目次
9月の暦
9月の星座 はくちょう座
9月は竜巻の季節!?
台風という生き物
台風のエサは、暖かく湿った海水
台風のなまえ
腐っても「タイ(台)」
台風接近時の不調 
田の実(頼み)の日
暑さ寒さも彼岸まで
彼岸花・相思花
お月見今昔
こぐま座、おおぐま座
打ち水はなぜ涼しくなる?
夏バテ回復に効く「ナシ」
三食玄米のお勧め
腎虚の夏バテ
朝食こそが一番の健康の源
津液に関する老化
食文化は損得勘定!?
世界の長寿者の日常食は?
テリヤキチキン寿司
グルメの時代
不眠は何故怖い?
過度のジョギングは健康に悪い?
肺気を強める空瓶健康法
解毒のしくみ
快感中枢と依存症のしくみ
痛くないって本当?
脳内ホルモン低下の原因
骨粗しょう症を防ぐには?
秋口の病と養生
風邪を治す特効薬?
若返り・老化防止ビタミン
健康食品は本当に効くのか!?
生理期の養生(子宝シリーズ)
遥かなる原始時代の食文化 その3
日本人と肉食と牛乳と
楽なお弁当作り
<電子レンジ簡単レシピ>簡単ラスク
鯖の味噌煮は大人気
アイスバナナミルクティー・2杯分
明治以降に開発された鍋料理たち
“知恵”が富を生む
脱財布宣言
どこへ行くのかの日本人論
児玉大将の地図を持たない人々への喝!
幕末版オタク登用事例、大村益次郎  
現場レベルでの明治維新
手綱さばきの妙
権力とは何ぞや
税は国の基本 
家康は黒田官兵衛を恐れたか?
ブラックジャックに見る人間万事塞翁が馬
王の中の王
映画もネットの時代 
公園は危険?
繊細な日本人の感性を大事に
おばあちゃまの着物
車を安く直すヒント④=リビルト部品
車を安く直すヒント③
ジェネレーション・ギャップ
3Dプリンターサービス
「伝導過熱」の危険
喉を鍛えて誤嚥を防ぐ
『古事記』の神々(その6)黄泉の国1
19世紀の東アジアの国際情勢
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不眠は何故怖い?

良い睡眠とは、夢も殆ど覚えていないくらいに熟睡し、朝目覚めたとき、”ああスッキリした!今日も一日頑張ろう!”と心も体も元気に飛び起きることができるものです。

睡眠の時間については、個人差がありますがダラダラと長く眠れば良いものではなく、最も大切な時間帯に、グッスリと寝入っていることが大事です。その時間帯とは、午後10時~午前2時の約4時間この時間帯に熟睡することにより、成長モルモンが分泌され、体を生まれ変わらせてくれます。その働きとは・・・

1,軟骨や組織の代謝促進

2,アミノ酸の取り込みとコラーゲンの合成促進

3,体脂肪の分解

4,免疫システムの調整・・・など

つまり、その日に摂った食べ物を、筋肉や骨組織を作るために整理整頓したり、体の中に入ってきた毒物や異物をパトロールして解毒排泄したり、できてしまったガン細胞を排除したりという、極めて大切な仕事は寝ている間に行われます。

不眠が続くと、体が生まれ変わらず汚れてゆくので、体がだるい、疲れがとれない、集中力がなくなる、前向き思考ができない・・・などの症状が出てきます。

慢性の病気が改善しない場合や、薬を飲んでも効かない場合不眠が隠れている場合が少なくありません。

とりあえず眠っているので、自分が不眠症だという自覚もないのです。

朝がスッキリしていない方は、食べることよりも薬を飲むことよりもまずは午後10時を目安に床に入ること。これが養生の第一歩です。

(文:薬剤師、薬食同源アドバイザー 高田理恵/絵:吉田たつちか)
2008-09


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過度のジョギングは健康に悪い?

健康のためにスポーツやジョギングをする人が増えています。昔は汗を流すということはお金を稼ぐという意味だったのに、今は、スポーツセンターなどでお金を払って健康を手に入れるという考え方になっています。

1990年、アメリカのジョギングの教祖といわれたジェームス・フィックスはジョギング中に心筋梗塞で52歳の若さで急死してしまいました。

ジョギングや過激なスポーツがなぜよくないかというと、大量の活性酸素を体内に発生させるからです。運動量の多いものほど身体はたくさんの酸素を必要とします。全力で走ってゼイゼイ息をするのは、それだけ、身体が大量の酸素を要求しているからなのです。

酸素の消費量が多くなれば、それに比例して活性酸素の発生量も増加します。活性酸素の増加が健康によくないのです。

私たちは、呼吸によって酸素を吸いこんでいます。その酸素のほとんどは、やがて水素と結合して水になるのですが、一部は酸素と結合せずに活性酸素になります。(呼吸によって吸い込む酸素の約2%といわれています)

 活性酸素は、不安定な状態なので、安定を求めて結合できる相手を探しまわります。一部は役にたつ働きもするのですが、過剰になると体内のあちらこちらで暴れまわり、手当たり次第、相手かまわず酸化を進行させて行きます。

この過剰な活性酸素=凶暴な酸化魔による体内の酸化[=体のサビつき]こそ、老化の犯人であり、さまざまな病気を引き起こす元凶であることが、近年の研究から明らかになってきています。

病気にはさまざまな種類がありますが、今、病気の90%以上は、その原因に活性酸素が深くかかわっているといわれています。「風邪は万病のもと」といわれてきましたが、今や「活性酸素は万病のもと」なのです。

(薬剤師 三上治美) 2004-09

 


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解毒のしくみ

湿気の多い季節になり、アトピーやアレルギーが悪化している方が急増しています。

この季節は、特に外気の湿気が多いため、体の水分や熱がこもりやすく、解毒の力が落ちて、皮膚病が悪化しやすくなります。

人の体をコップにたとえると、コップの上部から飲食物(同時に添加物などの毒素も)を取り込みますが、通常はコップの下に大きな穴があいており、便や尿に解毒代謝されてゆきます。

ところが、ストレス、冷え、水分過多による代謝の低下などは、下の穴を小さくしてしまいます。

体に溜まり、代謝しきれない毒素は、コップからあふれて、外へこぼれますが、この分が皮膚に代謝された湿疹や発疹です。

また、添加物の多い、インスタントもの、加工食品などは、極力控えましょう。

逆に、この季節、解毒を促進する食べ物は、西瓜、苦瓜、胡瓜、メロンなどの瓜の種類です。

その他、玄米、海藻、きのこ、小豆、春雨などもお勧め!

悪い物はどんどん解毒してしまいましょう!

(文:薬剤師、薬食同源アドバイザー   高田理恵/絵:吉田たつちか)
2006-09


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痛くないって本当?

「無痛分娩」や「帝王切開」は、痛みを感じず楽してお産ができる、というイメージが強いですが、実際はそうでもないことをご存知でしょうか?
「無痛分娩」の麻酔は、子宮口が4~5センチ以上開かないと入れてもらえません。なので、陣痛に伴う痛みを強く感じていても、子宮口がなかなか開かない人は、痛みと戦っていなければならないのです。また、お産の進行が早すぎる人も要注意。麻酔は子宮口が9センチ以上開いてしまうと効き目がなくなります。
「無痛分娩」は、子宮の収縮や子宮口が開くことによって感じる痛みに関わる、脊髄の神経に麻酔を注入する「硬膜外麻酔」が一般的ですが、中には麻酔が効かなかったり、効きすぎる人が少なくありません。効きすぎる場合、痛みは全く感じなくなるものの、腰から下の感覚が全くなくなるので、いざ赤ん坊を「いきみ出す」時に、どこに力を入れたらよいのか分からなくなってしまうのです。また、麻酔が切れた後に感じる後産の痛みや、切開等の痛みを酷く感じる人も多く、麻酔により数日以上、足がしびれたりする人もいます。
「帝王切開」は、お産の直後から痛みが始まります。お腹を切っているため、力が入らず、動く度に激痛を感じ、快復も普通分娩に比べると1~2ヶ月遅く、慢性的な子宮内膜炎に悩まされたり、術後の痕がケロイド状になってしまうケースもあります。また、腹部の手術なので、子宮の周りの内臓の位置が少しづれることがあります。
「帝王切開」で第一子を「普通分娩」で第二子を出産した私は、第二子出産後の身体の快復の早さに驚きました。陣痛の痛みよりも、帝王切開後の痛みの方が酷いと感じました。もちろん個人差はあるでしょうが、私の周りでVBAC(帝王切開後に普通分娩すること)をした人は、皆、普通分娩の方が楽だったと言います。
「無痛分娩」も、スムーズに行き、満足するケースが多いですし「帝王切開」も母子の健康を考えて行われる手術であるので、良い、悪いは、ありません。もちろん「普通分娩」も痛み大きな痛みを伴います。楽な出産など、ないということなんだと思います。
出産を控えている人には、脅しになってしまいましたが「案ずるより産むが易し」の通りですし、痛みを乗り越えて我が子に会える喜びは、この上ないもの。頑張ってくださいね!

 

(Julie) 2004-09


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若返り・老化防止ビタミン

黒酢やウコン、ローヤルゼリーなどの健康食品をはじめ、ビタミンC、B、カルシウムなどのサプリメントを毎日飲んでいる方も多いと思いますが、ミドルエイジが忘れてはいけないのが、若返り・老化防止ビタミンと呼ばれるビタミンE。

本来は、活性酸素を除去する酵素が体に備わっていますが、中年以降になると、その酵素が減少し、ビタミンやミネラル、その他の栄養素の吸収や体内の代謝が悪くなり、体内毒素が蓄積されてしまいます。しかし、ビタミンEは、身体のサビとも言える過酸化脂質ができないようにする抗酸化効果が高く、新陳代謝と共に血液の循環を良くするので、肌に良いだけでなく、動脈硬化や脳卒中、心臓疾患を予防する他、白内障にも効果があるとされています。

野菜では、かぼちゃが最も多くビタミンEを含んでいますが、毎日摂るとなると、やはりサプリメントに頼るしかありません。人工合成ものと天然ものとは、効果に大きな差があるので、活性率が高いとされるdアルファ・トコフェリル・タイプのナチュラル・フォーミュラーのものを選ぶのがポイント。クリアーなソフトジェルっぽいものです。

多く摂取してもビタミンCのように流れてしまうタイプではありませんが1日あたりの摂取量の目安は400IU。さらに万能なのは、強力な抗酸化作用を発揮するコエンザイムQ10です。

(文:フラウ山田/絵:吉田たつちか)
2006-09


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生理期の養生(子宝シリーズ)

生理は、この度妊娠しなかったために、赤ちゃんを育てるために準備されていた子宮内膜を一掃して、次の妊娠に備えるための大切な時期です。

古くなった子宮内膜が、キレイにはがれ落ちないと、子宮内にお血が生じて、子宮内膜症、筋腫をはじめ、炎症を起こしやすくなります。

すると、次の子宮内膜作りにも影響し、不妊体質に変わってゆくことがあるので、注意が必要です。

したがって、この時期のポイントは、いかに古血を残さず、子宮内膜をスッキリと大掃除できるかどうか!に焦点があてられます。

子宮内の不要な内膜を残さないためには、子宮の血流を良くすることがとても大切です。

お腹が冷えて、血流が悪いと、塊も生じやすく、うまく排泄されずに残ってしまうことがあるためです。

生理中は、以下のことに気をつけてください。

1,お臍の下、両足の付け根のリンパの部分、仙骨の上の腰の部分両足首は、決して冷やさないこと。

この部分は、女性の血の道に関係する、任脈、衝脈、三陰交などの大切な経絡やツボですので、特にこの部分をカイロや温灸で温めていただくことで、子宮の血流がよくなり、キレイに生理が排泄されます。

足の裏の土踏まずの部分もよくもみほぐしてください。

2,生理がひどい2日目~3日目のシャンプーは避けた方がよい

頭のてっぺんには百会という陽気を巡らすツボがありますが、ここが冷えると子宮も冷えやすくなります。

髪を洗いっぱなしで、乾かさないこともよくありません。

3,生理のときは、体を温める食べ物、解毒排泄を促進する食べ物をいただきましょう。

体を温め、血流をよくするもの・・・ナッツ類、ニラ、かぼちゃ、人参、ほうれん草、豚肉、ごま、大蒜、レバー、鮪、鮭、鯵、鱒など

解毒排泄を促すもの・・・タンポポ茶(ショーキ)、玄米、ワカメ、 こんぶ、キノコ、春雨など

(文:薬剤師、薬食同源アドバイザー   高田理恵/絵:吉田たつちか)


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楽なお弁当作り

春には桜の木の下で、夏には海水浴場で、秋には運動会で冬にはクリスマスや、お正月のスペシャル弁当など、春夏秋冬お弁当はいつ食べても良いものですよね。定番の卵焼きにウインナー、ミートボールなど、最近ではお弁当用の食材も充実しお母様方はお子様の為に一工夫したお弁当作りに励んでおられるかと思います。

さて、こちらニュージーランドのお弁当といえば、まずお弁当箱のサイズに驚かされます。日本の子供用お弁当箱に比べ軽く5倍はあるでしょうか。そんなに食べるの?と思われるかもしれませんが、実は中身は何ってことはないんです。

ニュージーランドのママ達はその巨大なお弁当箱にバナナやりんごを丸ごとと、スーパーで購入したゼリーやクッキー、ジャムやピーナッツバターを挟んだ薄っぺらいサンドウィッチなどをドカッと入れて終了です。

こんなので済めば毎日のお弁当作りも楽でいいですよね。ちなみに我が家での主人のお弁当は晩御飯の残り物を持っていってもらい、オフィスの電子レンジで、温めて食べてもらっています。学生の頃、毎朝お弁当作りに苦戦した経験のある私は、楽なお弁当作りに味を占めています。逆にニュ ージーランドの人達に日本の手の込んだお弁当の写真 を見せた時は、朝から何てことをしてるんだ!と呆れ 顔で驚きを隠せないようでした。それにしても日本の 色鮮やかなお弁当は、見た目も楽しく食欲も増進させ てくれ、言うことなしですね。私もたまには日本風お弁当を主人のために作ってみます!

(文:ニュージーランド在住 Reeoko/絵:吉田たつちか)
2008-09


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アイスバナナミルクティー・2杯分

 

茶葉・・・ティースプーン2杯
水・・・350cc

氷・・・適宜

バナナ・・・熟したもの1本

ミルク・・・40~60cc

ブランデー・・・小さじ1/2~1杯

①温めたティーポットに茶葉を入れ、熱湯を勢いよく注ぎ、15分ほど蒸らす。

②バナナは皮を付けたままの輪切りを2つ作り、残りはフォークの背などで適当につぶす。

③グラスにつぶしたバナナを入れ、氷を8分目くらいまで入れ、①を茶こしを使って注ぐ。

④ミルクとブランデーを入れて混ぜ、皮付きのバナナの輪切りをグラスに掛ける。

 

*バナナがあまり熟していなくて甘みが足りない場合には、ガムシロップを使ってもいいかと思います。また、紅茶をあらかじめ冷やしておいて、バナナ・ミルク・ブランデーと共にミキサーに入れて作ると、シェイクのような食感が楽しめます。

(紅茶コーディネーター 吉野留美) 2004-09


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“知恵”が富を生む

 

徳川家康が勝利間近となった、大坂夏の陣。豊臣方だった、淀屋常安という土木建設技術を持った男が、家康に接近します。

「この戦は、必ず家康様の勝利でございます。そのお祝いとしてご本陣を建てさせていただきとうございます」と、申し出たのです。無料で建てるということに疑いを持つ家康に、常安はひとつのお願いをします。「戦が終わったら、豊臣方で討ち死にした者が、城の近辺に遺棄されることでしょう。その後始末をさせていただきとうございます」。あくまで、豊臣方の兵を想ってのことと家康に思わせたのです。

 家康はこの申し出を受け入れ、やがて、茶臼山に立派な本陣の建物が完成。喜んだ家康は、常安に褒美として、八幡の山林地三百石を与えました。しかし、常安の本当の目的はそんな褒美ではなく、遺体がまとっている、鎧、兜、刀、槍など、大量の武具を手に入れることでした。これらを売り捌き、大きな利益を得て、ひと財産を築いたのです。死者を利用しているようにも見えますが、遺棄されることを思えば、死者のためにもなっています。武具を手に入れるために、無料で本陣を建てる。まさに、先行投資型ビジネスのお手本とも言える話です。知恵の勝利です。

 この話に似たような民話が山口県にあります。「厚狭(あさ)の寝太郎」。厚狭という里の長者の息子・太郎は、毎日何もせず寝てばかり。村人からは、「寝太郎」と呼ばれ、バカにされていました。その太郎が三年三ヶ月寝た後、突然起き上がり、「おとっつぁん、すまんが千石船をいっそう、こしらえてつかぁさい」と言いました。父親である長者は、何か考えがあるのかもしれんと、千石船を作ります。太郎は、水夫を雇い、船一杯にわらじを積み、海へ出て行ったのです。

 太郎は佐渡島に渡り、そこで働く人夫の古いわらじと、持って行った新しいわらじを無料で交換し、古いわらじを大量に持ち帰ったのです。なんと、そのわらじを水に漬けると、たくさんの砂金が出てきたのです。太郎は、佐渡島の金鉱で働く人夫が履くわらじには、砂金がたくさんついていることに気がついていたのです。三年三ヶ月もの間、このことを考えていたのです。

 太郎は、手に入れたお金で、村に土手や用水路を作ったり、沼地を水田に換え、村人に分け与えたということです。

 この2つの話は、思いつきのアイデアではなく、よく考え抜かれた、まさに“知恵”の逸話です。

(ビジネスカウンセラー 佐藤きよあき/絵:吉田たつちか)
2010-09


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どこへ行くのかの日本人論

先日、友人と「日本人はどこから来たのか?」ということについて話していたのですが、私は以前見たNHK番組の受け売りで「縄文人が氷河期に凍った海を渡って北から入り込み、その後、西から中国大陸の動乱を避けた渡来人が、先住民を駆遂しつつ北上。他に沖縄方面から黒潮に乗りやってきた者、朝鮮半島から渡来した者がやがて混じり合ったもの」だと言ったところ、友人は「それでは蒙古斑が説明できない。蒙古斑は、韓国人も中国人も無いのに、日本人とモンゴル人だけにある」・・・言い、応えて私は、「それは、日本人と一口に言ったって、相当に混じり合っているからだ。現に、福岡の支配階級の大半は兵庫県民(福岡藩黒田家)だ」・・・と。

 などという話をなぜ、今頃したかと申しますと、私、先日、サッカーの日本代表対中国代表の試合を見ていて、少し、思うところがあったからです。

 それは、サッカーそのものではなく、出てる選手そのものについてで、韓国代表や中国代表というのは、明らかな黄色人種の、いわゆる、中国人、韓国人・・・という感じの人たちばかりなのに対し、日本代表というのは、ハーフや帰化人なども混じっており、また、純粋な日本人であっても欧米に感化されたようなスタイルの選手が多く、かなり、雑多な集団という感じがしました。

この点は先のバンクーバー・オリンピックもそうですが、キャシー・リード、クリス・リードが日本代表で、その妹はグルジア代表、長洲未来がアメリカ代表で、川口悠子はロシア代表・・・とかなり、グローバル化してますよね。(もっとも、北京五輪で銀メダルを獲得した女子卓球シンガポール代表は全員中国出身だったり、中東産油国が資金力を背景にアフリカの陸上選手を引っ張るケースがあったり・・・で、一概には言えないのでしょうが、日本は、中国や韓国に比べて、比較的、抵抗無く、世界と同化しようとしているように映るんです。)

 ただ、この点は誤解のないように申し上げておきますが、私は決して、ハーフや帰化した人たちを非難しているわけでも、その動きを排除すべしと言っているわけでもありません。むしろ、これが中国・韓国と違う、日本の特色であり、日本はこの方面で持ち味を活かしていくべきなんじゃないか・・・と思ったんです。

 日本という国は、中国・韓国と比べ、早くから欧米に門戸を開いてきたこともあり、また、古代より、先進国の文化を吸収することに抵抗が少ないDNAがあるからなのか、すっかり、欧米化してしまってますよね。ある意味、日本が欧米のそれに合わせてしまったことで、中国・韓国もそれに追随せざるを得なくなった・・・という側面があるのかもしれませんが、でも、「量」という面では日本は中国には絶対勝てないんですよね。

 であれば、中国が「量」を前面に打ち出す・・・ということになれば、日本は「質」に活路を求めるしかなく、であれば、「グローバル化」ということも選択肢の一つではないのか・・・と。

つまり、「日本・・・、早くから、欧米に門戸を開いてきたこの国は、他のアジア諸国の中では異質なほどに、世界との同化が進んでおり、独自の雰囲気を持っている」と紹介されることこそが今後、日本が進むべき道なのではないか・・・と。

(小説家 池田平太郎/絵:吉田たつちか)

2010-09


 


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幕末版オタク登用事例、大村益次郎  

大村益次郎という人物をご存じでしょうか。

東京の靖国神社に銅像として置かれている人物・・・と言えば思い当たる方もいらっしゃるかもしれませんが、事実上の日本陸軍の創始者とされている人です。

ところが、この人は元々、長州藩出身とはいえ、松下村塾で知られる志士の出身ではなく、本来、幕末の激動とは何ら関係なく、家業の村医者を継ぐために、医学を学んだ学者さんだった。

ただ、勉強の方は半端じゃないほどに出来た人のようで、防府の梅田幽斎、豊後国日田の広瀬淡窓、緒方洪庵の大坂適塾といった私塾に学び、長崎に遊学後は、適塾の塾頭を務めたほどの秀才だった。まあ、今日で言うならば、国立大学の大学院を出た後に欧米系の大学に留学、帰国後は母校で助教授を務めていたようなケースを想像すればわかりやすいでしょうか。

その後、一旦、父親に言われるままに帰郷し、近隣の娘と結婚したものの、村医者としてはあまりにも優秀すぎたのか、患者に対しては診察よりも講義をしてしまう傾向があったようで、医者としてはあまり芳しい評判がなかったのに対し、一方では、その学識を惜しむ声は多く、やがて、伊予宇和島藩から求められて出仕、西洋兵学の翻訳と講義を受け持ち、その後、安政3年(1856年)には宇和島藩御雇の身分のまま、幕府の蕃書調所教授方手伝として幕臣となり、さらに万延元年(1860年)、噂を聞きつけた故郷長州藩からの要請を受け、長州藩士となり、やがて、文久3年(1863年)に長州へ帰国。帰国後は、西洋学兵学教授となったものの、その翌年、長州藩は軍部の暴走により、蛤御門の変にて大敗し、その結果、幕府の第一次長州征伐を経て高杉晋作の決起による内乱状態となってしまうわけですが、やがて、討幕派が政権を掌握すると、高杉や桂小五郎ら藩中枢は西洋式兵制の採用を推し進め、書物を通して、この点に一番詳しい大村にその指導を要請・・・。

ここで、面白いのは、長州藩は、これまでの相次ぐ戦乱で、多くの人材を失っていたこともあり、大村は講義だけでなく、実際の作戦指導まで任されることになったことです。

なぜなら、大村その人は本の中でしか戦争を知らない単なる学者であり、その人に作戦指導を任せてしまったということは、今日で言うならば、軍事に詳しい大学教授を、そのまま、自衛隊の司令官に任じてしまったようなものでしょうが、インパクトの上ではむしろ戦争マニア、あるいは兵器オタクを防衛大臣兼参謀総長に任命した・・・と言った方が当を得ていたでしょうか。

この点、メジャーリーグ、ボストン・レッドソックスのチーム編成を担当しているのは、野球経験などまったくない、ネット上で独自の数式で選手を評価していただけの、いわば、ネット版野球オタクのような人だと耳にしました。

つまり、レッドソックスのオーナーとしては、「能力さえ確かならば、出自や経歴などにはこだわらない」・・・ということなのでしょうが、日本のプロ野球がそういう人を抜擢するなどとは到底考えられないことを思えば、如何に追いつめられていたとはいえ、長州人というもののこの辺の発想の柔軟さには凄味すら感じます。

(文:小説家 池田平太郎/絵:吉田たつちか)
2009-09


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現場レベルでの明治維新

メイジ・レボリューション・・・通常、明治維新を英訳するとこう呼ばれます。

レボリューション、つまり、革命ですが、果たして、明治維新は革命だったのでしょうか・・・?

一般に、「明治維新はいつ?」と言われれば、多くの方が「明治に改元されたとき」とか「王政復古の大号令の時」・・・などと言われると思います。

ところが、その段階では薩長土肥と呼ばれる西国雄藩連合の武略で德川氏を追い落としたに過ぎず、階層の流動化である「革命」という点では具体的な動きはなかったはずです。

明治維新において、薩摩藩と並んで一方の主役であった長州藩では、幕末、幕府による長州征伐と、四カ国列強との交戦をほぼ同時に受け、まさに国が滅びる!という危機感のなかで、背に腹は代えられず奇兵隊という欧米型の国民皆兵制の軍隊を生んだわけで、それがさらに禁門の変、第二次長州征伐や鳥羽伏見の戦いといった戦闘を経ていく中で、その百姓町人を中心とする奇兵隊の勇猛さは、庶民の発言力の向上をもたらしたわけです。

つまり、長州藩ではこういった呉越同舟的な雰囲気のなかで身分制の崩壊がすでに始まっており、ひいては階層の流動化「革命」というものを醸し出していたと言えるでしょう。

それが、その後勃発した戊辰戦争において、そのまま新政府軍の中核をなしたことにより、長州の日本化ならぬ「日本の長州化」とでも言うべき「革命」が起動したのではないでしょうか?

即ち、従軍した諸藩の、いわゆる、足軽や郷士と言われる人たちの多くが、身分の上にあぐらをかいていた人たちの無能さを目の当たりにすることとなり、それがさらに百姓町人からなる長州の兵隊たちを見ることによって、もっと言うならば、自分の藩の上士が、百姓町人あがりの奇兵隊士にあごで使われるのを見た瞬間に、封建制というものは、なし崩しに崩壊したと言ってよく、この瞬間こそが現場レベルでの明治維新だったのではないでしょうか?

この点、百の思想を机上で教えるよりも、人民の末端まで、皮膚感覚で、新しい世の中が来たことを実感できたということが、これまで封建制のもとで、不遇を囲っていた庶民たちの支持に結びつき、そのことが、脆弱な基盤の明治政府を、意外に強靱な物にした隠れた理由であったようにも思えます。

その点、薩摩においては、革命という機運が藩内で高まったのではなく、単に西鄕・大久保ら、指導者層の武略によってのみ幕府を倒してしまったことから、長州藩のような革命的気運醸成と言う経緯を経ずに、そのまま、革命政府に参画してしまったと言え、それこそが意識レベルでの薩摩藩の誤算であったと言えるでしょう。

何故ならば、薩摩藩は、唯一、戊辰戦争において、長州藩より上の立場にあり、長州化する必要がなかった集団だからです。

だが、そのことが、日本全体が長州化していくなかで、その流れに逆行していくことに繋がり、結局、西南戦争と言う破滅にまで至ってしまったのは、その意味では、これまた、当然の帰結だったと言えるのかもしれません。

ただ、薩摩の側に立って言うならば、幕末の薩摩藩の実質的なオーナーであった島津久光には、元々、幕府を滅ぼす気などは毛頭なく、その結果、薩摩の倒幕指導者たちは、国許にいる主力軍を当てにすることは出来ず、使える兵力は出先機関にいる兵力のみであったわけで、本来、長州と違い、上手に立ちまわったがゆえに、あまり損耗していない薩摩軍が加わっていながら、鳥羽伏見の戦いでは幕府に対し、兵力の上では圧倒的に劣勢に立つしかなかったということが、長州と違った意味で、五体満足ではなかった薩摩側の内幕を語るものであると言えるでしょう。

薩摩はこういう内情を誰にも悟られることなく、ある意味、虚勢で明治維新を起こしたと考えると、薩摩人の気迫がこういう所にも見受けられるように思えます。

言うならば、鳥羽伏見の戦いの直前段階での長州を満身創痍の大けがに例えるなら、薩摩は内蔵疾患の病気持ちだったといってよく、明治になって、久光という病根から開放されたことで、元気になったからといって、急に激しい運動をしたところ、逆に怪我しなれていないがゆえに、骨折してしまったのが、西南戦争だったと言えるのかもしれません・・・。

(文:小説家 池田平太郎/絵:吉田たつちか)
2008-09


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手綱さばきの妙

私が企業人として敬愛する藤沢武夫氏は、本田技研工業がレンタカー部門を立ち上げるに当り、公私ともにもっとも寵愛し、信頼する部下に、この新部門を任せたそうです。

この人物は、なかなかの才人であり、藤沢氏の期待に応え、新事業は順調な滑り出しを見せたとか・・・。

ところが、この人物は、成功に驕り、行きすぎた行動をとるようになり、藤沢氏も、再三、この腹心への行きすぎを注意しますが、この人物は、マスコミ出身者にありがちなうぬぼれもあり、一向に改めようとはしなかったそうです。

その結果、藤沢氏はどうしたのか?

この人物を責めれば、この有能な部下を失う結果になるかもしれない・・・。

逆に、このまま私情に任せ、彼の行動を黙認すれば、他の部下にも悪影響をおよぼしかねない・・・。

速く走る者に合わせるべきか、遅く来る者に合わせるべきか・・・。

藤沢氏は、苦慮した結果、この有能な部下を徹底的に干しあげたそうです。

その態度は、「干す」などという生やさしい物ではなかったとか・・・。

結果的に、この部下は、これにより自らの行きすぎを反省し、また、他の部下たちも、腹心と言えども容赦ない藤沢氏の行動に、一段と襟を正したと言います。

速く走りすぎる者は手綱を引き締め、遅く来る者は手綱を引き寄せる・・・。

(文:小説家 池田平太郎/絵:吉田たつちか)
2006-09


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ブラックジャックに見る人間万事塞翁が馬

手塚治虫の「ブラックジャック」と言う漫画をご存知でしょうか?

言うまでもなく、巨匠、「手塚治虫」の代表作の一つです。

このマンガ・・・、今でも売れ続けている、知る人ぞ知る超ロングヒットなんです。

ただ、この漫画が出る前に「神様」手塚治虫が置かれていた状況と言うのは、決して、順調なものではなかった。

かつてのように、出す作品、ことごとく子供達の心をわしづかみ・・・というわけにはいかなくなっておりもう誰の目にも、手塚の時代は終わったと映っていたそうで、ついに、手塚プロ倒産で自宅売却。

起死回生で最後の望みを託した「ミクロイドS」という作品も半年で打ち切り。

まさしく、どん底の状態だった。

そこへ、少年チャンピオンが「ブラックジャック」を連載することになって、編集長が担当者を募ったところ、誰しも、落ち目の作家など担当などしたくはないもののようで、やむなく、ある担当者にその話が廻ってきたそうです。

その人も、(こんな落ち目の作者、嫌だ!)と思い、「手塚先生じゃ、もう、だめですよ。」と言って逃げようとしたところ、編集長から「だめなのは俺にもわかっている・・・。なあ、手塚先生の死に水をとってやろうよ・・・。連載と言っても、5回だけだから・・・。」と言われ、渋々、押し付けられたそうです。

当時、コンセプトとして、「医者もの」「劇画タッチ」と言うことはあったが、それでも、誰も期待などすることもなく出版されてからの読者アンケートでも、16作品中12位で誰もが内心、「やはり・・・」の世界。

そうこうするうちに、手塚治虫は締め切り前日になって、「第四話が書けない」と言ってきたそうで、「連載作品なのに!」ってことになり、大慌てで、その担当者が家に駆けつけ、「書いてもらわないと困る!」と言ったところ、手塚は「今日だけは、今日だけは、勘弁してくれ!」と言って、そのまま、家を出て行こうとした。

担当者は、「冗談じゃない!書いてくれなければ困る!」と言って、ドアの前に立ちふさがって、手塚治虫を肉弾で突き飛ばし、肩をもんで、むりやり、椅子に座らせた。

手塚と言う人は、日ごろ、連載に穴を開けるようなことはなかったし、人を悪し様に言うような人ではなかったが、このときばかりは、「君は鬼だ!」と言って、突っかかってきたそうです。

この辺の両者の心理は、よくわかるような気がします。

手塚にしてみれば、みじめでみじめで・・・、とても、やってられないような心境だったでしょうし、担当者にしてみれば「だから、落ち目は嫌なんだ!」だったでしょう。

で、結局、間に合わないから、仕方なく、第四作のところに、そのまま、第一作目の作品を掲載したところ、その発売の翌日、出版社である秋田書店の電話と言う電話が鳴りっぱなしになり、出版部だけでは電話の応対が間に合わなくなって、ついには、社員総出で電話を取り捲らなければならないほどだったそうです。

内容はすべて、少年チャンピョンに「ブラックジャック第四話」が載らなかった事への苦情。

そこで、初めて、担当者は自分の担当している作品が、「どれほど支持されているのかがわかった。」と言っていました。

「人間、泣いてばかりも生きられない。笑ってばかりも生きられない。」

これは、重度の鬱病で生命の危険さえあった俳優、竹脇無我に対して、森繁久弥が言った言葉だそうです。

漫画界に、はかり知れぬ足跡を残した神様、手塚治虫・・・。

何とも人間くさい神様です・・・。人間万事塞翁が馬。

(文:小説家 池田平太郎/絵:吉田たつちか)



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