目次
2003年
2003.12.16 Tue ウラのウラ その1
2003.12.16 Tue ウラのウラ その2
2003.12.17 Wed 早速圧力かかってきたよ
2003.12.19 Fri あの人の妊娠、結婚について
2003.12.21 Sun 早稲田の学生
2003.12.22 Mon 裏話
page 7
2003.12.24 Wed 浜崎
2003.12.30 Tue バーニング その1
2003.12.30 Tue バーニング その2
2003.12.30 Tue バーニング その3
2004年
2004.01.01 Thu なぜ広末涼子の不登校が・・その1
2004.01.01 Thu なぜ広末涼子の不登校が・・その2
2004.01.01 Thu なぜ広末涼子の不登校が・・総括して説明すると
2004.01.02 Fri 裏話
2004.01.07 Wed バーニング 4
2004.01.07 Wed バーニング 5
2004.01.08 Thu ○大卒タレント
2004.01.08 Thu 麻生○晶
2004.01.09 Fri バーニング 6
2004.01.09 Fri 返信
2004.01.10 Sat プロとアマチュアの違い
2004.01.10 Sat ホ○プロ
2004.01.10 Sat バーとホ○プロの共通点
2004.01.11 Sun そのとおり
2004.01.11 Sun バーニング 7
2004.01.12 Mon スターチャイルド
2004.01.13 Tue つかこうへいダブルス
2004.01.13 Tue 自分にレスだけど
2004.01.15 Thu 某女優におけるバラエティー至上主義の限界
2004.01.17 Sat ドキュン帝国の緩やかな崩壊
2004.01.17 Sat 宝○社に食い込んでいたバー○ング
2004.01.18 Sun 挙式報道について
2004.01.21 Wed 某タレント
2004.01.21 Wed 結束を固める”ママさんシンジケート”
2004.01.22 Thu スマップの女性版
2004.01.23 Fri 掲示板
2004.01.23 Fri それと
2004.01.23 Fri 補足(2004/4/25)
2004.02.05 Thu 何故、この人が、YahooBBのキャラクターになったのだろうか?
2004.02.05 Thu 補足説明
2004.02.15 Sun 人生の選択・・奥奈恵のケース
2004.02.16 Mon ちなみに、どういった芸能人が、真の人気者といえるのだろうか・・・
2004.02.16 Mon 前レスの補足
2004.02.24 Tue 大工と広末
2004.02.25 Wed 情報
2004.02.26 Thu 工作員の論理
2004.03.06 Sat 長瀬智也は何故凋落したのか? その1
2004.03.06 Sat 長瀬智也は何故凋落したのか?その2 木村拓哉のケース
2004.03.06 Sat 長瀬智也は何故凋落したのか?その3 ドラマ”おとうさん”のケース
2004.03.06 Sat 長瀬智也は何故凋落したのか?その4 中山ドラマに代表されるバードラ、オスカードラマのケース
2004.03.06 Sat 深田恭子の憂鬱
2004.03.07 Sun どうして芸能界は堕落したのか
2004.03.07 Sun 何故マスコミの信頼がなくなったのか
2004.04.02 Fri wasabi
2004.04.02 Fri wasabi 理由その1
2004.04.02 Fri wasabi 理由その2
2004.04.02 Fri wasabi 理由その3
2004.04.02 Fri wasabi 総括
2004.04.02 Fri アミューズについての質問のへの返信
2004.04.05 Mon ogiteenani さんの質問
2004.04.05 Mon <返信>仲間と木曜の怪談について
2004.04.06 Tue egisfaitaさんの質問
2004.04.06 Tue <返信> ゲンダイって・・・
2004.04.08 Thu ogiteenaniさんの質問
2004.04.08 Thu 返信
2004.04.18 Sun 時代背景の観点から<その1>
2004.04.19 Mon 時代背景の観点から<その2>
2004.04.20 Tue 時代背景の観点から<その3>
2004.04.21 Wed 時代背景の観点から<その4>
2004.04.22 Thu 時代背景の観点から<その5>
2004.04.24 Sat 大嫌いな芸能人のトピ
2004.04.26 Mon 通知
2004.05.09 Sun iufewailubgaさんの質問
2004.05.09 Sun iufewailubgaさんの質問の答えとジャニーズタレントとアイドル女優との関係
2004.05.11 Tue 静御前って結局誰が適役なの?
2004.06.12 Sat 3/6長瀬は何故・・4の補足説明
2004.06.15 Tue aosa氏の力作
2004.06.15 Tue ”前提”について少々説明を
2004.06.27 Sun 何故韓国ドラマがもてはやされているのだろうか?
2004.06.29 Tue ゲンダイが迷走している
2004.06.29 Tue ”我らが”ヒロスエ??
2004.06.30 Wed ゲンダイの迷走 その2
2004.07.09 Fri 素直になったゲンダイ
2004.07.12 Mon ゲンダイの記事
2004.07.12 Mon 天海をとりあげてみる
2004.07.29 Thu 某ネット記事
2004.08.05 Thu ゲンダイネット 静御前の決着
2004.08.14 Sat リンク
2004.11.02 Tue 補足説明
2004.11.11 Thu 新春カルタ
2004.11.28 Sun 総論 その1 バータレ
2004.11.29 Mon
2004.11.29 Mon
2004.11.29 Mon
2004.11.29 Mon
2004.11.30 Tue バータレになることによって何を失うのか?
2004.12.01 Wed の解説 性格
2004.12.02 Thu 解説 パターン
2004.12.03 Fri 解説 非バーニング叩きの具体例
2004.12.06 Mon 解説 正妻と側室の違い
2004.12.06 Mon との関連
2004.12.09 Thu
2004.12.10 Fri
2004.12.11 Sat 周防の広末叩き
2004.12.13 Mon バーニングシフトその1 ”小雪シフト”
2004.12.14 Tue バーニングシフト その2 真逆のイメージ
2004.12.15 Wed バーニングシフトその3 稀有な傾向を、さも・・
2004.12.17 Fri 大学生タレントの通信簿の補足
2004.12.20 Mon バーニングシフト4 あるいは総論
2005年
2005.01.01 Sat rssモジュールの実験
2005.01.05 Wed 補足
2005.01.07 Fri 総論 本当に広末はマスコミの言うように中途半端だったのだろうか?
2005.01.09 Sun もしかして・・と思っている人も多いかも
2005.01.11 Tue 前の続き 育児放棄記事の読み解き方
2005.01.13 Thu その3 新潮記事の読み解き方
2005.01.16 Sun 補足説明
2005.03.09 Wed 少し前の記事だが
2005.03.17 Thu 新潮がまたやらかしてくれた
2005.04.04 Mon 報道の違いによってどれだけ第一印象がかわってしまうか
2005.04.12 Tue フラッシュの記事
2005.04.28 Thu 世間に蔓延している、プッツン娘という固定観念
2005.06.18 Sat 小雪と広末は対立勢力なのか?
2005.10.30 Sun *2004/11/28以前の記事(新しい記事が上)
2005.11.01 Tue 2004/11/28以後の記事(古い記事が上)>>>>
2014年
2014.01.12 Sun 遂にこの時がきた
2014.01.30 Thu 2014-01-30
2014.01.31 Fri 2014-01-31

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2004.12.13 Mon バーニングシフトその1 ”小雪シフト”

誰かがとっくに書いていると思ったのだが、まだ誰も書いていなかったことに気が付いた。今思えば、余りにも当たり前すぎたのだろう。最近、マスコミや2ちゃんねるの工作員の投稿などで多く見受けられる”事務所(フラーム)は小雪をプッシュしはじめてきている、一方の広末は捨てにかかったようだ・・”という、いわば”小雪シフト”ともいえる論調のことである。

実は、私も、記事が実際に出る前に、このようなニュアンスの記事が出るのではないか??と、ある程度、予想はしていた。だが、書くまでには至らなかった(バータレの説明で、ちょこっと触れてはいるが)。”ある説”に、いまいち確証が持てなかったからである。フラームごとバーニングに下った、あるいは、逆にいまだに下っていないのなら、こんな記事など到底出そうも無いはずだからである。しかし、この論調が出てきた今となっては、あのとき、思い切って書いとけばよかったと後悔している。その説とは・・

小雪、個人単位でバーニング(あるいはケイダッシュ)提携説

実は、私も、これについて、知り合いと話し合ったことがあったんである。内容はといえば・・・・私も、他の常連投稿者に負けぬよう、会話形式に挑戦してみることにする



pokopiko/広末の事務所、バーニングに下ったってさ


red/サイゾーだろ?信憑性乏しいんだよな

blue/しかもだよ、そのソースに真っ先に反応したのが、あの芸能界研究所ってのが引っかかる・・たしかmp3-Hollywood.comはその後だ。だが、あそこは慎重だ。断定はしていない。

pokopiko/うーん。いまいち真相がつかめないなァ。相変わらず広末叩いてるのがその証拠。ゲンダイ見ただろ?

red/なんだか、今までと変わらないような感じだったよな。

blue/とにかくさ、あれ見ると、広末バーニングになったなんて、とてもじゃないがいえないよ。


pokopiko/でも、最近の報道みてるとさ、広末はともかく、小雪は怪しくね?


blue/それはいえる!


red/米倉涼子パターンか?事務所単位じゃなくて個人単位・・オスカーと同様。フラーム自体は落ちていない。勿論広末も。だが、小雪はずっぽりと提携してる。ってわけか


pokopiko/なんたって今の彼女には、妹のプッシュのさい、連中の力を借りるメリットが十分にある。坂口のこともあるし・・

blue/確かに・・


red/あーあ、ゲンダイとかがさ、あからさまに小雪ヨイショして、広末落とす記事書くとかさ。そういう、思いっきりわかりやすいことやってくれれば俺達助かるんだけどなあーー

pokopiko/そんなわけあるかよ。



blue/いくらゲンダイがバカとはいえ,

俺達がさんざ責めあぐねてるのにさ、その俺達助けてどうすんだよ。いくらなんでもわかりやすすぎだろ。ゲンダイ読んでるのは素人だけじゃないんだぞ。


pokopiko/”バーニングと提携したのは事務所じゃなく小雪個人、となると、広末バータレ容疑は、一気に晴れる”この二つを、いっぺんに証明しちゃてるようなもんじゃないか。

blue/事務所は広末捨てました、フラームは、これから小雪を押していきます。皆さん、よろしく。ってな感じでか?わかりやすすぎ・・・

pokopiko/こう切に主張したいのは、小雪と提携したところ、つまり・・


red/だろうな・・・しかし、懲りないなあ連中は

blue/でもゲンダイがホントにこんな記事出してきたらバカだよな。

pokopiko/そうだな。





たしか、話の内容はこんな感じだったろうと記憶している













もしかして、私達だけではなく、実はあのとき、似たような会話が日本全国でされていたのかもしれない。これって、もしかして、当時、業界人を悩ましたお決まりのパターンだったのか?

しかし、まさか出ることはないだろうと思っていたが、ホントに出してきやがった。ゲンダイではなかったが・・連中、やっぱりバカだったのだろうか。今思うと、""マスコミバカ説”も、”小雪、個人単位でバーニング(あるいはケイダッシュ)提携説”も、どうやら正しかったらしい。


とうわけで、このニッカンなどの”小雪シフト”により、自説が正しかったことが証明された私は、大満足である(それと、おそらく、この説を最初に唱えたsiro氏も・・・)


参考記事

NIKKAN 小雪主演でハリウッド映画制作へ!

http://www.nikkansports.com/ns/entertainment/p-et-tp0-041126-0008.html


2004.12.14 Tue バーニングシフト その2 真逆のイメージ

バーニングシフトその2 真逆のイメージを作り上げる

比較

比較1 非バーニングタレント〇〇さんの一般的な報道のされ方、或いはイメージ

仕事を取るのに必死でありながら、いやいや仕事をしている。だが、プライドだけは一人前である。また、スキャンダルや、ブームの終焉により、世間の人気は、とうに地に落ちていることを自覚していながら、芸能界に残ることにそれほど積極的でない。周囲には、今置かれている状況の割に、やたらと高慢な人間と映っている。



落ち目にならないかと焦っていながら、自分には相応しくないとばかり、常に、事務所がとってきた仕事に文句ばかりつけている。そのため、常に待遇面で事務所ともめていて、世間には、事務所を移籍するさいのゴタゴタはおなじみのものとなっている。人々は、その姿を見て憤りを覚える。”そんなに嫌なら、芸能界なんて、やめりゃあいいのにさ・・””なんて身のほど知らずな奴なんだろう・・せっかく、事務所ががんばってとってきた仕事なのに、なに考えてるんだ!そんなことしてたんじゃ、いつしか干されるぞ!”


だが、不思議なことに、企画の質にはやたらと恵まれている。そのため、世間や業界関係者に”プロデューサー連中と寝てるんじゃないの?”キャスティングのさいに、アンケート※1でも取ったらいかがでしょうか?”などと皮肉られている。とにかく大衆からみれば、何もかもが中途半端で矛盾している、オカシナ存在である。


比較2 バータレ●●さんの一般的な報道のされ方、或いはイメージ

売れない時代を長くすごしたため※2、苦労人のイメージがある。加えて、それが、本人のインタビューや著書、コメントなどの、マスメディアの宣伝によって大衆の間に浸透している※3 。それを見る限り、芸能界で仕事をすることに充実感を抱いているらしく、スキャンダルも出ないこともあり、のびのびと仕事をしているようにみえる。大衆は、その姿を見て、”そんな●●さんを”思わず応援したくなっちゃう!”と、好感情を抱く


その割には、作品の質に恵まれていないように見受けられる。大衆は”やる気ない〇〇なんかじゃなく、こういった人にこそ、いい脚本や企画など、芸能界でのよきポジションを与えてやるべきなんじゃあないのか?””事務所がもっと頑張んなくちゃだめじゃない!●●さん、かわいそうだよ!”と、またもや非バータレに対する憤りの感情、相反して、バータレに対しての同情の念を抱く。とにかく大衆からみれば、非バーニングと違い、何もかもが整合している、身の丈に合った存在である。


まとめてみると


要は、非バーニングとバーニングは、すべてにおいて逆のイメージである。



〇が非バーニング、●がバータレである

同じ仕事してるのに

〇際限なく落ち目。

●際限なく上り調子。

・・・物理現象から見ても、ありえない話だが・・

同じように、新しいことに挑戦すると(ゲンダイ風言い回し)


〇酒井氏によると『こんな仕事に手を出すなんて、本人も事務所も、だいぶ焦っているようです。』


〇彼女が芸能界から消える日も、近い?


●酒井氏によると、『彼女、こんな仕事、私ににできるかなあ・・と当初は不安でしたが、今では、新たな発見にわくわくしている日々のようです』


●彼女が新境地を見せてくれる日も、近い?

事務所は同じことしてるのに・・・

〇事務所が持ってくる仕事の割に、本人が力不足。

〇だが、本人はおおいに現状に不満。


●本人の力のわりに、事務所が力不足。

●だが、本人はおおいに現状に満足している。

結婚と出産・・同じことしてるのに

〇一気に落ち目になる。赤ちゃんのおしめ代にも事欠いているはずなのに不満顔。

〇よって、周囲に”仕事を選んでいる立場かお前は!”とおしかりをうける。


●赤ちゃんのおしめCMで引っ張りだこの、ナイスなCMキャラクターに変貌。落ち目なんてとんでもない。

●よって、そのひたむきな笑顔に、周囲ははいつも元気付けられている。

数年後・・同じことしてたのに

〇いつ芸能界を消えるのか?と言われつづけながらも、何だかんで既に十年近くたっている。


●いつ大化けするか!と前からずっと言われつづけているが一向に大化けせず、三年も持たずして、消えてしまった。


・・・やっぱり、物理現象には逆らえず。

実際は・・・

おかしくも何ともない。一流の売れっ子と三流のダメタレントが、それぞれの立場が違うのは当たり前。ただ、マスコミはその区別(非バーが一流、バーが三流)を明確にせず、同じ立場の芸能人としてあつかっているから、視聴者の頭の中が混乱してしまっているのだ※4

バーニングでないタレントは、どうしてあんなにもワガママで仕事嫌いなのに、その割にいい仕事ばかりもらえるのか?ただ単に、仕事を慎重に選んでいる(あるいは一流の人間なので仕事を選べる)だけである。悪い企画、割に合わないオファーなら断わり、いい企画なら出る・・つまり、自営業者として、ごく普通のことをしているだけである。逆に、バータレのほうが、仕事選ばなすぎであって、自営業者としては特殊なのである。(っていうか、三流なので仕事を選べないと考えた方がいい)

じゃあ、なぜ企画側は、相対的に使いやすいバータレにいい仕事を恵んでやらないのだろうか?たとえ使いやすくとも、作品がぶち壊しにされるのが怖くて、出せないからである。反面、非バーニングにはその心配がないから、使うのである。しかし、そうなると、スキャンダルの方を心配をしなくてはならない。


要は、非バーニングは仕掛けられたスキャンダルで、バーニングは己の演技力で、それぞれ作品をぶち壊される可能性がある。企画連中よ、二者を両天秤にかけて、よりリスクの少ないほうを選べ・・ということである。(しかし、非バーニングのスキャンダル危惧が無ければ、バータレが彼らと同じ土俵にあがってくることさえ、ありえないんだが・・ほんとバータレって得してるよな。)


また、身のほど知らず”の非バータレだって、自分に実力がなかったら、そこまで強く自分を主張できないはずである。散々注文つけまくり、撮影中やキャンペーン中は、スキャンダル心配しまくりで、それでも、なおかつ使いたがる者が、引きもきらないということは、彼(女)に実力があるという、何よりの証明に他ならない。つまり一流であると、自他ともに認められているということである。逆にバータレのほうが”身のほど知りすぎ”なんである。


ということで、バータレに恵んでやる企画といえば、実力者の食いのこしである”骨と皮”くらいしか残されてはいない。しかし、彼らは、そんな仕事でも、喜んで食らいつくことが多いのである。

しかし、どうして連中は懲りないのだろうか?知名度の誘惑には、耐え切れないからだ。なぜ耐え切れないのか?己の実力を冷静に分析していて、将来、自分が、己の実力により知名度を勝ち取ることなど、金輪際ないだろうと自覚しているからである・・・やはり身の程知りすぎ。


持たざる者にとって、少ないチャンスはより貴重であり、反面、それを容易に手に入れられる者にとっては、無価値に近いものといえる。そういう人間(非バー)は、それよりももっと他のこと、たとえば作品の質的な面、自分の精神的な充実度のほうに、そういったエネルギーを配分すべきと考えているわけだ。


もう一方のバータレとはいえば、彼らは、大衆への浸透度(=自己への期間限定キャンペーン)欲しさに、利益と充実度といった待遇、仕事の質などといった大切なものを犠牲にしてしまうのである。なにしろ、アホドラマ、キチガイ脚本、電波企画。この世に、こう呼ばれているものなど、数限り無い。(というか、そのような企画などは、手間ヒマをかけなくてもよいのだから、事実上無限大に作れる。)よって、仕事には事欠かない。ヘタな鉄砲のごとく、質や待遇に目をつぶって数さえこなせば”今が旬””今年のブレイク女優”などと大々的に喧伝されるのは間違いないことだ(といっても期間限定だが・・・”ホントは有料なんだけど、三ヶ月限定で、無料キャンペーンやってまーす”とかいうアレと、似たようなものと考えればわかりやすい)。


というわけで、そのような”旬のタレント”などは、誰でも、たとえ三流のタレントでも、今すぐなれる。そうでない人間をマスコミが誉めたとしても、或いはギョーカイ仕掛け人が手がけたとしても、意味のないことだからだ。連中は、そういった人間しか誉めないし、そういった人間しか、手がけない。

なぜなら、自分たちに都合のよい人種だからである。ギャラは買い叩き放題、マージンとりまくり・・・・でも、自分が売れたのは実力ではなく、当人もそれを重々承知の上なので、絶対に文句はいわない。もし、自分達が世間をたきつけて、彼らをブレイクさせることに成功したら、彼らに利益をそれほど渡さず、中間マージンをごっそりいただくことができるであろう。要は、ブレイクに貢献する他者の介在の比率が多いゆえに他者が取り分を多く主張できる、搾取し尽くすことができる存在といったらよいか。


だから”ギョーカイ仕掛け人”たちは、彼らのような人種を”仕掛けたがる”し、マスコミ連中も、まるで焦っているかのように、彼らをヨイショしたがる。みんな、彼らには、是非とも売れて欲しいと思うわけである。


逆に、バータレの従順さに比べて、非バーニングさんは、なにかと小うるさい存在だ。あがった利益は、取り巻き連中の力のかかわっていない、真の人気によるものであるため、本人の取り分を多く主張でき、他者が中間マージンの取り分を主張する根拠も弱い。要は、”おいしくない”タレントである。どんなに”ギョーカイ人”が頑張って、自分の取り分を主張したとしても、”自己の現在の立場におけるお前の貢献なんて微々たるもの、ファンの応援と、自分の実力の賜物に他ならない”といわれれば、すごすごと引き下がるしかない。


というわけで、連中は自己のレゾン=テートルに危機感を抱くがゆえに、バータレと逆に、マスコミなどで絶対に誉めないし、”こんな人は、業界で幅をきかしてほしくないなあ・・”と思いがちになる。そりゃあ、叩かれるわけだ・・・・


”とりまき連中”のレゾンテートルが少ないということは、差し引きで考えて、それだけ存在意義の大きい芸能人だといえる。まさに、正しい意味での”タレント”といえる。ということは、逆に考えて、旬の一発バータレは、何の存在価値もない人間といえる。これは、何も小難しく考えなくとも、感覚から導いて容易に理解できることであろう。

<以下の文は※印についての解説になります>

※1 アンケート

”あんなやつ使わないで、アンケートの上位者をドラマに出せよ!プロデューサー連中は、頭おかしいんじゃないか?世論に逆らうなよ。なに、証拠は?ちゃんとした証拠はあるよ(と、連中はここで、●通がからんだ怪しげな世論調査、ゲンダイ記事へのリンク、麻生千晶のコメントなどを出す)・・だから・・・・ちゃんと、世間の声に向き合えよ!な、みんなも、そう思うだろ?”


こんなことを主張しているのは、どういう立場の人間か?/アンケートのデータを取った(作った?)人間である。


なぜ、彼らはそんなにも、自分が持ち出したデータ(怪しげな好感度調査)の上位者、つまりバータレをつかうことに固執してるのだろうか?/そういうふうに頼まれたからである。


※2 売れない時代を長くすごしたため・・・

なぜバータレさんたちは、長い間売れなかったのだろうか???・・一度(あるいは何度も)、芸能界失格の烙印を押されたからである、つまり、現場サイドに力量を認めてもらえなかったのである。最大の理由は何か?彼らの見る目が無かったからでも、以前所属していた事務所が弱かったからでもない。才能が無かったからである。マスコミさんたちが言うことを真に受ければ、つまり、そんなに彼らに才能があるのなら、下積みなど経験せぬ間に、すぐに認められて”引き上げられている”はずである。

またバータレは、芸能の実力を向上させることより、誰の下についたほうが有利か?など、処世術の方に関心のウェイトが高い人種ともいえる。


※3 不幸な身の上であることが大衆の間に浸透している・・・

もし、池脇千鶴がバータレだったら・・・と想像しただけで笑ってしまう。

おそらく、マスコミ上で、想像を絶する光景が繰り広げられていただろう(と思う)。あの、あゆでさえ、あの程度だったのだから。しかし、何だかなァ・・・

※4 立場を同じく扱っているので混乱している・・

非バーをイチロー。バータレを二軍の野球選手とたとえれば、なんとなくわかるだろう。

たとえば、イチローに、引退後の仕事として、時給500円のゴミ拾いの職を持ちかけたところで、彼がその話を断わるのは当たり前であろう。そして、その仕事は、代わりに二軍の選手が請け負った。そして、仕事の斡旋者が、”この二軍選手はえらい、それにひきかえ、イチローは生意気!!お前は、仕事を選んでいる場合か!”と、マスコミで彼をバッシングしても、そいつはキチガイだと思われるのがオチだろう・


二軍選手とイチローでは、条件が余りも違いすぎるので、ゴミ拾いの仕事を請け負ったからエライ、断わったら生意気・・と、単純に二分化できないからである。

芸能メディアで見られる混乱も、基本的にはこれと同じである。バータレと非バーニングは、イチローと二軍選手以上の開きがあるのにもかかわらず、マスコミ上では同格に扱われているところが、世間を混乱させている理由だろう。スポーツ新聞などで、イチローと二軍の野球選手が、同格に扱われていたら・・確かにイチローは、想像を絶するワガママ男になってしまうだろう。


そして非バーニングも、想像を絶するワガママタレントとなる・・・




2004.12.15 Wed バーニングシフトその3 稀有な傾向を、さも・・

以前の鈴木あみの記事id:pokopiko:20040424で触れたが、バーニングシフトのマスコミは、業界の中ではバータレくらいしか持っていない、稀有な傾向、あるいは、業界の中ではバータレが突出している悩みの種を、さも芸能界全体のこと(特に非バーニングの大物に目立つ傾向)であるかのように言いふらす癖がある。


これは、俺達も相当こまっているのだから、奴らも同じような問題で、しかも、我々以上に、悩んでいる”はず”だ。バーニングがそうならば、非バーニングも”そうなんだ”と無理やり思い込みたい、あるいは、そういうふうに皆に思わせたいという、連中に都合のよい、手前勝手な考え方といえよう。それは、あんたんとこだけだよ・・・声を大にして、言いたいが、まあそれはおいといて・・

バータレが先か、それとも・・

今思うと、どちらが先に情報が出たかというと、全部、バータレのほうなんである。つまり、こと不祥事に関しては、もともとは、こっちのほうが”本家”だったのである。まとめてみると

”ドタキャン””心療科、産婦人科”と加藤、
”問題発言””プッツン奔放キャラ”と榎本、
”●●●”と安●●ろこ
すべてのバータレに当てはまる”劇やせ、肌荒れ、キツネ顔”

これについては、去年の頃から、”カムフラージュ”という言葉を用いて、siro氏やsimairuka氏やaotan氏が触れているので、詳しくはpokopikoのアンテナを見てもらいたいとして・・・私は、↓これらも追加していいんじゃないかと思っている。

”親の干渉”と鈴木あみ

”鈴木あみ父””倉木パパ”で盛りあがっていた2001年中期、噂の真相で、広末の母親が、娘の仕事に、過剰に干渉してきているという記事が出た。他のマスコミも追随した。少し後の、窪塚もそうであるが、やはり誰がさきがけか・・といったら、鈴木に間違いないであろう。

鈴木以外はバータレではないし、かつての松本恵なども、バーと無関係だった。バーニングシフトを除外して”曇りなく”考えてみても、確かに、欲張りなステージママ(パパ)たちの過干渉に悩まされているプロダクションはバーニングだけではないだろう。しかし、この問題が最もクローズアップされた時期はいつかというと、やはり、亜美の父が世間をにぎわしたあの時期であろう。

”急激なヤンキー化”と”田中麗奈”

よく考えれば、BUBKAなどで清純イメージが壊れてしまったというのは、田中のほうが先駆者である。甲斐性無しの元ヤンと・・というのも、もともとはこっちのほうが本家である。なぜ、それらが、急に目立たぬものとなってしまったのかというと、やはり、2001年の、広末はじめ、非バーニングのタレントたちに対する、ネガティブな報道があったからだろう。


時系列的にまとめてみると・・

  1. バーニングの不祥事が出る
  2. しばらくして、”あの●●(非バーニング)も実は”・・・という記事
  3. ”なーんだ、芸能界なんて所詮川原●●(放送禁止用語)の世界だ・・・と、典型的な反応をする庶民
  4. 嵐が過ぎ去り、非バーニングは実力派、あるいはアジア、ヨーロッパを拠点とする国際派。一方のバーニングは、おなじく国際派としてハリウッド目指すが夢かなわず、お昼の顔・・・というふうに、それぞれ居心地のいい場所を見つけ、そこにおさまる。

悪いことは、バーニングが全部先にやった(1)と思いきや、後から非バータレが似たようなことをやらかす(2)。しかも、報道を見る限りでは、スケールは、こっちのほうが遥かにデカイ。これにより、バータレ個人の問題が、芸能界全体の問題に”格上げ”される(3)。先行していたバータレの不始末はかき消され、以後、ドサクサにまぎれて両者しばらく雲隠れしている、バー、非バー両者のスキャンダルが沈静化した頃、バータレは、昼ドラ、深夜ドラなどの地味な分野でひっそりと復活、いつのまにか安定したポジションを得ている(4)。しかし、所詮地味な分野、”バッシングのすさまじい淘汰圧に耐え抜いた、大物”という目で見られている、非バーニングのタレントとは、大きく差をつけられてしまっている。


バーニングは、いつも人の真似してばかりいるくせに、こと悪事にかぎっては、真似するのは非バー、真似されるのはバーのほうなのである。トレンドとは逆なのである。トレンドにかんする、バータレの、石橋を叩”かせ”て渡る保守性性向※と違って、こっちのほうは革新的?なのか。また、(2)のパンチが効いていることによって、庶民は、いかにも、芸能界は素人の感覚と縁遠い、まるで極道の住みかであるかのような感触を覚えてしまう。

だが・・・これって、本当なのか?非バーの方を、より大きく騒がせたのも、芸能界全体の問題に”敷衍”したのも、マスコミの仕業ではないのか??実際、不始末はどっちのほうがデカイのか??マスコミ芸能界は本当に河原●●(放送禁止)の世界なのか?つまり、これらは、すべてマスコミにフィルターされた、錯覚ではないのか??

これらの疑念を払えないわけは、バータレのいいニュースにしろ、非バータレの悪いニュースにしろ、沈静化が早すぎるということがある。実は、バーに負けず、非バーニングにも、揉み消しなどの強大な力があって、それで解決したんだろ・・と反論する向きもあろうが、やはり、バータレのいいニュースに相反している、彼らの演技力の欠如、資質の欠陥といった、根本的な問題点は、時では解決できないものである。しかし、こと過剰なバッシングに対しては、時の経過が、タレントに対して、有利に働くだろう※2。


※石橋を叩かせて・・・この表現をはじめて使ったのはsimairuka氏。

自分より低収入の旦那との早婚、大学進学などの”石橋”は、まず、宇多田と広末に叩かせろ!という業界内不文律があるが、その橋は人を選ぶ橋で、二人は渡れたが、後についてった真似タレント連中は、渡ろうとしたけど重みで橋が落ちてしまった・・とかなんとかオチをつけていたような記憶がある。だが、新しいネタ(はてなのほう)は、現在、プライベートモードに設定されていて見ることが出来ない。

”後続連中の様子見””ソフトのβ版””たけしにつきまとう松村”など、似たような表現はaosa氏も使っている⇒http://d.hatena.ne.jp/aosa/20040521。”ライフスタイルのパクリ””だからこそ二『流』という・・”などの表現は、aosa氏、siro氏両者とも使っている。

・・・舞台公演中など、仕事中に年収の低い、格下の男とできちゃった結婚して結婚するというパターンは、ライフスタイルの二番煎じとみなし、以後、マスコミで大々的に取り上げることを一切、禁止するものとする。⇒サマスノトピ 478




※2:siro氏が、ブログで同じことを言っていました。後でリンクを張ります。というか、私が、ここで言っていることのほとんどは、siro氏やsimairuka氏が、ずっと前から言いつづけていたことの焼き直しにしか過ぎません。彼らが、お笑いコント的な投稿や、ドラマ評論に関連させてそれを主張する。私はそれを元にして、硬派な論文形式にアレンジする。手段や形式の違いはありますが、私のいいたいことは、彼らと全く同じです。

2004/12/ リンク発見






2004.12.17 Fri 大学生タレントの通信簿の補足

大学生タレントの通信簿

>>学業に全力を尽くせば(すなわち、学業に頑張っているといういいイメージを得たいと思うならば)肝心の仕事そのものができないのだから、そんなもの得ても無駄である。思い切り矛盾している。

補足

人材の優秀さとは

だがこうなると話は別である。、単位習得は片手間でも余裕でこなせる人間は、芸能と学業の二束のわらじを履ける。つまり、学業をクリアするのに多くのエネルギーと時間の配分を割かずにすむ、要領のいい人材だ。・・・彼(女)はいわゆる、世間でいう優秀な人材ということになる。当然、そういった人材は、芸能の仕事をせず、フルタイムで学業をこなせば、学問の分野で、もっとスゴイことができるかもしれぬ、ポテンシャルの高い人間であろう。


結局、人材が優秀かどうかというのは、対象となる事案そのものの優劣と加えて、いかに(対象とは無縁の)他に配分できる余裕をひねり出すことができるか・・ということであろう。たとえば会社は当人の仕事ぶりだけ見ていればよいが、個人の処世術においては、仕事のみに、すべてのエネルギーや時間を傾けるわけには行かない。地域活動、子育てなど、他もこともやらなくてはいけないのは当たり前である。


また、ある限られた分野で同じ能力を発揮した人間が二人いたとする。が、一人は片手間で、一人は人生の全力を尽くしてそのレベルだとしたら・・限られたパラメーターでは同等だろうが、たとえば片手間の人間が、その余力を他のことに使って、他の分野で偉大な貢献をしたとしたら、前者の方がポテンシャルがあり、優秀だといえる。たとえ、実際に功績を残せなかったとしても、その可能性だけはあるからして。結果はさておき、後者の”人生の全力”氏は、その可能性すらない。はなっから道は閉ざされている。よって、優秀だとはいえない。経済原則にのっとった、その人の優秀さとはそういうことである。


・・・となると、学生自分、成績自慢をし合って、自分が負けたときに、勝った奴に対してよく言う”フン、あれだけやりゃ、俺だって、誰だって・・・たといバカだとしても、あのくらいの点は取れるさ。だけど俺は、やれるけどあえてやらなかったんだ。俺には、やるべきことが、他にいっぱいあるんだから”という捨て台詞、これはある面正しいといえる。決して、負け惜しみとはいえないのである。


話は戻るが、とにかく、教育のし甲斐がある、優秀な人間=ポテンシャルの高い人間とは、投資効率を考えた場合、割のいい人間、つまり、教育コストの投入が少ない割に、より大きなリターンが返ってきそうな人材・・ということだろう。(っていうか、人材に限らず、何でもそうなんだが。当たり前すぎ)

アイドルの進学って・・

となると、もしかして、学業で芳しい成績を収められなかったアイドル連中って、”芳しい人たち”に比べて、学業に対してのポテンシャルが低かったなどとは、とてもじゃないがいえないのではないだろうか。つまり、それほどバカだとはいえないのではないか?

何しろ、あれほど忙しかったのだから、勉強時間は取れなかったはず。教育コストの投入は少ないだろう・・・・、それでいて、人並みの成績を取れたのなら、返ってくるリターンは割高であり、余程の悧巧者だろう。学業に対するポテンシャルは、そこらへんの並みの人材より、かなりあると考えても、おかしいこととはいえないだろう。前述した、教育コストの投資効率を考えれば、なかなか割に合う人材かもしれない。

とすると、大学側のアイドル連中を選抜する判断基準は、不透明だなんだと世論で言われることは別として、あながち間違いとはいえまい。確かに、忙しい(=売れている)アイドルであればあるほど、優遇されている。投資効率の面からみれば、確かに合っている。

何しろ、アイドルが、売れることすなわち忙しくなることと、学業に割ける時間そのものが少なくなることの因果関係は、簡単に証明できる。テレビなどで、公衆の面前に姿さらしてるのだから・・どう考えても、勉強しようがないではないか、”アリバイ”はばっちりではないか!、となると、たとえ成績が並であろうと、少ない勉強時間(少ない教育コストの投入)で、多くのことを覚えてしまう(割高なリターンが返ってくる)、投資効率のいい人間、つまり先に言ったポテンシャルのある(=優秀な)人間ということになる。


ということで”こいつ、不正工作=影でこそこそ隠れて勉強して、自分のポテンシャル高く見せかけようと””アリバイ工作””してないな。公明正大ではないか、ようし、投資効率よさそうだ。入れてやろう”という大学側の判断も、あながち間違っているとはいえないのではないだろうか。同程度でも、全力を尽くしたバカよりも、片手間の悧巧者を選ぶ・・何が悪いのであろうか。当然ではないか。まだまだ伸びる可能性がある、若い人材であるから、なおさらである。そしてそれがたといもくろみどおりに行かなかったとしても、だからなんだというのだろう。周囲の不利益って、あるのか?※1



まだまだ伸びる可能性・・・たとえばの話

たとえの話として、ある陸上競技の名伯楽などは、足の形を見て、伸びる選手かそうでないか、即座にわかるという。当然、選手の現時点でのタイムを度外視して、採用の基準をそこに置く。

たとえばの話、もし、この陸上コーチに対して、この選抜基準は、個人の恣意的な判断によるところが多く、不透明であるし、皆の不満も大きい。よって、誰もが不満を漏らさない、公平な、タイムのみでの選抜に切り替えよ!と上に命令されたら、彼は、すんなりそれを飲むことができるだろうか?それとも、即座に辞表をたたきつけるだろうか・・・っていうか、そもそも、周囲から不満があがらない選抜方法が、最も優れた選抜方法だといえるのだろうか?専門家達は、本当は正しくない方法だと、わかっている。だが、処世術として、そういった方法をとらざるを得ないのか?


この、タイムによる選抜だと、記録はいいのだが、教育し甲斐のない(投資効率の悪い)、伸び悩みしそうな奴でも、ルール上、採用せざるを得ない。その反対も同様。現時点のタイムは悪いのだが、大きな成長を見込める、つまり教育のし甲斐がある、投資効率のよい”ダイヤの原石”を、落とさざるをえない。


また、これに似たような、もうひとつのたとえとして、仕事をしていれば誰でもわかることとは思うが、新人で欲しい人材というのは、現時点で仕事やらせてみて、実際にできたかどうかの厳密な差、ましてや、以前それに多くの時間を割いたかどうかはまるで問題ではなく、今は出来ようが出来まいが、とにかく飲み込みのよさそうな者である。いわゆる”伸びる人材”””筋がいい奴”ということである。当然、採用側が、それを人材の選抜基準としても、何の問題もない。落ちた奴も文句は言わないだろう。

一般社会では正しいことでも・・・

だが、一般社会では正しいとされる、これらのこと(※2)でも、こと学業で選抜する分野に限っては、とたんに正しくないことになってしまうのは、どういうわけだ?こんなことは、仕事をちょっとでもしたことのある人間にとってみれば、とっさに理解できることだろうに、どうして、学者や文化人やマスコミなど、何かと大衆を誘導したがる連中は、まるきり理解できてないのであろうか?奴らは世間を知らないのか?それとも、理解してにはしてるんだが、何かと不都合だから、世間に向けては言わないのか?不都合とは?もしかして商売のためか?世間知らずに耳障りのいいことを言って、迎合して金を稼ぎたいという、商魂ゆえなのか?


前に言った学生の負け惜しみにしろ、ああいった考え方は、まあ、子供にそう考えられたら都合の悪い大人連中は、否定するだろうから・・・マスコミ連中、つまり、権力側も、同じようなものなのかもしれない。とにかく我が子とおなじように、大衆にそう言う風に考えられたら、何かと問題があるのだろう。


※1)不利益って、あるのか?・・・たとえ、それで失敗したとしても、戦争や公害じゃありもしないのだから、イメージの多少の悪化、世論の非難など、被害は、おもに、あくまで当事者個人の中だけに限定されている。マアかわりに落ちた人が一人いるってことはいるが。。。しかし、それを同じようなことを、大人社会相手にいちいち言い出してたら、キリがない。詳しくは、過去記事を読んでいただくとして・・・・ひとついいたいことは、”君達、第一、そんなことまで深く気にしてたら、オトナの世界で生きていけないよ”・・・ということである。


勿論、若い時分に、一切考えないことが正しいということではなく、内容が、正しいか正しくないかという問題であって、理想とも別の存在である。いわゆる現実問題であって、あくまで正誤の問題ということであるからだ


※2一般社会では正しいとされる、これらのこと・・・こういったことがいえてしまう理由として、経済学の初歩である効用関数とかコストパフォーマンスというものが、世の中のほとんどの事柄について当てはまってしまうからであろう。まさに、世の中の道理であるといえる。・・若者の頃に、どんなに大人たちに違うことを説教されても、自分自身が大人になってしまうと、これに気がついてしまう・・・・ただし”愛”は例外らしい※3。







※3)”愛”は例外・・・・これもsiro氏の受け売り。


2004.12.20 Mon バーニングシフト4 あるいは総論

これから書くことは、文章が重複していたりして、とにかく、まだよくまとまっていない。分類も、バータレ総論の、バータレの本質的な傾向に入れるか、あるいはマスコミの傾向として、バーニングシフトの4番目としていれるか、どちらが適当か、まだ定かでない。・・・・まとまり次第、整理しようと思う。

バータレの種類

バータレには二種類いると思う。一つ目はバータレの典型的な例で、大衆路線のど真ん中を行くタイプ。いわば大衆バータレ。もうひとつが、前者とまったく対照的なタイプのバータレで、いわば、スペシャリストバータレとでも言うべきタイプである。そして、いわば聖と俗の世界を、それぞれ受け持っている。前者は今までさんざん言ってきたからよいとして、今回は後者について少々・・


スペシャリストバータレ

傾向:彼らは、規定打席に達していない

レギュラーと比較しての、補欠とたとえたらいいか、彼らは、質はともかく、”量”が圧倒的に足りないのである。人気もない、注目もされていない、仕事も少ししかしていない。そのため、アタリの仕事も無い。しかしながら、それゆえに、失敗もスキャンダルも、量をこなしている非バーニングに比べて、目立つ事は無い。


マスコミでの彼らの評価は、やたらと高い。だが、大衆バータレとは違って、マスコミのフィルターを除いた、実質的な技量、作品のアベレージや演技力などの質的なものは、非バーニングのメジャーどころのタレントと比べて極端には違わない。少々劣っているというくらいであろう。


しかし芸能界では、間にマスコミというものがあるがゆえに、容易に質の評価で逆転できてしまうのである。大衆バータレと違って大差がないだけよけいである。補欠バータレがレギュラー及第点となり、逆に、レギュラー非バーニングが、ボーダーラインの下に沈むこととなる。


質は大差ないとしても、本来ならば、成功の”量”ということにかけては、レギュラー=非バーニングのほうが、補欠バータレを大差で引き離している・・・はず。マスコミは、この、非バーニングが唯一勝っているフィールドにおいて、彼らを高く評価してもいいはずだ。だが、勝負させてはもらえない。バーニングシフトがあるからである。マスコミが、偏向により、非バーニングの”大量の勝ち星”をスルーしてしまえば、目立つものといえば、彼らの圧倒的な失敗数の多さ、反して、補欠バータレの失敗の少なさのみになる。


といううわけで、報道において、非バーは全敗するしかないのである。そして、これにより、大衆は、彼らより、補欠バータレの方が、なんとなく良質であるかのような錯覚をうけてしまう。

野球の成績表との比較

量が少なければ、量を多くこなしているものに対して、アベレージなどの質的なもので優位にたつのは容易であろう。たまたま一試合だけ出て、5打数5安打の成績を上げた準レギュラーが、レギュラーの年間打率より、質の面で圧倒的に勝っているのは当然である。だが、これらを、同じ土俵に挙げることに、違和感を持たぬ野球ファンはいないだろう。

A:アベレージは並で、レギュラーとしては及第点、

だから試合で多く使われる。

多く負け(凡退し)ているし、多く勝って(打って)いる

B:アベレージは、レギュラーとしては、ややラインに達していない。

だから、出場試合数が少ない。あるいはアベレージはいいのだが、

なにぶん日が浅く、サンプル数がすくないため、

レギュラーかどうかは、上は、まだなんとも決めかねている状態。

数的には、あまり勝って(打って)いないし、負けて(凡退して)もいない

芸能人で言えば、Aが非バーニングのメジャーどころ(レギュラー)、Bがスペシャリストバータレ(補欠)に当たる。

アベレージとの差が僅かでも、それらが、レギュラーラインの上、一方はその下という微妙なライン上にあるならば、量で圧倒的な差がつく。質差が僅かならば、当然、Aの、凡打や敗戦などの失敗率は、補欠と大差ない。しかし、失敗の量は圧倒的に多くなる。当然、それはBに比べて、はなはだしく目立つものとなる。


勝率、アベレージ、あるいは利回りという質的なものと、打点、勝ち星という量的なもの、また量的なものの到達数にかけられる、レギュラー、規定打数、売上高という、フィルターとの関連性。野球ファン、あるいはギャンブルに詳しいものは、これら質と量との関連性を、日ごろからデータを見ていることによって、感覚的に理解している。だから、補欠をレギュラーと比較して、失敗が少なかったり、率において多少上回っているということをあげつらって、彼らをレギュラーを比較して優れているなどとは決して主張しないし、芸能マスコミのように、揚げ足とってはやし立てても、騙される者など、一人もいない。


率で勝っていても、サンプル数の少なすぎる物とそうでないものとは、同じ土俵に挙げることは出来ない・・規定打席などのフィルターにより、量の少ないものは、質的な比較の対象から、はなっからはねられる。前述したように、”シーズン末期に一試合しか出なかった、パッと出の五打数5安打と、年間通しての三割打者を、打率で直接比較する者などいないし、前者を後者が率で遥かに劣っているからといって、馬鹿にしたりなどしないし、レギュラーであるべき人材なのに、奴らがのさばっているため、活躍できない・・・くそー!などと嫉妬したりもしない。当然、マスコミがそういう心理を煽ることも、出来ない。


とにかく、相撲の星取表、野球の成績表、出目表、四季報などの数字は、間に誰も入ることができないのだ。しかし芸能界はどうだろう・・・・

芸能界は・・といえば

芸能界だって、負けず劣らず、数字はシビアに出てしまうはず。少なくとも現場は・・・ギャラと売上の見込みの兼ね合い、演技力=NGの少なさによる拘束量、撮影経費のコスト、ケツカッチンによる超過支出・・・数値化できるパラメータはいくらでもある。しかし、そんなものは、大衆には、数字にされて届きやしないのだ(っていうか、届けたとしても、誰一人興味を持たないだろう)。


かわりに大衆に届けられるものといえば、興行的には厳しそう・・スポンサーも離れ気味・・・・逆に、最近●●に目が離せない・・・注目度上昇中☆☆☆(↑)・・・”といった、曖昧模糊としたもののみである。当然、こんなものは、マスコミが、好きなだけフィルターしている。


ということで、非バーニングAの勝ち星の多さ、バーニングBの勝ちの少なさが隠蔽され、逆にAの負け数の多さ、Bの負けのすくなさ、加えてBの勝率の高さも不当にクローズアップされる。アベレージはもともと大差なかったため、これで容易に率(質)が逆転してしまうのだ。

これにより、大衆は、率(質)に劣っているはずのレギュラーが、勝っているはずの補欠を押しのけているような錯覚を覚えてしまう。そのため非バーにたいして、憤懣やるかたない・といった感情、あるいは嫉妬感に襲われやすい。マスコミに、まんまとのせられてしまうわけだ。

マイナスが他のプラスになるのは、限界近くまでコストやエネルギーを配分した場合のみである

バータレの手法を一言で言えば、スペシャリスト錯覚とでも言うべきか、ただ単に量をこなしていないマイナー、あるいは失敗しそうなので他の分野をやっていない臆病者、あるいは実際に失敗している敗残者であるだけなのに、いかにもひとつの道を突き進む求道者であるかのように、大衆に思わせる手法である。

他の道をやっていないからその道のスペシャリスト、なぜ消去法でしか考えないのだろうか。なぜ、横綱相撲を取る者をみとめないのだろう。本格派女優といわれるのは、トークがヘタで、CMやバラエティーに出ていないからではなく、演技がうまいからである。映画女優といわれるのは、舞台やテレビドラマに出ていないからではなく、映画で映える演技をしているからである。本格派シンガーといわれるのは、ブサイクなのでアイドル性に欠けるからではなく、歌が上手いからである。体格が劣っているから、技巧派力士ではない。他がゼロあるいはマイナスだから、プラスではないのである。



演技を見たことのない素人は、”他で劣っている(やっていない)””一筋”のほうがなんとなく上手いと思ってしまう。真相は、演技はヘタ、インパクトもなし。でも、そんなんじゃ、当然人気も出ないだろうから、CMや歌手活動はなおさらやれないだけである。


だが、こんなのに騙されるのは、素人だけなんである。当たり前だが、こんな小細工など、ちょとでも実情を知っている玄人連中には通用しない。データに精通している野球ファンやギャンブルツウが騙されないのと同じである。

しかし、これからドラマや映画の世界に入ろうとしている、初心者=素人はどうだろう。どこから”とっかっかる”だろうか?

玄人は一種類しかいないが、素人には二種類ある。ひとつは、玄人の評価を知らないので、想像やマスコミの評価などで、おぼろげながらタレントの玄人評を思い描いている”素人1”、もうひとつは、玄人の世界というものがあること自体、知らない”素人2”である。バーニングは、両者の対応をはっきり分けている、あるいは、両パターンを、時と場合によって、上手い具合に使い分けているような気がする。両者の対応版、スペシャリストバータレ、大衆バータレの両者とも、その実、素人にも、玄人にもウケていないのは同じなのだが、イメージのつけ方、素人の”釣り方”が全く違う。



素人1

玄人はわからんが、素人うけしていないことは誰しもが納得する、メジャーでないバータレを、いかにもツウ好みのタレントであるかのような、スペシャリストイメージをつけさせる(=スペシャリストバータレ)。そして、玄人の評価を知らない(あるいはいいようにイメージしている)素人1をだまして”釣る”

連中は当然素人であるからして、玄人の評判というものが、どのようであるかはわからない。他人の評価を参考に、何となくいいようにおもいえがいているだけである。こういうひとたちにとって、一見、素人うけもしていないのに、何だかんだで芸能界を生き残っている彼らは、いかにも、玄人にはうけてそうな感じがするものなのだ。


マスコミも、そういう風に誘導する。しかし、当然ながら、玄人はこんなことではだまされない。

玄人は、ドラマや映画を見たことのない素人にとっては、歌手やCMタレントのイメージが強い人でも、案外、演技のほうも上手いことを知っている。逆に、素人の間では、他のジャンルを一切やっていないため、一見、玄人うけするスペシャリストと思われている者でも、実際、”本職”の演技力のほどは、言われるほどたいしたことないことも知っている。


一方、素人1はあっさり釣られてしまう。こういう人種はえてして、(本当は知りもしないのに)いかにもツウ好みを気取って、いっちょ、スノッブ路線で決め込もうかいな・・・と、いかにも格好のネタのように思える、スペシャリストバータレネタを引っさげて、”掲示板デビュー”を試みる。

しかし、いざのぞいてみると、予想と実際とあまりの違いに、愕然とする。彼ら、ツウの評価どころか、反応そのものが全くないのだ。

彼らは、たしかに駄作は少ないが、見るべきものも少ない。最終的には、非バータレに代表される人間は、量をこなす、あらゆることに秀でたオールラウンダー、いわゆるメジャーどころ、一流で、一方の、いかにもツウ好みのスペシャリストバータレ連中は、スペシャリストどころか、ただ単に劣っているだけのマイナー、二流。あるいは他に挑戦していない臆病者・・・と気が付き、ようやく、素人から脱却することとなる。



素人2

2は、逆に、ワイドショーの世界がすべての世界だと思っている人間だ。こういう連中にとっては、素人うけがすべてである。これは、釣るのは簡単だ。

絶対玄人うけなどしそうもないバリバリ素人ウケ派の大衆バータレを、そのまんまヨイショして、玄人にも素人にも受けているオールラウンダーの非バータレを、玄人世界を除外した、素人のフィールドのみで圧倒し、すべての世界で、彼らより優位にたっていると錯覚させる。

素人2は、自分がそうおもっているのだから、皆もそうなんだろう・・と思い込む。スペシャリスト幻想ならぬメジャー幻想とでも言うべきか。結局、あっさりと釣られ、玄人は騙されないのは1のケースと同じである


素人2も、掲示板などで、いかにも皆が食いつくだろうと思われる、無難な”イメージいい、人気者のタレントさん”である、大衆バータレについて、おおいに盛り上がろうかと、これまた掲示板デビューを張り切るが、期待を裏切って、誰も食いつかず、これまた愕然とする。

自分の意見は、月並み、底が浅いなどと逆襲され、”〇〇は××の愛人なんだから、イメージいいのは当たり前!あんた、知らないの?そんなこと常識だよ”などと、思いがけない無いせりふを浴びせられる。そして逆に、自分のような素人の間では、きわめて評判の悪い人物が、玄人の間では、案外、評価が高いことを知る。最終的には、”こんな世界があったのか・・・・”と目からウロコが落ちる思いをし、素人から脱却するのも、これまた1と同じである。


総論

結局、バーニングに騙されて無駄な時間と費用を無駄にしたくなかったら、日光のサルと逆のことをせよ、つまり”見ろ!聞け!知れ!”ということである。

隣国に騙されて金を巻き上げられたくなかったら、歴史を知れ!先人に聞け!。
オレオレ詐欺やマルチに騙されて金を巻き上げられたくなかったら、法律や経済の根本的な仕組みを知れ!。
すぐ飽きる一発タレントに小遣いつぎ込んで、押入れにゴミの山を築きたくなかったら、芸能界の仕組みと、バーニングはじめマスコミ連中の、大衆心理の操作法を知れ!

ということ。



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