目次
はじめに
はじめに
宗教的表現について
研究者の方々へ - 検証中の仮説
外部リンクの表記、Android対応、訂正箇所のご指摘のお願い
概略
現在の症状
息子の誕生
さらに遠い通院へ
知らされなかった検査結果
アミノ酸分画検査結果
タンデムマス検査結果
合っているかもしれない仮説
閑話休題:創作話 トリケラお母さんの悲劇(# ゚Д゚)
DNA検査の実体験と仕組み
ミトコンドリアDNAの検査
ヒットカウント分析および共起性分析
23andMeのDNAアレイによる検査 - 販売停止命令に至る経緯
遺伝病とコモンディジーズの違い - 優性遺伝と劣性遺伝
ヒトはヒトであるが故にヒトの病を患う
コモンディジーズの検査方式 - アバウトなGWAS
23andMeの深刻な検査結果 - 統計の改善による影響
23andMeのその他の結果
エクソームシーケンシング
コモンとレアの重症度分布 - アレル頻度とエフェクトサイズ
個人向け遺伝子検査の選び方 - 罹患人口カバー率指標
閑話休題:製作物 DNAツリー
希少疾患と難病の制度および数値
希少疾患と難病の違いと制度的起源 - 日米欧比較
赤信号みんなで渡れば - 真面目な日本人の最悪の集団行動
もっとも希少な希少疾患 - 70億人にたった一人
もっとも正確な希少疾患の数 - 毎日約1つ希少疾患が増える?
希少疾患全体の罹患率 - 全部合わせると10~14人に一人
診断に至るまでの年数、または遅延 - 28年?!
GINA(ジーナ) - DNA検査時代の国民、患者を守る法制度
国民皆保険の功罪 - 患者をチェリーピッキングする医師達
節としてまとまらなかった事柄
希少疾患と感染症
感染症と希少疾患の関係 - 未診断の希少疾患という重症化因子
予防接種の健康被害としての未診断の希少疾患
希少疾患としての感染症 - 米国のAIDSの歴史
見えないところに死体の山
医師に頼らない因果関係の追求 - 脳症の本当の原因
更に複雑な感染症の話
医療訴訟が生み出す二次被害 - 無過失賠償制度の必要性
辛い記憶
両親を批判することについて
両親への間違った説明
辛かった学校生活
体育の次の時間に倒れてしまう
電車とバス
繰り返し運動による寝られぬほどの筋肉痛
食事の前後の発作
進化と感染症の間の遺伝性疾患
進化と感染症の間の遺伝性疾患
仮説の更なる展開 - 発見され増加を続ける希少疾患
卵子と精子の間の変異の導入の違い
感染症と遺伝性疾患で重度となる役割 - 男性淘汰進化説
絶滅のシナリオ - 感染症と遺伝性疾患の袋小路
進化のスピード調節 - もっとも強く訴えたいこと
進化と遺伝性疾患の「必然性の枠内の偶然性」
ダーウィンのUNdiagnosed
そして各論へ
遺伝学用語の混乱
遺伝学用語の混乱:genetic、遺伝か起源か
de novo変異 - 両親から受け継がれない優性遺伝の変異
個人向け遺伝子検査のガイドラインの乖離
みんなが保因者の劣性遺伝病? - 平均約10個の遺伝的荷重
劣性病的変異の健常者への影響 - 遺伝子プールの浄化説
あとがき
あとがき
これ以降分冊予定
▲▼そして各論へ
検証実験の山 - バッチ型検証実験の提案
希少疾患の中の更なる希少な患者群についての予測
環境因子か遺伝因子か
代謝異常についての進捗
遺伝子検査の2つの嘘
生まれの平等性または不平等性
▲▼生まれの平等性または不平等性
新型出生前診断と着床前診断 - 技術的に◯、倫理的に☓
生まれる前のDNA検査 - 科学的因果関係の追求ライン
技術としてのNIPT - 生まれのDNA検査の技術予測
我が子に故意に良くない遺伝因子を許容する親の罪
ディストピアな未来像 - 生まれの平等性が崩れた世界
不妊という社会問題 - 男性不妊と父性年齢効果
中絶による母体へのダメージ - 次の妊娠がうまくいく確率
着床前診断の問題点 - NIPTとの倫理的違和感
不妊治療としてのPGD - 不妊としての遺伝性疾患
生殖医療のリアルの写真
男女産み分けの国際比較 - 海外での生殖補助医療のリアル
着床前診断の潜在的なリスク - 子と女性へのリスク
フィルターされた人々による生まれの平等性、不平等性の支配
遺伝学用語の混乱:variation、多様性か変化性か
人権に基づく多様性、人権に基づく変化性
男性不妊と劣性遺伝病の完全予防 - 22世紀の精子起源工学
その他 - うまく分類できずとも価値のあるトピック
DNA検査の結果の公開 - シーケンシング機会の平等性
進化における神の概念
mtDNAとY染色体の永代性 - 未来の血縁者の不利益
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ミトコンドリアDNAの検査

 ミトコンドリア病と総称されている、タンデムマス検査で陽性となりそうだが、軽症例は非常に診断しにくい希少疾患がある。私の場合に陽性となったのもこのパターンなのではないかと疑うことになった。ミトコンドリアは、図に示したように、ミトコンドリアDNA、略してmtDNAという独自のDNAを、図で青く示されている細胞核にある普通のDNAとは別に持っている。普通の直線状のDNAと異なり、mtDNAは円環状をしている。

 

 しかし、ミトコンドリア病がタンデムマス検査で陽性になりそうというのは、実は、ミトコンドリア病のどのタイプの場合に、タンデムマス検査としてどんな結果になるのか、あまりはっきりとは書かれた文献はみつけられない。ただ、とにかく、グーグルで検索すると多数の検索結果が得られる。20141212日の結果である。

 

"mitochondrial disease" "tandem mass"  9,260

 

検索結果の中には「ミトコンドリア病は・・・だが、脂肪酸代謝異常症はタンデムマス検査で陽性となる」式に、ついでに言及した結果ヒットしている場合も多いのだが、ミトコンドリア病の検査としてタンデムマス検査を含むべきだと主張している文献も多い。最初の1件だけについて触れておきたい。

 

Haas, Richard H., et al. "The in-depth evaluation of suspected mitochondrial disease." Molecular genetics and metabolism 94.1 (2008): 16-37.

 

Tandem mass spectrometry (MS/MS) is an increasingly popular method for amino acid analysis due to its relative low cost and high throughput, though it poorly quantifies glycine [16], cystine, homocystine, lysine, tryptophan, and GABA; most of these are neurotransmitters and/or involved in reactions.

タンデムマススペクトロスコピー(MS/MS)は、アミノ酸分析においてますます頻繁に用いられるようになりつつあり、それは、比較的安価であること、スループットが高いことに依っている。グリシン、シスチン、ホモシスチン、リシン、トリプトファン、およびGABAに対する定量化は得意ではないけれども。これらの多くは神経伝達物質であったり、メチル化反応に関与していたり、またはその両方である。

(略)

Generalized aminoaciduria along with renal tubular acidosis and glycosuria comprises renal Fanconi syndrome, which can be seen in mitochondrial disease, particularly those involving mtDNA deletions [18, 19].

尿細管性アシドーシスおよび尿糖を伴う、一般的な意味でのアミノ酸尿症は、ファンコーニ症候群を引き起こし、それはミトコンドリア病、特にmtDNAの欠失を伴うものに見られる症状である[18,19]

 

ミトコンドリア病でタンデムマス検査が陽性になる場合があり得ることだけ示したいので、専門家に言わせるとあまりよい例ではないような気もするが、これ以上は立ち入らない。また、ミトコンドリア病と脂肪酸代謝異常症の英語表記でも、多数の検索結果が得られるのは、この2つの疾患がミトコンドリア中で隣接した代謝系の疾患であることによる。

 

"mitochondrial disease" "fatty acid oxidation disorder"  1,050

"mitochondrial disease"  411,000

"fatty acid oxidation disorder"  15,500

 

後の[ヒットカウント分析および共起性分析]の節で調べるが、20141212日現在、グーグルよりも以下のようにBingの方が、単独だと検索結果数が小さいのに論理積だと逆に多い状況となっていて、詳しい原因は不明である。

 

"mitochondrial disease" "fatty acid oxidation disorder" 5,070

"mitochondrial disease" 261,000

"fatty acid oxidation disorder" 7,830

 

稀にこういった状況が起こっているので、なるべく検索結果を得た日付を挿入するようにしている。

 

 ミトコンドリア病と脂肪酸代謝異常症の関係について、図を描きながら、大まかな流れを覚えようとしている最中である。また、タンデムマス検査は技師として分野や装置は違うが計測に関わっていた経験からすると、大変な革命だということは強調しておきたい。しかし新生児のご両親や、妊婦の方と夫ぐらいしか直接は関係しないと思うので、むしろ、あらゆる人間が歳をとったら、ミトコンドリア病に近い状態におかれる例を紹介しておきたい。非常に重要な現象であるため「老年性ミトコンドリア病」と呼ぶことにしたい。専門の方々も統一した呼び方をしていないようなので、考えられる限りで最も分かりやすい名前を用いることにした。現在はグーグルで全くヒットしない。ただし、似たような名前で健康食品ビジネスが今後存在するかもしれないので、それらとは全く関係がないことを注記しておく。以下は米国のあるミトコンドリア病患者会のウェブページからの引用である。

 

("Aging, Disease & Mitochondria", MitoAction, 2008 より)

 

'You think, "My daughter is 4 - she shouldn't have these problems." But if you were 94, you'd say, "That's part of aging." '

「私の娘は4歳なのよ-こんな病気を患うはずがないわ」とお思いになるでしょう。しかし、94歳であられたら、「そんなのただの老化だわ」で済むのです。

(略)

Eva Balcells giggles happily as she plays on the floor, but the 4-year-old moves with the deliberate caution of a frail elderly person, her arm trembling as she reaches in slow motion to grasp a toy car.

エヴァ・バルセルズちゃんは、床の上で遊びながら幸せそうににやけている。しかし、この4歳のお子さんは、病弱なお年寄りと同様に、用心に用心を重ねながら体を動かしているのだ。おもちゃの自動車をつかむためにゆっくりと動きなら近づく間に、彼女の腕はブルブルと震えている。

(略)

The same type of power plant failure that causes Eva's body to go awry is now being implicated in some of the most common ailments of old age, and the possibility that mitochondria play a central role in aging is drawing a surge of public and private investment - into everything from understanding the basic science, to crafting antiaging elixirs targeted to them.

ミトコンドリアはエネルギー産生工場として働くが、エヴァちゃんの体を虚弱にしているのと、同じタイプのこの工場の故障が、お年寄りに最も共通の虚弱性のいくつかに深く関係していると、現在では考えられるようになりつつある。それどころか、ミトコンドリアが老化で中心的な役割を担っている可能性があると知れるや、公的私的を問わない投資の雪崩を引き起こしつつあるのだ。その投資は基礎科学で理解できることの全てにおよび、老化防止のための魔法の薬を作ろうとしているのである。

 

2008年に上記のウェブページが書かれてから6年が経ち、今まさに日本のお年寄りにミトコンドリアが元気になると銘打っている健康食品のブームを引き起こしているが、何をどのぐらい食べたら、どのぐらい代謝能が上がったのか示す測定器の開発が軽視されているのが、問題の中核にある。コエンザイムQ10も大多数にとって効果がないとわかったため飽きられて、世代交代的に他の健康食品に置き換えられつつあるが、健康食品ブームはコエンザイムQ10をきっかけとして盛り上がった状態で継続されてしまっているため、効いたかどうかを調べる測定器開発が軽視されている状況はより一層ひどくなりつつあるようだ。詳しくは[コエンザイムQ10とミトコンドリア測定器]でふれる。

 

 現状では、mtDNAを検査するのは、自分のミトコンドリアにどういった変異が含まれているか目処を立てられるため、少なくとも何も評価せずに健康食品を買うよりは、ましな方法である。本当にミトコンドリアが弱っているのが体力不足の原因なのか、言ってみれば私も高齢者の方々とほぼ同じことを考えて取り組むことになったわけなので。ただ、手順をお伝えするにつれ、やっぱり日本で日本語で受けられるようにすべきという、私の意見に多くの方が同意してくださると思う。かなりの部分を英語で自分で解決しないといけないので、実に面倒で間違いも起こりやすい。

 

 日本にいながら、米国に検体を送ってmtDNAを直接的に評価する方法についてここで述べるが、本来ならば日本国内で実施してより安価に受けられるようにすべきものである。米国にヒトの検体を送るのはもしも同じタイミングでテロ事件が起こったらトラブルだらけなので、この方法を決しておすすめするわけではない。具体的なリスクについては[ヒト検体の国際輸送...]でふれる。

 

 Wikipedia英語版によれば、ミトコンドリア病のうち、症例のおよそ15%は、mtDNAの変異により発症すると述べられている。参考文献として挙げられているものを読んでもそう書かれていた。残りの85%は、細胞核にある普通のDNAに原因があるか、あるいは原因になる変異が見つけられなかった、ということになるが、15%だけというのは少な過ぎはしないだろうか。mtDNAの変異の蓄積が老化の原因だという説は、インターネットの至るところでみられるが、もし本当にそうだとすると、mtDNAの変異がミトコンドリア病の原因となる割合は、もっと大きくてもいいように思う。しかし実際には、15%以外の数値を見つけられず、その代わりにそれなりに納得できる図説を見つけた。心筋についての場合で説明されているが、活性酸素がmtDNAの損傷を増加させ、mtDNAの損傷がミトコンドリアの代謝機能を妨げて、さらに活性酸素が増える、そしてまたmtDNAの損傷を増加させる・・・という悪循環である。しかもうまい具合に核DNAが作るタンパク質「核DNAにコードされたサブユニット」が横からちょっかいを出す形に描かれている。結局核DNAの変異も、mtDNAの変異の増加に結びついている。mtDNAの変異と言っているものが、元になっている大きな変異、つまり原発性の病原性の高い変異だけなのか、続発性の病原性の低い変異も含むのかで、先述の15%という数値は違ってくる。あくまで原発性の狭い範囲で考えて15%ということなのだろう。


 次の図に示すように、mtDNAは異なったものが細胞の中にたくさん含まれるヘテロプラスミーという状態にある。加齢とともに、ヘテロプラスミーは大きくなると言われているので、私のような老人様の易疲労性を示す場合は、もしかしたらヘテロプラスミーが疾患の原因なのかもしれない。

 

 mtDNAは、普通のDNAよりも短いために、DNA検査として容易だった。検査会社を探したところ、日本でも代表的な61箇所の変異については検査可能であることが分かった。他にも10箇所の変異だけを検査する、より受けやすいものもあるが、それに近いものは筋生検をする段階で受けて陰性だったので、61箇所の方が望ましいと考えられた。しかし、米国ではmtDNAの全長をシーケンシングすることができる、つまりまだ見つかっていない変異まで検査可能である。非常に大雑把な説明しかできないので申し訳ないが、シーケンシングとは次の図のように、二重らせんのDNAの遺伝情報を、ATCGからなる文字列の形で、平たく言えば、スキャンして読み取ることである。文字列の並び方には少しだけ規則性があって、2本の鎖の形で連なっている両側で、ATCGが対応する構造になっている。スキャンして読み取る方法としては、正確には、そのmtDNAの検査ではサンガー法という標準的な方法がとられていた。日本で行なわれている検査の方は、後の[23andMeDNAアレイによる検査...]の節で述べるDNAアレイに近いものだった。DNAアレイで検査できるのは、基本的にはいままで知られている変異だけである。それに対してシーケンシングでは、いままで知られていないような稀な変異でも検出できる。

 

 私の場合は、ミトコンドリア病だとしても典型的な重度の例ではなく軽症例と思えたので、シーケンシングの方が向いていると考えられた。

 

 米国のシーケンシングの検査では、あくまで変異したmtDNAの総量が3分の1を超える場合だけ、ヘテロプラスミーとして検出可能であると注意書きが付記されていた。日本の検査会社に資料請求すると、個人に対しては検査の資料は送付できないとのこと。逆にそのmtDNAの検査が受けられる病院を探してもらうと、私の住所ではO大学病院遺伝子診療部が最も近いとのことだった。もちろんより近い病院の方がよかったのだが、受けられないよりは遠い通院をする方がましである。そこで、遺伝カウンセリングを受けるという形で相談したところ、3分の1を超えるぐらいの変異がないと、ミトコンドリア病の症状としても出ないであろうとのこと教えていただいた。残念なことに、ヘテロプラスミーを検出する閾値は記載されていないので、問い合わせないと分からないとのこと。病院で手渡された検査会社による説明書きにも、やはりヘテロプラスミーの閾値の記載はなかった。

 

 私も後になって納得がいったのだが、シーケンシングでも、DNAアレイでも、あらゆるDNA検査で、同じ部分を何回繰り返して測定するかというのは、精度の点から極めて重要だ。この回数はDNA検査によっていろいろな表現で呼ばれていて、"coverage","read depth","depth"(read) depth of coverage、冗長度、深度などがある。coverageの場合は別の意味で解釈されることもあるので、なるべくならdepthの方がいいらしい。とにかく、何回測定したかという意味で、それが結局、米国の検査会社は、mtDNAのヘテロプラスミーについては3分の1より多ければ変異を検出できると、少し素人にも分かりやすい表現をしているということなのだった。depthが示されていないことには、いくらでも検査会社の判断で検査の精度を下げて、手を抜いた検査結果を返すことができてしまうので、depthに相当する数値が示されないDNA検査は受けるべきでない。

 

 しかし、遺伝カウンセリングというのは、1件あたり30分から1時間の相談時間に対して、およそ5千円から1万円ぐらいを課金するという方法がとられる。今回の場合には5355円であった。元になる疾患のDNA検査のために遺伝カウンセリングを受ける場合には健康保険が適用されることもあるようだが、私の場合は元になる疾患を私自身が疑っている状態だから、全額自己負担である。閾値を問い合わせてもらったところで、医療情報は電話では伝えられないから、もう一度自宅から130キロメートル離れた大学病院まで通院して来いと言われたら、往復運賃とカウンセリング料でざっと15千円が失われ、そうでなくとも検査を受けるなら採血のための往復運賃1万円の上に検査費用として41370円が加算されることになる。健康保険が効くとは言われなかったので、検査費用も全額自己負担なのかもしれない。

 

 それに対して、米国での検査は20124月当時の金額で305ドルであった。20149月現在は199ドルまで下がっている。検体の輸送費を含めても、こちらの方が安価と思われた。正直なところ、これだけの手順を経て、mtDNAの検査について相談すると電話で予約してから遺伝カウンセリングを受けたのに、肝腎の閾値が分からなかったことに失望した。

 

 こうして、私は米国の検査を受けることに決めた。

 

 読み進んでいただく前に、お断りしなければならないことがある。本著は日本から海外のDNA検査を受けるのを推奨するものではない。日本でも海外と同等の検査が受けられるのが、本来目指すべき姿である。しかし、現状はあまりにも日本で受けられない検査が多すぎるし、類似の検査があったとしても患者に対して情報がオープンにされていないので、言ってみれば現場的対処として、私個人として米国の検査を受け続けている。しかし、専門用語も含めて全ての内容を英語でやりとりするのは、医療翻訳の仕事を経験して自分を訓練したと言っても、私のようなもともと英語力に問題を抱える者にとっては、リスクが高かったと告白せざるをえない。もしも今後チャレンジする方がおられるなら、高リスク商品を購入してそれに対する評価をお知らせする、いわゆる人柱になるつもりで、好きな言い方ではないが自己責任の範囲で臨んでいただきたい。

 

 本著で米国のDNA検査を受けた体験を記すことで、日本の現状に抗議をしているのかと尋ねられれば、答えはイエスである。ただ、日本の内部事情が込み入っていることも部分的に理解するようになった。詳細はおいおい記していきたいと思う。

 

 米国のmtDNA検査の検体の採取は、驚くほど簡単だった。推奨するものではないとお断りしたので、具体的に申し上げるとFamily Tree DNAという検査会社である。この社名が示すように、この会社が行っている検査の本来の目的は、人種のるつぼと呼ばれる米国で家系図を作成するというソーシャルな応用にあるのだった。例えば、自分の祖先がヨーロッパ人であることは知っていても、どのぐらいイタリア系でどのぐらいイギリス系なのかよく分からないことが多いためだ。そのために、簡易でないはずがないのだが、それでも頬の内側の細胞を採取するとは思わなかった。非公式に"How to Take a Family Tree DNA Test"というYouTubeの動画で検体の採取の手順が具体的に述べられているが、検査会社の公式の動画は別にあって、そちらの方は検体の採取の動画は含まれず、家系図作成という応用面が解説されている。

 

 この家系図作成という応用面について、mtDNAとの関連で概要を示したい。瀬名秀明さんによる『パラサイト・イヴ』というホラー小説を覚えておいでだろうか。生物学の知識がふんだんに盛り込まれているので、SFホラーといった方が適切かもしれない。1997年に映画化され、ブームを巻き起こした。この作品のタイトルにあるイブとは、ミトコンドリア・イブという約16万年前にアフリカに生存していたと考えられる女性に科学者達が名付けた名前にちなんでいる。詳細についてはWikipediaへのリンクを示したが、かいつまむと、ミトコンドリア・イブを頂点として、全ての人類を含む母系の家系図を、mtDNAを比較していくことによって描くことができる。これは図に示すようにミトコンドリアが卵子を介して継承されるため、子に母からしか遺伝しないためである。ミトコンドリア・イブは、旧約聖書『創世記』における、アダムとイブの話にちなんで名付けられたようだが、科学的には史上最初の女性というほど大げさな話ではないようだ。

 

 私が購入したのは、"mt Full Sequence"と表示されている20149月現在199ドルのものである。なお、当時はサンガー法でシーケンシングしていたが、20134月から次世代シーケンシングに置き換わっている。他にも"mt DNA+"というmtDNAの一部だけを検査する59ドルの製品などが販売されていて製品の選び方が多少分かりにくいため、最終的にカートで"mt Full Sequence"だけが含まれているか確認する必要があった。購入してから約10日で検体の採取キットが国際郵便で日本の自宅に届いた。次のイラストで示すように、購入から分析までの流れはどこの検査会社でも同じ様である。

 

 検体の採取方法は、まるで歯磨き感覚だと思った。先述の動画で分かるように、オムニスワブという名称のある種の綿棒で、ギザギサになっている綿棒の先を、頬の内側になすりつけるようにして採取する。それが終わったら、保存用の液体の入ったプラスチックの容器に綿棒の先を入れて、綿棒の軸の末端を押すことで綿棒の先だけが軸から外れるようになっているので、容器を倒さないように注意しながら綿棒の先を容器の中に落として、しっかりとキャップをする。当時私が撮影した中にはよい写真が残っていないので、公式サイトからオムニスワブの形状が分かるものを示す。一応手順も公式サイトで示されているが、結局は先述の非公式動画へとリンクが張られている。

 

 私は強くこすり過ぎて、綿棒の先が赤くなってしまったが、それでもmtDNAは問題なく採取できたはずだ。この検査では、米国内での輸送を前提にしているため、付属している封筒は米国国内用で、日本から検体を送り返すには、FedExを利用しなければならなかった。 詳しくは[FedExでのヒト検体送付の記入例]の節でふれる。

 

 検査結果が出たとメールが届くまで長い9週間が必要で、予定納期よりも遅かったので、何度か問い合わせを行い、ようやく返ってきた検査結果の変異を11つ確認していった。DNA検査のシーケンシングの結果というのは、リファレンス配列と呼ばれる基準になる配列からの相違として結果シートに表記されている。mtDNAの場合のリファレンス配列は、CRS(ケンブリッジリファレンスシーケンス)またはrCRSRevised Cambridge Reference Sequenceと呼ばれるものが採用されている。どちらもヨーロッパ人のものである。20149月現在、リンク先にあるように、人種について中立的で公平なRSRSという新しいリファレンス配列が登場しているが、まだそれほど普及していない。私が受けたmtDNAのシーケンシング結果を以下に示すが、CRSの方が比較対象として用いられている。私はアジア人であるために、同じヨーロッパ人同士で比較するより多くの変異を含んだ結果が返されたはずだ。コーディングリージョンと呼ばれるタンパク質へと翻訳される部分に27個の変異が記されていた。



 
 前の図で黒い文字で"Coding Region:"とある行に赤い文字で"709A"とあるのが、次の図のように、DNA上の位置を表す数値(座位)として、709番目のところで、アミノ酸がAに変わっている、つまり変異があることを意味している。こういった稀に1文字だけリファレンス配列と違っている変異のことを、SNP(スニップ)と呼び、病因性がなかったり、病因性が低い、良性と考えられる変異である。後になって病因性があると分かったときだけ、病的変異という別の名前で呼ぶことになるが、病因性がないか低いものがほとんどであるため、検査の目的として健常者を対象に家系図を作るために販売している今回のようなmtDNA検査では、最初から全部の変異を良性であるSNPとして扱う。こうしたSNPは良性だが、たくさん存在するので、DNA検査を受けた人が持つたくさんのSNPが、リファレンス配列の人物との遺伝的な違いを生じる。今回の場合、リファレンス配列の人物はヨーロッパ人で、検査を受けた人、つまり私は生粋のアジア人であるため、SNPの多くはヨーロッパ人とアジア人の顔形や体格などの違いを表すものである。

 

 11つの変異について検索をおこなうために、MITOMAPというサイトを利用した。MITOMAPは基本的には米国のNIHなどの予算によって運営されていた、ヒトのmtDNAの変異についてのデータベースを構築するプロジェクトであるが、多くの研究プロジェクトと同様に予算をあまり継続して確保できてはいないようで、人員的に苦しいらしくウェブページなどがリンク切れになっていることが稀にある。それでも、rCRSのリファレンス配列に準拠していて、座位の数値を入れるだけで簡単に変異を検索できる簡便さは非常にありがたい。それなりに既成標準として扱われているようで、厚生労働省のサイトにあるミトコンドリア病の説明§の中にも登場する。日本ではGiiB-JST mtSNPデーターベースという日本語によるほぼ同じ目的のデータベースが存在するが、こちらも予算や人員の継続状況があまり分からず、やむなくMITOMAPの方をメインとして使い、GiiBの方をMITOMAPで検索しても情報が少ない場合に用いた。GiiBのリンクのページによると、世界的に複数のmtDNA変異データベースが存在するようで、しかもデータベースの間で検索結果が異なることもあったため、一度の検索で結果に確信をもてないのが残念だ。

 

 結果シートに記されている709Aの変異を検索するために、MITOMAPの検索ページ"709"を入力すると、次の図に示す結果が表示される。



ここで、"Nucleotide Change"(ヌクレオチド変化)として"G-A"と表示されているのが、リファレンス配列としてGだったものがAに変化した変異を、どこかの研究者が過去に登録してくださったことを意味する。私の変異709A"A"と一致しているので、右の方の"references"(参考文献)をクリックする。95件もの文献が表示されるが、このように多数いろいろな疾患の文献が表示される場合には、決定的な病因性がないパターンがほとんどである。

 

 次のフローチャートで示すように、データベースにない変異を発見した場合は、病因性が不明な段階で、単に「変異」とだけ呼ぶ。厳密には、日本人類遺伝学会による遺伝学用語の改定などがあって、異なった表現が存在するが、本著では一番シンプルと思われる呼称を使いたいので、単に「変異」としたい。その他の呼称や英語との対応については、[遺伝学用語の混乱]の節で後述したい。病因性があるかどうかを調べるために「検証実験」を行なって、病因性有りとされた場合には「病的変異」と呼ぶ。病因性無しとなった場合には「良性の多型」やSNPと呼ぶ。これらも別節でもう一度触れたい。

 

 今回の709Aの様に、特に際立った病因性がないにも関わらず、糖尿病やアルツハイマー病など、多数の疾患の遠因とされている場合は、SNPと呼ばれて引き続き研究されていることが多い。そのため病的変異とはみなされていない割に文献が多いという状況になり、文献がたくさん表示されたから必ず病因性が有るということではない。

 

 11つの変異について検索をおこなって、リファレンス配列としてCRSrCRSの違いに注意しながらも、結局全ての変異が既知のものであり、非常に稀なものも含まれているが、病因性と言っても確実に言えるのは糖尿病の遠因になるSNP程度しか含んでないことを知ったとき、また落胆が襲ってきた。誰か他の人のものと、取り違えたのではないかと疑心暗鬼にもなり、ハプログループとしてF1cとアジア人であることが表記されているのが目に止まって、取り違えの可能性はとても低いはずだと自分を納得させた。日本のmtDNA検査に出していれば、それは医療目的なので取り違えの防止策としては極めて厳しい基準が適応されるはずだが、価格とシーケンシング長のコストパフォーマンスが米国の方が優れており、日本の方はdepthに相当する数値が分からなかったことを理由に、米国の検査を選択したのは結局、自分自身なのだった。

 

 参考までに、F1cと記載されていることの意味を確認しておきたい。次の世界地図に示すように、ミトコンドリア・イブ(地図上でL0の根本)が暮らしていたアフリカ南部に始まる人類の旅は、東南アジアに位置する私のハプログループであるFに達するまでに、NRのグループへと外見を変えながら、中東、インド、中国を経ているようだ。ハプログループFは、アジア南部で分岐したグループで、痩せていたため北方には広がらなかったそうだ。2014年当時はWikipediaに各ハプログループの有名人の一覧が作成されていたが、2015年現在削除されたようだ。それによると、Fの場合は、舞の海などが含まれていた。なお、悲しいことに、ハプログループFの人、特に女性は糖尿病を罹患しやすいことが学術的に証明されているそうである。後々の節で述べる私の23andMeの検査結果でも、糖尿病のリスクが高いと示された。

 

Fuku, Noriyuki, et al. "Mitochondrial haplogroup N9a confers resistance against type 2 diabetes in Asians." The American Journal of Human Genetics 80.3 (2007): 407-415.

 

Japanese subjects in haplogroup F had a significantly increased risk of T2DM (OR 1.53 [95% CI 1.16–2.04], P=.0032), whereas those in haplogroup N9a tended to have a reduced risk for the disease.

ハプログループFの日本人の被験者は、2型糖尿病に罹患するリスクが有意に高く(オッズ比 1.53 [95% CI 1.16–2.04], P=.0032)、その一方でハプログループN9aは罹患するリスクが低い傾向がある。

 

 DNA検査が普及するにつれ「人類皆兄弟」的な巨大な家系図を作成するというのが現実のものになろうとしている。結局ヨーロッパ人とアラブ人は、アジア人よりもお互いに近いことが再認識されるのに、戦争やテロが生じているのは、いろいろと考えさせられる。アジア人とアフリカ人の違いを兵器に応用する方が容易であるのに、ミトコンドリア・イブから辿るうちに、アジア人がアフリカ人から離れて発生したため両者の戦争はほとんど起こらず、同じ有色人種として両者はそれなりに仲が良い。したがってエスニックウェポンの話題に対して鈍感である。その一方で、ヨーロッパ人とアラブ人の違いを兵器に応用するのは困難なのに、皮肉にも兄弟姉妹と言ってもいい両者は、仲が悪いことが多い。特に問題は良くも悪くも我らが同盟国である米国である。エスニックウェポンが今まで英語圏でしか大きなトピックにならず、日本人は無関心でよかったのは、おそらくこういう事情による。それ以上のことは、みんなで家系図を作りながら考えていくしかないのだろう。


ヒットカウント分析および共起性分析

 本著で頻繁に用いているグーグルを用いたヒットカウント分析と呼ばれる手法は、翻訳業をしていた時期に多用する習慣がついた方法である。技術用語の訳語を素早く得るために、グーグルほど優れたツールは他になく、実質的には訳語の妥当性の検証を含めて依存しているため、グーグルが既成標準となっているのが普通である。これがヒットカウント分析と呼んでいるものである。基本的には二重引用符で完全一致を指定する。

 

"ヒットカウント" 約 9,250

 

2014年現在、上記の検索結果として、デバッガのブレークポイントヒットが上位に来ていて、検索結果数をヒットカウントと呼んでいること自体が、一般的ではない。なぜ、検索結果数のことをヒットカウントと呼び、よく参加していた翻訳者コミュニティの中で誰が最初にそう呼んだのかは今となってはもう思い出せないので、惰性によりヒットカウント分析と呼び続けている。

 

 また、Googleと記さずにグーグルで統一しているのは、グーグルそのものについて調べる際に日本語の検索結果の方を得たいことが多いので習慣づけている。

 

 ただ、グーグルに頼った場合に、あまり文脈を問わずページランクに重きを置いた検索結果を返すため、どの訳語が本当に適切なのかを文脈を含めて調べるには、文脈に該当する別の用語との論理積の検索結果数および、比を求めることが有効であり、これらを共起性分析と呼んでいる。具体的には、

 

"誤訳" "物理学" 約 231,000

"物理学" 約 14,100,000  

 

となった場合、共起割合としては、

 

"誤訳" "物理学" 約 231,000 /"物理学" 約 14,100,000 =1.64%

 

となり、"物理学"に関する"誤訳"を含むウェブページの割合は、1.64%と推測できる。グーグルは検索文字列の順番にも依存すると言われているが、

 

"物理学" "誤訳" 約 231,000

 

と同じ件数となるため、多くの場合は語順に依存しないと考えて、便宜を優先して表示上分かりやすい方の語順としている。

 

 しかし現在問題を一つ抱えていて、グーグルでは二重引用符を付けて完全一致を指定すると、2語までは矛盾のない結果を返すが、3語に増やした際に、論理積となって絞り込まれるはずが、逆に件数が増える場合があることが分かっている。これまでの調査では所謂、ストップ語という単純な問題ではないはずである。ストップ語の扱いが条件によって変化しているのかもしれない。件数が増える理由が分からず、本当に二重引用符付き3語の時だけ問題が起こっているのか調べているので、先述の共起割合といった検索件数同士の演算については、必ずしも思うように機能しないかもしれない。この点に関しては、Bingの方がグーグルより矛盾ない論理積の結果を返している。Yahoo!JAPAN検索もためしたが、ほぼグーグルと同じ結果であった。検索エンジンとしては日本の大手3者の中でBingだけが異なっているということのようなので、今のところ3語の論理積が必要なときは、グーグルで二重引用符を外しても検索結果に意図しないものが混入しないことを確認しながら用いるか、いっそBingを使うのが向いていると考えられる。科学的な文脈であれば、CiNiiPMCを用いることが考えられるが、CiNiiは検索結果数が少なすぎて統計的に問題があるため用いることができず、PMCは医学生物学に特化している。それぞれに有利不利があるため、状況に応じて使い分けるしかない。

 

 Bingとグーグルで矛盾がないことを検証しておく。20141119日時点である。

 

Bing

"誤訳" "物理学" 47,900 /"物理学" 3,460,000 =1.38%

"誤訳" "分子生物学" 4,050 /"分子生物学" 1,020,000 =0.397%

"誤訳" "法律" 116,000 /"法律" 14,500,000 =0.800%

 

グーグル

"誤訳" "物理学" 約 225,000 /"物理学" 約 13,700,000 =1.64%

"誤訳" "分子生物学" 約 19,200 /"分子生物学" 約 2,850,000 =0.674%

"誤訳" "法律" 約 207,000 /"法律" 約 413,000,000 =0.0501%

 

除算してしまえば大きな矛盾はないが、相関係数として良いとも思えない。また、 [英文併記の意図...]の節のグーグルの"分子生物学"の検索結果数と4倍ほど食い違っている。上記のグーグルとBingの間では2倍以内の違いのため、もしかしたら、3語に増やしたときと類似のエラーの可能性がある。グーグルに直接問い合わせもしたが、回答はなかった。おそらくページランクといった仕組みをSEOや競合他社を意識して頻繁に組み換えているのだろう。ページランクについて、競合他社を意識して詳細は秘密と言われているようなので、仕方がない。

 

 「共起」という言葉は、以前からコーパスとか言語学、翻訳論の世界で用いられてきた用語で、英語でもCo-occurrenceとなっていてあまりかっちりした定義があるわけではなく、最低限として文章中の近距離で共に用いられるという程度の意味しかない。この考え方は一般化すれば検索エンジンが基本としているベイズ理論となり、結局グーグルがやっていることをうまく特徴をとらえて利用しているだけである。言語面を重視して特殊化した応用という意味合いで共起と呼んでいるだけである。ただ、他に呼び方が決められていないため、言語面だけでなくタンパク質と疾患の間で疑われている関係の深さといったことを調べる際にも、本著では共起性分析と呼んでいる。また、言語面の応用では本来は主語は動詞や目的語の前にくるといった語順が重要であるが、先述のように語順は読みやすい順で決めている。

 

 

 検索のその他の条件としては、Windows7 32ビット上のChromeブラウザ上で操作し、グーグルの検索URLとしてはgoogle.comではなくgoogle.co.jpを用いている。アドレスバーgoogle.co.jpの検索URLとなっている。これは2014118日現在では、どちらを用いても同じ結果が得られるが、過去には異なっていた時期もあったため、一応ここに記す。また、なるべく検索を行った日付を含むようにしている。パーソナライズ検索については、オフにしていない。本来はオフにすべきだが、現在のところ結果の表示順位に影響をおよぼすだけで、検索結果数そのものは変わらないため、便宜上、オンのままで検索している。&pws=0のオプションを指定することで容易にオフにできるとも言われているが、場所といったコンテクストが効いてしまうとも言われており、追求しすぎると作業効率が低下するため、現在のところはオンのままで使用し、このようにそのことを明記することとした。


23andMeのDNAアレイによる検査 - 販売停止命令に至る経緯

 ミトコンドリアDNAの検査に続いて、エクソームシーケンシングという検査を探すことになったのだが、その経緯は後の節で述べることにして、いきなり規模の大きな検査にふれるよりも、23andMeの検査の方を先に述べたい。

 

 ご存知の方も多いと思うが、23andMeは何かと話題の米国のDNA検査会社である。会社名はヒトの染色体が23本であることにちなんでいるらしい。グーグルの資本系列の会社というだけでも十分知られているのだが、グーグルの共同創業者であるセルゲイ・ブリンの妻アン・ウォジッキーがCEOを務めている。

 

 当時、私がDNA検査会社を探していたエクソームシーケンシングという検査について、日本では受けられるルートがなく、米国でも大学病院などの医師を通じて患者に提供されていた。23andMeはそのビジネスモデルとして、消費者直結型(Direct-to-consumer、略称DTC)のDNA検査を謳い、医師を通さずに世界の多くの先進諸国で販売していた。

 201410月現在の販売対象国を色付けしたのが次の図で、一見すると支払い能力がある国々を対象としているように見えるが、市場として大きな日本、韓国、中国が除かれて、小さなシンガポールが含まれている。ウェブページの言語としては米国英語とカナダ英語に分かれており、これは後述するFDAとの衝突の中で、おそらくカナダが米国に代わる特に大きな顧客国で、多少法規制が米国と違うことの影響ではないかと思われる。ドイツなどの大きな顧客国に対しても英語で情報を提供しているので、英語で情報提供することでトラブルが多そうな日本といった国々は避けることになったと考えられる。23andMe201410月に日本、韓国、中国で販売しない理由を尋ねたところ、販売対象国についてのウェブページにあるのとほぼ同じ回答が返ってきた。つまり、輸送と法規制の問題で、輸送の方が先に述べられた。EMSによるヒト検体の発送で適切な物品名について公式の情報が見あたらないように、23andMeとしても日本からヒト検体を安く輸送することができないと考えているようだ。[個人向け遺伝子検査のガイドラインの乖離]の節で述べるように、法規制というか、学会ガイドラインの点でも日本は困難な国である。結局のところ、言語、輸送、法規制の全ての点で日本へ23andMeが進出してくるのはずっと先のことになりそうだ。FDAとの衝突の中で、まずはカナダ、オーストラリアなどの米国、EU以外の英語圏を完全制覇しようとするだろう。EUを除くと考えるのは、ヨーロッパ人類遺伝学会が次のように抗議しているものの、欧州議会では遺伝学的検査に医師によるインフォームド・コンセントを要求する修正法案が提案されたからだ。

 

("Proposed amendments to EU Regulation on Medical Devices are counter to patients’ interests and unworkable, says ESHG", ヨーロッパ人類遺伝学会より)

 

Recent amendments to the proposed Regulation on In Vitro Diagnostic Medical Devices (IVDs) currently before the European Parliament will restrict the rights of patients and doctors to carry out essential genetic testing, says the European Society of Human Genetics (ESHG) today (Monday 7 April 2014). Furthermore, an independent legal opinion now shows that the European Union (EU) has no competence to enact the Regulation as amended by the Parliament.

現在欧州議会で審議されているIn Vitro Diagnostic Medical Devices(診断キット)の規制に関する修正案は、患者と医師にとって不可欠な遺伝学的検査を実施する権利を制限しようとしていると、ヨーロッパ人類遺伝学会(ESHG)は本日表明した(201447日月曜日)。さらには、法的な見解からすると、いまや欧州連合(EU)に、議会によって修正された規制を施行する能力がないのである。

 

The new Regulation was proposed by the European Commission in order to bring the regulation of diagnostic kits or IVDs up to date. The ESHG has welcomed the Commission’s proposal as it will ‘improve the quality, safety availability and oversight of IVDs marketed and used in the European Union.’

診断キットまたはIVDの規制を更新するために、欧州議会により新たな規制が提案された。ESHGは、「欧州連合内で流通し、使用されるIVDの品質、安全性、監視を改善」する点については、議会の提案を歓迎する。

 

However amendments, proposed by German MEP Peter Liese, call for mandatory detailed genetic counselling to accompany every genetic test and hold the person carrying out a genetic test responsible for the rights, safety and well-being of the test subjects. The amendments say that genetic counselling should be appropriate and comprehensible and that it should include medical, ethical, social, psychological and legal aspects. “These are praiseworthy objectives with which no-one would disagree, but they are well beyond the scope of a regulation on the safety of IVDs,” said Dr David Barton, from the National Centre for Medical Genetics, Dublin, Ireland, speaking on behalf of the ESHG.

しかしながら、ドイツMEP Peter Liese氏により提案された修正案は、毎度の遺伝学的検査に、義務として詳細にわたる遺伝カウンセリングを必要とし、遺伝学的検査を実施しようとする者に、検査を受ける者の権利、安全性、予後に責任を負わせる。修正案は、遺伝カウンセリングが適切に包括的なものであり、そこには医学的、倫理的、社会的、心理的、法的側面を含むべきであると述べている。「これらは賞賛に値する目標で誰も反対するものではないのだが、しかし、IVDの安全性の規制の範囲外である」とDavid Barton医師、アイルランドのダブリンにあるNational Centre for Medical Genetics所属、は、ESHGを代表してこう語りました。

 

“Medical practice, including genetic medicine, is organised and delivered in many different ways in different Member States. This proposed article encroaches on this diversity and seeks to dictate in detail the arrangements for every clinic where a genetic test may be ordered. It insists on the direct involvement of a medical doctor in every patient interaction, where, in reality, it is common practice for genetic tests to be ordered by other healthcare professionals such as genetic counsellors under the supervision of a medical doctor.

「遺伝学的医療を含んで、診療行為というものは、様々な学会員の国々で、多岐にわたる方法で管理され、実施されている。この提案された法案はこういった様々なやり方を侵害するものであり、遺伝学的検査を発注する可能性のあるすべての診療所に対して、仔細におよぶ手配作業を強要としようとするものだ。それは医師がすべての患者に直接的にたずさわるよう主張しているが、しかし実際には、遺伝学的検査は、医師が把握してさえいれば、他の健康管理の従事者、たとえば遺伝カウンセラーが発注するのが慣例なのである。

 

ヨーロッパの学会としては、米国の23andMeFDAの関係ほど全面消費者直結、全面禁止などと極端に走らずに、要するに、小型のDNA検査など医療従事者が説明しさえすれば医師のインフォームド・コンセントを必要とするほど大げさな話ではないのだ、不必要に仕事を増やすな、と言っているようだ。中立的でバランスのとれた方法だと思う。医療従事者としてどこまでを考えているのか、もっと調べないと分からないが、ともかく、医療従事者の質に自信があるから言えることだと思う。

 

 日本、韓国、中国だけでなく、ロシア周辺もチェルノブイリ事故の影響でDNA検査への関心が高いはずだが23andMeの販売対象国から除かれている。日本よりは英語が使える人口も多いはずだ。もちろん23andMeDNA検査を受けても唾液しか検査しないので、甲状腺がんといった疾患が検出されるはずもないのだが、放射能はわずかだが全体的に精子や卵子由来の遺伝病を促進する。子供に大型のDNA検査を受けさせる費用はなくとも、23andMeなら購入できると考え、実際には遺伝病についてはごく一部の変異しか検査しないが、たまたま子供の健康不良の原因が見つかるという希望にすがる者もいるはずだ。なにしろコエンザイムQ10がとても売れている時代なのだ(ひょっとして日本だけなのだろうか?)。こういった人々に積極的に販売しようとしないのは、ひょっとしたら企業系列としてグーグル流の”Don’t be evil”(悪をなさない)のポリシーなのかもしれない23andMeに対する集団訴訟が起こってしまった今となっては微妙な気がするが。

 

 2011年当時、23andMeはエクソームシーケンシングという比較的大型のDNA検査でさえも医師を通さずに消費者に販売しようと、試験販売を行なっていた。しかし、これはあくまで試験販売であって、23andMeの当時の唯一の商品は、DNAアレイという原理に基いた、2014年現在では比較的小型と言えるDNA検査である。日本語では「DNAマイクロアレイ」と表記されていることの方が多いが、実際にはDNAを検査対象とする以上は、マイクロでないようなサイズのアレイは市場に存在しないと思われるので、本著では少しでも短くて覚えやすい名称としたい。念のため、以下にヒットカウント分析を示す。chipでもよいのではないかと思われるだろうが、すでに別のChIPがほぼ同じ技術分野で普及しつつあるので、チップは今後頻繁に誤解が生じると思われるため避けたい。

 

"DNA microarray" 約 567,000

"DNA chip" 約 322,000

"DNA array" 約 178,000

"DNAチップ" 約 148,000

"DNAマイクロアレイ" 約 86,800

"DNAアレイ" 約 21,600

 

 20141018日補足。恥ずかしながら今はじめてDNAナノアレイなるものの存在を知った。いまからDNAアレイという表現を全てDNAマイクロアレイに直したい気もしたが、おそらく将来的にはDNAナノアレイとDNAマイクロアレイをまとめてDNAアレイという用語の方が一般名として定着するのではないかと思う。一応、ここでは直さないこととしたい。

 

 DNA検査の技術について述べる際、やけに西暦何年ということに拘った口説い表記だと感じられる方もおられるだろう。これは、半導体のムーアの法則に匹敵するほどの勢いでDNA検査の大型化、および値崩れが進んでいるためである*§。次の図に示すのは、米国立ヒトゲノム研究所が『DNAシーケンシングの費用』と題して公表しているグラフである。縦軸が1人分のゲノムをシーケンシングするための費用を米ドルで示しており、現在も1000ドルに向けて下がり続けている。

 

("DNA Sequencing Costs", Courtesy: National Human Genome Research Institute)

 

(1) the use a logarithmic scale on the Y axis; and (2) the sudden and profound out-pacing of Moore's Law beginning in January 2008.

(1)Y軸は対数スケールです。(2)20081月に始まる、ムーアの法則からの突然の加速がみられます。

The latter represents the time when the sequencing centers transitioned from Sanger-based (dideoxy chain termination sequencing) to 'second generation' (or 'next-generation') DNA sequencing technologies.

後者は、シーケンシングを行うセンターがサンガー法(ジデオキシチェーンターミネーション法)から「第二世代」(または「次世代」)DNAシーケンシング技術に移行したことを表します。

 

詳しく読むと、要するにこの研究所としてはシーケンシングはどんどん安くなっているけど、決して費用全てを反映している数値ではなくて、我々の仕事はお金がかかる要素がまだまだたくさんあるから、米国民のみなさん予算を切らないでくださいね、と言いたげなことが書いてある。あまり格好良くはないかもしれないが、それ以上に、民主主義国家として、すばらしい、ということだろう。サイト全部を米国民が誰でも再利用できるようパブリックドメインにしてしまうという点もすごいが、理研が特定国立研究開発法人になろうとしときも、ここまで曝け出して国民に訴えるということはしなかったのではないだろうか。そもそもシーケンシングのコストが安くなったというのを大々的に発表すること自体、この研究所の予算にとっては不利益なのである。おそらく米国民に隠し事みたいな真似をして信用してもらえなくなったら、予算も切られて研究所の人員削減になってしまう、だったら不利な部分も正直に出そうと思ってやっていることなのだ。STAP細胞を把握するだけで精一杯で、特定国立研究開発法人の詳しい経過はあまり把握できず、今頃になって検索してもあまり詳しい検索結果が得られないため、もしも何か誤解をしていたら申し訳ない。

 

 ミトコンドリアDNAのシーケンシングでは、1塩基、つまりATCG1文字ずつ地道に配列を読むというやり方で、狭い範囲を集中して調べたのに対して、DNAアレイは、原理は巧妙で複雑だが、ゲノム全体をところどころ抜き出すようにして調べる安価な方法である。23andMeの公式の動画で概略が説明されている。23andMeの場合は、装置としてイルミナ社のものを使っており、原理はビード法と呼ばれるもので、直径3マイクロメートルの玉をシリコンウェハーの上に無数に配置したものである。

 

 ビード上に生えたプローブは、ヒトのDNAの特定の部分と結合する配列になっている。検査対象のDNAがこの部分に結合(ハイブリダイズ)して、プローブの先端にあたる部分で、検査対象のDNA側にATCGのどの塩基が存在するか検出する。私が説明できるのはここまでなので、詳しくはイルミナ社による動画をご参照いただきたい。

 

 重要なことは、前の節のミトコンドリアDNAの検査がシーケンシングという、全部の配列を読む方式であったのに対して、DNAアレイは、もしも検査対象のDNAにプローブと結合する配列がなければ、検出ができなくなることである。こういった理由から、DNAアレイの精度を表す数値としてコールレート(call rate)が示される。23andMeの場合は公式には98%以上と述べられている。この数値が高ければ、エラーとなって読めない検査結果が少なくなるため、検査会社の言葉を信頼する限りは、100%に近いほどよいはずである。ただし、あくまで推測だが、この数値は個人差だけでなく多少は人種によって変化するのではないだろうか。そうするとアジア人の多数に対しては98%ギリギリで、ヨーロッパ人では99.8%といったとても精度の高い数値になっている可能性がある。装置としての公称値は装置メーカーにより「99.84%/ 平均 99% 以上」§と述べられている。23andMeに直接尋ねた際には国々の選択基準は人種には関係なく輸送と法規制が問題との回答だったが、特定の人種で精度を落としているなどと評判がたつと困るので、たとえ人種によりコールレートが低下していたとしてもそう回答するだろう。それが先ほど23andMeの営業範囲を世界地図に描いてみて、アジア人、アフリカ人、南米メスチゾの国々はたったの1カ国も含まれていないにも関わらず、シンガポールだけが含まれているのが腑に落ちなかった点である。シンガポールだけだと受注数として少ないため、その少数に対してのみ新型のDNAアレイを試したりしているかもしれない。

 

 もう1点、本来は検査項目数当たりの費用が検査会社を選ぶ上での基準になると思うが、これは現状検査項目ごとの結果の信頼性が様々であるので、検査項目数を比較して意味があるのは信頼性について業界基準ができて以降になるだろう。現状は残念ながら、信頼性の低い検査項目ばかりそろえれば、1項目あたりが安く済むので検査項目数としては増やすことができる状態になってしまっている。検査項目数について比較するのはあまり意味がないので、本節では装置で検査できるSNPの数について技術面について短く述べるが、後の[23andMeの深刻な検査結果...]4つという最高ランクの信頼性となっている検査項目のみが重要であることを述べる。現在の段階では、一言で言えば、「量より質」が重要である。

 

 DNAアレイの装置としては、検査対象のSNPの数として、古い装置から挙げると、V2という装置で576,0002011年に登場したV3967,0002013年に登場したV4600,000より大きい、と公表されている。V4で減ったことに対して当然不満の声が上がっているが、23andMeとしては実質的には同じだと反論しているので、おそらくSNP数は生データを自分で解析するつもりがなければ、それほど意味がない数値と考えられる。

 

 23andMeはかつては99ドルという低価格で、検査項目を信頼性によりランク付けし参考文献も挙げていたため、米国政府が学術文献をオープンアクセスとする政策とも合致して、とてもよいDNA検査だったと言えると思うが、現在はそうではない。というのは、23andMe201311月にFDAからの販売停止命令を受けて以来、それ以前の顧客に限って健康に関する検査結果を提供しており、20149月現在のところ購入しても祖先に関する情報しか提供されない。また、23andMeは日本に採取キットを送付してくれないので、私の場合は個人輸入のための転送サービスをキットの送付先として入力して日本に転送してもらった。23andMeでどんな検査結果が得られるのかについては、[23andMeの深刻な検査結果...]の節で詳しくお伝えするが、ここでは23andMeの公式の動画として"23andMe: Getting Started"を示しておく。検体の採取方法としては、オムニスワブによって口腔粘膜上皮細胞を採取するのではなく、単に30分間飲まず食わずで溜めた唾液をプラスチックの容器に入れて蓋をするだけである。

 

 2013年の歳末の候、DNA検査に関係するサイトだけでなく、日本でも多くの報道機関がFDAによる23andMeの販売停止命令を伝えた。かいつまんで言うと、消費者に対して医療従事者を介さずにDNA検査を提供するというのは、様々なトラブルを生みやすいということだと思う。所定の基準を満たした検査でないと、販売させないというのは、管轄する側の論理としては正論である。20149月の現時点で、23andMe"Terms of Service"(利用規約)を読むと、様々な形で免責が記されている。それでも、23andMeは顧客からも集団訴訟を起こされてしまった。提訴された時点の利用規約から改訂されたかもしれないが、具体的な免責の言葉としては次のように記されている。現在日本で普及しようとしているDNA検査も、基本的には23andMeの先例に、良い意味でも悪い意味でも、ならっていくことになると思うので、具体的な文言を意訳を含めてピックアップする。

 

Once you obtain your Genetic Information, the knowledge is irrevocable.

いったん遺伝学的情報を得てしまったら、その知識を忘れることができないことにご注意ください。

 

You may learn information about yourself that you do not anticipate.

ご自身に関わる予想外の情報をお読みになるかもしれません。

 

The laboratory may not be able to process your sample, and the laboratory process may result in errors.

お客様の検体を処理することができない場合があり、ラボでの処理がエラーに終わる可能性もあります。

 

You should not change your health behaviors solely on the basis of information from 23andMe.

23andMeからの情報だけに基いて、ご健康に関わる判断をなさらないでください。

 

Genetic research is not comprehensive.

当社が用いている遺伝学的研究は発展途上で、決してお客様の健康に関する何もかもが分かるというような包括的なものではありません。

 

Genetic Information you share with others could be used against your interests.

他のお客様とシェアされた遺伝学的情報は、お客様の利益に反して用いられる恐れがございます。

 

23andMe Services are for research, informational, and educational use only. We do not provide medical advice.

23andMeによるサービスは、研究的、情報的、そして教育的な用途のみを想定しております。医療目的の判断材料を提供するものではありません。

 

 必ずしもフレンドリーとは言いがたい免責の言葉が並んでいるが、さらに念を入れて、アルツハイマー病の罹患予測確率など、重要な結果を表示する前には、本当に表示したいか意志を確認するためのダイアログが、最初の一回目の表示に限って尋ねられる仕組みになっている。

 

 この"Terms of Service"(利用規約)に、"Privacy Policy"(プライバシーポリシー)と"Consent Document"(研究用同意文書)を加えた合計3部構成で利用者との法的関係を定義している。残り2つの内容にはここでは立ち入らないが、3部合わせるとかなり長くなるためか、残りの2つにはキーポイントだけを記した簡略版が先に示されて、その後に全文版が記されている。23andMeではアンケートを受けて研究に参加することができるが、それは自分の遺伝情報とアンケートへの回答を第三者に提供することを意味する。顧客の氏名住所などの個人情報は提供されることはないが、それでもプライバシーに不安を感じた時には、ウェブ上での操作で研究への不参加を手続きすることができ、手続きから30日後に研究から外すと述べられている。それより前に出版されたり実施された研究に関しては、データを研究から外すことはできない。

 また、同様のウェブ上での操作で、23andMeに送付した検体の破棄についても要求することができる。

 一応、グーグルを資本系列とする米国の会社であるため、プライバシーの問題に関しては、複雑になり過ぎない範囲で、考えられる最良の方法をとっているように思われる。しかし、正直なところ長すぎて私には全体を把握するのは困難である。DNA検査の提供は、一生変化することのない遺伝情報という健康情報を取り扱うために、ある意味、リスキーなビジネスであると言えるだろう。

 

 実は、規制当局による販売停止命令が出るといった、このような事態は今回が初めてではない。前回規制当局の介入により似た状態となったのは約5年前の2008年である。この際には、23andMeが基準をクリアして勝者として生き残った。

 

("California Orders Stop To Gene Testing"  Robert Langreth, Forbes Staff, Forbes.com LLC™, 6/14/2008 より)

 

California becomes the second big state to crack down on companies that offer gene tests to consumers via the Web. This week, the state health department sent cease-and-desist letters to 13 such firms, ordering them to immediately stop offering genetic tests to state residents.

カリフォルニア州は、遺伝子検査を消費者に対してウェブ経由で提供する企業に対して取り締まりを行う二番目に大きな州となる。今週、州の保健部門は、販売停止命令書をそういった13の企業に対して送り、直ちに州の住民に対して遺伝学的検査を提供するのを停止するよう命じた。

 

この時は、201311月から始まる今回の騒動ほど長引かなかった。一応2ヶ月で基準を満たしているとして州から免許が交付され、解決の糸口が開けている。

 

("California Licenses 2 Companies to Offer Gene Services" ANDREW POLLACK, The New York Times Company, Published: August 19, 2008 より)

 

Two closely watched companies that offer consumers information about their genes have received licenses that will allow them to continue to do business in California, a state official said Tuesday.

消費者に遺伝子についての情報を提供している、二つの企業が、厳重に監視される中で、カリフォルニア州で業務を続けることができる免許を受けたと、州の担当者が火曜日に明かした。

 

The licenses, granted to Navigenics and 23andMe, should help defuse a controversy that began in June when the California Department of Public Health sent “cease and desist” letters to the two companies and 11 others that offer genetic testing directly to consumers.

遺伝学的検査を消費者に対して直接提供する、これら2つの企業と他の11の企業に対して、カリフォルニア州の公衆衛生部門が、「販売停止」命令書を送った時、すなわち6月に開始された論争は、Navigenetics社と23andMe社が免許を交付されることにより、沈静化への道を辿るはずである。

 

この介入が、23andMeによる一社独占となる今日の根っこを作ったと言ってもいいだろう。DTCDNA検査は、資本主義的にまずい方向に向かおうとしたなら、当局による規制が行われるのは普通のことのようである。この後、生き残ったもう1社のNavigeneticsは、23andMeとの価格競争に負けて資金繰りが悪くなりシーケンサーのメーカーに買収されたようである

 

 20146月のニュースによると、FDAとの関係は改善の兆しを見せているが、23andMeがかつて新規の顧客に対しても提供していた200のヘルスレポートは、その11点についてFDAの認可を得る必要が生じるかもしれないとのこと。それに加えて、アルツハイマー病といった特に深刻な結果を表示するには、予め医師か遺伝カウンセラーのカウンセリングを受ける必要が生じるかもしれないとのことである。FDAの認可には3ヶ月かかるそうなので、2014911日現在、そろそろ新しい情報が入ってきて良い頃だが、まだ23andMeのトップページには以下の文言が残ったままである。

 

23andMe provides ancestry-related genetic reports and uninterpreted raw genetic data. We no longer offer our health-related genetic reports. If you are a current customer please go to the health page for more information.

23andMeは祖先に関する遺伝学的レポートおよび解釈されていない生データをご提供するものです。当社はもはや健康に関する遺伝学的レポートを提供してはおりません。既存の顧客の方々は、詳細についてヘルスのページをご参照ください。

 

 

 以上が23andMeが現在、新規の購入者に対して健康情報を提供することができなくなり、エクソームシーケンシングも試験販売だけ行なって、継続されていない経緯である。


遺伝病とコモンディジーズの違い - 優性遺伝と劣性遺伝

 23andMeの検査結果について述べる前に、DNA検査の結果を読みとる際に必要な用語として、遺伝病とコモンディジーズの違いと、遺伝パターンとしての優性遺伝、劣性遺伝について図を含めて示したい。23andMeの検査自体はコモンディジーズと呼ばれる、糖尿病やがんなどの普通の疾患が主な対象だが、日本ではまだまだ高価と言えるDNA検査の結果を読み取るにあたって、多少幅広く用語を理解していないと、価格相応の応用をすることができない。

 

 優性遺伝と劣性遺伝という用語について、誤解を招きやすいために日本語としての表現を改めようという動きが過去にあったようだ。知る限り身近なところの誤解としては、『メタルギアソリッド』というアクションゲームの中で、主人公は(クローン元の)父から優性遺伝子を受け継ぎ、敵は劣性遺伝子を受け継いでいると思い込んだ敵が、劣等感のあまり主人公を攻撃するが、最後には主人公の方が劣性遺伝子を受け継ぎ、敵の方が優性遺伝子を受け継いでいたと判明する下りがある。優性遺伝子という表現自体が、ヒトに対する用語としてほとんど用いられないので、そこまで真に受けるべきではないが、なるべくなら混乱は少ない方がいい。ともかくメタルギアソリッドは爆発的に売れてしまったため、このゲームにより勘違いを起こした人々は多いようだ。

 

 優性遺伝劣性遺伝という表現は優れていたり劣っていたりする意味ではなく、遺伝病に関して言えば、その遺伝子に生じた病的変異が、父母由来の2本の染色体のうちどちらか片方にあるだけで疾患を引き起こすか、両方に病的変異がないと疾患を生じないかという意味である。これは、あてずっぽうかもしれないが直感的には、優性遺伝の方は変異によって毒が作られるイメージで、劣性遺伝の方は変異があると正常なタンパクの生産が失われるイメージを持っている。より科学的には機能獲得型変異と機能欠失型変異として説明されるようだ。先天性代謝異常症を引き起こす遺伝子に関しては、酵素という代謝を補助するタンパク質へと翻訳される場合が多く、酵素の量はフィードバック制御*で多すぎず少なすぎない量に調整されることが多いので、例外はあるものの、1本の染色体の遺伝子が正常であれば問題ないことが多い。先天性代謝異常症に分類される希少疾患のほとんどが劣性遺伝である。優性遺伝子と劣性遺伝子について、当初、私は誤解していてメタルギアソリッドでの造語だと思っていた。思い込みとは恐ろしいものである。ヒトの場合でほとんど用いられていないだけで、植物といった場合には用いられていることを、[遺伝学用語の混乱]の節に補足した。

 

 前の節で述べたように、本著ではリファレンス配列からの変異のうち、疾患の原因であると検証されたものを「病的変異」と呼び、疾患の原因とならないものを「良性の多型」と呼ぶようにしている。後者は、英語では"benign polymorphism"だが、健常者を対象としていることが明らかな場合には、文献の中で、単に多型(polymorphism)やSNP(スニップ)Single Nucleotide Polymorphismの略)、または複数形としてSNPs(スニップス)と記されていることが多い。しかし、その習慣に従うと分野が違う者には分かりにくくなることが、私自身の経験上多かったので、多少冗長に響くかもしれないが「良性の多型」という表現をなるべく用いる。

 

 後の節でDNA検査の分類の観点から述べるが、「遺伝子」という用語に関しても誤解が多いようだ。遺伝子という日本語の響きの良さのあまり、生物学的な定義を外れて、何でもかんでも遺伝情報を含むものなら遺伝子と呼んでしまいそうになる。現時点の生物学での共通の認識としては、遺伝子というのはタンパク質へ翻訳されるDNA上の区切りのことである。タンパク質という体内物質へと翻訳されるのだから、特定の遺伝子に病的変異があれば、特定のタンパク質に病気の原因となる変化が現れる。希少疾患のほとんどが、特定の病気や症状と原因となる遺伝子が11に対応した単純明快な、「単一遺伝子疾患」である。実際には、単一遺伝子病といった別の呼称もあるため、グーグルを用いたヒットカウント分析を示しておく。201411月現在の結果である。

 

"single gene disorder" 約 43,000

"mendelian disease" 約 41,900

"monogenic disease" 約 41,800

"mendelian disorder" 約 25,900

"monogenic disorder" 約 24,900

"single gene disease" 約 18,600

"単一遺伝子疾患" 約 5,140

"単一遺伝子病" 約 4,190

"メンデル遺伝病" 約 3,170

"メンデル遺伝性疾患" 約 1,330

"単一遺伝病" 約 902

"メンデル遺伝疾患" 約 607

"単因子遺伝病" 約 228

"単一遺伝疾患" 約 202

"単遺伝子疾患" 約 87

"単因子遺伝疾患" 約 43

"単遺伝子病" 10

"単遺伝病" 5

"単一因子遺伝病" 2

 

メンデルが発見した優性遺伝と劣性遺伝の法則に従うため、メンデル遺伝病とも呼ばれているようだ。本著ですでに述べた単一遺伝子疾患として、私のSCN4Aという遺伝子に変異があって、それが病的なものかどうか評価してくれる研究者を探しているというのは、骨格筋ナトリウムチャネルというタンパク質の1823番のアミノ酸を正常な野生型から別のものに置き換えているので、この部分の機能さえ検証実験をやれば、先天性パラミオトニーという単一遺伝子疾患の原因かどうか白黒がはっきりするという話である。

 

 過去にDNAの二重螺旋構造が発見される前は、遺伝子の概念がもっと抽象的で、現在報道や宣伝で遺伝情報全般という意味で用いられている遺伝子の意味に近い時代があった。重度の病気や、耳の形といった形質を遺伝させる何かがあることは分かっていたのだが、それがどんな物質か調べる方法がなかった時代の話である。そのメンデルが指摘した何かのことをヨハンセンが最初に"gene"と呼んだ。この"gene"のことを、語源学的にはあまり適切ではないが、日本語では遺伝子と呼んでいる。しかし、いったんDNAの二重螺旋構造が発見されてDNA上に遺伝情報が載っていることが分かってからは、遺伝子の意味はDNA上の一部を意味するようになり、更にヒトのDNAの長さが31億塩基対もあることが分かってからは、バイオインフォマティクスによる情報的、IT的な取り扱いが必要になってきた。そこで、DNAと言えば物質としての意味合いを強調し、遺伝子と言えば情報的な意味合いが強調される用語となった。したがって、DNAや遺伝子を構成する、ATCGという4種類の塩基の詳細な物理的意味まで考える必要がない我々患者や一般人としては、ATCGを単に文字として認識し、遺伝子をタンパク質へと翻訳される一区切りのATCG文字列の連なりとして扱うだけで十分である。むしろ、そのぐらい単純に考えておかないと現在も遺伝子の定義が変わり続けているために、混乱してしまう。現在まだ完全には合意がとれていないようだが、将来的に高校生物の教科書に書かれる遺伝子の定義として一番ありうるのは、"a union of genomic sequences encoding a coherent set of potentially overlapping functional products"*であり、かろうじて訳すと、「あるひとくくりのタンパク質をコードするゲノム配列の一単位」である。結局のところ、DNA上で連続している単位を遺伝子と再定義してタンパク質を調べていたら、同じATCGの文字列から違うタンパク質ができていたり(選択的スプライシング)DNA上の位置も染色体も違うATCGの文字列を継ぎ合わせて、一つのタンパク質ができているといった、想定外の例が見つかったので、もう一度タンパク質の分類を中心に遺伝子を再定義しようとしているのが現状と思われる。ある意味、少しだけ抽象的な意味に向かって戻るのだが、問題はすでに遺伝子という表現がいろいろな商品の宣伝や名称に使われていることである。この状態ではどの時点の遺伝子の意味かはっきりさせておかないと、詐欺的な消費者被害が起こると予想されるため、ここまで詳細に渡って記している次第である。

 

 したがって、本著で用いる遺伝子の意味は、タンパク質へと翻訳されるDNA上の単位のことで、選択的スプライシングまでは後々の節で登場するが、それよりも複雑な部分には全く触れていない。DNA検査を選んで購入するのに重要なのは、物理的側面よりも情報的側面なので、ATCGから成るただの文字列とみなしたほうが都合がよく、実際、将来、お子さんが遺伝性疾患を患ったのではないかと調べたり、有名人のハプログループを調べている人たちと自分の家系の先祖が徳川吉宗とどのぐらい近かったか情報交換する用途には、この理解で十分なはずである。Wikipedia英語版の歴史の節を読めばかなり深くまで記されているが、お勧めはしない。後の[遺伝学用語の混乱]の節で述べるように、また先述の優性遺伝、劣性遺伝についての誤解からも分かるように、日本語の用語に英語からの誤訳、誤解を招きやすい要素、ニュアンスの違いがみられ、素人が生物学者の揚げ足を取ることはいくらでもできても、一つ々々の用語についてヒットカウント分析を行わないと、はっと気がつくとマイナーな方の用語に引きずられて、適切なインターネット検索ができていないことがあまりにも多い。本著でヒットカウント分析を多用するのは、こういう事情である。なお、遺伝子の接尾辞である、日本語の「子」は、学術用語として物理的、情報的の両方の意味合いで用いられ*、遺伝子が模倣子、ミームとの対比で述べられる際には、情報的側面の方が強調されていると思われる。

 

 単一遺伝子疾患とは反対の特徴を持つ疾患として、成人病など、長く生きた結果発症する傾向の病気には、遺伝の影響(遺伝因子)だけでなく、環境の影響(環境因子)を受けるものが多く存在している。具体的には、大部分のがんや、2型糖尿病、アルツハイマー病といった疾患である。23andMeDNAアレイによる検査や、2014年現在日本で販売されているDNA検査は、5000種類もあるような単一遺伝子疾患ではなく、こういった「コモンディジーズ」(普通の病気)を主な対象としたものである。コモンディジーズという表現だと遺伝の影響が含まれない疾患も含まれてしまうではないかと指摘されるかもしれないが、遺伝の影響が全く含まれない疾患というのは、我々がヒトである限りは、もともと存在しない。最も極端な例は骨折やケロイドだと思うが、これらも治癒の速さは遺伝因子により各人で異なる。感染症の罹患しやすさや重症度も遺伝因子に影響される。後の[ヒトはヒトであるが故にヒトの病を患う]の節で述べるが、あらゆる疾患について、何らかの遺伝の影響があると考える方が常識となりつつある。どのぐらいが遺伝因子で、どのぐらいが環境因子なのか、どちらの影響の方が大きくて、どうすればその影響を数値として測定できるか、というパラダイムにすでに移行していているのである。だから、コモンディジーズと表現するだけで、単一遺伝子疾患ほどではないが、遺伝因子がある程度は含まれることが前提になっている。希少疾患は外来語表記するとレアディジーズとなり、コモンディジーズの対義語なので、希少疾患について説明しやすいことも利点である。しかし、近年DNA検査の普及にともなって、用いられることが増えた用語なので、グーグルを用いたヒットカウント分析を行う。

 

"common diseases" 約 801,000

"common disease" 約 648,000

"common disorder" 約 419,000

"common disorders" 約 416,000

"コモンディジーズ" 11,400

"コモンディジージズ" 2

"ありふれた疾患" 8,020

"一般疾患" 9,730

"普通疾患" 5,370

(参考) "通常疾患" 1,490 (「通常、疾患」を含む)

(参考) "一般病" -"一般病理学" -"一般病型" -"一般病棟" 約 119,000 (一般病~の様々なヒットを含む)

 

"multifactorial disease" 約 186,000

"multifactorial disorder" 約 55,900

"多因子疾患" 約 15,600

"多因子性疾患" 約 4,300

"multifactorial genetic disease" 約 3,070

"多因子遺伝性疾患" 約 2,640

"多因子遺伝病" 約 2,590

"multifactorial genetic disorder" 約 1,610

"多因子遺伝疾患" 約 1,240

"多因子遺伝子疾患" 約 188

 

"polygenic disease" 約 49,300

"polygenic disorder" 約 28,500

"多遺伝子疾患" 約 1,150

"多遺伝子病" 約 370

"多遺伝子遺伝病" 約 310

"多遺伝子遺伝性疾患" 6

"多遺伝子遺伝疾患" 5

 

"polygene disease" 約 444

"polygene disorder" 約 98

 

"complex disease" 約 515,000

"complex disorder" 約 264,000

"complex genetic disease" 約 39,300

"complex genetic disorder" 約 36,300

"複合遺伝性疾患" 約 3,860

"複合遺伝疾患" 約 55

"複合遺伝病" 9

 

"多要素疾患" 6

 

これだけ多くの種類の表現が、コモンディジーズとほぼ同じ意味を持っている。

 

 重要な注意事項として、厳密には、膠原病といった稀な自己免疫疾患は、多因子遺伝性疾患でありながら、コモンディジーズではなく、希少疾患に含まれる。しかし、本著の範囲では、そこまで詳しくはふれず、人生に与える影響を重視して、主に小児期に発症する遺伝病と成人してから発症の多いコモンディジーズに分けることにしたい。

 

 用語が変節を経たようで、英語でさえ表現に一貫性がない部分があるが、それはこの分野の学術的進歩が速すぎて用語の統一が追いつかないことの現れではないかと思われる。コモンディジーズでは遺伝的影響をもたらす遺伝子が単一ではなく複数であることは確かだが、ほとんどの場合特定できない。多遺伝子疾患とも呼ばれながらも、検索結果数が少ないのは、遺伝子が特定できないことによると思われる。今後、本著では、「コモンディジーズ」で統一したい。

 

 コモンディジーズという表現には、多少日本語として違和感を感じる面もあるので、細部について述べると、英語では複数形で用いられることの方が多いが、日本語になると単数で扱われる外来語のパターンのようだ。検索が普及していなければ一般病で通るのだろうが、現在のように検索が普及してしまうと一般病理学といった部分的ヒットと混じってしまって不便なので、当面コモンディジーズと表記するのが無難と思われる。後で気付いて上記のヒットカウント分析に付け足したのだが、一般疾患というのはコモンディジーズと意味が一貫していることが多い。しかし、その病院で診ている特殊な疾患(精神科、神経内科)に対して普通の内科を一般疾患と呼んでいる場合もあるようなので、やはり本著では、ぎこちなくとも英語と一貫して使える安全性の高い表現の方を採用したい。

 

 本著では「遺伝病」という表現を「単一遺伝子疾患」の略称として用いる。日本語として多用されている割に、3文字と短すぎるため、科学的用語として用いるには定義を明確にする必要がある。遺伝というのが3文字のうち2文字を占めるので、特に遺伝性が高いという意味合いである。「遺伝性疾患」という中間の長さの呼称は、遺伝病に加えて、染色体異常症を含む場合に用いる。染色体異常症の患者の多数がダウン症候群である。文献によっては、本著の遺伝性疾患の意味で遺伝病と遺伝性疾患を区別せずに述べていたり*、本著の遺伝病、染色体異常症、コモンディジーズの3つを合わせて遺伝性疾患と述べていたり*、様々であるため、多少仔細に至りすぎかもしれないが、ここで定義をはっきりさせた。

 

 ここまでの整理として、疾患の区別をもう一度挙げておく。

 

遺伝病=単一遺伝子疾患、メンデル遺伝(優性遺伝、優性遺伝)する。

コモンディジーズ=遺伝因子+環境因子、広義にはヒトの全疾患だが、遺伝因子の割合は様々。

遺伝性疾患=遺伝病+染色体異常症。

 

次の図は遺伝病とコモンディジーズの違いをまとめたものである。いたるところで使用されている図だが、大元は次の文献によるようだ。

 

Peltonen, Leena, and Victor A. McKusick. "Dissecting human disease in the postgenomic era." Science 291.5507 (2001): 1224-1229.

 

遺伝子と変異の表記が単純すぎると思われたので、DNA検査の実情に合うように描いた。遺伝病の場合は、病的変異が見つかると、ほとんどの場合は遺伝子が既に分かっている。優性遺伝か劣性遺伝のはっきりした遺伝パターンをとる。家系図の中で、が男性で、が女性、黒塗りのが患者で、半分黒塗りが劣性遺伝の保因者である*。ここでは元の文献に合わせて半分黒塗りを斜め半分で描いたが、実際には上下半分の場合が多い。文献によっては劣性遺伝の保因者のことをヘテロ接合体、患者のことをホモ接合体と述べているものもある*。この例では、父母が共に保因者で、3人の子のうち、長男と次女が罹患し、長女は罹患も保因もしていない。罹患する場合は、中途半端に罹患することは通常無く、劣性遺伝病の病的変異を父と母の両方から受け継ぐと100%罹患する。他の患者についても同様で、罹患する場合はほぼ100%罹患する。逆に罹患しない場合は0%である。

 

 図の右半分に描いたコモンディジーズについては、病的変異ASNPBからDと挙げたように、特に影響が大きな変異についてのみ遺伝子が特定されて病的変異と呼ばれることがあるが、通常は影響が小さいためSNPと呼ばれることが多い。影響の小さな複数のSNPが関係するので、遺伝パターンは複雑である。ここでは健常者を、患者をではっきり分けているが、これはアルツハイマー病の場合にうまく当てはまるが、2型糖尿病では未診断糖尿病隠れ糖尿病と呼ばれる未診断の巨大患者人口が存在するように、はっきり白黒が区別できない疾患もある。こういった場合は文献によって灰色にしたり、斜線を塗り入れたりして軽度の患者を区別しているものがある。ただし右上から左下への大きな斜線は故人を意味する。罹患確率への影響としては、病的変異AからSNPBCDまでの影響が足しあわされるような形になる。これら遺伝因子だけでなく、食生活や運動不足といった環境因子の影響も加算されるが、遺伝因子も環境因子もあまり正確には測定できない。後々の節でも述べるが、コモンディジーズについてDNA検査を受ける場合には、病的変異Aといった特に影響の大きな変異の影響を予測することしかできない。他の患者、健常者では、病的変異ASNPBからDによって影響が変わる。

 

 実際上は、ほぼ遺伝性疾患と希少疾患を同じと考えていいはずなので、少し細かい点になるが、遺伝病と希少疾患の関係については、本著では、ヨーロッパの希少疾患ネットワークであるOrphanetの考え方を採用して、全ての遺伝病を希少疾患と考えるが、希少疾患が全て遺伝病とは限らないと考える。希少疾患の中には、稀な感染症や稀な自己免疫疾患を含むからである。染色体異常症が希少疾患に含まれるかどうかは、基本的には含むと考える。[希少疾患と難病...]の節で述べるように、国によって希少疾患の定義が違うため、希少疾患用の薬剤の開発については、ダウン症候群が対象となるかどうかはよく分からない。米国のダウン症候群人口が250700で、米国の希少疾患の条件である20万人未満を超えていると思われる部分もあれば、Orphanetの希少疾患のデータベースに登録があったりする。少なくとも日本ではダウン症候群は難病法の対象となっている。ダウン症候群だけが特に患者数が多いはずなので、他の染色体異常症は希少疾患に含まれるはずである。その前提で、EUの患者会EURORDISの考え方を採用して、希少疾患の80%が遺伝病や染色体異常症といった遺伝性疾患と考える。

 

 念のため記すが、Wikipedia日本語版での"遺伝子疾患"という用語は、現在ほど検索が普及してしまうと、"単一遺伝子疾患"に対する部分的ヒットを含むため、特異性が小さく使い勝手が悪く、しかも、遺伝子という用語の乱用に巻き込まれて、染色体異常症までヒットするため、本著では意図的に用いていない。しかし、一般には、遺伝病に加えて、本節で後述するがんを含めた疾患を遺伝子疾患や遺伝子病と呼んでいる場合が多い。特異性が小さいのは英語表記の場合も同様で、single gene disorderだけでなく、BRCA1 gene disorderといった、遺伝子を特定的に述べる文脈でもヒットしている。

 

"遺伝子疾患 89,600

"遺伝子疾患" -"単一" 78,700

"遺伝子病 63,500

"遺伝子病" -"単一 57,200

"gene disorder"  60,600

"gene disorder" -"single"  10,700

"gene disease"  173,000

"gene disease" -"association" -"associations"  47,900

 

単一遺伝子疾患という長い名称の概念が、遺伝子疾患という短い名称の概念の特殊化なので、部分的ヒットについては一貫性がとれているとも考えられるが、遺伝子という用語の混乱と、遺伝性疾患という同じ4/5文字の用語を用いるため、本著では遺伝子疾患という用語を避けることとする。

 

 遺伝病とコモンディジーズの例を挙げるために、アンジェリーナ・ジョリーとスティーブ・ジョブズという二人の有名人のがんを引き合いに出したい。

 

 がんがDNAの変異により引き起こされるという知識が普及するにつれて、遺伝病と混同される状況が発生している。特に、米国で活躍する女優のアンジェリーナ・ジョリー(以降ではアンジー)が2013年にDNA検査を受けて乳がんの変異を持っていることが分かり、予防のために乳房を切除して以来、この混同は増していると思う。

 

 ここで補足しておかなくてはならないのは、アンジーが予防的乳房切除術を受けたのはDNA検査会社の宣伝のためだったのではないかという疑惑が持ち上がり、更には、本当に予防的乳房切除術を受けたのかどうかさえ噂に昇っていて*、それらの噂が201411月現在まで明確には否定されていないように見受けられる点だ。個人的には、DNA検査会社の宣伝という面はありうるが、全部が演技だったというのはほぼあり得ないだろうと思う。

 

 全てのがんが変異により発生するのは事実である。しかし、がんの直接の原因は、卵子や精子といった生殖細胞系列の変異ではなく、がんを患う体の部分で体細胞の変異が発生することによる*

というよりも、がんというのは、変異して勝手に大増殖を始めてしまったヒトの体細胞そのものである。アンジーの場合には、乳がんとしての体細胞の変異を引き起こしやすい、別の変異がDNA検査で明らかとなった。DNA検査で調べたのは、乳がんに対して間接的に影響をおよぼす変異であり、乳がんの直接的な原因となる変異とは別のものである。アンジーの予防的乳房切除術が報道された中では、この間接的に影響を及ぼす変異のことを、通称としてBRCA1という遺伝子の名前で呼び、DNA検査の名前としてもBRCA1と呼ばれている。

 

 アンジーのBRCA1の変異は87%の確率で乳がんを発生させると本人が語ったように、決して100%ではない。乳がん全体としては、環境因子、つまり平たく言えば食べ物などの影響を受ける、コモンディジーズである。BRCA1の変異はがんの直接的な原因となる変異を発生しやすくするが、BRCA1だけが乳がんを引き起こすわけではなく、BRCA1に変異がなくとも、たとえば閉経後の肥満といった生活習慣など環境因子諸々をトータルして乳がんを患ってしまうこともある。しかし、BRCA1が引き起こす乳がんについてのみ考えると、平均寿命の患者で87%というのはかなり高い数値だし、長生きすればするほど100%に近づいていくと思われるので、優性遺伝の遺伝病として扱うのが適切と思う。しかし現在の技術水準では、BRCA1の変異の保有者が乳がんを発症しても、その乳がんの直接的変異がBRCA1の変異により引き起こされたのか、別の原因で生じたのかは区別することができないし、現在の技術水準では区別することで治療が大きく変わるわけでもない。このように、コモンディジーズの中に部分的に遺伝病が含まれる場合は相当数あると思われるが、分類できそうにない場合は条件の緩い方の群に含むしかないので、乳がん全体としてコモンディジーズと考えるのが適切と思われる。

 

 いずれにしても、あくまでBRCA1の影響は間接的なので、それゆえにBRCA1の変異による87%の罹患予測確率という数値と、母親をがんで亡くしたという家族歴だけで、まだ乳がんを患っていないにも関わらず、乳房を切除するに至ったアンジーの決断が話題を呼んだ。

 

 アンジー母子の場合が示すようにBRCA1の変異は親から子へとかなりの確率で遺伝する。もっとも多いパターンは父か母のどちらかが、2本の染色体のうち1本にBRCA1の変異を有している場合だと思うので、父か母から50%の確率で遺伝することになる。BRCA1は性染色体ではなく常染色体の上にあるので、母だけでなく父からも子へと同じ確率で遺伝する。また、BRCA1変異により男性の乳がん罹患予測確率も女性ほどではないが大きくなるようだ。調べた限りでは男性の場合はBRCA2の変異の方が問題らしい。BRCA1の変異は優性遺伝のパターンで遺伝するが、がんの直接の原因である体細胞の大増殖を引き起こす変異が遺伝することはない。

 

 がんの遺伝について、見つけられた限り最も分かりやすい図は、国立がん研究センターがん対策情報センターによる図2であった。

 

 本著でいう遺伝病とは単一遺伝性疾患のことを指すので、がんは全体としては遺伝病に含まないが、BRCA187%という非常に浸透率の高い変異に関してのみ述べる際は、遺伝病に含めることにしたい。

 

 アンジーの他にもう一人、アンジーほど有名ではないがDNA検査を受けたことで報道されたのは、アップル社のスティーブ・ジョブズである。故人であられるので、まず最初に、この偉大な起業家のご冥福をお祈りしたい。

 

 ジョブズの場合は、最初はすい臓がんであったが、代替医療に頼っているうちに、肝臓などに転移してしまったそうだ。ジョブズが受けたDNA検査は、全ゲノムシーケンシングと呼ばれ、これは本人の正常な体細胞と、がんの細胞の両方に対して行なわれたとのこと§。つまり、アンジーの場合と同じ採血による通常のDNA検査の他に、がんの直接的原因としての変異を特定するために、がんそのものの一部を手術により切り出して、DNA検査にかけたということだと思われる。がん自体を直接的に調べて正常な体細胞との違いから大増殖を引き起こしている変異を同定し、その種類のがんに対してどのような治療が有効かを調べたようだ。

 

 全ゲノムシーケンシングの場合には、アンジーが受けたBRCA1を含む乳がんの数個の遺伝子だけの検査よりも遥かに大掛かりで、ヒトの全遺伝子が対象である。ヒトの遺伝子数は約23000個なので、遺伝子1個を調べるのに比べてざっと23000倍ということになるのだろうか。私が受けたエクソームシーケンシングも23000個を対象にしているはずだが、全ゲノムシーケンシングでは、エクソン領域だけでなくイントロン領域も含んでいる。そのため、全ゲノムシーケンシングは、ヒトのあらゆるDNA検査の中で最大のもので、検査結果の解釈という作業も考慮すると、ジョブズが受けた2011年当時では、ジョブズのような大金持ちでない限り支払うことのできない費用がかかったはずである。

 

 乳がんの一部がBRCA1の変異の形で親から子へと遺伝するのと同様に、すい臓がんの場合も、PRSS1といった遺伝子の変異が遺伝して、家族性膵炎を引き起こし、悪くすればすい臓がんを発症するようだ。乳がんの場合と同様に、すい臓がんはコモンディジーズの中に部分的に遺伝病が含まれる形である。しかし、ジョブズの場合に限っては、家族性膵炎を患っていたり親族がすい臓がんを多発したという話はないようなので、コモンディジーズと考えられる。

 

 

 すい臓がんの詳細については専門家によるご説明に譲りたい。


ヒトはヒトであるが故にヒトの病を患う

 述べたいことは、すべての病気に遺伝的影響がいくらかは関係しているということである。実は遺伝と無関係な病気というのは、本質的に存在しない。遺伝的影響が極めて明確で大きいものを、いわゆる「遺伝病」と呼んでいるだけで。コモンディジーズという用語が古くは遺伝性を前提にせずに定義されていたため、感染症や免疫疾患を診ていながら欧米の研究論文を読んでいない現場の医師を中心に、本著で全てのコモンディジーズについて強弱の違いはあれども遺伝性を前提に話を進めることに、強い違和感を唱える方々がおられるだろうと考え、短いが記憶に残りやすい一文を示すために本節をもうける。

 

 ヒトはヒトであるが故にヒトの病を患う

 

 ヒトが魚や植物の病気にかかったりするわけではない。

 それが当然であるように、子は親から産まれるが故に、親と同じ病気にかかる傾向がある。

 たとえ感染症であっても、トリガーは感染という現象だが、罹患しやすさとどのぐらい重症化するかにはやはり遺伝が深く関係している。

 

 我々がヒトとして病を患うが故に

 

 私の様に子に疾患が遺伝したのではないかと心配しすぎるのも身を破滅させる。一方で、子の長所については遺伝だと考える一方で、短所は遺伝でないと拒絶する人々もいる。さらに短所は、全て努力という環境因子で解決できると盲信している人々もいる。

 

 我々は極端に走ることなくバランスをとって生きていかなくてはならないのだろう。

 

 

 しかし実際には、「ヒトが魚や植物の病気にかかったりするわけではない」というのは、レトリックとしての否定であって、科学的には正確ではない。

 

 厳密に言えば、遺伝的に共通の部分については、ヒト、魚、植物の間で同じ病気を患う。系統として近ければ近いほど、同じように患う病気が増えていく。例えば、植物でもミトコンドリア病という病気は存在する。

 

秋光和也. 大谷耕平. 尾谷. 今日の話題 植物のミトコンドリア病の謎に迫る--プロセッシングの有無が宿主特異的ACR毒素に対する感受性のカギを握る.  化学と生物 : 日本農芸化学会会誌 : 生命・食糧・環境 / 日本農芸化学会.. 42(2) (通号 483) 2004.2. 8184 ISSN 0453-073X

 

ヒトのミトコンドリア病とはかなり異なるのかもしれないが、ミトコンドリアという仕組みを持っていて、それが遺伝的に親から子へ継承される限りは、どんな真核生物でもミトコンドリア病という種類の病気を患うと考えられる。これが魚になれば、脊椎動物としてヒトと同じ脊椎の病気が存在するだろうし、さらにイヌになれば、アルツハイマー病を患っているイヌもいると言われるほど、ヒトと共通の病気がとてもたくさん存在する。

 

中山裕之.   動物にアルツハイマー病はあるのか--老齢犬の脳病変から老化の進化を考える.  獣医畜産新報 / 文永堂出版株式会社 [].. 58(9) (通号 1010) 2005.9. 757764 ISSN 0447-0192

 

このように種を超えて俯瞰しても、系統として近いほど、同じ病気を患う傾向があると思われる。同じ種の親子であれば尚更である。

 

 結局のところ、ヒト、魚、植物の間でも、系統樹の根本は現代で言う古細菌のような原核生物から始まっているはずなので、その時点から存在する疾患もあるはずだ。意外なことにバクテリアよりも特に極限環境を活躍の場とする古細菌の方が、我々ヒトに系統として近いようだ。思いつく限り、古細菌がヒトと共通に患っていると言える疾患は、アミノ酸代謝異常症、糖原病といった何らかの先天性代謝異常症ではないかと思われる。ヒトと古細菌の多くで同じ酵素名の欠損で起こりそうな疾患を探そうとしたが、分からなかった。ヒトで極めて重度の先天性代謝異常症を胚が患っても、妊娠として認識しないことには全て不妊という病名になるとの同様に、古細菌でも分裂の際に完全に細胞膜が仕切られた瞬間から2個体と数えることにすると、古細菌では比較的多くの先天性代謝異常症で瞬時に死滅すると推測されるため、疾患として測定不可能で、ただの死滅として測定されるであろうと思われる。要するに、生物種が離れるほど、ヒトと似た疾患を患うと推測することはできても、罹患した状態として測定する手段が違い過ぎるため、測定系の工夫次第である。その意味では、やはり古細菌が技術水準の限界のはずで、ウイルスでウイルス自身が患う異常状態があったとしても、おそらく古細菌よりもいっそう測定困難である。



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