目次
はじめに
はじめに
宗教的表現について
研究者の方々へ - 検証中の仮説
外部リンクの表記、Android対応、訂正箇所のご指摘のお願い
概略
現在の症状
息子の誕生
さらに遠い通院へ
知らされなかった検査結果
アミノ酸分画検査結果
タンデムマス検査結果
合っているかもしれない仮説
閑話休題:創作話 トリケラお母さんの悲劇(# ゚Д゚)
DNA検査の実体験と仕組み
ミトコンドリアDNAの検査
ヒットカウント分析および共起性分析
23andMeのDNAアレイによる検査 - 販売停止命令に至る経緯
遺伝病とコモンディジーズの違い - 優性遺伝と劣性遺伝
ヒトはヒトであるが故にヒトの病を患う
コモンディジーズの検査方式 - アバウトなGWAS
23andMeの深刻な検査結果 - 統計の改善による影響
23andMeのその他の結果
エクソームシーケンシング
コモンとレアの重症度分布 - アレル頻度とエフェクトサイズ
個人向け遺伝子検査の選び方 - 罹患人口カバー率指標
閑話休題:製作物 DNAツリー
希少疾患と難病の制度および数値
希少疾患と難病の違いと制度的起源 - 日米欧比較
赤信号みんなで渡れば - 真面目な日本人の最悪の集団行動
もっとも希少な希少疾患 - 70億人にたった一人
もっとも正確な希少疾患の数 - 毎日約1つ希少疾患が増える?
希少疾患全体の罹患率 - 全部合わせると10~14人に一人
診断に至るまでの年数、または遅延 - 28年?!
GINA(ジーナ) - DNA検査時代の国民、患者を守る法制度
国民皆保険の功罪 - 患者をチェリーピッキングする医師達
節としてまとまらなかった事柄
希少疾患と感染症
感染症と希少疾患の関係 - 未診断の希少疾患という重症化因子
予防接種の健康被害としての未診断の希少疾患
希少疾患としての感染症 - 米国のAIDSの歴史
見えないところに死体の山
医師に頼らない因果関係の追求 - 脳症の本当の原因
更に複雑な感染症の話
医療訴訟が生み出す二次被害 - 無過失賠償制度の必要性
辛い記憶
両親を批判することについて
両親への間違った説明
辛かった学校生活
体育の次の時間に倒れてしまう
電車とバス
繰り返し運動による寝られぬほどの筋肉痛
食事の前後の発作
進化と感染症の間の遺伝性疾患
進化と感染症の間の遺伝性疾患
仮説の更なる展開 - 発見され増加を続ける希少疾患
卵子と精子の間の変異の導入の違い
感染症と遺伝性疾患で重度となる役割 - 男性淘汰進化説
絶滅のシナリオ - 感染症と遺伝性疾患の袋小路
進化のスピード調節 - もっとも強く訴えたいこと
進化と遺伝性疾患の「必然性の枠内の偶然性」
ダーウィンのUNdiagnosed
そして各論へ
遺伝学用語の混乱
遺伝学用語の混乱:genetic、遺伝か起源か
de novo変異 - 両親から受け継がれない優性遺伝の変異
個人向け遺伝子検査のガイドラインの乖離
みんなが保因者の劣性遺伝病? - 平均約10個の遺伝的荷重
劣性病的変異の健常者への影響 - 遺伝子プールの浄化説
あとがき
あとがき
これ以降分冊予定
▲▼そして各論へ
検証実験の山 - バッチ型検証実験の提案
希少疾患の中の更なる希少な患者群についての予測
環境因子か遺伝因子か
代謝異常についての進捗
遺伝子検査の2つの嘘
生まれの平等性または不平等性
▲▼生まれの平等性または不平等性
新型出生前診断と着床前診断 - 技術的に◯、倫理的に☓
生まれる前のDNA検査 - 科学的因果関係の追求ライン
技術としてのNIPT - 生まれのDNA検査の技術予測
我が子に故意に良くない遺伝因子を許容する親の罪
ディストピアな未来像 - 生まれの平等性が崩れた世界
不妊という社会問題 - 男性不妊と父性年齢効果
中絶による母体へのダメージ - 次の妊娠がうまくいく確率
着床前診断の問題点 - NIPTとの倫理的違和感
不妊治療としてのPGD - 不妊としての遺伝性疾患
生殖医療のリアルの写真
男女産み分けの国際比較 - 海外での生殖補助医療のリアル
着床前診断の潜在的なリスク - 子と女性へのリスク
フィルターされた人々による生まれの平等性、不平等性の支配
遺伝学用語の混乱:variation、多様性か変化性か
人権に基づく多様性、人権に基づく変化性
男性不妊と劣性遺伝病の完全予防 - 22世紀の精子起源工学
その他 - うまく分類できずとも価値のあるトピック
DNA検査の結果の公開 - シーケンシング機会の平等性
進化における神の概念
mtDNAとY染色体の永代性 - 未来の血縁者の不利益
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エクソームシーケンシング

  本節では、1個人を対象にしたDNA検査として全ゲノムシーケンシングに次いで大掛かりなエクソームシーケンシングについて、稀な遺伝病を対象にした近年の応用のされ方や、次世代シーケンサーの原理の一つを紹介しながら述べる。

 

 mtDNA検査として、ミトコンドリアDNAの全長をシーケンシングはできたものの、病原性の高い変異と思われるものは、当時までにMITOMAPという米国にある変異のデータベースに登録されていた範囲では、見つけることができなかった。そこで、当時ヨーロッパのみに患者が存在していた比較的軽度の脂肪酸代謝異常症であるACAD9欠損症に疑いを絞った。少なくともタンデムマス検査でグルタル酸血症2型という陽性が出ているので、脂肪酸代謝異常症という同じ分類の疾患で、日本ではそれほど重度でないと見做されて診断からこぼれ落ちているのではないかと考えたのだ。2007年にACAD9欠損症の同定に至るまでのおよそ40年間の脂肪酸代謝異常症の年表を描いた。

数値による年数だけでは、イメージが全く沸かなかったため、テクノロジー分野でよく知られる出来事を比較対象として並べた。基本的には、この年表は図中に参考として示した以下の文献のものと同じである。

 

Gregersen, Niels, et al. "Mitochondrial fatty acid oxidation defects—remaining challenges." Journal of inherited metabolic disease 31.5 (2008): 643-657.

 

違っている点として、HADHAHADHBETFDHという3種類の遺伝子についてアスタリスクが付いているのは、脂肪酸代謝異常症の既知のタイプに、別の遺伝子によると判明したものも、年表に記したためである。疾患のタイプの名前ではなく、遺伝子名として図中に追加した。

 

 結局のところ、病気を引き起こしている変異が、どの遺伝子に載っているか分かってくると、遺伝病や希少疾患というのは、遺伝子を同定しないと学術論文として掲載されなくなっている。この傾向は、2003年の「ヒトゲノム一段落」と、2008年の「NGS(次世代シーケンシング)へ本格移行」が発表されていっそう強くなりつつある。しかし、昔は遺伝子を同定しなくても症例報告だけで掲載されたから診断して、現在は遺伝子が不明のままでは掲載されないから研究予算も出ないし診断せずに放置するというのでは、倫理として矛盾しているため、実際には遺伝子が同定されなくても、現場的に便宜的な診断名をつけて対処している医師も多いはずである。おそらく昔は診断基準が緩かったことを知っている高齢の医師にこういった例が多く、若い医師の方は頑なに遺伝子が同定できない限り診断しようとしない場合が多いはずである。「ヒトはヒトであるが故にヒトの病を患う」わけなので、医学生物学の根本原理から言えば、後者の方が本来の姿なのだが、前者の存在がなければ医師は自らの人間性を否定することになるだろう。しかし、便宜的に診断名をつける例はそもそも統計に出ないか間違った統計に含まれているため、調べても分からない。

 

 しかし遺伝子が同定されなかったり、診断が曖昧な要素を含みながらも、重症度などの条件を満たせば、分からない部分を分からないままに記しながら診断を出しておける場合もあって、特に新生児で「病型未定」「分類不能」とされている場合がそうである。新生児の先天性副腎過形成で病型未定というチェック欄§があったり、主に成人と思われるが脊髄小脳変性症の統計に病型未定が2*いたりしている。ただし、基本的にはあくまで例外扱いなので、それなりの重症度を持っていること、診断のための数値的根拠が固いこと、いままで病型未定でない診断を多数重ねてきた医師であること、などの条件がついてしまうはずで、主に新生児を大学病院で診断するときしかこういった扱いをしていないはずである。私個人としては、今までのようにガチガチに限られた範囲でしか「病型未定」を使えないというのは、「病型未定」という言葉が現在使われているという事実と自己矛盾を起こしていると思う。おそらく、希少疾患の特に稀な症例を稀だから診断できずに死んでもしょうがないよね、と考えずに診断するためには、疾患によらず重症度を客観的に評価する指標が必要なのだが、そういう特に複雑な指標を医師が専門性の垣根を超えてまで構築する気がないため、いわゆるタニマー的な患児は、これからも診断を与えられないまま、あるいは、恩着せがましくあまり関係のない診断名を与えられて、天に召されていくことになるのだろう。だから、自分の専門性に自信と誇りを持ち、年十年後かに自分の専門として診断すべき症例と考えたなら、思い切り良く「病型未定」や「分類不能」で診断して下さる医師が、普遍的な重症度指標が何十年後かに実現するまでの長い間、たった一つの希望と言ってもいいだろう。

 いや、もう1つ希望があった。たとえすぐには診断できなくても、それほど重度でない場合は逆に考えれば十分に時間があるわけだから、疑わしい変異を具体的に絞り込むことはできる。それがこの節で述べるエクソームシーケンシングである。

 

 ACAD9欠損症についての論文を検索すると、その多くにエクソームシーケンシングという言葉が登場している。もっとも有名な文献としては、Nature Geneticsという学術雑誌に掲載されている以下の文献と思われる。

 

Haack, Tobias B., et al. "Exome sequencing identifies ACAD9 mutations as a cause of complex I deficiency." Nature genetics 42.12 (2010): 1131-1134.

引用元 130 (201412月時点)

エキソーム:エキソームの塩基配列を決定したところ、 ACAD9 変異は呼吸鎖複合体Iの欠損であることが判明した

 

残念なことにウェブページの下にスクロールすると本文を読みたければ40000円支払うか、3300円支払うか、どちらかのボタンをクリックするよう促されている。ACAD9欠損症をエクソームシーケンシングで同定した文献として、代わりのものを探すと、先述の文献をうまくまとめて紹介しているものが見つかった。

 

Huang, K. "Exome sequencing expedites disease gene discovery." Clinical genetics 80.2 (2011): 133-134.

 

For the past several decades, genes underlying Mendelian disorders have been identified through traditional positional cloning strategies which often have reduced power because of the marked locus heterogeneity, small kindred sizes, or substantially reproductive disadvantage (1).

ここ何十年かの間、メンデル遺伝病の原因となる遺伝子は、伝統的なポジショナルクローニング戦略を通じて同定されてきたが、顕著な座位異質性(一つの単一遺伝子疾患に別々の遺伝子による患者がいること)、血縁者の数が少ないこと、実質的な生殖頻度の制限(substantially reproductive disadvantage)により、有効性を減じられてきた(1)

()

The authors went on and screened 120 additional complex I-defective index cases for ACAD9 mutations. Two additional unrelated cases and a total of five pathogenic ACAD9 alleles were identified; further supporting mutations in ACAD9 are associated with a mitochondrial disorder dominated by severe and generalized complex I deficiency.

著者らは引き続き、ACAD9変異を求めて、120もの更なる複合体Iインデックス症例をスクリーニングした。その結果2つの家系的関与のない症例、および、全部で5つの病原性のあるACAD9アレルが同定された。ACAD9中の更なる支持的な(supporting)変異は、重度で、一般に知られている意味での複合体I欠損症が主であるミトコンドリア病に関与している。

()

Follow-up clinical trial is needed to establish the efficacy of a supplementation with vitamins and cofactors in individuals with ACAD9 mutations. Albeit a very new technique, exome sequencing has already expedited disease gene discovery.

ACAD9変異を有する患者において、ビタミンおよび補因子サプリメントの効能を確立するために、フォローアップとしての臨床試験が必要とされる。非常に新しい技術にも関わらず、エクソームシーケンシングは、すでに病因遺伝子発見を加速している。

 

ポジショナルクローニングと言っているのは、平たく言うと家系を辿りながら、染色体を比較して病的変異を見つけることである。私も漠然としか理解していなかったので、ものすごく具体的な例で演習を行ってみることにした。[ダーウィンのUNdiagnosed]の節で詳しく触れるが、進化論を唱えたダーウィンその人が患った亡くなるまでに適切に診断されることがなかった病についての病的変異の探索である。ポジショナルクローニングの大まかな流れは遺伝研のウェブページにマウスの場合の解説がある。

 

"連鎖解析" 約 36,000

"ポジショナルクローニング" 約 11,200

"罹患同胞対法" 約 1,290

 

(グーグル、20141218)

 

特定の優性遺伝の疾患を想定しようとしたのだが、ダーウィンが疑われた疾患の中に分かりやすい優性遺伝のものがなく、よく考えれば分かりやすければ正しく診断されているはずなので、多少、ダーウィンのご一家には患ったわけでもない発症パターンを当てはめて失礼なのだが、それも有名税ということで、もしも優性遺伝で嘔吐症状が起こった場合を考えたい。嘔吐症状自体はダーウィンが患っているが、優性遺伝でも劣性遺伝でもなくmtDNAによる母性遺伝説が有力なようだ。

 

 ウィリアムとアンがチャールズ・ダーウィンと同じ嘔吐症状を患い、組換えという子の個性を作るための働きでチャールズの2本がほぼランダムな位置でつぎはぎされて子に伝わるので、チャールズと3人の子の染色体を調べたら、染色体のどの位置に変異が載っているか推測できる。幸い、ヘンリエッタが発症していないので、青い染色体の上半分と緑の下半分には変異はない。ウィリアムが発症していることから、青の半分から下1/4の間に変異がある。アンが発症していることから、青の下3/8から下1/4の位置にある。このように、ある程度範囲を絞り込んでからなら、従来のサンガー法といった遅いシーケンシングでも疑わしい範囲だけをシーケンシングすることができる。

 

 しかし、これは都合よく最初から優性遺伝の疾患と分かっていて、綺麗に父親からの染色体がうまい位置で組換わり、母親の方は無関係な特別な例である。実際には、エマはチャールズのいとこなので、チャールズと共通の染色体部分による劣性遺伝まで疑う必要があり、5人の家族の中だけでは、いくらも絞り込めない場合の方がはるかに多い。これに対して、言ってみれば力任せに最初からシーケンシングするのがエクソームシーケンシングである。しかし、エクソームシーケンシングにしても、家系内の発症パターンを考慮した方がはるかに検証実験が少なくて済むので、変異が載っている範囲を絞り込む考え方はとても重要である。

 

 なお、組換えとは、遺伝子組換え大豆の組換えと日本語では同じだが、英語では、RecombinationGenetically ModifiedGM)と述べられ、それなりに区別されている。日本語では前者は遺伝的組換えと記されていることも多いが、そうすると遺伝子組換えと混同しやすいため、本著ではただ単に組換えとしたい。

 

 ACAD9欠損症の論文に頻繁に登場するエクソームシーケンシングについて調べるうちに、この奇妙な名前の検査ではエクソンと呼ばれる、意味の解釈しやすいDNAの領域だけを効率よく検査できることが分かってきた。

DNA上にはタンパク質へと翻訳される単位として遺伝子が存在し、その遺伝子はエクソンという部分とイントロンという部分でできている。しかし、イントロンはタンパク質に翻訳される際に省かれるため、エクソンの方が重要である。たいていの疾患ではエクソンだけを検査すれば済むことの方が遥かに多い。しかも、エクソンはイントロンよりも非常に短い。これらエクソンだけを集めてシーケンシングする技術がエクソームシーケンシングと呼ばれている。Wikipedia日本語にはまだページがないので、英語版と、ある検査会社による日本語の案内を示しておく§。ゲノム全体に対して1%の長さしかないエクソームをシーケンシングするだけで、遺伝病の85%の病的変異が見つかるとされている

 

 日本語としてあまり普及しているとは言えない用語のため、この検査の名称としては様々なパターンがあるが、本著ではエクソームシーケンシングという名称で統一したい。念のためグーグルでヒットカウントを分析すると、以下の件数の順となった。

 

"エクソームシーケンシング" 1,190

"エキソームシーケンシング" 264

"エクソームシーケンス" 230

"エクソーム・シーケンシング" 167

"エクソーム・シーケンス" 100

"全エクソームシーケンシング" 10

 

 なお、最後に全エクソームシーケンシングと示したように、本著でエクソームシーケンシングは、ヒトのおよそ23000個ある全ての遺伝子のエクソンを対象にしたい。パネルと呼ばれる多数の遺伝子の組み合わせを対象とするエクソームシーケンシング*も存在するが、あまり普及していない割に話がとても複雑になるためである。また、シーケンスについては、確かに英語の"sequence"は動詞としても用いられるが、名詞で用いられる場合のことが多いため、動詞であることを強調するためにシーケンシングとしたい。

 

 エクソームシーケンシングより大型のDNA検査は、イントロンの部分を含んでいる全ゲノムシーケンシングである。これは2014年現在まだ100万円近い金額だが、「1000ドルゲノム」の掛け声の元に、世界で安価に大量処理できる次世代シーケンサーの開発競争が続いている。英語による1000ドルゲノムの解説Wikipediaから示しておきたい。

 

 ゲノム、エクソーム、プロテオームといった、見かけ上ギリシャ語的な接尾辞を持つ英語は、バイオ分野で頻繁に用いられるが、ギリシャ語というよりも英国のケンブリッジを中心とした有名な生物学研究室のバイオインフォマティシャンが流行らせた造語で、コンピュータにより大量の情報として取り扱うのに価値のある生物学的まとまりのことを、次々にこのように名付けている、ということのようだ。さらにこれに学問分野としての接尾辞がついて、ゲノミクス、プロテオミクスという用語もあるが、これらにもギリシャ語由来の深い意味はないようだ。ゲノムと哲学は共起表現であるかのような印象さえある*が、これは先に何かがあったわけではなく、現在我々が、生命倫理に絡んでゲノムと哲学の整合性をとる必要があるために、みんなが思い悩んでいるということなのだろう。読み進んでいただくにつれ、医療目的でない男女産み分けのための着床前診断の罪、ダウン症候群の未来、新型出生前診断が将来特定の塩基配列を持つ胚を間引くのに使われるであろうことの功罪といった、生命倫理の深みに入ってしまうことを、この辺りで予めお知らせしておきたい。哲学や宗教による主張ばかりで科学技術を全く扱わない方々とはなるべくなら距離をおきたいと考えているが、新型出生前診断も着床前診断も基本はDNA検査であり、また検査対象が遺伝性疾患なので、本著で、これらの話題はどうしても避けられない。

 

 エクソームシーケンシングや全ゲノムシーケンシングは、従来の1遺伝子ごとに行なっていたシーケンシングよりも、何百倍から何万倍のデータ量を扱うので、並列化により処理能力を向上させた装置が用いられる。従来の方法と区別するために、一口には次世代シーケンシング(Next Generation SequencingNGS)と呼ばれているが、装置のメーカーによって世界に何社かの間で方式の違った高速化の手段がとられているおそらくだが、次世代シーケンシングという抽象的な言葉は、ゲノムはヒトの本質に関わるため将来巨額の富や求人を生むと、装置開発に莫大な投資が行われた結果、類似の違った方式が大量にありすぎて個別に呼んでいられないためにまとめることに意味があるのだと思われる。

 

 次にポンチ絵として示す次世代シーケンシングの方法は、イルミナ社のものだが、自分がシーケンシングしてもらった装置の方式しか知らずに描いたもので、あくまで1例である。基本的には従来のスキャンする様なシーケンシングの方法と、DNAアレイによる複雑だが効率のよい方法の両方の特徴を組み合わせている。DNAアレイに近い考え方で容器の内側に固定した後にスキャンを行っている。1塩基ずつATCGを読みながら、最後のステップを繰り返すことで、下に向かって最後まで読む。

 ここまでマンガ的に描いてしまうと、こんな装置に人類の未来の医療がかかっているということが信じられないかもしれないので、世界最大級のDNA検査会社である中国のBGI社のラボがどんな様子か写真で示しておく。(By Scotted400 (Own work) [CC-BY-3.0], via Wikimedia Commons))これは香港支社のもので、冷蔵庫のような白い箱とその横の少し小さい黒い箱で1台のシーケンサーを成し、部屋の奥に向かって無数に並んでいる1台々々が1億円近い価格のシーケンサーである。一緒に写っている椅子の大きさと比較すると、机1個分ぐらいの大きさしかなくて、密集して配置することが前提の形状をしている。なお、妙な言い方だが、2014年現在、次世代シーケンサーの世代交代が起こっているので、20133月のこの写真では比較的古い型式のものが写っている。

 

 残念なことに、ゲノム全体をシーケンシングするより小規模だとは言っても、T助教にはエクソームシーケンシングといった手間のかかる検査までは面倒をみることができないと言い渡されてしまった。この検査を消費者直結型(DTC)として提供しようとしているのが、23andMeであった。その時点で、23andMeは、既存の顧客に限定した999ドルのエクソームシーケンシングの試験販売を、ちょうど締めきったところであった。募集に気づくのが、もう少し早ければと臍を噛みながら、とりあえず23andMeの顧客になるために、DNAアレイによるDNA検査を受けた。

 

 エクソームシーケンシングを実行に移す転機は思わぬ形でやって来た。2013年の歳末の候、DNA検査に関係するサイトだけでなく、日本でも多くの報道機関がFDAによる23andMeの販売停止命令を伝えた。唯一の主力商品で健康に関する情報提供が禁止され、祖先に関する情報を提供する目的でしか販売できなくなり、エクソームシーケンシングへと手を広げるどころではなくなったのである。

 

 23andMeがエクソームシーケンシングの販売を再開するのは、考えていたよりも時間がかかる様子となった。販売再開に期待をかけていた私は、結局2年ほど無駄に待ってしまったことになる。慌てて他の会社を探したところ、あくまで研究用と銘打ってはいるが、検体の採取方法として採血だけでなくオムニスワブを選択できる検査会社がたった一つだけ見つかった。そこはミトコンドリアDNAの検査を行った会社と同じ資本系列の検査会社で、当時はDNADTCという社名であった。現在ではグループ内の統合によりGene By Geneという社名となっている。

 

 実質的に選択肢はなくなったので、すぐに発注を行った。検査の料金が895ドルで、アライメントというデータ処理のオプションとして250ドルだった。合わせて、およそ11万円であるが、この金額が高いか安いかは人により意見が分かれるだろう。

 

 20131126日に発注をして、mtDNAの時と全く同じ方法で検体を採取・発送した。検体が到着したか検査会社に尋ねて、到着したと回答があったのは1211日であった。検査結果が出たのは、およそ12週後になる201433日であった。予定納期が810週間なので、mtDNAの時と同様に、予定納期より少し時間がかかったことになる。

 

 検査結果はFASTQBAMVCFという3種類のファイル形式で、FTPサーバから直接ダウンロードする形で提供された。そしてこの後、T助教が手間がかかるので無理とおっしゃったことの意味を、身を持って噛みしめることになってしまった。

 

 思っていた以上に人に尋ねないと分からないことだらけだったし、公称のカバレージという精度の指標として80xと示されていた割には、実質的な検査の精度は悪いことが分かって来た。カバレージを決定するエクソーム抽出キットとして希少疾患にあまり向かないものを使っているためかもしれない。いずれにしても、他に選択肢はなかったのだと自分を納得させながら、もっとも宛にしていたACAD9の遺伝子の変異がVCFファイルに含まれているか調べても、含まれていなかった。

 

 それでも、Gene-Talkというサイトのお陰で、歴史上今まで見つかった全ての変異のデータベースである、dbSNPと、私の変異の一覧との対照はとてもやりやすくなっているのを利用しながら、代謝異常を引き起こしそうな変異を数個に絞り込むとすれば、COA5UGGT1のそれぞれの変異からではないかと、とりあえずの検討をつけた。具体的には、人口頻度0.1%未満、劣性遺伝、OMIMに記載のあるものといった条件を適用した。ただ、この時点で、やはり今回のエクソームシーケンシングは、ちゃんとしたルートで医師を介して行えるように日本でも整備されるべきだと考えを改めるようになっていた。患者自身が、自分はどの病気に合うだろうか、といろいろな病気の悲惨な症状を見比べる、そしてエクソームシーケンシングの場合には膨大な量を見比べる必要があるというのは、精神的に無理があったのだ。

 

 すっかり良くなっていたはずのうつ状の症状を再発し、気がつけばアルコールを欲する様になっていた。なにしろ、目を覆うばかりの悲惨な症状ばかりを見比べたところで、自分が診断されるのは何十年も先かもしれないのだ。珍しい疾患の症状ばかり見比べるというのは、極端な話、このような世界だったのである。クリックされる前に、抗うつ剤を処方されている方々は処方量を守っていることを確認することをおすすめしたい。また、"rare diseases"で画像検索してあるが、決して希少疾患ばかりというわけでなく、文字通りの珍しい病という意味で感染症も多く含まれている。なぜセーフサーチオフのままでも、かなり残酷な症例が表示される仕様をグーグルがとっているのかについては、後の節で、推測を示したい。

 

 結局のところ、エクソームシーケンシングの将来性を学ぶことはできたが、これで診断ができるというのは先天性代謝異常症の中で、軽度とみられる私の場合、ずっと先のことになるだろうと思われた。それでも、もしかすると日本国内で上記の2つの遺伝子について臨床よりの研究をしている方がいるかもしれない。そう考えて、ここではダウンロードページを示しておく。もしもそういった研究者の方がおられればぜひご参照いただきたく思っております。どうぞよろしくお願い申し上げます。


コモンとレアの重症度分布 - アレル頻度とエフェクトサイズ

 本節では、コモンディジーズと希少疾患(レアディジーズ)の間の重症度分布を示し、結局コモンディジーズと希少疾患の間には希少性が連続して存在していて、中間の疾患も存在することを述べる。

 

 「希少疾患」とは、患者数が少ないことを特徴とする多くの疾患の総称であり、日本では伝統的に希少疾患の代わりに「難病」という名称が用いられてきたが、英語圏の文献を探す際には難病のことを希少疾患と読み替えて良いようだ。詳細は[希少疾患と難病...]の節でもう一度触れる。非常におおざっぱに言えば、コモンディジーズでないものは、全て希少疾患や難病であり、そもそも患者数が少ないのに種類がやたら多いものを、一般人が分類して覚えたり数えようとすることに無理があるのだろう。このことをDNA検査との関係で説明するために、次の図を描いた。

 

 横軸が変異の珍しさで、縦軸が変異の影響力である。もっと科学的には、横軸がアレル頻度、縦軸をエフェクトサイズとして描かれたものが様々な論文や研究室のサイトでみられる*。コモンディジーズと呼ばれている疾患は、2型糖尿病やアルツハイマー病など、人口の何割というほど罹患率の高い疾患のことで、一番下に示した通院の指標で言えば近い病院で済む疾患である。横軸として「関係する変異」と記したが、希少疾患や難病の場合は病的変異、コモンディジーズについては良性の多型、つまりSNPと読み替えていただきたい。

 

 コモンディジーズに関係するSNPについて補足しておかないといけないのは、1つのSNP当たりの影響としては軽症でも、たくさんのSNPが関係しているので、1個人としてはそれなりの重症度を持ってしまうということで、縦軸は一応1つのSNP当たりの影響なので軽症としているが、たとえばアルツハイマー病が進行するともちろん決して軽度では済まない。それに対して、難病や希少疾患の方は、単純に1つの病的変異当たりの影響が重度と考える。そして希少になればなるほど遠い大学病院に通院することになる。私が疑わしい変異はあれこれと見つかるものの、診断できなくて困っているのは、左下の水色の三角の領域である。この部分に入ってしまうと1つの疾患当たりの検査値としてはなかなか陽性が出ない割に、変異の検証実験に時間をかけないと病的変異と断定できないという、とてもやっかいな状況になる。この著作の主なテーマであるUNdiagnosedの状態である。複数併発してしまうと1個人としての重症度は中度でも、日本の現在の医療では放置される。右上の三角の領域は、誰でも保有する変異が重度の疾患を引き起こす場合で、そういう集団は、他の集団よりも生存率が低いために、過去において進化的に淘汰されてしまったので、今生きている我々にはあまり関係がない。

 

 コモンディジーズという呼称は、"rare"(レア)と"common"(コモン)を、変異の希少性と共通性、希少疾患とコモンディジーズにそれぞれ対応させてうまく説明したこういった図とともに普及したと思われる。元の用法としては、ありふれた疾患共通変異仮説から来ているようだ。日本語による解説*もある§。コモンディジーズは、近年DNA検査の普及にともなって、従来から用いられてきた普通の病気というニュアンスを含みながら、SNPの共通性に対応するべく再定義されて、用いられることが増えた用語である。

 

"common disease common variant hypothesis"  8,140

"ありふれた疾患共通変異仮説 213

"CDCV仮説 112

"Common disease-common variant仮説 104

"コモンディジーズコモンバリアント仮説" 2

 

(グーグル、20141218)

 

 ありふれた疾患共通変異仮説が主張しているのは、みんなが持っているSNPが、みんなが患う普通の病気に影響を及ぼしているという、一見すると当たり前の原理である。これは[23andMeの深刻な結果...]で述べた、個人向け遺伝子検査の4の検査項目に該当する。しかし、3以下といった、同じ750人という人数を対象に調査しても、うまくGWASで罹患確率が予測できない場合が存在する。これらの中で親子で同じ疾患の例がないものは遺伝因子の影響が弱くて環境因子が支配的であると言えるのだが、親子で同じ疾患を患う例は、コモンディジーズが稀な変異により引き起こされていると考えられる。本著で既出の例を挙げると、[遺伝病とコモンディジーズの違い...]で述べたアンジェリーナ・ジョリーにより知られるようになったBRCA1の変異による乳がんが該当するようだ。乳がんのDNA検査としてDNAアレイによる検査では十分ではなく、比較的高価なシーケンシングを必要とすると言われる理由である。稀な変異はシーケンシングでしか調べることができない。こういったコモンディジーズの稀な変異は、先述の図の中で希少疾患とコモンディジーズの中間に位置すると考えられる。

 

 

 DNA検査を受けて罹患予測確率が分かる疾患ということで、コモンディジーズのうち2型糖尿病とアルツハイマー病だけを図に記したが、広く考える場合には感染症なども含まれる。アレルギーや感染症といった免疫系の疾患についても、アレルギー性鼻炎が親や兄弟姉妹と似たような抗原で似たような症状を示すように、発症のトリガーとしては花粉であっても、罹患しやすさと重症度は遺伝因子の影響を受ける。

 


個人向け遺伝子検査の選び方 - 罹患人口カバー率指標

 23andMeMYCODEといったDNA検査を購入前に比較する際に、大きな障害となるのは、200項目といった検査項目数が多いことばかり宣伝して、その検査項目数の中に一般的な病気、つまりコモンディジーズがどのぐらい含まれていて、希少疾患がどのぐらい含まれているのかあまり詳しく公表していない点である。購入する側としては、エクソームシーケンシングといった大型のDNA検査を購入するのではなく、あくまでお手軽な検査のつもりなので、希少疾患の方はほとんど気にしていないのである。だから、コモンディジーズの検査項目だけを抜き出して比較した方が、とても実質的な比較ができるはずだ。以下に比較対象を検討する。201410月時点である。

 

23andMe

99ドル(1万円)

250項目

検査項目は公表していない。信頼性は購入前には分からない。現在健康情報を販売できないし、日本に対しては出荷もしない。

 

MYCODE オールインワン280+

29800(税別)

280項目

検査項目は公表している。信頼性は購入前には分からない。

以降、MYCODEと表記したい。

 

ジーンクエスト遺伝子解析

49800

200項目

検査項目と信頼性の両方を公表している。23andMeと同じ750人を基準にした4段階評価である。SNPや参考文献の情報も購入後に表示されると思われる欄があるが購入前には分からない。無料会員登録もやってみたが、表示されなかった。

英語社名の方はGeneQuestで、採取キットの箱などにはGenequestと表記しているようだ。以降、Genequestと表記したい。

驚いたことに23andMeと同じイルミナ社の技術で国内で解析しているとのこと。リスキーでも人件費の安い国で解析するのが常識だと思っていたので、安全マージンの取り方にとても好感がもてる。

 

Gentle Labs

1990ドル(20万円)

1700項目(201410月現在1692)

検査項目は公表している。信頼性は4段階評価で得られるのかどうか分からないが、それに相当する情報以上を公表している。具体的には、認知症の中で典型的と思われる遅発型アルツハイマー病の場合、"We test­ed 2 SNPs in the APOE gene.""References  Integrative genomics identifies APOE e4effectors in Alzheimer’s disease Rhinn, Herve et al. Nature, 2014."などと非常に具体的である。この場合は、逆に4段階評価で検査結果が表記されることを確認してからでないと結果解釈にこまるので購入するのがためらわれる。Rare Conditions(希少疾患)扱いとなる、早期発症型家族性アルツハイマー病の場合は、購入前は簡単な説明のみである。

DNA検査の方式としてはDNAアレイではなく、エクソームシーケンシングである。ベルギーに本拠地を置く会社で、信頼はできそうだが、英語の壁が厚い。

英語でオンラインで医師から40分間の説明を受ける仕組みのようで、一応医師を通した形にして23andMeのようにFDAから販売差し止めといった措置を受けることを回避しているようだ。日本人にとっては英会話で面接を受けるようなもので、やはり日本人はロボットのようだと思われたとしてもひたすら頷いていればいいのだろうが、高学歴なヨーロッパ人の医師に見下される英語の苦手なアジア人としては40分間は精神的にはつらいだろう。

 

比較対象として23andMeGenequestが最もうまく比較できると思われるので、コモンディジーズのリスト上で比較してみる。

 

 日本人に多い疾患のリストに基いて、検査結果を健康管理に役立てるための有用性について比較を行う。

 

(日本人の病気、高血圧が最多なるほどランキング Nikkei Inc., 2010/6/29 より)

 

主要な病気の推定患者数(2008)

総患者数(万人)

 

高血圧 796.7

歯の疾患(虫歯・歯周病など) 600.2

糖尿病 237.1

がん 151.8

脳血管疾患(脳梗塞・脳出血など) 133.9

白内障 91.7

ぜんそく 88.8

虚血性心疾患(狭心症・心筋梗塞など) 80.8

統合失調症 79.5

胃潰瘍・十二指腸潰瘍 52.0

 

()厚生労働省の統計資料をもとに作成

 

厚生労働省の統計は極めて正確に調べていただいているのだが、ざっくり試算するには不向きと思われたので、日経のサイトから少し古いがとても分かりやすい表を引用させていただいた。元は厚労省の統計なので、このぐらいの引用は許していただけると期待したい。

 

 おそらく10位までを挙げたものと思われ、順番もそうなっているので、このリストの上で作業をしてみる。途中までGenequestについて埋めた時点で、もう23andMeのリスクと形質が分かれたページから拾って来るのが無駄な作業に思えてきたので、23andMeはどのみち日本から受けられる検査でもないので割愛したい。そのぐらいGenequestは圧倒的だ。値段が高いだけのことはある。

 

高血圧 796.7=人口比6%

高血圧症 4

体質 血圧 4

歯の疾患(虫歯・歯周病など) 600.2=人口比5%

体質 虫歯 3

体質 歯の発達 3

糖尿病 237.1=人口比2%

2型糖尿病 4

妊娠糖尿病 4

がん 151.8=人口比1%

肺癌 4

肺腺癌 4

脳血管疾患(脳梗塞・脳出血など) 133.9=人口比1%

脳卒中 4

脳動脈瘤4

白内障 91.7=人口比0.7%

ぜんそく 88.8=人口比0.7%

喘息4

体質 喘息の指標(気道反応性) 4

虚血性心疾患(狭心症・心筋梗塞など) 80.8=人口比0.6%

心筋梗塞4

体質心膜脂肪量(心臓周囲の脂肪量) 4

統合失調症 79.5=人口比0.6%

胃潰瘍・十二指腸潰瘍 52.0=人口比0.4%

十二指腸潰瘍4

 

10大疾患中、7疾患で実質的に健康管理や医療保険加入に役に立つと思われる4つの信頼性を確保した項目が含まれている。100点満点中70点ということになるのだろうか・・・。しかし、それでは複数の項目が含まれる疾患でせっかく複数の項目が含まれているのに、それが反映されていない。各疾患に1つの4が入るように検査を組めば、検査するSNPの数を抑えながら優秀なスコアが出せてしまう。複数項目の反映については、学者先生方にお願いしないと私では無理なようだ。その点を割り切ると、ざっくりと人口比で重み付けをしたスコアは、6+2+1+1+0.7+0.6+0.4=11.7となった。下1桁は精度がないため、丸めると12である。この値はすでに10大疾患を選び出した上なので、更に疾患の範囲を広げてもあまり変化しないため、それなりに指標として有効と思われる。言ってみれば「DNA検査の罹患人口カバー率指標」である。複数疾患に同時に罹患する人口は考慮していないため「カバー率」ではなく「カバー率指標」という方が適切と思われる。3以下は実質的には役に立たないので切っている。繰り返しになるが1疾患に複数項目が含まれる点については、考慮していない。

 

 注意点として、Genequestは、「あくまで例であり実際は異なる場合がございます。」とあるように、実際に購入するともっと多くの項目が表示されるのかもしれない。一部で項目数ばかり多くて使える結果が酷く少ないと叩かれている日本のDNA検査にもこんなすばらしいのがあるのかとちょっと感動した。受ける前からどの検査項目がどのぐらい信頼性を持っているか、教えてもらえるのは、消費者にとって極めて利益が大きい。残念ながら、どんなSNPなのかや参考文献までは購入しないと表示してくれないようだが、それでも先駆けである23andMeさえ公表していない情報をGenequestは消費者に公表している。ぜひ、今後MYCODEの方も、SNPや参考文献まで公表してGenequestを上回っていただけると非常にありがたい。

 

 この節をなんとまとめたらいいか迷うところだが、1つには、DNA検査会社は無駄な検査項目数の宣伝争いよりも、実質的に役に立つコモンディジーズについての4つの項目数で示していただきたい。今回、Genequestしか評価できなかったのはとても残念だ。自らが行っている検査の信頼性に自信と誇りがあるならば、検査会社の方である程度公表してくださらないと、消費者は自分が欲しい検査項目について信頼性が低いものを買ったことに後で気付いて不満をつのらせ、DNA検査から気持ちが離れて、23andMeで現在起こっているようなことがいずれ日本でも起こり、せっかく開いた市場が閉ざされてしまう。日本の大手のDNA検査会社が、ヒトの検査市場が閉ざされればペット動物のDNA検査など別のやりやすい事業をやればいいと思っているのならば、仕方がないが、せめて規制がきつくなり採算性が悪くなって別の事業に移るときには他のサービスに消費者が移行しやすいように措置をしていただきたい。消費者はDNA検査を基本的には一生涯変わらないもの、装置のアップデートが行われたときだけ費用を支払えば検査精度は向上し続けるものと信じて購入しているのだ。受けた検査結果が各人の人生に活かされるようにしていただけなければ、私は今後も海外のDNA検査を紹介しつづけなければならない。正直、海外を羨むのは日本人として時にあまり楽しい作業ではない。

 

 しかし、ビデオチャットで医師のインフォームド・コンセントを行うとはうまい手を思いついて実行に移したものだ。Gentle Labsがベルギーにあることと、他節でも述べる主にヨーロッパでの希少疾患向けDNA検査のGENDIAがベルギーにあることと、妙な偶然と考えるよりも、ベルギーでDNA検査事業の何らかの奨励政策があるものと思われる。

 


閑話休題:製作物 DNAツリー

本作品はDNAのデモンストレーション用に作成した室内照明を兼ねたオブジェで、「DNAツリー」と呼んでいる。二重らせん化した銅線そのものを導線として使う手法は他で見たことがなく、初めての試みではないかと思う。この方法によりシンプルで美しく仕上げることができた。簡単な製作記およびオーディオビジュアライザーとしてのデモンストレーションを示す*。オーディオビジュアライザーの制御はArduino Nanoとパソコンを用いた。


希少疾患と難病の違いと制度的起源 - 日米欧比較

 欧米の希少疾患と、日本の難病は、対象とする疾患について大きく異なった基準を用いている。また、米国とEUの希少疾患の基準も、いくらか異なっている。米国の希少疾患の中に歴史的にAIDSといった感染症が大きな位置を占めてきたことについて、後の[感染症と希少疾患の関係...]の節でふれる。本節では、米国の希少疾患と、日本の難病の制度的起源について調べ、その後、日米欧の希少疾患医薬品行政について調べる。

 

 日本ではコモンディジーズに対する診療報酬点数が平等にしかも患者に有利なように低めに設定され、希少疾患の多くの検査・治療に対して診療報酬点数が設定されていない。欧米で5000も希少疾患があると言われているのに、日本では難病法の小児対象疾患としての705疾患が最大である。詳しくは[もっとも正確な希少疾患の数...]の節で検証を行う。当然ながらカウントしていない疾患には診療報酬点数が設定されず、診ることができる病院もほんの一部である。一般的に日本の医療はコモンディジーズに強く、罹患率の非常に小さい疾患には弱いと言えるが、実は日本の難病に対する取り組みは、ごく少数の疾患についてだけだが、米国と比較しても非常に早かったと言える。実際、根拠は示されていないが、日本の方が早く取り組んだとするウェブページも存在する。このウェブページを始めとして、このサイトでは希少疾患と難病の違いを分かりやすく説明しながら、実によく情報がまとまっている。しかし、私が調べた限り、後述するように米国の方が少しだけ先に取り組んだように学術論文から読める点が、このサイトで日本が先とする記述と多少くい違っている。これについては、問い合わせたところ、『「米国では1980年代初頭の患者家族による政府への稀少医療品開発を求めた運動を契機に、NORD(National Organization for Rare Diseases)というボランティア保健団体による特殊な国家組織が設立されました」と記載されているように、NORDによる取り組みから始まっています。NORD1970年代に民間の事前事業団体として成立され、1983年に「オーファンドラッグ法」の制定により公式な組織となりました』と回答をいただいた。しかし、これでは非営利法人のNORDを日本の行政と並べて比較して米国が遅いと述べていることにならないだろうか。米国の方は、以下のCaroline Huyardからの引用にあるように、1968年の時点で既にオーファンドラッグを収載しているように読める。しかし、こちらも以下の文献がオープンアクセスでないため、米国の行政でorphanという用語が本当に用いられた、また、公的に用いられたことの確証が得られないのも事実である。どなたか確認できる研究者の方が代わりに読んで確認していただけると非常にありがたい。

 

Provost, G. (1968) Homeless or orphan drugs, American Journal of Hospital Pharmacy, 25, 609.

 

 なお、この会社は、同ウェブページで述べているように、日本でオーファンドラッグの指定数が15点ともっとも多いそうだ。オーファンドラッグとは、日本名としては希少疾病用医薬品と呼ばれている薬剤で、患者数が少ないために市場に流通しないため、製薬会社が開発・販売してくれない希少疾患向けの薬剤を、製薬会社に対してそういった薬剤に対してのみ優遇措置をもうけて、開発・販売してもらうための制度である。

 

 ただ、どう考えても欧米風の企業名なのに、自分のことを日本の企業だと主張していることが気になって調べることになった。なるほど、創業1953年、従業員数3200人、資本金21億円とのこと。英国から日本へと進出してきたのは事実だが、現在では雇用も実態もちゃんとした日本の企業である。しかし、[感染症と希少疾患...]の節で未診断のミトコンドリア病が予防接種で重症化したのではないかと思われる健康被害の症例の、子宮頸がんワクチンについて、一度不祥事のようなものを起こしている。希少疾患医薬を積極的に推進してくださっている会社からの、コモンディジーズ向けの予防接種が、診断されない希少疾患の患者で健康被害を起している。このややこしい関係に頭をかかえた結果、この会社の企業名は一度も記さずに、リンクだけを残すことにした。リンクについても、同社のご利用条件に難しいことが書かれているが、同サイトのトップページへのリンクを示せという点にはしたがって、もっとも気にされていると思われる子宮けい癌ワクチンへのリンクは示さず、それでもやはり、同サイトの重要なページヘのリンクは示そうと思う。ここほどよくまとまったサイトは他にないからだ。中道的だが仕方がない。

 

 「希少疾患」とは、患者数が少ないことを特徴とする多くの疾患の総称であり、日本では伝統的に希少疾患の代わりに「難病」という名称が用いられてきたが、英語圏の文献を探す際には難病のことを希少疾患と読み替えて良いようだ。このように、日本が難病、英語圏が希少疾患と違った名称を用いてきた理由は、日本と米国でほぼ同時に罹患率の小さい疾患対策が開始されたという歴史によると思われる。先ほど3年ほどの間にどっちが先だと議論しているように、日本と米国で似たような時期に違う方向でスタートした。

 

 日本の難病対策の出発点は単純に罹患率の小さい疾患の患者を救うというよりも、スモンという薬害病に対する対策という、あまり正面からとは言えないスタートだった。これが20151月の難病法の施行まで、各疾患を重症度に応じてなるべく平等に扱いましょうという方向にならなかった、おそらく根本の原因である。当然、医療によって被害を負った患者を慎重に扱い、自然に発生する遺伝病については、患者の人数が少なく医学的見地から研究する利益がなければ軽く扱うことになったと思われる。

 

 米国の希少疾患の歴史の方が日本ではほとんど知られていないので、米国の例から紹介する。

 

Huyard, Caroline. "How did uncommon disorders become ‘rare diseases’? History of a boundary object." Sociology of health & illness 31.4 (2009): 463-477.

 

The category of rare diseases appeared in the United States in the wake of the orphan drug problem, itself a by-product of the Kefauver-Harris Amendments of 1962 to the Food, Drug and Cosmetic Act of 1938.

希少疾患というカテゴリが米国でオーファンドラッグ問題が発生する中で登場したのは、1938年の連邦食品・医薬品・化粧品法への規制強化として、1962年の修正法案であるKefauver-Harris Amendmentsの副産物としてであった。

These amendments required proof of the efficiency of the pharmaceutical products made available since 1938 in the United States (US).

これら修正法案は米国内で1938年以来利用可能となった製剤製品の効能の証明を要求するものであった。

This meant that they should either be adequately reviewed to meet the new standards or withdrawn from the market (Asbury 1985).

法案が意図していたのは、薬剤を新しい基準を満たすために十分に見直すか、あるいは、市場から撤退するかどちらかを選択することであった(Asbury 1985)

Certain drugs were neither reviewed, nor withdrawn.

しかし、限られた薬剤が見直しも、撤退もせず残された。

These drugs were called ‘orphan’ or ‘homeless’ (Provost 1968, Walshe 1988) and remained available in hospital pharmacies (a single hospital pharmacy could count as many as 60 of these drugs), had no legal therapeutic authorisation, but could be described as being ‘for chemical purposes, not for drug use’.

これらの薬剤は「オーファン」または「ホームレス」と呼ばれ(Provost 1968, Walshe 1988)、院内薬局で処方可能な状態のまま残された(ある院内薬局では60種類ものこうした薬剤があった)。これらは法的な治療上の承認を得ず、代わりに「化学的用途、薬剤として使用されない」と記された。

In 1968, the American Society of Hospital Pharmacists asked the Food and Drug Administration, in charge of their control, to give a status to these drugs.

1968年になって、米国医療薬剤師会(当時のAmerican Society of Hospital Pharmacists、現在のAmerican Society of Health-System Pharmacists)は、米国食品医薬品局(FDA)に、これらの薬剤に対して承認を与えるように促した。

At first confined to a well-defined list of drugs, the term orphan drug was extended to all categories of drugs that were poorly addressed by the pharmaceutical industry.

最初のうちはしっかりと定義された薬剤のリストに絞りこまれたが、 オーファンドラッグは、薬剤産業によってうまくカバーされない全てのカテゴリへと拡大されていった。

In the mid-1970s, drugs for single usage, drugs for chronic diseases, drugs with anticipated legal liability, drugs for use in diseases endemic to third world countries, and unpatentable drugs were considered orphan (Asbury 1985) and non-profitable, a view later adopted in the first version of the Orphan Drug Act, in 1983, that defined orphan drugs as non-profitable drugs (Haffner 1991).

1970年台中頃になって、単回使用の薬剤、慢性疾患の薬剤、法的責任が予想される薬剤(drugs with anticipated legal liability)、第三世界の国々への伝染性疾患の用いる薬剤、特許性のない薬剤が、オーファンと考えられ(Asbury 1985)、非営利のものとされた。このオーファンとは、後の1983年になって最初の版の希少医薬品法(Orphan Drug Act)中で採用される考え方であり、つまり、オーファンドラッグとは非営利の薬剤と定義されるようになった(Haffner 1991)。

 

引用文中では述べられていないが、修正法案であるKefauver-Harris Amendmentsは、薬害サリドマイド禍を二度と引き起こさないための薬剤の安全性強化に向けての対策である。薬害が出発点という点では、米国も日本と似ているのだが、FDAがうまく機能して日本ほど多くの患者を出すのは防ぐことができたようだ。日本の難病対策の出発点となったスモンの場合は次のようになっている。

 

小長谷正明. "スモン--薬害の原点."§* 医療 63.4 (2009): 227-234.

小長谷正明. スモン--薬害の原点.*  医療 : 国立医療学会誌 / 国立医療学会 [].. 63(4) 2009.4. 227234 ISSN 0021-1699

 

 スモンの原因がキノホルム剤であることは、国によって使用が認可されていた薬剤による重篤な副作用、薬害事件であり、国とキノホルムに関わった製薬会社の責任が強く問われることになる。すでに19715月には東京地方裁判所にスモン患者による損害賠償請求訴訟がなされ、次いで各地で集団訴訟がおこり、社会的問題としてのスモンは別の様相を呈することになる。最終的には6,476人が提訴した。

()

1979年に、薬害被害者救済を目的に『医薬品副作用被害者救済基金法』が制定され、被害者と認定された人には重症度に応じた損害賠償金と、製薬会社の拠出金による薬害救済基金からの健康管理手当・年金が支給された。

 恒久対策として、原因追及と治療法の開発、検診等で予後追求と健康管理を行うことになり、厚生省特定疾患「スモン調査研究班」、あるいは厚生労働省難治性疾患対策事業「スモンに関する調査研究班」で事業が引き継がれてきており、平成初年度からは筆者が研究代表者を務めている。

 また、同様の事件を再ぴおこさないように、1979年に薬事法が改正され、行政の医薬品安全性確保義務が初めて明文化された。

()

このようなキノホルムやサリドマイド等の薬害事件を教訓として、1979年に改正された薬事法には、次のような点が盛られている。

1)薬局方収載品についても承認申請の義務づけ、安全性確保のための承認基準を明記した。

()

医薬品の有害情報に関するこのようなシステムができたにもかかわらず、血液製剤によるAIDS、硬膜移植によるクロイツフェルト・ヤコブ病、アルブミン製剤によるC型肝炎と、重篤な薬害事件がしばしばおこっている。

 

抗がん剤の承認がとてもとても遅くて、患者が何十何百人も死なないと通過しないと言われるほど厳しい日本の薬事審査は、それ以前の薬害への深い反省から生じたということだ。こういった真面目に反省しすぎてより状況が悪くなるという日本特有の現象について、[赤信号みんなで渡れば - 真面目な日本人の最悪の集団行動]の節で述べる。

 

 20151月施行の難病法で出ている最大の疾患の数は、小児に対する705疾患であり、米国政府が示している6800疾患との間に、実に約10倍も差があるのだ。自分達よりも患者数の少ないグループは無視していいのだという、患者数の少ない群が、さらに患者数の少ない群を切り離して助成を受けるという、実に日本的な解決に向かおうとしている。だが、こういった動きは今に始まったわけではない。1972年の特定疾患調査研究事業以来、ずっとこうしてきたのだ。

 

 ・・・と言いたいところだが、やはり私自身もフェアであるべきだ。
この米国6800と日本705という数値の間には、単純に両者が比較できる基準ではない、というべきか、日本と米国の間で非常に異なった基準を用いていて、EUがその間をとっているという次の図の関係になっている。日本に吹き出しを入れるために、順番としては左からEU、日本、米国とした。世界地図上での配置に合わせたつもりである。

 

 日本の705という数値は、20151月に施行される難病法の中での、小児の助成対象疾患数である。成人の場合は約300疾患とのことだが、遺伝病では成人しない間に皆が天に召される疾患が多いことから、成人の疾患の範囲は小児のそれの中に全て含まれているという前提で考えている。ただし、スモンといった薬害の場合は、異なっているかもしれないので、成人の中にもしかすると小児に含まれていない疾患が存在するのかもしれない。ただ、それでも、700から大きく揺らぐことはないだろうと思う。格差医療は事実なのだが、「生命の平等性の侵害」とまで言える場合としては、きちんと症例ごとに数えないといけないと思われる。ただ、70億人に一人の希少疾患が学術論文として記録されているように、そういった症例は調べればかならず存在する。

 

 図中で"OD"と記したのは、オーファンドラッグの意味である。これが、6800705の違いの主な源泉である。米国では、はっきり言うと、行政が公式にはどんな希少疾患の患者にも系統だった助成などしていない。こういった助成は、系統だってやっているのは、ほぼ日本独自の制度で、疾患を限定しているのでフェアとは言えないが、けっして人道的でないとは言えないのである。むしろ無視されてしまう疾患の患者以外には、画期的と言える制度だと思う。

 

 米国は、オーファンドラッグとして製薬会社が優遇措置を受けるための制度を利用できる疾患として、法で定められた患者数20万人未満というただひとつの条件を満たす疾患の数を、数えられるだけ数え上げたら、6800だったと言っているのである。決して6800もの疾患の患者に対して、何か系統的な助成を行っているというわけではない。ここで何度も「系統的」という表現を用いるのは、それでもやはり何も助成を行っていないわけではないからである。おそらく、特定の範囲の疾患だけを助成をすると、外された他の疾患の患者から「フェアではない」との多数の抗議の声が届いて、最終的に全疾患についての普遍的な重症度評価の議論を始めなければならなくなるので、直接的助成はしていないはずだが、NORDという全米の患者会の連合組織を通じて、いくらかは間接的な助成が行われているようだ。

 

("NORD'S PATIENT ASSISTANCE PROGRAMS" NORD, 20141022日閲覧より)

 

Since 1987, NORD has administered Patient Assistance Programs to help patients obtain life-saving or life-sustaining medication they could not otherwise afford.

1987年以来、NORDは、他の方法をとる余地のない、生命に関わる投薬を患者達が得られるように、患者支援プログラムを実施してきました。

Over the course of time NORD has expanded its services to offer financial assistance with insurance premiums and patient co-pay fees as well as assistance with reasonable and appropriate diagnostic testing expenses and travel to and consultation with disease specialists that are not covered by a patient’s insurance plan.

時代が変化するにつれて、NORDは、支払保険料および患者が共済的に支払う料金について、経済的支援にまでサービスを拡大してきました。加えて、患者の保険プランではカバーされない場合に、疾患の専門家のもとを訪れて相談するための経済的支援にも拡大してきました。

NORD also works in partnership with pharmaceutical and biotechnology companies as well as patient organizations to provide travel and lodging assistance for study participants enrolled in specific rare disease clinical trials.

NORDは、製薬会社およびバイオテクノロジー企業とパートナーシップを結び、また患者会との同様のパートナーシップにより、特定の希少疾患の治験参加者のための旅費および宿泊費を提供するために動いています。

 

米国ではフェアでないという行政への批判をかわせるように、ある意味、皮肉にも実にフェアでない、貧しければ生命に係る場合だけ間接的に助成するという仕組みをとりながら、日本と結果的に似たような助成はいくらかは行われている。この「貧しければ」という条件を詳しく調べれば、おそらくより一層米国の方がフェアではないという結論が出るのかもしれないが、そこまで調べるのは別の機会としたい。

 

 EUについても、おそらく似たような事情で、行政への批判を避けるために間接的に行われている助成については、調べきることができないと思われる。EUの場合はさらに国によって一部の希少疾患の罹患率が創始者効果という、過去の大噴火や氷河期などに人類の人口が極めて少なくなった時代の名残として異なっている。具体的には、フィンランド人における先天性ネフローシス、ケルト人、つまり現代で言うアイルランド人におけるヘモクロマトーシスだそうである。こういった事情だと生まれた民族によって希少疾患の助成に不公平が生じやすいので、実質EUについても、各国でばらばらにしかも間接的に助成していると考えられる。

 

 EUのオーファンドラッグ開発は、各国の希少疾患の患者をかき集めて、EU全体として対処した方が少しでも市場規模が稼げると考えているようで、各国の動向よりもEU全体としての動向の方が多く伝えられている。しかし、図中で「但し条件あり」と示したように、オーファンドラッグに指定する疾患に条件がついている。具体的には、EUの場合が、「生命を脅かす、ないし非常に重篤な疾患」で、日本の方は「現時点で治癒が望めない疾患で、代替治療法が無いか、指定薬が効果と安全性で既存薬に比較して臨床的に優れている事が期待されること。明確な製品開発計画と妥当な科学的根拠」という条件§である。要するに、助成でも日米欧で違いがある上に、もう一つ別のオーファンドラッグでも助成ほどではないが違いが生じて、私にとってはとても理解が困難な状況となっている。たしかに、これではオーファンドラッグ保護無用論がでるのも納得である**。ではなぜ、この3極で統合して開発しないのだろうか、という素朴な疑問が浮かぶ。理由は、現在の段階ではあくまで推測だが、オーファンドラッグ開発が国内の製薬事業を自由市場から保護するのに、格好の言い訳にできるからである。希少疾患は国によって罹患率に差があるものが多く含まれるので、国によって開発したい薬剤が違うのだと言えば、国を別にして開発するのも、国会議員の多くに対しては通じるだろう。しかし、それではなぜEUが先述の創始者効果に基いて個別の民族で開発せずに、EUという大所帯で取り組もうとしているのかという疑問が浮かぶ。つまり、希少疾患の患者数が少ない、それゆえに希少疾患であることを考えれば、日米欧の3極で統合して治験の患者数をなるべく稼ぎながら開発を行っていないほうが、かなりおかしいのである。結論としては、税金を国内の製薬業界の薬剤開発力の保護に投入するのに、惨めな重度の患者の姿を思い浮かべてもらえれば、議題として国会を通過しやすいからである。要するに、オーファンドラッグの保護だけでなく、国内薬剤開発力の保護でもあるのである。

 

 私自身はこれは、そこまで悪いこととは思わない。ただ、やるなら3極でなるべく統合してやるべきである。なぜなら、日本と欧米で開発目標がかぶっている割に治験数が稼げないように見えるのと全く同じ理由で、シンガポール、オーストラリア、韓国、台湾、ブラジル、メキシコ、ロシア§といった新しくオーファンドラッグ開発保護をスタートさせた国々でも、今後どんどん開発目標がかぶる割に、人口が小さい国ほどよりいっそう治験数が稼ぎにくくなるからだ。そして現在、世界3億人の希少疾患の患者と、1億人の診断されない患児達が天に召され続けている。この人口になるべく早くに希少疾患医薬を届けるには、国ごとにばらばらに動いていたら20年経っても30年経っても無理なのである。見方を変えれば、日本という3極の中で唯一有色人種国である存在が、同じミトコンドリア・イブからつながってアジアまでやってきた近しい同胞に貢献するための、おそらく最大のチャンスであろうと思われる。

 

 現実的には、すでに研究者から何度も指摘されているように、なるべく早くにフランスを中心とするオーファンドラッグの国際ネットワークであるOrphanet§のメンバーとなって何をどの製薬会社が開発しているのか、どの人種に対してどの治験が準備されようとしているのかという情報を英語で発信することである。英語が苦手な私が言えた立場ではないが、この言語の壁を乗り越えてでも手にする利益は、大きい。同じ人種のアジア人に対して、日本人で治験済み、または日本人に対して、アジア人で治験済みの医薬を提供できるからである。おそらく、お互いにどのぐらい治験成果が適用できるかは全ゲノムシーケンシングが普及するにつれて検証されつつあり、お互いにアジア人の範囲では、ハプログループさえ検査すればどのぐらい治験を省いても大丈夫か数値的根拠が整いつつあるはずだ。あくまで希少疾患という初期段階では比較的小さな市場の枠内ではあるが、いずれそれなりの市場に成長する可能性を秘めている。しかも、アジア人というアジア市場に対する優位性を保持した状態で。

 

 

 全体的に、いろいろな国の事情が絡む割に、日本語の情報が少なく、オーファンドラッグの世界市場が果たしてどこまであるのか、また、Orphanetに参加しながら自国の製薬産業になるべく活躍させるには早くに参加するに越したことがないことまでは分かるが、開発目標がかぶったときに、開発助成金をいったいどういう按分にするのか、そういった詳細は私にはあまりピンとこない。この節はここで一旦閉じたい。



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