目次
はじめに
はじめに
宗教的表現について
研究者の方々へ - 検証中の仮説
外部リンクの表記、Android対応、訂正箇所のご指摘のお願い
概略
現在の症状
息子の誕生
さらに遠い通院へ
知らされなかった検査結果
アミノ酸分画検査結果
タンデムマス検査結果
合っているかもしれない仮説
閑話休題:創作話 トリケラお母さんの悲劇(# ゚Д゚)
DNA検査の実体験と仕組み
ミトコンドリアDNAの検査
ヒットカウント分析および共起性分析
23andMeのDNAアレイによる検査 - 販売停止命令に至る経緯
遺伝病とコモンディジーズの違い - 優性遺伝と劣性遺伝
ヒトはヒトであるが故にヒトの病を患う
コモンディジーズの検査方式 - アバウトなGWAS
23andMeの深刻な検査結果 - 統計の改善による影響
23andMeのその他の結果
エクソームシーケンシング
コモンとレアの重症度分布 - アレル頻度とエフェクトサイズ
個人向け遺伝子検査の選び方 - 罹患人口カバー率指標
閑話休題:製作物 DNAツリー
希少疾患と難病の制度および数値
希少疾患と難病の違いと制度的起源 - 日米欧比較
赤信号みんなで渡れば - 真面目な日本人の最悪の集団行動
もっとも希少な希少疾患 - 70億人にたった一人
もっとも正確な希少疾患の数 - 毎日約1つ希少疾患が増える?
希少疾患全体の罹患率 - 全部合わせると10~14人に一人
診断に至るまでの年数、または遅延 - 28年?!
GINA(ジーナ) - DNA検査時代の国民、患者を守る法制度
国民皆保険の功罪 - 患者をチェリーピッキングする医師達
節としてまとまらなかった事柄
希少疾患と感染症
感染症と希少疾患の関係 - 未診断の希少疾患という重症化因子
予防接種の健康被害としての未診断の希少疾患
希少疾患としての感染症 - 米国のAIDSの歴史
見えないところに死体の山
医師に頼らない因果関係の追求 - 脳症の本当の原因
更に複雑な感染症の話
医療訴訟が生み出す二次被害 - 無過失賠償制度の必要性
辛い記憶
両親を批判することについて
両親への間違った説明
辛かった学校生活
体育の次の時間に倒れてしまう
電車とバス
繰り返し運動による寝られぬほどの筋肉痛
食事の前後の発作
進化と感染症の間の遺伝性疾患
進化と感染症の間の遺伝性疾患
仮説の更なる展開 - 発見され増加を続ける希少疾患
卵子と精子の間の変異の導入の違い
感染症と遺伝性疾患で重度となる役割 - 男性淘汰進化説
絶滅のシナリオ - 感染症と遺伝性疾患の袋小路
進化のスピード調節 - もっとも強く訴えたいこと
進化と遺伝性疾患の「必然性の枠内の偶然性」
ダーウィンのUNdiagnosed
そして各論へ
遺伝学用語の混乱
遺伝学用語の混乱:genetic、遺伝か起源か
de novo変異 - 両親から受け継がれない優性遺伝の変異
個人向け遺伝子検査のガイドラインの乖離
みんなが保因者の劣性遺伝病? - 平均約10個の遺伝的荷重
劣性病的変異の健常者への影響 - 遺伝子プールの浄化説
あとがき
あとがき
これ以降分冊予定
▲▼そして各論へ
検証実験の山 - バッチ型検証実験の提案
希少疾患の中の更なる希少な患者群についての予測
環境因子か遺伝因子か
代謝異常についての進捗
遺伝子検査の2つの嘘
生まれの平等性または不平等性
▲▼生まれの平等性または不平等性
新型出生前診断と着床前診断 - 技術的に◯、倫理的に☓
生まれる前のDNA検査 - 科学的因果関係の追求ライン
技術としてのNIPT - 生まれのDNA検査の技術予測
我が子に故意に良くない遺伝因子を許容する親の罪
ディストピアな未来像 - 生まれの平等性が崩れた世界
不妊という社会問題 - 男性不妊と父性年齢効果
中絶による母体へのダメージ - 次の妊娠がうまくいく確率
着床前診断の問題点 - NIPTとの倫理的違和感
不妊治療としてのPGD - 不妊としての遺伝性疾患
生殖医療のリアルの写真
男女産み分けの国際比較 - 海外での生殖補助医療のリアル
着床前診断の潜在的なリスク - 子と女性へのリスク
フィルターされた人々による生まれの平等性、不平等性の支配
遺伝学用語の混乱:variation、多様性か変化性か
人権に基づく多様性、人権に基づく変化性
男性不妊と劣性遺伝病の完全予防 - 22世紀の精子起源工学
その他 - うまく分類できずとも価値のあるトピック
DNA検査の結果の公開 - シーケンシング機会の平等性
進化における神の概念
mtDNAとY染色体の永代性 - 未来の血縁者の不利益
奥付
奥付

閉じる


<<最初から読む

44 / 89ページ

体育の次の時間に倒れてしまう

 小学校のクラブ活動で卓球には懲りたので、中学校の時にはバレーボール部に入った。これもやったことがない球技の中で、ボールの大きさが比較的小さいので、とりあえずコートの端から端まで投げることができるという理由からだった。野球のボールはより小さいが、外野を守らされても投げたボールが塁まで届かないことを、小学生の時に子供会の活動で経験済みだったので避けた。

「お前なにしとんじゃ!」

 同じように入部した同級生は、私が練習の足を引っ張るのが分かると豹変した。見掛け上何の問題もなく、むしろ彼より少し背が高いぐらいだったのに、練習をすればするほど、どんどん動きが悪くなっていく。何も知らない人間が見ると、やる気をなくして手を抜いていると思っても不思議はなかった。やむなく限界を感じて、部を辞めた。それでも、その同級生は私を見るたびに、上級生ができの悪い下級生を叱るように、ここぞとばかり私を怒鳴りつけた。私は顔を伏せて周囲に目立たない向きに歩く方向を変えながら、罵声が止むのを待つだけだった。

「あれでも同級生なの?」

 周囲の視線が痛かった。

 

 運動を続ければ続けるほど、意識がもうろうとなり、耳も聞こえにくくなった。特に体育館の中で響くバレーボール部の顧問が叫ぶ言葉は、エキサイトしてくると無意味にカッコよく、英語なまりの日本語に近くなるので、何を指示されているか、自分に指示が出ているのかどうかさえ全く分からないことがあった。

「ヘィ、・・・どこ・・・ろよ!」

「な・・・こういう・・・んだろ?」

 意識がもうろうとなると、声も小さくなり、話す言葉も注意しないとロレツが回らなくなってくる。そんな状態の私にとっては、周りの皆がスーパーマンのようにさえ思えた。それに対して自分のことは、まるで、古典的なSF小説「宇宙戦争」で描かれた、地球の重力に逆らえない、タコの姿をした火星人の様だとさえ思った。

 

 中学校での困難は、クラブ活動だけではなかった。「補強」という名の元に体育の先生が機嫌の悪い日に実施する筋力トレーニングがあった。例えば馬跳びをして、一人でもできない生徒がいると、連帯責任としてもう一度全員の馬跳びが強制されるのだ。知る限りうまく当てはまる表現は、戦時中の軍事教練だと思う。体育会系のクラブ活動でそういう練習があるのは少なくとも入部した時点で覚悟はしていることだが、運動能力の低い者まで一切区別せずに無理やり参加させた上で、「全体責任」だのと言う行為は軍事教練ぐらいしか知らない。女子と合同で補強をやらされたこともあり、その中でさえ私が一番足を引っ張ることが多かった。

「周囲から買う恨みを、何としてでも最小限の留めなければ」

 追いつめられた状況で死に物狂いでがんばった結果、体育の後の休み時間に、だんだん両腕が動かなくなって鼻水がだらだらと流れ始めた。

「ふー・、ふー・・、ふー・・・」

 深呼吸をしてみようとするが苦しくて大きく吸い込めず、肘は曲がったままで開かない。鼻水が出ても手が動かないのだから自分では拭くことができず、ついには自分の机の上面に頭を落とした姿勢から動けなくなってしまった。次の時間の先生の指示で、

「ひきつけだろう」

と言われて支えられながら保健室に運ばれた。三十分ほどベッドで安静にしていると腕の緊張がとれて動くようになった。これもまた最近になって、もしかすると筋疾患の症状だったのかもしれないと思う。

 

 運動会でも、失態を露呈した。中でも印象に残っているのは、クラスの男子全員で、長い「うんてい」のようなものを作る組み体操だった。二人の生徒が柱になって、その上にうつ伏せの形で別の生徒が橋の形を作って、それを長く連ねるという形のものだ。私は柱の役割だった。上に乗った生徒の膝に手を当てて、肘を開いて押し上げることで、その足を持ち上げようとするのだが、すでに整列と移動でくたびれていて力が入らない。いくら力を入れても上がらない。隣に男の先生が来て、

「あげろ!あげろ!」

 

と怒鳴る。先述の教練の先生とは別の先生だったが、この先生も私が手を抜いていると思ったらしい。運動を続けると、なぜ自分だけどんどん筋力が低下するのか分からないので説明できずに、所謂「気合い」が足りないのだと思われるのが悔しかった。


電車とバス

 大学への通学のために一人暮らしをするようになると、公共の交通機関を利用することが多くなり、新しい問題が生じた。揺れるバスの車内で、吊革を掴んでいると、次第に足の踏ん張りが効かなくなって、転倒しそうになるのだ。先述のマラソンで足首がガクガクになるのとよく似た症状だった。常に同じ力で踏ん張っているつもりが、だんだんと踏ん張れなくなって、より強い力で踏ん張ろうとするのだが、五分、十分と揺られるうちに、それでも力の入れ方が足りないらしく、ふらふらしてくる。最後には、揺れに応じて力を入れるたびに、ふくらはぎやすねの筋肉が痛み出す。バスが目的地に着くまでの間に、車内前方の支払機まで行って千円札を小銭に代えるのも危険行為だった。停車している短い時間で、必ず片手で吊り革か持ち手を掴んでいる状態を維持しながら、支払機に辿り着かなければならない。しかも、先に降りる人たちの邪魔にならないようにしなければならない。自分が支払機の前に陣取ってしまったがために降りるタイミングを逃す人が出かねないからだ。

 

「バスの吊革や持ち手をつたって移動するだけなのに、まるで森の中をツルを持ちかえながら移動するターザンのようにスリル満点だ」

 自虐的にそんな風に考えることもあった。 

 

 同じことは電車の中でも起こった。足が痛み出した段階で、空いている席に座ろうと移動するのでは手遅れだ。一瞬でもしっかり支えられていない状態で、ガタンと大きめの振動が来ると、踏ん張りが効かなくて転倒しそうになった。

 

 

 所用で出かけることになった旅先では、長時間重いスーツケースを引っ張っていると、徐々に手がいうことを効かなくなってきて、それでも思う様に動かさないわけにいかないので、動かない程度に合わせて、余分に力を入れることになる。そうして増し入れる力が大きくなるほど、一日の終わりまで筋肉痛が長引いて、痛みのために寝入ることができなくなる。周りに知人がいると、荷物を引っ張りながら、あれこれ指摘されないように自然な体の動きに見せるのが、なお苦しかった。


繰り返し運動による寝られぬほどの筋肉痛

 鉄棒や、電車とバスに限らず、手足の繰り返し運動を行うと次第に力が入らなくなってくる。そこで、力の足りなくなる分を繰り返し運動の程度から予測して、意識的に力加減を増し入れして補正する。しかし、それが長時間に及ぶと、長引く筋肉痛に悩まされ、夜中に寝付けなくなるというしっぺ返しを浴びるのだった。

 

 以下は、ドイツのL教授に、私の未熟な英語をカバーするために送信したイラストの一つである。筋肉痛の程度を示すために、自己申告によるVisual Analog Scaleの数値をVASとして付記した。


 空腹時に腕や足がこわばった感じがするが、その状態で繰り返し運動を行うと筋肉痛が始まる。足よりも腕の繰り返し運動の場合に筋肉痛は大きかった。休憩がとれると筋肉痛は次第に緩和される。しかし、繰り返し運動を長時間続けなければならないと、繰り返し運動を止めても筋肉痛はあまり緩和されない。眠りにつくまで筋肉痛が続くのだが、この状態になると、腕に力を入れると更に強く痛むため、腕を思うように使えず不自由だった。

 

 

 なぜか、短時間でも眠りに入ることができると、筋肉痛は大幅に軽減されていた。そこで寝入るためにアルコールに頼ることが多くなった。アモバンといった眠剤に頼った時期もあったが、すぐに耐性ができて効き目が悪くなった。アルコールの場合も次第に耐性ができて飲酒量が多くないと寝入ることができなくなった。なお悪いことに、少量のアルコールを飲んだ後に寝入るのに失敗すると、アルコールが醒めるにつれてより強い筋肉痛に襲われた。こうなると、より多くのアルコールを必要としたので、アルコールに頼って筋肉痛をごまかすのは一か八かの賭けに近く、焦燥を感じた。


食事の前後の発作

 午前中に体を動かした昼食前に、特に腕がこわばっている感じがして苦しい。心臓がドキドキして、息が上がる。何となく、体の中央に向かって引きつけられている気がする。この症状を、L教授に説明するためにイラストにしたのが次の図である。

 

 昼食を食べると一気に弛緩した感じがする。こわばった感じの方が弛緩よりも苦しい上に、昼食にありつくまで少しずつ苦しくなり続けるので、とにかく何かを食べなければと焦って汗だくになりながら食べる。食べている間は顔の筋肉をよく使うせいか、次の図のように顔の筋肉がこわばっているような違和感を覚えるが、昼食後、515分ぐらいで違和感は消える。
 昼食のメニューには味よりも食べやすいもの、箸よりも握りやすいスプーンで食べられるものを選ぶ傾向がある。食べたいと思っているし、実際にかなり早いペースで平らげるのだが、これは、正常な食欲によるものではない。味付けやメニューに対してどうしても鈍感になるし、食後に弛緩した時には嘔吐感はしないので実際に嘔吐したことはないのだが、実は、食前のこわばりの時に漠然と気持ちが悪くて、もしも何か胃に入っていたなら嘔吐してしまいそうだと思うことがあった。以下はこの症状を描いた図である。

 今後、食前のこわばりと食後の弛緩を「発作」と呼びたいと思う。これは英語論文に登場する"attack"に対応する用語として使うだけで、決して心臓発作というような大袈裟なものではない。小さなものを含めて、特定のタイミングで病的な状態に陥ること、私の場合は手足がこわばる、弛緩するのをこのように呼ぶことにしようと思う。

 

  食事の前後の発作、および、空腹時のこわばりの間の繰り返し運動で筋肉痛を生じやすい状態は、成人した頃に意識し始めて少しづつ大きくなり、32歳であった2005年に救急搬送されて退職するまで続いた。それ以降はこまめに休憩がとれるせいと思うが、以前ほど悩まされることはなくなった。それでも、日によってきつい日と、それほどでもない日があって、あまりコントロールできない。気温の高い場所で過ごすと、発作は起こりにくかったり、起こっても小さかったりする。

 

 私の嘔吐感というのは漠然としていて、老化すると食欲がなくなったという状態と区別がつけにくい。脂肪性のもので嘔吐をしたと柳澤桂子氏が書かれているが、私の場合も明確に何を食べた後に、気持ちが悪くなるか分かっていれば、それが病因を特定する大きなヒントになるはずだが、私の場合は漠然としていて結局未だによく分からずにいる。少なくとも、典型的な脂肪酸代謝異常症の患者で脂肪性のものを食べて食事の直後に悪化するというのとは異なっている。脂肪性のものを食べて油臭いと思いはするものの、食後の症状が悪化したことは特にない。

 

 実は、お好み焼きという、ローカルな食品を大量に食べた後で大きな弛緩を感じる。しかし、結局それが、お好み焼きの中に弛緩の原因があるのか、何らかのアレルギーによるものか、また、弛緩の症状がアレルギーによって拡大されたように感じるだけなのか、よく分からないままである。スイカ、メロン、茄子、キウイを食すると喉の奥が痒くなるという食物アレルギーを持っているが、お好み焼きでは痒くはならない。春と秋のシーズンには喘息のような症状を含めて比較的重度と思う花粉症も患っているので、敏感な体質ではあると思う。一応、O大学病院のT助教にも、お好み焼きの症状について食物アレルギーではないかと相談したのだが、きょとんとした顔をされた。時間を食いながら、先天性パラミオトニーの軽度のタイプを疑って筋電図を条件を変えて測っているのに、いきなり食物アレルギーと言われたので不本意だったのだろう。プリックテストを受けられるように皮膚科に紹介しましょうとは言われなかった。

 

 

 現場的、家族的な話をすると、食事の前後で発作が起こる状況では、実は元気を付けるために家族が手をかえ品をかえして作ってくれる珍しい食材の食事というのが、時に無駄になる。健康な人の感覚だと、精力をつければ良くなるはずだから、うなぎの蒲焼きでも、山芋のとろろ和えでも作ってやろうと思うのが家族の努めだと考えるのだろうが、実は一定のカロリーの一定の栄養素の食事を、7時半、10時、12時、15時、17時半、20時と頻回に分けてとるのが、発作を小さく抑えながら活動時間を長くするポイントなのである。おそらく、老人が一度にたくさん食べられないという感覚と同じだと思う。


進化と感染症の間の遺伝性疾患

 【辛い記憶】の章は、闘病記的な部分であるが、エクソームシーケンシングのデータや、mtDNAのシーケンシング結果、23andMeの検査結果といった形で公開している遺伝型に対して、表現型を与えることを意図している。ここで遺伝型とは、DNAの配列のことで、過去には遺伝子型と呼ばれていたが、本著では遺伝型で統一している。こういった遺伝学用語の話題を含めながら、次の章では、[合っているかもしれない仮説]の節で述べた遺伝病が約23000個の遺伝子にばらけて希少疾患となる説を、もう一度、進化と遺伝性疾患の関係から見直す。結果的に、感染症と遺伝性疾患の関係についても、考察を進めることになった。

 

 

 結果的にではあるが、進化と遺伝性疾患との関係を突き詰めた結果、男女の性差についても、一応の説明ができるようになった。これも仮説の部分があって、関連している論文を探している。ゴキブリとマウスの仲間とヒトを比較した部分も、身近な動物の進化についての見方として、興味深いであろうと思われる。これも先に誰かが同じことを述べているはずだと考えて、201411月現在、まだ関連している論文を探しているところである。



読者登録

草戸 棲家さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について