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風立ちぬ とは (Wikipediaより)

風立ちぬ』(かぜたちぬ)は、堀辰雄中編小説。作者本人の体験をもとに執筆された堀辰雄の代表的作品である[1]。「序曲」「春」「風立ちぬ」「冬」「死のかげの谷」の5章から成る。

美しい自然に囲まれた高原の風景の中で、重い病(結核)に冒されている婚約者に付き添う「私」が彼女の死の影におびえながらも、2人で残された時間を支え合いながら共に生きる物語。風のように去ってゆく時の流れの裡に人間の実体を捉え、生きることよりは死ぬことの意味を問うと同時に、死を越えて生きることの意味をも問い、時間を超越した生の意味と幸福感が確立してゆく過程を描いた作品である。


感想 

 風

 

 夏の初め映画を観た。『風立ちぬ』だ。宮崎駿監督によるアニメーション映画であったが、そのせつない内容に胸がじんわりとあつくなる。題材となった小説が気になり、読んでみようと思った。

 読み進むうちに違和感を覚えた。内容が映画とは全く違う。正確に言えば全くというわけではないが、まず、飛行機が出てこない。映画ではとても重要な役割を担う飛行機が出てこないのだ。私は映画と小説のストーリーの違いに興味が湧き、一旦ページをめくるのを中断してパソコンへ向かった。

 すると、あの映画には、小説のほかにもモデルとなった人物がいるという。何の前知識も持たずに映画を観た私は、その事実を初めて知った。やっと疑問が解け、すっきりした気分だ。私は小説に戻ろうとしたが、ここは一つ改めて読みなおすべきだろうと思い、最初のページを開き、読み始めた。

 美しい情景だ。読書中、ずっと感じていた。薄の生い茂った草原、山麓にあるサナトリウム、妻を亡くしてから再び訪れた村。どの場面にも、まるで目の前にひろがっているかのように感じられる鮮烈な美しい情景があった。それは、主人公の心理がうつし出されたかのようだ。主人公の思いや物語の様子が繊細な描写の中に息づいているのだ。

 「風立ちぬ、いざ生きめやも。」と主人公はプロローグで呟いた。この言葉はもっと終盤で登場するものと思い込んでいた私は非常に驚いた。しかし、最後まで読めば、あれは確かに物語の始まりに置かれるべき言葉だと納得できた。あの時吹いた風が、最後の描写に影響を与えている。あの「風立ちぬ、いざ生きめやも。」という言葉が初めに呟かれたことによって、物語の中で描かれる様々な「風」を印象的に感じることができた。

 特に、物語のエピローグにあたる「死のかげの谷」での描写がそうである。美しい思い出と孤独な今、村に来てからの心情の変化などが「風」を中心に描かれている。最後に登場する「幸福の谷」と「風」の描写が、過去の美しい思い出を忘れ去ることはできないが、自分は生きなければならないという主人公の思いを良く表している。

 しかし、この小説の主人公は「好い人」ではない。だからといって悪い人というわけでもない。ただ、物語の前半は、「描写のように美しくとても善良で心のきれいな人」ではないということだ。主人公の自分に酔っているかのような語りや、妻のすることを勝手に自分のためだと思い込んだりするところには少々辟易する。だが、話が進むに連れてそんな自分と向き合い、葛藤するようになる。「好い人」ではない主人公のあまりに人間くさいこのもがきが、不思議と美しい情景とマッチしている。

 文中で印象的な言葉がある。それは、サナトリウムでの単調な日々の中で妻が熱を出した時の「禁断の果実の味をぬすむかのように味わおうとした」という文に続く「私たちのいくぶん死の味のする生の幸福はその時は一そう完全に保たれたれたほどだった」である。「死の味のする生の幸福」は、とても印象的だ。それに、妻が熱を出したことを日課の魅力と語っていることになんともいえない複雑な気持ちになる。サナトリウムでの生活は、とても寂しく、悲しく、不安に満ちたものだと思っていたが、この文を見るとそれは違うのだろうかとも思えてきた。それほどまでに、この夫婦は満ち足りた幸せな生活を送っているように思えたのだ。しかし、それは絶対に違うのだろう。まず、生の幸福の前に、死の味のする、とついているのだ。それはどんな幸せにも不安がまとわりついているということだ。そんな危うい、しかし確かな生の幸福。それはとても美しい。だが、それは、死を身近に感じるものだけが持つものだ。美しいと同時に、ひどく恐ろしい。できれば、幸せは不安と隣りあわせではなく感じたいものだ。

 この小説の中で、記憶に残る言葉は、やはり、「風立ちぬ、いざ生きめやも。」だ。不意に風が吹いたとき、私はこの言葉を思い出すかもしれない。そして、きっと「さあ!生きようじゃないか」と思うのだ。

 本を閉じた後、『風立ちぬ』はもっと人生を積み重ねてから読むべきものだと思った。私は数年後、いや、数十年後かもしれないが、また読み直そうと決めた。そのとき、今とは違う「風」を感じることができるだろうか。楽しみでもある。


この本の内容は以上です。


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