目次
はじめに
はじめに
宗教的表現について
研究者の方々へ - 検証中の仮説
外部リンクの表記、Android対応、訂正箇所のご指摘のお願い
概略
現在の症状
息子の誕生
さらに遠い通院へ
知らされなかった検査結果
アミノ酸分画検査結果
タンデムマス検査結果
合っているかもしれない仮説
閑話休題:創作話 トリケラお母さんの悲劇(# ゚Д゚)
DNA検査の実体験と仕組み
ミトコンドリアDNAの検査
ヒットカウント分析および共起性分析
23andMeのDNAアレイによる検査 - 販売停止命令に至る経緯
遺伝病とコモンディジーズの違い - 優性遺伝と劣性遺伝
ヒトはヒトであるが故にヒトの病を患う
コモンディジーズの検査方式 - アバウトなGWAS
23andMeの深刻な検査結果 - 統計の改善による影響
23andMeのその他の結果
エクソームシーケンシング
コモンとレアの重症度分布 - アレル頻度とエフェクトサイズ
個人向け遺伝子検査の選び方 - 罹患人口カバー率指標
閑話休題:製作物 DNAツリー
希少疾患と難病の制度および数値
希少疾患と難病の違いと制度的起源 - 日米欧比較
赤信号みんなで渡れば - 真面目な日本人の最悪の集団行動
もっとも希少な希少疾患 - 70億人にたった一人
もっとも正確な希少疾患の数 - 毎日約1つ希少疾患が増える?
希少疾患全体の罹患率 - 全部合わせると10~14人に一人
診断に至るまでの年数、または遅延 - 28年?!
GINA(ジーナ) - DNA検査時代の国民、患者を守る法制度
国民皆保険の功罪 - 患者をチェリーピッキングする医師達
節としてまとまらなかった事柄
希少疾患と感染症
感染症と希少疾患の関係 - 未診断の希少疾患という重症化因子
予防接種の健康被害としての未診断の希少疾患
希少疾患としての感染症 - 米国のAIDSの歴史
見えないところに死体の山
医師に頼らない因果関係の追求 - 脳症の本当の原因
更に複雑な感染症の話
医療訴訟が生み出す二次被害 - 無過失賠償制度の必要性
辛い記憶
両親を批判することについて
両親への間違った説明
辛かった学校生活
体育の次の時間に倒れてしまう
電車とバス
繰り返し運動による寝られぬほどの筋肉痛
食事の前後の発作
進化と感染症の間の遺伝性疾患
進化と感染症の間の遺伝性疾患
仮説の更なる展開 - 発見され増加を続ける希少疾患
卵子と精子の間の変異の導入の違い
感染症と遺伝性疾患で重度となる役割 - 男性淘汰進化説
絶滅のシナリオ - 感染症と遺伝性疾患の袋小路
進化のスピード調節 - もっとも強く訴えたいこと
進化と遺伝性疾患の「必然性の枠内の偶然性」
ダーウィンのUNdiagnosed
そして各論へ
遺伝学用語の混乱
遺伝学用語の混乱:genetic、遺伝か起源か
de novo変異 - 両親から受け継がれない優性遺伝の変異
個人向け遺伝子検査のガイドラインの乖離
みんなが保因者の劣性遺伝病? - 平均約10個の遺伝的荷重
劣性病的変異の健常者への影響 - 遺伝子プールの浄化説
あとがき
あとがき
これ以降分冊予定
▲▼そして各論へ
検証実験の山 - バッチ型検証実験の提案
希少疾患の中の更なる希少な患者群についての予測
環境因子か遺伝因子か
代謝異常についての進捗
遺伝子検査の2つの嘘
生まれの平等性または不平等性
▲▼生まれの平等性または不平等性
新型出生前診断と着床前診断 - 技術的に◯、倫理的に☓
生まれる前のDNA検査 - 科学的因果関係の追求ライン
技術としてのNIPT - 生まれのDNA検査の技術予測
我が子に故意に良くない遺伝因子を許容する親の罪
ディストピアな未来像 - 生まれの平等性が崩れた世界
不妊という社会問題 - 男性不妊と父性年齢効果
中絶による母体へのダメージ - 次の妊娠がうまくいく確率
着床前診断の問題点 - NIPTとの倫理的違和感
不妊治療としてのPGD - 不妊としての遺伝性疾患
生殖医療のリアルの写真
男女産み分けの国際比較 - 海外での生殖補助医療のリアル
着床前診断の潜在的なリスク - 子と女性へのリスク
フィルターされた人々による生まれの平等性、不平等性の支配
遺伝学用語の混乱:variation、多様性か変化性か
人権に基づく多様性、人権に基づく変化性
男性不妊と劣性遺伝病の完全予防 - 22世紀の精子起源工学
その他 - うまく分類できずとも価値のあるトピック
DNA検査の結果の公開 - シーケンシング機会の平等性
進化における神の概念
mtDNAとY染色体の永代性 - 未来の血縁者の不利益
奥付
奥付

閉じる


<<最初から読む

9 / 89ページ

アミノ酸分画検査結果


タンデムマス検査結果


合っているかもしれない仮説

昔に放射線学を学んだ者として、漠然と信じるようになった仮説である。

 

遺伝病というのは、生物が人間になるまで進化してきた営みの、裏返しの作用なのだろうと思う。フリーラジカルといった活性酸素の刺激を受けたDNAがランダムな位置で変異して、ヌクレオチドという鎖状の一部が入れ替わる。それが何十万分の1といった確率で累積淘汰のフィルターをくぐり抜ければそれが進化で、ほとんどの場合悪い方向に働くので、それが遺伝病なのだろう。

 

 遺伝病の患者数が少なく、いわゆる患者数の極端に少ない疾患、つまり希少疾患になりやすいのは、約23000個あるヒトの遺伝子の全体にばらけて変異しやすいことによる。次の図では希少疾患がいろいろな遺伝子にばらける様子を描いた。もっとも分かりやすい場合として、卵子や精子の細胞核にある23本の染色体が、フリーラジカルなどの刺激を受ける。放射線によるフリーラジカルの場合、あまり場所を選ばずに発生するので23本の染色体が刺激を受ける機会はランダムで、染色体の長さに比例するのだろう。染色体の中のDNA上の遺伝子1から3までのうち、遺伝子2を特に短く描いたように、全ての遺伝子は長さが異なる。短い遺伝子ほど刺激を受ける機会が少ないため疾患を起こしにくいはずだが、疾患となってしまった場合には患者数が少なく診断さえおぼつかない事態となる。また、ヒトの遺伝子が約23000あるのに、希少疾患の種類が7000程度にとどまっているのは、推測だが、遺伝子が短いと患者数が少なすぎてカウントできないことの他に、遺伝子としての働きが重要すぎるものについては生殖細胞から出産までの間に障害を起こすため生まれて来ないことによると思われる。

 

 なお、約23000個というヒトの遺伝子数は、頻繁に用いるとても重要な数値なので、根拠を確認したい。Wikipedia英語版のヒトゲノムのページによると、20000から25000というアバウトな数が書いてある。端的に言ってしまえば、現在も研究途上ということである。極端なことを言えば、現在70億人の人々が地球上で生きていて地球上で1年間に生まれるあかちゃんの数が13900万人もいて、それが先の図に示したDNAの変化を受け続けているのだから、理屈の上では、完璧に正確な遺伝子数というのは、永久に確定しないということになる。それに、そもそも我々は1年間に何人のあかちゃんが産まれているのかさえ、大雑把に言って1000万人ぐらいの誤差を含む形でしか把握していないのだ。

 

 おそらく、これは希少疾患の種類が50008000種類と、3000種類も幅をもって公表され、世界中で希少疾患の患者数が70億人中で3億人、つまり世界人口のおよそ4%であるのに、EU人口5億人中で希少疾患の患者数が3000万人、つまりおよそ6%であることと強く関係している。この6%と4%の間の2%というのは、1.4億人に相当し、EUでさえ患者の半数が小児だと言っているのだから、途上国では医療や薬が十分でなく一旦小児が重い病気にかかると成人するまで生きられないので、1.4億人の多くが小児のはずだ。つまり、そもそも正しく診断されていないので統計など存在しないが、非常に大雑把に言って、地球上で1億人の患児が希少疾患に苦しみながらも正しい診断が得られずに放置されたままである。

 

 いまこうして、いつでもエアコンのスイッチさえ押せば熱中症も凍死もすることがない日本の住宅で、平等で高度な日本の医療に守られながら、下らない著作をパソコンに向かって入力している間にも。

 

 そして、適切な診断を受けられない、これら1億人の患児のほぼ全員が成人するまでに死亡するはずだ。正しく診断されないのだから、正しく治療されることがないのは自明の理である。

 

 ざっくり試算するだけだったつもりが、数値を検討すればするほど、たいへんなことになっている。希少疾患は種類が多すぎて先進国でも診断を得るのが大変だと、今から考えれば「のんき」としか言いようのないことを考えていたら、ほぼ日本人口に相当する数の患児が、希少疾患の統計にさえ表れることなく、適切に診断されずに地球上から消えている。

 

 おそらく、衰弱死とか、熱中症とか、急性肺炎とか、マラリアとかいう、死亡直前にみられた症状の病名が、死亡後に患児のご両親を納得させるために与えられているのだろう。生まれたときから患っていて、虚弱な体質を作って死亡原因の大元になった遺伝病は、亡くなった小児の兄弟姉妹が発症して初めて、医師も何か遺伝性が高いと疑い始めるのだ。ご両親にとっては、いかほどの絶望だろうか。

 

 そこまで行くと後になってから判明する、今まで一度も聞いたこともない希少疾患としての診断など、ご両親、ご兄弟姉妹の葛藤を増すだけなので、お耳に入れない方が幸せなのかもしれないと思えてくる。ただ一言、遺伝病が疑われるので、「これからは、お子さんをお作りにならない方がよいですよ」と、それだけを告げられた方が、多くのご遺族にとっては幸せなのだろう。

 

 しかし、日本というのは自分達は先進国だから、どんな病気でも正しく診断できるはずという前提で、社会のあらゆる仕組みができている。診断されないことには、医療が受けられない傾向が、非常に高い国なのである。なお悪いことに、日本人は欧米人よりも遺伝病に対して強い拒絶反応を示し、家族が遺伝病の診断を得ることにあまり協力しない。その理由については、後々の節で様々な見方から理由を検討していきたい。

 

 話題を、ヒトの遺伝子数として23000が妥当と考える理由に戻したい。Wikipedia英語版のヒトゲノムのページには、2012年の研究で20,687のタンパク質コード遺伝子が同定されたとの記述もみられる。何となく、さっきまでは千の位で揺らいでいたのに、誤差範囲に言及せずに20,687個といっきに1の位まで指定されても、あまり説得力がない。1の位まで述べることができる場合を考えてみると、2012年の時点で確実と言えるものだけを数え上げた数値であり、実際よりも少なめに見積もっていると考えられる。こうした疑問に最も丁寧に答えているのは、おそらく次の文献である。

 

Pertea, Mihaela, and Steven L. Salzberg. "Between a chicken and a grape: estimating the number of human genes." Genome Biol 11.5 (2010): 206.

 

How many genes do we find today?

今日では、どれだけの数の遺伝子が見つかっているの?

(略)

At present, Ensembl lists 22,619 human protein-coding genes, which is 286 higher than the 22,333 protein-coding genes in NCBI's RefSeq database [37].

現在のところ、Ensemblと呼ばれるデータベースでは22,619個のヒトタンパク質コード遺伝子がリストされており、NCBIRefSeqと呼ばれるデータベースで22,333個のタンパク質コード遺伝子とされている数より、286個多い[37]

(略)

Currently, the average number of genes listed in the human gene catalogs appears to be somewhere around 22,500, with an uncertainty of around 2,000 genes.

現在、複数のヒト遺伝子カタログ中にリストされている遺伝子数の平均をとると、2,000遺伝子程度の不確かさを含んで、22,500個程度のどこかだと見受けられる。

(略)

So what is the likely answer?

だから、一番それっぽい答えとしては何なの?

(略)

Our personal best guess for the total number of human genes is 22,333, which corresponds to the current gene total at NCBI.

我々の個人的な見解であるとお断りした上で言えば、NCBIの現在の遺伝子トータルと一致する、22,333が最良の推測値である。

(略)

This number could easily shrink or grow by 1,000 genes in the near future.

この数値は将来、簡単に1,000遺伝子分も小さくなったり、大きくなったりするだろう。

However, recent analyses make it clear that even if we agree on a complete list of human genes, any particular individual might be missing some of the genes in that list.

しかしながら、最近のゲノム解析により明らかになったこととして、たとえ私達がヒト遺伝子のリストをようやく完成したと思って皆で合意に達したとしても、誰か特定の個人ではそのリストから何個かの遺伝子が欠けているということが起こりうる。

The genome sequence is complete enough now (although it is not yet finished) that few new genes are likely to be discovered in the gaps, but it seems likely that more genes remain to be discovered by sequencing more individuals.

ゲノム配列は(完了したとは言いがたいものの)ギャップの中に新しい遺伝子を発見することはほぼないと言えるくらいには完璧であるが、より多くの個人をシーケンシングすることで、更なる遺伝子が発見され続けると思われる。

Additional discoveries are likely to make our best estimates for this basic fact about the human genome continue to move up and down for many years to come.

ヒトゲノムについてのこの基本的な事実のために、来るべき長年の間に、更なる発見が起こって、我々の最良の算定値を上げたり下げたりするであろう。

 

最後の文で「基本的な事実」と述べているのは、全ゲノムシーケンシングといった大型のDNA検査を、たくさんの人口が受けるようになれば、僅かだが個人差として遺伝子が増えたり減ったりしているという、意味だと思われる。変異が個人の体質差の原因となっているのはよく知られているが、遺伝子数さえも違っている場合があるというのは、私はこの文献で初めて活字となっているのを読んだ。

 

 22500±2000か、22333±1000のどちらをとるかということになるが、千の桁までしか意味がないので、2200023000かということになる。私は23000の方を選びたい。なぜかというと、ヒトの染色体は23対だからである。割ったら染色体1対当たり1000遺伝子だ。ここまで仔細に渡って文献から翻訳して検証した上で、最後になって、いったいなんで、そんな非科学的な都合で決めるのかと疑問に思われるだろう。いずれ分かることだから、述べてしまうと、私は研究員と技師の中間の仕事をしていたことがある。計算や英語が苦手で、新しい発想だけで、何とかそれっぽい仕事もしていた。計算が苦手な研究員にとっては、一つのことを何百回も何千回も角度を変えながら試算する科学的追求の過程では、どれだけ単純な数値に意味をもたせて試算を速く行うかということが、思考の効率につながる。

 

 一流の研究者達がそう考えて23000という遺伝子数が普及しているのかどうかは、分からない。少なくとも米国のNIHでは、一般向けの説明として23000を採用している。たとえ私と同じ考えを持っても、自分が計算が苦手なのがバレるので、口にする者は少ないだろう。実は、頭が良さそうに見えるのに数値を出して説明するのを渋る研究者や医師は、非常に多い。数値を出したとたんに自分の知識が足りないことがバレてしまうのだ。確証が得られている自分の限られた専門でしか、あくまで頭の中から口へと余計な数値が出ないようにするのが、やり方なのである。

 

 しかし、私はすでに退職して作家兼主夫なので、知識が足りないのがバレてもあまり大きな問題がない。後述するように、エクソームシーケンシングの結果まで公表してしまっているし、23andMeからの検査結果として示すようにアルツハイマー病の罹患予測確率は、アジア人の平均の2.5倍である。3年前に祖母が同疾患を20年患って亡くなったので、遺伝性が強いタイプである可能性は高い。いずれ発症してアリセプトを投薬されるのかもしれない。ついでに、前頭葉に年齢の割に大きなアトロフィーが出ている。それとの関係はまだ良くわからないが、疑っている疾患の一つである先天性代謝異常症は、知能に影響する疾患である。診断を得るのに協力してくださる研究者を探すために、ここまで出してしまうと、むしろ知能としてそれほど質が良くなかったり知識がないのを隠す方が無理である。だから本著では蓋然性の判断によって頻繁に推測調の表現を用いている。「だろう」「と思われる」「かもしれない」というのは、お聞き苦しいかとも思うが、自信がない点は自信がないものとして表現するのが、今の私のやり方である。その代わりに、先述の地球上で診断を得られずに亡くなる患児が1億人いるというように、誰も調べたことがないはずだが、おそらく極めて重要な事柄について、あくまで推測ではあるが数値的検討を行いたい。

 

 話を戻すと、性染色体を除いて22対だから、22000の方がいいのではないかという考え方もできるかもしれない。しかし、Y染色体の方はともかくとして、X染色体は1098遺伝子もあるし、性染色体が性別を決定するという意味で重要であることを考えれば、実質的には1098遺伝子を超える重みがあるので、差し引くことはできないと思われる。更に厳密に言えば、ミトコンドリアDNAの方は当然37遺伝子を遥かに超える重みがあるのだが、後述するように遺伝パターンもコピー数も普通のDNAとは全く異なるので、考えれば考えるほど混乱するため、省かせていただきたい。

 

 希少疾患が23000の遺伝子にばらけるために、疾患の数が多く患者数が少ない状況となる仮説の話に戻りたい。この仮説が学術論文の形で示されたものを探してもまだ見つけられずにいるが、分子生物学の教科書を読んでみると次の言葉を見つけることができた。

 

ワトソン遺伝子の分子生物学. 東京電機大学出版局, 2010. 257 p.

 

一方、もし遺伝物質がまったく変わらずに引き継がれるとすると、進化を促すのに必要な遺伝的変動がなくなり、ヒトも含めて新しい生物種は生じないことになる。つまり、生命と生物の多様性とは、変異と修復との微妙なバランスの上に成り立っているのである。

 

つまり、遺伝物質がある程度一定の割合で変異を起こす仕組みにより、ヒトへと進化した今日の我々が存在する。なお、このワトソンは、DNAの二重らせん構造を発見してノーベル賞を受賞したジェームズ・ワトソンその人である。以降でも著名人に対しては敬称を略したい。

 

 遺伝物質が、もしも仮に不安定なRNAのままヒトへと進化していれば、RNAが変異を起こしやすいので進化は速いはずだが、人口の半分を越えるような、大変な量の遺伝病の患者が存在するはずだ。なぜそうなっていないかというと、それほど多くの遺伝病の個体を抱えるような種は、DNAを遺伝物質として採用し変異をある程度修復できて、遺伝病が少ない種よりも、種として生き残っていくのに不利だったからである。これがワトソンの言う「バランス」の両端のうち、結果として変異を抑制する方向にコトが運んだ一端である。

 

 

・・・たぶん、そういう気がする。本当にこれで合っているかどうかは、探せた限り、一番納得のいった学術論文を後々の節で示すことにして、いったん、DNA検査を、取り組みやすい短いDNAから順に進めていった話に戻したい。


閑話休題:創作話 トリケラお母さんの悲劇(# ゚Д゚)


ミトコンドリアDNAの検査

 ミトコンドリア病と総称されている、タンデムマス検査で陽性となりそうだが、軽症例は非常に診断しにくい希少疾患がある。私の場合に陽性となったのもこのパターンなのではないかと疑うことになった。ミトコンドリアは、図に示したように、ミトコンドリアDNA、略してmtDNAという独自のDNAを、図で青く示されている細胞核にある普通のDNAとは別に持っている。普通の直線状のDNAと異なり、mtDNAは円環状をしている。

 

 しかし、ミトコンドリア病がタンデムマス検査で陽性になりそうというのは、実は、ミトコンドリア病のどのタイプの場合に、タンデムマス検査としてどんな結果になるのか、あまりはっきりとは書かれた文献はみつけられない。ただ、とにかく、グーグルで検索すると多数の検索結果が得られる。20141212日の結果である。

 

"mitochondrial disease" "tandem mass"  9,260

 

検索結果の中には「ミトコンドリア病は・・・だが、脂肪酸代謝異常症はタンデムマス検査で陽性となる」式に、ついでに言及した結果ヒットしている場合も多いのだが、ミトコンドリア病の検査としてタンデムマス検査を含むべきだと主張している文献も多い。最初の1件だけについて触れておきたい。

 

Haas, Richard H., et al. "The in-depth evaluation of suspected mitochondrial disease." Molecular genetics and metabolism 94.1 (2008): 16-37.

 

Tandem mass spectrometry (MS/MS) is an increasingly popular method for amino acid analysis due to its relative low cost and high throughput, though it poorly quantifies glycine [16], cystine, homocystine, lysine, tryptophan, and GABA; most of these are neurotransmitters and/or involved in reactions.

タンデムマススペクトロスコピー(MS/MS)は、アミノ酸分析においてますます頻繁に用いられるようになりつつあり、それは、比較的安価であること、スループットが高いことに依っている。グリシン、シスチン、ホモシスチン、リシン、トリプトファン、およびGABAに対する定量化は得意ではないけれども。これらの多くは神経伝達物質であったり、メチル化反応に関与していたり、またはその両方である。

(略)

Generalized aminoaciduria along with renal tubular acidosis and glycosuria comprises renal Fanconi syndrome, which can be seen in mitochondrial disease, particularly those involving mtDNA deletions [18, 19].

尿細管性アシドーシスおよび尿糖を伴う、一般的な意味でのアミノ酸尿症は、ファンコーニ症候群を引き起こし、それはミトコンドリア病、特にmtDNAの欠失を伴うものに見られる症状である[18,19]

 

ミトコンドリア病でタンデムマス検査が陽性になる場合があり得ることだけ示したいので、専門家に言わせるとあまりよい例ではないような気もするが、これ以上は立ち入らない。また、ミトコンドリア病と脂肪酸代謝異常症の英語表記でも、多数の検索結果が得られるのは、この2つの疾患がミトコンドリア中で隣接した代謝系の疾患であることによる。

 

"mitochondrial disease" "fatty acid oxidation disorder"  1,050

"mitochondrial disease"  411,000

"fatty acid oxidation disorder"  15,500

 

後の[ヒットカウント分析および共起性分析]の節で調べるが、20141212日現在、グーグルよりも以下のようにBingの方が、単独だと検索結果数が小さいのに論理積だと逆に多い状況となっていて、詳しい原因は不明である。

 

"mitochondrial disease" "fatty acid oxidation disorder" 5,070

"mitochondrial disease" 261,000

"fatty acid oxidation disorder" 7,830

 

稀にこういった状況が起こっているので、なるべく検索結果を得た日付を挿入するようにしている。

 

 ミトコンドリア病と脂肪酸代謝異常症の関係について、図を描きながら、大まかな流れを覚えようとしている最中である。また、タンデムマス検査は技師として分野や装置は違うが計測に関わっていた経験からすると、大変な革命だということは強調しておきたい。しかし新生児のご両親や、妊婦の方と夫ぐらいしか直接は関係しないと思うので、むしろ、あらゆる人間が歳をとったら、ミトコンドリア病に近い状態におかれる例を紹介しておきたい。非常に重要な現象であるため「老年性ミトコンドリア病」と呼ぶことにしたい。専門の方々も統一した呼び方をしていないようなので、考えられる限りで最も分かりやすい名前を用いることにした。現在はグーグルで全くヒットしない。ただし、似たような名前で健康食品ビジネスが今後存在するかもしれないので、それらとは全く関係がないことを注記しておく。以下は米国のあるミトコンドリア病患者会のウェブページからの引用である。

 

("Aging, Disease & Mitochondria", MitoAction, 2008 より)

 

'You think, "My daughter is 4 - she shouldn't have these problems." But if you were 94, you'd say, "That's part of aging." '

「私の娘は4歳なのよ-こんな病気を患うはずがないわ」とお思いになるでしょう。しかし、94歳であられたら、「そんなのただの老化だわ」で済むのです。

(略)

Eva Balcells giggles happily as she plays on the floor, but the 4-year-old moves with the deliberate caution of a frail elderly person, her arm trembling as she reaches in slow motion to grasp a toy car.

エヴァ・バルセルズちゃんは、床の上で遊びながら幸せそうににやけている。しかし、この4歳のお子さんは、病弱なお年寄りと同様に、用心に用心を重ねながら体を動かしているのだ。おもちゃの自動車をつかむためにゆっくりと動きなら近づく間に、彼女の腕はブルブルと震えている。

(略)

The same type of power plant failure that causes Eva's body to go awry is now being implicated in some of the most common ailments of old age, and the possibility that mitochondria play a central role in aging is drawing a surge of public and private investment - into everything from understanding the basic science, to crafting antiaging elixirs targeted to them.

ミトコンドリアはエネルギー産生工場として働くが、エヴァちゃんの体を虚弱にしているのと、同じタイプのこの工場の故障が、お年寄りに最も共通の虚弱性のいくつかに深く関係していると、現在では考えられるようになりつつある。それどころか、ミトコンドリアが老化で中心的な役割を担っている可能性があると知れるや、公的私的を問わない投資の雪崩を引き起こしつつあるのだ。その投資は基礎科学で理解できることの全てにおよび、老化防止のための魔法の薬を作ろうとしているのである。

 

2008年に上記のウェブページが書かれてから6年が経ち、今まさに日本のお年寄りにミトコンドリアが元気になると銘打っている健康食品のブームを引き起こしているが、何をどのぐらい食べたら、どのぐらい代謝能が上がったのか示す測定器の開発が軽視されているのが、問題の中核にある。コエンザイムQ10も大多数にとって効果がないとわかったため飽きられて、世代交代的に他の健康食品に置き換えられつつあるが、健康食品ブームはコエンザイムQ10をきっかけとして盛り上がった状態で継続されてしまっているため、効いたかどうかを調べる測定器開発が軽視されている状況はより一層ひどくなりつつあるようだ。詳しくは[コエンザイムQ10とミトコンドリア測定器]でふれる。

 

 現状では、mtDNAを検査するのは、自分のミトコンドリアにどういった変異が含まれているか目処を立てられるため、少なくとも何も評価せずに健康食品を買うよりは、ましな方法である。本当にミトコンドリアが弱っているのが体力不足の原因なのか、言ってみれば私も高齢者の方々とほぼ同じことを考えて取り組むことになったわけなので。ただ、手順をお伝えするにつれ、やっぱり日本で日本語で受けられるようにすべきという、私の意見に多くの方が同意してくださると思う。かなりの部分を英語で自分で解決しないといけないので、実に面倒で間違いも起こりやすい。

 

 日本にいながら、米国に検体を送ってmtDNAを直接的に評価する方法についてここで述べるが、本来ならば日本国内で実施してより安価に受けられるようにすべきものである。米国にヒトの検体を送るのはもしも同じタイミングでテロ事件が起こったらトラブルだらけなので、この方法を決しておすすめするわけではない。具体的なリスクについては[ヒト検体の国際輸送...]でふれる。

 

 Wikipedia英語版によれば、ミトコンドリア病のうち、症例のおよそ15%は、mtDNAの変異により発症すると述べられている。参考文献として挙げられているものを読んでもそう書かれていた。残りの85%は、細胞核にある普通のDNAに原因があるか、あるいは原因になる変異が見つけられなかった、ということになるが、15%だけというのは少な過ぎはしないだろうか。mtDNAの変異の蓄積が老化の原因だという説は、インターネットの至るところでみられるが、もし本当にそうだとすると、mtDNAの変異がミトコンドリア病の原因となる割合は、もっと大きくてもいいように思う。しかし実際には、15%以外の数値を見つけられず、その代わりにそれなりに納得できる図説を見つけた。心筋についての場合で説明されているが、活性酸素がmtDNAの損傷を増加させ、mtDNAの損傷がミトコンドリアの代謝機能を妨げて、さらに活性酸素が増える、そしてまたmtDNAの損傷を増加させる・・・という悪循環である。しかもうまい具合に核DNAが作るタンパク質「核DNAにコードされたサブユニット」が横からちょっかいを出す形に描かれている。結局核DNAの変異も、mtDNAの変異の増加に結びついている。mtDNAの変異と言っているものが、元になっている大きな変異、つまり原発性の病原性の高い変異だけなのか、続発性の病原性の低い変異も含むのかで、先述の15%という数値は違ってくる。あくまで原発性の狭い範囲で考えて15%ということなのだろう。


 次の図に示すように、mtDNAは異なったものが細胞の中にたくさん含まれるヘテロプラスミーという状態にある。加齢とともに、ヘテロプラスミーは大きくなると言われているので、私のような老人様の易疲労性を示す場合は、もしかしたらヘテロプラスミーが疾患の原因なのかもしれない。

 

 mtDNAは、普通のDNAよりも短いために、DNA検査として容易だった。検査会社を探したところ、日本でも代表的な61箇所の変異については検査可能であることが分かった。他にも10箇所の変異だけを検査する、より受けやすいものもあるが、それに近いものは筋生検をする段階で受けて陰性だったので、61箇所の方が望ましいと考えられた。しかし、米国ではmtDNAの全長をシーケンシングすることができる、つまりまだ見つかっていない変異まで検査可能である。非常に大雑把な説明しかできないので申し訳ないが、シーケンシングとは次の図のように、二重らせんのDNAの遺伝情報を、ATCGからなる文字列の形で、平たく言えば、スキャンして読み取ることである。文字列の並び方には少しだけ規則性があって、2本の鎖の形で連なっている両側で、ATCGが対応する構造になっている。スキャンして読み取る方法としては、正確には、そのmtDNAの検査ではサンガー法という標準的な方法がとられていた。日本で行なわれている検査の方は、後の[23andMeDNAアレイによる検査...]の節で述べるDNAアレイに近いものだった。DNAアレイで検査できるのは、基本的にはいままで知られている変異だけである。それに対してシーケンシングでは、いままで知られていないような稀な変異でも検出できる。

 

 私の場合は、ミトコンドリア病だとしても典型的な重度の例ではなく軽症例と思えたので、シーケンシングの方が向いていると考えられた。

 

 米国のシーケンシングの検査では、あくまで変異したmtDNAの総量が3分の1を超える場合だけ、ヘテロプラスミーとして検出可能であると注意書きが付記されていた。日本の検査会社に資料請求すると、個人に対しては検査の資料は送付できないとのこと。逆にそのmtDNAの検査が受けられる病院を探してもらうと、私の住所ではO大学病院遺伝子診療部が最も近いとのことだった。もちろんより近い病院の方がよかったのだが、受けられないよりは遠い通院をする方がましである。そこで、遺伝カウンセリングを受けるという形で相談したところ、3分の1を超えるぐらいの変異がないと、ミトコンドリア病の症状としても出ないであろうとのこと教えていただいた。残念なことに、ヘテロプラスミーを検出する閾値は記載されていないので、問い合わせないと分からないとのこと。病院で手渡された検査会社による説明書きにも、やはりヘテロプラスミーの閾値の記載はなかった。

 

 私も後になって納得がいったのだが、シーケンシングでも、DNAアレイでも、あらゆるDNA検査で、同じ部分を何回繰り返して測定するかというのは、精度の点から極めて重要だ。この回数はDNA検査によっていろいろな表現で呼ばれていて、"coverage","read depth","depth"(read) depth of coverage、冗長度、深度などがある。coverageの場合は別の意味で解釈されることもあるので、なるべくならdepthの方がいいらしい。とにかく、何回測定したかという意味で、それが結局、米国の検査会社は、mtDNAのヘテロプラスミーについては3分の1より多ければ変異を検出できると、少し素人にも分かりやすい表現をしているということなのだった。depthが示されていないことには、いくらでも検査会社の判断で検査の精度を下げて、手を抜いた検査結果を返すことができてしまうので、depthに相当する数値が示されないDNA検査は受けるべきでない。

 

 しかし、遺伝カウンセリングというのは、1件あたり30分から1時間の相談時間に対して、およそ5千円から1万円ぐらいを課金するという方法がとられる。今回の場合には5355円であった。元になる疾患のDNA検査のために遺伝カウンセリングを受ける場合には健康保険が適用されることもあるようだが、私の場合は元になる疾患を私自身が疑っている状態だから、全額自己負担である。閾値を問い合わせてもらったところで、医療情報は電話では伝えられないから、もう一度自宅から130キロメートル離れた大学病院まで通院して来いと言われたら、往復運賃とカウンセリング料でざっと15千円が失われ、そうでなくとも検査を受けるなら採血のための往復運賃1万円の上に検査費用として41370円が加算されることになる。健康保険が効くとは言われなかったので、検査費用も全額自己負担なのかもしれない。

 

 それに対して、米国での検査は20124月当時の金額で305ドルであった。20149月現在は199ドルまで下がっている。検体の輸送費を含めても、こちらの方が安価と思われた。正直なところ、これだけの手順を経て、mtDNAの検査について相談すると電話で予約してから遺伝カウンセリングを受けたのに、肝腎の閾値が分からなかったことに失望した。

 

 こうして、私は米国の検査を受けることに決めた。

 

 読み進んでいただく前に、お断りしなければならないことがある。本著は日本から海外のDNA検査を受けるのを推奨するものではない。日本でも海外と同等の検査が受けられるのが、本来目指すべき姿である。しかし、現状はあまりにも日本で受けられない検査が多すぎるし、類似の検査があったとしても患者に対して情報がオープンにされていないので、言ってみれば現場的対処として、私個人として米国の検査を受け続けている。しかし、専門用語も含めて全ての内容を英語でやりとりするのは、医療翻訳の仕事を経験して自分を訓練したと言っても、私のようなもともと英語力に問題を抱える者にとっては、リスクが高かったと告白せざるをえない。もしも今後チャレンジする方がおられるなら、高リスク商品を購入してそれに対する評価をお知らせする、いわゆる人柱になるつもりで、好きな言い方ではないが自己責任の範囲で臨んでいただきたい。

 

 本著で米国のDNA検査を受けた体験を記すことで、日本の現状に抗議をしているのかと尋ねられれば、答えはイエスである。ただ、日本の内部事情が込み入っていることも部分的に理解するようになった。詳細はおいおい記していきたいと思う。

 

 米国のmtDNA検査の検体の採取は、驚くほど簡単だった。推奨するものではないとお断りしたので、具体的に申し上げるとFamily Tree DNAという検査会社である。この社名が示すように、この会社が行っている検査の本来の目的は、人種のるつぼと呼ばれる米国で家系図を作成するというソーシャルな応用にあるのだった。例えば、自分の祖先がヨーロッパ人であることは知っていても、どのぐらいイタリア系でどのぐらいイギリス系なのかよく分からないことが多いためだ。そのために、簡易でないはずがないのだが、それでも頬の内側の細胞を採取するとは思わなかった。非公式に"How to Take a Family Tree DNA Test"というYouTubeの動画で検体の採取の手順が具体的に述べられているが、検査会社の公式の動画は別にあって、そちらの方は検体の採取の動画は含まれず、家系図作成という応用面が解説されている。

 

 この家系図作成という応用面について、mtDNAとの関連で概要を示したい。瀬名秀明さんによる『パラサイト・イヴ』というホラー小説を覚えておいでだろうか。生物学の知識がふんだんに盛り込まれているので、SFホラーといった方が適切かもしれない。1997年に映画化され、ブームを巻き起こした。この作品のタイトルにあるイブとは、ミトコンドリア・イブという約16万年前にアフリカに生存していたと考えられる女性に科学者達が名付けた名前にちなんでいる。詳細についてはWikipediaへのリンクを示したが、かいつまむと、ミトコンドリア・イブを頂点として、全ての人類を含む母系の家系図を、mtDNAを比較していくことによって描くことができる。これは図に示すようにミトコンドリアが卵子を介して継承されるため、子に母からしか遺伝しないためである。ミトコンドリア・イブは、旧約聖書『創世記』における、アダムとイブの話にちなんで名付けられたようだが、科学的には史上最初の女性というほど大げさな話ではないようだ。

 

 私が購入したのは、"mt Full Sequence"と表示されている20149月現在199ドルのものである。なお、当時はサンガー法でシーケンシングしていたが、20134月から次世代シーケンシングに置き換わっている。他にも"mt DNA+"というmtDNAの一部だけを検査する59ドルの製品などが販売されていて製品の選び方が多少分かりにくいため、最終的にカートで"mt Full Sequence"だけが含まれているか確認する必要があった。購入してから約10日で検体の採取キットが国際郵便で日本の自宅に届いた。次のイラストで示すように、購入から分析までの流れはどこの検査会社でも同じ様である。

 

 検体の採取方法は、まるで歯磨き感覚だと思った。先述の動画で分かるように、オムニスワブという名称のある種の綿棒で、ギザギサになっている綿棒の先を、頬の内側になすりつけるようにして採取する。それが終わったら、保存用の液体の入ったプラスチックの容器に綿棒の先を入れて、綿棒の軸の末端を押すことで綿棒の先だけが軸から外れるようになっているので、容器を倒さないように注意しながら綿棒の先を容器の中に落として、しっかりとキャップをする。当時私が撮影した中にはよい写真が残っていないので、公式サイトからオムニスワブの形状が分かるものを示す。一応手順も公式サイトで示されているが、結局は先述の非公式動画へとリンクが張られている。

 

 私は強くこすり過ぎて、綿棒の先が赤くなってしまったが、それでもmtDNAは問題なく採取できたはずだ。この検査では、米国内での輸送を前提にしているため、付属している封筒は米国国内用で、日本から検体を送り返すには、FedExを利用しなければならなかった。 詳しくは[FedExでのヒト検体送付の記入例]の節でふれる。

 

 検査結果が出たとメールが届くまで長い9週間が必要で、予定納期よりも遅かったので、何度か問い合わせを行い、ようやく返ってきた検査結果の変異を11つ確認していった。DNA検査のシーケンシングの結果というのは、リファレンス配列と呼ばれる基準になる配列からの相違として結果シートに表記されている。mtDNAの場合のリファレンス配列は、CRS(ケンブリッジリファレンスシーケンス)またはrCRSRevised Cambridge Reference Sequenceと呼ばれるものが採用されている。どちらもヨーロッパ人のものである。20149月現在、リンク先にあるように、人種について中立的で公平なRSRSという新しいリファレンス配列が登場しているが、まだそれほど普及していない。私が受けたmtDNAのシーケンシング結果を以下に示すが、CRSの方が比較対象として用いられている。私はアジア人であるために、同じヨーロッパ人同士で比較するより多くの変異を含んだ結果が返されたはずだ。コーディングリージョンと呼ばれるタンパク質へと翻訳される部分に27個の変異が記されていた。



 
 前の図で黒い文字で"Coding Region:"とある行に赤い文字で"709A"とあるのが、次の図のように、DNA上の位置を表す数値(座位)として、709番目のところで、アミノ酸がAに変わっている、つまり変異があることを意味している。こういった稀に1文字だけリファレンス配列と違っている変異のことを、SNP(スニップ)と呼び、病因性がなかったり、病因性が低い、良性と考えられる変異である。後になって病因性があると分かったときだけ、病的変異という別の名前で呼ぶことになるが、病因性がないか低いものがほとんどであるため、検査の目的として健常者を対象に家系図を作るために販売している今回のようなmtDNA検査では、最初から全部の変異を良性であるSNPとして扱う。こうしたSNPは良性だが、たくさん存在するので、DNA検査を受けた人が持つたくさんのSNPが、リファレンス配列の人物との遺伝的な違いを生じる。今回の場合、リファレンス配列の人物はヨーロッパ人で、検査を受けた人、つまり私は生粋のアジア人であるため、SNPの多くはヨーロッパ人とアジア人の顔形や体格などの違いを表すものである。

 

 11つの変異について検索をおこなうために、MITOMAPというサイトを利用した。MITOMAPは基本的には米国のNIHなどの予算によって運営されていた、ヒトのmtDNAの変異についてのデータベースを構築するプロジェクトであるが、多くの研究プロジェクトと同様に予算をあまり継続して確保できてはいないようで、人員的に苦しいらしくウェブページなどがリンク切れになっていることが稀にある。それでも、rCRSのリファレンス配列に準拠していて、座位の数値を入れるだけで簡単に変異を検索できる簡便さは非常にありがたい。それなりに既成標準として扱われているようで、厚生労働省のサイトにあるミトコンドリア病の説明§の中にも登場する。日本ではGiiB-JST mtSNPデーターベースという日本語によるほぼ同じ目的のデータベースが存在するが、こちらも予算や人員の継続状況があまり分からず、やむなくMITOMAPの方をメインとして使い、GiiBの方をMITOMAPで検索しても情報が少ない場合に用いた。GiiBのリンクのページによると、世界的に複数のmtDNA変異データベースが存在するようで、しかもデータベースの間で検索結果が異なることもあったため、一度の検索で結果に確信をもてないのが残念だ。

 

 結果シートに記されている709Aの変異を検索するために、MITOMAPの検索ページ"709"を入力すると、次の図に示す結果が表示される。



ここで、"Nucleotide Change"(ヌクレオチド変化)として"G-A"と表示されているのが、リファレンス配列としてGだったものがAに変化した変異を、どこかの研究者が過去に登録してくださったことを意味する。私の変異709A"A"と一致しているので、右の方の"references"(参考文献)をクリックする。95件もの文献が表示されるが、このように多数いろいろな疾患の文献が表示される場合には、決定的な病因性がないパターンがほとんどである。

 

 次のフローチャートで示すように、データベースにない変異を発見した場合は、病因性が不明な段階で、単に「変異」とだけ呼ぶ。厳密には、日本人類遺伝学会による遺伝学用語の改定などがあって、異なった表現が存在するが、本著では一番シンプルと思われる呼称を使いたいので、単に「変異」としたい。その他の呼称や英語との対応については、[遺伝学用語の混乱]の節で後述したい。病因性があるかどうかを調べるために「検証実験」を行なって、病因性有りとされた場合には「病的変異」と呼ぶ。病因性無しとなった場合には「良性の多型」やSNPと呼ぶ。これらも別節でもう一度触れたい。

 

 今回の709Aの様に、特に際立った病因性がないにも関わらず、糖尿病やアルツハイマー病など、多数の疾患の遠因とされている場合は、SNPと呼ばれて引き続き研究されていることが多い。そのため病的変異とはみなされていない割に文献が多いという状況になり、文献がたくさん表示されたから必ず病因性が有るということではない。

 

 11つの変異について検索をおこなって、リファレンス配列としてCRSrCRSの違いに注意しながらも、結局全ての変異が既知のものであり、非常に稀なものも含まれているが、病因性と言っても確実に言えるのは糖尿病の遠因になるSNP程度しか含んでないことを知ったとき、また落胆が襲ってきた。誰か他の人のものと、取り違えたのではないかと疑心暗鬼にもなり、ハプログループとしてF1cとアジア人であることが表記されているのが目に止まって、取り違えの可能性はとても低いはずだと自分を納得させた。日本のmtDNA検査に出していれば、それは医療目的なので取り違えの防止策としては極めて厳しい基準が適応されるはずだが、価格とシーケンシング長のコストパフォーマンスが米国の方が優れており、日本の方はdepthに相当する数値が分からなかったことを理由に、米国の検査を選択したのは結局、自分自身なのだった。

 

 参考までに、F1cと記載されていることの意味を確認しておきたい。次の世界地図に示すように、ミトコンドリア・イブ(地図上でL0の根本)が暮らしていたアフリカ南部に始まる人類の旅は、東南アジアに位置する私のハプログループであるFに達するまでに、NRのグループへと外見を変えながら、中東、インド、中国を経ているようだ。ハプログループFは、アジア南部で分岐したグループで、痩せていたため北方には広がらなかったそうだ。2014年当時はWikipediaに各ハプログループの有名人の一覧が作成されていたが、2015年現在削除されたようだ。それによると、Fの場合は、舞の海などが含まれていた。なお、悲しいことに、ハプログループFの人、特に女性は糖尿病を罹患しやすいことが学術的に証明されているそうである。後々の節で述べる私の23andMeの検査結果でも、糖尿病のリスクが高いと示された。

 

Fuku, Noriyuki, et al. "Mitochondrial haplogroup N9a confers resistance against type 2 diabetes in Asians." The American Journal of Human Genetics 80.3 (2007): 407-415.

 

Japanese subjects in haplogroup F had a significantly increased risk of T2DM (OR 1.53 [95% CI 1.16–2.04], P=.0032), whereas those in haplogroup N9a tended to have a reduced risk for the disease.

ハプログループFの日本人の被験者は、2型糖尿病に罹患するリスクが有意に高く(オッズ比 1.53 [95% CI 1.16–2.04], P=.0032)、その一方でハプログループN9aは罹患するリスクが低い傾向がある。

 

 DNA検査が普及するにつれ「人類皆兄弟」的な巨大な家系図を作成するというのが現実のものになろうとしている。結局ヨーロッパ人とアラブ人は、アジア人よりもお互いに近いことが再認識されるのに、戦争やテロが生じているのは、いろいろと考えさせられる。アジア人とアフリカ人の違いを兵器に応用する方が容易であるのに、ミトコンドリア・イブから辿るうちに、アジア人がアフリカ人から離れて発生したため両者の戦争はほとんど起こらず、同じ有色人種として両者はそれなりに仲が良い。したがってエスニックウェポンの話題に対して鈍感である。その一方で、ヨーロッパ人とアラブ人の違いを兵器に応用するのは困難なのに、皮肉にも兄弟姉妹と言ってもいい両者は、仲が悪いことが多い。特に問題は良くも悪くも我らが同盟国である米国である。エスニックウェポンが今まで英語圏でしか大きなトピックにならず、日本人は無関心でよかったのは、おそらくこういう事情による。それ以上のことは、みんなで家系図を作りながら考えていくしかないのだろう。



読者登録

草戸 棲家さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について