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4: エクソシスト登場


 二人がディナーを楽しんでいた最中に、突然現れたのは「噂をすれば影」の言葉通り、姉の小夜子だった。
 昼間とは違って和服に着替え、髪をアップに結っていた。
 羽蘭には、自分の目の前に現れた女性が、小夜子である事に、確信があった。
 大女優のようにきらびやかで圧倒的に美しい。
 男なら、競技における優勝トロフィーを欲しがるような感じで、この女性を手に入れたがるだろう。
 ついでに、縄生という苗字と和服の印象のせいか、縄を持ってする和風緊縛がきっとこの女性には似合うだろうと、羽蘭は場違いなことを思った。
「わざわざ姉上自らお出ましですか?珍しいこともあるものですな。」
「ふん、誰なのこの子?」
 小夜子が羽蘭を睨むように見た。
 羽蘭のうなじがちりちりする、、馴染みのある視線、嫉妬だ。
 でも城太郎と小夜子は姉弟の筈、これは嫉妬ではなく縄張り意識の変形なんだと羽蘭は思い直す。
「いきなりノックもせずに部屋に乗り込んで来てその言い草か?相変わらずだな。」
 城太郎の慇懃無礼は数秒も続かなかった。
「何言ってるの、ここは私の家よ、そして私は長女なの。なにをどうしようと私の勝手だわ。」
「家だったと言い直して欲しいね。あんた、法律的には不法侵入だって成立する立場なんだぜ。なんなら試してみようか?」
「、、、。」
 思い当たる節があるのか小夜子は暫く沈黙した。
「30分後に、お父様の部屋に来て頂戴。二人ともね。」
 お父様の部屋、、屋敷の中でも特等席、、きっと昼間カーテンが急いで閉められたあの部屋だ、羽蘭は直感的にそう考えた。
「二人とも?私はともかく、この人が行く必要が何処にあるんだ・・・・」
「知らないわよ。私も教えて欲しいもんだわ。あいつら折角、依頼してあげたのに、仕事もろくにしないでこの私に指図ばかり。勘違いしないで、あなたにこんな用件を伝えるだけなら肌理屋で十分なのよ。私が来たのはあいつらのせいよ。もし今度のお仕事をしくじったら、ただじゃおかないんだから。」

 30分の時間の猶予は羽蘭にとってありがたかった。
 まさかこんなドレス姿で他人の前には立てないからだ。
 それにディナーに引き続きプレイになだれ込むつもりでいたから、メイクもそれようになっていた。
「すまないね。羽蘭ちゃん。私の姉は、昔からいつも良いところで私の邪魔をするんだよ。まるで私についてだけは予知能力があるんだといわんばかりにね。」
 そんな城太郎の言い訳とも慰めとも知れない言葉を聞きながら、羽蘭は自分の部屋へ着替えに戻った。
 そしてポーチの底にしまっておいた眼鏡ケースを持ち出す事に決めた。
 羽蘭は、アレと自分が蛸蜘蛛屋敷事件以来リンクしてしまったのだと考えている。
 日常のふとした弾みに、自分が本来感じる筈のない霊的な感覚におそわれる事がたまにあったが、よく考えるとそんな時には、かならずアレが自分の近くに置いてあったのだ。
 それに気づいた羽蘭は、アレを意識的に遠ざけるようになり、しまいにはその有りかさえ忘れてしまうようになっていた。
 アレを捨ててしまわなかったのは、あの人の思い出があるからだった。
 逆に言えばそういう経過があったから、アレは羽蘭の使われなくなった化粧ポーチに紛れ込み、ここまでついて来たのだった。
 ここに来て霊能がまったくない羽蘭が怪異な気配を感じとることが出来るのはそのリンクのせいだった。
 そして羽蘭は己の中に沸き上がる黒い予感にしたがって、これからはアレが必要になると考えたのだった。


 小夜子に通された母屋の大部屋の中には、元縄生家執事の肌理屋と家政婦の古兎裕子・下男の大槻誠二の他に、二人の男達がいた。
 ここは階で言えば3階、間取りから見て昼間、羽蘭の目の前でカーテンが引かれた部屋と繋がった隣室だろう。
 これだけの人数がいてまだ広々としている。
 部屋というよりホールに近かった。
 城太郎が素早く小声で羽蘭に、小夜子の側に付き従う人間達の名前を告げたから、引き算で、残りの二人がエクソシストだということが判った。
 羽蘭の頭の中にはエクソシストと言えば、詰め襟服の神父スタイルという思い込みがあったが二人は見ごとにそれを裏切っていた。
 羽蘭は早速、羽蘭独自の人間観察を始める。
 勿論、観察されているのは、この場で初めてのお目見えとなる羽蘭も同じだ。
 スキニーなジーンズに真っ赤なエナメル生地のミニダウンパーカー、片方の前髪だけ伸ばしたボブ、これでも自前の私服の中では地味目だし、少なくとも誰も羽蘭の本当の性が男性であるとはわかるまい。
 ひょっとしたら城太郎が教鞭をとっている大学の生徒でも通るかも知れない。
 だがそんなコトは相手の思いこみに任せておけばいいのだ。
 重要なことは、いかに自分が早く相手の人間性を正確に見抜くかだ、、と羽蘭は思っていた。
 自分のような性倒錯を持つ人間への世間の風当たりは厳しい、他人とどう渡り合っていくかが羽蘭に取ってのサバイバル術の一つだった。
 小夜子の取り巻きらしい人間達で、羽蘭が警戒すべき「複雑さ」を感じさせる人間はいなかった。
 差別心にこり固また人間、偏狭な人間、ただ尊大な人間、そんな単純な人間はかえって対処しやすかった。
 だが彼らが平凡で平均的な人間だったという分けではない。
 女王様のようにただ一人、椅子に座った小夜子の背後に立つ大柄な老人は、したたかさと老獪さを感じさせたし、小夜子の真横にかしずく女性は、大人しさの中に複雑さと熱を隠し持っているようだった。
 まあ辛うじて「どこにでもいそうな」という印象だったのは、小夜子の形成するグループからすこし離れた壁ぎわに立っている中年男だけだった。
 しかしこの程度の人間達ならざらにいて、羽蘭があしらえないわけではない。
 それでもあえて注意しておかなければならないとしたら、大人しそうに見える「古兎裕子」と教えられたあの女性だなと羽蘭は見当をつけた。
 小夜子グループから離れ、奥の続き部屋の扉の前に立っている二人組の男が、問題のエクソシストなのだろうが、こちらの人物像はまったく見当がつかなかった。

 

 多分、昼間、一番後にこの屋敷に車で乗り込んできたのが彼らだわ。
 あの時は映画に出てくる刑事みたいって思ったけれど、エクソシストと気付いた今でも印象は同じね。もっともあくまで「映画に出てくる」っていう冠つきだけど。
 あたしの知っている実際の刑事みたく、やくざ者すれすれの匂いがしないし、でも何か危険なものに常に相対してるって感じは確かにあるわ。
 しかも年上の方はそういった体験に年季がはいりすぎて、すれちゃったって感じ。
 若いほうは実力があるのに自分に自信がないってか、自分自身を持て余してる感じ。
 女性関係は、もてない方じゃないと思うけど純情で奥手な感じかな、、。

「なんの用があって私たちを呼び出したのかは知らんが手短にして欲しいもんだね。」
 羽蘭が人間観察をしている間に城太郎がそう切り出していた。
 対決姿勢まるだしだ。
 相当、この展開に苛立っているようだ。
 羽蘭の知らないところで、自分の姉に、プライバシーを侵害するなと相当詰めた話をしておいた筈が、今度は自分とはまったく関係ないと思っていた男たちから呼び出しをくらったのだから無理もない。
「ああ。それと誤解があってはなんだから先に言っておきますよ。私、縄生城太郎はここにいる田沼小夜子と田沼大和とはナンの関係もない。この屋敷に田沼小夜子がいるのは、彼女が血縁上私の姉に当たるというコトを利用して、無理矢理我押しかけてきた結果に過ぎない。法律上、彼女が私の家ではなんの権利も有しないコトは、そこにいる肌理屋さんに聞いてもらってもいい。彼は呆れるほど法律に詳しい人だからね。」
 その最後の言葉に、肌理屋に対する当て付けのニュアンスが含まれているのが事情を知らぬ者にもすぐに感じ取れる程、強い口調だった。
 小夜子の後ろで彼女を守るように立っていた大柄の老人が、昔、縄生家の執事だったという肌理屋なのだろう。
 肌理屋が苦虫を潰したような顔をしてその言葉を聞いている。
 鷲鼻の厳つい顔をしたこの男がそういう表情をすると、いかにも自分が苦々しい思いをしているのだということが伝わってくる。
 羽蘭はかって縄生家の中で内紛があったコトを城太郎から聞いて知っている。
 城太郎の口調からは、肌理屋と呼ばれたこの男もそれに関係したことが伺えた。
 肌理屋は小夜子と共に縄生家を出ていったようだが、羽蘭にはその動機が、肌理屋の小夜子に対する邪な感情にあったのではないかと、その人物を目の前にして推測した。
 小夜子の背後に立った背の高い肌理屋からは、彼女が見下ろせる。
 その視線が数回、小夜子のうなじ辺りをまさぐっているのを羽蘭は見逃さなかった。
 羽蘭の男女間に対する直感は今まで外れた事がない。
「複雑なご事情がおありのようですが、私たちがあなた様方にお集まり願ったのは、そういった用向きとはかけ離れた所にありましてな。ほら、津波であるとかの場合に避難勧告のようなものが発令されますでしょう。まあそのようなものです。」
 沈黙を守り続ける肌理屋の代わりに口を聞いたのは、部屋の中央に立っていた二人組の男の内、年上のほうだった。
 オールバックにした髪に白いものが混じり始めている。
 渋い落ち着いた声音の中に百戦錬磨のしたたかさを感じさせる男だった。
 その肉声を聞いて「この人は絶対に刑事じゃない」と羽蘭は思った。
 羽蘭の知っている男たちの中には、最近の日本人がなかなか体験をしないような、命のやりとりを服む海外での際どい経歴を持つ人物もいるが、この男からはそれと同類の危険な匂いがした。
 それに着ているスーツは、それこそ刑事が着るような地味なスーツではあるが、よく見れば相当高級なものだった。
 しかも保守的なスタイルではなくニュースクールな匂いのするスーツ、、それは彼の顔つきが一見柔和そうに見えるけれど、よく観察すると相当ワイルドな表情を持っているのとよく似ている。
「とりあえず、このお二人には自己紹介のようなものをしておきませんか。いくらなんでもまったく初対面の人にいきなり避難勧告はないでしょう。」
 部屋中の人間たちに気を使っているような感じで、隣の年配男の言葉を補足したのは、大学生ほどの年齢に見えるほっそりとした若者だった。
 こちらも良く見れば高級なスーツを着こなしていて、それは普通ではちょっとお目に掛かれないような不思議な風合いの黒の生地で仕立ててある。
 黒いなめし革の細いネクタイが、これほど品良く似合うスーツも珍しい。
 この年齢でそんなものを身につけられるなんて、と羽蘭は疑問に思った。
「そうですな、我々の依頼主である田沼小夜子さんが、この場を上手く取り仕切ってくれると思っていたのですが、それは難しいようですしな。」
 年配の男が、立ったままの人間の中で一人空いた椅子を見つけて座り込んでいる小夜子の方をちらりと見ていった。
 関係性で言えば小夜子が彼らの依頼主で、男は雇われているわけだが、男はまったくそんなコトを無視してずいぶん冷静に、いや、いささか冷ややかに小夜子を見ているようだった。
「私は斑尾と申します。隣におる雨降野守門の助手件マネージャーといった所です。我々の仕事は、これは田沼さんからお聞きでしょうが、悪魔祓いです。」
 悪魔祓いです。と言った言葉にまったくブレがない。
 警官が、自分は警官ですと名乗るような感じだ。
「・・僕の場合は、いつも人に悪魔祓いと言うたびに冷や汗がでる思いをするんですが、そうとしかいいようがない。僕がその役目を直接受け持ちますが、僕は牧師でも何でもない。ですからそういった宗教的アプローチは行いません。それを覚えておかれると、お互い窮屈な思いをせずにすむと思います。ああ、言葉遣いはエクソシストのそれに習ってはいますがね、そうでもしないとこの仕事内容は他人に伝わらないので。」
 と、押しては引きの阿吽の呼吸で、雨降野と呼ばれた青年が斑尾の言葉を閉じた。
 おそらくこのコンビで何度かの仕事をこなしてきたのだろう。
「先ほどまで大和さんの打診をしていたのですが、、相当、状態は悪いようです。祓うのにはかなりの負荷を掛ける必要があります。当然、それに対する抵抗も大きいでしょう。そこで避難勧告というわけです。理解し難いのは承知の上です。それでもこの屋敷から一刻も早く退避して欲しいのです。」
 その時、彼らの背後にある部屋から、空き瓶の中で飛び回っているハエの羽音に似たような音がかすかに羽蘭に届いた。
 羽蘭はその羽音が誰の耳にも届いているか?と思って周囲の人間達の表情を見た。
 誰も気づいていないようだった。
 それとも持ってきたアレのせいで、自分だけに聞こえているのか、、。
「この私も、とうとう実物のエクソシストにご対面ってわけだ。立派な姉を持つといろいろな体験ができるもんだ。それはそうと、雨降野さんと言ったかな。姉は随分あなた方のコトを自慢していた。この国で一・二を争うエクソシストを頼んだんだってね。まあ田沼の財力からすればほとんどのコトは可能なんだろうが、その分、妙な輩がたかりに来たりするものだ。私は姉のことなんかどうでも良いんだが、私の屋敷が詐欺まがいの舞台に使われるのは困るんだよね、、、私が納得できるように、もうすこし現在の状況を説明してくれないかな。ああ、それと言っておきますが、田沼家は神道ですよ。姉が結婚する前にごたごたがあったから良く覚えている。」
 この時、城太郎は相手が下手なことを喋れば、相手の仮面を容赦なくひっぺがすつもりでいた。
 自らをエクソシストと名乗る得体の知れない男達への怒りというより、むしろ衆人の面前で、自分の姉に恥を掻かすつもりになっていたのだ。
「申し訳ありませんが、神道についてはよく知りません。それに各宗教はすべての人を普遍的に慈しむものではありませんからね。先に申し上げたように僕は宗教的アプローチを行いません。問題は田沼氏が今どういう状況におかれているかでしょう?そして現在、国際語と言えば実質的に英語ですね?こういったトラブルを捉える時の共通語が、エクソシズムなのだと捉えてくださればいい。」
 青年の思わぬ反応に城太郎は妙な顔をした。
「カトリック教で知られる悪魔憑きのパターンでは、最初、悪魔が外から本人に語りかけてくることから悪魔憑きが始まるケースが多いのです。次に悪魔は本人の体内に入り、体を乗っ取る。つまり『憑依』によって、悪魔憑きは完成する。」
 ここで青年は言葉を切ってみんなの反応を確かめたようだ。
 城太郎への対応といういうより、避難勧告をより有効なものにするため、この場を利用してエクソシズムについてのおさらいをするつもりになったらしい。
 とうの城太郎はその話を気難しい表情で聴いている。
 今のところ城太郎の持っているエクソシズムの知識から、青年が語り出した内容は逸脱していないようだった。
「悪魔が外から語りかけてくる段階では、色々なモノから声が聞こえて来ます。まあ身近なもので言えばラジオやテレビなどの電気製品があげられますね。それらのスピーカー部分から『私を助けて』といった内容で、子供の声などを使って悪魔は話しかけてくるのです。」
 小夜子が同意するようにうなずいている。
 実際、そんな体験を私もしたのだと言いたげだ。
 肌理屋を除く田沼家の人間達の表情も、何か思い当たる節があるのか、かすかに頷いた。
 肌理屋だけは平静を保っている。
「子どもの声を使うのは相手に警戒されないように、あるいは上手く取り入る為にそうするのでしょうが、これがいざ憑依する段階になると、今度は相手に自分の存在を威圧的に感じとらせる為に、呼吸音・骨のきしむ音・腸がごろごろ鳴る音などを用いて、半ば肉体的に語りかけてくるようになる。お前はもう俺には逆らえないとね。憑依した後は、もう憑かれた本人の意思とは関係なく、悪魔そのものとして完璧な言葉をその口で話し、本人は当然のこと、他の人にも己が望む行動をとらせるよう働きかけて来ます。今はその段階にさしかかりつつあるのです。もう一度、言います。最後に悪魔は自分が望む行動を、周囲の人々にもとらせようとするのです。」
 そこで守門は言葉を一旦止めて、部屋中の人間達に、次の自分の言葉を受け止める為の猶予を与えたようだった。
 しかし城太郎などは、猶予も何も、相手の虚偽を暴くかそうでなければ、いち早くこの場がお開きになる事だけを願っており、守門の持って回ったような言い種に苛立ちを覚えているようだった。
 守門のこの話ぶりだけでは、白も黒も判定が付かない。
 城太郎の知識の中では、エクソシストが精神疾患患者に対して良きカウンセラーになりうる場合もあるのだ。
 それに城太郎には、「科学的」や「合理的」という言葉に対する信仰もなかった。
 現在の高度に発展した科学技術も、人間が世界の真理を全て知った上に成り立っているワケではなく、人間のテクノロジーなど、ただ単に「やって見たらそうなった」ことの蓄積にしか過ぎないと考えていたのだ。
 同時に、この青年が言ったように、宗教そのものに対しても幻想を抱いてはいなかった。
 歴史上、多神教・キリスト教・ユダヤ教を信仰する人々が、互いに争う悲劇が繰り返されたように、信仰心と平和を愛する心には何の関係もない。
 かと言って城太郎がオカルティストである筈もなかった。
 悪魔の存在などどうでもいいのだ、城太郎の専門は人の心の病にあった。
 従って、信仰心や人の弱みに付け込んで大金を巻き上げるといった詐欺行為に、それが該当しない限り、むきになるほどのエクシシズムに対する対抗心はなかった。
「残念ながら大和氏は憑依の期間が長すぎたようです。それに悪魔憑きでも非常に特殊な状態に陥っている。周りのの人間に危険が及ぶ率がとても高い。」
 小夜子の顔が青ざめる。
 だが守門の警告の言葉にショックを受けたわけではないようだ。
 小夜子はまだ「悪魔憑き」などということを心底から信用しているわけではないのだろう。
 ただ夫の状態が、「悪魔憑き」であるにせよ、ないにせよ、かなり際どい所にある事だけは再確認したようだった。
「私が随分長い間、夫の事を放って置いたせいだわ。」
「そんな事はありませんわ、奥様はあちこちのお医者様に旦那様をおみせになられました。無能なのは医者のほうです。懸命に介護もなされましたわ。それに誰が悪魔憑きだなんてことを考えられた事でしょう。」
 小夜子の真横で彼女の影のように立っていた細面の女性が、小夜子の背をさすりながら言った。
 よく見れば、もち肌で色白のそれなりの美人だったが、派手すぎる小夜子の側にいると、ほとんど印象が残らない女性だった、。
 城太郎がその様子を見て肩をすくめる。
 城太郎は小夜子の芝居がかった仕草にあきれかえっていたのだろうが、羽蘭には小夜子よりはむしろこの付き添い女性の方が気になった。
 この人、小夜子さんに惚れてる。
 しかもスレイブぽく。もちろんドミナは小夜子さん。マゾレズ気質の可能性80パーセントって感じね。

「つまり悪魔祓いが無理だとおっしゃりたいのですか?そんな事をいう為にわざわざ私たちをここに集めたのか!田沼家があんた達の為にいくら払っていると思っておるのか!」

 肌理屋孝太郎が怒気混じりの声で反応した。
 この男も守門が発した警告など微塵も気に止めていないようだ。
 むしろ悪魔憑きなどという状況自体を頭から信用しておらず、ただ忠実な執事という顔を守る為にここまで付いてきたが、もうそれにも我慢がならぬという風情だった。
「いや、、このような状況下での悪魔祓いでは何が起こるか判らないので、注意を促したかったのです。先にも言いましたが悪魔の力があなたがたに及ぶ可能性がとても大きいのです。例えば、自分の身の回りの人間をあしき者に変え、この世界での下僕にしようとしたりするのですが、、。」
 と青年が応える。
「それに大きな勘違いをされておるようだから言っておきます。」
 間を空けずに、斑尾が青年の言葉を引き取った。
「我々はこの件について報酬は頂いておりませんよ。田沼会長の方からご子息のこの状況改善についてご相談があったのは確かですがね。娘の小夜子さんから正式な依頼があれば受てくれと頼まれておったわけです。小夜子さん、あなたこの件について、具体的な金額の書かれた契約書など見たこともないでしょう?」
 一旦、言葉を切って斑尾が小夜子の顔を見る。
 小夜子は横に立っている肌理屋の顔を仰いだ。
 小夜子は田沼に嫁いだ今でも自分の金銭面でのマネージメントを肌理屋に任せている。

 少なくとも自分に関わる事であれば、契約書等が存在しない口約束の金のやり取りであっても、この肌理屋が知らない筈はない。

 肌理屋は「そういう男」である事を小夜子は知っていた。「そういう男」だからこそ、小夜子は肌理屋を実家から引き抜いてきたのだ。
 その肌理屋が微かに首を横にふった。
「なんでも金や権力で動いているわけではありませんよ。我々の勧告を素直に受け取って貰いたいものだ。まあそういった傘の下で生活を長年されていると、そういう目ですべてを判断してしまうようですがね。だが、お互い無駄に年はとりたくないものだ。そんな事では、若い者に年寄りを敬えとは言えなくなりますぞ、ご同輩。」
 と最後に斑尾が肌理屋にやりかえした。
 小夜子もこれには驚いているようだった。
 小夜子も肌理屋と同じく、自分の夫の悪魔祓いについては、義父である田沼弦造が大金を積んでこの段取りを組んでくれたものと信じ込んでいたのだ。
 一方、羽蘭は急に斑尾に対して好感をもつようになった。
 当の肌理屋は、最初、城太郎にジャブを加えられ、今、斑尾にフックを受けたわけで、その顔色が怒りの為に真っ赤になっている。
 でもこの人たちって、無料で悪魔祓いをしてるわけだ。
 詐欺ってわけじゃなさそうだし。
 それに宗教関係者じゃない事は明らかだし、どういう仕掛けになってるの?と羽蘭は俄然興味が沸いてきた。
 しかし城太郎は違ったようだ。
 斑尾が思わぬ反応を見せた事で、彼のやる気が完全に萎えてしまったようだ。
「それなら田沼家だけで結構。私たちはこれでおいとまさせてもらいますよ。あなたがたの避難勧告は聞かせて貰った。一応、考慮にはいれておきましょう。だが判断するのは私たちだ。私たちはその悪魔祓いとやらに付き合うつもりもなければ義理もないんでね。」と城太郎。
 そんな城太郎を睨みつける姉の小夜子。
「ところがそう簡単ではないんですよ。これは係わりの問題ではなく、距離の問題なんです。まあ放射能汚染のようなものを考えてもらえばいい。本当なら今すぐ皆さん方に待避してもらいたいぐらいだ。」
 斑尾が押しの強い声音で、念を押すように言った。
「私は嫌です。夫を見捨ててはいけません。」
「だったら私も嫌だね。第一、この屋敷の主である私がなんで他人の為に避難しなきゃいかんのだ。」
「城太郎!!大和さんは貴方の兄ですよ!!」
「笑わせるな。縄生から逃げていった女が何をいう。私は今後一切縄生とは縁を切ると言い切ったのはあんただろうが。もっとも大和さんには同じ男として同情してるがね。それがあんたたちをここから追い払わない理由だよ。姉さん。あんたにはここに居られる権利などどこにもないという事を理解しておいてほしいもんだね。」
「ふん、又、始まった。元はといえばあなたのせいでしょ。長男のくせに好き放題、挙げ句の果ては、家長制は封建制度の遺物だとかなんとか、、だから私が縄生家を守るしかなかったのよ。」
「守るだと?」
「田沼に嫁ぐことによって縄生の血筋は残ったわ。あなたその意味、言わなくても判るわよね。私は秀吉の側室になった茶々のようなものなの!」
「ほうそれが本音か、大和さんが今のを聞いたらさぞかし落胆するだろうよ。」
 姉の参加により城太郎の喋り口が再び熱くなり始めたので、羽蘭はこの場はもうそろそろ決裂してお開きになるだろうと予測し、ミニダウンの内ポケットに忍ばせてある例のアレを試してみるつもりになった。
 形は金属フレームの伊達めがねだから、この場で付けても目立つことはないだろう。
 城太郎とかに、後で何か言われたら、疲れてくると少し視力が弱っちゃうんです。ごく軽い近視の矯正用めがねなんですが、これかけないと頭が痛くなる時があってとか適当に誤魔化せばいい。
 羽蘭は城太郎の身体に隠れるように一旦身を下げてから、ゆっくりと目立たぬようにその眼鏡をかけた。
 暫くは何の変化もおこらず、隣の続き部屋に通じる分厚いドアの前に立った斑尾と守門が見えるだけだったが、そのうちに視界が暗くなっていき、次に真っ暗になった。

 

 その闇の中にぼんやりと光が浮かび上がり、やがて三体の異形として像を結んだ。
 一体は大昔の潜水夫のようで、鋼鉄製の金魚鉢の天辺からはホースが上に伸びていて、その先は黒い空間に消えている。
 もう一体は、極めて人間的な形をしていて、羽蘭の頭の中では天使のコスプレをしたショートヘアの女子大生という形で認識されたのだが、現実と徹底的に違うのは、このコスプレ天使は実際に身体自体が神々しく発光してる点と、頭の上の光のリングがどうみても作り物には見えないという点だった。
 残る一体が問題だった。
 脂肪や筋肉、皮膚組織が半透明になった人体模型のようにも見えるし、下手に先祖返りした両生類のようにも見えた。
 どの過程においても半透明である事は同じなのだが、常に体形が微妙に変化していて、ある時は西洋の絵画によく登場するような悪魔のように見えることさえあった。
 三者の関係は半透明の怪物とコスプレ天使が対立しており、潜水夫がその戦いのオブザーバーの役割を受け持っているように見えた。
 コスプレ天使が細い腕を突き出すと、そこから光の矢が放たれて、半透明の怪物の身体を貫くのだが、怪物の身体にはおそるべき復原力があるようで、身体にうがたれた穴をすぐに塞いでしまう。
 コスプレ天使がこの現状を打開しようと潜水夫にアドバイスを仰いだようだが、潜水夫は中立をつらぬくつもりらしく、じっとしている。
 その潜水夫が自分を見つめている羽蘭の存在に気づいたように、突如、羽蘭を振り返った。
 潜水ヘルメットのガラス窓の中に、外の闇よりさらに暗いものが渦巻いているのが見え、次にその渦巻きの中に二つの赤い光点がともった。
 見られている!!
 瞬間にそう感じた羽蘭は眼鏡をむしり取るようにはずした。
 羽蘭に戻ってきた視界には、眼鏡をかける前に見た光景がそのままあった。
 斑尾と守門、、。
 さっき見たものとの関連がなかった。
 羽蘭が以前、この眼鏡をかけた時には、この世に侵入し折り重なってあるという霊界の様子をはっきりと見せてくれたものだが、、。

 

 

 


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最終更新日 : 2015-02-15 11:54:38

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