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入院は、これで最初の最後にしよう。もう入院なんかしない。
病気を悪くさせないために、ストレスを処理し、薬を飲み、規則正しい生活を
身につけるつもりだ。
解放で過ごした、儚い恋の思い出。
閉鎖で過ごした、家畜としての生きざま。
どちらも今までに無いような、素晴らしい貴重な体験だった。
でももう2度とやりたくないね。僕は病気に勝てる、強さを身につけたと思う。
自立して生きていくための強さを。
もう僕は観賞用でも家畜でもない。リュウが教えてくれた。
誰かを守れる強い人間だ。

(水の月27日)

扉の向こうに広がるおだやかな青を見つめている。僕は頬杖をついて考えこんでいる。
このカフェテリアの、朝食が済んで人のいなくなったテーブルで。
もう数時間で、この旅も終わりだ。
家に帰って、咳も叫び声もない所で、ゆっくり休みたいな。
いろいろ後悔もするけど、それは取り返しのつかないものではない、と信じたい。
まだ、僕には未来があるはずなんだ。


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「ジュナン、待ってくれ」
椅子に手をついて振り向くと、カフェテリアにいつの間にかリードと玲音がいた。
「ジュナン、今日で退院しちゃうんだね。僕・・・僕・・・」玲音は下を向いて悲しそうに言った。
「ずっと謝りたかったの。ごめんね。『人殺し』なんて最低だよね。ごめんね、ごめんね・・・」
涙が次々と溢れだしてきて、止まらない。僕は慰めようとしたが、
「もういいんだ。俺はこいつを守るよ。いつまでいるかわからないけど、俺がいる限り、
俺はこいつを守る」リードの具合は、初めて会った頃より大分良くなっていた。クスリが
効きはじめたのだろう。「話してみりゃ、かわいい奴じゃん。でもひとつだけ、不安がある」

リードはジュナンの耳のそばで、小声で言った。
「お前がいなくなったら、ここに普通に会話できる奴がいなくなるんだよ。これから
どうして暮らしていけばいい」リードの目が、また曇りはじめていた。
「どうしてって・・・」
そのとき看守が来て、作り笑顔(僕にはそう見えた)で言った。「ジュナンさん、お迎え
が来てますよ」


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(ちっ、思ったより早くお迎えが来たな・・・)僕は思った。(10時だと聞いていたのに)
時計を見る。9時46分。僕は病棟の方に走って行った。
重い三つのバッグと洗面器、コップを抱え廊下を通る僕。「ジュナン、ジュナン・・・!」
カフェテリアの方から声がする。
「さよなら・・・」

久しぶりに病棟の重い扉の鍵が開き、僕は外に出た。重い三つのバッグと洗面器とコップを
抱えて、いい意味で途方に暮れる。これが、外の世界。外の空気・・・!
そのとき、「ミャア、ミャーア」と懐かしい鳴き声がした。しまぞう。
しまぞうとももうさよならだ。
僕は重い荷物を下に降ろして、しまぞうを抱き上げた。
「ん?お前、少し大きくなったんじゃないか」解放で会ったときは、もう少し小さめの
猫だったような・・・?
「大きくなった。よかったな、しまぞう。僕にも身長わけてくれよ。
僕は発育不良なんだよ」
しまぞうは「フギャア」と変わった鳴き方をして、僕の顔をひっかいた。
「いてっ」
しまぞう、お前もか・・・!

しまぞうを逃がしたら、しまぞうは駐車場の車の下に入っていってしまった。
そのとき、通路を歩いてきたモコモコのパーカを着た、懐かしい女性。


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はやみん。
少し具合がよくなったのか、髪はどこまでも美しく繊細で、メイクなどしていなくても、
十分に美しい格好をしていた。
僕は気付かないふりをして、あえて目をあわせず、荷物を抱え歩き出した。
「ジュナン、待って」
「・・・何だ」
「あたしも連れていって。君と一緒にいたいの。君の世界へ連れていって」
僕は少し泣きそうになって、耐えた。そして首を振った。「できないんだ。どうしても」
「なぜ!?」はやみんは抱えていたコップを落とした。
「君はあたしの事が好きなんでしょう?」
「それでもできないんだ。僕には、・・・僕には、別に恋人がいるから」
はやみんはとても苦く、辛そうな表情をした。「別に恋人さんがいたんだね。
じゃあ、あのキスは何だったの?」
はやみんの、歌声にも似た甘い声が、かすれている。
「ここでお別れだ、もう最後だよって言いたかったんだ。あれは。
誤解を与えてしまってたらごめんね」

「そうか・・・」はやみんは通路を少し走って、こっちを向いて、大声で叫んだ。
「大っ嫌い。あんたなんか大っっ嫌い!!!」
僕は耳を塞いで、でも耳を塞ぐと荷物が持てない事に気付き、荷物を持って
早足で歩いた。
わずか数週間の悲恋。
ベイビー、グッバイ。


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僕が受付まで行こうとすると、その途中に僕が解放のとき暮らしていた部屋が見えた。3階の左から
2番目の部屋。どの部屋か確かめようと思って、目立つ衣類を吊るして外を散歩したから
知っている。懐かしいなあ。
と思っていたら、駐車場に銀色の車が入ってきた。母さんの車か。そう思った。
いやそれは、まぎれもなく母さんの車だった。
しかし、窓から見える女性。少し母さんと違うような気がする。

窓を開けて出てきたのは、異国風にかたく編まれた髪、カラシ色の長いスカートを
風になびかせた、姉さん・・・
「・・・」僕には言葉がなかった。僕の言いたかった事が、一気に涙となって溢れ出した。
姉さんはあの雷の日、見たのと同じ髪型、同じ服装をしていた。
あれはやはり、姉さんだったのだ。

何も言えず涙にくれる僕を優しく包む姉さん。
「連絡がとれなくなってて、心配かけたわね。でもあんたが退院するっていうから、
なんとか帰国してきたのよ。明後日またフィリピンに帰るわ。だからそれまで・・・」
僕は自分より少し背の高い姉さんの胸の中で眠りに落ちた。重い荷物、病院での
気苦労・・・何もかもが僕を疲れさせてしまっていた。

 



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