目次
はじめに
はじめに
宗教的表現について
研究者の方々へ - 検証中の仮説
外部リンクの表記、Android対応、訂正箇所のご指摘のお願い
概略
現在の症状
息子の誕生
さらに遠い通院へ
知らされなかった検査結果
アミノ酸分画検査結果
タンデムマス検査結果
合っているかもしれない仮説
閑話休題:創作話 トリケラお母さんの悲劇(# ゚Д゚)
DNA検査の実体験と仕組み
ミトコンドリアDNAの検査
ヒットカウント分析および共起性分析
23andMeのDNAアレイによる検査 - 販売停止命令に至る経緯
遺伝病とコモンディジーズの違い - 優性遺伝と劣性遺伝
ヒトはヒトであるが故にヒトの病を患う
コモンディジーズの検査方式 - アバウトなGWAS
23andMeの深刻な検査結果 - 統計の改善による影響
23andMeのその他の結果
エクソームシーケンシング
コモンとレアの重症度分布 - アレル頻度とエフェクトサイズ
個人向け遺伝子検査の選び方 - 罹患人口カバー率指標
閑話休題:製作物 DNAツリー
希少疾患と難病の制度および数値
希少疾患と難病の違いと制度的起源 - 日米欧比較
赤信号みんなで渡れば - 真面目な日本人の最悪の集団行動
もっとも希少な希少疾患 - 70億人にたった一人
もっとも正確な希少疾患の数 - 毎日約1つ希少疾患が増える?
希少疾患全体の罹患率 - 全部合わせると10~14人に一人
診断に至るまでの年数、または遅延 - 28年?!
GINA(ジーナ) - DNA検査時代の国民、患者を守る法制度
国民皆保険の功罪 - 患者をチェリーピッキングする医師達
節としてまとまらなかった事柄
希少疾患と感染症
感染症と希少疾患の関係 - 未診断の希少疾患という重症化因子
予防接種の健康被害としての未診断の希少疾患
希少疾患としての感染症 - 米国のAIDSの歴史
見えないところに死体の山
医師に頼らない因果関係の追求 - 脳症の本当の原因
更に複雑な感染症の話
医療訴訟が生み出す二次被害 - 無過失賠償制度の必要性
辛い記憶
両親を批判することについて
両親への間違った説明
辛かった学校生活
体育の次の時間に倒れてしまう
電車とバス
繰り返し運動による寝られぬほどの筋肉痛
食事の前後の発作
進化と感染症の間の遺伝性疾患
進化と感染症の間の遺伝性疾患
仮説の更なる展開 - 発見され増加を続ける希少疾患
卵子と精子の間の変異の導入の違い
感染症と遺伝性疾患で重度となる役割 - 男性淘汰進化説
絶滅のシナリオ - 感染症と遺伝性疾患の袋小路
進化のスピード調節 - もっとも強く訴えたいこと
進化と遺伝性疾患の「必然性の枠内の偶然性」
ダーウィンのUNdiagnosed
そして各論へ
遺伝学用語の混乱
遺伝学用語の混乱:genetic、遺伝か起源か
de novo変異 - 両親から受け継がれない優性遺伝の変異
個人向け遺伝子検査のガイドラインの乖離
みんなが保因者の劣性遺伝病? - 平均約10個の遺伝的荷重
劣性病的変異の健常者への影響 - 遺伝子プールの浄化説
あとがき
あとがき
これ以降分冊予定
▲▼そして各論へ
検証実験の山 - バッチ型検証実験の提案
希少疾患の中の更なる希少な患者群についての予測
環境因子か遺伝因子か
代謝異常についての進捗
遺伝子検査の2つの嘘
生まれの平等性または不平等性
▲▼生まれの平等性または不平等性
新型出生前診断と着床前診断 - 技術的に◯、倫理的に☓
生まれる前のDNA検査 - 科学的因果関係の追求ライン
技術としてのNIPT - 生まれのDNA検査の技術予測
我が子に故意に良くない遺伝因子を許容する親の罪
ディストピアな未来像 - 生まれの平等性が崩れた世界
不妊という社会問題 - 男性不妊と父性年齢効果
中絶による母体へのダメージ - 次の妊娠がうまくいく確率
着床前診断の問題点 - NIPTとの倫理的違和感
不妊治療としてのPGD - 不妊としての遺伝性疾患
生殖医療のリアルの写真
男女産み分けの国際比較 - 海外での生殖補助医療のリアル
着床前診断の潜在的なリスク - 子と女性へのリスク
フィルターされた人々による生まれの平等性、不平等性の支配
遺伝学用語の混乱:variation、多様性か変化性か
人権に基づく多様性、人権に基づく変化性
男性不妊と劣性遺伝病の完全予防 - 22世紀の精子起源工学
その他 - うまく分類できずとも価値のあるトピック
DNA検査の結果の公開 - シーケンシング機会の平等性
進化における神の概念
mtDNAとY染色体の永代性 - 未来の血縁者の不利益
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コモンとレアの重症度分布 - アレル頻度とエフェクトサイズ

 本節では、コモンディジーズと希少疾患(レアディジーズ)の間の重症度分布を示し、結局コモンディジーズと希少疾患の間には希少性が連続して存在していて、中間の疾患も存在することを述べる。

 

 「希少疾患」とは、患者数が少ないことを特徴とする多くの疾患の総称であり、日本では伝統的に希少疾患の代わりに「難病」という名称が用いられてきたが、英語圏の文献を探す際には難病のことを希少疾患と読み替えて良いようだ。詳細は[希少疾患と難病...]の節でもう一度触れる。非常におおざっぱに言えば、コモンディジーズでないものは、全て希少疾患や難病であり、そもそも患者数が少ないのに種類がやたら多いものを、一般人が分類して覚えたり数えようとすることに無理があるのだろう。このことをDNA検査との関係で説明するために、次の図を描いた。

 

 横軸が変異の珍しさで、縦軸が変異の影響力である。もっと科学的には、横軸がアレル頻度、縦軸をエフェクトサイズとして描かれたものが様々な論文や研究室のサイトでみられる*。コモンディジーズと呼ばれている疾患は、2型糖尿病やアルツハイマー病など、人口の何割というほど罹患率の高い疾患のことで、一番下に示した通院の指標で言えば近い病院で済む疾患である。横軸として「関係する変異」と記したが、希少疾患や難病の場合は病的変異、コモンディジーズについては良性の多型、つまりSNPと読み替えていただきたい。

 

 コモンディジーズに関係するSNPについて補足しておかないといけないのは、1つのSNP当たりの影響としては軽症でも、たくさんのSNPが関係しているので、1個人としてはそれなりの重症度を持ってしまうということで、縦軸は一応1つのSNP当たりの影響なので軽症としているが、たとえばアルツハイマー病が進行するともちろん決して軽度では済まない。それに対して、難病や希少疾患の方は、単純に1つの病的変異当たりの影響が重度と考える。そして希少になればなるほど遠い大学病院に通院することになる。私が疑わしい変異はあれこれと見つかるものの、診断できなくて困っているのは、左下の水色の三角の領域である。この部分に入ってしまうと1つの疾患当たりの検査値としてはなかなか陽性が出ない割に、変異の検証実験に時間をかけないと病的変異と断定できないという、とてもやっかいな状況になる。この著作の主なテーマであるUNdiagnosedの状態である。複数併発してしまうと1個人としての重症度は中度でも、日本の現在の医療では放置される。右上の三角の領域は、誰でも保有する変異が重度の疾患を引き起こす場合で、そういう集団は、他の集団よりも生存率が低いために、過去において進化的に淘汰されてしまったので、今生きている我々にはあまり関係がない。

 

 コモンディジーズという呼称は、"rare"(レア)と"common"(コモン)を、変異の希少性と共通性、希少疾患とコモンディジーズにそれぞれ対応させてうまく説明したこういった図とともに普及したと思われる。元の用法としては、ありふれた疾患共通変異仮説から来ているようだ。日本語による解説*もある§。コモンディジーズは、近年DNA検査の普及にともなって、従来から用いられてきた普通の病気というニュアンスを含みながら、SNPの共通性に対応するべく再定義されて、用いられることが増えた用語である。

 

"common disease common variant hypothesis"  8,140

"ありふれた疾患共通変異仮説 213

"CDCV仮説 112

"Common disease-common variant仮説 104

"コモンディジーズコモンバリアント仮説" 2

 

(グーグル、20141218)

 

 ありふれた疾患共通変異仮説が主張しているのは、みんなが持っているSNPが、みんなが患う普通の病気に影響を及ぼしているという、一見すると当たり前の原理である。これは[23andMeの深刻な結果...]で述べた、個人向け遺伝子検査の4の検査項目に該当する。しかし、3以下といった、同じ750人という人数を対象に調査しても、うまくGWASで罹患確率が予測できない場合が存在する。これらの中で親子で同じ疾患の例がないものは遺伝因子の影響が弱くて環境因子が支配的であると言えるのだが、親子で同じ疾患を患う例は、コモンディジーズが稀な変異により引き起こされていると考えられる。本著で既出の例を挙げると、[遺伝病とコモンディジーズの違い...]で述べたアンジェリーナ・ジョリーにより知られるようになったBRCA1の変異による乳がんが該当するようだ。乳がんのDNA検査としてDNAアレイによる検査では十分ではなく、比較的高価なシーケンシングを必要とすると言われる理由である。稀な変異はシーケンシングでしか調べることができない。こういったコモンディジーズの稀な変異は、先述の図の中で希少疾患とコモンディジーズの中間に位置すると考えられる。

 

 

 DNA検査を受けて罹患予測確率が分かる疾患ということで、コモンディジーズのうち2型糖尿病とアルツハイマー病だけを図に記したが、広く考える場合には感染症なども含まれる。アレルギーや感染症といった免疫系の疾患についても、アレルギー性鼻炎が親や兄弟姉妹と似たような抗原で似たような症状を示すように、発症のトリガーとしては花粉であっても、罹患しやすさと重症度は遺伝因子の影響を受ける。

 


個人向け遺伝子検査の選び方 - 罹患人口カバー率指標

 23andMeMYCODEといったDNA検査を購入前に比較する際に、大きな障害となるのは、200項目といった検査項目数が多いことばかり宣伝して、その検査項目数の中に一般的な病気、つまりコモンディジーズがどのぐらい含まれていて、希少疾患がどのぐらい含まれているのかあまり詳しく公表していない点である。購入する側としては、エクソームシーケンシングといった大型のDNA検査を購入するのではなく、あくまでお手軽な検査のつもりなので、希少疾患の方はほとんど気にしていないのである。だから、コモンディジーズの検査項目だけを抜き出して比較した方が、とても実質的な比較ができるはずだ。以下に比較対象を検討する。201410月時点である。

 

23andMe

99ドル(1万円)

250項目

検査項目は公表していない。信頼性は購入前には分からない。現在健康情報を販売できないし、日本に対しては出荷もしない。

 

MYCODE オールインワン280+

29800(税別)

280項目

検査項目は公表している。信頼性は購入前には分からない。

以降、MYCODEと表記したい。

 

ジーンクエスト遺伝子解析

49800

200項目

検査項目と信頼性の両方を公表している。23andMeと同じ750人を基準にした4段階評価である。SNPや参考文献の情報も購入後に表示されると思われる欄があるが購入前には分からない。無料会員登録もやってみたが、表示されなかった。

英語社名の方はGeneQuestで、採取キットの箱などにはGenequestと表記しているようだ。以降、Genequestと表記したい。

驚いたことに23andMeと同じイルミナ社の技術で国内で解析しているとのこと。リスキーでも人件費の安い国で解析するのが常識だと思っていたので、安全マージンの取り方にとても好感がもてる。

 

Gentle Labs

1990ドル(20万円)

1700項目(201410月現在1692)

検査項目は公表している。信頼性は4段階評価で得られるのかどうか分からないが、それに相当する情報以上を公表している。具体的には、認知症の中で典型的と思われる遅発型アルツハイマー病の場合、"We test­ed 2 SNPs in the APOE gene.""References  Integrative genomics identifies APOE e4effectors in Alzheimer’s disease Rhinn, Herve et al. Nature, 2014."などと非常に具体的である。この場合は、逆に4段階評価で検査結果が表記されることを確認してからでないと結果解釈にこまるので購入するのがためらわれる。Rare Conditions(希少疾患)扱いとなる、早期発症型家族性アルツハイマー病の場合は、購入前は簡単な説明のみである。

DNA検査の方式としてはDNAアレイではなく、エクソームシーケンシングである。ベルギーに本拠地を置く会社で、信頼はできそうだが、英語の壁が厚い。

英語でオンラインで医師から40分間の説明を受ける仕組みのようで、一応医師を通した形にして23andMeのようにFDAから販売差し止めといった措置を受けることを回避しているようだ。日本人にとっては英会話で面接を受けるようなもので、やはり日本人はロボットのようだと思われたとしてもひたすら頷いていればいいのだろうが、高学歴なヨーロッパ人の医師に見下される英語の苦手なアジア人としては40分間は精神的にはつらいだろう。

 

比較対象として23andMeGenequestが最もうまく比較できると思われるので、コモンディジーズのリスト上で比較してみる。

 

 日本人に多い疾患のリストに基いて、検査結果を健康管理に役立てるための有用性について比較を行う。

 

(日本人の病気、高血圧が最多なるほどランキング Nikkei Inc., 2010/6/29 より)

 

主要な病気の推定患者数(2008)

総患者数(万人)

 

高血圧 796.7

歯の疾患(虫歯・歯周病など) 600.2

糖尿病 237.1

がん 151.8

脳血管疾患(脳梗塞・脳出血など) 133.9

白内障 91.7

ぜんそく 88.8

虚血性心疾患(狭心症・心筋梗塞など) 80.8

統合失調症 79.5

胃潰瘍・十二指腸潰瘍 52.0

 

()厚生労働省の統計資料をもとに作成

 

厚生労働省の統計は極めて正確に調べていただいているのだが、ざっくり試算するには不向きと思われたので、日経のサイトから少し古いがとても分かりやすい表を引用させていただいた。元は厚労省の統計なので、このぐらいの引用は許していただけると期待したい。

 

 おそらく10位までを挙げたものと思われ、順番もそうなっているので、このリストの上で作業をしてみる。途中までGenequestについて埋めた時点で、もう23andMeのリスクと形質が分かれたページから拾って来るのが無駄な作業に思えてきたので、23andMeはどのみち日本から受けられる検査でもないので割愛したい。そのぐらいGenequestは圧倒的だ。値段が高いだけのことはある。

 

高血圧 796.7=人口比6%

高血圧症 4

体質 血圧 4

歯の疾患(虫歯・歯周病など) 600.2=人口比5%

体質 虫歯 3

体質 歯の発達 3

糖尿病 237.1=人口比2%

2型糖尿病 4

妊娠糖尿病 4

がん 151.8=人口比1%

肺癌 4

肺腺癌 4

脳血管疾患(脳梗塞・脳出血など) 133.9=人口比1%

脳卒中 4

脳動脈瘤4

白内障 91.7=人口比0.7%

ぜんそく 88.8=人口比0.7%

喘息4

体質 喘息の指標(気道反応性) 4

虚血性心疾患(狭心症・心筋梗塞など) 80.8=人口比0.6%

心筋梗塞4

体質心膜脂肪量(心臓周囲の脂肪量) 4

統合失調症 79.5=人口比0.6%

胃潰瘍・十二指腸潰瘍 52.0=人口比0.4%

十二指腸潰瘍4

 

10大疾患中、7疾患で実質的に健康管理や医療保険加入に役に立つと思われる4つの信頼性を確保した項目が含まれている。100点満点中70点ということになるのだろうか・・・。しかし、それでは複数の項目が含まれる疾患でせっかく複数の項目が含まれているのに、それが反映されていない。各疾患に1つの4が入るように検査を組めば、検査するSNPの数を抑えながら優秀なスコアが出せてしまう。複数項目の反映については、学者先生方にお願いしないと私では無理なようだ。その点を割り切ると、ざっくりと人口比で重み付けをしたスコアは、6+2+1+1+0.7+0.6+0.4=11.7となった。下1桁は精度がないため、丸めると12である。この値はすでに10大疾患を選び出した上なので、更に疾患の範囲を広げてもあまり変化しないため、それなりに指標として有効と思われる。言ってみれば「DNA検査の罹患人口カバー率指標」である。複数疾患に同時に罹患する人口は考慮していないため「カバー率」ではなく「カバー率指標」という方が適切と思われる。3以下は実質的には役に立たないので切っている。繰り返しになるが1疾患に複数項目が含まれる点については、考慮していない。

 

 注意点として、Genequestは、「あくまで例であり実際は異なる場合がございます。」とあるように、実際に購入するともっと多くの項目が表示されるのかもしれない。一部で項目数ばかり多くて使える結果が酷く少ないと叩かれている日本のDNA検査にもこんなすばらしいのがあるのかとちょっと感動した。受ける前からどの検査項目がどのぐらい信頼性を持っているか、教えてもらえるのは、消費者にとって極めて利益が大きい。残念ながら、どんなSNPなのかや参考文献までは購入しないと表示してくれないようだが、それでも先駆けである23andMeさえ公表していない情報をGenequestは消費者に公表している。ぜひ、今後MYCODEの方も、SNPや参考文献まで公表してGenequestを上回っていただけると非常にありがたい。

 

 この節をなんとまとめたらいいか迷うところだが、1つには、DNA検査会社は無駄な検査項目数の宣伝争いよりも、実質的に役に立つコモンディジーズについての4つの項目数で示していただきたい。今回、Genequestしか評価できなかったのはとても残念だ。自らが行っている検査の信頼性に自信と誇りがあるならば、検査会社の方である程度公表してくださらないと、消費者は自分が欲しい検査項目について信頼性が低いものを買ったことに後で気付いて不満をつのらせ、DNA検査から気持ちが離れて、23andMeで現在起こっているようなことがいずれ日本でも起こり、せっかく開いた市場が閉ざされてしまう。日本の大手のDNA検査会社が、ヒトの検査市場が閉ざされればペット動物のDNA検査など別のやりやすい事業をやればいいと思っているのならば、仕方がないが、せめて規制がきつくなり採算性が悪くなって別の事業に移るときには他のサービスに消費者が移行しやすいように措置をしていただきたい。消費者はDNA検査を基本的には一生涯変わらないもの、装置のアップデートが行われたときだけ費用を支払えば検査精度は向上し続けるものと信じて購入しているのだ。受けた検査結果が各人の人生に活かされるようにしていただけなければ、私は今後も海外のDNA検査を紹介しつづけなければならない。正直、海外を羨むのは日本人として時にあまり楽しい作業ではない。

 

 しかし、ビデオチャットで医師のインフォームド・コンセントを行うとはうまい手を思いついて実行に移したものだ。Gentle Labsがベルギーにあることと、他節でも述べる主にヨーロッパでの希少疾患向けDNA検査のGENDIAがベルギーにあることと、妙な偶然と考えるよりも、ベルギーでDNA検査事業の何らかの奨励政策があるものと思われる。

 


閑話休題:製作物 DNAツリー

本作品はDNAのデモンストレーション用に作成した室内照明を兼ねたオブジェで、「DNAツリー」と呼んでいる。二重らせん化した銅線そのものを導線として使う手法は他で見たことがなく、初めての試みではないかと思う。この方法によりシンプルで美しく仕上げることができた。簡単な製作記およびオーディオビジュアライザーとしてのデモンストレーションを示す*。オーディオビジュアライザーの制御はArduino Nanoとパソコンを用いた。


希少疾患と難病の違いと制度的起源 - 日米欧比較

 欧米の希少疾患と、日本の難病は、対象とする疾患について大きく異なった基準を用いている。また、米国とEUの希少疾患の基準も、いくらか異なっている。米国の希少疾患の中に歴史的にAIDSといった感染症が大きな位置を占めてきたことについて、後の[感染症と希少疾患の関係...]の節でふれる。本節では、米国の希少疾患と、日本の難病の制度的起源について調べ、その後、日米欧の希少疾患医薬品行政について調べる。

 

 日本ではコモンディジーズに対する診療報酬点数が平等にしかも患者に有利なように低めに設定され、希少疾患の多くの検査・治療に対して診療報酬点数が設定されていない。欧米で5000も希少疾患があると言われているのに、日本では難病法の小児対象疾患としての705疾患が最大である。詳しくは[もっとも正確な希少疾患の数...]の節で検証を行う。当然ながらカウントしていない疾患には診療報酬点数が設定されず、診ることができる病院もほんの一部である。一般的に日本の医療はコモンディジーズに強く、罹患率の非常に小さい疾患には弱いと言えるが、実は日本の難病に対する取り組みは、ごく少数の疾患についてだけだが、米国と比較しても非常に早かったと言える。実際、根拠は示されていないが、日本の方が早く取り組んだとするウェブページも存在する。このウェブページを始めとして、このサイトでは希少疾患と難病の違いを分かりやすく説明しながら、実によく情報がまとまっている。しかし、私が調べた限り、後述するように米国の方が少しだけ先に取り組んだように学術論文から読める点が、このサイトで日本が先とする記述と多少くい違っている。これについては、問い合わせたところ、『「米国では1980年代初頭の患者家族による政府への稀少医療品開発を求めた運動を契機に、NORD(National Organization for Rare Diseases)というボランティア保健団体による特殊な国家組織が設立されました」と記載されているように、NORDによる取り組みから始まっています。NORD1970年代に民間の事前事業団体として成立され、1983年に「オーファンドラッグ法」の制定により公式な組織となりました』と回答をいただいた。しかし、これでは非営利法人のNORDを日本の行政と並べて比較して米国が遅いと述べていることにならないだろうか。米国の方は、以下のCaroline Huyardからの引用にあるように、1968年の時点で既にオーファンドラッグを収載しているように読める。しかし、こちらも以下の文献がオープンアクセスでないため、米国の行政でorphanという用語が本当に用いられた、また、公的に用いられたことの確証が得られないのも事実である。どなたか確認できる研究者の方が代わりに読んで確認していただけると非常にありがたい。

 

Provost, G. (1968) Homeless or orphan drugs, American Journal of Hospital Pharmacy, 25, 609.

 

 なお、この会社は、同ウェブページで述べているように、日本でオーファンドラッグの指定数が15点ともっとも多いそうだ。オーファンドラッグとは、日本名としては希少疾病用医薬品と呼ばれている薬剤で、患者数が少ないために市場に流通しないため、製薬会社が開発・販売してくれない希少疾患向けの薬剤を、製薬会社に対してそういった薬剤に対してのみ優遇措置をもうけて、開発・販売してもらうための制度である。

 

 ただ、どう考えても欧米風の企業名なのに、自分のことを日本の企業だと主張していることが気になって調べることになった。なるほど、創業1953年、従業員数3200人、資本金21億円とのこと。英国から日本へと進出してきたのは事実だが、現在では雇用も実態もちゃんとした日本の企業である。しかし、[感染症と希少疾患...]の節で未診断のミトコンドリア病が予防接種で重症化したのではないかと思われる健康被害の症例の、子宮頸がんワクチンについて、一度不祥事のようなものを起こしている。希少疾患医薬を積極的に推進してくださっている会社からの、コモンディジーズ向けの予防接種が、診断されない希少疾患の患者で健康被害を起している。このややこしい関係に頭をかかえた結果、この会社の企業名は一度も記さずに、リンクだけを残すことにした。リンクについても、同社のご利用条件に難しいことが書かれているが、同サイトのトップページへのリンクを示せという点にはしたがって、もっとも気にされていると思われる子宮けい癌ワクチンへのリンクは示さず、それでもやはり、同サイトの重要なページヘのリンクは示そうと思う。ここほどよくまとまったサイトは他にないからだ。中道的だが仕方がない。

 

 「希少疾患」とは、患者数が少ないことを特徴とする多くの疾患の総称であり、日本では伝統的に希少疾患の代わりに「難病」という名称が用いられてきたが、英語圏の文献を探す際には難病のことを希少疾患と読み替えて良いようだ。このように、日本が難病、英語圏が希少疾患と違った名称を用いてきた理由は、日本と米国でほぼ同時に罹患率の小さい疾患対策が開始されたという歴史によると思われる。先ほど3年ほどの間にどっちが先だと議論しているように、日本と米国で似たような時期に違う方向でスタートした。

 

 日本の難病対策の出発点は単純に罹患率の小さい疾患の患者を救うというよりも、スモンという薬害病に対する対策という、あまり正面からとは言えないスタートだった。これが20151月の難病法の施行まで、各疾患を重症度に応じてなるべく平等に扱いましょうという方向にならなかった、おそらく根本の原因である。当然、医療によって被害を負った患者を慎重に扱い、自然に発生する遺伝病については、患者の人数が少なく医学的見地から研究する利益がなければ軽く扱うことになったと思われる。

 

 米国の希少疾患の歴史の方が日本ではほとんど知られていないので、米国の例から紹介する。

 

Huyard, Caroline. "How did uncommon disorders become ‘rare diseases’? History of a boundary object." Sociology of health & illness 31.4 (2009): 463-477.

 

The category of rare diseases appeared in the United States in the wake of the orphan drug problem, itself a by-product of the Kefauver-Harris Amendments of 1962 to the Food, Drug and Cosmetic Act of 1938.

希少疾患というカテゴリが米国でオーファンドラッグ問題が発生する中で登場したのは、1938年の連邦食品・医薬品・化粧品法への規制強化として、1962年の修正法案であるKefauver-Harris Amendmentsの副産物としてであった。

These amendments required proof of the efficiency of the pharmaceutical products made available since 1938 in the United States (US).

これら修正法案は米国内で1938年以来利用可能となった製剤製品の効能の証明を要求するものであった。

This meant that they should either be adequately reviewed to meet the new standards or withdrawn from the market (Asbury 1985).

法案が意図していたのは、薬剤を新しい基準を満たすために十分に見直すか、あるいは、市場から撤退するかどちらかを選択することであった(Asbury 1985)

Certain drugs were neither reviewed, nor withdrawn.

しかし、限られた薬剤が見直しも、撤退もせず残された。

These drugs were called ‘orphan’ or ‘homeless’ (Provost 1968, Walshe 1988) and remained available in hospital pharmacies (a single hospital pharmacy could count as many as 60 of these drugs), had no legal therapeutic authorisation, but could be described as being ‘for chemical purposes, not for drug use’.

これらの薬剤は「オーファン」または「ホームレス」と呼ばれ(Provost 1968, Walshe 1988)、院内薬局で処方可能な状態のまま残された(ある院内薬局では60種類ものこうした薬剤があった)。これらは法的な治療上の承認を得ず、代わりに「化学的用途、薬剤として使用されない」と記された。

In 1968, the American Society of Hospital Pharmacists asked the Food and Drug Administration, in charge of their control, to give a status to these drugs.

1968年になって、米国医療薬剤師会(当時のAmerican Society of Hospital Pharmacists、現在のAmerican Society of Health-System Pharmacists)は、米国食品医薬品局(FDA)に、これらの薬剤に対して承認を与えるように促した。

At first confined to a well-defined list of drugs, the term orphan drug was extended to all categories of drugs that were poorly addressed by the pharmaceutical industry.

最初のうちはしっかりと定義された薬剤のリストに絞りこまれたが、 オーファンドラッグは、薬剤産業によってうまくカバーされない全てのカテゴリへと拡大されていった。

In the mid-1970s, drugs for single usage, drugs for chronic diseases, drugs with anticipated legal liability, drugs for use in diseases endemic to third world countries, and unpatentable drugs were considered orphan (Asbury 1985) and non-profitable, a view later adopted in the first version of the Orphan Drug Act, in 1983, that defined orphan drugs as non-profitable drugs (Haffner 1991).

1970年台中頃になって、単回使用の薬剤、慢性疾患の薬剤、法的責任が予想される薬剤(drugs with anticipated legal liability)、第三世界の国々への伝染性疾患の用いる薬剤、特許性のない薬剤が、オーファンと考えられ(Asbury 1985)、非営利のものとされた。このオーファンとは、後の1983年になって最初の版の希少医薬品法(Orphan Drug Act)中で採用される考え方であり、つまり、オーファンドラッグとは非営利の薬剤と定義されるようになった(Haffner 1991)。

 

引用文中では述べられていないが、修正法案であるKefauver-Harris Amendmentsは、薬害サリドマイド禍を二度と引き起こさないための薬剤の安全性強化に向けての対策である。薬害が出発点という点では、米国も日本と似ているのだが、FDAがうまく機能して日本ほど多くの患者を出すのは防ぐことができたようだ。日本の難病対策の出発点となったスモンの場合は次のようになっている。

 

小長谷正明. "スモン--薬害の原点."§* 医療 63.4 (2009): 227-234.

小長谷正明. スモン--薬害の原点.*  医療 : 国立医療学会誌 / 国立医療学会 [].. 63(4) 2009.4. 227234 ISSN 0021-1699

 

 スモンの原因がキノホルム剤であることは、国によって使用が認可されていた薬剤による重篤な副作用、薬害事件であり、国とキノホルムに関わった製薬会社の責任が強く問われることになる。すでに19715月には東京地方裁判所にスモン患者による損害賠償請求訴訟がなされ、次いで各地で集団訴訟がおこり、社会的問題としてのスモンは別の様相を呈することになる。最終的には6,476人が提訴した。

()

1979年に、薬害被害者救済を目的に『医薬品副作用被害者救済基金法』が制定され、被害者と認定された人には重症度に応じた損害賠償金と、製薬会社の拠出金による薬害救済基金からの健康管理手当・年金が支給された。

 恒久対策として、原因追及と治療法の開発、検診等で予後追求と健康管理を行うことになり、厚生省特定疾患「スモン調査研究班」、あるいは厚生労働省難治性疾患対策事業「スモンに関する調査研究班」で事業が引き継がれてきており、平成初年度からは筆者が研究代表者を務めている。

 また、同様の事件を再ぴおこさないように、1979年に薬事法が改正され、行政の医薬品安全性確保義務が初めて明文化された。

()

このようなキノホルムやサリドマイド等の薬害事件を教訓として、1979年に改正された薬事法には、次のような点が盛られている。

1)薬局方収載品についても承認申請の義務づけ、安全性確保のための承認基準を明記した。

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医薬品の有害情報に関するこのようなシステムができたにもかかわらず、血液製剤によるAIDS、硬膜移植によるクロイツフェルト・ヤコブ病、アルブミン製剤によるC型肝炎と、重篤な薬害事件がしばしばおこっている。

 

抗がん剤の承認がとてもとても遅くて、患者が何十何百人も死なないと通過しないと言われるほど厳しい日本の薬事審査は、それ以前の薬害への深い反省から生じたということだ。こういった真面目に反省しすぎてより状況が悪くなるという日本特有の現象について、[赤信号みんなで渡れば - 真面目な日本人の最悪の集団行動]の節で述べる。

 

 20151月施行の難病法で出ている最大の疾患の数は、小児に対する705疾患であり、米国政府が示している6800疾患との間に、実に約10倍も差があるのだ。自分達よりも患者数の少ないグループは無視していいのだという、患者数の少ない群が、さらに患者数の少ない群を切り離して助成を受けるという、実に日本的な解決に向かおうとしている。だが、こういった動きは今に始まったわけではない。1972年の特定疾患調査研究事業以来、ずっとこうしてきたのだ。

 

 ・・・と言いたいところだが、やはり私自身もフェアであるべきだ。
この米国6800と日本705という数値の間には、単純に両者が比較できる基準ではない、というべきか、日本と米国の間で非常に異なった基準を用いていて、EUがその間をとっているという次の図の関係になっている。日本に吹き出しを入れるために、順番としては左からEU、日本、米国とした。世界地図上での配置に合わせたつもりである。

 

 日本の705という数値は、20151月に施行される難病法の中での、小児の助成対象疾患数である。成人の場合は約300疾患とのことだが、遺伝病では成人しない間に皆が天に召される疾患が多いことから、成人の疾患の範囲は小児のそれの中に全て含まれているという前提で考えている。ただし、スモンといった薬害の場合は、異なっているかもしれないので、成人の中にもしかすると小児に含まれていない疾患が存在するのかもしれない。ただ、それでも、700から大きく揺らぐことはないだろうと思う。格差医療は事実なのだが、「生命の平等性の侵害」とまで言える場合としては、きちんと症例ごとに数えないといけないと思われる。ただ、70億人に一人の希少疾患が学術論文として記録されているように、そういった症例は調べればかならず存在する。

 

 図中で"OD"と記したのは、オーファンドラッグの意味である。これが、6800705の違いの主な源泉である。米国では、はっきり言うと、行政が公式にはどんな希少疾患の患者にも系統だった助成などしていない。こういった助成は、系統だってやっているのは、ほぼ日本独自の制度で、疾患を限定しているのでフェアとは言えないが、けっして人道的でないとは言えないのである。むしろ無視されてしまう疾患の患者以外には、画期的と言える制度だと思う。

 

 米国は、オーファンドラッグとして製薬会社が優遇措置を受けるための制度を利用できる疾患として、法で定められた患者数20万人未満というただひとつの条件を満たす疾患の数を、数えられるだけ数え上げたら、6800だったと言っているのである。決して6800もの疾患の患者に対して、何か系統的な助成を行っているというわけではない。ここで何度も「系統的」という表現を用いるのは、それでもやはり何も助成を行っていないわけではないからである。おそらく、特定の範囲の疾患だけを助成をすると、外された他の疾患の患者から「フェアではない」との多数の抗議の声が届いて、最終的に全疾患についての普遍的な重症度評価の議論を始めなければならなくなるので、直接的助成はしていないはずだが、NORDという全米の患者会の連合組織を通じて、いくらかは間接的な助成が行われているようだ。

 

("NORD'S PATIENT ASSISTANCE PROGRAMS" NORD, 20141022日閲覧より)

 

Since 1987, NORD has administered Patient Assistance Programs to help patients obtain life-saving or life-sustaining medication they could not otherwise afford.

1987年以来、NORDは、他の方法をとる余地のない、生命に関わる投薬を患者達が得られるように、患者支援プログラムを実施してきました。

Over the course of time NORD has expanded its services to offer financial assistance with insurance premiums and patient co-pay fees as well as assistance with reasonable and appropriate diagnostic testing expenses and travel to and consultation with disease specialists that are not covered by a patient’s insurance plan.

時代が変化するにつれて、NORDは、支払保険料および患者が共済的に支払う料金について、経済的支援にまでサービスを拡大してきました。加えて、患者の保険プランではカバーされない場合に、疾患の専門家のもとを訪れて相談するための経済的支援にも拡大してきました。

NORD also works in partnership with pharmaceutical and biotechnology companies as well as patient organizations to provide travel and lodging assistance for study participants enrolled in specific rare disease clinical trials.

NORDは、製薬会社およびバイオテクノロジー企業とパートナーシップを結び、また患者会との同様のパートナーシップにより、特定の希少疾患の治験参加者のための旅費および宿泊費を提供するために動いています。

 

米国ではフェアでないという行政への批判をかわせるように、ある意味、皮肉にも実にフェアでない、貧しければ生命に係る場合だけ間接的に助成するという仕組みをとりながら、日本と結果的に似たような助成はいくらかは行われている。この「貧しければ」という条件を詳しく調べれば、おそらくより一層米国の方がフェアではないという結論が出るのかもしれないが、そこまで調べるのは別の機会としたい。

 

 EUについても、おそらく似たような事情で、行政への批判を避けるために間接的に行われている助成については、調べきることができないと思われる。EUの場合はさらに国によって一部の希少疾患の罹患率が創始者効果という、過去の大噴火や氷河期などに人類の人口が極めて少なくなった時代の名残として異なっている。具体的には、フィンランド人における先天性ネフローシス、ケルト人、つまり現代で言うアイルランド人におけるヘモクロマトーシスだそうである。こういった事情だと生まれた民族によって希少疾患の助成に不公平が生じやすいので、実質EUについても、各国でばらばらにしかも間接的に助成していると考えられる。

 

 EUのオーファンドラッグ開発は、各国の希少疾患の患者をかき集めて、EU全体として対処した方が少しでも市場規模が稼げると考えているようで、各国の動向よりもEU全体としての動向の方が多く伝えられている。しかし、図中で「但し条件あり」と示したように、オーファンドラッグに指定する疾患に条件がついている。具体的には、EUの場合が、「生命を脅かす、ないし非常に重篤な疾患」で、日本の方は「現時点で治癒が望めない疾患で、代替治療法が無いか、指定薬が効果と安全性で既存薬に比較して臨床的に優れている事が期待されること。明確な製品開発計画と妥当な科学的根拠」という条件§である。要するに、助成でも日米欧で違いがある上に、もう一つ別のオーファンドラッグでも助成ほどではないが違いが生じて、私にとってはとても理解が困難な状況となっている。たしかに、これではオーファンドラッグ保護無用論がでるのも納得である**。ではなぜ、この3極で統合して開発しないのだろうか、という素朴な疑問が浮かぶ。理由は、現在の段階ではあくまで推測だが、オーファンドラッグ開発が国内の製薬事業を自由市場から保護するのに、格好の言い訳にできるからである。希少疾患は国によって罹患率に差があるものが多く含まれるので、国によって開発したい薬剤が違うのだと言えば、国を別にして開発するのも、国会議員の多くに対しては通じるだろう。しかし、それではなぜEUが先述の創始者効果に基いて個別の民族で開発せずに、EUという大所帯で取り組もうとしているのかという疑問が浮かぶ。つまり、希少疾患の患者数が少ない、それゆえに希少疾患であることを考えれば、日米欧の3極で統合して治験の患者数をなるべく稼ぎながら開発を行っていないほうが、かなりおかしいのである。結論としては、税金を国内の製薬業界の薬剤開発力の保護に投入するのに、惨めな重度の患者の姿を思い浮かべてもらえれば、議題として国会を通過しやすいからである。要するに、オーファンドラッグの保護だけでなく、国内薬剤開発力の保護でもあるのである。

 

 私自身はこれは、そこまで悪いこととは思わない。ただ、やるなら3極でなるべく統合してやるべきである。なぜなら、日本と欧米で開発目標がかぶっている割に治験数が稼げないように見えるのと全く同じ理由で、シンガポール、オーストラリア、韓国、台湾、ブラジル、メキシコ、ロシア§といった新しくオーファンドラッグ開発保護をスタートさせた国々でも、今後どんどん開発目標がかぶる割に、人口が小さい国ほどよりいっそう治験数が稼ぎにくくなるからだ。そして現在、世界3億人の希少疾患の患者と、1億人の診断されない患児達が天に召され続けている。この人口になるべく早くに希少疾患医薬を届けるには、国ごとにばらばらに動いていたら20年経っても30年経っても無理なのである。見方を変えれば、日本という3極の中で唯一有色人種国である存在が、同じミトコンドリア・イブからつながってアジアまでやってきた近しい同胞に貢献するための、おそらく最大のチャンスであろうと思われる。

 

 現実的には、すでに研究者から何度も指摘されているように、なるべく早くにフランスを中心とするオーファンドラッグの国際ネットワークであるOrphanet§のメンバーとなって何をどの製薬会社が開発しているのか、どの人種に対してどの治験が準備されようとしているのかという情報を英語で発信することである。英語が苦手な私が言えた立場ではないが、この言語の壁を乗り越えてでも手にする利益は、大きい。同じ人種のアジア人に対して、日本人で治験済み、または日本人に対して、アジア人で治験済みの医薬を提供できるからである。おそらく、お互いにどのぐらい治験成果が適用できるかは全ゲノムシーケンシングが普及するにつれて検証されつつあり、お互いにアジア人の範囲では、ハプログループさえ検査すればどのぐらい治験を省いても大丈夫か数値的根拠が整いつつあるはずだ。あくまで希少疾患という初期段階では比較的小さな市場の枠内ではあるが、いずれそれなりの市場に成長する可能性を秘めている。しかも、アジア人というアジア市場に対する優位性を保持した状態で。

 

 

 全体的に、いろいろな国の事情が絡む割に、日本語の情報が少なく、オーファンドラッグの世界市場が果たしてどこまであるのか、また、Orphanetに参加しながら自国の製薬産業になるべく活躍させるには早くに参加するに越したことがないことまでは分かるが、開発目標がかぶったときに、開発助成金をいったいどういう按分にするのか、そういった詳細は私にはあまりピンとこない。この節はここで一旦閉じたい。


赤信号みんなで渡れば - 真面目な日本人の最悪の集団行動

 [希少疾患と難病の違い...]の節で述べた、スモンをきっかけとした薬事審査の厳格化といった現象を、本節では医原被害反動硬直現象と称して他の事例を調べ、日本人が真面目であるが故に、欧米ではありえない集団行動、集団的見て見ぬふりにより新たな被害を引き起こしている現状を述べる。

 

 スモンの場合のように、医師達、政府、企業が、自らの過失を素直に認めるのが遅れて、多くの被害者を出し、その結果より厳しい法律やガイドラインが作られて、それによって国際基準から外れた医療が成立し、そしてその独自性故に思わぬところで新しい被害者が出ても気が付きにくい、そういう悪循環のようなものが、欧米よりも日本の方で多くみられる。といっても、欧米の例をそれほど知っているわけではないので、ものすごく自信があるわけではない。ただ、日本でざっと数えただけでも3つ、このパターンの事例がある。その一つがスモンと薬事法、抗がん剤の関係である。

 

 一応、この3つの事例のことを「医原被害反動硬直現象」と本著では呼ぼうと思う。スモンの場合だと、医原というのがキノホルムの投与で、被害というのがスモン患者、反動というのが薬事法で、硬直というのが抗がん剤が薬事審査を通過する困難さである。スモン患者は難病として扱われることになったが、この現象の影響はコモンディジーズで致死的疾患であるがんにもおよび、抗がん剤の海外からの導入を遅らせ続け、本来ならできる必要のない屍の山を作り続けている。

 

 なぜ医原病と言わずに医原被害と言っているかというと、この現象の2例目として挙げるのは[感染症と希少疾患...]で述べる予防接種だからである。医原というのが注射針を使いまわした予防接種で、被害というのがB型肝炎に感染した患者で、反動というのが予防接種の国際基準からの後退で、硬直というのが感染症で天に召される小児の数が問題になっても予防接種裁判で負け続けた厚労省が円滑に対策をうたないことである。このように、主な被害者はB型肝炎という病ではあるが、注射針を使いまわすという物理的な意味を考えると、必ずしも全員が同じ病気であるはずもなく、当然B型肝炎以外の感染症も含まれるはずである。B型肝炎そのものは針を使いまわした予防接種以外でも感染するので、医原病という表現はあまり適切でないように思われ、被害全体をとらえた方がいいと考え、医原被害とした。

 

 医原被害反動硬直現象の3つ目は、海外での医療目的でない男女産み分けのための着床前診断である。しかしこの場合は、医原については、先述の2つほど悪質ではない。障害をもったお子さんを授かったご両親から、本当はもっとよく超音波をみれば妊娠早期に障害があることが分かったのではないか、などと産婦人科医の方々が責められ、その一方で患者会などから、日本で着床前診断などと障害児を間引くような真似はさせないと、正反対に近い要求をされてきた。ご両親から見れば医原性の被害と言えなくはないが、0歳児のおよそ1%1歳の誕生日を待たずに先天奇形、変形及び染色体異常により、天に召され続けている。このことを、センテナリアンが世界最高の人口比で続出*するほど、成人病の医療が発達した日本なのに、という観点から見れば、社会の努力や研究投資が足りない、また、ガイドラインが十分には整備されていないということになる。しかし、実際には、産婦人科医の個人々々の過誤とまでは言えない場合の方が多いはずである。それでも、ご両親から見れば過誤の大きさが専門用語に阻まれてしまって分からないため、やはり医原被害に近い認識になってしまう。

 

 反動としては、着床前診断を法ではなく、とりあえず学会の自主基準で制限する方向にことが運んだ結果、着床前診断に必要な重症度基準が明文化されずに、一回々々審査することになった*。硬直としては、医療目的でない男女産み分けなどという、赤ちゃんの健康ではなくご両親の利便性に重点をおいた目的で、富裕層だけが海外に出てまで着床前診断を受けるという、返って悪い結果となっている。本来は、着床前診断は、先述の天に召される患児を減らすために、遺伝性疾患の家系に対して行われるべきなのに、制度の壁に阻まれてしまっている。着床前診断はヒトの生まれに関する問題であるため、非常に本質的で、特に因果関係が込み入っているため、後々の節で詳述することにしたい。

 

 スモンと予防接種という、医原被害反動硬直現象の2つの例を見てお分かりになるように、これは医師や厚労省のお役人達だけの問題では決してない。医療といった欧米と頻繁に比較される分野では、どう隠そうとしても目立ってしまう、日本人としての文化心理学的な悪癖なのである。我々日本人全員がこの悪癖の特徴をとらえ、自ら意識して対処する必要がある。

赤信号、みんなで渡れば恐くない

これは、現在の北野武監督こと、ビートたけしとビートきよしによる漫才コンビであるツービートが、1980年、昭和55年に「笑ってる場合ですよ!」といったお笑いバラエティ番組を通じて流行させたブラックユーモアである。これがブラックユーモアで、むしろ真似をしてはいけないという意味で用いられたのは、この言葉を口にしたのがボケ役のたけしで、それに対して、「よしなさいって」と止めたのがツッコミ役のきよしであるという記述*がみられることから、ほぼ確かだろうと思われる。それにも関わらず、この言葉は流行し、ブラックユーモアであることを忘れて用いられるようになり、やがてこれがギャクであったことさえも忘れて、本来の意味とは多少誤解して何か諌めるための真面目な標語であるかのように理解する人も出るようになり*、かつて毒ガス標語で知られた北野武のあまりの変わり様に説明して信じてもらうのが面倒なので使われなくなっていった。現在では日本よりも中国で流行っているというのは文化心理学的に実に興味深いが、今はそんなことはどうでもいい。念のために断っておくが、これは別に私が初めてここまで真面目に調べているわけではなく、故人であられる数学者の森毅さんも『ひとりで渡ればあぶなくない』を出版される前に同じことを真面目に調べたはずである。

 

 集団心理を面白おかしく皮肉ったこのブラックユーモアが流行語となったのは、やはり日本国内における世相を反映していたと言えるだろう。日本人は円が強くなってジャンボジェット機の運賃が安価となるにともなった国際化時代を前にして、自分達のことを、特に欧米人と比較した場合に、集団行動を得意とする一方で、個人が正しいことをすることがあまりない民族であると認識していたのだと思う。しかし、詳しく調べてみると、英語でも同じ表現がないわけではない。

"(There is) Safety in numbers.""

 

Wikipedia英語版で"Safety in numbers"の曖昧さ回避のページのトップに挙がっているのは、同じ交通安全でも、集団登下校が子供の安全に役立つことの仮説についての、少なくとも29件に昇る参考文献の束であった。一部、誘拐や変質者といった交通以外の恐れも含んでいるかのように書かれているが、基本的には交通安全について述べられている。よく考えれば、横断歩道をみんなで渡るよりも、普通に登下校を集団でやった方が安全なのはわかりきっているのである。むしろ、日本ではそんなことが議論になるのがバカバカしいぐらい当たり前のことなのに、個人を重視する欧米人たちは、わざわざWikipediaCriticism(批判)の節まで作って議論をしている。ということは、やはり日本では集団で行動するのが当たり前だと思っている事柄でも、欧米ではその前に集団で行動することの有効性が議論になるのである。

 

 "Safety in numbers"の大もとの出所は、決してコメディなどではなく聖書である。よく知られているOxford Dictionaryと同じ出版社と思われるサイトの検索結果として、17世紀後期にできたことわざであり、推測だが高い確率で、聖書の箴言1114節の中の次の暗喩からとられたようだと表示される。

"In the multitude of counsellors there is safety"

 

この箴言というのは、どうやらヘブライ語聖書およびキリスト教の旧約聖書の一部のことを指し、日本語訳としては次のものが得られた。

 

指導者がなければ民は倒れ、助言者が多ければ安全である。

 

また、246節にも同じような文言が登場するが、先述の検索結果として1114節だけが示された理由はよく分からない。

 

良い指揮によって戦いをすることができ、勝利は多くの議する者がいるからである。

 

 この他にも、Mark Shieldsによる"There is always strength in numbers."がこの部分だけだと「細き流れも大河となる」と日本語で紹介されているようだが、全体を細かく訳してみたころ、おそらく次のような訳ができると思われる。

 

"There is always strength in numbers. The more individuals or organizations that you can rally to your cause, the better."

「数多ければ常に頼もし。同じ志に集う友また組、多ければ尚よし。」

 

この他にも、"Two wrongs make a right.""が日本の「赤信号・・・」のニュアンスに最も近いのではないかと思われるが、結局のところ、どれもこれも「赤信号・・・」ほど面白くないのである。「赤信号・・・」が面白かったのは、やはりその風刺していた対象が我々日本人の身近なところにあって、それが信号というたいていの人々が毎日頻繁に出くわす小さな判断、つまり、待つか、走るか、さらには、より足の遅そうな人、幼児や高齢者によって場合分けして、いれば待つし、いなければ走る。そういう人間性やそのときの心理がさりげなく表に出てしまう行為であると、皆が知っていたからこそ面白かったのだろう。それをツービートという一見間抜けな人たちによって突かれたことで、皆がここで笑うと考えられる部分となり、実際、皆がいっしょに笑ったのである。

 

 「赤信号・・・」で笑った直接の原因が社会心理学でいう同調現象であれば、風刺していた対象ももちろん、集団心理である。もっとも酷いが頻繁に起きているのがいじめであり、ちょっと変わった生徒がいると、あいつは足が遅いから誘わないとなる。更には、何か教室の物品が壊れる、たとえば、花瓶が割れ、その原因が所謂クラスヒエラルキーの上位の生徒であった場合、皆でそれとなく口止めをする。先生からの追求を受けて話してしまった奴は鈍足といっしょにいじめの対象なるから、みんな必死だ。そして、追求が長引いた場合、最後には、皆が目を逸らしながら一部の者が告げ口をして鈍足のせいになるのである。これがスケープゴートという現象である。ここまで明確であることは少ないが、これに似た経験をほとんどの日本人がしているはずだ。そして傍観者に徹するというか、見て見ぬふりをする方が得だという思考を、叩き込まれるのである。

 

 最近は日本でも米国風の考え方が映画やドラマを見た人口から取り入れられ、いじめに耐えながらでも内部告発をする者が増えてきた。米国の考え方だと、ドラマや映画で出てくるヒーローそのもので、普段はクラーク・ケントピーター・パーカーみたいに地味だが、いざとなれば一人正義を通す方が、特に男子としては好まれるのである。逆に我を通して悪事を働くものも多いため、犯罪発生率としては高いのだが。いずれにしても傍観者に対しては卑怯者に近い考え方だ。日本の組織で何か都合の悪いコトが起こると、傍観者が卑怯者として扱われることはほとんどないぐらいに、たくさんの人口が傍観者となる。これが社会心理学でいうコーシャスシフトという現象であり、さらに一歩踏み出して悪いと分かっていながら自分も行為に加わるのがリスキーシフトである。ただし、私は本格的に心理学を勉強したわけではないので、厳密性に欠けるのはお見逃し願いたい。いずれにせよ、実際に多少なりとも「赤信号を渡った」経験を日本人が持っているからこのブラックユーモアが実に面白かったのである。さらには、これが本来は笑ってはいけないほどシビアな結果、つまり、血まみれの交通事故を引き起こす、それを不謹慎にも笑うということ自体が、ブラックユーモアとして秀逸だった。そして一人で笑うのではなく、みんなで笑うことにより、その笑い自体が赤信号をみんなで渡ることに相当し、自己言及的であったという意味で、北野武はおそらく当時から天才だったのだろう。

 

 一般的に日本人は「フェアでない」とか「卑怯者」として呼ばれることに鈍感で、米国人の方が敏感なようだ。「フェア」という表現が米国でよく用いられるのは、おそらく議論好きな国民性からきていて、自分にとって不利な点があっても、相手が握っていないと思われる情報を出し惜しみせず、相手に反論の機会を与えて、議論を有意義なものにする考え方である。この事自体が、たとえ議論に負けても、良い議論をしたという意味できっと彼らには楽しいのだろう。少なくともフェアでないやり方をして議論に負けるよりも、フェアなやり方をして負けることの方が価値があると思われる。

 

 つまり、ここまで社会心理学、文化心理学的に詳述して何が言いたいかというと、先述の3点、スモン、予防接種、着床前診断の医原被害反動硬直現象に加えて、もっと大きな被害が発生しようとしていて、希少疾患が米国NIHでは6800疾患あると言っているのに日本では今までに出ている最大の数値でも705疾患となっていて、残りは患者数が更に数が少ないから見捨てていいのだという現象自体が、リスキーシフトであり、赤信号をみんなで渡ろうとしていると言えるだろう。[もっとも正確な希少疾患の数...]で述べるように、欧米で希少疾患が新たに発見され続けるほど、スモンや予防接種の様に欧米との対応の差が明らかになり、[希少疾患全体の罹患率...]で示すように、欧米の人口比を用いると日本でも900万人~1300万人の患者人口が存在し、[合っているかもしれない仮説]で示したように進化と遺伝の基本さえ知っていれば、そこに診断不可能なぐらい疾患を起こすのが稀な遺伝子が存在することぐらい簡単に推測できるのだから、やはり日本での疾患数の認識は余りにも少なすぎるのだ。

 

 ただ、それと同時に、日本人は、非常に深く反省をするというよい面があることも認めなくてはならない。医原被害反動硬直現象について、最後の硬直の部分は、行き過ぎた反省から来ているとも言える。このこと自体は美点であるが、反省した結果が、あまりにも国際基準と違ったやり方になった時点で、何かおかしいと考えるべきなのだ。この「おかしい」を事情を知る立場になればなるほど言い出さないところもコーシャスシフトなのだろう。「反省」を理由にすれば、日本人同士で何か分かり合える気がするため、国際基準と違っていても心情的に正当化できてしまっている。おそらく、円が強くなって久しく、また日本でセンテナリアンがたいへんな人口比率で生み出され続けていることにより、日本人は自信過剰になり、特に医療分野で国際基準に合わせなければならないという感覚が、何十年かのうちに麻痺してきていて、その意味で、状況はより悪くなっているのかもしれない。[更に複雑な感染症の話]の節で指摘したように、センテナリアンが世界最高の人口比率で生み出され続けているのは、おそらく日本の感染症対策が国際基準と比較して天然の状態に近いからであり、感染症対策が国際基準よりもすぐれているためではない。

 

 日本では何か大きな人的被害が出ると、ヒューマンエラーや人災という用語は用いられるが、「赤信号...」というコーシャスシフトによる集団心理的な面は追求しても仕方がないとされ、集団の利益というような雰囲気に基づいて、トカゲの尻尾きりのように、ミスを個人レベルに限定しようとする力が働く。もっと正確には、日本人以外でもそういった傾向はあるが、「赤信号...」からも分かるように、日本の場合はコーシャスシフトの一員として参加する人数が多いのが特徴である。

 

 

 20151月施行の難病法についても、うがった見方をすれば、多少リスキーシフト的なところがある。自分達よりも患者数の少ないグループは無視していいのだという、患者数の少ない群が、さらに患者数の少ない群を切り離して助成を受けるという、実に日本的な解決に向かおうとしている。だが、こういった動きは今に始まったわけではない。1972年の特定疾患調査研究事業以来、ずっとこうしてきたのだ。



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