目次
はじめに
はじめに
宗教的表現について
研究者の方々へ - 検証中の仮説
外部リンクの表記、Android対応、訂正箇所のご指摘のお願い
概略
現在の症状
息子の誕生
さらに遠い通院へ
知らされなかった検査結果
アミノ酸分画検査結果
タンデムマス検査結果
合っているかもしれない仮説
閑話休題:創作話 トリケラお母さんの悲劇(# ゚Д゚)
DNA検査の実体験と仕組み
ミトコンドリアDNAの検査
ヒットカウント分析および共起性分析
23andMeのDNAアレイによる検査 - 販売停止命令に至る経緯
遺伝病とコモンディジーズの違い - 優性遺伝と劣性遺伝
ヒトはヒトであるが故にヒトの病を患う
コモンディジーズの検査方式 - アバウトなGWAS
23andMeの深刻な検査結果 - 統計の改善による影響
23andMeのその他の結果
エクソームシーケンシング
コモンとレアの重症度分布 - アレル頻度とエフェクトサイズ
個人向け遺伝子検査の選び方 - 罹患人口カバー率指標
閑話休題:製作物 DNAツリー
希少疾患と難病の制度および数値
希少疾患と難病の違いと制度的起源 - 日米欧比較
赤信号みんなで渡れば - 真面目な日本人の最悪の集団行動
もっとも希少な希少疾患 - 70億人にたった一人
もっとも正確な希少疾患の数 - 毎日約1つ希少疾患が増える?
希少疾患全体の罹患率 - 全部合わせると10~14人に一人
診断に至るまでの年数、または遅延 - 28年?!
GINA(ジーナ) - DNA検査時代の国民、患者を守る法制度
国民皆保険の功罪 - 患者をチェリーピッキングする医師達
節としてまとまらなかった事柄
希少疾患と感染症
感染症と希少疾患の関係 - 未診断の希少疾患という重症化因子
予防接種の健康被害としての未診断の希少疾患
希少疾患としての感染症 - 米国のAIDSの歴史
見えないところに死体の山
医師に頼らない因果関係の追求 - 脳症の本当の原因
更に複雑な感染症の話
医療訴訟が生み出す二次被害 - 無過失賠償制度の必要性
辛い記憶
両親を批判することについて
両親への間違った説明
辛かった学校生活
体育の次の時間に倒れてしまう
電車とバス
繰り返し運動による寝られぬほどの筋肉痛
食事の前後の発作
進化と感染症の間の遺伝性疾患
進化と感染症の間の遺伝性疾患
仮説の更なる展開 - 発見され増加を続ける希少疾患
卵子と精子の間の変異の導入の違い
感染症と遺伝性疾患で重度となる役割 - 男性淘汰進化説
絶滅のシナリオ - 感染症と遺伝性疾患の袋小路
進化のスピード調節 - もっとも強く訴えたいこと
進化と遺伝性疾患の「必然性の枠内の偶然性」
ダーウィンのUNdiagnosed
そして各論へ
遺伝学用語の混乱
遺伝学用語の混乱:genetic、遺伝か起源か
de novo変異 - 両親から受け継がれない優性遺伝の変異
個人向け遺伝子検査のガイドラインの乖離
みんなが保因者の劣性遺伝病? - 平均約10個の遺伝的荷重
劣性病的変異の健常者への影響 - 遺伝子プールの浄化説
あとがき
あとがき
これ以降分冊予定
▲▼そして各論へ
検証実験の山 - バッチ型検証実験の提案
希少疾患の中の更なる希少な患者群についての予測
環境因子か遺伝因子か
代謝異常についての進捗
遺伝子検査の2つの嘘
生まれの平等性または不平等性
▲▼生まれの平等性または不平等性
新型出生前診断と着床前診断 - 技術的に◯、倫理的に☓
生まれる前のDNA検査 - 科学的因果関係の追求ライン
技術としてのNIPT - 生まれのDNA検査の技術予測
我が子に故意に良くない遺伝因子を許容する親の罪
ディストピアな未来像 - 生まれの平等性が崩れた世界
不妊という社会問題 - 男性不妊と父性年齢効果
中絶による母体へのダメージ - 次の妊娠がうまくいく確率
着床前診断の問題点 - NIPTとの倫理的違和感
不妊治療としてのPGD - 不妊としての遺伝性疾患
生殖医療のリアルの写真
男女産み分けの国際比較 - 海外での生殖補助医療のリアル
着床前診断の潜在的なリスク - 子と女性へのリスク
フィルターされた人々による生まれの平等性、不平等性の支配
遺伝学用語の混乱:variation、多様性か変化性か
人権に基づく多様性、人権に基づく変化性
男性不妊と劣性遺伝病の完全予防 - 22世紀の精子起源工学
その他 - うまく分類できずとも価値のあるトピック
DNA検査の結果の公開 - シーケンシング機会の平等性
進化における神の概念
mtDNAとY染色体の永代性 - 未来の血縁者の不利益
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希少疾患と難病の制度および数値

希少疾患と難病の違いと制度的起源 - 日米欧比較

 欧米の希少疾患と、日本の難病は、対象とする疾患について大きく異なった基準を用いている。また、米国とEUの希少疾患の基準も、いくらか異なっている。米国の希少疾患の中に歴史的にAIDSといった感染症が大きな位置を占めてきたことについて、後の[感染症と希少疾患の関係...]の節でふれる。本節では、米国の希少疾患と、日本の難病の制度的起源について調べ、その後、日米欧の希少疾患医薬品行政について調べる。

 

 日本ではコモンディジーズに対する診療報酬点数が平等にしかも患者に有利なように低めに設定され、希少疾患の多くの検査・治療に対して診療報酬点数が設定されていない。欧米で5000も希少疾患があると言われているのに、日本では難病法の小児対象疾患としての705疾患が最大である。詳しくは[もっとも正確な希少疾患の数...]の節で検証を行う。当然ながらカウントしていない疾患には診療報酬点数が設定されず、診ることができる病院もほんの一部である。一般的に日本の医療はコモンディジーズに強く、罹患率の非常に小さい疾患には弱いと言えるが、実は日本の難病に対する取り組みは、ごく少数の疾患についてだけだが、米国と比較しても非常に早かったと言える。実際、根拠は示されていないが、日本の方が早く取り組んだとするウェブページも存在する。このウェブページを始めとして、このサイトでは希少疾患と難病の違いを分かりやすく説明しながら、実によく情報がまとまっている。しかし、私が調べた限り、後述するように米国の方が少しだけ先に取り組んだように学術論文から読める点が、このサイトで日本が先とする記述と多少くい違っている。これについては、問い合わせたところ、『「米国では1980年代初頭の患者家族による政府への稀少医療品開発を求めた運動を契機に、NORD(National Organization for Rare Diseases)というボランティア保健団体による特殊な国家組織が設立されました」と記載されているように、NORDによる取り組みから始まっています。NORD1970年代に民間の事前事業団体として成立され、1983年に「オーファンドラッグ法」の制定により公式な組織となりました』と回答をいただいた。しかし、これでは非営利法人のNORDを日本の行政と並べて比較して米国が遅いと述べていることにならないだろうか。米国の方は、以下のCaroline Huyardからの引用にあるように、1968年の時点で既にオーファンドラッグを収載しているように読める。しかし、こちらも以下の文献がオープンアクセスでないため、米国の行政でorphanという用語が本当に用いられた、また、公的に用いられたことの確証が得られないのも事実である。どなたか確認できる研究者の方が代わりに読んで確認していただけると非常にありがたい。

 

Provost, G. (1968) Homeless or orphan drugs, American Journal of Hospital Pharmacy, 25, 609.

 

 なお、この会社は、同ウェブページで述べているように、日本でオーファンドラッグの指定数が15点ともっとも多いそうだ。オーファンドラッグとは、日本名としては希少疾病用医薬品と呼ばれている薬剤で、患者数が少ないために市場に流通しないため、製薬会社が開発・販売してくれない希少疾患向けの薬剤を、製薬会社に対してそういった薬剤に対してのみ優遇措置をもうけて、開発・販売してもらうための制度である。

 

 ただ、どう考えても欧米風の企業名なのに、自分のことを日本の企業だと主張していることが気になって調べることになった。なるほど、創業1953年、従業員数3200人、資本金21億円とのこと。英国から日本へと進出してきたのは事実だが、現在では雇用も実態もちゃんとした日本の企業である。しかし、[感染症と希少疾患...]の節で未診断のミトコンドリア病が予防接種で重症化したのではないかと思われる健康被害の症例の、子宮頸がんワクチンについて、一度不祥事のようなものを起こしている。希少疾患医薬を積極的に推進してくださっている会社からの、コモンディジーズ向けの予防接種が、診断されない希少疾患の患者で健康被害を起している。このややこしい関係に頭をかかえた結果、この会社の企業名は一度も記さずに、リンクだけを残すことにした。リンクについても、同社のご利用条件に難しいことが書かれているが、同サイトのトップページへのリンクを示せという点にはしたがって、もっとも気にされていると思われる子宮けい癌ワクチンへのリンクは示さず、それでもやはり、同サイトの重要なページヘのリンクは示そうと思う。ここほどよくまとまったサイトは他にないからだ。中道的だが仕方がない。

 

 「希少疾患」とは、患者数が少ないことを特徴とする多くの疾患の総称であり、日本では伝統的に希少疾患の代わりに「難病」という名称が用いられてきたが、英語圏の文献を探す際には難病のことを希少疾患と読み替えて良いようだ。このように、日本が難病、英語圏が希少疾患と違った名称を用いてきた理由は、日本と米国でほぼ同時に罹患率の小さい疾患対策が開始されたという歴史によると思われる。先ほど3年ほどの間にどっちが先だと議論しているように、日本と米国で似たような時期に違う方向でスタートした。

 

 日本の難病対策の出発点は単純に罹患率の小さい疾患の患者を救うというよりも、スモンという薬害病に対する対策という、あまり正面からとは言えないスタートだった。これが20151月の難病法の施行まで、各疾患を重症度に応じてなるべく平等に扱いましょうという方向にならなかった、おそらく根本の原因である。当然、医療によって被害を負った患者を慎重に扱い、自然に発生する遺伝病については、患者の人数が少なく医学的見地から研究する利益がなければ軽く扱うことになったと思われる。

 

 米国の希少疾患の歴史の方が日本ではほとんど知られていないので、米国の例から紹介する。

 

Huyard, Caroline. "How did uncommon disorders become ‘rare diseases’? History of a boundary object." Sociology of health & illness 31.4 (2009): 463-477.

 

The category of rare diseases appeared in the United States in the wake of the orphan drug problem, itself a by-product of the Kefauver-Harris Amendments of 1962 to the Food, Drug and Cosmetic Act of 1938.

希少疾患というカテゴリが米国でオーファンドラッグ問題が発生する中で登場したのは、1938年の連邦食品・医薬品・化粧品法への規制強化として、1962年の修正法案であるKefauver-Harris Amendmentsの副産物としてであった。

These amendments required proof of the efficiency of the pharmaceutical products made available since 1938 in the United States (US).

これら修正法案は米国内で1938年以来利用可能となった製剤製品の効能の証明を要求するものであった。

This meant that they should either be adequately reviewed to meet the new standards or withdrawn from the market (Asbury 1985).

法案が意図していたのは、薬剤を新しい基準を満たすために十分に見直すか、あるいは、市場から撤退するかどちらかを選択することであった(Asbury 1985)

Certain drugs were neither reviewed, nor withdrawn.

しかし、限られた薬剤が見直しも、撤退もせず残された。

These drugs were called ‘orphan’ or ‘homeless’ (Provost 1968, Walshe 1988) and remained available in hospital pharmacies (a single hospital pharmacy could count as many as 60 of these drugs), had no legal therapeutic authorisation, but could be described as being ‘for chemical purposes, not for drug use’.

これらの薬剤は「オーファン」または「ホームレス」と呼ばれ(Provost 1968, Walshe 1988)、院内薬局で処方可能な状態のまま残された(ある院内薬局では60種類ものこうした薬剤があった)。これらは法的な治療上の承認を得ず、代わりに「化学的用途、薬剤として使用されない」と記された。

In 1968, the American Society of Hospital Pharmacists asked the Food and Drug Administration, in charge of their control, to give a status to these drugs.

1968年になって、米国医療薬剤師会(当時のAmerican Society of Hospital Pharmacists、現在のAmerican Society of Health-System Pharmacists)は、米国食品医薬品局(FDA)に、これらの薬剤に対して承認を与えるように促した。

At first confined to a well-defined list of drugs, the term orphan drug was extended to all categories of drugs that were poorly addressed by the pharmaceutical industry.

最初のうちはしっかりと定義された薬剤のリストに絞りこまれたが、 オーファンドラッグは、薬剤産業によってうまくカバーされない全てのカテゴリへと拡大されていった。

In the mid-1970s, drugs for single usage, drugs for chronic diseases, drugs with anticipated legal liability, drugs for use in diseases endemic to third world countries, and unpatentable drugs were considered orphan (Asbury 1985) and non-profitable, a view later adopted in the first version of the Orphan Drug Act, in 1983, that defined orphan drugs as non-profitable drugs (Haffner 1991).

1970年台中頃になって、単回使用の薬剤、慢性疾患の薬剤、法的責任が予想される薬剤(drugs with anticipated legal liability)、第三世界の国々への伝染性疾患の用いる薬剤、特許性のない薬剤が、オーファンと考えられ(Asbury 1985)、非営利のものとされた。このオーファンとは、後の1983年になって最初の版の希少医薬品法(Orphan Drug Act)中で採用される考え方であり、つまり、オーファンドラッグとは非営利の薬剤と定義されるようになった(Haffner 1991)。

 

引用文中では述べられていないが、修正法案であるKefauver-Harris Amendmentsは、薬害サリドマイド禍を二度と引き起こさないための薬剤の安全性強化に向けての対策である。薬害が出発点という点では、米国も日本と似ているのだが、FDAがうまく機能して日本ほど多くの患者を出すのは防ぐことができたようだ。日本の難病対策の出発点となったスモンの場合は次のようになっている。

 

小長谷正明. "スモン--薬害の原点."§* 医療 63.4 (2009): 227-234.

小長谷正明. スモン--薬害の原点.*  医療 : 国立医療学会誌 / 国立医療学会 [].. 63(4) 2009.4. 227234 ISSN 0021-1699

 

 スモンの原因がキノホルム剤であることは、国によって使用が認可されていた薬剤による重篤な副作用、薬害事件であり、国とキノホルムに関わった製薬会社の責任が強く問われることになる。すでに19715月には東京地方裁判所にスモン患者による損害賠償請求訴訟がなされ、次いで各地で集団訴訟がおこり、社会的問題としてのスモンは別の様相を呈することになる。最終的には6,476人が提訴した。

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1979年に、薬害被害者救済を目的に『医薬品副作用被害者救済基金法』が制定され、被害者と認定された人には重症度に応じた損害賠償金と、製薬会社の拠出金による薬害救済基金からの健康管理手当・年金が支給された。

 恒久対策として、原因追及と治療法の開発、検診等で予後追求と健康管理を行うことになり、厚生省特定疾患「スモン調査研究班」、あるいは厚生労働省難治性疾患対策事業「スモンに関する調査研究班」で事業が引き継がれてきており、平成初年度からは筆者が研究代表者を務めている。

 また、同様の事件を再ぴおこさないように、1979年に薬事法が改正され、行政の医薬品安全性確保義務が初めて明文化された。

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このようなキノホルムやサリドマイド等の薬害事件を教訓として、1979年に改正された薬事法には、次のような点が盛られている。

1)薬局方収載品についても承認申請の義務づけ、安全性確保のための承認基準を明記した。

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医薬品の有害情報に関するこのようなシステムができたにもかかわらず、血液製剤によるAIDS、硬膜移植によるクロイツフェルト・ヤコブ病、アルブミン製剤によるC型肝炎と、重篤な薬害事件がしばしばおこっている。

 

抗がん剤の承認がとてもとても遅くて、患者が何十何百人も死なないと通過しないと言われるほど厳しい日本の薬事審査は、それ以前の薬害への深い反省から生じたということだ。こういった真面目に反省しすぎてより状況が悪くなるという日本特有の現象について、[赤信号みんなで渡れば - 真面目な日本人の最悪の集団行動]の節で述べる。

 

 20151月施行の難病法で出ている最大の疾患の数は、小児に対する705疾患であり、米国政府が示している6800疾患との間に、実に約10倍も差があるのだ。自分達よりも患者数の少ないグループは無視していいのだという、患者数の少ない群が、さらに患者数の少ない群を切り離して助成を受けるという、実に日本的な解決に向かおうとしている。だが、こういった動きは今に始まったわけではない。1972年の特定疾患調査研究事業以来、ずっとこうしてきたのだ。

 

 ・・・と言いたいところだが、やはり私自身もフェアであるべきだ。
この米国6800と日本705という数値の間には、単純に両者が比較できる基準ではない、というべきか、日本と米国の間で非常に異なった基準を用いていて、EUがその間をとっているという次の図の関係になっている。日本に吹き出しを入れるために、順番としては左からEU、日本、米国とした。世界地図上での配置に合わせたつもりである。

 

 日本の705という数値は、20151月に施行される難病法の中での、小児の助成対象疾患数である。成人の場合は約300疾患とのことだが、遺伝病では成人しない間に皆が天に召される疾患が多いことから、成人の疾患の範囲は小児のそれの中に全て含まれているという前提で考えている。ただし、スモンといった薬害の場合は、異なっているかもしれないので、成人の中にもしかすると小児に含まれていない疾患が存在するのかもしれない。ただ、それでも、700から大きく揺らぐことはないだろうと思う。格差医療は事実なのだが、「生命の平等性の侵害」とまで言える場合としては、きちんと症例ごとに数えないといけないと思われる。ただ、70億人に一人の希少疾患が学術論文として記録されているように、そういった症例は調べればかならず存在する。

 

 図中で"OD"と記したのは、オーファンドラッグの意味である。これが、6800705の違いの主な源泉である。米国では、はっきり言うと、行政が公式にはどんな希少疾患の患者にも系統だった助成などしていない。こういった助成は、系統だってやっているのは、ほぼ日本独自の制度で、疾患を限定しているのでフェアとは言えないが、けっして人道的でないとは言えないのである。むしろ無視されてしまう疾患の患者以外には、画期的と言える制度だと思う。

 

 米国は、オーファンドラッグとして製薬会社が優遇措置を受けるための制度を利用できる疾患として、法で定められた患者数20万人未満というただひとつの条件を満たす疾患の数を、数えられるだけ数え上げたら、6800だったと言っているのである。決して6800もの疾患の患者に対して、何か系統的な助成を行っているというわけではない。ここで何度も「系統的」という表現を用いるのは、それでもやはり何も助成を行っていないわけではないからである。おそらく、特定の範囲の疾患だけを助成をすると、外された他の疾患の患者から「フェアではない」との多数の抗議の声が届いて、最終的に全疾患についての普遍的な重症度評価の議論を始めなければならなくなるので、直接的助成はしていないはずだが、NORDという全米の患者会の連合組織を通じて、いくらかは間接的な助成が行われているようだ。

 

("NORD'S PATIENT ASSISTANCE PROGRAMS" NORD, 20141022日閲覧より)

 

Since 1987, NORD has administered Patient Assistance Programs to help patients obtain life-saving or life-sustaining medication they could not otherwise afford.

1987年以来、NORDは、他の方法をとる余地のない、生命に関わる投薬を患者達が得られるように、患者支援プログラムを実施してきました。

Over the course of time NORD has expanded its services to offer financial assistance with insurance premiums and patient co-pay fees as well as assistance with reasonable and appropriate diagnostic testing expenses and travel to and consultation with disease specialists that are not covered by a patient’s insurance plan.

時代が変化するにつれて、NORDは、支払保険料および患者が共済的に支払う料金について、経済的支援にまでサービスを拡大してきました。加えて、患者の保険プランではカバーされない場合に、疾患の専門家のもとを訪れて相談するための経済的支援にも拡大してきました。

NORD also works in partnership with pharmaceutical and biotechnology companies as well as patient organizations to provide travel and lodging assistance for study participants enrolled in specific rare disease clinical trials.

NORDは、製薬会社およびバイオテクノロジー企業とパートナーシップを結び、また患者会との同様のパートナーシップにより、特定の希少疾患の治験参加者のための旅費および宿泊費を提供するために動いています。

 

米国ではフェアでないという行政への批判をかわせるように、ある意味、皮肉にも実にフェアでない、貧しければ生命に係る場合だけ間接的に助成するという仕組みをとりながら、日本と結果的に似たような助成はいくらかは行われている。この「貧しければ」という条件を詳しく調べれば、おそらくより一層米国の方がフェアではないという結論が出るのかもしれないが、そこまで調べるのは別の機会としたい。

 

 EUについても、おそらく似たような事情で、行政への批判を避けるために間接的に行われている助成については、調べきることができないと思われる。EUの場合はさらに国によって一部の希少疾患の罹患率が創始者効果という、過去の大噴火や氷河期などに人類の人口が極めて少なくなった時代の名残として異なっている。具体的には、フィンランド人における先天性ネフローシス、ケルト人、つまり現代で言うアイルランド人におけるヘモクロマトーシスだそうである。こういった事情だと生まれた民族によって希少疾患の助成に不公平が生じやすいので、実質EUについても、各国でばらばらにしかも間接的に助成していると考えられる。

 

 EUのオーファンドラッグ開発は、各国の希少疾患の患者をかき集めて、EU全体として対処した方が少しでも市場規模が稼げると考えているようで、各国の動向よりもEU全体としての動向の方が多く伝えられている。しかし、図中で「但し条件あり」と示したように、オーファンドラッグに指定する疾患に条件がついている。具体的には、EUの場合が、「生命を脅かす、ないし非常に重篤な疾患」で、日本の方は「現時点で治癒が望めない疾患で、代替治療法が無いか、指定薬が効果と安全性で既存薬に比較して臨床的に優れている事が期待されること。明確な製品開発計画と妥当な科学的根拠」という条件§である。要するに、助成でも日米欧で違いがある上に、もう一つ別のオーファンドラッグでも助成ほどではないが違いが生じて、私にとってはとても理解が困難な状況となっている。たしかに、これではオーファンドラッグ保護無用論がでるのも納得である**。ではなぜ、この3極で統合して開発しないのだろうか、という素朴な疑問が浮かぶ。理由は、現在の段階ではあくまで推測だが、オーファンドラッグ開発が国内の製薬事業を自由市場から保護するのに、格好の言い訳にできるからである。希少疾患は国によって罹患率に差があるものが多く含まれるので、国によって開発したい薬剤が違うのだと言えば、国を別にして開発するのも、国会議員の多くに対しては通じるだろう。しかし、それではなぜEUが先述の創始者効果に基いて個別の民族で開発せずに、EUという大所帯で取り組もうとしているのかという疑問が浮かぶ。つまり、希少疾患の患者数が少ない、それゆえに希少疾患であることを考えれば、日米欧の3極で統合して治験の患者数をなるべく稼ぎながら開発を行っていないほうが、かなりおかしいのである。結論としては、税金を国内の製薬業界の薬剤開発力の保護に投入するのに、惨めな重度の患者の姿を思い浮かべてもらえれば、議題として国会を通過しやすいからである。要するに、オーファンドラッグの保護だけでなく、国内薬剤開発力の保護でもあるのである。

 

 私自身はこれは、そこまで悪いこととは思わない。ただ、やるなら3極でなるべく統合してやるべきである。なぜなら、日本と欧米で開発目標がかぶっている割に治験数が稼げないように見えるのと全く同じ理由で、シンガポール、オーストラリア、韓国、台湾、ブラジル、メキシコ、ロシア§といった新しくオーファンドラッグ開発保護をスタートさせた国々でも、今後どんどん開発目標がかぶる割に、人口が小さい国ほどよりいっそう治験数が稼ぎにくくなるからだ。そして現在、世界3億人の希少疾患の患者と、1億人の診断されない患児達が天に召され続けている。この人口になるべく早くに希少疾患医薬を届けるには、国ごとにばらばらに動いていたら20年経っても30年経っても無理なのである。見方を変えれば、日本という3極の中で唯一有色人種国である存在が、同じミトコンドリア・イブからつながってアジアまでやってきた近しい同胞に貢献するための、おそらく最大のチャンスであろうと思われる。

 

 現実的には、すでに研究者から何度も指摘されているように、なるべく早くにフランスを中心とするオーファンドラッグの国際ネットワークであるOrphanet§のメンバーとなって何をどの製薬会社が開発しているのか、どの人種に対してどの治験が準備されようとしているのかという情報を英語で発信することである。英語が苦手な私が言えた立場ではないが、この言語の壁を乗り越えてでも手にする利益は、大きい。同じ人種のアジア人に対して、日本人で治験済み、または日本人に対して、アジア人で治験済みの医薬を提供できるからである。おそらく、お互いにどのぐらい治験成果が適用できるかは全ゲノムシーケンシングが普及するにつれて検証されつつあり、お互いにアジア人の範囲では、ハプログループさえ検査すればどのぐらい治験を省いても大丈夫か数値的根拠が整いつつあるはずだ。あくまで希少疾患という初期段階では比較的小さな市場の枠内ではあるが、いずれそれなりの市場に成長する可能性を秘めている。しかも、アジア人というアジア市場に対する優位性を保持した状態で。

 

 

 全体的に、いろいろな国の事情が絡む割に、日本語の情報が少なく、オーファンドラッグの世界市場が果たしてどこまであるのか、また、Orphanetに参加しながら自国の製薬産業になるべく活躍させるには早くに参加するに越したことがないことまでは分かるが、開発目標がかぶったときに、開発助成金をいったいどういう按分にするのか、そういった詳細は私にはあまりピンとこない。この節はここで一旦閉じたい。


赤信号みんなで渡れば - 真面目な日本人の最悪の集団行動

 [希少疾患と難病の違い...]の節で述べた、スモンをきっかけとした薬事審査の厳格化といった現象を、本節では医原被害反動硬直現象と称して他の事例を調べ、日本人が真面目であるが故に、欧米ではありえない集団行動、集団的見て見ぬふりにより新たな被害を引き起こしている現状を述べる。

 

 スモンの場合のように、医師達、政府、企業が、自らの過失を素直に認めるのが遅れて、多くの被害者を出し、その結果より厳しい法律やガイドラインが作られて、それによって国際基準から外れた医療が成立し、そしてその独自性故に思わぬところで新しい被害者が出ても気が付きにくい、そういう悪循環のようなものが、欧米よりも日本の方で多くみられる。といっても、欧米の例をそれほど知っているわけではないので、ものすごく自信があるわけではない。ただ、日本でざっと数えただけでも3つ、このパターンの事例がある。その一つがスモンと薬事法、抗がん剤の関係である。

 

 一応、この3つの事例のことを「医原被害反動硬直現象」と本著では呼ぼうと思う。スモンの場合だと、医原というのがキノホルムの投与で、被害というのがスモン患者、反動というのが薬事法で、硬直というのが抗がん剤が薬事審査を通過する困難さである。スモン患者は難病として扱われることになったが、この現象の影響はコモンディジーズで致死的疾患であるがんにもおよび、抗がん剤の海外からの導入を遅らせ続け、本来ならできる必要のない屍の山を作り続けている。

 

 なぜ医原病と言わずに医原被害と言っているかというと、この現象の2例目として挙げるのは[感染症と希少疾患...]で述べる予防接種だからである。医原というのが注射針を使いまわした予防接種で、被害というのがB型肝炎に感染した患者で、反動というのが予防接種の国際基準からの後退で、硬直というのが感染症で天に召される小児の数が問題になっても予防接種裁判で負け続けた厚労省が円滑に対策をうたないことである。このように、主な被害者はB型肝炎という病ではあるが、注射針を使いまわすという物理的な意味を考えると、必ずしも全員が同じ病気であるはずもなく、当然B型肝炎以外の感染症も含まれるはずである。B型肝炎そのものは針を使いまわした予防接種以外でも感染するので、医原病という表現はあまり適切でないように思われ、被害全体をとらえた方がいいと考え、医原被害とした。

 

 医原被害反動硬直現象の3つ目は、海外での医療目的でない男女産み分けのための着床前診断である。しかしこの場合は、医原については、先述の2つほど悪質ではない。障害をもったお子さんを授かったご両親から、本当はもっとよく超音波をみれば妊娠早期に障害があることが分かったのではないか、などと産婦人科医の方々が責められ、その一方で患者会などから、日本で着床前診断などと障害児を間引くような真似はさせないと、正反対に近い要求をされてきた。ご両親から見れば医原性の被害と言えなくはないが、0歳児のおよそ1%1歳の誕生日を待たずに先天奇形、変形及び染色体異常により、天に召され続けている。このことを、センテナリアンが世界最高の人口比で続出*するほど、成人病の医療が発達した日本なのに、という観点から見れば、社会の努力や研究投資が足りない、また、ガイドラインが十分には整備されていないということになる。しかし、実際には、産婦人科医の個人々々の過誤とまでは言えない場合の方が多いはずである。それでも、ご両親から見れば過誤の大きさが専門用語に阻まれてしまって分からないため、やはり医原被害に近い認識になってしまう。

 

 反動としては、着床前診断を法ではなく、とりあえず学会の自主基準で制限する方向にことが運んだ結果、着床前診断に必要な重症度基準が明文化されずに、一回々々審査することになった*。硬直としては、医療目的でない男女産み分けなどという、赤ちゃんの健康ではなくご両親の利便性に重点をおいた目的で、富裕層だけが海外に出てまで着床前診断を受けるという、返って悪い結果となっている。本来は、着床前診断は、先述の天に召される患児を減らすために、遺伝性疾患の家系に対して行われるべきなのに、制度の壁に阻まれてしまっている。着床前診断はヒトの生まれに関する問題であるため、非常に本質的で、特に因果関係が込み入っているため、後々の節で詳述することにしたい。

 

 スモンと予防接種という、医原被害反動硬直現象の2つの例を見てお分かりになるように、これは医師や厚労省のお役人達だけの問題では決してない。医療といった欧米と頻繁に比較される分野では、どう隠そうとしても目立ってしまう、日本人としての文化心理学的な悪癖なのである。我々日本人全員がこの悪癖の特徴をとらえ、自ら意識して対処する必要がある。

赤信号、みんなで渡れば恐くない

これは、現在の北野武監督こと、ビートたけしとビートきよしによる漫才コンビであるツービートが、1980年、昭和55年に「笑ってる場合ですよ!」といったお笑いバラエティ番組を通じて流行させたブラックユーモアである。これがブラックユーモアで、むしろ真似をしてはいけないという意味で用いられたのは、この言葉を口にしたのがボケ役のたけしで、それに対して、「よしなさいって」と止めたのがツッコミ役のきよしであるという記述*がみられることから、ほぼ確かだろうと思われる。それにも関わらず、この言葉は流行し、ブラックユーモアであることを忘れて用いられるようになり、やがてこれがギャクであったことさえも忘れて、本来の意味とは多少誤解して何か諌めるための真面目な標語であるかのように理解する人も出るようになり*、かつて毒ガス標語で知られた北野武のあまりの変わり様に説明して信じてもらうのが面倒なので使われなくなっていった。現在では日本よりも中国で流行っているというのは文化心理学的に実に興味深いが、今はそんなことはどうでもいい。念のために断っておくが、これは別に私が初めてここまで真面目に調べているわけではなく、故人であられる数学者の森毅さんも『ひとりで渡ればあぶなくない』を出版される前に同じことを真面目に調べたはずである。

 

 集団心理を面白おかしく皮肉ったこのブラックユーモアが流行語となったのは、やはり日本国内における世相を反映していたと言えるだろう。日本人は円が強くなってジャンボジェット機の運賃が安価となるにともなった国際化時代を前にして、自分達のことを、特に欧米人と比較した場合に、集団行動を得意とする一方で、個人が正しいことをすることがあまりない民族であると認識していたのだと思う。しかし、詳しく調べてみると、英語でも同じ表現がないわけではない。

"(There is) Safety in numbers.""

 

Wikipedia英語版で"Safety in numbers"の曖昧さ回避のページのトップに挙がっているのは、同じ交通安全でも、集団登下校が子供の安全に役立つことの仮説についての、少なくとも29件に昇る参考文献の束であった。一部、誘拐や変質者といった交通以外の恐れも含んでいるかのように書かれているが、基本的には交通安全について述べられている。よく考えれば、横断歩道をみんなで渡るよりも、普通に登下校を集団でやった方が安全なのはわかりきっているのである。むしろ、日本ではそんなことが議論になるのがバカバカしいぐらい当たり前のことなのに、個人を重視する欧米人たちは、わざわざWikipediaCriticism(批判)の節まで作って議論をしている。ということは、やはり日本では集団で行動するのが当たり前だと思っている事柄でも、欧米ではその前に集団で行動することの有効性が議論になるのである。

 

 "Safety in numbers"の大もとの出所は、決してコメディなどではなく聖書である。よく知られているOxford Dictionaryと同じ出版社と思われるサイトの検索結果として、17世紀後期にできたことわざであり、推測だが高い確率で、聖書の箴言1114節の中の次の暗喩からとられたようだと表示される。

"In the multitude of counsellors there is safety"

 

この箴言というのは、どうやらヘブライ語聖書およびキリスト教の旧約聖書の一部のことを指し、日本語訳としては次のものが得られた。

 

指導者がなければ民は倒れ、助言者が多ければ安全である。

 

また、246節にも同じような文言が登場するが、先述の検索結果として1114節だけが示された理由はよく分からない。

 

良い指揮によって戦いをすることができ、勝利は多くの議する者がいるからである。

 

 この他にも、Mark Shieldsによる"There is always strength in numbers."がこの部分だけだと「細き流れも大河となる」と日本語で紹介されているようだが、全体を細かく訳してみたころ、おそらく次のような訳ができると思われる。

 

"There is always strength in numbers. The more individuals or organizations that you can rally to your cause, the better."

「数多ければ常に頼もし。同じ志に集う友また組、多ければ尚よし。」

 

この他にも、"Two wrongs make a right.""が日本の「赤信号・・・」のニュアンスに最も近いのではないかと思われるが、結局のところ、どれもこれも「赤信号・・・」ほど面白くないのである。「赤信号・・・」が面白かったのは、やはりその風刺していた対象が我々日本人の身近なところにあって、それが信号というたいていの人々が毎日頻繁に出くわす小さな判断、つまり、待つか、走るか、さらには、より足の遅そうな人、幼児や高齢者によって場合分けして、いれば待つし、いなければ走る。そういう人間性やそのときの心理がさりげなく表に出てしまう行為であると、皆が知っていたからこそ面白かったのだろう。それをツービートという一見間抜けな人たちによって突かれたことで、皆がここで笑うと考えられる部分となり、実際、皆がいっしょに笑ったのである。

 

 「赤信号・・・」で笑った直接の原因が社会心理学でいう同調現象であれば、風刺していた対象ももちろん、集団心理である。もっとも酷いが頻繁に起きているのがいじめであり、ちょっと変わった生徒がいると、あいつは足が遅いから誘わないとなる。更には、何か教室の物品が壊れる、たとえば、花瓶が割れ、その原因が所謂クラスヒエラルキーの上位の生徒であった場合、皆でそれとなく口止めをする。先生からの追求を受けて話してしまった奴は鈍足といっしょにいじめの対象なるから、みんな必死だ。そして、追求が長引いた場合、最後には、皆が目を逸らしながら一部の者が告げ口をして鈍足のせいになるのである。これがスケープゴートという現象である。ここまで明確であることは少ないが、これに似た経験をほとんどの日本人がしているはずだ。そして傍観者に徹するというか、見て見ぬふりをする方が得だという思考を、叩き込まれるのである。

 

 最近は日本でも米国風の考え方が映画やドラマを見た人口から取り入れられ、いじめに耐えながらでも内部告発をする者が増えてきた。米国の考え方だと、ドラマや映画で出てくるヒーローそのもので、普段はクラーク・ケントピーター・パーカーみたいに地味だが、いざとなれば一人正義を通す方が、特に男子としては好まれるのである。逆に我を通して悪事を働くものも多いため、犯罪発生率としては高いのだが。いずれにしても傍観者に対しては卑怯者に近い考え方だ。日本の組織で何か都合の悪いコトが起こると、傍観者が卑怯者として扱われることはほとんどないぐらいに、たくさんの人口が傍観者となる。これが社会心理学でいうコーシャスシフトという現象であり、さらに一歩踏み出して悪いと分かっていながら自分も行為に加わるのがリスキーシフトである。ただし、私は本格的に心理学を勉強したわけではないので、厳密性に欠けるのはお見逃し願いたい。いずれにせよ、実際に多少なりとも「赤信号を渡った」経験を日本人が持っているからこのブラックユーモアが実に面白かったのである。さらには、これが本来は笑ってはいけないほどシビアな結果、つまり、血まみれの交通事故を引き起こす、それを不謹慎にも笑うということ自体が、ブラックユーモアとして秀逸だった。そして一人で笑うのではなく、みんなで笑うことにより、その笑い自体が赤信号をみんなで渡ることに相当し、自己言及的であったという意味で、北野武はおそらく当時から天才だったのだろう。

 

 一般的に日本人は「フェアでない」とか「卑怯者」として呼ばれることに鈍感で、米国人の方が敏感なようだ。「フェア」という表現が米国でよく用いられるのは、おそらく議論好きな国民性からきていて、自分にとって不利な点があっても、相手が握っていないと思われる情報を出し惜しみせず、相手に反論の機会を与えて、議論を有意義なものにする考え方である。この事自体が、たとえ議論に負けても、良い議論をしたという意味できっと彼らには楽しいのだろう。少なくともフェアでないやり方をして議論に負けるよりも、フェアなやり方をして負けることの方が価値があると思われる。

 

 つまり、ここまで社会心理学、文化心理学的に詳述して何が言いたいかというと、先述の3点、スモン、予防接種、着床前診断の医原被害反動硬直現象に加えて、もっと大きな被害が発生しようとしていて、希少疾患が米国NIHでは6800疾患あると言っているのに日本では今までに出ている最大の数値でも705疾患となっていて、残りは患者数が更に数が少ないから見捨てていいのだという現象自体が、リスキーシフトであり、赤信号をみんなで渡ろうとしていると言えるだろう。[もっとも正確な希少疾患の数...]で述べるように、欧米で希少疾患が新たに発見され続けるほど、スモンや予防接種の様に欧米との対応の差が明らかになり、[希少疾患全体の罹患率...]で示すように、欧米の人口比を用いると日本でも900万人~1300万人の患者人口が存在し、[合っているかもしれない仮説]で示したように進化と遺伝の基本さえ知っていれば、そこに診断不可能なぐらい疾患を起こすのが稀な遺伝子が存在することぐらい簡単に推測できるのだから、やはり日本での疾患数の認識は余りにも少なすぎるのだ。

 

 ただ、それと同時に、日本人は、非常に深く反省をするというよい面があることも認めなくてはならない。医原被害反動硬直現象について、最後の硬直の部分は、行き過ぎた反省から来ているとも言える。このこと自体は美点であるが、反省した結果が、あまりにも国際基準と違ったやり方になった時点で、何かおかしいと考えるべきなのだ。この「おかしい」を事情を知る立場になればなるほど言い出さないところもコーシャスシフトなのだろう。「反省」を理由にすれば、日本人同士で何か分かり合える気がするため、国際基準と違っていても心情的に正当化できてしまっている。おそらく、円が強くなって久しく、また日本でセンテナリアンがたいへんな人口比率で生み出され続けていることにより、日本人は自信過剰になり、特に医療分野で国際基準に合わせなければならないという感覚が、何十年かのうちに麻痺してきていて、その意味で、状況はより悪くなっているのかもしれない。[更に複雑な感染症の話]の節で指摘したように、センテナリアンが世界最高の人口比率で生み出され続けているのは、おそらく日本の感染症対策が国際基準と比較して天然の状態に近いからであり、感染症対策が国際基準よりもすぐれているためではない。

 

 日本では何か大きな人的被害が出ると、ヒューマンエラーや人災という用語は用いられるが、「赤信号...」というコーシャスシフトによる集団心理的な面は追求しても仕方がないとされ、集団の利益というような雰囲気に基づいて、トカゲの尻尾きりのように、ミスを個人レベルに限定しようとする力が働く。もっと正確には、日本人以外でもそういった傾向はあるが、「赤信号...」からも分かるように、日本の場合はコーシャスシフトの一員として参加する人数が多いのが特徴である。

 

 

 20151月施行の難病法についても、うがった見方をすれば、多少リスキーシフト的なところがある。自分達よりも患者数の少ないグループは無視していいのだという、患者数の少ない群が、さらに患者数の少ない群を切り離して助成を受けるという、実に日本的な解決に向かおうとしている。だが、こういった動きは今に始まったわけではない。1972年の特定疾患調査研究事業以来、ずっとこうしてきたのだ。


もっとも希少な希少疾患 - 70億人にたった一人

 Wikipedia英語版に地球上でたった一人の患者しかいなかった希少疾患について記されている。この場合は患児で、こういった希少疾患には疾患名の日本語訳さえ存在しないことが多いのだが、幸い、京大のある研究室がリボース5-リン酸イソメラーゼ欠損症としてくださっているので、今後英語名ではなくこの日本語名を使おうと思う。しかし、ある意味、この名前を覚えようと覚えまいとあまり関係がない。なぜなら、世界人口70億人のうち患者はたった一人で、治療法の研究など全くなされたことがないことに加えて、白質脳症という重度の症状が出たので、おそらく少年期に他界されているからである。今、生きてこの文章を読まれている方々が今後患うことは絶対にない疾患ということでもあるが、それ故に過酷である。

 

 なるべく理解しようと、論文から部分訳を行ったが、正直なところ、重度すぎて気が重くなるのと、複合ヘテロ接合という劣性遺伝の中でも比較的特殊な遺伝パターンで生じている、つまり、よっぽど間が悪くなければ患わないということを、理路整然と述べられてしまうと、何か、やりきれない。天に召されたこのオランダ人と思われる男児は、どうやら論文中で確認できるかぎり14歳まではがんばって生存されたようだ。Wikipedia英語版の希少疾患のページを通じて、一人だけ患った自分の病気の存在が世界中に広まってしまったことを天から見ていて、希少疾患の患児にみんなが振り向いてくれるのに役だったと喜んでいるのだろうか。それとも、こんな死に様を人様にみせたくないと思うのだろうか。そんなことを考えても仕方がない。科学はやはりヒトの心を救うものではなく、体を救うだけなのである。この場合は救ったとは言えないけれども、次に同じ疾患が出た時には、僅かだけでも、どうすれば症状を緩和できるか、我々はこの患児の論文により知っている。

 

 この節の以降では2004年と2010年の学術論文から訳した部分を示すが、おそらく、70億人に一人の疾患について読んでいただいても仕方がないかもしれない。訳している間にもわかりにくい部分が多く、原因不明の代謝異常症のお子さんを持ってられる方々以外には、そこまで情報的意味はないように思われる。なお、70億人に一人を強調してしまったが、70億人に平等に診断を受ける機会が与えられているわけでは全くないので、第三世界で同じ疾患の患児が2人目として天に召されていても、我々は気づく術さえないが。

 

Huck, Jojanneke HJ, et al. "Ribose-5-phosphate isomerase deficiency: new inborn error in the pentose phosphate pathway associated with a slowly progressive leukoencephalopathy." The American Journal of Human Genetics74.4 (2004): 745-751.

 

The present article describes the first patient with a deficiency of ribose-5-phosphate isomerase (RPI) (Enzyme Commission number 5.3.1.6) who presented with leukoencephalopathy and peripheral neuropathy.

本論文は、白質脳症および末梢神経障害を呈した、リボース5-リン酸イソメラーゼ欠損症(RPI)(Enzyme Commission number 5.3.1.6)を有する最初の患者について述べる。

Proton magnetic resonance spectroscopy of the brain revealed highly elevated levels of the polyols ribitol and D-arabitol, which were subsequently also found in high concentrations in body fluids.

脳のプロトン磁気共鳴スペクトロスコピーによりポリオールリビトールおよびD-アラビトールのレベルの上昇を明らかにし、引き続いて体液中にもそれらが高濃度に存在することが見出された。(訳注:proton magnetic resonanceはおそらくNMRのことを意味していて、MRIと区別して強調したいようです)

Deficient activity of RPI, one of the pentose-phosphate-pathway (PPP) enzymes, was demonstrated in fibroblasts.

ペントースリン酸経路(PPP)酵素の一つである、RPIの活性が欠損していることは、線維芽細胞で検証された。

RPI gene–sequence analysis revealed a frameshift and a missense mutation.

RPI遺伝子のシーケンシング解析により、フレームシフトおよびミスセンス変異が見出された。

Recently, we described a patient with liver cirrhosis and abnormal polyol levels in body fluids, related to a deficiency of transaldolase, another enzyme in the PPP.

近年、我々は肝硬変および体液中の異常ポリオールレベルを有する患者について述べたが、その症例はPPPのもう一つの酵素であるトランスアルドラーゼの欠損を持っていた。

RPI is the second known inborn error in the reversible phase of the PPP, confirming that defects in pentose and polyol metabolism constitute a new area of inborn metabolic disorders.

RPIは、PPPの可逆相における先天性異常として知られる2番目のものである。ペントースおよびポリオールの代謝の欠損により、先天性代謝異常症の新領域を形成するものである。

 

 

Wamelink, Mirjam MC, et al. "The difference between rare and exceptionally rare: molecular characterization of ribose 5-phosphate isomerase deficiency."Journal of molecular medicine 88.9 (2010): 931-939.

 

It manifests with progressive leukoencephalopathy and peripheral neuropathy and belongs, with one sole diagnosed case, to the rarest human disorders.

これは、進行性の白質脳症および末梢神経障害を呈し、たった一人の診断された症例のみ存在する、もっとも希少なヒトの疾患である。

()

Taken together, our results demonstrate that RPI deficiency is caused by the combination of a RPI null allele with an allele that encodes for a partially active enzyme which has, in addition, cell-type-dependent expression deficits.

考え合わせると、我々の結果は、RPI欠損症が、RPIヌルアレルが、部分的に活性な酵素をコードするアレルと、組み合わさることにより引き起こされたと証明するものである。更に、そのコードするアレルは、Cell-type-dependent(細胞タイプ依存性)発現欠損を有している。

We speculate that a low probability for comparable traits accounts for the rareness of RPI deficiency.

我々は、同等の形質が低い確率が、RPI欠損症の希少性をもたらしたと推測する。

()

The facts that no individual homozygous for RPI null alleles has been detected, and the RKI1 knock-out is lethal for yeast, allows speculation that cases with a complete lack of RPI activity are not viable.

RPIヌルアレルについてのホモ接合体の個体が未だ検出されたことがなく、RKI1ノックアウトがイーストにおいて致死的であったという事実から、RPI活性が完全に失われた症例は生存不可能であろうと推測できる。

Consequently, RPI deficiency is penetrating rarer as the natural occurrence of null alleles.

結果として、RPI欠損症は、ヌルアレルが自然発生するよりもより希少な罹患率となる。(訳注:penetrating rarerはこれよりも厳密な訳があるかもしれません)

This fact, however, does not exclude the possibility that other genetic factors, cell-type-dependent modifiers for instance, are contributing to the rare occurrence of RPI deficiency.

 

しかしながら、他の遺伝学的要素、例えばcell-type-dependent modifiersが、RPI欠損症が希にしか起こらないことに寄与している可能性もある。


もっとも正確な希少疾患の数 - 毎日約1つ希少疾患が増える?

 米国の希少疾患当局が6800疾患と述べていることの根拠を推測しながら、もっとも正確な希少疾患の数を調べた。直接的に希少疾患当局に尋ねてもみたが、回答として既に読んだことのあるウェブページしか示されなかった。米国のような率直な国が根拠をあまり明確にしない場合は、それなりの理由があるのであろうと推測される。はっきり言ってしまうとこの数が大きければ大きいほど、予算を確保するのに有利であろうという推測が成り立つ。その数が小さくなるような根拠は示さない方が都合がいいのではないか。そういう見方で厳しい見方から検討を行った。結論として、6800疾患は大袈裟と思えるが、5000疾患を超えていて、ほぼ毎日1つ表現型がOMIMというデータベースに登録され、その多くが希少疾患なのは、ほぼ間違いないものと思われる。つまり、現時点で、エクソームシーケンシングなどにより、大変な勢いで希少疾患の発見が加速されているように見受けられる。

 

 疾患の分類方法は、OMIMICDという2つの世界標準が存在する。他にもGeneReviewsおよびその日本語版、GeneTestsといったものがあるが、なるべく包括的に何でもかんでも登録されているという意味からすると、OMIMICDであろうと思われる。実質的に、一般人が覚えておいて得なのはこの2つのみで、希少疾患の患者であればGeneReviews日本語版もとても役に立つ。しかし、GeneReviews日本語版は、医療従事者以外からの利用に関して神経質なようなので、ここではリンクを示さない。いずれにせよ検索すれば表示される。GeneReviews日本語版が気にしているのは、おそらく2点で、データベースに書いてあることを鵜呑みにして医療的判断を患者が勝手に行ってしまった場合の責任の所在、および、患者からの問い合わせ窓口があるように見えてしまうと膨大な数の問い合わせがきて重要な医療機関からの問い合わせが見落とされやすくなることである。極力、この2点を念頭においてご利用いただきたい。

 

 OMIMは、"Online Mendelian Inheritance in Man"の略であり、日本語にあえて訳せば「ヒトにおけるメンデル継承・オンライン版」となると思われる。ただし、このメンデル継承の部分は、おそらく生物学の翻訳者の間で頻繁に問題になる部分であり、geneticsが遺伝学、heredityが遺伝と、英語では明らかに異なるのに日本語では1文字付け足されただけとなるため、英語のニュアンスが日本語訳に反映されないということが頻繁に起こっている。[遺伝学用語の混乱:genetics、遺伝か起源か]でふれる。

 

 話を戻すと、OMIMは日本人としてはオーエムアイエムと読むのが普通のようだ*。一方で、OMIMの公式ビデオチュートリアルを再生したところ、オーミムに近い発音をしている。日本人同士ならどちらでも通じるのではないかと思われ、外国人に対してはなるべくチュートリアルの発音を真似るのがよいのではないだろうか。OMIMは、後々の節でGenetic Allianceという米国の患者会の連合組織について述べる際に、この組織を設立した人物の一人、ジョンズ・ホプキンス大学のビクトル・マキュージック元教授が中心となって収集し、現在では著作権としてはジョンズ・ホプキンス大学に残したまま、予算的には米国政府の担当となり、米国生物工学情報センター(NCBI)の検索サイトと統合されている

 

 日本語によるOMIMの紹介としては、比較的患者向けのものとして以下のものがある。

 

(OMIMとその使用法:』 Tokyo Medical University, Department of Paediatircs, Genetics Study Group, Hironao NUMABE, M.D., 20141023日閲覧より)

 

便宜上,収載された疾患は,常染色体優性(100000番台),常染色体劣性(200000番台)X連鎖性(300000番台),ミトコンドリア遺伝(500000番台)などに分けて番号が付されています.

個々の疾患(遺伝子異常)により来される病態は,clinical synopsisという症状の項目に別項として列記されています.

症状や病態を客観的に正確に診断する能力を有する方(厳しい言い廻しですが,dysmorphologistと呼ばれる,トレーニングを積んだ専門家を指します.日本では「臨床遺伝学認定医」資格保持者などの一部の医師に限られます)でしたら,この項目を利用してデータベース検索して,疾患の診断が可能です.

 

比較的医療者向けの日本語によるOMIMの紹介§もある。

 

 OMIMを利用する上で、把握しておいた方がいい情報がFAQにまとめられており、重要と思われる部分を抜き出すと次のようなことが記されている。

 

("OMIM Frequently Asked Questions (FAQs)" Johns Hopkins University, 20141023日閲覧より)

 

1.3 What do the symbols preceding a MIM number represent?

1.3 MIM番号の前についている記号は何を表しているのですか?

 

An asterisk (*) before an entry number indicates a gene.

エントリー番号の前のアスタリスク(*)は遺伝子を表す。

 

A number symbol (#) before an entry number indicates that it is a descriptive entry, usually of a phenotype, and does not represent a unique locus. The reason for the use of the number symbol is given in the first paragraph of the entry. Discussion of any gene(s) related to the phenotype resides in another entry(ies) as described in the first paragraph.

エントリー番号の前のシャープ(#)記号は、それが記述的なエントリーであり、通常は表現型についてのもので、特定の座位を表すものではないことを示す。シャープ記号を用いることの理由は、エントリーの最初の段落に記されている。その表現型に関係するあらゆる遺伝子についての検討は、その最初の段落で述べられるように、別のエントリーの中に位置する。

 

A plus sign (+) before an entry number indicates that the entry contains the description of a gene of known sequence and a phenotype.

エントリー番号の前のプラス記号は、そのエントリーが既知の配列および表現型をもつ遺伝子の記述を含むことを示す。

 

A percent sign (%) before an entry number indicates that the entry describes a confirmed mendelian phenotype or phenotypic locus for which the underlying molecular basis is not known.

エントリー番号の前のパーセント(%)記号は、そのエントリーが、根本となる分子的基礎が知られていない、確認済みのメンデル表現型(mendelian phenotype)または表現型座位(phenotypic locus)を記していることを示す。(訳注:少し分かりにくいですが、メンデルが行ったエンドウの形質継承実験と同じ実験を行って、メンデル継承のパターンに合致してることを確認済みだが、それがどの座位だがおおざっぱにしか分かっていないという意味だと思います。)

 

No symbol before an entry number generally indicates a description of a phenotype for which the mendelian basis, although suspected, has not been clearly established or that the separateness of this phenotype from that in another entry is unclear.

エントリー番号の前に記号がないのは、一般的には、メンデル的基礎として、疑わしいものがあるものの、明確には確立されていない表現型の記述、または、この表現型をもう一つ別のエントリー中の表現型から区別するのが不明瞭であることを意味する。

 

A caret (^) before an entry number means the entry no longer exists because it was removed from the database or moved to another entry as indicated.

エントリー番号の前のカレット(^)は、そのエントリーがもはや存在しないことを意味する。記されているように、それがデータベースから削除されたが、他のエントリーへと移動されたためである。

 

See also the description of symbols used in the disorder column of the OMIM Gene Map and Morbid Map.

OMIM遺伝子マップおよびMorbidマップの疾患欄中で用いられる記号についての記述も参照されたい。

()

1.5 What is the OMIM Gene Map and Morbid Map?

1.5 OMIM遺伝子マップおよびMorbidマップとはなんですか?

 

The OMIM Gene Map and Morbid Map present the cytogenetic locations of genes and disorders, respectively, that are described in OMIM. Only OMIM entries for which a cytogenetic location has been published in the cited references are represented in the Gene Map and Morbid Map.

OMIM遺伝子マップおよびMorbidマップは、それぞれ、遺伝子および疾患の染色体上の位置を表す。染色体上の位置が引用文献中で公開されたOMIMエントリーだけが、遺伝子マップおよびMorbidマップに表される。

 

The OMIM Gene Map can be searched by gene symbol (e.g., "SOD1"), chromosomal location (e.g., "5", "1pter", "Xq" ), or by disorder keyword (e.g., "alzheimer").

OMIM遺伝子マップは、遺伝子シンボル(例、"SOD1")、染色体上の位置(例、"5", "1pter", "Xq" )、または、疾患キーワード(例、"alzheimer"(「アルツハイマー」))により検索することができる。

 

こういったOMIMの表記法にしたがって、OMIMに登録されている疾患数の統計を探してみる。

 

("OMIM Gene Map Statistics" より)

 

OMIM Gene Map Statistics:

OMIM遺伝子マップ統計:

 

OMIM Morbid Map Scorecard (Updated October 17th, 2014) :

OMIM Morbidマップスコアカード(20141017日更新):

Number of phenotypes* for which the molecular basis is known 5,341

分子的基礎が既知の表現型*の数 5,341

Number of genes with phenotype-causing mutation 3,293

表現型を引き起こす変異がある遺伝子 3,293

 

* Phenotypes include single-gene mendelian disorders, traits, some susceptibilities to complex disease (e.g., CFH and macular degeneration, 134370.0008), and some somatic cell genetic disease (e.g., FGFR3 and bladder cancer, 134934.0013)

* 表現型には、単一遺伝子メンデル疾患、形質、何種類かの複合病への感受性(例、CFHおよび黄斑変性, 134370.0008)、および、何種類かの体細胞遺伝性疾患(例、FGFR3および膀胱がん, 134934.0013)が含まれる。

 

5341という数値は、6800にかなり近いものの、疾患だけでなく形質までをも含んでいる。その一方で、遺伝子マップに含まれるエントリーは、FAQにあったように、染色体上の位置の同定が済んでいると考えられるため、形質さえ除くことができれば、それなりに信用ができる数値のはずである。しかし、染色体上の位置が同定されるだけではなく、遺伝子が同定される必要があるので、もっと絞られた数値を探すと、まだ形質を含んだ状態ではあるが、分子的基礎が既知の表現型として、以下のように、201317日時点で3674という数値を見つけた。

 

("OMIM Statistics for January 7, 2013" より)

 

OMIM Statistics for January 7, 2013

Number of Entries

 

Autosomal

X-Linked

Y-Linked

Mitochondrial

Total

* Gene with known sequence

13370

651

48

35

14104

+ Gene with known sequence
and phenotype

124

4

0

2

130

# Phenotype description,
molecular basis known

3371

271

4

28

3674

% Mendelian phenotype or locus,
molecular basis unknown

1627

133

5

0

1765

Other, mainly phenotypes with
suspected mendelian basis

1765

125

2

0

1892

Total

20257

1184

59

65

21565

 

 

この数値は、201317日のものである。その一方で、OMIMのサイトの統計のメニューから、同じ意味の数値を探すと、20141021日更新の統計として、4,270という数値が得られた。ざっと計算すると、この652日間に、(4270-3674)/652=0.914となり、「ほぼ毎日1個」、表現型、その多くは疾患の登録が増え続けていることになる。形質と疾患を分離した統計が見つけられないという歯がゆさが残るが、重症化しないと希少疾患は診断できない、だから診断を得られない患者が必ず存在してしまうという、本著でこれまでに記してきた大前提で考えると、やはり生死や予後に関係のない形質よりも重度の疾患の方が登録されやすいであろうと考えられる。

 

 一応、上記の表からより広くとれば、下3段を合計することにより、3674+1765+1892=7331という数値となる。これは今までに検討した中で6800に最も近い数値であり、おそらく、これに形質を除いて疾患だけ抽出するための補正を行って6800としたのではないかと推測できる。OMIMについて述べている文献を探すと、2004年と少し古いため毎日1件表現型が追加される状況だと、どのぐらい現状に当てはまるのか分からないが、はっきりと疾患と限定した形で記されているものがあった。

 

Hamosh, Ada, et al. "Online Mendelian Inheritance in Man (OMIM), a knowledgebase of human genes and genetic disorders." Nucleic acids research33.suppl 1 (2005): D514-D517.

 

The Morbid Map is an alphabetical tabular listing of all mapped disorders.

Morbidマップは、アルファベット順の表の形式とした全てのマップされた疾患のリストである。

As of September 13, 2004, there were at least 3659 disorders spread across 2558 loci.

2004913日の時点で、少なくとも3659の疾患が2558座位に広がって存在していた。

In 2563 of these disorders, the molecular basis has been identified at the DNA level.

これらの疾患のうち2563は、分子的基礎がDNAレベルで同定済みである。

These 2563 disorders of known molecular basis are distributed over the 1651 loci with at least one allelic variant; many genes are the site of more than one mutation causing phenotypically distinct disorders (e.g. cystic fibrosis and congenital bilateral absence of the vas deferens caused by different mutations in CFTR).

分子的基礎が既知のこれら2563疾患は、少なくとも1個のアレルを有して、1651座位にわたって分布している。そのうち多くの遺伝子は、表現型的に異なった疾患を引き起こす2つ以上の変異を有するサイトである(例、嚢胞性線維症および先天性両側精管欠損症は、CFTR遺伝子の異なった変異により引き起こされる)(訳注:サイトとは変異が起こる場所のことだと思われます)

 

2004年時点でOMIMの中を数えれば、確実に疾患といえる分子的基礎が確立したものだけ拾うと、2563である。これを強引だが現在の日付まで増加させると、3690日なので、およそ6000疾患となる。やはり6800はこの辺りを根拠としている可能性が高い。

 

 ICDの方についても、少し触れたい。ICDは、疾病及び関連保健問題の国際統計分類と呼ばれるWHOが策定している分類法であり、何度も改訂され拡張されて、現在ではICD-10(2003)と呼ばれるものが用いられている。結論を言ってしまうと、2017年に施行を予定されているICD-11には、[希少疾患と難病...]の節でオーファンドラッグの国際ネットワークとして述べたOrphanetのデータベースに登録されているおよそ5850疾患が、なるべく幅広くICD-11に取り込まれるように活動が行われている。現在Orphanet上でどこにこの数値があるのか探しても見つからないものの、ヨーロッパの患者会の連合組織であるEURORDISのサイトのプレゼン資料であるため、信ぴょう性は高いと思われる。したがって、ICDについて調べた限りは、Orphanetの方についても同じ結論として、Orphanet上で検索できるはずの5850疾患である。

 

 OMIMICDOrphanetの結論として、診断の中に分子的基礎、つまりDNA検査で病的変異が見つかったかどうかで、学術論文に記されている症例の信頼性が異なり、どうやら、2004年時点で2563疾患というのが、分子的基礎が確立されたものだけを拾った、最も控えめな数値と思われる。これに相当する現在の数値が得られれば、それがもっとも正確な希少疾患の数と言えるであろう。

 

 念のため、付け加えておくが、これはDNA検査で疑わしい変異が見つからなければ、すべて診断しなくていいということを推奨するものではない。確実な診断のために積極的に大型のDNA検査を活用し、そして変異が見つかるに越したことはないが、それでも症状と一部の検査値が一致するのであれば診断を出すべきだと思っている。過去にはDNA検査なしで診断を行っていたのに、ほんの数年を境にして、現在ではDNA検査で変異が見つからなければ診断しないというのは私から見るとフェアではない。

 

 ICDについて、逸話として興味深いのは、あの、小学生の時に伝記で読んだ方も多いであろう、伝説的な看護師であるナイチンゲールが出発点の一つということである。ただし、WHOによる公式のICDの歴史によるとあくまでその一つという扱いである。その理由としては、ナイチンゲールが実際に戦場の看護師をしたのはたった2年間で、その間に英国による戦意高揚のための広告塔として有名になり、そののちはずっと統計学者として活躍したという、小学校で伝記で読んだよりも複雑な歴史があるということのようだ。その2年間に、あまりにも多くの死を見て、そして看護師としての自分の行動との因果関係を統計的に追求しすぎたため、それ以上看護師を続けるのがためらわれたのではないかと思う。ブルセラ症脊椎炎を患っていたという説もあるが、基本的にはうつ症状を間欠的に示していたそうである

 

 ナイチンゲールについて述べたところで、OMIMと女性との関係で気になることは、Online Mendelian Inheritance in Manというように、最後にHumanではなくManと、暗に男性を意識させる表現になっていることである。なぜこれが女性の権利の活動が活発な米国で問題になっていないのか多少不思議であったが、よく考えれば、これには多少科学的な裏付けがないでもない。男性特有の伴性遺伝病は知られているが、女性特有の伴性遺伝病というのは、ほとんど知られていない。調べた限り、レット症候群**のみである。優性遺伝のX染色体の遺伝子による疾患に限って、病的変異を有するX染色体を持つ男子が流産するほど重度であり、女子でも重度に発症するということのようだ。しかし、いずれにしろ、すでに1つはそういった疾患が発見されているので、いずれ、OMIMOMIHなどになるのかもしれない。


希少疾患全体の罹患率 - 全部合わせると10~14人に一人

 

 希少疾患全体としての罹患率として、米国の患者会の連合組織であるNORD10人に一人という非常に大きな数値を出している。これについて直接NORDに問い合わせたところ、NIH内のNCATS(米国先進トランスレーショナル科学センター)による罹患人口2500万人(8%)、同じくNIH内のNHGRIによる罹患人口25003000万人(89%)、以下の論文中の25003000万人(812%)3点を根拠として示された。

 

Griggs, Robert C., et al. "Clinical research for rare disease: opportunities, challenges, and solutions." Molecular genetics and metabolism 96.1 (2009): 20-26.

 

NHGRI9%というのは、2014年現在の米国人口3.16億人から計算したものである。Griggsらが論文中で示している12%というのは大きすぎるような気がするが、2009年には人口比でそうだったのだろうと考えるしかない。全てNIH系の根拠なのは気になるが、一応、これだけ大きな数値が出ていても部局によって違いがないということは、本当のことなのだろう。米国の希少疾患の基準として20万人未満の感染症も含めれば。

 

 [もっとも正確な希少疾患の数...]で調べたように、米国の6800疾患というのはEUよりも大きな見積りであった。同じように、米国の10人に一人というのはEUよりも幅広くとっていると思われ、日本の基準と照らし合わせるとEU68%の方がよく当てはまるという結論になるものと思われる。以下に記すように、EUの患者会の連合組織であるEURORDISによる68%を検証しようとしたところ、どこまで信用していいのかわからなくなる部分が多少あった。そういう事情で、結論が予想できる割に細かな問題が生じた。EUでの希少疾患全体の罹患率として68%、間をとって7%14人に一人という数値を、本著で日本の罹患率を予測する場合に採用する。EURORDISに問い合わせて、現在も書き足しているのが本節の現状である。

 

 希少疾患全体の罹患率について、他のソースを参照しながら、検証したい。まずは、EUの患者会の連合組織である、EURORDISからの希少疾患の政治的啓蒙用の文書である。

 

("Rare Diseases: understanding this Public Health Priority" EURORDIS, November 2005 より)

 

In order to be considered as rare, each specific disease cannot affect more than a limited number of people out of the whole population, defined in Europe as less than 1 in 2,000 citizens (EC Regulation on Orphan Medicinal Products).

希少と考えられるためには、各特定の疾患は、全人口の中で限られた人口を超えて罹患することはできない。ヨーロッパでは、2000人の市民に一人未満であると定義されている(EC希少医薬品規制)。

This figure can also be expressed as 500 rare disease patients out of 1 million citizens.

この数値は、100万人の市民に対して500人の希少疾患の患者と同じと表現することもできる。

While 1 out of 2,000 seems very few, in a total population of 459 million citizens this could mean as many as 230,000 individuals for each rare disease.

2000人に一人というのは非常に少ないように思われるけれども、全人口で45900万人の中だと、これは各希少疾患あたりで23万人もの個人を意味しうる。

It is important to underline that the number of rare disease patients varies considerably

from disease to disease, and that most people represented by the statistics in this field suffer from even rarer diseases, affecting only one in 100,000 people or less.

希少疾患の患者数は、疾患から疾患へと著しく変化するのに留意するのが重要である。この分野での統計によると、多くの人々は更に希少な疾患に苦しめられ、それは10万人に一人以下のみが罹患するという希少さなのである。

Most rare diseases do only affect some thousands, hundreds or even a couple of dozens patients.

多くの希少疾患は、数千人、数百人、あるいは数十人の患者のみに罹患する。

These “very rare diseases” make patients and their families particularly isolated and vulnerable.

これらの「超希少疾患」は患者達とその家族を、特に孤独で被害を受けやすい状況に追い込むのである。

It is worth noting that most cancers, including all cancers affecting children, are rare diseases.

小児に罹患する全種類のがんを含んで、多くのがんが希少疾患であることも特筆すべきだ。

Despite the rarity of each rare disease, it is always surprising for the public to discover that according to a well-accepted estimation, “about 30 million people have a rare disease in the 25 EU countries”3, which means that 6% to 8% of the total EU population are rare disease patients. This figure is equivalent to the combined populations of the Netherlands, Belgium and Luxembourg.

めいめいの希少疾患の希少性にも関わらず、受け入れられている算定方法によると、「25EU諸国の中で約3千万人の人々が希少疾患を有している」(脚注3)ということに人々はいつも驚きを示す。これは全EU人口の6%8%が希少疾患の患者であることを意味する。この数字は、実にオランダ、ベルギー、およびルクセンブルグを合わせた人口と同じなのである。

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2.2. Paradox of rarity

2.2. 希少性のパラドックス

The above-mentioned figures mean that even though the “diseases are rare, rare diseases patients are many”. It is therefore “not unusual to have a rare disease”.

先述の算定が意味するのは、たとえ「疾患が稀なものでも、希少疾患の患者数としては実は多い」ことである。それゆえに「希少疾患の有するのは全く異常なことなどではない」のである。

It is also not unusual to “be affected by” a rare disease, as the whole family of a patient is indeed affected in one way or another: in this sense it is “rare” to find a family where nobody is - or no ancestor has been - affected by a rare (or “unknown”, “unexplained”, “strange”) disease.

希少疾患に「影響を受ける」こともまた異常なことではない。ある患者の全家族が実に何らかの方法で影響を及ぼされているからである。この意味では、ただの一人も - 祖先までも含めると - 希少な(または「未知の」「説明できない」「奇妙な」)疾患に罹患していない家族を見つける方が「希少」なのである。(訳注:affectedを当初罹患すると訳しましたが、患者の全家族が何らかの方法で罹患していると突然言い出すのは、科学的に厳密さに欠けるので、この場合は影響を受けるの意味であろうと解釈しました。しかしそれでも最後の文を罹患と訳さざるを得ず、これは英語のaffectedに罹患と影響を受けるの両方の意味があり、日本語でそうではないことによる翻訳の限界です)

A mother tells:

ある母親は語る:

“At the age of 6, Samuel was diagnosed with a rare metabolic disease.

6歳の時、サミュエルは代謝性の希少疾患と診断されました。

Almost three years after Samuel’s death, we are still a family with a rare disease:

サミュエルの死後、約3年で、私達は未だに希少疾患をもった家族のままです。

I have discovered that I have symptoms linked to the fact that I am a carrier, my marriage broke down due to the stress of losing a child and my daughter was unable to sit her A level exams due to the grief of losing her little brother and her father leaving”.

私が保因者である事実に関連して、私に症状が出ていることに気が付きました。子を失ったストレスにより、私の結婚生活は終わりを告げました。私の娘は幼い弟を失い、父親が出ていった悲しみにより、卒業試験を受けることもできません」

 

包括的に数値が出ているので、ある程度は検証することができる。2000人に一人という希少疾患の条件は人口比0.05%である。500/1000000=0.05%で一致している。人口45900万人の時点なので、459000000*0.05/100=22950023万人と一致している。30000000/459000000=6.5%となり、6.5%1桁へと四捨五入して7%であり、6%8%の間で一致している。

 

 訳文中で脚注3とした文献を検索しても、すでに更新版に置き換えられているようで、相当する記述を見つけられないものの、いずれにせよEUの患者会の統合組織であるEURORDISのサイトからのものなので、全EU人口の68%が希少疾患を患っているということの信ぴょう性は高いと思われる。ただし、1桁で表すとすれば7%であり、68%と幅をもたせている理由はこの文書だけでは分からない。米国で人口比0.06%の条件で10%EUで人口比0.05%の条件で7%というのも、両方の数値がEUで小さいため食い違いはなく、米国人口にアジア人やアフリカ人が混じっていてもそう大きく変わっているとは思えない。日本でもEUと同じ0.05%の人口比をとると、やはり7%付近の罹患率になるのではないかと期待される。

 

 反面教師的な体験談については、最後の夫が出て行った理由は、子を失ったストレスだけと考えるのは無理がある。情報が少ないので苦しいが、まず、もっとも可能性の高い場合を考えてみる。子が6歳付近で亡くなったということは、先天性代謝異常症であろうと思われる。この場合、2つのアレルのうちどちらかだけ機能すれば酵素として役割を果たすことができるため、ほとんどの場合常染色体劣性遺伝である。妻と夫、両方共が保因者である可能性が高い。生殖細胞系列でのde novo変異という例外はあるが、確率としては極めて小さい。「我々夫婦の男女としての相性が生物学的に悪かったのだ」と、特にインターネットで中途半端に知識を仕入れた父親の方が考え始めるというのは、今日では頻繁に起こっている現象である。そして、男女としての生物学的相性が悪かったというのは、まさに科学的事実なのである。「別の女性とさえ結婚していれば、サミュエルは死なずに済んだのに、この女と結婚したばかりにこんなことになった」と考えたいのである。おおざっぱに言って、ヒトの半分は遺伝的存在であり、半分は環境的存在なので、別の女性と結婚した場合のサミュエルは、その女性のDNAにより顔形は違うサミュエルになっただろうが、父親にとっては同じ自分のDNAと愛情を受け入れるサミュエルという存在には代わりがないはずだ。だから、サミュエルはあの女のせいで亡くなった、そう考えたがるものなのである。

 

 しかし実際には、妻だけでなく夫の方も劣性変異の保因者なので、責任としては妻も夫も同等なのだが、私が知る限り、女性よりも男性の方がこのように自己中心的な考えに逃避する傾向が強い。その一方で、この妻の方は何も調べなかったがために、おそらく劣性遺伝の疾患が、片方だけのアレルでも自覚できるほどの症状を起こすと勘違いをしている。[みんなが保因者の劣性遺伝病...]で述べるように、確かに、劣性遺伝のアレルがヘテロ接合の場合、ヒトで生死に関わる実験などできないので証明はされていないものの、マラーのハエの実験により遺伝的荷重として生存率に影響すると言われている。しかし、非常におおざっぱに言うとホモ接合で発症した場合の5%未満である。そんなわずかな症状は老化や更年期の症状に覆い隠されて通常の手段では自覚することなどできない。つまり、夫に責められたがために、サミュエルが病気で亡くなったのは自分のせいだと思い込んでしまい、さらに自分にもそういう症状があるのだと、ただの老化を代謝異常症の症状だと勘違いした可能性が高い。[ミトコンドリアDNAの検査]で述べたように、老化したら代謝異常症に近い状態になっていくのは当たり前の話なのである。

 

 この場合、実際には、大変なリスクにさらされているのは、この卒業試験に身が入らないなどとのんきな様子が記されている娘の方なのである。夫の方が科学的な考え方に慣れているのであれば、医師とのやりとりを夫がしていて、劣性遺伝なので娘の方にも25%のリスクがあるという話を聞いたのが夫だけの可能性がある。しかし、夫は妻のせいにしたいのだから、妻には、劣性遺伝なので生物学的責任が男女平等にあるということを知らせていないはずである。ということは、妻は、劣性遺伝による兄弟姉妹25%のリスクを知らない可能性が高い。だから、娘はホモ接合の保因者の可能性があり、女子では男子よりも軽度で発症も遅いことが、例外はあるが、遺伝性疾患の大まかな特徴であるため、単に現在まで発症していなかっただけなのかもしれない。そうだとすれば、単にいつ発症するか分からない状態であるだけでなく、登下校中に自動車にひかれて緊急手術となったときに、筋弛緩剤や麻酔薬で逆に生命の危険に陥る可能性さえある。

 

 仮に、常染色体劣性遺伝ではなく、伴性劣性遺伝の先天性代謝異常症だと考えてみる。X染色体は男子で1本なので、この場合は確かに妻の方だけが保因者で、夫の方は保因者ではない。そして娘にもリスクはない。ただし、妻の方にも同じ理由でリスクはない。妻に代謝性疾患の症状が出たというのは、やはり思い込みということになる。Y染色体による限定遺伝の場合には、妻が保因者ではないので、今回は当てはまらない。

 

 仮に、mtDNAの変異によるミトコンドリア病であると考えると、この場合は分類の仕方によって代謝性疾患の中に入れないことも多いが、入れている場合もある。この場合は妻にも症状が出うる。同様に娘にも出うる。やはり娘の検査に言及せずに、のんきに卒業試験などと言っているのは奇妙である。

 

 仮に、常染色体優性遺伝または伴性優性遺伝と仮定する。妻からの優性遺伝だと確かに妻に症状が出る。娘にも50%の確率で継承される。よりいっそう高い確率なのに、娘の検査に言及せずに卒業試験に言及しているのはちぐはぐだ。調べた範囲では常染色体優性遺伝の先天性代謝異常症として該当するのは瀬川病だけである。伴性優性遺伝の先天性代謝異常症は、調べた限り見つけられなかった。

 

 これは、最初から謎かけのつもりで作られた話なのだろうか?どう仮定しても、話としてどこかがちぐはぐである。最初は希少疾患は普通のことだよ、というのを説明するための反面教師としての体験談だと思ったのに、詰めてみると、決して、患者会が啓蒙のために紹介するような話ではない。それとも、劣性遺伝の変異の保因者であるというだけで、自覚症状を感じてしまうほど思いつめてはいけないという、反面教師的な教訓なのだろうか?いや、まずどう考えてもDNA検査で娘の方のリスクを同定する方が最優先だろう。わからない。

 

 これはサミュエルというのを、男性名だと勝手に勘違いするなというフェミニスト運動か何かなのかと思って、サミュエルが女性名である場合を調べたが、サマンサが女性名として広まっているので、わざわざサミュエルを女性名として使う意味はあまりない。

 

 結局考えに考えた結果、今のところは、妻は娘のDNA検査を思いつくことなく、自分にありもしない自覚症状を覚えるほど、心を病んでしまった、こんなことはあってはならない。そういうよくないパターンの例として、編集に関わった医師や研究者はこの記述を許容しているのだろうと思う。これを記述した人物はもちろん、これが妻が心を病んでいると考えない限りあり得ない例であることに気が付かずに書いてしまった可能性が高い。問題は、なぜ編集段階で訂正されなかったである。

 

・・・一見単純なのに、本当にこの家族の今後のことを案じたなら、ここまで複雑な話になるというのを、書いた人物に納得してもらえなかったのかもしれない。いや、率直にそんなことを言えば、書いた人物が家族の今後を案じていないかのようなので、言い出せなかったのかもしれない。

 

 20141216日追記として、EURORDISに問い合わせていたところ、次のように古い文書だからよく分からないとの回答をいただいた。

 

For your second question, we are not sure what the mother of Samuel means in her statement.  However, this document is 9 years old and much more is known today about diagnosing and treating rare diseases. 

 

これ以上考えても仕方なく、EUの希少疾患全体の罹患率として7%14人に一人というのを採用する。しかし、[診断に至るまでの年数、または遅延 - 28年?!]で示すEUの各希少疾患の罹患率を、罹患率の大きなものから加算していけば、おそらく7%となる根拠がさらに示すことができると思われるため、まだ、更に検証する余地は残されている。


診断に至るまでの年数、または遅延 - 28年?!

 EURORDISによる大規模なアンケート調査の結果、12000人の希少疾患の患者の声が報告にまとめられている。本節では、同報告から、典型的な患者で最も診断に時間のかかる疾患は、エーラス・ダンロス症候群(EDS)の発症から診断まで28年であることを示す。

 

 この報告書300ページにも上るものなので、今後の引用では、PDFの中でページ番号として示されている数値を参照先として示す。

 

 まず、診断に至るまでの平均年数について調べる。

 

(42ページ)

 

For many of the survey participants affected by a rare disease, the quest for a correct diagnosis signified a long and significant challenge.

希少疾患に罹患した多くのアンケート回答者にとって、正しい診断を求めての探求は、長く遠大なチャレンジを意味していた。

Before having obtained their diagnosis they consulted many specialists, underwent numerous medical exams and often received incorrect diagnoses along the way.

診断を得る前に、彼らは多くの専門家に相談し、多くの検査を受け、その途中でしばしば間違った診断を受けている。

This journey was not only troublesome and taxing, as patients often travelled long distances and used their own savings, but also often led to deleterious consequences for patients and their families.

この道程は、患者がしばしば長距離を通院し自分の貯金を切り崩しているように、トラブルが多くて骨が折れるだけでなく、しばしば患者やその家族にとって有害な結果を引き起こしさえしている。

Overall, patients were left with no choice but to seek answers on their own, with little help from healthcare systems, in many cases.

全体として、患者はただ一人答えを探し求める以外に選択の余地などなく、多くの場合は、一般的な医療機関からの助けはほとんど得られなかった。

Even if obtained, diagnoses were often announced under inappropriate circumstances, where the gravity of the announcement and the subsequent consequences for the patients and their families were not considered.

たとえ診断が得られたとしても、その内容はしばしば不適切な状況で口に出され、患者および家族にとってのその内容の重みと引き続く結果が考慮されていなかった。(訳注:引き続く結果とは本人の予後だけでなく家族への遺伝の恐れを指していると思われます)

 

The Quest for Diagnosis

診断を求める探求

 

When presented with a symptom or set of symptoms, it is logical that a rare disease would not be the first proposed cause by a health professional.

症状が出たとき、または複数の症状が出た時、医療従事者により最初に提案される病因として、希少疾患があがらないのはもっともなことである。

For the same reason, it is not surprising that the time it takes to diagnose a rare disease might be longer than for a common one.

同じ理由から、希少疾患を診断するのにコモンディジーズよりもより長くかかるのは、驚くにあたらない。

With each clinical event, the time it takes to reach a diagnosis will depend upon the disease in question and the complexity of diagnostic needs.

めいめいの臨床的イベントで、診断に達するのにかかる時間は、問題となっている疾患、および、診断が必要とする複雑さに依存するであろう。(訳注:「めいめいの臨床的イベント」と直訳しましたが平たく言うと「各患者」だと思います)

These delays, difficult enough to accept for individuals with common diseases (let alone healthy individuals), represent only the first obstacle for rare disease patients.

健康な方々はもちろんのこと、コモンディジーズの患者の方々にとっては理解しがたいことだろうが、これらの遅延は、希少疾患の患者にとっては、最初の障害にすぎないのだ。

The delays in diagnosis for the eight investigated diseases are presented below (Table 1).

調査した8つの疾患についての診断の遅延を、以下に示す(1)

Within disease groups, delays in diagnosis varied greatly.

疾患のグループの範囲内で、診断の遅延は著しく異なっている。

A small percentage of respondents experienced very short delays in diagnosis and another small percentage of respondents experienced very long delays.

回答者のうち小さな割合が診断において非常に短い遅延を経験し、その一方で、別の小さな割合の回答者が、非常に長い遅延を経験した。

However, the majority of patients within each disease group experienced delays somewhere in between.

しかしながら、各疾患グループの範囲内で、患者の大多数は、その中間の遅延を経験した。

As a result of this range in delays, the median delays in diagnosis were calculated based on the responses of half (50%) of the respondents in each disease group as well as for three-fourths (75%) of respondents in each disease group.

遅延が分布する範囲についての結果として、各疾患グループの回答者の半分(50%)の回答、および、各疾患グループの回答者の4分の3(75%)の回答に基いて、診断に要した遅延の中央値が計算された。

For example, for half of respondents affected by CF, diagnosis was determined 1.5 months after the first appearance of symptoms.

例として、CFに罹患した回答者の半分が、診断は最初に症状が出てから1.5ヶ月で決定された。

When including the 25% of respondents affected by CF that experienced the longest delays, the median increased dramatically, to at least 15 months of delay following the first appearance of symptoms.

CFにに罹患した回答者のうち、最も長い遅延を経験した25%を含むと、中央値は劇的に増加し、最初に症状が出てから少なくとも15ヶ月の遅延となる。(訳注:無作為に25%を足したわけではないように読めるのですが、この分野の統計としてこれは普通のことなのでしょうか?本当のところは各疾患をページを後で調べる予定です)

 

Source of information Delay in diagnosis for 50%of patients Delay in diagnosis for 75%of patients

情報の元 患者の50%にとっての診断遅延 患者の75%にとっての診断遅延

CF 1.5 months 15 months

cystic fibrosis 嚢胞性線維症

TS 4 months 3 years

tuberous sclerosis 結節性硬化症

DMD 12 months 3 years

Duchenne muscular dystrophy デュシェンヌ型筋ジストロフィー

CD 12 months 5.8 years

Crohn’s disease クローン病

PWS 18 months 6.1 years

Prader-Willi syndrome プラダー・ウィリー症候群

MFS 18 months 11.1 years

Marfan syndrome マルファン症候群

FRX 2.8 years 5.3 years

Fragile X syndrome 脆弱X症候群

EDS 14 years 28 years

Ehlers-Danlos syndrome エーラス・ダンロス症候群

Table 1 Median time elapsed between the first symptoms and a correct diagnosis.

1 最初の症状から正しい診断までの経過時間の中央値

 

The results in Table 1 not only illustrate the great differences in delays between disease groups but also between patients with the same disease.

1の結果は、疾患グループの間で遅延に大きな違いがあることを示すだけでなく、同じ疾患でも患者の間で大きな違いがあることを示す。

For example, half of respondents (50%) affected by MFS reported a delay of at least 18 months between the first appearance of symptoms and obtaining a correct diagnosis.

例として、MFSに罹患した回答者の半数(50%)が、最初に症状が出てから正しい診断を得るまでに、少なくとも18ヶ月の遅延を回答した。

An additional 25% of respondents from this same disease group did not receive a correct diagnosis until an average of at least 133 months (more than 11 years) after the first appearance of symptoms.

同じ疾患グループからの追加された25%の回答者は、最初に症状が出てから、平均して少なくとも133ヶ月(11ヶ月以上)まで正しい診断を受けていない。

As the aim of this survey was not to criticise the diagnosis process in general, but rather to investigate the consequences and factors associated with longer delays, these aspects are presented below in order to help propose solutions that could ultimately lead to an improvement in the health and quality of life of rare disease patients.

このアンケートの狙いは、広く診断の過程を批判するものではなく、長い遅延をもたらしている要素と結果を調査することにある。以下に、希少疾患の患者の健康とQOLについて非常な向上をもたらす解決策を提案するのを助けるため、以下にこれらの側面について掘り下げる。 

 

特にエーラス・ダンロス症候群(EDS)の50%中央値14年、75%中央値28年が極めて長い。 

 

 訳注として「無作為に25%を足したわけではないように読めるのですが、この分野の統計としてこれは普通のことなのでしょうか?本当のところは各疾患をページを後で調べる予定です」とした部分について、CFについて調べた。

 

(125ページ)

 

Neonatal diagnoses were obtained in 36% of patients, 45% of which resulted from disorders observed during pregnancy or at birth, 31% of which were made following neonatal testing and 17% linked to other cases in the family.

新生児診断が36%の患者で得られ、そのうち45%が妊娠中または出産中にみられた疾患からのもので、そのうち31%が新生児スクリーニング、17%が家族の他の患者に関連するものである。

For non-neonatal diagnoses, the time elapsed between the first clinical manifestations to diagnosis was nine months for 50% of patients (and as long as three years for 25% of those diagnosed the latest).

新生児診断でない場合については、最初の臨床症状から診断までの時間経過は50%の患者で9ヶ月である(25%の最も遅く診断された患者らについては3年の長きにわたる)

 

やはり、最も遅く診断された25%を追加して75%としたようだが、新生児診断の割合が大きいために、比較しにくくなってしまっている。逆に新生児診断症例のないEDSについて調べる。

 

(136ページ)

 

A period of 14 years elapsed between the first clinical manifestations of the disease and diagnosis for half of patients (28 years for 25% of the latest diagnoses).

最初の臨床症状から診断までの経過時間は半数で14年である(最も遅い診断の25%28年である)

 

最も遅い25%28年というのと、75%28年というのが、同じになってしまっているので、25%の中でも特に遅い患者、70歳とかの症例が効いているのかもしれない。CDについてみてみる。

 

(121ページ)

 

The time elapsed between the first clinical manifestations and diagnosis was 12 months for 50% of patients (nearly six years for 25% of the latest diagnoses).

最初の臨床症状から診断までの経過時間は患者の50%12ヶ月である(最も遅い診断の25%6年近い)

 

どうやら最も遅い25%を追加して75%としているとみて、間違いなさそうだ。では、先に述べられている50%の患者の方は、最も早い50%なのだろうか?いや、そんなことは記されていなかった。しかし、最も遅い25%をすでに除いているので、真ん中の50%か、最も早い50%か、2つに一つしかないはずだ。これは、なぜ、平均値と標準偏差で示さなかったのだろうか。おそらく、最も遅い25%がものすごく遅いということを強調したかったのだと思われるが、その強調に見合わないほど、話が後で検証するのに複雑になって、信ぴょう性が落ちている。せめて、50%25%を足して75%とすることさえなければ、もう少しわかりやすかったかもしれない。おそらく、何か過去につくられた資料と比較できるように、このようになってしまったのだろう。しかし、私が統計に慣れていないだけで、こういう方法が普通なのかもしれないので、どなたか日本語で解説したウェブページをご存知ならお教えいただけるとありがたい。

 

 

 ともかく、調査された範囲ではエーラス・ダンロス症候群(EDS)の患者の75%、または、最も遅い25%の、発症から診断まで28年というのが、最長である。


GINA(ジーナ) - DNA検査時代の国民、患者を守る法制度

 米国ではDNA検査の結果により雇用と医療保険の差別を禁止する遺伝情報差別禁止法(GINA、ジーナ)が施行されている。日本ではまだ法律という段階ではなく、ガイドライン止まりである。この違いを生み出しているのは、単純に米国がDNA検査の先進国であるというだけでなく、希少疾患の診断においても先進国だからである。しかし、日本には保険業界の良心により、遺伝性疾患の家系に不利とならないよう、家族の病歴(家族歴)の記入が省略されたという、米国では考えられないような、驚くべき倫理観の高さも一部において見受けられる。皮肉なことに、家族歴の記入が省略されたが故に、国民の多くが遺伝性疾患のことを自分達とは関係のない稀な疾患だと考えるようになってしまった。前の節で示したように、7%10%の国民が希少疾患ひいては遺伝性疾患を患っていると考えられるにも関わらずである。本節では主に保険の観点からGINAについて調べ、次の節の、医師による差別のトピックへとつなぐ。

 

 本著のテーマであるDNA検査の検査結果は、究極の個人情報とも呼ばれて、特に厳重な管理が必要と考えられている。2012年に冨田勝教授が実名でご自分の全ゲノムシーケンシング結果を公開された§。私も一応匿名という形だがエクソームシーケンシングの結果その他を公開している。

 

 私の場合は、健常者ではなく認められぬ病の患者なので、確定診断を得ることが、シーケンシング結果を秘密にするよりも利益になると判断しての公開である。それでも、著作権上の問い合わせを行った先には、普通に名乗っているので、かなりの人口が私の本名を知っているという状況がある。親のDNA検査の結果は、DNAの半分を引き継ぐ子の遺伝形質を推測するのに利用できるため、その点が将来不安でないかというと、もちろん不安なのである。特に保険加入や就職といった場合に、本著といっしょになってマイナスに働いてしまう可能性は否定できない。こういった問題に対してDNA検査が日本よりも普及している米国では、2008年に遺伝情報差別禁止法(GINA、ジーナ)§を成立させることで、一応の対策を打った。

 

(『【ライフサイエンス特集】政策遺伝子解析遺伝情報差別禁止法が成立(米国) § 翻訳・編集:桑原未知子, NEDO海外レポートNO.1025, 2008.7.2 より)

 

医療保険会社や雇用主が個人の遺伝情報に基づいて米国民を差別することを禁じる法案が米国下院を通過した。

()

同法案は、雇用主および医療保険会社が所有する個人遺伝情報を不正な利用から守るための厳しいガイドラインを定めたものである。

 「遺伝子検査の普及が進めば、寿命が延びる可能性や、病気による衰弱から開放される可能性が高くなる。しかし多くの米国民は、遺伝子検査の結果のせいで失業したり医療保険の資格を失ったりすることを恐れて、検査の受診をためらっている。」下院教育・労働委員会(Committee on Education and Labor)の委員長を務めるジョージ・ミラー議員(民主党・カリフォルニア州)はこのように言う。「遺伝情報差別禁止法は、米国民の個人遺伝情報が保護され、差別的な用途に利用されないことを保証する法律となる。」

 「今回、遺伝情報差別禁止法案が議会を通過したことにより、遺伝子検査の受診を拒否したことを理由に就職できなかったり、解雇あるいは降格されたりすること、また医療保険の対象から除外されたりすることがあってはならないという点で国内の意見が一致しているということが証明された。」健康、雇用、労働、年金に関する小委員会(Subcommittee on Health, Employment, Labor and Pensions)の委員長であるロブ・アンドリュース議員(民主党・ニュージャージー州)は言う。「スローター議員とビガート議員による例外的な超党派のパートナーシップにより、米国市民は重要な権利を獲得した。この法律は、遺伝情報のプライバシー保護を実現するだけでなく、我々の生活や愛する人々に影響を及ぼすさまざまな病気に対する治療方法の発見に取り組む科学者や医師達を後押しするものとなるだろう。」

 

遺伝情報差別禁止法は、雇用主が従業員の雇用、解雇、職場配置、昇降格の決定を下す際に個人の遺伝情報を利用することを禁じている。また、特定疾病にかかりやすい遺伝子を持っているというだけの理由で、団体医療保険や医療保険会社が健康な人を保険対象から除外したり、それらの人に高額な保険料を課したりすることも禁じている。

()

 現在米国では、41 の州で個人向けの医療保険市場における差別を禁止する法律が州議会を通過している。また、34 の州では職場における遺伝差別が禁じられている。

 

しかしGINAは、2008年に成立直後こそDNA検査時代の幕開けかのように取り沙汰されたが、カバーしている範囲が狭いことに対してと、逆に広すぎることの両面から批判が上がっている。新規性の高い法律の宿命と思われる。正直なところ、たとえ日本版GINAが成立したところで私のように法の成立以前に公開している場合は、私自身については、保護の対象にはならない可能性の方が高い。これは不必要にカバーする範囲を広くして物議を醸すのを避けるため、仕方のないことなのかもしれないが、それよりも問題なのは子について保護されるかどうかである。ただ、まだ成立していないものについて考えても仕方がなく、むしろ日本版GINAがどういったものになるかを調べる。

 

(『米国遺伝子情報差別禁止法(GINA)』§ 丸山英二(神戸大学大学院法学研究科), 2014112日閲覧より)

 

ひるがえって,このことから,わが国において GINA のような法律が必要か,ということを考えると,公的健康保険で疾患や障害の治療のために必要となる費用がカバーされる限りにおいては,GINA の第1編に相当する法律は必要がないことになる。雇用分野での差別禁止については検討の必要性は高いが,その際には,人種や性別による差別を禁じた公民権法の伝統を有する米国とは法的環境が大きく異なることを弁えることが重要である。

 

多少、この著者の観点と異なって、私は健康保険制度がGINA成立以前の大問題だと思っている。GINAはコモンディジーズの罹患予測確率の高い人口だけでなく、遺伝性疾患、遺伝病の患者を保護するためのもののはずだが、日本では診療報酬点数に基づく健康保険制度自体が遺伝病、必然的に希少疾患に対応していない。ほとんどコモンディジーズに対する点数ばかりで、希少疾患に対しては、点数が決まっていないため、悪くすると全額自己負担になるのである。大学病院ではこれに対して点数を読み替えて対応しているが、一般の病院ではどうやって読み替えているのか詳しい情報がないため、希少疾患はよりひどい扱いとなっている。だから、制度が米国並みに希少疾患に対応すればGINAの第1編は不必要だが、希少疾患に対して健康保険制度が対応していない以上、言ってみればそれ以前の問題である。

 

 ただし、米国の場合、希少疾患とコモンディジーズを日本ほどの制度的な差別なく扱ってきたのは事実だが、患者が健康保険に加入しておらず、かつ貧乏な場合は、希少疾患もコモンディジーズも差別なく、診療しなかったのである。近年になってようやく、オバマケアが成立する以前は。

 

 3省によるヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針がガイドラインとして知られている中で、私はこの節で扱う事柄について調べ始めるまであまり注目していなかったが、経済産業省による個人遺伝情報保護ガイドライというのが、もっともGINAに近い存在と考えられる。しかし、ガイドラインなので法的拘束力としては弱く、末端の現場では認識されていないようなアンケート結果§も得られている。

 

 GINAの代わりと言っては妙な言い方になるが、日本では欧米と違って伝統的に保険加入に際して家族の病気の告知義務が免除されてきたようだ。金融庁からと思われる研究報告に記載がある。

 

宮地朋果. "遺伝子検査と保険."§ FSA リサーチ・レビュー 2005 (2005): 109-130.

 

昭和49年までわが国の告知書には、実父母、実子、配偶者についての家族歴の欄が設けられていたが、現在は業界の自己規制により情報収集されていない。

 

逆に業界によるこの善意の行動が、日本において、遺伝病に対する関心の薄さを形成しているのかもしれない。しかしそれはそれでよい面も多少はあったと思う。遺伝によって体のパフォーマンスが決まると考えてしまうと、ひょっとすると日本人の勤勉さというのは、それほど顕著でなかったかもしれないのだ。ただし、現在こういったことが言えるのも、予防的医療を目指して、DNA検査が普及する前の段階だから言えるのである。DNA検査が普及して予防的医療が具体化してくれば、自ずとDNA検査による罹患予測が漏れて、生命保険、医療保険、就職採用、結婚といった人生における重要決定に波及するリスクが問題となる。技術の進歩とともに世界全体がこの方向へ流れていて、誰も止めることはできない。無理に止めたところで、他国の医療との差がついて平均寿命ナンバーワンの座を日本が降りたときには、結局批判が起こって遅れながら国際基準に合わせるからである。

 

 

 いずれにしても、日本においてもGINAに相当する法律を成立させるべきである。これはコモンディジーズの中心である高齢者と、希少疾患の中心である小児の両方について言え、差別されないことを保証した上で、積極的にDNA検査を受けさせないと、最終的に、日本の医療は米国の医療技術に置き換えられ、雇用の問題にまで波及するであろう。もはや航空運賃の低下により国境はとても曖昧になりつつあるのだから。


国民皆保険の功罪 - 患者をチェリーピッキングする医師達

 [希少疾患全体の罹患率...]の節で、希少疾患全体としての罹患率として、EU7%に基づくと全日本国民うち900万人、米国の10%に基づくと1300万人という膨大な人口として示された。この膨大な人口をどうやって診断するのか、そのために何が足りず、いままでの医療は何を間違っていたのだろうか。本説では、EUでさえ典型的な症例の診断に28年かかっている希少疾患があるのに、なぜ、日本ではそれが問題にならないのか、国民皆保険の診療報酬点数制度によりコモンディジーズに特化しすぎた日本の医療の、構造上の問題を指摘する。ひいては、患者のチェリーピッキングが当たり前にように行われている日本の医療現場を改善するため、これから強く批判していくべき医師の行動を具体的に限定する。

 

 急激な経済発展を経験した日本では、元々比較的安定に発展していた欧米諸国と比較した場合、未だに平等性は効率性と並んだ場合に後ろに来るという考え方が続いていて、比較的効率が問題とならない場合は欧米諸国を後追いする形で男女均等が推進されるが、いったん効率性の方が優先という暗黙の合意が形成されると、[赤信号みんなで渡れば...]の節で述べた「赤信号...」のパターンに合致し、見事なぐらい男女均等の機会が失われるのが特徴である。次の図は正規雇用の男女の報酬の差を%で表したもので、Wikimedia Commonからパブリックドメインのものを貼った。日本は左から二番目である。米国を基準にすると、倍とはいかないが見たところ約1.7倍である。これは男女賃金差と呼ばれるようだが、他にも類似の傾向を示す報告が多数ある**。このぐらいの差で済んでいるのはまだいい方で、女性管理職の割合では米国と約4倍の差がある。効率性が大きく要求されるために、暗黙の合意が形成されていると思われる。管理職と同じように比較的効率が要求される職業である医師については、女性医師の割合が2004年について日本14.3%、米国21.8%と、米国が悪いため米国との比としては想像していたほど悪くないが、比較に示された24カ国中24位である。しかし、小児科・産婦人科・外科と、眼科・皮膚科・耳鼻咽喉科で女性医師の割合に際立った差があり、推測だが、より効率が要求される診療科だけで米国と比較すればやはり相当に悪いと思われる。こうして、医師に関して男女差を比較したのは、効率が絡むと医師はいとも簡単に「赤信号」を渡って差別をする存在であると、医師自身についての統計によって示すためである。そしてそれは米国との比較において顕著であり、米国であっても14年かかって遺伝情報差別禁止法(GINA、ジーナ)を成立させる必要があったのだから、日本で米国と同様にDNA検査に基づく先進的予防医療を普及させようとするならば、よりいっそう効率の名の元に遺伝情報差別が生じないようにしなければならない。そしてそれは、GINAが主な対象とした医療保険と雇用だけでなく、なるべくなら生命保険と医療そのものも対象とすべきである。医療そのものを遺伝情報差別禁止法の対象とすべきというのは、医師による遺伝病患者の差別という、米国ではあまり考慮する必要がなかった部分が大きな問題になると考えられるからである。なにしろ、米国で10人に一人、EU14人に一人、希少疾患の患者がいると言っているのに、日本の医師の間では何人に一人いるのかさえ認識されていないぐらい、希少疾患の患者の存在を無視し続けてきたのである。そして、これは、日本の国民皆保険の悪い部分が表れているという意味で、医師達が認識を改めればよくなるという性質のものではない。制度と効率が絡んで根が深いという意味で、女性医師がなかなか増えない、増えても定着しないという問題と非常に性質が似ている。

 

 保険会社が遺伝性疾患といった人口に対して加入拒否といった差別的な行為をすると、利益性の高い人口ばかりを選んでいるためクリームスキミングと呼ばれて非難されるのだが、それ以上に患者の情報を握っている医師や病院が行えば、なおさら強い非難の対象とすべきである。医師による場合は日本ではチェリーピッキングと呼ばれ、以前から医師や病院の間で臨床試験と診療報酬点数の両方の観点から問題になってはいるが、DNA検査が普及して罹患予測ができるようになると、遺伝情報差別という形で、よりいっそう深刻な問題になるはずだ。全体像を把握するために、グーグルを用いた共起性分析を行った。

 

("医師" OR "病院") "チェリーピッキング" 約 9,920

("医師" OR "病院") "クリームスキミング" 約 2,820

("生命保険" OR "医療保険") "クリームスキミング" 約 1,360

("生命保険" OR "医療保険") "チェリーピッキング" 約 1,040

("医師" OR "病院") "チェリーピッキング" "遺伝" 約 889

("医師" OR "病院") "クリームスキミング" "遺伝" 約 182

("生命保険" OR "医療保険") "クリームスキミング" "遺伝" 約 99

("生命保険" OR "医療保険") "チェリーピッキング" "遺伝" 約 81

("医師" OR "病院") "チェリーピッキング" "遺伝情報差別" 1 件(この1件は関係ない文脈でした)

("医師" OR "病院") "クリームスキミング" "遺伝情報差別" 0

("生命保険" OR "医療保険") "クリームスキミング" "遺伝情報差別" 0

("生命保険" OR "医療保険") "チェリーピッキング" "遺伝情報差別" 0

 

"遺伝情報差別" 約 1,250

 

チェリーピッキングとクリームスキミングはほとんど同じ意味で用いられ、似たようなヒットカウントを示している。医師や病院が行えばチェリーピッキングと呼ばれることが多く、生命保険や医療保険で行えばクリームスキミングと呼ばれることが多いようだ。遺伝情報差別という用語自体、まだあまり普及していない。 

 

 医師や医療機関の場合は、保険会社と違って、診療録の形で患者の健康上の詳細を知り得る立場にあり、しかも、実質的には、いつでも患者の血液をDNA検査に出すことができる。診療録の検査値やDNA検査などから、遺伝性疾患傾向のない患者だけを選べば、その病院だけ収益性が上がるのは当たり前の話なのだ。遺伝性疾患というのは必然的に希少疾患を意味し、希少疾患であるかぎりは種類が多すぎるので検査ばかりで治療まで進まないことが多い。手間がかかる割に儲からない患者なのである。それが他の医療機関へ流れていくのだから、結局のところ、他の医療機関に利益にならない患者を押しつけて、自分の利益性だけを追求するという行為である。希少疾患の患者総人口の推定値として、EUの希少疾患の罹患率統計を日本に当てはめれば、日本人口の約7%、およそ900万人を遺伝病疑いというだけで診ないということになり、極めて反社会的な行為であるといわざるをえない。何しろ、やってきた患者のうち14人に一人を弾いているのだから。

 

 しかし、一つの問題は、保険診療か自由診療かどっちなのか診断が出るまで分からないような健康保険制度にもあると言える。遺伝性疾患疑いという場合になるべく保険診療にしましょうという合意を作っていく必要があるのではないだろうか。実際に大学病院ではそうやっているのだが、どの疑いの場合にどの保険点数項目を使いましょうという、現場的な合意があまり大学病院の外には知られていない。合意ないままクローズドにしていることに大きな問題があるのであって、これは患者が声を上げれば自然と何らかの情報交換が行われていくものと思われる。20151月に施行が迫っている難病法に見るように、いままで診断された患者で構成される患者会が強く声を上げた部分は改善されてきたので、まだ診断されていない患者の方も声を上げていくことが必要なのだろう。なにしろ一部の遺伝性疾患では、診断を得るまで典型的な患者で28年かかっているという調査結果が存在するのだ。その間に声を上げなかったこれまでの方が、むしろおかしいのだ。

 

 おそらく、日本は米国よりも国民皆保険が圧倒的早くに普及し、米国の方がむしろ非常に遅いということが、点数制度によるチェリーピッキングが日本で問題となって米国でまだそれほど問題になっていない理由である。実際、米国の健康保険の一種であるMedicareProspective payment systemと呼ばれる診療報酬点数制度を採用している場合には、チェリーピッキングが問題になっている。

 

("The Economic Evolution of American Health Care: From Marcus Welby to Managed Care" David Dranove, 52 CHAPTER 3, ISBN 0-691-10253-8, 0-691-00693-8, Princeton University Press, 2002. より)

 

PPS Perversities

PPS(Prospective Paymayment System)での問題行為

()

Some hospitals transfer patient whose costs are expected to exceed the HCFA payment for their DRG, a practive that is derisively called "dumping." The opposite practice, in which hospitals treat only profitable patients, is called "cream skimming."

病院によっては、コストがDRGに対するHCFA支払いを超えると思われる患者を転院させる。この行為は嘲笑的に「ダンピング」と呼ばれる。これと反対の行為、つまり利益性の高い患者だけを治療する病院の場合は、「クリームスキミング」と呼ばれる。

 

ダンピングと呼ばれるのが初診料を頻繁に得ようと患者をうろうろさせるといった行為で、日本で意図的にやられている例は少ないはずだが、意図的でなくても結果的にその地域の病院で利益は向上しているはずだ。また、米国ではクリームスキミングと呼ばれるようだが、日本ではチェリーピッキングと言われている行為である。

 

 英国でもクリームスキミングと呼ばれ、健康保険制度が改革されてから問題となった。

 

Matsaganis, Manos, and Howard Glennerster. "The threat of ‘cream skimming’in the post-reform NHS." Journal of health economics 13.1 (1994): 31-60.

 

On the other hand, policy changes aimed to introduce elements of capitation funding, although welcome, raise the spectre of ‘cream skimming’. The paper explores the potential for protection against ‘cream skimming’ offered by incorporating chronic health factors into the formula.

その一方で、キャピテーションファンディングの要素を導入することを目的とした政策の変更は、基本的には歓迎すべきなのだが、「クリームスキミング」の範囲を拡大するのもまた事実である。本論文は、この方式の中に慢性的な健康要素が含まれることにより提起される「クリームスキミング」に対する守備についての可能性を模索する。

 

英国の健康保険制度は紆余曲折して何度も変革されてきており、率直なところこれがどの時点での制度なのかよくわからない。ともかく、各国での診療報酬点数という健康保険制度の方式と、米英でのクリームスキミング、日本のチェリーピッキングは強く関係している。米英では、クリームスキミングを医師の悪質な診療行為に対して、チェリーピッキングを悪質な臨床試験に対して用いることで使い分けているように思えるが、今のところ本著ではチェリーピッキングで統一したい。

 

 もっと直接的に医師による患者差別を問題にしている記事もある。

 

("Discrimination in the Doctor-Patient Relationship" Posted on September 7, 2012 by Holly Fernandez Lynch より)

医師患者関係の中での差別

 

Nir Eyal’s post below has teed up the issue of doctors refusing to accept patients for reasons that seem to be pretty questionable.  The latest example has to do with obesity, but there are plenty of others having to do with vaccination status, sexual orientation, and the like. 

Nir Eyalの以下の投稿は、大いに疑問があると思われる理由により、医師が患者の受け入れを拒否することについて議論する土台を提供した。最新の例は肥満に対して当てはまるはずだが、予防接種、同性愛傾向などについても当てはまるはずの例も多数ある。

 

ここで挙げられている例はどこまで当てはまるのか、多少疑問に思わない点がないでもないが、予防接種を受けていない患者を診ないというのが、確かに予防接種が普及した米英ではありうるかもしれない。

 

 日本の診断されない希少疾患の患者は、チェリーピッキングの現状に対して、体の痛みをかかえながら我慢をし続けているが、本当のところは裁判を一度起こせばすっかりこんなことはなくなると思われる。なぜなら、診断されないということ自体が

「そんな病気はうちでは診れないから!」

という言い訳を正当性のないものにするからだ。診断できないのに、診れないというのは、そもそも主張として自己矛盾しているのである。いったい何を診断できなくて何を診れないと言っているのか、患者は病名として「そんな」と言われても、医師が何が言いたいのか全く分からないのである。今後こういった行為は保険会社以上に悪質な医師によるチェリーピッキング行為として批判していくべきである。

 

 しかしそれでも、検査値として基準値外れが出ている場合には、多少は状況は緩和される。基準値外れから、どういった病気を疑っているか、およその検討がつくし、病名としても口にできるからである。しかし、基準値外れが出ている場合でも、それが他の病院を紹介できるような基準値外れであったことは、私の場合はほとんどなかったし、実際に一度も紹介もされなかった。アミノ酸分画で基準値外れが確かに出たが、何度も言うようにこれは特異度のない検査であり、複数回測定して系統的に基準値外れを比較しないと、一度だけの測定では健常者と区別できず何も分からない性質のものである。このようにして根拠を積み重ねて初めて、他の専門の医療機関へと患者を紹介できるのであって、それ以外の理由の分からない診療拒否はすべて医師による利益性の追求にほかならない。要するに楽をして金持ちになりたいがために、遠くの病院へと利益性が悪くリスクばかりが高い患者を追いやって、疲労により更に重度の症状を引き起こそうとしているのだ。知られているように、病院というのは同じ診療科が近くに建つことは経済性の原理からあまりない。したがって高齢者や障害者の増加に対処するため、高齢者や障害者も応分に努力すべきという社会的合意の元に、自立支援法などを始めとして社会全体を「自立」の方向へと促してきた通り、なるべく患者が他人の手を借りずに自分一人で通院できる距離を基準として、ある程度その地域では独占市場なのが普通である。それでも数値的根拠なく他の病院へ紹介状なしに他の病院へと患者を送ろうとするのは、EBM、根拠に基づいた医療の観点から医師達のコミュニティの中でも批判されるべきではないだろうか。

 

 更に言うと、GINAに相当する法がない現状では、患者に黙ってDNA検査を行うことは倫理の観点から主に学会により規制されているが、法的に禁止されているわけではないため、同じように法で禁止されず学会により規制されている、後々の節で述べる着床前診断でさえ一部の病院だけで行っているように、患者に黙ってDNA検査も一部の病院では既に行っているのではないかという推測さえ成り立つ。たとえ単一遺伝子疾患を検出できるほど大型のDNA検査でなくとも、安価なDNAアレイの検査で、近い将来、2型糖尿病になりそうな患者のみを集めれば、ルーチン的な治療ばかりでリスクが少なく利益率が上がる。更には、臨床試験のデータ捏造が一つ々々取り上げるときりがないので、検索結果そのものへのリンクとして示さねばならないほど問題となっているが、これも予め時間をかけてDNAアレイで特定の傾向の患者のみを特定の病院に集めておけば、非常に目につきにくい形で臨床試験の成績を向上させることは可能である。数値的根拠なく患者を遠ざけようとする病院の場合、まず、その疑いも含めて調査する必要があると思われる。

 

 しかし、医師によるチェリーピッキングを批判する行動を起こした結果、おそらく真っ先に改善されるのは、どう考えても設備的に診れそうにない診療科を不適切な医師が標榜していることかもしれない。はっきり言ってしまうと各診療科で希少疾患を扱わなければ、かなりの広さで診療科を標榜できてしまうのである。ほんの一部のまれな症例だけが、知識と技術と設備を要求するのが医療の常であり、だからこそ医師という専門資格が存在するのである。すべて商業的にチェリーピッキングを行えばいいのであれば、医師になるのに倫理を学ぶ必要などないのだ。逆に考えれば、このような倫理と相互信頼に依っている制度の下でチェリーピッキングを行うことは、自らが医師であることさえ否定しており、単なる商業的な技術サービスである。

「あなたの買ったポンコツのこの製品は、ポンコツ過ぎて当社ではもうとっくの昔に修理対象ではありません」

と言う代わりに、

「あなたのポンコツの体は、ポンコツの具合が稀すぎてうちの病院の診療対象ではありません」

と言っているも同然なのだ。だったら、なぜ最初から看板にその病院の診療対象は希少疾患や遺伝病を含まないことを正直に記さないまま経営を続けているのだ、という話である。もちろん、14人に一人、そして軽度の症例も含んで、希少疾患の可能性なんて誰でもあるのに、そんなことを記しては、誰も診てもらいに来なくなるからである。自分が経営的に困るようなことを書かずに、逆に間口が広いようなことを記す。そしてやってきた患者の中から利益性の高いものだけを残して、後は弾く。だから診療科を実質よりも幅広く標榜することは、チェリーピッカーにとっての常套手段なのである。

 

 更に言うと、看板に設備もないような診療科を並べるのは、いざ裁判か何かで評判が悪くなってネットの噂に敏感な若い患者が全く来なくなった時に、診療科を選ばない近所の高齢者を幅広く診る形でも経営をもたせようとするための布石であるようにさえ思える。何よりも見苦しい上に信用出来ない感じがする。そんな診療科名を並べるのであれば、なるべく書体や形式を統一して専門医資格を記すべきだ。

 

 こう考えると、法的に改善するのはすぐには無理かもしれないが、一体何が診れて何が診れないのか、自分は何の専門医の資格があるのか、医師達がまずはインターネットや看板での表記を実情に合ったものに修正し、診れない時には同じ市内ではどの病院にどんな専門医がいるのか、患者に説明する努力を開始するのではないだろうか。専門医資格も含めて、看板、電話帳、インターネットへの掲載形式を統一すべきではないのかという議論も始まるであろう。それだけでも、かなり即効性が期待できる成果であろうと思われる。

 

 医師の中にいるチェリーピッカーに対する私の主張をまとめると、EUの基準で14人に一人、米国の基準で10人に一人、希少疾患を患っていると言われている以上、どの希少疾患、難病、遺伝病も診ない医師という存在はあってはならない。限られた何か一つは専門性を限定した上で診るべきだし、実際、ほとんどの医師は罹患率の非常に少ない疾患を診ているはずである。その専門性とは、標榜する診療科だけでなく、専門医の資格といったより具体的な内容とすべきで、どんな医師でも大学時代にはそういった専門性が存在したはずである。また近年になるほど技術が進歩すれば専門性が詳細になっていくのは当たり前の話で、専門性を詳細化しないというのは、技術についていっていないということである。実際、大学病院の医師ほど詳細に自分の専門性を病院のウェブページで記すことが多い。標榜する診療科を多数並べるものの、専門性を明らかにせず、やってきた多数の患者の中から、診やすい患者だけを診て、時間や手間がかかる患者は弾くという行為は、これまで常習的に行われてきたが、先に述べた14人に一人、10人に一人という数値が出ている以上、こういった行為は徹底的に批判していくべきである。根拠に基づく医療、EBMを総合的に推進するにあたって、何ら専門性に関する根拠、また、検査値といった数値的根拠なく、診ないという行為そのものが害なのである。逆に根拠に基づく他の専門医の紹介は、より積極的に行うべきである。しかし、患者から見て、特定の病院だけ専門性が広いかのように見えてしまうと、その病院のみ経営上ますます有利という状況が出来上がってしまう。したがって、医師の専門性を明らかにするというのは、全ての病院で推進すべきであり、その意味からも、専門性を明らかにしない病院や医師をチェリーピッカーと称して糾弾するのは、多少ラジカルではあるが、必要不可欠と思われる。

 

 即効性ではなく根本的なことを言うと、チェリーピッカーを完全に排除するためには、いくら批判したところで限界があり、やはり遺伝性疾患の患者を法的に守るべきであろうと思われる。難病法が成立して間もないので、何を忙しいことをとお思いになるかもしれないが、逆に考えれば、難病法によって遺伝性疾患の患者の存在が法的に公的に認められたのである。ただし、難病法と矛盾なく存在する形でしか実現しないということでもある。いずれにしても、私自身は難病法にあまり詳しくなく、他の方々もそういう場合が多いと思うので、今後、難病法が成立した経緯について調べ記していくことが、日本版GINAへの早道なのかもしれない。

 

・・・といっても、米国でさえGINA成立まで14年かかっているのである。取り組むのは早いに越したことはない。私が思うに、この問題は制度と効率が絡むという点で、医師自身による女性医師割合の問題と非常に似ている。女性医師割合の場合は、制度としては不必要なぐらい画一的な医師制度であり、効率としては不規則勤務である。チェリーピッキングの場合は、制度としては不必要なぐらい画一的な健康保険の診療報酬点数制度であり、効率としては希少疾患である。女性医師割合の問題が短時間正職員制度によって改善されてきているように、チェリーピッキングの方も制度的に改善していくべきであろうと思われる。医師は一般人口よりも画一的であるが故に、制度ということに対しては非常に敏感である。遺伝情報差別禁止法を医師によるチェリーピッキング対策を対象に成立させるとまではいかずとも、希少疾患を診る場合の診療報酬点数として、明文化した形でどの点数項目をどれに読み替えるか決めれば、改善されていくのではないかと思われる。

 

 

 大学病院で行われているように現場的な点数項目の読み替えで一般病院が対応した場合に、保険組合が点数項目の読み替えについて医師にクレームを付けるのが増えるであろうと予想されるが、逆に考えると、頻繁に支払われる初診料などから、保険組合は組合員がチェリーピッキングに会っているということが検討がついているはずである。医師にクレームを付ける前に市のケースワーカーに連絡する、そしてケースワーカーから、その患者が通院する中に大きな病院が含まれていればその病院の医療ソーシャルワーカーに連絡するといったことを考慮すべきではないだろうか。ケースワーカーによる介入というのは、ある意味、ほんの少しの制度の変更で、既存の制度を有効利用できるようになるわけだから、もしかするととてもよいことなのかもしれない。ただ、患者としてはケースワーカーは公務員と考えるので、管轄が違うと言われればそれまでと思って、患者側から連絡をとることは少ないであろうと思われる。14人に一人、10人に一人という、希少疾患全体を合わせるととんでもなく大きな人口が患っていると見込まれる以上、ケースワーカーが対応している社会的困窮者の多数が実は潜在的な希少疾患の患者である可能性もあるのだから、今後はケースワーカーの方々にも希少疾患の事情を考慮いただく必要はあると思われる。


節としてまとまらなかった事柄

 本章のまとめと、ここまでに1節の形にまでまとめられなかった内容を記す。

 

 診断を得るのに28年という歳月が普通の希少疾患があるということには、調べてみて驚いた。多少、分からない部分がありながらも、EURORDISが、これだけ豊富な情報をまとめてくれたことに感謝せざるを得ない。

 

 しかし、そんなに診断に時間がかかっている間に、検査を受けられる病院までの通院距離が、検査が詳細に渡るほど延々と遠ざかって行くのだ。ACAD9欠損症を日本で診断したという記事を20143月現在目にした覚えがないので、理屈としてはACAD9欠損症はヨーロッパまで通院しないと診断できないということになってしまうのかもしれない。

 

 こういった状況を解決する方法として期待できるのが、エクソームシーケンシングなどのDNA検査技術の進歩であるが、これもやはり日本では全体的に普及が遅いように見受けられる。私もぶち当たって苦しんでいる英語の壁というものがあって、致し方(いたしかた)ない部分も多いのだろうと思われる。

 

 しかし、英語の壁は、米国がNIHパブリックアクセス義務化を始めてから、医師だけに特有の問題ではなくなった。患者も英語圏の人たちは普通に学術論文を読む時代に突入したのである。なにしろ、政府が法に基いて今後はなるべく無料で公開させるようにするとまで言うのだから。論文を読まないと結局、患者の知識レベルも国際基準よりも劣るとみなされる、そういう時代が始まったのである。

 

 やはりどうしてもある程度英語力を鍛えないと、どうにもならない世界だと思う。S研究所を退職した後、しばらくの間は、まだスタミナが比較的長く保てていたので、医学用語に慣れるために英日翻訳の仕事を引き受けていた時期があった。しかしフリーランスの翻訳業界では顧客の都合で期限が設定されるため、納期が日本の朝であったり、米国時間の朝であったり、つまり徹夜の仕事が多すぎるという問題があった。結局、スタミナを失った患者に、健常者と同じだけの徹夜はこなせないわけで、だんだんと仕事を引き受けることができなくなった。

 

 医学英語を含めて、もっと系統的に勉強しようと医学部編入学の宛を探していた時期もあったが、気付いた時には、そこまでの能力は残っていなかった。実際、とある私大の医学部編入学を受験したものの、一次試験は合格したものの面接で落とされてしまった。やはりこれも無理があった。

 

 過去には、温かい国の永住権を取得して英語を鍛えようとしていていた時期もあったが、これはとてもお金がかかる上に、多少聴力に問題があるようで、英会話にとても難渋した。後になって、スタミナの病気は基礎代謝の増す日本の冬で体調を大きく崩すことがとても多いことに気付いたので、温かい国で冬を越すのはそれほど悪いアイデアではなかったのだが、英会話が辿々(たどたど)しいとP国では治安の悪い地域でとても不安になることが多かった。

 

 このようにして、結局のところ日本でひたすら家族に世話になりながら、一部家事をやりつつ、できる限りの力で確定診断を目指しているのだが、それさえも無理があると思えることがある。理屈を言えば、EUによる希少疾患全体の罹患率として人口の7%が希少疾患に罹患しているという記述を信頼する限り、二つの希少疾患に同時に罹患する患者も無視できない人口として存在することになる。それどころか、1/(0.07^4)という計算により、4万人に一人は4重罹患している計算にさえなるのだ。複数の希少疾患に同時に罹患すれば、それぞれ診断基準を満たさない、低い重症度の疾患であっても、一人の人間としては中程度の重症度の症状を示す場合もありうるだろう。この場合、それなりの重症度を示しながらも永久に診断されることがない、という症例が存在することになる。・・・多くは胎児の段階で流産すると思われるが、理屈の上では3重罹患ぐらいまでは生き残っていることもありうる。

 

 そして、実際に2重罹患までは症例報告されている。英国の患者で、エピソード性運動失調と先天性パラミオトニーを併発した例があげられる。

 

Rajakulendran, S., et al. "A patient with episodic ataxia and paramyotonia congenita due to mutations in KCNA1 and SCN4A." Neurology 73.12 (2009): 993-995.

 

 もしかして、私も極軽度の代謝異常症と、極軽度の先天性パラミオトニーを合併していて、どちらも診断可能な閾値に超えないのではないだろうか? 互いにアトロフィ(筋が細くなる)とハイパートロフィ(筋が緊張しすぎて太くなる)を埋め合わせているために、筋の太さとしては見かけ上正常に見えるのではないか。

 

 そういった場合、我々は何を頼りに確定診断を目指せばいいのだろうか? それとも、私が倒れてしまった9年前のように、中ば自分はもう死んでもいいと諦めるのだろうか? 能動的にそういう行為をとれば自殺ということになり、日本人の自殺率の高さと、非常に融通の効かない診断基準の厳密さの間には、相関があるように思われてならない。私は自分自身としては、先天性代謝異常症という総称として確定診断が出てもいいように思われるのだ。その場合、「病型不明」なりそういった付帯条件はつくであろうが、少なくとも周囲の理解を得るのは容易になるだろうし、医療制度の外側に死に絶えるまで放置されることはないはずだ。

 

 ここより後の希少疾患と感染症の関係についての節は、難解な部分が混じることをお詫びしたい。それでも希少疾患は人口の7%を占めるのである。読んでいただいている中の14人に一人、または日本全国で約900万人が軽度なり重度なり希少疾患を患っているはずだ。こういった人口が、診断されない希少疾患という、感染症や予防接種の重症化因子に晒されていることはまぎれもない事実である。

 

 感染症の章が終われば、その後しばらくは私自身の過去の苦労を紹介することになる。つまり闘病記的な部分である。感染症の節が不必要に難解と思われた方々は、闘病記の章へと、読み飛ばしていただきたい。