目次
はじめに
はじめに
宗教的表現について
研究者の方々へ - 検証中の仮説
外部リンクの表記、Android対応、訂正箇所のご指摘のお願い
概略
現在の症状
息子の誕生
さらに遠い通院へ
知らされなかった検査結果
アミノ酸分画検査結果
タンデムマス検査結果
合っているかもしれない仮説
閑話休題:創作話 トリケラお母さんの悲劇(# ゚Д゚)
DNA検査の実体験と仕組み
ミトコンドリアDNAの検査
ヒットカウント分析および共起性分析
23andMeのDNAアレイによる検査 - 販売停止命令に至る経緯
遺伝病とコモンディジーズの違い - 優性遺伝と劣性遺伝
ヒトはヒトであるが故にヒトの病を患う
コモンディジーズの検査方式 - アバウトなGWAS
23andMeの深刻な検査結果 - 統計の改善による影響
23andMeのその他の結果
エクソームシーケンシング
コモンとレアの重症度分布 - アレル頻度とエフェクトサイズ
個人向け遺伝子検査の選び方 - 罹患人口カバー率指標
閑話休題:製作物 DNAツリー
希少疾患と難病の制度および数値
希少疾患と難病の違いと制度的起源 - 日米欧比較
赤信号みんなで渡れば - 真面目な日本人の最悪の集団行動
もっとも希少な希少疾患 - 70億人にたった一人
もっとも正確な希少疾患の数 - 毎日約1つ希少疾患が増える?
希少疾患全体の罹患率 - 全部合わせると10~14人に一人
診断に至るまでの年数、または遅延 - 28年?!
GINA(ジーナ) - DNA検査時代の国民、患者を守る法制度
国民皆保険の功罪 - 患者をチェリーピッキングする医師達
節としてまとまらなかった事柄
希少疾患と感染症
感染症と希少疾患の関係 - 未診断の希少疾患という重症化因子
予防接種の健康被害としての未診断の希少疾患
希少疾患としての感染症 - 米国のAIDSの歴史
見えないところに死体の山
医師に頼らない因果関係の追求 - 脳症の本当の原因
更に複雑な感染症の話
医療訴訟が生み出す二次被害 - 無過失賠償制度の必要性
辛い記憶
両親を批判することについて
両親への間違った説明
辛かった学校生活
体育の次の時間に倒れてしまう
電車とバス
繰り返し運動による寝られぬほどの筋肉痛
食事の前後の発作
進化と感染症の間の遺伝性疾患
進化と感染症の間の遺伝性疾患
仮説の更なる展開 - 発見され増加を続ける希少疾患
卵子と精子の間の変異の導入の違い
感染症と遺伝性疾患で重度となる役割 - 男性淘汰進化説
絶滅のシナリオ - 感染症と遺伝性疾患の袋小路
進化のスピード調節 - もっとも強く訴えたいこと
進化と遺伝性疾患の「必然性の枠内の偶然性」
ダーウィンのUNdiagnosed
そして各論へ
遺伝学用語の混乱
遺伝学用語の混乱:genetic、遺伝か起源か
de novo変異 - 両親から受け継がれない優性遺伝の変異
個人向け遺伝子検査のガイドラインの乖離
みんなが保因者の劣性遺伝病? - 平均約10個の遺伝的荷重
劣性病的変異の健常者への影響 - 遺伝子プールの浄化説
あとがき
あとがき
これ以降分冊予定
▲▼そして各論へ
検証実験の山 - バッチ型検証実験の提案
希少疾患の中の更なる希少な患者群についての予測
環境因子か遺伝因子か
代謝異常についての進捗
遺伝子検査の2つの嘘
生まれの平等性または不平等性
▲▼生まれの平等性または不平等性
新型出生前診断と着床前診断 - 技術的に◯、倫理的に☓
生まれる前のDNA検査 - 科学的因果関係の追求ライン
技術としてのNIPT - 生まれのDNA検査の技術予測
我が子に故意に良くない遺伝因子を許容する親の罪
ディストピアな未来像 - 生まれの平等性が崩れた世界
不妊という社会問題 - 男性不妊と父性年齢効果
中絶による母体へのダメージ - 次の妊娠がうまくいく確率
着床前診断の問題点 - NIPTとの倫理的違和感
不妊治療としてのPGD - 不妊としての遺伝性疾患
生殖医療のリアルの写真
男女産み分けの国際比較 - 海外での生殖補助医療のリアル
着床前診断の潜在的なリスク - 子と女性へのリスク
フィルターされた人々による生まれの平等性、不平等性の支配
遺伝学用語の混乱:variation、多様性か変化性か
人権に基づく多様性、人権に基づく変化性
男性不妊と劣性遺伝病の完全予防 - 22世紀の精子起源工学
その他 - うまく分類できずとも価値のあるトピック
DNA検査の結果の公開 - シーケンシング機会の平等性
進化における神の概念
mtDNAとY染色体の永代性 - 未来の血縁者の不利益
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仮説の更なる展開 - 発見され増加を続ける希少疾患

 放射線学を学んだ者として考えた仮説、「遺伝病が約23000個の遺伝子にばらけて患者数の極端に少ない希少疾患になる」説について、もう一度図とワトソンの言葉を示した上で、裏付けとして、一番納得のいった学術論文を示したい。

 

 分子生物学の教科書を読んでみると次の言葉を見つけた。

 

ワトソン遺伝子の分子生物学. 東京電機大学出版局, 2010. 257 p.

 

一方、もし遺伝物質がまったく変わらずに引き継がれるとすると、進化を促すのに必要な遺伝的変動がなくなり、ヒトも含めて新しい生物種は生じないことになる。つまり、生命と生物の多様性とは、変異と修復との微妙なバランスの上に成り立っているのである。

 

遺伝物質が、RNAのままよりも、DNAを遺伝物質として採用し変異をある程度修復できて、遺伝病の個体数が少ない種の方が生き残った。ワトソンの言う「バランス」の両端のうち、変異を抑制する方向の一端は、このように説明できる。

 

 調べれば調べるほど、この仮説が、本当に学術的に証明しなければならないものなのか、だんだんと分からなくなった。日本では他の先進国と違って希少疾患の数が一度も包括的に述べられておらず、しかも、私自身が病的変異と疑わしきものを持ちながら診断できたとしても1疾患当たりでは軽度と予測されるため診断されないという特殊事情によるため、おそらく、この誰でも思いつくような仮説を真剣に証明しなければならないと思っているのは、世界中で数えても私を含めてそれほど多くはないはずである。おそらくヒトにおける図を描いたのは、私が初めてだと思うが、分子生物学を応用している研究者のほとんどが、進化と変異の関係を当然のものとして扱っており、したがって遺伝病が約23000個の遺伝子にばらけて希少疾患となる説を受け入れるはずである。

 

 では、なぜ、いままでこの仮説がたいして議論も証明もされずに放置されているかというと、医師や研究者が、患者や患者団体に遺伝病ひいては希少疾患の科学的因果関係について考えさせるような、ややこしい部分を避けてきたという、社会的事情が主であろうと推測する。この主張は、進化の恩恵を最大限に受けているヒトの健常者によって、希少疾患の患者が進化の犠牲者として取り扱われ、社会的により助成されるための理論的基礎を与えると同時に、希少疾患の家系を淘汰されるべきもの、子を残すということが社会的に推奨されないものという古い優生学的な基礎も与えてしまう。実際に、ドーキンスは、進化医学に関係したテーマの著書を記してベストセラーを生み出しながら、ヒトの遺伝病の患者が淘汰されるという表現を避けている。おそらく研究者がうかつなことを言うと、自分達が患ってないのをいいことに何を勝手なことを抜かしているだと、患者団体が非難の声を挙げる類の説なのである。しかし、私自身が自分で遺伝病ひいては希少疾患を患っているのだと主張しているので、私に関してはそれほど悪く受け取られることはないはずで、希少疾患を社会的に助成すべき理論的基礎を与えると、患者団体からも受け入れていただけると信じている。

 

 それに加えて、遺伝性疾患の患者が子を残すことが社会的に推奨されないという古い優生学的な考えを、本著では後々の節で詳述するように着床前診断、新型出生前診断によって否定している。次世代に継承されぬように病的変異や染色体異常を取り除くことにより、遺伝性疾患の家系でも健常な子を残すことができるため、倫理的な課題さえクリアすれば、技術的には着床前診断、新型出生前診断はより推奨されるべきものと考えている。倫理的な課題をクリアするというのは、理想的には着床前診断、新型出生前診断の対象疾患を国民投票により認めることである。影響をうける人口が大きくしかも複雑な話なので、後々に何節ももうけて調べる。

 

 ともかく、遺伝病が約23000個の遺伝子にばらけて希少疾患になる仮説というのは、社会的対処が面倒で、しかも、ヒトの胚で実験というのは絶対にしてはならず、かと言って、遺伝的にもっとも近い動物としてチンパンジーで約22000個の遺伝子の希少疾患について調べるのも、ヒトでさえ希少疾患が全ては診断できない現状と矛盾する。マウスの希少疾患について調べればいいのかもしれないが、生存期間が最大2年半と短か過ぎるので、ヒトでさえ典型的な症例の診断に28年かかる希少疾患があるのに、マウスでは多くが診断している間に亡くなる個体が出て再現性が面倒であろう。結局、実験的にはどうやっても証明できない種類の説である。

 

 

 おそらく、仮説の取り方を変えた方が有効である。すでに、OMIMの表現型の登録が毎日約1個増えているという、非常に興味深い結果を示した。そして表現型の登録の多くが希少疾患である。私は、OMIMの表現型の登録は、約23000個遺伝子があることから、非常に大雑把に言って、23000個の約半数である、10000疾患を超えると見込む。それにかかる期間は非常に大雑把に言って20年である。そして最終的には、何十年後、何百年後になるかは全く分からないが、一つの疾患の中に複数の遺伝子による患者がいるというのが別の病型として整理されたなら、表現型の数は23000個を超えるはずである。1つの遺伝子の変異の種類により複数の疾患をもたらしている場合があるからである。そこまで遠い未来の話はともかくとして、希少疾患の数がいずれ10000疾患を超えるということと、さらに詳しくはそれにかかる期間を、証明すべき対象とみなしたい。本節では、OMIMで分子生物学的基盤が証明された表現型の数という基準で考えると、10000個を超えるのは20年後ぐらいだろうとだけ述べておく。


卵子と精子の間の変異の導入の違い

 仮説について説明するために描いた図についても、複数の点から更に検討が必要なことに気がついた。図では、卵子と精子が区別せずに扱われすぎている。現時点までの結論として、ヒトという特に長寿の種においては、変異の導入の頻度は、卵子と精子で差が大きくないはずだが、導入される変異の種類は少しだけ異なっている可能性が高い。de novo変異という卵子や精子の段階で生じる変異について別の節をもうけているが、つまり、母親由来のde novo変異と、父親由来のde novo変異は、頻度としては似たようなものでも、結果として発症する希少疾患の種類として見た時に、傾向が違うのではないか、という考え方である。

 

 当初私は、出身が放射線学に近かったので、女性の卵子のほうが子に変異をもたらしやすいと思い込んでいた。放射線学では、ダブルヒットという概念が重要である。物質が放射線によるヒットを受けても、一度だけのシングルヒットではアニーリングと呼ばれる熱を基盤とした現象により、多くの損傷が修復される。熱をかけて分子を揺らすと、放射線でちぎれた分子のちぎれた部分の両端が、偶発的に近づく機会が生じて、修復されるというようなイメージを抱いている。しかし、ちぎれた分子の近傍でさらにもう一度放射線によるヒットを受けていると、ちぎれた分子がもともとちぎれた部分同士で近づかずに、別の分子の切れた端と結合して安定化したり、離れすぎて結合しなかったりする。これがシングルヒットが可逆的であるのに対し、ダブルヒットが不可逆的であるので、単位時間当たりの放射線量が多いほど修復できなくなるという現象である。

 

 生体内のDNAの場合には更にDNA修復の機構が存在するため、放射線損傷からの修復はもっと積極的に進むはずで、卵子や精子が高頻度で体細胞分裂するすればするほど、その際にシングルヒットによる損傷が修復され、逆に卵子や精子が体細胞分裂を受けずに長く細胞周期をとるほど、その細胞周期の放射線に対して感受性の高いタイムスパンもまた長くなり、そこで修復不可能なダブルヒットを受ける確率が上昇するはずである。だから、卵子と精子について同年令の典型的な男女で平均をとったならば、高頻度に細胞分裂する必要がある、圧倒的に数の多い精子の方が、高頻度に修復を受け、数が少ない卵子の方が修復を受ける機会が少ないであろうと考えた。2つの独立なイベントがある細胞周期で同時に起こるために修復しにくくなるというダブルヒットの考え方は、今後重要になってくると思われる。しかし、そもそもここでヒットと述べたり、図中で「刺激」と記したものが、放射線の直接的な影響ではない。現在では、DNAに損傷をもたらす原因として3つの成分があると考えられており、頻度が高い順番としては、DNA複製の際の活性酸素を主な原因とする複製エラー、トランスポゾン、放射線損傷の順であろうと思われる。

 

 ここで、図中では放射線を前提としていたためエネルギーの高いフリーラジカルと記したのに対して、今後は、おそらく複製エラーの方が主であろうということでエネルギーの低いものまで含めた活性酸素*について述べる。用語が混乱し始めているので、グーグルを用いた共起性分析を行っておく。20141126日の結果である。

 

"活性酸素" "変異 110,000

"酸化ストレス" "変異 59,600

"フリーラジカル" "変異 34,500

 

変異との共起性は活性酸素が高いと思われるため、今後は活性酸素で用語を統一する。

 

 複製エラーの中にトランスポゾンや放射線損傷の影響も関与してくると思われるため、そういった成分が含まれて、複製エラーの存在を際立たせているとも考えられる。トランスポゾンについては詳細は分からないが、放射線損傷はほとんどの場合、DNA近傍のごく小さな体積に導入されるエネルギーとして大きすぎて、染色体がちぎれて染色体異常症の原因になることは多いが、DNA上に1つだけSNPを作るということは直接は起こらず、活性酸素に寄与して複製エラーを介して間接的にSNPを作っている場合の方がはるかに多いようである。よほどエネルギーが低い、紫外線までも放射線損傷の範囲に含めれば、1つだけSNPを作るということが起こっていないとは言えないが、そもそも紫外線は皮膚のDNAを損傷して皮膚がんになるように、生殖細胞という体の奥の細胞には関係がない。

  

 
複製によって変異が修復されるのではなく、複製によってエラーが導入されるという、より適切な理解で描いたのが次の図である。女のあかちゃんの胚が、成人の女性となった際、一次卵母細胞ができる際に体細胞分裂は起こらないが*、男のあかちゃんの胚が、成人の男性となった際、精原細胞のストックから一次精母細胞が作られる際に*、体細胞分裂により膨大な複製が行われ、最終的に精子の数としては、1日に5000万~1億程作られる*。体細胞分裂で複製される際に複製エラーが起こり、後述するようにヒト以外の動物では複製エラーが変異の源泉だと分かっているので、本来ならばヒトでも動物と同じように精子から導入される変異の方が多いはずである。

 

 複製エラーという呼称を今後頻繁に用いるため、グーグルを用いた共起性分析を行う。20141125日の結果である。

 

"DNA" "replication errors"  79,100

"DNA" "copy errors"  28,100

"DNA" "copy error"  18,100

"DNA" "コピーミス 6,250

"DNA" "duplication errors"  5,910

"DNA" "duplication error"  3,900

"DNA" "複製エラー 2,470

"DNA" "ミスコピー 2,250

"DNA" "複製ミス 2,210

"DNA" "コピーエラー 1,410

(参考) "DNA" "duplication miss" 9

 

"複製エラー"という表現は、英語では圧倒的多数を占める"replication errors"との整合性の点から、"コピーミス"よりも科学的であると思われ、以降ではこの表現を用いる。

 

 複製エラーからの変異の導入について、精子の方が卵子よりも変異を導入しやすいということを、非常に丁寧に説明されているウェブページがある。

 

(【オスは進化の牽引役:Male-Driven Evolution Theory (オス駆動進化説)宮田 隆, 200561より)

 

配偶子の生産様式も雌雄間でだいぶ違っている。ヒトの場合、発生の比較的早い時期に600万個ほどの卵が一斉に作られる。その後は卵の生産はなく、生殖年齢に達すると1つずつ排卵する。一方、精子は生殖年齢に達した時点で作り始められ、その後連続的に作られる。一回の射精で億の単位の精子が放出される。

 なぜ配偶子間でサイズも数もこれほどまで違うのであろうか。これには現在もっともらしい説明がある。どの生物も配偶子が極端に違っているわけではない。カビの仲間では同形配偶(isogamy)といって、有性生殖は見られるものの、配偶子の雌雄差は見られないものがある。おそらく配偶子の原始的形態はこんなものであったと想像される。

 雌雄の区別のない同形の配偶子の一つに突然変異が起き、平均よりわずかに大きな配偶子が現れたとしよう。この変異は平均的なサイズの配偶子に比べて子孫を残す上で有利に働いたと思われる。なぜなら大型配偶子に由来する胚は平均よりも十分な食物の供給が得られるからである。こうして大型の配偶子が広まり、より大型の配偶子へと進化していったと考えられる。こうした大型の独立栄養的配偶子が進化していく状況下で、平均よりわずかにサイズが小さい配偶子が現れる。サイズを節約した分、数を増やすことが可能になる。この配偶子が取った戦略は大型の配偶子とうまく合体して食物供給の豊富な胚へと分化することで、自身のDNAを首尾よく残していこうという、いわばたかり的戦略である。その結果、無駄を省いてより小型になり、配偶子の数もますます増加していったであろう。精子の数が増えると精子間競争が激化し、速やかに卵と合体するために運動性を高める方向へと進化していったと考えられる。こうして精子は従属栄養的配偶子への進化の道を突き進んだのだ。

 将来の胚が正常に発育するための十分な栄養を貯めこんだ大型で独立栄養的な配偶子への進化という卵の戦略と、卵との合体を高める方向への従属栄養的な配偶子への進化という精子の戦略とが、配偶子の形態と生産様式に著しい雌雄差をもたらしたのである。

()

突然変異の要因がDNAの複製エラーだとすると、大変重要なことに気づく。上で述べてきたように、生殖細胞の分裂数には性差がある。個体の一生の間に、精子の分裂数は卵の分裂数に比べてずっと多い。細胞の分裂のたびにDNAの上に一定の頻度でエラーが生じるから、精子の突然変異率は卵の突然変異率に比べて圧倒的に高いことになる。そうなると突然変異の大部分は精子で作られるということになる。分子進化の中立説に従うと、突然変異率は直接、分子の進化速度に反映するので、進化はオスが支配するという考えが生まれる。

()

1987年に理論が発表されて以来、オス駆動進化説と上で述べた制約説との間で論争が続いたが、哺乳類のXX/XYシステムの解析に基づいた議論であったため、なかなか最終結論を得るまでに至らなかった。2つの説で正反対の結果が予想されるトリのZW/ZZシステムの解析が待たれた。理論の発表以来ちょうど10年経った1997年、スウェーデンのグループがクロノヘリケースDNA結合タンパク質をコードしている遺伝子をスズメ目に属する5種のスズメから単離し、種間で配列比較を行った。その結果はオス駆動進化説が予言したとおり、哺乳類とは逆に、Z染色体(X染色体に対応)はW染色体(Y染色体に対応)に比べ、高い同義置換速度を示した。こうしてオス駆動進化説の信憑性がいっきに高まった。

 

私が知らなかっただけなのかもしれないが、これだけ簡潔に精子と卵子の形態の違いの進化的意味を説明されたので、非常に感動した。この説の根本部分とみられる式や数値については、引用から省かせていただいているが、同ウェブページで分かりやすく述べられている。ただし、出てくる動物は、検証の中核部分はスズメが中心であり、多少ヒトと霊長類で比較は行われているものの、現代のように長寿が実現された後のヒトに限った話ではないようである。推測調になるのは、元の論文がオープンアクセスになっていなかったことにより、読んでいないからである。

 

Miyata, T., et al. "Male-driven molecular evolution: a model and nucleotide sequence analysis." Cold Spring Harbor symposia on quantitative biology. Vol. 52. Cold Spring Harbor Laboratory Press, 1987.

 

代わりに、引用元などから辿ってこの文献の内容を推測できるものを探すと、近年で最も有名なものは、アカゲザルについての以下の研究のようである。

 

Gibbs, Richard A., et al. "Evolutionary and biomedical insights from the rhesus macaque genome." science 316.5822 (2007): 222-234.

 

Male mutation bias. A comparison of human-rhesus substitution rates (calculated at interspersed repetitive elements) between the X chromosome and the autosomes yielded an estimate of the male-to-female mutation rate ratio (α) of 2.87 (95% CI = 2.37 to 3.81; table S7.2). This value is lower than α = 6 estimated for the human and chimpanzee (58) but higher than α = 2 estimated for the mouse and rat (3, 59). Thus, this argues against a uniform magnitude of male mutation bias in mammals (5) and supports a correlation between male mutation bias and generation time (60, 61).

 

平たく言うと、卵子よりも精子の方で変異を起こした頻度がαで、ヒトとチンパンジーで6倍、ヒトとアカゲザルで2.87倍、マウスとラットで2倍を超えるとなっている。この変異の頻度は、精子の方が卵子よりも頻繁に分裂することから主として複製エラーによるものと考えられる。

 

 これに対して、次世代シーケンシングにより両親と子を全ゲノムシーケンシングして比較すると、父系と母系の両方から似たような桁数の変異が子に発生しているとの報告が2011年になされている。日本語の短い記事を引用するが、そこに至るまでにウェルカム・トラスト・サンガー・インスティテュートという研究所のウェブページと学術論文のどちらかを経ていると思われるため、3つともURLを示す。

 

("We are all mutants  First direct whole-genome measure of human mutation predicts 60 new mutations in each of us" Wellcome Trust Sanger Institute, 12 June 2011 より)

 

Conrad, Donald F., et al. "Variation in genome-wide mutation rates within and between human families." Nature 201.1 (2011).

 

(人間は60の「遺伝子エラー」をもって生まれてくるストーリー by hylom 20110621 1837

問題は数ではない気もする部門より)

 

親から子へと遺伝子が受け継がれていくとき、遺伝子にはおよそ60の「エラー」が発生するそうだ(LiveScience、本家/.)。

 

遺伝子に刻まれたこの「エラー」により、例えば両親と比較して異なる容姿となったり、その他の変化が生まれ、種を進化させていくという。研究者らは始め発生するエラー数が100にも200にも上ると予想していたそうだが、実際にはそれより少ない変異しか発生しないことが明らかになった。これは進化のスピードがより遅いということを意味しているとのこと。

 

また、精子を作るのにゲノムが複製される回数は卵子よりもずっと多いため、今までは突然変異はほとんど父親側で起きると考えられていたが、今回の研究ではほとんどの突然変異が父親側からくることもあれば、母親側の遺伝子にてより多くの突然変異が発生する場合もあることが明らかになったという。

 

まだ検体数がどうも2組しか実施されていないので、統計としてはあまりよくないのだが、長寿となった現在のヒトでは、動物とヒトの比較からの類推で考えていたよりも精子と卵子で導入される変異の数に違いがなかったということになる。

 

 ダブルヒットの考え方を用いた仮説としては、ヒトは特に長寿となったことで卵子の細胞周期のどこかが遅くなり、その間に感受性が高くなって、活性酸素による刺激のダブルヒットを起こして複製の際にDNA修復ができない状態になっているという考え方ができる。つまり、精子の方は、他の動物よりも長寿になって複製の頻度が大きいだけで大きな違いがないが、卵子の複製の方は大きいために何かと制限が多くて、長寿にあまり対応していないのではないだろうか。まだちゃんとポアソン過程に当てはめて計算したわけではないので、強くは主張できない。ともかく、まずはこういった考え方もありうることを述べたので、それに基づいて図についての注意点を補足しておく。

 

 女性側の原因で子への遺伝性疾患や不妊がもたらされやすいという古くからある偏見に近いため、極めて慎重にならざるをえないのだが、高齢でない限りは男性不妊も女性不妊と同程度の割合を占めている。高齢の場合の不妊の話は込み入っている。同節で述べるように、精子からの疾患の導入があるだろうと皆が思って父性年齢効果というテーマで研究が進んでも、男性不妊や古くから父親の高齢により起こると知られていた軟骨形成不全症の他には、2014年に至るまでに自閉症と統合失調症のリスクしか出て来なかった。しかし、高齢妊娠の方でも同じ統計的な調査方法で染色体異常症以外に何かが出たわけではないため、結果として希少疾患の患者を調べて特定の希少疾患の統計が形成されることはあっても、稀すぎて100万~1000万人規模といった相当大型のコホート研究*でない限りは有効でない可能性が高いと思われる。

 

 

 図の説明に戻ると、図中で卵子と精子を変異の導入について対等のものとして描いているのは、やはり単純化しすぎで、精子の方は複製エラー、卵子の方はダブルヒットというように、過程も頻度も異なっている可能性が高い。そうすると、あくまで推測だが、卵子の方が精子よりも欠失や複数塩基置換の頻度が少しだけ高い可能性がある。また、ウェルカム・トラスト・サンガー・インスティテュートによる報告を読む限りは、自らは健常者でも、高頻度に子で変異を起こすという体質や疾患があるであろうことも推測できる。一応、誤解なきよう、述べておかなくてはならない注意点である。ただ、結果的に卵子と精子が似たようなオーダーで変異を起こしているという同研究所の報告は、男女の平等性の観点から、社会的に大きな安心材料であるため、再度強調しておきたい。本節で後述するように、希少疾患の患者として見た場合にも、生物学的には男女は平等でない要素が多すぎるのである。正確には、平等でない程度はそれほど大きくないことが多いが、平等でない形質や疾患の数は系統的な理由から非常に多い。


感染症と遺伝性疾患で重度となる役割 - 男性淘汰進化説

 精子や卵子からの変異の導入は、それが子で直接単一遺伝子疾患の形で表れることを意味しているわけではない。優性遺伝なら確かに次の世代の子で疾患が起こるのだが、2本の染色体を持つ2倍体の動物あるヒトは、多くの単一遺伝疾患が劣性遺伝になっていて、次の世代の子が保因者となり、家系の中を劣性変異が継承されていく複雑な仕組みが特徴である。その間に減数分裂による組換えが起こってどこからどう伝わったのか分からないぐらい混ぜ返すことになり、組換えがヒトを含んで2倍体の有性生殖する動物が地球上で繁殖するのに有利に働いている。

 

 赤の女王仮説という感染症との闘いに勝ち続けるために2倍体の有性生殖となったという説がある。本来は寄生者と表現されているが、患者として見た場合には、単純に感染症と戦っていると考えた方が分かりやすい。この赤の女王仮説の中では、オスの役割については、うまく説明できていないとされているが、実際に世の中を見回していると明らかなのではないだろうか。私が自分を男性の患者として見た場合に当たり前のことのように思うのだが、メスよりも高頻度に生殖年齢に達する前に病気で天に召されることが、オスの役割なのだろうと思われる。実際、人の男性の平均寿命は女性よりも10年近く短い。そんなことが何の役に立っているのだと思われる方がおられるかもしれないが、十分役に立っている。

 

 先述のオス駆動進化説の中では、変異を生み出すのがメスよりもオスの方が多いのではないかという話だったが、変異により淘汰されるのも、メスよりもオスの方が多い。結果的にそうなっている事実は間違いないが、仕組みについては、まだあまり確かではない。男女をもっとも明確に分けている遺伝子であるY染色体上のSRY遺伝子が関与しているのは間違いないだろうが、その影響が非常に多くの表現型に及ぶパスウェイについては、私はよく理解していない。ともかく、病気になればより重度になる症例が多いのは男子の方で、これは感染症だけでなく遺伝性疾患でも当てはまる。もちろん例外はあるのだが、総じて男子の方が病気になると天に召される可能性が高い。その証明として結果的に平均寿命は短い。

 

 男子は女子よりも表現型として総じて極端である。頭の悪くて暴力的な個体もいて、犯罪者の多数が男性なのに、山中伸弥のように謙虚なのに頭がよい個体もいる。皆さん実感しておられるだろうが、女性の表現型の幅はこれほど酷くはない。具体的には、男性より女性の方が大きな数値となる形質について、標準偏差としては男性の方が大きい例を一つ示すと、腰囲が挙げられる。知能指数も女性の方が大きな数値となり、標準偏差としては男性の方が大きい例に数えられるかもしれないが、女性の方が大きいのがデータとして十分でないこと*、面倒な例外があること*、環境因子が大きいと言われていること*から、誰でも測定して検証可能な量的形質で、しかも過去から現在まで子を産む女性の方が必ず大きな体の部分として腰囲の方が優れていると考えた。

 

及川研, et al. "体育専攻新入学生の体格及び筋力 ( 2 ): 高校在学中に経験したスポーツ種目との関係を中心に." (1993).

 

男女の腰囲を偏差を含めて示したものとして、データ*や紙媒体*としては存在しても、参考文献として示せるものは少なく、目的は違うが上記の学術論文から抜き出す。

 

    腰囲   標準偏差

男子 88.2cm 6.37cm

女子 89.7cm 4.25cm

 

同じ表の中で、他の形質全てで男性の方が女性を上回っている。腰囲だけが唯一女性が男性を上回る測定項目である。その中で男性の標準偏差の方が女性のそれを大きく上回り、6.37 / 4.25 =1.50より、50%増しとなっている。この他にも、以下の書籍に次の言葉を見つけることができた。

 

養老孟司, and 長谷川真理子男の見方女の見方. PHP 研究所, 1998.

 

正直なところ、女性が長生きな理由は、はっきりしていない。ただ、多くの身体的な形質について、バラツキが少ない。極端な人が少ないのである。それは、日常の経験でも、言えることであろう。だから、極めて極端な状況は、社会的にはふつう男の作業となる。

 

平均寿命の男女の標準偏差は、都道府県の間での標準偏差§は得られても、個体間での標準偏差はどうすれば示せるのか分からない。ただ、男性の方が平均寿命が短いのに、都道府県の間での標準偏差が大きいということは、個体間での標準偏差としても男性の方が女性より大きいであろうと推測はできる。

 

 ある変異が生じたら、それが役に立つものかどうかを判断して、役に立つものであれば遺伝子プールに残し、役に立たなければ淘汰する、そういう進化のシステムを、我々が結果的に効率よく運用したから、ヒトは地球上で動物の頂点に立っているのである。変異が役に立つかどうかを、子を産む女性という個体で検証しようとすると、子を産むことができなくなり、種や集団の個体数として維持することが難しくなる。しかし、男性であれば、一人の男性が二人の女性を同時に妊娠させるということが生物学的には可能なので、集団の個体数への影響は少ない。いらぬ心配かもしれないが、念のため申し上げておくが、現在の婚姻制度の中で男性の不倫を肯定しているわけではない。あくまで自然環境での話である。

 

 赤の女王仮説が示すように、ヒトが戦わなくてはならないのは、自然環境での狼といった捕食者よりもまずは感染症である。生じた変異が感染症に対する罹患率を上げるか、下げるか、また、感染症に罹患した場合の重症度を上げるか、下げるか、それを見極めるために、男性が女性に比べて大きな表現型をとって、淘汰されるべきならその男性が生殖年齢に達するまでに、同じ変異を持つ女性よりも高頻度で天に召される。しかし、男性と女性が体の仕組みとして違いすぎると、なるべく女性よりも男性で変異を淘汰するという仕組みがうまく働かず、男性よりも女性の方が天に召されてしまう頻度が大きな感染症が出るために、ヒトの男性は女性に似て異なる姿をとっている。極端に違う姿となってしまった場合は女性で重度となる致死的な感染症が生じ、そういった種は男性の役割を活かすことができず、感染症に対応するために変異を女性自身で選択しようとする間に子を産める個体数が激減して絶滅すると考えられる。

 

 この話から分かるように、ある変異をもつ男性が女性よりも高頻度に感染症で天に召されるということがポイントで、ある程度は同じ感染症で女性が天に召されるのは仕方がない。似て異なる程度に表現型として男女が一致していないと、女性や後の世代のために男性が淘汰されることの意味がないからである。このバランスの上で、男女は似ていながら、感染症にかかった場合には男性の方が高頻度に天に召される。結果的に、感染症に対して集団全体としての個体数を維持しながら、緩やかに対応することができるのである。女性だけで対応しようとすると都合のよい変異が広まる前に子を産めず絶滅してしまう。子を産む個体を淘汰に巻き込むのを最小限にして種の個体数を増しながら、種全体としてはそこそこ頻繁に変異と淘汰が起こる。言ってみれば、緩やかな環境変化、感染症の変異に対する、緩やかな適応の仕組みである。

 

 哺乳類の場合には、極端な表現型を取るという男性の役割に、女性や子を腕力によって守るという仕事が付加された。動物同士の生存競争の中で、男性が女性や子を狼といった他種の物理攻撃から守る集団が、生き残ってきたはずである。これも結果的にそうなっただけで、やはり男女間に大きな違いを許容しないのがヒトの特徴で、その傍証として欧米では男女の間で日本ほど職業の差がない。それどころか、私がここで示している内容だと、生殖年齢前の男子に医療費をかけるよりも、生殖年齢前の女子に医療費を何割か多めにかけた方が、日本の社会全体の利益になると主張しているようなものだ。そして、それはおそらくある程度事実である。現代社会では自然環境ほど一人の男性が複数の女性を妊娠させることはないので、自然環境ほど男子だけが淘汰されなくてはならないわけではない。しかし、禁断の果実をかじり、知恵と科学的な考え方を手に入れてしまった現代社会の我々は、本当は女性が種の中心であると感じさせる事実から目をそむけ続けることができない。アダムからイブができたのではなく、子を産む個体の生存率を優先して、イブからアダムができたのである。これが、精子と卵子で変異の導入に差がないことに、私が安堵した理由である。変異による淘汰を受けるのは男子が高頻度であるべきだが、変異の導入についてはあまり男女差がないことによって、医療費に差をつけなければならないほど、男女差は大きくない。自分のためにもそう主張しておく。・・・将来覆るかもしれないが。

 

 更に言うと、感染症との闘いに勝ち続けることを主な目的として導入する変異自体が原因となる疾患が、遺伝性疾患であり、ひいては希少疾患である。自然環境ではどういう変異が感染症に勝つのに必要かなど、ほとんど認識できないため、複製エラー、トランスポゾン、放射線損傷、その他感染症のウイルス自身など、いきあたりばったりに変異を起こす仕組みを、結果的に採用してしまって、その結果、都合の悪い変異が起こす疾患が遺伝性疾患である。男性にとっては更に過酷なことに、この遺伝性疾患においても、男性の重症度が女性より高いことが普通であり、男性が高頻度に淘汰されることが、女性がそうなるよりも種全体にとって利益があるという状況である。

 

 もう一度念を押しておくが、男性の存在意義は、順番として、変異を表現型として大きく発現させた状況下で、淘汰すべきかどうか判定した方が種にとって有利であるというのが最初に来て、基礎代謝や活動量、すなわち動物では筋肉の量が向上した性、すなわち男性が生じ、結果として最後に哺乳類では女性や子を守るという役割が割り当てられたのであって、女性や子を守るという役割のために、筋肉が発達するという因果関係は、特に我々ヒトに近い哺乳類の動物行動学で多少効いているように見えるだけで、あまり本質的ではない。生物学的に根本の部分では、平たく言うと、男子は女子より少しだけ頻繁に天に召されることに、最大の存在意義があるのである。しかし、決して大きな差があるわけではない。[絶滅のシナリオ...]の節で地球の制覇者である他の2種とヒトで比較するように、進化は性差をあまり許容しない。

 

  当初、病的変異が進化の裏返しであることだけを、証明しようと思って開始したテーマだが、病的変異が進化の裏返しであることを実験的に証明するのは大変なことが分かった。しかし、現象として見れば、ほぼ間違いないと思わせる事実が次々と出てくる。それだけでなく、遺伝性疾患、ひいては希少疾患の男女の重症度の差を説明することに、ある程度踏み入ってしまった。本当にこういう解釈でいいのかどうか、他で読んだことがないので、微妙だが、類推からすると、遺伝性疾患ひいては希少疾患、および、感染症で男女の重症度の差が生じるのは、ほぼこういう理解でいいのではないだろうか。

 

 感染症で男子が女子より重度となる因果関係について、その後調べた、性ホルモンと免疫の関係から補足する。結論から言うと、感染症の多くで男子が女子より重度となるのは、男性ホルモンが筋肉の発達を促進する一方で免疫を抑制する**というトレードオフの間で、男子が感染症で女子より高頻度に天に召されるのを許容しながら、捕食者や同種と戦うのに筋力に優れることを選択したのであろうと思われる。従来の考え方では、男性ホルモンが筋肉の発達を促進するという利点のために、感染症において個体の生存率が下がるという欠点を許容したと考えられてきたが、本著の「男性淘汰進化説」の考え方では、男子の免疫を女子より低下させること自体にも、種全体としての利点があったと考える。男性患者が淘汰されるなどと、何を過激なことをとお思いになる御仁もおられるだろうが、そうならば新型出生前診断(NIPT)の過激さの方を先に問題にすべきであろう。NIPTは「間引き」であって、明らかに「淘汰」という自然選択のレベルを超えた、ヒトの生まれへの、人工的な手段による積極的な介入である。今さら、患者が淘汰されるという程度の表現は、NIPTが国民の合意なきまま実施されている罪深さと比較すればなんでもない。

 

 男性が免疫抑制のトレードオフを許容しながら筋力によって女性や子を守ったことにも、種全体としての利点があったとも言えなくはないが、そもそもその男性が感染症で天に召されてしまっては、女性や子を守ることができないのだから、無理がある。男性は倫理が緩かった自然環境においては二人の女性を同時に妊娠させることができたが、狼といった捕食者が群れを作って襲ってきたときに、二人の女性を同時に守れる状況というのはかなり限定されている。狼について、一匹狼という表現が定着しているため誤解を招きやすいが、あくまでネコではなくイヌに近い動物なので、群れを作っていることの方が多い*。男性が女性や子を守るという行為は、ヒトに近い哺乳類の場合にみられるだけで、筋力の最も重要な目的はその男性自身の生存率を高めることである。しかし、感染症が生死に直結する大問題となるのは抗体のできていない小児期であり、筋肉が発達しきる前の小児期に感染症で生存率が下がっては筋肉を発達させること自体に意味がないため、やはり感染症に対する男子の生存率が女子より下がること自体が、種全体にとって都合が良かったと考えられる。

 

 男性淘汰進化説について、男性ホルモンと免疫抑制を含んでまとめると、男性の最大の存在意義は、全てではないが、あらゆる遺伝型に対して女性よりも表現型として少しだけ大きく表れることである。その結果、男性は、主に感染症と遺伝性疾患で、生殖年齢に達するまでに女性より少しだけ高頻度に天に召され、子を産む個体をなるべく温存しながら淘汰が促進される。この場合の表現型とは、酵素活性といった数値よりも、単一遺伝子疾患について古典的に述べられてきた身体の総合的な重症度に近い意味である。新しく発生した形質が、感染症により天に召される頻度を上げるか、下げるか検証するために、過酷なことに、男性ホルモンにより免疫抑制された感染症に敏感な状況を作り出し、その形質の生存率への影響力を引き上げることによって検証が行われる。

 

 別の言い方をすれば、「新たに発生した変異が生存率に及ぼす影響が、男性ホルモンにより免疫抑制されることで、感染症という状況下で拡大されている」

 

 

 なお、『できそこないの男たち』という書籍を読んだことが、男性淘汰進化説への刺激になっている。本著の考え方では、一見、できそこなっていても、できそこなっているのには理由があると考える。それは、SRY遺伝子ひいてはY染色体以外の、そして検証された結果淘汰される新しい変異以外の、女性と共有している染色体約45本にとっての利益である。


絶滅のシナリオ - 感染症と遺伝性疾患の袋小路

 [仮説の更なる展開...]の内容を一言で表せば、遺伝性疾患ひいては希少疾患が感染症に対する変異という防御機構の犠牲だと述べた。遺伝性疾患が進化の裏返しであることの傍証にもなるので、最終的に感染症に負けて絶滅するというシナリオを想定することにした。

 

 赤の女王仮説で示されるように、変異ひいては進化し続けなければ感染症に負けると考えると、これは言ってみれば際限のない軍拡競争であり、ソビエト連邦が崩壊して身軽なロシア連邦になったように、いずれヒトという種も感染症と変異の負担に耐え切ることができず、絶滅するのではないか、という考えが浮かぶ。その絶滅の中でも、ロシア連邦のように何かが生き残っていく可能性はあるが、それは軍拡競争が規模として線形な現象だったから制御可能だったわけで、感染症のように連鎖的に引き起こされる現象で、しかもヒトゲノム計画が明らかにしたように人類が想像以上に一様なDNAを持っていて、70億人も地球上で繁栄してしまっていることを考えると、変異したエボラ、新型インフルエンザ、SARSといった強力なただひとつの感染症によって、制御しきれないうちに絶滅するという最悪のシナリオが思い浮かぶ。

 

 [卵子と精子の間の変異の導入の違い]では、変異が精子と卵子で同じ頻度のオーダー*で起こっていることを確認したが、この中で、ヒトとチンパンジー、ヒトとアカゲザル、マウスとラットといった男女の変異の頻度の比較を参照した。チンパンジーとアカゲザルは、生殖可能年齢に至るまでの期間がヒトと桁としては一致しているが、マウスは、生殖可能期間まで約50日、妊娠期間20日、合わせて約70と、ヒトでの1015年、間をとって約13年、妊娠期間1年、合わせて約14と比較して、非常に大雑把に言って100倍異なる。ヒトの疾患のモデル動物となるような近い種であっても、ここまでの生殖サイクルの違いがもたらされるということに、違和感を覚えないだろうか。つまり、感染症が変異を起こす間に、感染症に対応できるように進化するのが、男女差を作り出さなければならないほど重要なことなのだったら、なぜ最初からマウスのように世代が短く、更に精子や卵子で変異が起こる頻度を上げたような動物が、地球上でヒトの代わりに繁栄していないのだろうか、という素朴な疑問である。実は、我々はすでにそういった究極の生体と共存している。それは、たいていのお宅ではただ「ジー」とだけ呼ばれる、その名を口にするのも憚られる、どの家にもいる生体である。

 

 おそらくゴキブリは、感染症や環境の変化に対応できるように進化した、究極の生体であり、実際に感染症をヒトへと運んでくるぐらい感染症に対して強い。マウスも確かにヒトに感染症を運ぶぐらい感染症に対して強いのだが、現在の日本ではマウスの仲間はヒトが現代文明の限りを尽くして駆除し続けたので、個体数が激減した状態である。マウスは日本古来のネズミと多少違うはずなのだが、実験動物としてマウスの方が頻繁に登場するので、マウスで代表させている。ネズミがどんな姿だったか思い出すのも時間がかかるぐらい、ネズミは今ではお目にかからない。その一方で、ゴキブリは夏場は一ヶ月に一度ぐらいはお目にかかっている。もちろん、ホウ酸団子によって対策をほどこしても、である。

 

 しかし、詳しく調べると生殖可能になるまでの期間+卵といった状態の期間(妊娠期間)という、生殖サイクルの最短期間を調べると、ゴキブリはマウスと比較してもむしろ長いようだ。チャバネゴキブリで成虫まで60日、卵鞘の期間20で合わせて80日と、マウスと比較してむしろ少しだけ長い。しかし、マウスと違った特徴として、オスの方がメスよりも体重で比較すると小さいはずである*。「はず」というのは、誘惑腺といった器官を見て区別するようで、体重と体長についてオスメスの統計をとった文献が見つけられないからである。オスとメスが、ほぼ同じ表現型であることは、生殖可能期間に至るまでのオスを犠牲にしながら感染症や遺伝性疾患と闘うのに非常に重要な特徴であり、ヒト、マウス、ゴキブリという近代における地球の制覇者のいずれも、他種から見ると、オスメスの見分けがつかないぐらい性差が少ない。もちろん、マウスはかつてヒトにペストをばらまいてヒトを種として絶滅するかのような事態に陥れた、ヨーロッパ古来のネズミとは少し違うのだが、少し違う種が豊富なこと自体がヒトよりも変異しやすいことの傍証であると考えられ、厳密に分類することに価値がない。ネズミと述べても10651800種の間でばらついて分類され、その中に、カビバラに近い妙な大きさの種が紛れ込んでいないとも限らず、便宜上本節では、情報の豊富なマウスで代表させることとする。ともかく、マウスの近縁種が、ヒトを絶滅の危機に陥れるぐらい感染症をばらまけるだけの頭数、地球上にあふれていたとみなすことができる。ヒト、マウス、ゴキブリの地球の制覇者3種の中で、ゴキブリだけが、オスがメスよりも体長はもしかすると長いかもしれないが、体重はメスが重いかのような記述がみられる*。オスメスが区別がつかないほど似ていながら、その上でメスの方がほんの少しだけ大きいことは、後述する理由で非常に重要である。

 

 おそらく、個体数で考えれば日本で約200億匹だそうなので、ゴキブリの方が地球の主役で、ヒトの方が脇役なのだろうと思われる。しかし、そもそも構造が違い過ぎるため、ゴキブリが感染症に対応できるように寿命を短くした究極の生体だと証明できたとしても、それは小型化すれば寿命が短くなり、感染症に対応しやすくなるという究極の例を示すのみで、ヒトが感染症に対応すべくゴキブリに近い大きさへと今後進化するというのは、いくら致死的な感染症が流行ったとしても無理がある話である。では、マウスについてはどうだろうか。小さくなれば寿命が短くなるというのは、生体全般に言える一般的な傾向であり、哺乳類で体重と生理学的時間の間に次の関係が成り立っているそうである*

 

生理学的時間体重の1/4

 

これは体重が直接的に寿命に影響しているということではなく、体重が代謝量に影響を及ぼし、代謝量は哺乳類では恒温動物として表面積といった熱が逃げる要素に対して体温を維持できる程度でなければならず、頭、腕、足といった形態を込みにして哺乳類の表面積と体積の関係を立てると、単位体積当たりの代謝量が低くてかまわない大型の哺乳類ほど、結果的に寿命が長くなるものと思われる。この場合に、単位体積当たりの代謝量が上がれば、活性酸素によって変異の速度も上がるのではないかと、私は最初思ったのだが、どうも活性酸素の濃度を上げて変異の速度を上げるというストラテジーは、生存可能性が低いようで、採用した動物は見つけられないようである。自分の疑っている疾患の範囲で考えれば、おそらくヒトの先天性代謝異常症に近い進化の形になり、ヒトで実際にそうであるように、たとえ軽度であっても疲れやすく元気がないので自然環境では非常に生存率が低下するはずである。

 

 大きくなる方向に進化するのは、捕食者に強い、同種間の競争に強いといった面から容易に思いつくのだが、感染症に対応して生殖サイクルを短くすべく小さな方向に進化するのは、実はオスの存在が邪魔になって進まないだろうという予想が成り立つ。メスよりも極端な表現型をとって淘汰をリードするのがオスなのだから、オスで小さい個体が生じるというのは十分ありうる話なのだが、体の大きなオスほど強くて立派なオスだとメスが考えるようなほとんど全ての哺乳類や爬虫類で、メスが小さいオスを相手にせずに他の普通サイズのオスについていくはずである。そして脊椎動物の範囲を外れてしまうし、XO型というY染色体がない染色体構成でもあるが、一応オス淘汰型の進化をとる種の範囲には入っていて、オスの方がほんの少しだけ小さいというストラテジーをとって地球上を制覇している究極の種が、おそらくゴキブリである。だから、妙な表現になるが、つまり、自分よりも背が低い男性を女性が好むような文化人類学的な流行を意図的に作り出さないと、ヒトでも感染症に対応すべく生殖サイクルが短くなる方向の進化は起こらないということになる。禁断の果実をかじって知識を得た我々が初めて地球上で、こんなシンプルな事実に気がついているわけで、かつて地球上を一度は制覇しながら絶滅してしまった数多くの大型動物たちは、目から鱗で天国から悔しがっていることだろう。個体としては小さくとも、種や集団として感染症に対応するために実はとても便利なはずなのである。

 

 個体として小さいことが便利な「はず」というのは、実際にはそれが起こった例がヒトの近縁種で見つけられないからである。やはり大きいオスが好まれるということは、恐竜でも、サーベルタイガーでも、いろんな大型動物が大型になってきたという事実と一致しており、大型の動物ほど化石として目立つということもあると思われ、歴史上小さなオスを好むように進化した動物の例を探す方が大変である。しかし、生殖サイクルが短いという特徴のために、マウスまではかわいいのでギリギリ許容範囲と思えなくもないが、オスがメスより小さいという特徴のために、ゴキブリがその究極的代表として出てしまうと、本当にそんな形態にまで我々の遠い子孫に進化してほしいかと問われると、いっそ感染症で絶滅したほうがましとも思える。これが本節のタイトルに記した袋小路の入り口である。我々は自然環境では腕力が強く大型の個体が生き残ってきたことにより、現代に至っても本能的に小さくなることを拒絶している。その結果起こることは、感染症に対応すべく、卵子や精子を作る過程での変異の導入が、刺激に敏感な細胞周期を延長するなどして活発となり、現在のサイズのまま、遺伝性疾患が増えるというシナリオである。これは、現在はまだそれほど起こっていないが、エボラ、新型インフルエンザ、SARSといった感染症が、日本では遺伝性疾患や自殺といった生殖可能年齢に至るまでの死因*の一位に登場するようになって何十世代、何百世代もその状態が継続されると起こるはずである。

 

 つまり、長い時間スケールで考えると、変異ひいては進化という仕組みを通じて、致死性の感染症によりいきあたりばったりに遺伝性疾患が、現在よりも高頻度に誘発される。その機構については、過去のパンデミックの時代には遺伝性疾患の罹患率の記録さえなかったので、現在はまだうまく説明できないが、自然環境において遺伝性疾患ひいては変異が感染症に対する唯一の根本的対抗手段であった以上は、進化的にそういった仕組みを進化の頂点に立っている・・・と自分達では思っているぐらいには十分進化している我々が、獲得していないよりも、既に獲得している可能性の方が高い。進化の頂点で言いよどんだのは、進化の頂点が何かという定義など存在しないからで、実際にはゴキブリの方が頂点なのかもしれない。ともかく、そういった機構についての心当たりは複数ある。遠回しな因果関係まで含めれば、感染症により集団の個体数が激減し男女が40歳近くでようやく出会って子をもうけようとすると、高齢妊娠・高齢男性授精により遺伝性疾患が増すというのが、該当するであろう。またこれも今のところ具体例がないので遠回しだが、[変異のスピード調節...]の節で述べる高温でショウジョウバエの隠蔽変異が発現するように、ヒトの感染症で高熱が出るのも隠蔽変異を発現させて、進化に寄与するのかもしれない。感染症のウイルス自身がホストの核DNAに変異を起こすのも、生殖年齢までに頻繁に感染症を患えば生殖細胞に変異が起こることもあるかもしれない。あくまで何十世代、何百世代も致死性の感染症の脅威が継続すれば、という話であるが、恐竜が絶滅したときも、サーベルタイガーが絶滅した時も、似たような状況に陥ったのではないかと推測される。少なくとも、原因は諸説あってどれもが証明できずとも彼らが捕食者がいないにも関わらず絶滅してしまった事実と、今この時もヒトがエボラの脅威に晒されているという事実は揺るがない。

 

 結局のところ、感染症と闘うということは、遺伝性疾患と闘うことといずれ結び付けられるであろう。統計としてまだ不足しているが、現在でもまだ遺伝性疾患が増え続けているという主張も存在する。多くは父母の年齢が上昇したことによると思われるが、日本でも遺伝性疾患ひいては希少疾患の包括的な罹患率の調査が必要と考えられる。

 

 生理学的時間が体重の1/4乗に比例するという法則は、体重を半分にしたところで、生殖サイクルは8割程度にしか短くならないことを意味し、個人によって、この利点の薄い法則に頼ってまで進化しないといけないかどうか、個人によって大きく判断が分かれるものと思われる。そもそも、日本の現状では、生物学的理由から高齢妊娠・高齢男性受精が増えているわけではなく、社会保障の薄さ、子育て中に職を失った場合の不安といった社会的理由により高齢妊娠・高齢男性受精が増えているので、子育て中の夫婦が職を失った場合の社会保障を厚くした方が、生殖サイクルを短くするのに有効であろう。

 

 なお、やはり大型動物ということでクジラが感染症に負けずに生き残っていることが気になるが、おそらく、頭数が少なく、群れにおいても海中で距離を離して泳ぐことが多いので、感染症の伝搬に不利なのではないかと思われる。ゾウも気になるが、いずれにしても、地球上で食物連鎖の頂点の捕食者になったり、頭数で地球上を制覇したわけではないので、それほど感染症のターゲットにならずに済んでいるのだろうと思われる。

 

 以下に、世の中で普通に思われていることと違うと、私が考える点をまとめておく。

 

 性差が少ないほど、進化に有利である。表現型として違い過ぎると、生殖年齢までの間に、男性が女性と同じ感染症や遺伝性疾患で高頻度に天に召されることが減り、進化に不利である。動物におけるオスの特徴として称えられている、オスライオンのたてがみがなぜ立派かなど、話としては面白いが、実際問題としてどうでもよい。人類が感染症に勝つための参考には全くならない。性差が大きな種は、ゴキブリやマウスの仲間のように我々の近くで共存するほど強くない。ライオンに至っては、姿形が目立ってしまって、感染症ではなくヒトによる乱獲により絶滅寸前になっているという皮肉な末路に追い込まれているため、いたずらに性差が大きな動物を面白がって誇張して扱うヒトの文化が、種の保全にとって害にさえなっている。広く考えれば、捕食者またはヒトのハンターから見て、メスの方が足が遅くて弱いだろうと思ってメスを見分けられるほどの性差は、現代でも自然環境でも不利である。他種からは一目で見分けられないが、自らの種のオスメスの間で一目で見分けられるぐらいのバランスがちょうどよいはずである。実際、ヒト、マウスの仲間、ゴキブリの三者で性差は他種から一目で見分けられないと思われる。広く考えると、この場合の他種というのは、感染症のウイルスや細菌を含んでいる。これらから生物学的に簡単には性の見分けがつかない方が、進化的に有利なのである。

 

 ヒトの性差が少なくて、多少ボーイッシュな女性がいたり、ガーリッシュな男性がいたりするというのは、ある意味、進化した存在であることの傍証である。日本ではまだそうなっていないが、女性の大統領がいたり、女性の社長がいたりするのも、不自然なことではない。コモンディジーズについて調べているように、男性らしさ、女性らしさについても、遺伝因子と環境因子とが混ざり合っている。過去においては男子は男性らしい肉が多くて量も多い食事を推奨され、男性らしいスポーツをやるという環境因子によって、遺伝因子が環境因子により強化されて男性らしい男性が普通であった。しかし、現在では、男性だから女性だからと食事やスポーツにそれほど差があるわけではない。当然、二つの性はファッションといった世俗的な意味で似てきただけでなく、生物学的な意味で似てきて当たり前なのである。

 

 おそらく、男性が男性らしい種ほど繁栄する気がするのは、実に男性らしいゴリラが活躍する『猿の惑星』や『キングコング』といった映画作品による思い込みと、男女を分けて教育してきた日本の悪しき習慣の産物である。男女は一目で見分けられるぐらいがちょうどよく、それを超える性差は生物学的に不利にしかならないはずである。

 

 

 小さくて繁栄している性的二型の動物ほど、オスの方がほんの僅か小さい。しかし、どこまでも小さくなればよいというものではなく、小さくなることの限界は、大型の古い種に腕力で押しのけられたり、共食い的に捕食されたりすることによりもたらされるのだろう。


進化のスピード調節 - もっとも強く訴えたいこと

 遺伝性疾患の患者が進化の犠牲者であることを完璧に証明するのは困難だが、傍証としては次々に挙げられる状況である。そういった傍証で、もっとも有効と思われるのが、変異が起こるスピード、時間的な頻度が、環境に適応できていない状況下で増すことの、実験室での証明である。更には、適応できていない状況下で遺伝性疾患を増す例を、具体的にヒトで示す。

 

 熱ショックタンパク質とか、シャペロン、シャペロニンと呼ばれるタンパク質が、種として環境に適応できていないような非常時、具体的には高温により絶滅してしまいそうな状況では、進化的な変化を起こすための起爆剤のような役割を担っているという説がある。具体的には、普段は表に出ず、隠蔽されているような変異を呼び覚まし、高温が継続している一時的な状況下で累積進化の方向性を決めるということのようだ。そのため、問題が解決されて高温の環境から去った後も、累積進化した形質は、別の変異によって持続するとのこと。完全には理解しているつもりはないが、大雑把にはこのような話で、この分野では非常に有名な説のようだ*

 

Rutherford, Suzanne L., and Susan Lindquist*. "Hsp90 as a capacitor for morphological evolution." Nature 396.6709 (1998): 336-342.

『形態学的進化のためのキャパシター*としてのHsp90

 

The heat-shock protein Hsp90 supports diverse but specific signal transducers and lies at the interface of several developmental pathways.

熱ショックタンパク質Hsp90は、多様だが特異的でもあるシグナル伝達因子であり、複数の発生経路の接点に存在している。

We report here that when Drosophila Hsp90 is mutant or pharmacologically impaired, phenotypic variation affecting nearly any adult structure is produced, with specific variants depending on the genetic background and occurring both in laboratory strains and in wild populations.

我々は、ショウジョウバエHsp90が変異するか、薬理学的に阻害された時、ほぼどんな成体構造にも影響を及ぼす表現型多様性が作られることを報告する。それは遺伝学的背景に依存し、実験室株および野生株の両方で起こる、特定の変異体を伴っている。

Multiple, previously silent, genetic determinants produced these variants and, when enriched by selection, they rapidly became independent of the Hsp90 mutation.

複数の、かつては潜伏していた、遺伝学的な決定因子が、これらの変異体を作り、選択により強化された時、それらはすぐさまHsp90変異から独立となる。

Therefore, widespread variation affecting morphogenic pathways exists in nature, but is usually silent; Hsp90 buffers this variation, allowing it to accumulate under neutral conditions.

それゆえ、形態形成的な経路に影響を及ぼす幅広い多様性が、本質的に存在するが、通常は潜伏している。Hsp90はこの多様性を緩衝し、自然の状態で蓄積することを可能とする。

When Hsp90 buffering is compromised, for example by temperature, cryptic variants are expressed and selection can lead to the continued expression of these traits, even when Hsp90 function is restored.

例えば温度によって、Hsp90の緩衝が取り除かれた時、隠蔽変異が発現し、たとえHsp90の機能が回復された際にも、選択によってこれらの形質の発現が継続されうる。

This provides a plausible mechanism for promoting evolutionary change in otherwise entrenched developmental processes.

これは、むしろ確立された(entrenched)発生過程の中であっても、進化的変化を促進するための尤もらしい機構をもたらす。

 

全体的に専門用語が多くて難しいが、この説では隠蔽されている変異が、適応に失敗していることを暗示する高温という刺激によって、一度に表出することがポイントである。具体的には、想像だが、ショウジョウバエが日陰で過ごすことができず、常に太陽光の下で餌を探し続けなければ生きられないほど食物が枯渇した状況なのだろうか。この文献は201411月現在Google Scholarで引用数1533と、非常に有名な文献のようだが、変異の時間的頻度を直接的に促進しているわけではない。促進していることを実験で証明している文献§も存在するが、検体が大腸菌であるため、ショウジョウバエよりも一般的な興味の対象とするのが難しいため、ここで詳しくは触れない。ともかく、進化の速度、変異の発現というのは、我々がかつて考えていたよりも遥かにシステマチックに調節されていることが示された例である。一見すると偶発的に見えながら、その偶発的な現象の頻度を調節する仕組みもまた、進化的に手に入れたものである。進化的にそういう仕組みを手に入れなかった種は、我々ほど進化せずに、ショウジョウバエ以前の状態のままのはずである。

 

 この他にも、変異の速度の進化について、様々な文献がWikipedia英語版で示されているが、一般的な興味を引くほど見慣れた動物の例がみあたらないため、いっそ具体的にヒトの場合に言及する。

 

 ヒトで変異の速度が制御されている状況証拠として、高齢の夫婦から生まれる子に染色体異常症や遺伝病が多いという、とても良く知られた現象があるが、これも、進化を促進する機構なのではないだろうか。一応、お断りしておくが、女性だけなく男性の方の加齢により、自閉症と統合失調症という比較的目につきにくい疾患の罹患率が上がることが証明され、どうやら"Paternal age effect"という名称で知られつつあるようである。本著では直訳して父性年齢効果と呼んでいる。話を戻すと、子をもうける年齢が40歳近くまで上がるということは、自然環境で生きる種にとって集団の個体数が著しく少なくなった絶滅寸前の状況のはずである。若いうちに子をもうけられるほど、女性や男性に頻繁に巡りあえず、年齢が進んでからようやく伴侶を得て子をもうけることになる。環境に適応していないから絶滅しかけているのであって、環境に適応しようとすれば、染色体異常や変異を引き起こして変化を促進した方が有利と考えられるのではないだろうか。基本的には疾患なのだが、結果的に、染色体異常や変異を許容した方が進化的に都合がいいので、多くの個体が犠牲となってもこういった作用が抑制されることなく残った可能性が高いのではないだろうか。

 

 別に現在の高齢妊娠・高齢男性授精の普及に、そのような種としての変化を必要とする要素があると言っているわけでない。変異の導入は基本的には偶然であり、必要とされて変異が起こるわけではない。淘汰されなかった変異が必要とされたかのように後から見ると見えるだけなのだが、ヒトに至るまでの進化史の中で、絶滅しそうになったら変化を引き起こした方が有利であったため、現在生き残っているヒトで、過去のそういう危機的な状況をやり過ごした通りに、DNAが勝手に過去の現象を再現しようとしているのではないだろうか。科学としては良くないが、分かりやすくするために擬人的な表現を用いるならば、高齢妊娠・高齢男性授精により、DNAが現在を絶滅しそうな状況だと勘違いを起こしているのではないか。

 

 [卵子と精子の間の変異の導入の違い]でウェルカム・トラスト・サンガー・インスティテュートの報告にあった、父母によって卵子や精子の変異の数が極端に異なるという現象の原因は、個体のトータルとしての活性酸素の濃度によって起こっているのかもしれない。つまり高齢の父母では、今までに卵子や精子が体液中で浴びた活性酸素の総量が大きいため、卵子や精子が変異を起こしている頻度が高いと推測される。更には、比較的軽度の目立たない先天性代謝異常症のような疾患があって、それが報告の中で差異を作ったのではないか、とも推測される。

 

 現在の段階では、ウェルカム・トラスト・サンガー・インスティテュートの報告ではたった2組の親子を調査したようで、数値的根拠がまだ十分でないため、そういう考え方もできるという話である。ただ、もしも数値的根拠が得られたならば、高齢妊娠・高齢男性授精を許容してしまう社会的傾向は、子の健康を何より重視すべき立場からすると、決してよい傾向ではないということが、進化の観点から理由付けられたことになる。我々は、子供を作る前に、将来職を失ったらどうしようなどと考えて、一年、二年とお金を貯めないといけないような社会保障の薄い社会では、結果的に高齢となり子が健康を損ねてかえって社会のサポートを必要とする悪循環の元だと分かっているのだから、子育て中に職を失った場合の社会保障を具体的に分かりやすくして充実させた方がいいに決まっている。

 

 ワトソンの言う変異を許容する遺伝物質、ストレス環境での隠蔽変異の発現、高齢妊娠・高齢男性授精による変化の促進、この3つを考え合わせると、遺伝性疾患は、マクロな視点から見れば「たまたま」「偶然」として発生するわけではない。進化という一見いいことのように見える現象が、人為的な影響もあって促進されればされるほど、進化の裏返しとしての遺伝性疾患の患者も増えるのだ。

 

 多くの文脈で、変異というのは、種の進化のためには、望まれている、よいことだということを前提にしている。ワトソンはある程度は変異しやすい遺伝物質を選択したから我々は進化したのだと誇らしげに述べ、隠蔽変異も進化を促進する要素として学術論文では好意的に扱われている。変異は、種の進化と繁栄のためには必要だったと、肯定しているのである。

 

 本質的に、変異というのは、種の進化という側面から見ると、全体の利益のためには不可欠だったと肯定されるものである。しかし、ヒトにおける新たな変異の発生ひいては進化を、遺伝性疾患の患者が読めるところで肯定してしまうと、全体の利益のために天に召されよという優生学的な、ナチズム的な、あるいは、日本のかつての軍国主義的な神風特攻隊の考え方と、たいして違いがないのである。神風特攻隊でさえ、形式的には志願者という形をとったのに対し、遺伝性疾患の場合には、本人の意志を問うという人道性が微塵も存在せず、非常に大雑把に言って約半数の患児は生まれた直後の無垢な状態で、すでに患っている。

 

 しかしそれでも、変異ひいては進化というのが、エボラ、新型インフルエンザ、普通のインフルエンザ、SARSAIDS、麻しん、MRSAといった感染症に対する、予防接種や抗ウイルス薬といった薬剤開発以外の、人類の唯一の生き残り策なのである。地球上で約70億人も繁栄してしまっている人類は、感染症にとって絶好のターゲットである。人口が増えて、個人間の距離が短くなるほど、また文明により都市の一部に人口が集中するほど、感染症は猛威をふるう。我々はこれからも、感染症により患児が天に召され、それ以上に感染症対策としてのいきあたりばったりの変異により、遺伝性疾患の患児が天に召され続けるのを見届けるだろう。あまりにも過酷な、人類という種が今後も繁栄し続けるために、一部の人口の基本的人権、特に生存権が侵害されているのが、進化という自然現象の本質なのである。しかも、重症度はばらばらで平等性に乏しく、こんなものを進化による多様性などと呼んで称える人間の気が知れない。欧米での希少疾患全体としての罹患率としては1014人に一人という、巨大な人口を巻き込んだ、人類が直面している中で最大規模の自然災害であり、これは同じ感染症対策として予防接種で対抗して、100010000人に一人といった頻度で健康被害に会うのと2ケタ違いの、極めて巨大な被害である。

 

 問題なのは、進化という機構が遺伝性疾患の患者という「犠牲」を必要とし、種としての強さを維持するために患者数は「ほんの一握り」に抑えられ、少数の犠牲という仕組みが出来上がっているのに、少数だから社会的サポートを充実しても社会的負担がしれていると考えるよりも、かえってあの少数は「偶然」「たまたま」疾患を患ったのだから「患者自身の努力で何とかすべきだ」「我々が無視しても罪の意識を覚える必要は全く無い」と考える風潮があることである。

 

 遺伝性疾患が進化のための必要悪だと考えると、劣性遺伝的にゾロ目を揃えてしまった患者ばかりが損をして、大多数の健常者が進化した存在としてヒトの生を謳歌するというシステムは、もう少し補正の余地があるように思われる。繰り返しになるが「大多数が得をするための、少数の生贄」なのだ。

 

 ロシアンルーレットに例えることもできると思う。たまたま撃たれてくれる奴が存在して初めて、進化というゲームは廻り続けるのだ。

 

 そう考えると、遺伝性疾患の患者に対する社会的補助は、より重要視されてもよい気がする。患者において、変異が特定されれば、治療法が確立されずとも、少なくとも将来に同じ病気になる人々の発症パターンを知るのに役に立つ。患者にできることは多くはないが、その中で、医師に書いてもらう症例報告なり、全ての変異の巨大データベース(dbSNP)なり、あるいは自分で作品を著すなりして、症例を後世に知らせるのは、唯一にして最大の社会貢献と言ってもいいだろう。将来同じ病気を患うのが、自分の子孫や近縁者がもっとも可能性が高いことからも、これらの行為は必要と言える。さらに、同一の希少疾患が日本でもヨーロッパでも存在するように、ほんの少しだけだが、症例の記録を残すというのは、人類全体に対する奉仕とも言える。

 

 柳澤桂子さんは、著書『認められぬ病』の中で次の言葉を述べられている。遺伝性疾患や希少疾患とは一言も言っておられないが、診断が得られないという意味では私も同じ状況なので、この文章を読んだとき、こんな風に考えて生きていければと思った。同書の中で、私が最も敬愛する一節である*

 

 すんでしまったことはどうでもよい。ひとつの症例として、私に起こったことが、あとからくる人の治療に少しでも生かされればと願った。

 

 人間にわかることはかぎられている。それを超えてしまったときには、どうすることもできない。医学の限界を超えたところでは、自分でその苦しみを受け入れるしかない。人間であることの苦しみを苦しみぬかなければならない。



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