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本文抜

《『仮面ライダー』は正義のヒーローを否定している/ロックは宗教か?/なぜ宗教は臭いのか/優れているロックは人を縛るのではなく解放する。囲い込むのではなく卒業させる。》

 

 

「世界はエグザイルと西野カナとジャニーズとアイドルがいれば成立する。それはマスコミと大衆を眺めていれば分かる。その安定した世界に、「これこそが正義である!」と世の中に割って入ろうとするのは安定した世界からすとただ迷惑なだけだ。」

 

 

語って欲しいバンドを語ってくれない音楽雑誌やライターに我々、は反旗をひるがえそう!

これは、神聖かまってちゃん評である。そ、ニートの。。。

音楽の文脈を知っている音楽ライターが書かないから、

20代のks底辺が違った角度から「神聖かまってちゃん」評を紹介します。

今回は、サムライフラメンコを軸に、神聖かまってちゃんについて語っていきます。


 

 

 

 

 

 

神聖かまってちゃんサムライフラメンコ

 

――人になりたくない大人たちへ贈る、正義の物語


『サムライフラメンコ』(二〇一三~)というアニメがある。

内容をざっと紹介しておこう。改造手術も受けず、特殊な能力も持たず“自力で”正義の味方になってしまった男・羽佐間正義。彼は幼い頃観たヒーローマンガに憧れていた。青年になり、ファッションモデルで働くかたわら、夜はマスクで顔を隠して町を巡回し、必要とあれば正義の味方「サムライフラメンコ」を名乗り、様々なトラブルを解決しようと奮闘する。彼に出会ってしまい、以後さまざまなトラブルに巻き込まれてしまう警察官・後藤英徳の二人を中心に「正義の味方」として活動する困難さや意義を描く。

 

七話まで「現実社会の中でのヒーローごっこ」を丁寧に描いてきた。↓


七話まで「現実社会の中でのヒーローごっこ」を丁寧に描いてきた。サムライフラメンコのやることといえば、ゴミのポイ捨てや傘の盗みを注意する程度だった。

現実世界では悪の組織が日本征服などしないからだ。

 

 

 

例えば、『ウルトラマン』(一九六六)は


例えば、『ウルトラマン』(一九六六)は明確な敵がいた。怪獣が日本に現れた場合、科学特捜隊のハヤタ隊員はウルトラマンの力を借りてそれを退治する。日米安全保障条約によって、他国が侵略してきた場合に日本はアメリカの力を借りてそれを殲滅させてもらわなければならないという、当時の社会意識の比喩だと『ウルトラマン』は言われている。そのように、悪を設定して正義を置く物語はぼくらの世界に繋がっている。なぜならば、現実の世界にいるぼくらに対して作品の説得力がなければ物語が陳腐にみえてしまうからだ。いまウルトラマンシリーズが盛り上がっていないのはそれが足りないからだろう。

 

 強くそう感じるのは平成になって仮面ライダーシリーズが盛り上がっているからだ。

 ルーツがまず凄い。↓



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