目次
はじめに
はじめに
宗教的表現について
研究者の方々へ - 検証中の仮説
外部リンクの表記、Android対応、訂正箇所のご指摘のお願い
概略
現在の症状
息子の誕生
さらに遠い通院へ
知らされなかった検査結果
アミノ酸分画検査結果
タンデムマス検査結果
合っているかもしれない仮説
閑話休題:創作話 トリケラお母さんの悲劇(# ゚Д゚)
DNA検査の実体験と仕組み
ミトコンドリアDNAの検査
ヒットカウント分析および共起性分析
23andMeのDNAアレイによる検査 - 販売停止命令に至る経緯
遺伝病とコモンディジーズの違い - 優性遺伝と劣性遺伝
ヒトはヒトであるが故にヒトの病を患う
コモンディジーズの検査方式 - アバウトなGWAS
23andMeの深刻な検査結果 - 統計の改善による影響
23andMeのその他の結果
エクソームシーケンシング
コモンとレアの重症度分布 - アレル頻度とエフェクトサイズ
個人向け遺伝子検査の選び方 - 罹患人口カバー率指標
閑話休題:製作物 DNAツリー
希少疾患と難病の制度および数値
希少疾患と難病の違いと制度的起源 - 日米欧比較
赤信号みんなで渡れば - 真面目な日本人の最悪の集団行動
もっとも希少な希少疾患 - 70億人にたった一人
もっとも正確な希少疾患の数 - 毎日約1つ希少疾患が増える?
希少疾患全体の罹患率 - 全部合わせると10~14人に一人
診断に至るまでの年数、または遅延 - 28年?!
GINA(ジーナ) - DNA検査時代の国民、患者を守る法制度
国民皆保険の功罪 - 患者をチェリーピッキングする医師達
節としてまとまらなかった事柄
希少疾患と感染症
感染症と希少疾患の関係 - 未診断の希少疾患という重症化因子
予防接種の健康被害としての未診断の希少疾患
希少疾患としての感染症 - 米国のAIDSの歴史
見えないところに死体の山
医師に頼らない因果関係の追求 - 脳症の本当の原因
更に複雑な感染症の話
医療訴訟が生み出す二次被害 - 無過失賠償制度の必要性
辛い記憶
両親を批判することについて
両親への間違った説明
辛かった学校生活
体育の次の時間に倒れてしまう
電車とバス
繰り返し運動による寝られぬほどの筋肉痛
食事の前後の発作
進化と感染症の間の遺伝性疾患
進化と感染症の間の遺伝性疾患
仮説の更なる展開 - 発見され増加を続ける希少疾患
卵子と精子の間の変異の導入の違い
感染症と遺伝性疾患で重度となる役割 - 男性淘汰進化説
絶滅のシナリオ - 感染症と遺伝性疾患の袋小路
進化のスピード調節 - もっとも強く訴えたいこと
進化と遺伝性疾患の「必然性の枠内の偶然性」
ダーウィンのUNdiagnosed
そして各論へ
遺伝学用語の混乱
遺伝学用語の混乱:genetic、遺伝か起源か
de novo変異 - 両親から受け継がれない優性遺伝の変異
個人向け遺伝子検査のガイドラインの乖離
みんなが保因者の劣性遺伝病? - 平均約10個の遺伝的荷重
劣性病的変異の健常者への影響 - 遺伝子プールの浄化説
あとがき
あとがき
これ以降分冊予定
▲▼そして各論へ
検証実験の山 - バッチ型検証実験の提案
希少疾患の中の更なる希少な患者群についての予測
環境因子か遺伝因子か
代謝異常についての進捗
遺伝子検査の2つの嘘
生まれの平等性または不平等性
▲▼生まれの平等性または不平等性
新型出生前診断と着床前診断 - 技術的に◯、倫理的に☓
生まれる前のDNA検査 - 科学的因果関係の追求ライン
技術としてのNIPT - 生まれのDNA検査の技術予測
我が子に故意に良くない遺伝因子を許容する親の罪
ディストピアな未来像 - 生まれの平等性が崩れた世界
不妊という社会問題 - 男性不妊と父性年齢効果
中絶による母体へのダメージ - 次の妊娠がうまくいく確率
着床前診断の問題点 - NIPTとの倫理的違和感
不妊治療としてのPGD - 不妊としての遺伝性疾患
生殖医療のリアルの写真
男女産み分けの国際比較 - 海外での生殖補助医療のリアル
着床前診断の潜在的なリスク - 子と女性へのリスク
フィルターされた人々による生まれの平等性、不平等性の支配
遺伝学用語の混乱:variation、多様性か変化性か
人権に基づく多様性、人権に基づく変化性
男性不妊と劣性遺伝病の完全予防 - 22世紀の精子起源工学
その他 - うまく分類できずとも価値のあるトピック
DNA検査の結果の公開 - シーケンシング機会の平等性
進化における神の概念
mtDNAとY染色体の永代性 - 未来の血縁者の不利益
奥付
奥付

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生まれの平等性または不平等性

▲▼生まれの平等性または不平等性

▲そして各論へ

▼生まれの平等性または不平等性

 

 前の章「そして各論へ」が節の順番を意識しなくても読める章、閑話休題的な章であったのにたいして、次の章「生まれの平等性または不平等性」は、本著のほぼ中心部分であり、クライマックスである。生まれる、ということが、どれだけ不平等な仕組みにより支配されていて、胎児の「間引き」という異常に過酷な手段が、なし崩し的に導入され、今後更に間引きの対象疾患が拡大されようとしている現状について述べていく。ひいては、我々が日本人であることの起源を探りながら、22世紀に向けてもっとも実用的と考えられる、生まれの不平等性と間引きの両方を同時に解消する方法を提案する。それが胎児を間引かずに、精子の方を徹底的にフィルタリングし、改変を加える、SGEである。

 


新型出生前診断と着床前診断 - 技術的に◯、倫理的に☓

 次の節から、新型出生前診断(NIPT)と着床前診断(PGD)について、DNA検査の観点から入ってかなり深くまで述べることになる。私自身が確定診断を得るためにシーケンシング結果を公表するという倫理的争点なので、もともと倫理の問題に本著は立ち入りやすく、次世代シーケンシングという同じ技術を用いているNIPTについても、当初予想していた以上に深入りすることになってしまった。本節では、最初に誤解なきよう、私が技術的にはNIPTやPGDに賛同しながら、倫理的には一時的に大反対すべきだと考える理由を述べる。

 

 最初に、本章は、全体として、これまでのDNA検査の章、感染症の章、進化の章といった章よりも、まとめるのが困難になっていることを認めたい。現在もまだ模索中の部分が多い。

 

 現状として、NIPTおよびPGDこそが、遺伝病および染色体異常の根本治療戦略であり、既存の患者を治療することはできないが、新しく生まれてくる生命を我々が味わっているような苦しみから開放することができる、唯一にして最大の手段である。ただしNIPTの方には中絶によるアッシャーマン症候群、PGDの方には1990年から始まったために生まれた子に成人病といった人生の後期に発症する疾患の罹患率が高いかどうか、未検証の部分がある。問題なのは、NIPTもPGDも日本では倫理的問題をかかえ、互いに倫理面で整合性がない。NIPTが学会基準により認可されるならPGDもまた透明性の高い基準で認可されるべきだし、その逆であれば、理想的には、どちらも法により禁止すべきである。現状は倫理よりもNIPTが採血で済むという効率性が前面に出たきわめて不公平な状態が発生している。もちろん国内で実施しないだけでなく、海外で受けた者、海外へ卵子や受精卵を送って受けた者に対する罰則も含めてである。犯歴さえ残れば効果的と考えられるので軽度の罰則で十分と考えられる。しかし、あくまで「理想的には」である。

 

 ダウン症候群の患児、患者の多さ、ひいては患者会としての活動力の強さが、NIPTとPGDの導入に暗い影を落としている。本著でNIPTとPGDが「間引き」であることを倫理的には強調するものだが、欧米でNIPTやPGDの技術が検証され完成されるにつれて日本との差が広がりつつあり、PGDの規制が結果的には、お金さえあれば国外でPGDを受けて健康な子を男女産み分けして産めると考える人口を、不妊治療に絡んで増やしている。長期的にはNIPTにもPGDにも反対し続けることは不可能であり、私はNIPTやPGDに対して一時的に大反対をして、NIPTやPGDによりダウン症候群の患児の出生が減ることで行政の支出が抑制される分を5割以上程度、ダウン症候群の患者か患者会に還元するように要求する方が現実的であろうと提案する。その大反対の際には、NIPTが将来的には全ての遺伝性疾患の間引きを対象とするであろうと技術予測ができるので、他の遺伝性疾患の患者会にとっても対象となるのは時間の問題であり、ダウン症候群と同じ立場なのだと訴えていくことを提案する。ただし、NIPTに全面的に反対すると、8~9割が1歳の誕生日を待たずに天に召される18トリソミーと13トリソミーの患児がNIPTへの反対運動により発生してしまうので、あくまで18と13トリソミーについては、NIPTに反対はしない、21トリソミーについてのみ反対している、18と13のNIPTを21のNIPTとセットにしているのは、行政と医師の都合であり、あくまで21トリソミーのNIPTについてのみ反対する姿勢を明確にしたほうがいいであろうと思われる。

 

 他の遺伝性疾患が一般に寝たきりになるのに対して、ダウン症候群は逆に元気になるという非常に特殊な存在である。私は自分の調べてきた様々な病気とダウン症候群を比較してある一つの仮説を建てた。ダウン症候群はヒトへの進化の途上に存在した染色体増加現象の主役ではないかという仮説である。つまりヒトとチンパンジーの共通祖先は、その前の種のダウン症候群みたいなお父さんとお母さんが産み、育てたのであろう主張して・・・みている。これがどのぐらい当たっているかは分からないが、調べてみるとカール・ユングを始めとして染色体が46本から48本へと増えることがヒトの進化であると考える学者は存在する。その中間である47本たるダウン症候群は、寝たきりではなく元気になる、生殖能力は特に男子では健常者より少ないが、それを補うかのように性欲が強い、つまり頻度で子孫を残そうとしているかのように思える。心臓といった臓器の問題さえなければ、自然環境では知能が低いのは現在ほど大きな問題ではなく、子供を産んで育てたのではないかと思われる。現在のように80年も生きることはなかったので、お父さんお母さんとしての役割を終えたら死んだところで、子を残したことが唯一で最大の成果だった時代の話である。心臓の問題もそれほど大きくはなかったのかもしれない。

 

 また、ダウン症候群を通じて46本から47本へ、47本から48本へと二段階で染色体を1対増やそうとすると、両方の場合で、半分異なる進化した姿の種を、産んで、育てるという行為が必要になる。私はこれが、ヒトの幅の広すぎる愛情の起源なのではないかと思う。なお、チンパンジーとヒトの共通祖先は48本で、ヒトに進化するときに2対が1対へと継ぎ足されて46本に戻った。本数は減ったが長さとしては増えている。愛情というのは、進化的には自分の子供に対してのみ発揮された方が生存のためには有利であるはずなのに、ヒトは他人の子にも愛情を覚え、さらにはイヌやネコといった異種までにも執着する。これは生存のためにはマイナスにしかならない。特に、子供が変なトカゲや蛇や小動物に興味をもって何となくかわいいと思って近づいた結果、噛まれて感染症や毒で死亡するといったことは自然環境では頻繁に起こったはずで、異種に対する愛情というのは進化的には害以外の何物でもない。長年、私の中でヒトの不必要に幅の広すぎる愛が謎だったのだが、半分進化して姿が変わった存在であるダウン症候群を愛さなければ生き残れなかったとすれば、説明可能である。つまり、我々はダウン症候群のことをかわいいと思うように言ってみればプログラムされていることになる。多少目の配置とかが違っても、それをかわいいと感じるように我々はできているのだろう。さらにダウン症候群のお父さん、お母さんも、半分異種である共通祖先を愛したから今日の我々が存在すると考えられる。二段階で異種への愛が試されたのではないだろうか。そう考えるとヨーロッパ人から見てダウン症候群の患児がアジア人のように見えたので、かつてモンゴロイドと呼ばれたという事実と、[外国人ハーフによる小進化...]の節で述べているヨーロッパ人に近い人種のお父さん、お母さんからアジア人の姿の子が生まれた、そして可愛いから他の子よりがんばって育てたのが今日のアジア人なので、アジア人はより子供ぽくて親の愛を得やすい姿になったのだ、という仮説の間で、偶然ヨーロッパ人のダウン症候群の患児と我々アジア人が似たと考えるよりは、必然的に似たとも考えることができる。

 

 また、高齢妊娠・高齢男性授精をするという状況は、自然環境においては男女が巡りあうのに40歳近くまでかかったということになり、種の集団の個体の数が激減して、絶滅寸前の状態である。この状況でダウン症候群が高頻度で生まれてくるのは、絶滅寸前であることに対応して、進化を促進しようとしようとする作用が働いているのではないだろうか。こう考えると、単一遺伝子疾患と同じく、ダウン症候群が進化の犠牲者、必要悪である可能性は非常に高く、・・・もしも染色体としての進化を促進する存在であると、他の動物の似た例か何かが発見されて学術的に証明されたなら必要悪ではなく、まさに必要ということになるのだが。ともかく、進化の犠牲者ならば、進化の頂点として健康な生活を謳歌しているヒトの健常者の方々が、NIPTの対象として最初に指定されてしまったダウン症候群への助成の増額を認めてくれてもいいのではないだろうか。もちろん、最終的には他の遺伝性疾患もそうなった方がいいという思惑はあるが、ダウン症候群で無理なら他の遺伝性疾患でも無理であろう。

 

 ダウン症候群が染色体の進化の主役と考えると、ダウン症候群に罹患すると逆に元気になるという他の病気ではありえない特徴が説明可能である。過去において染色体が増える途中で、強くなければ次の種へと生命を繋ぐために生き残れなかったからだ。そうして元気という特徴をもってしまった結果、ご両親がご高齢になり病気になった際に、患者会が人を雇ってダウン症候群のお子さんのところに派遣するぐらいの費用は今後ますます必要になると思われる。これまではダウン症候群の患者のご両親同士で助けあって乗り切った部分が、若いダウン症候群の患者がNIPTにより増えなくなることで問題が深刻となるので、NIPTにより新しいダウン症候群の患児が増えないことによる行政の予算の抑制分を、全部ではなくとも半分ぐらいはダウン症候群の患者会が得るのは論理として通用すると思うのだ。行政と医師は新しい生命をダウン症候群から守るという倫理に基いてNIPTを導入し、倫理に基いていたからなし崩し的に導入が進んだのであって、ダウン症候群に対する行政の支出を抑制するためだとは一言も言っていない。ならば、結果的に行政の支出が抑制される分を、ダウン症候群の患者会の弱体化を補うために使うのは、問題がないはずということになる。そうならないならば、やはり「次世代の日本国民の間引き」であるNIPTとPGDは、どちらも国民投票により対象疾患として18、13トリソミーだけでなくダウン症候群を含むべきかどうか決めるべきであろう。

 

 この目的のために、多少は現在のNIPTの問題点を突くことが必要で、口にせずとも疑問に思っていることを取り上げた方がいいと思われる。現在日本ではNIPTとして一社独占の形で性能が悪くて値段が高いシーケノム社のNIPTが採用されている。しかしこの会社は、2009年に大きな不祥事を起こしている。どうやらNIPTの治験成績を改ざんしたようである。こういった不祥事を起こしてまだ5年も経たずに復活して来るようなDNA検査会社は日本のNIPTコンソーシアムなどを通じて、医師にしかるべき何かを配っているのではないかと疑う方が自然であろう。もしも3D超音波装置などという金額はかかるが患者の利益にもなると思われる装置を配っていると、多少、どうすればいいか分からなくなるが。ともかく、不祥事から5年で完全復活して日本に1社独占で販売できてしまっているのは、何かを配っているのは間違いないであろう。

 

 技術的には長期的に考えてNIPTやPGDを支持・擁護し、倫理的には一時的に大反対をするという、私の立場は複雑だが、このようにして説明するための努力は行っているので、どうかご理解いただけると幸いである。

 


生まれる前のDNA検査 - 科学的因果関係の追求ライン

 [環境因子か遺伝因子か]の節で、迷った際には、その中間の半々という仮定を導入することで、極端な判断を避けるべきだと述べた。この仮定は、子にとって人生最初の、そして場合によっては最後の、遺伝学的意思決定である、出生前診断と中絶に対しても有効かもしれない。

 

 用語として、[遺伝学用語の混乱...]でまとめたように、遺伝病というとメンデルの法則で遺伝する単一遺伝子疾患を指し、遺伝性疾患というと遺伝病と染色体異常症を合わせて述べる。

 

 新型出生前診断の略称として、NIPTを用いる。新型出生前診断という名称は日本で名付けられたものであり、略称が存在しないため不便である。技術的な発祥の地である米国を始めとして世界中でNIPT(Non-Invasive Prenatal Testing)またはNIPD(同 Diagnosis)と呼ばれているため、ヒットカウントでは新型出生前診断の方が大きいものの、詳細な文献を探すことはできない。以下にグーグルを用いたヒットカウント分析の結果を示す。

 

"Non-Invasive Prenatal Testing" 約 65,200 件

"Non-Invasive Prenatal Diagnosis" 約 56,500 件

"Non-Invasive Prenatal" NIPT 約 23,900 件

"Non-Invasive Prenatal" NIPD 約 16,000 件

 

"新型出生前診断" 約 98,800 件

"新型出生前検査" 約 19,600 件

"無侵襲的出生前検査" 約 4,730 件

"非侵襲的出生前診断" 約 1,260 件

"非侵襲的出生前検査" 約 348 件

"無侵襲的出生前診断" 10 件

"非侵襲性出生前検査" 7 件

"無侵襲性出生前検査" 3 件

 

日本語と英語であまり対応しておらず混乱がみられる。診断と呼ぶか検査と呼ぶかは、微妙なニュアンスの違いで、一般的には診断の方が検査とカウンセリングの両方を含むことが多いのに対し、検査の方はカウンセリングを意識せず技術的意味で用いることが多い。本節ではその部分はあまり触れずに、短くて普及しているNIPTを用いたい。

  

 妊婦の血液採取だけで21トリソミー(ダウン症候群)、18トリソミー(エドワーズ症候群)、13トリソミーを検査できるNIPTが開始された。現状、都会の病院に何度も通院できて費用が支払える者に限るという条件がつくことは、後の節で、貧困層だけからトリソミーが生まれるという新しく導入される格差の課題として扱いたい。生命倫理の建前論から反対している知識人達も患児が生まれたら自分達が代わりに育てるとまで公言して反対している者は、知る限りいない。むしろ、生命倫理の観点から反対するのは全く逆ではないかという考えをまず最初に述べたい。

 

 「生まれたら」、と何気なく記してしまったが、常染色体トリソミーは生まれずに胎児までの段階で天に召される症例の方が多いのである。特に18トリソミーと13トリソミーはそうで、生まれても一歳の誕生日を迎えられる患児は僅かである。具体的には、18トリソミーで一歳の誕生日を迎えられるお子さんは10%と述べられている。13トリソミーについては20%と読める。21トリソミーでは88~96%と読める。トリソミーという疾患全体の基本的な特徴として、番号が若くなるほど重度である。つまり、重症度は21<18<13の順となっており、逆に患児の数は21>18>13となる。だから、13の方が18より1年生存率が高いというのは、おそらく、文献の記された国や年による影響であろう。近年になるほど日本の1年生存率はNICUの整備により伸びているはずである。Wikipediaでは情報が少ないので、18トリソミーの患児会と、13トリソミーの患児会へのリンクを示す。

 

 これ以外の常染色体トリソミーはなぜ存在しないのかという疑問が浮かぶが、重度すぎて出生まで至らず胎児の段階で天に召されること、つまり流産すると述べられている。トリソミーになっても症状が比較的軽度の遺伝子ばかりが載っている21、18、13だけが産まれることができた疾患として患児を数えられるという状況である。しかし、「比較的軽度」などと言うのは、とんでもない話で、様々な遺伝病と比較してもトリソミーの重症度は非常に重い方である。しかし、これらトリソミーが全て「症候群」と呼ばれている理由は、患児によって重症度に大きな幅があるためである。この理由は、推測だが、関与する遺伝子の数が染色体一本分ととても多いため、3本の染色体の上にのっている変異やSNPの相性によって、重症度に幅ができてしまうものと思われる。

 

 具体的にどのぐらい幅があるのかという画像検索の結果を示したいが、その前に、抗うつ剤を処方されている方々は、以下のリンクをクリックする前に、処方量を守って服用したことをご確認いただきたい。これからご両親になられる方々のうち、妊婦の方々は、画面から目をそむけた上で、先に男性の方に見るように促していただきたい。産婦人科医の方々は患者の心を守るという医師としての努めが半分、不妊治療を続けさせるという打算が半分でリアルを患者に伝えないが、私にはそういう義務はなく、その代わりにやはり科学的にどこまでがリアルなのかを追求した上で、後から過酷な科学的追求から心を救う方法を考えることにしている。私から見ると産婦人科医の方々は過保護すぎると思え、私も後から気付いたのだが、人の親になるにあたって、様々な病気と直面していかなくてはならないのである。どんな病気なのか、患児の姿をまず知らずに、文章による説明だけでNIPTを受けるかどうか考えるというのは無理がある。このような長い前置きを置くだけの理由があるとご理解いただいた方々だけ、クリックしていただきたい。

 

18トリソミーの患児達(閲覧注意)

 

13トリソミーの患児達(閲覧注意)

 

21トリソミーについては、詳しく別の節を設けるため、ここでは示さない。21トリソミーは全体的に比較的軽度なはずだが、心臓病といった画像では見えない部分の重症度が患児により幅がある。

 

 私は、様々な遺伝性疾患がヒトがここまで進化してきたことの代償を支払わされている、犠牲者であると主張している。おそらくこれはトリソミーといった染色体異常症にもあてはまるのではないかと思う。高齢になってから出産するとダウン症候群が増えるのは、男女が40歳近くにならないとめぐりあわないほど個体数が少なくなった状況であり、自然環境で考えると絶滅寸前である。環境に適応できずに絶滅を待っているこの状況では、種としての変化が求められるはずで、21、18、13トリソミーも他の遺伝性疾患と同様に進化の犠牲者であろうと思われる。つまり、進化的に都合がよいから染色体異常症という疾患が抑制されずに現在まで残ったのであろう。言わば、進化の代償として、我々には染色体異常症を引き起こす機構が内蔵され、多数が助かるためには、無作為に神の見えざる手により選ばれる少数が犠牲とならねばならないのであって、そういう意味で、社会は染色体異常症の患児に感謝して、支援の手を差し伸べていただいてもいいのではないだろうか。ただ、科学的因果関係として複雑なのは、ご両親の年齢に依存するという部分と、ご両親自身が何らかの染色体異常症を患っている可能性が存在する点である。これらは遺伝病も同じで、結局自身が検査を受けて、今後の妊娠がどうなるかを分かる範囲で調べ、それぞれのやり方で納得していくしかないであろうと思われる。[中絶による母体へのダメージ...]の中で、NIPTで陽性となった場合に次の妊娠が問題なく進む確率を検討する。

 

 ここまでで分かるように、実は、NIPTで21、18、13を分けて考えていないことで、混乱が生じている。確かに18と13は成人の患者が存在する21と比較すると人口として圧倒的に少数派なのだが、本著は希少疾患について調べている。もしかすると検査の申し込みの上では、21だけを受けないという選択肢が記されているのかもしれないが、検査費用としての21万円が安価になるわけではないため、選択肢が用意されていたとしても3つのトリソミーをまとめて受ける妊婦が多数であろうと思われる。18と13は、21と比較して非常に平均寿命が短く、奇形も多いため、21とはまた違った倫理的選択がありうるであろうと思われる。つまり、運がよく元気で、比較的長生きした患児のご両親のコメントだけが注目され、そもそも流産してしまってご両親とは呼ばれなくなった方々のコメントはほとんど注目されない。これは染色体異常症で際立ってはいるが、単一遺伝子疾患でも似た状況である。ダウン症候群全体の中の軽症例だけを我々は報道で知っているのであって、重症例ほど表に出ない。私は、本著の最初の方で約23000個の遺伝子に変異がばらけるから遺伝病は希少疾患となるのだと仮説を建てたが、おそらくトリソミーについても23対の染色体にほぼ同じだけ不分離による膨大な人数のトリソミーの患児が存在し、我々は出生した患児だけしか気にしていないということなのではないだろうか。生命の平等性に本当に着目し、胎児もりっぱな生命だから中絶はだめだと主張するならば、流産して生まれなかった胎児の数も統計から探し出してきて述べるべきなのである。そうしないのは、やはり、生命は卵子や精子に近いほど、手足を持つヒトの形をとっておらず、また中絶となった場合の痛みも感じにくいと考えられるからではないだろうか。

 

 したがって、18、13トリソミーについては、特に先述の画像検索の結果として示したような奇形が3D超音波で明らかに確認できた場合、ご両親が二度とあかちゃんを望まないほどショックを受けてしまう前に、また闘病に伴ってノイローゼを患う前に、なるべく早い段階で中絶をする方が適切とも考えられる。しかし、本著の冒頭で「科学はこころを救わない」と述べたように、ショックを受けたりノイローゼを患う場合というのは、科学的因果関係を追求する人たちだけの問題で、因果関係の追求を、次の妊娠の際にどういった問題が予想されるかだけに留めれば、乗り越えることが可能な問題でもある。具体的には、ご両親のDNA検査や染色体検査をして、産婦人科医が問題なしと言えば、それを信用して自分では必要以上に調べないことも、こころを守るための一つの選択と言える。しかし問題はもうひとつあって、母親、父親のうち、父親の方が理系の考え方をして因果関係と追求するために、母親の方が因果関係を追求したくないのに苦しむといった状況が、インターネットで疾患の情報を検索出来る時代になってから頻発していると思われ、また母親だけが因果関係の追求に拘る場合も、理系女子が増える時代なのだからありうると思われる。ご両親のうち因果関係の追求に拘らない方が、拘る方に、どこまで因果関係の追求を望むか、確認と念押しが必要であろうと思われる。

 

 もしも産婦人科医がよい人だったり、遺伝カウンセラーの方がいたりする場合には、どこまで拘るかという問題そのものにアドバイスを求めるのも一つの手である。どこまで拘るかを早めに合意しないことには、子の生まれに関することだけに、両親ともが包括的な知識がない中でむやみに真剣になり、最終的に離婚まで至った夫婦も多いはずである。[希少疾患全体の罹患率...]でも欧州の患者会による文書から別の遺伝性疾患の悲惨な例を示した。子が病んだままそんなことになった場合は悲惨だが、健常者の家庭でも稀に虐待といったことが起こっているこの社会ではそれが現実である。しかし、そんなことを調べても不愉快になるだけなので統計としては存在しないだろう。子の疾患の原因を自分ではなく夫や妻が原因と考えたり、逆に自分が原因と決めつけたりと、半分は科学的に真実なのでこれらは否定が難しく、「どこまで因果関係に拘るか」決めることが重要なのだと認識するまで時間がかかるのが普通である。私自身がそうであった。極端なことを言えば、最終的にどこまでもこだわれば心中という道しか残されなくなるため、早めに「このぐらいまでやって諦めよう」「あなたもこんなに調べたら気が済むでしょ」というラインを設けることが重要である。おそらく、これは中絶を選択した場合と選択しない場合の両方に当てはまる。

 

 NIPTに話を戻すと、将来の話だが、21トリソミーは患児数また成人した患者数が多くGWASやDNA検査に基づく比較が適用しやすいため、NIPTにより心臓病といったより細かい区分で重症度が判断できるようになる可能性がある。そういった場合に、やはり一つの基準として1年生きられる見込みが何割かという観点から、ご両親になるべく正確な予測確率をお伝えして、判断材料を提供すべきではないだろうか。21トリソミーはあまりにも長生きされている患児とそのご両親の声だけが前に出すぎている。4~12%の1歳を超えることなく天に召されたダウン症候群の患児の方が苦しく短い人生を歩んだはずなので、こういった予測が可能になるのであれば、これらは重症度としては18、13の方に近い症例ということになる。ダウン症候群を患っている方々の中には比較的軽度でも長く生きれば苦しいのだと考える方々もおられるかと思うが、自らが苦しいからこそ、なおさらそういった苦しみを新しい生命に味合わせるべきではないのではないだろうか。いずれにせよダウン症候群は、症候群であるので、重症度に大きなばらつきが大きいことを前提に、NIPTそのものも改善していくべきと考えられる。

 

 念のため、再度ご留意いただきたいのだが、私はNIPTに技術的には賛同するが、DNA検査としての技術面から調べれば調べるほど、NIPTが将来的に遺伝性疾患全体を対象とするであろうと技術予測ができるため、倫理的には、遺伝性疾患全体で一度は大反対をした方がいいと考える。詳しくは後々示したい。

 


技術としてのNIPT - 生まれのDNA検査の技術予測

 念を入れての繰り返しになるが、私はNIPTを技術的には支持・擁護するが、DNA検査としての技術面から調べれば調べるほど、NIPTが将来的に遺伝性疾患全体を対象とするであろうと技術予測ができるため、倫理的には、遺伝性疾患全体で一度は大反対をした方がいいと考える。本節は、特に技術面について述べるので、NIPTについて、特に賛同的な内容を含む。

 

 NIPTにはエクソームシーケンシングや全ゲノムシーケンシングと同様に、次世代シーケンシングの技術が応用されている。多少まんが的に図として示すように、母親の血液中に混じっている胎児のDNAを、次世代シーケンシングで染色体を区別して測定して、母親のDNAとの比率を求めて、胎児の特定の染色体の数を推定する。詳しく描いても理解不足がばれるだけなので、胎盤で血液が混じらずにDNAだけが混じる仕組みなどは描かずに、多少単純化したのはお目こぼし願いたい。2014年9月現在、日本で理由はよく分からないが1社独占の形で行なわれているが、世界的には、Sequenom社MaterniT21 PLUSの他に、Natera社Panorama、Ariosa社harmony、Illumina社(またはVerinata社)verifi、BGI Health社NIFTY、Berry Genomics社BambniTest、LifeCodexx社PrenaTestと、7社7製品ほどあるようだ。多くは略図として示した理解で合っていると思う。2012年の世界市場シェアはMaterniT21 PLUS、NIFTY、harmony、verify、BambniTestの順だったようだ。精度もずいぶんと違うが価格も3倍以上違うようで、最終的には妊婦か、将来的にはできれば保険組合が、支払うことになるので価格競争が望まれる。中でも、Natera社Panoramaは価格が日本で採用されたMaterniT21 PLUSの半分なのに、感度92-99%、Accuracy(特異度?)100%と上回っている。同社のウェブページに掲載されている他社との比較を見ると、どこまで鵜呑みにしていいのか分からないが、驚異的な特異度の高さである。この偽陽性率だけに着目した比較が、"Minimal False Negatives"として示されているが、やはりとても優れている。この理由は、私が描いたまんが的な図と方式が違って、妊婦向けの説明によると、妊婦の血漿から妊婦と胎児のSNPを、妊婦の白血球から妊婦のSNPを、それぞれ決定して比較するという方式によるようだ。"Published articles that relate to..."の2番目に示されている文献によると、このSNPの数は19,488個ということらしい。この方式は、NIPTを遺伝性疾患全体へと拡大するための実証例となると思われる。ではなぜ、この製品が日本で採用されなかったかというと、特許訴訟が問題ではないかと推測される。2013年8月の時点では、Natera社よりもSequenom社および大もとの発明者のデニス・ローに有利な判決が出ていたようだ。デニス・ローは香港で生まれ米国で学んだ研究者で、2014年9月現在は香港中文大学の教授をしている。1冊だけだが、日本語翻訳版としてPCR技術についての教科書*も出しているようだ。香港の人たちからWikipedia上で歓迎されているようで、日本での山中伸弥のような存在になりつつあるのかもしれない。

 

 私が、将来的にNIPTが遺伝性疾患全体へと対象疾患を技術的には拡大すると考えるのは、NIPTの原理を作り上げたデニス・ロー自身を含んで、対象疾患を拡大する方向で研究が進んでいるからである。

 

Lo, YM Dennis, et al. "Maternal plasma DNA sequencing reveals the genome-wide genetic and mutational profile of the fetus." Science Translational Medicine 2.61 (2010): 61ra91-61ra91.

 

父親からも採血を行い、母親のものと比較することで胎児の全ゲノムの塩基配列を決定する手法について、具体的に述べられていて、Fig.1に母系と父系の比較の手法がまとめてある。日本語で概要をまとめてくださっているウェブページもある*。Google Scholarによる引用元の数は2014年12月で258である。

 

 デニス・ローの研究グループ以外にも、複数の研究グループで研究が進んでいるが、この258というのは、どうやら飛び抜けた数値である。引用元の数の順に並べてみる。

 

Kitzman, Jacob O., et al. "Noninvasive whole-genome sequencing of a human fetus." Science translational medicine 4.137 (2012): 137ra76-137ra76.

引用元 151

 

Fan, H. Christina, et al. "Non-invasive prenatal measurement of the fetal genome." Nature (2012).

引用元 134

 

Bustamante‐Aragones, A., et al. "Prenatal diagnosis of Huntington disease in maternal plasma: direct and indirect study." European Journal of Neurology 15.12 (2008): 1338-1344.

引用元 38

 

Norbury, Gail, and Chris J. Norbury. "Non-invasive prenatal diagnosis of single gene disorders: how close are we?." Seminars in Fetal and Neonatal Medicine. Vol. 13. No. 2. WB Saunders, 2008.

引用元 38

 

Bustamante-Aragonés, Ana, et al. "Non-invasive prenatal diagnosis of single-gene disorders from maternal blood." Gene 504.1 (2012): 144-149.

引用元 14

 

Hill, Melissa, et al. "Views and preferences for the implementation of non‐invasive prenatal diagnosis for single gene disorders from health professionals in the united kingdom." American Journal of Medical Genetics Part A 161.7 (2013): 1612-1618.

引用元 11

 

今後も研究が進み、装置としてのシーケンサーの性能も今後もムーアの法則のごとく向上していくので、それに合わせてNIPTの精度は向上し対象疾患も拡大していくと予想される。技術的には。

 

 遺伝性疾患が追加されていく優先順位としては、GeneReviewsの出生前診断の節に基づく基準が知る限り最も詳細で適切と思われる。GeneReviewsには日本語版が存在するが、医療従事者でない者による利用のされ方に敏感なサイトのようなので、リンクを示して歓迎されるとは限らないので、ここでリンクを示すことはしない。検索すればすぐに見つけることができる。

 

 GeneReviewsで述べられている基準で、NIPTに真っ先に追加されると思われるのは、知能に影響を与える遺伝性疾患である。具体的には、逆の場合として「知能に影響を与えない」疾患については、「出生前診断は一般的でない」と述べられている。極端な場合として典型的な無脳症の場合には、ほとんど知能が存在しないので、生後死亡例としてカウントされないことさえあるそうだ。ダウン症候群がNIPTの対象疾患として含まれて実施されているのも、他の一部の疾患ほど深刻でないとは言っても、知能に影響を与えているためと思われる。これらは高学歴の医学部教授達が決めた、知能の高い自分たちの立場を社会的に高めるための主張だと批判することは現段階では可能である。平たく言ってしまうと事実上、ヒトの「間引き」を行うかなり重要な基準であるにも関わらず、投票によって市民権を得たことが一度もないからだ。

 

 

 2014年12月時点の補足として、もっとも高精度と思われるが日本でNIPTに採用されていないNatera社のDNA検査が、すでに日本で出生前DNA鑑定に利用可能であることが分かった*。おそらくPanoramaと同等の原理と思われる。DNA鑑定に実用的に使えると述べられている限りは、約20000個検査すると述べられているSNPsの多数が、精度よく読めているはずで、実質的に単一遺伝子疾患を検査可能な技術水準に達しつつあるようだ。法律事務所も斡旋しているので、法的にも合法なのを確認済みということになる。気になるのは、既に日本でNatera社の営業拠点のようなものがあるということで、ひょっとしてもう日本のNIPTにNatera社も追加されるのが確定しているのだろうか。

 


我が子に故意に良くない遺伝因子を許容する親の罪

 今はまだ多くの人には受け入れられないかもしれないが、極端な話、iPS細胞による人工子宮によって妊婦の肉体的なリスクや負担が軽減された場合には、おそらく、このように考えることができると思う。ヒトというのは、半分が遺伝因子で、半分が環境因子から構成されている。だから出生すればアキラと名付けられる胎児に遺伝性疾患が存在すると知らされて、そして産むという決定を下した場合には、アキラ君という人格に対して、不利な遺伝因子を与えていることになる。アキラ君はそう名付けられ、両親に愛され、地域社会の影響を受けて育つという環境因子による枠組みであり、その中で人格が育っていく。疾患をもった人が性善であると考えた方が居心地がいいが、実際は患者は善と悪の間で揺れ動いていく。不利な遺伝因子はやはり人格的にも不利な方向に働くことの方が多いのである。

 

 一度だけ中絶すれば、後は人工子宮により安全に生まれることができると仮定して、健康体に生まれることもできるアキラ君に、知能に影響を与えるほど重度でないとしても、肉体的に他の子より不利となる遺伝因子を与えるということに、両親の罪はないのだろうか?

 

 米国では疾患のある精子を販売したとして発症した子が精子バンクを訴える訴訟が起こり、どうやら勝訴している。法律用語に慣れてないので推測調になり申し訳ない。オープンアクセスでないのが残念だが、2009年に勝訴が伝えられたこの訴訟の場合は、学術論文として因果関係が証明されているようだ。精子にもPL法が適用されたとしている記事もあるが、詳細はよく分からない。いろいろと詳細が解説されているのは、ニューヨーク・タイムズのサイトに掲載されている2012年の記事で、精子ドナーによる遺伝病患児が報告された数百例にとどまらず数千例は存在するはずとして、対策の必要性が訴えられている。報告された数百例というのが、どのぐらいの重症度のものまで含むのかは、記事中では述べられておらず、リンクを辿る必要があるようだ。

 

 日本語の文献としては、粥川準二による「バイオ化する社会」の第一章で述べられている。

 

 自主的な対策として、レジストリと呼ばれる登録制により兄弟姉妹となるレシピエント同士で遺伝病の発症情報の共有を図るそうだ。また、ドナーの親族で遺伝病を発症した場合の報告義務、および、精子提供する前のDNA検査の範囲の拡大を、精子バンクと連邦政府に呼びかけるということのようだ。ネブライザーを付けた嚢胞性線維症の患児の写真が痛々しいが、この子の両親が精子バンクに対する訴訟を起こしたとのこと。20年より古くにRocky Mountain Cryobankが問題の精子を入手して、数年前閉鎖されたところを、その精子を嚢胞性線維症について検査済みと文書により保証された状態で、被告のNew England Cryogenic Centerが購入し、両親へと販売したという流れと説明されている。記事の真ん中ぐらいで記されている、カリフォルニア精子バンクの遺伝カウンセラーが神経線維腫症1型(NF1)の病的変異を精子バンクの中に発見したと学術報告したことと、写真の患児の訴訟の件は、読み取れた範囲では関係はしていないようだ。2013年に入ると、40人の患者が劣化した精子を提供したとして病院に対する集団訴訟が起こっている。年々コトが大きくなっているようだが、同ウェブページ中でPDFとしてダウンロードできる訴状を眺めても法律用語に阻まれてよく分からない。別の節で述べた医療訴訟の一般的な特徴のように、患者の重症度のみに比例して、陪審員にとって技術的な意味で理解が困難な、医療機関の過誤の程度を含んでいなさそうな雰囲気を漂わせている。こういった訴訟に刺激されて連邦政府が対策を打てばそれが一つの成果だと思うが、もしもそうならなければ患者にも病院にも不幸で、弁護士だけが儲かる仕組みが出来上がるのだろう。

 

 環境因子半分と遺伝因子半分の人格に、故意に良くない遺伝因子を許容する両親の罪へと話を戻したい。米国のように精子バンクを訴える社会にまだ日本はなっていないと思うし、なった方がいいとも思わないが、そこまでいかずとも両親のその時の気持ちやロマンによって、子という別個体の遺伝因子を意思決定するということに、後々何十年のうちに両親が罪の意識を感じることはないのだろうか? 両親が亡くなった後も子は生きていかねばならないのである。両親が生きている間だけ面倒をみることはできても、その後は? もしも自分達が交通事故で早くに死んでしまったら、誰がその子を助けてくれるのか? 難病法が施行されても予算が足りない足りないから助成の対象疾患をどこまで狭くしようか、なんて議論している日本社会なのに。もしも日本社会がその子の面倒を十分に見てくれるほど暖かければ、難病法なんて21世紀に至らないずっと昔に対象疾患を広げて施行されていたはずだ。これが物心ついてから四十年間、ずっと易疲労性と筋肉痛を感じてきた当事者、そして診断さえ受けられないため難病法の指定などされるはずもない当事者として、どうしても思ってしまうことなのである。

 

 日本のNIPTの導入の議論で白日の下に晒されたのは、まだ見ぬ我が子という別人格の遺伝因子を、危険に晒すか否か、両親がどちらにでも決定してもいいんだという、傲慢な考え方なのではないだろうか。我が子の健康を求めるのは、両親の権利だが、同時に義務でもあると思う。極端なことを言えば、NIPTが受けられる地域に住んでいて、検査費用の21万円が十分に支払えるのもかかわらず、NIPTを受けることをためらって、自分の子供が遺伝性疾患を患っても構わないと考える人間は、人の親になどなるべきではない。子を虐待して傷つけたり、そうでなくてもネグレクトする可能性が高いのは、そういった層だと思う。周囲や社会と闘ってでも子の病因性を排除しようとするのが、動物の親としての本能に基づく自然な行動だと、私は思う。

 

 さらに言うと、NIPTが受けられるにもかかわらず受けない方々の多くが、実は、医療目的でない男女産み分けなどというばかな親の都合で、あかちゃんの素である胚を海外に運んでまで着床前診断(PGD)を受けて潜在的なリスクを負わせる人たちと、同じ層なのではないかとさえ思える。[着床前診断の潜在的なリスク...]の節で詳しくふれるが、PGDとNIPTは目的は同じでも、健康なあかちゃんに対する侵襲が存在するのと全くないのとで対称的だ。「間引き」であるにもかかわらず、なし崩し的に国民の十分な議論なくNIPTが導入された点だけは批判すべきだが、健康なあかちゃんに侵襲がないこと自体は、非常によいことだ。

 

 PGDでは8分割ぐらいしかしていない胚から、8分の1を切除するので、言ってみれば、胚の大きさをヒトの体で考えたなら、手足をもぎ取られるぐらいの侵襲を受けることになる。この結果、他の7細胞に大きな傷を付けてしまうと、その胚はあっさり死んでしまう。だから傷がついた胚は排除されて患児として生まれないと言われているが、男性不妊や父性年齢効果で精子だった時の影響が自閉症や統合失調症まで及ぶことが統計として出てくると、やはり精子を含んで生じる胚にほんの僅かであれ傷がついたら、子が成人してからその後遺症に悩まされることは起こりうるのだ。親が遺伝性疾患を患っている場合には、PGDの潜在的なリスクよりも明らかな遺伝性疾患の方が重症だから海外ではPGDの対象となっている。既にマウスでPGDの動物実験を行ってアルツハイマー病の罹患率の上昇が指摘されているように、仮にヒトでもアルツハイマー病の罹患率を押し上げる形でリスクが表れるとしても、これはPGDで生まれてアルツハイマー病を発症する年齢まで生きた人口が生じるまであと半世紀ぐらいかかってしまう。もちろん、子がアルツハイマー病になるような年齢に至ると、両親は既に他界していることが多いだろうが、言ってみれば、ずっと先の子の健康など知ったことではない、女の子の方が育てやすいし一人産めば我々は祖父や祖母に「子供まだできないの?」と責められずに楽ができる、そういう発想で、男女産み分けだけのためのPGDは、海外で生殖補助医療を受けるための大金を積むことができる限られた富裕層の間で行われているのである。

 

 しかし、実際には、「医療目的でない男女産み分け」「男女産み分けだけのためのPGD」という、微妙に限定的な言葉を多用してしまうように、特に女性不妊、男性不妊の「治療」の一貫であると主張して、日本で不妊治療を行った記録があれば、完全に医療目的でないとは言い切れない場合の方が多いと思われる。後の節で述べるように、日本で不妊治療として体外受精の処置まで行っても原因が分からない不妊というのは、潜在的な遺伝性疾患の可能性があるはずである。そして遺伝性疾患というのは、例外を除いて、一つの疾患について、重症度の個人差を除くために、患者の間で統計をとったら、進化的に女子よりも男子が重症なのが当たり前である。つまり、日本で多くのご両親が望むといわれている、女子への産み分けを考えている場合は、医療目的であると主張しやすい。

 

 実際の他国のガイドラインにおいても、[男女産み分けの国際比較...]の節でヨーロッパでの男女産み分けの倫理基準が緩和されつつあることにふれるように、直系の親族に男性で重度となる遺伝性疾患を患った者がいて、PGDを受けようとしている対象の胚が二人目以降の子であれば、ヨーロッパの基準では今後多くが倫理的に認められていくはずである。

 

 詳しくは、[男女産み分けの国際比較...]の節で扱いたい。

 

 ただ、広く考えると、PGD、男女産み分けという特に能動的な行為を含まずとも、今日では高齢妊娠のリスクや父性年齢効果が具体的に知られるようになり、ある意味、高齢で子供を作るということ自体が、生物学的には、生まれてくる個人にとっては、ほぼ不利益だと分かっている。実際には高齢の父によるテロメア延長という例外*もあるので、あくまで「ほぼ不利益」としか記せないが。高齢によって増加すると思われる精子や卵子の変異は、非常に長い目で見れば種全体にとっては進化という利益になっても、ヒトの一生の時間スケールで見れば、言ってみれば淘汰という進化の苛酷さの渦中に我が子を投げ込んでいるような状態である。直感的にも科学的にも、高齢により子が遺伝性疾患を患うのに不思議はなく、それを知っていてなお、高齢妊娠、高齢男性授精を行わなくてはならないほど、社会が子を作ろうとしているご夫婦を、子の疾患といった困ったときに支えてくれるかどうか不安だということだと思われる。子の疾患で不安を感じて子を作るのが高齢となり、高齢妊娠・高齢男性授精により更に遺伝性疾患のリスクが増すというのは、悪循環であり、夫婦の事情としてあしらってしまうのではなく、社会保障の仕組みを分かりやすくして不安を取り除く必要があるのではないだろうか。

 

 私も子に自らの病気が子に遺伝してしまったかもと過去に絶望を感じた身である。タイトルを含め、この節が一部のご両親にとってきつい内容となってしまったことをお詫びしたい。ただ、自らが当事者であったが故に、どうしてもこの節を記さずにはいられなかったのである。

 


ディストピアな未来像 - 生まれの平等性が崩れた世界

 現状として、21万円を支払えず大きな病院へ何度も通院できないような地方の貧しい夫婦ほど新型出生前診断(NIPT)が受けられず染色体異常症を患う状態となってきている。これは今後技術が進んでNIPTが高度になるほど深刻な問題となる。生まれの平等性を貫こうとすれば、かなり早い段階から、どの疾患からどの疾患まで妊娠中絶といったことをしていいか、そういった生まれのDNA検査のために貧富の差を含んでしまっていいのか、そういう民意への問いかけが本来はNIPTの導入前に必要であった。

 

 地方でなく都市部でもありがちな例として、妊婦が、男性側に妻子ある不倫交際だったため、自分の子だとすぐには認めず、出産にあたってNIPT費用の21万円を支払えず、しかしそれでも中絶よりも産みたいと思ったとき、ほぼ当たり前になりつつある検査を受けられずにリスクを背負い、その結果患児が生まれれば負担が増えてますます貧乏になるのは、ディストピアへの入り口なのである。

 

 多少、荒い言葉を用いれば、日本で国民全員を健康保険に加入させ、自治体の病院に血の滲むような病院経営を要求して平等な医療を実現してきたものを、出生前診断というヒトとして認めるかどうかという根本の部分で資本主義的に格差をつけることで、破壊しようとしている。現在の状態が何十年も続き、トリソミーが高価なDNA検査を受けられない貧しい家系だけの疾患となってしまったとき、日本社会は富裕層と貧困層に二分割されているであろう。

 

 そうならないためには、「ヒトとして生まれを認めるかという基準は限りなく平等でなければならない」。

 

 裕福な者はより高度な生まれのDNA検査を受けて、より優れた子孫を残せるという社会になってしまうと、悪化したとは言っても他の一部の国々よりましな日本の経済的平等性が、根本の部分から破壊されてしまう。いろいろと齟齬を生みながらも下げたり上げたりして、何とか他の一部の国々よりましな状態に保ってきた実効税率の累進課税の議論は、いったい何の意味があったのだろうか? 生まれの部分で優劣の違いができようとしているのだから、仕事ぶりを客観的に評価すればするほど、富裕層の方が仕事ができるという事実を肯定せざるをえない。後はもう坂道を転がるように差別化が進み、世代を経るごとに富裕層は更に高度な生殖医療に大金を支払って、自分達は貧困層とは生まれが違う、貧困層の社会保障など税金として払っていられるかと考えるまでになってしまう。

 

 「生まれが違う」

 

 この表現は、DNA検査が普及する前の時代には現在まで比喩的に用いられて来たが、今後は生殖医療や生まれのDNA検査によって、生まれの違いが、科学的な事実となってしまう。最初に、現状ととして、NIPTで染色体異常症が都市部の富裕層、中流層から排除されつつある。次にNIPTの対象疾患に単一遺伝子疾患が追加されて同様に排除されるだろう。その次は、[みんなが保因者の劣性遺伝病...]で述べた平均約10個の劣性病的変異と、糖尿病やアルツハイマー病といったコモンディジーズが排除されるはずだが、そうなると、対象とする病的変異やSNPsの数が急に多くなり、SNPs周辺を長目に入れ替える必要があるため、違った手順になるだろう。NIPTでは不可能で、着床前診断(PGD)の手順となり、胚のDNAを基本として、問題のない塩基配列を残して問題のある塩基配列の部分を入れ替えることになるはずである。

 

 そういったヒトのDNA編集によるディストピアを描いたSF映画としてイーサン・ホーク主演による『ガタカ』が特に有名だが、これはあくまで米国映画である。現在もNIPT、PGD、その他の男女産み分けの生殖医療で、世界を圧倒的にリードし続けるこの国は、資本主義的にそういったDNA検査、DNA編集の技術が販売されるのが当然のことと考える傾向がある。こういった考え方は多民族国家である米国独自の考え方で、まずは資本主義があって、後から社会保障を考え、激しい社会運動により、遅まきでも社会保障がそれなりに機能してしまうという、非常に珍しい体質である。

 

 日本はそうではない。コモンディジーズしか診療報酬点数が決まっていないような歪な平等医療が当たり前のこの国では、NIPTが単一遺伝性疾患を対象に含もうとした時点で、希少疾患の多くが最初から存在しない方が医療のシステムとして都合がいいため、鋳型となる理想的なゲノムを元に、顔形といった限られた形質だけ胚のDNAから取り込んだ、基本がクローンのDNA編集の方が高齢化による医療費の抑制策として現実的と考えられるかもしれない。この極端な解決策が実行に移されれば、一気に医療費は抑制され、しかも平等な社会が出来上がるはずだが、そうなれば、日本人がアジア人とは少し違う人種になってしまう。逆に、反対運動によりそうはならない場合を考えてみても、やはり米国流の富裕層だけのDNA編集が、国内で一般的になるはずである。実際にNIPTがそうだったように。日本の国内が富裕層と貧困層の二つに割れるという経験したことのない状態に陥るだろう。そうなると貧困層をどうやって日本から追い出して、他の国の優秀な労働力をその代わりに日本に入れるかという議論になってしまうのかもしれない。

 

 もしも、基本クローンのDNA編集、米国流の個性を最大限残したDNA編集のどちらも採用せずに、NIPTを単一遺伝子疾患へと拡大するのさえも否定すれば、他の先進国で導入したのに日本だけが立ち遅れたとして批判を受けるだろう。患ってしまった子の両親はこう思うかもしれない。

「技術的には予防することができるはずの疾患なのに、政府やガイドラインを作る学会が予防のための意思決定をご都合主義的に怠った結果、我が子が患ってしまったのだ。彼らは自分たちの息子や娘が患うまで放置するつもりだろう。だから、我々への補償は訴訟を起こしてでも求めなくてはならない」

医療訴訟は患者の重症度で多くは勝ち負けが決まる。生まれた時からNICUで寝たきりで、1歳にならずに天に召されるような典型的な遺伝性疾患の場合は、もちろん、重症度としては最大限に高いのである。

 

 現在までの技術の進歩を見ると、NIPTが単一遺伝子疾患を対象とするところまでは、事態は必ず進行する。結局のところ欧米のすぐ後ろを(リスクを避けて)付かず(批判を避けて)離れずで後追いしながら、なるべく国内で実施される生まれのDNA検査だけでも、健康保険の対象とすることで平等な仕組みを作っていくしか、できることはないはずである。十年も経てば医療費の抑制策になるはずなのだから、長い目で見ればNIPTは健康保険で助成されてもいいはずである。健康保険の対象にさえなれば、それなりに平等性が保てる仕組みが既に日本でできているし、単一遺伝子疾患を重度の病的変異から優先して段階的に排除できるようになる。そうなれば、日本のコモンディジーズ中心の医療で5000種類もある希少疾患を900万人から1300万人も診断するという無理な負担も大幅に軽減される。

 

 しかし、現在すでにNIPTで、資本主義的な格差が導入されようとしている。

 

 ここまでが、日本国内の生まれの平等性を、NIPTに健康保険を適用することで確保すべきという下りだったが、遺伝性疾患が既知の病的変異に限ってNIPTにより抑制された場合、例えば、ざっくりと十年後、つまり10歳に至るまでの間に、一人あたり平均でどのぐらいの規模の医療費削減につながるか、というのが、今後の課題として残っている。この計算はおそらく非常に困難であるため、本節ではここまでとしたい。

 

 ここからは多少遠い未来の話であるため、現実味が薄れるが、先述の基本クローンのDNAを編集ということに関して、地球規模の影響を考えると、似て異なる集団を攻撃する本能が発達したヒトという種において、生まれの基準が異なる別の集団を内部に抱えることは社会的不安要因になりうる。

 

 身近なところで『機動戦士ガンダムSEED』というアニメ作品の中では、特定の集団が出生前にゲノム配列を操作した結果、野生型とは別の集団として発展し、互いに戦争をする未来が描かれている。

 

 ヒトは、似て異なる集団を攻撃するという本能がもっとも発達した動物である。土地、食物、水が足りなくなった厳しい状況では、それらを分け合っている別の集団を殲滅した方が、自分の集団が生き残る確率が向上する。だから別の食物を摂取する他の種よりも、同じ食物を摂取する類似種の集団の方が、殲滅すべき対象なのである。こうした事実を説明したところで不愉快な思いをするだけなので学者達はあまり説明したがらないが、ホモ・サピエンスはネアンデルタール人の集団を殲滅し、唯一の存在として生き残った。[23andMeのその他の結果]の節で私自身のネアンデルタール人のDNAの割合を紹介するように、我々は個体としては数パーセント程度ネアンデルタール人のDNAを引き継いではいるが、集団として見た場合にはやはり殲滅したと考える方が適切だろう。逆に我々がネアンデルタール人のDNAを引き継いでいることが、2つの集団が同じ地域に住んでいたことの証拠なので、いったん争いが起これば、おそらく言語能力に差があったろうから、現代のようになるべく話し合いの姿勢で臨んだとは思えない。話し合いの通じる現代でさえ、現在もまだ19万人の死者が出ている。

 

 もしもヒトで似て異なる集団を攻撃する本能が弱ければ、猿にもいろんな種があるように、ヒトにも言語能力の異なる様々な亜種が存在してもいいはずである。言語能力に関してアフリカ人でもアジア人でも不思議なくらい平等で、米英に生まれば誰でも流暢な英語を話し、日本に生まれば不思議なくらいみんな英語が苦手である。それでも辞書を引きながらそこそこの意思疎通は図れるのに、事実として2014年10月現在イラクでは戦火が拡大中である。やはり敵を個人ではなく集団として認識して攻撃する本能が、ホモ・サピエンスはとても発達していると言えるだろう。もちろんよい方向の発達ではない。

 

 希少疾患を放置して感染症などで偶発的に天に召されるに任せているのは、日本以上にアジア諸国でも言えるので、NIPTの拡大により希少疾患への対応の問題を一気に解決するにも、周辺国にも情報が行き渡り利益がある形でオープンに進めるべきと思われる。その方が、国によってDNAのグレードが違うなどという、不必要な齟齬を生まずに済むはずである。

 


不妊という社会問題 - 男性不妊と父性年齢効果

 夫婦とも年月が経て高齢となるにともない不妊率が上がる。数値で示すと、女性側の不妊率は、20-24歳が5%、25-29歳が9%、30-34歳が15%、35-39歳が30%、40-44歳で64%となっている

 

 女性の不妊率が、個人差はあるだろうが、平均的には40歳を境に50%を飛び越えて跳ね上がる原因として、40歳台に達してしまうと、胚移植後の妊娠率が急激に低下することが挙げられる。図3の「妊娠率/総ET」と示されているのが、体外授精で受精卵を作るのに成功した後、その受精卵を着床させて妊娠するのに成功する割合である。グラフの左と右の両側に目盛りがあるため迷うが、おそらく右側の目盛りはレジェンドの一番右の「流産率/総妊娠」だけのはずで、「妊娠率/総ET」については左側の目盛りと思う。年齢的な妊娠の限界を、生殖の技術は進歩しても、基本は江戸時代のままと表現した記事もある。言い得て妙である。確かに進歩したのは技術だけで、卵子や精子そのものが進歩したわけではない。40歳を超えても支払いさえできれば不妊治療は続けることができるが、費用対効果の点から、言わば40歳が損益分岐点であろうと思われる。35歳の壁」と表現している記事もある。繰り返しになるが、個人差は見積もっていない。

 

 男性不妊の年齢変化については、近年の日本で頻繁に紹介されている研究結果として、ヨーロッパで行われたある研究から、男性の方が5歳年上という形で結婚する場合、実質的には男性不妊率の方が女性不妊率よりも問題というものが挙げられる。元のDunsonらによる文献を読んでも確かにそうなっているし、782人の女性がミラノ、ヴェローナ、ルガーノ(スイス)、デュッセルドルフ、パリ、ロンドン、ブリュッセルから対象とされたとあるので、非常にお金がかかったちゃんとした研究である。しかし、男性不妊が5歳年上で問題になるという結果を見た時、違和感を感じた方は多いのではないだろうか。直感的には10歳年上ぐらいで女性不妊と吊り合うような気がした。その根拠は何かというと、男性が結構ご老体でも女性が若ければ出生しているご夫婦を身近に知っているからである。具体的にはWHOの少し古い統計を元にしたグラフだと、あくまで不妊率ではなく、出生率という形であるが、男性側のピークは50歳ぐらいのところにあるように見える。この食い違いを現在のところうまくは説明できないが、詳しく研究すればするほど、不妊全体の中で男性不妊の占めるウェイトが大きくなりつつあるのは間違いない。

 

 Wikipedia英語版には男性不妊のページとは別に"Paternal age effect"(父性年齢効果)というページが設けられている。父性年齢効果というのは私が作った訳なので、複数の学会で通用する別の訳があれば読み替えていただきたい。しかし、同様の母親の年齢の方は"Adcanced maternal age"とWikipedia上でも別の表現になっており、用語の混乱が始まる兆しがあるので、グーグルを用いたヒットカウント分析を行う。2014年12月6日の結果である。

 

"高齢出産" 約 4,860,000 件

"Advanced maternal age" 約 483,000 件

"高齢妊娠" 約 90,600 件

"Advanced paternal age" 約 28,700 件

"maternal age effect" 約 21,900 件

"Paternal age effect" 約 18,900 件

"母性高齢" 約 142 件

(参考) "高齢授精" 4 件(実質的にはヒットなし)

"父性年齢効果" 4 件(本著が含まれる)

"父性加齢効果" 2 件

"母性年齢効果" 一致はありません

"男性高齢授精" 一致はありません

"父性高齢授精" 一致はありません

"父性高齢効果" 一致はありません

 

一応、父親の年齢によって起こる現象の方は、父性年齢効果で統一し、その行為の方は男性高齢授精で統一したい。しかし、どの用語も一般的でないことに代わりはなく、すでに母親の用語の方でも英語との対応が付けられないため、やはり複数の学会の間で用語を統一していただいた方がいいと思われる。これらの用語を選択した理由は、すでに本著で記してしまっているからという後ろ向きな理由が主である。男性高齢授精は、受精だと精子を受ける女性側の行為になるので、男性側の行為なので授精とした。男性不妊がmale infertilityとされていることから考えると、fertilizeをそのまま男性の行為に当てはめても英語では不自然でないはずだが、日本語訳は「受精[受胎]させる」となっていて、使役表現になっているため、男性受精と言っても男性受胎と言っても使役のニュアンスが省かれてしまって違和感がある。仕方なく授精とした。なお、高齢妊娠と高齢出産は、本著ではなるべく区別している。遺伝性疾患の観点からは、妊娠することと、無事に出産することは異なっているからである。流産の多くが生まれることさえできないほど重度の遺伝性疾患によるはずである。

 

 Wikipedia英語版の父性年齢効果のページによると、精子からの遺伝性疾患の導入があるだろうと皆が思って研究が進んでも、男性不妊や古くから父親の高齢により起こると知られていた軟骨形成不全症の他には、2014年に至るまでに自閉症と統合失調症のリスクしか出て来なかった。しかし、高齢妊娠の方でも同じ統計的な調査方法で染色体異常症以外に何かが出たわけではないため、結果として希少疾患の患者を調べて特定の希少疾患の統計が形成されることはあっても、稀すぎて100万~1000万人規模といった相当大型のコホート研究*でない限りは有効でない可能性が高いと思われる。

 

 しかし、[仮説の更なる展開...]でサンガー・インスティチュートの親子ゲノム比較の研究が示したように、良性の多型か病的変異かはっきりしないものを合わせて、約60個に及ぶde novo変異が子に導入されているということなので、自閉症とde novo変異の関連性の強さを考慮すると、男性側の高齢によってde novo変異で起こると知られている遺伝性疾患全般で罹患率が上がるという推測が成り立つ。そういった疾患の中で本著で既出のものは、アンジェリーナ・ジョリーが予防的乳房切除術を受けたBRCA1による乳がんである。BRCA1によるがんは常染色体優性遺伝のパターンをとるため、母からだけでなく父からも同様に遺伝して、息子でも稀に起こり、娘の場合は高頻度で死亡原因になる。

 

 父性年齢効果についてまとめると、de novo変異が中心であるためにGWASがあまり有効でないため研究に時間がかかっているだけで、男性不妊と同様に、子の健康を第一に考える立場からは、母親だけでなく父親も若いほうがいい、という話に何十年か後にまとまるであろうと思われる。しかし世の中の流れはまるで逆で、子育て中に職を失うといった社会保障に対する不安から、父母共にますます高齢化しているのが日本の実情である。

 

 

 国際比較として、日本の不妊治療クリニックの多さが端的に日本社会の抱えている矛盾を表しており、あくまで典型的なパターンとしての類推にすぎないが、若くして産めば子の疾患も自らのリスクとしても最小化できるのに、経済的な社会的な不安から、若い頃には中絶を繰り返し、[中絶による母体へのダメージ...]で述べるアッシャーマン症候群のダメージを蓄積し、結局高齢で子を産もうと決めた時には妊娠できずに不妊治療に散財してしまうという、悪循環が成り立ってしまっているのではないだろうか。繰り返しになるが、これは行為としては女性、男性、両方にあてはまる問題である。しかし、リスクは女性の方が高齢出産や排卵誘発剤により遥かに多く背負っている。

 

 当初、このトピックで養子と婚外子が整理されておらず、私が間違った理解をしていたため、以下に詳しく書き改めることになった。

 

 米国では、まず里親となることを望み、やがて養子縁組*する例が多いそうである。これはおそらく不妊と大きく関係していて、とりあえず里親となっている間に、年齢が進んで不妊治療が効果がないことが確定的となり、そのタイミングで養子縁組をするパターンが多いのではないかと推測する。里親の段階では法的拘束力が緩いため、親子としての愛情関係を築けずとも、平たく言えばキャンセル可能なので、リスクを最小化できる。不妊治療により徹底的に実子を望む日本とは対称的である**§。しかし、米国の方式は、過度に資本主義的に商業化されているようにも見え、他国から養子を輸入するところまで行ってしまっている**。米国の方式が、日本にとって見習うべきかどうかは、正直なところ、現時点では分からない。里親制度と養子縁組の違いは、里親制度が法的に拘束力が緩いのに対して、養子縁組は正式の親子関係である。日本では特別養子縁組という制度になる。

 

 現状、特別養子縁組を望める乳幼児の実数が分かりにくくなっており、現在は親はいるが養育不可能になったため乳児院や児童養護施設に預けられている場合が多い*ものを特別養子縁組を望む乳幼児の中にどのぐらい含められるかで、実数が極端に違っている可能性がある。日本でも不妊治療から養子に切り替える夫婦が多くなっている*一方で、実親が養子縁組に同意していない乳幼児が多い*とされている。早ければ早いほど親子の愛情をはぐぐみやすいといった点から、乳児院を通さない愛知方式に利点があると言われている*。おそらく、不妊治療中に、とりあえず里親制度を体験して、その結果により不妊治療を諦める、いわば予行演習でリスクを見込むというやり方が、日本では精神論的に生半可として、児童相談所などにより強く拒絶されているのではないだろうか。里親に金銭が支払われる、金銭が支払われない里親制度の枠がないか少ない、都道府県により里親制度が異なるといった部分が、もう少し緩和されてもいいのではないだろうか。

 

 婚外子により不妊の問題が緩和されるとも言われており*、因果関係としては里親、特別養子縁組ほど積極的に緩和されるわけではないが、結果的には婚外子が多い社会は、不妊が少ない社会になるであろうと思われる。他の先進国並みに何割といった多数の婚外子が、同棲やシングルマザーという結婚前の段階で生まれても、社会保障や周囲の理解として大丈夫な社会であれば、高齢になってから一人目の子を望むという生物学的に無理な課題が緩和されるはずである。しかし、他の先進国でそうなっているもう一つの理由は、中絶はいけないと言われるキリスト教国であるために妊娠したら中絶よりも産む方向に周囲が理解を示しやすいことが挙げられるため、仏教、神道、または無宗教の日本では、周囲が理解を示しにくいという、日本独自の事情があると思われる。それでも、日本でも法整備が進み、2013年にようやく婚外子の相続格差が違憲となり法改正された。

 

 全体的に不妊は社会のあり方の問題と言える部分が多く、特に中絶を許容して、婚外子をあまり許容して来なかったという先進国の中では違った体質を持っている日本独自の問題が大きい。里親ひいては特別養子縁組についても、婚外子ほど酷くはないはずだが、ウェブページを探してもまとまった情報が少なくて、特別養子縁組可能な乳幼児の実数が分からず、日本独自の閉鎖性のようなものがあるのではないだろうか。単純に高齢の夫婦の問題にして済むという性格のものではなく、男性不妊、父性年齢効果の影響も示されてきていることだし、高齢妊娠で染色体異常症が増えるということも考慮すると、若くして産める環境づくりをしないと、悪循環が今後も続いていくと思われる。

 


中絶による母体へのダメージ - 次の妊娠がうまくいく確率

 NIPTを受けるという選択肢をとる場合、中絶を前提にしている。しかし、中絶による母体へのダメージと、NIPTで陽性となった場合に、次の妊娠がうまくいく確率を計算した文献は今のところ見つけられない。だが、本来は極めて重要なはずである。遺伝カウンセラーの仕事を高度に考えれば、学術論文を読んでメタ分析により、個々の症例に対してそういった確率を計算してくれてもいいはずだと思うが、果たしてそういったことがどのぐらい困難なものかを、まずは試みようと考えた。

 

 中絶によるダメージとしては、アッシャーマン症候群だけと考える。この疾患は、一言で言えば中絶した時の傷による癒着により妊娠しにくくなることで、詳しいことは産婦人科医の方々が書いたものを探していただきたいが、日本ではこういった病名や一回の中絶による罹患率を具体的な数値として教えてこなかったようだ。様々な病名で呼ばれているようなので、グーグルを用いたヒットカウント分析を行う。2014年12月4日の結果である。

 

"Asherman syndrome" 約 101,000 件(Asherman'sを含む)

"Asherman's syndrome" 約 89,600 件

"uterine adhesions" 約 15,200 件(intrauterineを含む)

"uterine scarring" 約 12,000 件(intrauterineを含む)

"uterine synechiae" 約 9,570 件

"intrauterine synechiae" 約 8,460 件

"intrauterine adhesion" 約 7,490 件

"アッシャーマン症候群" 約 6,460 件

"uterine synechia" 約 3,890 件

"子宮内癒着" 約 3,870 件

"子宮腔癒着" 約 2,140 件

"子宮腔癒着症" 約 1,760 件

"子宮癒着" 約 1,420 件

"intrauterine scarring" 約 1,070 件

 

以降では、アッシャーマン症候群で用語を統一する。略記としてASを用いる。

 

 ASは、流産をするとどのぐらい罹患するかは明確な数値があるが、人工妊娠中絶をするとどのぐらい罹患するか、はっきりと言い切ったものは未だに見つけられない。このことが意味しているのは、中絶に対する宗教的反対運動がつよいキリスト教国の多くで、中絶によってASなどを患って不妊になるのは、自業自得だと考えられており、具体的な数値を示して中絶しようとしている女性に安心感を与えることがタブーとなっているのではないだろうか。しかし、実際問題として、キリスト教国で積極的にNIPTが行われているのにそういった数値がないことは非常に矛盾しているため、何らかの目安はどこかに記されているものと思われる。

 

 一応、Wikipedia英語版にどういった条件かを記さずに、1回の掻爬術の後16%と記してあるのを目安として信頼することにしたい。この16%という数値が記された元の文献の概要を読むと、早期の突発性流産("spontaneous first trimester abortion")と記されているが、そういう条件を省いて考えてもよいぐらいの数値だと思われたので、Wikipediaで条件が省いて記されて、訂正されずに現在まで残っていると考える。

 

 ASの結果どのくらい次の妊娠が困難になるか調べようとしたところ、中国の研究グループがASについてのかなり包括的なレビューを出していた。

 

Yu, Dan, et al. "Asherman syndrome—one century later." Fertility and sterility 89.4 (2008): 759-779.

引用元 184

 

"Outcomes of Treatment"および"PROGNOSIS"の節に、各条件で、かなり幅を持って記されているが、単純に妊娠率で評価することはできず、ASにより出生率(live birth rate)も低下すると示されている点がおそらく最も重要である。つまり、ASにより流産や死産も増えると述べられている。その上で子宮鏡を使った治療を行えば、大幅に改善すると述べられているが、どのぐらいの患者が子宮鏡治療を受けたかというのが述べられていないため、総数としては分からない。子宮鏡治療を受けて、妊娠に成功したのが74%、さらにその中から出生に成功したのが79.4%と述べられているので、子宮鏡治療トータルで60%付近に落ち着くはずである。これに何割かは子宮鏡治療を受けずに妊娠してしまうものと考えて、トータルで大雑把に半分の50%がASの後出生に成功するものと考えたい。時間経過で自然に治癒する場合があるかもしれないが、そこまで考えても、もともと人工妊娠中絶に限った研究がないので、仕方がない。

 

 一度目の妊娠で中絶をして16%がASに罹患し、罹患した半分が出生に成功しないとするとすると、中絶当たりのトータルで8%である。もしかすると日本の高度な医療ではもっと小さいのかもしれないが、学会などによるオープンアクセスの文献を見つけられないので、仕方がない。

 

 一度目の妊娠のNIPTの結果を考える際には、ASによるこの8%という確率で、二度目の妊娠・出産が成功しないのを許容するか否かということになる。

 

 ASに加えて、何年も経た二度目の妊娠の際には、35-39歳で30%といった不妊率*が上乗せされる。しかし、「一度妊娠した女性(妊娠できた)が、その次の子供をもうけられない可能性(不妊率)」と述べられているように、先述のASの8%の一部、妊娠までの成分を、この30%の中に含んでしまっているはずである。しかし、実際問題として分割できず、8%という30%と比較すると小さい数値の中身を、更に分割するほどこの試算には精度がないため、便宜上独立のものと考える。ASをパスするのが92%、年齢による不妊をパスするのが70%とすると、乗算して64%である。不妊率の中には女性・男性、両方の効果が含まれていると考える。更に、一度目の妊娠のNIPTの結果によって場合分けされる。

 

 ダウン症候群といった典型的なトリソミーで陽性となった場合は、偶発的な染色体の不分離が原因のはずで、夫婦に遺伝学的な原因が存在しないためシンプルで、二度目の妊娠・出産に成功する確率はそのまま64%である。

 

 単一遺伝子疾患までNIPTが対象疾患を拡大した場合は、de novo変異の場合を例外として、優性遺伝の疾患で陽性であれば、一度目の妊娠で中絶を行っても、二度目の妊娠でも50%の確率で同じ状況となる。劣性遺伝の疾患で陽性であれば、二度目の妊娠で25%である。それぞれ、二度目の妊娠・出産に成功するトータルの確率は、先述の数値に乗算して、優性遺伝で64%x50%=32%、劣性遺伝で64%x75%=48%である。

 

 その他の染色体異常症までNIPTが対象疾患を拡大した場合は、NIPTがそういった疾患で陽性となった後、夫婦染色体検査で異常が見つかるかどうかによって変わり、最も複雑である。夫婦のどちらかが既に染色体異常症である場合には、典型的には優性遺伝の遺伝パターンに近い32%のはずである。ただし、様々な非典型のパターンがありえて、性染色体の異常が絡むと子の性別によって事情が異なったりと、あくまで典型的な場合の数値しか示せない。ダウン症候群の方が子をもうけようとすると健常者の子ができる確率が優性遺伝のパターンよりも高くなり、およそ67%となることが知られている。だが、これは子にダウン症候群が優性遺伝的に継承して流産となる効果を込みにした数値のはずで、流産が更にその後のASの発症原因となるため、67%というように大幅に良くなるとは考えられず、優性遺伝のパターンの32%を少し上回るぐらいではないだろうか。その他の染色体上昇で夫婦染色体検査で異常が見つかった場合、二度目の妊娠・出産に成功するトータルの確率は、32%よりも少しよい数値と思われる。

 

 その他の染色体異常症でNIPTが陽性となった後、夫婦染色体検査を行っても夫婦のどちらにも染色体異常症が見つからない場合は、基本的には典型的なトリソミーと同様にそのまま64%と考えるしかないが、仮定として最も複雑であるため、ほとんど確かなことは言えない。

 

 以下に各場合の検討結果を一覧としてまとめる。

 

典型的なトリソミー 64%

優性遺伝 32%

劣性遺伝 48%

その他の染色体異常症で親から継承の場合 32%を少し上回る

その他の染色体異常症で親から継承でない場合 64%と仮定せざるをない

 

一度目の妊娠のNIPTの結果を考える際には、これらの確率で、二度目の妊娠・出産が成功するということになる。典型的なトリソミーといった場合は64%と考えられるので、それほど問題なく、中絶を検討できるが、優性遺伝とその他の染色体異常症が親から遺伝する場合は32%になってしまうので、かなり迷うところのはずである。

 

 NIPTの範囲が比較的軽度の遺伝性疾患まで拡大されたとしても、比較的軽度の疾患で陽性となった場合には、中絶を行うのはためらわれる数値と思う。どんな疾患かによって産むかどうかが分かれると思われる。この試算の問題点として誤差範囲を示していない。すでに二度目の妊娠・出産の成功率が50%を切っている場合は、もう一度自然受精で挑戦するという選択肢はないのではないかと言いたいところだが、誤差範囲を広く考えると、それもためらわれる。ともかく、成功率が低くなるにともなって、欧米のように婚外子という選択肢か、あるいは、体外授精+着床前診断(PGD)という選択肢が重要となるはずである。

 

 最終的にはASといったダメージを受ける妊婦が、NIPTで陽性となった疾患を許容するかどうかで決まる。しかし、将来に遺伝性疾患で苦しむ人口を減らそうとしてNIPTの対象疾患を拡大すると、最も重度の疾患が最初に追加される。NIPTで陽性となる可能性は非常に小さいが、万が一陽性となって、二度目の妊娠・出産が成功する確率を理解すれば、やはり中絶の方向で考えない場合よりも、考える場合の方が多いであろう。しかし、最後には、やはり胎児の生命を絶つだけの正確さがこの試算にあるのかという疑問が生じ、誤差範囲としてはどのぐらいかという話になる。現在のところ、遺伝カウンセラーの方々が上記同様の、英語文献でしか元になる数値が存在しないような試算をしているとは、正直思われず、やはり、誤差範囲を込みで妊婦に試算を示すための努力が研究者レベルでなされるべきではないだろうか。自分が誤差範囲を計算していないような試算を、他人にやってくれというのは気が引けるが、たったこれだけの試算でも実は仮定が少なくなる条件を思いつくまでにものすごく時間がかかっている。私としてはここまでが一応の限界である。

 

 その他、母体へのダメージとして、麻酔によるリスクが存在するが、ここではその存在のみ述べるだけにしたい。これはNIPTが対象疾患を拡大すればという話ではなく、一般的な話であり、単純に全身麻酔手術は麻酔科医のいる病院で受けた方が安全である。

 

 NIPTが様々な遺伝性疾患へと拡大された場合、という方向で試算を行ったが、ダウン症候群に関してだけは、[生まれる前のDNA検査...]の節で述べたように、将来的に心臓病の重症度が分かるという、症候群の中でより詳しく調べる方向にNIPTが拡張されるかもしれない。つまり、単純に陽性か陰性かという話ではなく、もっと細かい区分で1年生存率を予測できる可能性がある。ただ、倫理的な選択肢として増える方向になるため、本節の試算でも場合分けで複雑な話に思え、他で試算した例を探しても見当たらないのに、さらに選択肢を提示されてもその情報を有効に活かせるかどうかは、正直なところ分からない。ただ、技術予測としては、将来的にありうるという話である。

 


着床前診断の問題点 - NIPTとの倫理的違和感

 [中絶による母体へのダメージ...]の節で、NIPTが対象疾患を拡大した場合を想定し、一度目の妊娠でNIPTが陽性となり中絶した場合、二度目の妊娠・出産の成功率が荒い試算で32~64%と低くなるため、軽度の疾患の場合迷うところだろうと述べた。特に単一遺伝子疾患の場合や、夫婦染色体検査で陽性となった場合には、二度目の妊娠・出産を無思慮に行っても、一度目の妊娠と同じ結果になる可能性が高く、しかも、加齢とアッシャーマン症候群(AS)により状況は悪くなっていく。結局欧米で行っているように体外受精と着床前診断(PGD)の組み合わせで対応するしかない。

 

 体外授精に関しては日本はクリニックの数も実施症例数も豊富なので、問題は生命倫理に抵触しがちな着床前診断(PGD)の方である。タイで代理母を多数雇う資産家のニュースで誰もが知ってしまったように、タイはアジアでは例外的に生命倫理からの拘束力が緩く、人件費が安いため海外からの顧客を対象とした出生に関するビジネスが乱立している。日本も法的に厳しいわけではないが、事実上厳しい。基本的には、タイでも米国でも、現地を2回訪れないといけないようだ。しかし、冷凍受精卵輸送により日本にいながら米国でのPGDが可能としているエージェントが存在し、タイでのPGDでも同様のエージェントが存在する。特に後者の方は、一般に知られている相場よりもあまりにも安いことを公表しているため、鵜呑みにしていいのか全く分からない。おそらく、受精卵を冷凍すること自体は、大きな問題ではなく、現地に渡航した場合にも一度は冷凍するのではないかと思う。問題は日本から輸送すると必ず2回以上冷凍しなければいけない点ではないかと思うが、冷凍回数と成功実績の関係を数値で示していただかないことには判断材料がない。

 

 NIPTで陽性が出た場合という、稀なケースに言及してPGDのテーマに入ってしまったが、この流れからも示唆されるように、NIPTはPGDと倫理的にあまり違いがない。次の図のように、一つの図の中にPGDとNIPTの両方の手順を置いて比較してみた。こうしてみると、生命倫理のポイントとして、PGDでは「選別」という手順が入るのに対し、NIPTでは「中絶」という手順が入る。この二つを同罪とみなすか、選別の方がたくさん胚を排除するから罪が重いと考えるか、中絶の方がヒトの顔形に近いから罪が重いと考えるかということになる。これ以降は1細胞のことを受精卵と述べ、卵割して複数の細胞になったものをと記す。

 

 私は選別で排除される胚の数が、科学的な根拠のある透明性の高い基準にそって制限され、医療目的でない男女産み分けなどという実にくだらない理由のために不当な数の胚が排除されるのでなければ、PGDの方が、妊婦の受ける肉体的および心理的ダメージの両方を軽減できるという点から好ましいと思う。

 

 医療目的でない男女産み分けについて補足すると、[男女産み分けの国際比較...]の節で詳しく触れるが、ヨーロッパでは少しずつ重症度の低い遺伝性疾患までPGDを拡大しつつ、一度医療目的でPGDが認められ、胚として男女両方が得られ健康上等価であれば、付随的に男女の産み分けを認める方向にある。条件が複雑だが、非常に合理的な考え方をしている。

 

 PGDは、国内で行うか、海外で行うかにより、違いが出る。本来は国内で平等に行うべきところが、主として透明性の高いガイドラインの不在によって、事情を詳しく知る者だけが国内で利用して、それ以外の大多数は海外で利用する状況になっている。もちろん産婦人科医の方々が良心で動いて下さっているのは間違いない。しかし、結果として状況は患者のためにならない方向で動いてしまっている。NIPTの導入についても、技術的に見ればよいことだったと思うが、生命倫理の点からPGDと大きな差がないと思われるため、違和感はいっそう増した。

 

 本来ならば、NIPTが採血だけで済むというお手軽な理由でなし崩し的に実施されるのであれば、PGDも範囲を限定して実施基準を透明化すべきであった。

 

 2014年9月現在のところ、日本産科婦人科学会がPGDに対する「見解」を公表しているが、あくまでガイドラインという名称でもなければ、法的拘束力も全くない「見解」なのである。その割に「適応の可否は日本産科婦人科学会(以下本会)において申請された事例ごとに審査される」と患者にとっては不透明で、学会の立場を強めるのに都合が良い基準が導入されている。この結果、一部で学会見解の拘束力のなさを知っているクリニックだけが100例を越えるPGDに踏み切る一方で、国民の多くはこういったものは「闇」で行なわれているものなので、金を積みさえすれば海外で体外受精してPGDによる男女産み分けまで許され、国内の「闇」のものよりむしろ合法だと考えてしまっている。この結果、海外への体外授精とPGDの紹介ビジネスが基準がないまま乱立することとなり、NIPTという次の技術が登場して現在に至っている。

 

 政府が日本産科婦人科学会にPGDの見解を示すように促したという記述は検索しても出てこないので、ある意味、この見解そのものが非公式のもので「闇」とも言える。むしろ「次世代の日本国民の間引き」の基準を国民投票などの公的な手段でオーソライズするのを阻み、学会が申請を受理するかどうかという不透明な基準により、ごく一握りの権力のある産婦人科医が自分達の胸三寸のものにしようとしているかのようだ。だったら、日本産科婦人科学会ではなく、似たような名前の日本産婦人科医会の方がホームページが分かりやすいし、別の学会で基準を透明化してくれてもいいのではないかと考えるのが普通である。混同しやすい似たような名前の2つの学会が存在すること自体、公的に区別されなければならないほどの存在でないのを自ら認めているようなものだ。政府が基準を明確にせずに1990年に行われた世界最初のPGDから24年間も放置しているなら、いくらでもある地域の産婦人科学会でローカルに基準を透明化してもらった方がむしろ健全なのではないかという考え方もある。とくに先端医療開発特区が唱えられる近年は、一部地域だけが全国での特定の医療の実施よりも先行するのに不自然ではなくなった。

 

 NIPTとPGDは同じ生命倫理的基準で取り扱われるべきであり、NIPTが認可されるのにPGDが基準を明確にして認可されないのは、欧米の状況を調べれば調べるほど矛盾が大きい。結果的に、事情を知る一部の人々だけが国内で利用して、さらにお金持ちだけが男女産み分けのために海外で利用して、情報が得られずお金もない者は、遺伝性疾患を患っていても利用できない、それを許容するような見解なら、ガイドラインとさえ呼ばれていないような見解に従う必要があるのだろうか。その効力を疑うべきだと私は思う。

 


不妊治療としてのPGD - 不妊としての遺伝性疾患

 [不妊という社会問題...]の節で、日本の不妊社会の現状を調べ、[着床前診断の問題点...]の節で、着床前診断(PGD)の手順と、生命倫理として新型出生前診断(NIPT)と大差ないことを調べた。本節では、不妊治療としてのPGDについて調べる。

 

 [生まれる前のDNA検査...]の節で、トリソミーで23対の染色体にほぼ同じだけ不分離による膨大な人数のトリソミーの患児が存在し、我々は出生した患児だけしか気にしていないと述べた。これが意味するのは、流産や死産の多くが、NIPTが現在対象としている21、18、13トリソミーの重症例だけでなく、他の染色体による更に重度のトリソミーを含んでいるだろうということである。早期に流産すればするほど、また、妊娠したかどうかも気付かないぐらい早い段階のものほど、重度のトリソミーであろうという推測が成り立つ*。このことは、卵子の老化によるとされる不妊率*が、ダウン症候群の母親の年令による頻度*と、同年齢で比較すると似たような比率になっていることからも裏付けられる。つまり、不妊治療というのは、いかにしてトリソミーで流産せずに健康な子を産めるか、その高齢性への挑戦とも言える。必然的に不妊治療は体外受精を含み、最終的には体外受精と組み合わせて日本以外の先進国で実施されているPGDと結び付けられる。

 
 上記は高齢で初めて不妊となったケースだが、高齢でない時点から不妊を患っている場合は、トリソミー以外の遺伝性疾患が関係している可能性がある。[中絶による母体へのダメージ...]の節で、トリソミーと並べて他の染色体異常症や単一遺伝子疾患へと、NIPTが対象疾患を拡大する様子を調べたように、重度のトリソミーで流産するのと同じ理由で、その他の染色体異常症や単一遺伝子疾患の中の生まれることもできないほど重度で、とりあえず着床はできるほど軽度のものが、流産の中に潜在的に含まれていると考えらえる。次の図では、下の方の「患児」の部分が生まれることができた遺伝病患児であり、「着床失敗」から「胚の形成不良」を経て「死産」までの間でフィルターアウトされるのが、遺伝病による不妊であり、遺伝病以外の不妊と区別できないが故にこれまで認識してこなかったが、NIPTのようなDNA検査が発達すれば、この部分が問題になってくるはずだ。

 

 子宮筋腫子宮内膜症といった、他の婦人科疾患による不妊も多くあるため、結局のところ、不妊治療は高度になればなるほど、不妊の原因が追求される傾向があり、近年になって女性不妊から男性不妊が区別されて、精子の選別と体外受精に頼るようになったように、今後次第に、高齢による単純なトリソミーなのか、他の遺伝性疾患なのかが区別されるようになるものと思われる。そのために欧米で用いている手段が、PGDと言える。

 

 不妊治療としてPGDを導入するシナリオを具体的に想定してみる。

 

 不妊治療を、原因を探りながら1年以上続けても、原因が分からないまま妊娠できないと想定する。タイミング法、排卵誘発、人工授精、体外受精、顕微授精と、通常のステップアップは全てやったとする。次は、夫婦に対する染色体検査ということになるが、どのタイミングで実施すべきなのかは確かな記述を見つかることができなかった。不妊治療としてはあまり行うことがないとされているが、その理由の一つが「異常が出ても治療が無い事」というのは、強い違和感を感じる。検査結果が得られれば海外でPGDを受けるか、日本で諦めるか決められるので、原因不明のまま不妊治療を続けるという泥沼から抜け出せるのである。異常が出ても治療が無いからと言って、特定の検査を含まずに不妊治療を続けさせるのは、産婦人科医による打算、あるいは、悪く受け取れば、出せる夫婦から限界まで不妊治療に出費させるという種類のチェリーピッキングではないだろうか。

 

 実際に、夫婦染色体検査どころか、あるクリニックでは染色体に転座を持つ反復流産患者に対してPGDは有効と言い切っている。反復流産のことを、ウェブページによって習慣性流産、不育症とも呼んでいるようだ。反復流産の原因が、母体の全身性エリテマトーデスや抗リン脂質抗体症候群でない場合が、夫婦染色体検査、および、流産で天に召された胎児の染色体検査を最も必要とする状況のようだ。後者は、最も頻繁には"流産染色体検査"と呼ばれているようで、非常に手間がかかるがそれでも実施されているということは、やはり流産染色体検査ほど手間がかからないと思われる夫婦染色体検査までは行った方がよいと私は思う。こういった段階でも夫婦染色体検査を提案されない場合、遺伝カウンセリングを円滑に行うことができないというクリニックの事情による可能性が高い。染色体検査にも方式の違いがあり、染色体マイクロアレイ、別名比較ゲノムハイブリダイゼーションというのが最新の方法のようだ。これもおそらくクリニックがどの検査機関に送るかによって違うのだろう。

 

 だんだん状況が稀なケースになってしまうが、夫婦染色体検査または流産染色体検査まで行っても不妊の原因が分からない場合を想定すると、もうとれる選択肢はPGDしかない。

 

 将来、不妊治療からPGDに向かう過程がどうなっていくか想定してみる。

 

 夫婦染色体検査で何も問題がなかったと想定する。夫婦が、二人共エクソームシーケンシングや全ゲノムシーケンシングを受けて、病因性不明の変異を二人の同じ遺伝子に見つけ出し、それが胎児で劣性遺伝病を引き起こして流産となるために不妊なのではないかと推測する場合を考えてみる。妊娠するという以外に中間的な目標がなくだらだらイライラしながら支払いだけが増えるよりも、二人の老後設計として夫婦のどちらがどんながん保険に加入するかという検討も合わせて、エクソームシーケンシングをやってしまった方が、今後はコストパフォーマンスの点でよいだろう。

 

 [ミトコンドリアDNAの検査]で述べたように、シーケンシングによって変異が見つかっても、検証実験が既に行われている場合は少なく、しかし検証実験は患児の形で症例が出ている場合に行われるもので、変異が見つかっただけでは病因性は簡単には証明されない。だから原因不明の不妊で、病因性不明の変異が二人の同じ遺伝子に見つかった場合には、それなりにそれを不妊原因の可能性の一つとして仮定する根拠がある。もちろん、劣性遺伝は25%の確率なので、これまでの不妊の全部が一つの遺伝子のせいだったとは言えないが、すでに夫婦染色体検査まで行って問題がないと分かっているなら、比較の問題として、後は可能性の大きなものにかけるしかない。おそらく、疑わしいものから優先順位をつけて最大3つぐらいの遺伝子による劣性遺伝病を想定して、実質的には上位2つぐらいの遺伝子による劣性遺伝病を、胚の選別で排除できると期待される。2014年12月現在、次世代シーケンシング(NGS)の導入が進み、複数の遺伝子を一度のPGDで同時に検査できる体制が整いつつある**

 

 国内でPGDを行っていると公表しているのがほんの一部のクリニックだけに限られていると、そちらを持ち上げるわけにはいかないので、不本意な感じがするが、多数が利用している海外の場合を考えてみる。念のため記すが、海外でPGDを受ける場合も公式の基準があまりないという点では国内と変わらない。海外から見れば我々は外国人であり、外国人も対象とした特殊な基準が設定されていたとしても、言語が異なるため我々自身がその内容を直接知ることはできない。我々が知ることができる情報はあくまでエージェントを介してのみである。あくまで想像だが、米国では商業主義で高額ではあっても、比較的医療処置の安全性が保たれているのに対して、タイでは、途上国・中進国の常として、日本では想像できないぐらい病院の設備が異なり、富裕層病院と貧困層病院が別になっている*。特に安価なエージェントの場合、貧困層病院に連れて行かれて、日本よりも遥かに劣る医療処置を受けることになるのではないかと想像する。この前置きをした上で本題に戻ると、海外で体外受精+PGDを行い、劣性遺伝の発症パターンで変異が載っていない胚があれば、胚移植を行い、全てに載っていたなら、遺伝子の優先順位にしたがって選別するか、実子を諦めるかということになる。

 

 たとえ、実子を諦めることになっても、DNA検査の結果を眺め、自分達の老後設計を進めれば気持ちも前向きになろうというものではないだろうか。DNA検査による成人病の罹患予測確率から、加入すべき医療保険を決め、それらを支払っても余裕があると分かれば、里親および特別養子縁組という選択肢も残っている。しかし、もしも海外で二度目のPGDに挑戦しようとするならば、だんだん年齢が進んでいるはずで、無理があるのではないかと、私は思う。

 

 おそらく不妊治療の一つの問題は、患者を悩ませないつもりでリスクをリアルに説明しない過保護な医師の態度である。半分は不妊治療の利用を続けさせるための打算だが、もう半分は医師として患者の心を守るという良心から出ているため誰も強くは批判せず、終わりなくズルズルと救いがない状況が続きやすいため、どこかで意図的にピリオドを打たねばならない。前の節でトリソミーについて画像検索へのリンクで具体的に示したように、重度のことが多く、胚の潜在的な死亡原因と思われる染色体異常症や劣性遺伝の遺伝病を避けるために、一度は海外でPGDに手を出すのは、子の健康を望む親の努力として仕方がないと思われるが、その中でも劣性遺伝病の部分は、あくまで夫婦のシーケンシング結果から不妊原因への推測である。まだ日本はそういう状況になっていないが、同じシーケンシング結果に対して、分野が違う複数の医師から意見を聞けるようになれば、別の病名が次々に飛び出すということが起こりえて、最終的には単一遺伝子疾患は必然的に何パーセントかの胎児に起こってくるもので、いくら想定を厚くしたところで、一度のPGDで扱える胚の数が限られている以上、完全に避けるのは無理だということになる。

 

 不妊治療は、現在の日本で体外受精を何回までがんばるかとされているところが、将来的には一度のPGDでピリオドを打つところへと延長されることになるのではないだろうか。体外受精でピリオドとの大きな違いは、夫婦のシーケンシング結果を一つの成果として肯定的に考えることができるという点で、将来の医療保険と、里親ひいては特別養子縁組を望んでもいいぐらい自分達が本当にこれからも健康なのかどうかを、具体的に検討できる点であろうと思われる。

 

 また、気持ちとしては、海外で二度までもPGDを受けるようなお金があるのだったら、遺伝性疾患などの障害をもっているので里親のなりてなどいなくて、乳児院に預けられている恵まれない子供達*の支援に使われれば、どんなに助かるだろうかと想像する。

 

 本節の最後として、補足しておくと、不妊治療に絡むDNA検査として次世代シーケンシングに触れたが、一応23andMeによるDNAアレイの検査でも男性不妊の検査項目"Male Infertility"がある。ただし信頼性が★3つのため、あまりあてにしない方がいいと思われる。罹患予測確率を数値で示していないのは信頼性がそれほどないためと思われる。おそらく女性の方が不妊に関する検査結果の項目が多いのではないかと思うが、受けられないので分からない。以下に私の検査結果の概略を抜き出して示す。3つのSNPsが含まれ、うち3つ目のものは、日本人の研究者による成果のようである。最小限の訳を挿入する。

 

Non-obstructive azoospermia (very low sperm count)

非閉塞性の無精子症

Marker rs955988

CT Slightly higher odds of low sperm count.

Hu Z et al. (2011) . “A genome-wide association study in Chinese men identifies three risk loci for non-obstructive azoospermia.” Nat Genet.

 

Non-obstructive azoospermia (very low sperm count)

非閉塞性の無精子症

Marker rs10910078

CC Typical odds of low sperm count.

Hu Z et al. (2011) . “A genome-wide association study in Chinese men identifies three risk loci for non-obstructive azoospermia.” Nat Genet.

 

Male infertility

男性不妊症

Marker rs35576928

CC Typical odds of male infertility.

Iguchi N et al. (2006) . “An SNP in protamine 1: a possible genetic cause of male infertility?” J Med Genet 43(4):382-4.

 


生殖医療のリアルの写真

 本節では、生殖医療の写真をパブリックドメインから選んだものを示す。多少、グロテスクな部分が含まれてしまうが、高齢妊娠、高齢男性授精、不妊、遺伝性疾患について考える際には、これが産婦人科医の方々が夫婦に示さないリアルであろうと思われる。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


男女産み分けの国際比較 - 海外での生殖補助医療のリアル

 当初、この節では、医療目的でない男女産み分け、および、そのための海外での着床前診断(PGD)について、批判的な内容を記していたが、[仮説の更なる展開...]の節で記したように、遺伝性疾患の大多数で男子が女子よりも重度になるのが進化的に当たり前と思えるため、日本の夫婦の多くが希望すると言われている女子への産み分けについては、どうしても肯定的にならざるを得ない。現在の段階では、あくまで情報の提供、ウェブページの紹介に留めることにした。

 

“女性のいない世界”は絵空事ではない!?歪んだ未来をもたらす行きすぎた「男女産み分け」――『サイエンス』誌記者 マーラ・ヴィステンドール氏に聞く』 大野和基, 2012年8月7日, ダイヤモンド社

 

最も大規模に男女産み分けが行われているのは中国で、男子への産み分けである。中絶といった倫理的に問題のある措置がとられているとも言われる。

 

"Sperm sorting" Wikipedia

 

男女産み分けの新技術として、MicroSort社のフローサイトメトリーによる精子選別法。

 

Rorvik, David M., and Landrum Brewer Shettles. "Your babys sex: now you can choose." (1970).

 

日本で出回っているピンクゼリーが有効といった情報は、上記の文献で示されたもので、もはや古い。

  

Michelmann, H. W., G. Gratz, and B. Hinney. "XY sperm selection: fact or fiction?." Human Reproduction & Genetic Ethics 6.2 (2000): 32-37.

 

フローサイトメトリーの方が、他の方法よりも優れているが、決して100%ではない。

 

"ESHRE Task Force on ethics and Law 20: sex selection for non-medical reasons" W. Dondorp et al., Accepted March 19, 2013

 

EUでは、医療目的でない男女産み分けをこれまで否定してきたが、重度から軽度へと医療目的の範囲を広げて規制を緩和しつつある。フローサイトメトリーをPGDの前段として用いることで、男女産み分けが技術的に容易になるからである。多くの遺伝性疾患が女子より男子が重度なので、女子への産み分けが正当化しやすくなる。また、ファミリーバランシングという名称で、家族としての男子女子両方を得たいという夫婦の希望を、第二子以降に限るといった条件をつけながら、肯定する方向で話が進んでいる。しかし、まだ決定事項ではないようだ。

 

「代理出産は480万円」「男女産み分けは160万円」 年間100組以上の日本人夫婦が利用するタイの生殖医療事情』, リプトン和子, ウートピ, 2014.08.06より

 

国内でいくら規制されても、タイに渡れば生殖補助医療の多くが利用できてしまう。

 

韓国の生殖ツーリズムと生命倫理 ―日本人間の渡韓卵子売買をめぐって―』 渕上恭子

 

海外で生殖補助医療を受けた中に、日本に帰国して以降、特に患児が生まれて問題を起こすケースがあるようだ。

 

 LCCの登場で航空機運賃が安価になり、海外旅行者数が平成25年(2013年)の統計で1,747万人に上った。のべ人数を無視してざっくり試算すると実に国民の13%が1年間に一度は海外に出ていることになる。今や日本の国内で医療を国際基準よりも制限すればするだけ、日本の中だけで医療を考えている人口と、日本の外で医療の機会を探している人口の間で、巨大な格差医療が出現しようとしている。日本の医師は英語の壁にぶつかってまで国外に出ることにあまり興味がないため、多くは日本国内だけ見て、日本の平等医療を自画自賛し、自分達の苦労も報われていると考える方々が多いと思う。しかしその実、海外で医療を受けた人口は統計に出にくいだけで、毎年のように増えているのだ。その極端な例がPGDと言えるだろう。

 


着床前診断の潜在的なリスク - 子と女性へのリスク

 当初、この節では、着床前診断(PGD)の潜在的なリスクについて、PGDに批判的な内容を記していたが、[男女産み分け...]の節と同様に、[仮説の更なる展開...]の節で記した理由で遺伝性疾患の大多数で男子が女子よりも重度になるのが進化的に当たり前と思え、日本の夫婦の多くが希望すると言われている女子への産み分けによって多少なりとも遺伝性疾患のリスクが回避できるという事実が存在してしまっているので、どうしてもPGDおよび男女産み分けに肯定的にならざるを得ない。そういった男女産み分けの土台の部分で複雑さがあるため、現在の段階では、あまり詳しく調べても曖昧さが増すばかりなので、当初の節より小さくまとめ直すこととなった。

 

"Bust a Myth about PGD/PGS" Fertility Authority, 2014年10月7日閲覧 より

 

"The good news is that embryos damaged by PGD appear to experience an "all or none" effect — they stop growing, rather than sustain long-term damage," she says.

「不幸中の幸いと言えるのは、PGDにより傷ついた胚は、『全か無か』(ゼロか百か)で影響が表れることです - 長期にわたるダメージを受ける前に、それらは成長を止めるのです」とのことです。

Embryos that continue to grow after the biopsy do not become abnormal as a result of the biopsy and are not at greater risk for miscarriage or birth defects.

生検の後も成長を続ける胚は、生検の結果としては異常となることなく、流産や先天異常を引き起こすリスクがより大きくなることはありません。

 

PGDでは8分割ぐらいしかしていない胚から、8分の1を切除するので、言ってみれば、胚の大きさをヒトの体で考えたなら、手足をもぎ取られるぐらいの侵襲を受けることになる。この結果、他の7細胞に大きな傷を付けてしまうと、その胚はあっさり死んでしまう。だから傷がついた胚は排除されて患児として生まれないと言われているが、男性不妊や父性年齢効果で精子だった時の影響が自閉症や統合失調症などの形で及ぶことが統計として出てくると、やはり精子を含んで生じる胚にほんの僅かであれ傷がついたら、子が成人してからその後遺症に悩まされることは起こりうる。なにしろ、1990年に最初のPGDのあかちゃんが生まれて、まだ24歳なのである。人生の後期に患う疾患、特にアルツハイマー病について評価されるのは、ずっと時間がかかるということになり、その点に着目した学術文献がある。

 

Yu, Yang, et al. "Evaluation of blastomere biopsy using a mouse model indicates the potential high risk of neurodegenerative disorders in the offspring." Molecular & Cellular Proteomics 8.7 (2009): 1490-1500.

引用元 32(2014年12月9日)

 

The mice generated after blastomere biopsy showed weight increase and some memory decline compared with the control group. Further protein expression profiles in adult brains were analyzed by a proteomics approach.

割球生検の後に生まれたマウスは、コントロール群と比較して、体重増加およびいくらか記憶力低下を示した。更に、成体の脳におけるタンパク質発現プロファイルが、プロテオミクスのアプローチにより分析された。

A total of 36 proteins were identified with significant differences between the biopsied and control groups, and the alterations in expression of most of these proteins have been associated with neurodegenerative diseases.

全部で36種類のタンパク質について、生検を受けた群とコントロール群で有意な差異が認められ、これらのタンパク質の多くで発現の変化が神経変性疾患に関連付けられてきた。

Furthermore hypomyelination of the nerve fibers was observed in the brains of mice in the biopsied group.

更には、生検を受けた群のマウスの脳において、神経線維のミエリン形成不全が観測された。

This study suggested that the nervous system may be sensitive to blastomere biopsy procedures and indicated an increased relative risk of neurodegenerative disorders in the offspring generated following blastomere biopsy.

この研究は、神経系が割球生検の手順に敏感である可能性があることを示し、割球生検に続いて発生した子孫において神経変性疾患の相対的なリスクが増加したことを示した。

Thus, more studies should be performed to address the possible adverse effects of blastomere biopsy on the development of offspring, and the overall safety of PGD technology should be more rigorously assessed.

それゆえ、子孫の発達についての割球生検の有害作用を同定するため、より多くの研究が行われるべきであり、PGD技術の全体的な安全性をより精力的に評価すべきである。

 

この実験結果を読む限りは、マウスでPGDに似た実験を行うと、アルツハイマー病のリスクが高まるという結果になっている。この研究が中国の研究グループによって行われているのは皮肉で、まだ日本ほどアルツハイマー病が大問題になるほど高齢化が進んでいるとは思われないし、また、PGDというドラスティックな手段で特に不妊治療に関係して新しい生命を守らないといけないほど、子どもが少なくて困っている国でもない。日本の方がこういった研究の需要は高いはずで、ぜひ、日本でもこういった研究を行ったいただけたらありがたいと思う。もしもこの文献の実験結果が再現してしまうのであれば、とてもややこしい話になって、PGDなどとんでもないということになる。

 

 ここまではPGDによる子へのリスクについて述べたが、不妊治療ひいてはPGDによる母体へのリスクも存在する。

 

 男女の生物学的な役割の違いから、女性の方が責任と劣等感を感じて不妊治療に拘っている場合が多いと考えられる。不妊治療を行ううちに、35歳に達して、リスク的に限界と考えられる40歳に達するまでの5年間に、不妊治療として潜在的な遺伝性疾患の可能性を排除するため、海外でのPGDに手を出すのであれば、ここまで調べてきて分かるように、やはり相当に下調べをして慎重を期さないと逆に子や女性にとってリスクが高くなってしまう可能性がある。例えば排卵誘発剤の注射でアナフィラキシーを起こした場合は、抗体を通じて次の不妊治療のリスクへと反映されると考えられるため、アナフィラキシーを起こした薬剤の種類を教えてもらえないだけでも、後日におけるリスクとなってしまう。特に米国と違って英語で医師とやりとりができる保証がないアジアで安く受けるという選択肢は、安全を考える限り、アジアの安価なPGDを受けた者からのクレームやインシデントの件数が分かるまでありえないのではないだろうか。

 

 不妊治療は、真面目に妊娠しようとすればするほど、40歳という実際上の期限に向かって、35歳から苛烈に進んでしまうことが多いはずで、ある意味、希少疾患の診断と似ている。希少疾患の診断は歩いて自分一人で大学病院に通院できるのが診断の限界で、老化や症状の進行によって体力が衰え、通院中に事故を起こしたときが引き際である。私の場合はすでに通院中に自動車事故を起こしているので、半分引いた状態である。半分というのはまだ電車通院はギリギリできるので、DNA検査を自宅で受けて疑わしい変異を絞ってからいずれ通院することにして、今に至る。しかし、これはもしかしたら子に渡してしまった可能性がある病的変異を同定しようとして行っているのであって、子を直接的に危険にさらしているわけではないから、そこまでギリギリでも何とかなるのである。しかし女性が不妊治療を追求する場合は、自らが障害を負ってしまったら、将来妊娠する子にとってもマイナスにしかならない。不妊治療中にアナフィラキシーを起こしたりすれば、妊娠中に何か起こっても投与できる薬剤を制限してしまうだろう。女性が苛烈な不妊治療によって広い意味での障害を負い、その障害がさらに妊娠を困難にする可能性まで考えると、自然となぜそこまでの行為を男性側が止めないだと発想にいきつく。これは、もちろん、男性が女性を止めるべきなのである。本当にその女性のことを愛しているのならば。

 

 結局のところ、男性が女性を守るという役割が不妊治療において発揮されていないことが、日本の不妊治療を苛烈なものにしているのではないだろうか。私もここまで調べるまで、こういった観点から自らが妻の安全を考えて来なかったことに気付いた。何となくこのまま進むとまずいとは思っていても、不妊治療をやめようと言うと女性が怒り出すので、結果的に身を任せているナヨナヨした男性が日本で多いことが、おそらく問題の背景にある。日本では男子よりも女子を多く望んで男女産み分けをしようとしているということは、跡取りとして男子が欲しいという男性的な発想では考えられておらず、妊娠の行為の主体が女性で、もともと不妊治療は女性の意見の方が強く出る傾向があるのだろう。PGDをアジアで安価に受けるなどと、そこまで女性が自らの健康を犠牲にしてまで、と思える苛烈な発想が実行に移されてしまうのは、こういったことが背景にあるのではないだろうか。

 


フィルターされた人々による生まれの平等性、不平等性の支配

 [新型出生前診断...]の節と[着床前診断...]の節で、NIPTとPGDの間で格差を付けた導入のされ方が、既存の患者に対する配慮よりも採血で済むという便宜が優先されたように見受けられ、[遺伝学用語...]の節で、「多様性」という用語の導入のされ方として、単純な生物学的多様性よりも「人権に基づく多様性」が強調されるべきなのに、そうなっていないと述べた。こういったこと、つまり、遺伝性疾患の既存の患者を軽視したかのような意思決定が国の単位で次々になされること、しかも、学会のガイドラインや見解という形なので、国会を通っていないために民意が反映されずますます不平等に見えるという傾向、この現象を説明するために図を描いた。

 学会のガイドラインや見解が、生物学的・社会的フィルターを通り抜けた人々、つまり大学教授や医師の中の限られた層だけによる国民全員、その中で特に遺伝性疾患の患者の家系に対する意思決定を行っている現状を示したものである。私がNIPTとPGDの対象疾患についての国民投票などと持ちだしている理由である。[進化と遺伝病...]の節の「見えないフィルターによる必然性の増大」の図がすでに生物学的フィルターを描いたものなので、その後の過程として社会的フィルターを結合させたものである。つまり、何が言いたいのかというと、生物学的フィルターを基盤にして社会的フィルターが形成されることにより、遺伝性疾患を患うような家系は意思決定に参加できない仕組みが、学会によるガイドラインであり、見解なのである。むしろ、目に見えるような遺伝性疾患の要素が少しでもあったならば、結果として徹底的に排除される仕組みになっている。「目に見えるような」というのは後述する例外があるからである。

 

 図を上から辿ると、親の世代から来る卵子・精子から新生児までは、[進化と遺伝性疾患...]の節で述べた通りである。膨大な数の変異と淘汰が、出生までの間に起こり、生き残った胚だけが新生児となるが、その後も過酷なフィルターが待ち受けている。「遺伝病(先天性異常等)」により、小児のうちに天に召され、また「感染症(インフル等)」との闘いで、CPT2に変異があるとインフルエンザ脳症を起こして重度障害を負ってしまう方々もいる。「若年自殺(いじめや病苦)」の段階から、社会的フィルターの傾向が強くなるが、社会的フィルターと生物学的フィルターを完全に分離することはできない。例えば、自殺の中にも病苦によるものが含まれるからである。「進学高校入学試験」「大学入学試験」「医師国家試験など専門試験」と進んでいって、上司との人間関係などで「社会的挫折」を負わなかった者だけが医局に准教授などとして残れても、ここに至るまでのストレスなどで「うつ・自閉症悪化(理系の職業病)」して教授にまで登れない者も多いだろう。そうやって生物学的要素込みの社会的フィルターを生き残った教授陣とそのお気に入りの部下だけによって学会のガイドライン・見解というのは作られるので、「遺伝病(先天性異常等)」という早い段階で排除されてしまう遺伝性疾患の患者の考えから遠く外れた内容になるのは当たり前のことなのである。これが私が国民投票か、最低でも国会を通すべきと主張する根拠である。

 

 ここまでフィルターされた限られた人々で決めてしまっても、現場に出ている産婦人科医や小児科医といった責任が重くて、重症例を診ている人々が中心になっているのであれば、まだ納得いくのだが、[遺伝学的検査のガイドラインの乖離]の節で述べた10学会ガイドラインのように、本当に遺伝性疾患の悲惨な現場を知っているのか疑わしい人々、それも我々が接したことがないと思われる職業の人々が多く含まれていると、口を挟んで理屈をこねまわしているのは、実は軽症例しか知らない人々なのではないかと思えてくる。具体的には、もしかすると遺伝カウンセリング系の人々が、大きな障害になっているのではないだろうか。なぜなら、本当に悲惨な症例というのを経験したことがなく、現場を知らないからである。それにも関わらず対象の疾患を診ているからと主張してガイドラインに口を挟める。現場とは、具体的にはrare genetic disorders in babiesで画像検索した結果のような世界のことである。なお、このキーワードはグーグルのオートコンプリートによって得たもので、この手の検索キーワードとしては2014年11月現在世界的に最も頻度が高いはずのものである。こういった世界を知らずに、フィルターされた自分達が中心の世界観で判断すれば、「多様性」という言葉をありがたがって、生物学的多様性をそのままヒトに対して適用できるかのように誤解してしまっても無理はない。繰り返しになるが「人権に基づく多様性」と述べてもらわないと、まるで遺伝性疾患を持って生まれてくるのを運が悪かったのだから許容せよと言われているようだ。生存権を蹂躙するほどの多様性を誰も望んで生まれてきたわけではない。あくまでヒトの多様性は人権の幅の中に制限されるべきものなのである。

 

 小児科医や産婦人科医は、決して全てとは言わないが多くの医師が、遺伝性疾患の悲惨な世界を知っているはずである。なぜならこういった患児が生まれてしまったときにどうすべきか、責任問題でもあるし、想定しておく必要があるからである。そもそも生まれた時点で1年生存率が50%を切っていると予測できるような症例は、より重度の患児を厚く診るという倫理の観点から対応するのは限界があり、その限界に悔し涙を流した小児科医は多いはずだ。しかし、遺伝カウンセラーの口からはどうも具体例として軽症例ばかりを挙げていて、重度の例は統計でしか認識していない気がしてならない。今までに2回遺伝カウンセリングを受けているが、これが私の印象である。それなのに同じ疾患を診ているからと口を挟む権利だけは確保されている。理屈ばかりがこね回される事態の原因はこういった事情が主なのではないだろうか。複数の学会の間で学会間のパワーバランスに振り回されて、より重度の患児を厚く診るという倫理を省みる余裕がないまま、より重度の症例を診ている医師により大きな決定権が与えることができず、ガイドラインが作られているのではないだろうか。これが、最も重度の遺伝性疾患に対応できるPGDが規制され、比較的長期生きられるダウン症候群の間引きを主なターゲットとしてNIPTが実施されてしまう遠因なのではないだろうか。しかし、あくまで遠因であり、直接的に日本人類遺伝学会がPGDNIPTの見解に口を出したようには見えない。共著にもなっていない。むしろPGDという重度寄りではなく、NIPTという軽度寄りになっている原因は、最終的に重度の患児が天に召されるのを見とる現場の小児科医が口を出していないことに原因があるのかもしれない。産婦人科医は生まれた際の悲惨さは知っていても、患児が1年間闘って天に召される時のご両親の沈痛さは把握していない可能性が高い。組織のしがらみの中でバランスをとるのが難しいのかもしれないが、患児の出生と最期、両方に配慮してPGDとNIPTのガイドラインは制定していただけることを願ってやまない。

 

 もう一度、図の説明に戻って細かい点を述べると、遺伝病以降は、生きた人口が存在するが、社会的な意思決定の中央へと到達しにくくなってフィルターアウトされる、と考えている。若年自殺は亡くなった人口が多いので、例外として扱った方がいいようにも思えるが、未遂による後遺症も込みで考えると、必ずしも例外とは言えない。うつ・自閉症の悪化のうち、うつについてはよく知られていると思うが、先天性のものを含めて高機能自閉症は理系で罹患率が高い***、言ってみれば理系ひいては医師の職業病である***。これが本節の最初に「目に見えるような」遺伝性疾患は排除されるが例外があると述べたものである。なお、本著では、「遺伝病」を狭くて遺伝性の高い単一遺伝子疾患を示し、「遺伝性疾患」を疾患の範囲を広めにとって染色体異常症を含んで用いている。今回も後述する理由で遺伝性がそこそこ高いと証明されれば遺伝性疾患の範囲に含めていいだろうと考えた。図の最後の段階として、左側の細い線で描いたように、親から子へと社会的ポジションが受け継がれていく場合もあるだろう。それほど多くないと見込んで細い線として描いた。子で遺伝性疾患が発生して初めて、現在この生まれの平等性・不平等性を取り仕切っている社会の意思決定メンバー諸氏の中には、生物学的多様性など誰も望んでいないと気づくものがいるのだろう。

 

 だったら、多少は、生まれの不平等性を味わっていただいてもいいだろう。うつと高機能自閉症を医師法の相対的欠格事由の中に含めるのか、統計的かつ遺伝学的に調査をして、いずれ国会で議論するのだ。現在のところはうつも高機能自閉症も精神疾患ではないために該当しないが、近年、医師による不祥事や医療過誤の影に、統計をとると、うつや高機能自閉症を患っている一部の医師に偏って問題を起こしているのではないかと推測するのは、誰でも思いつくことだ。医師という画一化された職業に限ってGWASを実施すれば、一般人口よりもかなり正確に予測罹患確率が出るだろう。GWASで職業を限れば限るほど環境因子が排除されて数値が正確になることが分からないような馬鹿な医師がいらっしゃるとでも? 医師という人口を対象に研究すること自体が医学の進歩を加速するはずなのに、なんでこれをやらないのか、という話である。画一化されているという意味では、これ以上に理想的な職業は存在しない。図中で医師国家試験の段階までこんなにも狭くフィルターされたこと自体、理想的に一様な患者群であることの証明である。それなのになぜやらないのかというと、もちろん、やりたくないからだ。社会の辺縁の遺伝性疾患などに混じりたくない、そう思っているから、医学の進歩に結びつくのにやらないのである。将来的に准医師という資格など作られて、DNA検査の結果で同僚の後ろに格下げされるのもごめんだからだ。

 

 どうだろう? 遺伝情報差別される気持ちが少しは分かっていただけただろうか。途中、遺伝カウンセラーが重症例を重く扱っていないように見えることに医師と比較して不満を示したが、最後は医師制度を悪用して医師だけを批判する形になって、フェアではない展開になってしまったことをお詫びしたい。医師制度は画一化されているために何かと批判しやすく、遺伝カウンセラーは批判しにくいのである。遺伝カウンセラーと日本人類遺伝学会がどこまで関係しているのか、という点を誰もが読めるようにしていただきたいというのも要望したい。実は、他の遺伝カウンセラーの学会との関係も全体的によく分からない。

 

 なお、図を上ほど細るピラミッドではなく、逆ピラミッドとして描いたのは、ピラミッドで描いた方が食物連鎖を連想させるため説得力はあるだろうという考えが頭をよぎったが、科学的姿勢として混同を利用するのはフェアではないと考えたからである。しかし実際には、一部の医局に限ってはまさに食物連鎖として描いた方が適切かもしれない、とも想像した。遺伝カウンセラーの方々の組織は、医師ほど画一化されていない分、決してそこまで酷くないと思っていることを、フォローになっているかどうかは微妙だが申し添えておきたい。また、うつは私も患っている時期が多いし、自分では理系の自閉症傾向があるかもしれないと思っていたのに23andMeの検査項目に今のところGWASに成功していないからと含まれてなかったので、多少失望した者である。しかし、おそらく一般人口を対象にする群の決め方がまずいのであって、職業を徹底的に限ればGWASなどで比較的レアなSNPを含みつつ理系特有の自閉症について関係性がえられると期待している。

 

 なお、理系らしさをかもしだすために自称アスペを名乗るという妙なブーム*があったようなので、ここに注記しておく。やはり、真面目な話、大規模な統計が必要とされているのではないだろうか。妙なブームの影響もあると思われ、日本で本当に診断された患者人口、職業比率が数値としてはさっぱり分からない。海外でも関係しそうな論文は出ていても引用数があまり伸びていないようだ

 


遺伝学用語の混乱:variation、多様性か変化性か

 [遺伝学用語の混乱]のうち、特にvariationを多様性としている部分について、変化性という名称の方が本来の訳である根拠を示す。ただし、すでに多型とそれなりにうまく区別され、diversityとの混乱も比較的抑えられていることから、語源学的に変化性の方が適切と検証したところで、本当に改定しなければならないものかどうかは、正直なところ分からない。[遺伝学用語の混乱]よりも遥かに後ろに位置する節となったのは、NIPTと、[フィルターされた人々による...]の節の様々なフィルタリングにより事実上の選別が行われている考え方を必要とするためである。

 

(日本人類遺伝学会が2009年に行った改定§ より)

 

1. genetics 遺伝学「意味:遺伝と多様性の科学」 遺伝学「意味:遺伝の科学」

 

1.本来 heredity とvariationの科学の意味で定義されたgeneticsがheredityのみの科学と解釈されがちな「遺伝学」と訳されたため、カバーする範囲が狭く解釈される傾向にあり、日本社会では「遺伝」が暗いイメージに結び付きやすい。遺伝学という訳語を変化させることはもはや困難であるものの、遺伝学が「遺伝と多様性」の科学であると改めて明確に定義する。

 

 遺伝と多様性の両方が、英語から導入されたにも関わらず元のニュアンスが保存されていないため、この手の用語改定の中で、意味を確認したり定義したりせずに唐突に使用すべきでない用語である。本節では多様性の方にふれる。

 

2. variation 多様性(バリエーション)         変異(彷徨変異)

 

2.初期の日本の遺伝学者がvariationを「変異」と訳し、それを「彷徨変異」と「突然変異」に分類したため、その後の用語と概念が混乱している。また、mutationに「突然変異」という問題のある訳を当てたため、更に用語と概念が混乱した。「突然」の用語は適当ではなく、多くの現在の研究者は「変異」をmutationの意味に用いている。以上の混乱を整理し、世界的な用語と概念に矛盾しないようにするため、variationに「多様性(バリエーションも可)」、mutationに「変異(突然変異も可)」を当てる。これに合わせ、mutantは「変異体(突然変異体も可)」、variantは「多様体(バリアントも可)」の訳を当てる。多様体は数学では別の意味(manifold)を持つが、使用される分野の違いを考えれば、混乱することはまずないと思われる。また、「多様性」は生物学全体、あるいは生態学ではdiversityの訳に用いられているが、意味は類似しており、混乱は大きくはない。

 

 "2.variation"について、「多様性(バリエーション)」との改定は、理想を言えば「変化性(バリエーション)」であった。「多」「様」というのは"polymorphism"を連想させ、「多型」との間で多少の混乱を生み出しているが、それほど混乱は大きくないはずである。"variation"は、"vary"「変わる」が語源で、直訳は変化であり、連続的な変化をイメージさせ、「多」という状態の数が数えられるかのような表現とあまり一致していない。変化だけでは一般用語と混じるため、学術用語であることを示すよう「性」をつければ「変化性」ということになる。多型とニュアンスが混じりやすい多様性よりも変化性の方が本来は合っていると思う。

 

 問題はもう一つあって、『「多様性」は生物学全体、あるいは生態学ではdiversityの訳に用いられているが、意味は類似しており、混乱は大きくはない』と述べられている部分である。ヒトに対する多様性と、ヒト以外の動物、生物に対する多様性は、当然別のものである。ヒトは生命倫理と人権によって厳重に保護されるべき研究対象である。他の遺伝学的な研究対象とは当然異なる。

 

 次の図に示すように、新型出生前診断(NIPT)により個体差ひいては多様性を積極的に制限するということが行われている。2013年以来、事実上の生まれの選択、生まれの制限により、自然な多様性から、人工的な多様性へと大きく方向転換したのである。すでに我々は、最大多数の最大幸福の論理に基いて、皆が高齢化の中で幸せに暮らせるよう、医療的高負荷、短命患児を間引いている。これは患児や当該の家系、高齢出産の夫婦、産婦人科医だけでなく、医療の負担ということを通じて皆の問題なのである。短命と一言で言っても、症候群なので、重症度の幅が広く、どこまで短命か分からないまま今現在も間引きが行われている。本当に短命なのか、本当にそこまで重症度が高いのか、もっと基準と診断をはっきりさせるべきではないだろうか。

 

 このような現状があって、多様性という用語について考えた時に、ある程度は、ヒトに対する多様性は、人権の幅の中に制限するということを、我々は考えてもいいのではないか、と私は思う。やはり、障害があるから産まないという意思決定も、半分は遺伝因子、半分は環境因子によって構成されるまだ見ぬ我が子という存在に、意図的にその新しい生命に他人より劣った遺伝因子を与えて貶めるということもまた倫理的問題があるため、人権の観点を強調して、肯定されるべきだと思うのだ。ただし、問題は本当にそこまで大きな障害かどうかなのである。同じダウン症候群の方々の間でも、あまりにも軽度と重度が違いすぎる。18、13トリソミーについては、一年生存率が20%未満なので、産まないという判断を私個人としては妥当と思うが、ダウン症候群のうち一年間生きられないと言われている4~12%かどうかを、もしも事前にNIPTで一年生存率の予測が分かるようになれば、妊婦の方々自身に、より正確な予測を提供して、判断していただくしかないであろう。極端な話、そういう予測ができるのかどうか現時点では分からないが、50年生存率の予測が80%となった場合に、そういった生命を間引くのは、やはり間違っていると思う方々の方が多いのではないだろうか。

 

 大げさな言い方をすれば、NIPTによりヒトの生まれの定義が変わった。特定の特徴を持った個体がかつてないほど積極的に排除されている。これまで自然だった多様性の状態から医療的、積極的にフィルターして制限を設けようとしているのだ。ただ、自然だった多様性と思っているものも、実は社会的に高齢妊娠になってしまう状況が作られているという意味で、完全に自然だったわけではない。文明化で晩婚化し、社会保障の不安で高齢妊娠が増えて、人為的な原因でトリソミーが増えているのだ。しかし、やはり、医療的な手段によって、大多数の人口を対象として生命のフィルタリングが系統的に導入されたのは、NIPTが日本の、人類の歴史上、初めてと言ってよいであろう。

 

 こういった状況下で多様性という用語を考えるにあたって、厳しい言い方をしてみる。遺伝性疾患の変異と、生物多様性を生み出し進化を引き起こす変異の間で、発生の仕組みに違いがなく、遺伝性疾患の患者は主として感染症に勝つために生物多様性を獲得するための進化の犠牲者である。したがって、生物多様性をヒトに対して無条件に肯定するということは、遺伝性疾患で苦しむ患者がもっと増えてもよいのだと言っているのとあまり違いがない。また、そういった患者は生物多様性によって自然に発生したのだから、もっと放置してもいいのだと言っているのとあまり違いがない。つまり、生物多様性と、ヒトで人権に基いてNIPTといった手段で制限されようとしている多様性を混ぜてはならないのである。

 

 英語では生物全体に対してはdiversityという用語を用い、ヒトに対してはほぼ必ずvariationという用語が用いられている。それなりに区別されているのだ。だから、日本語でも本来は両方が同じ多様性という用語であってはならない。これらはほぼ同じ意味だと日本人類遺伝学会は説明しているが、語源学的ニュアンスの違う用語である。diversityについて調べる。

 

diversity=>divert

divert (v.)

early 15c., from Middle French divertir (14c.), from Latin divertere "to turn in different directions," blended with devertere "turn aside," from dis- "aside" and de- "from" + vertere "to turn" (see versus).

 

このdiveristyの語源に合致するように、Wikipedia英語版のGenetic diversityでは、系統樹の上での進化の「方向性」が様々なように説明されている。つまり、日本語に冗長であろうとも誤解の少ないように訳すとすれば、diversityは多方向性、または多向性である。多様性ではない。しかし、残念ながら、ヒットカウント分析で、他方向性や多向性は十分な検索結果数を示さない。

 

"多向性" 約 101,000 件

"多方向性" 約 53,200 件

"多指向性" 約 12,600 件

 

(グーグル検索、2014年12月15日)

 

多向性が一応、上位にあるため、多少中国語が混じっているという違和感はあるが、あえて言えば、Genetic diversityは遺伝学的多向性、または、起源的多向性である。遺伝的多向性では、geneticではなくhereditaryと対応してしまうため、厳密さを追求する限りは遺伝的多向性という訳はありえないだろう。実際問題として、便宜上はありうるが。geneticは継承に重きをおかず発生に重きをおいた用語なので、ニュアンスとしては後者の方が正確である。また、もともと漢字自体が中国のものだから、中国でマイクのdiversityが多方向であることを多向性と言っているようなので、意味としては、合致しているし、私自身としては、近年は日本語から中国語へと導入した工業用語が多かったはずなので、逆にdiveristyについてのみ日本語が中国語に合わせてもいいのではないかと思う。もっとも、NIPTもある中国人が米国で学んで作った技術なので、これからもいずれ徐々に中国語から日本語への用語の導入が進むものと思われる。

 

 variationのvaryの方は空間的に変わるのか、時間的に変わるのか、物理学的にはどちらなのか区別したいところだが、実際には両方の場合があるようだ。だから、変化性あるいは多様性と訳して問題ないが、空間的、時間的のどちらの場合も含めて英語では述べていることだけ頭に置いておいた方がいいと思われる。

 

 Wikipedia英語版のページで言うと、Human genetic variationは、ヒトの遺伝学的変化性、または、ヒトの起源的変化性である。Genetic variationは、あえて言えば起源的変化性である。Genetic variabilityは、あえて言えば起源的変化可能性である。Biodiversityは、あえて言えば生物多向性である。Species diversityは、あえて言えば種多向性である。

 

 Biodiveristyの中に、次の3つの成分があるそうである。

 

taxonomic diversity

分類学的多向性(種多向性)

ecological diversity

生態学的多向性

morphological diversity

形態学的多向性

 

3つの場合でdiveristyで統一されていることから、おそらくだが、variationというのは、ローカルな変化をイメージし、diveristyというのが、大きな方向転換を含むのではないだろうか。つまりBiodiveristyのトップに"degree of variation of life"とあるのは、導入として分かりやすい変化を思い浮かべさせる意図があると思われ、その後に、大きな方向転換の説明が来ているように思われる。読者に分かりやすい部分から説明を始めるという、英語の説明文の意図を汲み取れずに、Biodiversityが最初にvariationで説明されているから、この2つが同一であろうという話になってしまったのではないだろうか。

 

 結局のところ、生物界全体のgenetic diveristy、biodiversityとちがって、ヒトにいたってはhuman genetic variationという、種内のローカルな変化について述べるため、variationとしてあると思われるので、やはり、diversityを多様性としようが、多向性としようが、variationはdiversityとは関係なく原語に忠実である必要があり、変化性であろうと思われる。

 

 

 日本人類遺伝学会による「遺伝学」の用語改定に話を戻すと、「heredityとvariationの科学の意味で定義されたgenetics」というのは、確かに過去においてはそう*なのだが、シーケンシングによって父母由来の変異が見分けられるようになった現在では、既に時代遅れの話である。[コモンとレア...]の節で述べたように、一つだけでは良性と見られる、つまりどちらかというと多様性のイメージに近い、SNPsの集合によって、アルツハイマー病といったコモンディジーズが引き起こされ、その一方で稀な変異により重度の単一遺伝子疾患が引き起こされ、その中間にBRCA遺伝子による乳がんが存在する。これらは頻度も重症度も連続的に分布しており、重度だからheredityだ、軽度だからvariationだとはっきり区別できるものではない。更に染色体異常症や、ヘテロプラスミーによるミトコンドリア病といった、実に様々な遺伝性疾患が存在し、やはり様々という限りは、遺伝性疾患も広義の多様性の中に含まれるはずである。更には、多様性という言葉の本質として、様々なものを広く含む方向で解釈するのが妥当であり、狭く解釈するのであれば、それは多様性という言葉そのものと自己矛盾する。だから、heredityとvariationを合わせて遺伝学だというのであれば、その遺伝学が文脈が与えられないとheredityとしか日英翻訳できない方がおかしいのであって、variationを強調するほどvariationがdiversityと区別されずに多様性と英日翻訳されている曖昧さが更に導入されてしまう。

 

 だから、ヒトの多様性と動物の多様性が混同されかねないよう、他の動物のdiversityを多向性として、variationを多様性とするというのでも、状況は一応は改善される。しかし、もっともよいのは、polymorphismとも区別して、diversityを多向性、variationを変化性とする選択肢である。

 


人権に基づく多様性、人権に基づく変化性

 本節では、多様性という用語に関して、まさに文字通りの意味で様々な用いられ方をしているために、[遺伝学用語の混乱:variation、多様性か変化性か]の節で述べるような、やっかいな状況となっているのを受けて、生物多様性とヒトの多様性を明確に区別するために、人権に基づく多様性という考え方を提案する。

 

 遺伝学が、英語本来の意味では起源学であったのに、日本でいつの間にか遺伝学となりheredityといっしょになってしまって、ニュアンスが違うことになった結果、遺伝学という用語のイメージを良くするために、強引に「遺伝学:遺伝と多様性の科学」としてしまったのは、調べれば調べるほど違和感がある。やはり、遺伝学の遺伝の印象が気に入らないなら語源にしたがって起源学とすべきであった。

 

 [フィルターされた人々による...]の節でも述べるように、多様性というのは、取り扱いが極めてデリケートであるべき用語である。生物の進化史の中では多様性はロマンを感じることができる言葉だが、ヒトにおいては、生死をかける形の、多様性の最も明確な表れが遺伝性疾患なのだということに、あまりにも配慮がなされていない。よい方向に受け取れば、生き方は多様でよい、疾患を患っていても自分なりにがんばればよいと言われているようで、生きることを許されている気がすると同時に、悪い方向で受け取れば、生き方は多様なのだから患者に対する社会的支援もなくてよい、患者は患者なりに最低限の人生を送ればよい、と無責任に言われている気もする。ヒトでも他の動物と同じだけ生物多様性を許容していいのだという考え方が広まると、遺伝性疾患は多様性や個性の一部だからという自己責任論が持ち上がり、遺伝性疾患と進化の恩恵の享受という本著の主要テーマの因果関係の議論がなされず、結果的に遺伝病やダウン症候群の患者、身体障害者、精神障害者への社会保障の軽減理由として利用されてしまう恐れがある。

 

 もちろん、学会は良心に基いて多様性と述べているのは分かっているのだが、時期が悪すぎる。いろんな疾患がGWASにより遺伝性を持っていることが次々に数値として明らかになっている現在では、多様性というただ一言がいろんな疾患の患者の生活に影響を及ぼしうるのだ。社会が原因ではなく、家系が原因であると証明されればされるほど、自己責任論は今後一部の疾患で強まっていくと予想される。実際に障害者自立支援法*は成立してしまった。本著では私が既に身障手帳を返却したので、障害者自立支援法の中身は全く触れないが、やはり、患者の自己負担を増す方向での法改定が今後も起こってくるはずで、そういう状況の中で多様性は結果的に格差を許容してしまうキーワードである。「日本人類遺伝学会」と、「人類」さえついていなければ、もちろん、こんなことは問題になるはずもないのだが、ヒトに対して用いるからには、多様性ということの定義を明確にすべきと思われる。

 

 定義を示さずに多様性と言及されると、三つ葉の野生型クローバーの間に、変異体である四つ葉のクローバーを発見して大喜びするような、子供じみた質(たち)の悪さを感じる。三つ葉のクローバーが多数派で、四つ葉が少数派なのは、何らかの理由で三つ葉のクローバーの方が生存にとって有利だからである。四つ葉のクローバーは幸福を呼ぶとされるが、四つ葉として生まれてしまったことがクローバー自身にとって幸福とは限らない。すぐに思いつくのは、四つ葉のクローバーで葉と葉の根本の部分が三つ葉よりも谷間の表面積として大きくなり、そこに病原微生物といったヒトの感染症に近い疾患として病原体が溜まって、免疫でカバーできずに絶滅するパターンである。これはヒトでも似た状況で、感染症に対抗できる新しい形質を獲得するために、膨大な数の遺伝性疾患の患者をいきあたりばったりな変異により生み出し続けている。我々は科学によって感染症に強い形質にはどんな変異が必要か、逆にインフルエンザ脳症となるCPT2といった変異をどうやって見分ければいいのか、年々明らかにしつつある。それほど科学の発展に成功した現代社会で、進化というあまりにも原始的で過酷なプロセスを用いて、人類全体を存続させるために、新生児の生存権や個人の人権を踏みにじり続けなければならないのだろうか。科学によって20年前なら信じられない数のセンテナリアン*を世界最大の人口比で生み出し続けるこの国で、なぜ科学によって遺伝性疾患の患児を生み出さないように欧米と同じだけの努力がなされないのか、そこに多様性だ、家系の問題だと、社会の研究投資や努力の問題にしない論調が学会レベルで形成されているせいではないのか。私はそう思っている。

 

 具体的に発生している問題を[新型出生前診断...]、[着床前診断...]の節で述べているが、概要としては、21万円を支払えず大きな病院へ何度も通院できないような貧しい夫婦ほど新型出生前診断が受けられず染色体異常症を患い、それに高齢妊娠・高齢男性授精という夫婦独自の事情が入っていると、生物学的多様性を理由にして、適切な助成を与えられなくなる可能性が生じる。これは今後技術が進んで新型出生前診断が高度になるほど深刻な問題になり、しかも本著では海外へDNA検査を発注するやり方が一つのテーマであるため、血液の場合については詳しくは述べていないが、それでも、いずれ高齢化により日本の医療はパンク状態となり、海外へより頻繁に検査の発注が行われることは間違いないと思われる。その中でも日本国内の検査の範囲だけでも生まれの平等性を貫こうとすれば、かなり早い段階からヒトに対する多様性をどの程度許容するのか、つまり、具体的にはどの疾患からどの疾患まで妊娠中絶といったことをしていいか、そういった生まれの検査のために貧富の差を含んでしまっていいのか、そういう民意への問いかけが本来は新型出生前診断の導入前に必要であった。それが問いかけられずに物事が進んでいるのは、遺伝性疾患を家族が患ったこともない人々が中心になって物事を決めているからとしか思えず、そうではないと反論するならば、無条件に多様性を肯定しないでいただきたいのだ。

 

 そこで提案として、ヒトに関する文脈だけは「人権に基づく多様性」とするのはどうだろうか。基本的人権、特に生存権を蹂躙するほどの生物多様性など、誰も望んで病気になるわけがないのであって、ヒトに対する多様性は人権の幅の中に制限されるべきものと考えるのが、適切とは考えられないだろうか。人権の方が多様性より優先することを、ヒトに対して多様性と言及する前に念押しすべきである。そうでないと助成や支援を減額する口実、新型出生前診断の高度化に伴う検査費用の高額化、ひいては貧富の違いによる生まれの差別化の口実を与えてしまう。口実とは言っても、誰かが悪意をもってそういう方向に向かわせるわけではない。基本が資本主義国の日本では、遺伝性疾患の予防目的でない男女産み分けのために、海外で着床前診断を受ける人口が存在するように、漠然と、しかし結果的に平等性が軽視される要素が至るところに存在し、かと言って希少疾患を診断せずに5000疾患を超えるところを705疾患までしかカウントしないような日本の医療に、夫婦が海外で医療を受けるのを制限する正当性は既にない。妊娠しにくい原因について、日本国内では診れない劣性遺伝の希少疾患の可能性があると主張すれば、多くは男子の方が重症化するのが進化的に当たり前なのだから、海外での着床前診断と女子への産み分けについて倫理的にも批判が難しい状況なのである。

 

 "1.genetics"について、『遺伝学「意味:遺伝の科学」』から、『遺伝学「意味:遺伝と多様性の科学」』へと改定したのは、やはり、多様性を具体的に限定する注釈が必要である。人権に抵触するような多様性を説明なく肯定すべきでない。繰り返しになるが動物を対象にして研究しているのなら何も問題はない。しかし、人類を対象に研究する人類遺伝学会なのだから、この遺伝学は主に人類遺伝学のことである。そして人類遺伝学というのは、学会のテーマとして相当頻繁にその意味を説明する必要があるから、わざわざ「意味:」と記したはずである。いったん説明すると決めたら、その説明を都合良く中途半端で終わらせるべきではない。その中途半端は遺伝性疾患の患者にとって都合が悪い。研究対象の検体に対して基本的人権という社会の誰もが守ることになっているルールに基づいた配慮があるべきではないだろうか。

 


男性不妊と劣性遺伝病の完全予防 - 22世紀の精子起源工学

 男性不妊と劣性遺伝病を完全制圧するため、また、現在NIPT(新型出生前診断)とPGD(着床前診断)で生じている中絶や卵子の選別という問題を解決するために、全ての選別過程を精子側で行う、精子起源工学を提案する。基礎技術の蓄積は順調に進んでいるが、全ての夫婦が同じ負担で平等に受けられるよう差別なく導入するには、22世紀に向けてのコンセンサスをなるべく早期に開始することが必要と考えられる。本節がその先駆けとならんことを願う。

 

 精子起源工学は、英語にするとSpermatozoa Genetic Engineering(SGE)と表すが、本著で日本語訳を問題にしているGeneticについて、遺伝ではなく起源とすることにした。[遺伝学用語の混乱:genetic、遺伝か起源か]で述べたように、geneticを親から子への遺伝的と訳しているのは誤訳または過剰修飾である。本来は親から子への遺伝という意味はなく、genusに由来する起源的という意味の方が適切である。ヒトが赤ちゃんとなって生まれてくる発生学的な意味で、根源という意味である。現在通用している訳で言うと精子遺伝工学ということになるが、精子起源工学とする方が名称が意味を表している。

 

 この技術はヒトの生まれによる疾患を予防するための、NIPTやPGDと同じ目的の技術であり、したがって貧富の差別なく全ての夫婦に利用する機会が与えられる必要がある。その実現には22世紀までかかると予測されるため、その頃になっても日本人は日本語を話しているであろうから、やはり英語と日本語の整合性をとりながら日本語で全ての情報が表現される必要がある。これから2050年と2100年の二回、SGEの実現まで半世紀の区切りが訪れることになるが、そのどちらかで、あるいはもっと早期に、英語から日本語へ導入されてしまった誤訳は修正すべきである。そう考えて、先取りする形で、精子起源工学と述べることにした。以降ではSGEと略称する。

 

Hayashi, Katsuhiko, et al. "Offspring from oocytes derived from in vitro primordial germ cell–like cells in mice." Science 338.6109 (2012): 971-975.

『体外培養にて得られた始原生殖細胞に由来する卵子からのマウス産出に成功』

引用元 143(2015年1月時点)

 

これが現在のところ、SGEに最も関係する最も優れた学術論文である。引用形式の都合上、先頭著者のみ示したが、実際には、京大の斎藤通紀(さいとうみちのり)さんのグループによる成果である。私はこの研究が山中伸弥によるiPS細胞の開発に匹敵するぐらい偉大な成果だと思う。以降でも著名人については敬称を略させていただいている。日本語のプレスリリースから引用する。

 

(『多能性幹細胞から機能的な卵子を作製することに成功』 京都大学, 2012年10月5日 より)

 

マウスで多能性幹細胞であるES細胞とiPS細胞から卵子を作製し、それらの卵子から子供を産み出すことに成功しました。これまで同研究グループは、雄のES細胞やiPS細胞から精子を作製することには成功していましたが、雌のES細胞やiPS細胞から機能的な卵子を作製した成功例は世界でもなく、その技術開発が望まれていました。

 

 研究グループは今回、雌のマウスのES細胞やiPS細胞を卵子や精子を作る元となる始原生殖細胞に試験管内で分化させて、それらをマウス胎仔の中から取り出した将来の卵巣になる体細胞と共に培養した後に、雌マウスの卵巣に移植することで未成熟卵子を得ました。それらの未成熟卵子を体外培養により受精可能な卵子にまで成熟させた後に、体外受精させることにより健常なマウスを得ました。これらのマウスは正常に成長し、子供を作る能力があることも分かりました。

 

 この技術の開発により、卵子が形成されていくメカニズムの解明に貢献するものと期待されます。また、この技術を応用することで不妊症の原因究明などにも役立つものと期待されます。

(略)

研究のポイント

 

マウスのES細胞、iPS細胞から卵子を作製

作製された卵子から体外受精により健常なマウスを得ることに成功

卵子形成メカニズムの解明、不妊症の原因究明などに貢献

 

解決しようとしている課題が皮膚といった体細胞から卵子や精子を作るという、誰でもわかるシンプルなものであるのに対し、その過程はかなり複雑であるため、この引用以降も細部の説明が続くが、私もよく理解できていない部分が多い。研究のポイントは控えめに慎重に述べられているが、実際には、これはヒトの生まれの仕組みを革新し、男性不妊だけでなく、全ての劣性遺伝病を制圧することが期待される、今後開発される巨大な技術体系の先駆けである。全ての劣性遺伝病とは、希少疾患の8割を占める単一遺伝子疾患のうち、特に重度となる約半分の成分で、実際に生きている人口が少ないため我々はあまり認識することがないが、新生児の死亡原因のおよそ8割である。今までご夫婦が泣いて諦めていた、生まれてすぐに失われる生命を、SGEの実現により一気に2割にまで抑制することができる。22世紀に向けてますます少子化に悩む日本にとって国家の生き残りをかけて開発すべき技術であり、この技術が実際に日本の研究者の成果によって実現に近づいていることも、素晴らしいことだ。それにも関わらず、現在の世間からの注目度はあまりにも低く、22世紀の日本民族の生き残りを決定する技術であるにも関わらず、まだまだ真剣に取り組んでいただいている研究者は少なく、予算的にも余りにも少なすぎる。iPS細胞は導入リスクの少ない成人の再生医療ばかりが注目されているが、生殖の生命倫理にまつわり、こういった技術開発が異端視されることになってしまうと、日本人としてあまりにもデメリットが大きく、生命倫理に外れないように研究予算の方向性を明確にした上で、より積極的に研究開発を促進すべきである。

 

 「生命倫理に外れないように」というのは、ES細胞であかちゃんの素である胚の転用と女性の肉体的負担が問題になって開発ペースが停滞した例があるため、生命倫理と開発ペースを両立させるには、研究予算の審査の段階で、生命倫理的な審査も兼ねることが理想的である。大変な予算が必要な研究であるだけに、倫理的に問題のある研究は予算審査の段階で排除できる点を本節では強調しておきたい。そのためには、審査員に国会の投票で専任された者を加える、議事録だけでなく録音や録画を公開するといった、よりオープンな形に向かっていった方がよい。技術的な部分はわかりにくい割に、倫理の問題は分かりやすいため、報道で取り上げられやすく**、 話が複雑化しないうちに、オープンにシンプルに、そして結果的に速く審査する体制が整えられると理想的であろう。

 

 技術的な課題として、皮膚といった体細胞から精子を作るというのは、体細胞というのはがんを生じることからも分かるように、変異が大量に導入されてしまっているため、実際問題としてリスクが高すぎてそのままでは使えない。ちゃんとした精子をつかって自然生殖しても、希少疾患が人口の7~10%を占めるほど多いのに、どんな変異がどれだけ蓄積されたか保証できない体細胞が使えるわけがない。がんが制圧されたならまだしも、成人の死因の第一位で、若年で発症する稀な種類のがんが現在も次々に発見され続けている。がんを発症するのは相当な程度まで変異が蓄積された後であり、単一遺伝子疾患の原因となるような変異はあなたの体にも現在も蓄積され続けていて、そのうち何割かは老化の形で表れているが、生殖細胞系列でないので子に伝わらないため我々は認識しないだけである。男児が生まれたときに臍帯血か皮膚繊維芽細胞を採取して冷凍しておくという方法が考えられるが、それらから精子を作る過程が複雑なので、将来の話である。当面の間、我々が男性から必要なのは、やはり、変異の程度を自然生殖と同じであると保証するために、コンドームなどから採取する精子そのものであり、理想を言えば、精巣生検による精原細胞である。そうしないと、生まれた子が遺伝性疾患を患ってしまった場合の原因として、SGEが追求されることになる。

 今までのNIPT、PGDでは「胚」または「胎児」そのものを「選別」、厳しい表現をすれば「間引き」していたことに、大いに倫理的な問題がある。ならば、圧倒的に数の多い「精子の側で選別」すればいいのではないか。その方が、女性の体に負担を強いて排卵誘発剤により採取する卵子の数も、PGDより遥かに少なくて済むのではないか。これがSGEで最も重要な点である。そして考えてみれば、精子の側でもしも劣性病的変異を完全になくすことができれば、両方の染色体に変異がなければ発症しない劣性遺伝病は生じない。さらには、Y染色体が世代を減る毎に欠失を受けて男性不妊の割合を年々増加させると予測されているのだから、精子の品質も向上させて、ちゃんとした生殖ができる状態の精子に作り変えることはできないだろうか。整理すると、次の3点のメリットとなる。

 

・精子の側で選別することにより、女性から得る卵子は選別しない。その分、排卵誘発剤の負担も少ない。

精子選別、卵子非選別

・精子の側で劣性病的変異を完全に排除することで、全ての劣性遺伝病を予防する。

劣性遺伝病の予防

・精子の品質低下による男性不妊を、精子の品質を向上させることで、根治する。

男性不妊の根治

 

しかしながら、最初に精子と受精するのは、女性から取り出した卵子ではなく、モデル卵子と呼ぶ理想の卵子である。つまり、モデル卵子とは、iPS細胞とゲノム編集の技術を使って、よりすぐってつくり上げる、日本人にとって理想の卵子のことである。これはつくり上げるのには極めて膨大な予算と時間がかかるが、一度作り上げてしまえば基本的に卵子とはES細胞なので、いくらでも量産することができる。つまり、量産すること自体を目的として、最初の段階では誰か一人の女性から排卵してもらう必要があるが、その一度の排卵さえ済めば、誰もその卵子の倫理について悩む必要はない。あくまでそれは、自分をES細胞として分化させて作る精子と、自分をES細胞として分化させて作る卵子と、いろんな膨大な手順を経てゲノム編集により劣性病的変異を排除した、量産目的のモデルである。もしもゲノム編集の技術が著しく発達すれば、母親か父親の体細胞から作成することが可能となるが、手順を少しでも減らして何百億円という予算を減じるためには、やはり一人の女性の卵子を元にするのがベストである。

 

 そしてその最初の一人の女性とは、言ってみれば、22世紀に生まれる日本人全ての祖母となる存在である。この構成だと、実は男性の方も祖父となってしまう。では、父は誰なのかというと、男性の精子とモデル卵子が受精して作られるES細胞である。量産可能なモデル卵子と、精子を元にしたES細胞もまた量産できるため、このES細胞の選別は既存のPGDの技術によりいくらでも可能である。つまり、最も品質がよい精子と受精したES細胞を選べば、Y染色体の欠失を受けていないベストな状態のY染色体を含むES細胞が得られる。そのES細胞を精子へと分化させ、女性から取り出した2~3個の卵子と受精させる。精子選別、ES細胞選別の2段階の選別がなされることにより、男性不妊は排除されるため、この受精がうまくいく確率は高いはずで、女性側に不妊の問題がない限り2個の受精卵を胚移植できるはずである。このうちどちらか一つが着床すれば、一人の子を授かり、2つともが着床すれば、同じ父系DNAを持つ二卵性双生児となる。つまり、一卵性双生児と自然受精の二卵性双生児の中間の、非常によく似た同性の二卵性双生児となる。

 

 この話から分かるように、最大の不利益は男性にあり、彼の遺伝情報は最終的には四分の一しか子にもたらされない。つまり、祖父である。しかしモデル卵子が全出生で共通であれば、生まれた赤ちゃんが成長して顔かたちがはっきりしてきたとき、祖父と父の中間の存在という程度に、子と男性は似ていると感じられるだろう。しかし、それでも、その子が自分の子孫であることは間違いないが、現在の意味での子と同程度の愛着を感じるかどうかは疑問である。やはり、祖父から孫への愛という程度にしか感じられない場合も多いであろう。この不利益を補填するため、子の性別決定権を、男性に付与するのだ。更には、モデル卵子として複数の候補があれば、モデル卵子の決定権も男性に付与することができる。男性の精子の側で選別を行った結果、男性の遺伝情報が減じられるのだから、性別決定権とモデル卵子決定権を、女性ではなく、男性に付与するのは、私はフェアだと考える。

 

 次なる問題は、果たしてモデル卵子となる女性は誰かということである。すぐに思い浮かぶのは、全ての日本人の祖母となるに最もふさわしい女性とは、皇族の中でもっとも国民の支持を受ける適齢期の女性である。現在の皇族の中で言えば、佳子内親王ということになるのだろうか。しかし、これは私の好みかもしれないので、実際に国民投票をしないと決まらないだろう。もう一つ問題があって、そういった国家の重要人物のDNAを研究のために公開してしまって、テロ対策として大丈夫なのかという心配が生じる。テログループにとってパーソナルゲノムウェポンの対象にしやすくなってしまうため、ずっと昔に冷凍保存された、皇族の女性の誰かの卵子という方が問題が少ないであろう。お世継ぎが常に問題となる皇族の女性に関しては、既に何度も採卵と冷凍保存が行われている可能性が高い。その中で、最も古い時代のもの、すでにご本人が天に召されてテロの対象とすることができないものを用いる方が賢明である。世代が古いほど、現在の世代の皇族の遺伝情報を推測することが難しくなる。理屈の上の話だが、イザナミの尊の遺伝情報を得ることができれば、もちろん、それがモデル卵子としてベストである。しかし、墓所さえも確かでないのに、いきあたりばったりで墓らしき場所から手当たり次第に骨へんを集めて環境サンプリングをやっても、ネアンデルタール人のようにうまく全ゲノムシーケンシングできるとは思えない。

 

Fu, Qiaomei, et al. "Genome sequence of a 45,000-year-old modern human from western Siberia." Nature 514.7523 (2014): 445-449.

『西シベリアの4万5000年前の現代人のゲノム』*

 

墓所の判明している中で最古の女性は、西暦600年付近の推古天皇なのではないかと思われる。ただ、得られるのは卵子ではなくあくまでゲノム配列なので、ゲノム編集で卵子として再構築するのに何百億円、何十年かかるかという話になる。まずは予備的研究を行ってプロジェクトの規模を明確にせずには行うことができないだろう。私の現在の予想としては、再構成に必要な予算規模を計算してみると非現実的という結果になるのではないかと思われるが、少なくともネアンデルタール人と同程度のゲノム解析までは比較的小規模で済むので、先行して行うべきではないだろうか。ネアンデルタール人のゲノム解析が成功してしまった今となっては、せいぜい1400年前ぐらいの骨など、技術的に難しくないように思われるため、もうどなたか専門の研究者が科研費の申請を検討していると思われる。しかし、世代を経るたびに起こった組み換えにより実質的には非常にわずかとなっているはずだが、現在の皇族が遺伝情報を受け継ぎ、利害関係を有する子孫と考えられるため、宮内庁に問い合わせた結果、稟議だけで何十年か待たされてしまう可能性もあって、まずは、推古天皇を日本女性の遺伝的モデルとしていただきたいという希望が国民の側にあることを、何らかの形で皇族および宮内庁にアピールする必要があるのではないかと思われる。

 

 他にもいくつかの考え方があって、単純に卵子を冷凍保存した女性のうち、国民の中で人気の高い女優や歌手といった非常に安直な考え方もできる。立候補する女性がいると、更に盛り上がるだろうが、収拾がつかない事態にもなりかねない。日本人以外の人種だが、正解一IQの高い個人である女性*の卵子がもしも得られるなら、たしかにそれも、科学的根拠として一理ある。より頭のよいあかちゃんが生まれた方がいいに決まっている。ただ、どう見ても日本人とは顔形が違うため、心情的に受け入れられないだろう。顔形が日本人に近いといえば、実は韓国人の方が古来の近親婚によって新生児の死亡の形で劣性病的変異が排除されて、わずかだが日本人よりも優秀な可能性が高いが、これは、実は天皇家にも近親婚が多かったため、同じ程度の優秀さなら、やはり天皇家の方がよいという話になるであろう。現在に至っても近親婚を続けていると劣性遺伝病を患ってしまって、しかも高度な現代医療により生殖年齢まで生き延びてしまう患者人口が増えているため、極めて苦しい人生を歩むことになるが、過去において近親婚をおこなって、それを現代に至って突然に停止した場合、近親婚の時代を生き残った子孫は集団遺伝学的に劣性病的変異が少なく優秀であることが知られている。一部の文学作品、アニメ作品*で科学的根拠なく描かれ、一般的に抱かれている先入観とは異なるため、いろいろな意味で物議をかもしそうな話であるため、こういった観点から深入りするのは、今のところ避けたい。

 

 モデル卵子を含んだSGEにより生まれた子では優性遺伝病についても改善されているはずで、更にSGEを介して2世代を経たなら、もっと優性遺伝病が抑制されると考えられる。世代を経て、モデル卵子に似るほど、理想の遺伝情報に近くなるためである。これにより男性不妊だけでなく女性の不妊も減る。ただし、世代を経る毎に、DNAの一様化が進み、単一の感染症のパンデミックに対して集団として弱くなるため、世代を経る前にモデル卵子のラインナップを拡張していく必要がある。一世代につき約25年、四半世紀かかると思われるため、一度それなりに高品質のモデル卵子が実現されたなら、それを改良、拡張していくのは時間的余裕もあるため容易であろうと予想される。

 

 実際問題として夫婦レベルでどこからとりかかるかという話になると、あかちゃんが生まれた時に臍帯血を保存しておいた方が有利である。そういった変異の導入された数の少ない、iPS細胞に近い幹細胞を利用した方が、あかちゃんが成人した将来、より安全に子を残せる可能性が高い。そもそも、NIPTやPGDなどという、間引きや選別を経ずとも、今生まれた新生児の臍帯血を冷凍保存しておけば、今から40年後にそろそろ仕事も安定したので、子を作ろうと思ったときに、臍帯血から、造血幹細胞、改良型iPS細胞、ES細胞を経て、高品質の卵子や精子へと分化できる技術が完成している可能性が非常に高く、そうすると不分離によるダウン症候群といった染色体異常症のリスクも最小化できると考えられる。ベストの健康状態の卵子へと分化させるのだから。盲腸といった全身麻酔手術を若年で受ける時に、卵巣生検、精巣生検で卵原細胞、精原細胞を採取した方が、造血幹細胞よりも更に変異は少ないはずであるが、機会の平等性を確保することができない。金額がばらつく可能性も高く、実施実績も臍帯血の方がはるかに上であるため、臍帯血移植にまつわり資金難*となっている公的臍帯血バンクを転用する方が、日本の医療全体にメリットが大きい。低コストで平等に半世紀を見込んだ臍帯血の冷凍保存をするための、公的臍帯血バンク、それも将来の個人利用を目的とした利用規定の策定が、急務であろうと思われる。ほぼ同じ目的のために、民間の臍帯血バンクも米国で普及し始めている*が、日本で今から資本主義的なやり方を採用するのでは、希少疾患を犠牲にしながらも作り上げた、日本の優れたコモンディジーズの国民皆保険医療と整合性がとれなくなってしまう。

 

 個人的な考えとしては、あくまで特別な経済階級の人たちに限られてしまうが、米国の臍帯血バンクを日本から利用しようとするのは、それなりに理にかなっていると思う。日本で個人利用の臍帯血バンクを新しく検討するよりも、米国のPGDを紹介している斡旋業者が既に存在するわけだから、彼らに英語書類を手伝ってもらいながら米国の臍帯血バンクと契約する方が、米国の圧倒的なスケールメリットを享受しながら、自由に利用できるはずなので優れた選択肢と思われる。米国のエクソームシーケンシングを受けた立場からすると、臍帯血バンクの方がシーケンシングよりもよほど金額はかかるが、日本語で米国の医療技術を体験して報告することにそれなりに価値があり、日本の公的臍帯血バンクの問題点を評価する意味から、完全に個人で受ける限りはそれほど悪いこととは思わない。少なくともコルベットやハーレーなどを買って米国車の排気で日本の皆が吸っている空気を汚染してぜんそくを促進するよりもよほどましである。コルベットやハーレーのサウンドにアメリカンを感じるよりも、米国のテイラーメイド志向の医療の質の高さに感動する方がよほどよいはずだ。日本の量産型ベルトコンベヤー方式の医療に慣れていると、払った金額の分は何を尋ねてもちゃんと考えて応じようと努力してくれることに、間違いなく感動するはずである。

 

 さらには、E-Cell**といった計算機的手段をもちいて、体細胞だけでなく、卵子や精子の挙動をシミュレーションする技術が、倫理に抵触しやすい実際の卵子の実験的研究に先行して安全性を確認するために開発されるべきであり、卵子や精子、受精卵といった、体細胞と比較して極めて種類の限られた単一の細胞を、さらにモデル卵子という限られたゲノム配列でシミュレーションすることになるため、一回だけ高精度なシミュレーションが行えれば、その計算結果の応用は無限大である。何十年かかる計算であろうとも、たとえ、グリッドコンピューティングといった日本中のパソコンの待機時間を利用しようとも、推古天皇の卵子の挙動はシミュレーションする価値があると思われる。なにしろ、すでに我々は日本史の江戸時代も鎌倉時代も含め1400年あまりも超えて、祖先のDNAをどうやって得て、どうやって我々の子孫の健康へと活用しようかという話をしているのだ。何十年かかろうが、実際の女性に胚移植するまえに、徹底的にシミュレーションで安全性を検証すべきではないだろうか。