝的かつ潜在的に聞こえが悪いと日本語は支障なくとも英語力が伸びにくいという例外はあるが、例えそうでも努力をしなければ英語力は低いままである。英語力が低いというのは、発音の限定された日本語という言語を第一言語として両親から吸収する、いわば日本人としての宿命である。

 

 弱気なようだが正直なところ、日本人は遺伝因子よりも環境因子の方が重要と考えてきたからこそ、ワーカホリックを大量に生み出しつつも、戦後の日本の高度成長がありえたのかも知れない。もしも遺伝因子の方が支配的であると考えたなら、現在の栄養豊富な食生活と平等な医療を保障された世界一長寿の日本人というのは存在しなかったかもしれないのだ。日本人が長寿なのはサーチュインの長寿多型を保有する人口が、他民族よりほんの少し多いという遺伝因子説よりも、食生活と医療という環境因子によると考えた方が説得力がある。

 

 基本的には日本の勤労文化は世界に誇るべきなのだが、ただ1点留意してほしいのは、高度成長を支えた勤労文化の裏で過労死が問題になったことだ。診断が出ないまま潜在的にスタミナ障害を有する者にとっては、日本社会全体で常に勤労を要求されるという状況は、どこにも逃げ場がない生き地獄と言ってもいい。

 

 ヒトはヒトであるが故にヒトの病気を患うと述べたように、ヒトが他の動物ではなくヒトであることを決定付けるのは、ゲノム配列という遺伝因子である。それでもヒトであるが故に学習することができるわけで、遺伝因子を基盤にしているおかげで、努力という環境因子が価値を増すと言えるだろう。遺伝因子と環境因子は対立する概念というよりも、相補的な関係にあるのではないだろうか?

 

 遺伝因子と環境因子の間で迷った時には、半々の割合で作用すると仮定することにしている。実際には、ある年齢を基準にして、年齢が上がるほど環境因子を増し、年齢が下がるほど遺伝因子を増した方が実情に近づくと思うが、仮定として複雑すぎるので取り扱いが難しい。

 

 だから、もっとも単純な仮定のもとでは、子供のよい面も悪い面も、半分づつ遺伝と環境によるものなので、環境による影響が全てだと思ってしごく必要もなければ、遺伝による影響が全てだと思って諦める必要もない。その中間で極端な方向に走らないようにバランスをとるのが、遺伝医療時代のフェアな子育てと言っていいと思う。

 


代謝異常についての進捗

 S大学小児科に行っていただいたインビトロプローブアッセイで、タンデムマス陽性の結果にも関わらず、脂肪酸代謝異常症が否定され、結果シート以上の内容は通院しても説明していただけないと告げられたと述べた。それが、2014年5月になって、通院して話を聞くことができたので、その経緯を記述する。

  

 

 結果シートは全部で3段階に分かれている。1インビトロプローブアッセイの結果は、先天性代謝異常症を否定していない。先天性代謝異常症の可能性は一応認めて次の段階の検査に進んだということだと思う。2Immunoblottingの結果も、ETFDH欠損症が否定できないとある。

 

 

 

 

 

 検査から2年の間を空けて、通院することになったきっかけは、2014年3月にETFDH遺伝子に選択的スプライシングによる2つのアイソフォームが存在することが、NCBIに登録されたことだった。つまり、ETFDH遺伝子を検査するのに、エクソンの部分だけ検査するのでは不十分なことが明らかになったのだが、もしかして結果シートの3の遺伝子検査というのは、本当にイントロンを含む遺伝子の全長を検査したのだろうかという疑問が浮かんだのである。

 

 ETFDHの遺伝子検査と称されている結果が、ETFDHの全長、つまりイントロンを含むものかどうかは、問い合わせると、エクソンと境界領域しか検査していないと回答をいただいた。以前に、通院してきても説明しないと一度言われているため、念を押して、遺伝子検査についてイントロン側をどこまで検査したか説明していただかないと最悪の場合、訴えることもありえますよ、DNA検査の結果シートにはACMGのようにしっかりした書式が決められている時代ですからね、と申し添えた。実際、23andMeは顧客から集団訴訟を起こされているし、DNA検査の結果は、本来は、一生涯不変のはずなので、何年も後にDNA検査の結果が間違っていると分かって訴える例は今後日本で増えると思う。

 

 無事、S大学小児科Y教授とお話する機会を得られたが、上記の念押しについては正直やり過ぎたと思った。なぜなら診察時間の途中でY教授が

「あんたが訴えるなら俺はこっちが行った検査の代金をお前に請求するぞ!」

と怒りだしてしまったからである。こちらも、知らぬ土地で転倒から身を守るためにココセコムを用意してまで行っている片道200キロの通院なので、そのぐらいでびっくりするわけにはいかなかった。

 

 Y教授は、Immunoblottingについて、薄いので欠損症が否定できないと思ったものは、再検査を行ったところ問題なく否定できるとおっしゃられた。これによってETFDH遺伝子検査の方は、議論に上らなくなった。代わりに、Y教授の部下の方からRT-PCRによってもETFDH欠損症が否定されたとも教えていただいた。

 

 いくつか率直に言っていただいたことがある。意外だったのは大学を出ているあんたのような患者は脂肪酸代謝異常症にはいないと言われたことだった。しかし、[辛かった学校生活]で前述したように、運動していると頭が朦朧として考えられなくなることはしょっちゅうなのだ。また、2002年にHセンターへ筋疾患疑いで入院検査した際に、「両側前頭葉を中心にatrophy(+)」と指摘されている。この部分を図に示す。診察の際には時間の関係で受け流したが、自分が知能として欠陥があるかもしれないという認識は、後々毒が回っていくように私を苦しめた。

 

 もう一つ重く受け止めなくてはならかったのは、成人の軽度の症例に関わっている時間があったら、命短い小児を診るという本務の方に振り向けるべきだとおっしゃったことだ。いや、具体的な表現は意図して避けられたようだったが、私にはそう受け止められた。返された結果シートに対する説明を求めるのは患者としての権利だと信じたので、2年後に通院することになったのだが、重症の小児がどんな様子で死んでいくかというのはエクソームシーケンシングの結果を様々な疾患の症例と比較する際に調べていたので、私は罪悪感に苛まれた。

 

 タンデムマス検査で陽性と出ても、確定診断できない症例は常に存在するのだとも言われた。そういった症例はイントロンの影響なのかもしれず、将来はいつか診断できる日が来るかもしれないが、それは今ではないとのこと。遺伝子検査でエクソンイントロン境界領域のどの辺りまで検査したのか言及せずに、ここでイントロンという言葉を使われたので、多少違和感を覚えたものの、全ゲノムシーケンシングを行うべきだという時代の流れには乗っている。おそらく、タンデムマス検査が整備されて以降、成人になってから脂肪酸代謝異常症と診断される症例が増えたような例を言っているのだろうと理解した。

 

 また、2つの軽度の希少疾患に同時に罹患して確定診断できないという症例もありうるとのことであった。

 

 後に自分で考えられるだけ考えてみても、ISSと呼ばれるスプライシングを制御する部分に結合する未知のタンパクの量がインビボの場合とImmunoblottingやRT-PCRで大きく異なっているというような稀な現象を仮定しないと、タンデムマス検査と、ImmunoblottingとRT-PCRの結果の矛盾を説明できそうにないようだ。そこまでいくと、未知のタンパクを誰かが見つけてくれるまでお手上げなのかもしれない。

 

 本著を公開してからしばらく様子をみて、全ゲノムシーケンシングの機会を探すのかもしれないが、果たしてそこまでやる意味が現在の段階であるかどうか、正直なところ分からない。


遺伝子検査の2つの嘘

 遺伝子検査の一つ目の嘘は、[23andMeの深刻な検査結果...]の節で示したように、GWASによる予測をまるで確定的な検査結果かのように表示し、将来その結果が変わりうることを示していない、それを「遺伝子検査」という名称でタンパク質の機能まで辿ったかのような名称で販売している、という件である。遺伝子検査のもう一つの嘘は、DTC遺伝学的検査ではなく、大学病院で多く行なわれている遺伝子検査についてである。

 

 遺伝子の科学的定義には、タンパク質へと翻訳されるエクソン領域だけでなく、選択的スプライシングといった補助的な役割を担っているイントロン領域を含み、その二つを合わせたのが狭義の遺伝子なのだ。そのため、私がS大学小児科の結果シートで違和感を感じた、ETFDHの遺伝子検査を行った、という表現では、イントロンまで検査したのかどうか、曖昧なのである。更に言うと、全てのエクソンを検査したのかどうかさえ明文化されていない。問い合わせてみると、イントロンのうち、境界領域という限られた範囲については調べていたが、選択的スプライシングに潜在的な影響を与えるようなイントロン領域は全く調べていなかった。

 

 ACMG(米国臨床遺伝学会)のガイドラインは、私の知る限り理想の結果シートのあり方を示している*。具体的にはAPPENDIXの"SAMPLE 1: Complete Gene Sequencing with Negative Results and Heterozygous Positions: Test: Sequence analysis of the XXX gene"は、遺伝子の全長を検査しているだけでなく、病因性の不明な変異についても、被験者に報告をしている。随所で参考文献も示している。2014年現在になってイントロンを含めて検査すべきかどうかが議論になっているが、2005年の時点でここまで詳細に取り決められていたのである。残念なことに、米国から日本まで遺伝子検査はそれなりに普及したが、このガイドラインはあまり普及しなかった。現場的にばらばらの基準で結果シートを記述しているのが、日本の現状である*

 

 現時点で、大学病院等で遺伝子検査を受けた患者が尋ねた方がいいのは、次の2点である。一つは、遺伝子検査の範囲はエクソンだけなのかイントロンも含むのかである。この点を尋ねれば、何番といった特定のエクソンだけに限る場合にも、その旨説明してもらえると思う。もう一つは、病因性不明の変異についても、報告してもらえるのかどうかである。dbSNPという人類規模の変異のデータベースに登録があれば、多くの場合、即座に病因性かどうか判定できるが、残念ながら現時点では日本人でゲノム規模の変異データベースの構築は開始されたばかりで、dbSNPに登録されておらず病因性が不明の変異が多いようだ。これは将来劇的に状況は好転すると思われ、例えば10年待てば大幅に良性の多型を除外して、病因性を疑うべき変異の数を数分の1まで絞り込めるはずである。しかし、絞り込めたところで、時間と手間のかかる検証実験を行ってもらえるかどうかは別の話なので、私自身も検証実験を行なってもらえる研究者を探す意図を含めてVCFファイルなどを公表して、本著を記している。

 


▲▼生まれの平等性または不平等性

▲そして各論へ

▼生まれの平等性または不平等性

 

 前の章「そして各論へ」が節の順番を意識しなくても読める章、閑話休題的な章であったのにたいして、次の章「生まれの平等性または不平等性」は、本著のほぼ中心部分であり、クライマックスである。生まれる、ということが、どれだけ不平等な仕組みにより支配されていて、胎児の「間引き」という異常に過酷な手段が、なし崩し的に導入され、今後更に間引きの対象疾患が拡大されようとしている現状について述べていく。ひいては、我々が日本人であることの起源を探りながら、22世紀に向けてもっとも実用的と考えられる、生まれの不平等性と間引きの両方を同時に解消する方法を提案する。それが胎児を間引かずに、精子の方を徹底的にフィルタリングし、改変を加える、SGEである。

 


新型出生前診断と着床前診断 - 技術的に◯、倫理的に☓

 次の節から、新型出生前診断(NIPT)と着床前診断(PGD)について、DNA検査の観点から入ってかなり深くまで述べることになる。私自身が確定診断を得るためにシーケンシング結果を公表するという倫理的争点なので、もともと倫理の問題に本著は立ち入りやすく、次世代シーケンシングという同じ技術を用いているNIPTについても、当初予想していた以上に深入りすることになってしまった。本節では、最初に誤解なきよう、私が技術的にはNIPTやPGDに賛同しながら、倫理的には一時的に大反対すべきだと考える理由を述べる。

 

 最初に、本章は、全体として、これまでのDNA検査の章、感染症の章、進化の章といった章よりも、まとめるのが困難になっていることを認めたい。現在もまだ模索中の部分が多い。

 

 現状として、NIPTおよびPGDこそが、遺伝病および染色体異常の根本治療戦略であり、既存の患者を治療することはできないが、新しく生まれてくる生命を我々が味わっているような苦しみから開放することができる、唯一にして最大の手段である。ただしNIPTの方には中絶によるアッシャーマン症候群、PGDの方には1990年から始まったために生まれた子に成人病といった人生の後期に発症する疾患の罹患率が高いかどうか、未検証の部分がある。問題なのは、NIPTもPGDも日本では倫理的問題をかかえ、互いに倫理面で整合性がない。NIPTが学会基準により認可されるならPGDもまた透明性の高い基準で認可されるべきだし、その逆であれば、理想的には、どちらも法により禁止すべきである。現状は倫理よりもNIPTが採血で済むという効率性が前面に出たきわめて不公平な状態が発生している。もちろん国内で実施しないだけでなく、海外で受けた者、海外へ卵子や受精卵を送って受けた者に対する罰則も含めてである。犯歴さえ残れば効果的と考えられるので軽度の罰則で十分と考えられる。しかし、あくまで「理想的には」である。

 

 ダウン症候群の患児、患者の多さ、ひいては患者会としての活動力の強さが、NIPTとPGDの導入に暗い影を落としている。本著でNIPTとPGDが「間引き」であることを倫理的には強調するものだが、欧米でNIPTやPGDの技術が検証され完成されるにつれて日本との差が広がりつつあり、PGDの規制が結果的には、お金さえあれば国外でPGDを受けて健康な子を男女産み分けして産めると考える人口を、不妊治療に絡んで増やしている。長期的にはNIPTにもPGDにも反対し続けることは不可能であり、私はNIPTやPGDに対して一時的に大反対をして、NIPTやPGDによりダウン症候群の患児の出生が減ることで行政の支出が抑制される分を5割以上程度、ダウン症候群の患者か患者会に還元するように要求する方が現実的であろうと提案する。その大反対の際には、NIPTが将来的には全ての遺伝性疾患の間引きを対象とするであろうと技術予測ができるので、他の遺伝性疾患の患者会にとっても対象となるのは時間の問題であり、ダウン症候群と同じ立場なのだと訴えていくことを提案する。ただし、NIPTに全面的に反対すると、8~9割が1歳の誕生日を待たずに天に召される18トリソミーと13トリソミーの患児がNIPTへの反対運動により発生してしまうので、あくまで18と13トリソミーについては、NIPTに反対はしない、21トリソミーについてのみ反対している、18と13のNIPTを21のNIPTとセットにしているのは、行政と医師の都合であり、あくまで21トリソミーのNIPTについてのみ反対する姿勢を明確にしたほうがいいであろうと思われる。

 

 他の遺伝性疾患が一般に寝たきりになるのに対して、ダウン症候群は逆に元気になるという非常に特殊な存在である。私は自分の調べてきた様々な病気とダウン症候群を比較してある一つの仮説を建てた。ダウン症候群はヒトへの進化の途上に存在した染色体増加現象の主役ではないかという仮説である。つまりヒトとチンパンジーの共通祖先は、その前の種のダウン症候群みたいなお父さんとお母さんが産み、育てたのであろう主張して・・・みている。これがどのぐらい当たっているかは分からないが、調べてみるとカール・ユングを始めとして染色体が46本から48本へと増えることがヒトの進化であると考える学者は存在する。その中間である47本たるダウン症候群は、寝たきりではなく元気になる、生殖能力は特に男子では健常者より少ないが、それを補うかのように性欲が強い、つまり頻度で子孫を残そうとしているかのように思える。心臓といった臓器の問題さえなければ、自然環境では知能が低いのは現在ほど大きな問題ではなく、子供を産んで育てたのではないかと思われる。現在のように80年も生きることはなかったので、お父さんお母さんとしての役割を終えたら死んだところで、子を残したことが唯一で最大の成果だった時代の話である。心臓の問題もそれほど大きくはなかったのかもしれない。

 

 また、ダウン症候群を通じて46本から47本へ、47本から48本へと二段階で染色体を1対増やそうとすると、両方の場合で、半分異なる進化した姿の種を、産んで、育てるという行為が必要になる。私はこれが、ヒトの幅の広すぎる愛情の起源なのではないかと思う。なお、チンパンジーとヒトの共通祖先は48本で、ヒトに進化するときに2対が1対へと継ぎ足されて46本に戻った。本数は減ったが長さとしては増えている。愛情というのは、進化的には自分の子供に対してのみ発揮された方が生存のためには有利であるはずなのに、ヒトは他人の子にも愛情を覚え、さらにはイヌやネコといった異種までにも執着する。これは生存のためにはマイナスにしかならない。特に、子供が変なトカゲや蛇や小動物に興味をもって何となくかわいいと思って近づいた結果、噛まれて感染症や毒で死亡するといったことは自然環境では頻繁に起こったはずで、異種に対する愛情というのは進化的には害以外の何物でもない。長年、私の中でヒトの不必要に幅の広すぎる愛が謎だったのだが、半分進化して姿が変わった存在であるダウン症候群を愛さなければ生き残れなかったとすれば、説明可能である。つまり、我々はダウン症候群のことをかわいいと思うように言ってみればプログラムされていることになる。多少目の配置とかが違っても、それをかわいいと感じるように我々はできているのだろう。さらにダウン症候群のお父さん、お母さんも、半分異種である共通祖先を愛したから今日の我々が存在すると考えられる。二段階で異種への愛が試されたのではないだろうか。そう考えるとヨーロッパ人から見てダウン症候群の患児がアジア人のように見えたので、かつてモンゴロイドと呼ばれたという事実と、[外国人ハーフによる小進化...]の節で述べているヨーロッパ人に近い人種のお父さん、お母さんからアジア人の姿の子が生まれた、そして可愛いから他の子よりがんばって育てたのが今日のアジア人なので、アジア人はより子供ぽくて親の愛を得やすい姿になったのだ、という仮説の間で、偶然ヨーロッパ人のダウン症候群の患児と我々アジア人が似たと考えるよりは、必然的に似たとも考えることができる。

 

 また、高齢妊娠・高齢男性授精をするという状況は、自然環境においては男女が巡りあうのに40歳近くまでかかったということになり、種の集団の個体の数が激減して、絶滅寸前の状態である。この状況でダウン症候群が高頻度で生まれてくるのは、絶滅寸前であることに対応して、進化を促進しようとしようとする作用が働いているのではないだろうか。こう考えると、単一遺伝子疾患と同じく、ダウン症候群が進化の犠牲者、必要悪である可能性は非常に高く、・・・もしも染色体としての進化を促進する存在であると、他の動物の似た例か何かが発見されて学術的に証明されたなら必要悪ではなく、まさに必要ということになるのだが。ともかく、進化の犠牲者ならば、進化の頂点として健康な生活を謳歌しているヒトの健常者の方々が、NIPTの対象として最初に指定されてしまったダウン症候群への助成の増額を認めてくれてもいいのではないだろうか。もちろん、最終的には他の遺伝性疾患もそうなった方がいいという思惑はあるが、ダウン症候群で無理なら他の遺伝性疾患でも無理であろう。

 

 ダウン症候群が染色体の進化の主役と考えると、ダウン症候群に罹患すると逆に元気になるという他の病気ではありえない特徴が説明可能である。過去において染色体が増える途中で、強くなければ次の種へと生命を繋ぐために生き残れなかったからだ。そうして元気という特徴をもってしまった結果、ご両親がご高齢になり病気になった際に、患者会が人を雇ってダウン症候群のお子さんのところに派遣するぐらいの費用は今後ますます必要になると思われる。これまではダウン症候群の患者のご両親同士で助けあって乗り切った部分が、若いダウン症候群の患者がNIPTにより増えなくなることで問題が深刻となるので、NIPTにより新しいダウン症候群の患児が増えないことによる行政の予算の抑制分を、全部ではなくとも半分ぐらいはダウン症候群の患者会が得るのは論理として通用すると思うのだ。行政と医師は新しい生命をダウン症候群から守るという倫理に基いてNIPTを導入し、倫理に基いていたからなし崩し的に導入が進んだのであって、ダウン症候群に対する行政の支出を抑制するためだとは一言も言っていない。ならば、結果的に行政の支出が抑制される分を、ダウン症候群の患者会の弱体化を補うために使うのは、問題がないはずということになる。そうならないならば、やはり「次世代の日本国民の間引き」であるNIPTとPGDは、どちらも国民投票により対象疾患として18、13トリソミーだけでなくダウン症候群を含むべきかどうか決めるべきであろう。

 

 この目的のために、多少は現在のNIPTの問題点を突くことが必要で、口にせずとも疑問に思っていることを取り上げた方がいいと思われる。現在日本ではNIPTとして一社独占の形で性能が悪くて値段が高いシーケノム社のNIPTが採用されている。しかしこの会社は、2009年に大きな不祥事を起こしている。どうやらNIPTの治験成績を改ざんしたようである。こういった不祥事を起こしてまだ5年も経たずに復活して来るようなDNA検査会社は日本のNIPTコンソーシアムなどを通じて、医師にしかるべき何かを配っているのではないかと疑う方が自然であろう。もしも3D超音波装置などという金額はかかるが患者の利益にもなると思われる装置を配っていると、多少、どうすればいいか分からなくなるが。ともかく、不祥事から5年で完全復活して日本に1社独占で販売できてしまっているのは、何かを配っているのは間違いないであろう。

 

 技術的には長期的に考えてNIPTやPGDを支持・擁護し、倫理的には一時的に大反対をするという、私の立場は複雑だが、このようにして説明するための努力は行っているので、どうかご理解いただけると幸いである。

 



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