目次
はじめに
はじめに
宗教的表現について
研究者の方々へ - 検証中の仮説
外部リンクの表記、Android対応、訂正箇所のご指摘のお願い
概略
現在の症状
息子の誕生
さらに遠い通院へ
知らされなかった検査結果
アミノ酸分画検査結果
タンデムマス検査結果
合っているかもしれない仮説
閑話休題:創作話 トリケラお母さんの悲劇(# ゚Д゚)
DNA検査の実体験と仕組み
ミトコンドリアDNAの検査
ヒットカウント分析および共起性分析
23andMeのDNAアレイによる検査 - 販売停止命令に至る経緯
遺伝病とコモンディジーズの違い - 優性遺伝と劣性遺伝
ヒトはヒトであるが故にヒトの病を患う
コモンディジーズの検査方式 - アバウトなGWAS
23andMeの深刻な検査結果 - 統計の改善による影響
23andMeのその他の結果
エクソームシーケンシング
コモンとレアの重症度分布 - アレル頻度とエフェクトサイズ
個人向け遺伝子検査の選び方 - 罹患人口カバー率指標
閑話休題:製作物 DNAツリー
希少疾患と難病の制度および数値
希少疾患と難病の違いと制度的起源 - 日米欧比較
赤信号みんなで渡れば - 真面目な日本人の最悪の集団行動
もっとも希少な希少疾患 - 70億人にたった一人
もっとも正確な希少疾患の数 - 毎日約1つ希少疾患が増える?
希少疾患全体の罹患率 - 全部合わせると10~14人に一人
診断に至るまでの年数、または遅延 - 28年?!
GINA(ジーナ) - DNA検査時代の国民、患者を守る法制度
国民皆保険の功罪 - 患者をチェリーピッキングする医師達
節としてまとまらなかった事柄
希少疾患と感染症
感染症と希少疾患の関係 - 未診断の希少疾患という重症化因子
予防接種の健康被害としての未診断の希少疾患
希少疾患としての感染症 - 米国のAIDSの歴史
見えないところに死体の山
医師に頼らない因果関係の追求 - 脳症の本当の原因
更に複雑な感染症の話
医療訴訟が生み出す二次被害 - 無過失賠償制度の必要性
辛い記憶
両親を批判することについて
両親への間違った説明
辛かった学校生活
体育の次の時間に倒れてしまう
電車とバス
繰り返し運動による寝られぬほどの筋肉痛
食事の前後の発作
進化と感染症の間の遺伝性疾患
進化と感染症の間の遺伝性疾患
仮説の更なる展開 - 発見され増加を続ける希少疾患
卵子と精子の間の変異の導入の違い
感染症と遺伝性疾患で重度となる役割 - 男性淘汰進化説
絶滅のシナリオ - 感染症と遺伝性疾患の袋小路
進化のスピード調節 - もっとも強く訴えたいこと
進化と遺伝性疾患の「必然性の枠内の偶然性」
ダーウィンのUNdiagnosed
そして各論へ
遺伝学用語の混乱
遺伝学用語の混乱:genetic、遺伝か起源か
de novo変異 - 両親から受け継がれない優性遺伝の変異
個人向け遺伝子検査のガイドラインの乖離
みんなが保因者の劣性遺伝病? - 平均約10個の遺伝的荷重
劣性病的変異の健常者への影響 - 遺伝子プールの浄化説
あとがき
あとがき
これ以降分冊予定
▲▼そして各論へ
検証実験の山 - バッチ型検証実験の提案
希少疾患の中の更なる希少な患者群についての予測
環境因子か遺伝因子か
代謝異常についての進捗
遺伝子検査の2つの嘘
生まれの平等性または不平等性
▲▼生まれの平等性または不平等性
新型出生前診断と着床前診断 - 技術的に◯、倫理的に☓
生まれる前のDNA検査 - 科学的因果関係の追求ライン
技術としてのNIPT - 生まれのDNA検査の技術予測
我が子に故意に良くない遺伝因子を許容する親の罪
ディストピアな未来像 - 生まれの平等性が崩れた世界
不妊という社会問題 - 男性不妊と父性年齢効果
中絶による母体へのダメージ - 次の妊娠がうまくいく確率
着床前診断の問題点 - NIPTとの倫理的違和感
不妊治療としてのPGD - 不妊としての遺伝性疾患
生殖医療のリアルの写真
男女産み分けの国際比較 - 海外での生殖補助医療のリアル
着床前診断の潜在的なリスク - 子と女性へのリスク
フィルターされた人々による生まれの平等性、不平等性の支配
遺伝学用語の混乱:variation、多様性か変化性か
人権に基づく多様性、人権に基づく変化性
男性不妊と劣性遺伝病の完全予防 - 22世紀の精子起源工学
その他 - うまく分類できずとも価値のあるトピック
DNA検査の結果の公開 - シーケンシング機会の平等性
進化における神の概念
mtDNAとY染色体の永代性 - 未来の血縁者の不利益
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我が子に故意に良くない遺伝因子を許容する親の罪

 今はまだ多くの人には受け入れられないかもしれないが、極端な話、iPS細胞による人工子宮によって妊婦の肉体的なリスクや負担が軽減された場合には、おそらく、このように考えることができると思う。ヒトというのは、半分が遺伝因子で、半分が環境因子から構成されている。だから出生すればアキラと名付けられる胎児に遺伝性疾患が存在すると知らされて、そして産むという決定を下した場合には、アキラ君という人格に対して、不利な遺伝因子を与えていることになる。アキラ君はそう名付けられ、両親に愛され、地域社会の影響を受けて育つという環境因子による枠組みであり、その中で人格が育っていく。疾患をもった人が性善であると考えた方が居心地がいいが、実際は患者は善と悪の間で揺れ動いていく。不利な遺伝因子はやはり人格的にも不利な方向に働くことの方が多いのである。

 

 一度だけ中絶すれば、後は人工子宮により安全に生まれることができると仮定して、健康体に生まれることもできるアキラ君に、知能に影響を与えるほど重度でないとしても、肉体的に他の子より不利となる遺伝因子を与えるということに、両親の罪はないのだろうか?

 

 米国では疾患のある精子を販売したとして発症した子が精子バンクを訴える訴訟が起こり、どうやら勝訴している。法律用語に慣れてないので推測調になり申し訳ない。オープンアクセスでないのが残念だが、2009年に勝訴が伝えられたこの訴訟の場合は、学術論文として因果関係が証明されているようだ。精子にもPL法が適用されたとしている記事もあるが、詳細はよく分からない。いろいろと詳細が解説されているのは、ニューヨーク・タイムズのサイトに掲載されている2012年の記事で、精子ドナーによる遺伝病患児が報告された数百例にとどまらず数千例は存在するはずとして、対策の必要性が訴えられている。報告された数百例というのが、どのぐらいの重症度のものまで含むのかは、記事中では述べられておらず、リンクを辿る必要があるようだ。

 

 日本語の文献としては、粥川準二による「バイオ化する社会」の第一章で述べられている。

 

 自主的な対策として、レジストリと呼ばれる登録制により兄弟姉妹となるレシピエント同士で遺伝病の発症情報の共有を図るそうだ。また、ドナーの親族で遺伝病を発症した場合の報告義務、および、精子提供する前のDNA検査の範囲の拡大を、精子バンクと連邦政府に呼びかけるということのようだ。ネブライザーを付けた嚢胞性線維症の患児の写真が痛々しいが、この子の両親が精子バンクに対する訴訟を起こしたとのこと。20年より古くにRocky Mountain Cryobankが問題の精子を入手して、数年前閉鎖されたところを、その精子を嚢胞性線維症について検査済みと文書により保証された状態で、被告のNew England Cryogenic Centerが購入し、両親へと販売したという流れと説明されている。記事の真ん中ぐらいで記されている、カリフォルニア精子バンクの遺伝カウンセラーが神経線維腫症1型(NF1)の病的変異を精子バンクの中に発見したと学術報告したことと、写真の患児の訴訟の件は、読み取れた範囲では関係はしていないようだ。2013年に入ると、40人の患者が劣化した精子を提供したとして病院に対する集団訴訟が起こっている。年々コトが大きくなっているようだが、同ウェブページ中でPDFとしてダウンロードできる訴状を眺めても法律用語に阻まれてよく分からない。別の節で述べた医療訴訟の一般的な特徴のように、患者の重症度のみに比例して、陪審員にとって技術的な意味で理解が困難な、医療機関の過誤の程度を含んでいなさそうな雰囲気を漂わせている。こういった訴訟に刺激されて連邦政府が対策を打てばそれが一つの成果だと思うが、もしもそうならなければ患者にも病院にも不幸で、弁護士だけが儲かる仕組みが出来上がるのだろう。

 

 環境因子半分と遺伝因子半分の人格に、故意に良くない遺伝因子を許容する両親の罪へと話を戻したい。米国のように精子バンクを訴える社会にまだ日本はなっていないと思うし、なった方がいいとも思わないが、そこまでいかずとも両親のその時の気持ちやロマンによって、子という別個体の遺伝因子を意思決定するということに、後々何十年のうちに両親が罪の意識を感じることはないのだろうか? 両親が亡くなった後も子は生きていかねばならないのである。両親が生きている間だけ面倒をみることはできても、その後は? もしも自分達が交通事故で早くに死んでしまったら、誰がその子を助けてくれるのか? 難病法が施行されても予算が足りない足りないから助成の対象疾患をどこまで狭くしようか、なんて議論している日本社会なのに。もしも日本社会がその子の面倒を十分に見てくれるほど暖かければ、難病法なんて21世紀に至らないずっと昔に対象疾患を広げて施行されていたはずだ。これが物心ついてから四十年間、ずっと易疲労性と筋肉痛を感じてきた当事者、そして診断さえ受けられないため難病法の指定などされるはずもない当事者として、どうしても思ってしまうことなのである。

 

 日本のNIPTの導入の議論で白日の下に晒されたのは、まだ見ぬ我が子という別人格の遺伝因子を、危険に晒すか否か、両親がどちらにでも決定してもいいんだという、傲慢な考え方なのではないだろうか。我が子の健康を求めるのは、両親の権利だが、同時に義務でもあると思う。極端なことを言えば、NIPTが受けられる地域に住んでいて、検査費用の21万円が十分に支払えるのもかかわらず、NIPTを受けることをためらって、自分の子供が遺伝性疾患を患っても構わないと考える人間は、人の親になどなるべきではない。子を虐待して傷つけたり、そうでなくてもネグレクトする可能性が高いのは、そういった層だと思う。周囲や社会と闘ってでも子の病因性を排除しようとするのが、動物の親としての本能に基づく自然な行動だと、私は思う。

 

 さらに言うと、NIPTが受けられるにもかかわらず受けない方々の多くが、実は、医療目的でない男女産み分けなどというばかな親の都合で、あかちゃんの素である胚を海外に運んでまで着床前診断(PGD)を受けて潜在的なリスクを負わせる人たちと、同じ層なのではないかとさえ思える。[着床前診断の潜在的なリスク...]の節で詳しくふれるが、PGDとNIPTは目的は同じでも、健康なあかちゃんに対する侵襲が存在するのと全くないのとで対称的だ。「間引き」であるにもかかわらず、なし崩し的に国民の十分な議論なくNIPTが導入された点だけは批判すべきだが、健康なあかちゃんに侵襲がないこと自体は、非常によいことだ。

 

 PGDでは8分割ぐらいしかしていない胚から、8分の1を切除するので、言ってみれば、胚の大きさをヒトの体で考えたなら、手足をもぎ取られるぐらいの侵襲を受けることになる。この結果、他の7細胞に大きな傷を付けてしまうと、その胚はあっさり死んでしまう。だから傷がついた胚は排除されて患児として生まれないと言われているが、男性不妊や父性年齢効果で精子だった時の影響が自閉症や統合失調症まで及ぶことが統計として出てくると、やはり精子を含んで生じる胚にほんの僅かであれ傷がついたら、子が成人してからその後遺症に悩まされることは起こりうるのだ。親が遺伝性疾患を患っている場合には、PGDの潜在的なリスクよりも明らかな遺伝性疾患の方が重症だから海外ではPGDの対象となっている。既にマウスでPGDの動物実験を行ってアルツハイマー病の罹患率の上昇が指摘されているように、仮にヒトでもアルツハイマー病の罹患率を押し上げる形でリスクが表れるとしても、これはPGDで生まれてアルツハイマー病を発症する年齢まで生きた人口が生じるまであと半世紀ぐらいかかってしまう。もちろん、子がアルツハイマー病になるような年齢に至ると、両親は既に他界していることが多いだろうが、言ってみれば、ずっと先の子の健康など知ったことではない、女の子の方が育てやすいし一人産めば我々は祖父や祖母に「子供まだできないの?」と責められずに楽ができる、そういう発想で、男女産み分けだけのためのPGDは、海外で生殖補助医療を受けるための大金を積むことができる限られた富裕層の間で行われているのである。

 

 しかし、実際には、「医療目的でない男女産み分け」「男女産み分けだけのためのPGD」という、微妙に限定的な言葉を多用してしまうように、特に女性不妊、男性不妊の「治療」の一貫であると主張して、日本で不妊治療を行った記録があれば、完全に医療目的でないとは言い切れない場合の方が多いと思われる。後の節で述べるように、日本で不妊治療として体外受精の処置まで行っても原因が分からない不妊というのは、潜在的な遺伝性疾患の可能性があるはずである。そして遺伝性疾患というのは、例外を除いて、一つの疾患について、重症度の個人差を除くために、患者の間で統計をとったら、進化的に女子よりも男子が重症なのが当たり前である。つまり、日本で多くのご両親が望むといわれている、女子への産み分けを考えている場合は、医療目的であると主張しやすい。

 

 実際の他国のガイドラインにおいても、[男女産み分けの国際比較...]の節でヨーロッパでの男女産み分けの倫理基準が緩和されつつあることにふれるように、直系の親族に男性で重度となる遺伝性疾患を患った者がいて、PGDを受けようとしている対象の胚が二人目以降の子であれば、ヨーロッパの基準では今後多くが倫理的に認められていくはずである。

 

 詳しくは、[男女産み分けの国際比較...]の節で扱いたい。

 

 ただ、広く考えると、PGD、男女産み分けという特に能動的な行為を含まずとも、今日では高齢妊娠のリスクや父性年齢効果が具体的に知られるようになり、ある意味、高齢で子供を作るということ自体が、生物学的には、生まれてくる個人にとっては、ほぼ不利益だと分かっている。実際には高齢の父によるテロメア延長という例外*もあるので、あくまで「ほぼ不利益」としか記せないが。高齢によって増加すると思われる精子や卵子の変異は、非常に長い目で見れば種全体にとっては進化という利益になっても、ヒトの一生の時間スケールで見れば、言ってみれば淘汰という進化の苛酷さの渦中に我が子を投げ込んでいるような状態である。直感的にも科学的にも、高齢により子が遺伝性疾患を患うのに不思議はなく、それを知っていてなお、高齢妊娠、高齢男性授精を行わなくてはならないほど、社会が子を作ろうとしているご夫婦を、子の疾患といった困ったときに支えてくれるかどうか不安だということだと思われる。子の疾患で不安を感じて子を作るのが高齢となり、高齢妊娠・高齢男性授精により更に遺伝性疾患のリスクが増すというのは、悪循環であり、夫婦の事情としてあしらってしまうのではなく、社会保障の仕組みを分かりやすくして不安を取り除く必要があるのではないだろうか。

 

 私も子に自らの病気が子に遺伝してしまったかもと過去に絶望を感じた身である。タイトルを含め、この節が一部のご両親にとってきつい内容となってしまったことをお詫びしたい。ただ、自らが当事者であったが故に、どうしてもこの節を記さずにはいられなかったのである。

 


ディストピアな未来像 - 生まれの平等性が崩れた世界

 現状として、21万円を支払えず大きな病院へ何度も通院できないような地方の貧しい夫婦ほど新型出生前診断(NIPT)が受けられず染色体異常症を患う状態となってきている。これは今後技術が進んでNIPTが高度になるほど深刻な問題となる。生まれの平等性を貫こうとすれば、かなり早い段階から、どの疾患からどの疾患まで妊娠中絶といったことをしていいか、そういった生まれのDNA検査のために貧富の差を含んでしまっていいのか、そういう民意への問いかけが本来はNIPTの導入前に必要であった。

 

 地方でなく都市部でもありがちな例として、妊婦が、男性側に妻子ある不倫交際だったため、自分の子だとすぐには認めず、出産にあたってNIPT費用の21万円を支払えず、しかしそれでも中絶よりも産みたいと思ったとき、ほぼ当たり前になりつつある検査を受けられずにリスクを背負い、その結果患児が生まれれば負担が増えてますます貧乏になるのは、ディストピアへの入り口なのである。

 

 多少、荒い言葉を用いれば、日本で国民全員を健康保険に加入させ、自治体の病院に血の滲むような病院経営を要求して平等な医療を実現してきたものを、出生前診断というヒトとして認めるかどうかという根本の部分で資本主義的に格差をつけることで、破壊しようとしている。現在の状態が何十年も続き、トリソミーが高価なDNA検査を受けられない貧しい家系だけの疾患となってしまったとき、日本社会は富裕層と貧困層に二分割されているであろう。

 

 そうならないためには、「ヒトとして生まれを認めるかという基準は限りなく平等でなければならない」。

 

 裕福な者はより高度な生まれのDNA検査を受けて、より優れた子孫を残せるという社会になってしまうと、悪化したとは言っても他の一部の国々よりましな日本の経済的平等性が、根本の部分から破壊されてしまう。いろいろと齟齬を生みながらも下げたり上げたりして、何とか他の一部の国々よりましな状態に保ってきた実効税率の累進課税の議論は、いったい何の意味があったのだろうか? 生まれの部分で優劣の違いができようとしているのだから、仕事ぶりを客観的に評価すればするほど、富裕層の方が仕事ができるという事実を肯定せざるをえない。後はもう坂道を転がるように差別化が進み、世代を経るごとに富裕層は更に高度な生殖医療に大金を支払って、自分達は貧困層とは生まれが違う、貧困層の社会保障など税金として払っていられるかと考えるまでになってしまう。

 

 「生まれが違う」

 

 この表現は、DNA検査が普及する前の時代には現在まで比喩的に用いられて来たが、今後は生殖医療や生まれのDNA検査によって、生まれの違いが、科学的な事実となってしまう。最初に、現状ととして、NIPTで染色体異常症が都市部の富裕層、中流層から排除されつつある。次にNIPTの対象疾患に単一遺伝子疾患が追加されて同様に排除されるだろう。その次は、[みんなが保因者の劣性遺伝病...]で述べた平均約10個の劣性病的変異と、糖尿病やアルツハイマー病といったコモンディジーズが排除されるはずだが、そうなると、対象とする病的変異やSNPsの数が急に多くなり、SNPs周辺を長目に入れ替える必要があるため、違った手順になるだろう。NIPTでは不可能で、着床前診断(PGD)の手順となり、胚のDNAを基本として、問題のない塩基配列を残して問題のある塩基配列の部分を入れ替えることになるはずである。

 

 そういったヒトのDNA編集によるディストピアを描いたSF映画としてイーサン・ホーク主演による『ガタカ』が特に有名だが、これはあくまで米国映画である。現在もNIPT、PGD、その他の男女産み分けの生殖医療で、世界を圧倒的にリードし続けるこの国は、資本主義的にそういったDNA検査、DNA編集の技術が販売されるのが当然のことと考える傾向がある。こういった考え方は多民族国家である米国独自の考え方で、まずは資本主義があって、後から社会保障を考え、激しい社会運動により、遅まきでも社会保障がそれなりに機能してしまうという、非常に珍しい体質である。

 

 日本はそうではない。コモンディジーズしか診療報酬点数が決まっていないような歪な平等医療が当たり前のこの国では、NIPTが単一遺伝性疾患を対象に含もうとした時点で、希少疾患の多くが最初から存在しない方が医療のシステムとして都合がいいため、鋳型となる理想的なゲノムを元に、顔形といった限られた形質だけ胚のDNAから取り込んだ、基本がクローンのDNA編集の方が高齢化による医療費の抑制策として現実的と考えられるかもしれない。この極端な解決策が実行に移されれば、一気に医療費は抑制され、しかも平等な社会が出来上がるはずだが、そうなれば、日本人がアジア人とは少し違う人種になってしまう。逆に、反対運動によりそうはならない場合を考えてみても、やはり米国流の富裕層だけのDNA編集が、国内で一般的になるはずである。実際にNIPTがそうだったように。日本の国内が富裕層と貧困層の二つに割れるという経験したことのない状態に陥るだろう。そうなると貧困層をどうやって日本から追い出して、他の国の優秀な労働力をその代わりに日本に入れるかという議論になってしまうのかもしれない。

 

 もしも、基本クローンのDNA編集、米国流の個性を最大限残したDNA編集のどちらも採用せずに、NIPTを単一遺伝子疾患へと拡大するのさえも否定すれば、他の先進国で導入したのに日本だけが立ち遅れたとして批判を受けるだろう。患ってしまった子の両親はこう思うかもしれない。

「技術的には予防することができるはずの疾患なのに、政府やガイドラインを作る学会が予防のための意思決定をご都合主義的に怠った結果、我が子が患ってしまったのだ。彼らは自分たちの息子や娘が患うまで放置するつもりだろう。だから、我々への補償は訴訟を起こしてでも求めなくてはならない」

医療訴訟は患者の重症度で多くは勝ち負けが決まる。生まれた時からNICUで寝たきりで、1歳にならずに天に召されるような典型的な遺伝性疾患の場合は、もちろん、重症度としては最大限に高いのである。

 

 現在までの技術の進歩を見ると、NIPTが単一遺伝子疾患を対象とするところまでは、事態は必ず進行する。結局のところ欧米のすぐ後ろを(リスクを避けて)付かず(批判を避けて)離れずで後追いしながら、なるべく国内で実施される生まれのDNA検査だけでも、健康保険の対象とすることで平等な仕組みを作っていくしか、できることはないはずである。十年も経てば医療費の抑制策になるはずなのだから、長い目で見ればNIPTは健康保険で助成されてもいいはずである。健康保険の対象にさえなれば、それなりに平等性が保てる仕組みが既に日本でできているし、単一遺伝子疾患を重度の病的変異から優先して段階的に排除できるようになる。そうなれば、日本のコモンディジーズ中心の医療で5000種類もある希少疾患を900万人から1300万人も診断するという無理な負担も大幅に軽減される。

 

 しかし、現在すでにNIPTで、資本主義的な格差が導入されようとしている。

 

 ここまでが、日本国内の生まれの平等性を、NIPTに健康保険を適用することで確保すべきという下りだったが、遺伝性疾患が既知の病的変異に限ってNIPTにより抑制された場合、例えば、ざっくりと十年後、つまり10歳に至るまでの間に、一人あたり平均でどのぐらいの規模の医療費削減につながるか、というのが、今後の課題として残っている。この計算はおそらく非常に困難であるため、本節ではここまでとしたい。

 

 ここからは多少遠い未来の話であるため、現実味が薄れるが、先述の基本クローンのDNAを編集ということに関して、地球規模の影響を考えると、似て異なる集団を攻撃する本能が発達したヒトという種において、生まれの基準が異なる別の集団を内部に抱えることは社会的不安要因になりうる。

 

 身近なところで『機動戦士ガンダムSEED』というアニメ作品の中では、特定の集団が出生前にゲノム配列を操作した結果、野生型とは別の集団として発展し、互いに戦争をする未来が描かれている。

 

 ヒトは、似て異なる集団を攻撃するという本能がもっとも発達した動物である。土地、食物、水が足りなくなった厳しい状況では、それらを分け合っている別の集団を殲滅した方が、自分の集団が生き残る確率が向上する。だから別の食物を摂取する他の種よりも、同じ食物を摂取する類似種の集団の方が、殲滅すべき対象なのである。こうした事実を説明したところで不愉快な思いをするだけなので学者達はあまり説明したがらないが、ホモ・サピエンスはネアンデルタール人の集団を殲滅し、唯一の存在として生き残った。[23andMeのその他の結果]の節で私自身のネアンデルタール人のDNAの割合を紹介するように、我々は個体としては数パーセント程度ネアンデルタール人のDNAを引き継いではいるが、集団として見た場合にはやはり殲滅したと考える方が適切だろう。逆に我々がネアンデルタール人のDNAを引き継いでいることが、2つの集団が同じ地域に住んでいたことの証拠なので、いったん争いが起これば、おそらく言語能力に差があったろうから、現代のようになるべく話し合いの姿勢で臨んだとは思えない。話し合いの通じる現代でさえ、現在もまだ19万人の死者が出ている。

 

 もしもヒトで似て異なる集団を攻撃する本能が弱ければ、猿にもいろんな種があるように、ヒトにも言語能力の異なる様々な亜種が存在してもいいはずである。言語能力に関してアフリカ人でもアジア人でも不思議なくらい平等で、米英に生まれば誰でも流暢な英語を話し、日本に生まれば不思議なくらいみんな英語が苦手である。それでも辞書を引きながらそこそこの意思疎通は図れるのに、事実として2014年10月現在イラクでは戦火が拡大中である。やはり敵を個人ではなく集団として認識して攻撃する本能が、ホモ・サピエンスはとても発達していると言えるだろう。もちろんよい方向の発達ではない。

 

 希少疾患を放置して感染症などで偶発的に天に召されるに任せているのは、日本以上にアジア諸国でも言えるので、NIPTの拡大により希少疾患への対応の問題を一気に解決するにも、周辺国にも情報が行き渡り利益がある形でオープンに進めるべきと思われる。その方が、国によってDNAのグレードが違うなどという、不必要な齟齬を生まずに済むはずである。

 


不妊という社会問題 - 男性不妊と父性年齢効果

 夫婦とも年月が経て高齢となるにともない不妊率が上がる。数値で示すと、女性側の不妊率は、20-24歳が5%、25-29歳が9%、30-34歳が15%、35-39歳が30%、40-44歳で64%となっている

 

 女性の不妊率が、個人差はあるだろうが、平均的には40歳を境に50%を飛び越えて跳ね上がる原因として、40歳台に達してしまうと、胚移植後の妊娠率が急激に低下することが挙げられる。図3の「妊娠率/総ET」と示されているのが、体外授精で受精卵を作るのに成功した後、その受精卵を着床させて妊娠するのに成功する割合である。グラフの左と右の両側に目盛りがあるため迷うが、おそらく右側の目盛りはレジェンドの一番右の「流産率/総妊娠」だけのはずで、「妊娠率/総ET」については左側の目盛りと思う。年齢的な妊娠の限界を、生殖の技術は進歩しても、基本は江戸時代のままと表現した記事もある。言い得て妙である。確かに進歩したのは技術だけで、卵子や精子そのものが進歩したわけではない。40歳を超えても支払いさえできれば不妊治療は続けることができるが、費用対効果の点から、言わば40歳が損益分岐点であろうと思われる。35歳の壁」と表現している記事もある。繰り返しになるが、個人差は見積もっていない。

 

 男性不妊の年齢変化については、近年の日本で頻繁に紹介されている研究結果として、ヨーロッパで行われたある研究から、男性の方が5歳年上という形で結婚する場合、実質的には男性不妊率の方が女性不妊率よりも問題というものが挙げられる。元のDunsonらによる文献を読んでも確かにそうなっているし、782人の女性がミラノ、ヴェローナ、ルガーノ(スイス)、デュッセルドルフ、パリ、ロンドン、ブリュッセルから対象とされたとあるので、非常にお金がかかったちゃんとした研究である。しかし、男性不妊が5歳年上で問題になるという結果を見た時、違和感を感じた方は多いのではないだろうか。直感的には10歳年上ぐらいで女性不妊と吊り合うような気がした。その根拠は何かというと、男性が結構ご老体でも女性が若ければ出生しているご夫婦を身近に知っているからである。具体的にはWHOの少し古い統計を元にしたグラフだと、あくまで不妊率ではなく、出生率という形であるが、男性側のピークは50歳ぐらいのところにあるように見える。この食い違いを現在のところうまくは説明できないが、詳しく研究すればするほど、不妊全体の中で男性不妊の占めるウェイトが大きくなりつつあるのは間違いない。

 

 Wikipedia英語版には男性不妊のページとは別に"Paternal age effect"(父性年齢効果)というページが設けられている。父性年齢効果というのは私が作った訳なので、複数の学会で通用する別の訳があれば読み替えていただきたい。しかし、同様の母親の年齢の方は"Adcanced maternal age"とWikipedia上でも別の表現になっており、用語の混乱が始まる兆しがあるので、グーグルを用いたヒットカウント分析を行う。2014年12月6日の結果である。

 

"高齢出産" 約 4,860,000 件

"Advanced maternal age" 約 483,000 件

"高齢妊娠" 約 90,600 件

"Advanced paternal age" 約 28,700 件

"maternal age effect" 約 21,900 件

"Paternal age effect" 約 18,900 件

"母性高齢" 約 142 件

(参考) "高齢授精" 4 件(実質的にはヒットなし)

"父性年齢効果" 4 件(本著が含まれる)

"父性加齢効果" 2 件

"母性年齢効果" 一致はありません

"男性高齢授精" 一致はありません

"父性高齢授精" 一致はありません

"父性高齢効果" 一致はありません

 

一応、父親の年齢によって起こる現象の方は、父性年齢効果で統一し、その行為の方は男性高齢授精で統一したい。しかし、どの用語も一般的でないことに代わりはなく、すでに母親の用語の方でも英語との対応が付けられないため、やはり複数の学会の間で用語を統一していただいた方がいいと思われる。これらの用語を選択した理由は、すでに本著で記してしまっているからという後ろ向きな理由が主である。男性高齢授精は、受精だと精子を受ける女性側の行為になるので、男性側の行為なので授精とした。男性不妊がmale infertilityとされていることから考えると、fertilizeをそのまま男性の行為に当てはめても英語では不自然でないはずだが、日本語訳は「受精[受胎]させる」となっていて、使役表現になっているため、男性受精と言っても男性受胎と言っても使役のニュアンスが省かれてしまって違和感がある。仕方なく授精とした。なお、高齢妊娠と高齢出産は、本著ではなるべく区別している。遺伝性疾患の観点からは、妊娠することと、無事に出産することは異なっているからである。流産の多くが生まれることさえできないほど重度の遺伝性疾患によるはずである。

 

 Wikipedia英語版の父性年齢効果のページによると、精子からの遺伝性疾患の導入があるだろうと皆が思って研究が進んでも、男性不妊や古くから父親の高齢により起こると知られていた軟骨形成不全症の他には、2014年に至るまでに自閉症と統合失調症のリスクしか出て来なかった。しかし、高齢妊娠の方でも同じ統計的な調査方法で染色体異常症以外に何かが出たわけではないため、結果として希少疾患の患者を調べて特定の希少疾患の統計が形成されることはあっても、稀すぎて100万~1000万人規模といった相当大型のコホート研究*でない限りは有効でない可能性が高いと思われる。

 

 しかし、[仮説の更なる展開...]でサンガー・インスティチュートの親子ゲノム比較の研究が示したように、良性の多型か病的変異かはっきりしないものを合わせて、約60個に及ぶde novo変異が子に導入されているということなので、自閉症とde novo変異の関連性の強さを考慮すると、男性側の高齢によってde novo変異で起こると知られている遺伝性疾患全般で罹患率が上がるという推測が成り立つ。そういった疾患の中で本著で既出のものは、アンジェリーナ・ジョリーが予防的乳房切除術を受けたBRCA1による乳がんである。BRCA1によるがんは常染色体優性遺伝のパターンをとるため、母からだけでなく父からも同様に遺伝して、息子でも稀に起こり、娘の場合は高頻度で死亡原因になる。

 

 父性年齢効果についてまとめると、de novo変異が中心であるためにGWASがあまり有効でないため研究に時間がかかっているだけで、男性不妊と同様に、子の健康を第一に考える立場からは、母親だけでなく父親も若いほうがいい、という話に何十年か後にまとまるであろうと思われる。しかし世の中の流れはまるで逆で、子育て中に職を失うといった社会保障に対する不安から、父母共にますます高齢化しているのが日本の実情である。

 

 

 国際比較として、日本の不妊治療クリニックの多さが端的に日本社会の抱えている矛盾を表しており、あくまで典型的なパターンとしての類推にすぎないが、若くして産めば子の疾患も自らのリスクとしても最小化できるのに、経済的な社会的な不安から、若い頃には中絶を繰り返し、[中絶による母体へのダメージ...]で述べるアッシャーマン症候群のダメージを蓄積し、結局高齢で子を産もうと決めた時には妊娠できずに不妊治療に散財してしまうという、悪循環が成り立ってしまっているのではないだろうか。繰り返しになるが、これは行為としては女性、男性、両方にあてはまる問題である。しかし、リスクは女性の方が高齢出産や排卵誘発剤により遥かに多く背負っている。

 

 当初、このトピックで養子と婚外子が整理されておらず、私が間違った理解をしていたため、以下に詳しく書き改めることになった。

 

 米国では、まず里親となることを望み、やがて養子縁組*する例が多いそうである。これはおそらく不妊と大きく関係していて、とりあえず里親となっている間に、年齢が進んで不妊治療が効果がないことが確定的となり、そのタイミングで養子縁組をするパターンが多いのではないかと推測する。里親の段階では法的拘束力が緩いため、親子としての愛情関係を築けずとも、平たく言えばキャンセル可能なので、リスクを最小化できる。不妊治療により徹底的に実子を望む日本とは対称的である**§。しかし、米国の方式は、過度に資本主義的に商業化されているようにも見え、他国から養子を輸入するところまで行ってしまっている**。米国の方式が、日本にとって見習うべきかどうかは、正直なところ、現時点では分からない。里親制度と養子縁組の違いは、里親制度が法的に拘束力が緩いのに対して、養子縁組は正式の親子関係である。日本では特別養子縁組という制度になる。

 

 現状、特別養子縁組を望める乳幼児の実数が分かりにくくなっており、現在は親はいるが養育不可能になったため乳児院や児童養護施設に預けられている場合が多い*ものを特別養子縁組を望む乳幼児の中にどのぐらい含められるかで、実数が極端に違っている可能性がある。日本でも不妊治療から養子に切り替える夫婦が多くなっている*一方で、実親が養子縁組に同意していない乳幼児が多い*とされている。早ければ早いほど親子の愛情をはぐぐみやすいといった点から、乳児院を通さない愛知方式に利点があると言われている*。おそらく、不妊治療中に、とりあえず里親制度を体験して、その結果により不妊治療を諦める、いわば予行演習でリスクを見込むというやり方が、日本では精神論的に生半可として、児童相談所などにより強く拒絶されているのではないだろうか。里親に金銭が支払われる、金銭が支払われない里親制度の枠がないか少ない、都道府県により里親制度が異なるといった部分が、もう少し緩和されてもいいのではないだろうか。

 

 婚外子により不妊の問題が緩和されるとも言われており*、因果関係としては里親、特別養子縁組ほど積極的に緩和されるわけではないが、結果的には婚外子が多い社会は、不妊が少ない社会になるであろうと思われる。他の先進国並みに何割といった多数の婚外子が、同棲やシングルマザーという結婚前の段階で生まれても、社会保障や周囲の理解として大丈夫な社会であれば、高齢になってから一人目の子を望むという生物学的に無理な課題が緩和されるはずである。しかし、他の先進国でそうなっているもう一つの理由は、中絶はいけないと言われるキリスト教国であるために妊娠したら中絶よりも産む方向に周囲が理解を示しやすいことが挙げられるため、仏教、神道、または無宗教の日本では、周囲が理解を示しにくいという、日本独自の事情があると思われる。それでも、日本でも法整備が進み、2013年にようやく婚外子の相続格差が違憲となり法改正された。

 

 全体的に不妊は社会のあり方の問題と言える部分が多く、特に中絶を許容して、婚外子をあまり許容して来なかったという先進国の中では違った体質を持っている日本独自の問題が大きい。里親ひいては特別養子縁組についても、婚外子ほど酷くはないはずだが、ウェブページを探してもまとまった情報が少なくて、特別養子縁組可能な乳幼児の実数が分からず、日本独自の閉鎖性のようなものがあるのではないだろうか。単純に高齢の夫婦の問題にして済むという性格のものではなく、男性不妊、父性年齢効果の影響も示されてきていることだし、高齢妊娠で染色体異常症が増えるということも考慮すると、若くして産める環境づくりをしないと、悪循環が今後も続いていくと思われる。

 


中絶による母体へのダメージ - 次の妊娠がうまくいく確率

 NIPTを受けるという選択肢をとる場合、中絶を前提にしている。しかし、中絶による母体へのダメージと、NIPTで陽性となった場合に、次の妊娠がうまくいく確率を計算した文献は今のところ見つけられない。だが、本来は極めて重要なはずである。遺伝カウンセラーの仕事を高度に考えれば、学術論文を読んでメタ分析により、個々の症例に対してそういった確率を計算してくれてもいいはずだと思うが、果たしてそういったことがどのぐらい困難なものかを、まずは試みようと考えた。

 

 中絶によるダメージとしては、アッシャーマン症候群だけと考える。この疾患は、一言で言えば中絶した時の傷による癒着により妊娠しにくくなることで、詳しいことは産婦人科医の方々が書いたものを探していただきたいが、日本ではこういった病名や一回の中絶による罹患率を具体的な数値として教えてこなかったようだ。様々な病名で呼ばれているようなので、グーグルを用いたヒットカウント分析を行う。2014年12月4日の結果である。

 

"Asherman syndrome" 約 101,000 件(Asherman'sを含む)

"Asherman's syndrome" 約 89,600 件

"uterine adhesions" 約 15,200 件(intrauterineを含む)

"uterine scarring" 約 12,000 件(intrauterineを含む)

"uterine synechiae" 約 9,570 件

"intrauterine synechiae" 約 8,460 件

"intrauterine adhesion" 約 7,490 件

"アッシャーマン症候群" 約 6,460 件

"uterine synechia" 約 3,890 件

"子宮内癒着" 約 3,870 件

"子宮腔癒着" 約 2,140 件

"子宮腔癒着症" 約 1,760 件

"子宮癒着" 約 1,420 件

"intrauterine scarring" 約 1,070 件

 

以降では、アッシャーマン症候群で用語を統一する。略記としてASを用いる。

 

 ASは、流産をするとどのぐらい罹患するかは明確な数値があるが、人工妊娠中絶をするとどのぐらい罹患するか、はっきりと言い切ったものは未だに見つけられない。このことが意味しているのは、中絶に対する宗教的反対運動がつよいキリスト教国の多くで、中絶によってASなどを患って不妊になるのは、自業自得だと考えられており、具体的な数値を示して中絶しようとしている女性に安心感を与えることがタブーとなっているのではないだろうか。しかし、実際問題として、キリスト教国で積極的にNIPTが行われているのにそういった数値がないことは非常に矛盾しているため、何らかの目安はどこかに記されているものと思われる。

 

 一応、Wikipedia英語版にどういった条件かを記さずに、1回の掻爬術の後16%と記してあるのを目安として信頼することにしたい。この16%という数値が記された元の文献の概要を読むと、早期の突発性流産("spontaneous first trimester abortion")と記されているが、そういう条件を省いて考えてもよいぐらいの数値だと思われたので、Wikipediaで条件が省いて記されて、訂正されずに現在まで残っていると考える。

 

 ASの結果どのくらい次の妊娠が困難になるか調べようとしたところ、中国の研究グループがASについてのかなり包括的なレビューを出していた。

 

Yu, Dan, et al. "Asherman syndrome—one century later." Fertility and sterility 89.4 (2008): 759-779.

引用元 184

 

"Outcomes of Treatment"および"PROGNOSIS"の節に、各条件で、かなり幅を持って記されているが、単純に妊娠率で評価することはできず、ASにより出生率(live birth rate)も低下すると示されている点がおそらく最も重要である。つまり、ASにより流産や死産も増えると述べられている。その上で子宮鏡を使った治療を行えば、大幅に改善すると述べられているが、どのぐらいの患者が子宮鏡治療を受けたかというのが述べられていないため、総数としては分からない。子宮鏡治療を受けて、妊娠に成功したのが74%、さらにその中から出生に成功したのが79.4%と述べられているので、子宮鏡治療トータルで60%付近に落ち着くはずである。これに何割かは子宮鏡治療を受けずに妊娠してしまうものと考えて、トータルで大雑把に半分の50%がASの後出生に成功するものと考えたい。時間経過で自然に治癒する場合があるかもしれないが、そこまで考えても、もともと人工妊娠中絶に限った研究がないので、仕方がない。

 

 一度目の妊娠で中絶をして16%がASに罹患し、罹患した半分が出生に成功しないとするとすると、中絶当たりのトータルで8%である。もしかすると日本の高度な医療ではもっと小さいのかもしれないが、学会などによるオープンアクセスの文献を見つけられないので、仕方がない。

 

 一度目の妊娠のNIPTの結果を考える際には、ASによるこの8%という確率で、二度目の妊娠・出産が成功しないのを許容するか否かということになる。

 

 ASに加えて、何年も経た二度目の妊娠の際には、35-39歳で30%といった不妊率*が上乗せされる。しかし、「一度妊娠した女性(妊娠できた)が、その次の子供をもうけられない可能性(不妊率)」と述べられているように、先述のASの8%の一部、妊娠までの成分を、この30%の中に含んでしまっているはずである。しかし、実際問題として分割できず、8%という30%と比較すると小さい数値の中身を、更に分割するほどこの試算には精度がないため、便宜上独立のものと考える。ASをパスするのが92%、年齢による不妊をパスするのが70%とすると、乗算して64%である。不妊率の中には女性・男性、両方の効果が含まれていると考える。更に、一度目の妊娠のNIPTの結果によって場合分けされる。

 

 ダウン症候群といった典型的なトリソミーで陽性となった場合は、偶発的な染色体の不分離が原因のはずで、夫婦に遺伝学的な原因が存在しないためシンプルで、二度目の妊娠・出産に成功する確率はそのまま64%である。

 

 単一遺伝子疾患までNIPTが対象疾患を拡大した場合は、de novo変異の場合を例外として、優性遺伝の疾患で陽性であれば、一度目の妊娠で中絶を行っても、二度目の妊娠でも50%の確率で同じ状況となる。劣性遺伝の疾患で陽性であれば、二度目の妊娠で25%である。それぞれ、二度目の妊娠・出産に成功するトータルの確率は、先述の数値に乗算して、優性遺伝で64%x50%=32%、劣性遺伝で64%x75%=48%である。

 

 その他の染色体異常症までNIPTが対象疾患を拡大した場合は、NIPTがそういった疾患で陽性となった後、夫婦染色体検査で異常が見つかるかどうかによって変わり、最も複雑である。夫婦のどちらかが既に染色体異常症である場合には、典型的には優性遺伝の遺伝パターンに近い32%のはずである。ただし、様々な非典型のパターンがありえて、性染色体の異常が絡むと子の性別によって事情が異なったりと、あくまで典型的な場合の数値しか示せない。ダウン症候群の方が子をもうけようとすると健常者の子ができる確率が優性遺伝のパターンよりも高くなり、およそ67%となることが知られている。だが、これは子にダウン症候群が優性遺伝的に継承して流産となる効果を込みにした数値のはずで、流産が更にその後のASの発症原因となるため、67%というように大幅に良くなるとは考えられず、優性遺伝のパターンの32%を少し上回るぐらいではないだろうか。その他の染色体上昇で夫婦染色体検査で異常が見つかった場合、二度目の妊娠・出産に成功するトータルの確率は、32%よりも少しよい数値と思われる。

 

 その他の染色体異常症でNIPTが陽性となった後、夫婦染色体検査を行っても夫婦のどちらにも染色体異常症が見つからない場合は、基本的には典型的なトリソミーと同様にそのまま64%と考えるしかないが、仮定として最も複雑であるため、ほとんど確かなことは言えない。

 

 以下に各場合の検討結果を一覧としてまとめる。

 

典型的なトリソミー 64%

優性遺伝 32%

劣性遺伝 48%

その他の染色体異常症で親から継承の場合 32%を少し上回る

その他の染色体異常症で親から継承でない場合 64%と仮定せざるをない

 

一度目の妊娠のNIPTの結果を考える際には、これらの確率で、二度目の妊娠・出産が成功するということになる。典型的なトリソミーといった場合は64%と考えられるので、それほど問題なく、中絶を検討できるが、優性遺伝とその他の染色体異常症が親から遺伝する場合は32%になってしまうので、かなり迷うところのはずである。

 

 NIPTの範囲が比較的軽度の遺伝性疾患まで拡大されたとしても、比較的軽度の疾患で陽性となった場合には、中絶を行うのはためらわれる数値と思う。どんな疾患かによって産むかどうかが分かれると思われる。この試算の問題点として誤差範囲を示していない。すでに二度目の妊娠・出産の成功率が50%を切っている場合は、もう一度自然受精で挑戦するという選択肢はないのではないかと言いたいところだが、誤差範囲を広く考えると、それもためらわれる。ともかく、成功率が低くなるにともなって、欧米のように婚外子という選択肢か、あるいは、体外授精+着床前診断(PGD)という選択肢が重要となるはずである。

 

 最終的にはASといったダメージを受ける妊婦が、NIPTで陽性となった疾患を許容するかどうかで決まる。しかし、将来に遺伝性疾患で苦しむ人口を減らそうとしてNIPTの対象疾患を拡大すると、最も重度の疾患が最初に追加される。NIPTで陽性となる可能性は非常に小さいが、万が一陽性となって、二度目の妊娠・出産が成功する確率を理解すれば、やはり中絶の方向で考えない場合よりも、考える場合の方が多いであろう。しかし、最後には、やはり胎児の生命を絶つだけの正確さがこの試算にあるのかという疑問が生じ、誤差範囲としてはどのぐらいかという話になる。現在のところ、遺伝カウンセラーの方々が上記同様の、英語文献でしか元になる数値が存在しないような試算をしているとは、正直思われず、やはり、誤差範囲を込みで妊婦に試算を示すための努力が研究者レベルでなされるべきではないだろうか。自分が誤差範囲を計算していないような試算を、他人にやってくれというのは気が引けるが、たったこれだけの試算でも実は仮定が少なくなる条件を思いつくまでにものすごく時間がかかっている。私としてはここまでが一応の限界である。

 

 その他、母体へのダメージとして、麻酔によるリスクが存在するが、ここではその存在のみ述べるだけにしたい。これはNIPTが対象疾患を拡大すればという話ではなく、一般的な話であり、単純に全身麻酔手術は麻酔科医のいる病院で受けた方が安全である。

 

 NIPTが様々な遺伝性疾患へと拡大された場合、という方向で試算を行ったが、ダウン症候群に関してだけは、[生まれる前のDNA検査...]の節で述べたように、将来的に心臓病の重症度が分かるという、症候群の中でより詳しく調べる方向にNIPTが拡張されるかもしれない。つまり、単純に陽性か陰性かという話ではなく、もっと細かい区分で1年生存率を予測できる可能性がある。ただ、倫理的な選択肢として増える方向になるため、本節の試算でも場合分けで複雑な話に思え、他で試算した例を探しても見当たらないのに、さらに選択肢を提示されてもその情報を有効に活かせるかどうかは、正直なところ分からない。ただ、技術予測としては、将来的にありうるという話である。

 


着床前診断の問題点 - NIPTとの倫理的違和感

 [中絶による母体へのダメージ...]の節で、NIPTが対象疾患を拡大した場合を想定し、一度目の妊娠でNIPTが陽性となり中絶した場合、二度目の妊娠・出産の成功率が荒い試算で32~64%と低くなるため、軽度の疾患の場合迷うところだろうと述べた。特に単一遺伝子疾患の場合や、夫婦染色体検査で陽性となった場合には、二度目の妊娠・出産を無思慮に行っても、一度目の妊娠と同じ結果になる可能性が高く、しかも、加齢とアッシャーマン症候群(AS)により状況は悪くなっていく。結局欧米で行っているように体外受精と着床前診断(PGD)の組み合わせで対応するしかない。

 

 体外授精に関しては日本はクリニックの数も実施症例数も豊富なので、問題は生命倫理に抵触しがちな着床前診断(PGD)の方である。タイで代理母を多数雇う資産家のニュースで誰もが知ってしまったように、タイはアジアでは例外的に生命倫理からの拘束力が緩く、人件費が安いため海外からの顧客を対象とした出生に関するビジネスが乱立している。日本も法的に厳しいわけではないが、事実上厳しい。基本的には、タイでも米国でも、現地を2回訪れないといけないようだ。しかし、冷凍受精卵輸送により日本にいながら米国でのPGDが可能としているエージェントが存在し、タイでのPGDでも同様のエージェントが存在する。特に後者の方は、一般に知られている相場よりもあまりにも安いことを公表しているため、鵜呑みにしていいのか全く分からない。おそらく、受精卵を冷凍すること自体は、大きな問題ではなく、現地に渡航した場合にも一度は冷凍するのではないかと思う。問題は日本から輸送すると必ず2回以上冷凍しなければいけない点ではないかと思うが、冷凍回数と成功実績の関係を数値で示していただかないことには判断材料がない。

 

 NIPTで陽性が出た場合という、稀なケースに言及してPGDのテーマに入ってしまったが、この流れからも示唆されるように、NIPTはPGDと倫理的にあまり違いがない。次の図のように、一つの図の中にPGDとNIPTの両方の手順を置いて比較してみた。こうしてみると、生命倫理のポイントとして、PGDでは「選別」という手順が入るのに対し、NIPTでは「中絶」という手順が入る。この二つを同罪とみなすか、選別の方がたくさん胚を排除するから罪が重いと考えるか、中絶の方がヒトの顔形に近いから罪が重いと考えるかということになる。これ以降は1細胞のことを受精卵と述べ、卵割して複数の細胞になったものをと記す。

 

 私は選別で排除される胚の数が、科学的な根拠のある透明性の高い基準にそって制限され、医療目的でない男女産み分けなどという実にくだらない理由のために不当な数の胚が排除されるのでなければ、PGDの方が、妊婦の受ける肉体的および心理的ダメージの両方を軽減できるという点から好ましいと思う。

 

 医療目的でない男女産み分けについて補足すると、[男女産み分けの国際比較...]の節で詳しく触れるが、ヨーロッパでは少しずつ重症度の低い遺伝性疾患までPGDを拡大しつつ、一度医療目的でPGDが認められ、胚として男女両方が得られ健康上等価であれば、付随的に男女の産み分けを認める方向にある。条件が複雑だが、非常に合理的な考え方をしている。

 

 PGDは、国内で行うか、海外で行うかにより、違いが出る。本来は国内で平等に行うべきところが、主として透明性の高いガイドラインの不在によって、事情を詳しく知る者だけが国内で利用して、それ以外の大多数は海外で利用する状況になっている。もちろん産婦人科医の方々が良心で動いて下さっているのは間違いない。しかし、結果として状況は患者のためにならない方向で動いてしまっている。NIPTの導入についても、技術的に見ればよいことだったと思うが、生命倫理の点からPGDと大きな差がないと思われるため、違和感はいっそう増した。

 

 本来ならば、NIPTが採血だけで済むというお手軽な理由でなし崩し的に実施されるのであれば、PGDも範囲を限定して実施基準を透明化すべきであった。

 

 2014年9月現在のところ、日本産科婦人科学会がPGDに対する「見解」を公表しているが、あくまでガイドラインという名称でもなければ、法的拘束力も全くない「見解」なのである。その割に「適応の可否は日本産科婦人科学会(以下本会)において申請された事例ごとに審査される」と患者にとっては不透明で、学会の立場を強めるのに都合が良い基準が導入されている。この結果、一部で学会見解の拘束力のなさを知っているクリニックだけが100例を越えるPGDに踏み切る一方で、国民の多くはこういったものは「闇」で行なわれているものなので、金を積みさえすれば海外で体外受精してPGDによる男女産み分けまで許され、国内の「闇」のものよりむしろ合法だと考えてしまっている。この結果、海外への体外授精とPGDの紹介ビジネスが基準がないまま乱立することとなり、NIPTという次の技術が登場して現在に至っている。

 

 政府が日本産科婦人科学会にPGDの見解を示すように促したという記述は検索しても出てこないので、ある意味、この見解そのものが非公式のもので「闇」とも言える。むしろ「次世代の日本国民の間引き」の基準を国民投票などの公的な手段でオーソライズするのを阻み、学会が申請を受理するかどうかという不透明な基準により、ごく一握りの権力のある産婦人科医が自分達の胸三寸のものにしようとしているかのようだ。だったら、日本産科婦人科学会ではなく、似たような名前の日本産婦人科医会の方がホームページが分かりやすいし、別の学会で基準を透明化してくれてもいいのではないかと考えるのが普通である。混同しやすい似たような名前の2つの学会が存在すること自体、公的に区別されなければならないほどの存在でないのを自ら認めているようなものだ。政府が基準を明確にせずに1990年に行われた世界最初のPGDから24年間も放置しているなら、いくらでもある地域の産婦人科学会でローカルに基準を透明化してもらった方がむしろ健全なのではないかという考え方もある。とくに先端医療開発特区が唱えられる近年は、一部地域だけが全国での特定の医療の実施よりも先行するのに不自然ではなくなった。

 

 NIPTとPGDは同じ生命倫理的基準で取り扱われるべきであり、NIPTが認可されるのにPGDが基準を明確にして認可されないのは、欧米の状況を調べれば調べるほど矛盾が大きい。結果的に、事情を知る一部の人々だけが国内で利用して、さらにお金持ちだけが男女産み分けのために海外で利用して、情報が得られずお金もない者は、遺伝性疾患を患っていても利用できない、それを許容するような見解なら、ガイドラインとさえ呼ばれていないような見解に従う必要があるのだろうか。その効力を疑うべきだと私は思う。

 



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