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目次

 

 

[ノルンの針金細工 前]

:君坂 麻久:

 

 

----*----

 

 

[Магазин МЕКАНО]

     :平ら:

[高三・三学期の転校生]

:きりしま うまこ:

[北アメリカへの旅]

:Cagana:  

 *

 

[「クローム襲撃」インタビュー]

   :@P/Aaron Griffith:

[D/0]

:gondei:

[残骸船] 

:M−830:

 

 

[Primordia]

:君坂 麻久:

[DDS]    

:Aaron Griffith/清水典子:

 

 

----*----

 

 

あとがき壱・2012
あとがき弐・2014
各著者あとがき

 

ノルンの針金細工 後

:君坂 麻久:


奥付

 

 

Ver.1.0.0 All Original Works

Produced by Switched on the Heads


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Primordia [第一章 モノクロ境のアウトロー]

 ガンッ、と、役立たずの鉄塊となった星間飛行ポットを蹴り、灰色にぬかるんだ地面にうずくまった日から、既に十日が経過していた。

 地上と激突したせいで、ナビゲーションもなく、三立方センチメートルの固形食料もほとんど泥に沈み、水の詰まっていた大きな水筒もどこかに落とした。極度にツイてない私が、それでもこの代わり映えのない風景の地球を彷徨わなければならないのは、壊れたポットでは母星に帰るなんてできないことや、地上に到達した作戦員が私だけであるらしいということ、そしてその任務を全うしなければならないことに由来している。訓練により、地図や方位スキャニングが無くても現在地を把握できることだけが幸いだった。

 困ったことがあったら周りの誰かに尋ねなさい。幼少の頃にはそう躾けられた私だが、今回ほどそのような教訓が意味を成さないことは今までに無かった。通信機器は故障しているし、そもそも人の気配など、あるワケがない。デブリと呼ばれる宇宙産業廃棄物に覆われた惑星、地球は、ひいじいさんが私と同じ職に就いていた程の昔にはとっくに、生命活動によるエネルギー生産が行われていない有害惑星と指定されていたのだ。

 人間はおろか、鳥も、草木も、獣も存在しない。オハナシのように未知の巨大生命体に食い殺されるよりはまだマシかもしれないが、少なくともこのままでは、任務を完了することすらできずに飢え死にするだろう。

 いくら、あらゆる菌やウイルス類、放射線などの人体に影響を及ぼす外的要因を遮断できる上に、一粒で一食分以上の栄養価と腹持ちがある、万能な抗生物質固形食料であろうと、一口で半日分の水分を補給できる素晴らしい経口補水液であろうと、世紀末では物量がモノをいうのだ。私の掌ほどの大きさしかないアルミニウム箔製の巾着の中には、せいぜい三日ほどしか行動できないだろう飲食料が、広い空間の片隅で肩を寄り添わせている。

 ずるっ。

 ほら、そんなことを考えながら歩いていたから、また足を取られて転びそうになったじゃないか。ああもう、先が思いやられる。  そう。三日という期限の計算には、運良く地球から脱出できて、さらに運良く母星に帰還するまでに必要な飲食料を入れていない。あくまで、この惑星で生活できる限界の日数だ。

 ぬるい風が唯一、生身で外に出ている顔を撫でて吹き去った。べたべたして気持ちが悪い。行動に支障がない空気であった為に、ヘルメットをポットに置いてきたのが良くなかった。そして、私の未来を予想したかのように、私がくぐった瞬間、頭上のL字街灯が死んだ。遠目で見た時から、寿命僅かに点滅していたのだ。いつ事切れてもおかしくはなかっただろうし、私が通り抜けたという原因で焼ききれたわけではあるまい。ましてや、私の先行きなどとの関係なんてあるハズがない。

 もちろん私は、振り返ることをせずに歩を進めた。あれが、街灯が、地下から通じる微弱な電気エネルギーによって作動する機関から、街灯に使用されている液体の自発的なエネルギーを糧とする半永久機関へと変容することは、もはや確定事項だった。もし振り返ったならば、きっとその証拠に、今まで灯していた無機的な光から、氷のように冷ややかでいて優しげな光を落とすようになっているだろう。今しがた、このマイノリティはマジョリティになった。これは、この一帯では最後のマイノリティだった。

 気温によってある一定のエネルギーを生成し、生成したエネルギーを消費する為に自発的な発光を行う液体。私の母星でも同じようなものが利用されていたが、あくまで爆発的なエネルギーを作り出すための触媒であり、生活で使っているのエネルギーは惑星熱だった。母星に生きる民のルーツがひょっとしてこの地球という惑星にあるのかもしれないと考えると、未知に対する探究心が擽られるし、少々感慨深いものがある。

 だが、同時にやはり、マイノリティだった街灯と自分とリンクさせてしまう。私も今の街灯と同じく、生物など絶滅している、という、無のマジョリティに併合されてしまうのだろうか。私だけが地上に到達できたというのに、作戦を遂行するために辿り着かなければならない肝心な目的地さえ見つからないまま、クズ、役立たずという評価の烙印を押されたまま、もはやこの地上には必要のない有機栄養素として、溶けてなくなっていくのだろうか。

 ただでさえ果てしなく見えるこの大地に、不安は増すばかりだった。

 足場は泥から、錆びた鉄や平たい石のような——コンクリタなら母星にもあるが、なんとなく違う気がする——瓦礫に変わっていた。摺り減った靴底がそれらを蹴るたびに細かな砂利を踏みつけて、ザリ、ガリ、と音を立てる。 

 私はふと、薄い自分の影を見た。比較的大きく足場になっている瓦礫に混じり、白い、何かが砕けた粉のようなものが見えた。これは自然の石からできた粉末ではない。これこそがコンクリタと呼ばれる人工物だろうもので、おそらくは建ち並んでいた高層ビルの谷間にひっそりとあった、小さな家の壁だったものだ。家は、影も形もない。そして当たり前のように、ここは起伏がほとんどない。倒壊したビルで覆われた、退廃の大地だった。そんな土地で、やっと手がかりらしきものを見つけることができた。私は少量の希望に心を洗われるような心持ちになった。

 運という運を宇宙空間に捨ててきたような私でも、ポットの着地点だけはツイていたらしい。

「……、はあ……」

 しかし前方の景色を眺めて、私は、それでも先は長いのだろうと、溜息をつく。暗鬱な思考が再び、思考に粘度の高いもやをかけた。

 空が大地の鈍色を映しているのか、それとも大地が空の鏡なのか、決めかねる。とにかくどちらも沈み、のっぺりとした色をしていた。まるで水彩絵の具を水で溶かずに、原液で、キャンバスに塗りたくったようなべとべと加減だ。しかも彩度のある数色を使っていればまだ芸術性もあっただろうに、使われているのは灰色が百、黒が一、白が一、という、バランス性など皆無の無駄遣い。モノトーンにも程がある上に、混ざりあっていないのだからつまり何が言いたいかというと、そうだ、あの世の吹き溜まりのように汚い。あの世の吹き溜まりを見たことがない私でも、そのように汚いと言ってのけるくらいに、ばらばらでぐちゃぐちゃで、汚かった。

 いい加減に疲れてきた。ただでさえ若くないのに、足は泥沼に取られ、不安定な地上は起伏が激しく、それでいて時が止まっているかのように、変化というものが微塵も感じられない。

 べしゃ。

「……、……。……痛い」 

 とうとう、転んだ。集中しないからこうなる。掠れた声。ろくすっぽ休息も取らずに歩き続ければ、こんなものだろう。ポットの中では純白に輝いていた旧式の宇宙服も、とっくのとうにドロドロだ。今更汚れの一つや二つが増えたところで全然気にならない。それに、アルミニウム箔製のおかげで、食料にも影響は無さそうだ。

「――おや」

 痛む節々を叱咤しながら滑る足場に立つと、転ぶ前と後で景色が変わっていた。さっきまでは曇天の下、ほの明るくて開放感しかない場所にいたのに、今はどうだ。奥の見えない暗い通路が、長く正面に続いているではないか。頭上には、破裂したパイプの群れと割れた空洞から白と灰色の空が覗いていた。空洞を切り取る枠からは、泥水がぽたぽたと滴り落ちている。

 地階に落ちたのか。ようやく私は、状況を理解した。

 纏っている宇宙服、といっても、少しごついボブジャケットのようなものだが、これは衝撃を吸収するスグレモノだ。無重力遊泳に慣れていると、落下のGは慣れすぎて分かりづらい。だから、すぐに気づかなかったのも無理は、ない。よし、そう考えることにしよう。断じて私が鈍いわけではない。

 そういえば、足元には落ちた滴で作られた水溜まりこそあれど、瓦礫は無い。穴は私が来る前から空いていたが、風化で瓦礫は無くならない。つまり、知能を持った何かがこの辺りに住んでいる、ということだろうか。

 とにかく。とりあえずこの場所は、目的のブツがある施設に続く道か、既に施設内なのか、ネガティブに考えると全く別の建物なのかはわからないが、任務に進展があったことには間違いない。

「天の、ラコグリャンの、云うとおり。なのなのな」

 こういうときは神頼みだ。後ろか前か、どちらに進むか迷ったが、程なくして私は前方に歩を進めた。

 地下通路というものは、人間が作ったものであればどこでもあまり変わらないらしい。差別化するならせいぜい、天井を高く取るか、交差点に噴水を置くか、アーティスティックな壁紙で装飾するか、というくらいのものだ。しかもそれは商業施設のようなところであり、業務用通路や研究棟にいたっては、通行人がエライかエラくないかなどという、くだらない違いしかない。つるりとしたタイルと無地の壁が、余計なことを考えるんじゃない、と脅迫しているような場所。そういうところこそが、おそらく最も機能的な通路で、だからこそ普遍的なものとなっているのだろう。

 こつこつこつ。

 この通路も例外ではない。丸い容器に収まったあの液体照明が床の両端に等間隔に設置されて、ぼんやりと、いつもの無機質な碧白さに染めていることを除けば、いたって普通の業務用通路だ。さして狭くなく、だからといって広くもなく。人が三人ほど余裕で横並びになることができるくらいの幅で、私が通るには余裕の高さ。しかも床は先人を倣って平らなので歩きやすい。地上とは全然違う。地上も母星やここと同じくらいに整備されていれば、だだっ広くてもまだどうにかなりそうなのに。

 こつこつこつ。

 ふと気がつくと、後方の、私が落ちた地点は見えなくなっていた。頭上からの光で明るかった着地点は、私にとって心の安全地帯だったらしい。いざ道を行くと、足元の照明だけというのはどうにも不安だった。鳥目でもないのに、足元と、身の回り五メートルほどしか見通しがきかない。手元に明かりが欲しい。こういうときこそ、原始的なランタンが効果を発揮するんだ。まあ、照明器具なんてものは墜落いや、着陸時にどこかいってしまったけれども。空間に響く足音というものを久しく思いながら、私は歩き続けた。

 こつこつこつ。

 天井を遮る無数のパイプ群を、なんとなく数えだした。二、四、六、や、めた。多すぎる。ぎっしりと埋め尽くすそれは、さながらジャングルか、または、そうだ、ジャングルに生息し、擬態して目立たないスネーキーの集団だ。スネーキーは足も無いクセに、細長い身体でスルスルと音もなく近づいては、縦に割れた口で獲物を丸呑みするのだ。

 ジャングルは遠方合宿訓練で何度か行ったが、行く度に二度と御免だと感じる程度には、私はジャングルが嫌いだ。なぜ生物学者でもないのに、精神鍛錬の一環として、無毒だからとはいえスネーキーの観察レポートを書かなければならなかったんだ。上顎下顎ではなく、左顎右顎と表記しなければいけない奇妙な生き物だったが、人間の腕ほどの太さをした群れが池にうねうねと溜まっている様子などはもう、ああ、思い出さなければよかった。

 こつこつ、こつん。

「流石に、これは」

 違和感に私は歩みを止めた。長すぎる。いくらなんでも長すぎやしないか。これだけ歩いても、点々と連なる淡い照明は、あまりに長すぎるが故に遠くが霞んでいた。既に一時間以上は歩いている気がする。しかしそれでも、通路はまだまだ終わる気配を見せてくれない。

 ただでさえ、こうも毎日歩き続けていると昼夜以外で時間を計ることが難しいのだ。我が家系に代々伝わるアナログ懐中時計はこの世界のどこかで紛失してしまったし、体内時計などはとっくに機能していない。いくら厚い雲に覆われた空でも、地上であれば陽光の有無くらい理解できる。屋内では、それすらも認識できないのだ。

 不安というものは、絡みついたら抜け出すまでに時間がかかる。一度よぎってしまえば奴らの勝ちなのだ。つまり、私は考えてしまった。もし、ここから出られなかったらどうしよう、などと。

 そもそも星間移動ポットが動かないから惑星外に脱出することは難しいとして、でも、こんな息が詰まる場所で骨になりたくはない。通路の先に何もなかったら、引き返して着地点の逆を行けばいい。しかし、もし、そっちにも何も、なかったら。

 そして、もしこのまま暗闇の地下で彷徨い続けることになったら、どう考えても精神が保たない。そのうち私は発狂して、生存でも餓死でも病死でもなく、壁に頭を打ちつけたり照明の液体を飲んだり、といった奇行による自殺を選ぶに違いない。そんなのは嫌だ、思考が正常なうちに、死に方くらいは選ばせてほしい。

 ——いちど休憩しよう。

 私は通路の壁を背もたれにして、腰を下ろそうとした。そのときだった。

 私の目の前を何かがすごい速さで通り過ぎた。続いて、グイッと右手が引っ張られる感覚。あまりにも突然に強く引かれたのでつい離してしまったが、私が今しがた右手に持っていたのは、生命線とも呼べるあの巾着だった。

「おい、待て、待ってくれ!」

 疲れなど忘れて、私は慌てて謎の影を追いかけた。伏線はちゃんとあったのに、生命体なんていないのだから、と気を抜いていたことが失態の原因だ。だが、では今のアレは何だ。自分の荒い息遣いと周期の短い靴音。そして前方から聞こえるのは、たしったしっという地面を蹴る軽い音。これは、そうだ、獣の足音だ。

 私は走りながら、左手首に装備している端末を操作して、目の前の何かをスキャンした。端末は直ちに対象をクローズアップし、ホログラムモニターとして映像を出力する。映しだされたのは、なんと、犬だった。黒ビロードの中型犬。私も母星で飼っていた、ラブラドラという品種だ。

 人間の足では、とてもじゃないが追いつけない。それでも、今走らなければ、私の餓死は確定なのだ。餓死は、死に至るまでが地獄と聞いたことがある。それは嫌だ。何としても避けなければ、と思った。

 急に光が目を焼く。右腕で遮りながら、謎の影が前方の両開き扉を開けたのだと分かった。怯まず、スピードを緩めないようにして飛び込むと、そこはゲートホールだった。

 正方形の広い部屋で、通路の何倍も高い天井には一面中、例の液体が入っているようだった。天井は、真昼のような明るさで下方を照らしている。壁沿いには、はるか昔にあったとされる大小さまざまの金属探知機付きゲートがざっと三十機ほどで、行儀よく部屋を囲っていた。ゲートの先には、私が通ったような通路がそれぞれ続いているのだろう。

 一度止まり、息を整えながら逡巡する。瞬間、けたたましい警告音が鳴り響いた。右前方の一番奥、七の番号が振られた探知機ゲートが叫んでいる。ゲートの向こうの、まだ揺れていた扉を勢い任せに蹴り開け、走った。暗く、頼りない足元の光だけが道標だ。それでも存在するだけ、標識も何もない地上なんかより余程マシだろう。

「ハッ、は、なめるな……!」

 持久走だけは、誰よりも得意だった。

 走って走って、犬の足音は遠くなるばかりだが、それでもまだ姿さえ消えなければ追いつける。そう信じて私は走り続けるしかなかった。光が見えた。暗から明に変化していくグラデーションの通路を抜けると、私の肺を、ぬるくも新鮮な外気が満たした。

 白と灰色の場所だ。直径三十メートルはあるだろう太い円柱が、広く取った等間隔に位置し、高さ二百メートルはくだらない天井を、目視できないほど遠くまで支えている。私が入った扉がある壁を上に伝ったあたりだけ、大きく歪な空が見えた。巨大な穴が開いているのだ。本来そこを埋めていた筈の板が瓦礫となって内部に落ち、見通しを悪くしていた。打ち捨てられた白亜のドーム。それが私の感想だった。

 黒い犬は瓦礫を縫っていく。どうやら通り道だけは、人間も通ることができるように整備されているらしい。それは幸いだった。全力で走り続けたせいで、そろそろ限界が近づいている。なんとかして、奴を止めなければ。

 大盤の瓦礫を抜け、踏み越えを繰り返すと、急に視界がひらけた。散らばる小石が、白色系のまばらなタイルにコバルトブルーで描かれたサークルエンブレムを隠している。エンブレムの大きさからして、メインの広場だったらしい。犬は広場を横断し、床に突き刺さっている特に大きな瓦礫の向こうに消えようとしていた。

 まずい。そう思って無意識に手を伸ばした瞬間だった。

「BDnC-EIJ1-8694-noPT_CONNY、シャットダウン!」

 少女特有の高く、芯のある声が静寂を切り裂いた。声と同時に犬は勢いを殺さないまま、いきなり手足が硬直したかのように床へと転がっていく。それきり動かないのをいいことに、私は生気を無くした犬に駆け寄り、巾着をひったくった。

 やっと、直近だった餓死の危機を回避した。

 助かった。

 荒い息に上下する肩を落ち着けようと深呼吸を繰り返していると、犬が向かっていた瓦礫の向こうから、先の声の主だろう少女が姿を現した。青い癖毛を自由に跳ねさせた短髪に、タイトな白いシャツとスパッツで、小柄さも相まって活動的な印象だ。犬だけではなく、人間までいるとは。随分、母星で聞かされた内容と違うじゃないか。

 おもむろに眺めていた私の視線に彼女の翡翠色の双眸が交わる。

「あっ、……」

 すると、少女はしまった、というような顔をして、瓦礫の向こうへと引っ込んでしまった。反応が唐突すぎて、私も呆気にとられてしまう。しかし、このままでは何もわからないし、情報がほしい。出所のわからないショックを頭を振ることで払い、とりあえず私は、息を整えながら少女の後を追うことにした。

 瓦礫の向こうは一面、所々ひび割れた壁で、研究室などに使われている重い扉がひとつだけ設置されていた。他の場所には、道を塞ぐように瓦礫が邪魔しているので行けそうにない。とすれば、少女はこの扉の奥にいる、ということになる。

 扉に近づくと、それは大きさにしては静かな音を立ててゆっくりと横にスライドし、中の部屋から何かが出てきた。身長は私より高く、いわゆる長身痩躯の人間だ。腰までまっすぐに伸びた黒髪と、首に巻かれた銀チョーカーのベルトから繋がっている珍しいデザインの研究白衣をなびかせ、こちらに歩いてくる。私は柄にもなくうろたえてしまった。性別がまるっきり分からない。胸こそ無いが、線のしなやかさや整った顔つきが、ちょうど男と女の中間くらいだった。そう、正にジェンダーフリーと呼ぶに相応しい。

「私の管理不届きで迷惑をかけた。申し訳ない」

 落ち着いた物腰で、眉尻を下げながらそいつは言った。声も深いが低すぎず、男女の区別が付け難い。それよりも、同じ言語を使用しているようで安心した。ここまで来て、やっと意思疎通ができそうだと思ったら言葉が違うとなれば、今度こそ再起不能だったかもしれない。

「い、いや、それはいいんだが」

 とりあえず返答して、私は消えた少女のことを尋ねることにした。

「少女がそっちへ行かなかったか? 青髪で背の低い」

「ああ。それは私だ」

「……え?」

 随分と聞き取りやすいイントネーションでの返答は、なにかおかしい。同じ言語で話が通じないなんてことがあるだろうか。

「あの」

「私は色々な……そうだな、アンドロイドと言えば通じるか。機体に乗り移り、動かすことができる。こちらに来てくれたなら、きっと理解できるだろう」

 ふっと笑いかけ、私の反応など意に介さず、得体のしれない人間は踵を返した。

「ちょ、ちょっと」

 流れるような所作がうらめしいと感じながら、私は謎の人物を追って中に入った。

「――お見事」

 入った瞬間に恐怖の声を漏らさなかったのは、褒められてもいいくらいだと思う。

 縦長の部屋に、二、四、六……十体の人型アンドロイドが、壁に沿うように鎮座していた。外見的特徴はバラバラで、老いた姿こそないものの、少年も青年も、成熟した女も、そして、先ほど会った青髪の少女もいた。奥の壁には何十枚もの旧型モニターがあり、操作パネルらしき台と貧相なパイプ椅子一脚が置いてある。

 壁や天井など、まばらに設置された液体照明が、やや暗めに保っている監視室。本来は警備のみに使われるような場所と推測する。間違ってもドールハウスではないだろう。生気のない人間が何人も突っ立っているなんて、コッペリアか何かか。不気味すぎる。

「さて。あなたは人間だね?」

 奥のモニターに歩きながら、謎の人物は私に話しかけてきた。

「あまりアテにならない監視解析カメラでもゲートの探知でも、個体識別スキャンが機能しなかったから、そうだと思って。あなたが入ってきた十八番ゲートは元々壊れているけれど、七番ゲートには犬が反応したから」

「ああ、確かに……」

 この人は饒舌なんだろうか。独り言も多そうだ。

「それで」

 部屋の奥に着き、ひとりでも話し続けていられそうな黒髪ロングは床に散乱している工具を黒靴で避ける。続いて、パイプ椅子に座って長い脚を組んだ。ギシ、と錆びた鉄が鳴り、振り返ったペールブルーの目が私を見る。

「私はイラキセ。地球考古学者だ。で、あなたはさしずめ”大使”といったところかな。こちらは、主惑星級惑星数ヶ所の座標情報と、通信機器の使用を求める。そちらの要望は?」

 自己紹介も最低限に、何もかもを知ったふうに淡々と話す姿にぎょっとしたが、顔に出さないように務めた。先程は精神が揺らいでしまったが、職業上、こういうのは得意分野である。相手はどうやら、私の立場や目的を知っていて、おまけに滞在できる期間なども見抜いているようだ。知っていながら、わざわざ私に言わせることで何かを判断したいらしかった。

 なぜこうも知られているのかはわからない。しかし少なくとも、隠し事や騙ることなどはできないだろう。単刀直入に、簡潔にいこうではないか。

「こちらは……うん、こちらが要求するのは三つだ。一、惑星生命維持装置の停止および破壊、二、私の宇宙船の修復、三、無事に母星へ帰還する」

「承諾した」

「おい」

 私は耳を疑った。つい出てしまった本音を咳払いで誤魔化す。

「あの、ちょっと待ってください。もちろんあなたの要求に応える努力はしますが、しかし、私の要求は件数も多い上、この地球を跡形もなく消し去るというものですよ。周囲に知的生命体がいなさそうだから仕方なくあなたにお訊きしているだけで、そんな、仮にも地球考古学者ともあろう人が、立場からすれば文化遺産ほどの価値があるだろうものを消滅させるという内容に、勝手かつ簡単に承諾していいんですか?」

「なに、私の仕事はとっくに終わってるよ、大使」

 私のことは大使と呼ぶことにしたらしい。イラキセは、悔しいが私と違ってうろたえもせず、微笑んだだけだった。

「この地球が歩んできた歴史……それこそ紀元前、エーテルが実体を欲して生成した”人という種族”が繁栄するよりも遥か昔から今に至るまでの出来事を、私は余すところなく調べ尽くした。データは別室のディスクに保存してあるから、読み込める機材さえあればどの星でも閲覧できる」

 イラキセが正面に向き直り、パネルを軽快に操作した。ピポポ、と、タッチするたびに丸い電子音が跳ねる。先のゲートホールや廊下などの屋内映像を流していたモニターは、一瞬のノイズのあと、屋外である灰色の大地を映しだした。どこにカメラがあったんだろうか。全く気づかなかった。

「それにね、大使。見ての通り、この星は死んでいる。私たちのような少数の存在より、何兆、何京になったかもわからない他惑星の人類を尊重するのは当然のことだし、宇宙的な視点から見て、ただ存在するだけの地球なんて邪魔でしかない。私だって、塵ほどのニュースも無いこの星を壊したくて仕方がなかった。研究成果を他の惑星に伝えるということが、それを可能にする唯一の条件と言っても過言ではなくてさ」

 だから、とイラキセは続けた。

「大使が他の惑星に、ディスクないしディスクに収めたこと、つまり、人類の起源である地球のあらゆることを伝達してくれさえすれば、私にとって、こんなに良い条件はないんだ」

「そ、そうか……」

 あなたが死ぬ、だの、地球に愛着は、だの、突っ込みたいところはたくさんあった。だが、こんなに潔く話されてしまっては、何も言えない。ただ、承諾に感謝することぐらいしか……うん?

 景色が変わらない筈のモニターの、そのうちひとつで、何かが動いていた。目を凝らしてみると、白くて大きな楕円の塊を、同じく白い可憐なワンピースを着た小さな女の子が、顔色も変えずに押している。ずず、ずず、と動く、それは。

「私のポット!」

「必要だから、テラコに運ばせている」

 振り返ったイラキセは、さも当然のように話した。

「いやいやいや、イラキセ、ちょっと待ってくれ。あれはすごく重いんだぞ、三トンもあるんだ。とても幼女が押せるような代物じゃない。それに、傷がつくじゃないかっ」

 私のツッコミに、博士はきょとんと小首を傾げる。

「細かなデブリの間を抜けても、かすり傷程度しか付かない硬度を持つのに?」

「買ったばかりなんだよ!」

「大丈夫だ、大使」

 音が聞こえないのは救いだったかもしれない。ああ、泥池に、どぼんって。

「テラコは優秀なAIアンドロイドだから、深夜頃には中央広場に届いている。それから状態を見たって遅くないし、大使も旅で疲れた身体を休めればいい。私の寝室だが、隣の部屋なら落盤もなく安全だよ」

「ああ……」

 ずず、ずず、と私のポットが押されていく様を眺めながら、これは本当にどうしたものか、と頭を抱えた。人間の容姿をしているから、人間と会話するのと同じように交流しているが、アンドロイドの機体を乗り換えるという発言や行動、人間味を感じられない思考回路、そして噛み合っているようで噛み合わない会話からするに、イラキセはやはり人間ではないのかもしれない。

 まあ、どうやら利害は一致しているから、作戦に関してこれ以上の支障は出ないと思われるし、話ができるもの自体がイラキセ以外にいない以上、信用するしかないだろう。

「大使の脱出計画については、あの宇宙船の状態を診ないと何も判断できない状況だ。中央広場に運び込まれ次第起こすから、仮眠していて構わない」

「わかった。よろしく頼みます。……あ」

 人間じゃないかもしれないイラキセなりに、人間である私に気をつかってくれているらしい。私は、イラキセの言うとおりに隣の部屋へと足を向けつつ、あることを思い出して尋ねてみた。

「さっきの犬は?」

「あれは私のドロイドペットだ。可愛いだろう?」  

 

 

 

 


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